759 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:35:09 ID:my4FaQC60

Track-β


――乾いた銃声が、雨靄の中に木霊する。
羽を散らして、一羽のハヤブサが錐揉みしながら地に落ちる。

(゚3゚)「ガッチャ!これで三連続だ!」

(-@∀@)「流石です、タナカ様」

引き金から指を離し、ガッツポーズを作るタナカ。
その横で、彼の秘書官がうんざりするようなおべっかを吐いた。

(゚3゚)「君達もどうだね?VIPに居ては、中々こういった事は出来ないだろう?」

瓦礫の陰から立ち上がり、タナカが俺達を振り返る。
彼の足もとには、この一時間で彼が仕留めた小鹿や猿、狼等の屍が小さな山となって積まれている。
全て持ち帰って剥製にする訳にもいかないから、殆どの遺骸はこの場に打ち捨てられるままにされるだろう。
反吐の出る話だ。

('A`)「遠慮するよ。弱い者イジメには興味無いんでな」

(゚3゚)「弱い者イジメとは心外だな。彼らは全力で逃げる。僕達はそれを全力で追い掛ける。
   狩猟とは、動物と人間の知恵比べ、れっきとした真剣勝負だよ」

目を丸くし、タナカは肩を竦める。
ひょうきんぶったその態度がまた鼻について、俺は眉を顰めた。

760 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:36:18 ID:my4FaQC60
(゚3゚)「第一、今でこそ娯楽となってはいるが、狩猟とは古代においては食を得る為の習慣だった。
   食らう為に、殺す。それは自然の摂理であり、そのまま人間という存在の本質でもある。
   食われる者が居て、食らう者が居る。狩猟とは、ある意味では森羅万象、世界の縮図だと言っても過言ではない」

('A`)「御高説どうも。とってもためになったぜ」

得意げな顔でそう言って、タナカは人好きのするようなあの笑みを、再び浮かべる。

(゚3゚)「生きる為に食らう。我々個々人の生命は、全て喰らわれる者の犠牲の上に成り立っている。
   それを罪だと言うなら、全人類が極悪人だ。聖書を書いた人は、随分とペシミストだと思わないかね?」

俺がうんざりする一方で、傍らの秘書はしきりに頷いていた。

('A`)「常々疑問に思っていたんだが、どうして金持ちってのはそんなに無駄話が好きなんだ?
   そうやって、意味の無い話で相手を煙に巻いて、自分の優位を保とうっていう、そう言う魂胆か?」

俺の指摘に、タナカは意味ありげな顔でほほ笑む。

(゚3゚)「優位など、今ここで握ろうとせずとも、君達が私の事を何も知らない、というだけで十分すぎるだけ私に分があるだろう?
    ならばこそ、私のこのお喋りは、ただの世間話でしか無いよ。ただ、私が考える狩猟感を語ったまで。そこに他意など無いよ」

('A`)「……ああ、そうかい。だったら尚の事、時間の無駄だな」

何処までも、人好きのするような笑顔を崩さないその態度から、この成り金趣味が組みし難い相手だと悟る。

761 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:37:35 ID:my4FaQC60
(゚3゚)「現に、ドクオ君、君は私が誰か、こうして実際に目の前にしても、未だ分からない様子だ」

小首を傾げた、タナカのうすら笑い。
眉を潜める俺に、やっこさんは傍らの秘書官の方へ目線を動かす。
それを追った俺は、そこでようやく奴の正体に気付いた。

('A`)「あんた、まさかあの時の……」

(゚3゚)「その節は、お世話になったね」

牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡をかけた秘書官の顔に、俺はかつて国際投資家会議へ向かう要人の護衛を請け負った事を思い出す。

仮称、「田所さん」。

身元を明かさぬ彼らを、俺達は冗談めかしてそう呼んでいた。

あの時、俺は警護対象の脳核をハインリッヒの腹部に移し替え、肉体だけをジャンボのダミージェットに乗せるという計画を実行した。
だとすれば、今目の前に居るタナカは、全身義体と言う事になる。
俺が初見で分からなかった理由としては、妥当ではあるが――。

(゚3゚)「君が居なかったら、と思うと今でもぞっとするよ。君には感謝している。
    でもまさか、あそこで脳核だけにさせられるとは思って無かった。まあ、今では命があったことこそを喜ぶべきだがね」

('A`)「……」

“田所さん”改めタナカは、件の投資会議へ向かう道中のジャンボジェットの不幸な墜落事故で、既に社会的には死亡した事になっている。
生存していることを知るのは、護衛を担当した俺と、その秘書官くらいのものだろう。
報酬金額がそこそこに良かった事もあり、隠蔽工作に関しては当時の俺も細心の注意を払った。
どうやら、本物と見て間違いない。

762 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:39:01 ID:my4FaQC60
タナカがどのような立場の人間で、何故命を狙われなければならなかったのかは知らない。
一切の詮索の禁止と、亡命後の不干渉が当時、依頼を受ける上での大前提だったからだ。

だが、今は違う。

何故、今になってタナカから、俺に接触して来たのか。
何故、俺とキュートが行動を共にした事を知っているのか。

o川*゚ー゚)o「……あの、ちょっといいですか」

俺の背後。
今まで、隠れるようにして俺達のやり取りを見守っていたキュートが、おずおずと言った風に口火を切る。

o川*゚ー゚)o「“ワタナベ崩し”って、言いましたよね。まだ、少し飲み込めないって言うか……」

疑心を隠せないキュートの問いに、タナカは待ってましたといった様子で振り返る。

(゚3゚)「そう、“ワタナベ崩し”だ。その話をする為に、わざわざここまで君達に御足労願ったのだよ。
     ここなら、ネットの網も通っていないから、誰かにこの計画が漏れる事は無い」

酸性雨が霧となって降りそぼる深緑の廃墟を、今一度見渡す。
異常発達した蔦と木々と苔に覆われ、淡い胞子が漂うツクバ学術研究都市跡に、人の気配はない。
居るとしたらそれは、哨戒任務中のロイヤルハントか、死者の亡霊くらいのものだ。

(゚3゚)「――とはいえ、何処で誰が聞いているとも限らない。事は細心の注意を必要としているのだ。
     詳しい続きは、走りながらにしよう」

眉間を険しく、さも秘密めかしてタナカは俺達を自らのジープへと促す。
俺達三人は、互いに顔を見合わせる。

763 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:39:50 ID:my4FaQC60
o川;゚ー゚)o「……」

不安そうな表情を浮かべるキュート。

从 ゚∀从「……」

ここに来てから一切口を開かないハインリッヒは、何時もの鉄面皮。

('A`)「……」

そして、俺自身もまた、未だにこの男を信用する事が出来ないでいた。

(゚3゚)「大丈夫だ。私が君達に危害を加えるような事は無い。安心したまえ」

('A`)「で、そっちの秘書に銃を抜かせて、もう一度同じセリフを言うんだろう?
   “あくまで、私が君達に危害を加えないだけだ”とか何とか言ってな」

(゚3゚)「ははは、どうも私は信用が無いね。――いいだろう」

タナカが目線で合図をする。
傍らの秘書は一瞬の逡巡も無く、腰と両脇のホルスターから合計三丁の拳銃を抜き、地面に放った。

(゚3゚)「これで、どうだね?」

从 ゚∀从「おや、ど忘れか?踝の二丁と袖口の二丁が残っているだろう?」

(-@∀@)「……」

横合いから割り込むハインリッヒに、秘書官が分厚い眼鏡の奥で僅かにぎょっとする。
索敵として広範囲を精査するには胞子が邪魔過ぎるが、これだけの至近距離ならば鋼鉄の処女の電磁誘導センサも通用するようだ。
無言で武装を解除する秘書官は、僅かに苦い顔をしていた。

764 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:40:40 ID:my4FaQC60
(゚3゚)「…ははは、お見通しか。誤解が無いように言っておくが、これはあくまで最悪のケースを想定した護身の為だ。
     それをこうして放棄するには、君達が私を守ってくれたまえよ?」

悪びれもせずにのたまうタナカに、胸中で俺は唾を吐く。
敵なのか味方なのかは、未だ判然としない。
仕込みがばれても動揺を見せないのは、まだ何か隠しているからか、それとも本当に俺達に依頼があるからか。
少なくとも、今分かるのは、この男がそこそこにやり手の人物だと言う事だ。

('A`)「はっ、よく言うぜ。いいからあんたらが先に乗りな。最初に後部座席に乗って、爆弾が無いかを証明するんだ。
   その後、そっちの秘書が運転席に座り、エンジンをかけろ」

ハインリッヒが銃を突きつける傍らで、俺もカスタムデザートイーグルを構えて二人を促す。
タナカ達は言われた通り、後部座席を改めて爆弾が無い事を証明し、秘書官が運転席についてキーを回す。
エンジンの排気音と共に、ジープが正常な息吹を上げる。十秒ほど待ってみても、爆発するような気配は無かった。

('A`)「ハインは助手席で秘書を監視しろ。キュートは俺と後部座席でタナカを張る。
   あんたらも、妙な動きはしない事だ。誤解であんたらの頭を吹き飛ばす事だけはしたくないからな」

タナカがそれに頷き、俺達はそれぞれジープに乗り込む。
アサルトライフルからエレファントキラーに持ち替えたハインリッヒが助手席。
後部座席には、タナカを挟んで、右に俺、左にキュート。
俺達の荷物は、全てジープの荷台に移し替えた。

765 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:42:18 ID:my4FaQC60
(゚3゚)「さて、ここまでしたからには、私の依頼は受けてくれるんだろうね?」

('A`)「頭が馬鹿かテメエ。ここまでするほど、あんたを信用してないって事だよ。
   受けるかどうかは、話しを聞いてから俺達が決める」

(゚3゚)「ふふ、そう言いつつも君は話しが聞きたくてしょうがないといった様子だ。
     現に、ここまで来て、ジープにも乗った。違うかね?」

セーフティーを外したデザートイーグルの銃口を、タナカのこめかみに押し付ける。

('A`)「余計な事は囀らんでいい。俺が話せと言ったら話せ。主導権を握っているのはこっちだ」

タナカの横顔越しに見えるキュートの瞳が、不安げに揺れている。
口の中に自己嫌悪の味が広がるが、俺はそれを飲み込んだ。
出来ることなら、彼女の前だけでも、道化を気取って居たかった。

(゚3゚)「ああ、そうするとしよう。君がそう望むのならな」

目を見開き、肩を竦める道化じみたあの動作で、タナカ。
「出せ」、という彼の短い指示に従い、ジープはゆっくりと走りだす。
とろとろとした速度でビルの樹海を抜けた後、かつてはメインストリートであっただろう、
罅割れ蔦に覆われた道路に出た所で、車体が徐々に加速し始めた。
酸性雨と胞子が混じり合い、薄く黄土色がかった空気の中、窓から曲がりくねった枝を伸ばす建物の群れが、両脇を流れ過ぎて行く。

766 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:43:15 ID:my4FaQC60
('A`)「先ずは、何故俺達に依頼を持って来たか。それについて答えて貰う」

探りを入れる意味での、俺の最低限の短い問い掛け。
銃口を向けられても平然とした表情で、タナカは口を開く。

(゚3゚)「君達にしか出来ない仕事だからだ。君達こそが適役で、最も相応しいと判断した。故に――」

('A`)「答えているようで答えていない。はぐらかすのは止めろ。何故、俺達にしかできないのか。理由を言え」

(゚3゚)「それは、君達自身が良く分かっているだろう?」

鈍い打突音。
デザートイーグルのグリップで殴られたタナカの口の端から、細く血の糸が垂れる。

('A`)「すまないな。俺の左手は、一度言って分からない馬鹿が大嫌いみたいだ。
   もしかしたら、次は引き金が引かれるかもしれん。気をつけてくれ」

o川;゚ー゚)o「……」

キュートの怯えた視線が、喉に突き刺さる。
勤めて無視して、俺は先を促す。

767 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:44:35 ID:my4FaQC60
(#)3゚)「……君達は、渡辺グループと浅からぬ因縁がある。違うか?」

('A`)「質問をしているのはこっちだ。聞かれた事にだけ答えろ」

(#)3゚)「……つまり、そう言う事だよ。君達となら、組んでも良い。
きっと心情的に共感できる、志を共に出来る、とそう判断した」

('A`)「どうやって俺達の事を調べた」

(#)3゚)「……」

('A`)「もう一度だけ聞く。どうやって、俺達の事を、調べた」

(#)3゚)「それは……言えない」

轟音。
カスタムデザートイーグルが吐き出した弾丸が、タナカの右腿の上のスラックスを掠め、シートに食らいついていた。

('A`)「残念だったな、タナカさん。あんたとはもしかしたら話し合えると思っていたんだが……」

トリガーをもう一度引く。
醜悪な灰赤の飛沫と共に、タナカの右腿の肉が千切れ飛ぶ。

(;#)3゚)「ぐっ――くっ――」

('A`)「どうやら。俺の勘違いだったみたいだ」

額に脂汗を浮かべて痛みを堪えるタナカ。
それを遠くの事のように見つめながら、凍てつく指先でトリガーを握る。

768 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:45:31 ID:my4FaQC60
(;-@∀@)「タナカ様!」

運転席で、秘書官が悲痛な声を上げる。

从 ゚∀从「前を向いて運転を続けろ」

そのこめかみに、ハインリッヒのエレファントキラーの銃口が食いこむ。

(;#)3゚)「ヌグ――オォ――」

('A`)「さて、こっからは消耗戦だ。先に俺の手持ちの残弾が尽きるか、それともあんたが急にお喋りになるか……」

言いながら、タナカの右足の爪先に銃口をポイントする。
二秒待って、それでも話しださないのを確認。
引き金を、

o川*;д;)o「どっくん止めて!」

張り裂けそうなキュートの悲鳴が、俺の指を止めた。

o川*うд;)o「それ以上は…お願い……」

可愛らしい顔を、くしゃくしゃに歪めて、縋りつく様なその顔を前にして、銃口を下ろす。
冷え切った身体の芯から、冷気が急速に退いて行く。
代わりにそこを埋めたのは、底無しの虚無だった。

('A`)「……」

(;#)3゚)「ハァ――ハァ――済まない――これだけは、言うわけには――」

歯を食いしばって痛みに耐えながら、それでもタナカは決然と言う。
これ以上続けた所で、収穫は無さそうだった。それだけが、ある種、気休めな救いでもあった。

769 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:48:38 ID:my4FaQC60
('A`)「……オーライ。それじゃあ、あんたが言いたがっていた話しに移ろう」

o川*うへ;)o「……」

('A`)「“ワタナベ崩し”についてだ。何を言いたいのかは大体分かる。だから、詳細を聞かせろ」

淡々と俺が詰問する間、キュートは荷台のデイパックから包帯と消毒液を取り出し、黙々とタナカの右腿の手当てを進める。
涙の滲んだその双眸は、俺の目を見る事を避けていた。

(;#)3゚)「…君が察している通りだ。……私と、君達の手で、渡辺グループを解体する」

未だ荒い息でタナカが告げた言葉。

渡辺グループを解体する。

大方、察しはついていた。矢張り、馬鹿馬鹿しい戯言だった。
現実感の無いその響きは、それでも俺の耳朶にこびりついて離れない。

('A`)「確認だが、渡辺グループを解体するっていうのは、文字通りの意味と受け取って良いか?」

(;#)3゚)「ああ、そうだとも。幾ら奴らが巨大だとしても、“企業”である、という事に変わりは無い。
       企業法は適用されるし、経営が回らなくなれば潰える。巨人殺し(ジャイアント・キリング)ではあるが、不可能、というわけではない」

タナカの弁は、理屈の面では正しい。
可能か不可能かで言えば、可能だ。
だがそれはあまりにも荒唐無稽。理論上可能だからと言って、誰が生身のままに水上を走りぬけられるだろうか。
世界規模に根を張る多国籍型コングロマリット、渡辺グループを解体する、というのはつまりはそのような事だった。

770 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:49:30 ID:my4FaQC60
('A`)「……馬鹿馬鹿しいが、一応聞いてやろう。具体的には、どうする?」

淡々とした俺の問いかけにも、タナカはその確信めいた態度を崩すことなく続ける。

(;#)3゚)「醜聞(スキャンダル)だ。今までに渡辺グループが行って来た非合法活動を、白日の元に曝け出す。後は、法の裁きによる業務停止命令を――」

最後まで聞かずに、俺の口から嘲笑が零れた。

('A`)「何を言い出すかと思えば、随分と面白い冗談を言う。スキャンダルを公開する?
    寝ぼけた事を…そんな事で渡辺を解体出来るんだったら、奴らはとっくにグループ全体が路頭に迷ってるよ」

渡辺グループが今まで働いて来た非合法活動など、俺が把握できないものも合わせれば星の数ほどあるだろう。
メガコーポを生かす為に、一体どれだけの血が流された事か。
それら無数の被害者達の中で、渡辺グループに抗おうとした者など、それこそ掃いて捨てる程居た筈だ。

だが、彼らの声が日の明かりの下に響く事は無い。
警察もメディアも、金で利用出来るものは全て利用して、糾弾の声を悉く握りつぶして来たからこその、今の渡辺グループだ。

(#)3゚)「……だが、今回はそうならない。決してな」

('A`)「大した自信だな。何だったら、俺もお天道様を引きずり降ろしてぶっ殺せる気がするよ」

(#)3゚)「根拠が、必要かね?」

('A`)「……」

771 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:50:48 ID:my4FaQC60
深い確信を込めたその声に、俺は口を噤む。
俺の微細な揺らぎを見て取ったタナカが、静かに言葉を継ぐ。

(#)3゚)「……その前に確認させてくれ。君達は、何があってもこの私を守り抜く。そう、誓ってくれるか?」

('A`)「知るか。それはあんたが“根拠”とやらを言ってから決めることだ」

(#)3゚)「……」

一旦の間。
包帯を巻き終えたキュートが、顔を上げて俺達の様子を見守る。
運転席の秘書官が、ルームミラー越しに問い掛けるような視線をタナカに投げる。
それに、重々しい頷きを返すと、タナカは目を閉じ言った。

(#)3゚)「私が、渡辺グループ前CEOだから。根拠は、それだけで十分ではないかね?」

酸性雨が、ジープの車体を叩く音が、耳に絡む。
思い出したようにワイパーが立てる、間の抜けるような摩擦音。

('A`)「先代会長様、か……」

歯と歯の間で、からからと言う様なその響きを矯めつ眇めつしてみる。
先代会長ともなれば、渡辺グループの暗部の全てを知っている事になる。
加えて、社の代表であった人物の口から語られた事ならば、一介の個人のそれと違い、デマだとして封殺する事も出来まい。

彼が語る情報の全てに裏付けが取れ、尚且つ彼が本当にグループの前会長であるのならば、だが。

772 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:51:53 ID:my4FaQC60
(#)3゚)「君が思い浮かべている疑念を当ててやろうか?
      私が、本当に会長なのか?私の語る情報が、嘘ではないか?そんなところだろう」

持って回った言い方は、自信の表れか。
「胸ポケットを探して見ろ」という彼の弁に従えば、出て来たのは携帯端末(ハンディターミナル)。
それを操作して一葉の画像ファイルを開くと、タナカはホログラフとして映しだす。

(#)3゚)「私の脳紋データだ。義体化で外見は変わっていても、これで私がポセイドン=タナカである事が証明できる。
      信用できないなら、VIPに戻った時に君が医者を連れて来て調べてくれてもいい」

('A`)「……で、あんたが証言したとしてだ。それを裏付ける証拠の類は?」

(#)3゚)「私の脳核内に全て収まっている……と言いたい所だが」

そこで初めてタナカは歯切れ悪く語尾を濁す。

('A`)「だが?」

(#)3゚)「万が一、私の脳核がハッキングされた時に備えて、渡辺グループの非合法活動についてのデータは、全て外部記憶素子に移し替え、スタンドアローン状態で別所に保管してある」

('A`)「はっ、そいつはまた厳重な事で。そこまでして、どうしててめぇがこさえた王国をぶち壊したいなんて思うもんかね」
774 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:54:07 ID:my4FaQC60
(#)3゚)「……人間としての、ささやかなる正義感から…と私のような人種が君に言った所で、信じて貰えないのだろうな」

('A`)「へえ、流石は前CEOだ。人を見る目は確かじゃねえか」

(#)3゚)「ならば、正直に言うことにしよう。渡辺グループが潰える事で、私が利益を得るからに他ならない。
      結局のところは、人間の行動理由など、全てそこに集約される。そうだろう?」

('A`)「ふんっ、違いねえ」

鉛のように濁った双眸で、俺達は互いに言葉を重ねて行く。
聖人の無償の愛よりも、悪党の抱く欲望の方が、信用がおける。
腐りきった価値観だ。出来る事なら、捨て去りたい。生憎、そんな予定が今後入る見込みは無さそうだが。

(#)3゚)「まあ、敢えて言うならば…私怨、というのも僅かにある」

呟くように吐き出し、タナカは僅かに目を細める。

(#)3゚)「かつて、君が請けてくれた国外逃亡の依頼…実を言うと、あの時私はアヤカの私兵に追われていたのだよ」

アヤカ、という名前に一瞬誰の事を言っているのか考える。
数瞬の後、それが現渡辺グループCEOの下の名前だと言う事を、俺は思い出した。

(#)3゚)「社内クーデターという奴だ。襲撃計画を知った時には、既に遅かった。
      役員達の七割が、既に奴の派閥に呑みこまれ、グループ内での私の味方は既に皆無も同然だった」

('A`)「で、泡食って逃げ出して来た、と」

775 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:55:39 ID:my4FaQC60
憎悪は残り香だけに、あくまで淡々とした口調でタナカは言う。
既に座る玉座が無いのなら、城ごと叩き潰すまで、と言った所で、その復讐は成し遂げても何も残らない事を、このタナカという男は心得ている。

あくまでも、彼が動くのは、渡辺グループが潰える事で、自らに利潤が生まれるから。

渡辺グループとシェア争いをしている他社に身売りでもするつもりなのか。詳細は知らない。知った所で、きっと胸糞が悪くなるだけだ。

(#)3゚)「復讐で家は建たない。私はそこまで感傷的になれない性分でね」

('A`)「……」

俺は束の間、数時間前に別れた“あの男”について思いを馳せた。
相方の仇を追い掛ける事にとりつかれ、爪先から魂をすり減らして行った、あの不器用な男の事を。

一時の感情の爆発は、それを持続させるとなると酷く難しい。
怒りも、憎しみも、悲哀も、情愛も、全ては一過性のもの。
時間の経過は、悲しみを優しく癒し、愛を残酷なまでに風化させる。
手当たりしだい当たり散らした後で、残るものと言ったら、督促状の山だったり、整備不良で壊れたエアコンだとか、そういった形のあるものだけだ。
善し悪しだとかを断じるつもりは無い。ただ、経験則からして、そういうものだという、思考放棄にも似たつまらない感想が零れて来るだけだ。

(#)3゚)「……さて。私のつまらない感傷はどうでもいいのだ。具体的な策について、少しばかり説明させて貰おう」

タナカの淡々と抑えた声が、刹那の愚考を遮る。

776 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:57:34 ID:my4FaQC60
(#)3゚)「これから、先に言った非合法活動の証拠となる私の外部記憶素子を回収した後、我々は一度VIPに戻る。
      そのまま外部記憶素子を政府警察なり報道機関なりに引き渡すのが本来なのだろうが、どちらもアヤカの息が掛っているので現実的では無い」

(#)3゚)「そこで、情報公開については、全てをキュートくんに一任したいと思う」

今まで、黙して俯き、タナカの治療にあたっていたキュートが、のっそりとその顔を上る。

o川*゚ー゚)o「わた、し……?」

困惑気味に鸚鵡返すキュートに目線で頷いてから、タナカは言葉を続ける。

(#)3゚)「フリーランスで報道する、となるとゲリラ的にならざるを得ない。
      しかし、ゲリラ報道だと今度は記者本人の社会的な信用が問題になってくる」

从 ゚∀从「三流ゴシップばかりを扱うジャーナリストの言う事をいちいち真に受ける人間は居ないからな」

運転席に目を光らせたまま、鋼鉄の処女が言葉尻を補足するように呟く。

(#)3゚)「そう言う事だ。その点、彼女ならば問題ない。何せ、GMN(グローバルメディネットワーク)の出身だ。
      お昼のマドンナと言えば、世の人々の覚えも目出度い。私も、あの番組は贔屓にさせて貰っていたよ。
      突然の独立宣言から、ゲリラ報道であのワタナベの不正を告発。番組的にも、非常に映える」

そこまで言い終えると、タナカはその腫れあがった顔に意味ありげな頬笑みを浮かべる。
その笑みの形を見た瞬間、俺は奴の思考の一端を理解して、吐き気のする思いに襲われた。

777 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:58:47 ID:my4FaQC60
(#)3゚)「聞けば、キュート君の弟さんは、あの黒山羊のサーカス事件に関わっていたとか……」

o川;゚ー゚)o「――!」

(#)3゚)「あの件にはワタナベの圧力が少なからず働いたとも――」

右手が動いた、と思った時には既に遅かった。

(#)3゚)「ぐっ――!?」

タナカの顔面を殴りつけた感触が、自己嫌悪となって拳を伝う。
頭に血が上った後は、何時でも気持ちが悪い。

('A`)「……それ以上のお喋りは、止めとけ」

(#)3゚)「……まさか、君の方の気分を害するとはね」

o川; へ )o「……」

(#)3゚)「……ともあれ、軽率だったよ。失礼した」

頬を摩るタナカ。
その横で、キュートは怯えと困惑のない交ぜになった顔で、俺とタナカの間で視線をさ迷わせている。

分かっている。こんなのは、完全な自己満足だと。
彼女の“こころ”を、悪戯にざわつかせている、という点では俺もタナカも同じだと、分かっている。

だから結局、そんな風に何時までたっても幼稚な俺は、キュートに「答え」を返してやる事も、
優しい言葉の一つも掛けてやれないで、馬鹿の一つ覚えみたいに視線を逸らすことしかできなかった。
そこに心が籠っていないとしても、詫びの言葉を口に出来る分、タナカの方がまだマシだ。

778 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 20:59:48 ID:my4FaQC60
(#)3゚)「……失言は詫びよう。改めて、情報開示に関して、依頼させてもらってもいいかな?」

o川; へ )o「私が、ワタナベの、非合法活動を、報道する……」

キュートは、一言、一言、その感触を確かめるよう、吐き出して行く。

o川; へ )o「私が――」

次の言葉を音にしようとして、その口がぴたりと止まった。
喘ぐように動いた口元は、“それ”を言葉にしていいものか、躊躇っているようでもあった。

o川; 口 )o「わ、たし、が――でも――」

ワタナベの悪事を白日の下に曝け出す事。ワタナベ・グループを崩す、と言う事。
それはそのまま、ワタナベ・グループで働く人々の人生を、滅茶苦茶に破壊する、と言う事。
人一人が背負うには、その決断はあまりにも重すぎる。

(#)3゚)「……そうだな。確かに、今ここで直ぐに答えを聞かせてくれ、というのは性急すぎる」

キュートの迷いを予測していたように、理解者ぶった言葉を並べるタナカ。

(#)3゚)「――良し、こうしよう。この依頼を受けるかどうかは、実際に外部記憶素子の中を見てから、君達が決める。それでどうかね?」

o川; へ )o「……」

(#)3゚)「素子の中身を見て、受けるにしろ、受けないにしろ、そこまでの護衛料は別途で払おう。
      勿論、受けてくれるのなら、相応の報酬はちゃんと用意してあるがね」

未だ答えを出しかねるキュートから視線を俺に移し、片目を閉じてみせる。
わざわざ俺用の妥協案も用意してくれると言うわけだ。こいつは至れりつくせりだ。

779 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:01:30 ID:my4FaQC60
('A`)「……で、肝心の外部記憶素子とやらは何処にあるんだ?」

(#)3゚)「それについては問題ない」

持って回ったタナカの言い回しに合わせるよう、ジープが止まる。

(#)3゚)「話しも纏まった所で到着だ」

フロントガラスの向こう、タナカが指差す先。
崩れかけた建物の群れの中に、隠れるようにしてひっそりと聳える強化合金製のフェンスには、
「第八特別狩猟区」とだけ書かれた、鋼鉄のプレートが鎖でぶら下がっていた。

780 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:02:39 ID:my4FaQC60

  ※ ※ ※ ※ 


――酸性の雨霧の中、ぼんやりと浮かび上がるのは、妙に幾何学的な建物の屋根々々だ。
高さも外観も不揃いなそれらは、かつては研究施設か何かだったのだろう。
隆起したアスファルトや、倒壊したコンクリ壁の間、丁度洞穴(ほらあな)のようにして空いた空洞に蓋をするかのように、
そのフェンスの威容は聳え立っていた。

第八特別狩猟区。

長い年月を酸の雨に晒された為、錆が浮き、所々が溶解したそれの前には、
銀色の防護服に身を包んだ門番が二人、アサルトライフルを構えて両脇を固めている。

('A`)「おい、特別狩猟区ってどういう事だ?」

促されるままにジープを降りた俺に、タナカは意味ありげに微笑むだけで答えようとはしない。
荷物を纏めて雨の中に踏み出した俺達を認め、見張りの防護服達がその銃口を向けた。

〔:◎:〕「動くな。両手を頭の後ろへ。今からそっちへ行くが、妙な動きはするなよ」

o川;゚ー゚)o「な、なに……?」

从 ゚∀从「……」

戸惑いを浮かべるキュート。僅かに目を細めるハインリッヒ。
そんな二人とは対照的に、訳知り顔のタナカとその秘書官。
防護服のうち一人がこちらへ向かって歩きだすと同時、雨の音に紛れて微かなモーター音が周囲の廃墟から聴こえて来る。
目だけを動かして確認すれば、そこここの瓦礫の陰から、幾つかのレンズの鈍い照り返しが見えた。

781 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:04:06 ID:my4FaQC60
('A`)「ガンターレットか……」

前方180度、扇形の包囲網。状況が飲み込めないまま、無茶をするわけにもいかず、大人しく防護服の言葉に従う。
俺達が銃口の槍衾の中で立ち尽くす間に、防護服はタナカの前まで歩み寄ると、
腰から下がった携行認証機で、タナカの身体を爪先から頭の天辺まで精査している所だった。

〔:◎:〕「……タナカ氏でございましたか。これは失礼しました」

認証機のLEDが、オレンジからグリーンに変わったのを見て取り、防護服はすんなりとその態度を崩す。
周囲のガンターレットの照準が外れる気配もした。
一体、この防護服は何者なのか。見た所、ロイヤルハントの哨戒兵というわけでもなさそうだが。

(゚3゚)「構わんよ。今日は友人たちも連れて来ているのだが――」

〔:◎:〕「ええ、タナカ氏の御友人でありましたら、問題ありません。どうぞ、心行くまでお楽しみください」

俺達の戸惑いも余所に、話しを纏めたタナカが振りかえり、笑顔で皆を促す。
無言のその表情の中に、下手に口を開けると面倒が起きる臭いを嗅ぎ取り、俺達は目線だけで頷き合い、防護服の横を通り過ぎた。

〔:◎:〕「――っと、失礼、ご婦人」

o川;゚ー゚)o「は、はい?」

782 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:05:10 ID:my4FaQC60
〔:◎:〕「当狩猟区は、区内での撮影はNGでして」

キュートを呼びとめた防護服が、彼女の腰に下がったハンディカムを目敏く指さす。

〔:◎:〕「お帰りの際にお返ししますので、こちらで預からせて頂いてもよろしいでしょうか?」

o川;゚ー゚)o「えっと……」

束の間、キュートの視線が宙をさまよう。
腰のハンディカム、目の前の防護服、肩の上の“きゅー子”と動いてから、防護服の手の中のアサルトライフルに止まる。

一瞬の逡巡。
震える手で、キュートはハンディカム“だけ”を差し出した。

〔:◎:〕「恐れ入ります。こちらで責任を持ってきちんとお預かりしますので、ご安心くださいませ」

o川;゚ー゚)o「は、はひっ……」

ぎこちない顔を浮かべるキュートに、しかし防護服は気付く様子も無い。
「他に、カメラなどお持ちの方は?」と申し訳程度に、俺達の荷物をチェックすると、彼の合図の元、第八特別狩猟区のフェンスが金切り声を上げて開いた。
  _,,,_
/::o・ァ「……キュキュッ」

o川;゚ー゚)o「……はは」

自らの身に降りかかった危機など知らぬ気に、ペットロイドの皮を被ったスパイドロイドは自らのピンク色の羽を嘴でつついている。
仮の主でもあるキュートもまた、その様子に些か毒気を抜かれた曖昧な笑みを浮かべていた。

783 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:06:25 ID:my4FaQC60
(゚3゚)「さあ、こっちだ」

既に先を行っていたタナカが、俺達を振り返る。
ハンチング帽子の位置を直す奴の肩には、先の猟銃が担がれていた。

タナカの先導に従うままにフェンスを潜り、俺達はコンクリートの洞穴の如き、第八特別狩猟区の中へと足を踏み入れる。
今にも倒壊しそうな廃墟の壁には、申し訳程度の豆電球やオイルランプがぶら下がり、前時代的な炭鉱を彷彿とさせた。

俺達が中に入ったのを確認したのか、背後でフェンスが再び金切り声と共に閉ざされる。
防護服の二人は、再び見張りに戻った。監視カメラやそれに類するものが無い事を、
ざっと確認した後、俺は先を行くタナカの背を呼びとめた。

('A`)「おい、なんだここは?」

(゚3゚)「表に書いてあっただろう。第八特別狩猟区さ」

馴れた足取りで瓦礫をよけながら、タナカは首だけで振り返る。

(゚3゚)「ここはワタナベ・グループの子会社の一つが富裕層に向けて運営している、狩猟区の一つ」

('A`)「んなことを聞いてるわけじゃ…なに?ワタナベの子会社?」

(゚3゚)「科学の進歩の代償として、大気汚染は今や深刻な域にまで達している。
    汚染を免れた野生動物は今や絶滅の危機に瀕しており、世界的に保護対象だ。
    そんな中にあっても、人々は古くから連綿と続けて来たこの習慣を捨て去る事は出来なかった」

784 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:07:30 ID:my4FaQC60
大仰な言い回しも、いい加減苦言を挟むのが面倒だ。
豆電球の明かりの届かぬ周囲の闇に気を配りつつ、俺は耳だけでタナカの話の続きを聞く。

(゚3゚)「そんな訳で、表向きには野生動物の狩猟は御法度であるが、禁じられれば禁じられる程、その甘い匂いに惹かれるのが人の性というもの」

从 ゚∀从「御託はいいから要点だけを話したらどうだ?」

容赦の無い斬撃のようなハインリッヒの言葉。どうやら、ガイノイドにもやっこさんの話し方は癇に障るらしい。
予期せぬ横やりに、タナカは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をすると、直ぐ様苦笑いで取り繕う。俺は胸中で相棒に拍手を送った。

(゚3゚)「……需要があれば、供給がある。禁じられた遊びを欲する好事家達の為に、ワタナベ・グループはクローン動物達を離した狩猟場を用意した」

o川*゚ー゚)o「クローン動物……」

(゚3゚)「君達も、ここに来るまでに目にして来ただろう?鹿や猿、狐に狸、果ては熊やら虎まで、古今東西、あらゆる動物がここで離し飼いになっている。
    動物園かサファリパークのような趣だが、残念ながらここは十八歳未満立ち入り禁止だ」

('A`)「ついでに、貧乏人もだろ?」

(゚3゚)「ははっ、これは手厳しい皮肉だ。ドクオ君の言う通り、この狩猟区はあくまで非合法施設。
    一部の会員にしかその存在を知らされていない、裏の社交場と言った所だね」

从 ゚∀从「鷹撃ち接待の傍らに商談を纏める、と。高尚なビジネステクニックだな」

面白くもなさそうに鼻を鳴らし、ハインリッヒは撃鉄を起こしセーフティーを掛けたエレファントキラーを編上げブーツの口に挟むと、
背中のデイパックからアサルトライフルを抜く。
先頭からタナカ、俺、秘書官、キュートと来て、しんがりを勤める鋼鉄の処女の瞳は、暗闇の中でいっそう暗く、赤く輝いていた。

785 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:09:21 ID:my4FaQC60
('A`)「……で、ワタナベを追われたあんたが、どうしてまだここに顔が利くのかが疑問なんだがね」

(゚3゚)「タナカ氏というのは、私のかつてのビジネスパートナーでね。この義体は、元は彼のものだった」

特に、何でもない事のようにタナカは言う。

(゚3゚)「タナカ氏は、本人証明が要る時は、義体内に挿れたナノ・タグを使って全てを済ませていた。
    無論、私と一緒に狩りを楽しむ時もね」

胸糞の悪くなるような事を、淡々と述べるその横顔は、世間話でもするかのようだ。

('A`)「……ワタナベ・グループってのは、他人の身体を“着る”のが趣味の変態共が集まってたちあげたのか?」

(゚3゚)「……何を言っているのだね?」

“へ?何言ってるの?他人の体じゃないよ?その子の体は、私のものじゃない”
かの女悪魔の言葉が、オーバーラップする。軽い眼前を覚えて、眉間を揉んだ。

('A`)「――いや、気にするな…あんたが救いようの無い糞野郎だって言っただけだよ」

(゚3゚)「ははっ、なかなか、仲良しこよしとは行かないか」

減らず口を叩き、やんわりとほほ笑むタナカ。
金持ちを見たら、悪党か狂人だと思え。唯一俺が後世に残せる金言といったら、こんなところだろう。

786 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:10:19 ID:my4FaQC60
从 ゚∀从「――それで。件の外部記憶素子とやらは、この中にあるというのか」

(゚3゚)「ここは、私が会長になる前からのお気に入りの“秘密基地”でね。
    ネットも通じていない、出入り出来るのはごく一部の限られた人間のみ、とくれば何かを隠すにはもってこいだろう?
    オマケに、周囲をロイヤルハントの兵隊さん達が勝手に見回ってくれているんだ。至れりつくせりだよ」

「まあ、道案内は私に任せたまえ」と得意気に言って、タナカは首を前に戻した。
コンクリートダストや灰色の胞子を踏みつけ、俺達はタナカを先頭に進んでいく。

細い通路は、真っすぐ、やや下るようにして伸びており、両脇の壁には自動扉の群れが連なっている。
電力が死に絶え、半開きのままになった扉の一つからは、埃を被った机や棚、量子演算端末の遺骸などがちらりと見えた。
外で見た一連の建物群の外観からして、ここもまた、何らかの研究施設だったのだろう。

o川*゚ー゚)o「あの、ここ、狩猟区なんですよね?」

入り口から換算して、どれほどの距離を進んだのだろうか。
黙々とした行進の途中、ふとキュートが問いを上げた。
周囲にぼんやりと漂う胞子は濃さを増し、外よりも湿り気を帯びた空気は、肌を舐めまわすように冷たい。

(゚3゚)「ああ、そうだが」

紳士的な笑みを崩さず、タナカがそれに答える。
通路には、俺達の立てる湿った靴音以外にもの音は無い。

787 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:11:39 ID:my4FaQC60
o川*゚ー゚)o「あの…私、狩りとかしたこと無いから分からないんですけど、普通、狩りって言ったら、屋外でするものなんじゃないんですか?」

(゚3゚)「然り、だね」

o川*゚ー゚)o「じゃあ、どうしてわざわざこんな狭い屋内に…道も、地下に潜ってるみたいだし……。
      あ、いえ、今は関係ない事だって分かってるんですけど……」

(゚3゚)「ふむ――」

尻すぼみなキュートの言葉に、タナカの歩みが止まる。
俺が悪態をつくよりも早く振り返ると、タナカはその顔にいわくのありそうな笑みを浮かべた。

(゚3゚)「それは、ここが会員の中でも特に選ばれた会員にだけ解放される、“特別狩猟区”だからだよ」

o川;゚ー゚)o「選ばれた会員――?特別――」

断片的なタナカの言葉を、キュートが咀嚼し終わる前に、それは動いた。

(゚3゚)「噂をすれば、だ!」

微かな音。振り向くタナカ。
俺も見た。
オイルランプの頼りない明かりの中を、一瞬横切った影。

788 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:12:28 ID:my4FaQC60
(゚3゚)「実物を見るのが一番だろう!そら、追え!追え!」

(#'A`)「おい、待っ――!」

言うが否や、猟銃を構えてタナカは走りだす。
それを追って、秘書官もまた列を飛び出した。

o川;゚ー゚)o「あっ……!」

(#'A`)「くそったれ…こっちは狩猟ごっこに来てるんじゃねえんだぞ……!」

驚くほど身軽な動きで闇の中へと消えて行く二人の背中。
カスタムデザートイーグルのセーフティーを外して、俺も駆け出す。

从 ゚∀从「気をつけろ、ドクオ。何か、妙だ」

俺の背中と自分の背中で、器用にキュートを挟んだ相棒が、告げる。

('A`)「ああ、嫌な予感がする。キュート、俺達の側を離れ――」

振り向きながら言いかけて、俺はそこで一瞬言葉に詰まる。
肩越しに見えるキュートの顔も、俺と目があった事で、気まずげに強張る。

o川;゚ー゚)o「……」

('A`)「――ハイン、キュートは頼むぞ」

刹那の視線の交感は、しかし叶わない。
お互いに目を逸らし、そのままに、足を速める。

从 ゚∀从「……」

相棒の、無機質な紅い瞳は、真正面から非難されるよりも、確実に、俺の胸を抉った。

789 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:13:37 ID:my4FaQC60

  ※ ※ ※ ※


――曲がり角の向こうから、声が聞こえてくる。

「随分と、深くまで潜ってきましたね」

一つは、きんきんと甲高い、男の声。

「ええ、私もここまで来るのは初めてです。きっと、上モノが居ますよ」

もう一つは、のっそりと間延びした、これも男の声。

……痩せぎすののっぽと、小太りの中年。イメージとしては、そんな所だ。

「何せ、ここまででも中々歯ごたえのある獲物揃いでしたからね。
 下に行けばいくほど、手強い敵が出て来る。そういうお約束です」

「ははは!だとしたら、我々はさしずめ、地下迷宮を行く冒険者、と言った所ですな!」

小太りのセンスの無いジョークに、耳障りな笑い声を上げるのっぽ。
こんな下らない会話が、今生での最後の言葉になるなんて、哀れなものだ。

790 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:15:10 ID:my4FaQC60
ζ( ー *ζ「――」

角から足先が覗くか否かのタイミングで、デレが飛び出した。
地面を舐めるような、低い姿勢で、両腕をツバメの翼のように広げ、刹那のうちに跳躍する。

「「――!」」

声の主たる二人が気付いた時には遅かった。
黒いラバースーツの両腕が振るわれ、虚空に銀線が閃いた時には、既に彼らの命は失われてから五秒も経っていた。

どさり、どさり。
断末魔の声すらなく、二人の身体が倒れ込む湿った音。
ごろごろ、ごろごろ。
曲がり角の先から、二つの球体が転がってきて、デレの足元で止まる。
カッと目を見開き、口を半開きにしたそれは、頬のこけた男と、脂ぎった額の広い男の、頭だった。

角から首を出して見れば、輪切りになった男たちの身体のパーツが、胞子の薄く積もった通路の上に散らばっている。
渡辺造兵廠製のアサルトライフルを握ったやけに細い腕、纏った防弾チョッキがはち切れそうな太鼓腹。
デブとノッポの組み合わせ、という私の予想は概ね正しかったようだ。
もっとも、どっちがどっちの声の主だったのかは、今となっては確かめようも無いことだが。

ξ゚听)ξ「狩りに来て、まさか自分が狩られるなんて、思いもしなかったのでしょうね」

一刹那のうちに切断された“パーツ”の断面は、血を流すことさえ忘れている。
単分子(モノフィラメント)ワイヤーをグローブに巻き取るデレは、自らが作り上げた“サシミの山”を、物憂げな顔で見降ろしていた。

791 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:16:29 ID:my4FaQC60
ζ(゚ー゚*ζ「……」

ξ゚听)ξ「……どうか、なさいましたか?」

ζ(゚ー゚*ζ「――いえ、何でも。何でもありませんわ」

慌てて上げた彼女の顔には、取り繕ったような笑み。
取り繕えていないのは丸わかりだが、彼女としても私に心配されるのは本意ではないだろう。

ξ゚听)ξ「そうですか。では、行きましょう。あまり、長居したい所じゃありませんからね」

だから、私も最低限の言葉だけを繋げる。
デレが短く頷きを返す事で、私達はデイパックを背負い直すと、踵を返して前進を再開した。

階層にすれば、地下12階。
ここまで来る間に通ってきた他のフロアに比べて、比較的損壊の規模が穏やかな通路をお互いに無言で進む。

VTOLで運ばれて来てからここに至るまで、私達の間に会話らしい会話は無い。
元々、お互いがお互いを好き好んでお喋りするような間柄では無いが、今日は何時も以上に沈黙の比率が大きい。
それはきっと、今回の任務のせいなのだろう。

ξ゚听)ξ「ここ、ですね」

非常灯の明かりだけが照らす通路を進む事数十秒。
バルブが三つも四つもついた、厳重なエアロックの前に突き当たる。
首筋のソケットに差し込んだ素子内のマップデータと照らし合わせ、一応の確認。
間違いは無かった。

792 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:17:43 ID:my4FaQC60
ξ゚听)ξ「今、開けますので、しばしお待ちを」

努めて事務的に言ってから、隔壁の脇のコンソールをいじる。
予め教えられていた通りのパスコードを入力してから、“ホルスの瞳”を起動。
見た目が気色悪いから、“目”を使った有線接続はあまり気が進まないが、ネットが通じていないのでは仕方が無い。
結線ケーブルを左目から伸ばし、直接監理AIに接続する。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

データの送受信を開始した私を、デレは傍らの壁にもたれかかってぼんやりと眺めている。
黒のラバースーツに、同色の対刃防弾コートを羽織った華奢な身体を、両腕でかき抱くようにして立ち尽くすその様子は、心ここにあらずといった所だ。

自分でも、なんでそうしたのかは分からない。
気が付けば私は、左目に流れる0と1の羅列を追いながら、口を開いていた。

ξ゚")ξ「……スターリンは知ってます?」

ζ(゚ー゚*ζ「――は?ええ、まあ。ラボの学習用ホロで、一応」

ξ゚")ξ「じゃあ、ソ連についても?」

ζ(゚ー゚*ζ「ええ、かつてのロシア……でも、それが――」

ξ゚")ξ「――赤の広場で、とある男が“スターリンは馬鹿だ”と叫びながら走り回っていた」

ζ(゚ー゚;ζ「ええと、あの、お姉さま?」

793 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:18:45 ID:my4FaQC60
ξ゚")ξ「当然、男は逮捕されたわ。裁判の結果、彼は懲役50年を言い渡された」

ζ(゚ー゚;ζ「……」

ξ゚")ξ「刑期のうち、5年は侮辱罪。残り45年は、国家機密漏洩罪だったそうよ」

語り終えた所で、デレの反応を窺う。

ζ(゚ー゚;ζ「……お姉さま?」

私の保有する唯一の笑い話にも、デレは訝しげな顔をして首を傾げるだけだった。

ξ゚")ξ「……いいの。分かってる。私はそういう柄じゃないものね」

ここ一年の中で、最も間の抜けた脱力感が襲ってくる。
思わず言葉も砕けようというものだ。

ζ(゚ー゚;ζ「あ、いえ、違うんです。その、お姉さまのお話は面白かったです」

ξ゚")ξ「…なら笑っておきなさいよ」

ζ(゚ー゚;ζ「ごめんなさい、私の事を気遣って下さったんですよね」

ξ゚")ξ「……別に」

そこで初めてデレはくすりと笑う。
先のジョークで笑わなかったのに、今のやり取りの何処に面白い所があったのか。
一言抗議してやろうかと思った所で、彼女の目線が自らの爪先に落とされている事に気付いた。
794 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:20:03 ID:my4FaQC60
ζ(゚ー゚*ζ「……お姉さまは、今回の任務について、どうお思いですか?」

ξ゚")ξ「……」

予想通りの問い掛け。
どう答えたらいいものか。
言葉を選んでいるうち、デレが先に口を開いた。

ζ(゚ー゚*ζ「私は…正直、迷っています」

躊躇いがちに搾りだされたその言葉は、矢張り私の予想の通りだった。

ζ(゚ー゚*ζ「今までは、お父様に言われた事ならば、全て従ってきました。
      お父様が喜んで下さるのなら……。お父様の為なら、と思えば、何も――」

唇を引き結び、デレは続ける。

ζ( ー *ζ「ですが、今回は……お父様がお喜びになると分かっているのに…どうして……」

ξ゚")ξ「……」

返す言葉を見失い、私は口を噤む。
デレは、そんな私に縋るよう、顔を上げた。

ζ(゚ー゚;ζ「ねえ、教えて下さい、お姉さま。お父様の為なのに!それは間違いないのに!どうして!どうして私は!」

ξ;゚")ξ「……」

左目の中を流れていた0と1の奔流がぴたりと止んだ。
同時、間の抜けた電子音が鳴り、目の前の隔壁が圧縮空気を吐き出した。

795 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:21:16 ID:my4FaQC60
ζ(゚ー゚;ζ「……」

ξ;゚―")ξ「……」

私達は、束の間、お互いに見つめあった。
蒼い瞳に、金色の睫毛。何から何まで自分と瓜二つなデレの顔は、母親に捨てられた幼子のような恐怖に震えていた。

ξ; ― )ξ「……開き、ましたよ」

目を逸らして、それだけを言うのが精いっぱいだった。
それ以上、彼女の瞳を覗いては、居られなかった。

ζ( ― *ζ「そう、ですね……」

消え入るような言葉と共に一度俯くと、デレは機械的な所作で隔壁のバルブを緩めに掛る。
喉につかえた小骨のような罪悪感が、私の胸をチクリと苛む。
“ホルスの瞳”から伸ばした結線ケーブルをしまい終えると同時、デレも全てのバルブを開け終えたようだった。
ドアの解放と同時、室内から通路に土埃が舞い込んでくる。

ζ( ー *ζ「――行きましょうか」

土埃が蔓延する隔壁の向こうを見据えたまま、デレが言う。
厳重なエアロックで封印された先には、夥しい数の培養槽が、林のようにして立ち並ぶ光景が広がっていた。
私は頷きだけを返して、部屋の中に足を踏み入れた。

培養槽の中身は、極力見ないようにした。

796 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:22:14 ID:my4FaQC60

  ※ ※ ※ ※


――乾いた銃声が、湿り気を帯びた廃墟の空気に染み渡った。
俺は瓦礫を蹴飛ばし、足を速めた。
マグライトの頼りない明かりの中で、崩れかかった通路が断片的に浮き上がる。
一歩を駆け抜ける度、床に堆積した土埃と胞子が舞いあがって肌にまとわりつき、気持ち悪い。

(#'A`)「俺の目の届かない所でドンパチやってりゃあ、責任もてねえぞ……」

自分への苛立ちを、タナカへのそれに上書きして誤魔化し、第八特別狩猟区の細い通路を駆け抜ける。
崩れた壁から零れる土砂の山を飛び越え、下り階段を三段飛ばしで踊り場まで。
手摺を掴んで慣性をいなしながら曲がった所で、階下の薄闇の中に、タナカの背中と、その傍らに立つ秘書官が見えた。

(#'A`)「おい、何をしてくれてるんだお客さん。護衛を頼んでおいて、ボディガードを置いてくたあ、どういう根性をしてるんだ?」

全力疾走で上がった息を整えながら、その背中へ近付いて行く。
階下は土砂で埋まっており、タナカはその土砂の上で片膝をついているようだった。

(゚3゚)「ああ、これは済まない。いやはや、獲物を前にするとどうしても昔の血が抑えられなくてね」

振り返ったタナカに、悪びれた様子は無い。
猟銃を小脇に抱えて泥臭い笑みを向けるその様が癪に障り、俺は思わずその場に唾を吐く所だった。

797 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:24:22 ID:my4FaQC60
(#'A`)「――血が抑えられない、ね。あんたは中学二年生かよ」

(゚3゚)「男の子は死ぬまで“男の子”さ」

毒づく俺に、肩を竦めて笑うタナカ。
背後から、遅れてハインリッヒ達が追いつく。

o川;゚ー゚)o「はっ――はっ――」

从 ゚∀从「銃声がしたが、無事か?」

膝に手をつき肩で息をするキュートの傍ら、アサルトライフルを構えて周囲に目を走らせる鋼鉄の処女。

(゚3゚)「観ての通り、さ」

それにタナカは大仰に両腕を広げて無傷を示す。
どこまでも芝居がかって人を食ったその態度に、呆れは振り切りため息も出てこない。

('A`)「観ての通りさ、じゃねえよ。ふざけるのも大概にしろよ。
   こっちはてめえの遊びに付き合う為にツクバくんだりまでやってきたんじゃねえんだよ」

(゚3゚)「まあまあそう言わず。特別狩猟区なんて、滅多に入れるものじゃないんだ。
    せっかくここまできたんだから、君達も楽しんだ方が得だと思うがね?」

('A`)「さっきも言っただろ。生憎だが、俺にはテッポー持って罪も無い動物を追いまわすような趣味は無い――」

そこまで言いかけて、タナカの足元に転がった獲物の姿に気が付く。
瞬間、俺の背中を、名状しがたい悪寒が駆け抜けた。

798 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:25:44 ID:my4FaQC60
(;'A`)「――おい、待て。何だそれは」

二度、三度、瞬きを繰り返して見直す。
目の錯覚では無い。
俺の視線を追ったタナカが、それに気付いて得意気な表情を浮かべる。

(゚3゚)「どうだい、中々の上物だろう?いやあ、これがどうにもすばしっこくてね…追いつくのにてこずったが――」

(;'A`)「てめえの自慢話なんか聴いてねえ。それは何だ、って聞いてるんだよ」

生唾を飲み込む。
知らず、声が震える。
抑えようとして、無駄だと知り、“それ”から視線を逸らそうとして、逸らせない自分に気付く。

(゚3゚)「何って、獲物だよ。“特別狩猟区”限定の、特別な、ね」

にやついた笑みを浮かべて、タナカは“それ”を見降ろす。

薄暗闇の中でもぼんやりと浮かび上がるような白い肢体。
申し訳程度に上半身を覆う襤褸布は衣服の代わりだろうか。
金色の巻き毛、長い睫毛、血走った青い双眸、か細い輪郭、小さな唇、そこから覗く白い八重歯。

ξ )ξ

(; A )「そ――な――」

タナカが“特別な獲物”と言いきった“それ”は、記憶の中の彼女と、瓜二つの姿をしていた。

799 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:26:44 ID:my4FaQC60
从 ゚∀从「――どういう事だ、これは」

淡々とした声で、ハインリッヒがタナカに詰め寄る。

(゚3゚)「どういう事って、そう言う事だよ。ここは特別狩猟区。禁じられた遊びを楽しむ為の、特別な紳士の社交場さ」

分かり切った事を何故聴くのか、という顔でタナカは答える。

o川; д )o「ぅ…ぁ……」

目の前に転がる、命が冒涜された事実に、キュートがうめき声を上げる。

从 ゚∀从「自らの楽しみの為に、ヒトの命を殺めるというのか」

鋼鉄の処女は、アサルトライフルの銃口をタナカに向ける。
感情など無い筈のその瞳は、まるで静かな怒りの炎を湛えてでもいるかのようだった。

(゚3゚)「ヒト?これが、ヒトだって?」

タナカはそれに動じる所か、苦笑を洩らした。

(゚3゚)「――なるほど、確かにヒトの形をしている。だがね、君達は少し冷静になるべきだ」

目線で促された秘書官が、“それ”が上半身に纏っていた襤褸布を剥ぎ取る。

(゚3゚)「コレが、果たしてヒトだというのかね?」

露わになった“それ”の右腕は、蛸か、烏賊のそれの如き、うねり、ねじくれた、触腕だった。

800 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:27:39 ID:my4FaQC60
o川; д )o「うっ――!」

正視に耐えがたいその光景に、キュートは遂に壁に手をつき口元を押さえる。

从 ゚∀从「……遺伝子改良か」

あくまで淡々としたハインリッヒの言葉に、タナカは笑みの形に目を細めた。

(゚3゚)「元から“これら”は、この狩猟区で“的”となる為に造られたものだ。
    ヒトの形こそしてはいるが、最低限霊長が持ちうる知性さえ合わせ持たぬ、文字通りの“ケモノ”さ」

そう言うと、タナカは自らが“ケモノ”と評したそれを、爪先で転がして仰向けさせる。
白い腹の周りには、鱗のようなものがまばらに生え、闇の中でてらてらと光っていた。

(゚3゚)「もう一度問おう。培養槽の中で造りだされた“これら”が、どうしてヒトだと言える?
    工場のベルトコンベアから吐き出されてくる、マグロの缶詰と何が違う?」

从 ∀从「貴様――」

(゚3゚)「君達は、それがヒトの形をしてるからと言うだけで、私が“これら”を撃つ事を糾弾しようというのか?
    だとしたら、それは欺瞞だ。偽善だ。偽りの怒りだ。君達は、物事の表面上だけをなぞって、自分が美しいと思うものだけしか見ようとしていない」

眉ひとつ動かさず言いきるタナカ。
ハインリッヒは、そんな彼の言葉に銃のグリップを掴む手に力を込める。
何時もなら、下らない戯言だと斬って捨てるような彼女が、その時だけは、じっと、憎悪を込めた瞳で睨みつけるだけだった。

801 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:28:38 ID:my4FaQC60
o川; д )o「でも…だって…おかしいよ…そんなの……」

壁際でへたりこんだキュートの、嗚咽のような苦鳴だけが、踊り場に虚しく響いている。

俺は、ただ、その場に立ち尽くしていた。

タナカとハインリッヒのやり取りの間にも、ただ、ただ、阿呆のようにして、目の前で物言わぬ骸となった、“彼女”を見つめ続けていた。
“それ”は“彼女”でないと分かっていても、ただ、その視覚的情報を、どう処理していいか分からず、指先すら動かせず、痺れたように固まっていた。

( A )「ぁ――ぁあ――」

頭の冷静な部分が、嘲笑するように囁く。

“おかしなものだな、ええ?自分が一度は殺そうと引き金を引いた女だろう?何をそんなにショックを受けている?”

俺は、何を思えば良い?
俺は、何を為せば良い?
頭が痺れて、何も考えられない。
喉がカラカラだ。肌がひりひりする。胸がむかむかする。気持ち悪い。この場から、消えて無くなりたい。

(゚3゚)「――取り合えずは、それを降ろしてくれないか。私を殺した所で、君達には何のメリットも無い」

やけに冷めたタナカの声で、俺はふっと我に帰る。
気付けば、カスタムデザートイーグルの銃口を、タナカの額に押し付けている自分が居た。

802 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:30:00 ID:my4FaQC60
('A`)「……」

治りかけの傷口から絆創膏を剥がすように、ゆっくりと銃を引いてホルスターにしまう。
よっぽど強く押し付けていたのだろう。タナカの額には、赤く痕がついていた。

(゚3゚)「…理解してくれて有難う。一応、私達は仮のビジネスパートナーだからね。
   君達が乗るにしろ、反るにしろ、商談を宙に放り投げたままでは、片付かないだろう?」

自分の命を引き金の上に乗せられてまで強くは出られないのか。
タナカの声は、僅かに震えていた。

(゚3゚)「だが、君達の反応からして、受けざるを得ないと思うがね。
ここはワタナベの施設で、君達が抱いた“人道的な”怒りは、世の中に公表すれば多くの賛同者を得られるだろうから」

目を閉じ、深く息を吸い込んでから吐き出す。
何か一つ、この腐れ外道に物申して何時もの自分を取り戻そうとした時、遠くで地響きのようなものが鳴るのが聞こえた。

o川;゚ー゚)o「なに……?」

不安気な顔で、キュートが辺りを見渡す。

(-@∀@)「下の方から、ですかね」

今まで事態の推移を見守っていた秘書官が、眼鏡を押さえて足元を見る。
何事か。一同が考えを巡らす間にも、音はどんどん大きくなり、近付いてくる。

803 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:31:14 ID:my4FaQC60
(゚3゚)「まさか、老朽化による落盤か…?いや、しかしまさか――」

タナカが自らの推論を否定した、まさにその瞬間だった。

从 ゚∀从「崩れるぞ!跳べ!」

轟音と共に、天地が逆さになった。

804 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:32:44 ID:my4FaQC60

  ※ ※ ※ ※


――生まれて来てくれて、ありがとう。

駅の構内にある、自殺防止の呼びかけポスターには、良くそんな謳い文句が踊っている。

曰く、貴方の両親は、貴方が生まれて来てくれた事に感謝しているから、貴方にはそれだけで生きている意味があるとか、確かそんな感じだ。

なる程、なかなか上手い言い回しだ。
生まれた事そのものが、誰かに感謝されるようなものだとしたら、この子達も、私達も、きっと幸せなのだ。

ξ゚听)ξ「……」

だだっ広い培養区画の片隅で、培養槽の一つを撫でながら、私はそんな事をぼんやりと考えていた。
二メートルはある透明なカプセルは緑がかった培養液で満たされており、
その中では顔も体格も全てが私と瓜二つの女の子が、胎児のように丸まってぷかぷかと浮いている。
少女の口にはカプセルの上部から伸びた太いチューブが差し込まれており、時折そこから空気が漏れては、コポコポという音を立てた。

ξ゚听)ξ「貴方は、生まれてきて良かったと思う?」

強化ガラス製のカプセルに額を押し付け、返ってくる筈も無い問いを投げかける。
目を閉じ、膝を抱えた彼女は、当たり前のように、黙ってそこに浮いているだけだった。
回りを見渡せば、目の前のそれと同じようなものが、碁盤の目のようにして整然と並んでいる。
皆が皆、生まれて来るだけ生まれて来て、目を覚ます事の無かった私達の姉妹だった。

805 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:34:07 ID:my4FaQC60
ξ゚听)ξ「私?私は、どうなのかな……」

言っていて、何だか可笑しくなってくる。
どうにも、ナーバスな事だ。デレの影響を受けたのだろうか。
多分、そうなのだろう。
そうなのだと、思っておこう。

ζ(゚ー゚*ζ「……こちらの方の設置は終わりましたわ」

噂をすればなんとやら。
群れなす培養槽の向こう側から、対刃対弾コートの裾をふわりとなびかせ、デレが歩いてくる。

ξ゚听)ξ「こっちもOKです。後は、退避するだけですね」

事務的に答える私の手元には、タブレット型の携行情報端末(ターミナル)。
タコの足宜しく無数に伸びた配線は、部屋の各所の爆弾に繋がっている。
エンターキーを押して、時間が経てば、ぼん。全てが瓦礫の下に消える。実に、容易い仕事だ。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

デレは、私の元まで来て立ち止まると、傍らの培養槽を、その中の姉妹を見上げる。
蒼い瞳は、培養液の中で浮き沈みする自らの片割れを前に、揺れていた。

ξ゚听)ξ「短い里帰りでしたね」

ζ(゚ー゚*ζ「……」

ξ゚听)ξ「ま、私達が生まれたのはここではないんですけど。
      あちこちにラボを持ってるのは知ってましたけど、まさかツクバの地下にもあるなんてね」

806 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:35:29 ID:my4FaQC60
ζ(゚ー゚*ζ「……」

ξ゚听)ξ「ノインを最期にアーネンエルベのチルドレン計画も終了らしいですね。
     幾つラボがあったのかは知りませんが、私達の今日のお仕事ので、最期だそうですよ」

ζ(゚ー゚*ζ「……そう、ですか」

ここで最期、という言葉にデレの瞳が痛々しく細められる。
そこに浮かんでいたのは、安堵だろうか、悲しみだろうか。
どっちにしろ、ひどく壊れやすそうな類のものではあった。

ζ(゚ー゚*ζ「もう、用は無い、ということなのですね」

だから、彼女がそんな言葉をぽつりと零した時、私は胸の奥が締め付けられるような切迫さを感じると同時に、「ああ、やっぱりか」と諦めのようなものも抱いた。

ζ(゚ー゚*ζ「お父様のために生み出されて、お父様のために死に物狂いで尽くして、それで、用が無くなったら、捨てられる」

ξ; へ )ξ「それは――」

ζ(゚ー゚*ζ「分かっているんです。そんな事は。今更、何を言っているのかって…当然のこと。
      最初から、ずっと、それが正しいのだと、それが自分の望む事だとして、生きて来たのですから」

ξ;゚听)ξ「でも――!」

デレは、ゆっくりと首を振った。
金色の髪が、それに合わせて揺れた。
その時になって私は、初めてデレの髪の方が、私よりも少しだけプラチナブロンドに近い色合いをしている事に気付いた。

807 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:36:58 ID:my4FaQC60
ζ(゚ー゚*ζ「この子達が、何と呼ばれているか、知っていますか?失敗作、です。
      失敗作――ふふ、まるでヒトに対して使う様な言葉じゃありませんよね。
      ヒト未満…人間になれなかったが為に、知性も与えられず、ここで眠り続ける……」

滔々と言葉を吐くデレの顔は、笑いながら泣いていた。

ζ(゚ー゚*ζ「でも、折角生まれて来たのだから、眠り続けるのじゃ可哀相だと……。
      特別狩猟区――マンハントの的として、お父様はこの子達に役目を――なんと、お優、しい」

後ろの方は、既に声が震えて半分嗚咽になっていた。

ζ( ー *ζ「ワタナベに口を聞いて貰ってここにラボを構えたからには、ワタナベにも還元しなければいけませんものね。
      彼女達は今日まで立派に、我が社への忠誠を尽くしたのですね。それはきっと、大変な幸せ――」

それ以上は、聞いていられなかった。

ξ )ξ「――もう、行きましょう」

ζ( ー *ζ「……」

これ以上、彼女の言葉を聞いたら、きっと私は――。

ζ( ー *ζ「――無駄話を、失礼しました」

瞳を伏せ、背中を向けるデレ。
その横で、私はタブレットの起爆コードをざっと確認した後、感情が入りこまないよう一息にエンターを押した。
ホログラフのデジタル時計が浮き上がり、カウントダウンが始まる。

808 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:38:08 ID:my4FaQC60
ξ゚听)ξ「カウントダウン、開始しました。退避しましょう」

努めて機械的に言い、横のデレをちらりと確認する。
私に背を向けたデレは、フロアの奥、私達が入ってきた隔壁の方をぼんやりと見つめている。

ξ゚听)ξ「どうしたました?速く、退避を――」

言いながら、自らも視線をそちらに向けて、そこで私は言葉に詰まる。

ξ;゚听)ξ「――」

ζ( ー *ζ「なんで――」

デレが、私の言葉を引き継いだ。

ξo听)ξ゚8)ξ@听)ξ

隔壁の向こう、通路からも溢れ出して、それらは犇めいていた。
金色の巻き毛、蒼い瞳、白い肌、ゲルマン系の顔立ち。
皆が皆、一糸まとわぬ姿の映し鏡達は、しかし、歪だ。

片 目が昆虫のような複眼になっているもの、口から山猫のような犬歯を剥き出しにしたもの、両足が鳥類の如き逆足になっているもの、全身がケロイド状になって いるもの身体のあちらこちらにまばらに鱗が生えているもの背中からキチン質の触腕をいくつもはやしたもの身体の半分がゼリー状の不定形のもの

ξ; )ξ「あ――あ――」

生命を冒涜するその異様。
遺伝子工学の結果、生み出された化け物など、過去に何度も見て来た。
だが、今、目の前に居る者達は、全て、その一部に私の、私達の、面影を残している。

809 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:40:28 ID:my4FaQC60
ξ; )ξ「く…ぁ……」

違う。こいつらは、違う。こいつらは、私じゃない。
こんなのは、化け物だ。こんなのは、ヒトじゃない。

だから、早く引き金を。奴らが居ては、退避出来ない。早く引き金を。早く引き金を――。

ζ( ー *ζ「違うっ――」

デレが、跳び出した。

ζ( ー *ζ「違う――私じゃない――私じゃない――」

床を蹴り、両手の指を鉤のように開き、全てを切り裂くモノフィラメントの鋼糸を振りかざして、一直線に群れの中へ、デレが突進する。

ξ8听)ξ゚冩)ξ@听)ξ

ζ( ー ;ζ「私は――私は――」

接敵より五メートルも前で、先頭の五人の頭が宙を舞う。
振り抜かれた右の手がひるがえり、五つの頭が更に細切れの肉片に裁断される。
首なしの五人が前のめりに倒れ、後ろの“そいつら”が骸を踏み越えなだれ込む。

一気に距離を詰めつつ、左の手を振るう。
後続の七人が、足を輪切りにされ、床に這いつくばる。
デレの指先が蜘蛛の足のようにうごめき、床の上の七人が更に両手と胴をスライスされる。

一刹那、血が流れる暇も無い、無音の殺戮。
“そいつら”はただ、犇めき、足を踏み出し、前へ進むだけで抵抗する素振りも無い。
まるで、殺されることこそが、自らの役目だとでもいうかのように。

810 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:42:23 ID:my4FaQC60
ζ(゚ー゚;ζ「私は――私はあ――!」

群れの中に飛び込んだデレは、叫びながら両手を振るう。
右の手が、左の手が、翻るたび、腕が跳び、足が跳び、胴が細切れになり、人体のスライスが床に転がる。
そこに、何時もの舞うような優雅さは微塵も無い。その姿は泣きじゃくり、だだをこねる幼子のようだった。

ζ(゚ー゚;ζ「私は…違う…違うの…こんなのは……」

際限が無い、とでも言うのか。
何人、何十人とを細切れにしても尚、後から後から湧くように、奴らは通路の奥からまろび出て来る。

ξq听)ξ○听)ξ゚#)ξ

奴らは、何もしない。
これだけの殺戮を目の前にしても、なんら反応を返す事も無く、ただ、黙々とその脚を動かし、デレの周りに集まってくるだけだ。
まるでそれは、人を襲わないゾンビの群れのようですらあった。

ζ( ー ;ζ「わた、しは――違うの――本当は、こんな――」

遂に、デレの動きが止まった。
自身が築き上げた“食肉加工場”の真ん中で、両腕を力なく垂らし、立ち尽くした。
唇をわななかせ、虚空を見つめるその瞳に、色は無い。
犇めく異形の姉妹達に囲まれ、彼女は涙を流さず泣いていた。

811 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:43:30 ID:my4FaQC60
ξ;゚听)ξ「くっ――!」

ここに来て、やっと私は我に帰った。
タブレットの表示は、もう秒読み段階に入っている。
このままでは、爆発に巻き込まれる。
何とかして、あの群れを突破しなければならない。

ξ#゚听)ξ「デレ!」

腰に下げたマシンピストルを抜き、群れの中心に呼びかける。
返事は、無い。
電池が切れた玩具のように立ち尽くす彼女の瞳は、既に現実を映していなかった。

ζ( д *ζ「わ、た、し、は――」

自分を、殺す。
文字通りのその行為に、耐えることの出来る人間が、一体この世に何人いると言うのだろうか。

デレが、特別弱いのでは無い。
きっと、そんなものに耐えられる方がおかしいのだ。
私達が、そんなものに耐えられると思っている方が、おかしいのだ。

ξ )ξ「いいえ、違うわね。別に、壊れたって構わないんだわ。始めから、使い捨ての駒でしか無いのだもの――」

唇を、強く引き結ぶ。
足を踏み出し、異形の姉妹たちに向かって、突き進む。
自分を殺す。
マシンピストルの引き金に指を掛け、力を込めようとして、振りかえった姉妹の一人と、目があった。
私は、引き金を引けなかった。

812 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:44:18 ID:my4FaQC60
ξ@听)ξ

その子は、右眼が魚のようだった。
瞼の無い、まばたきをしない右眼は、ギョロギョロと動き回り、くまなくあたりを見渡している。

必然的に、私のそれとぶつかったのは、左の眼だった。左の眼は、蒼い宝石のようだった。
知性の無い筈のその瞳は、しかし、言葉以上に、私へ向かって語りかけてきた。

“お姉ちゃん達、どうしてこんな所にきたの?”

“どうして、私達とおんなじ顔をしてるの?”

“どうして、私達をころすの?”

“お姉ちゃん達は、私達と違うの?”

或いは、それはただの思い込みだったのかもしれない。
自らの似姿を前に動揺した私が、勝手に引き金を引けない言い訳をでっち上げたのかもしれない。

ξ@听)ξ

それでも。
それでも、こんな、邪気の無い、真っすぐな眼をしたこの子を、撃つことなんて、化け物だと思うことなんて――。

813 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:45:43 ID:my4FaQC60
ξ;凵G)ξ「無理、よ…こん、なの……」

引き金から、指を離す。
マシンピストルを握った右の手が、だらりと落ちる。
魚眼の妹は、不思議そうな顔で私を見つめている。
脳核時計にセットしたカウントダウンの表示が、ゼロへと近付いて行く。

立ち止まれば、死。
生への本能が、残酷なまでに私の足を突き動かす。

ξ;凵G)ξ「ああああああ!」

眼の前の妹を突き飛ばし、我武者羅に肉の林を突き進む。
床に転がる姉妹の手足につまずいて転ぶ。
血の赤と脂肪の黄色に塗れて、それでも前へと這い進む。
デレは、相変わらず虚空を見つめている。
姉妹たちは、黙したままに犇めいている。
隔壁まで、後少しの所で、カウントダウンがゼロになった。
眩いばかりの爆発が、私の視界をホワイトアウトさせた。

真っ白になった世界で、私は神様に祈った。
一体、何を祈ったのかは、自分にも分からなかった。

814 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/12/06(木) 21:46:48 ID:my4FaQC60

 

          Next track comingsoon...

 
.

戻る

inserted by FC2 system