- 4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/08/22(水) 11:57:10.35 ID:nWGK0R840
ねぇ、降りないの?
( ^ω^)「――えっ?」
不意に声をかけられ、顔を上げた。
ぼやけた視界はゆっくりと輪郭を取り戻してゆく、
やがて目に映るのが、見慣れたエレベータホールだと気付く。
微妙に視界が狭いのは、自分がそのエレベータホールをエレベータの中から見ているからだった。
(*゚ー゚) 「もうついたよ?」
再度疑問形で声をかけられる。
視線をずらすと、同期入社で今は上司のこれまた見慣れた女がいた。
自分が今、出勤途中だと気付くまでに、わずかな沈黙が必要だった。
( ^ω^)「……すまんお」
(*゚ー゚)「謝ってる暇あったらさっさと降りる。
ほら、のろのろしてると所長に怒られるよ」
( ^ω^)「ん」
短くうなずいてエレベータを降りる。
待ちくたびれたと言うように、エレベータは勢いよくそのドアを閉じ、下層階へ下りていった。
- 5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/08/22(水) 11:57:41.08 ID:nWGK0R840
( ^ω^)は空気が読めるようです
- 7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/08/22(水) 12:00:41.95 ID:nWGK0R840
どうにも人生が退屈に思える時期ってのは、誰にでもあるものなんだろうか。
波風立たない穏やかな日々と言えば聞こえはいい。
聞こえが良くて、実際それが至上なのかもしれないとも思う。
しかし毎日はどうにも退屈だった。
朝目を覚ますのは、職場に行って煙草を吸うためじゃないのかと錯覚することがある。
そして家に帰った俺はただ眠るだけ。
わざわざ眠るためだけに家に帰るのは、職場にベッドがないからだろうと思った。
退屈な日々の中で、それでも人は耳をふさぐことはできない。
日常の些事がたてる物音に、俺は軽く顔をしかめた。
(*゚ー゚) 「よっ! おつかれー」
今朝のエレベータで一緒になった、同期入社で今は上司の女が僕に手を振った。
(*゚ー゚)「どうしたのー? 顔が不景気。課長に怒られた?」
( ^ω^)「うるせー」
(*゚ー゚)「おー、ダウナー」
なんだか楽しそうに笑い、上司様は煙草をくわえた。
- 9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/08/22(水) 12:02:30.63 ID:nWGK0R840
この女とは、二年前に同期で入社して以来の付き合い。
激しい生き残り合戦で同期入社のメンバーの多くが退職したこともあり、今では心置きなく話せる数少ない相手がこいつ……
と、言えれば救いもあるが、そう思っているのはおそらく向こうだけだろう。
職場での肩書きの変化から、僕は気軽にこいつの名前を呼べるような立場ではなくなっていた。
入社当時、しぃ君と呼ばれていたこいつは、肩書きがかかわるとともに今では周囲からしぃさんと呼ばれている。
職場でこいつの名前を呼ぶとき、同期の俺でもしぃさんと呼び、敬語を使う。
それは社会人のマナーだったかもしれないし、マナーを超えた場所に信頼を見つけられなかった僕に問題があるのかもしれない。
( ^ω^)「煙草、吸う人だったっけかお?」
隣に立つしぃに尋ねる。
敬語モードを解除しているのは、ここがオフィスではなく喫煙所だからだ。
( ^ω^)「ここで見かけた記憶、あんまないおね」
(*゚ー゚) 「わたしは忙しい人だからね。誰かさんと違って」
( ^ω^)「……」
(*゚ー゚)「うわぁー、落ち込んだー。こらこらこら、ジョークでしょジョーク」
( ^ω^)「普通に笑えないお……それはさ」
喫煙所には今、僕たち以外誰もいない。
そのせいか、しぃはいつもより少しリラックスしているようだった。
- 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/08/22(水) 12:04:50.24 ID:nWGK0R840
- 僕たちの職場がある高層ビルは、この近辺じゃそこそこ背の高い部類に属する。
俺たちが今いる喫煙所はそのビルの最上階にあるから、窓から見下ろす景色はそれほど悪くはなかった。
晴れた日の昼時なんか、感受性に乏しい俺でも思わず眺めてしまうような景色が見れる。
しかしそれでも、この場所に人はあまり来ない。
分煙化という名の喫煙者への圧力がそれだけ強くなってきたのか。
それともわざわざ煙草を吸うためだけにエレベータに乗る気にはなれないのか。
とにもかくにも、ここは僕にとって、自宅以外で気を緩められる唯一の場所だった。
(*゚ー゚)「煙草はね、最近吸い始めて」
しぃが呟く。
(*゚ー゚)「似合わない?」
( ^ω^)「案外様にはなってんお」
(*゚ー゚)「ちょっとね、時代に逆行して若さをアピールしてみようかと思って」
( ^ω^)「さすがに余裕あるおね、誰かさんと違って」
(*゚ー゚)「ふふっ。……ま、嘘だけどね。さすがにもう、若さなんて言うのはね」
- 14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/08/22(水) 12:06:08.32 ID:nWGK0R840
言って、しぃは煙をたなびかせる煙草に目を向けた。
まだまだ二十代半ばで、若さなんてアピールしようと思えばいくらでもできるだろうと思う。
しかし煙草を見つめるその瞳は、若さではないなにかで曇っているような気もした。
(*゚ー゚)「これはね、とある男に影響されて」
しぃは煙草を揺らしながら言う。
(*゚ー゚)「その人がさ、すごく美味しくなさそうに煙草吸う人で。
そんなに嫌なのにやめられない理由ってなんだろうと思って」
( ^ω^)「……んで? 吸ってみた感想はどうだお?」
(*゚ー゚)「理屈で説明できないことってあるんだね。貴重な経験でした」
( ^ω^)「ふぅん」
うなずきながら、軽くため息をこぼす。
男という言葉が、たいして役にも立たない僕の脳裏にこびりつく。
しぃが影響を受けるほど近くにいる男の存在。
そんなつまらないことを考え、僕は新しい煙草をまた一本手にとった。
- 17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/08/22(水) 12:08:11.37 ID:nWGK0R840
(*゚ー゚)「今日はまだ仕事?」
しぃが僕に聞く。
僕は手にした煙草をくわえ、火をつけてから答える。
( ^ω^)「たぶん」
(*゚ー゚)「最近ずっと遅いんじゃない?」
( ^ω^)「雑用はひたすら働いて経験積むしかないんだって。
これ、お上からのありがたいアドバイスだお」
(*゚ー゚)「チーフでしょ、それ言ったの。
……もう、どうしてあの人、そういう言い方しかできないのかな」
( ^ω^)「所長に課長にチーフ、かお……」
(*゚ー゚)「ん? なに?」
( ^ω^)「僕は上司に恵まれてんなぁと思って」
(*゚ー゚)「……」
しぃは僕の言葉に答えなかった。
微妙に喫煙所の空気が重みを増したのは、上司という言葉にしぃが特別な意味でも感じ取ったからか。
- 19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/08/22(水) 12:10:32.54 ID:nWGK0R840
- ( ^ω^)「そっちはもう帰りかお?」
(*゚ー゚)「あ……うん。そろそろお先にって思ってたけど……」
話題転換を図ったつもりが、しかししぃは言いよどんだ。
そんなに気にするなら出世なんかしなけりゃいいと思ったが、さすがにそれは口に出せなかった。
( ^ω^)「この時間だと大変だお? エレベータ」
(*゚ー゚)「えっ?」
( ^ω^)「ほら、帰宅ラッシュでさ」
(*゚ー゚)「あぁ……」
顔を上げたしぃが、小さく苦笑する。
(*゚ー゚)「うん、ま、あれはね……このビルで働いてる人、多いからね」
( ^ω^)「苛々するね、あれ。たまにボタン押し間違える馬鹿とかいるし」
(*゚ー゚)「疲れてるんだろうなって、わたしは思うことにしてるけど。まともに考えても損だし」
( ^ω^)「それはそうなんだけど……。
どうしてあんなでかいボタン押し間違えるのか不思議だお」
- 23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/08/22(水) 12:12:53.62 ID:nWGK0R840
このビルは二十階近くの階層がありながら、エレベータは五つしかなかった。
五時半を過ぎれば多くの職場がいっせいに退社時間を迎え、帰宅の途につく社会人たちがエレベータへ押しかける。
定員二十名ほどのエレベータがどれだけがんばったところでたかが知れている。
エレベータに乗るまでで数分待たされることもざらだ。
そしてまた、乗ってからが長い。
押されたボタンには律儀に応えるエレベータは、ほとんど全ての階で止まっては、無駄にドアの開閉を繰り返す。
中にはいたずらでボタンを押したのか、エレベータのドアが開いたのに誰も外に待っていないということもある。
エレベータを呼ぶボタンを押してからホールの脇にあるトイレに駆け込む奴らが、俺の職場にいる。
たぶんそういう奴らが他にもたくさんいるのだろう。
もちろん、エレベータに乗ってからボタンを押し間違える奴もいる。
一階で降りるくせに二階のボタンを押してみたり、三階のボタンを押してみたり。
てめぇだけこの階で降りてあとは階段使いやがれ……と、疲れている時は本気でそう思う。
( ^ω^)「僕は定時退社には向かないらしいお」
少しふざけた調子で言う。
( ^ω^)「毎日あんな苛々させられたら、三日ではげちゃうお」
(*゚ー゚)「ブーンならそうかもね」
しぃは微笑みながら言って、煙草を灰皿に投げ入れた。
- 26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/08/22(水) 12:16:16.07 ID:nWGK0R840
しぃは微笑みながら言って、煙草を灰皿に投げ入れた。
(*゚ー゚)「じゃ、わたし先に戻ってるね」
( ^ω^)「あぁ」
(*゚ー゚) 「あんまり長居したらダメだよ?
怒られないためには、まず怒る理由を相手に与えないことが第一だから」
( ^ω^)「肝に銘じておきますお、しぃさん」
(*゚ー゚)「うん。ブーンもがんばってね、お仕事」
力強くうなずいて、しぃは喫煙所を出た。
俺の軽いジャブに、もうふらつくこともなく。
ブーンとは俺のことだった。本名は内藤ホライゾンなのだが。
子供のころからのあだ名は、今でも健在だ。
職場には内藤姓が俺のほかにもう一人いて、名前で呼ばなきゃどっちのことだかわからないでしょ?
……というのが、しぃが俺をブーンと呼ぶ理由だった。
しぃは喫煙所の外でも俺をそう呼んだ。
しぃさんと、ブーン――二つの名前の間には、絶対的な差があるのだろうと感じた。
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