408 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 12:58:53 ID:xtON.OOM0

Track-δ


――広大な地下空間を席巻するのは、黒く濁った汚水である。
水底から天井までの高さは7メーター弱。

地下にしては広々としたそのドーム状のホールの中央には、浮島のようにして鉄筋組みのブラックボックス染みた管理小屋が立つ。

四方八方の壁には錆ついた巨大な水門がそれぞれに並び、これらが中央の管理小屋のコマンドを受け、
定期的に開閉しては汚水の流れをコントロールしている。

ニホンという国の汚濁の中心であるVIP。
その欲望の街が吐きだした汚濁の全てが最後に行き着く下水処理施設。

ドーム状の天井の隅に空いた下水口から、今まさにこの掃き溜めの中の掃き溜めに滑り落ちてくるものがあった。

「イイイイイイヤッホオオオオオォォォウォウォウォウォウ!?」

最初に落ちてきたのは棺桶だった。
ボブスレーめいて滑走飛行した棺桶が、下水の上にざぶりと着水した。

その上に、それを追いかけるようにして枯れ枝のような人影がすとんと着地した。
棺桶が、人影の体重を受けて僅かに浮き沈みした。

【+  】ゞ゚)「ヒュウー!これはこれで、刺激的ン。お股、ヒュンッてなっちゃった♪」

ボア付きレザーコートの前を肌蹴た異形の人物オサムは、身体をくねらせて誰にともなく言う。
起伏の少ない蒼白な顔の半分は、黒く焼けただれ、所々が炭化していた。

409 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:00:02 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ゚)「全く…折角おめかししたってのに、あの子ったら乱暴なんだから……」

枯れ枝のような指を自身の首元に這わせると、オサムはまさぐるような仕草の後に爪を立てる。
ずるり、という音と共に皮膚が捲れ、まるで蛇の脱皮の如くして彼は自身の顔面の皮膚を脱ぎ捨てた。
粘液でテラテラと光る、生まれたばかりの赤子のように皺の寄った顔が現れた。

【+  】ゞ゚)「ンー、ンー、ンー……ンン!メイキャップ!」

化粧水を肌に馴染ませるような仕草でオサムは自身の顔面を叩き、伸ばす。
一瞬の後には、以前と変わらない起伏の少ない青ざめて蛇染みた顔がそこにはあった。

ウェイク・アップ・ザ・デッド。
生命を冒涜する投薬強化の、それは禍々しい一側面であった。

【+  】ゞ゚)「……何よ、アイツまだ来てないじゃないの」

機械的に無感動な表情で周囲を見回してから、オサムは左手に提げた強化ポリカーボンのアタッシュケースに目を落とす。
最後に通信をかわしたのは、ヴォルフの尻尾回収の報告の際。今から三時間前だ。

目的物も手に入れて、後はここから用意した小型潜水艇で本部の回収部隊と合流。
そうすれば、今回の長い仕事もようやく終わるというのに。

【+  】ゞ゚)「あの気狂いが…何処をほっつき歩いてやがる……」

普段は見せないような、ドスの効いた低い声が知らずオサムの口から零れる。
任務の度、オサムは彼女の独断行動に振り回されてきた。

大かた、あのギコとか言う始末屋絡みだろう。最後の通話の時も、心ここにあらずと言った様子だった。
最も、あの気狂いに心があるのかは、オサムにも謎ではあったが。

410 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:01:08 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ゚)「クソが…アタシがスカウトした方だと思って好き勝手にやりやがってよ……」

平坦な表情とは裏腹に、オサムの胸の中では苛立ちが募っていた。
ギコ、ギコ、ギコ。そしてギコ、だ。

手当たり次第に壊し、殺し、ばらすだけだったあの気狂いは、数年前から変わった。

全てを憎むだけの希望も意味も無いあの娘の呪われた生に射したそれは、一筋の光明なのだろうか?

だとしたら、全く馬鹿げた光明もあったものだ。

オサムは知っている。
それがたとえ光明だとしても、その先には何も待っていない。

【+  】ゞ゚)「……いっちょ前に人間の振りか?おめえには、何も出来ねえんだよ」

結局のところ、彼女には壊すことしかできない。
たとえ、その狂った頭の中に一片の理性が残っていたとしても、あの娘には建設的な事など何一つ。

【+  】ゞ )「破壊を振りまくだけで、なあんにも生み出す事なんか出来やしねえ…出来やしねえんだよ……」

あの夜の事を、オサムは思い出す。

ネオンの中に浮かび上がる摩天楼。
星明りも月の光も射さない、暗く、無慈悲な血臭漂うあの夜を。

かつて死体だった肉の塊の屠殺場のただ中で、狂ったように泣き叫ぶ、あの娘を見つけ出したあの日の夜の事を。

411 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:02:17 ID:xtON.OOM0
『憎いんだ。何もかもが憎いんだ。だから殺したんだ。滅茶苦茶にしてやった。ぶっ壊してやった』

『でも何なんだ。――コレはよ?何でだ?ムカつくぜ…クソ!私は何を憎めばいい?
 何もかもが憎いんだ。なあ、私は何を殺せばいい?何を壊せばいい?クソ!クソッたれ!』

あの時、彼女は泣いていた。

返り血で真っ赤に汚れた両手を胸の前で振るわせて。
何が憎くて、自分がどうしたらいいのかもわからず。

それは、途方に暮れた幼子のようでもあった。

『ナイフだ。困った時は、全部こいつが解決してくれるもんだと思ってた。
 ガキの頃だって、全部こいつが何とかしてくれたんだ。――でも、でも……』

『――畜生!何なんだ!何なんだよ!何なんだよこれは…!』

『なぁ……アンタ、教えてくれよ。私はどうすればいい?何を殺せばいい?
 何を壊せばいい?全部か?全部、ばらばらにしてやれば、これは終わるのか?なあ!?』

【+  】ゞ )「……」

それは、正真正銘の化け物だった。
オサムが見つける以前から、彼女は既に壊れた化け物だった。
そのまま生きていても、ストリートの路地裏に転がり、下らない生を終えるだけだった。

それでも、殺意だけは一人前以上だった。

だから、拾い上げた。不純物を取り除いて、完璧な化け物にしてやった。

412 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:05:02 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ )「お前は、化け物なんだよ…化け物以外の、何者にもなれやしねえんだよ……」

知らず、オサムは拳を握りしめていた。
黒くチークで縁取った蛇の目は、表情を消して虚空を見つめていた。

【+  】ゞ゚)「アンタもそう思うでしょ――ねえ!?」

虚空を八条の緑光が駆け抜け、ドーム状の壁の一点を穿った。
コンクリの欠片と土煙が舞う。
その中から、周囲の景色を歪ませる半透明のシルエットが飛び出した。

「――」

それの着水の勢いで汚水が跳ね散らかる。
静電気めいたバチバチという音と共に光学迷彩の覆いが解かれ、闇よりも尚濃いその姿が露わになった。

〈ヽ8w8〉「……」

日本刀を片手に提げた、地獄の悪鬼の様な姿の、それはギコであった。

【+  】ゞ゚)「……久しぶりね、ワンちゃん。アタシの事、憶えてるかしら?
        って言っても、七年前に、一度会ったきりだから、憶えてないかしら?」

〈ヽ8w8〉「……」

【+  】ゞ゚)「――それとも、獣にそんな事を聞くこと自体、間違ってたかしら?」

地獄の悪鬼は、金色に光る四つのアイカメラで真っ直ぐにオサムを見据えた。

413 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:06:01 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――そして言った。

〈ヽ8w8〉「貴様ヲ、殺シテ、シぃを幸セニすル」

【+  】ゞ゚)「そう……」

オサムの顔から、一瞬表情が消える。

【+  】ゞ゚)「なら、やって見やがれってンダよ!このクソ化け物があああああ!」

咆哮。
無数の緑光が地下の闇を切り裂いて乱舞する。

〈ヽ8w8〉「――SHAA…!」

身を沈めて、ギコが駆ける。
初速から最速へ、それは刹那の内に。

黒い水飛沫が、緑光に貫かれて水煙に変化する。
闇色の虞風が、エメラルドの格子の嵐を吹き抜ける。

【+  】ゞ゚)「くたばれ!くたばれ!くたばれ!アンタは!アンタは!アンタは!」

憎悪の塊を音にして吐きだし、オサムが吠える。
エメラルドの光条の一つが、ギコの右大腿を掠り、外骨格の装甲を削り取った。

ギコの体勢が、一瞬崩れた。

【+  】ゞ゚)「そこぉおおおおお!」

その隙を見逃さず、虚空から一斉に緑光がギコへと殺到する。
縦、横、斜め、前、後ろ、頭上、凡そ三次元の全ての包囲から飛来するそれは、回避不能。

414 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:06:48 ID:xtON.OOM0
――否。

〈ヽ8w8〉「clock-up」

ギコの金色の瞳が一瞬光る。
瞬間、彼の視覚野の中で、時間が汚泥の中にどっぷりと浸かった。

〈ヽ8w8〉「AAAAAARRRAAAAAGGHHH!?」

それは、光の速度をも超越した、究極の加速。
ニューロンが焼けつき、全身の人工筋肉が千切れる寸前の絶叫の大合唱を送る。

ドラッグホルダーから即座にペインキラーを投与。
痛みは殺し切れない。

それでも構っている暇は無い。
視線をさ迷わせ、脱出路を検索。発見。右斜め後方に微かな隙間。

身を沈ませ、手足を無理な姿勢にねじり、そこへ滑り込む。
その動作の直前で、泥沼の中から時計が浮上した。

【+  】ゞ゚)「死ぃいに腐れええええ!」

エメラルドの集中豪雨が着弾。
大瀑布となり、汚水を、コンクリートを、沸騰爆発させる。

黒々とした水柱が、高く、高く、上がり、汚水の雨を降らせる。
その中から、地獄の悪鬼が飛び出した。

〈ヽ8w8〉「GRAAAAAAATH!」

粘つくタールのような汚水の糸を引きながら跳躍するギコ。
悪鬼のような強化外骨格の各所からは、レーザー光により抉られた傷が煙を上げている。

415 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:08:34 ID:xtON.OOM0
全体損壊率25%。
視覚野の隅に表示された人体モデルが、右半身にかけて点滅していた。

『ふーん。どんな手を使ってくるかと思ったけど、オサムも相変わらずだねえ。
 ……うん。何てことは無い。ジャマーを起動しなよ。それで大概は何ともない筈さ』

脳核通信の向う側で、ショボンが欠伸混じりに言うのを聞きながら、ギコは制御中枢に命令を出す。
ドレッドヘアのようにして後頭部から伸びた、ワイヤー・スタビライザーの束が励起。
チェレンコフ光染みて青白い燐光を発する。

同時、下水処理施設の各所でバチバチという音が鳴り、鬼火のように浮かぶ髑髏型オービットの群れが露わになった。

『あっは。オービッドのデザインまで変わって無いよ。これはちょっと笑えるかも』

【+  】ゞ゚)「腐れ犬畜生がぁああああ…運良く生き延びやがってよおおおお!」

髑髏の群れが、ランダムな動きで宙を舞い、時間差でレーザー光を吐きだす。

『本当なら、無線機能そのものにまで干渉出来るスペックを用意したかったんだけど、そうなると小型化がちょっと難しくてね。
 でもまあ、君なら姿が見えただけでも十分だろう?』

光子の槍に合わせて身を捩り、ギコは飛び跳ねる。
発射地点と、発射角が分れば、そこからの弾道予測によりレーザー光をかわすのも不可能ではない。

否、それは“666”の規格外のスペックがあってこそ出来る芸当だ。
人間の反射神経、運動能力では到底それは到達し得ない、まさに神業の領域。
?

416 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:09:28 ID:xtON.OOM0
〈ヽ8w8〉「GYARRRAAHHHTH!」

剥き出しの牙めいた顎部装甲を開いて喀血しながら、ギコは背中の脊髄鞘から蛇腹剣を引き抜く。

刃の連結を解除。
鞭状にしならせたぶつ切りの刃で、レーザー光を受ける。
ミラーコーティングされた刃が、緑光を受けるそばから霧散させていく。

【+  】ゞ゚)「小細工を…化け物の分際でっ――!」

右手に日本刀型振動実剣を、左手に蛇腹剣を握り、汚水と緑光が飛び交う中で、剣舞うギコ。

跳ね、飛び、時に身を沈め、捩り、左手を振りまわしてレーザーを弾き、返す刃で宙の髑髏を貫く。
全身を軋ませ、血反吐を吐くその姿は、さながら修羅か悪鬼羅刹か。

〈ヽ8w8〉「AAAAALLAAAGGGGAAAAA!」

四つのアイカメラが、金色の光が、闇の中で残像を引きずりながら輪舞する。
七つの髑髏を落とされた所で危機感を覚えたオサムは、蛇腹剣のリーチの外へと残りの髑髏達を退避させる。

奇しくもそれは、自身もまた壁際に追いつめられるような形となった。
まるでそれを見計らっていたかのように、ギコの身体が弾丸のようにオサムへと直進して来た。

【+  】ゞ゚)「クソが!クソが!クソがああああ!」

自身の背後の宙空に退けた髑髏の口から、我武者羅にレーザーを吐きださせるオサム。

無意味。
発射角が見えている事に加え、直線的で立体性を欠いた弾道では、ギコが見切る事など造作も無い。

身を低く保ち、鞭状の蛇腹剣を振り回し、エメラルド光を弾きながら突っ込んでくるギコは地獄の暴風、漆黒の竜巻。

417 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:11:05 ID:xtON.OOM0
〈ヽ8w8〉「トォオオォオオドメエエエエ!」

地獄の悪鬼が、壮絶にして虚ろな咆哮と共に振動実剣を振りかぶる。
汚水を跳ね上げ跳躍、狙うは棺桶の上に立ち尽くすオサム。

【+  】ゞ゚)「フレェェェエエエッド!何を寝ていやがる!てめぇの出番だ!さっさと起きやがれえええ!」

憎悪と焦燥の蛇が吠え叫ぶ。
直後、オサムの足元の棺桶の蓋が内側から爆発したように跳ね跳び、鋼の質量が伸びあがった。

〈ヽ8w8〉「GRYU!?」

地雷の炸裂に嬲られるような怒涛の勢いで宙高く舞うギコの身体。
鋼の八つ腕が、八方からそれをがっちりと包み込んだ。

〔φ@φ〕「KHOOOOO……」

ガスマスクのようなクローム装甲の顔面が、苦しそうな呼吸音を吐きだしながら、ギコを見つめる。

ぎりぎりと締め上げてくる八つの腕は、配線が剥き出しの基礎骨格そのままなクレーンアーム。

棺桶の中から立ち上がったカーボンナノ装甲の下半身は、まるで蛇かムカデの様にとぐろを巻き、
汚水の中で痙攣するようにして脈打っていた。

【+  】ゞ゚)「ハァ――ハァ――ドイツもコイツも、化け物の癖に夢見てくれちゃって……そういうのさあ……虫唾が走るってのよね……」

汚水の中で片膝をついた姿勢で、オサムは頭上にそそり立つ“フレッド”と、その腕の中のギコを見上げる。
のっぺりとした鼻と、黒く縁取られた目元からは、どす黒い血の筋が幾本か垂れていた。

418 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:12:24 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ゚)「――殺すしか、ないのよ。壊れたら、それしか無いのよ。
        脳みそを弄られて、身体も弄られて…アタシ達みたいな奴らには――」

黄色の蛇の瞳が、束の間絶望に歪む。

【+  】ゞ゚)「フレエエエエッド!そのままソイツを絞め殺せ!バラバラに引き裂いて、ミートロ―フにしちまえ!
        プレジデントはそれをお望みだ!俺とお前で撃墜勲章だああああ!」

〔φ@φ〕「KHOOOO……!」

ガスマスクの間から、腐臭にも似た息を吐きだして、“フレッド”が絞め付ける力を更に強める。
みしみしと、ギコの強化外骨格が軋みを上げた。

<ヽ8w8>「GWHOOOO!」

【+  】ゞ゚)「殺して!殺して!殺して!ぶっ壊して!ボーナスをもらって!次の休暇は何処で過ごそうかしら!?
        ねえフレッド!アハハハハハ!フレエエエッド!聴こえてるかしらあああああ!?」

耳から、鼻から、目から、血を流しながら、上体を仰け反らせてオサムは吠える。
痩せ細ったその肩から、ボア付きのレザーコートがずり落ち、裸の上半身が露わとなる。

蝋人形のように生白い、骨の浮いた背中には何本もの無線制御用端子がサボテンの針のように突き立ち、
首筋のひと際大きな襟巻状の無線通信回路は、ぶすぶすと黒い煙を上げていた。

人の限界を超えた多重同時ジャックインに、彼のニューロンは焼ききれる寸前だった。

419 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:13:57 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ;)「フレッド!フレエエエエッド!また俺達の勝利だなあ!?向かう所敵無しだ!畜生め!
        本土に帰ったらこのままペンタゴンまでぶっ潰してやるか!?あの腐れ爺共をぶっ殺してやろうか!?そしたら自由だ!ハハハハハ!」

<ヽ8w8>「グ――ギギッ――」

〔φ@φ〕「KHOOO…!」

狂ったように血の涙を流しながら、泣き笑うオサム。
ギコの身体を絞め付ける腕に力を込める“フレッド”の目に、理性の光は無い。
首筋に巻かれた、無線制御用通信回路が、オサムの叫びに呼応するかのように点滅を繰り返すだけだ。

【+  】ゞ;)「俺達を縛るものなんかねえ!あの爺共をぶっ殺したら!
         もう、何も殺さなくて良いんだ!最高だ!最高だなあ!ええ!?そう思うだろう!お前もそう思うだろおおおお!?」

<ヽ8w8>「ググ――ギィ――ガッ――」

八つのクレーンアームの中でギコがもがく。

満身の力で絞め付けてくる“フレッド”の膂力は、ギコが知る由もないことではあるが、
先刻、環状ハイウェイの上に廃車のバリケードを築くのにも用いられている。

人間性を捨てて、理性を捨てて“フレッド”が手に入れたのは、高層ビル建設に用いるパワー・アームのそれだった。

420 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:15:02 ID:xtON.OOM0
『フレッド、フレッド、フレッド…ああ、居た居た、こいつかあ。そう言えば、こんな奴も居たっけなあ。
 何があったのか知らないけど、これまた随分と面白おかしい有様になっちゃってるねえ』

チタン製の内骨格に亀裂が入り、腕の人工筋肉が悲鳴を上げる。
そんな事はどこ吹く風とでも言わんばかりに、ギコの視覚野の隅でアノニマス表示のショボンがぶつぶつと呟く。

『ああ、大丈夫?抜けだせそう?無理そうなら言ってね?今回はデータ回収を優先したいかな、って思ってるからさ』

<ヽ8w8>「ガ――グッ――ギ――」

青と白の光学センサーフィルタを通したギコの視覚野に、ノイズが走り始める。
警告メッセージが、引っ切り無しに脳髄で鳴り響く。
遠くで、爆音が聞こえた。

〈ヽ§〉「ゴー!ゴー!ゴー!ゴー!ゴー!」

ドーム状のコンクリ壁の一部が崩れ、そこからクリーム色の強化外骨格を纏った一団がなだれ込んでくる。
対物アサルトライフルや、対戦車榴弾砲で武装した彼等の肩には、ナナフシ・ワークスの社章である「Ж」の字を横にしたようなマーク。

激しい銃撃の音が、ドーム状の地下空間に響き渡った。

【+  】ゞ;)「自由だ!自由ってのは素晴らしいなあ!?ええ!?
        爺共をぶっ殺したら、その次はお前をそんな身体にしたラボの連中を血祭りに上げてやろうぜ!
        復讐ってやつだ!みんな、みんな、俺達を縛りつける奴らは皆殺しだ!なあ!」

421 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:15:49 ID:xtON.OOM0
〔φ@φ〕「KHOOO…KOHH…!」

ギコの身体を絞め付けたまま、“フレッド”は突入して来たナナフシの私設部隊を、身を捩って見下ろす。

〈ヽ§〉「何だ、何なんだこの化け物は!?」

モノ・アイ型のカメラで“フレッド”の異形を認めた隊員達の間に、束の間戦慄が走る。
何人かが、その場で一瞬後じさりもした。
それでも、彼等は挫けそうになる士気を何とか保ち、その異形へ向けて銃撃を開始した。

【+  】ゞ;)「アタシ達は最強よ!最強のコンビなのよ!誰も、誰にも止められやしないわ!」

〔φ@φ〕「KHHOOO…!KHOOOO!」

鋼百足のような装甲板を、鉛玉の集中豪雨が容赦なく叩く。
鎌首をもたげるように上半身を捻ると、足元のナナフシ私設部隊に向けて、“フレッド”の巨体が突進を始める。

〈ヽ§〉「来るな…来るな…来るなああああ!」

矢じり型の陣形の先端で、隊長らしき外骨格が悲鳴を上げる。
闇雲に乱射された銃弾が、“フレッド”のガスマスクめいた顔面装甲に当たり、弾かれた。

胸の中にギコを抱き込んだまま、上体を叩きつけるようにしてフレッドは突進する。
ナナフシ私設部隊の隊員達がボーリングのピンか何かのようにして吹き飛ばされて宙を舞った。

あらぬ方向に放たれた対戦車榴弾が、ドームを支える柱の一本に着弾した。
地下空間が、束の間昼間のように明るく照らされた。

422 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:17:41 ID:xtON.OOM0
〔φ@φ〕「KHOOO!KHOOOOO!」

大瀑布のようにしてナナフシ私設部隊を蹴散らした“フレッド”の巨体は、勢いもそのままに下水ドームの中を突進する。

進行方向には、地下ドームを支えるコンクリの柱。
八つのパワー・アームでがっちりとギコを抱え込んだまま、“フレッド”はそれに正面から衝突する。

<ヽ8w8>「グヌ――オォ――グギ――」

最早それは、黒銀の砲弾か。
ギコを前面に押し出す形で、次から次へと柱に突進してはそれを砕く“フレッド”。

衝突の度に、全身を打ちつけられる衝撃がギコを襲う。

初撃の突進を運良くかわしたナナフシの隊員が、破れかぶれに対物アサルトライフルの引き金を引くが、
“フレッド”の怒涛の突進は止まらない。

〔φ@φ〕「KOHHHHHHHH!KHOOOOO!」

〈ヽ§〉「うわ!うわあ!うわあああああ!?」

丸太のような“フレッド”の蛇腹の下敷きになり、隊員の一人が悲鳴を上げる。
重戦車が如き行進に轢きずられ、クリーム色の外骨格の装甲プロテクターがひしゃげて飛び散った。

〔φ@φ〕「KHOOO…KHOOO…」

“フレッド”もまた、無傷ではいられない。

柱への衝突を繰り返した上半身は、所々の配線が千切れて火花を上げ、ガスマスク状の顔面装甲も剥げている。
ナナフシ私設部隊の放った銃弾も、カーボンナノ装甲の蛇腹にチーズめいた穴を空け、
そこからは潤滑油と人工血液がどぼどぼと零れ落ちていた。

423 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:18:50 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ;)「フレッド!フレエエエッド!俺達は最強だ!そうだろう!?
         俺とお前となら、何処までだって行ける!そうさ、あの爺共だって、殺せる筈なんだ!違うか!?」

それでも。
それでも、“フレッド”のパワー・アームを絞め付ける力が緩まる事は無い。

それは、オサムの無線制御のコマンドによるものか?それとも、“フレッド”自身の意志によるものか?

〈ヽ§〉「クソ!クソ!クソ!何だってんだ!何だって俺達がこんなに目に合わなきゃいけないんだあああ!」

ナナフシの生き残りが放った流れ弾が、オサムの裸の上半身に何発か食らいつく。
着弾の衝撃に枯れ枝のような身が傾ぐが、それでもオサムは倒れることなく泣き笑いを続ける。

【+  】ゞ;)「あいつらをぶっ殺して、逃げるんだ!もう、クソ共の言いなりになる事なんてねえ!
        南の島にでも飛んでよ…俺とお前と、気に食わないがあの娘も連れて行ってやるか。
        そこで、三人で好き勝手やって暮らすんだ!誰にも文句を言わせねえで、好き勝手によ!」

血の涙を流しながら頭上の“フレッド”に叫び続けるオサム。
突進を続ける“フレッド”の腕の中で、ギコの意識が薄らいでいく。
視覚野に亀裂が入る。黒い霞みが脳髄に降り始める。

<ヽ8w8>「――ゴフッ」

視界が、赤黒に染まっていく。

424 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:19:57 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――交差点でブレーキを踏む。ビルのネオンが降り注ぐ。人の波が、黒と白の縞の上を渡っていく。
ぼんやりと眺めていると、横合いから腕を掴まれた。

o川*゚ー゚)o「……」

無言で見つめてくる、キュートの大粒の瞳は、何時ものように俺の薄汚れた心を流れ弾のように削り穿って行く。

('A`)「……」

俺は、適当に冗談めかした表情を作って、視線を逸らそうとした。
キュートの指が、腕に食い込んだ。

o川*゚ー゚)o「……本当に、行かせて良かったの?」

バックミラーの中で、ハインリッヒが自身の指先をぼんやりと見つめている。
交差点の中央では、酔っぱらったサラリーマンが座り込んで何やら熱心にクダを巻いていた。
俺は、溜息をついてキュートの指を剥ぎ取った。

425 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:21:07 ID:xtON.OOM0
('A`)「良いか良くないかで言えば、どっちでも無いな」

o川*゚ー゚)o「それ、答えになって無い」

流麗なキュートの眉が、真面目に答えろと俺を糾弾する。
肩を竦めてみせると、その表情が更に険しくなった。

o川*゚ー゚)o「……単純な話じゃない、ってのは分るよ。私も、そこまで馬鹿じゃないし。――でもさ」

('A`)「俺にあいつを止める権利は無い」

o川*゚ー゚)o「それは言いわけでしょう?」

自身の胸中で今しも自己嫌悪の台詞として使おうと思っていた言葉を、彼女が先に口にした。

o川*゚ー゚)o「事情はさ、詳しく分んないけど。それくらい、私にだって察しがつくって言うか――」

('A`)「肩入れする、義理は無い」

o川*゚ー゚)o「……」

俺達は、それから少しの間押し黙った。
交差点の真ん中の酔漢は、寝転がった拍子に企業警察の巡視員に引きずられ、路地の暗がりに消えた。

信号が青になって、車の波が動き出す。
後部座席のハインリッヒは、相変わらずの仏頂面で流れ行く景色を見るともなしに眺めていた。

426 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:22:26 ID:xtON.OOM0
('A`)「――そのうち、慣れるさ。こんな業界じゃ、ごろごろ転がっている様な話だからな」

歩道橋の上を飛ぶ、浮遊型街頭モニターの液晶パネルの中で、ムービースターがタフガイらしい笑みを浮かべている。
右手に銃を、左手に美女を抱いた彼の背後で、作り物の爆発の華が咲いた。

ここから数キロもいかない環状ハイウェイの上では、昼間に爆発事件があったらしい。
つい二時間前に、携帯端末で知った情報も、こうして思い出しもしなければ、脳核の隅で錆ついて行った事だろう。

o川*゚ー゚)o「どっくんはさ、もう慣れたの?」

('A`)「……」

どうだろうか。
俺は、この灰色の日々に慣れたのだろうか。

o川*゚ー゚)o「慣れたら、ダメなんだと思う。それは……」

俯きがちに言って、キュートはもう一度俺の腕を掴む。

o川*゚ー゚)o「……ねえ、辛くなったら、言ってね。お酒くらいなら、付き合うから」

潤んだ瞳で、真っ直ぐに俺を見つめるその瞳から、目を逸らす。

('A`)「で、その後の面倒も見てくれるのか?」

耐えきれず、冗談が口をついて出た。
キュートの顔が、みるみる真っ赤に染まる。

427 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:23:53 ID:xtON.OOM0
o川*//へ//)o「ど、どっくんの馬鹿!知らない!」

俺の腕を抓って、キュートはぷいっとそっぽを向く。
「人が本気で心配してあげてるのに」、とぼそりと呟く彼女を横目で見ながら、俺の口から乾いた笑いが漏れた。

('A`)「はは、冗談だ。本気にするな」

そうだ。
これでいい。良くなど無いが、これでいいんだ。

从 ゚∀从「おい、運転手。局地的な温暖化のせいで車内が釜茹で地獄だ。冷房を上げろ」

o川*//Д//)o「ハ、ハインちゃんまでにゃにゃにゃに言ってるの!べ、別にそんなんじゃ――!」

从 ゚∀从「“にゃにゃにゃにゃ”か。ドクオ、今のは何点だ?」

('A`)「うーん、三十七点かな。無自覚だというので加点して、五十八点って所か。
   萌えるにはちょっと時代的に遅いかなあと」

o川*//Д//)o「ふ、二人して私を馬鹿にし腐ってからにぃい!」

空気の読める相棒の茶化しに、一瞬にして車内のムードが百八十度で転換する。

俺はアクセルを緩めない。

今はただ、“車”を転がす事だけを考える事にした。
429 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:24:53 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――ギコは、実の親の顔を知らない。

物心がついたころには、彼は万魔殿の裏路地でナイフを握り、その日のパンと寝床を他人から奪って生きていた。

生きる為なら、自分よりも背の高い大人の男にすら牙を向けた。
毎日、血の臭いを落とす為にドブ川で身体を洗っていたような憶えがある。

その頃の記憶はあまり確かではない。
その日、その瞬間を生き残る為に精一杯だったためだろうか。
少なくとも、彼自身、それが思い出したくない記憶である事は確かだろう。

ともあれ、彼の「人生」が動き出したのは、一人のヤクザと出会ってからだった。

西村組の頭目を名乗るその人物は、どんな気紛れからか、彼を拾って寝床を与えたばかりか、学校にまで通わせてくれた。

温かい食事と、安心して眠れる寝床。
そして、何より家族と呼べる人物ができた事は、ギコの人生の中で一等に価値のある事だった。

当時のギコは、毎晩ベッドの中で眠りに就く度に思ったものだ。

「果たして、こんなに幸せでいいのだろうか?
 薄汚い出の自分が、ヤクザとはいえこのような心やさしい人々に囲まれて、
 何の不自由も無く暮らしていて、本当に良いのだろうか?
 その内、天罰が下るのではないだろうか?」

彼の予想は、皮肉にも現実のものとなった。
恩人にして実の父のように接してくれた、西村の頭目が殺されたのだ。

それは、あまりにもあっけない幕切れでもあり、幕開けでもあった。

430 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:26:05 ID:xtON.OOM0
その時よりギコは、刀を手に取り復讐の道をひた走ってきた。

父同然の存在を殺めた綾瀬会と陣龍の事務所を襲った。
憎悪を叩きつけるように、手当たり次第に殺して回った。

綾瀬会は潰えた。
それは、ギコがまき散らした殺戮とは、また別の形で終焉を迎えた。

復讐はそれでも終わらなかった。残った陣龍との抗争は長らく続いた。
多くの人々が、ギコの手に掛り、もしくはギコが救いきれずに、死んでいった。

西村が消えた。義兄がオオカミを興した。

そして、あの冬の日がやってきた。

結果から言えば、ギコは世界に二人ぼっちになってしまった。

志半ばで義兄は倒れ、彼が興したオオカミは消滅。
後には、無様に生き残った自分と、忘れ形見の義妹だけが取り残された。

それは恐らく、代償なのだろう。
仇ばかりを追いかけ続け、手当たり次第に殺戮をばら撒き続けてきた、それはギコへの罰なのだろう。

ギコは思う。

だからこそ、終わらせなければならない。
連綿と続く、この復讐の鎖を断ち切らなければならない。

そして、何が何でも守り抜かなければならない。
最後に残った絆を。自分に残された、最後の希望を。

何時か。
何時か、全てを終わらせた後に、再び帰るべき場所が無くならないように。
命を賭してでも、守り抜かなければならない。

431 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:27:09 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――“フレッド”は……“フレッド”と無線接続により繋がったオサムは、その時、自らの八つの腕の中に、微妙な違和感を覚えた。
それは、よくよく注意しなければ気付けない、ともすれば気のせいとして忘れ去られてもおかしくない、とても小さな違和感だった。

<ヽ8w8>「……」

彼の標的が意識を失ってから、数十秒が経過している。
その間も“フレッド”は柱や壁面、地面に向かって絶え間なく衝突を繰り返し、更なる追撃を加え続けてきた。

如何様に強固な装甲を誇る強化外骨格と言えども、内臓までは鎧うことは出来ない。
これだけの衝撃を加え続けたのだ。既に肺あたりが潰れていてもおかしくない。

事切れこそすれ、それが動き出す事など、決してありえない。

あり得ない、筈だ。

<ヽ8w8>「……――ィ」

それなのに。

<ヽ8w8>「――シィ」

髑髏めいた顎部装甲が僅かに開閉し、呟きが漏れる。
“フレッド”の聴覚と繋がったオサムは確かにそれを聴いた。聴いたうえで、八つの腕に更に力を込めた。

432 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:28:11 ID:xtON.OOM0
〔φ@φ〕「GHOOOOO!」

所詮は虫の息だ。
このまま力を込めれば、数秒と経たずミンチだ。

<ヽ8w8>「シィ…シィ…シィ……」

うわ言のように標的は一つの名前を繰り返す。
オサムは、“フレッド”のパワー・アームのリミッタ―を外した。

そこまでする必要など無いと、理性では理解していた。それでも、彼はそうせずに居られなかった。

【+  】ゞ;)「クソが…クソが…アタシ達は無敵なのよ…無敵なんだから……!」

濃密な白い蒸気を吐きだして、“フレッド”のパワー・アームが苦鳴のような軋みを上げる。
無線制御リンク用のソケットを通して、フレッドの八つ腕の感触が、オサムのニューロンに流れ込んでくる。

硬い、金属の感触。このまま、押しつぶしてやろうと力む。
力むが、腕が動かない。

【+  】ゞ;)「な――」

なんで。
そんな筈は。まさか、抗っていると言うのか?

<ヽ8w8>「シィ…シィ…シィ……」

息をするだけでも精一杯な筈なのに。
声を発するだけでも血を吐きだしそうなのに。

あのギコとかいう男は、それでもまだ抗っているというのか。

433 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:29:24 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ;)「なんで……」

なんで。
そこまでして抗って、何になるというのだ。

<ヽ8w8>「シィ…シィ…シィ…!」

ギコの黒い装甲の下で、人工筋肉が千切れるぶちぶちというくぐもった音が響く。
装甲と装甲の継ぎ目から、人工血液と潤滑油が勢いよく噴き出す。

無駄だ。強化外骨格を着ていようが、人間一人がどうこう出来る様なものではない。

それなのに。

【+  】ゞ;)「なんでよ…無駄なのに…そんなことしても、無駄なのに……」

<ヽ8w8>「シィ…!シィ…!シィ…!」

【+  】ゞ;)「無駄だって言ってんでしょおおおおおおお!」

血塗れの叫びと共に、“フレッド”の身が蠕動して再び突進を開始する。
宙でくねらせた上半身は、折れた柱の礎部、尖って槍のようになったそこへとギコを叩きつけるべく進む。

【+  】ゞ;)「抗ったって無駄なのよ!どうしようもないのよ!
         所詮化け物は化け物でしか無いのよおおおおお!」

オサムのニューロンの中を、様々な光景が過っては消えて行く。
初めての殺し。初めての任務。肉体改造。髑髏と骨。首輪。楔。楔。楔。傷。

そして、檻。

視界いっぱいに広がる檻。どうやっても破る事の出来ない檻。

434 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:30:22 ID:xtON.OOM0
<ヽ8w8>「――」

轟音が響いた。
衝突によって舞いあがった土煙が、地下の下水処理施設を満たした。

【+  】ゞ;)「うっ…うっ…ああ…ああええ……」

血の嗚咽を漏らし、オサムは汚水の中に膝をついた。
彼には既に分っていた。

【+  】ゞ;)「何でよ…何でアンタは……」

土煙が、晴れて行く。
槍のように尖った柱の礎部。胸郭を貫かれ、動かなくなった“フレッド”。

配線だらけのその背中に、体重を感じさせない様子で降り立つ影。

<ヽ8w8>「……」

装甲と装甲の継ぎ目から、千切れた人工筋肉の繊維をぶら下げて。
開き切った顎部装甲の間から、赤黒い血の筋を幾つも垂らして。

半死半生の様相で、それでも四つのアイカメラを爛々と光らせて、オサムを真っ直ぐに見据えるその影は。

<ヽ8w8>「シィが待っている。手短に終わらせるぞ」

【+  】ゞ;)「…アンタは…アンタは…アンタは……」

汚水の中で、オサムはぬらりと立ち上がる。
ギコが両手の得物をそれぞれに構える。

435 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:31:40 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ;)「アンタはああああああああああああああ!」

オサムが、叫んだ。
周囲の髑髏が、一斉に口を開いた。
ギコが、右脚に力を込めた。

「邪魔してんじゃねええええええええええええええええええええ!」

咆哮が、オサムの胸を貫いた。

【+  】ゞ;)「な――」

オサムの口の端から、血の筋が一筋垂れる。

【+  】ゞ;)「なんで――」

彼は、自身の胸を見下ろした。
赤黒い槍が、背中から胸板までを貫いていた。

なんで。

もう一度呟こうとする前に、彼の身体は汚水の中に倒れ込んだ。
髑髏の群れが、一斉に落下して虚しい水音を立てた。

「私はよお、ガッコなんか碌に行って無かったから、間違ってるかも知れねえけどよ……。
 良く言うだろぉ?人の恋路を邪魔する奴は……ってよぉ」

ドーム状の壁の上部。
四メーターほどの高さに空いた下水口の暗がりから、汚水を跳ね上げて歩いてくる者が居た。

436 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:33:19 ID:xtON.OOM0
(*゚∀゚)「――邪魔、してんじゃあねえぜ。ええ、オサムさんよお?」

赤黒い触手を右の手首の傷口から伸ばしたそれは、ツーだった。

【+  】ゞ )「アンタ――は――」

がぼがぼと喉を鳴らすオサム。
その胸板を貫く触手をするすると手元に戻して、ツーは下水口から飛び降りる。

ギコは、我が目を疑った。

(*゚∀゚)「ようやくだ。スゲー、面倒だったけどよ。ちゃあんと、準備も整えてきた」

ツーの左脇。
米俵のようにして抱えられたそれが、もぞもぞもと動く。

(*゚∀゚)「――これで、アタシの事を見てくれるだろ?」

「――コにぃ……」

(*゚∀゚)「否が応でも、アタシとヤらなきゃなんないだろぉ?」

437 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:34:22 ID:xtON.OOM0

 

 

(*;ー;)「助けて……ギコにぃ」

 

 



438 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:35:12 ID:xtON.OOM0
(*゚∀゚)「なあああ!ギコォオォォォォォオォォオォォォォオ!」

凶声。
殺到する血の刃。

<ヽ8w8>「お前は――」

束の間、ギコは深く息を吸い、吐き出してからそれを見つめ。

<ヽ8w8>「――お前は、殺す」

短く。
だが、それでもはっきりと。
純粋な殺意の言葉と共に、地を蹴った。

439 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:37:53 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――爆音、轟音、そしてノイズ。
金属の悲鳴を吐き出し続ける無線機から耳を離し、通信兵は背後のジョルジュを仰ぎ見た。

(;´・L・`)「せ、先遣隊壊滅…続く第二小隊も、全20人のうち、11人が死亡、残り9人は負傷で身動きが取れない状況です」
 _
( ゚∀゚)「……ふーむ、これはまた手強い相手ですなあ」

オールバックから一筋だけ額に垂れた金髪をいじりながら、ジョルジュはそれに返す。
仮設作戦本部となった電脳基地めく小型バンの中には、彼とナナフシの通信兵の二人の他に姿は無かった。

(;´・L・`)「わ、我々が出せる戦力はこれで全部です。もしも増援をお呼びになられるなら――」
 _
( ゚∀゚)「いや、その必要は無い」

(;´・L・`)「ええっと……」
 _
( ゚∀゚)「今、目撃者を増やすような事を、何故する必要がある?」

(;´・L・`)「――は?」

通信兵が疑問を顔に浮かべた時には、既に遅かった。

440 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:39:01 ID:xtON.OOM0
 _
( ゚∀゚)「――今、車内には君と僕だけしかいない。だから、いいんじゃあないか」

ぐしゃり、と。
湿った音を立てて、通信兵の頭が、軽装ヘルメットごと、砕けた。
ごとん、と。
重苦しい音を立てて、刺鉄球が、小型バンの床に転がった。
 _
( ゚∀゚)「――ふう。やれやれ、“使い捨ての偵察機”と言えども、人が死ぬ所を見るのは心が痛むね」

背広の胸ポケットから煙草を取り出し、ジョルジュは眉一つしかめずに呟く。
彼の背後の空間がぐにゃりと歪み、刺鉄球の主がその姿を現した。

ミ*゚∀゚彡ノ「はい!せんせー!フーそれ知ってまーす!“ぎまん”って言いまーす!」
 _
( ゚∀゚)y-~「いいや、違うよフー。これはね、“礼儀作法”と言うんだよ」

ミ*゚∀゚彡「れいぎさほー?」
 _
( ゚∀゚)y-~「ああ、礼儀だ。ニホンに古来より伝わる、とっても由緒正しい、洗練された言語モデルなんだ。
     大人の社会ではね、偉くなればなるほど、この“礼儀”がしっかりしてるかどうかが、重要になってくるんだよ」

ミ*゚∀゚彡「ほえー」

441 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:41:39 ID:xtON.OOM0
 _
( ゚∀゚)y-~「うちのワタナベ会長もよく仰ってるだろう?“誠に遺憾でありますが”だとか、
      “前向きに検討します”だとか、“誠心誠意、問題解決に向けて善処します”だとか、さ」

ミ*゚∀゚彡「おー!そうだ!そいえばアヤカちゃんも言ってた!
     こないだも目ん玉のじーちゃんに“まことにいかんであり、とーしゃとしてもふほんいなじたいです。
     なので、まえむきにけんとーしたうえで、せいしんせーい、もんだいかいけつにむけてぜんしょします”って!言ってたぞ!」
 _
( ゚∀゚)y-~「彼女ほど偉くなると、いついかなる時でもすらすらと“礼儀”に則った会話が出来るものなんだ。
       それほど、彼女が大人のレディーとして洗練されている証拠だね」

ミ*゚∀゚彡ノ「なるほどー。それじゃあフーも大人のれでぃーになる為に“れいぎ”を頑張りたいと思います!」
 _
( ゚∀゚)y-~「うむ。大いに励みたまえ」

ぴょこん、と跳ねて手を上げるフーの頭をくしゃりと撫でてから、ジョルジュは携帯端末を取り出しコールする。
  _
【( ゚∀゚)y-~「ジョルジュよりアンダータスクへ。ナナフシ先遣隊の全滅を確認。予定通り、回収作戦の第二段階へ移行する」

手短に用件を伝え、終話ボタンを押した所で、つぶらな瞳が彼を見上げていた。

442 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:43:11 ID:xtON.OOM0
ミ*゚∀゚彡「なーなー、フーのお仕事はまだー?」
 _
( ゚∀゚)「ああ、今丁度その話をしていた所だよ。大丈夫、もう直ぐさ」

ミ*゚∀゚彡「おお!?マジで!?」
 _
( ゚∀゚)「ああ、“死ぬほど眠たくなーるガス”で地下の皆さんが“お休みになられたら”、また連絡が入る。
     そしたらフーが下に降りて行って、“目標物”を“拝借”してくるんだよ」

ミ*゚∀゚彡「おおー!ジョ“オ”ジュの“れいぎ”もすげーなー!」
 _
( ゚∀゚)「はは、そうだろう?なんたって僕も、いっぱしのジェントルメンだからね」

ミ*゚∀゚彡「じぇんとるめん!?じぇんとるめんすげえー!なあなあ、フーもじぇんとるめんなれる!?」
 _
( ゚∀゚)「さーて、どうだかなあ……」

双眸に綺羅星を瞬かせるフーに苦笑を返して、ジョルジュは彼女の頭に掌を乗せる。
腕時計の針が、作戦決行の時間へ向かってのろのろとした歩みを進めていた。

443 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:43:55 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――ふわり、と自らの身体が宙を舞った次の瞬間。
シィは、化け物の伸ばした赤黒い血の鎖によって、自分が天井からぶら下げられた事を知った。

(*゚∀゚)「ギィィイィイイィィイコォォオオォォオオ!」

<ヽ8w8>「AAARRRAAHHHA!」

真っ暗で、臭くて、広い、地下空洞。
眼下には、浮島のような管理小屋。
そして、その足元でぶつかり合う、二つの異形。

(*;へ;)「ギコ、にぃ…?」

数十分ほど前。
突如として、病院の窓ガラスを突き破って現れた、異形の風によってここまで連れて来られる間。
彼女は、途切れることなくその名を呼び続けて来た。

(*゚∀゚)「アヒャヒャヒャヒャ!楽しい!楽しいねえ!これだよ!これ!この感じだ!」

<ヽ8w8>「殺す。――殺す」

(*゚∀゚)「それだよ!それ!それが!欲しかったんだ!私はさああああ!」

だが。
何だ、これは。
ギコ。あの化け物が。あの、黒い悪魔のような異形が、ギコだと。そう、言うのか。

444 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:44:50 ID:xtON.OOM0
<ヽ8w8>「貴様は、殺す。内臓を引きずり出し、殺す。全身の骨を砕いて、殺す。
      血管の中の血を1cc残らず絞り出して、殺す。脳髄を砕きミンチにして、殺す」

全身を軋ませ、二振りの刀を振るい。
悪鬼のような鎧を身に纏い。
憎悪と怨嗟で編んだ殺意を剥き出しにして切り結ぶ。

あれが。
あれが、自分の義兄の姿だと言うのか。

(*;へ;)「ああ…ぅあ…あぁ……」

そんな筈は無い。
自分の知っている兄は、あんな、化け物のような姿をしていない。

ギコは。ギコにいは。

(*゚∀゚)「ヒャヒャヒャヒャ!アーヒャヒャヒャ!たまんねえ!たまんねえぞお!ええ!
     これじゃ、今すぐにでもイっちまいそうだ!ウェヘヘヘハハア!嬉しい悲鳴が出ちまうぜええええ!」

<ヽ8w8>「――耳障りな声だな。先ずはその舌を切り落としてくれる」

私の知っているギコにいは、こんな。

(*;へ;)「こんな――」

私の知っている?
何を、知っている?自分は、ギコの、何を知っている?

445 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:45:44 ID:xtON.OOM0
(*;д;)「あぁ……――」

知らない。
私は、ギコにぃの事を。
病室の外の彼を。
ベッドの前ではにかむようにして笑う彼の、その下に隠した顔を。
私は、何も知らない。

(*゚∀゚)「アアアア!良いぜ!良いぜえ!もっとだ!もっと強く!もっと激しく!もっとくれえええ!」

<ヽ8w8>「GRRAAATH!」

(*;д;)「私……」

あの日、あの時、あの冬。
世界にたった二人だけになったあの夜。
もう、こんな仕事は止めにすると。もう、側を離れないと言った彼の言葉に安心して。

私は、見ようともしなかった。
知ろうともしなかった。
彼が、どれだけの憎悪と呪詛と血に塗れて、日々を生きて来たのかを。
その苦しみの一端も、何も知らないで。

<ヽ8w8>「死ね…死ね…死ね…死ね…死ね…――苦しんで、死ね」

たった一人で苦しんで。もがいて。足掻いて。
こんな姿に成り果てて。

(*;д;)「ごべ――ごめんなさ――私――」

涙が頬を伝った。
後悔が、胸の底から湧きだしてきた。

446 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:47:11 ID:xtON.OOM0
(*;д;)「なんで……」

なんで、私の脚は動かないのだろう。
脚が動いたのなら、こんな事になる前に、気付いてあげられたのに。
病室を出て行こうとする彼の後を追えたのに。

だって、そうだ。
私には、分かるんだ。
彼は、ギコは、ギコにぃは、そういう人だ。

いっつも一人で抱え込んで。
大事なことは、何も話さないで。
私が。私の脚が動かないから。私のことを、守るだとか、勝手に背負いこんで。

だから、私がちゃんと聞いておかなきゃいけなかったのに。

(*;д;)「ギコにぃ…ギコにぃ…ギコにぃ……!」

汚水の上では、未だに化け物たちの殺し合いが続いている。
最早それは、人間の領域を逸脱した自然災害に近かった。

(*;д;)「……」

シィは、祈るように目を閉じた。
助けて、という言葉を飲み込んだ。
無力感を噛みしめながら、彼女はただ、我武者羅に胸の中でその名前を呼び続けた。

447 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 13:48:42 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――人工筋肉は、とっくの昔に限界を迎えていた。

<ヽ8w8>「AAAAAAAAGH!VHGAAAAAAAEEE!」

脊椎を中心とした神経系も、既に焼き切れる寸前だった。

(*゚∀゚)「アヒャヒャヒャヒャ!いよいよ獣らしくなってきたぜええええ!たまんねえなあああ!」

それでもギコは動き続けた。

“フレッド”のクレーン・アームから抜け出した時点で、彼の内骨格は急激な疲労骨折により三割が使い物にならなくなっていた。
ツーの初撃をかわす際の神経加速で、人工培養の肺には大きな穴が空いていた。

それでも彼は止まらなかった。

最早、妄執に近かった。

本能が、彼を突き動かしていた。
454 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:16:51 ID:xtON.OOM0
(*゚∀゚)「もっと!もっと愛し合おうぜええええ!
    なああギコォォォオオ!愛してるんだあああああ!」

赤黒の刃の群れ。
我先に、入り乱れるよう、絡まり合うように殺到する、血の豪雨。

上半身を逸らし、右足だけで飛び、左腿を掠った一本を日本刀型振動実剣で切り捨て、頭を狙って飛び来るもう一本を歯で噛んで止める。

<ヽ8w8>「シィを…シィを…シィを……」

着地。
全身の装甲の隙間から人工血液と潤滑油が噴き出すが無視。
走る度、装甲板が剥がれ落ちるがそれも無視。
刀を握って再びの低跳躍。右足の腱が乾いた音を立てて千切れたが無論無視。
赤黒の槍が胴を、腿を、肩を、腕を、胸を、貫いていたが、しかし無視。
蛇腹の刃を振るって触手の群れを切り払い、開けた視界、日本刀を振り抜く。

<ヽ8w8>「シィィィイイイィィイイィィイイヲヲヲヲヲヲ!」

それは、呼びかけではなく、咆哮。
空気を、原子を切り裂く、神速の一撃。

(*゚∀゚)「ヒャヒャヒャヒャヒャ――!」

赤黒の触手の塊となったツーが、狂笑する。
黒鋼の悪鬼が、その横を駆け抜ける。

455 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:18:31 ID:xtON.OOM0
汚水が跳ねあがる。
血の飛沫が踊る。
時間が止まる。

<ヽ8w8>「――」

(*゚∀゚)「――」

どさり、と音がする。

(*゚∀゚)「ゲ――ブッ――」

ツーの首が、ぐらりと傾ぎ、そのまま汚水の中に転がった。

<ヽ8w8>「ハァ…ハァ…アア…アアア……」

ギコは、振りかえらなかった。
日本刀型の振動実剣を振り抜いたままの姿勢で。それは、残身のようでもあった。
四つのカメラ・アイは、金色から一点、仄暗い鬼火の赤に変じていた。

<ヽ8w8>「シィ……」

彼は、最後の力を振り絞るようにして、首を上向けた。
ドーム状の天井の錆ついた鉄パイプから、血の鎖で吊るされた、“彼の唯一の希望”を見上げた。

(*;д;)「ギコにぃ…!良かった…良かった……」

<ヽ8w8>「――今、迎えニ、行く、かラ、な」

456 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:19:36 ID:xtON.OOM0
彼は、腱の千切れた脚を踏み出した。
意識は既に混濁していた。
ただ、その身体だけが、機械的に動いていた。

『バイタル低下…40、34、29…限界か。――いや、よくもここまでもったものだ、と言った方がいいか』

既に罅割れまともな映像を映さなくなった視覚野の隅で、ショボンが驚嘆の声を上げる。
その声も、ギコには既に聞こえていなかった。

主を失った血の鎖がずるりと解け、シィの身体が重力に引かれる。
滅茶苦茶になった世界の中で、ギコはその様子をスローモーション映像のように認めながら、両腕を広げた。

<ヽ8w8>「ヤッ――ト――」

(*;ー;)「ギコにぃ…!」

とすん、と。
羽毛のように重さを感じさせないシィの身体を抱きとめて。
その軽さに、その壊れやすさに。ギコは泣きたくなるほど悲しい気持ちになった。

(*;д;)「ごめんね、ギコにぃ。あたしが…あたしが、気付いて上げるべきだったね…もっと、ちゃんと見ていてあげるべきだったね……」

嗚咽交じりに「ごめんね」を繰り返しながら、胸郭装甲に頬を寄せるシィ。
栗色の髪。入院服の裾から覗く、か細い四肢。華奢な肩。
その全てを、抱きしめたくて。抱きしめたらば、壊して、握りつぶしてしまいそうで。
ギコは、ただ、ただ、首の下と腰の下にあてがった腕を、動かせないままに、立ちつくしていた。

457 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:23:28 ID:xtON.OOM0
(*;д;)「もう、離さないから…どんなことがあっても、絶対離さないから……。
      もう、何処にも行かないで…ねえ…お願い…今度こそ、離さないから……」

<ヽ8w8>「……」

泪と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、それでもシィは弱弱しい笑みを向けて来る。

――ギコは、泣いた。
その日、彼は人生で初めての涙を流した。

けれど、彼には涙を流す涙腺が無かった。
泣き顔を作る顔面括約筋が無かった。

ギコは、だから、心で泣いた。
悪鬼のような忌まわしい形相のまま、彼は返す言葉もなく、立ち尽くした。

(*;ー;)「――ねえ、約束。これからは、ギコにぃが辛い時は、あたしにちゃんと話すこと。
     何か、悩みがある時は、あたしに相談すること。一人で背負いこまないで。ね?
     あたしたち、たった二人の家族なんだから……」

泣き笑いのままに、シィは小指を立てて突き出す。
ゆっくりとシィの身体を瓦礫の上に降ろすと、ギコは恐る恐る自らの小指を差し出した。
節くれだった鋼のそれを、シィの細い指が絡め取った。

(*;ー;)「……ゆびきりげんまん、嘘ついたらハリセンボンのーます。ゆびきった」

震える声でそらんじて、シィが指を離す。
小指と鋼が離れる。
ギコは、その瞬間を、間延びした意識の中で何時までも何時までも見つめていた。

458 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:25:02 ID:xtON.OOM0
何時までも、何時までも、見つめていたかった。

<ヽ8w8>「ココデ、待っテイろ」

(*;ー;)「え?」

シィの顔が、一瞬歪んだ。
ギコは、背後を振りかえった。

<ヽ8w8>「――全テ、終ワラセテクル」

苦鳴のような歪んだノイズ音声に答えるよう、闇の中で動くものがあった。

「ついてみたら祭りの後かと思ったが…やれやれ…どうにも、間にあっちまったみたいだな」

ギコは、足元の振動実剣を拾う。
壁際の下水口から這い出してきた人影が立ち上がる。

<ヽ●∀●>「――よう、犬っころ。来てやったからには、持て成せよ。勿論、お前流のやり方でな」

二丁拳銃を構えたニダーが、そこに居た。

459 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:26:10 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――とても寒かった。それは、多分、長い間下水の中を這いずってきたからだけでは無い。
ニダーは、そんなことを考えながら、一歩を踏み出した。

<ヽ●∀●>「なあよ、ここまで来るには随分と長かった。
      どうだい、ここは一つ趣向を凝らして、おっぱじめる前に打ち明け話の一つでもしねえか?」

まっすぐに、ギコを見据えたままで、ニダーは両手を脇にだらりと下げた。
どうしてそんな言葉が口をついて出たのかは、彼にも分からなかった。
随分と、ナーバスになったものだ、と口の端に自嘲の笑みが浮かぶのが分かった。

<ヽ8w8>「……」

ギコは、何も反応しなかった。
幽鬼のように立ち尽くしたまま、その四つの眼をぼんやりと赤く光らせていた。

<ヽ●∀●>「思えば、お前さんとウリの因縁も随分と長い事になっちまった。
        妙な話だぜ、全くよ。今じゃ、お前さんが昔別れた恋人か何かみてえに思えちまう」

ふざけた話だ。
そう、吐き捨てる様に次いで、彼は懐からしけった葉巻を取りだした。
それから懐をまさぐった。目当てのものは、そこには無かった。

<ヽ●∀●>y―「ああ、参ったな。ここに来る途中で落としちまったか……。
        なあ、お前さん、火ぃ、持ってねえか?」

460 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:28:20 ID:xtON.OOM0
<ヽ8w8>「……」

ギコは、無言で首を振った。

<ヽ●∀●>y―「――そうかい。まあ、どの道しけっちまって火なんかつきやしねえだろうがな……」

何でもないように言って、ニダーは火のついていない葉巻をくわえたまま、天を仰ぐ。
天井に空いた、一際大きな下水口が見えた。
まるで、鼠捕りの仕掛けの中に居るみたいだな、と思った。

彼は、大きな溜息をついた。
それから、気だるげに丸サングラスを外した。

<ヽ†∀´>y―「“覚えてるか?ヒッキーを。覚えてるか?お前さんに付けられた、この傷を。
        ウリは忘れもしない。目を閉じる度にこの傷が疼くからな”」

そこで一旦言葉を切り、ニダーは肩を竦めた。

<ヽ†∀´>y―「我ながら、こっぱずかしい話もあったもんだな。
       道中で聞いたが、どうにもウリがお前さんだと思って撃ったのは、
       別人さんらしいじゃあねえか。ええ?こいつぁ傑作だな」

乾いた笑いが、ニダーの肩を震わせた。
ギコは、それに僅かに拳を握りしめた。
だが、彼はそれ以上は動かなかった。

<ヽ†∀´>y―「……笑えるぜ。とんだ笑い話だよ、これは。
       それで復讐が終わったと思って、ウリは昨日まで高鼾をかいていたんだ」

461 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:29:46 ID:xtON.OOM0
ニダーは、ひとしきり笑い続けた。
枯た柳のような笑いだった。

やがて、彼は大きな溜息とともに口を閉じた。
そうしてもって、再びサングラスを掛け直した。

<ヽ●∀●>y―「――なあ、ウリはもう疲れちまった。仇だとか、復讐だとか、
       そう言った大義名分を振り回して、やんちゃするには、疲れっちまったんだ」

<ヽ8w8>「……」

ギコの四つの瞳が、相槌を打つかのように赤く点滅した。
ニダーは、火のついていない葉巻を吐き出した。
ぽちゃん、という酷く惨めな音をたてて、汚水に小さな波紋が広がった。

<ヽ●∀●>「だがよ、ウリはそんな風に腐れ落ちていく自分を許せそうもねえ。
      ヒッキーの仇打ちを成し遂げられないまま、老いぼれていくてめぇを許せそうもねえ」

ゆっくりと、ニダーが右の手の拳銃を構えた。

<ヽ●∀●>「だからよ、せめて。せめて、ウリがアイツの事に拘っていられる、今のうちに。
      全て、終わらせてくれねえか」

ギコは、その銃口を見るともなしに見つめた。
小さな穴は、吸い込まれそうな程に、暗かった。

<ヽ●∀●>「そして、お慰みだと思って教えてくれ。……黒狼のギコ。
      ――“お前は、この復讐を終えた後、それからどうする?”」

ニダーが言い終わると同時に、地下空洞に悲鳴が響き渡った。

462 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:31:12 ID:xtON.OOM0
(*;ー;)「いや!いやああああ!」

(*#゚∀メ)「うるせえうるせえうるせえうるせえうるせえあああうるせえええええええ!」

浮島めいた瓦礫の上。
何時の間に立ち直ったのか。
血の触手でシィを縛り上げたツーが、血走った目を見開いて吠えた。

(*#゚∀メ)「外野が!部外者が!何時までも!何時までも!出しゃばってんじゃあねええええ!
     ギコォオオ!こっちを見ろォ!私を見ろおおお!」

<ヽ8w8>「……」

(*#゚∀メ)「お前は私のものだ!誰にも渡さねえ!こっちを見ろってんだよぉおお!」

鋭く尖らせた触手の先端が、シィの首筋にあてがわれる。
白く細いそこから、血の筋が一筋、垂れ落ちた。

(*;д;)「ぁ――ぁあ――」

(*#゚∀メ)「やっと見つけたんだ!やっと出会えたんだ!今更首をブッ飛ばされたぐらいで手放せるかよ!
     私にはお前しか残ってないんだ!ギコ!ギコォオオ!」

<ヽ8w8>「……」

ギコは、ゆっくりと瞬きした。
それは、アイカメラの点滅という形で現れた。

彼は、ニダーを見つめた。そうして、次に天を仰いだ。
鼠捕りのような天井が、そこにあった。

463 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:32:14 ID:xtON.OOM0
<ヽ8w8>「……」

もう一度、ギコはニダーを見つめた。
丸サングラスの中に映る自分の姿がそこにあった。

彼は、頷いた。
そうして、ゆっくりと上体を逸らした。

<ヽ8w8>「ハハハ…クハハハ…ハアッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!」

ギコは、笑った。
歪んだ電子音声で、狂ったように笑い出した。

464 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:33:32 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――その瞬間のギコの頭の中は、今までの混濁が嘘のようにクリアだった。

<ヽ8w8>「クハハハハハ!ハハハハハ!ハハハハハハ!」

彼の背後で、シィの喉元に触手をつき付けたまま、ツーが硬直している。
目の前のニダーは、表情を消した顔で、黙ってギコを見つめ続けている。

彼は問うた。

「復讐を終えて、それからどうする?」と。

長い間、気付かなかった。
どうして、自分はそんな事を考えていたのだろう、と今更になってギコは思い知った。

<ヽ8w8>「ハハハハ!クハハハ!ハハハハ!復讐?
     復讐を終えて、ソれカら?クハハハハハ!」

(*;д;)「ギコ、にぃ……?」

<ヽ8w8>「復讐ヲ、終えル?ドウヤッテ?復讐トハ、終わリガあるモノナノカ?」

<ヽ●∀●>「……」

本当は、最初から気付いていた。
オヤジが殺されたあの夜。
再び刃を手に取ったあの日の時点で、気付いていた。

ただ、自分に都合がいいようにと今まで忘れていただけに過ぎない。
最初から、決まっていたのだ。初めの一人を殺めた時点で、もう後戻りなど出来なかったのだ。

465 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:34:32 ID:xtON.OOM0
<ヽ8w8>「ハハハハ!クハ!ハハハ!幸せに?なル?ドウやッテ?俺ガ?しィと?」

仮に、今ここでニダーを殺めたとしよう。
それで復讐が終わるのか?なるほど、確かに自分の分の復讐は終わる。

だが、ニダーの方はどうだ?
ニダーを殺された、彼の部下達はどうだ?

終わらない。
ギコが仇を討てば討つほど、殺された者の復讐を望む者が、再びその前に立ちふさがるだけだ。

実際、今彼の目の前に立っているニダーにしたって、そのようにしてここに居るのだ。

何も変わっては居ない。
あの頃から。復讐を誓ったあの日から、何一つとして変わっていない。

綾瀬会を潰したら陣龍が出て来た。
陣龍を潰せば次は大陸から三合会が出張ってくるのだろうか。

自分は、そのままの勢いで全てを皆殺しにするつもりでも居たのだろうか。

<ヽ8w8>「ハハ!ハハハハ!全ク!馬鹿馬鹿しイ話もアッタもノだ!」

それとも、ニダーを殺めた後は、シィを連れて復讐者から身を隠しながら各地を転々と逃げ回るつもりだったのだろうか。

それが、自分にとっての、シィにとっての幸せだと思っていたのだろうか。

466 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:35:23 ID:xtON.OOM0
<ヽ8w8>「ハハハッハ!ハハハハハハ!ハハハハ……ハハハ…ハハ…ハ……」

(*;д;)「ギコにぃ……」

ならば、自分はどうするべきなのか。
シィとの幸せも叶わず、復讐の無限地獄からも解放されない自分は、これからどうするべきなのか。

<ヽ8w8>「――オイ。聴いテイるか、悪魔よ!」

<ヽ●∀●>「……」

<ヽ8w8>「契約ハ成ッタ!約束通リ、シィハ治しテ貰オウ!」

ギコが叫んだのと同時だった。

「いいだろう。――君のその願い、僕が叶えてしんぜよう」

芝居めかしたその声が、闇の吹き溜まりから木霊した。

467 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:36:46 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――最後のタンクを設置し終えた隊員が、白銀の西洋甲冑めいた強化外骨格の右手を上げた。

<ヽ÷>「ポイント・デルタ、クリア。これにて第二段階のシーケンスを完了。作戦を第三段階へ移行されたし」

ヘッドギアの中のインカムに向かって報告。
地下の為か、若干電波が悪い。返事を待つべく、彼は同僚達にハンドシグナルで待機のサインを送る。

<ヽ÷>「――しかし、VXガスか。あの若造も、随分とえげつない手を考え付く」

当初は会長の客分として招かれた筈のあのラテン男は、知らないうちに自分達に命令を飛ばす現場指揮官の座についていた。

一体、何故あの若造が、と当時は隊員の殆どが異を唱えた。

だが今なら理解できる。あの男は、“会長好みのやり方”というものを、存分に心得ている。

やると決めたのなら、そこに一切の慈悲や迷いは無い。
徹底的に、機械的な判断でもって、仕事を成し遂げる。
そのような自らの隊内での評判を耳にした当の本人は、「まあ、“メカニック”として長かったから」と冗談めかして答えていた。

468 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:37:49 ID:xtON.OOM0
<ヽ÷>「末恐ろしい、ってのはああいうのを言うのかね……」

常日頃のジョルジュは気さくな二枚目半と言った所だ。
ジョークを言う事を心掛け、年下に指図される事が気に食わない隊員達に対し、細やかな気配りでもって誠意を見せる。
敵にすれば恐ろしいが、味方にすれば頼もしい。概ね、部隊内でのジョルジュの評価はそんなものだった。

だが、彼は、そんなジョルジュの笑顔を見る度に、何かしらの違和感を覚えていた。
それは、ひどく些細なもので、ともすれば気のせいだとも言い切れてしまうような、本当に小さな違和感だった。

<ヽ÷>「――ったく、何をじじむさい事を考えているんだか」

他人の心配より、今は作戦の遂行が第一だ。
知らずのうちに、自分にもヤキが回ったのだろうか。

壁から背を離し、もう一度地上へ通信を試みる。
短いコールの後、帰ってきたのはノイズだった。

<ヽ÷>「畜生め。一体なんだってんだ。圏外です、ってか?」

毒づき、ヘッドギアをごつんと叩く。
スピーカーが一瞬ぶれた後、遠くで巨大な何かが動くような音がした。

<ヽ÷>「――ああん?」

彼は、周囲を見渡した。
他の隊員達は、それぞれに壁に寄りかかったり、足場に座り込んだり、特に変わった様子は無い。

469 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:39:53 ID:xtON.OOM0
<ヽ÷>「……気のせいか?」

連日の激務で、神経が過敏になっているのだろうか。

<ヽ÷>「帰ったら、久しぶりにキメるか……」

自室のフローリングの下に隠した、ペインキラーの箱の事を思い出しながら、彼は再びとりとめの無い思索に耽った。

470 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:40:59 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――少女の喉元に爪を立てながら、ツーは生まれて初めて自分の行動を訝った。

(*#゚∀メ)「お前は私のものだ!誰にも渡さねえ!こっちを見ろってんだよぉおお!」

自分は、何をしているのだろう。
一体、こんな事をして何になるというのだろう。

(*#゚∀メ)「やっと見つけたんだ!やっと出会えたんだ!今更首をブッ飛ばされたぐらいで手放せるかよ!
     私にはお前しか残ってないんだ!ギコ!ギコォオオ!」

(*;д;)「あぁ…あぁ……」

少女の首の薄皮が破れ、血が滲む。
思えば、この娘を人質に取った時点で気付くべきだったのだ。

いや、もしかしたら気付いていたのかもしれない。
気付いていて、気付かないふりをしていただけなのかもしれない。

(*#゚∀メ)「私を見ろぉぉぉおお!ギコォォオ!私だけを見ろってんだよぉおおお!」

こんな事は、無駄だ。
こんな事をした所で、何にもならない。
?
<ヽ8w8>「……」

(*;д;)「ギコにぃ…たすけ……」

中華系男の言葉を前に立ちつくすギコ。
その背中に向かって、必死に呼びかけるシィ。

471 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:41:56 ID:xtON.OOM0
(* ∀メ)「私を――私を見ろ――私だけを――」

言葉が、音が、宙に放り出されたままで、汚水の中に転がる。

<ヽ8w8>「クハハハハハハ!クハハハハハ!」

獣の哄笑。
血に狂った、化け物の上げる笑い。

それは、自分が求めていたモノの筈なのに。
血溜まりの中で、狂おしい程に求め続けていたモノの筈なのに。

(*;∀メ)「私だけを……見ろ……見ろ……見て……」

本当は、気付いていた。
先に、彼とぶつかり合った時には、もう気付いていた。

彼は、私の事など、見ていない。
例え、彼の大切なモノを人質に取ろうと、私が何をしようと。
彼が、私を見てくれることなんてないと。

(*;д;)「ギコにぃ!ギコにぃ!返事をしてよぉ!」

きっと、それは、この少女の命を奪おうと、変わらない。
何時だって、この少女は殺せた。それをしなかったのは、分かっていたから。

本当は、最初から。
あの雨煙る沿岸道路での邂逅の時から、分かっていた。

472 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:42:58 ID:xtON.OOM0
(*;∀メ)「お願い…だから…私を……見てよぉ……」

それでも、縋りたかった。
彼は、自分と「同じ」だと証明したかったから。

化け物は、獣は、自分だけじゃないと。
そう、証明したかったから。

<ヽ8w8>「クハハハハ!ハハハ!フハハハハ!」

(*;∀メ)「ああ……あ…ぅあ――」

ツーは、少女の首筋から手を離し、ギコへと向かって伸ばす。
血だらけの腕が、空気を掴む。

遠い。

たった数メートルの、血の鞭を伸ばせば届く距離が、果てしなく遠い。

?
<ヽ8w8>「悪魔ヨ!俺ノ身体ハクレテやル!連れテいクがイイ!貴様ガ言ウ、人類ノ限界トやラへ!」

(*;∀メ)「あぁ――」

待って。
置いていかないで。

私も連れて行って。
私を、一人にしないで。

お願い。お願い。お願い。

473 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:43:52 ID:xtON.OOM0
(*;∀メ)「おね…が…い……」

ツーの頬を、風が撫でた。

川 ゚ -゚)「――御覚悟を」

大鎌を振り被った黒衣の堕天使が、彼女の頭上に落ちて来た。

474 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:45:14 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――横倒しになった視界の中に、夥しい数の死体が転がっている。
自分もまた、この中の一人に加わるのだろうか、などと考えながら、オサムは荒い呼吸を整えるのに必死だった。

【+  】ゞ )「カハッ――コッ――ヒュッ――」

血の触手に貫かれたのは、幸か不幸か心臓では無く肺だった。
一撃の下の絶命は免れたが、このままでは呼吸困難で数分ともたない。
何度となく、自らを化け物と自認してきたが、まさかこんな無様な最期を遂げるとは、思いもしなかった。

【+  】ゞ )「ホント――上手く――いかないわネ――」

目と鼻の先。
少し手を伸ばせば届きそうな距離にある、アタッシュケースを憎々しげに睨みつける。

酸素不足で頭に霞が掛ってきた。
この分だと、任務の達成は到底無理そうだ。

「――やあ、久しぶり。随分と苦しそうだけど、大丈夫かい?」

唐突に、その声は天から降ってきた。
まさか、とオサムは首を巡らせた。

475 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:47:03 ID:xtON.OOM0
【+  】ゞ )「アン――タ――」

(´・ω・`)「やあやあ、何年ぶりだろうねえ。データベースが正しければ、
     確かツクバでの件以来だから…もうかれこれ十年以上経つわけか」

そんな筈は無い、と理性は否定した。
彼がここに立っている筈が無いと、異を唱えた。

(´・ω・`)「死んだ筈だって?そうだね、確かに僕は君達の手によって殺されちゃったね。
      じゃあ、どうしてここに立っているんでしょう?答えは、“まーそういうのはどうでもいいんじゃあ、ないかなあ”です」

下手糞なウィンクをして見せた後、彼は、ショボンは「ああ、そうだ」と言って二の句を継ぐ。

(´・ω・`)「君達の手によって、っていうのは訂正しよう。君達に裏切られて、といのが正しいかな。
     実際、実行犯はロイヤルハントだったし、本当、君達の職場はそういう根回しが上手いよね。
     僕も最近では、君達のやり口を見習ってるんだけど、――どうだい?びっくりした?」

人を小馬鹿にしたような態度。
あくまでも柔和な表情と物腰を崩さない、優男風の出で立ち。
それは、オサムの記憶の中の彼と、寸分違わぬままの姿を保っていた。

(´・ω・`)「まあ、でもさ。別に、僕は復讐だとかそう言った事は、今は割とどうでもいいんだ。
      あっちの子達はそうでもなさそうだけど」

くすり、と子犬のような笑顔を浮かべてショボンは自らの背後を顎でしゃくる。
中央管理小屋の足元、瓦礫と死体の山の中では、今しもギコとニダーが睨みあっている所だった。

476 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:49:02 ID:xtON.OOM0
(´・ω・`)「君達にも、止むにやまれぬ事情があったことだろうし。元々、あそこはそういう方針だったしね。
     それに、僕が憎いのは、あくまでも“米帝”という概念そのものさ。そこら辺、勘違いしないでほしいな。
     元同僚で今は何の関係もないとはいえ、かつての友人と険悪な仲になっちゃうのは苦手だ」

【+  】ゞ )「ハッ――そんなの――知ったこっちゃ――ない、わ――」

何が、友人だ。
何時も、何時もこいつはそうだ。
フラットラインだとか、ニューロマンサーだとか言われ、常に余裕のある態度で笑いかけて。
ノブリス・オブリージェとでも言いたいのか?

【+  】ゞ )「クソったれ――何が――望みよ――」

(´・ω・`)「何が望みって、聞かれてもね……別段、君達とは関わりの無い所なんだけど」

困ったような笑顔を浮かべると、ショボンは足元に転がっていたアタッシュケースを拾い上げる。

(´・ω・`)「まあ、ちょっとした交渉材料の調達と言うか、ね。僕も色々と夢のある若者でして。
      主目的はそれだったんだけどさ――」

独裁者の遺伝子をアタッシュケースから取り出し、それを背広の内ポケットに入れると、彼は立ち上がって再び先の二人へと視線を向ける。

(´・ω・`)「――今は、俄然あの子に興味津々、恋する季節ってところさ。君も直接やり合ったから分かるだろう?
      信じられないよ。今、まさに彼は、人類という種の限界の先へと一歩を踏み出そうとしている所だ」

477 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:50:41 ID:xtON.OOM0
生まれて初めてカブトムシの雄を見る少年のような眼差しで、ショボンは黒い悪鬼の威容を見つめる。
人類の限界の先。下らない。ようは、ただの化け物だ。

【+  】ゞ )「何――アンタ――マッドサ、イエン――ティスト、に――転向したわ、け――」

地下下水処理施設中に、狂ったような哄笑が響き渡る。
上半身を仰け反らせ、悪鬼羅刹が大口を開けていた。

その後ろでは、ツーが、茫然自失とした表情で、その様を見つめている。
人質にとった少女への拘束も緩み、ただ、ただ、途方に暮れたようにしてギコだけを見つめるその様子が、
初めて彼女と会った時のそれと重なった。

(* ∀メ)「あ…あ…あ…あ……」

【+  】ゞ )「ザマア――無いわね――バッカ――みたい――ほん、と――」

結局、壊すことしかできない彼女に、何が成せるというものでもない。
大人しく、首輪を嵌められたまま、命令された相手だけに噛みついていれば、餌は貰えるのに。

それで、満足していなければならなかったのに。

<ヽ8w8>「――オイ。聴いテイるか、悪魔よ!」

下手な希望など、持つから、馬鹿を見るっていうのに。

<ヽ8w8>「契約ハ成ッタ!約束通リ、シィハ治しテ貰オウ!」

悪鬼羅刹の叫びに呼応するように、新たな質量がオサムの脇に降り立つ。
濡羽色の髪に、同色のゴシックドレス。レースのヴェールから覗く、ぞっとするほどに白い肌。

478 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:51:52 ID:xtON.OOM0
川 ゚ー゚)「マスター。そろそろ私の出番ではないでしょうか?」

(´・ω・`)「ああ、そうだね。ご客人の大事な大事な妹君だ。丁重に、御迎えに上がっておくれ」

川 ゚ー゚)「イエス、マスター。仰せのままに――」

恭しく、まるで執事か何かのように一礼をすると、女は左の手首を捻る。
圧縮空気の漏れる小さな音と共に手首の穴から飛び出す鋼鉄製の伸縮棒。
右手でそれを引き抜き回転の勢いで伸ばすと、ゴシックドレスの開いた背中から取り出した刃と連結。
またたく間に組み上がった大鎌を手に携え、女は跳んだ。

(* ∀メ)「あ…あ…ああ……」

向かう先は、放心状態のツー。
目的は、火を見るよりも明らか。

【+  】ゞ )「――“フレ――ッド”――聞こえ、てる――んでしょ――フレ…ッド……」

無線制御データリンクに、僅かな反応。
矢張り、チーム内最強のタフネスは頼もしい。

【+  】ゞ )「クソ――ったれね――アタシが――こんなザマで――
        悪い、けど――も、ひと――ふんばり――して――くれ、る?」

大鎌の女が、クーが、ツー達への距離を詰める。
からり、と遠くで微かに瓦礫が崩れる音がした。

479 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:52:48 ID:xtON.OOM0
(* ∀メ)「ぎ、こ…わたし…わた…わたしは……」

虚空を見つめたまま、へたり込むツー。
不吉な鴉の急降下めいて跳びかかるクー。
大鎌の刃が振り被られる。
ツーは、動かない。

――ホント、馬鹿な子。

【+  】ゞ )「ホント――救いようが――ない――くらい――アンタは――手が掛る――わ――」

川 ゚ -゚)「――御覚悟を」

(* ∀メ)「……」

振り下ろされる、大鎌。

断裁音。

硬く、耳障りな、断裁音。
否。刃が鋼に食い込む、それは金切り声。

川 ゚ -゚)「むっ」

(*゚∀メ)「――え?」

〔φ@φ〕「KHO…HOOOO……G」

ツーと、クーの、間に、鋼百足の上半身が、割って入っていた。

480 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:54:44 ID:xtON.OOM0
(*゚∀メ)「え――」

耳元での轟音に、我を取り戻したツーが、鋼の百足を見上げる。
白黒の真逆になった双眸が見開かれ、次いでオサムを見た。
全てを悟ったその顔が、くしゃりと、紙のように歪んだ。

(*゚∀メ)「な――んで――」

【+  】ゞ )「ホント――なんでかしら――ね――ガラじゃ――ないってのに――」

――あーあ。
ホント、アタシってば、バッカみたい。
なんで、こんな――。

……ああ、そうか。アタシは、こいつの事を――。

(´・ω・`)「おっと、邪魔をしてくれちゃ、困るな」

ショボンが、袖口からポップアップした拳銃の引き金を引いた。
ずどん、と乾いた音が鳴った。
銃声にしては、比較的小さかったが、それで事足りた。

【+  】ゞ )「ガッ――」

虫の息の根を止めるには、それだけで十分だった。

481 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:55:46 ID:xtON.OOM0

  ※ ※ ※ ※


――突如として、翼の無い堕天使のような影が、飛来した。
大鎌を振り被った女と、鋼の百足めいた化け物がぶつかった。
離れた場所で、銃声が鳴った。
その瞬間、ニダーの中で時が動き出した。

(*;゚∀メ)「なんで――こんな――なんで――」

ネオゴス風の女が、へたり込んだまま、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。

(´・ω・`)「やれやれ…もうそろそろ時間も押してきてる。手早く頼むよ」

銃声の音源では、背広姿のしょぼくれた顔の男が、遠巻きにこちらを見つめている。

川 ゚ー゚)「ええ、善処いたしますわ」

鋼百足の残骸の上では、ゴシックドレスの女が大鎌の刃を引きぬいている。

(*;д;)「ギコにぃ!ギコにぃ!返事してよ!ギコにぃぃい!」

その傍らでは、まだ幼さの残る少女が、声の限りに叫び続けている。

<ヽ8w8>「ハハハハハ!クハハハハハ!ハハハハ!」

そして、目の前では、討つべき筈だった仇が、未だ狂ったようにして笑い続けている。

482 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:56:54 ID:xtON.OOM0
<ヽ●∀●>「……」

ニダーは束の間、天を仰いだ。
矢張り、そこには鼠捕りのような天井が広がっていた。

首を振って、彼はもう一度地下空間を見渡した。
自分は今、何をするべきなのかを、考えた。

<ヽ8w8>「ハハハハ!クハハハハ!ハハハハハ!」

ともすれば、今のギコならば、銃弾の一発でその命を消し去ることが出来るだろう。
あのいけすかない何でも屋が言う通り、勝てる見込みが無かった試合だが、ここにきてまさかの逆転さよなら満塁ホームランに変わるわけだ。

<ヽ●∀●>「……下らねえ。下らねえし、笑えねえな」

それに、何の意味があるのだろう。
復讐を果たす価値は?今、ここで奴の眉間に鉛玉を叩きこむ事の価値は?
今のこの男の首を手土産に、あの世のヒッキーに持っていた所で、何になる?

――こいつには、今、何も見えていない。

(*;д;)「ギコにぃ!ギコにぃ!ねえ!返事をしてってば!お願いギコにぃ!」

悲痛な、張り裂けそうな、魂を八つ裂きにでもされているかのような悲鳴が、耳にこびりついて離れない。

可哀相に。
どういうわけか知らんが、彼女の兄貴は急にヤクでも決まっちまったかのように、笑い転げていて聞く耳も持たないようだ。

<ヽ●∀●>「ご愁傷さま、ってやつだぜ」

483 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:58:02 ID:xtON.OOM0
言葉にしてみて、何と乾いた響きなのだろうかと愕然とした。
結局、最期の矜持の残照すらも貫けない、どうしようもない自分。
成るほど、あの何でも屋が言った通り、自分は確かにクズなようだ。

<ヽ●∀●>「……」

ならば、クズはクズらしく、しみったれた最期を遂げるのが相応しいのでは?

<ヽ●∀●>「ハッ。本当に、下らねえ人生だったぜ、おい」

その場に座り込み、ベレッタの銃口を自分の側頭部に押し付けると、丸サングラスの下でニダーはそっと目を閉じる。

こう言う時は、今までの半生が瞼の裏を過るものだと相場が決まっているが、何時まで待っても一向にその兆候は訪れない。

「ギコにぃ!ギコにぃ!お願い――だからぁ!返事、してよぉ…!」

代わりに聞こえて来るものと言えば、悲痛なまでの少女の叫びだけだった。

<ヽ●∀●>「……」

ニダーは、再び目を開いた。
こんなに騒々しくては、おちおち半生も振り返れない。

川 ゚ -゚)「さあ、シィ様、こちらへ」

跪いたゴシックドレスの女が、少女へ向かって左の空いている手を差し出している。
少女はいやいやと、懸命にその細い首を振っている。

484 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:58:54 ID:xtON.OOM0
(*;口;)「イヤ!イヤァ!ギコにぃと!私はギコにぃと居るの!もう離さないって、ずっと側に居るって!約束したんだからぁ!」

ギコは、黒狼は――悪鬼は、振りかえらない。

<ヽ8w8>「ハハハハハハハ!」

狂ったように笑い続ける修羅の眼には、既に何も映っていなかった。

川 ゚ -゚)「我儘を言われましても困りますわ。さあ、お手を――」

(*;口;)「イヤだっ!」

差し出された手を、少女がはねのける。
ぱんっ、と乾いた音が鳴った。

川 ゚ -゚)「そう――ですか」

ゴシックドレスの女の表情が、鋼鉄の冷たさを帯びた。

川 ゚ -゚)「――あまり、こういうのは好きではないんですがね……」

跳ねのけられたままに宙ぶらりんになっていた女の手が、ゆっくりと少女の首根っこへと伸びていく。

ニダーは、走り出していた。

485 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 17:59:54 ID:xtON.OOM0
<ヽ●∀●>「……」

ベレッタを右の手だけに握って、ニダーは走っていた。

(*;口;)「イヤ!いやぁ!」

何だ、これは。
何で、自分はこのような事をしている?

まさかとは思うが、あの少女を助けようとでも言うのか?
あろうことか自分は、仇の妹を助けるつもりでいるのか?

止めておけ。そんな事をして、それこそ何になる。
ヒーロー気取りか?だとしたら、それは何処の世界のヒーローだ?
それは一体、何の冗談だ?

川 ゚ -゚)「申し訳ありませんが、マスターの命令ですので――大人しく、していただけますね?」

少女の薄い胸倉に、女の指先が触れる。
精一杯に上半身を引いて、少女が逃げる。
それを追うように、女が身を乗り出す。

(*;口;)「イヤアアアア!」

空気を切り裂く様な悲鳴。
宙に架かる、涙滴の橋。

<#ヽ●∀●>「――糞ったれめっ!」

ニダーは、引き金を引いた。
乾いた音が、福音のように彼の耳朶を打った。
486 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 18:01:32 ID:xtON.OOM0
川 ゚ -゚)「――むっ」

鋼の衝撃に、女の腕が弾かれる。
面くらったような表情を束の間浮かべた女が、直ぐ様ニダーの存在に気付いて顔を上げた。
ニダーは、獰猛な笑みを浮かべてそれを見返した。

<#ヽ●∀●>「はっ!大陸の双龍の名は伊達じゃあねえぜ!」

立て続けに二発、三発、四発、とニダーはベレッタを連射する。
女はそれを避けるでもなく防ぐでもなく、着弾の衝撃に僅かに身を揺らしながらも、ゆっくりと立ち上がった。

川 ゚ -゚)「それは、我々への敵対行動、という事で宜しいですか?」

<#ヽ●∀●>「そんな事はお天道様にでも聞きな!」

川 ゚ー゚)「――なるほど。神のみぞ知る、ですか。良いでしょう」

ゆっくりと、これから演武でも始めるかのようにして、女が大鎌を構える。
互いの距離は、目測にして10メートルもない。
馬鹿な事をしている。ニダーの口の端に、自嘲の笑みが浮かんだ。

川 ゚ー゚)「ですが、その答えは貴方自身が天に登って聞いてきて下さいませ」

大鎌の切っ先が、落雷の速度で弧を描く。
反射神経で避けるのは、不可能だ。
ニダーの行動は最初から決まっていた。

487 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 18:03:10 ID:xtON.OOM0
<#ヽ●∀●>「おおおおおおお!」

雄たけびと共に、身を沈める。
断頭台の一撃が、ニダーの頭上を過っていく。
汚水を跳ね上げつつ、彼はスライディングの姿勢でゴシックドレスの女とすれ違った。

川 ゚ -゚)「おや――」

そのまま直ぐ様身を起こし、少女の腰を抱く。

(*;д;)「――え?」

涙に濡れた顔が、ニダーを見上げる。

<ヽ●∀●>「嬢ちゃん、ちょいと失礼するぜ」

腰と首に手を回して少女を抱き上げると、ニダーは一点を目指して再び走り出した。
遠くで、地響きにも似た音が近付いてきていた。

(*;口;)「離して!離して!ギコにぃ!私はギコにぃと――!」

腕の中で少女がもがく。

川 ゚ -゚)「――逃がしませんよ」

大鎌を振りかざした女が、背後に迫る。
随分と、滑稽なとんずらの絵面だ。
そう言えば、あの夜もこうして必死に走ったものだ。

488 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 18:07:01 ID:xtON.OOM0
――あれは確か、荒巻屋のショバ代の取り立ての時だ。
子供騙しの幽霊屋敷で気絶したヒッキーを抱えて、夜の街を事務所に向かって走ったっけ。

幽霊など居るわけもないのに。
馬鹿みたいにブルって。
必死になって、全力で、死に物狂いで駆け抜けたものだった。

<ヽ●∀●>「――あの頃から、馬鹿なまんまだぜ」

若かった。
あの頃は、必死だった。
兎に角、体当たりだった。
それで、何とかなると思っていた。

何時からだ。
それだけで、何とかなるものじゃないと、思い知ったのは。

川 ゚ -゚)「シッ!」

大鎌の切っ先が、ニダーのトレンチコートの裾を切り裂く。
脚がもつれて、転びそうになる。

<;ヽ●∀●>「チィッ――!」

何とか立て直して、彼は前を見据える。地響きが、どんどんと近くなってくる。
“目指す先”まで、後少し。だが、もう若くない。

<;ヽ●∀●>「ハァ…ハァ…クソったれ……」

あの夜。
事務所に帰りついてからポケットを漁ったら、メジロステイツの馬券が無くなっていた。
皮肉にも、その日の一着は、自分が一点張りをし続けたあの駄馬だった。

489 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 18:08:05 ID:xtON.OOM0
結局、あの日以来、メジロステイツはもう二度と一位の栄誉を得る事もなく、
再び最下位を舐めるように独走した後、一昨年の春に一部のファンに惜しまれながら天へと旅立った。

走る為に生を受けながら駄馬の烙印を押された彼は、その苦しい生涯の中で一度だけ“奇跡”を起こした競走馬として、競馬界に名を残した。

<;ヽ●∀●>「走れ…走れ……」

地響きが、地下空洞をどよもす。

川 ゚ー゚)「御覚悟――!」

大鎌の刃が、肩口に迫る。

<ヽ●∀●>「走れ…!走れ…!」

奇跡。
もしも、そんなものが、自分にも起こせるならば。

<#ヽ●∀●>「走れえええええええ!」

最後の2メートル。
肺の中に残った空気を全て吐き出して、跳ぶ。

(* ∀メ)「なんで…なんで……」

ドームの壁に、亀裂が走る。
少女を抱えたままで、ニダーの身体が宙に弧を描く。

490 名前:執筆チーム ◆fkFC0hkKyQ:2012/09/18(火) 18:08:59 ID:xtON.OOM0
川;゚ -゚)「くっ――このっ!」

大鎌の刃が、右の肩甲骨の上の肉を切り裂く。
痛みを堪えて、少女を抱く腕に力を込める。

(´・ω・`)「――潮時、か」

二人の身体が、巨大な棺桶の中に着地する。

(*;口;)「ギコにぃ!ギコにぃ!イヤ!イヤアアアアア!」

ドームの壁を突き破って、汚水の濁流が迸る。

<#ヽ●∀●>「おおおおおおお!」

満身の力で、棺桶の蓋を閉じる。

<ヽ8w8>「ハハハハハハ!ハアッハッハッハッハッハッハ!」

暗黒の大波濤を背にして、悪鬼が狂笑する。

<;ヽ●∀●>「ハァ…ハァ…ハァ…」

これで、正しかったのだろうか?
自問自答に目を閉じる。
瞼の裏で、懐かしいあの顔が、困ったような顔で笑ったような気がした。

<ヽ●∀●>「ヘヘッ…どっちだよ…馬鹿……」

黒い濁流が、全てを飲み込んだ。

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