347 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:44:35 ID:n4n6KyEc0

Track-γ


――ジョルジュ・アルベルダ・ナガオカは、生来、気の短い男だった。
  _
( ゚∀゚)「んー、参りましたなあ、これは。この書類を見る限りじゃ、納期はもう三時間も前に過ぎているのですがねえ」

(;・田・)「そ、それはしかし、その――」

博徒であった頃より物腰の柔らかさで、他人がそれと気付く事は無かったが、
ジョルジュ・アルベルダ・長岡は、自分が非常に気の短い性分である事を、幼い時分より自覚していた。
  _
( ゚∀゚)「三時間、と言っても納期は納期ですからなあ。こればっかりは、きっちりと守って頂かないと。……受け売りですが、ビジネスは一分一秒を争うものですしねえ……」

(;・田・)「あと一時間、一時間もあれば直ぐに契約分はご用意出来ますので――」

故に、その短気な性分を自覚した頃より、ジョルジュは意図してその自分の性分を隠す方法を身にすべく、長らく思考錯誤して来た。
努力は実り、それはおおよそ齢にして彼が十五の時に大成した。
  _
( ゚∀゚)「いやあ、違うんですよ。分ります?さっきも言ったじゃあないですか。納期は納期。
     一時間だろうが、三時間だろうが、過ぎたものはもう手遅れなんですよ。タイムオーバー。
     分ります?ゲームじゃあないんだ。人生に待ったはなし。
最も、チェスやオセロにだって、持ち時間っていうのは決められてい、ま、す、が」

(;・田・)「だ、だから、納期の延長の御相談はメールでお送りした筈――」

348 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:45:44 ID:n4n6KyEc0
即ちそれは、余裕のある立ち居振る舞い。
掴みどころの見えない口調。そう言ったものだ。

ジョルジュはそろそろ自身の我慢に限界が近い事を自覚していた。
目の前の哀れな係長だか部長だかは、悲劇的なまでに察しが悪い。
  _
( ゚∀゚)「メール?」

(;・田・)「そ、それなのに返信を寄越さなかったのはお宅の方じゃないですか!」

夕暮れの残照が窓枠に未練がましくぶら下がるナナフシ・ワークス・ビル三十四階。
納期前後の過酷な労働に耐えかねた社員達が、デスクに突っ伏すオフィスの中央で、
ジョルジュと係長だか部長(ジョルジュの記憶が正しければチームリーダーと呼ばれていた)は一束の書類を間に挟んでにらみ合う。

契約書を見るだけで、実務に携わっていないものにも無茶だと分る、ソフトウェア発注。
この納期までにこれだけの製品をどうやって用意するつもりだったのか、
この契約を取り決めた責任者に聞いてみたいものだ、とジョルジュは思っていた。

だからこそ、今日、今、こうして、ここに赴いたのだった。
  _
( ゚∀゚)「おかしいですねえ。本当に送ったんですか?ちょっと送信履歴を見せて頂けますか?
     ――ああ、これはこれは…アドレスの打ち間違いですかね?道理で届いていない筈だ。
     うーん、こっちとしては何とも言いづらい事ですが、こればっかりは御社の不手際、という形になってしまいますねえ……」

(;・田・)「ぐっ…くっ――!」

ナナフシ・ワークスは、かつてワタナベ・グループと双璧を為すグループ規模を誇ったピンク・ファウンデーション系列のメガコーポの一つだ。
ピンク・ファウンデーションが幅を利かせていた頃は、一系列企業として巨獣の傘下に甘んじていたナナフシ・ワークスは、
ブラウナウ・バイオニクスのM&Aによってピンク・ファウンデーションの首脳部が一斉解雇されたのを良い事に、
今まで二の足を踏んでいた国内シェアの拡大に手をつけ始めた。

349 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:47:22 ID:n4n6KyEc0
世界に名だたる渡辺グループは、だからこそ、自らの腹の中で少しでも好き勝手な事をしようとするナナフシ・ワークスを見逃すことは無かった。
  _
( ゚∀゚)「さて、製品がまだ揃っていない所で、これ以上ここに居ても無駄なだけですし……。
     残念ですが、我々はそろそろお暇させていただきます。いやはや、忙しい中大変失礼しました」

(;・田・)「待って――!ちょっと待って下さい!」
  _
( ゚∀゚)「まだ、何か?」

アドレスの間違いなど、てんで出鱈目だ。はなから、そのアドレスは渡辺の物ではない。
そも、今回の無茶な発注契約そのものが、ナナフシ・ワークスの業界内での威信を傷つける為だけに用意された、言わば経済戦争の布石なのだ。
出る杭の鼻面を叩き折り、屈服させる、それは渡辺グループからナナフシ・ワークスへの牽制攻撃だ。

(;・田・)「連絡の不手際については当社の非を全面的に認めます。ですから、ですからどうか後少しだけ待って頂ければと――」
  _
( ゚∀゚)「……」

タイル張りの床に額を擦りつけて土下座するチームリーダー(それとも係長だったろうか?)を、ジョルジュは何の感慨も持たない瞳で見下ろす。
あーあ、全面的に非を認めるって言っちゃったよ、この人。
そのような事をぼんやりと考えながらも、ジョルジュはやっとこさ相手が折れた事に、内心ではほっと胸をなでおろしていた。
あと少しでもこの男がぐずる様だったら、手が出ていたかもしれない。
いや、ともすれば、それよりも早く彼女が手を出す事になったのだろうか。

350 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:48:29 ID:n4n6KyEc0
「だ〜か〜ら〜!もう待てないってさっき言ったばっかじゃ〜ん!おじちゃん、話聞いて無かったのぉ〜?」

デスマーチ明けのオフィスには似つかわしくない、妙にハイトーンな声が、衝立だけで隔てられた応接区画から響く。
チームリーダーが、はっとしたように床から顔を上げてそちらを見た。

「ジョ“オ”ジュも言ってたでしょ〜?ビジネスは一分一秒を争うって!」

微妙に舌っ足らずな幼い声の主が、衝立の奥からよちよちとした歩みで姿を現す。
身長にして、140センチに届くかと言う程の小柄な声の主は、砂糖菓子調のロリータドレスのぶかぶかな袖を勢いよく振り上げた。

ミ*゚∀゚彡「はい!時間にルーズなのは行けない事だって、フーは思います!」

(;・田・)「え?…あ?…え?…え?……は、はい?」

得意げな顔で右手を上げるその少女の姿に、チームリーダーは戸惑いを隠せぬ様子で瞬きを繰り返す。
綿菓子のようにふわふわした薄桃色の髪。蜂蜜と同色の双眸。
袖丈のあっていない、ぶかぶかのロリータドレス。マシュマロのようなやわ肌。
どう取り繕っても11、2歳にしか見えないその少女は、オフィスの中はおろか、
およそ現実に存在するという事そのものに、違和感を覚える様な存在だった。

351 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:49:45 ID:n4n6KyEc0
ミ*゚∀゚彡「はい!分りましたか?分りましたね!と、言うわけでフー達はかえ――」

元気いっぱいに喋りつづけようとする少女の口を、横合いから伸びてきたジョルジュの手が塞ぐ。
  _
( ゚∀゚)「おっと、うちの子が失礼をしました」

(;・田・)「は?…ああ、はあ…?」

ミ*゚三゚彡「もが!もががー!もがががー!」
  _
( ゚∀゚)「ほら、先ずは初めましてのご挨拶からだろう?きちんとした礼儀作法が出来て無いと、レディとは言えないよ?」

ミ*゚三゚彡「もが!もが!」
  _
( ゚∀゚)「出来るね?」

ミ*゚三゚彡「もがっ!」

口を塞がれたままに、少女は元気良く頷く。
ジョルジュはそれににっこりとほほ笑みを浮かべると、少女の口を覆う手をどけた。

ミ*゚∀゚彡ノ「はい!初めまして!フーはフーという名前です!とくえーきゅうごえいせんにんがいのいど、えーと、えとっ!
      あっ!はい!はいっ!あいあん!あいあんめいでんをやっています!ひじょーにつよいです!はい!あいさつおわりー」
  _
( ゚∀゚)「はいっ、よくできました」

352 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:50:43 ID:n4n6KyEc0
まるで我が子ででもあるかのように、ジョルジュは膝を屈めてフーの頭を撫でる。

ミ*゚∀゚彡v「きゃほうっ!」

気持ち良さそうに目を細めた後、フーは小さく飛び跳ねると、チームリーダーの方に向かってピースをして見せた。

(;・田・)v「あ、ああ…ええ…はあ…?」

現状についていけないチームリーダーは、釈然としないままにもブイサインを返した。

ミ*゚∀゚彡「褒められましたっ!」

えへんっ、とフーは胸を張る。
チームリーダーがそれにどのような反応を返したらいいのか分らないでいる間にも、
フーはくるりとジョルジュへ向き直ると、スーツの裾をくいくいと引っ張った。

ミ*゚∀゚彡「ねえ御挨拶出来たしもお帰ろっ!いいっしょ?ねえいいっしょ〜?」
  _
( ゚∀゚)「ああ、そうだね。もう用件も伝えた事だしね」

ミ*゚∀゚彡「はいそーしましょ!ごきたくしましょう!そーしましょ!あっるっこー!あっるっこー!」

(;・田・)「ああ!ままま待って!待って下さい!」

気紛れな幼児そのままに踵を返そうとするフーとジョルジュに、チームリーダーは慌てて追いすがる。

353 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:51:28 ID:n4n6KyEc0
  _
( ゚∀゚)「まだ、何か?」

(;・田・)「ででで、ですから、どうか、どうかもう少しだけ、納期を――」

そこまで言いかけたチームリーダーの言葉は、しかし最後まで紡がれる事は無かった。

「だ〜か〜ら〜言ったっしょ〜?おっじっちゃあんっ!」

(;・田・)「ひ――ひィっ――!?」

情けない悲鳴を上げる、チームリーダーの眼前。
虞風を纏って飛び出した棘つきの鉄球が、彼の鼻先数ミリの位置で、ピタリと静止していた。

ミ*゚∀゚彡「はい!じかんげんしゅ!しめきりはのびません!めっ!」

どすん。重々しい音を立てて、棘鉄球がチームリーダーの股の間に落下する。
バスケットボール程もある鉄球からは鋼の鎖が伸びており、それはフーのぶかぶかと垂れ下がったフリル付きの袖の中へと続いていた。

(;・田・)「あ、あ、あ、あ……」

放心したように口を開閉させるチームリーダー。
へたり込んだ彼の股の周囲に、生温かい水たまりが広がり、湯気を上げる。

ミ*>∀<彡「あー!おじちゃんお漏らししてるー!あははははは!大人なのに!あは!あはははははは!お漏らし!あははははは!お漏らししてやんのー!」

354 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:52:26 ID:n4n6KyEc0
  _
( ゚∀゚)「やれやれ…これはちょいとおイタが過ぎるんじゃあないかな?」

ミ*>∀<彡「お漏らし!だって――あは!――おも――あははは!――お漏らし!あはは!あははははは!大人なのに――お漏らし――あはははははははははは!」

文字通り、腹を抱えて笑い転げるフーは、笑い過ぎて過呼吸を起こした“かのように”にして、床の上で転がり、足をばたつかせている。
ジョルジュは心底困り果てたとでも言うように、眉間に指を当てて首を振った。
その懐が、俄かに振動した。
  _
( ゚∀゚)】「はい、こちらナガオカ――ええ、ええ、ナナフシ・ワークスの件で――ええ、そうです。はい。――はあ?今、ですか?」

携帯端末を耳にあてがいつつ、ジョルジュは床の上を転がるフーと、それを前に呆けたままのチームリーダー(いや、部長だったろうか?)にちらりと目を向ける。
  _
( ゚∀゚)】「まあ、確かに丁度いいと言えば丁度いいですが――はあ――いえ、めっそうもございません。
      ――分ってますって。ええ、ビジネスは一分一秒を争う、ですものね。
      ――はい、はい、了解いたしました――ええ、お任せを――はは、大丈夫ですって」

愛想笑いで通話を終えると、ジョルジュは携帯端末を懐に戻しながら、チームリーダーの目の前に屈みこむ。
未だ焦点のあっていない彼の目の前で、ぱんっと手を叩くと、ジョルジュはその肩に手を置いた。
  _
( ゚∀゚)「おめでとうございます!只今、上から連絡がありまして、何とナナフシ・ワークスさんにはこれとはまた別件で、お仕事をお頼みしたいとの事でした!」

(・田・)「――へ?」

355 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:53:12 ID:n4n6KyEc0
  _
( ゚∀゚)「この件を引き受けてくれたのならば、今回の納期オーバーについては、水に流すとの言質も承っております!やりましたね!」

(*・田・)「ほ、本当ですか!?」
  _
( ゚∀゚)「ええ、ええ。それでですね、つきましては――御社の私設セキュリティ部隊なんですが……今から一時間以内に、どれだけの量を動員出来ますかね?」

(;・田・)「――え」

ミ*>∀<彡「あはははは!おも――お漏らし――あはははははは!あははははははははは!」
  _
( ゚∀゚)「“今”から、“一時間以内”に、私設セキュリティ部隊を、“どれだけ”、動員、出来ますか?」

(;・田・)「――え?」

チームリーダーは、空いた口を塞ぐ事が出来なかった。

356 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:54:35 ID:n4n6KyEc0

  ※ ※ ※ ※


――その日最後の煙草に火をつけながら、俺は耐えがたいまでの苛立ちを堪えるのに必死だった。

<ヽ●∀●>】「……そうか。矢張り、残りの車両も全部ダミーだったか。
       ……ああ、ウリ達をだまくらかすなんぞ、太ぇ根性をしてやがる。
       そこら辺は、後できっちりお灸を据えさせてもらうとするさ」

バックミラーの中。
携帯端末で部下とやり取りをするニダーの大親分の顔に、表情は無い。
淡々とした彼の受け答えと反比例するよう、受話口からは爆発寸前のダイナマイトみたいなだみ声が、運転席にまで聞こえて来る。
コンクリート詰めだとか、硫酸のプールだとか、ぶつ切りの単語だけでもゾッとしないものばかりだった。

<ヽ●∀●>】「ああ――そうだな。この借りはきっちりとさせて貰うさ。……ああ、それとは別に野暮用が出来てな。
       ――何、大したことじゃあねえ。ちょいと、昔の知り合いと会ってな。思い出話に花が咲いちまっただけさ」

レンタカーの窓を開けて、煙草の灰を落とす。
黄昏は終わりを迎え、フロントガラスからは暗黒の沿岸道路が見えた。

<ヽ●∀●>】「――そう言うわけで、今日は遅れるから先に上がってろ。事務所の鍵はきちっと閉めておけよ。最近は物騒だからな」

あんたがそれを言うのか、と心の中で俺が毒づくのと同時、香主殿は通話を終えると携帯を懐にしまった。

357 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:55:16 ID:n4n6KyEc0
<ヽ●∀●>「――で、見つかったか?」

('A`)y-~「アンタが部下とのラブコールを始めてから何分経ったと思う?早々に見つかるわけがねえだろ。ハッカーを神様か何かと勘違いしているんじゃないのか?」

<ヽ●∀●>「違うのか?」

大陸流の冗談か何かだろうか。
当然の様な顔で聞き返してくる香主殿に、俺は胸中で溜息をつく。

('A`)y-~「進行ルートから大まかな潜伏先が予測出来ると言っても、相手はあの黒狼だ。
    幾らあの塩豚が“電子の王(笑)”を自称しているとはいえ、アンタの視覚データだけを手掛かりに調べるとなると、そう容易いものじゃあねえよ」

<ヽ●∀●>「細けえ事情なんざ、ウリの知ったこっちゃあねえ。急がせろ。ケツの穴にベレッタを突っ込むとでも言え。そうすりゃトクガワのマイゾウキンだって掘り当ててくれるだろうよ」

('A`)y-~「オーライ、ボス。アンタがそうしろって言うんならな」

今度は実際に溜息をつきつつも、本音の所では俺自身、後がつかえているのでこの仕事はさっさと終わらせたい。
バックミラー越しに顎で促すと、鋼鉄の処女は無言で携帯端末を取り出した。

从 ゚∀从「尻の穴から硫酸を注ぎ込まれつつ口から煮えたぎった重油を飲まされたく無かったらさっさと仕事を上げろ。依頼じゃない。これは命令だ」

携帯端末越しに塩豚の憤怒の声が聞こえてきたが、ハインリッヒは涼しい顔でそれを無視して通話を終える。
白磁の仏頂面には、幾分か恍惚とした表情が浮かんでいた。
俺の背筋が無意識のうちに冷たくなっていた。

358 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:56:30 ID:n4n6KyEc0
o川;*゚ー゚)o「……」

シートベルトをきっちりと締めて、助手席の上に縮こまるように座ったキュートは、三十分程前から一言も言葉を発する事は無い。
二流のクライム・ホロのような車内の空気に耐えられないのか、その顔は真っ青だ。
同情はしない。ついてくるなという俺の弁を無視したのはこいつ自身だ。

o川;*゚ー゚)o「あの、私ちょっとおトイレに――」

<ヽ●∀●>「窓からしな、お嬢ちゃん。目は瞑っててやる」

o川;*゚ー゚)o「は、はひっ――!」

アヒルの玩具みたいな声を上げて、小さくなった身体を更に小さくするキュート。
だから言ったんだ。碌な目に合わないと。

o川;*゚ー゚)o「ちょっと、どっくん!なんなのこのコワイおじさま…聞いて無いんだけど……」

('A`)「顧客情報には守秘義務があるからな」

小声で聞いてくるキュートに、俺は当然の返答を返す。
横目で見れば、その可愛らしい眉がげじげじ虫のように歪んでいるのが分った。

o川;*゚ー゚)o「まあ、そこは無理言ってついてきた私が全面的に悪いのは認めるけどさ……」

そのとーり。

o川;*゚ー゚)o「こんなことしてて良いの?明日の飛行機、間に合うの?」

359 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:57:18 ID:n4n6KyEc0
('A`)「それについては、俺も不本意だとは思ってる」

o川;*゚ー゚)o「じゃあ何で断らなかったの?」

('A`)「……」

電話があったのは二時間ほど前、キュートとハインと共に旅支度を纏めている最中の事だった。
別件の依頼で、明日の朝九時までにはハネダに到着していなければならない身としては、電話そのものを無視する腹積もりであった。
気が変わったのは、留守電に変わった瞬間、彼の声が聞こえてきた時だった。

o川;*゚ー゚)o「ねぇ、どっくん?聞いてる?私としてはお肌の事も考えたいっていうか……」

真っ直ぐに前を向いたまま、視線だけでバックミラーの中を窺う。
後部座席、鋼鉄の処女と並んで腰を埋めたニダーは、つがいのベレッタなんたらかんたら(憶えていないが相当な骨董品だったと思う)を分解し、スプリングの調子を確かめていた。
黙々と、淡々と、愛銃の手入れをする彼の表情は、サングラスに覆われていて窺えない。
だが、何を考えているのかぐらいは大体想像がつく。

俺は、二時間ほど前、予感めいたものに突き動かされ、沿岸道路に駆け付けた所にニダーが放った第一声を思い出す。

<ヽ●∀●>『決着だ。黒狼との決着をつけに行く』

一体そこで何が起こったのかまでは分らない。
裾という裾が破れ血まみれになったトレンチコートと、青あざと擦り傷だらけの顔からその時の俺が予測できたのは、既にひと悶着があった後だという事だけ。
その時俺が思っていたのは、予感なんてものは当たった所で碌でもないだけだという、どうしようもないことだった。

360 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 22:58:14 ID:n4n6KyEc0
o川;*゚ー゚)o「ねぇ、どっくんってば!ちょっと!」

('A`)「……」

あの冬の事を、クリスマスが間近に迫ったあの冬の日の事を、思い出さずにはいられない。
何より、家を出る時点で俺の頭の中にあったのは、その日の事だけだった。

皮肉なものだ、と自分でも思う。
結末が先延ばしになっただけの復讐劇。その狂言回しの役目が再び回ってきたのは、どういった偶然か?
もしも神様なんていう、クソ下らないモノが居るとして、そいつは俺に何を期待している?見届けろと?この男達の復讐を?俺に?

o川#*゚ー゚)o「ねぇ、どっくん!あんま無視してると私、怒る――」

('A`)「……だとしたら、迷惑も良い所だ」

o川;*゚ー゚)o「ひぇ!?え!?あ、あう、あの、私そういうつもりじゃ…えと、その……ごめん……」

隣であたふたするキュートの口に、板ガムを突っ込んで塞ぐ。

o川;*゚Ж゚)o「ふぐっ!?へべ!?ひょっほ!?ひょっほあひ!?ひほふはい!?」

俺は振り返らず、後部座席に声をかけた。

361 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:01:00 ID:n4n6KyEc0
('A`)「もう一度確認させて貰うが…黒狼の居場所が割れたらアンタをそこまで送り届ける。俺達の仕事はそこまででいいのか?」

愛銃の手入れを続けながら、香主は微かに頷く。

<ヽ●∀●>「上出来だ、坊っちゃん。これで月末の試験も安心だな」

苛立ちを堪えながら、俺は繰り返した。

('A`)「本当に、それでいいのか?」

銃をいじるニダーの手が、ぴたりと止まった。

<ヽ●∀●>「――どういう意味だ、それは」

香主の言葉が、剣呑さを帯びる。
俺の苛立ちも、大きくなった。

('A`)「言葉通りの意味だよ。黒狼の居場所を突き止めて、アンタを送り届けて、本当にそれだけでいいのかって事さ」

バックミラー越しに、俺達はにらみ合う。
鋼鉄の処女は、俺達のやり取りにさして興味を示す事も無く、窓外を流れる道路灯の光の帯をぼんやりと眺めている。

<ヽ●∀●>「……手出しは無用だ。余計な事はするな」

ややあって、ニダーは歯と歯の間から絞り出すようにして呟いた。
俺の中で、行き場の無い苛立ちが余計に募った。

362 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:01:43 ID:n4n6KyEc0
('A`)「……」

言うべきかどうか、迷った。
それでも俺は口を開いた。

('A`)「アンタ一人で、黒狼に敵うわけがねえだろ」

助手席で、キュートが恐ろしい物を見る目で俺を見ている。
それを無視して、俺は言葉を継ぐ。

('A`)「自覚があるかどうかは知らねえけど、はっきり言ってやるよ。復讐だケジメだって言って、アンタがのこのこアイツを追っかけて行った所で、アンタにゃ万に一つも勝ち目なんか無い」

<ヽ●∀●>「……」

('A`)「何しろ向うは百戦錬磨の始末屋で、強化外骨格を身につけてると来た。アンタも知ってるだろう?
    ありゃあもう人間じゃあねえよ。化け物だ。そこにウェット(生身)のアンタが挑んだ所で、犬死にも良い所だ」

苛立ちを表に出さないよう、俺は努めて淡々とした口調で吐き出していく。

('A`)「復讐?大いに結構、殺し合いなら好きなだけやってくれ。ヤクザなあんたらにとっちゃ、それが仕事みたいなもんだもんな。
   だがよ、それは俺の目の届かない所でやってくれないか?付き合わされるこっちとしちゃ、たまったもんじゃないんだよ」

結局、淡々としていたのは口調だけで、俺自身の苛立ちは隠せなかった。

363 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:02:58 ID:n4n6KyEc0
o川;*゚ー゚)o「どっくん…?」

その証拠に、にぶちん世界選手権代表のキュートが、真っ先に俺に心配そうな眼差しを俺に向けてきている。
どうにも、ハードボイルドには今一つ遠そうだ。

<ヽ●∀●>「さっきから聞いていれば、随分と知った風な口を聞くようになったじゃないか?ええ?どうした、坊っちゃん?何か辛い事でもあったのか?」

俯けていた顔を上げて、ニダーがサングラスとバックミラー越しに俺の目を見据える。
皺の深く刻まれた顔からは、相変わらず表情らしい表情は読み取れない。

<ヽ●∀●>「人さまの生き死にが、そんなに怖いのか?それとも何か?お前さんは、御大層にもウリの心配でもしてくれているのか?」

自分で言って可笑しかったのか、そこでニダーは場違いな程に大きな声で笑う。

<ヽ●∀●>「だとしたら傑作だ。今世紀最大のスケッチだぜ。モンティパイソンも敗北感に首を括りかねんな」

('A`)「別に、アンタの心配なんてしてねえよ。アンタが死のうが、万に一つ黒狼が死のうが、そんな事はどうだっていい」

<ヽ●∀●>「その割には、随分とぶるってるみてぇじゃあねえか?」

自分でも自覚していた事なので、敢えてそれを取り繕おうとはしない。
代わりに俺は、キュートにやったのと同じ板ガムを口の中に放り込んだ。

364 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:05:07 ID:n4n6KyEc0
('A`)「アンタの言う通り、俺は臆病もんだよ。救いようの無いチキン野郎さ。
    だから、てめぇの知ってる範囲で人死にが起きる、っていうのに耐えられないんだ。
    寝覚めが悪いって奴さ。分るか?つまり俺は、俺自身の安らかなる眠りについて話しているんだ」

車体が緩やかなカーブに差し掛かる。
ハンドルを右に傾ける。左手に見える夜の海では、海上石油コンビナートの常夜灯の明りが、ちかちかと点滅していた。

('A`)「そこんとこを勘違いしないで欲しいね。わざわざ忙しい中呼び出されて、今から自殺するから崖の端まで送迎してくれ、って言われて良い顔する奴は居ない。違うか?」

o川;*゚ー゚)o「自殺…?」

未だに事情を飲み込めないまでにも、俺達の会話に不穏なものを感じ取っていたらしいキュートの顔が俄かに曇る。

<ヽ●∀●>「迷惑料ならもう払っただろう?何のためにわざわざお前さんを選んだと思っている?何時からお前さんところは人生相談所になったんだ?」

呆れた事に、俺が電話を受け取った時には既に、手付金のつもりか口座にはここ半年の稼ぎ分にも足る額の大金が振り込まれていた。
金は払うから、口は挟むな。それは実にスマートで筋の通った話で、俺達の業界では最低限の常識でもある。

<ヽ●∀●>「それにお前さんもこの依頼は飲んでくれたんじゃあなかったのか?なのに何を今更口を挟む必要がある?」

365 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:06:16 ID:n4n6KyEc0
('A`)「……」

ニダーの言葉は理屈の面では完璧だ。
俺は既に(半ば強制的にだが)仕事を受けて、塩豚に黒狼探しまで依頼している。
故に、俺が今更何を言った所で、それは業務怠慢からの愚痴にしかならないのかもしれない。
否、最初からこれは、俺の勝手な戯言でしかない。

('A`)「なあ、もう一度聞くんだが、アンタはあの黒狼に勝てるつもりでいるのか?」

味の薄くなってきたガムを、それでも俺は何度も何度も噛みしめながら言葉を紡ぐ。

('A`)「決着とか言ってるけどよ…アンタ、本当にアイツに勝てる気でいるのか?」

<ヽ●∀●>「……」

ニダーは、答えない。
手元の愛銃を見つめ俯いたままのその顔は、復讐者のそれではない。
二時間前に駆け付けた時点で、薄々は分っていた。

('A`)「なあよ、俺の口から言うべきじゃないってのは分ってる。だがこっちもいい加減苛々が限界なんだ」

相変わらず、ニダーは答えない。
よれによれたトレンチコートに包まれた肩が、酷く小さい。

('A`)「――アンタは、楽になりたいだけだ。仇だとか、復讐だとか、そう言った面倒くせえ事から、さっさと解放されたいってだけの、ただのクズだ」

366 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:07:02 ID:n4n6KyEc0
o川;*゚ー゚)o「……」

从 ゚∀从「……」

助手席で、キュートが表情をこわばらせる。
後部座席のハインが、微かに眉を顰めて俺を見つめる。
車内の空気が、僅かな緊張感を帯びた。

<ヽ●∀●>「……」

ニダーの肩が、小刻みに震える。
怒りからではなく、それは笑いから。
枯れた柳のような、それはとても虚ろで、乾いた笑いからだった。

<ヽ●∀●>「クズ…くはは…クズか…香主なんざやるようになってから、てめぇ以外にクズ呼ばわりされたのは初めてだな」

('A`)「そいつは光栄なこって」

俺は努めて不機嫌な顔を作って吐き捨てる。
ひとしきり、痛々しい笑いを上げた後、ニダーは溜息をついて天井を見上げた。
皺の刻まれたその顔が、急に老けこんで見えた。

<ヽ●∀●>「本当の所なら、今すぐにでもそのお利口さんなオツムの風通しを良くしてやるんだが……。
        行きがけの駄賃だ。今のは聞かなかった事にしてやる。その減らず口は大事にとっておけ」

ニダーは、疲れ切ったような笑みを口の端に浮かべる。
老衰前の翁のようなその達観した態度が、俺にはたまらなく気に食わなかった。

367 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/06(木) 23:07:58 ID:n4n6KyEc0
('A`)「……そうかよ」

押し殺すように呟くのが限界だった。
これ以上、何を言っても、何かが変わるわけじゃない。
俺は、ハンドルを握る指に力を込める。
沈黙の帳が、車内にゆっくりと降りてきた。
カーステレオからは、歪んだパイプオルガンをバックに、がらがらに枯れた男の声が、陰鬱な調子で唄う英語の声が聴こえてくる。

Today I am dirty

I want to be pretty

Tomorrow, I know I'm just dirt

――今日の俺は醜くて。美しくなりたいと思っている。でも分ってる。明日になっても、俺はゴミ。

前にアラブに飛んだ時に入れたままの自動翻訳アプリが、視覚野の隅のウィンドウに和訳の歌詞を綴っていく。

We are the nobodies

Wanna be somebodies

We’re dead, we know just who we are

――名もなき俺達は、素敵な何かになりたいんだ。俺達が死ねば、あいつらも気付くだろう。

そこまで表示された所で顔を顰めると、俺はカーステレオのスイッチを切った。
何もかもが、気に食わなかった。
375 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:14:02 ID:HZSLFZ1g0
o川;*゚ー゚)o「あ、あの……」

今まで黙っていたキュートが、出しぬけに口を開いた。

o川;*゚ー゚)o「わ、私、その、えと…事情とか、全然、分らないんですけど、その……」

ホットパンツの短い裾をぎゅっと握りしめ、彼女はおずおずといった風情で後部座席のニダーを振り返る。
ニダーの纏うヤクザ者の雰囲気に慣れないのか、言葉の端々からは僅かな怯えの様なものが残っていた。

o川;*゚ー゚)o「じ、自殺は良くないなって!その、お、思います!自殺だけは、ダ、ダメだって!」

('A`)「……」

<ヽ●∀●>「……」

恐らくは、彼女なりの精いっぱいの言葉なのだろう。
場違いな台詞ではあるが、その大粒の瞳に宿った真剣さは、偽りの無いものだ。
今日初めて会った人間の事を、分けが分らないなりにも、心の底から心配する。
先のクソッたれた歌の歌詞が頭を過って、俺は思わず苦い顔を作った。

ニダーは、そんな彼女の言葉に一体何を思うのだろうか。
前の席から首だけを覗かせて真剣な(彼女なりの)表情を作るキュートに、彼はやんわりと苦笑を返して再び座席に深く身を沈めた。

376 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:14:49 ID:HZSLFZ1g0
<ヽ●∀●>「……そうだな。ああ、自殺はいけねえな。おっかさんを悲しませちまうもんな」

o川;*゚ー゚)o「そ、そうです!だから、ね?げ、元気を出して――!」

<ヽ●∀●>「ああ、ああ、そうだな…そうだとも……」

キュートの言葉を、聞き流すでもなく、遮るでもなく、ニダーは腰の上で手を合わせると、首を仰け反らせて天井を仰ぐ。

<ヽ●∀●>「そうとも…そうともさ……」

虚ろなその呟きだけが、語る者の居なくなった車内に零れ続けた。

377 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:15:58 ID:HZSLFZ1g0

  ※ ※ ※ ※


――ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「見てんじゃあねえぞ、クソガキが」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「気に食わねえ目え、しやがって……」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「――ああ?なんだ?聞こえねえぞ?」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「おい、おい、おい、なんだ?なんだってんだ?何を泣いてやがる?俺は悪者か?ああ?」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「てめえ、なんだそれは――舐めやがって、クソ。舐めやがって……どいつもこいつも――」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「その目だっつんでだろうがよぉ!聞いてなかったのかよクソガキがぁ――!」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

378 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:16:53 ID:HZSLFZ1g0
「ごめんね、ごめんね、ごめんね……」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「このッ!ガキがッ!目ぇ!見るなっ!」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「ごめんね、ごめんね、ごめんね……」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「ぶっ殺して――!ハァー!ハァー!ハァー!」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

ノイズ。ノイズ。ノイズ。

「ああっ!?てめえ、そりゃ――なん――」

ぶつん。

379 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:18:23 ID:HZSLFZ1g0
油まみれの換気扇。フリーザーの低い唸り声。
開け放した窓。蝉の大合唱。ノイズ。四畳半。ちゃぶ台。酒瓶の山。
染みだらけの安カーテン。ノイズ。ささくれ立った畳。倒れた角刈りの男。
壁際で啜り泣くネグリジェの女。ノイズ。部屋の柱に刻まれた爪の跡。ノイズ。
血、血、ノイズ、血、ノイズ、包丁、ノイズ、ノイズ、少女、ノイズ。

かちり。

「あ……」

少女はその白く細い腕から包丁を取り落とすと、自分の胸元から下腹部までを見下ろした。
胸元の肌蹴られたワンピースは、返り血で真っ赤に染まっていた。

「ああ……」

吐息を零しつつ、少女は宙を見つめる。
部屋の隅から母親の啜り泣きが聞こえてくる。
開け放した窓から聞こえる蝉の大合唱が耳に喧しい。

「――そっか。そっか、そっか」

得心が言ったように頷くと、少女はふらふらと立ちあがり、玄関へ向かって歩いて行く。
母親は、その後ろ姿を見送る事もせずに、動かなくなった男をぼんやりと眺めていた。

「そっかぁ。こうすれば、良かったんだ。こうすれば。そっか――」

少女のノイズ虚ろノイズな笑ノイズ。ノイズ。ノイズ。ノイズ。

ぶつん。

380 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:19:29 ID:HZSLFZ1g0
ノイズ。ノイズ。ノイズ。
ビールの空き箱の塔。罅の入ったコンクリ。ノイズ。水たまり。吐瀉物の臭い。
使い捨て記憶素子の破片。ノイズ。火花を上げるネオン看板。

「ハァ、ハァ、ハァ――そうだ、大人しく――大人しくッ!――ハァ…してろよ――ヘヘハハハハ……」

息を荒げて、ズボンを下ろすヤクザ男。肩に光る綾瀬の代紋。
埋め込み式サイバーサングラスに映る、女の白い顔。
ノイズ。白い肢体を這う生傷。青あざ。ノイズ。みみずばれ。ノイズ。

「いや…イヤァ……!」

乱れるプラチナブロンド。ノイズ。馬乗りになる男。
ノイズ。殴打。ノイズ。殴打。ノイズ。殴打。ノイズ。殴打。

「ヘ、ヘヘ…こんな上玉、滅多にいねえ…ハァ、ハァ……。
 どうせ、これから何人の男に抱かれるかも分ったもんじゃないんだ。だったら、今俺に抱かれた所で――」

「止め、止めて――イヤだ…イヤ、イ――」

剥ぎ取られる下着。縄で縛られた両手。嬲られる乳房。
ノイズ。男。ノイズ。突き入れられる。ノイズ。赤。ノイズ。赤。ノイズ。ノイズ。赤。

「ヒャハ!ヒャハハハ!しょ、処女だぜこいつ!ヘハハハ!安心しろよぉ…お前の初めては――」

突く。突く。突く。ノイズ。痛み。ノイズ。耐えがたい痛み。ノイズ。
裂ける。ノイズ。破ける。破裂する。ノイズ。

痛いノイズ痛ノイズい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いノイズ痛い痛い痛い痛い。

ぶつん。

381 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:20:23 ID:HZSLFZ1g0
ノイズ。ノイズ。白。ノイズ。リネンの香り。ノイズ。
リノリウムの床。ノイズ。ノイズ。正面に座った医師。ノイズ。
寿命の近くなった蛍光灯。ノイズ。膝の上で揃えられた手。はれ上がった顔面。ノイズ。

「――落ちついて、聞いて下さいね」

ノイズ。ノイズ。眼鏡の奥。ノイズ。
無表情の医師。ノイズ。ノイズ。止めろ。ノイズ。

「貴方の身体では、子供はもう――」

止めろ。

「子宮が著しく傷つけられ――」

止めろ。

「卵巣そのものが――体外受精も――」

止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ。

ぶつん。

382 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:21:31 ID:HZSLFZ1g0
ノイズ。ノイズ。ノイズ。
黒い空。星の無い夜。ビルの屋上。摩天楼のネオン。

【+  】ゞ゚)「――で、身体の調子はどうかしらん?“死の淵から蘇った”感想は?」

女は掌を見つめた。
包帯だらけの皮膚の上に、バタフライナイフを這わせる。
滲みだした血がぶくぶくと泡立ち、掌の上で蠕動した。
悪くない気分だった。

【+  】ゞ゚)「ラボの連中、驚いていたわよ。アンタみたいな体質は百年に一人居るか居ないかだって。
        ウェイク・アップ・ザ・デッドに適合するだけならともかく、ソレまで使いこなせるなんて、天が与えた逸材だってサ」

掌の上の血に、女は意識を集中する。
殺せ。そう命じるだけで、血は赤い鉤爪となって女の掌を覆った。

【+  】ゞ゚)「液体金属だっけ?ウチのチーフも妙なモノをこしらえたもんよね。まるで化け物じゃない、アンタ」

面白くもなさそうに言って、オサムは夜の街に視線を馳せる。
夜の帳の下では、相も変わらず人の波がごった返していた。

【+  】ゞ゚)「そう、化け物と言えば。綾瀬のトコで、アタシ面白いもの観たわよ」

懐から取り出した掌サイズの小型プロジェクターで、オサムは空中に映像を投影する。
立体ホログラフの中では、一人の強化外骨格の男が日本刀を振るって、次々とヤクザ達を斬り伏せていっていた。
返り血を浴びながら荒い息を着く男の顔は、修羅か鬼神のようであった。

383 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:22:49 ID:HZSLFZ1g0
【+  】ゞ゚)「西村の生き残りかしらね。綾瀬への復讐だか何だか言ってたみたいだけど、この子もかなりキテるわ」

楽しげに言いながら、オサムは映像を早回し、目当てのシーンで止める。
再び動き出したホログラフ映像。
ヤクザの死体の山の中央で、強化外骨格の男は突如として吠えたけると、
手にした日本刀を振るって、既に動かなくなったヤクザの身体を更に細切れの肉片へと変えていく。
およそ、人間的な理性の欠片も見られない、獣の食い散らかしにも似たその様に、女は目を見開いた。

『足りない!足りない!足りない!足りない!足りないんだよぉぉおぉぉお!』

刻む度飛び散る、血、皮膚、肉、内蔵、皮下脂肪、骨。
黄、白、赤、朱、黄土、人を形造る、肉の絵の具の醜怪なコントラスト。
今にも泣き出しそうな顔で、叫び、刀を振るうホログラフの中の男。

彼女はしかし、その男の悲壮な表情の中に、確かにそれを見つけた。

「なあ、コイツ、なんて言うんだ?」

ホログラフを見つめたままに、女は問いかける。

【+  】ゞ゚)「は?名前?このワンちゃんの?アタシが知るわけ無いじゃないの」

興味なさそうに返すオサム。
女はそれを聞き流しながら、食い入るようにホログラフの映像を見つめ続けた。

384 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:23:30 ID:HZSLFZ1g0
『はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…』

鬼気迫る表情で、荒い息を着く強化外骨格の男。
自分の作りだした屠殺場の光景に気付き、彼の顔に恐怖とも後悔ともつかぬ表情が過る。
その一瞬。まさにその一瞬前、男の顔に浮かびかけて消えた表情を、女は見逃さなかった。

「――同じ、だ」

【+  】ゞ゚)「はぁ?」

問い返すオサムにも、女は言葉を返すことなく、呆けたようにしてホログラフの中を見つめている。

(*゚∀゚)「――アタシと、同じだ」

その時彼女の顔に浮かんでいたのは、砂漠の中でオアシスを見つけた旅人のそれのようであった。

385 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:24:32 ID:HZSLFZ1g0

  ※ ※ ※ ※


――生ぬるい浮遊感の中で、ツーは目を開く。
視界いっぱいに広がる闇にも、人工タペタムを通して見えたのは低い石造りの天井が見えた。
鼻が腐れ落ちてしまいそうな程の饐えた臭いからして、ここはVIPの街の地下を走る下水道網の一端だろう。
自分はその下水の上にぷかぷかと浮かんでいるのだ、と言う所までを自覚した所で、ツーは頭の中からぼんやりとした霞が引いて行くような感覚を覚えた。

(*メ∀゚)「アァ――畜生――血が――血が足りねえ……」

左側頭部を手で触る。
砕かれた骨と皮膚組織は液体金属により無理矢理に縫合したが、失った組織に関しては再生にもう少しばかり時間が掛りそうだ。
本物のIps細胞ならば、もっと迅速な治癒が見込めただろうが、実際その真似事が出来るだけでも彼女の血中に潜む「カーミラ」は非常に優秀な人工血液であると言えよう。
今やツーの全身の血管の八割の中を流れるこの液体金属兵器は、彼女の生命活動そのものに影響を及ぼす段階にまで浸透していた。

(*メ∀゚)「あの、ウリナラヒョウタン――外野が、出しゃばりやがって――クソッたれがよぉ……」

汚水の川の中でツーは身を捩る様にして泳ぐと、壁際の足場の上に身を横たえる。
今まで餌を求めてうろついていたドブネズミが、彼女の登場に驚き泡を食うようにして逃げ出す。
生皮の剥がれたままの腕を振るってそれを捕まえると、ツーは何のためらいも無くドブネズミの頭に齧り付いた。

386 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:26:10 ID:HZSLFZ1g0
犬歯が皮を貫くぶちりという音と、弾力のある肉を咀嚼する音、そして小骨をかみ砕く微かな音が、湿った地下下水道の中に陰鬱に響く。
常人ならば七度も死亡している程の重傷を治すには、「カーミラ」による縫合以外にも、
ウェイク・アップ・ザ・デッドの代謝促進に頼る必要がある為、タンパク質と鉄分の摂取は欠かせない。

無論、ツー自身がそのような事を理解しているわけではない。
最早彼女に理性と呼べるものが存在するのかは、神のみぞ知る領域だ。

ただ、腹が減っていて、傷を癒すには捕食が必要だと言う、それは獣が知りうる本能レベルでの判断だった。

(*メ∀゚)「クソ、まじぃ…クソ…クソ…クソが……!」

彼女にとって幸いなことは二つあった。
一つは、行動不能となったツーを完全に死亡したものと、あの中華系の男が勝手に思い込んでくれた事。
もう一つは、倒れた近くに偶然にもマンホールが存在していた事。
この二つの幸いが、ツーの命を寸でで繋ぎとめた。

彼女とて、けして不死身では無い。このどちらかが欠けていたら、万に一つも助かる見込みは無かっただろう。
最も、そのようなことでさえも、今の彼女にとっては瑣末な事でしか無かった。

(*メ∀゚)「ギコ…ギコォ……」

鼠の小骨を咀嚼するぽきり、ぽきり、という音を口の端から零しながら、ツーはその名を口にする。
自らの生き死ににすら、微塵の興味を抱かない彼女が、唯一執着するもの。

初めて彼の存在を知ったあの日から、壊れ尽くした彼女の人生の中に、確かな変化が生まれた。

387 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:27:22 ID:HZSLFZ1g0
(*メ∀゚)「アア…ハァ…クソ…ギコ…ギコが…遠くに行っちゃう……」

欲しい。どうしても、それが欲しいのだ。
一体、何が欲しいのかは、ツー自身にとっても良くは分らなかったが、たまらなく欲しいのだ。

(*メ∀゚)「連れ戻さなきゃ…逢いに行かなきゃ……」

汚水の中を泳いできたドブネズミをもう一匹捕まえ、ツーは咀嚼する。
思考が幾分かクリアになってきた。
先ずは、作戦を練るべきだ、と彼女は思った。

ギコの事ならば、彼女は誰よりも詳しいのだという自負があった。
彼の存在を知ってからこっち、彼女は今日に至るまで彼の行動の全てを調査してきた。
フリーの情報屋を使う時もあれば、オサムに袖の下を通してCIAの監視衛星を使ったりもした。
どのような経歴の下で、どのような環境に置かれ、どのような生活サイクルを送っているのか。
それら全てを、彼女は把握していた。

(*メ∀゚)「やぁっぱ、アレかな――」

ドブネズミの小骨の端を吐きだしながら、ツーはゆっくりと立ち上がる。
傷口から漏れ出た赤い流体金属が、まるで彼女の意志に呼応するかのようにして、微かに震えた。

388 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:28:52 ID:HZSLFZ1g0

  ※ ※ ※ ※


――かつて、24世紀最後の詩人と言われたVIP出身のさる芸術家がこう言った。

「この街の星達は、皆空から地に落ちてしまった」

彼の言葉を示すように、夜の帳が降りた天には分厚い光化学スモッグが垂れこめ、
その代わりでもあるかのようにして、ビルの大樹海の中で煌めくネオン光は、年々その輝きを増していっている。

被害妄想の強かった詩人は、その言葉を残した五年後に、風呂場で拳銃を咥えたまま動かなくなっているのを政府警察に発見された。
何処にでも居るような詩人の最後は、何処にでもある様な自殺事件として処理され、何時の時代もそうであるように、
次第にその名前を忘れ去られ、今では誰一人としてその名を覚えている者はいない。

……珍しく、それは月の出ている夜だった。
ナイフ傷のような暗雲の切れ間から、青白い月明かりが降り注ぎ、その姿を浮かび上がらせる。

モノリスVIP。
ラウンジ区とニューソク区の境目にある、黒塗りのオベリスクめいたそのビルは、
渡辺所有のアーコロジーを頭二つ分追い越し、VIPの最高建築記録の一位を五年間守り続けている。
ニホン国特別政令指定都市の象徴として建造された、その観光シンボルの頂上。
地上一千メートルの高さで、四角錐のてっぺんから突き出すポールの上に、まるで止り木に停まる鴉が如き一つの影があった。

389 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:30:29 ID:HZSLFZ1g0
<ヽ8w8>「……」

青ざめた月光の中に浮かび上がる、漆黒の装甲。
昆虫と爬虫類と地獄の悪魔の混血染みた、異形のシルエット。

かつて、黒狼と呼ばれたその男は、狼らしく月に吠えるでもなく、ただ、
ただ、黙したままに、眼下に広がる地上の星屑の海を見下ろしていた。

<ヽ8w8>「……」

一体、どれ程の時間をそうしていたのだろうか。
一瞬かもしれないし、途方も無い時間かもしれない。

黒狼は、かつてそう呼ばれていた始末屋は、ギコは、その悪鬼の髑髏めいたヘッドピースの奥底で、何時果てるともしれない、葛藤の内に沈んでいた。

(´・ω・`)『君の新しい身体と、脳核についての非常に重要な話だ』

――君も、実感で分ると思うけれど、今の君の“身体”は以前の君の“身体”に比べたら、途方も無い程の力を秘めている。
詩的な言い回しを止めるなら、今の君の強化外骨格は、以前と単純比較して四倍、いや、それ以上のスペックを持つ。
運動能力、反応速度、装甲そのものの強度、そのどれもが桁からして違う。

ああ、表情で君が何を考えているかは分るよ。
そうだね、何時の時代も大いなる力には相応の代償が付き物だ。

これから話すのは、その代償についてだ。

390 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:32:08 ID:HZSLFZ1g0
<ヽ8w8>「……」

――君はどうやら、以前から神経加速装置(イグニッション)や、ペインキラーとか言ったアッパー系のドラッグのお世話になっていただろうから、とても説明がし易くて助かる。

……先ずは原理から説明しようか。
君の強化外骨格は、素体であるマシーンボディとの脊椎直結で動いている。
分るかい?平たく言えば、ニューロジャックだけじゃなく、脊椎、つまり全身で一つの自動化鎧と繋がっている様なものだ。

初めて聞いた?無理も無い。ニューロジャックのみでの通常結線と違って、脊椎直結は心身ともに直結者への負担が半端じゃない。
もしも痛覚をオンにでもした日には、銃弾が掠めた感触だけで発狂してしまうことだってある。
まあ、この期に及んで君がそんな失敗をする間抜けだとは思わないけれどね。

初めに言ったオーバースペックは、この脊椎直結がその殆んどを齎していると言っても過言じゃない。
僕達みたいなハッカーは、度々電脳空間にジャックインしたときに、肉体という枷から解き放たれて、
思考するだけでどこまでも一瞬で飛び立てるような全能感を感じる。

今の君は、さしずめそんなところだろうね。「生身以上に反応が良い」、ってのが僕の考えた売り文句さ。

さて、そこで君の心身に掛ってくる負担だ。
今現在、君は全く持って意識はしていないだろうが、既にその“身体”を着て動いている、
という時点で君のニューロンには微小な負担が掛っている。

恐ろしいだろう?自覚はしていなくとも、少しずつ君のニューロンはこの異常加速した世界に侵されていっているんだ。
これが、銃弾飛び交う戦場に出たら、一体どうなると思う?

391 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:35:39 ID:HZSLFZ1g0

――答えは、「僕にも分らない」だ。

その気になれば、君は全てが静止した世界の中をゆっくりと歩いて、宙に浮いた弾丸を摘まんで、
そのまま指で握りつぶす事も可能かもしれない。

或いは、降り注ぐ瓦礫の雨の中、たった数ミリのずれさえも許されない安全地帯をコンマゼロ秒以下で見つけ出し、
その中に刹那の内に身を翻す事が出来るかもしれない。

そうしてもって、君の身体が、ニューロンが、精神が、どうなるのかは、僕にも未知数だ。

一科学者として、この「未知数」という単語は胸躍るものだよ。

何処まで行けるのか、それとも限界など無いのか。知りたくてしょうがなくなる。

……そこで、君に僕からの提案だ。

もしも、その強化外骨格を着用し続けるのに不安があるのなら、言って欲しい。
少しばかり時間は頂くけれど、直ぐに別のまともなものを用意しよう。

スペックは遥かに劣るけれど、少なくとも着用しているだけで精神が侵されるような危険な代物ではないと約束する。

だが。だが、もしも、だよ。

もしも、君が僕の好奇心に付き合って、その強化外骨格を着続けてくれるなら……。

そう、君には義理の妹が居たね?名前は、確かシィだ。

何故知ってるかって?悪いとは思ったけれど、君に最初の仕事を持ってきた時点で調べさせてもらった。

392 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:36:58 ID:HZSLFZ1g0
――で、だ。

その、義理の妹さんは、ニューロ・リジェクションを患っている。違うかい?

――血友病で、手術もままならない。……可哀想に。

<ヽ8w8>「……」

僕が、治してあげるよ。

<ヽ8w8>「……」

君は、その強化外骨格を着て、あちらこちらで戦ってくれれば良い。
その時の戦闘データを、君は僕に提供してくれるだけでいい。

何の事は無い。その強化外骨格には、無線中継機能が付いている。
君が特別何かをするわけでもない。ただ、刀を振るってくれれば、それでいい。

――どうだい。この話に、君は乗るかい?

<ヽ8w8>「……シィが治る保証が、何処にアる」

ミンチ寸前だった君を、ここまでに復活させた僕の腕を疑うって言うのかい?

問題ないさ。大体、君の“リアニメイト”に比べたら、ニューロ・リジェクションくらい、盲腸の手術をするみたいなものさ。

その昔はニューロマンサーを名乗ってた事だってあるんだよ?

393 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:38:11 ID:HZSLFZ1g0
<ヽ8w8>「オ前が、約束ヲ守るトいウ保証は――」

おおっと。まあ、そうくるだろうね。
それについては、御安心を。さっき言った、データ送信用の無線リンクを辿れば、君からでも僕の居場所は直ぐ分る。

これなら、僕がとんずらしようとしても、君は安心してその場に駆け付け、僕に刀を突き付ける事が出来るってわけだ。
最も、僕は約束を破るような、プライドの無い男だと思われるのは心外だけどね。

<ヽ8w8>「……」

どうだい?受けて見る気は、無いかい?

<ヽ8w8>「……悪魔メ」

ははは!確かにそうかもしれないね。願いをかなえる代わりに、莫大な代償を要求してる!

成程、まさに僕は悪魔だ。でもよく言うだろう?
悪魔は決して約束を破らない、ってさ。

<ヽ8w8>「……」

――まあ、返事は気長に待つとするよ。

さしあたっては、最初の依頼分の二人の首を上げて貰うのが何よりの優先事項だしね。
その間、その強化外骨格はお試し期間、って事で。

ああ、そうだ。“その強化外骨格”、じゃ呼び辛いね。名前をつけよう。

そうだな…君は、僕を悪魔と呼んだ。

それなら、悪魔からのプレゼント、という事でそいつにも相応しい名をつけようじゃあないか。

394 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:39:22 ID:HZSLFZ1g0
“666”

スリーシックス。ロク、ロク、ロク。発音は、まあ、適当に。
字面だけ見ると、型番みたいで乙だろう?

あは。

それじゃあ、良い返事を期待しているよ。

………。

……。

…。

<ヽ8w8>「フザケ――タ…事ヲ……」

拘束具のようなフェイスガードの奥で、ギコは奥歯を噛みしめる。

何処まで行けるか、試してみたい?

先のツーだとか言うイカレ女との戦いだけでも、ギコにはそれが十分に良く分っていた。
神経加速装置(イグニッション)やペインキラーのフィードバックなんかの比では無い。

人類の、生物の限界を超越したその軌道のバックファイアは、さしずめ身体の内側からナパーム火薬で責め苛まれるような、耐えがたいまでの苦痛という、非常に分り易い形で現れた。

強化外骨格などでは無い。
これは、棺桶だ。

もしくは、中世の拷問器具たる鋼鉄の処女、そのものだ。

395 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:40:59 ID:HZSLFZ1g0
<ヽ8w8>「アアグ――ガッ――ハッ!」

顎部の装甲が開き、髑髏の怪物のような剥き出しの牙の間から、ギコは喀血する。
体内ドラッグホルダーのペインキラーで抑え込んだ所で、そう長くはもたない。
強化外骨格の表面装甲に痛覚が無いとはいえ、培養物とはいえ、内臓は未だに生身だ。

一体、何時までこの身体がもつと言うのか。

<ヽ8w8>「ハァ――ハァ――ハァ――」

奴は。
ショボンと名乗ったあの男は、シィを治すと言った。
本当なのかどうか。それは、重要ではない。元より、彼は嘘だとしてもそれに縋るつもりであった。

<ヽ8w8>「ヤット――ヤット、アイつを幸せニ出来るンだ――コレしキの痛み――」

幸せに。
そう、幸せに、するのだ。

彼女は、シィは、長い間、不幸の沼の中に、浸かり続けてきた。

抗争、復讐、抗争、復讐、そして復讐。

彼女は何一つ悪くない。周りの我儘に振り回され続けてきた彼女こそが、最大の被害者なのだ。

もう、彼女は幸せになってもいいのだ。

<ヽ8w8>「ソウ――ダ……シィを治しテもらッて――ソレデ、一緒ニ――」

一緒に。
一緒に?自分が。彼女と。一緒に?

396 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:42:07 ID:HZSLFZ1g0
<ヽ8w8>「ガ――ガガッグッゲ――」

ならば。
ならば何故、あの時、あの瞬間、奴にトドメを刺さなかったのか。

<ヽ8w8>「ニダー…ニダー…ニダー……」

ニダー。ニダー。ニダー。

幸せな生活を送るのならば。シィと、共に歩むのならば。
排除せねばならない。禍根は、残せない。そうだとも。

復讐を成し遂げ、シィを治療して、それで、ハッピーエンドなのだ。

なのに、どうして。どうしてあの時、トドメを刺さなかった。

<ヽ8w8>「アグォ――ゴッ――ググ――」

どうしてあのときとどめをささなかったのかしあわせなせいかつをおくるのならばかこのかこんはのこして
おくわけにはいかないいますぐにやつにとどめをさせいますぐだとどめをいますぐいますぐいますぐいますぐ

<ヽ8w8>「アア――!……ハッ、ハッ、ハァー…ハァー……」

ギコは、自らの首を絞めつけていた。
無自覚の事だった。
空では蒼い満月が、尖塔の悪鬼の如きギコの姿をぼんやりと照らしている。

397 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:44:01 ID:HZSLFZ1g0
<ヽ8w8>「……ニダー」

ギコは、もう一度だけ、呟いた。
慢性的に歪んでいる合成音声も、その瞬間だけは、淀みの無い音階で空気を振るわせた。
光学センサの青と白の視覚野の隅で、脳核通信を知らせるアイコンが点滅していた。

『――第二ターゲットの所在地が判明したよ。これから転送するね』

アノニマス表示のアイコンウィンドウの中で、送信中の無機質な三文字が躍る。

『これが最後のターゲットだ。義妹さんの為にも、頑張って』

ギコはそれに返事を返す代わりに、後ろ腰から横一文字に吊るした日本刀を鞘走らせると、正中線と平行になるようにして構える。

<ヽ8w8>「GRAAAAAAATH!」

満月に向かって一声吠え、ギコは飛翔する悪魔の如く、モノリスVIPのてっぺんから飛び出した。
地上の星屑の海は、一匹の魔獣のシルエットを、無関心な表情で出迎えた。

398 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/07(金) 14:45:44 ID:HZSLFZ1g0

 

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