677 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:30:40 ID:lF8RX.4g0

Track-α


――左手にべっとりとした湿り気を感じて、慌ててそれにかぶりつく。
口の中にキャラメルの仄かな甘みが広がり、俺は僅かに顔をしかめた。

('A`)「これはちょいとばかし甘過ぎるな」

从 ゚∀从「この空気がか?」

冬の朝のように凍える声が、横合いから掛けられる。
振り返れば、そこに銀髪赤眼、ゴスロリワンピースの相棒が、買い物袋を両手にぶら下げて立っていた。

从 ゚∀从「貴様がよく時間を浪費しているアダルトソフトウェアではよくあるシチュエーションだろう?何が気に食わない?」

何時もの仏頂面で、微粒子レベルの感情もこもらない声音で語りかけて来る彼女の名前はハインリッヒ。
特A級護衛専任ガイノイド、通称を「アイアンメイデン」。
一体でニホン軍の一個小隊にも匹敵する戦闘力を誇り、自己発想許容型AIの搭載により、人間に限りなく近づいた、いわばロボット。

血も涙も無い毒舌少女は、秋も深まってきたと言う事で、何時ものゴシックロリータワンピースの上から、同色のケープを羽織り、
華奢なお御脚には黒のタイツとロングブーツをはいていた。

678 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:32:08 ID:lF8RX.4g0
('A`)「ちげえよ、これだよ、これ」

秋ファッションの彼女に向けて、手の中のそれを突き出して見せる。
茶色い雪だるまのような二段重ねのアイスは、一段目が生チョコレート、二段目がキャラメル味。
お洒落な感じの四角いコーンの縁には、溶けかかった一段目のチョコレートが垂れて来ていた。

('A`)「ハードボルイドな俺には、この甘さはちょっとばかりキツイぜ」

从 ゚∀从「普段からニコチンばかり摂取しているからだ癌細胞。
     煙草を止めてみろ。そうすれば、貴様の灰色の食生活にも一片の色どりが添えられるというものだ」

('A`)「あのさ、それよく聞くけどさ――煙草止めれば、食べ物が美味しくなるってやつ?その通りだと思うよ。全くもってその通り。
    だけどさ、喫煙者にとっては食後の一服、というものもそれに代え難い美味さがあるわけなんですよ」

从 ゚∀从「煙草をやめれば、それにオプションで健康的な肉体、がついてくるが?」

('A`)「健康!ハッ!キミ、誰にモノを言っているのか分かる?このドクオ様に、健康について巧拙たれちゃうの?」

やだー!超うけるんですけどー!健康とか健全とかマジうけるんですけどー!

('A`)「健康なんてクソッ喰らえだね!肺がんで死ぬその日まで、俺は煙草を吸う事を止めない!」

「ぷーくすくすくー」と笑ってやると、ハインリッヒはその白磁の顔に胡乱な表情を浮かべた。

从 ゚∀从「矢張り貴様の脳核にはメモリを増設する必要性があるな。盲腸炎の時の苦しみを忘れたと言うのか?
     床の上をのたうつ生体廃棄物を抱えて、病院まで運んだのは誰だか知っているか?
     肺がんの痛みは、あんなものではないぞ」

679 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:33:28 ID:lF8RX.4g0
ぎくっ。

从 ゚∀从「まあ?貴様が既に自分が肺がんになった事を見越して、私の次の管理者を用意してある、というのならば?
     私としても貴様が何処で野たれ死のうが一向に構わないが。
     入院費、葬式代、全て揃えてくれていれば、肺がんだろうがクラミジアだろうが、好きなように死んでくれ」

(;'A`)「……おい、ちょっとそういう愛の無い事言うのはやめてくれませんか。本気で寂しくなっちゃうだろうが」

从 ゚∀从「どうした?自分が如何に社会的に不要な存在か知ってしまってショックを受けたか?
      心配するな、ドクオ。貴様が居なくても、世界は何時も通り回り続けるぞ。安心して、心おきなく死んでくれ」

(;'A`)「止めて…せめて、“私にはご主人様が居ないと駄目なんでぷー!”ぐらい言って!」

从 ゚∀从「貴様が居なくなったとしても、貴様の生きた証が消える事は無い。私の中の貴様の記憶を、増設メモリに移し替えて闇市に流すのだ。
     そうすれば、貴様は生き続ける事が出来る。――中古ソフトウェアショップの棚の隅でな」

(;>'A`)>「止めろ…止めろ…止めろぉお!ドラック&ドロップで俺を消し去るなぁあ!」

頭を抱えてアイデンティティの崩壊に耐える俺を、鋼鉄の処女は嗜虐的な笑みで見下す。
最近気付いたが、こいつは銃弾飛び交う鉄火場の中でも似たような顔をしている。
戦略的排除目標を撃つのと、俺の硝子のようなまっさらな心を打ち砕くのは、彼女にとって同じように愉悦の対象なのだろうか。

だとしたら、更に俺のアイデンティティがやばい。

680 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:34:34 ID:lF8RX.4g0
从 ゚∀从「……反省したか?」

('A;)「……うん」

从 ゚∀从「これからは健康にも気をつけると約束するか?」

('A;)「……うん」

从 ゚∀从「……ならば良し。飴をくれてやろう」

('A;)「……有難う」

ころころ。

从 ゚∀从「……美味しいか?」

('A;)「……うん。でもちょっと苦いや」

从 ゚∀从「それが人生の味だ」

……俺達は、何でも屋。
気になるあの子への代理告白から、企業機密の強奪まで、報酬次第で何でもやってのける、地域密着型のダ―クヒーロー。
端的に言えば、金の亡者。
人の生のほろ苦さを痛感した俺は、口直しにと手元のダブルアイスを一舐めする。

('A`)「……やっぱり、甘すぎるな」

从 ゚∀从「何だ?この空気がか?貴様がよく時間を浪費しているアダルトソフトウェアではよくあるシチュエーションだろう?何が気に食わない?」

681 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:36:03 ID:lF8RX.4g0
('A`)「おいちょっと会話がルー……」

……プしてんぞ、と言いかけた俺の背後から、慌ただしい足音が近づいてくる。
勤めてそれを無視しようとしたが、残念なことに向こうはそれを許してくれなかった。

「ねえねえどっくーん!どっくんってばー!」

弾けるパッションの黄色い声に、痛み出した頭を押さえつつ振り向く。
家族連れやカップルで賑わう大型ショッピングモールの回廊を、俺に向かって一直線に走ってくると、
彼女は両手にぶら下げた布切れを突き出し、藪から棒に言った。

o川*゚ー゚)o「ねえねえどっくん!どっち!?」

ピンクのキャミソールに、デニム地のジャケットと同じくデニム地のタイトなスカートを穿いたその格好は、
如何にも「休日のショッピングを楽しむ女子大生」と言った所。

浅く被った白と青のしましまのニット帽の下で、桃のような頬を仄かに上気させ、自信満々な顔をしているキュートに、
俺はため息が出るのを禁じ得なかった。

('A`)「いや、どっちってお前――」

目の前に突き出された、ひらひらした布切れから目を逸らす。
右手にはパレオのついた青いビキニ。左手にはピンクとイエローのボーダー柄のセパレート水着。
殊更に深いため息をついてみせたが、彼女は俺の表情もお構いなしに、両手の水着をもう一度突き出した。

o川*゚ー゚)o「どっちが似合うと思う!?」

('A`)「いや、だから君さ――」

o川*>ー<)o「それとも着てみないと分からないとか?やだー!どっくんのえっちー!」

(#'A`)「て、てめえ……」

682 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:37:19 ID:lF8RX.4g0
総天然色ハイテンションできゃいのきゃいのと騒ぐキュートに仄かな殺意を覚えて拳を握る。

从 ゚ー从「……」

隣の相棒は、そんな俺の様子を、督促状を付きつけられた負債者を見下すような表情で観ていた。
なんでこいつ、こういう時だけは楽しそうなの。やっぱり今度、電脳核をいじり直す必要があるよね。

o川*゚ー゚)o「あ、あとねー、ワンピースのやつもあったんだけどねー、
ちょっと似合うかどうか自信無かったから持ってこなかったの。……そっちも見たい?」

(#'A`)「いらんわ!」

o川*゚ぺ)o「えー。じゃあ、こっちのどっちか決めてよー」

(#'A`)「だーかーらー!そういうこと言ってるんじゃないの!」

どうにも調子を崩される。
悔しいが、ハインリッヒの言った通り、こういうのはあまり得意じゃない。

(#'A`)「いいか?今日は、そんなちゃらちゃらした買い物をする為に来たんじゃないの!
    大体水着って何だ!何時着るんだそんなもん!」

o川*゚ぺ)o「えー、向こうに海って無いっけ?」

(#'A`)「ツクバに海なんかあるか!良いから戻して来なさい!」

めっ!と言って怖い顔をすると、キュートはぶうたれながらも、しぶしぶと言った様子で、
人混みの向こう、服屋のテナントの中へと戻って行く。
本当に彼女は、今日の買い物の意味を理解しているのだろうか。甚だ疑問だった。

683 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:38:27 ID:lF8RX.4g0
('A`)「やれやれだ……」

ため息一つ、ベンチに腰掛ける。
祝日ということで、ニューソク駅前の「PINK」は人でごった返している。
同心円状の回廊にずらりと並んだ服屋やレコードショップ、ファストフード店のテナントの間に溢れかえるのは、
幸せそうな顔をしたカップルや家族連れ、流行りのPSYストリート風ファッションに身を包んだ若者たちなど、
凡そ俺のような人間の底辺とは縁遠い存在ばかり。

ショッピングカートを押し、手に手に風船やらブティックの袋などを持った彼らは、遠目から見るだけでも気遅れを感じぜずには居られない。

('A`)「……日陰者には辛い場所だぜ」

( ´ω`)「まったくだお……」

('A`)「ていうかなんでこいつらこんな幸せそうな顔してるの?何なの?毎日がエブリデーなの?」

( ´ω`)「それを言うなら毎日がエブリデーだお」

('A`)「いや、それ変わって無いから」

( ´ω`)「あ、その通りだったお。こいつは失敬」

('A`)「どっ!わっはっはっはっはっは」

( ´ω`)「……」

('A`)「……」

おい。ちょっと待て。

684 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:39:54 ID:lF8RX.4g0
(;^ω^)「って、なんでドクオがこんな所に居るんだお!」

('A`)「それはこっちの台詞だっつーの」

自然な体で俺の独り言に割り込んできたのは、俺以上に日陰の臭いのキツイ塩豚であった。

('A`)「え、お前も外出とかすんの?何時日光を克服したの?目ん玉焼かれたりしてない?」

(;^ω^)「僕は吸血鬼か深海魚かお……」

('A`)「いや、だって……ねえ?」

塩豚改めブーン、事内藤ホライズンの姿を今一度、頭からつま先までなぞる。
何時も着ている黒地のパーカーは洗濯されたのか毛玉一つ見当たらず、下にはおろしたてのワーカーパンツを穿いている。
センスの面から言えば相変わらずだが、全体的に小奇麗に纏まったやつの佇まいは、
情報端末(ターミナル)に四六時中齧りついている社会不適合者のそれからは大分乖離していた。

(;^ω^)「まあ、確かに自分でも出無精で引きこもりである所は否定しないけど……」

('A`)「だろ?何ならジャックインしたまんま現実に戻ってこないまである」

(;^ω^)「……反論したくても出来ないのが悔しい所だお」

('A`)「電脳もほどほどにしとけよ」

(;^ω^)「間違った事は何も言われてないのに、お前に言われると素直に頷けないのが不思議だお……」

685 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:41:24 ID:lF8RX.4g0
('A`)「――で、何でまたお前みたいな社会の落伍者が、こんな人生大好きっ子達の溜まり場に?」

(;^ω^)「いや、まあ、僕自身はどうでもよかったんだお?ただ、その――」

('A`)「?」

言い淀むブーン。
俺がそれに怪訝な顔を返すと、奴の背後にぬっと立つ影があった。

lw´‐ _‐ノv「私だ」

('A`)「あんたか……」

横に広いブーンの身体の影から出て来たシュールさんは、ストライプ柄のキャスケット帽子にモザイク模様のストールとカーディガン、といった出で立ちだ。
かの引きこもりの同類だと言うのに、そこそこのファッションセンスを有していたり、
この塩豚をニューソクくんだりまで連れて来るバイタリティと言い、シュールさんに限らず、
同じオタクでも女の子の方が男子よりも社会性が高いのは何故なのだろうか。
男子は死ぬまで子供だとよく聞くが、もしかしたらそこに真実が隠されているのかもしれない。

('A`)「何でぇ、女連れかよ……チッ」

(;^ω^)「いやいや、別にそういうんじゃないお!ただ、ホント、なんて言うか――」

lw´‐ _‐ノv「ねえダーリン♪次はあたし、オサレな喫茶店でハニードーナッツが食べたいな♪」

('A`)「蜂の巣になってしまえ」

(;^ω^)「いや、だからこれは違うんだって!ただ、服を!僕の服を買いに来ただけだってば!
      ほら、僕って出無精だから!買い出し!買い出しだお!そう!」

686 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:42:34 ID:lF8RX.4g0
从 ゚∀从「世間一般にはそれをデートと呼ぶんじゃないのか?」

(;^ω^)「ハ、ハインちゃんまで……」

的確な所で会話に混ざってくる冷血の処女。
デートだろうがデートじゃなかろうが、ネタに出来るのならばいじるのが、
高校時代にいじりのドクオと呼ばれた俺のポリシーなので、取り合えずこの場はいじり倒す。慈悲は無い。

从 ゚∀从「貴様は愚息でもいじっていろ」

('A`)「仮にも女の子の格好してる子がそゆ事言っちゃめっ!て教えたでしょ!めっ!」

おい何だこのロボ娘。てっきり俺の味方だと思ったら全方位無差別攻撃かよ。
お前はウォーモンガーか。識別信号を見極めろ。

o川*゚ー゚)o「ぐそく?なになに?どっくん、サムライにジョブチェンジしたの?」

俺の背後から上がった黄色い声に、ブーンの目が剣呑な目を帯びる。
よりによって、最悪のタイミングで最悪の伏兵が戻ってきた。

( ^ω^)「ドクオくん、お兄さんちょっとお話があります」

('A`)「ちょっと待て。俺達は一度、冷静になって話しあうべきだと思う」

(#^ω^)「人の事を散々煽っておいて、自分こそこんな可愛い女の子と!」

('A`)「違うよ、全然違うよ。デートとかじゃないよ」

(#^ω^)「うるさいお!童貞!インポ!知らない間にこんな可愛い子を捕まえて!
       何処のセクサロイド店で売ってるんですか!」

('A`)「おい言葉に気をつけろよドサンピン」

687 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:43:51 ID:lF8RX.4g0
o川*゚ー゚)o「せくさ…?何?ダイエットサプリメント?」

怒りに任せてセクシャルハラスメントを口にするブーンに、俺の後ろでキュートは首を傾げる。
彼女の愚鈍さに、今は少しばかり救われたようだった。

(;^ω^)「――全く、僕の事を茶化す権利なんて、自分だってないんじゃないかお」

('A`)「いや、だから別にお前が思ってるようなもんじゃないんだって」

援護射撃を求めて振り返れば、キュートは塩豚とシュールさんを見て首を傾げている。

o川*゚ー゚)o「ねえ、どっくん、この人達は?」

そう言えば、俺とハインリッヒ以外にとっては皆が皆、初対面と言う事になるのだろう。
キュートにはブーンとシュールさんを、二人にはキュートの事を手短に紹介する。
その様を横合いから見ていたハインリッヒが、「これが世に言うダブルデートというものだな」とこぼしたので、視線で牽制すると嗜虐的な笑みを返された。何処までも主を見下したガイノイドだ。

o川*゚ー゚)o「どうも、日頃よりどっくんがお世話になっております。
こんな人ですけど、これからも仲良くしてあげて下さいね」

全員の紹介が済んだ所で、キュートが二人にぺこりと頭を下げる。
どうしてこの子はそんないけしゃあしゃあと妙に近しい挨拶をするの?会ってまだひと月と経って無いよね?

( ^ω^)「おっおっ。こちらこそ、こんな童貞を腐らせたような友人ですが、どうか見捨てないでやって下さいお」

('A`)「だーかーらー、そういうんじゃないの。分かる?お二人さん?ビジネス。これ、ビジネスね?ドゥーユーアンダスタン?」
689 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:45:01 ID:lF8RX.4g0
いい加減に面倒くさくなってきた俺は、溜息と共に言葉を吐く。

('A`)「俺達が今日ここに来てるのは、お仕事の一環なの。デートとか、そう言った浮ついたものじゃないの」

o川;゚д゚)o「ええ!?デートじゃなかったの!?」

何やらキュートが阿呆みたいに口を開けているが、相手にするのが面倒なのでノータリンはこの際無視する。

( ^ω^)「仕事の一環で、PINKで女の子とショッピングかお?」

('A`)「護衛の仕事で、ちょっと遠出する事になったんだよ。今日は、その準備で入用なものを買い出しにきてるってわけ」

( ^ω^)「遠出?こないだアラブに行って来たと思ったら、今度は何処だお?」

('A`)「ツクバ」

俺の短い返答に、ブーンは僅かに眉を上げた後、その弛んだ頬を気持ち引き締める。

( ^ω^)「――ツクバ、かお」

何やら含みのあるような口調で呟くように反芻すると、ブーンは束の間考えた後に俺の瞳を真正面から覗きこんで言った。

( ^ω^)「僕も、連れて行ってくれないかお?」

('A`)「いや、駄目だろ」

(;^ω^)「って即答かお!」

かと思ったら、売れない芸人みたいな合いの手を入れて来た。
忙しい塩豚だ。

690 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:46:14 ID:lF8RX.4g0
(;^ω^)「キュートちゃんもついて行くんだったら、僕も助手とか言って付いて行っても問題ないんじゃないかお?」

('A`)「お前みたいな脂ぎった顔の仔豚が助手じゃ俺も箔がつかないだろうが」

(#^ω^)「てめえ、言うに事欠いて……」

('A`)「それに、これはクライアントの指定でもあるんだ」

怒りに豚面を赤く染めたブーンが、「はえ?」と間抜けな顔をする。
どういう事なのかと説明を求める台詞が出る前に、俺は先回りで口を開いた。

('A`)「電脳上で依頼を受けた時からの指定なんだ。俺とハインと、それからキュート。この三人に、仕事を頼みたいって、名指しでな」

(;^ω^)「いや、ドクオとハインちゃんは分かるとしても……キュートちゃんを名指しで?」

o川*゚ー゚)o「いえーす、あいあむっ」

塩豚の訝しげな視線を受けて、全力馬鹿がむんっと得意気に大きめの胸を張る。
頭からっぽのこいつは何も疑問に思って無いようだが、ブーンが抱いているであろう疑問は、恐らくは俺も抱いているものと同じものだ。

(;^ω^)「一応聞くけど、キュートちゃんってあのしみったれた何でも屋の社員だっけ?」

('A`)「んなわけあるか。ていうかしみったれた、は余計だろうが」

(;^ω^)「じゃあ、なんでドクオとセットで名指しされるんだお?」

691 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:47:40 ID:lF8RX.4g0
('A`)「……それは、俺も知らん」

仕事の依頼は、一通のメールによるものだった。
ある朝、事務所据え置きの情報端末(ターミナル)に届いたそのメールには、
護衛を頼みたい事、ツクバでの仕事になること、高すぎず低すぎない報酬のこと、
そして俺達三人を指定する旨の事だけが、至って簡素に綴られていた。

他には、何も無い。

“タナカ”を名乗る依頼人は、具体的な依頼内容も、どうして俺達を指名したのかの理由を記すような事も、何もしていなかった。

(;^ω^)「はあ?何だお、その胡散臭さの塊みたいな依頼は」

俺の説明を聞き終えたブーンは、開口一番に奇声を上げると、信じられないモノをみるような目で俺を見る。

(;^ω^)「いや、どう考えてもそれ、碌な依頼じゃないお」

ブーンの目は、「むしろそれは“依頼”じゃない可能性の方が高い」と言いたそうだった。

('A`)「勿論、俺だってそれくらい見りゃわかるさ。百歩譲った所で、これが罠である可能性は否定しきれない」

(;^ω^)「八割方罠みたいなもんだお!なんでそんな依頼――」

('A`)「――だが、逆に罠だとしたら、あまりにも稚拙な罠だ」

(;^ω^)「おっ……」

692 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:49:09 ID:lF8RX.4g0
そこが、俺には引っかかっていた。
本当に俺達を陥れようとしている人物が、あんな警戒してくれと言わんばかりの、胡散臭さ丸出しのメールを寄越すだろうか。

仮に、この“タナカ”という人物が、俺達三人を呼び出して殺したいとしよう。
それならば、俺とキュートに個別に偽の依頼を送りつけ、集まった所で狙撃手なりなんなりをつかって始末すればいい。
わざわざ、「俺に」、「俺、ハインリッヒ、キュートの三人」を名指しで指名する依頼のメールを送りつけて猜疑心を煽るなど、プロのすることじゃない。

何か、他の意図があるように思えた。

('A`)「……仮に、罠じゃないとして、だ。この“タナカ”ってやつは、何故俺とハインリッヒの他に、キュートを名指ししてきた?」

o川*゚ー゚)o「ほえ?」

自分の名前を呼ばれた事で、キュートがチュッパチョップスを舐めながらこちらを振り返る。
サクランボ味のキャンディーをシマリスのようにして頬張る、この総天然色阿呆娘と俺達は、先日のムズリーマでの一件以前の接点は皆無だ。
単純な推論で行けば、そのムズリーマ行での何かしらが、今回のこの名指しに関わっていると思えるが……。

('A`)「渡辺、なのか……?」

ムズリーマで俺達が出会った事。
ウヒッブ派。その頭目、歯車の王。その彼の最期。

そして、思い出したくも無い、あの再会。

693 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:50:20 ID:lF8RX.4g0
('A`)「……」

(;^ω^)「……ドクオ?」

('A`)「ん?ああ、いや、何でも無い」

( ^ω^)「おぉ?」

o川*゚ー゚)o「……」

……何れにしろ、こちらの動向を知られているという以上、この“タナカ”という人物が厄介な相手である事に変わりは無い。
むしろ、あのメールは何処かの間抜けが俺達を始末する為に送ってきたものだと考える方が、随分と気が楽だ。

('A`)「この“タナカ”が何者なのか、何の目的で俺達を呼び出したいのかは知らない。
   知らないが、先にお前が言った罠よりも、遥かに碌でも無い事が起きるのは確かだろうな」

それでも、そのまま無視してしまうには、あまりにも寝覚めが悪い。
結局の所、確かめられずには居られない。
それが罠だとしても、この依頼を断る事は出来なかった。

……故に、向こうで何が起きてもいいようにとの、準備を整える為の今日のこの買い物行な訳だが。

('A`)「どっかの馬鹿は、やれアイスだ、やれ水着だと随分とはしゃいでらっしゃるご様子だったが」

o川*゚ 3゚)o〜♪「ひゅーひゅー」

俺の湿度満点の視線に、キュートは時代錯誤も甚だしく、空々しい口笛を吹く。
そろそろこのリアクションも古典芸能に分類されても良い頃合いだと思います。

694 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 19:51:54 ID:lF8RX.4g0
o川#゚ー゚)o「ていうかー、どっくんこそ、PINKに来て何を準備するってーの?
      ここショッピングモールだよ?てっぽーとか、ぼーだんべすととか、売ってると思ってるわけ?」

lw´‐ _‐ノv「そーだそーだー!」

何故か水を得た魚のようにして追従するシュールさんと共に、キュートは「言ってやったぜ」みたいな顔をする。
これだから素人は分かっちゃいない。銃と防弾ベストだけが、鉄火場を生き残る全てだと思っていやがる。

('A`)「そんなんだからキミは甘いんだよ。本当の戦場ってやつを知らねえネンネちゃんが、知ったふうな口を聞いて貰っちゃ困るね」

o川#゚ぺ)o「かっちーん。……じゃあ、何買ったのさー」

('A`)「ふんっ、いいだろう。この際だからキミにも、戦場を生き抜くための知恵ってやつを教えてやるよ」

言いながら、俺は足元に置いた買い物袋から“それ”を取り出し、キュートの目の前に突き出す。
ふくれっ面から一転、キュートの顔に訝しげな表情が浮かんだ。

o川*゚ー゚)o「……何それ」

('A`)「見ての通り、テディベアだ」

俺は両手でテディの両脇を握ってその茶色い腕をふにふにと動かす。
動作に合わせて、「こんにちは!僕テディ!」と声音を変える腹話術も披露してやる。
キュートの顔が、苛立ちを孕んでひきつった。
696 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:16:13 ID:lF8RX.4g0
o川#゚ー゚)o「……で?」

('A`)「“僕、熊のテディ!好物はサフランの蜜と不労所得だよ!”――ん?」

o川#゚ー゚)o「“ん?”じゃないっ!それで、そのテディベアが、戦場を生き抜くのにどう役に立つのか、ちゃんと説明してくれるんだよね?」

('A`)「立たないよ」

o川#゚ー゚)o「は?」

('A`)「役に立たない」

o川#゚ー゚)o「……ごめんね、どっくん、良く聞こえなかった。もう一回言ってみて?」

('A`)「舞い飛ぶ銃弾の中で、こんな綿袋なんかあった所で何の役にも立たないよ」

瞬間、両脇をリボンで括ったキュートの頭が、ぼんっと音を立てて噴火した。

o川#゚д゚)o「人が!下手に出てれば!つけ上がって!あんたはー!」

「むきー!」とかなんとか言いながら、両手を振り回して怒り心頭を表現するキュート。
本当にこういう怒り方する人、初めて見た。漫画とかだと笑えるけど、現実に見ると鳥肌ものだな。無論、悪い意味で。

('A`)「おい馬鹿やめろ。確かにこの子は何の役にも立たないが、それでも抱きしめる事が出来る。
    この子を抱きしめていれば、たとえ鉄火場の中で孤立無援だとしても、心安らかに居られる。それは素晴らしいことだと思わないか?」

o川#`へ´)o「その子を抱いたままミンチになっちゃえばいいんだっ!」

697 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:17:25 ID:lF8RX.4g0
「ふんっだ!」と言ってそっぽを向くキュート嬢に、俺は肩を竦めて苦笑する。
テディを買った理由は他にあるが、こう面白いリアクションを返してくれると矢張りからかってみて正解だった。
今時、この手の戯言にいちいち真面目になって取り合ってくれる女の子は貴重だ。レッドデータアニマルズで保護されるまである。

(;^ω^)「……アホくさ」

俺達のやり取りを見守っていたブーンが、うんざりした顔でぼそりと呟く。
確かに阿呆の極みではあるが、これが俺流コミュニケイションである。つまり俺は阿呆の極み。

('A`)「いやほら、からかい甲斐がある子が居るとつい、ほら」

いぢめじゃないよ?スキンシップだよ?

( ^ω^)「……好きな子に意地悪する小学生かお」

('A`)「は?ふざけた事言ってるとぶん殴るよ?」

両の拳をぽきりぽきりと鳴らす俺に、塩豚はため息交じりに苦笑を洩らす。
その視線が、ぷんすかぷん、とそっぽを向くキュートに注がれた後、再び俺へと戻ってくれば、
そこには何時もよりも少しばかり引き締まった表情がにわかに浮かんでいた。

( ^ω^)「――それにしても、ツクバ、かお」

ポツリ、と一種未練を織り交ぜたような呟きが、俺の足元に落ちる。

矢張り、こいつにとって、ツクバという地名は気になるのだろう。

698 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:18:34 ID:lF8RX.4g0
かつて、「電子の海を泳ぐ街」の件で、俺達が辿りついた構造体。
ツクバ学術研究都市の中枢データバンクと、そこに表れた仮面のアバター、「ジョーカー」。
ツクバ軌道エレベーター跡に、ジョーカーの正体に迫る何かしらがあるのではないか、と奴は思っているのだろう。

( ^ω^)「……うーん、困ったお。あそこはネットが繋がっていないから、ドロイドを同行させるってわけにも――」

ぶつぶつと呟きながら、ブーンは何やら考え込むように腕組みをする。
やがて、何かを思いついたように顔を上げると、尻ポケットに手を突っ込んで桜色の小さな何かを取り出した。

( ^ω^)「これを、僕の代わりに連れて行ってくれお」

掌に乗せられた、桜色のそれは、プラスチック樹脂製の小鳥型ペットロイドのようだ。

('A`)「これは……?」

o川*゚∀゚)o「キャー!カワイイー!」

俺が尋ね返すよりも前に、横合いから覗きこんできたキュートが、弾けるような奇声を上げて、俺の掌の中から小鳥型ペットロイドを奪い去る。

699 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:19:41 ID:lF8RX.4g0
o川*>∀<)o「やだー!何これー!超可愛いんですけどー!きゃー!きゃー!」

(;^ω^)「おっ、おぉ……?」

自らの掌の中で矯めつ眇めつ、指でつついたりしては、かしましい悲鳴を上げるキュートに、ブーンは泡を食ったような顔で俺に視線で助けを求める。
この手のきゃいのきゃいのしたテンションは、矢張りこいつにはキツイのだろうが、俺もこれで完全に慣れたわけでは無い。SOSを出されても困る。

('A`)「おい……」

o川*>д<)o「んもー!何これー!何でこんなに可愛いのー!?なになに!?ブーンさん、何これー!?」

(;^ω^)「ひゅふっ!?」

パッション全開で体当たりするかのように詰め寄ってくるキュートに、ブーンの口から名状し難い声音が漏れる。

lw´‐ _‐ノv「むっ……」

傍らでその様子を見ていたシュールさんが、糸のように細い目を僅かに見開いた。
俺は、心の中で短く十字を切った。

(;^ω^)「え、ええとこれは、その、ペットロイドの形をした、スパイウェアで……」

o川*゚ー゚)o「うん!うん!」

(;^ω^)「その、ハイレゾカメラとか、一定の周波数を拾って録音したり…えっとその……」

口の中で、もごもごと説明になっていない説明をするブーン。
きゃぴきゃぴした女子を前にどもるその姿は、哀れな童貞以外の何物でも無かった。

700 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:20:33 ID:lF8RX.4g0
从 ゚∀从「電子の王かっこ笑い」

ここぞとばかりに、冷笑を浮かべるハインリッヒ。

lw´‐ _‐ノv「電子の王かっこ暗黒微笑」

その横で、ライスチョコレートを頬張りながら、二人の様子を眺めるシュールさん。
気のせいか、米粒型のチョコレートを噛み砕くその音が、妙に暴力的だった。

(;^ω^)「つまり、その、えっと、その子が録画、録音したモノを、後で僕に見せて欲しいと、そういうことですお……はい」

o川*>∀<)o「じゃあじゃあ!この子は私が持って行って良いんですね!?」

電子の童貞と元気印フリージャーナリストの会話は、驚くほどに噛み合っていない。
良い機会だから、この童貞も少し女の子の恐怖というものに慣れておくべきである。

(;^ω^)「ドクオ!ドクオー!」

心の中で南無阿弥陀仏と唱えてから視線を逸らす。
皆の話しの輪から離れた位置で、こちらを見ていた鋼鉄の処女と目があった。

从 ゚∀从「……賑やかだな」

('A`)「ああ、喧しくてかなわんね」

適当な返事を返して、俺はベンチに再び腰かける。
その横に並ぶように、ハインリッヒもまた、しゃなりと腰を下ろした。
少し離れた場所では、未だにブーンとキュート、シュールさんの三人がきゃいのきゃいのと騒いでいる。
俺達は、その様子をぼんやりと眺めた。

701 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:21:18 ID:lF8RX.4g0
从 ゚∀从「……本当に、随分と賑やかになった」

先の言葉を、ハインリッヒは繰り返す。
何時もの鉄面皮が、今は少しばかり緩んでいるようだった。

从 ゚∀从「五年前、私が貴様に拾われた時は、貴様と私の二人きりだったのにな」

('A`)「いや、あの塩豚も居ただろう」

从 -∀从「……」

俺の指摘に、ハインリッヒは「そうじゃない」とでも言うように、ゆっくりと首を振る。
やんわりと目を閉じたその横顔に、何時から彼女はこんな表情をデコードするようになったのだろうか、と思った。

('A`)「……で、それがどうかしたのか?」

从 ゚ー从「いや…何でもない」

思わせぶりに微笑を浮かべるも束の間、彼女は直ぐに何時もの仏頂面に戻ると話題を切り替えた。

从 ゚∀从「それより、件の依頼だが……」

語尾を濁らせた彼女の横顔は、「本当に引き受けて良かったのか?」と俺に問い掛ける。
何を今更、という表情で俺がそれに答えると、彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
703 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:22:30 ID:lF8RX.4g0
从 ゚∀从「あのような騙す気すらも無い文面である以上、罠も何もあったものではないが……。
     私達を“誘っている”事に関しては間違いないだろう。努々、油断せぬ事だ」

('A`)「へいへい…わぁってるよ。どうせなら、俺に言うよりもあっちの頭パープリンちゃんに言い聞かせてやった方が良くないか?」

向こうで黄色い悲鳴を上げているキュート嬢を顎で示す。
 _,,,_
/::o・ァ「キューチャン!キューチャン!」

o川*>∀<)o「キィィィャアアアア!シャァアベッタアアアアアア!」

(;^ω^)lw´‐ _‐ノv「……」

ハインリッヒはそれに一度視線を動かすと、再び俺の方にその真っ赤な双眸を戻し、その白磁の美貌に憮然とした表情を浮かべた。

从 ゚∀从「……あくまでも、私の役目は貴様の命を守ることだ。彼女の命を守るのは、貴様の領分では?」

つっけんどんにそう言うハインリッヒに、俺は後ろ頭をかく。
何時も冷淡で温度の籠らない声音ではあるのが、このように突き放した物言いをする彼女は少しばかり珍しかった。

('A`)「はは、この自堕落駄目人間に、随分とハードルの高い事を仰る」

从 ゚∀从「ハードルを蹴り倒してでも良いから、貴様はそろそろその“自堕落駄目人間”という己が己に貼り付けたレッテルを克服すべきだ」

('A`)「そろそろ、って言うか何時も言われてるよね?」

自分で言っていて、「いや、それは俺の台詞じゃないでしょ」と異を唱える。
脳内閣僚達の異議あり、という指先が俺を糾弾する幻聴が聞こえたような気がした。
705 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:24:55 ID:lF8RX.4g0
从 ゚∀从「……兎に角、だ。私としては、貴様がキュート女史の護衛を通して彼女と心を通わせ、
     何やかんやのすったもんだがあったのち、最後は恋仲になってくれれば何も言う事は無い」

(;'A`)「はあ?」

从 ゚∀从「恋人でも出来れば、貴様のその救いようのない屑思考も幾分かの改善が見られる、
     と踏んでの私の希望だ。別に恋人が出来るのなら、キュート嬢で無くても問題ない。
     ただ、この場合では彼女が最も手ごろかつ、妥当と判断しての先の発言だ」

('A`)「キミは俺のカーチャンかよ……」

从 ゚∀从「恋は良いぞ。愛する人の為だから、と自分を騙していればどんな嫌な事も我慢できる。
     時たま湧いてくる、何のために自分は生きているのか、という疑問も“愛の為”で全て解決するので思考する必要性も無い。
     貴様のようなペシミストをこじらせた怠惰な人間の底辺には実にうってつけの合法ドラッグだ」

('A`)「今のキミの台詞を中学校のホームルームで言ったとしたら、思春期真っ盛りの少年少女達は100パーセント碌な大人にならないぞ……」

从 ゚∀从「そんな訳で、貴様は彼女と恋に落ちてみるつもりはないか?
そうしてくれれば私も、貴様の保護者としての懸念事項のうち2割ほどが解決するのだが」

('A`)「それでも2割かよ……」

从 ゚∀从「それで、どうなのだ?」

ハインリッヒの妙に鬼気迫る視線の追及に、俺は深々とため息をつく。
塩豚と言い、この鋼鉄の保母と言い、どうしてこうも俺の周りの人間はこうも軽々しく、恋だの愛だのと囃し立てるのだろうか。
男と女が居れば、恋しか無い、というその思考回路は短絡的かつ極端かと。

706 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:26:16 ID:lF8RX.4g0
('A`)「ていうか、さっきから散々っぱら俺と彼女がくっつく事を前提で話を進めているけど、
   キュートの方が俺の事をどう思っているかなんて分からないだろうが」

もしかしたら、あんな風に接してくるけれど、本当は同じ空気も吸いたくないとか思っているかもしれないし。
……ヤバイ、考えただけで嗚咽しそう。

('A`)「向こうの気持ちを無視するのは…その…良くないだろ」

言っていて、自分でも随分と紳士的で欺瞞に満ちた言葉だな、と思った。
咄嗟に口をついて出た一般論ではあるが、それを言葉にする俺の舌は、そんなものを微塵も信じていない。

从 ゚∀从「そんな貴様に朗報だ。人間が人間に好意を抱く要因の一つに、自分に好意的な感情を寄せている人物には自分も好意を抱きやすい、というものがある」

そんな俺の心の内を代弁でもするかのように、ハインリッヒは言葉を連ねて行く。

从 ゚∀从「好感度がマイナスへ傾いていない今なら、貴様がそれとなく好意的な態度を見せていれば、それらしく恋仲に発展できる。
     むしろ、世間で恋だとか言われているものの大半はそうやって進展して行く」

ガイノイドが恋を語る、と言えばそれは世にも奇妙な光景であろう。響き的には、ロマンチックですらある。
だが、ハインリッヒは、あくまでも鋼鉄の処女らしく、冷たく、無慈悲に、外科医の解剖メスのようにして、「恋」という事象を解剖して行く。

707 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:27:24 ID:lF8RX.4g0
从 ゚∀从「第一が、好意などと言う感情そのものは思い込みで作られる。
      好きになろう、と自身で思いこむ事で無理矢理に好意を生み出すことすら可能だ。
      無論、どうしても受け付けられない相手、というのもいるが、それは例外とする」

('A`)「……」

从 ゚∀从「つまり、生理的に受け付けられない相手でない限り、恋愛感情というものはどのような相手にでも起こり得る。
     彼は私の特別な人だとか、彼女は唯一の愛すべき人だとか、そう言ったものはまやかしに過ぎない」

('A`)「……だから、こんな俺でもチャンスがあると?」

从 ゚∀从「そう言う事だ」

('A`)「酷く遠まわしでネガティブなフォローを有難うよ」

お陰で、ますます恋なんてする気がなくなったがな、と口の中だけで呟く。

从 ゚∀从「大いに恋をしろ、青少年。そして大いに生殖行為に励み、現代の少子化問題に一石を――」

間違った方向に愛を解き始めた鋼鉄の伝道師の詭弁を聞き流しながら、俺は胸ポケットの中の煙草を無意識にまさぐる。
唯一特別な恋などあり得ないのだと、ハインリッヒは語った。
俺も、それについては同意出来る。同意できるが、一方で「それは本当なのか?」と疑問と反抗を唱える自分が居るのも事実だった。

……いや。恐らく、それは疑問では無く、願望でもあるのだろう。
特別な恋が存在して欲しい、という稚気染みた、俺の願望なのだろう。
そんなものは存在しない、と頭では分かっていても、それが存在して欲しいと願う。多分、そう言う事だ。

708 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:28:43 ID:lF8RX.4g0
恋をしろ。
しようと思えば、俺達は誰とだって恋に落ちる事が出来る。
顔が好みだから、だとか、彼は優しいから、だとか、適当な理由と理屈で定義付ければ、恋など容易い。
鋼鉄の処女は言う。だから恋をしろと。

それは、何時もの下にもつかない戯言なのかもしれない。故に、いちいち真に受けて考え込んでいる俺は阿呆の極みなのかもしれない。

だが果たして、「恋」というものは他人から言われて、或いは自分から「しよう」と思ってするものなのだろうか?
それはなんだか、自然では無いような気がする。それは、違うのではないのか、と思う。

('A`)「……」

何れにしろ、恋をしろと言われた所で、俺にそんなつもりは毛頭ない。
そのような、甘ったるい幻想に肩まで浸かれるほど、俺は綺麗に生きて来れていないのだから。

“あなたが愛しているのは、肩書き。私の“恋人”という肩書だけ”

('A`)「――クソったれた野郎だ」

从 ゚∀从「?」

思わず呟いた言葉を、耳ざとく拾ったハインリッヒが、白い鉄面皮にクエスチョンマークを浮かべてこちらを見る。

709 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:29:37 ID:lF8RX.4g0
从 ゚∀从「何だ、藪から棒に自己批判か?くどいぞ。今更貴様自身が主張せずとも、
     貴様がヒトデナシの屑である事は周知の事実だ」

('A`)「全く持ってその通りだぜ」

それに適当な返事を返して、ベンチから立ち上がる。

从 ゚∀从「何処へ行く?」

('A`)「喫煙室だよ。恋とか愛とか、歳甲斐も無く甘ったるい事言ってたら、胸やけがして来ちまった」

从 ゚∀从「おい、先の話をもう忘れたのか?肺がんは盲腸の――」

('A`)「分かってるよ。分かってますとも」

今は、目の前の事を考えるだけで、俺には精一杯だった。

710 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:30:35 ID:lF8RX.4g0

  ※ ※ ※ ※


――明かりの抑えられた執務室の中には、既に先客が居た。

∫ノイ゚ー゚)ン「――あら、お姉さま方、ご機嫌麗しゅう。……随分と、遅れた御到着ですわね」

立体ホログラフの天球儀が放つ淡い燐光の中で、その横顔が獰猛な嘲弄を浮かべる。
プラネタリウムのように薄ら暗い執務室に一歩踏み込めば、もう一人の妹もその後に続いた。

∫ノイ゚ー゚)ン「矢張り、チルドレンのアインとツヴァイともなれば、お忙しいのでしょうね」

ξ゚听)ξ「…………」ζ(゚ー゚*ζ

安すぎて構うのも馬鹿らしいノインの挑発を、私達は無言で受け流す。
束の間、九番目の妹は私達を睨みつけるようにすると、

∫ノイ゚听)ン「――フンッ」

と鼻を鳴らして前へ向き直った。
世界広しと言えど、私達程仲の悪い“姉妹”も居たものではないだろう、と乾いた皮肉が思い浮かんで、直ぐに消えた。

「――揃ったようだな」

重々しくもしわがれた声と共に、天球儀の向こう側で人が動く気配がする。
執務机の上に両肘をつき、虚ろな瞳でこちらを見つめるその人物の言葉に、室内の空気が一度ほど下がったような錯覚を覚えた。

711 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:31:34 ID:lF8RX.4g0
「さあ、私の可愛い子供達、もう少しこっちへ寄っておくれ。ここからでは、お前たちの可愛い顔が良く見えないのだ」

ξ゚听)ξ「……」

ζ(゚ー゚*ζ「……」

咳き込むようなその声に、私とデレの二人は、一瞬、顔を見合わせる。

∫ノイ゚听)ン「――はっ」

その横で、ノインが何のためらいも無く一歩前に踏み出した事で、私達も遅れてそれに倣った。

∫ノイ゚听)ン「……これで宜しいでしょうか?」

「おぉ…おぉ…可愛い可愛い、私の子供達……」

執務机の向こうの闇から、皺だらけの細い腕が震えながら伸びて来る。
幽鬼のようなその骨と皮だけの手を握り、ノインは私と瓜二つの顔に痛ましそうな表情を浮かべた。

∫ノイ゚听)ン「おいたわしい事ですわ、お父様……」

「おぉ…おぉ…私の事を気遣ってくれるとは、お前は本当に優しい子だね、ノイン……」

∫ノイ゚听)ン「いいえ、娘として当然の事ですわ…ああ、代われるのならば、私が代わって差し上げたいのに……」

骨と血管の浮いたその手に頬ずりをする彼女に、私は若干の気遅れのようなものを感じる。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

それは、隣のデレも同じようだった。

712 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:32:52 ID:lF8RX.4g0
∫ノイ--)ン「嗚呼、さぞかしお辛かろうことでしょうね…心が休まる事も無いのでしょうね……」

∫ノイ゚听)ン「私も、早く、総統閣下をお連れして、お父様を御安心させて差し上げたいのですが……」

芝居なのか本心なのかも分からない仰々しい口調で、ノインは言う。
横目で私達を睨む彼女の声音は、言外に私達を糾弾していた。

「そう…今日、お前達をここに呼んだのは、その事なのだよ……」

闇の中で、一度咳き込む音がして、その皺の寄った顔が立体ホログラフの光の中に浮かびあがる。

(ヽФωФ)「再びの回収任務、今度はノイン、お前に任せようと思うのだよ……」

ブラウナウバイオニクス社、現会長。
そして、“私達の父親”でもあるロマネスク・オンデンブルグは、サレコウベめいて落ち窪んだ眼窩の中で、その目だけを偏執的に輝かせていた。

∫ノイ゚ー゚)ン「……」

ζ(゚- ゚*ζ「……」

勝ち誇った顔を浮かべるノインとは対照的に、デレの表情は芳しくない。
先日のムズリーマでの失敗からこっち、彼女が苛立っていたのは誰が見ても明らかだった。
それが今、“お父様”の口から直接、「お前は役に立たない」と言われたのだ。
尚且つ、後任を任されたのは、あのノインと来た。チルドレンの中でも、
それなりの腕前を自負していたであろう彼女にとっては、相当に悔しい事だろう。

713 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:34:50 ID:lF8RX.4g0
(ヽФωФ)「……未だ、総統閣下は憎き渡辺の手の中だ。
       加えて、あのCIAのエージェント共も、先日VIP入りを果たしたという報告が上がっている。くれぐれも、油断せぬよう……」

∫ノイ゚ー゚)ン「御心配なさらないでくださいませ…お父様から頂いた、わたくしのこの力があれば、
      ワタナベなど恐るるに足りませんわ。勿論、CIAというのも同様に――」

(ヽФωФ)「その自信が、私には心配なのだよ、ノイン。お前はとても優秀な子だ。
       だからこそ、その自信が仇となるようなことがあれば……」

∫ノイ゚ー゚)ン「勿体ないお言葉、恐悦至極にございます…お父様の期待を裏切らないよう、全身全霊をかけてこの任に当たらせてもらいますわ」

最後の方の言葉を、私達をちらりと見ながら言い終えると、ノインは一礼して執務室を後にする。
その後ろ姿を表情の窺えない目で見送ってから、“お父様”はゆっくりと瞬きをした後、私達を見上げた。

(ヽФωФ)「……それで、お前たちを呼んだ理由だが――ゲホゲホッ!」

そこで言葉を切ると、老人は一度激しく咳き込む。

ζ(゚ー゚;ζ「!」

慌ててデレがそれを気遣ったが、“お父様”はそれを制して、机上のトランキライザーを自らの首筋のジャックに突き立てた。
ガラスシリンダーの中の緑色のアンプルが注入されるに従い、老人の表情から苦悶の波が徐々に引いて行く。

714 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:36:21 ID:lF8RX.4g0
ξ゚听)ξ「……」

ζ(゚ー゚;ζ「お父様……」

(;ヽФωФ)「――忌々しい事よ。天下のブラウナウバイオニクス社の会長が、このザマだ。これ以上の皮肉もあるまいよ……」

自嘲気味に言って、“お父様”は空になったトランキライザーを床に放る。
数年前、始めに「ヴォルフの尻尾」がアーネンエルベの本土ラボから盗み出された時からこっち、
今まで精強な実業家然としていた佇まいが、まるで嘘だったかのように、私達の“お父様”は老けこんでしまった。

如何なバイオテクノロジーの粋を集めようと、「老い」だけはどうしようもなかったのか。
忌むべきニホンの象徴であるとして、義体化を意地になって拒み続けた彼は、二次大戦直後より生きる御年200歳に迫る化け物だ。
今までは、投薬強化と異常なまでの執念によってだましだましでやってきたのが、
長らく夢見て来た「千年帝国」を目前にして奪い去られたという事実によって、その仮面も剥ぎ取られた形となったのだろう。

ζ(゚ー゚;ζ「……」

哀れには思うが、私は隣のデレのような表情を作る事は出来ない。
それがどうしてなのかは、自分でも分からない。

ξ゚−゚)ξ「……」

――分からないし、考えたくも無かった。

(ヽФωФ)「それで、お前達を呼んだ理由なのだがな……」

とつとつと語られて行く新たな任務の内容を遠耳に聴きながら、私は頭上に輝く立体ホログラフの天球儀を目だけで見る。
紛いモノの星々の海の中で、オービタルコロニーを示す黄色い光点が、弱々しく光っていた。

715 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:40:52 ID:lF8RX.4g0
ξ゚听)ξ「……」

寿命の近付いたホタルのようなその光を、治ったばかりの左目でじっと見つめながら、
私の思考は太陽が照りつける熱砂の国の、砂の中へと沈んでいく。

ヴォルフの尻尾回収という、“お父様”直々の任務。
初めて肩を並べた自分の姉妹。“髑髏と骨”の介入。そして、血で錆ついた“彼ら”との再会。

燃え盛る格納庫。
狂ったように笑っていた、かつての親友。

……何故、あの子があの場に居たのか、本当の所は分からない。
憶測で言えば、彼女が“髑髏と骨”の構成員であったからなのだろう。
あの日、突然私の前から姿を消したのも、彼女がCIAの尖兵であったから、と考えればつじつまも合う。

六年前のあの日から、一切の連絡が取れない状態だったから、あの日、再び彼女を目にするまで、すっかり忘れていた。いや、忘れようとしていた。

当時の私は、何も告げずに姿を消した彼女に、自分が捨てられたのだ、と思っていた。
それが耐えられなくて、いっそ忘れてしまおうと、意識していた。

今、彼女は再びこの災厄の街、VIPに戻ってきている。
私達の倒すべき敵として。
私がそれに対して、何か出来る事は無い。彼女の相手をするのは、私では無くノインだ。

気にはなる。再び彼女の前に立って、もう一度言葉を交わしたいとも思う。
だが同時に、変わってしまったあの子を前にして、何を言ったらいいのか分からない、という気持ちもある。
結局の所、二回目の回収任務に選ばれなくて、良かったのかもしれない。

そう思うのは、逃げだろうか。

716 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:44:12 ID:lF8RX.4g0
ξ - )ξ「……」

あの時、ツーに向かって振り下ろされた対装甲用ブレードを、私は撃った。
――あの男そのものではなく、“奴が握る大剣の方”を。

私には分からなかった。
私を裏切り、殺そうとまでしたあの男。
かつて訳も分からない私に、ドア越しに鉛玉を叩きこんだあの男を。

どうして、殺せない。

忘れたのか、あの理不尽を。
忘れたのか、あの憎悪を。
理由も分からず、銃を突きつけられ、唐突に殺意を向けられたあの恐怖を。

いいや、忘れることなど出来ようか。
忘れたくても、忘れることなど出来ない。それなのに――。

ζ(゚ー゚*ζ「――お姉さま?」

横合いから掛けられた声に、思考を中断する。
見れば、“お父様”は話しを終えたようで、目線だけで私達に退室を促していた。

ξ゚听)ξ「――失礼しました」

軽く会釈をして、私達二人は執務室を後にする。
マホガニーのドアを閉めた所で、デレの訝しげな顔が横合いから私の顔を覗いた。

717 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:45:06 ID:lF8RX.4g0
ζ(゚ー゚*ζ「お姉さま、どうなされました?御気分が優れないのですか?」

ξ゚听)ξ「いえ、そう言うわけでは……」

ζ(゚ー゚*ζ「なんでしたら、今回の任務は私にお任せになって、お姉さまはご療養なさられても……」

気遣わしげな表情を浮かべるデレの、私にそっくりなその顔を横目でちらりと窺う。
そのような建前を言ってまで、前回の失点を取り戻したいのだろうか。そうまでして、“お父様”の点数稼ぎをして、何になるのだろうか。

いや、彼女やノインは“チルドレン”だ。
“お父様”の側に常に仕えている以上、私と違って未来がある。
必死になって点数を稼ぎ、“お父様”に気に入られることこそ、彼女達にとって一番重要なことなのだ。

では、私は。
失敗作の私は。――“お父様”の側に仕えられない私は、何故ここに居る?

ξ )ξ「……」

ζ(゚ー゚*ζ「お姉さま?」

ξ゚听)ξ「……いえ、何でもありません。御心配をおかけしました。ブリーフィングは、移動しながらにしましょう」

ζ(゚ー゚*ζ「……了解しました」

まだ何か言いたそうな妹の脇を抜け、エレベーターチューブに乗り込む。
脳核回線で受け取ったミッションデータを左目(ホルスの目)の網膜ディスプレイに映しだしながら、私は余計な思考を頭から締めだした。
今は、目の前の事だけに集中しよう。そう、思うことにした。

718 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:46:11 ID:lF8RX.4g0

  ※ ※ ※ ※

――ニューハネダ・エアラインで一時間。ツクバ・ネオポートでリニアに乗り変えて三十分。
先だってのムズリーマ行よろしく、地元のレンタカーショップで格安ジープを借りてから更に三時間。
獣道と山道の区別がつかなくなった道を、二年前の脳核マップアプリだけを頼りに進めば、その禁断の地が見えて来る。
 _,,,_
/::o・ァ「チュクバ!チュクバ!ゴトーチャクー!」

o川*゚д゚)o「うわぁ……」

ピンク色の鳥型ペットロイドの甲高い鳴き声に、屋根の無いジープの後部座席でキュートが立ち上がる。

o川*゚ー゚)o「見て!見て!どっくん!あの樹!すっごいおっきいよ!」

長旅の疲れと、車酔いのダブルパンチで、紙のように真っ白な顔していたのは何処へやら。
俺が座る運転席の頭をガクガクと揺らして、キュートは修学旅行で初めてヤクシマを訪れた中学生のようにはしゃぐ。

立ち枯れた木々と岩々が転がるだけの、荒涼とした山肌を登りつめた先。
幾つ目か忘れた山の頂から見降ろせば、そこには溢れんばかりの樹木に覆われた、旧世代の街並みが広がっていた。

o川*゚ー゚)o「ここが、ツクバ学術研究都市……」

('A`)「“跡”、な」

719 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:47:44 ID:lF8RX.4g0
サバイバル・ベストの胸ポケットからジッポとマルボロを取り出しつつ、キュートの言葉尻を補足する。
万年酸性雨地帯に入る前の最期の一服を堪能した後、運転を再開。
崩れやすい下り坂を、徐行運転でしずしずと下っていく。

たっぷり二十分ばかりをかけて坂を下り終えた辺りで、分水嶺を越えた事を意味する酸性雨が車体を濡らし、
俺達は蔦と木々の根に浸食された廃墟の入り口に辿りついた。

('A`)「相変わらず辛気臭えとこだぜ」

从 ゚∀从「貴様の顔面に比べたら、こちらの方が風情がある分遥かにマシだろう」

('A`)「まあ、ユネスコ様が世界遺産にするって頑張ってるくらいだからな」

从 ゚∀从「最も、貴様の顔面の造形も、奇抜さで行けば、文化遺産くらいにはなりそうではあるが」

('A`)「やかましいわ」

何時も通りな相棒の減らず口に閉口しつつ、俺は対汚染コートのフードを被ると、緑灰の壮大な廃墟群を見渡す。
倒壊しかかったビルやガソリンスタンド、家々や諸々の建築物の骸の上を這うのは、異常繁殖した名も知らぬ植物の深緑。
ツクバ軌道エレベーター倒壊事故により、地下ラボラトリーから流出したのはK-2バクテリアだけでは無かったようだ。

バイオハザードからこっち手つかずの被災地は、事故から半年ほどで今のような緑の王国へと変容を遂げたのは、何らかの薬物による植物のミューテーションによるものだろう。

かつてニホンの頭脳、文明の頂点と謳われた科学の都が、今は緑生い茂る植物の楽園と化しているのは、そこはかとなく皮肉が利いていると言えなくもない。

720 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:49:25 ID:lF8RX.4g0
o川*゚ー゚)o「あ!どっくん見て見て!シカ!シカが居るよ!」

頓狂な声を上げるキュートの指さす先。
突然変異によって酸性雨耐性を得た蔓草に塗れた民家の戸口。
彼女の言葉通り、一匹の小鹿が、飛び石の根元に生えた灰茶色の茸に鼻先を押しつけている。

o川*゚ー゚)o「野生種かな?だとしたら初めて見るかもー!」

新しい玩具を見つけた小童よろしく、目をキラキラさせてキュートはハンディカメラのスイッチを入れると、ジープからひらりと飛び降りる。
電脳技術の曙以前より続く怒涛の環境破壊により、純粋なる野生動物の姿を見かける事は珍しい。
それは、かように文明の及ばぬ地域であっても例外では無く、例えそれが在野の動物であったとしても、
大抵が汚染の余波をくって体器官の何処かしらに変異をきたしているものが殆どだ。

ニーソクの空を舞い飛ぶ鴉の殆どは脚が三本だし、ニューソクで問題になっている野良猫なども、
口が耳まで裂けていたり、目玉が七つあったりする。

今、俺達の目の前で茸をつついている小鹿は、そのような電脳時代の野生動物特有の変異が一切見当たらない。
茶色の滑らかな毛皮も、見事なものだ。

('A`)「こんな廃墟で、ペットロイドも居たわけじゃあるまいし……」

廃屋の頭越しには、前にも一度拝んだ、軌道エレベーターの超越的質量が、倒れた世界樹の如く横たわる姿が遠目にも見える。
以前にブーンとここを訪れたルートとは、反対方向のルートからここに来たわけだが、以前は小鹿などは見かけなかった気がする。
それとも俺の見落としだろうか。

721 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:50:51 ID:lF8RX.4g0
o川*゚ー゚)oノ「おいでおいで〜」

俺の疑問も余所に、キュートはハンディカメラを構えたままでしゃがみ込むと、小鹿へ向かってよちよちと手を振る。
とろけそうな顔で手招きする総天然色(主に頭が)ゆるふわガールを前にして、
小鹿は怯えたように身を強張らせると、(鹿だけど)脱兎の勢いで駆け出した。

o川;゚д゚)o「あ、ちょっ!待ってよ〜!いぢめないから〜!」

廃屋の角を曲がって逃げ行く小鹿を追い、自分もまた駆け出そうとするキュート。
ため息一つ、俺はジープのクラクションを短く叩く。

('A`)「おい、ナチュラルに単独行動取ろうとしてんじゃねえよ。ここは非電脳地帯だって来る前に言っただろうが。はぐれたら連絡の取りようが無いってンだよ」
  _,
o川*゚д゚)o「えー」

('A`)「えー、じゃない。キミは一体幾つだ?ここにゃ迷子センターなんて無いんだ。頼むから大人しくしててくれ」
  _,
o川*゚ 3゚)o「ぶぅー。どっくんのくせに生意気―」

从 ゚ 3从「そうだそうだーどっくんのくせにー」

(#'A`)「……オウケイ、腐れビッチ共。キミらが俺の事をどう思っているかがよおく分かった。
    これからは、精々背後に気をつけることだな」

o川*゚ 3゚)o从 ゚3从「〜♪」

(#'A`)「……」

722 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:52:12 ID:lF8RX.4g0
悪びれもせず、口笛吹き吹き戻ってきたキュートを乗せると、俺は静かなる激怒の内にサイドブレーキを下ろす。
緩やかに発進した車内、後部座席と助手席同士で顔を見合わせにやにや笑う二人の性悪女共にルームミラー越しに呪いを送りつつ脳核時計を見る。

視覚野の隅の「圏外」という文字の下、時刻表示は15時23分。
クライアントに指定された時間までは、あと三時間の猶予がある。
衛星ナビゲーションシステムも使えない中、走行距離と走行時間から大まかな現在地を割り出し、
脳核マップの目的地と照らし合わせれば、予定よりも随分と速く到着出来そうだった。

('A`)「ったく、観光旅行じゃねえんだからよ。もっとこう、緊張感を持って貰いたいもんだね」

从 ゚∀从「まさか、貴様の口からそのような言葉が出るとは驚きだな。
今世紀最大の事件として、教科書に載るほどの珍事だ。ドクオ危機と名付けよう」

('A`)「うるしゃー。俺だって、いっぱいいっぱいなんだよ」

このような軽口の応酬をしている今現在も、俺の神経は周囲の廃墟や瓦礫の陰に向けて全力で警戒を飛ばしている。
得体の知れない今回の依頼の事。先に罠の可能性が薄いと言いはしたが、最大限の警戒は怠らないに越した事は無い。
こうしている今も、俺達を呼び出した何者かが俺達を遠目から監視している可能性はかなり高いだろう。隙を見せるわけにはいかない。

从 ゚ー从「ふっ。何だかんだと言いつつ、ちゃんと彼女を守る役目は自覚しているのではないか」

('A`)「あ?何か言ったか?」

从 ゚∀从「いや、似非ラブコメ体質な軟弱男には何も言っていない」

('A`)「はあ?」

723 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:53:42 ID:lF8RX.4g0
と言いつつ、しっかり聞こえては居る。
出発前から相変わらず、この鋼鉄の姑は熱病みたいな事を抜かしてくれる。
確かに、キュートの身の安全を守る役目は俺にあるのだと思ってはいる。
だが、それだけだ。それ以上の事は、今は考えている余裕など無い。

('A`)「……大体、キミもよくこんな得体の知れない名指しに、着いてくる気になったもんだ」

未練たらしく小鹿の消えた廃屋を睨み続けるキュートに、肩越しに言葉を投げる。

o川*゚ー゚)o「んー」

('A`)「二つ返事でついてくるなんて、ちっとは危機感とか無かったのかよ」

露骨な呆れを滲ませた俺の言葉に、キュートはジープのドアに乗せていた顎を上げた。

o川*゚ー゚)o「そりゃ、まー、不気味だとは思うよー。その“タナカ”って人が、何考えているかもわかんないし。
      罠かもしれない、って可能性も無きにしも非ずだろうし」

気だるげに言葉を紡ぐキュートの目は、俺では無く外の厳粛な廃墟の沈黙へと向けられている。

o川*゚ー゚)o「でもさ、どっくんも言ってた通り、私とどっくんを一緒に名指しして来た、って事はさ。
      やっぱりこないだのムズリーマでの事と何か関係があるんだろうし。
      だとすると、心当たりがあるのは渡辺グループとのことくらいだし」

そこでキュートは一度言葉を切ると、口元を少し引き結んで言った。

o川*゚ー゚)o「だったら、俄然ここで引くわけには行かないじゃん。
      渡辺が関わってくるかもしれない、っていう可能性が少しでもあるんだったら、私がついて行かない理由なんか、無いよ」

724 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:54:55 ID:lF8RX.4g0
廃墟の空へと向けられたキュートの視線は、この空模様とは反対に、一点の曇りも無い。
済みきった真夏の日差しのようなその瞳に宿るのは、弟の死の真実を知りたい、という事だけは無いのだろう。

恐らく、それはありふれた正義感。ニュースホロで企業の不正を目にした時に、誰もが抱く、囁かな怒り。

チャンネルが変われば直ぐ様忘れてしまうような、そんな感情を変わらず持ち続けられるのは、誰もが出来る事では無い。
真っすぐで、歪み無く、ただ、蒼穹の飛行機雲のようなその立ち姿を見ればこそ、俺は以前に目にした黒山羊のサーカスでの一幕を語る事が出来ない。

きっとそれは、俺の口から語られるべき事では無い。
彼女が足掻き、もがいて、突き進んだ先で、彼女自身が掴み取るべきモノだ。
不誠実かもしれないが、少なくとも俺自身のこの決断を、俺は正しいと信じたい。

o川*゚ー゚)o「……それに、何かあってもどっくんが守ってくれるんでしょ?」

そこで初めてこちらを振り返ると、栗色の髪を揺らせてキュートは屈託なく笑う。
夏の日差しにも似たその笑顔は、俺のような薄汚れた身に向けられるには、あまりにもまぶし過ぎる。

('A`)「……バーカ。今回は、クライアントはキミじゃないんだ。守って欲しかったら、出すモノ出すんだな」

だから俺は、憎まれ口を叩くしかない。
太陽を直視して、目を焼かれないように。

725 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:56:51 ID:lF8RX.4g0
o川*゚ー゚)o「従業員割引でサービスとかしてくれないの?」

('A`)「キミはうちの社員じゃないだろうが」

o川*゚ー゚)o「えー。どっくんのケチー」

从 ゚∀从「ケチー」

('A`)「……やれやれだ」

ため息をつくと、ゆったりとハンドルを切りながら、深緑に覆われた廃墟の中へとジープを転がして行く。
でこぼこと隆起したアスファルトは至る所に亀裂が走り、その亀裂からは名も知らぬ下草が伸び放題だ。
かつて住宅区画であったであろう、碁盤の目のような区画は、まるごとが一本の巨大な樹木の根に覆われ、
根のアーチやトンネルの下では、先ほど見かけたような鹿の他にも、アライグマや猿、インパラなどが野放図に駆けまわっている。

o川*゚ー゚)o「うわースゴイスゴーイ!野生の王国だー!」

サファリパークのランドクルーザーに乗ってでもいるかのように、キュートはハンディカメラを右往左往させては黄色い悲鳴を上げる。
同時に俺はため息を吐き、視線を上向ける。
木の根に支配された住宅区画を抜けると、目の前には企業連がかつて所有していたオフィスビルの墓標が森となって突き立っている。

森となって、というのは比喩でも何でも無い。
林立するビル、その一本一本の壁面は木々に覆われ、天へと向かって緑が群生する一本の森の様相を呈しているのだ。
ワタナベ製薬の元研究ビルなどは、頂上部フロアを丸ごと一本の大樹に浸食され、
剥き出しになったオフィスからは木々の根と共に、湧水が滝となって這い出し、足元のアスファルトの窪みに小さな池を作るまでに至っている。
さながらそれは、文明崩壊後の世界を描いたフィクションのような光景であった。
726 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:58:24 ID:lF8RX.4g0
o川*゚口゚)o「ふぁあぁ……」

自然と文明の合作オブジェのようなその光景を目の当たりにして、キュートが感嘆のため息を阿呆のように広げた口から零す。

('A`)「……」

運転席でハンドルを握る俺にしたって、その反応は似たようなもので、このような一種超越的な光景を前にしては、流石に畏敬の念にも似た感慨を抱かざるを得ない。

ユネスコが世界遺産に登録しようとする動きがあるだけあって、ここ、ツクバ学術研究都市跡に満ち満ちた、圧倒的な緑と廃墟の織りなす一種の頽廃美は、
一枚の幻想絵画の世界の中かと錯覚するほどに、見る者の心を打って止まない。

幽玄なる光景の成り立ちを思えばこそ、その感動はより一層深みを増す。

“美しい桜の下には死体が埋まっている”、などとはよく言ったもので、
俺達が今立つ大地の下には、かつてのバイオハザードによって犠牲となった数千人もの骸が折り重なっているのだ。

世界遺産登録というのも、件の悲劇を繰り返さぬよう、後世に語り継ぐという意味もあるのだろう。

未だ、世界遺産への登録が済んでいないながらも、この地は観光客の立ち入りを制限している。

建前上は、未だにK-2バクテリアが残留している可能性があるから、と言う事になっているが、
実際の所は、地下に眠る手つかずの膨大な研究データの為であろう。

何しろニホンの頭脳の中心だった地だ。国家機密級のデータがごろごろと転がっている事だろう。
それらを狙ったスカベンジャー集団なんてのも、この業界に居れば噂程度に耳にする。

今俺達が観光客面をして足を踏み入れている区画にしたって、ハザードレベル3だとか言って(無論建前だ)、
政府によって立ち入りを禁止されているエリアのど真ん中だ。

最悪、ロイヤルハントの哨戒部隊とはち合わせて、蜂の巣にされる危険性だってある。

故に、この地を合流地点とした、例の“タナカ”の正体と目的が、気になる。

727 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 20:59:37 ID:lF8RX.4g0
('A`)「……あまり、騒ぐなよ。見つかったら事だ」

今にも身を乗り出してジープから飛び降りようとするキュートを制止しつつ、目線でハインに確認する。
鋼鉄の処女は僅かに肩を竦めて首を振った。

从 ゚∀从「電子ソナー、赤外線走査、両種を並列起動して索敵を行っているが、するだけ無駄だな。
      空気中に未確認粒子が多過ぎて赤外線は愚か、他のセンサ類も使い物にならない」

未確認粒子、というのは今現在も雨粒を跳ね返して時折ゆらゆらと輝くこの胞子のようなものの事だろうか。
かつて地下のラボで研究されていた細菌の類か、はたまたロイヤルハントやらが撒いたチャフか。
ツクバがネットも電波も繋がらない、電子的に隔絶した地だと言う事は分かっていたが、
ハインリッヒのレーダー類も役に立たないとなると、少々厄介だ。

('A`)「その分向こうさんもてめぇの目ん玉に頼るしかない分、イーブン……ってのは甘く考えすぎか」

从 ゚∀从「無論、待ち受ける側にアドバンテージがあるのは必定。
元より依頼を受けた時点で、私達のアドバンテージなど皆無だ」

('A`)「――ま、それを見越してこっちも色々準備してきたわけだが…はてさて」

ハインリッヒの膝の上のデイパックを横目で見る。
カーキ色のデイパックは、エレファントキラー級マグナムや、ハンド・グレネードランチャー、
義体対応フラッシュ・バンから果ては略式光学迷彩までもが詰め込まれ、パンパンに膨れている。
廃墟の真ん中で奇襲から包囲されたとして、相手にもよるがこれだけあれば逃げ切ることぐらいは可能だろう。

最も、そのどれもが事後対応の品々でしかないのが、大いなる悩みどころではあるのだが。

728 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 21:00:45 ID:lF8RX.4g0
o川*゚ー゚)o「おろおろろ?お二人さん、お困りですかな?」

助手席と運転席とで唸る俺達の間に、後部座席から首だけを出すようにして、キュートが割り込んでくる。

('A`)「ああ、困ってる。こっちのレーダーが使え無くて困ってるのが八割。
   何処かの誰かさんが相変わらず喧しいのが残りの二割ってとこだ」

o川*゚ー゚)o「ふっふっふ〜。そんな事もあろうかと、わたくしキュートちゃんが、ちゃんと用意してきているのです」

('A`)「この子、嫌味が通じないから嫌いさ……」

o川*゚ー゚)o「ぱんぱかぱーん!きゅーちゃんでーす!」

全力で馬鹿馬鹿しいセルフ・ファンファーレと共に、底抜け阿呆は対汚染ジャケットの肩ポケットから桜色の塊を掴みだして俺の前に突き出す。
 _,,,_
/::o・ァ「ヨバレテトビデテジャジャジャジャーン!」

持ち主同様に甲高い声で囀ったのは、先日にブーンが手にしていた小鳥型のペットロイドだった。

('A`)「ああ、何かまた五月蝿そうなのが一匹……」
 _,,,_
/::o・ァ「ムッ!キューチャンヲバカニシタナ!バカニシタナ!」

('A`)「いえ、別に……」

o川*゚ー゚)o「きゅーちゃんはスゴイんだよー!えーと、とくていしゅうはすーのおんいきだけを拾って…えーと、しこーせーのマイクが……」

('A`)「はぁ?」

729 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 21:02:03 ID:lF8RX.4g0
o川;゚ー゚)o「えっと、兎に角スゴイの!偵察ならきゅーちゃんにまっかせなさーい!なの!わかる!?」
 _,,,_
/::o・ァ「ヮカル!?」

('A`)「いや、分からんが……」

o川*゚ー゚)o「さー、きゅーちゃんの初仕事だよ!頑張って偵察して、どっくんをぎゃふんと言わせてあげなさいっ!」
 _,,,_
/::o・ァ「アイアイサー!キューチャンゴー!」

新次元漫談を小うるさく披露遊ばせた後、“きゅーちゃん”なる小鳥型ペットロイドは、酸性雨がそぼ降るツクバの空へと飛び立っていく。
何だか馬鹿馬鹿しくなったので、桜色の影が見えなくなってから直ぐに「ぎゃふん」と言ってやったら、キュートに頬をつねられた。

(#)'A`)「……で、何なのアレは?」

o川#゚ー゚)o「どっくんみたいな空気読めないオタンコナスには教えてあげない!」

从 ゚∀从「オタンコナス。ナス目ナス科ナス属に類する双子葉植物。
     極めて珍しい二足歩行型の植物であり、性根が腐っているので食用には向かない。
     主な使用用途は、生ゴミの日に捨てる、弾よけにする、生ゴミの日に捨てる、など。
     ニコチンを与えると爆発的に繁殖するので、適度に剪定をする事が望ましい」

「と言うわけで剪定の時間だ」などと言いながら、ハインリッヒが突出式ダマスカス・ブレードを展開しようとしたので、白磁のおでこにデコピンをしてやる。
悪乗りをたしなめられた鋼鉄の処女は、拗ねたような顔で「その伸び過ぎた髪は不潔だと思うが」等と言っているが、絶対今、俺の首を狙ってただろ。
遂に冗談で殺されるかける域にまで達したか。行きすぎたショービジネスの末路を垣間見たようで、怖気が止まらない。

730 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 21:03:16 ID:lF8RX.4g0
('A`)「全く…どいつもこいつも――」

俺の悪態を、一発の銃声が遮った。

(#'A`)「――ハイン!」

直ぐ様傍らの相棒を振り返る。

从 ゚∀从「そう遠くない。今、音の位置を割り出す――」

背筋に鋼が入る俺の横で、鋼鉄の処女が電脳核内で演算処理を開始する。
だが、彼女が答えを出すよりも早く、桜色の影が俺達の頭上に舞い降りて来た。
 _,,,_
/::o・ァ「ジュウヨジノホーコー!ココカラゴヒャクメートルモナイョ!」

小さな翼を忙しなく羽ばたかせ、甲高い電子音声で告げるのは、件のペットロイドだ。
銃声が聞こえてから五秒にも満たない。この短時間で、位置を割り出したというのか。
 _,,,_
/::o・ァ「グンタイサンジャナイネ!カズハフタリ…イッパンジン?」

キュートがハンディカメラから結線ケーブルを伸ばして、“きゅー子”の首筋のプラグに接続。映像を吸い出す。
直ぐ様立体ホロで映しだされた映像の中には、狩猟銃を肩に担いだ壮年の男性が映っている。

('A`)「ロイヤルハント、じゃない……」

一般人の立ち入りが制限された区画内。
俺達以外の誰か。となると、考えるまでも無い。
違法スカベンジャーという可能性も否定できないが、その時はその時だ。

o川;゚ー゚)o「どっくん!」

背後でせっつくキュートの声に、俺は取りもせずにハンドルを回すと、アクセルを踏み込む。
助手席の相棒が、アサルトライフルを準備しながら“きゅー子”の方を恨めし気に見ているが無視。
急激な方向転換による慣性で、車体はつんのめるようにしてスピードを上げた。

731 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 21:04:34 ID:lF8RX.4g0
('A`)「いよいよ、謎の“タナカ”氏と御対面と言うわけだ」

蔦と根の這うアスファルトの上を、俺達を乗せたジープはぐんぐん進む。
大樹の根に組み敷かれたコンビニの角を曲がり、蔦のカーテンがぶら下がる陸橋の下を抜けた先、
ピサの斜塔が如く傾き苔生したビルの骸の足元に、一台のジープが止まっているのが見えた。

('A`)「あれか……」

从 ゚∀从「あれ、だろうな」

50メートルほど距離を置いてブレーキを踏むと、相手の出方を窺うように目を凝らす。
装甲板を気持ちばかりに打ち付けたカーキ色のジープの中に、二人の人影が見える。

一人は、眼鏡にスーツ姿の秘書風の男。黒地の高級そうな傘を指して、主の横に佇んでいる。
もう一人は、先の“きゅー子”の映像にもあった通り。
秘書がさす雨傘の下で、狩猟銃を肩に担ぎ、ハンチング帽と群青色のベストを召した、如何にも実業家然とした壮年の男性だ。
ジープの傍らの地面には、先に俺達が見た小鹿が、わき腹から血を流して横たわっている。
先の銃声と、肩に担いだ狩猟銃からして、狩りに来た富豪様御一行と言った様子か。

俺達に気付いたのか、彼らはジープを降りてこちらへと近付いてくる。
深緑の廃墟の中にあって、まるで自らの別荘の敷地を歩くかのような悠然たる足取りは、俺が最も毛嫌いする人種のそれだった。

从 ゚∀从「フリーズ。それ以上近付くな。銃を置き、膝をついて両手を頭の後ろに回せ」

ボンネットの上にひらりと飛び乗るや、前方の二人へ向けてハインリッヒはアサルトライフルを向ける。
秘書風の男が束の間、傍らの主人を窺う。
それを右手だけで制すると、壮年の男は狩猟銃を担いだままで、俺達に保父のような笑みを向けた。

732 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 21:05:23 ID:lF8RX.4g0
(゚3゚)「やあやあ、これは随分と警戒されたものだ」

从 ゚∀从「聴こえなかったか?銃を置き、膝をついて両手を頭の後ろに回せ。三度目は無い」

(゚3゚)「君達が、ドクオ君御一行で、間違いないね?」

乾いた銃声が、酸性雨のカーテンを貫く。
壮年の男の足元が爆ぜ、泥水が跳ねた。

从 ゚∀从「次は当てる」

無慈悲に、冷酷に、告げる鋼鉄の処女。
主導権はこちらにある事を示す為の一発。
壮年の男はしかし、更に笑みを深くして言った。

(゚3゚)「ようこそ、ツクバへ。私が“タナカ”だ。早速だが、今回の依頼の詳細について話そう」

ハインリッヒの指が、引き金に掛る。
秘書風の男が、傘を捨て、腰を落とし、身構える。
雨粒の一つ一つが沸騰するかのような緊張が、場に満ちる。
銃弾よりも、秘書官よりも早かったのは、タナカの次の言葉だった。

(゚3゚)「――ドクオ君、そしてキュート君。君達には、“ワタナベ崩し”をやって貰いたい」

瞬間、俺の鼓膜から、雨の音が消し飛んだ。

733 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/11/04(日) 21:06:46 ID:lF8RX.4g0

 

 

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