6 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:16:12.95 ID:FghKXk7g0
track-γ

──この歳になると、“忍耐力”という言葉よりも“諦観”という方がしっくりくるな。
苛立ちは、最早我慢するものではなく 仕方のないこと と思うようになったのは、一体何時の頃からだったろう。
そんな事をぼんやりと考えながら、私は目の前で恭しく下げられた頭を見下ろしていた。

( ´W`)「──では、何時も通りの戦力バランスということで」

从'ー'从「えぇ、結構ですわ。必要事項は先程も申しました通りです。有効射程範囲と極地での耐久性、この両方が我が社の期待値に達しているかどうか……」

( ´W`)「御社のお造りになった製品です。きっと、大丈夫でしょう」
9 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:19:32.97 ID:FghKXk7g0
媚びたような笑いを真っ黒な顔に張り付け、シラヒーゲ氏はお決まりの御題目を唱える。
下らない戦争ごっこ。心底どうでもいい。

从'ー'从「では、私は別件が立て込んでおりますので、これにて失礼させていただきます。御武運を」

( ´W`)「えぇ。御武運を」

形式ばった挨拶もそこそこに踵を返すと、私は多足歩行戦車達の間を抜けて地下格納庫のシャッターをくぐった。
赤色灯に照らされた接続通路には、スパナや電子部品がそこかしこに転がっている。

秘密兵器工場。

今は、そんな代名詞が時代遅れの子供騙しとすら思えた。
11 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:24:02.54 ID:FghKXk7g0
从;'ー'从「まさか…本当に“ヴォルフの尻尾”が世に出回っているなんて……」

数日前に、ホロメールで“あの禿おやじ”がほざいていた戯れ言を思い出す。

从;'ー'从「気に入らないよね……ホント、気に入らない。これじゃまるで、あのジジイ共がホントに“預言者”みたいじゃない?」

「THUKU-YOMIの予測演算は二十年先まで誤差31%の的中率と聞き及びます。何も、おかしなことではないかと」

私の声に答えるよう、トソンが光学迷彩をとき隣に並んだ。

(゚、゚トソン「問題は、何故“彼ら”がこの土地を選んだか、ですが……」

“髑髏と骨”。センスの無い名前だ。
世の中には、つくづく私の気に入らない連中ばかりが溢れている。


12 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:28:05.58 ID:FghKXk7g0
从#'ー'从「さぁねー。あのジジイ共も、グルなんじゃないの?だとしたら、とんだ茶番だよね。ホント、ばっかみたい」

他人を駒にするのはいいが、自分が駒になるのは許せない。

だがそれよりももっと許せないのは、私が“何も知らない”というこの現状だ。

あのジジイ共に、ムズリーマに飛べと言われたから大人しく飛んだ。
飛んだと思ったら、今度はそこで“ヴォルフの尻尾”を受け取れときた。
その間に、私があのジジイ共から知らされたのは“ブツの中身”と大陸間リニアのダイヤだけ。

こんなことは今までになかった。こんなことが許されていいわけがない。
私は女王なのだ。私は何時でも“支配者”でなければならない。

14 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:30:54.19 ID:FghKXk7g0
从#'ー'从「ホンッと、気に入らない!」

拳を振り上げ、それを壁に向ける。

从#'ー'从「……」

(゜、゜トソン「……」

隣に立つ彼女のスミレ色の瞳が、私をじっと見つめていた。

从;'ー'从「あんたは…」

(゜、゜トソン「……?」

揺らがない、紫の光彩。
真っ直ぐ、ただ前を見据えるその眼差しが、あの日の“あの子”と交錯した。

从; ー 从「あん…たは……」

押し寄せてくる激情が、喉元でせめぎ合う。
爆発しそうな感情。
喫水線ぎりぎりで押し止め、拳を下ろした。

从 ー 从「あーあ、歳はとるものじゃないなぁ。どーも、感傷的になっちゃうよぉ」

俯き、何でもないことだと自分に言い聞かせる。


15 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:33:41.22 ID:FghKXk7g0
(゚、゚トソン「アヤカ様、御気分が優れないのでしたら……」

从 ー 从「…大丈夫」

(゚、゚トソン「ですが……」

从^ー'从「大丈夫だったら」

気遣わしげに差し出された腕を払いのけ、私は歩き出す。

从 ー 从「大丈夫…大丈夫だから……」

何故だか、無性に泣きたかった。

17 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:36:43.35 ID:FghKXk7g0
──クリスタルのワイングラスを傾けると、彼は至極御満悦な様子でその中身を飲み干した。
_
( ゚∀゚)「スリリー兄弟の20年ものか。やはり故郷の味は悪くない」

从 ゚∀从「……というと、貴殿の生まれはイタリアか」
  _
( ゚∀゚)「頭に“オールド”を付けるのを忘れないでくれよ。僕たちはブリチェスターの売国奴共と同列に扱われるのが甚だ我慢ならないんだ」

从 ゚∀从「失礼。浅学故の無礼を許して欲しい」
  _
( ゚∀゚)「わかってくれればいいんだ」

ジョルジュは特徴的な眉毛を歪め破顔する。
日本人という立場でガイジンを相手にするのは、やはり注意が必要なようだった。


18 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:39:58.17 ID:FghKXk7g0
日本の侵略戦争が残した爪痕は深い。
今回の目的地であるムズリーマ共和国と同じく、イタリアも最期まで日本の植民地と成り下がる事を良しとしない国民の抵抗があった国家の一つだ。
日本の技術提供と委任統治を受け入れようとした革新派と、その真逆の保守派の対立は、“長靴”を真一文字に分断。
結果、北の革新派“ブリチェスター”と南の保守派“オールドイタリア”とに国家が二分されることとなった。
確執は、最早日伊の間だけの単純な物ではなくなってしまったのだ。

从 ゚∀从「……」
  _
( ゚∀゚)「……まぁ、時代に文句を言っても始まらないでしょうよ」

なんと返していいものか。
私の迷いを見透かし、ジョルジュは つまらない話はおしまい としめくくると窓の外に視線を移した。


19 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:42:42.23 ID:FghKXk7g0
  _
( ゚∀゚)「しかし不思議だね。これはまるで水族館だ」

窓外を埋め尽くす群青色の海水。
時折通り過ぎる極彩色の塊は、熱帯魚の群だろうか。
強化プラスチックチューブの中を走る大陸間リニアからの眺めは、まさに水族館の特設コーナーそのものと言えた。
  _
( ゚∀゚)「水中を走る列車、なんてロマンチックなシチュエーションだと思わないかい?」

从 ゚∀从「常人なら、そう思うだろうな」

益の無い会話を打ち切り、私は車内を見回す。
一等客車の車両内は、我が主が見たら“悪趣味”と一刀両断に臥すような富裕層で埋まっていた。


20 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:46:02.04 ID:FghKXk7g0
天井は約三メートル。客席間の通路などは人が三人通れる程広い。
これなら襲撃があったとしても、そこそこ自由な立ち回りが出来るだろう。
一般人を計算に入れなければ、だが。
  _
( ゚∀゚)「まぁまぁ、そう殺気立たないで。優雅な“船旅”を楽しもうじゃないか」

何時の間にかわりを頼んだのか。白ワインで満たされたグラスを掲げ、優男崩れが締まらない笑みを浮かべる。
アルコールにしろニコチンにしろ、“男”という生物は何かに依存しないと生きていけないものなのだろうか。


21 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:48:37.82 ID:FghKXk7g0
私はそんな“ダメ男”を残して席を立った。
  _
( ゚∀゚)「おや、どこ行くの?」

从 ゚∀从「車内の見回りに行ってくる。あまり目立った真似はしないように」

緊張感の欠片もなく手を振る依頼人を残すと、私は広い通路を後方に進んでいく。
二等客車との間の連結部に入ると、人の目が無いことを確認。
携帯端末(ハンディターミナル)を取り出しニューロジャックに繋ぐ。

从 ゚∀从「さて、見回りといくか」

携帯端末からクラッキングコードを延ばすとファイアウォールを起動、天井の隅で動く監視カメラのニューロジャックに接続。
そのままこのリニアの統括サーバーにアクセスをかけた。


22 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:51:42.73 ID:FghKXk7g0
从 ゚∀从「……む?」

すぐさま、電脳核内にリニア内の全監視カメラの映像が送られてくる。

攻性防壁が作動する気配は無かった。

从 ゚∀从「随分と杜撰なセキュリティーだな」

肩を竦めると、ログアウトをかける。

どうやら、優雅な海の旅とは行きそうもなかった。

24 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:54:28.42 ID:FghKXk7g0
──左目に広がった車内の光景を眺めながら、私は背後を振り返る。

ξ゚呀)ξ「どうやら、目標は私達に気付いたみたいです」

口をだらしなく開け、運転席で“お昼寝中”の運転手。
その足元で、ボンベの栓に手をかけていたデレが、顔を上げた。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、それはちょうど良かったですね。私の方も今しがた、準備が整ったところですの」

ボンベの栓を開ききると彼女は立ち上がり、懐から出した注射器を首筋に突き立てる。
ボンベから伸びるチューブは私達の頭の上を通り、天井のダクトへと繋がっていた。


25 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:57:40.89 ID:FghKXk7g0
ζ(゚ー゚*ζ「それで…んっ…お姉様の方の仕掛けはどうです?」

注射針を抜きながら尋ねるデレ。

ξ゚呀)ξ「御安心を。車内のカメラは既に十分前で“時を刻む”事を止めています」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですか。では、段取り通りお姉様はここで車内の監視をお願いしますね」

相変わらずの嫌みな笑みを浮かべると、彼女は右手のグローブの感触確かめながら歩き出す。

ζ(^ー^*ζ「さ、私達のチームワーク、見せ付けてあげましょう?」

ξ゚听)ξ「……そう、ですね」

心にもないことを。
胸中で毒づきながら、私は自分に与えられた“留守番”という仕事に取りかかることにした。
?


26 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 21:59:54.08 ID:FghKXk7g0
── 一党客車へのドアをくぐると、異常なまでの静寂が私を出迎えた。

从 ゚∀从「やれやれ。遅かったか」

約二十五メートルに及ぶ客車内。見渡せど、全六列の客席に座る乗客達の中で、動く者は誰一人として居ない。
大きな商談を控えていそうなビジネスマン。バカンスを楽しみにしていたであろう、身なりのいい貴婦人。
皆が皆、一様に目を閉じ、安らかな寝息を立てていた。

バイオセンサーは、空気中に催眠ガスと思しき化学物質が多量に散布されていることを警告している。
不可解なのは、一週間置きに更新している私の最新データベースの中に、今検知されたものと該当する物質が無いということだ。

28 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:02:52.81 ID:FghKXk7g0
从 ゚∀从「未知の神経ガスか……思っていた以上に、我々の敵は大きいということか」

「大きいどころでは、ありませんよ?」

虚空から響いた声に、とっさに右手のネイルガトリングを起動。声の音源へと銃口を向けた所で、そいつが光学迷彩を解いた。

ζ(^ー^*ζ「あなた方が相手にしているのは、一つの国なんですから」

豪奢な金髪を頬の両脇で緩く巻いた顔立ち。今にも折れてしまいそうな程、華奢な体系。
過去に一度、カジノで目にした“あの女”と瓜二つな彼女は、しかし別人だろう。
深海を思わせる蒼の双眸。“あの女”は確か、オッドアイだったはずだ。


29 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:05:35.99 ID:FghKXk7g0
从 ゚∀从「貴様は……」

ζ(゚ー゚*ζ「ああ、撃たないで下さいよ。今トリガーを引いたら、あなたの写真が明日のニュースホロのトップを飾る事になりますからね」

从 ゚∀从「ああ。私としてもテレビ出演は許されていない。ウェブラジオまでならオーケー、というのが事務所の方針だ」

適当な軽口を叩きながら、彼女の右手にはめられたグローブに目を向ける。

黒いレザーのそれは、一見してただのライダーグローブ。相違点は、ハイレゾカメラで見て初めてわかる。

五指の先端から伸びた、ナノサイズの極細の糸にも似たそれは、単分子ワイヤー。
クリスタルシールドに次ぐ頑強さを持ち、光学剣並みの切れ味を誇る上に半不可視、と三拍子そろった暗器だ。


30 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:08:17.57 ID:FghKXk7g0
現存する白兵戦用兵器の中では「最強」の部類に入るだろうその凶器はしかし、常人には決して扱いこなせるような代物ではない。
素人ではナノサイズのワイヤーの動きを制御出来ず、自分をなます切りにするのがオチだ。

だが、今重要なのはその最悪の暗器の糸が、一等客室の乗客達全員の首筋に満遍なく這っているということだ。

  _
( ‐∀‐)「うぅ〜ん…いけないよ子猫ちゃん…僕の表面温度は…摂氏三百六十度なんだ…触れたら火傷…するよ…むにゃ…」

自分の命が今まさに「一本の糸の上に」乗っていることも知らず、ダメ人間二号が寝言をほざく。
意識の有る無しに関わらず、相当に“おめでたい”男だ。
つくづく私の周囲にはまともな男がいないと実感する。

ζ(^ー^*ζ「彼の体をあらためさせて貰いましたが、火傷していない私は何なのでしょうね?」

从 ゚∀从「正常な反応だ。これで火傷していたら医者にかからねばならん。頭の方のな」

ζ(^ー^*ζ「ふふっ、面白いお人形さん。御主人様に似たのかしら?」

从 ゚∀从「それは心外だな。少なくとも、私は人間に近い形をしているぞ?」

私の時間稼ぎの戯れ言が本当に可笑しかったのか。口元に手を当てて笑いを堪える彼女。

32 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:10:56.79 ID:FghKXk7g0
ζ(^ー^*ζ「ふふ…本当はもっとあなたとお話したいんですけど、私も急ぎの身ですので本題に移らせてもらいますね」

たおやかな笑みを崩さぬままにそう言うと、彼女は私に向かって左手を差し出した。

ζ(゚ー゚*ζ「申し訳有りませんが、渡して頂けますか?」

从 ゚∀从「……」

ζ(゚ー゚*ζ「我々の目的はもうご存知ですよね?先に申しました通り、彼の体をあらためさせていただいたところ、彼は所有していないようでしたので」

彼女達の目的は、無論あのジョルジュが見せた小箱だろう。
一体、あの中に何が入っているのかは分からない。
分からないが、少なくとも“ダメ人間”に持たせておくには危険な代物であることはこうして証明されたわけだ。

34 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:13:33.88 ID:FghKXk7g0
ζ(゚ー゚*ζ「それとも、私がその“お腹”を直接帝王切開して取り出した方が宜しいですか?」

从 ゚∀从「……」

さて。どうしたものか。現在の状況は最悪と言わざるを得ないだろう。

向こうの戦闘能力がどれほどのものなのかはわからない。
少なくとも、自信満々に単分子ワイヤーなどという悪夢のような凶器を持ち出してきたことから、常人の域を超えた「化け物」であることは確定だ。そこらの義体兵士を相手にするようにはいかないだろう。
未知の催眠ガスを使用して来る徹底ぶりからも、この他に予備策を講じていないとも限らない。

用意周到。

だが、そこにこそ付け入る余地が残されている。


35 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:16:05.98 ID:FghKXk7g0
从 ゚∀从「私が断った場合は?」

ζ(゚ー゚*ζ「勿論、彼等の命はありませんよ?」

从 ゚∀从「本当にそうかな?」

ζ(゚ー゚*ζ「……」

私の言葉に微かに女は眉を顰める。やはりそうか。
わざわざ新型の催眠ガスまで持ち出して乗客達を眠らせた、ということはだ。事を秘密裏に進めなけれならない理由があるということだ。
先にリニア内のセキュリティに侵入していたのも、大方、自らの痕跡を残さないように監視カメラに細工していたのだろう。
その理由がなんなのかわからないが、向こうは死人が出て事が大きくなるのを避けたい筈。


36 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:18:34.18 ID:FghKXk7g0
ζ(゚ー゚*ζ「…それなら、どうなるか、そこでご覧になっていますか?」

努めて表情を動かさず、女が答える。
なるほど。多少の流血も、場合によっては辞さないらしい。
だとすると、監視カメラには最早彼女たちの姿は映っていないということになる。
あくまで“出来る限り”事を荒立てず解決したい、ということか。

从 ゚∀从「待て、別にまだ渡さないと言ってはいない。条件次第、といったところだ」

ζ(゚ー゚*ζ「あなたが条件を提示出来るような状況だとお思いで?」

从 ゚∀从「そっちもこのことを表沙汰にはしたくないように見える。ここは一つ、お互いの利益のために交渉といこうではないか」
39 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:23:30.31 ID:FghKXk7g0
奴は一瞬その顔から表情を消すと、はっとしたようにまた優雅な笑みを浮かべる。

ζ(゚ー゚*ζ「交渉ときましたか。本当に面白いことを仰るお人形さんですね。いいでしょう。何がお望みですか?」

思った通り食いついてきた。
後は隙を見て対象の武装を解除、無力化するのが最善手なのだが……。
如何せん、向こうの単分子ワイヤーは指先の僅かな動きだけで、一瞬にして客車内の人間の首を切り落とすことが可能な代物だ。
相手との距離は十メートル強。私の人工筋肉でも、ここからではワイヤーより速く動くことは叶わないだろう。
人質を解放させないことには、動きようがない。
ここからの交渉でそれを何とかするのが問題だが、向こうも人質を安易に解放するような真似はしないだろう。
状況は、未だ拮抗していた。


40 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:26:14.22 ID:FghKXk7g0
从 ゚∀从「……私としては、箱の中身に興味はない」

ζ(゚ー゚*ζ「それなら、その箱を早く渡してくだされば、全て解決ですわ」

从 ゚∀从「私にとって重要なのは、如何にこの仕事の失敗から来る損失を補填するかだ。ここで箱を渡せば、貴様は幾らくれる?」

ζ(゚ー゚*ζ「あなたは幾ら欲しいんですか?」

从 ゚∀从「そうだな、60…と言いたいところだが、40でどうだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「いいでしょう。口座を教えてください。今、この場でお振り込みいたしますわ」

42 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:28:56.47 ID:FghKXk7g0
思った以上にすんなり承諾すると、女は左手でスーツの懐から携帯端末(ハンディターミナル)を取り出す。
私の法外な言い値をもあっさり呑むほど、この箱の中のものは彼女にとって重要なのか。
口座番号を私が伝えると、彼女はその通りにボタンを操作し、振り込み画面の表示された携帯端末を見せた。

ζ(゚ー゚*ζ「あとは私がボタンを押せば、あなたも大富豪の仲間入りです。ですが、その前に……」

从 ゚∀从「ああ、わかっているとも。今取り出す」

ワンピースの裾に手をかけ、腹部ハッチを開く。
圧縮空気の漏れる音。花弁のように三つに割れた腹部に右手を入れ、私はその箱を取り出した。

从 ゚∀从「これだろう?今、そっちに持って……」

ζ(゚ー゚*ζ「その必要はありません。こっちに投げてください」
44 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:31:54.16 ID:FghKXk7g0
こういう時、人間なら内心で舌打ちをしているところだろう。
至近距離での奇襲ならば私にも分があると思ったのだが、それを相手が警戒していないわけが無かったのだ。
状況は振り出しに戻された。
また新しい策を考えねばならないが、そんな時間は無さそうだ。

从 ゚∀从「……」

ζ(゚ー゚*ζ「さぁ、早く」

もう後は無い。ここで箱と見せかけて閃光手榴弾でも投げられれば、もう少し救いようもあったのだが、残念なことにそこまで用意しきれていない。
残された手段としては、投げた箱を相手がキャッチするその一瞬の隙をついて突進をかけるかだが、成功率は一割にも満たない。

チェックメイト。

そんな言葉が電脳核内をよぎった。
46 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:34:35.99 ID:FghKXk7g0
その瞬間だった。

从 ゚∀从「?」

視界の隅を、緑色の閃光が掠めた。
刹那。

ζ(゚ー゚*ζ「え」

女の右手が、白煙と共に爆ぜた。


47 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:37:07.15 ID:FghKXk7g0
──緑色の閃光が、左目の中で弾けた。

ζ(゚ー゚;ζ『なっ…!』

弾けるようにデレの右手が宙で弧を描く。
グローブからは、白い煙が立ち上っていた。

从 ゚∀从『しっ!』

好機と見て飛び出す鋼鉄の処女。
突然の事態に虚を突かれたデレだったが、それでも左手で右手を庇いながらその場で飛び上がった。
デレの頭上には、車外へと繋がる緊急ハッチ。
“チルドレン”の薬物強化された体はそれを突き破り、画面の中から消えた。


48 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:40:02.82 ID:FghKXk7g0
从 ゚∀从『逃がすか!』

床を蹴り、後を追う鋼鉄処女。
二人の姿が消えた車内には、何も知らずに眠りこける乗客達だけが残された。

ξ;゚呀)ξ「……」

一連の顛末を監視カメラ越しに眺めていた私は、左目の中で起きた一瞬の出来事に脳の認識が追い付かず、ただ、ただ呆然とするだけだった。

一体、あの緑色の光は何だったのか。
突然、何の前触れもなく、鋼鉄処女の背後で緑色が光ったかと思ったら、既に事は終わっていた。
客車内の天井、その四隅に設けられたカメラ全てから内部の様子を注視していたが、何が起こったのかさっぱりだ。


49 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:42:25.68 ID:FghKXk7g0
ζ(゚ー゚*ζ『お姉様、一体何が起こったのですか?』

車内映像に割り込むよう、デレの顔が脳核回線で映し出される。
表面上は何時も通りを装ってはいるが、その心中は決して穏やかでは無いだろう。

ξ;゚呀)ξ「私にも、何が起こったのか……一体あれは?」

ζ(゚ー゚*ζ『光学兵器なのは間違いありません。幸いごく低出力だったのか、私も多少手を火傷しただけで済みましたが……』

ξ;゚呀)ξ「光学兵器だとしても、カメラにはそれを放った者も、兵器も映っていません。本当に、何も無いところから突然……」


50 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:45:00.51 ID:FghKXk7g0
そう。まさに、あの光条は虚空から突然現れた。
光学迷彩を着込んだ何者かの仕業と考えるのが自然かも知れないが、客車内にはD-11を散布している。起きている人間など、居るはずがない。

ξ;゚呀)ξ「一体誰が……」

ζ(゚ー゚*ζ『私達がこのリニアに搭乗する事を知っていた。尚且つ、私達のことを詳しく知っていた』

つまり。

ζ( ー *ζ『“賊”が、いよいよ本格的に動き出したみたいですね』

重々しく呟くデレ。
このリニアの中に、私達の“もう一つの目標”が潜伏している。
背筋に、緊張が走った。


51 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:47:42.43 ID:FghKXk7g0
ζ(゚ー゚*ζ『方針変更です。お姉様は、“賊”の方を追ってください』

ξ;゚呀)ξ「了解しました」

ζ(゚ー゚*ζ『これで通信を切りますね。では、幸運を』

視覚野から消えるデレの顔。
動くものの無い客車内を睨み据え、私は背筋を伸ばす。
なんだか無性にブラッディメアリーが飲みたかった。


52 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:50:30.68 ID:FghKXk7g0
──果たして正しい判断をすることが、私には出来ただろうか。
時速650キロの風を全身で受けながら、私の戦術AIはそれに迫る速さで演算を続けていた。

从 ゚∀从「……」

謎の狙撃手の出現に、戦局は私の予想し得る範疇を超越してしまった。
ジョルジュが私の他に護衛を雇ったという話は聞かない。
受け取り先の渡辺グループも増援を送る余裕は無いと、リニアに乗る前に聞いた。

第三の勢力か。はたまた、ピンチを装った敵方の策略か。未だに私は計りかねていた。

从 ゚∀从「これは、予想以上に厄介な状況だな」

兎に角、あの狙撃手の真意がわからない以上、今はあの女をどうやって“躾るか”に集中するしかない。が。


53 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:54:39.48 ID:FghKXk7g0
从 ゚∀从「まったく…どいつもこいつも、隠れん坊が好きで困る。それともこれが今のトレンドか?」

周囲を見渡せど、あの金髪縦ロールの姿は見えない。
サーモセンサーに切り替えて見ても視認できないということは、恐らく車両の端に掴まるかして奇襲を狙っているのか。
時速650キロで走るリニアの上では動きが制限される。
最初の一撃をかわせたとして、ここで単分子ワイヤーを相手取って立ち回るのは困難なことだろう。
事態は、前例が無いほどに逼迫していた。

从 ゚∀从「出てきたらどうだ、山猫(リンクス)。一つ、ワルツでも踊ろうじゃないか」

烈風の中で声を張り上げる。
返事はない。
周囲を警戒しつつ、左手の突出式ブレードを起動した。

55 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 22:58:25.93 ID:FghKXk7g0
本来なら光学剣の一つでも欲しいところだが、税関の事を考えて持ち込むことは出来なかった。
現在の私の所持武装は、格納兵装であるネイルガトリングとこのダマスカスの刃のみ。
単分子ワイヤーを相手にするには、あまりにも心もとない。

諦めたらそこで試合終了、などとはよく言ったものだ。
主のような“人間未満”には精神論でも少しは慰めにもなるだろうが……。

――右後方で微かな異音を感知。

从 ゚∀从「そこっ!」

振り返りざま、ネイルガトリングを掃射。
視界の上方に、金色の残像。

ζ(゚ー゚*ζ「申し訳ありませんが、踊るならどうぞお一人で!」

ハイレゾカメラの解像度を限界まで引き上げる。
空中を舞う五本の軌跡を辛うじて視認した。
銀糸の曲線的な動きは、それぞれがそれぞれの死角を補うよう、私へと迫る。
四方八方、三次元的な軌道のそれは、さしずめワイヤーの檻と言ったところか。
以前、“黒狼”との戦いで相対した蛇腹剣の単純に五倍だ。


56 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 23:01:00.70 ID:FghKXk7g0
从;゚∀从「ちっ!」

車両を蹴り、後方へ跳ぶ。
銀の閃きは空を切り、直後、その繰り手がそこに降り立った。

ζ(゚ー゚*ζ「あらあら、避けられますか。最近のアイアンメイデンは凄いですね」

嬉しそうに眼を細めて笑う女の姿を、改めて見直す。
黒いスーツにスカート、ヒールの低いパンプス。
昼休み中のOLと言われれば、誰が疑うだろう。
黒いレザーグローブを刷いた右手をぶらぶらさせ、所在無げに立ち尽くす姿からも、“殺気”と呼べるものが感じられなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「ですが、残念なことにチェックメイトですよ」

にこやかな笑みを浮かべる彼女の言葉の通り、私の背後にもう足場は残っていない。
もう一度、彼女が右手を振るえば、私が逃れる場所は虚空。
跳び出した後は、地球の重力に抱かれ、リニアのレールの上へ着地。
スクラップ処理場が、私を待っている。

58 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 23:03:37.89 ID:FghKXk7g0
ζ(゚ー゚*ζ「今ならまだ間に合います。さぁ、小箱をこっちへ」

猫なで声で、女は左手を差し出す。

ζ(゚ー゚*ζ「渡してくだされば、先の取引通り60万円もお支払いしますし、あなた達のこの先の安全も保障いたします。ですから……」

前門の山猫、後門のレール。まさに崖っぷちだ。
選択肢など残されていない。私が今取るべき行動は一つ。

从 ゚∀从「わかった。降参だ。負けを認めよう」

一度腹部ハッチ内にしまった小箱を取り出すと、高く掲げ。

从 ∀从「……だから、最後ぐらいは自分で始末を」

後ろへ跳んだ。
60 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 23:09:20.99 ID:FghKXk7g0
――左目に映し出された車内映像に、全神経を集中させる。
動くもの無き客車内。塵芥の動きすら見逃さないよう、目を走らせていた。

ξ゚呀)ξ「……」

車両の数は一等から三等までの客車がそれぞれ二両ずつで六。
食堂車、運転室、貨物室を合わせて全部で九つの車両からなる。
一等客車は先頭の運転室と繋がっており、扉一枚隔てた先に件の襲撃者が居ることになるのだが……。

ξ;゚呀)ξ「一体、何処に隠れてるっていうのよ……」

先のクラッキングでこのカメラは、鉄道管理会社のセキュリティサーバーには「ある一定時間の映像だけ」を送信するように細工しておいた。

だが、それはあくまで鉄道管理会社のサーバーだけ。

私が見ているのは、リアルタイムの映像のはず。
一等客車内のカメラから送られてくる映像には、寝静まった乗客達の間抜け面が映っているだけだ。
62 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 23:12:09.30 ID:FghKXk7g0
“賊”は既にこの客車内に「乗客」として乗り込んでおり、デレ達の戦闘に割り込むタイミングを計っていたと考えるのが自然か。
私は携帯端末を取り出すと、没入(ジャックイン)の準備を始める。
乗客の中に不審な経歴を持つ人物がいないかどうか、乗客リストを洗ってみる必要があった。

ξ゚呀)ξ「待ってなさいよ…二秒で突き止めてやるわ」

“ホルス・アイズ”にケーブルを繋いだまま、首筋の方のニューロジャックにケーブルを挿入するとダイブを開始。
車内映像を左目に、エメラルドのグリッドを右目に見て電子の海を泳ぐ。
セキュリティサーバーにアクセスし、そこから一刹那のうちに乗客リストまで跳んだ。

ξ゚呀)ξ「五百人…か。結構乗ってるわね」

延々と連なるアルファベットの列。
ここから一人一人の経歴を調べていくのは、かなり骨が折れるだろう。

64 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 23:14:37.23 ID:FghKXk7g0
ξ゚呀)ξ「まぁ、根性だけは誰にも負けない自信、ありますから」

自分にカツを入れるべく、一人呟く。
クラッキングAIを五つ起動。
AIそれぞれに乗客の市民IDを解析させ、上がってくる結果を待った。

右目の中で五つのサブブラウザが立ち上がり、それぞれの中で幾千の英数字が目まぐるしく疾走する。
やがて、AI達がIDの解析結果である“住民票”を次々と表示し始めた。
右目でその一つ一つへ目を走らせながら、左目で車内映像に気を配る。
まるでカメレオンだな、と自嘲の笑みが口元を引きつらせた。

ξ゚呀)ξ「アイッザック・アルトマンン…アクセル・シーバー……」

国籍、人種、宗教etc……種々雑多、色とりどりの経歴の数々。
人類図鑑とも思える程のレパートリーの“履歴書”を斜め読みしていく。
アイリッシュ系、ヒスパニック系、ユダヤ系、アジア系。上下する右目、左右する左目。

右目の動きを止めたのは、「グスタフ・マンソン」という出鱈目な名前のカナダ人男性の履歴書だった。


65 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 23:17:12.21 ID:FghKXk7g0
……2127年12月27日、カナダのトロント生まれ。
三歳の頃より一家はアメリカのデトロイトに移り住み、以後ハイスクールを出るまでマンソンはここで育つ。
一度の浪人の末、ミネソタ大学経済学部に入学、学力は中の上。
大学院には進まず、卒業後はニューヨークタイムズに入社、経済部を志望するも社会部に配属されていた。
ここまでで不審な点は無い。
あえて上げるなら、その国籍ごちゃまぜの名前ぐらいか。

私の目を引いたのは、彼の顔写真。

青い目にくすんだ金髪、狭い額を持った魚のようなその顔に、見覚えがあった。
ちょっとした自慢だが、私は仕事関係で会った人間の顔は忘れないという自信がある。

それが、“標的”であれば尚更だ。

ξ゚呀)ξ「……ビンゴ」

私の記憶が正しければ、この写真の男の名前は「チャールズ・ゲイン」。
ピンクファウンデーションの対外交渉部門の取締役員で、二年前に私のベレッタが吐き出したホローポイントをその額にめり込ませて鬼籍に入ったはずだ。

彼の母校である“筈”のミネソタ大学の卒業者名簿へとアクセス、クラックをかけてリストをざっと眺める。
思った通り、「グスタフ・マンソン」の名前は何処にも無かった。


66 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 23:20:26.31 ID:FghKXk7g0
ξ゚呀)ξ「甘いわね。化けるなら、もっと上手くやらなきゃ」

間違いない。この「グスタフ・マンソン」こそが件の“賊”だ。
あの不可視の一撃がどんな仕掛けなのかはわからないが、それも座席番号を見れば問題にならない。

ξ゚呀)ξ「座席番号は……」

氏名の横に並んだ四ケタの数字と、左目の映像を見比べる。

スライドしていく視線の先には、空になった革の座席。

ξ;゚呀)ξ「そんな!誰も動いた筈…!」

叫ぶと同時、左目が突然熱を帯び始める。
脳髄を駆け抜ける悪寒に慌ててログアウトをかけた矢先、左目いっぱいにモノクロの頭蓋骨が大写しになった。

(ヽ●m●)『Time out!Time out!Game over!Game over!』

黒く虚ろな口蓋を目いっぱいに上下させ哄笑する髑髏。
ゴシック体の「10」がそれの上に重なるように表示され、カウントダウンを始める。


67 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/13(水) 23:23:48.45 ID:FghKXk7g0
『10』

ξ;゚呀)ξ「な、な!」

『9』

ログアウトをかけるも、サーバーからの応答はない。

『8』

アボートコマンドを入力しても、エラーアナウンスが無慈悲に流れるだけ。

『7』

客車内の映像の全てに、髑髏の哄笑が浮かび始める。

『4』

カウントダウンが早口になる。

『2』

左目にノイズが走り、景色が赤く染まっていく。

『1』


87 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/14(木) 01:02:09.44 ID:GONXaq5C0
ξ;゚呀)ξ「あああぁぁぁぁぁぁあ!」

掴む左目の結線ケーブル。力を込め、脳死の覚悟と共に引き抜いた。

噴き出す血飛沫。流れる視神経。赤く染まった身。黒く塗りつぶされた左の視界。

運転室内の壁をぼんやりと見つめる。呆けたように私はその場にへたりこんでいた。
エンドルフィンの過剰分泌で、痛みは無い。

ξ;゚參)ξ「はぁ、はぁ、はぁ……」

肩を上下させ、呼吸を調え、両手で胸をかき抱く。
もう一度知覚できた現実はとても静かで、私の荒くなった呼吸の音だけが運転室内に虚ろに響いていた。

ξ;゚參)ξ「う…おぅ…あ…あぁ……」

生きている事に安堵し、ため息をつこうとして急な吐き気に襲われる。
脳髄の奥をかき回されたような、激しいめいていと灼熱感。
たまらずに胃袋の中を床にぶちまけた。


88 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/14(木) 01:04:41.44 ID:GONXaq5C0
ξ;゚參)ξ「あ…ああ…あああ!」

自らの口から吐き出された赤い液体が、この身に何があったのかを伝える。
私はあの瞬間、「脳核」をクラッキングされかけたのだ。

ξ;゚參)ξ「そんな…そんな事って……」

ウィザード級なんてものじゃない。
私達が相手にしているのは、かの“フラットライン”にも迫るほどの規格外の化け物だ。

ξ;゚參)ξ「勝てる…わけが無い……」

一体、どこの国がこんな“化け物”を送り込んできたのか。
もう光を映すことのない左目に焼きついた髑髏の哄笑。
黒く、深淵を映すあの眼孔。全てを飲み込むような、あの口蓋。

ξ;゚參)ξ「……ま…さか…そんな筈……」

最悪の想像が脳裏をよぎる。
あり得ない。
否定の言葉は、しかし、頼りない。
“彼ら”なら、やりかねない。協賛を謳っておきながら、陰では私達を出し抜こうとしていたというのか。


89 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/14(木) 01:07:38.67 ID:GONXaq5C0
だとしたら、こうしている場合ではない。

ξ;゚參)ξ「くっ…うぅ……」

ふらつく体に鞭打ち立ち上がる。
壁に立てかけておいたヴィンテージのドラグノフを掴むと、デレに脳核回線を繋いだ。

ξ;゚參)ξ「……私です。“賊”の正体が判明しました」

ゆっくりと、吐き出すようにその名を口にする。

足が、知らず震えていた。
91 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/14(木) 01:10:57.18 ID:GONXaq5C0
――足の裏から重力の感覚が消える。

ζ(゚ー゚;ζ「なっ――!」

女の虚を突かれたような間抜け面。
今頃私のボディは、仰け反る様に空中で弧を描いている事だろう。
強化プラスチックチューブの歪んだ天井の向こうには、深海のベルベットブルーが見える。
きらり、と白い燐光が一瞬閃いた。ハイレゾカメラで追うと、ホオジロザメの腹だとわかった。
我が主にも、この幻想的な光景を見せたかったものだ、とふと思う。
背後には、大深度リニアの灰色のレール。
数秒後には私はそこに落着し、クロームの車体に蹂躙されその機能を停止することだろう。

五年。

それが長かったかどうかはわからないが、色々なことがあったものだ。
あのような甲斐性無しに拾われたせいで常に動作不良の危機と隣り合わせの日々だったが、存外に悪くなかった。


92 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/14(木) 01:13:52.49 ID:GONXaq5C0
こうして過去を回想することを、人間は「走馬灯」と呼ぶ。
“ハリボテ”の私にもこのような機能がついていたとは驚きだが、今はどうでもいい。

そう、全てどうでもいい。

ζ(゚ー゚;ζ「――――――!」

女が何か叫びながら右手を振った。
単分子ワイヤーの、銀糸の如き閃き。
五本のそれが伸び、私の左足首に絡まり、上ベクトルの力が働き、私のボディを車両の上へと引き上げ、束の間その力が緩み、重力が戻り――。

从 ゚∀从「フィィィッシュ!」

宙を舞う私の体。
眼下には、山猫の強張った顔。
左手の突出式ブレードを振りかぶる。
零に近づく彼我の距離。
落下の運動力を乗せた刃を渾身の力で振り下ろした。


93 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/14(木) 01:17:51.89 ID:GONXaq5C0
ζ(゚口゚;ζ「ガッ……!」

刃は山猫の右肩口に。
肉を切る柔らかい感触は、直ぐに骨の硬質なそれへ。

まだ、止まることは許さない。

人工筋肉の稼働率を引き上げ、そのまま無理矢理に刃を――。

「――させない」

眉間に衝撃が走った、と認識した瞬間には遅かった。

从 ∀从そ「っ――」

徹甲弾だろうか。
強烈な衝撃に上体が仰け反る。
入りが浅かった刃は山猫の肩口から抜け、私はたたらを踏むようにして着地した。

95 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/14(木) 01:20:42.26 ID:GONXaq5C0
从 ゚∀从「……増援か?」

射角が甘かったのか、幸い大したダメージにはならなかった。
オートジャイロで態勢を整え、射線の方へ目を向ける。

ξ゚參)ξ「……間に合ったわね」

客車のハッチから顔とライフルを出したもう一匹の“山猫”が、そこに居た。

ζ(
;ζ「お姉様……」

目の前の“山猫”がよろめきながら後ろへと下がる。
横に並べば、その酷似点は顕著となった。
髪型、輪郭、体系、身長……凡そ身体的には同一人物と言っても過言ではない。
相違点と言えば、先ほどまで私が対峙していた女が黒いスーツを着ているのに対して、後から出てきた女――ツン、と主は言っていたか――の方が白いスーツを着ていること。

そして、その左目から、血が流れているかどうか。


96 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/14(木) 01:23:53.04 ID:GONXaq5C0
何故、彼女が負傷しているのか。
客車内で一体何があったのか。
推測するに、やはりあの狙撃者は第三勢力であったということだろう。

ξ;゚參)ξ「ここはもう引きましょう」

ツンが片割れに囁いた言葉から、それは半ば確定したようなものだった。

ζ( ー ;ζ「ですが…!」

ξ゚參)ξ「お互い、この負傷ではこれ以上の任務続行は不可能です。一度、態勢を整えることを提案します」

ツンの言葉に女は暫く悔しげにこちらを睨んでいたが、やがて不承不承頷く。
女の返答を待っていたツンは、片割れの腰に左手を回し抱き寄せると、懐から拳銃のようなものを取り出した。


97 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/14(木) 01:26:27.28 ID:GONXaq5C0
从 ゚∀从「なんだ、もう終わりか?」

肩を竦めての私の挑発に、ツンは残った右目を細める。
雪の頬を染める赤黒い血液。
壮絶なその面に浮かべた表情は、私にも言い表すことの出来ないようなものだった。

ξ 參)ξ「……」

戸惑いと、怒りと、憎しみと。
複雑に歪んだ感情を乗せて、彼女が口を開く。

ξ 參)ξ「あなたは……私が、絶対壊す」

震え声。
引かれた引き金。
拳銃のようなものから発射されたワイヤーフックが、強化プラスチックチューブの天井にめり込むと同時、彼女達の体は車両を離れ凄まじいスピードで遠ざかっていった。

99 名前: ◆fkFC0hkKyQ :2010/01/14(木) 01:30:01.64 ID:GONXaq5C0
从 ゚∀从「……はは、恨まれたものだ」

我が主と彼女の間に、過去、何があったのかはわからない。
主はその事について語りたがらないし、私も無理に聞こうとは思わない。
ただ一つ言えるのは。

从 ∀从「妬けるな。……まったく」

「感情」とは、実に難儀なものだということだ。



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