26 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:11:59.09 ID:ZnWWnohkO
track-α

──人は死ぬとき、何を思うのだろう。

残した恋人の顔だろうか。それとも先に逝った親の顔だろうか。
やり残したことを悔やむのか。満足感のうちに安らかな眠りに就く人間が、どれだけいるのだろうか。

人は死ぬと、何処へ往くのだろう。

極彩色の花々が咲き乱れる楽園へ向かうのだろうか。血と糞便にまみれた地獄へと落ちるのだろうか。
それとも、永劫なる暗闇と静寂こそが“死”なのだろうか。
30 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:14:19.29 ID:ZnWWnohkO
('A`)「思うに、死ぬってことは“大地に帰って行く”ことなんだよ」

从 ゚∀从「貴様などはその最たる例だろうな。汚染性不燃ゴミの墓場は埋め立て地と相場が決まっている」

('A`)「なんつうか、オレらの祖先って地球から生まれたわけじゃん?ほら、猿だかネズミだかみたいなやつ」

从 ゚∀从「その人類の祖先の生きた見本と、今私は話してるんだ。こんな奇跡、信じられるか?」

('A`)「オレらは、その地球へと帰って行くんだよ。生まれた場所へと、なんかモヤモヤした霧みたいになってさ」

从 ゚∀从「モヤモヤしてるのは貴様の言動だけにしてくれないか」
33 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:16:10.82 ID:ZnWWnohkO
我慢の限界だ、と言わんばかりに彼女はオレの言葉を遮ると、何時も通り感情の一欠片も見せない絶対零度の声音でこう言った。

从 ゚∀从「貴様のその下らない戯れ言を延々と垂れる癖は早いところ治せ。さもなければ何時か鉄火場の真ん中にダメ人間の蜂の巣風リゾットが出来上がる羽目になる」

感情が無ければ、暖かい声音など出せようか。
鋼鉄の処女、アイアンメイデンに温もりを期待するのがお門違いというものだ。
特A級護衛専任ガイノイドという名目上、下手に人間に似せて造られているからか、ついつい忘れる奴もたまにいるが、オレの相棒はれっきとしたガイノイド。ロボットだ。

34 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:17:39.11 ID:ZnWWnohkO
銀髪赤眼ゴスロリファッソンとくれば、嫌な現実を全力で忘れて彼女と鍵を閉めて永遠に乳くりあっていたくもなるが、それをしたら最後の誇りが崩壊するので自主規制。
自他共に認めるダメ人間だが、そこだけはストイックにいかせてもらうんで宜しく。

('A`)「職業は何でも屋。麻薬の潜入捜査代行から刺身の上にタンポポを乗せる作業までなんでもこなせる26歳。
世間の酸いも甘いも噛み分けたハードボイルド童貞だけど需要ある?」

从 ゚∀从「その台詞をその早さで言えるってことはお前それコピペだろ、っと」

('A`)「フヒヒ、サーセン」

从 ゚∀从「で、本題は?」

35 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:19:11.36 ID:ZnWWnohkO
('A`)「ようするに……」

从 ゚∀从「ようするに?」

(゚A゚)「世界って広いなぁぁぁああ!」

ひとしきり叫んだ後、オレは背後を振り返る。
視界いっぱいに広がる砂、砂、砂。
脳が拒絶反応を起こそうが、それらはオレの視覚野を崩壊させんばかりに無限とも思える尺度でそこに存在する。

ムズリーマ共和国。

アラブ圏の南あたりにあるこの糞忌々しい発展途上国は、到着三日にして既にオレの中の「二度と旅行したくない国ベスト10」を塗り替えた。

('A`)「いや、国外どころか国内旅行もろくにしたこと無いんですけどね」

从 ゚∀从「ねぇダーリン、あたしハネムーンはタヒチがいいなっ」
37 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:21:16.60 ID:ZnWWnohkO
隠すつもりの無い釣り針は無視。
最早大自然からの殺意とすら感じられる程の直射日光に、無駄だと知りつつも手団扇をする。

从 ゚∀从「しかし妙だな」

('A`)「あ?」

从 ゚∀从「昼間だというのに、随分と人通りが少なくはないか?」

荒涼たる砂漠から街中へと目を向ける。
この文明の時代にあって、白亜造りの平屋が建ち並ぶ様相は好意的に解釈するなら異国情緒満点。
あの頭パープリンな女から現地の写真を見せられた時は、オレも少なからず心が躍ったものだったが。
39 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:22:59.41 ID:ZnWWnohkO
('A`)「そりゃああーた、“世界で今一番危険な国”ですから。当然と言えば当然でしょーよ」

忘れられがちな事実だが、ムズリーマ共和国と言えば世界政府からテロ支援国家の烙印を押された紛争地帯だ。
灰の二年間以後、日本の委任統治が施行されてからこの五十年間。
この国の各地で日本の統治に反対する武装勢力が、日本企業の施設や移民街に対してテロ行為を繰り返している。
それだけ聞けばたいして珍しいことでは無い。少なくとも、四十年程前までは。

40 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:25:17.14 ID:ZnWWnohkO
日本が今日の地位を手に入れるにあたって、最も大きな貢献を果たしたのはずば抜けた技術力とそれを応用した武力にある。
そうでなければ、たった二年でユーラシア全土を屈服させることなど不可能だ。

逆に言えばそれだけ当時の日本の軍事力は凄まじかったということ。
一度武力の前に膝をついた国が、同じ手段で主権を取り戻すのは夢物語でしかない。

加えて、日本政府のやり方は上手かった。
委任統治や関税の面で鞭を振りかざす一方で、技術支援や雇用提供、生活保護などの飴を巧く与えて各国民の反発心を押さえ込んだのだ。

43 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:28:19.75 ID:ZnWWnohkO
('A`)「最も、“調教した”って言葉の方がしっくりくるがね」

ひいきするわけでは無いが、実際、日本の政治介入後は、明らかに国家として成長し豊かとなった国の方が多い。アフリカ諸国などその最たる例だ。

人間は、一度甘い汁を啜るとその味を忘れることは出来ない。
日本の統治に反発していた諸国も、時が経つにつれ蹂躙された爪痕に目を瞑り、与えられた恩恵を享受するようになっていった。

しかし、例外というものは必ず存在する。
今回の“それ”は、特に異例と言えよう。

44 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:30:11.51 ID:ZnWWnohkO
('A`)「五十年間も日本の統治に抵抗するなんて、バイタリティあるよな」

政府としてのムズリーマ共和国は、既に日本の委任統治を受け入れ、国土には渡辺グループを筆頭に日系企業が根を下ろしている。
首都圏にも移民街が設けられ、日本の“侵食”は形としては成り立っていると言えよう。

ただ一つの例外を除いて。

从 ゚∀从「ウヒッブ派というのはどのような組織なのだ?」

ここ数日の内に飽きるだけ聞いた名詞。
同じく飽きるだけ“奴”から聞かされたその知識について、オレは説明を垂れた。
48 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:36:54.87 ID:ZnWWnohkO
('A`)「ウヒッブはアラビア語で“愛する”という意味の言葉だ。それだけ聞けば何処かのボランティア団体に聞こえる。オレもそうであって欲しかったね」

从 ゚∀从「テロリスト達に礼節を期待するのが間違いであろう」

('A`)「奴らも、大昔に腐るほどいた愛国者気取りどもと根は同じだ」

从 ゚∀从「国を返せ。祖先から受け継いだ土地を解放しろ。ありふれた台詞だな」

('A`)「しぶといだけが特徴の、典型的なテロリスト。それが今この国で一番有名な組織に対する大方の見方さ。だが今は、そんなことどうでもいい」

从 ゚∀从「……と言うと」

49 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:39:12.40 ID:ZnWWnohkO
('A`)「目下のところ、相棒の声の音量をどうやったら調節出来るのかが、オレにとっての最大の悩みだな」

そこであからさまな溜め息をつくオレに、“本来の”相棒は嗜虐的な笑みを浮かべた。

从 ゚∀从「ふふん。どうやら上手くいってないようだな」

('A`)「上手くいってないっつうか…それ以前に、オレはああいう人種がだな……」

「おーい!どっくーん!どこまで行ったのさー!」

言いかけた言葉を遮るよう、人のまばらな白昼の大通りにからっとした声が響く。
照りつける日光と相俟って、それはオレの不快指数の増加に見事貢献してくれた。
51 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:41:25.21 ID:ZnWWnohkO
('A`)「あぁ…なんだろう…突然頭痛が……」

从 ゚∀从「精々、吐かないだけマシと思って仕事に精を出すことだ」

額を抑えてうずくまるオレの手の中で、携帯端末は無情な電子音を立てて通信を終える。
“本来の”相棒の姿に縋るよう、端末を握り締めるオレの耳に、乾いた砂を力強く踏みつける音が入った。

o川*゚ー゚)o「もー、食料の買い出しに何時間掛かってるの?」

('A`)「いや、ちょっと人生について色々考えちまって」

人生、諦めが肝心だと自分に言い聞かせて立ち上がる。
今回の顧客であり、“相棒”のキュート嬢は、その愛らしい頬を膨らませてオレを睨んでいた。

52 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:44:10.28 ID:ZnWWnohkO
頭の両サイドをリボンで繋いだ髪型といい、あどけなさの残る瞳と唇といい、彼女は少しばかり童顔すぎる。
程よく肉が付いていて、それでいて繊細さを失わないプロポーションと相俟って、一昔前の“ギャップ萌え”なんていう単語が彼女にはしっくりとくる。
タンクトップとホットパンツという今現在の恰好なんか、世の男性陣のハートをスナイプする為のそれだろうとオレは言ってやりたい。

o川*゚ー゚)o「で、こんなとこで油を売ってたと」

('A`)「この国でなら石油王も夢じゃないかなぁと、ね」

o川*゚ー゚)o「ふーん」

言ってやりたい、が。
54 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:47:03.28 ID:ZnWWnohkO
o川#゚ー゚)o「いいからさっさと食料買ってきなさーい!」

オレは悔しい。何でって、彼女があまりにもナチュラル過ぎるからだ。
見た目もそうなら中身も純粋な彼女は、まるで萌えアニメから抜け出てきたかのよう。
最初は確信犯的小悪魔なのかと勘ぐったが、その一挙手一投足には不思議と嫌みが無い。
笑顔の造り方、会話の間合い、その全てが計算されているようでそうじゃない。

彼女が人に好かれる運命を背負って生まれてきた、と言われればオレはそれを信じるね。
56 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:50:38.60 ID:ZnWWnohkO
('A`)「ったく…人使いの荒い女子アナだこと」

o川#゚ー゚)o「女子アナじゃなくてジャーナリスト!そこんとこ間違わないでよね!」

('A`)「あーはいはいそうでしたねお嬢様」

o川#゚ー゚)o「こっの…!」

('A`)「じゃあ僕は御要望通り食料調達にあがりますねっ、と」

彼女が振りかざした拳を避けながら、オレはカーゴパンツの裾を引き吊り飄々と歩き出す。
お昼のマドンナ、突然の独立宣言!というニュースの見出しは多くの殿方を失意のどん底に叩き落としたことだろう。
58 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:52:07.65 ID:ZnWWnohkO
('A`)「WNN(ワールドニュースネットワーク)の看板女子アナなんて言ったら人生の勝ち組だろうに……。
その地位を易々と放り投げられる君の精神構造が理解出来ないね」

o川*゚ー゚)o「……」

何の気無しに呟くオレ。
砂漠を背にした国のその端。砂漠との境界線のこの街の、大通り。
中東特有の暑苦しい民族衣装姿の人々が、道の脇に停められた車の陰から、並んで歩くオレ達を見つめている。
60 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:54:07.73 ID:ZnWWnohkO
o川*゚ー゚)o「それはさ、あなた流の詮索?」

前を向いたまま、彼女が尋ねる。
無表情を作ろうとして失敗したと言ったところか。物憂げな色を消しきれない横顔を横目に、オレは首を振る。

('A`)「オレとあんたの関係は依頼人と何でも屋。あくまでビジネスライクに」

o川*゚ー゚)o「よろしい」

満面の笑みを浮かべる彼女。
ころころ表情が変わる様は天真爛漫という言葉に相応しくて、それがオレには眩し過ぎた。

61 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:55:08.29 ID:ZnWWnohkO
o川*゚ー゚)o「私は取材に集中する。あなたは私の護衛に集中する。オーケー?」

('A`)「……」

口ではこのような事を言っていても、その実甘さを捨てきれない。
彼女の取材対象が対象なら、オレの懸念も増すと言うものだ。

('A`)「……なぁ、お客さん。これが最後のお節介だ。本当に引き返さなくていいのか?」

o川*゚ー゚)o「同じ事を何度も言わせないでよ。私とあなたは依頼人と何でも屋……」

('A`)「分かってるさ。依頼された以上、“この国”での君の身の安全はオレが何とかする」
64 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:57:47.84 ID:ZnWWnohkO
オレは汗でぐしゃぐしゃになったTシャツの襟をばたつかせて二の句を次ぐ。

('A`)「だがな、問題は日本に戻ってからだ」

乾いた唇。知らず知らずに握り締めていた拳。

('A`)「もう一度、冷静に考えてくれ。あんたがこれからしようとしている事を」

淡が喉に絡む。舌が無性に痺れる。

('A`)「いいか、渡辺グループの周りを嗅ぎ回るってのはな、“日本という国”を敵に回すのと同じってことだ」

言い終えると、胸の奥から言いようも無い虚無感が押し寄せてきた。それは、ある種の諦観とも似ていた。
66 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/11(金) 23:59:23.27 ID:ZnWWnohkO
o川*゚ -゚)o「……」

キュート嬢は、考え込むように、ただ、じっと前を向いている。砂漠を渡ってきた風が、その髪を揺らせた。

o川*^ー^)o「まぁ、なんとかなるっしょ!」
(;'A`)「は?」

o川*゚ー゚)o「幾ら渡辺グループって言ったって、結局は企業じゃない。神様じゃないんだから、なんとかなるって!」

(;'A`)「いや、確かにそうだけど……そうじゃなくてさ……」

o川*^ー^)o「どっくんってば、まだ行動も起こしてないうちから心配し過ぎだよ!そんなんだから彼女できないんだぞっ!」

(;'A`)「余計なお世話だよ!つうかどっくんて気安く呼ぶんじゃねーよ!それとも君が彼女になってくれるんか!」

o川*゚ー゚)o「あたしの恋人はお仕事でーす」

67 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/12(土) 00:00:38.73 ID:N9Y8ucwVO
紛争地帯には場違いなほど、底抜けに明るい声が木霊する。
なんとも難儀な仕事を引き受けてしまったものだ、と内心で溜め息をつく昼下がり。
お国の相棒が恋しくなるオレだった。
69 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/12(土) 00:02:13.59 ID:N9Y8ucwVO
──髪に残った水滴をタオルで搾り取りながら、私は浴室を出る。
籠もりに籠もった湯気が解放され、地上二十階のスイートルームに溢れ出した。

从'ー'从「わーたネットーわたネットー♪夢のわたネットあやかー♪」

鼻歌混じりに湯気の中を歩く。
半日分の汗を洗い落としてご機嫌な私はしかし、湯気の向こうから現れた“そいつ”の姿に眉をしかめた。

(゚、゚トソン「おやすみ中失礼します。本社の方から送られてきた書類の方お持ちしました」

バレッタで纏められた栗色の人工毛髪。
理知的な輪郭の中で無機質に光るスミレ色の双眸。
毎度毎度、この秘書官の顔は私を苛立たせる。
71 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/12(土) 00:04:50.31 ID:N9Y8ucwVO
从'ー'从「はいはぁい。後でゆっくり目を通しとくから、そこら辺に置いといてぇ」

壁からガウンを取って羽織りながら鋼鉄の処女の脇をすり抜ける。
豚革のソファー──私なりのジョークで選んだ──に身を沈め、ホロTVのスイッチを入れたところで能面が私の顔を覗き込んだ。

(゚、゚トソン「一日中歩き通しでお疲れと思いますが、緊急の案件も御座いますので」

表情も無い、感情も無いトソンのそのヴァイオレットの瞳を私は覗き返す。
任務第一、効率優先。実に有能なアイアンメイデンでいらっしゃる。流石は特A級護衛専任ガイノイド。
或いは、この無面目の頬が少しでも弛んだりしたのなら、私もこんなに苛々したりはしないのだろうか。

72 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/12(土) 00:06:18.41 ID:N9Y8ucwVO
从'3'从「分かった。分かりましたよぉ〜だ」

ホロTVのスイッチを切り、トソンの手から書類の束を引ったくる。

(゚、゚トソン「御理解頂きありがとうございます」

有り難いなどとは微塵も思っていないであろう彼女の言葉を聞き流しながら、私は書類を捲っていく。
今年度の決済報告、新規プロジェクトの企画書、監査委員会からの書状、日本政府からの勅令、etc.etc...
つまらない。どれもこれも、数字と定型文の羅列でしか無い。信じられないことだが、一昔前までの私はこの煩雑な紙屑達を捌くのが楽しくて楽しくて仕方なかった。

73 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/12(土) 00:07:59.99 ID:N9Y8ucwVO
まだ私が渡辺グループ総帥という地位に就く前のこと。
書類を捌く度、プロジェクトを成功させる度、商談を成立させる度、私の地位が上がっていく様は、ロールプレイングゲームで言うところのレベルが上がっていくのに似ていて、わくわくしたものだった。

今の私に“これ以上”は無い。

既に渡辺グループは全世界至る所に根を張り尽くし、私は黙ってハンコを押しているだけで毎日グラスホッパーを飲みながらオペラを鑑賞出来る。
時たま日本政府から回ってくる“灰色な仕事”にも、以前ほど心が踊ることは無くなった。

退屈。

そう。私がその一通の手紙に目を留めたのも、最初は“退屈しのぎ”になりそうだからだった。
75 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/12(土) 00:10:11.43 ID:N9Y8ucwVO
从'ー'从「何かしら、これ……」

電脳技術の普及しきったこの時代においても、重要事項はしばしば紙媒体での遣り取りを選ぶ事がある。
そんな“重要事項”達の中にあって、判を押されたその赤い封筒は異様な存在感を放っていた。

从'ー'从「……心当たり、ある?」

(゚、゚トソン「いえ、私のデータベースに因果関係の有りそうなファクターは見当たりません」

差出人の名前すらも無い封筒を、私は宙に翳して灯りに透かす。
うっすらと見える限り、便箋らしきもの以外には何も入っていないようだった。

76 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/12(土) 00:11:28.15 ID:N9Y8ucwVO
あーでもないこーでもないと勘ぐるのを好まない私は、それ以上躊躇ずに封を切り中身を取り出す。
出てきた粗末な藁半紙にはごく短い文が数行。
目を走らせ、意味を把握し、数瞬の逡巡の後立ち上がった。

从'ー'从「──ふぅ。どうしてこう、面倒なことばかり起きるかなぁ」

(゚、゚トソン「どうなされました?」

相変わらず無表情のまま尋ねてくる秘書に、私は苛立ち紛れに吐き捨てた。

从'ー'从「厄介事の“種”を買い取る時期がきたみたい」
79 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/12(土) 00:13:53.17 ID:N9Y8ucwVO
──所長専用の椅子に腰掛けて、私は呟く。

从 ゚∀从「……硬いな」

立ち上がって確認すれば、なるほど安物のクッションは既にぐったりとしなびている。
黄ばんだそのカバーは見るものに疲労感を感じさせ、錆び付いた椅子のフレームはそれ単体で虚脱感を体現していた。

从 ゚∀从「こんな椅子に座っているから恰好がつかないのだ」

ふんぞり返ってアダルトコミックを読みふける主人の姿を想起し、決断。

从 ゚∀从「そうだ。リフォームをしよう」

80 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/12(土) 00:15:04.90 ID:N9Y8ucwVO
今思えば、この事務所は明らかに装飾の面において重大な欠陥を抱えている。
ソファーは継ぎ接ぎだらけだし、観葉植物はドライフラワーと化しているし、壁はしみだらけだ。
こんな事務所に誰が一分一秒でも留まりたいと思うだろうか。

从 ゚∀从「ここは一つ、私が全力を出すべきではなかろうか」

心の乱れと生活環境の乱れには少なからず因果関係がある。
部屋を見違えるほど綺麗にすれば、奴の自堕落なあの性格もきっとどうにかなるに違いない。
リフォームに掛かる費用を差し引いても、実行に移すだけのメリットは充分だ。

81 : ◆fkFC0hkKyQ :2009/12/12(土) 00:17:05.60 ID:N9Y8ucwVO
从 ゚∀从「そうと決まれば善は急げ」

顔面部の人工筋肉が自然と緩む。
私の失敗は、その表情のままドアノブに手をかけたことだった。

「はいはーい、愛の伝道師が通りますよーっと」

気の抜けたような声と共に、ドアが向こうから開き。
  _
( ゚∀゚)「グーテンモルゲン、ドクオ君。あの日の約束を果たしにきましたよー」

从 ゚∀从「え」
  _
( ゚∀゚)「え」

私は、その“トラブル”と再開した。



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