180 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:53:18 ID:WbucYHaY0

Track-α

 


――はためくジープの幌の間から、生ぬるい潮風が吹きこみ、彼の頬を撫でる。
無理を言って大陸から取り寄せた「飛虎包」も、湿気を吸ってか酷く不味かった。

<ヽ●∀●>y―~「――これは興味本位で聞くんだが…お前さん達にも嗜好ってものは存在するのかい?
        自己発想許容型AIってのは、実際の所はどうなんだ?」

ジープの荷台の隅、木箱の上に腰を下ろした中華系の男が、大陸葉巻を唇から離して紫煙を吐き出す。
茶色のトレンチコートに、黒のスーツ。
オールバックに撫でつけた頭髪と、いかつい顔を更にいかつくしている丸サングラスからは、右の眼に走った裂傷が微かにはみ出していた。

(゚、゚トソン「……禁則事項です」

ユーラシア最大の犯罪組織、三合会。
その下部組織である陣龍の日本支部代表を任された、香主ニダーの言葉にも、ワタナベの秘書官は淡々とした態度を崩す事は無かった。

列島から出島めいて突き出した、ニホン国特別政令指定都市VIP、その北の外れ。
松の防砂林の向う、黒々とした太平洋の表面を、重金属酸性雨が叩く。
足が三本になったウミネコ達の群れを左手に望むここは、円形の出島の外周部を走る沿岸道路。
大型装甲車と、兵員輸送車じみたトレーラーが幾台も縦に連なり、手狭な車道を大名行列めいて走る光景は、
どんよりと黒く濁った太平洋の荒波とも相まって、破滅から逃げ出す一種のエクソダスめいてすら見えた。

181 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:54:24 ID:WbucYHaY0
<ヽ●∀●>「――なあ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃあないか?ウリ達は、一体何を運んでいる?」

輸送隊列の先頭から二番手を走る装甲ジープの荷台の中。
潮風を吸って不味くなった葉巻を幌の間から捨てて、ニダーは再び寡黙な秘書官に問い返す。

(゚、゚トソン「……禁則事項です」

菫色の瞳を揺らがせる事も無く、機械的に跳ね付けるトソン。
もうかれこれ、十度ばかり繰り返されたやり取りであった。
芝居めいた仕草で肩を竦めると、ニダーはやれやれと小さな溜息をついた。

<ヽ●∀●>「……確かに、お宅からは口止め料にビルが買えるだけの金は受け取っている。
        ウリ達としても、渡辺グループのお墨付きが貰えるなら、今よりも遥かに商売がしやすい。それについては何の文句も無いさ」

だが、と香主はその先を続ける。

<ヽ●∀●>「これだけのダミーの輸送車両と警備を用意するっていうのは、ちっとばかし尋常じゃあねえ。一体これは何事だ?」

(゚、゚トソン「……」

事務所を訪れた、渡辺のネゴシエイターを名乗るラテン系のイタリア男の弁を、ニダーは束の間思い出す。
  _
( ゚∀゚)『ブツを運んで欲しい。前金はここにある。足りなかったら言ってくれ。上と掛け合ってみる。
     詮索は無用だ。渡辺グループはそれを望まない。兎に角重要なブツだ。受けるか?受けないか?この場で直ぐに決めてくれ』

182 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:55:46 ID:WbucYHaY0
挨拶もそこそこに、ビズの話を持ち出したネゴシエーターが喋ったのもそこまで。
胡乱な話ではあったが、渡辺グループとのパイプは持っていた方がこの街では遥かにやり易い。
陣龍の香主としては、そこに何かしらの地雷が見え隠れしていようと、受けざるを得なかった。

<ヽ●∀●>「それとも、このキャラバンは地獄行きか?積み荷はウリ達、華僑共と、こう来るわけだ」

(゚、゚トソン「……」

<ヽ●∀●>「笑えねえ冗談だったか?」

(゚、゚トソン「……いえ」

荷台の中央、巨大な麻布で覆われた、棺桶程もある縦長の鉄箱の傍らにしゃがみ込んだトソンは、相変わらずの鉄面皮だ。
“オーライ、レディ”。香主は小さく頭を振る。

<ヽ●∀●>「それじゃあ、質問を変えよう。今度のオフは何時になる?是非ともキミを食事に誘いたい」

少しの間。思案するようにしていたトソンは、ややあってから、矢張り表情を崩すことなく答えた。

(゚、゚トソン「……禁則事項です」

少しの間。豆鉄砲を食らった鳩のようにしていたニダーは、ややあってから、首を仰け反らせて乾いた笑いを上げた。

気に入らない仕事だ。それでも、乗るしかない。
乾いた笑いの下に、泥濘のようにどろりとした表情を押し隠し、ニダーは葉巻をもう一本咥えた。

183 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:57:28 ID:WbucYHaY0

  ※ ※ ※ ※

――黄昏の空、光化学スモッグの琥珀色。
バベルの塔めいて、天の神まで届かんばかりに林立する超高層ビルの大森林と、
その間に御神木めいて頭を突き出す、企業アーコロジーの超巨大三角錐のシルエット。
地上から伸びたサーチライトが右に左に光の道を伸ばす空を飛ぶのは、浮遊式街頭スクリーンや、セキュリティボットの群れ。
電脳時代のニホンの中心たるラウンジ区の高層建築の景観は、宝石を散りばめた巨大な墓石群めいたおどろおどろしさを持って、
足元を歩くハイソサエティなビジネスマン達の頭上にのしかかってくるようでもあった。

( <●><●>)『それで、ヴォルフの尻尾の方は、無事回収できたのかね?』

ニホンの中心ラウンジ、更にその中心、ニホンという国の玉座たる、渡辺グループのアーコロジー。
CEOとその身辺警護担当者を含む、ごく一部の人間のみが立ち入る事を許可された、ピラミッドの頂上階層部。
大理石の床にギリシャ彫刻や世界の名画や芸術品が立ち並ぶ、美術館めいたこのフロアは、
階層そのものが丸ごと、渡辺グループのCEOの為だけに用意された執務室となっている。

从'ー'从「ええ、その件につきましては、何も滞りなく。事は全て、順調に進んでおりますわ」

クリスタル細工のローテーブルの上に置かれた、三角錐型の立体ホログラフ投影機。
そこから掌サイズの小人のようにして映し出される、老人のホログラフに語りかける女性こそ、
このフロアの――ひいてはVIPという街の支配者たる女王、渡辺グループ総帥アヤカ=ワタナベに他ならない。
184 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:00:39 ID:WbucYHaY0
緩く外に跳ねた飴色のくせ毛に覆われたその顔は、渡辺グループの総帥という立場にしては異常なまでに幼い。
空色のスーツを上品に着崩し、本革のソファにしなを作る様にしてもたれかかった彼女は、
そのくるくると動く子供のような瞳をホログラフの老人から逸らして、わざとらしい仕草で髪をいじった。

从'ー'从「最も、この時期にムズリーマに飛ぶと言われた時は、正気の沙汰とも思えませんでしたけれどね」

したり顔でそう言う彼女の言葉の端には、ホログラフの老人を非難する様な響きがあった。

( <●><●>)『全てはTHUKU-YOMIの導き出した答えだ。“彼等”の言葉に間違いは無い』

从'ー'从「我々は、その有り難い御言葉に従うのみ、ってわけかしらん?」

ホログラフの中の老人は、ワタナベの言葉を咎める様な様子も無く、まるで幻想小説の中の賢者のような顎鬚をしごく。
皺だらけの顔の中から覗くその二つの眼は、老獪な鷲か、はたまた宇宙の深淵を宿したかのような、底知れない輝きを湛えて静かに揺れていた。

( <●><●>)『兎に角、ヴォルフの尻尾を回収できたのなら、それに越した事は無い。至急、我々の下に移送を――』

老人の言葉を遮るように、甲高く短い電子音が、断続的なリズムで響く。

从'ー'从「あら、失礼。キャッチが入ってしまいましたわ。お話の続きはまた後ほど……」

( <●><●>)『そんなものは後でいい。ヴォルフの尻尾の方が……』

185 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:02:01 ID:WbucYHaY0
尚も抗議の声を上げようとする老人を無視して、ワタナベは手元のチャンネルからキャッチ先を呼び出す。

从'ー'从「ビジネスは一分一秒を争うものですわ」

既に途切れた映像に向かって舌を出して見せると同時、新たな通話相手のホログラフ映像が彼女の前に浮かび上がった。

(´・ω・`)『やあ、アヤカ総帥におきましてはご機嫌麗しゅう……取り込み中だったかな?』

从'ー'从「ううん、全然〜。何も問題は無いよぉ。何も、ねっ」

くたびれたような垂れ目と眉が特徴的な、優男のホログラフ映像。
ワタナベの声音は、その相手を認めた瞬間に、蠱惑的に砕けたものとなった。

(´・ω・`)『それは良かった。先日のムズリーマの件ではお世話になったね。
      何しろニホンじゃどうしてもアレの試運転を気軽に行えるものでもないからね。助かったよ』

从'ー'从「こちらこそ、面白い物を見せてくれて有難う。
     うちの工場の人たちも、貴方に触発されて量産化の打診をしてたみたいで、良い刺激になったよぅ」

(´・ω・`)『ははは、それもまた面白いかもしれないね。
      ――それで、今日はそのお礼と言ってはなんだけど、耳寄りな情報を持って来たよ』

しょぼくれ眉の優男は柳が笑うような表情を作る。
昼下がりの喫茶店での恋人同士の会話めいたその物腰の中には、しかし、
どろりとした得体の知れない灰褐色の何かが蟠っている様な空気が感ぜられるようだった。

186 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:03:13 ID:WbucYHaY0
(´・ω・`)『そう、これはムズリーマの話の続きでもある。ヴォルフの尻尾を、キミ達は持っているね。それを狙う賊の情報さ』

ぴくり、とワタナベの眉が上がる。

(´・ω・`)『向うでも随分と多くの賊に狙われていたみたいだけど、彼等中々しつこいね』

从'ー'从「……それで、賊と言うのは?」

勿体ぶったような優男の口調に、ワタナベは努めて平静を装いながらも、焦れた様子を隠し切れない。
優男はそれが可笑しかったのか、口の端を僅かに緩めた。

(´・ω・`)『一週間前、フェリーの監視カメラで確認した。ムズリーマでやんちゃをやらかしていた二人が、日本入りを果たしたようだよ』

束の間、ワタナベは記憶の糸を辿る。
燃え盛る兵器格納庫の中で、狂ったように笑うネオゴスパンク女の姿が、直ぐに思い出された。

(´・ω・`)『御節介だと思ったけれど、既に僕の方でも一人、その道のプロを雇って後を追わせている。
     それでもあの二人は手強い。キミ達の方でも準備をした方がいいだろうね』

優男の言葉と同時に、ロ―テーブルの脇の情報端末がメールデータの受信を知らせる。
直ぐ様それを開いて、中身のデータを確認したワタナベは、その薄い唇を忌々し気に歪めた。

187 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:04:43 ID:WbucYHaY0
从'ー'从「“髑髏と骨”……米帝も、随分と“あのお方”に御執心みたいだねぇ……」

(´・ω・`)『元同僚としても、彼らの百カ年計画には舌を巻かざるを得ないよ。
      その内、彼等は銀河の警察でも名乗るつもりなのかな?ぞっとしないね』

从'ー'从「本当、ぞっとしないよねぇ……」

優男の言葉に合わせながら、ワタナベは先の老人の事を思い出す。
予言の忠実な遂行者。ニホンという国の舵を取っているつもりの、賢者気取りの愚者。

支配者達の欲望に果ては無い。
地上の全てを手に入れても尚、飽く事の無いそれは、最早無限にも等しい。
自分もまた、それらと肩を並べ、予言の為に動く一つの歯車となって動いているという事実が、尚の事腹立たしかった。

(´・ω・`)『そう言うわけで、僕の方でも動いてはいるけれど、
      そっちでも出来る限り何か対策を練っておいてほしい、という話でした』

最後に「またね」と下手くそなウィンクを作って通信を切る優男を見届けてから、
ワタナベは本革のソファから身を起こすと、顎の下に指を当てて思案を繰りつつフロアの端へと歩いて行く。
360度が総ガラス張りの頂上フロアからは、VIPという街の全景が見渡せる。
大気汚染にくすむ、黄昏の街並みを見下ろす彼女の脇に、何時の間にか並ぶようにして佇む者があった。

188 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:06:13 ID:WbucYHaY0
(゚、゚トソン「それで、如何なさいますか?」

栗色の髪をバレッタでひとまとめにした、秘書風の井出達の女の名前はトソン。
菫色の瞳で主を真っ直ぐに見詰める彼女は、ワタナベの傍仕えを任された特A級護衛専任ガイノイド、「アイアンメイデン」だ。

(゚、゚トソン「先日のムズリーマでの彼女達の様子から鑑みるに、やると決まれば彼女達は手段を選ばないと思われます。
     脅威度で言えば、シベリアの“暴君”には及ばないかもしれませんが、それ以上に行動に予測がつきにくい分、危険かと」

从'ー'从「うん…そう、かもね」

(゚、゚トソン「シベリアの“暴君”と言えば、我が社の株式は未だ彼女達の手に大半を握られたままです。
     買い戻しや新たな株券の発行により、彼女達の影響力を弱める工作は続けておりますが、それでも寝首を掻かれる危険性は十分に存在するかと」

从'ー'从「……うん、うん、分ってるよ」

(゚、゚トソン「ニーソク界隈における陣龍の台頭も無視できない状態です。
     加えて、ブラウバイオニクス社も今でこそは協調路線を維持しておりますが、彼等の動向も注意すべき所でしょう。
     “カグラ”の方も、今回のヴォルフの尻尾の移送が滞っているという事で―-」

从#'ー'从「分ってる!分ってるって言ってるでしょ!」

189 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:09:20 ID:WbucYHaY0
堪え切れなくなったワタナベの一喝が、二人だけのフロアに木霊する。
何時もは支配者の余裕たる微笑を湛えた唇は、今は焦燥と怒りに歪んで引きつっていた。

从;'ー'从「分ってる…分ってるわよ…そんな事…」

海外犯罪組織の流入からこっち、渡辺グループの支配体制は目に見えない所で揺らぎ始めている。
ニーソクを二分していた日系ヤクザが、陣龍と氷の旅団によって壊滅させられてからは、その傾向が顕著だ。
渡辺傘下の企業でさえも、下部の下部にまで視線を落とせば、これら海外犯罪組織の買収・脅迫活動により、
既に食い物にされたものが何社も見受けられる。
ムズリーマ行の少し前に、業を煮やした渡辺によって、ロイヤルハントを導入しての「氷の旅団壊滅作戦」が指揮されたが、
それさえもニホン軍の過去の汚点を盾に回避されてしまった。
実際、その痛手はかなり大きかったと言えよう。

今の所、ラウンジ区を中心に根を張った「氷の旅団」と、ニーソク区に根を張った「陣龍」が、
ニューソク区を干渉地帯にして睨み合っており、これからどう転ぶのかは未だに判然とはしない。
いっそのこと、この二勢力が互いに食いつぶしあってくれれば、渡辺グループとしては言う所は無い。
最も、三合会とシベリアという世界規模の犯罪組織に、そのような愚鈍な采配を期待するのが間違いと言うものだろう。

企業警察を導入して一斉摘発を行おうにも、「氷の旅団」は先だっての壊滅作戦の失敗以後、
その本拠地を変えた様で、それを突き止めるにも時間が掛りすぎる。
片や陣龍はと言えば、万魔殿を中心としたニーソクの与太者達を賄賂などで上手く抱きこんでいるようで、
多少の攻撃もトカゲの尻尾切りで上手く逃げられるだけだろう。
氷の旅団にも共通して言えることだが、頭を潰さない事には決定打には至らないと言えた。

190 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:10:22 ID:WbucYHaY0
从'ー'从「頭を潰す……」

強化ガラスの向うに広がる悪徳の街を見下ろしていたワタナベの顔が、何かを思いついたかのように上向く。
すぐさま情報端末の方へと取って返すと、アドレスリストを開いて定型文からメールをこしらえて送信した。

(゚、゚トソン「何か、案が?」

機械らしい無感情な調子で秘書官が尋ねてくる。

从'ー'从「トソン、貴方には陣龍に出向してもらいます」

得意の嘲う様な調子を取り戻すと、ワタナベは口の端をほころばせて言った。

从'ー'从「――そこで、香主殿と共に、ヴォルフの尻尾の移送任務に当たってもらいま〜す」

満面の笑みを湛える渡辺グループCEOの顔は、苺のケーキのワンホールを前にした少女のようですらあった。
191 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:11:35 ID:WbucYHaY0

  ※ ※ ※ ※

――アサヒ・ウギタは今年で43歳になる。
結婚十年目、妻と一人娘と三人で、ニューソク区の一番安い2LDKのマンションで暮らしている。
酒と煙草はほどほど、ギャンブルには見向きもしない、いたって真面目な男だ。
中肉中背の体型に、牛乳瓶の底のような眼鏡を掛けた彼は、一見しただけでは何処にでも居る中流階層のサラリーマンにしか見えない。

(-@∀@)「こないだの父兄参観も、結局出られなくてよ……」

「で、今日の学芸会も出られない、と」

(-@∀@)「埋め合わせに今度遊園地連れて行く事になってはいるがよ……」

「そっちも潰れたりして」

(-@∀@)「馬鹿野郎!――そういうのは…止めろ。……ホント、止めてくれ」

「ハハハ、スンマセン」

輸送隊の最後尾。
ダミーの10トントレーラーの助手席に座ったアサヒは、二回りも年下の若手組員の軽薄な笑いに、顔をしかめる。
ピンクファウンデーション系列のマーケティング企業に就いていた彼は、
ピンクファウンデーションがブラウナウバイニクス社を買収した際の人員整理の煽りを受けて、二年前の四十路突入早々、職を失った。
二十年以上を務めた会社も、手を切るとなればそこには一切の慈悲も無い。
会社の為にとサムライが如き忠義で仕えてきたアサヒは、雀の涙程の退職金だけを突き付けられて、
一方的に追いだされるような形で路頭に放り出された。

192 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:12:58 ID:WbucYHaY0
あの時。
あの時だ、とアサヒはふとした瞬間などに述懐する。

あの時から、アサヒの中での価値観は一転した。
上司の嫌味に耐え、行きたくも無いキャバレーに接待と称して連行され、取引先に頭を下げて、残業、残業、また残業の繰り返し。
それでも妻子の為にと粉骨砕身してきたアサヒは、あの時、何の前触れもなく、
一瞬にして職を奪われたあの瞬間から、止まっていた時間が動き出したかのような錯覚を覚えている。

ピンクファウンデーション系列と言えば、一流とまではいかなくても株式上場企業の一端だ。
同業他社の再就職先に困る様な事は無い。
それでもアサヒは、もう二度とあのような世界に戻りたいとは思わない。
それはある種のトラウマなのかもしれない、とも思う。

(-@∀@)「そういうお前はどうなんだよ?え?アケミちゃんだっけ?」

窓外を流れる松の防砂林の刺々しい頭の群れから眼を戻して、アサヒは隣の同僚に向かって小指を立てて見せる。
二回りも年下の、アサヒにとっての“先輩”は、バツの悪そうな顔で目を逸らした。

「いやーほら、アイツはアイツで忙しいだろうし。一応、俺もたまに店に顔出したりするんすけどね」

(-@∀@)「それだってお前、陣龍の仕事とかでだろう?プライベートではどうなんだって話だよ」

「んープライベートっすかあ…無いっすねえ…特に…あ、こないだ一緒に焼き肉行ったかも」

(-@∀@)「こないだって何時だよ」

「えーと、半年前?」

193 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:14:36 ID:WbucYHaY0
(-@∀@)「馬鹿野郎、それはこないだって言わねえんだよ。
      大昔だ、大昔。そんなんじゃ、直ぐに冷められちまうぜ?」

「ウェー……。止めて下さいよ、そういうの。……マジで、止めて下さいよ」

(-@∀@)「ムハハハ!スマンスマン!」

苦虫を噛み潰したような顔でハンドルを握る同僚の背中を叩いてひとしきり笑った後。
ふと、アサヒはフロントガラスの向うに気になるものを見つけ、その目を細めた。

(-@∀@)「ん?なんだ、ありゃ?」

目の前を走る装甲トレーラーのコンテナの上に広がる、灰色の雨雲。
重金属酸性雨降りしきる、暗黒の空。
疲れ切ったウミネコの群れに混じって、ひと際大きな白い影が飛んでいた。

(-@∀@)「鳥か?……それにしたって、ありゃ随分と――」

「どうしたンスか?」

(-@∀@)「いや、アレなんだけどよ――」

欠伸を噛み殺しながら聞いてくる同僚に、答えを返そうとして、アサヒはもう一度その影があった場所へと視線を戻す。
重金属酸性雨で粘ついたフロントガラスの向うには、しかし先に彼が認めた影は見当たらなかった。

194 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:15:48 ID:WbucYHaY0
(-@∀@)「んん?おかしいな…確かにさっき――」

首を傾げてフロントガラスに首を近付けるアサピー。
前の装甲トレーラーのコンテナと灰色の雨雲の間の空に、目を凝らす。
耐えがたい程の衝撃がアサヒ達を襲ったのは、まさにその瞬間だった。

「なななななんなンスか!?」

上からの衝撃に、10トントレーラーが束の間揺れる。
タイヤが滑り、車体がかしぐ。若手組員がハンドルを慌てて切りなおす。
なんとか、横転だけは免れた。

しかし、それだけでは終わらなかった。

(;-@∀@)「ナンダ!?一体何が起こっているってんだ!?」

トレーラーのコンテナを、巨大なハンマーか何かで打つような鈍い音が断続的に響く。
コンテナ。襲撃か?
二人がその予測を頭に浮かべた瞬間、ひと際大きな打撃音の後、金属が裂ける身の毛もよだつような音が、車体全体に響き渡った。

(;-@∀@)「通信を!香主にこの事を知らせなければ!」

慌てふためきながらも、咄嗟に思い至ったアサヒがダッシュボード脇の車載無線に手を伸ばす。
しかし、その手は無線を掴むことは無かった。

195 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:16:35 ID:WbucYHaY0
(-@∀@)「――え?」

アサヒは、我が目を疑った。
これは、何だ?手か?人の手、生白い、包帯だらけの細い腕?それが、自分の肩越しに突き出して――。

(-@∀@)「――何で?」

疑問に答えるように、生白い掌が開く。
相前後、鷲の鉤爪めいて開いた掌が、アサヒの顔を掴み、後ろに引いて押しつぶした。
200 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:52:04 ID:WbucYHaY0

  ※ ※ ※ ※

――脳核通信を切ると、香主は後ろ腰のホルスターからつがいのベレッタM76を抜き取り、両の手にそれぞれ構えた。

<ヽ●∀●>「パラグライダーでの襲撃だとよ。この雨模様で、よくもフライト許可が下りたものだな?」

冗談めかして、香主は傍らのトソンに語りかける。
遠くで、金属を殴りつける鈍い音に紛れて、ひっきりなしに銃声が響いている。
後続車両の間では、既に戦いが始まっているようだった。

(゚、゚トソン「……」

ダークブラウンのスーツを召した渡辺の忠実な秘書官は、ニダーの冗談に応じる事は無い。
麻布に覆われた鉄箱の傍らにしゃがみ込んだ彼女は、揺らぐ事の無い菫色の双眸で、ジープの幌をじっと睨みつけていた。

<ヽ●∀●>「オーライ、お喋りの時間はここまでだ。真面目に勤労に取り組ませて貰うとするさ」

二丁拳銃を握ったままで、香主が降参めいて両の手を肩の高さで上げる。
直ぐ後ろの車両で、爆発音が上がった。

続けざまに、サブマシンガンの銃声が響き渡る。

「糞ったれが!なんだコイツは!何なんだこいつは!」

「死ね!死ね!死ね!死ね畜生めえええええ!」

201 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:53:03 ID:WbucYHaY0
組員達の恐慌した叫び声。
風切音。肉の弾ける湿った音。

「邪魔、邪魔、邪魔、邪魔だよ邪魔あ」

場違いな程に間の抜けた、女の声。
硝煙の臭いと、それに混じる血の臭気。重金属酸性雨の湿り気。
ひと際高く銃声が響いた後、不気味なまでの静けさが訪れた。

<ヽ●∀●>「……」

遥か後方で、トレーラーが横転して爆発する音が聞こえてきた。
ニダーは、両掌に握ったベレッタM76の感触を確かめる。
恐らくは、今ので全てのダミー車両がやられた事だろう。

<ヽ●∀●>「――舐めた真似、してくれるじゃあねえか」

混沌する脳核通信で、ニダーが唯一確認できた現状の襲撃者は一人。
一人。たった一人に、自分達の部下が、恐らくは全滅させられた。
腹の底から赤黒い炎にも似た感情がせり上がり、ニューロンを焼けつく舌先で舐める。
ニダーは、昨年の冬の事を思い出していた。

たった一人の殺し屋崩れに、陣龍そのものが地獄の釜の上でジルバを踊らされた、あの時の事を。

知らず、噛みしめていた奥歯から、ゆっくりと力を抜く。
もう終わった事だ。あの悪夢は、もう冷めたのだ。

202 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:53:44 ID:WbucYHaY0
<ヽ●∀●>「下らねえ…下らねえ茶番だ…全部な」

ジープの幌の間から、白い指が覗く。
物思いを中断すると、ニダーは両手のベレッタM76を、両腕を交差させる形にして構えた。
遠くの空で、稲光がどよもした。

203 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:55:04 ID:WbucYHaY0

  ※ ※ ※ ※

――沿岸道路を一列になって走る、装甲トレーラーとジープの群れ。
重金属酸性雨降りしきる太平洋の黒波を背景に、そのトレーラーの間を飛び石めいて跳ね渡っていく一つの影があった。

(*゚∀゚)「……」

黒革の拘束衣めいた衣装の上から、拘束ベルトと包帯を幾重にも巻きつけたその姿は、果たして人のものなのか。
プラチナブロンドヘアの左側頭部を、ピンクとブルーのメッシュのウェーブヘアに、
右側頭部をドレッド編みにしたそのネオ・ゴス・パンクの女の瞳は、黒と白が真逆になっており、一種の怪物めいた様相を呈していた。

今しも、その怪物じみた女が蹴って跳躍した10トントレーラーが、制御を失ったかのように蛇行し、
車線を外れて左の防砂林へ向かって流れていく。
バイオ植林の松の林にぶつかった車体が、壮絶な爆音と共に爆発炎上する中、
既に前のトレーラーのコンテナの上に着地していた女は、その包帯と拘束ベルトが巻きついた腕を槍のようにして構えると、
足元のコンテナの鉄板装甲に勢い良く振り下ろした。

鋼鉄と生身の拳の衝突は、しかし生身の拳の勝利だ。
泥濘を長靴で踏み抜いたかのような穴がコンテナの鉄板装甲に穿たれ、怪物じみた女はその穴の中へと滑るようにして降りていく。

「来やがった!撃て!撃て撃て撃てー!」

直後、コンテナの中で待ち構えていた陣龍の組員達が、手に手に握っていたサブマシンガンによる一斉放火を浴びせてくる。
黒のスーツで上下を固め、防弾ベストを着こんだ組員達の数は五人。
白と黒の逆になった双眸でそれらをぬらりと見渡すと、女は人形めいた仕草で首を傾げた。

204 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:56:10 ID:WbucYHaY0
(*゚∀゚)「ああ?んんん〜?」

運転席側と接するコンテナの、二つの頂点からの十字砲火。
飛んでくる銃弾の一発一発の軌道を、女は鈍化した世界の中で確かに認めた。
認めたうえで、その中へと無造作に飛びこんで行った。

「糞ったれが!なんだコイツは!何なんだこいつは!」

「死ね!死ね!死ね!死ね畜生めえええええ!」

弾幕の中に身を晒し、肉を抉られ、嬲られながらも突進してくる女に、組員達は狂乱の叫びを上げる。
違う。こいつは違う。人間じゃあ、ない。
組員達の誰もが同じ思いで引き金を引く中、刹那の疾駆で距離を詰めた女の爪先が、一人の組員の頭を文字通り砕いた。

「うわ、うわ、うわ、うわああああああ!?」

血の飛沫になったそこから、女は爪先を鎌めいて横に薙ぐ。
隣の組員の首が、壁に衝突したトマトめいて破裂し、肉塊がコンテナの壁に飛び散って赤黒い染みとなった。

(*゚∀゚)「んん――んっん〜…ああ、うんうん、まあ良いか?」

振り抜いた足を、カポエイラの型めいて宙でぶらぶらさせて、女はもう一方の隅の組員達を焦点の合わない眼で見据える。
一瞬にして二人の仲間を失った組員達は、狂乱と恐怖の中にも、目の前の怪物に対する戦闘意欲を失ってはいない。
三人のうちの二人が、マガジンを交換する中、残る一人が弾の切れたサブマシンガンを捨て、腰の特殊警棒を手に突進して来た。

205 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:58:04 ID:WbucYHaY0
「くそっ!くそっ!くそっ!くっそおおおお!」

(*゚∀゚)「あーちょっと待て。今、繋がる…ああ、もうちょっともうちょっと」

組員の決死の特攻を前に、怪物じみた女はヤク切れのジャンキーめいて口を半開きに、こめかみの辺りを自らノックするような仕草を取る。

(*゚∀゚)「…いー……ああ、うんうん…イイんじゃあないか…うん…」

「しゃっこらー!死ねやああああ!」

手負いの獣の如き形相で特殊警棒を振りかぶる組員。
電磁パルスが流れるその黒い棒身が、女の首筋に叩きつけられる瞬間。

(*゚∀゚)「よしっ、繋がったっ」

虚ろな目で虚空を見つめていた女が呟く。
同時、特殊警棒を握っていた組員の右手の手首から先が、消失していた。

「――え?」

何が起こったのか。組員が自分の右手へと視線を向けた瞬間、彼の全身を赤黒い奔流が飲み込んだ。

(*゚∀゚)「ケッ。こんなもンかよ。ま、悪くはねえか?」

組員を一瞬にして飲み込んだ赤黒いゲル状のそれは、血と肉片の散乱するコンテナの床から立ち上っている。
ぼこぼこと泡立つ、不定形の怪物染みたその奇怪な物質の登場に、組員達の中に残っていた最後の勇気が崩れ落ちた。

206 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 19:58:58 ID:WbucYHaY0
「あ、あ、ああ……!」

「うわ…うわああ…ああああ……」

マガジンの交換の済んだサブマシンガンを胸に抱いて、だらしなくその場に尻もちをついた二人の組員を、女は爬虫類の様な眼で見やる。

(*゚∀゚)「あー…終わりか?もう、終わりか?」

耳をほじりながら言う女に、組員達がえずくようにしてしゃくりあげた瞬間。
赤黒い不定形の塊が、残りの組員を包みこみ、押しつぶした。
断末魔の悲鳴すら、残らなかった。

怪物染みた女はその光景にも何ら感慨も抱かずに、屠殺場と化したコンテナの中をぐるりと睥睨する。
組員達の肉片の他には、これといって何も無いコンテナの様子に、彼女は気だるげに舌打ちした。

(*゚∀゚)「はいっ、ここも外れー」

投げやりに吐き捨て、女は先に自らが空けた穴からコンテナの外へと飛びあがる。
銃撃によって穴だらけになった血塗れの細身を、重金属酸性雨の粘つく雨粒が容赦なく叩く。
女はシャワーでも浴びるかのように、黒々とした天を仰いで眼を閉じると、束の間溜息を吐き出した。

207 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:00:26 ID:WbucYHaY0
退屈。退屈だ。
好き勝手に肉を引き裂いて、暴れまわるのは気分が良い。
気分は良いが、至極退屈だった。

ヴォルフの尻尾。それを回収するのが、ムズリーマから今に至るまでの彼女の、ツーの任務だ。
既に、トレーラーを六つは潰した。今したように、ヤクザ者達を虫でも潰すかのように嬲り殺しにしてきた。だが、その中に目当てのものは見つからなかった。
それについてはどうでもいい。至極、どうでもいいことだ。

ツーにとっては、暴れられる口実があるのならば、理由だとか目的だとかは一切関係ない。
肉を貫く感触と、血飛沫のシャワー、断末魔の叫びと、弱者の命乞いの声。
それだけが快感であり、全てにおいて優先される事だった。

パラグライダーを用いての空からの奇襲。
あれは気持ちが良かった。続く、コンテナへの襲撃。組員達の、恐怖に歪んだ断末魔。
これについても、概ね問題は無い。肉の感触は、そこそこに美味であった。

なのに満たされない。数日前からこっち、未だ喉は乾いたままだ。
原因は、はっきりとしている。

(*゚∀゚)「クソッ、下らねえ仕事だ……」

先日の件。良い所で、邪魔が入った。
極上の御馳走を前にして、目の前で犬に糞をされたような、あの顛末。
思い出すだけで、腸が煮えくりかえり、喉が渇く。

こんな事をしている場合じゃない、と本能は告げる。
原因が分かっている以上、一刻も早くこの渇きを鎮めなければならない。

208 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:01:19 ID:WbucYHaY0
遥か彼方の洋上で、遠雷が轟く。
一段と強くなった雨脚に、嵐の気配を感じながら、ツーは目の前のジープの幌を睨みつけた。

先頭の車両とも合わせて、残りは二つ。
コンテナからトレーラー運転席のルーフに飛び乗ると、右の手で屋根を貫いて中の運転手の首を手さぐりでねじ切る。
生温かい感触を掌に残しつつそのまま跳躍、ジープの尻の足場に着地し、幌に指を掛けた。

(*゚∀゚)「はい、御開帳〜」

冗談めかして言いながら、ツーは幌を開く。

<ヽ●∀●>「ガッチャ」

瞬間、その狂気染みた拘束衣のシルエットが、襤褸布のようにして斜め上方に吹き飛んだ。

209 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:02:46 ID:WbucYHaY0

  ※ ※ ※ ※

――爆音にも似た連射音が、雨に気ぶる沿岸道路に響き渡る。
ヘリのローター音めいた断続的な銃声の音源は、ジープの荷台、その中央にあった。

(゚、゚トソン「……」

棺桶めいた鉄の箱から立ち上がるようにして、その姿を晒しているのは、秒間一千発という驚異の弾幕を誇る、ワタナベ造兵廠製のガトリング機銃「W−999」。
攻撃ヘリの対地制圧用機銃を、足の間に挟んでそのグリップを握るのは、ワタナベの忠実なる秘書官、鋼鉄の処女トソンに他ならない。

ツーがジープの幌を開けるのと同時、この秘書官は鉄箱の麻布を取り払うや、即座に棺桶めいた箱の中のW−999を起動。
アイドリングもそこそこに、その驚異の弾幕を、たった一人の襲撃者に向けて解き放ったのだ。

炸裂火薬の爆炎にしか見えないマズルファイアと、そこから伸びる無数のレーザー照射めいた橙の火線が、
拘束衣が如き装束を纏ったツーのシルエットを、削岩機のようにして削っていく。
人間一人を対象とするには余剰に過ぎる集中砲火の衝撃は、化け物染みたタフネスを誇るツーをして、尚、その場に踏みとどまる事を許さない。
真正面から10トントラックに衝突されたような勢いで、ツーの細身は宙を舞い、
重金属酸性雨でドロドロに濡れたアスファルトに襤褸雑巾のようにして転がった。

(゚、゚トソン「……殲滅、完了」

抑揚のない声で呟いて、トソンはW−999のトリガーから指を離す。
規格外の連射性能から叩き出される衝撃を、二本の腕だけで御していた彼女はしかし、
スーツの襟元が僅かに乱れただけで、数秒前までガトリング機銃を扱っていたとはとても見えない。

210 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:03:43 ID:WbucYHaY0
きゅるきゅるという、力の抜けるような音と共に砲身の回転が収まるのを見ながら、
ジープの隅で立ち尽くしていたニダーは両耳を塞ぐ手を離した。

<ヽ●∀●>「ご自慢の玩具を見せびらかすのは結構だが、ぶっ放す前に一声掛けてくれると嬉しいね。
        お陰で向う三年は、音楽鑑賞を楽しめそうにない」

抗議を上げる彼の両手に握られたベレッタM76のマガジンには、未だに全弾が装填されたままだ。

<ヽ●∀●>「それとも、それがオタクの会社流のプレゼンテーションってやつか?」

ベレッタの銃口でこめかみを揉む香主を振り返り、トソンは相変わらずの平坦な声で言う。

(゚、゚トソン「……禁則事項です」

鉄面皮が如きその顔はしかし、口元に僅かな頬笑みのようなものを湛えているようでもあった。

<ヽ●∀●>「――だと思ったよ」

鋼鉄処女の微細な表情の変化に、ニダーは一瞬面食らったが、直ぐにその皺の刻まれた顔に苦笑を浮かべる。
がくん、とジープの車体が傾いたのは、まさにその時だった。

211 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:05:50 ID:WbucYHaY0
緩みかけた表情を直ぐに研ぎ澄まされた華僑のそれに転じて、ニダーはベレッタM76を構えると、
穴だらけになった幌を取り払い、後方に流れる沿岸道路を望む。
時速120キロで流れ過ぎていくアスファルトの上、50メートルの後方で、ツーの身体が引きずられるようにして転がっていた。

先の暴風雨の如き銃撃によって半ば肉の襤褸切れと化した彼女の身体、その傷口から流れ出すどす黒い血の筋が、
まるで綱のようにより合わさり伸びている。
赤黒い触手のようなそれは、ツーの全身の傷という傷からニダー達の乗るジープへと伸ばされ、
カーボン装甲に覆われた車体に、まるで蜘蛛糸めいて絡まっていた。

(*゚∀゚)「ヒャヒャヒャ…!景気が良い…これだけぶち込まれた方が、遥かに気持ちが良いネエ…!」

ミンチの半歩手前までに追い込まれても尚、壮絶な笑みを浮かべるツー。
両手を交差させて二丁の拳銃を構えるニダーは、そんな地獄の悪鬼の如き襲撃者に底知れぬ嫌悪が湧くのを感じていた。

<ヽ●∀●>「――何だありゃ。手品か何かか?」

二丁の拳銃が火を噴き、水上スキーめいて引きずられるツーの身体に、続けざまに八発の銃弾が食らいつく。
着弾の衝撃で左右にぶれたその体から血飛沫が上がるが、赤黒の軌跡はすぐさまより合わさり、新たな触手となってジープへと伸ばされた。
如何なるバイオ技術の成せる業か。狂えるこの女は、自身の身体から流れた血液を自在に操る事が出来るようだった。
香主の背中を、冷たい感触が僅かに駆け抜けた。
?

212 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:06:51 ID:WbucYHaY0
(*゚∀゚)「ヒャーハハッハア!いいね!いいねぇ!」

狂人めいて哄笑し、ツーは自身の身体から伸びる赤黒い触手の一つを握りしめる。

(*゚∀゚)「それじゃあ次はこっちの番だぁ!」

(゚、゚トソン「――!?」

W−999の銃座から立ち上がったトソンが、それを認めるや俄かに駆けた。

(*゚∀゚)「あらよっとぉ!」

細腕に力を込めて、ツーが触手を思いきり引っ張る。
両の手を手刀の形にして飛び出したトソンが、ジープの車体に絡まる触手へ、手刀の切っ先を突き出すも、間に合わない。
華奢な身からは想像もつかないツーの凄まじい膂力によって、ジープに絡まった触手がぴんと張り詰めるや、
相前後、ニダーとトソンの身体が宙を舞った。

<;ヽ●∀●>「チイッ――!?」

後方にかしぐ車体。
アスファルトに火花を散らして足を踏ん張ったツーが、綱引きの要領で触手に力を込める。
一トンはあろうジープが、タイヤを空転させながら宙を舞った。

滅茶苦茶な慣性によって、ニダーとトソンの二人は荷台から投げ出される。
豪雨となった重金属酸性雨のただ中へと放り出されたニダーは、咄嗟に受け身を取るも失敗、
アスファルトに叩きつけられ、ずた袋めいて転がった。

213 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:07:51 ID:WbucYHaY0
<;ヽ●∀●>「ガッ――アッ――!」

落下の衝撃による壮絶な痛みに香主の顔が歪む。
俯いた状態で口の端から血を流す彼の脇に、空中での姿勢制御に成功したトソンが、ジャイロバランサーの助力を借りて流麗に着地。
同時、釣り上げられたブラックバスめいて宙を舞っていたジープが、ツーの背後に落下、壮絶な轟音と共に爆発炎上した。

(*゚∀゚)「あっ、やべえ。爆発させたら不味かったか?」

背後で燃え盛るジープの車体を束の間振り返り、ツーはそのドレッドにした右側頭部を掻く。
アスファルトに突き立てて、踏ん張った彼女の足は、脛から下がミキサーに掛けられたかのようにぐちゃぐちゃになっている。
まともな人間ならば、けして意識を保っていられない満身創痍の体でありながら、その生白い顔には何の焦りも恐怖も感じられない。

ジープとの綱引きに勝った事といい、人間離れした奇業といい、ニダーはこの狂える襲撃者に対して恐怖を抱く事を禁じ得なかった。

<;ヽ●∀●>「畜生が…やってくれやがったな…化け物め…」

血痰を吐きながら、痛む身体に鞭を打ってニダーは身を起こす。
胸の鈍痛に、肋骨に罅が入った事を自覚しながら、彼はふらふらと立ち上がった。
ぶるってなんかいる場合じゃあねえ。自分を叱咤して、二丁のベレッタM76を化け物の狂った頭にポイントする。
銃口を向けられたツーの足元で、血だまりがごぼごぼと泡立ったかと思うと、
赤黒いゲル状の塊が、彼女のぐずぐずになった足に纏わりつき、その崩れた肉を整形した。

214 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:09:00 ID:WbucYHaY0
<ヽ●∀●>「随分と便利な身体してやがるじゃあねえか。ええ?
      お前さんを見世物小屋に売り飛ばしたら、幾らんなるだろうな?」

香主が立ち上がる様を、手も貸さずに眺めていたトソンが、ニダーより数歩前に進み出て、両の手を手刀の形にして構える。

(゚、゚トソン「……」

沿岸道路のアスファルトの上。

(*゚∀゚)「んああ…?」

叩きつける様な横殴りの重金属酸性雨を間に挟んだ、両陣営の距離はおおよそ200メートル弱。
コールタールの如く黒く濁った太平洋の荒波がうねり、その上の黒灰の空を、稲光がチェレンコフ光めいて瞬くように照らす。

紅蓮の炎と黒煙を噴き上げるジープの残骸を背にしたツーが、無造作な歩みで距離を詰めてくる。
狂える悪鬼の如きその周囲では、彼女の身体から未だ流れ落ちる血が、空中で渦のように逆巻き、
枝分かれ、赤黒い多頭龍めいて付き従っていた。

(*゚∀゚)「なあ、一応聞くけどよぉ…さっきのジープ、ダミーだよな?
     ヴォルフの尻尾ってのは、いっちゃん前のに乗っけてたんだろ?なあ?」

<ヽ●∀●>「さてな。トカゲの尻尾だか何だか知らんが、気になるんだったら今から追いかけて行って、確かめたらどうだ?」

215 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:10:11 ID:WbucYHaY0
銃口を向けたまま吐き捨てるように答えるニダー。
ツーはその答えに、首を傾げながら頭を掻く。

(*゚∀゚)「いや、ホントんところはどうだっていいんだ。ただ義理で聞いただけ。アタシとしちゃあさ、血が出ないモンには興味無いって言うか――」

その白と黒が真逆になった奇怪な双眸に、どろりとした殺意の光が灯った。

(*゚∀゚)「さっさと、こっからおさらばしたいって言う――かっ!」

言うな否や、ツーの身体がアスファルトの上から消失する。
刹那の後、悪鬼の鉤爪の如く右の掌を振りかぶったツーが、ニダーの正面、斜め上方から飛びかかってきた。

即座に両の手の拳銃を連射しながら、ニダーは身を左に傾け、猛禽の爪めいた急襲を回避、
そのままの勢いで雨粒を跳ね散らかしながらアスファルトを転がる。

<ヽ●∀●>「その意見にはウリも同意したい所だが――どうやらお前さんには、部下が世話になった礼をしなきゃらならんようだっ!」

跳躍からの奇襲をかわされたツーの身体は、ベレッタの弾丸を右半身に受けながらニダーの後方へ。
赤黒い血を纏わせた彼女の拳が、空を切ってアスファルトにめり込んだ。

アスファルトの上を転がりながら身を起こしたニダーは、振り返りざまに二発の弾丸を悪鬼の背中に叩きこむ。
包帯と拘束ベルトに覆われたその生白い背中に赤い花が二輪開花。
噴出した血飛沫が鋭利な棘となり、散弾めいてニダーを襲った。

216 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:11:06 ID:WbucYHaY0
<;ヽ●∀●>「糞ったれめいっ!」

咄嗟にニダーは両腕を交差させて顔面を守る。
茶色のトレンチコートに覆われた彼の身体の正面に、無数の赤黒い棘が突き刺さった。
傷自体はそこまで重い物では無い。あくまでも牽制、ニダーの動きを止めるための意味を持ったものだ。

(*゚∀゚)「ヒャヒャヒャ!綺麗な薔薇には棘があるっつうっしょ?なあおっさん!」

哄笑しながらアスファルトから拳を引き抜くと、ツーはその勢いを利用しての裏拳をニダーの脇腹に叩きこむ。
反応限界ぎりぎりの速度で繰りだされた横殴りの拳に、ニダーはそれでもギリギリで右腕を下ろしてガードを間に合わせた。

<;ヽ●∀●>「ぬうっ!?」

ネイルハンマーを叩きつけられたような衝撃がニダーの右腕から全身に伝わり、ニューロンが焼けつく様な痛みが広がる。
凄まじい衝撃はニダーの身体を軽々と吹き飛ばし、彼は錐揉み回転しながらアスファルトに転がった。

裏拳の勢いにその場で回転したツーはその場で足を撓めると跳躍。
左の手を槍めいて頭上に構え、這いつくばるニダー目掛けて急降下する。

(*゚∀゚)「先ずは一匹ぃっ!」

空を裂く、手刀の切っ先。赤黒い血塊の奔流。
寸での所でニダーは身を転がすと、死の一撃を回避した。

217 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:12:41 ID:WbucYHaY0
赤黒いゲル状になった血の塊で固めた手刀が、アスファルトを穿つ。
鋭利な切断面を晒すそこから手刀を引き抜くと、ツーは再びニダーを目掛けて振り下ろす。
再びニダーはこれを転がって避けようとするが、常人が完全に見切れる程にツーの攻撃は甘くは無い。
次が来ると分っていても尚、雷の速度で繰りだされる手刀の一撃はかわし切れない。

<;ヽ●∀●>「オブッ――!?」

トレンチコートごと、脇腹を数ミリ抉られたニダーは、血を吐きながらそれでも何とか片膝立ちまで態勢を持って行く。
しかしその時には既に、ツーは次の一撃を放っていた。

(*゚∀゚)「ちょこまかちょこまかと、小汚ぇ中年オヤジがよぉ――!」

渦を巻くようにして赤黒い血の奔流を纏わせた、左の大ぶりなフックがニダーの頭目掛けて繰りだされる。
一本の杭の周りに、無数の触手の細槍が円となって付き従う攻撃は、常識的な格闘技の攻撃範囲を逸脱した一撃。
身を捻っただけでは、本命の左拳の直撃は免れても、血の細槍の攻撃までもかわし切れない。

(*゚∀゚)「これで、くたばれよなっ!」

それでも回避する努力を怠るわけにはいかない。
一本、いや二本、三本か?最小被害を、ニューロンをフル回転させて計算しながら、ニダーは上体を捻り、痛みへの覚悟を決めた。

眼前ぎりぎりまで引き付けた、くい打ちが如き左拳が頬を掠めて通り過ぎる。
同時、その周囲に追随していた血の細槍の群れが、鎌首を擡げた蛇めいて曲がりくねり、ニダーの肩口へと三本の触手が食らいついた。

218 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:13:46 ID:WbucYHaY0
<;ヽ●∀●>「アアッ――ガグッ……!」

元はただの血液と言えども、如何な手段によるものか、その切っ先は鉄の槍のそれとなんら違う所など無い。
灼熱するかのような痛みが、ニダーの右の肩を駆け抜け、脳髄を痺れさせる。
それでもこのまま、踏み込まれるままにさせておくわけには無い。

既に腰だめに右の拳を構えて、トドメの一撃をニダーの腹に穿とうとするツー。
痛みの為に鈍くなった筋肉を叱咤して、ニダーは何とかして距離を取ろうと、アスファルトを後ろに蹴った。

追いすがる様にして、ツーの右拳が矢弾めいた動作で放たれる。
ニダーの腹を狙ったそれは、寸での所で届かない。

(;*゚∀゚)「なっ――!?」

<;ヽ●∀●>「おおおぉぉぉ!」

かわし切った。
即座に両手のベレッタを構えて、ツーの頭に銃口を向ける。
ここまでの短い戦いの経験からも、この化け物相手には頭以外を狙って撃っても意味は無い。
W−999の苛烈な弾幕ですらもすぐさま回復されるどころか、血飛沫は相手の手数を悪戯に増やして状況を悪化させるだけだった。
銃弾でこの人外を殺しせしめるには、頭を一気に砕く以外に方法は無い。
まるで、安いムービーホロの吸血鬼狩人めいた思考だな、とニダーが自嘲した時だ。

219 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:15:00 ID:WbucYHaY0
(*゚∀゚)「なーんちゃって!ヒャヒャヒャヒャ!甘ぇ!甘ぇんだよクソダボがァ!」

伸びきったツーの右腕。
そこに穿たれた無数の銃創から、赤黒い血の触手が伸びていく。
ニダーの胴体へと向かって伸び来る触手の群れは、途中でより合わさり、ねじり束ねられ、一本の太い槍を形作っていた。

後方跳躍を放ったニダーの身体は、未だ宙に浮いたまま。
身を捩ろうにも、既に意識の大半を二丁拳銃による銃撃に回していては、これに反応し切る余裕も無い。

<;ヽ●∀●>「しまっ――!?」

トリガーが引き絞られる。
赤黒の槍が迫る。
南無三。死を目前に、走馬灯を浮かべる余裕すらも無い。
雷鳴が鳴った。丸サングラスの視界が、黒に染まった。
それと同時に、耳をつんざくエグゾースト音が沿岸道路を震わせた。

<ヽ●∀●>「――!?」(゚∀゚*)

エグゾースト音。バイクの立てるけたたましいノズル排気音が、重金属酸性雨の豪雨に負けじと、戦場となった沿岸道路の上に響き渡った。
何事か。至近距離で交錯した二人はしかし、音を気に掛けて首を捻る余裕すらも無い。

未だ赤々と燃えるジープの残骸、その上。
地獄の業火めいて黒い炎の中から、飛び出してくる影がある。

それは、バイクだ。前輪、後輪共に、10トントラックのそれめいて、巨大な二つのタイヤを重ねた、規格外の大きさのバイクだ。
前輪の両側から突き出す、悪魔の角めいたホーン。後輪の両側から、二対四本で突き出す、悪魔の尾めいた排気ノズル。
黒い装甲板に覆われたその禍々しいフォルムは、悪鬼の下僕の獣めいて獰猛なシルエットを、
燃え盛る炎の中に浮かび上がらせながら、嵐の沿岸道路の上空に現れた。

220 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:26:57 ID:WbucYHaY0
地獄の業火の中から飛び出すように宙を舞ったモンスターマシンは、重金属酸性雨のカーテンを切り裂くように飛行。

一刹那の後、赤黒い槍を突き出すツーの身体を、巨大な後輪で押しつぶす様にして着地した。

(* ∀ )「――ガバッ」

有翼の悪魔めいた上空からの急降下奇襲。
飛び散る水飛沫、それに毒々しいコントラストを添える肉片の赤黒。
ツーの身体を横殴りに引き倒したモンスターマシンは、急ブレーキを掛けてドリフト旋回。
猛牛めいたターンの勢いで、後輪に巻き込んだツーの身体を振り飛ばした。

(* ∀ )「AAGRRRATH!?」

ベイゴマのように回転しながら、ツーはアスファルトの上を滑る様に吹き飛ぶ。
下ろし金が如くアスファルトに削られた彼女の身体から、スプリンクラーめいて噴き出す血飛沫。
車線から飛び出したツーは、もんどりうって防砂林の松の一本に打ちつけられ、丈の短い草むらに転がった。

低く唸る雷鳴の如きアイドリング音を響かせて、モンスターマシンがニダーの斜め前方で停止する。
何とか致命傷を免れたニダーは、抉られた脇腹を押えて立ち上がると、その地獄の獣の上に跨るライダーを見上げた。

221 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:28:13 ID:WbucYHaY0
<ヽ8w8>「……」

光化学スモッグと重金属酸性雨の嵐によって、夜中の如く暗い沿岸道路の上。
瞬きのような雷鳴によって照らされる、重金属酸性雨に濡れた漆黒の強化外骨格。
甲虫と爬虫類と地獄の悪魔をない交ぜにしたかのような、細身の節くれだって刺々しいシルエット。
髑髏のような形状のヘッドピース。その後ろから、ざんばら髪が如く垂れ下がるのは、放熱用のワイヤー型スタビライザーだろうか。
唇の無い、牙が剥き出しの口めいた顎部装甲。
その上で、昆虫の複眼めいた四つのアイカメラが、小さな金色の光を湛えて、アスファルトの上のニダーを無感情に見下ろしていた。

<ヽ●∀●>「……」

重金属酸性雨に汚れた丸サングラス越しに、ニダーもまた馬上のペイルライダーめいた漆黒の強化外骨格を睨み返す。

こいつは一体何者だ?
何故突然、この場に現れた?あの化け物を引きずり倒したっていう事は、ワタナベの増援か?
それじゃああの狂ったマシーンも、不吉な強化外骨格も、ワタナベの新作兵器ってとこか?
それとも本当に、ヨハネの黙示録が言う所の第四の騎士だとでも言うのか?

<ヽ8w8>「……」

地獄の悪鬼かはたまた死神か。
不吉なシルエットの強化外骨格は、ニダーの疑問に答える代わりに、モンスターマシンの腹を馬にそうするようにして蹴った。
圧縮空気の漏れだす音と共に、バイクの胴部から刀の柄が飛び出す。
悪魔の鉤爪めいた漆黒の籠手に包まれた右の手で刀を引き抜くと、ペイルライダーはバイクのスロットルを吹かした。

222 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:29:20 ID:WbucYHaY0
(* ∀ )「ギ…コォ……」

松の防砂林の方向。
そこから聞こえてきた、途切れ途切れのツーの言葉に、ニダーは自分の耳を疑った。

(* ∀ )「ヒャヒャ…ウヒャヒャ…こっちから逢いに行くつもりが…これは…ゴブッ――嬉しい…誤算だよぉ……」

<ヽ●∀●>「ギコ…」

ギコ。ギコだと。今、あの化け物女は、このペイルライダーをギコと呼んだのか?

(* ∀ )「ヘヘ…ヘヘヘ…今、そっちに行くから…嗚呼、畜生…こいつは久しぶりに利いた…ヘヘ…ずしんと来る…これが愛なんだねえ……」

モンスターマシンのタイヤに引きずられ、アスファルトのおろし金に掛けられたツーの身体は、既に肉塊と言っても過言ではない。
血だまりの中で自らもごぼごぼと血の泡を噴き出しながら、うわ言の様にして呟く彼女を、モンスターマシーンの上の強化外骨格が見やる。

(* ∀ )「待っててね…今…今、立つから…ゴボッ――ゲボッ…ガッ」

ツーが、血と肉塊の沼で折れまがった四肢をのたうたせる。

<ヽ●∀●>「黒狼?黒狼なのか?」

ニダーが、懐疑の眼差しで二丁拳銃を構える。

<ヽ8w8>「――」

ペイルライダーは、その場で後輪だけを滑らせて旋回、二本のホーンをツーの方向に向けると、
エグゾースト音の咆哮も大きく、アスファルトの上を駆け出した。

223 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:30:22 ID:WbucYHaY0
黒い風となってアスファルトを駆け抜ける地獄の獣。
馬上のペイルライダーは、右手の日本刀めいた振動ブレードをアスファルトに擦りつける。
アスファルトの接触で、切っ先から火花を散らす日本刀の刀身には、梵字にも似た意匠が施されており、
橙の火花に照らされたそれが赤熱するようにぼんやりと輝き始めた。

(* ∀ )「ギコォ!ギコォ!ギコォオオ!」

赤黒の斑に染まった草むらの中で、ツーが立ち上がる。
全身の肉という肉が裂け、四肢はあり得ない方向に曲がり、右の眼窩からは目玉が垂れ下がっていても尚、
彼女の狂った愉悦の叫びは止まらない。
ごぼごぼと濁った音を立てて、彼女の足元の血だまりが泡立ち、そこから立ち上った無数の触手が、
骨や内臓の剥き出しになった肉体に吸いこまれるようにして傷を塞ぎ、急ごしらえの肉体修復を開始する。

<ヽ8w8>「……」

(*゚∀メ)「ギィィイコォオオ!」

ムービーホロのゾンビのように、覚束ない足取りのツー。
地獄の猟犬の如くアスファルト疾駆するペイルライダー。

<ヽ●∀●>「黒狼…黒狼のギコなのか――?」

それを為す術も無く遠目に睨む、満身創痍のニダー。
混沌と化した、沿岸道路の上。
人外同士の影が交錯するその刹那。
ひと際大きな稲光が、黒波うねる太平洋の空を青白く照らした。

224 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:31:32 ID:WbucYHaY0

  ※ ※ ※ ※

――トーキョー摩天楼。
海外からの観光客などは、異常発達した高層建築群を指して、かつてのこの街の名前を未だに口にする。

林立する超高層ビルディングの間を、蜘蛛の巣上に張り巡らされたハイウェイ。
天空の橋めいたその上を、一台のリムジンが走っていた。

从'ー'从「うん、うん、分った。予定通りだね。まあ、そこら辺は頃合いを見て――うん。じゃあね」

通話を終えたワタナベは、受話機をシートに埋め込まれた車内端末に戻すと、
ローテーブルの上のカクテルグラスを手に取り、グラスホッパーの若草色を一口含む。
白塗りのストレッチ・リムジンのキャバレー染みた後部座席には、彼女の他にはそばかすの目立つ、若い代理秘書しか乗っていない。
ただでさえ広い車内の中で、たった一人、ワタナベのすぐ隣に腰かけた代理秘書は、
未だに少女の面影を残すそばかすだらけの顔に、誰が見ても明らかに分る緊張の色を浮かべていた。

('、`*;川「……」

从'ー'从「大丈夫?もしかして酔っちゃった?酔い止め、欲しい?」

('、`*;川「い、いえ!大丈夫、大丈夫です……」

从'ー'从「そう?限界になったら言ってね?エチケット袋はちゃんと持ってきてるから」

('、`*;川「あっはい…あっいえ…えと…あっはい……」

225 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:33:10 ID:WbucYHaY0
防弾処理を為されたミラーガラスの向うを流れ過ぎる、大陸の柱じみたビルの群れをぼんやりと眺めながら、
代理秘書、ペニサスは、自分が未だにこの女社長の隣に座っているという事が上手く飲み込めないでいた。

('、`*;川「落ちつけ…落ちつけペニサス…なんてことは無いわ…こんなのは、何でも無い事…大丈夫、貴方ならやれる……」

この春、単位をやりくりして何とか都内のトーキョー・ニューディー・カレッジを卒業したペニサスは、
サークルの先輩の伝手を頼って、渡辺グループ傘下の先物取引企業の事務員として、
晴れて新卒組として入社する事に成功した社会人一年目のひよっこだ。

ラウンジ区とニューソク区の丁度境目辺りにビルを持つ、黒井殿証券でのペニサスの主な業務は、
引っ切り無しに電話を掛けては頭を下げる社員達のボックス席の間を行ったり来たりして、お茶やコーヒーを運んで回る、実に単純な仕事だ。

入社して既に半年以上が経つが、未だに彼女は折に触れて「もしかして自分は喫茶店の代行派遣業に就職してしまったのではないか」という疑念が頭を過る事がある。

コネ就職という事で、碌な面接も無いままに入社したペニサスではあるが、
如何せん、中高大、ときて未だアルバイトも経験した事の無い彼女は、「世の中の新入社員」というものは、
最初の数年間はみなこのように、下積みから始まるのだろうと勝手に一人で納得していた。

実のところは、黒井殿証券は渡辺グループ傘下の中でも末端中の末端企業であり、
証券業界の中でも業績順で行けば、最底辺の方を行ったり来たりしている様な、
実に胡乱なものなのだが、良くも悪くも世ずれしていないペニサスには、
自社が現在、どのような状況に置かれているのかも把握してはいないのだ。

226 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:36:04 ID:WbucYHaY0
('、`*;川「大丈夫よ…何とかなる…人生何とかなる…大丈夫…私を信じて……」

そんな彼女だからこそ、突如、親会社の親会社のそのまた親会社の…と幾つものセクションをすっ飛ばして、
渡辺グループの本社ビルへの転属辞令が自分の下へ舞い込んで来た時も、何の疑念も持たずに居られた。

同僚や先輩社員達からの羨望と嫉妬の眼差しを受けながら、辞令を手にした時のペニサスは、
自分が現代のシンデレラになったような夢見心地の気分であった。

初出勤の朝は、慣れない化粧に精を出し、地下リニアの窓ガラスに映る自分を、
何度も何度も見つめてはしまらない笑みが浮かびそうになるのを、必死でこらえた。

そうして初めて入った渡辺所有のアーコロジーの受付で、彼女に言い渡されたのは、
グループCEOであるアヤカ・ワタナベの代理秘書官という、想像だにしていなかった重役なのであった。

('、`*;川「ああ、やっぱりダメだよぅ…潰れちゃうよぅ…私じゃ無理だよぅ……」

底辺企業のお茶汲みが一転、一夜明けたら超巨大多国籍型コングロマリットのCEOの秘書官(代理)だ。
自慢ではないが、ペニサスは英語どころか日本語すらも怪しい程の語学力しかない。
一体全体秘書というものが何をするのかというのが、彼女には分らない所があったが、
とてもではないが自分に務まる様なものではないというのは辛うじて理解できる。
ワタナベと共にリムジンに乗っているだけでも、そのプレッシャーに押しつぶされてしまいそうだ。

227 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:36:58 ID:WbucYHaY0
从'ー'从「ねえ、本当に大丈夫?」

柔和そうな顔を、心配の形に歪めて女総帥がペニサスの顔を覗きこんでくる。
ペニサスは慌てて俯けていた顔を上げた。

('、`*;川「あっはい!大丈夫です!全然大丈夫!元気です!はいっ!」

从'ー'从「……」

両手を振って取り繕うペニサスの顔を、ワタナベは無表情でじっと見つめる。
急に、ペニサスはそばかすだらけの顔が熱くなるのを感じた。
それを見てとってか、ワタナベは表情を和らげると、我が子を前にした母のような優しい口調で言った。

从'ー'从「そんなに、緊張することは無いんだよ?秘書って言ったって、別に何か特別な事をするわけじゃないんだから」

('、`*;川「あっはい!…はい?」

从'ー'从「ただ、私の隣に居て、私の指示を適当に聞いていてくれればそれでいいの。簡単でしょ?」

('、`*;川「はあ…それだけで、本当に良いんですか?」

得心がいかないように窺うペニサス。
ワタナベは、顎の下に人差し指を当てて小首を傾げると、ややあってそのつるりとした肌に、柔和な笑みを浮かべた。

从'ー^从「うーん、後は、私が退屈な時にお喋りに付き合うこと、かな?」

地上に舞い降りた天使のようなその笑顔に、ペニサスは心臓が高鳴るような気がした。

228 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:37:45 ID:WbucYHaY0
('、`*;川「ああ…ええ……」

从'ー'从「だから、そんなに緊張しないで?ね?」

言いながら、ワタナベは膝の上で固く握りしめられたペニサスの拳を、両手でそっと包み込むようにする。
温かいその感触に、ペニサスの胸の中でばくばくと脈打っていた心臓が、ほうっと溜息をつくように静かになった。

从'ー'从「肩の力、抜こう?」

('、`*川「はい…はい…すいません…ありがとうございます…すいません……」

瞬間、天が割れる様な轟音と共に、二人の乗るリムジンが大きく揺れた。

('、`*;川「うわ、うわうわうわわわわ!?」

もんどりうって座席から滑り落ち掛けるペニサス。
リムジンの装甲板を豪雨の如く叩く、機関銃の連射音。
急激な速度上昇。無茶な蛇行運転に揺れる車内。ロ―テーブルの上のグラスやボトルが転が跳ね、ペニサスの脛を強かに打つ。

銃声?これは銃声なの?一体、何が起こったの?一体、私はどんな目にあっているの?

静まりかけていたと思ったペニサスの心臓が、再び早鐘を打ち始めた。

229 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:39:40 ID:WbucYHaY0
('、`*;川「なななな何なんですかこれ!?てっぽう!?なんで!?え!?え!?強盗!?銀行強盗!?なんで!?」

座席から半分腰を落としながら、ペニサスは狂乱して叫ぶ。
ニューソクの中流家庭生まれの彼女は、22年間の人生の中で、幸運な事に銃声や企業間の抗争などを目にした事は無かった。
そんなものは、ニュースホロの中だけの世界だと思っていた。
自分は一生、そのような物騒な世界とは関わる事無く、畳の上で穏やかな老衰を迎えるのだと思いこんでいた。
それが今、現実となって窓の外に迫ってきている。

防弾ガラスの向う、隣接する車線の装甲車の上の銃座が、火を噴いた。
苛烈な火花に、黒塗りの防弾ガラスに蜘蛛の巣が走る。

白塗りのリムジンの後方。
環状ハイウェイの片側をびっしりと埋め尽くす様、横一列に並ぶのは、黒塗りの装甲バンや、軍用トレーラーの物々しい一群だ。
装甲バンの窓からは、手に手に機関銃や対物ライフルを握った、黒服達が頭を覗かせており、その銃口はペニサス達の乗るリムジンへと向けられている。
その黒服達の顔立ちは、まるで判で押したかのように全く同じ造形をしていた。

从'ー'从「クローン・アーミー……これは、ロマネスクさんとも付き合い方を考える必要があるかな?」

360度を一望する車載カメラからの映像を脳核ディスプレイの端に映しながら、ワタナベはポツリと呟いた。
隣では、ペニサスが狂乱した叫びを上げている。

230 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:40:34 ID:WbucYHaY0
('、`*;川「なんで!?なんで撃たれてるの!?テロリスト!?いやだ!いやだ!死にたくない!私何も悪いことしてない!いやー!」

そばかすだらけの垢ぬけない顔を、涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしたペニサス。
その両手を再び握って、ワタナベは化粧の剥げたペニサスの顔を覗きこんだ。

从'ー'从「大丈夫、大丈夫よペニサスさん。何てことは無いの。こんな銃撃ぐらいじゃ、このリムジンは爆発したりしないから」

('、;*川「――でも…でも!銀行強盗なんて…!わたし、そんな…撃たれるとか…私…!」

从'ー'从「そうだよね、こんな事になるなんて、思いもしてなかったからびっくりしたよね。
     ごめんね、でも大丈夫だからね。何も怖い事なんか無いんだよ。直ぐに、静かになるからね。あと、銀行強盗じゃないからね」

('、;*川「えうあ…ホント…ホントにですか…?」

从'ー'从「うん、うん、本当だよ。大丈夫。だから、ね?泣きやんで?可愛い顔が台無しだよ?」

(う、;*川「――あっはい……」

辛抱強い慈母のようなワタナベの囁きに、ペニサスは鼻水をすすりあげると、着なれないスーツの袖で顔を擦った。
車外では、今しも装甲トレーラーがリムジンの左隣に並び、そのコンテナをガルウィングめいて開く所だった。

231 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:41:33 ID:WbucYHaY0
舞台の幕が上がる様にして開き切ったコンテナの中には、対物アサルトライフルを構えた黒服達が、横二列になって整然と並んでいる。
揃いのスーツに、揃いのサイバーサングラス、同じ髪型に全く同じ顔かたち。
それは、ワタナベが先にこぼした通り、ブラウナウバイオニクスが世界に誇るクローニング技術の産物、クローン・アーミーだ。
ブラウナウバイオニクスをして世界規模の生化学企業に押し上げる事となった、
バイオ技術の申し子達は、一糸乱れぬ動きでアサルトライフルを構えると、一斉にそのトリガーを引いた。

交響楽団のユニゾンめいて、けたたましい銃声のハウリングが環状ハイウェイをどよもす。
一斉に発射された銃弾は、一発の誤射も無くペニサス達のリムジンのルーフと横腹に突き刺さる。

('、;*川「うわああ!いやだ!いやだ!死にたくなあああい!」

豪雨の如く装甲を叩く銃弾に、車内で再びペニサスが叫びを上げる。
しかし、リムジンの車体がそれによって何らかの被害をこうむることは無かった。

从'ー'从「だから、大丈夫だよ。このリムジンは、戦車の前面装甲よりもずっとずっと堅いんだから」

('、;*川「それって、どれくらい堅いんですか?」

从'ー'从「えーと、象さんが突進してきても大丈夫なくらいには堅いかな?」

('、`*川「象が突進してきても大丈夫……」

大昔のホログラフ映像で、象が踏んでも壊れない筆箱のCMがあったことを、ペニサスは束の間思い出す。
何となく、それだけで随分と彼女の心の中には余裕が出来た。

232 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:42:54 ID:WbucYHaY0
車外では、トレーラーのコンテナに整列したクローン・アーミー達が、
先の銃撃でも全くぶれる事の無いリムジンの走行を眺めながら、グレネードマウントに榴弾を込めている所だった。
一糸乱れぬ動きで、背広の袖から一斉に榴弾を取り出し装填したクローン・アーミー達は、再びその銃口をリムジンへと向ける。
しゅぽんっ、という乾いた射出音がハーモニーを奏で、偏差射撃の計算に基づいて一斉に放たれた榴弾が、
放物線を描いてリムジンの進路状に同時に着弾。
壮絶な轟音と爆炎が、リムジンを包んで環状ハイウェイを一瞬で火の海に変えた。

('、;*川「いやああああ!無理!無理!無理!潰れちゃう!潰れちゃうったらあ!」

爆炎と黒煙に包まれたリムジンの車内で、ペニサスが三度絶叫を上げる。
しかし、リムジンにはさしたる被害は見受けられない。黒煙が晴れた先、
榴弾の爆発で罅の入った道路を、ペニサス達を乗せた車体は変わらずにぐんぐんと進んで行く。

从'ー'从「だから大丈夫だよ。このリムジンは、戦車の前面装甲板よりもずっとずっと硬いんだから」

('、;*川「それって、どれくらい堅いんですか?」

从'ー'从「うーんと、ダイヤモンド百個分かな?」

('、`*川「ダイヤモンド百個分……」

大昔のホログラフ映像で、女優がダイヤモンドリングを前にして「ダイヤモンドは永遠の輝き」と呟くCMがあったことを、ペニサスは束の間思い出す。
永遠の輝きならば、きっと砕ける事は無いのだろう。しかもそれが百個だ。もう、何も恐れる事は無いのではないだろうか。

233 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:44:13 ID:WbucYHaY0
車外では、トレーラーのコンテナに整列したクローン・アーミー達が、榴弾の一斉投擲でも大破する事の無かったリムジンを眺めながら、
それぞれの足元においたパンツァーファウストへと持ち替えている所だった。
一糸乱れぬ動きで片膝をつき、右の肩にロケット推進式の対戦車無反動砲を担いだクローン・アーミー達は、再びその弾頭をリムジンへと向ける。
ぼしゅんっ、という音と共に無反動砲が煙を吐きだし、ロケット推進式の対戦車榴弾が、
無線誘導システムによってリムジンへと白煙の尾を引きながら迫る。

('、;*川「いやあああ!もうダメ!もうダメよおおお!こんなの無事で済むわけ無いわ!爆発しちゃううう!」

宙空を鮫の群れめいて泳いでくる榴弾から蛇行運転で逃げる車内で、ペニサスが四度目の絶叫を上げる。
後部座席と運転席を隔てる敷居の向う側では、老齢のワタナベ専属運転手が、老熟の域に入ったハンドル裁きで、
榴弾の鮫の群れを振り切ろうとしていた。
如何なリムジンと言えども、対戦車榴弾の直撃を受ければただではすまない。
老熟ドライバーが右に左にとハンドルを急確度で切る度、リムジンは尻を大きく振り、
その度ごとに榴弾の鮫達を引き離すのだが、直ぐにまた追いつかれてしまう。

('、;*川「いやだ!いやだ!いやだ!死にたくない!死にたくない!今度こそ死ぬううう!」

慣性の法則に挑むかのような無茶なハンドリングに、後部座席のペニサスとワタナベはゴロゴロと転がる。
酒瓶が割れ、グラスの中の氷が、無重力めいて車内を飛び交う。
それでもワタナベは一切その柔和な表情を崩すことなく、ローテーブルに固定されたカクテルグラスからグラスホッパーの残りを口にすると、ゆっくりと目を閉じてから開いた。

234 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:46:06 ID:WbucYHaY0
从'ー'从「それじゃあ、そろそろ私達も反撃といきましょうか」

('、;*川「――え?」

幼子の様にして泣き叫んでいたペニサスが、間の抜けた顔でワタナベを見返す。
ペニサスが見つめるワタナベの瞳の中、脳核ディスプレイの端では今しも、
彼女専用のホットラインとの通話が途切れた事を知らせる、終話アイコンが点滅していた。

老熟ドライバーが、ハンドルを右に切る。
鮫の群れを引きつれたまま、傾こうとするリムジン。
回避動作を阻むようにして、スピードを上げた装甲バンが、隣の車線に割り込んできた。
最早逃げ場は無い。

('、;*川「当たる!当たる!当たる!当たっちゃううう!」

後部の窓から後ろの様子を見ていたペニサスが、悲痛な悲鳴を上げる。
まさにその時、環状ハイウェイの左脇の空中に、天掛ける橋の下から浮き上がるようにして巨大な影が現れた。

運転席の老熟ドライバーが、アクセルを限界まで踏みつける。
瞬間的に加速したリムジンが、榴弾鮫の群れをぐんと引きなした瞬間。
巨大な影から放たれた幾筋かの火線が、榴弾鮫に次々に着弾、鮫の群れが宙空で虚しい爆炎を上げた。

235 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:48:28 ID:WbucYHaY0
('、`*;川「えっ?えっ?」

皿のように眼を大きく開けて後ろを見ていたペニサスが、更に眼を大きくする。
突如として環状ハイウェイの上空に現れた大きな影は、シャチのような胴部に斜めに突き出した二つのプロペラを持つ、ニホン軍の攻撃用ヘリ「三十四式オルカ」だ。
シャチのような胴部の腹に当たる部分からは、乗降用タラップが突き出しており、
その上に腹ばいになったスキンスーツの狙撃手が握る対物スナイパーライフルのスコープが、陽光を反射してきらりと光った。

('、`*;川「軍隊?軍隊?なんで?……助かった?」

立て続けに起こる非日常に、ペニサスの思考回路は既にオーバーフロー寸前だった。
いきなり秘書(代理)になったと思ったら、赴任初日で謎のクローン軍団の襲撃、死を覚悟した所にニホン軍の攻撃ヘリが現れて……。
自分は夢でも見ているのだろうか?
ペニサスの疑問に答えるものはしかし、誰も居ない。
隣のワタナベは、グラスホッパーを手酌で注ぎ足しながら、悠然とした笑みを浮かべているだけだ。

二つの羽持つ「三十四式オルカ」は、ペニサス達のリムジンと並走するように、
環状ハイウェイの上空を飛びながら、シャチの口の下に生えたミニガンをアイドリングさせる。
リムジンを取り囲むようにして走る装甲バンやトレーラーの中から、クローン・アーミー達はこの空泳ぐ鉄のシャチに向かって、
それぞれに対物ライフルやパンツァーファウストを構えた。

機先を制したのは、上空のオルカだった。
刹那のうちにアイドリングを済ませたミニガンの砲身から、レーザー照射のような橙色の火線が走り、
クローン・アーミー達の乗る車両を次々に爆発炎上させていく。
ペニサス達の乗るリムジンは、ヘリの対地掃射によって緩んだ包囲網を抜けて、更にその速度を上げた。

236 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:49:27 ID:WbucYHaY0
「三十四式オルカ――!ニホン軍の介入くらい、予想しておくべきでしたわ…迂闊っ――!」

銃弾降り注ぐ装甲バンの群れの中央。
鉤十字の紋章をボンネットに刻んだ装甲トレーラーのコンテナ内に作られた仮設戦略室で、その女は、車載カメラの映像をホログラフで見ながら、歯噛みする。

「このままでは、逃げ切られてしまう…そんな事になったら、お父様に合わせる顔が……そんなのはダメよ…許されませんわ…絶対に…許されませんわ――」

碁盤めいて緑のグリッドが浮かぶ戦略机に両手をついていた彼女は、戦略机を叩くと、勢いよく顔を上げた。

「ニトロブーストで少しでも目標に近づけなさい!格なる上はわたくし自ら討って出ますわ!」

革命家めいて右手を突き出す彼女の指示に、仮設戦略室内で情報端末を睨んでいたクローン・アーミー達が一斉に顔を上げて敬礼する。

「「「ハイル、ロマネスク!仰せのままに!」」」

選手宣誓めいて右の掌を開いて突き出す、ナチス式の敬礼唱和が、情報端末のエメラルド光に染まった仮設戦略室内に響き渡った。

237 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 20:50:41 ID:WbucYHaY0

 

 

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