◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:38:57 ID:XtdGlFus<>track-γ
――6時間のナイトパックで、しめて560円になります。
金髪のロン毛が鬱陶しい受付の兄ちゃんから伝票を受け取ると、僕達は林立するボックス席の間を縫って自分達の席を探す。
( ^ω^)「えーと、0164、0164は…と……」
常夜灯の黄緑色の光だけが照らすネットカフェの中には、マシンの低い起動音だけが響いていた。
lw´- _-ノv「ここじゃなイカ?」
コーヒーカップを片手に持ったシュール先輩が、一番隅のボックスを指差す。
プレートの文字を確認すると、僕達は靴を脱いだ。
( ^ω^)「……うーん、所詮はネカフェかお」
マットレスの上に腰を下ろし、ボックス据え置きの情報端末(ターミナル)を起動する。
容量だけは大きいから、クラッキングツールをインストールする事について問題は無いが、矢張り補助結線ケーブルが使えないのは痛かった。<>blank disc P-4. Subliminal murder track-γ
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:39:42 ID:XtdGlFus<>( ^ω^)「…まぁ、その分は腕でカバーってやつですかお」
ポケットから取り出した携帯端末(ハンディターミナル)をネカフェのそれに繋ぐと、愛用の“七つ道具”をインストールする。
容量だけを追求した旧世代のターミナルは、僕特注のクラッキングツールの読み込みにたっぷり30分かかる事を宣言した。
このまま悪戯に時間が過ぎるのを待っていても仕方が無い。
待ち時間の間にでも、先に事件現場で収集した情報を整理しよう。
視線を、端末の画面からシュール先輩に移す。
( ^ω^)「それで、さっきの話なんですけど……」
lw´^ _^ノv「イカ娘カワユスのぉwww」
つ【 |】と
百年以上も前に廃れた紙媒体の漫画を読みながら爆笑を堪える、元ピーチガーデンの頭脳がそこに居た。
( ;^ω^)「……なんでそんな古いの読んでるんですかお」
lw´^ _^ノv「“古典”の棚に置いてあったでゲソ。……うはwwwイwカwwスwwwミwwwww」
つ【 |】と<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:40:14 ID:XtdGlFus<>電脳革命によって小説や漫画がその出版場所をウェブに移した現代では、紙媒体の出版物はそうそうお目にかかる事は出来ない。
歴史的観点から見て価値のある著作が公営図書館に所蔵されているくらいだ。
一般人が紙媒体の本を読もうと思ったら、トーキョーはカンダの古書店街を訪れるか前者の図書館しか選択肢は無い。
そんなわけで、ネットカフェに置いてある漫画もデータクリスに収められたデータ読み込み型のものばかりの筈だが……。
( ^ω^)「ここの店主は中々デキるな……」
lw´^ _^ノv「触w手wwプレwwwイもいwいじゃwなイwwwカwwww」
つ【 |】と
……いやいや、そんなどうでもいい事に感動している場合じゃない。
( ^ω^)ノ【|】「はい没収」
lw´ノ;- _-ノvノ「あぁん!ちょっとくらいいいじゃなイカ!」
( ^ω^)「めっ!ちゃんと推理しなきゃお米上げませんよ!」
lw´- 3-ノv「しょーがねーなーもー」<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:40:55 ID:XtdGlFus<>駄々っ子を調伏して、僕はコートのポケットから遺体から抜いて来た釘を出す。
( ^ω^)「取りあえず、物証から検証していきましょう」
lw´- _-ノv「そんなのは鑑識の宮さんに任せればいいんだよ」
先輩の世迷言を無視して、僕は改めて釘のようなそれをよく見る。
普段僕らが目にする釘よりもサイズの大きいそれは、釘と言うよりは「細い杭」と言った方が正しいような気もした。
( ^ω^)「先輩は、これを何だと思いますかお?」
lw´- _-ノv「マジレス希望?」
( ^ω^)「マジレス希望」
lw´- _-ノv「うーむ……」
顎に指を這わせると、悩ましげにシュール先輩は唸り始める。
知識量だけは半端じゃない彼女にも、矢張り分らない事はあるのだろう。
なんて、僕が思った時だった。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:44:45 ID:XtdGlFus<>lw´- _-ノv「そう言えば、それに似たものを以前見た事があるぞ」
( ;^ω^)「マジですかお!?」
シュール先輩の言葉に、僕は思わず身を乗り出す。
僕の反応に彼女は重々しく頷いた。
lw´- _-ノv「……そう。あれは確か、私がまだ幼かった頃…私の村に、一人のヴァンパイアハンターが立ち寄ったのだが……」
( ^ω^)「うーん、これは一体何なんだお……」
lw´- _-ノv「その男は、私に……」
( ^ω^)「釘にしては太すぎるし、長すぎるし……」
lw´- _-ノv「ごめんね」
( ^ω^)「許す」
lw´- _-ノv「まぁ、見た事あるってのは本当だよ」
( ^ω^)「何処でですかお?」<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:45:19 ID:XtdGlFus<>lw´- _-ノv「万魔殿だよ。あそこ、建設途中で放棄されたビルが沢山あるだろう?そこの柱に似たようなのが刺さってるのを見た事があるよ」
( ^ω^)「建設途中のビルの柱……」
と言う事は、矢張りこれも釘の一種なのだろうか。
lw´- _-ノv「建築学は専門外だが、ビルの補強に使われる釘だか杭だかの規格が、数年前に変更されたってのはどっかで聞いたことあるなぁ」
( ^ω^)「規格変更……」
lw´- _-ノv「これがその規格変更後のモデルかもわからんね。と言うわけで、検索」
ジーンズの尻ポケットから携帯端末(ハンディターミナル)を取り出すと、ジャックインもせずにシュール先輩はそれをこちこちと操作する。
lw´- _-ノv「あったあった。やっぱりこれで間違いないわ」
向けられた液晶画面には、僕の掌の中にあるのと同じものが写っていた。
( ^ω^)「これが……」
何処かの通販サイトだろうか。画像の下に並んだ商品の紹介文には「強化タングステン製パイル」とある。
パイルと言う事は、これは釘では無く杭ということになる。<>
<削除><><削除><><削除><><削除><>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:48:23 ID:XtdGlFus<>強化タングステン製と言う事は、そこらのホームセンターに売っているものではない。
僕が見た事が無いのも当たり前だ。
( ^ω^)「つうか、このサイトは何なんですかお?」
lw´- _-ノv「S&Kの子会社で、建築業者向けの外注を行っている金属加工会社の公式サイトだが?」
( ^ω^)「金属加工会社…そこって、個人からの注文も受け付けてるんですかお?」
lw´- _-ノv「ちょい待ち」
シュール先輩はタッチパネルで画面をスクロールさせていく。
やがて彼女は顔を上げると首を振った。
lw´- _-ノv「基本的に大口の注文を受けてから大量生産して、それを直接卸すシステムだから、法人としか取引してないみたいだな」
( ^ω^)「他のサイトもチェックして、一般にも『強化タングステン製パイル』を販売している会社が無いか探してくださいお」
lw´- _-ノv「貴様、上司に向かってその口の訊き方は……」
( ^ω^)「いいから早くやれよ米ジャンキー」
lw´; _;ノv「かあさん、ブーンちゃんが最近私に冷たいとです……」<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:48:57 ID:XtdGlFus<>何だかんだ言いながらも、シュール先輩は携帯端末を高速で操作すると、ブラウザを幾つも立ち上げて、検索AIを並列で走らせる。
条件をつけての絞り込み検索はものの2秒で終わり、液晶画面に検索の結果が表示された。
( ^ω^)「0件、かお……」
強化タングステン製パイルを個人に対して販売している会社は存在しない。
正確には、公式構造体(ストラクチャ)をウェブに持っている会社の中ではということになるが、これで十分だ。
重要なのは、強化タングステン製パイルが一般人には馴染みの無い代物だということ。
( ^ω^)「犯人は、建築関係の人間の可能性が高いですお」
lw´- _-ノv「大工の源さんか」
一般人が入手し難いものをいちいち凶器に選ぶ理由が他にあるのなら別として、この見方はあながち間違っていないような気がする。
しかしそうなってくると、問題は、あの遺体の頭部を切り開いた鋭利な切り口だ。
( ^ω^)「どう見ても、あれは素人の仕事じゃなかったお……」
外科知識に長けていなければ、あそこまで切り口を綺麗に保っておく事など、出来ない筈。
刃物の切れ味だけでは、素人に真似出来るものではない。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:49:34 ID:XtdGlFus<>建築関係者なのか。
医療関係者なのか。
この場合は、恐らくだが「外科知識をなんらかの形で学んだ建築関係者」というのが正解ではないだろうか。
強化タングステン製パイルの入手経路が分らない現状では、自然とそういう方向に落ち着く。
シュール先輩は万魔殿の廃ビルで目にしたというが、あれだけの数を揃える為にダウンタウンをいちいちうろつくだろうか。
強化タングステン製パイルを絶対に使わなければならないという拘りが犯人にあるのなら別だが、一連の犯行を見る限りでは別にそこまで強化タングステン製パイルに固執している所は見受けられない。
固執しているとするなら、そう。
( ^ω^)「料理…」
脳核を摘出して、人の頭を鍋にして作られた一連の料理だ。
一回目はボルシチ、二回目は確かシチュー、そして三回目はカレー。
どれも鍋を使った料理だが、果たしてこれは何を意味しているのか。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:50:25 ID:XtdGlFus<>政府警察の見解によると、一連の事件を儀式殺人として取り扱っているらしい。
儀式殺人と言うと、この文明の時代には珍しく犯人は悪魔崇拝者だとでも言うのか。
被害者の頭骸の中に料理を作るのは、悪魔に捧げる為の供物の意味があるのか。
lw´- _-ノv「単純に腹が減ってたんじゃね?」
つ【 |】と
( ^ω^)「ねえよ。つうか漫画読んでんじゃねーよ」
理由など、考えても不毛なだけな気がする。
プロファイリングの専門家なら別として、僕達が無い知恵を絞って考えた所で、その答えは出ないだろう。
( ^ω^)「あと、今分るのは……」
事件現場の発生個所。これも、重要だ。
事件現場から犯人の潜伏先を予測するのは基本中の基本だろう。
一件目はニーソクの倉庫街。
二件目は万魔殿の廃ビル内。
三件目は先に僕達が赴いたニーソクの飲み屋街。
今のところ、三つの事件が起きたのはどれもニーソクに集中している。
単純に考えれば、犯人はニーソクに潜伏していると考えるのが妥当だ。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:53:37 ID:XtdGlFus<>( ^ω^)「潜伏先はニーソクで間違いなさそうだお……」
しかしニーソクと一口に言っても、その範囲は決して狭くは無い。
仮にニーソクを大きく二分するとしよう。
一つは駅前とその前の表参道を中心にした比較的治安の良い「上ニーソク」。
もう一つは、倉庫街以南に広がるダウンタウンを中心にした「下ニーソク」。
更にここから「上ニーソク」は住宅街や歓楽街、専門店が軒を連ねる「クル―ドネス・アヴェニュー」、などに細分化される。
ダウンタウンにしたって、工場地区や倉庫街以南に広がる「万魔殿」は渡辺のアーコロジー以上の広さがあり、その全容は僕ですら未だに把握していない。
ニーソクに潜伏していると言っても、それだけでは探しようも無いのだ。
( ^ω^)「しかし、と言うかなんというか……」
幸い、二件の事件が「下ニーソク」で起きている事から、犯人はダウンタウン、もしくはその奥深く、「万魔殿」に潜伏していると考えられる。
あくまで推測の域を出ないが、ダウンタウンに焦点を合わせて捜査していくのが今は近道だろう。
( ^ω^)「つまり……」
ダウンタウン周辺で、外科知識の有る、建築関係の人間を探せばいい、と言うのが僕の導きだした答えだ。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:55:02 ID:XtdGlFus<>( ^ω^)「さて、それじゃあ始めようか。答え合わせを……」
lw´- _-ノv「お前ちょっと罰として十回死んでこい」
僕の呟きと同時に情報端末が、“七つ道具”のインストールが終わった事を告げた。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:55:41 ID:XtdGlFus<> ※ ※ ※ ※
――夏の終わりが近かったある日。私にとって一年のうちの一番特別な一日。
その朝私が目を覚ますと、ベッドの上に見慣れぬ黒い塊が丸まっていた。
ノ从パ-゚ル「……」
眠気の抜けない頭でゆっくりと思考を巡らせて、目の前の「物体X」を観察する。
黒くて、毛むくじゃらで、もふもふしていて、日本の「モチ」のように丸い。
これは何だ?新型爆弾か?
「にゃー」
ノ从ハ;゚-゚ル「うおっ」
爆弾が鳴いた。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:56:26 ID:XtdGlFus<> ※ ※ ※ ※
――全速力で使用人棟の廊下を駆け抜けると、私はダイオードの部屋の扉にチャージをぶちかました。
ノ从ハ;゚口゚ル「大変大変大変大変大変よぉおおおおお!」
/;゚、。 /「大変なのはこっちですぅうううううう!」
上半身裸のモヤ執事(モヤシと執事のかばん語)が叫んだ。
ノ从ハ*゚-゚ル「いやん」
私は赤面した。
ノ从ハ;゚-゚ル「――ってそんなことしてる場合じゃなかった!大変なのよダイオード!」
/;゚、。 /「ええ!ええ!大変ですとも!いいから早く部屋から出てって下さぁあい!」
真っ白いシーツで胸元を隠して身をくねらせるダイオードに、私は手の中の“爆弾”を突き出す。
ノ从ハ;゚口゚ル「これを見て!」
/;゚、。 /「これっ、て……」
「にゃー」
/;゚、。 /「猫、ですよね……?」<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:56:59 ID:XtdGlFus<>私に両脇を掴まれた黒い爆弾は、私の拘束から脱しようとじたばた暴れている。
ノ从パ-゚ル「いいえ、爆弾よ」
/;゚、。 /「は…?」
ノ从パー゚ル「これは、正真正銘“幸せの爆弾”よ」
ダイオードは、可哀想な人を見る目で私から視線を逸らした。
ノ从パ-゚ル「ちょっと、何その反応」
/;゚、。 /「いえ…その…何ででしょう、少し肌寒いもので……」
_,
ノ从パ-゚ル「上を着てないからよ。ほら、よく見なさいな。この子が“幸せの爆弾”じゃなくてなんだっていうの?」
手の中の爆弾改め黒猫をダイオードに見せつける。
ちいちゃい体で精いっぱいじたばたする度、黒猫の尻尾に巻かれた赤いリボンが愛らしく揺れた。
ノ从パー゚ル「ねえ、可愛いでしょう?」
/;゚、。 /「そ、そうですね」<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:58:19 ID:XtdGlFus<>相変わらずみょうちくりんな顔をしているダイオードは無視して、腕の中の黒猫を見つめる。
まだ子猫と呼べる程に小さい彼(彼女?)は、今は諦めたように大人しくなっていた。
ノ从パ-゚ル「でも、何処から迷い込んだのかしら?見た所飼い猫みたいだし……」
戸締りは毎晩きちんとしている筈(その点はダイオードは他に類を見ない程しっかりしている)だし、昼間のうちに迷い込んでたのかしらん……などと考えていると、背後に誰かが立つ気配がした。
(`うω・´)「随分にぎやかだけど…朝からどうしたの?」
振り返ると、眠そうに目を擦るシャキンが、ナイトキャップを被ったまま戸口に立っていた。
ノ从パー゚ル「ああ、丁度いい所に!見てよシャキン!」
手の中の“黒い毛玉”を彼に突き出す。
ノ从パー゚ル「ね、あなたも可愛いと思うでしょ?」
(`・ω・´)「ああ、何処に行ったのかと思ったら」
ノ从パー゚ル「え?」
(`・ω・´)「誕生日おめでとう、お姉ちゃん」<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:58:57 ID:XtdGlFus<>にっこりとほほ笑むシャキンに、私は暫く呆けたように突っ立っていた。
ノ从パ-゚ル「えーと……」
(`・ω・´)「おめでとう」
手の中で丸まった黒猫と、シャキンの笑顔を見比べる事、約十秒。
私は、やっとその意味を知った。
ノ从ハ*゚-゚ル「もしかして、この子……」
(`・ω・´)「僕のお小遣いじゃ、高いプレゼントが買えなくて…気に入ってくれた?」
はにかみながら頭をかくシャキン。
腕の中から私を見上げてくる黒猫の瞑らな瞳。
自慢ではないが、この歳になるまで私は同年代の殿方からプレゼントをもらった事が無い。
頬が妙に熱くて、舌が上手く回らないのは、きっとそのせいに違いない。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 21:59:45 ID:XtdGlFus<>ノ从ハ*゚-゚ル「あ、ありが…とう……」
絞り出すようにそれだけ言って、私は即座に俯く。
「にゃー?」
不思議そうにこちらを見上げる子猫は、憎たらしい程に可愛かった。
「お嬢様」
ノ从ハ;゚-゚ル「ほぇっ?」
バリトンの声に顔を上げると、ワイシャツを羽織ったダイオードが至近距離から私を覗きこんでいた。
ノ从ハ;゚-゚ル「近っ!近いってば!」
/ ゚、。 /「私からも誕生日プレゼントを預かっています」
寝台の横のサイドテーブルに置かれた手紙を取り、彼は私に差し出す。
受け取って差出人を見ると、お父様からだった。
誕生日には何時も帰ってきてくれる筈のお父様から手紙が届いているという事は、今年は仕事で帰れないという事なのか。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:08:05 ID:XtdGlFus<>ノ从パ-゚ル「……そう、ありがとう」
浮き立った気持ちが少し沈む。
出来るだけ声には出ないようにしたのだけれど、矢張りトーンが少し下がってしまった。
/ ゚、。 /「……」
(`・ω・´)「……」
二人はそんな私を見て何やら頷きあうと、にこにこと笑いながら口を開いた。
/ ゚、。 /「ところでお嬢様、今日は予定のはどうなっていますか?」
ノ从パ-゚ル「え?予定って言っても…特に、何も無いけど……」
/ ゚、。 /「それは良かった。良ければ、私達と御一緒しませんか?」
ノ从パ-゚ル「別に良いけど…何処に……?」
訝しむ私を差し置いて、彼らは顔を見合わせてにやりと笑う。
(`・ω・´)「それは、僕達に」
/ ゚、。 /「お任せを」
それは、悪戯っ子が最高の悪戯を思いついた時の笑顔によく似ていた。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:08:37 ID:XtdGlFus<> ※ ※ ※ ※
――首筋のニューロジャックに結線ケーブルを指して没入(ジャックイン)。
ネットカフェ全国共通のエントランスには、三頭身の萌えキャラが受付に立って僕を待っていた。
川ヮ゚ル「Deoカフェにようこそ!御用件をどうぞなのですぅ〜☆」
多くの萌え豚どもをして「俺の嫁」と言わしめる「でおっち」の首筋に、僕は“七つ道具”の一つである「リッパー」を突き刺す。
( ^ω^)「アクセスプロトコルを0966598-22436590087-XA-BU-5***19uy7ghに書き換え」
川ヮ゚ル「書き換えを承認。モード・アーキテクトに移行します」
僕の命令を承認した「でおっち」の声は言葉尻に近づくにつれ歪んでいき、最後にはノイズと共に途切れる。
観葉植物などが置かれていた小奇麗なエントランスはその様相を一瞬にして崩し、後にはエメラルドグリーンのグリッドと、同色の英数字の羅列がただインディゴブルーの電子の海に浮かんでいるだけだった。
アーキテクトモード。
仮初の世界のその化けの皮を剥いだ様は、リリが言っていたように零と一で構成された緑と黒が途方も無く広がるプログラム言語の集合体だ。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:09:36 ID:XtdGlFus<>( ^ω^)「えーと、取りあえずはセルフアラートを外してっと……」
電脳技術がここまで普及し切ったこの現代では、市販の端末には例外なくハッキング防止のためのセルフアラート機能が付随している。
勘違いしてはいけないのだが、この「ハッキング防止」というのはその端末の所有者がクラッキング行為を犯さない為の機能だと言う事だ。
少し前までは、何も知らないににわかクラッカーがこの機能を外さないまま、人さまの構造体の情報を盗み見ては自分の端末から通報されて御用となっていたものだ。
最近の機種では警察に通報する以前にクラッキングとそれに準ずる行為自体が端末そのものによって規制されており、前述のような事は減ったという。
( ^ω^)「……こんなもんかお」
アルファベットと数字の羅列に触れて、その一つ一つに少々の手直しを加えて行く。
( ^ω^)「お、忘れるとこだったお」
自前の端末そのまま、とまではいかずとも即席のハッキングツールとしてまともに機能するだけの設定が整った所で、僕はアーキテクトモードを解除する。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:10:25 ID:XtdGlFus<>川ヮ゚ル「おかえり、お兄ちゃん!バナナ食べる?」
一瞬にして組みあがったエントランスの受付で、即席妹の「でおっち」が僕を出迎えた。
( ^ω^)「……矢張り、時代は妹だお」
自分の仕事ぶりに満足すると、僕はアクセスゲートを開いて電子の海に飛び込む。
川ヮ゚ルノシ「いってらっしゃ〜い♪」
二進法の妹の見送る声は、何時聞いても良いものだった。
( ^ω^)「シュール先輩ー?いきますおー」
「あいあいさー」
僕の呼びかけに、虚空から聞き慣れた声が返事を返す。
携帯端末(ハンディターミナル)から没入(ジャックイン)しているシュール先輩は、アバターを構築する為の容量をハッキングツールのそれに回しているのだろう。
脳核回線で彼女に座標を送り、僕は目的の構造体(ストラクチャ)を目指してベルベットブルーの海を光速で泳ぎ始めた。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:11:00 ID:XtdGlFus<>視覚情報を流れ過ぎていく幾つもの構造体群。
有象無象に乱立する私設構造体の林を超えて辿りついた先は、政府公式の構造体が整然と並ぶホワイトエリアの一角だった。
( ^ω^)「まったく、お役人さん方は色気もセンスもないお」
星の海の中に漂う巨大な浮島の上には、大小様々なビルの形をした構造体が林立している。
日本政府公営の構造体を一か所にまとめたここは、「ホワイトエリア」。
日本インターネットの中心と言っても過言ではないだろう。
( ^ω^)「ほんじゃ、ちょちょいといきますかお」
浮島の上に降り立ちビルの一つに歩み寄ると、壁に手を這わせる。
防壁レベルはざっと見た所SSS(スリーエス)。
久しぶりの大仕事になりそうだった。
「さて、“電子の王”の腕は果たしてまだ健在なのかな?」
脳核回線で茶々を入れる先輩の言葉を無視。
防壁を全面に展開し、周囲を警戒する為にAI(ファミリア―)を三つ機動させる。
案の定、その中の一つが、左斜め後方からのセキュリティボットの接近を知らせた。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:12:04 ID:XtdGlFus<>( ^ω^)「他の反応は……」
ファミリア―に広域索敵をさせる。
ビルの周囲半径50ビットメートル以内を数百規模のセキュリティボットが巡回している事が分った。
巡回経路を予測計算。同時にファミリア―にアクセスポイントを探させる。
結果、ビルの正面玄関脇の壁に埋め込まれたアクセスポイントが、最も警備が薄くクラックしやすいポイントだと判明した。
( ^ω^)「ほほお…これは、これは……」
セキュリティボットの監視の目が完全に消失する時間は、122.24秒間。
その間に侵入を完遂しなければフラットライン。
無論、正面玄関から誰かのアバターが出てこないとも限らない。
その時も、過程は違えど結果は同じ。
念のため、ファミリアーに他のアクセスポイントを探させてみたが、ここ以外のポイントはセキュリティボットの監視の目が切れる時間と言うものが存在しなかった。
侵入経路はここ一つ。
随分と部の悪いゼロサムゲームではないか。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:12:56 ID:XtdGlFus<>( ^ω^)「……これは、久々に面白くなってきたお」
脳内では、アドレナリンが余計に分泌されている事だろう。
目標が困難なら困難な程、恋する娘のように胸が踊る。
リスクジャンキーここに極まれり、だ。
「良い笑顔だ。今ならキスしてやってもいいぜ!」
( ^ω^)「三次の唇に興味は無いですお」
アバターの唇に舌を這わせると、“七つ道具”が二、“トムズ・イヤ―”を具現化。
自分の頭上に展開する。
( ^ω^)「さあて、何秒持つかお?」
“錠前破り”の基本は、パスワード候補をモジュールを使って手当たり次第に入力していく手法がメジャーだろう。
これなら時間をかければどんな素人でも難なく侵入が可能だ。
最も、今回の目標はパスワードが40桁もある上に制限時間つきの為、その手法は使わない。
代わりに、もっとシンプルで、かつ容易な方法を使う。
( ^ω^)「壁に耳あり障子にメアリー…なんつって」
「どうしてだろう。ネット空間なのに寒気がするよ」<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:13:31 ID:XtdGlFus<>頭上に展開したパラソルのようで、アンテナのような形の“トムズ・イヤ―”。
それを通して、聴覚に爆音にも似たノイズがどっと流れ込んでくる。
どうやら、繋がったようだ。
( ^ω^)「Gottya!」
政府レベルのセキュリティとなると、一日単位でパスワードを変更する、なんてのはざらだ。
そうなってくると、パスワード変更毎にその告知を口伝でするなんて事は先ず無い。
メールマガジンのような形で、各自に一斉に配信されるのが相場だ。
( ^ω^)「あと一分……」
音量を絞って、回線の幾つかを遮断すると、やっと人間の耳にも負担がかからない程度に収まった。
( ^ω^)「どれどれ、ちょっとばかし失礼して……」
回線を順繰りにシャッフルしていき、パスワードを知っていそうな人物を探す。
会話だけでそれを判断するのは厳しいが、虱潰しも効率が良いわけではない。
( ^ω^)「あと30秒……」
視覚野の隅に映る脳核時計の表示を気にしながら、耳に神経の過半数を動員する。
残り時間が18秒を切った。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:15:21 ID:XtdGlFus<>( ;^ω^)「……」
聞こえてくる話の内容は、どれもこれも脈絡が無い。
こいつか?――違う。
こいつ――違う。
こいつは――違う!
( ;^ω^)「残り、8秒……」
視覚野の端を、セキュリティボットの鋭角的なシルエットが掠める。
制限時間は5秒。
統合制御AIにアボートコマンドの準備を命令した、その時だった。
『――渋沢君。頼むから、長官である私の面を汚すことはこれ以上――』
( ^ω^)「こいつだお!」
“長官”と言う単語。
聞き違いでは無い。
件の人物の携帯端末へと直接アクセス、データの送受信履歴を漁る。
40桁の意味不明な英単語の羅列を発見。
コピー。
接続を解除。目の前の錠前に空いたウィンドウに、そのまま張り付けた。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:16:00 ID:XtdGlFus<>《アクセスコード認証。ゲートロック、解除します》
理知的な女性を想像させるアナウンスと共に、目の前のアクセスポートが緑色の光を放つ。
( ^ω^)「いきますお!」
「おうともさ!」
言うが否や、僕はその光の中へと飛び込んだ。
周囲の景色が一変して黒で埋め尽くされる。
構造体の巨大な仮の質量はその姿を消し、代わりに青白い燐光を放つデータスタチューの林がどこまでも続く光景が目の前に広がった。
政府警察のデータバンクへの侵入に、僕達は成功したのだ。
( ^ω^)「ふう。まぁ、こんなもんですかお」
「少し腕が鈍ったんじゃないか?」
シュール先輩の言葉も最もだ。
現実でなら、背中に汗をかいている事だろう。
長い事政府関連の構造体にハックをかける事が無かったとはいえ、まさかここまで侵入に手間取るとは。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:16:43 ID:XtdGlFus<>「これは修行のしなおしだな。具体的にはこっから三週間、必殺技を会得するまで山籠り」
( ^ω^)「それも悪くないですお」
自分に言い聞かせるようにして言葉を返すと、データスタチューの林を見渡す。
チェレンコフ光のように青白く輝くそれらは、政府警察が今までに捜査して来た事件の記録を内包している記憶素子だ。
この中を探せば、今回の「虚無の晩讃」についての捜査記録が存在するに違いない。
( ^ω^)「さて、本職さんは何処まで知っているんでしょうかねー」
舌舐めずりをすると、僕は記録の眠る森の中へと一歩踏み出した。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:17:21 ID:XtdGlFus<> ※ ※ ※ ※
――自分が如何にちっぽけな存在なのか、と言う事をその日程強く実感したのは後にも先にも無い。
私は、ただ、ただ、圧倒されて、息を飲むままにそれを見上げては嘆息を繰り返していた。
ノ从ハ*゚口゚ル「す…ごい…」
天を衝くかとも思われる程の背丈。
大人が五人、腕を広げても回りきれない程の太さ。
広げた枝は、そこに茂った葉だけでそこら一帯の空を覆い隠してしまっている。
ノ从ハ*゚-゚ル「一体、樹齢は何年なのかしら……」
カンテミール家の裏に広がる樹海のその中心。
群生する木々がそこだけ開けて広場となったその中心に、その巨木は威風堂々と聳えていた。
/ ゚、。 /「詳しい樹齢は私にもわかりかねますが、恐らく数百年は下らないかと」
私の少し後ろに立ったダイオードが感慨深げに呟く。
/ ゚、。 /「最も古い文献では、ロマノフ朝の時代にこの木に対する報告があります。その当時からここら一体では一番大きい木だったそうですよ」<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:17:58 ID:XtdGlFus<>ダイオードは数百年、と言ったがこの大きさではもう一つ桁を増やしても違和感は無い。
千年。
それはたかだか百年前後の寿命しか持たない私達には計り知れない程、気の遠くなるような年月だ。
私達がその流れに触れるには歴史書をひも解くしかない。
その悠久の流れを、この大樹はここに立ってずっと見続けてきたのだ。
それだけの膨大な時間の流れの中に生きるというのは、一体どんな気持ちなのだろう。
(`・ω・´)「どう?感動した?」
傍らに立ったシャキンが得意げに私の顔を覗きこんでくる。
私はそれに素直に頷いた。
ノ从ハ*゚-゚ル「本当に…凄いわね。樹海の中にこんな大きな木があったなんて…ここには驚かされっぱなしだわ…」
(`・ω・´)「僕もダイオードさんに案内されて初めて見た時はびっくりしたよ。ここまで大きいと日本では屋久杉くらいしか無いもの」<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:18:28 ID:XtdGlFus<>そう言えば、シャキンはあの日から度々ダイオードと一緒に何処かに出かける事があった。
あれは、二人でここに来ていたという事なのか。
ノ从パ-゚ル「私には内緒でこんな素敵な場所を二人占めしていたっていうのね。ふーん」
(;`・ω・´)「いや、そういうことじゃなくて……」
/ ゚、。 /「そうですよ。シャキン様は何も悪くありません。ここの事を秘密にしてほしいとシャキン様にお願いしていたのは私なのですから」
ノ从パ-゚ル「あら、じゃあ貴方が主犯なのね。何か弁解は?」
/ ゚、。 /「それを私の口から言えと。そう、仰いますか」
そこまで言って、私達は互いに破顔する。
ノ从パー゚ル「分ってるわよ、そんなことくらい。ありがとう、ダイオード」
/ ゚、。 /「いえ、執事として当然の事をしたまでです」
努めて何時も通りの表情を崩そうとしないダイオードだったかが、心なしかその頬は少し赤みを帯びている様な気がした。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:19:00 ID:XtdGlFus<>ノ从パー゚ル「こんなに良く尽くしてくれる執事を持った私は何と幸せ者なんでしょう」
芝居掛った調子で私が嘯くと、今まで私達の足元をうろちょろしていた件の黒猫が、私の肩の上に飛び乗った。
ノ从パー゚ル「いえ、言いなおすわ。こんな素敵な家族を持った私は、この上も無い幸せ者だわ」
「にゃー」
胸を逸らして言う私の言葉尻に合わせて、子猫は誇らしげに鳴いた。
(`・ω・´)「……っぷ」
/ ゚、。 /「ふふ」
その様子がおかしくて、私達は暫く腹を抱えて笑っていた。
笑い終わるとお腹が空いてきたので、私の提案で昼食の時間と相成った。
ダイオードとシャキンが昨日、夜遅くまで掛って作っていたお弁当は、大自然の中というスパイスのお陰もあってどこの三つ星レストランよりも美味しかった。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:19:32 ID:XtdGlFus<>採る物も採って満腹になった私達は、それから暫くの間、広場の中かで思い思いに自然と戯れていた。
初めて訪れる樹海が珍しのか、子猫はあっちへふらふら、こっちへふらふらを繰り返すもので、私はその後を追うに必死になった。
シャキンはそんな私達の様子を大樹の巨大な根の上に腰を下ろして見守り、ダイオードは周りの木々の枝ぶりなんかを見ては、森番の仕事に精を出していた。
そうやって日が暮れるまでを緑一色の中で過ごした私達は、最後になって記念写真を撮ろうと言う事になった。
用意が良い事にデジタルカメラに三脚まで持ってきていたダイオードがカメラをセットし、私達は大樹を背にして横一列に並んだ。
/ ゚、。 /「お嬢様、もう少し詰めてくれませんか。このままでは私が見切れてしまいます」
ノ从パ-゚ル「貴方こそもっと詰めなさいよ。今日の主役は私でしょう?」
(;`・ω・´)「もう!二人とも、タイマーが……」
そんな風にして、その年の私の誕生日は何時もより若干賑やかなうちに過ぎて行った。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:20:26 ID:XtdGlFus<>本当に幸福で、本当に楽しくて。
出来るなら、何時までもそんな時間の中で笑い続けていたかった。
/ ゚、。 /「そう言えば、御頭首様からのお手紙はお読みになられましたか?」
屋敷への帰り道。
ダイオードの何気ない一言。
ノ从パ-゚ル「あら、そう言えばまだだったわね」
誕生日に届いた、一葉の便箋。
ワンピースのポケットにしまって忘れていた、お父様からの手紙。
ノ从パ-゚ル「えーと……」
あのまま、忘れていればよかった。
あのまま、ダイオードが手紙の事など言いださなければ良かった。
……でも、そんな事を言っても、結局運命は変えられない。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:20:56 ID:XtdGlFus<>ノ从パ-゚ル「なに…これ……」
/ ゚、。 /「どうされました?」
ノ从パ-゚ル「嘘…でしょう…?」
(`・ω・´)「お姉ちゃん……?」
便箋を掴む手が、震える。
文字を追っていた目が、霞む。
ノ从ハ;゚-゚ル「こんなの…嘘よ…嘘に…決まってる……」
――父からの便りには、短く、日本が世界に向けて宣戦布告したという事実が綴られていた。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:21:34 ID:XtdGlFus<> ※ ※ ※ ※
――ネットカフェをパック料金分の前に後にすると、僕達はその足で真っ直ぐに事件現場を目指していた。
太陽は最早陰り始め、街を往く人々の顔ぶれからは堅気のものが減っていた。
( ^ω^)「そんな…どういう事なんだお……」
頭の中をぐるぐると回り続ける疑問。
それは、数十分前に政府警察のデータバンクで見た事に発端をなす。
( ^ω^)「そんな筈…“虚無の晩讃”についての資料だけが、存在しないなんて事…考えられるのかお?」
危険を冒して侵入した政府警察のデータバンク。
居並ぶデータスタチューの中には、“虚無の晩讃”の捜査ファイルだけが、見当たらなかった。
( ^ω^)「確かに事件現場には、警官もいたお…捜査が行われていない、なんてことは無い筈……」
どんな些細な事件でも保存しておくのが政府警察のデータバンクの筈。
そこに“虚無の晩讃”の事件記録だけが存在しないのは、何か意図的なものを感じる。
( ^ω^)「やっぱり、隠蔽なのかお…?」<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:24:53 ID:XtdGlFus<>先から頭の中で回っていた仮定が口をついて出る。
政府警察にしろ企業警察にしろ、根っこの部分まで掘り下げて行けば日本政府と繋がっているのは公然の秘密のようなもの。
日本政府にとって都合の悪い何かが、この事件にはあるというのか。
( ^ω^)「一体、何が潜んでいるって言うんだお…?」
lw´- _-ノvy―┛「おいブン太、ついたぜ」
前を行くシュール先輩の声に顔を上げる。
数時間前に訪れた「ほろ酔い通り」には、昼ごろとは打って変わって野次馬の姿が一人として見当たらなかった。
( ^ω^)「流石にもうほとぼりは冷め……」
言いかけて、僕は野次馬どころか警官の姿も見えない事に違和感を覚える。
いや、警官だけでは無い。
事件現場を覆うブルーシートすらも、そこには残っていなかった。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:25:51 ID:XtdGlFus<>( ;^ω^)「え…?」
嫌な予感が脳髄を駆け抜ける。
橙色に染まる小路の中に飛び込んだ僕は、そこに遺体はおろか、血痕も、あの不気味なメッセージも、事件が起こった事を知らしめる物証の何一つとして残っていない事に愕然とした。
( ;^ω^)「どういう…ことだお…?」
確かに数時間前まで、ここには目を覆いたくなる程の血の香りが充満していた。
たった数時間のうちに、その忌まわしい臭いまでも消えてなくなってしまうとは、どういう事なのか。
lw´- _-ノv「隠蔽、か」
後ろで呟かれたシュール先輩の言葉が、今まで疑惑でしか無かった仮の回答に確かな形を浮きぼりにする。
政府は、確実に何かを隠そうとしていた。
「そういうこった」
背後から突然響く、聞き慣れない声。
( ^ω^)「?」
振り返る。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:26:29 ID:XtdGlFus<> _、_
( ,_ノ` )y━・~「おかみの方々は、どうも今回も都合が悪い思いをしてるらしいね」
ロングコートに煙草をくわえた壮年の男が、電柱にもたれるようにして立っていた。
( ^ω^)「あなたは……」
_、_
( ,_ノ` )y━・~「こういうもんだ」
訝しむ僕に、彼は背広の胸ポケットから取り出した手帳を開いて見せる。
( ^ω^)「ニーソク署、生活安全課…渋澤大吾…警部…」
黒革のそれは、まごう事無く政府警察のIDだった。
( ^ω^)「警察屋さん、ですかお……」
ハッカーという人種の性か。
相手が公僕とわかった瞬間、背筋に緊張が走った。
_、_
( ,_ノ` )y━・~「おいおい、そう警戒しなさんな。何もいきなり補導なんてする気はないさ」
そんな僕の警戒心を見てとって、渋澤は大仰に肩を竦める。
眠たげな顔に刻まれた皺には、それ相応の場数を踏んできた事を無言のうちに語る貫録が有った。<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:27:38 ID:XtdGlFus<> _、_
( ,_ノ` )y━・~「まったく、毎度毎度一課の皆さんの迅速な対応には驚かされるね。現場を確保したと思ったら、たった二時間でこんなに綺麗に掃除しちまう」
_、_
( ,_ノ` )y━・~「お陰で俺達も市民のみなさんにどう注意を促していいか分らん有様さ」
やれやれ、と言った風に吐き捨てると、彼は短くなった煙草を携帯灰皿にねじ込み新しいのに火をつける。
それだけの動作が、何故か妙に様になる男だった。
_、_
( ,_ノ` )y━・~「さて、今回はマスコミさんに対してどんな言い訳を使うのか。見物さね」
( ^ω^)「……やっぱり隠蔽工作、ですかお」
_、_
( ,_ノ` )y━・~「捜査中止、だそうだ。“虚無の晩讃”という事件は無事解決。マスコミには、“一般人”と言う名の犯人を捕まえた事にして、事件の脅威は去ったという事にすると俺は見たね」
そこまで一気に言うと、彼は紫煙を吐いて夕景の空を仰ぐ。
どうしてそんな事まで僕に語るのか、何だか違和感を覚えた。
_、_
( ,_ノ` )y━・~「何で部外者にそこまで喋っちまうのか、って顔してるな」
( ;^ω^)「え?」<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:28:12 ID:XtdGlFus<>思考をリアルタイムで読まれた事で、心拍数が瞬間的に跳ね上がる。
思わず見返した渋澤の細い目は、燻銀の様に鈍く、しかし鋭い輝きを帯びていた。
_、_
( ,_ノ` )y━・~「ははっ、だからそう警戒しなさんな。何度も言うが、お前さんをしょっ引く気は無いよ」
( ;^ω^)「……」
_、_
( ,_ノ` )y━・~「そうさね…これは俺の勘なんだがね…お前さん、“虚無の晩讃”について個人で捜査をしているだろう。…違うか?」
どくん。
心臓が、飛び上がった。
_、_
( ,_ノ` )y━・~「当たりか。探偵かジャーナリストかは知らんが、変装の才能はないな」
( ;^ω^)「!」
自分でもいまいち自信は無かったが、いざ本職に指摘されると説得力が違う。
この男、疲れ切った見た目からは想像もつかない程に曲者かも知れない。
( ^ω^)「あんた…一体、何もんだお……」
_、_
( ,_ノ` )y━・~「だからさっきも見せたろう」
_、_
( ,_ノ` )y━・~「何処にでも居る、お巡りさんだよ」<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:28:58 ID:XtdGlFus<>( ^ω^)「生活安全課っていう肩書きは、本当なのかお?」
ここまで洞察力の鋭い彼が、生活安全課などという閑職に収まっているわけがない。
彼が時折見せる表情は、素人目にもわかる“現場叩き上げのデカ”のそれだ。
_、_
( ,_ノ` )y━・~「……」
渋澤は、僕の質問に表情を消す。
紫煙をくゆらせながら思案するその顔は、矢張り“刑事”のものだ。
( ^ω^)「本当は、捜査一課……いや、少なくとも生活安全課では無い筈だお」
僕達の間に沈黙が降りる。
夕闇が迫りつつある「ほろ酔い通り」は、逢魔時を前にして不気味な静寂に呑まれていた。
_、_
( ,_ノ` )y━・~「……さて、どうだかなぁ」
渋澤ははぐらかす様に言うと、今まで身を預けていた電柱から背を離す。
_、_
( ,_ノ` )y━・~「だが、坊主。お前さん、良い勘してるぜ」
( ^ω^)「じゃあ、やっぱり……」
_、_
( ,_ノ` )y━・~「当たらずとも遠からず、ってとこか。そんなお前さんに御褒美だ」<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:29:56 ID:XtdGlFus<>嘯くように言い、彼はコートのポケットから取り出した記憶素子をこちらに放る。
( ;^ω^)「御褒美って…うおっと」
慌ててそれをキャッチして顔を上げた時には、彼はもうこちらに背を向けて歩き出していた。
_、_
( ,_ノ` )y━・~「そいつを調べてみな。お前さんなら、きっと真実に辿りつける筈だ」
夕日に向かって去っていくその背中と、手の中の記憶素子とを見比べる。
( ^ω^)「…なん…なんだお……」
僕の呟きに答える者は、誰も居なかった。
nxst track coming soon....<>
◆fkFC0hkKyQ<><>2010/04/09(金) 22:31:14 ID:XtdGlFus<>以上です。
芸さんにつきましては、お手数のほどおかけしますが、何卒まとめの方よろしくお願いします。<>