全部 1- 最新50  

( ^ω^)が競輪に挑戦するようです

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:45:44.01 ID:9WfXCC+a0
まとめサイト様
 http://boonsoldier.web.fc2.com/keirin.htm

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:46:40.56 ID:L5zHLH/XO
2

いただき

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:47:07.05 ID:9WfXCC+a0
登場人物

( ^ω^) 内藤:陸上の400mで県で一位を取るほどの猛者。怪我により陸上を引退し、津出の弟子となって競輪選手を目指す。

('A`) 毒男:内藤の中学時代の友人で、現競輪選手。なりたてで、実力はまだまだ。
   高良:毒男の師匠

J( 'ー`)し 母親:内藤の母親、ギャンブルが嫌いで競輪を良く思っていない。目下、競輪を目指す内藤とは対立したまま。
(*ノωノ) 風羽:陸上部のマネージャーで内藤の元彼女。すれ違いにより別れる。
(,,゚Д゚) コーチ:大学陸上部のコーチで、レースの度に怒鳴りあげた。内藤と仲違いの上、意思疎通が計れずに終わる。

ミ,,゚Д゚彡 布佐:万夫不当の競輪選手だった。
ξ゚听)ξ 津出:内藤の師匠で、ロードバイクを乗りこなす女性。

(´・ω・`) 所歩:津出と一度決裂しながらも正式な弟子に。群を抜いた実力の持ち主。

( ゚∀゚) 長岡:毒男の尊敬するS級1班の競輪選手。おどけた言葉が多い。
从 ゚∀从 高岡:長岡の弟子で、競輪選手で最高クラスのS級S班の選手。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:47:20.03 ID:SIjhQpt9O
激烈愛してる支援

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:48:01.23 ID:8LluVB7dO
本物か?

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:49:51.88 ID:3U1+Ud0h0
きとぅあーーー

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:50:09.99 ID:9WfXCC+a0
     第二十三レース「競輪の洗礼」


3月という季節柄、太陽が出て気候は暖かくなるも、風だけは冷たく強く吹いている。
競輪場の発走機に内藤と長岡が構えると、所歩が電子ピストルを持って腕を大きく上げた。

( ゚∀゚)「……」

長岡にいつものおどけた素振りは見えない、口を噤み、前だけをじっと見据えている。

( ^ω^)「……」

内藤も同じように体をリラックスさせながら、集中して前を睨みつけていた。
競輪選手との戦い、それがどのようなものか想像は遠く及ばなかったが、体を強張らせることなく程よい緊張感でピストに跨っていた。
陸上時代に何度と試合を経験している、緊張を上手に扱う方法は心得ている。


二人が構えると、一時の静寂。



そして乾いた発砲音が鳴り響く。



津出、所歩、そして高岡をはじめとする長岡の弟子たちが見守る中、いよいよ勝負は始まった。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:52:07.87 ID:9WfXCC+a0
(;^ω^)「……つっ!」

あろうことか内藤は発射台からのスタートに手こずり、強く地面に接触してしまいロスを生む。
所歩との戦いに備えて短期集中で鍛えた小手先の技術では、一週間のブランクを挟んだことで培った感覚の大半が消え去ってしまっていた。


ξ;゚听)ξ(ダメ、ロスが大き過ぎる!)

(´・ω・`)(やれやれ、試験まで一ヶ月前でこのスタートかい……)

焦る津出に呆れる所歩、しかし次の瞬間、内藤はスタート失敗の事実よりも驚くこととなった。


(;^ω^)(長岡選手が……!?)

( ゚∀゚)「……」

なんと、長岡はスタートを綺麗に決めたにも拘らず直後にペダルを逆回転させて速度を殺すと、
発射台から5メートル程度の位置で停止したと見まごう状態でいたのだ。
サドルから腰を浮かせ、バー(ハンドル)を左右交互に回してうまくバランスを取る、よろよろとしながらその場に留まっていた。

そして一拍遅れてスタートした内藤が行き過ぎると同時、力強くペダルを踏みつけるとすぐにも内藤の後ろにつける。

(;^ω^)(……ッ!)


ξ;゚听)ξ(見誤ったわ、まさか内藤を風除けに……!?)

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:54:50.34 ID:9WfXCC+a0
内藤がピストを左右に振れば、長岡も続いた。
加減速しても一瞬の時間隔もなく長岡も動きを見せ、ピッタリとくっついては離れようとしない。
幾度内藤が振り払おうと動きを見せたところで、少したりとも長岡は離れず、まるで背後霊でもあるかのように背後に付きまとった。

後ろからの圧迫感、そして風除けにされているという精神的な疲労が内藤を蝕んだ。
ひたすら逃れようと動きを繰り返したところで、長岡は一定の間隔を少しも開ける様子を見せない。

(´・ω・`)(馬鹿かい、そんな無茶な速度変化に揺さぶり、慣れない君がしても体力を使うだけだというのに……)

所歩の考え通り、内藤は長岡が離れないと認めた瞬間にズシリと足が重くなるのを感じた。
精神的な圧迫と肉体的な疲労によって内藤の心に幾重もの暗雲が立ち込める。
ただでさえここ一週間のハードな練習の疲労があるのだ、すぐにも内藤は肩で息をすると、速度をキープできなくなった。

(;゚ω゚)「くぉお……」

長岡から逃げたい一心で、速度も自然とオーバーペースとなっていたのだろう。
足の回転はリズムを崩し、顎が上がり出した。

ここで粘らなければ、死に物狂いのもがき練習は一体何のためのものだったのだ。
どれだけ自身で気持ちを奮うように努めようとも、精神的な暗幕が体を支配して動きを鈍らせた、まるで油がささっていない機械仕掛けのように。

フォームもリズムもあったものではない、一周、400mにして内藤は早くも減速してしまう。

(;゚ω゚)(足が、まったく回らないお……なんだおこれは、力が入らないお……)

体は動くと訴えているのに、不思議と力が入らず、ピストをこぐことだけが必死の状態だ。
まだまだいけるという意識に相反し、肉体的にはもうこれ以上無理だと、観念心理が脳裏にしがみつく。
上半身が大きく揺れている、しかしフォームを考えて走っても減速するだけだ、すでにフォームを考える余念などない程に限界が目前に迫ってきている。

この限界は純粋な疲労から招かれたものではない、では何だ、徒労感とでも言えばいいのか。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:55:02.76 ID:gd5qhSQvO
きたきたきたきた
wktk

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:57:23.41 ID:9WfXCC+a0
項垂れる内藤に、長岡はすぐにも並びかける。
そしてピッタリと隣につけると、両手をバー(ハンドル)から離し、体を起こして地面に垂直にしてみせた。
強烈な風が正面から体めがけてぶつかってくるも怯むことなく、内藤の隣で同じ速度をキープし続ける。

( ゚∀゚)「愛弟子が一人所歩にやられたからな、そのお返しをしておきたかったが……どうやらもう限界のようだな」

(;゚ω゚)「……まだ、まだ、だ、お」

( ゚∀゚)「無理すんなよ」


長岡は再びバーを持ち直すと、じわりじわりと内藤に接近し、すぐ隣にまでピストを近付けた。
危ないと思わず内藤が離れようとするが、その度すぐに直横へピストを寄せる。

( ゚∀゚)「どうだ、結局頑張ったお前の成果はこんなもんだ」

今にも接触しそうな真横から、長岡がひっそり語りかけてくる、それは悪魔の誘いのようだった。
まるで内藤自身の心がそう思っているかのように錯覚してしまいそうだった。

どうしてだ、あんなに頑張ったのに、どうしてこんなに情けない走りしかできないのだ。
これならまだ、一週間前に所歩と戦ったときの方が走れたではないか。
日々の疲労が疲労が蓄積したせいで体が動かない、それは分かるが、それにしてもあまりに無様だった。


しかしだからといって諦めてなるものか、雑念をスパッと切り捨てると、おぼろげな視界でゴールを見据え、必死に追い求めた。
以前のレースのように、ゴールしたくないなどと考えないように、ただひたすらにゴールのことを考えようと努めた。
せめて心だけでも強くしたと言えるように、最後まで本気で立ち向かえるだけの強靭な心を手に入れたと言えるように。


しかしそれもまた、長岡の軽い声が遮る。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:59:13.72 ID:9WfXCC+a0
( ゚∀゚)「お前の競輪人生、初試合もなく終わらせてやろうか?」


宣言とともに長岡の手がバーから離れるものだから、内藤はゾクッと背筋を凍らせた。
今にもその手が肩に触れるような悪寒を感じ、体が更に固まる。

( ゚∀゚)「こんな回りくどいレースをせずとも、ここで俺がお前を押したならどうなるだろう?
  乗り慣れていないお前は派手に転んで、勝負は決まるんだよ」

(;゚ω゚)「ふ、ふざけんなお!
  そんなことして、やられた身に、なってみろ、お!」

( ゚∀゚)「なんだ、納得いかないのか?」

(;゚ω゚)「当たり前だお!」


( ゚∀゚)「だったら競輪を止めろ」


言うと同時に長岡は速度を落とした。


( ゚∀゚)「あー、なんだよこのやりがいのねぇ相手は、こんな試合やってらんねぇ。試合放棄だ」

(;゚ω゚)「お……」

やりがいが無いと言われるのは仕方ない、内藤自身も今までの頑張りが成果として現れず、非常に虚しい思いをしているのだから。
それにしても試合放棄とはどういうことだ。
ゴールへと向かうことすら許してはくれないというのか。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:01:07.95 ID:3U1+Ud0h0
相変わらずヤなヤツばっかだなwww

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:02:34.18 ID:9WfXCC+a0
すぐにも減速した長岡を追うように、内藤もペダルを逆方向へと踏んで速度を落とす。
ほとんど力は出ず、速度は思うように落ちなかった。


試合を見守る津出たちの元へ先に戻ってきたのは長岡だった。

( ゚∀゚)「悪いなお前ら、試合放棄でこの競輪場は譲ってもらえなくなった」

  「いや、そりゃ仕方ないっすよ。
  あんないとも簡単に潰れるようなお子様走り見せられたんじゃ、勝負する気なんて起きやしないですよw」

大笑いする弟子たちの横で、津出は静かに歯を食いしばった。
全く力の出せなかった内藤の悔しさは、その頑張りを見てきた津出が一番分かっていた。
成果を見せてやる事のできなかった原因は、全てと言ってもいいほど師匠である津出にあるのだ。

だというのに嘲笑され、情けないと軽侮されるのは内藤なのだ。
その自分ではどうしようもないもどかしさこそが、試合において師匠が背負うべき責任なのだろう。
スタートのお粗末さ、レース展開、練習による疲労、どれもこれも全てが敗因であり、津出の責任なのだ。

しかしこの場で何を言っても言い訳にしかならない事実がまた、彼女を苛んだ。

(´・ω・`)「まぁ、あんな走りじゃ負けて当然ですね。
  そこいらのママチャリの方がよっぽどよく走って見せるでしょう」

所歩が皮肉を添えるも、津出はまだ押し黙っていた。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:03:13.94 ID:vHwz3Jwi0
支援

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:03:57.82 ID:TqRE0rlE0
本物だ!

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:04:08.14 ID:3U1+Ud0h0
支援

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:04:46.46 ID:9WfXCC+a0
内藤が遅れてその場にやってくる。
すぐにも限界を示した体がガクガクに震えきっているにも拘らず、呼吸はそれほど乱れていなかった。
呼吸器が余裕あったにもかかわらず肉体的限界が先に訪れていたのだ、全力を出し切れていなかった良い証拠だ。

(;^ω^)「おまえ、どういうつもりだお!」

( ゚∀゚)「どうもこうも、競輪場は諦めてやるって言ってんだ、感謝しろよ」

(;^ω^)「そうじゃないお、試合放棄だなんて――」

内藤の言葉を手を出して制止させると、長岡はやれやれと身振りを交えて困った風を装った。
そして子供に言い聞かせるように言葉を繋ぐ。

( ゚∀゚)「分かっただろう、どれだけ努力しても実力が出せなかったら、そして転んだら終わるのが競輪なんだよ。
  それでも転ぶか転ばないかの瀬戸際でせめぎ合うんだ、相手と転んで共倒れになる可能性すら厭わずにな。
  それが納得できないなら随分なスポーツマンシップだ、競輪の世界には向いていないな、止めちまえ」

長岡の言葉を咀嚼すると、言いたいことが見えてくる。
そしてそれらは正しくも聞こえたが、この男に言われてしまっては素直に聞き入れることもできない。

情けない走り、言い返せぬもどかしさ、たとえ言葉を並べたところで負け犬の遠吠えにしかならない事実。
内藤はギュッと歯を食いしばった。

( ゚∀゚)「まぁなんだ、陸上やっていたとか話聞いたが、お前のいた世界とは同じスポーツでも全くの別物なんだよ。
  今回の勝負の結果は言うまでもないだろうが、俺が真横に詰め寄ったとき、お前は逃げて離れようとしたよな?
  競輪はその時点で負けだ、そしてお前一人が恐怖したことで、同じレースでのライン(隊列)仲間や観客に迷惑を被るんだよ」

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:04:57.61 ID:+o9v/uteO
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!

支援

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:06:43.42 ID:9WfXCC+a0
しっかりと説教を入れると、長岡は競輪場を後にした。
帰り際に長岡の弟子たちが津出に向かって何か言っていたが、内藤にそれを咎める力はなかった。
師匠の顔に泥を塗ったのは他の誰でもない、内藤なのだから。

(;´ω`)(所歩はあんなにすごい走りをしたのに、僕ときたら……全然駄目だお)

努力の成果もなく、師匠の面汚しとなった自分はどれだけ可哀そうな存在だったのだろうか。

( ゚∀゚)『分かっただろう、どれだけ努力しても転んだら終わるのが競輪なんだよ』

( ´ω`)(アイツにだけは言われたくなかったお……)

しかし悲しさが勝って、怒りはもうほとんど湧き出てこなかった。
努力の成果すら出せなかった自分には、この言葉を聞くにすら値しない場所にいると感じられた。



その後は競輪場を使って1000mの走りを何本か入れたが、内藤は全く速度に乗れなかった。
疲労よりも気持ちの問題が大きいのだろう、津出はそれを悟るとすぐに練習を変更し、疲労抜きのロングライドにした。
疲労を抜けばある程度体が動くようになる、そこから上手く気持ちを激励するに持っていければと睨んだのだ。


気合いの入らぬまま、内藤はその日の練習を終えた。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:07:34.61 ID:9WfXCC+a0
疲労抜き練習にも拘らずいつも以上に疲弊した錯覚の中家に帰ると、布団にごろりと寝転ぶ。


( ´ω`)「……なんでだお」

小さくつぶやいた。

内藤には、津出が長岡の言ったことに対して何一つと否定してくれなかったことが納得いかなかった。
何のフォローもなく、長岡の言ったことがまるで正しいかのように受け取っているのが、悔しかった。

長岡。

あの男は一体何なんだ、競輪とは何かを他人に語れるほどの男なのか。
すごい選手とは聞いているも、目の前の練習に追われて競輪界をまったく知らない内藤にとってはさっぱりだった。


携帯を取り出すと、着信履歴から電話をかける。
2コールもすれば相手が出た。

('A`)『おー、なんだ、久し振りに話した気がするな』

( ^ω^)「毒男、突然すまないお」

未だもって周囲との交友関係が壊滅的な内藤だ、やはり頼りはこの男しかいない。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:10:16.49 ID:9WfXCC+a0
( ^ω^)「長岡って選手を知っているかお?」

('A`)『長岡選手って、あの長岡選手だろ、S級1班の。
  おいおい、前に競輪を見に行った時、ファンだって言わなかったか?』

( ^ω^)「お、そうだったかお」

よりにもよって長岡のファンだったとは、正気とは思えない。
きっと実物を見たらガッカリするだろう、有名人とはえてしてそういうものなのだろうか。
上っ面だけが良く、現実の姿は幻滅することばかりだ。

( ^ω^)「毒男の友人に頼んで、長岡選手について調べて欲しいんだお」

('A`)『なんだなんだ、また探偵みたいなことやってんのか?
  別にいいぜ、ってか俺がやるんじゃないから確かな事言えないが、調べてくれると思うわ。
  長岡さんだけでいいのか?』

( ^ω^)「お願いするお」


今まではただ嫌っているだけだったが、長岡という競輪選手はどういった人間なのだろう。
そのベールがいよいよ解かれようとしていた。

そして内藤は、競輪について何も知らない自分を再確認し、競輪やバイクのことも勉強しださなくてはと、心に強く思った。




23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:13:57.36 ID:9WfXCC+a0
     第二十四レース「所歩と津出」


長岡との決闘で競輪を止めろと明言された内藤だったが、彼も幾つもの葛藤を乗り越えてきたのだ、
当日こそ気落ちしたものの、それにめげるでもなく、一日もすればやる気を漲らせて練習に励んだ。

そしていよいよ1000mに向けた本格的な練習が始まった。
といっても、大まかな練習は特段変わらない、スピード練習が増えただけだが、内藤の嫌いなもがき練習がより高度となって襲いかかった。
たいして間をおかぬ、それでいて距離の長くなったもがき練習、二本目もすれば酸欠寸前で頭痛が襲いかかってくる、終わるとすぐに小型酸素ボンベを口にあてがった。

(;゚ω゚)「は、ハァ……は、ウッ……!!」

(;´・ω・`)「フゥ……ハッ、は……」

ξ゚听)ξ「それじゃ、このまま休まずにピストをこいで移動して、その後もう一本入れるわ。
  内藤、次はもっと所歩について行けるようにしなさい」

伸縮を繰り返した腹筋が悲鳴を上げ、津出の言葉を聞いた途端に喰い止めていた吐き気が喉元まで押し上がるのを感じた。
しかしバイクをこぎ進める所歩を見たなら、そのまま吐いてしまって一時休憩しようなどという甘えた思考は打ち消さざるを得ない。
大きく叫びあげると、体に鞭打って所歩に並びかける、しかし次のもがき練習となれば、あっという間に引き離された。

ξ#゚听)ξ「何やってんの、もっと限界いっぱいまでもがかないと意味がないでしょう!
  そんなに早く離れていたんじゃ練習の意味がないわよ!」

(;゚ω゚)「お、っ……あ、おッ……!!

所歩の存在は、内藤にとってこの上ない有益なものだった。
所歩が練習に加わってからというもの、内藤は落ち込んだり妥協する余裕もなく、ただ彼だけを見て追いかけた。
もがき練習では所歩が先行し、内藤は彼を風除けにして後ろを走る、ようするに所歩は内藤に比べ格段にきつい練習を強いられているのだ。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:16:01.38 ID:SPL1HCe+0
wktk

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:16:12.32 ID:9WfXCC+a0
(;゚ω゚)「はぁ、あ、……ハァ、はぁ……」

ξ゚听)ξ「はい、それじゃあ昼のもがき練習はこれで終わり、夕方にまたもがき練習させるから……」

(;´・ω・`)「はぁ……はぁ、……ふぅ、すまない、ツン。
  二本目とさっきの一本が、思うようにもがき切れなかった。
  追加で二本させてもらうよ」

(;゚ω゚)「……っ!?」

ξ゚听)ξ「無茶しちゃだめよ?」

(;´・ω・`)「大丈夫、君よりも僕本人の方が自分の体をよく分かっているさ。
  そもそももがき切れなかったのであれば、君の与えてくれた練習をこなしたとは言い難いだろう。
  君は完全にもがき切れたことを想定して練習を組み立てているんだから」

ξ;゚听)ξ「……まぁそうね」

(;゚ω゚)「ぼ、僕も二本目とさっきのが駄目だったお、追加するお!」

ξ;゚ー゚)ξ(……やれやれ)

所歩は実際、この上なく自分に厳しかった。
自分の走りを貶すことはざらだったし、納得いかなければ肉体の疲労などお構いなしに何度と同じ練習を繰り返した。
何一つと妥協せず、だからこそあれほどに自信過剰な言葉が出てくるのだろう。

内藤だって実力では所歩に負けているからこそ、練習量だけは負けないようにと思っていたが……それすら遠く及ばなかった。
彼が精一杯限界まで練習したところで、かろうじて所歩と同じ練習量をこなすだけだった、質に至っては比べるべくもない。
所歩は口から出るものが無くなるほどまで吐きながら、それをおくびにも表わさず練習を続けるのだ。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:16:39.95 ID:ZzOVixAc0
ふふん

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:18:44.57 ID:9WfXCC+a0
二日、三日と過ぎれば過ぎるほど、所歩の力がいかに底なしで非現実的なものかが見えてくる。
妥協知らずもここまで来ると狂気としか思えないほどに、彼は体をいじめ抜いていた。
内藤は彼の異常な実力と自信の源を垣間見た思いで、ことその点においては尊敬にも似た感情を抱きつつあった。


そして疲労抜きのロードでは、ツンと一緒する必要がなくなった。
内藤と所歩は二人してバイクに乗ることで、次第に会話も増えていった。
いつしか普通に会話をすることができるまでの仲に進展していた。

( ^ω^)「どうやったら所歩みたいに綺麗なスタートを切れるか教えて欲しいお」

(´・ω・`)「ああ、その前に一般のレベルにまでスタートを鍛えなよ、内藤の場合はそれが先さ」

(;^ω^)「ううう……そう言われると言い返せないお……」

平坦な道では互いに世間話に花を咲かせたが、上り坂ともなれば所歩は決して内藤のペースに合わせる事をしなかった。
どれだけ話が弾んでいようと、内藤がどれだけ必死で食らいつこうとしても、所歩は手を抜かず自分のペースを守り抜いた。
それがまた、内藤の悔しさを柔らかく刺激し、やる気を引き立てていたことは言うまでもない。

それでも坂の頂上で内藤を待っている辺りに、戦友という関係が築かれたことを強く感じられた。

(;^ω^)「どうせ頂上で待ってくれるなら、そこから『頑張れ』くらい声かけて欲しいお……」

(´・ω・`)「ああ、大声を出すのは疲れるじゃないか。
  僕に並走してくれるなら、その時にいくらでも言ってあげるよ」

(;^ω^)「それができないから必死について行っているんじゃないかお!
  並走するとなると、所歩が僕に合わせて走ってくれないと」

(´・ω・`)「やれやれ、君に合わせて走っていては日が暮れてしまうよ」

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:19:25.27 ID:ZzOVixAc0
ふふふん

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:20:08.14 ID:xQyGAy65O
待ってた
支援

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:20:44.89 ID:9WfXCC+a0
所歩の性格は依然厄介でいちいち鼻につく言い方をするが、相応の練習に裏打ちされていると分かったからこそ内藤も彼を認め、共に練習に励めるのだろう。

彼はちょっと捻くった返答をしたがるんだ、それ程度に思うことが大事だ、馬鹿正直に受け取ってはこちらが疲れるだけだ。
相手にしながら軽くつっこむ程度で、所歩とはうまく付き合える。



いよいよ週末を迎え、試験までの日付が三週間になろうとしていた。
一週間の練習を所歩とともにこなし、ようやく訪れた疲労抜きの日に、内藤は安堵の息を吐く。

疲労抜きと言っても完全休養ではない、所歩とともに海沿いでロードを走らせていた。

そろそろ毒男に頼んだ長岡の調査結果が来るころだろう。
ふとそんなことを考えながら、所歩に質問をする。

( ^ω^)「そういえば、所歩は津出ないし布佐さんの元に来る前は誰の弟子だったんだお?」

(´・ω・`)「ん、ああ、君は知らないか。紗金(シャキン)師匠の元にいたんだ。
  僕がトラックレースから競輪に転向したのも、師匠に目をかけられたからだよ」

( ^ω^)「全然知らないお……でも所歩なら一人でも練習できるお?
  どうしてその人の下にいたんだお?」

(´・ω・`)「理由は言うまでもないだろう、紗金師匠のフォームが綺麗だったからさ。
  当時、トラックにおいて僕はどれだけ走ってもなかなかタイムが上がらずに困っていたんだ。
  練習量は十分にこなしていたはず、それでもタイムは全く伸びず、そのまま世界大会へ出場したんだ」

(;^ω^)「世界大会かお!?」

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:23:47.70 ID:ZzOVixAc0
ふふふふん

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:23:54.53 ID:9WfXCC+a0
(´・ω・`)「驚いたよ、まったく世界の人たちは骨格から違うね、結局僕は四位で表彰台を逃したんだ。
  その時に僕は、従来のように練習量だけこなしていけばどうにかなるものではない、という事を悟ったよ。
  そんな時に紗金師匠と出会ったんだ、力ではなく、美しいフォームでトラックを颯爽と走るね」

世界でも四位に輝いた経験があったのだ、なるほど随分な男と今こうして練習しているものだと、内藤は今更ながらに驚いた。
以前毒男から受け取った所歩の資料には世界大会について書かれていなかったが、大会名が世界大会を明示していなかったのだろうか。
もしかすると所歩が競輪へ進む先を変えたのはごく最近の話なのかもしれない。

(´・ω・`)「しかし何という不運だろうか、弟子入りしてすぐに紗金さんは怪我をしてしまってね、競輪を引退してしまったんだ。
  まぁ五十歳、フォームで現役を死守していたとはいえ、あの人はもう限界だったんだよ、競輪人生としても大往生だろう」

(;^ω^)「……フォームって、それだけでその……日本一だったトラックの世界からこっちへ来たのかお?」

(´・ω・`)「ああ、元より頭の隅に競輪という選択肢はあったけれどね。
  ただ、フォームというのはそれだけ僕にとっては大きな要素であり、衝撃だったんだよ、君には解りかねるかもしれないが。
  とりあえずフォーム、実際ただそれだけだ」

なるほどフォームか、所歩らしいと内藤は口元に笑みを浮かべた。
所歩が一緒になってから津出は気持ち悪いと言っては、ロード練習を一緒しなくなった。
なにせ所歩が右から、後ろから、斜めから、角度を変えてはずっと津出の走りを見ているのだから、とてもいい気持ちはしないだろう。

( ^ω^)(……そういえば)

ふと、内藤には思い出したことがあった。




33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:25:37.39 ID:9WfXCC+a0
練習が終わると所歩を見送り、内藤と津出はピスト講座をすることになっている。
リムやクランクという言葉も知らない内藤だったが、競輪を目指す上で最低限の用語やマナーを頭に入れる必要があると懇願したのだ。
頭を使った勉強だけでなく、パンク直しや後輪の取り外しを実際に行って身につけた。


その日の講習が終わると、内藤はいそいそと津出に話を持ちかける。

( ^ω^)「ツン、約束を覚えているかお?」

ξ゚听)ξ「はいはい、口よりも手を動かして、さっさとバイクと工具を片付けて」

だめだ、てんで相手にしてくれない。
しかし諦めずに、内藤は話を続ける。

(;^ω^)「所歩と勝負した日に、レースの前にした約束があるお」

ξ゚听)ξ「夢でも見てたんじゃないかしら?」

( ^ω^)「素っ気なさすぎワロタ」

そう、内藤が思い出したのは、所歩と二回目に戦った時、津出と交わした約束だった。
所歩との勝負に勝てば、津出が競輪の道に足を踏み入れた理由を教えてくれるというものだ。
最終的に所歩がスパートをしなかったが、それでも結果は内藤の勝利なのだから聞く権利はあるはずだ。

ξ゚听)ξ「……まぁ別に忘れてないけどね、あまり気乗りしないのよ。
  っていうか覚えていたのね、そんなこと覚えている余裕あるなら、もっとバイクの基礎を頭に詰め込みなさい」

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:26:43.05 ID:ZzOVixAc0
ふふふふふん

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:27:52.31 ID:pFyESI6dO
支援

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:28:47.14 ID:9WfXCC+a0
( ^ω^)「……やっぱり聞かなくてもいいお」

ξ゚听)ξ「あーあー、いいのよ私に気を遣わなくて、そうよね、これじゃフェアじゃないわよね。
  ただなんて言うのかな、やっぱりあんたの心を動揺させたくなかったから、試験が終わってからにしようと思っていたんだけどね……
  とても恰好いい理由なんかなくて、すごくよこしまで醜い理由しかないからね、私には」

ふっと笑って見せる津出は、鋭い目も相まってとても美しかった。
彼女は時たま、こうやって女性らしい顔つきをしてみせる、そのたびにドキッと胸が高鳴る内藤がいた。

その妖美さに負けた。
まるで津出は淫魔のようで、誘われてはならないと分かっていながらも、本能的な何かに惹かれたのだ。

内藤は「それでも構わない」と、津出の過去に踏み入った。

ξ--)ξ「そうね……私はね、初めて所歩に会ったとき、男目当てでなんて言われもしたけれど言い返せなかったの。
  まぁ何事も始まりなんてのは簡単なことでしょう、人より勉強できたから医者になるとか、人より速く走れたから陸上を始めたとか。
  そういうことなのよ、結局は……」



津出が競輪の世界に入る前、ロード選手だったことはいまさら言うまでもないだろう。
そもそもロードの世界にはどうして踏み入ったのだろうか、それには布佐という男が強く絡んでくる。

津出の父親はとあるメーカーの工場で働いていた。
当時競輪学校入学を控えていた布佐は工場の敷地内を借りてバイク練習をしており、その管理という名の雑務を押しつけられたのが津出の父親だったのだ。

日々布佐が来る時は管理者として見守っていなくてはならない、そのために布佐も気を使い、話題を捻出しては話しかけていた。
数ヶ月も経てば二人は意気投合し、父親は布佐を家に来いと誘った。

それが、津出と布佐の出会いであり、津出がバイクに興味を持った発端だった。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:28:58.92 ID:JBKKc5gk0
ドクオとブーンはどっちがうまいんだろ

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:29:51.06 ID:ZzOVixAc0
ふふふふふふん

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:30:50.18 ID:9WfXCC+a0
当時津出は小学六年生、布佐は十七歳だった。
年上に憧れる年代だ、特に大人ともつかぬ、お兄さん的な年齢に位置する布佐はまさに理想だった。
一目惚れということは彼女自身が分かっていた。


話をしていくと分かる、優しさと柔らかな笑顔にますます惹かれ、虜となった。

津出は少しでも自身を意識させようとした、どうすれば布佐に自分を見てもらえるだろう、考えればその答えはすぐに出た。

ξ*゚听)ξ『私も、ケイリンをやりたい!』

興味津々な素振りをみせたが、子供だった津出自身、競輪というものを漠然としか知らなかった。
競輪に女性枠が無いことはこの際どうでもよい、無邪気な小学生だ、競輪というギャンブルの一つに興味を持たれたことは、布佐と父親を内心焦らせた。
そこで咄嗟に機転を利かせて、布佐はこう提案したのだ。

ミ,,゚Д゚彡『競輪よりもロードレースの方が面白いよ。
  今度一緒にバイク走らせようか』

布佐の狙いは興味をロードバイクに逸らせることだったが、津出にとっては布佐と一緒にバイクを走らせるという事実だけで大満足だった。
快諾した津出を見て父親も気を良くし、すぐにも子供用のロードバイクを買い与えた。
安いものではなかったが、津出はそれまで内向的で家の中にいるのがほとんどだったのだ、喜んで買い与えた理由はわかろう。


その時から津出は週末になると喜んでバイクに跨り、布佐とのツーリングを楽しんだ。
初めは5kmもこげば息を荒らしていたが、長く布佐といたい気持ちから、冬にも関わらず平日にロングライドを行って体力をつけた。
気付けば週末には、布佐とともに二時間近くバイクをこぐことが習慣となっていた。

布佐にとっては、到底練習の一環とはできないような楽なペースだったが、練習場を借りている工場の責任者である父親の手前、
娘である津出を無碍に扱うことはできなかった。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:32:59.63 ID:9WfXCC+a0
父親は気付いていたことだろう、津出が布佐に恋をしていたことを。
いくら布佐が好青年とはいえ、娘がギャンブル職の人間と結ばれるとなれば話は変わってくる。
布佐とてギャンブルが煙たがられる事実を厳粛に受け止めており、津出の好意に気付きながらも応えられないことを承知していた。

それでも二人して津出の恋心を止めなかったのは、その恋がすぐにも終わる事を知っていたからだ。


津出の幸せな日々が途切れたのは、それからおよそ三ヶ月後。
秋試験で合格をしていた布佐は、その春より競輪学校へ行ってしまったのだ。

父親と布佐の誤算は、それにより津出が諦めなかったことだ。
一年間という期限が設けられた別れは彼女の気持ちをより強固なものとし、父親が心配するほどまで津出はバイクに打ち込んだ。
この青い空の下で、同じ陸の上で布佐が頑張っているのだと思うと、津出も頑張り、より長く布佐とツーリングできる日を待ち望んだ。


そんなよこしまな気持ちが先行していたのだ、津出は常にロングライドの練習をした。
布佐のいない物足りなさから、ロードの試合に出始めたのもちょうどこの頃だ。
ロングライドでは単純に練習量が入賞に大きく響く、津出は50km近い距離において入賞することも珍しくなかった。

そして布佐が競輪学校から戻ったとき、彼は津出の進化に驚くこととなったのだ。
津出は布佐とのツーリングを長く楽しみたいという一心で、ここまでの力をつけていたのだ。
そんな思いをはね除けられるわけがない、布佐は素直に津出に従い、朝から何時間ものライドを毎日一緒に行った。

この時を布佐は後々後悔することとなる、どうしてあの時にしっかり彼女と乖離しなかったのかと。
どうして彼女に付き合って、来る日も来る日も練習を繰り返したのかと。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:33:17.69 ID:vHwz3Jwi0
支援

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:34:58.39 ID:9WfXCC+a0
学生だった津出は、日も昇らない内に起きると、朝から二時間のライディング、そして食事をして学校へ行くというハードな日々を繰り返した。

そして学校から帰ってくると、いつも布佐にフォームを見て貰った。
発展途上の彼女の体はまた、子供から大人へと変化段階の、艶めかしく美しい女性らしさを醸しだしていた。
膨らみだす乳房、腰から臀部にかけてのアーチ、それらは津出自身にとって、最も大きな武器だった。

ξ*゚听)ξ『フォーム見てくださいね』

そう言う彼女の格好は、ピッチリと張りつくバイクパンツ、そして首元の開いたノースリーブのバイクシャツ。
津出はそこに言い知れぬ興奮を覚えていた。


ξ゚听)ξ「……まぁ今から思っても変態的だわね、馬鹿なことやっていたななんて今でも思うわ。
  でもアンタだって、中学校時代なんて好きな人の前で背伸びしたり、格好つけたりしたんじゃないかしら?
  私は相手が年上過ぎた、だからあまりに背伸びし過ぎたのかな……」

思春期は多感ゆえに思い煩うことも多いが、同時に怖いものなしのプラス思考をも兼ね揃えている。
あまり相手にされなくても相手が年齢差を気にしているんだろうなどと考えては、また本当にそうだと思いこんでしまうのだ。

ξ゚听)ξ「当時、漫画やアニメではしゃぐ男子を見ていると子供っぽいことにどうしてそうも熱く楽しくなれるのかな、なんて思うことがあったわ。
 でも、そんなところについ母性本能に似た、恋や愛に似た疑似的な感覚を抱くことがあったの。
 男性が思春期の女性に同じような感覚を抱くかは知れないわ、それでも希望を持って、この年端いかないからこその魅力があるなんて思っていたわ」

バイクで前傾になれば、薄く余裕あるシャツの間からは小さなふくらみが覗けたことだろう。
足の回転をチェックされては、ピッチリと張りついたパンツから艶めかしい下半身の形を目視できた事だろう。
そんなストリップにも似た誘惑から、心を乱されているだろう布佐を妄想して、彼女は優越に浸っていた。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:35:47.22 ID:3U1+Ud0h0
ふぅ

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:36:21.67 ID:BqipIL7AO
>>37
プロなんだからドクオの方が速いだろう

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:36:57.55 ID:JBKKc5gk0
ふぅ・・・

>>44
サンクス
でももうどうでもいいや・・・

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:37:18.35 ID:9WfXCC+a0
ξ゚听)ξ「ブラをつけずにバイクをこいで汗かいたりしたわ、本当に馬鹿よね。
  当時は全く厭わなかったわ、いつか私の体が彼のものになるだろうのに何を厭う必要があるのだろうとすら思っていたの。
  布佐さんが意を決して私に手を出すときを、ずっと待ち続けていたわ」

そうしてずっとずっと、フォームのチェックを受けた。
津出の美しいフォームの根源はここにあり、そこに純粋さなど垣間とも姿を見せない。
ねじ曲がった欲望の副産物として出来上がったものなのだ、フォームが美しい方が体つきも美しく見えることだって十分に承知していたからこそ。


ξ゚听)ξ「でもね、布佐さんはいつまで経っても私に応える素振りは無かったわ」


津出が高校生になっても、布佐は彼女の呼びかけに全く応えなかった。
心配が頭をかすめるが、それ以上に18歳になったらきっとという僅かな希望だけを胸に、津出はひたすらにアピールを繰り返した。

レースに勝てば彼が喜んでくれた、だから勝ちたかった。
布佐と一緒に練習を満喫しては、試合ではひたすらに走り、結果を出しては思いっきり甘えた。


きたる高校三年のインターハイ、津出は入賞したら二人で旅行に行こうと、無理やり布佐に取り付けた。
そして津出は見事に入賞した。

旅行の日付は津出の誕生日の日だった。
大人への階段を登る、最高の一日になるはずだった。


ξ--)ξ「その旅行でね、分かったの、思い知らされたの。
  布佐さんは私なんて見ていなかったんだって、ただ想像で私は舞い上がっていたバカみたいな女なんだなって」

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:38:56.70 ID:3U1+Ud0h0
まさか・・・

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:39:52.63 ID:9WfXCC+a0
18歳になって確かに津出は大人となった。
大人となり、好きな人に興味を持たれていないという事実を突きつけられた。
今までの関係は、子供の自分がただ勝手に相手の気持ちを良いように想像して作り上げたものだったのだと分かったのだ。

いや、まだその時は大人への階段の途中だったのかもしれない、津出がすぐに思い浮かんだ感情はただひたすらの怒りだった。

布佐に相手にされなかった自分へ向けての怒り、そして自分に期待を持たせ続けた布佐への怒り。
もっとも布佐への怒りはお門違いなことは分かっている、それでも津出は未だに布佐に憎悪ともいえる念を持っているのも事実だった。

彼女は今もなお布佐のことが好きなのだ、だからそんなにも恨めしく怒りを抱いているのだ。
津出はそこまで言わなかったが、内藤はなんとなしに感じ取った。

二人の関係がどこか他人行儀であるのは、津出が布佐から離れなくてはいけないと感じている証拠だろう。
二人でいる時に津出がよく笑うのは、それでも布佐から離れられないからなのだろう。


ξ゚听)ξ「将来は布佐さんのお嫁なんて考えていた私は、その楽観さ故に現実という壁にぶつかったわ。
  私はね、フォームとかバランスの良さとか、そんな一風変わった点で他人より優れていたから、インターハイに入賞ができただけなの。
  将来をちゃんと考えてからね、インターハイのビデオとか見たわ、そして私はロードではやっていけないと悟ったの」

津出が上り坂や向かい風でも構わずに、まんべんなく上手く走れることは内藤も知っていた。
しかし彼女は、インターハイ上位選手たちの力には及ばないことが分かってしまったのだ。
純粋な逸脱した身体能力、津出はあくまで一般人としてバイク経験が豊富ではあったが、それだけだった。

誰よりもフォームが良かったことは自負したが、そのほかの選手たちが同じフォームになってみれば、その瞬間に完敗するだろう。
ただでさえロードの世界ではそれだけで食べていける人間など一握りだというのに、津出程度ではとても無理だ。

津出の実力の裏付けは、一度として優勝がない試合経歴を見ても十分だった。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:41:31.96 ID:xKQ8pgkDO
競輪界の発展のため頑張ってくれ
見てないけど

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:42:49.74 ID:OqwQYT7NO
支援

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:42:52.99 ID:9WfXCC+a0
ξ゚听)ξ「私がここに来た理由は簡単、それでも私にはバイクしかなかったの。
  そしてただ、布佐さんにも負けない選手が育てたかった、ただそれだけ。
  未だもって将来の事なんて全く考えていないし、ほとほと私自身に呆れるばかりよ……」

(;^ω^)「……」

津出は働いていなければ競輪選手の嫁になるという玉の輿すら狙っているわけでもない。
ただのフリーターなのだ、だから津出は内藤を弟子に持った当初、バイトを外さなかったのだ。

ξ゚听)ξ「競輪選手のお嫁さんなんで大層な目論見すら持っていないわよ。
  ここにこうしているのはただの私怨よ、どう、驚いた?」

そして津出は人生の大半をかけて憧れ恋してきた布佐を、再び人生をかけて越えようとしているのだ。
今時の若い者と相違ないだろう、先の事を何一つとして懸念せずに今の自分のことだけを考え、布佐に面従腹背しているのだ。

布佐を超えようなど、人生を賭けたギャンブルにしては、あまりに確率の低い賭けだった。
それすら厭わず突き進むなど、とんだ負けず嫌いだ。


ξ゚听)ξ「そういうこと、それ以来大学へも進まず、周りが受験に暮れる中、布佐さんに付きっきりで師匠としてのノウハウを盗もうと努めたわ。
  ピストの練習もしたし、バイクの調整から競輪学校についても勉強した。
  いつか持つ、布佐さんを超えて競輪界の頂点に立つべく弟子を育てるためにね……」

津出はまた妖美な笑顔を内藤に向けていた。
その妖美さには、津出が唯一持つ女性らしさが凝縮されているのだ。

彼女の過去に驚かなかったというと嘘になる、不信が顔をのぞかせたのも事実だ。
それでもなぜか、内藤には津出の想いがよく分かる気がした。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:44:46.65 ID:9WfXCC+a0
突然、内藤の頭にも一人の女性が顔をのぞかせた。
今、彼女はどこで何をしているだろうか。
よくよく考えてみろ、内藤にだって競輪を目指すに当たり誇れるような大きな理由など無いではないか。

( ^ω^)「くっだんねぇお」

ξ゚听)ξ「……なんですって?」

(#^ω^)「何が大した理由もない私怨だお、くっだんねぇお!
  ちゃんとした理由があるお、それだったら僕なんてもっと何も理由ないお!
  ただ沢山儲けられるとかそんな言葉に負けてこの道を選んだだけだお、ふざけんなお、引いたかお!?」

ξ゚听)ξ「別にあんたの理由なんてどうでもいいわよ、あんたが私を信じてくれるのならね」

(#^ω^)「僕だって別にツンの理由なんてどうでもいいお、ツンが僕を信じてくれるなら!」

そうか、似た者同士なんだ、内藤と津出は。
失恋した負け犬が、転んだがただで起きてたまるかという負けん気から、頂上へ這いあがろうとしているのだ。

それからしばらく二人は互いを貶し合い、下劣な言葉でののしり合った。
お前なんかましだ、自分の方が惨めだなんて悲愴さを比べながらも、随所で相手を馬鹿にもした。
そんな不毛にも思える行為から、互いの心がしっかりとむすばれたままでいる事が確認できた。


( ^ω^)「ツン、……絶対に、這い上がってやるお」

ξ゚听)ξ「当たり前でしょ、やられっぱなしで黙っているタマじゃないわよ、私は」




53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:47:51.07 ID:9WfXCC+a0
 
(;'A`)「なんという膨大な量だ……」

内藤に頼まれ、知り合いに長岡について調べて貰ったところ、膨大なデータが送られてきて毒男は呆気にとられた。
たった一週間という短い時間の返答が、目の前に積まれた資料の束だ。
長岡は一度は競輪界の頂点まで上り詰めた男だ、調べやすいかと思ったが、有名過ぎて情報が氾濫しているのだろう、A4用紙50枚にも上るデータを見てため息をついた。

中身をペラペラと捲ると、さすがにまとめる側も限界があったか、綺麗にまとめられているとはとてもいい難い。
それでも限られた時間内で相当尽力したのだろう、余すところがないほど多様なデータがまとめられていた。

('A`)「すっげぇな……お、デビュー戦は布佐さんに負けているのか。
  布佐さんは一気に最上級まで上り詰めたらしいが、長岡さんはゆっくりと、順当に勝ち上がっていったんだな。
  なんだ、地元の新聞に取材までされていたのか、よくこんなもの発見したな……」

毒男だって伊達にファンを名乗ってはいない、内藤へ渡す前に貪るようにそのファイルを読み耽った。
試合の結果だけでも知らないことは無数とあったし、競輪学校同期である布佐との関係は非常に興味深かった。

('A`)「そうか、布佐さんとよく並べて取り上げられているし、インタビューでは必ず布佐さんと比べられているがなるほど。
  二人は競輪学校以前、中学時代からの長い付き合いだったのか……」

毒男は内藤よりもこの結果が来るのを心待ちにしていただろうことを白状した面持ちで、それらすべてを読み切った。
そして封筒へ戻そうとしたところ、その中に小さな紙切れも入っていることに気付く。

手に取って見ると、長岡に関するさほど重要とは言えないだろういくつかの事項が羅列されていた。
あからさまにとってつけた様なゴシップがほとんどだったが、とりわけ毒男の目に入ったものは、某巨大掲示板で使われている彼へのあだ名だった。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:48:55.73 ID:5fnz94xp0
支援

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:50:21.43 ID:9WfXCC+a0
 
ジョルジュと言う俳優か何かをもじったと思しきあだ名はさておき、その下には随分と酷い言い回しがいくつもなされていた。
ラッキースター、疫病神、運だけ男……枚挙にいとまがない数の揶揄に、腹中がむかむかと沸き立ってくる。


(#'A`)「なんだよこれ、ひでぇな……」

ラッキースターなどとと揶揄されているのは、毒男も聞いたことがあった。
長岡のレースでは、対戦相手をわざと転ばせているなどとまことしやかな噂を常識のように話している観客だって何人も見てきた。

しかしそれも仕方ないことか、何せ競輪の最大の大会、KEIRINグランプリでさえ布佐の落車に助けられて優勝したのだから。
それでもここまで悪名高く呼ばれているのでは、何も報われはしないだろう。

(#'A`)「長岡選手も相当努力しているだろうのにな……これは酷い」

毒男は口先を尖らしながら紙を封筒にしまい、しっかりと封をした。




56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:51:34.63 ID:osc6bWai0
支援

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:52:01.78 ID:9WfXCC+a0
これにて本日は投下終了です、支援ありがとうございました。
津出の過去などさらっと流そうと思っていたがくどくなってしまい申し訳ないです。
何かあればお願いします。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:52:48.60 ID:3U1+Ud0h0
乙ですた

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:54:02.90 ID:vHwz3Jwi0
乙!

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:54:04.21 ID:5fnz94xp0
乙!面白かった

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:55:21.86 ID:ozqtd32D0


62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:55:46.32 ID:pFyESI6dO
乙ー

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:59:13.10 ID:ZzOVixAc0
ふふん乙

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 22:03:14.24 ID:gd5qhSQvO
乙!!

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 22:16:24.11 ID:JBGBnaaT0
初遭遇!
けれどちょっと遅かった・・・

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 22:16:28.52 ID:aKVgRNNUO
終わりが近づいてきたっぽいな


67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 22:39:51.60 ID:+o9v/uteO
乙!


全部 最新50
DAT2HTML 0.35bp Converted.
inserted by FC2 system