170 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:33:58 ID:WbucYHaY0

 

           【IRON MAIDEN】

 

.

171 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:37:35 ID:WbucYHaY0

 

“Today I’m dirty

I want to be pretty

Tomorrow I know, I’m just dirt

We are the nobodies

Wanna be somebodies

When we’re dead , they’ll know just who we are”

 

……The Nobodies/Marilyn Manson

172 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:39:15 ID:WbucYHaY0

 

 

       从 ゚∀从は鋼鉄の処女のようです

         Disc11.No. of the beast

 

 

.
174 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:41:23 ID:WbucYHaY0

Prologue


――極彩色のライトをミラーボールが反射して、ダンスホールの中は赤、青、黄、緑とひっきりなしにその色彩を変ずる。
多元アンプから吐き出される、重低音の繰り返しに合わせて、サイバーテクノヒッピー達が踊り狂う様は、一種宗教染みてすら見えた。

ニーソク区三番街の地下ディスコ「ゲヘナ」。
享楽と頽廃の権化。夜毎繰り返される、サバト染みた狂乱の宴に足を運ぶのは、
埋め込み式サイバーサングラスやミラーシェードで目元を覆い隠した与太者達、サイバーヒッピーと呼ばれる人種が殆んどだ。

幾何学的なシルエットのヒッピー達の服装は、ホール内の目まぐるしく変わる毒々しい色彩にも共通するカラーコーディネートで、
そのPVC加工されたジャケットやズボンの表面を、0と1などの意味の無い英数字の緑色の羅列が、電光掲示板のように流れ過ぎていく。
およそ非自然物のカリカチュアめいたサイバーテクノヘアやボブカットの男女は、
その露出した腕や腹、背中にも衣服同様の電光掲示板めいた液晶ディスプレイをインプラントしている者が散見された。

サイバーテクノへと帰属する者達の間で共通のシンボルのようにして流行している、この「テクノタトゥー」は、
彼らサイバーテクノヒッピー達の自己表現の一種でもある。
自分の座右の銘や、リスペクトするテクノアーティストや思想家の名前などを、
緑色の電子文字にして自分の肌の上を流す事は、サイバーテクノへの帰属度を計る一種のバロメータとしても機能しているようだ。
175 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:45:57 ID:WbucYHaY0
服の上にLEDを這わせただけのものは二流。ファッションテクノだ。
自らの肌に直接ディスプレイをインプラントし、サイバーテクノと文字通り一つになる。
無論、そのような反道徳的なインプラントなどを施してしまえば、社会においては真っ当な地位につける筈も無い。
そのリスクを冒してでも、インプラントを良しとし、反社会の精神を体現する事こそが、
「サイバーテクノヒッピー」としての覚悟の表れなのだと彼等は語るのだった。

(,,゚Д゚)「――理解出来んな」

炭のように黒いトレンチコートを着こんだ、がたいの良いその男は、サイバーテクノヒッピー達の饗宴の中にあって、浮いていた。
短く刈り込まれた黒髪と、無精髭の生えた浅黒く精悍な顔立ち。
夜の闇の底で獲物を狙う狼のような鋭い眼光とも相まって、とてもカタギの人間には見えない。
首筋から覗く展開式ヘッドギアの漆黒のシルエットと、トレンチコートの下に隠された夜色の強化外骨格は、
彼が電脳時代の狩人である事を無言のうちに語っていた。

黒狼のギコ。
夜に生きる住民の中で、その名を知らない者はいない。
漆黒の強化外骨格に身を包み、日本刀めいた振動実剣を振るう、始末屋。

サイバーヒッピーの群れを掻き分けながら、ギコはダンスホールの中を確かな足取りでもって進んで行く。
無論、彼にサイバーテクノを聴く趣味は無い。ギコの眼は、サイバーヒッピー達の群れの、ある一点に注がれていた。

176 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:47:36 ID:WbucYHaY0
(,,゚Д゚)『対称の一人を捕捉した。この騒ぎの中ならやれるが』

脳核回線を開いて、ギコは依頼主に問いかける。

『タイミングについては全て君に任せるよ。荒事に関しては、僕よりも君の方が専門だろうからね』

アノニマス表示の依頼主が、ギコの視覚野の隅で合成音声を返した。

『ただ、気をつけて欲しい。彼女は君が思っているよりも遥かに手強い。くれぐれも、油断はしないように』

(,,゚Д゚)『俺に油断は無い。後にも先にもだ』

短く告げて通信を切ると、ギコは改めて今回の標的の後頭部を注視する。
プラチナブロンドの頭髪は、左側がピンクや青のメッシュを入れたウェーブ状、右側がドレッド編みにされたアシンメトリースタイル。
一見した所では、ネオ・ゴス・パンクスのようにも見えるその女が何をしたのか、ギコは知らない。だが興味はある。

普段なら、女子供は手に掛けない主義を持ち出して、依頼そのものを突っぱねる筈だったが、今回は違った。

依頼主からの事前情報と、尾行によって見えてきた標的の輪郭は、この女が、
何時も相手にしているサイバーサイコやヤクザ崩れ達とは一味も二味も違った存在である事を示している。
隙だらけに見えて、その実は涎を垂らして牙をむき出しにした狂犬の如き殺気を、薄皮一枚の下に押し隠したかのような立ち居振る舞い。
長年この稼業を続けてきたが、ギコはついぞこのような者を相手にした事は無かった。

177 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:49:00 ID:WbucYHaY0
トレンチコートの裾の下で、手首の内側の格納鞘から単分子ナイフを手の中に滑り込ませる。
久しぶりに強敵と相まみえるかもしれない、という予感めいた感覚に、ギコは暗い期待を寄せている自分が居る事に気付いた。

(,;-Д-)「……」

ゆっくりと目を閉じ、苦悩深い皺の刻まれた眉間を、ギコは左の手で揉む。
その浅黒いこめかみを、脂汗が伝っていた。
自分の思考回路は、まるでウォーモンガーのそれではないか。
ミイラ取りがミイラになる。ぞっとしない話だ。

体内のドラッグホルダーを起動し、ダウナー系のドラッグを脳髄に染み込ませる。
ダンスホールの重低音が遠くに聞こえ、幾分か冷静さが取り戻されてきた。

(,,゚Д゚)「大丈夫だ…俺は、まだ大丈夫だ……」

自分に言い聞かせるように呟くと、ギコは額の汗を拭って単分子ナイフの感触を確かめる。
テクノカットやボブカットの頭の中にあって、ピンクとブルーのメッシュが入ったドレッド・アシンメトリーのヘアスタイルは随分と浮いている。
標的を見失う心配が無い事に、幾分かのやり易さを覚えながら、ギコはその背中へとヒッピー達の群れを掻き分け近づいて行った。

トランスミュージックと、ハードコアテクノの中間の様な、ざらざらとしたサウンドがギコの耳朶を嬲る。
異常な熱気に沸いたダンスホールの中で、標的と自分の周りの時間だけが静止したかのような、妙な錯覚を覚える。
標的の、レザーボンテージスーツの開いた背中に、狙いを定める。
幾重にも巻かれた、包帯と拘束ベルトの隙間から覗く、病的なまでに白い肌。
手を伸ばせば、届く距離。何気ない動作に見せかけて、右手を動かすだけ。それだけで、一つの命を刈り取れる。

178 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:50:17 ID:WbucYHaY0
(,,゚Д゚)「……」

果たして、そんなに上手くいくものなのか?
ギコの胸中に、疑問が浮かんだ、まさにその瞬間だった。

「やあっと、来てくれた」

目の前の、拘束衣めいた衣装に包まれた背中が、ゆっくりと振り返った。

(*゚∀゚)「尾行ばっかで、全然話しかけてくれないから、待ち遠しかったんだゾ?」

血の気の無い石膏めいた輪郭の中で、白と黒の逆になった双眸が、愉悦の三日月に歪む。

(,,;゚Д゚)「――ッ!?」

不味い。ギコのニューロンが、警告のレッドアラートを鳴らした時には、既に遅かった。

(*゚∀゚)「レディを待たせるなんて――マナーがなって無いゾ?」

胸を貫く、生温かい感触。
ギコは、目を落とす。
包帯に覆われた生白い腕が、トレンチコートと、その下の強化外骨格を貫いていた。

喉元から、鮮血の奔流がせり上がってくる。
全身の力が、一瞬にして抜け切る。
そのまま倒れ込むギコの上半身を、左の手で受け止めながら、アシンメトリーヘアの病的な女は、彼の耳朶に愛おしそうな声で呟いた。

179 名前: ◆fkFC0hkKyQ:2012/08/08(水) 18:50:59 ID:WbucYHaY0

「逢いたかったよ、ギコ」

相前後、彼の意識は黒の奔流に飲み込まれていった。

戻る

inserted by FC2 system