- 153 名前:
◆MAMEOLw4rQ :2007/09/23(日)
23:50:58.27 ID:X7n6Y3cm0
- 7
その次の日から、ドクオの腕の調子は確かに良くなっていた。
楽器を構えても、苦痛の表情を見せることは時折ありはするが、以前よりは格段にその回数が減った。
川 ゚ -゚)「ドクオ、腕は本当に大丈夫なのか?」
('A`)「ああ、おかげさまで。よく効く薬をもらったんだ」
そういい、右腕を振り回して見せるドクオ。
その表情に、苦痛の色はない。クーはそれを見て、静かに微笑んだ。
('A`)(モララーからもらったあの薬、本当に効くな。いつか礼でも言っておくか)
- 155 名前:
◆MAMEOLw4rQ :2007/09/23(日)
23:52:15.03 ID:X7n6Y3cm0
- そして本番の日。
黒い衣装に身を包んだそれぞれはリハーサル室でのチューニング、簡単な通し練習を終え、ステージの舞台裏へと足を運んでいた。
舞台裏に入ると、ラウンジ高校の演奏がまさに始まったところであった。
高貴なる葡萄酒を讃えて。
有名な金管10重奏曲であるが、アンサンブルコンテストの規定により、8人編成になることが多いこの曲は、アンサンブルコンテストでもたびたび演奏される。
だから、同じ日に複数の学校がこの曲を演奏するということも稀ではない。今日もそうであった。
やがて、冒頭のメロディーが聞こえ、チューバの音階を下るソロが終わったあたりで、全員は言い知れぬ動揺を感じた。
今までに演奏された葡萄酒とは、明らかに違う。
個々の技術、アンサンブル力、曲の表現。全てにおいて、他に勝っていたような気がしたのだ。
(;^ω^)「うお〜、緊張してきたお」
舞台脇からその様子をのぞきこむブーンは、スーツのすそで汗をぬぐいながら言った。
その様子を横で見ていたツンが、静かに笑う。
ξ;゚ー゚)ξ「意識しちゃだめよ。前の団体の演奏は気にしたら負けよ」
川 ゚ -゚)「そうだぞ。私達が今までやってきたことを、しっかりと表現すれば良いんだ」
(´・ω・`)「僕ら5人の最初のステージ。思い切り楽しもう」
('A`)「ああ!」
やがて曲は中盤、シャンパンのコルクを抜く音が聞こえ、『そしてシャンパンをもう一本』が始まる。
- 158 名前:
◆MAMEOLw4rQ :2007/09/23(日)
23:53:28.97 ID:X7n6Y3cm0
- _
( ゚∀゚)「お前ら、こっちこい」
葡萄酒もそろそろ終わりを迎えようというとき、ジョルジュの言葉で全員が密集する。
そして、ジョルジュは無言で5人の前に右腕を差し出した。
( ^ω^)「……」
もはや何も言わずとも、目で語ることが出来る。
ブーン、続いてツン、クー、ショボ、ドクオも全員が腕を出し、全てが一つに重なった。
_
( ゚∀゚)「楽しく演奏して来い! ファイトだ!」
重ねた手の感触を確かめるようにしたその時、ラウンジ高校の演奏が終了し、盛大な拍手が巻き起こった。
それを聞き、慌ててそれぞれの楽器を構え、入場の準備をするブーンたち。
『41番 私立VIP高校吹奏楽部 金管5重奏 VIP 5人の金管奏者のために』
やがて、ホール練習のときと同じように、始まりを告げるアナウンスが放送される。
それと同時に、ミュートや持ち替え楽器のスタンド、小物代を準備する手伝いの生徒が入り、それが終わるタイミングを見計らい、クーが先頭となって入場した。
- 159 名前:
◆MAMEOLw4rQ :2007/09/23(日)
23:54:26.23 ID:X7n6Y3cm0
- ステージに上がると、段々と照明がつき、そのホールの広さ、観客の多さに圧倒された。
千人以上も収容できるホールの座席がほぼ全て埋まっており、そこにいる全ての人が自分達を見ている。
川 ゚ -゚)「……」
やがて、クーの礼にあわせ、全員が頭を下げる。
その途端に巻き起こった拍手は、以前のホール練習で聞いたものよりも、舞台袖から聞いたラウンジへの拍手よりもずっと大きかった。
川 ゚ー゚)「……」
緊張する仲間達に優しい目線を送るクー。
その視線に、それぞれが楽器を構え、呼吸を落ち着ける。
川 ゚ -゚)(いくぞ!!)
そしてクーの勢いの良い合図に従い、1楽章がスタートした。
- 163 名前:
◆MAMEOLw4rQ :2007/09/23(日)
23:55:37.23 ID:X7n6Y3cm0
- 冒頭の3和音は相変わらず美しい響きで、そこからうねり、前へ出たホルンがトロンボーンと絶妙に絡み合う。
( ^ω^)「……」
ξ゚听)ξ「……」
そして、暖かなホルンのソロ。
ホールの響きを受け、その音色はとても柔らかく、心地よく聞こえた。
('A`)「……」
川 ゚ -゚)「……」
そして次に繋げられる、ドクオとクーの掛け合いメロディー。
高音を奏でるクーと、その下を掻い潜るように進行するドクオの絶妙な絡み合いは、他の3楽器が作るハーモニーに美しく乗り、日が昇るようなさまを思わせた。
ξ゚听)ξ「……」
そしてそのソロに割って、ホルンが主旋律を奏で、トロンボーンがそれを更に押しのけ、柔らかく温かな音色を奏でる。
スライドを素早く動かすビブラートをふんだんに使い、やがてチューバとトロンボーン、ホルンの3和音で、1楽章は綺麗に終了した。
('A`)(良い感じだ……!)
1楽章と2楽章の間に持ち替えのあるドクオが、スタンドからフリューゲルホルンを手に取り、トランペットをスタンドに差し込んだときだった。
(;'A`)「っ!!」
そのフリューゲルホルンを持ち直した右腕が一瞬痙攣し、ドクオの顔が苦痛に歪んだのを、全員は見逃さなかった。
- 167 名前:
◆MAMEOLw4rQ :2007/09/23(日)
23:57:35.31 ID:X7n6Y3cm0
- (;'A`)(畜生……こんなときに……)
しかし、無慈悲にも時間制限という名の壁を前に、曲は開始する。
チューバの静かなトリル、そしてそれに重なっていくトリル。
(;'A`)「!!」
それがドクオにまわってきた時、ドクオの指はいつもよりも早く動かなかった。
その前にあったツンのトリルに比べれば、素人が聞いても明らかにトリルの感覚が遅いのが分かる。
川 ゚ー゚)「……」
だがクーは動じず、ドクオよりも更に遅いトリルを奏で始めた。
ξ゚ー゚)ξ「……」
('A`)「!!」
目で物を言い、全員は理解しあっていた。
トリルが一定のスピードで進まなくなったのなら、周りに合わせれば良い。
ドクオがトリルを遅くしてしまったのなら、クーはそれより更にトリルを遅くし、この連続トリルが段々とテンポを下げていくものにしたのだ。
勿論ツンもそれを一瞬で理解し、少し遅れて激しいグリッサンドを奏で始めた。
('A`)「……」
そこまでいくと、もう曲は元に戻っていた。
ホルンが巻き起こす風とチューバが地を鳴らす稲妻を掻い潜り、ブーンの轟音が鳴り響く。
- 169 名前:
◆MAMEOLw4rQ :2007/09/23(日)
23:59:13.77 ID:X7n6Y3cm0
- そして、この2楽章の場面転換であり最大の見せ場、段々と激化をおさめるトロンボーンと、それを導くかのようなフリューゲルの掛け合いメロディー。
('A`)「……」
そこまでいくと、ドクオの顔にもう苦痛はなかった。
ハンドビブラートをフルにかけ、トロンボーンから旋律を受け取り、海鳥の鳴き声とともに、そのメロディを弱めて行き、最後の音を伸ばす。
そして、3楽章の開始。
立て続けにクーからショボ。そこからさらにドクオへのベルトーンが鳴り、静かな海を思わせる、ツンのソロがホールを包み込む。
そこからが最後の山場である。
チューバの激しいリズムを切欠に、ホルンとトロンボーンの掛け合いメロディ、そしてその頂点に割り入ってくるクーのピッコロトランペット。
そして、その美しく華やかな場面で、最後に花を飾るドクオのオブリガード。
それが、入ってこなかった。
- 172 名前:
◆MAMEOLw4rQ :2007/09/24(月)
00:01:58.54 ID:TaYzSWt50
- (;'A`)「……」
見れば、ドクオの腕がわなわなと震えている。
吹き出すタイミングを失い、焦燥感に駆られてしまっているのが、一目瞭然であった。
( ^ω^)「……!」
ならば、それを補うまで。
そう言わんばかりに、ブーンがホルンとの絡み合いとドクオのオブリガードの所々を器用につなげ、ドクオがいつでも入れるような状態にする。
('A`)「……!!」
そのブーンの姿を見て、ドクオの右腕に力が入り、やがてトランペットの音色が優しくブーンのトロンボーンに絡みついた。
( ^ω^)「……」
それを見て、ブーンはにっこりとした表情をして、自分の持つ譜面へと戻った。
誰も聞いたことのない初演の演奏だからこそ、曲の要所をその場で変更しても、審査員には何も思われない。
VIPという曲だから出来た、まさにチームワークの求められる業を彼らは成し遂げたのだ。
もうそこからは、おわりに向かって一直線だった。
それぞれが最後の和音を伸ばし、そして壮大な3連符を決める。
- 175 名前:
◆MAMEOLw4rQ :2007/09/24(月)
00:03:34.80 ID:TaYzSWt50
- 「う……うおおお!!!」
曲が終了した瞬間、完成がどっと場内を包み、盛大な拍手が所々からあふれんばかりに響いた。
_
( ゚∀゚)(よくやった……本当に……)
( ・∀・)「……すごい」
その演奏はもう、会場にいた全ての人々を魅了していたといっても、過言ではなかった。
盛大なその拍手が、しばらくやまなかったくらいに。
- 176 名前:
◆MAMEOLw4rQ :2007/09/24(月)
00:04:45.19 ID:TaYzSWt50
- やがてステージの照明が消え、5人は舞台袖へと姿を消す。
そして客席からの視界へ来たとき、それぞれの体から一気に力が抜けた。
川 ;-;)「よかった……とてもよかったぞ……」
ξ;凵G)ξ「私達、やりきったね……!」
涙を流すツンとクー。
男3人衆も、実は涙をこらえるのに必死であったのは言うまでもない。
('A`)「みんな。ありがとう。俺のミスを庇って……」
そんな中で、ドクオだけは申し訳なさそうに俯いていた。
その様子を見て、ブーンが勢いよくドクオの背中をたたく。
( ^ω^)「フヒヒ、ドクオがミスったとこは皆カバーしたお。
審査員誰もこの曲聞いたことないんだから、気づくはずもないお。安心汁」
(´・ω・`)「そうそう。問題ないよ。本当に普通に聞こえた……いや、今まで以上に良く聞こえたよ」
('A`)「……みんな」
ドクオは、もう右手の痛さなど忘れてしまっていた。
それ以上に、アンサンブルを通して得たこの絆。それを身をもって深く実感していた。
そして、不意にドクオの目に涙がこぼれ、それを切欠として、ブーンとショボも静かに涙を流しあい、静かに笑いあった。
川 ゚ー゚)「さあ、後は表彰式だな。いこう!」
涙をぬぐい、それぞれは最後の結果発表、表彰式へと足を運んだ。
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