89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 00:59:51.84 ID:qUrxOtfZ0



どれくらいそうしていたのだろうか。
とにかく母者の元へ行かなければと思い立ち上がった頃には既に雨は勢いを弱めていた。

路地裏にはあの女の子達もいなくなり
無残にも荒らされた私の鞄だけがそこにあった。

荒らされたの中身を適当に放り込み、歪んだ指輪をポケットにしまいこむ。
折角書いて貰った地図は雨で濡れてしまい、半分以上も読めなくなっていた。
ぱらぱらと降り注ぐ雨を受けながら、重い足取りでやつれた身体を前へと進ませた。

歩いて来た道のりは覚えていない。
道行く人は皆私を避けて歩いていたからぶつかるはずもなく
見知らぬ街をただフラフラと歩いていた。


約束のレストランに着いた頃には腕時計の針は九時前を差していた。
道がわからずただ歩いていたせいだろうか、とうに約束の時間は過ぎていた。

温かな光が上品な店から漏れている。
びしょ濡れになった姿で入れるはずもなく、窓から母者がいるであろう席を探す。

しかし探せど探せど母者の姿は見えない。
二時間近くも放置されちゃ、怒って帰るだろう。そう思うと寂しいと思う反面
こんな情けない姿を見られなくて良かったと思っていた。
94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 01:01:41.49 ID:qUrxOtfZ0

彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「……大切な日だったのになぁ」

雨に降られ、母者にもあきれられた私の心は既に折れそうだった。

ポケットから指輪の面影をなくした物体を取り出す。
タイヤの跡もついていたそれは半分だけ黒くなっていた。
自然と思い浮かぶのは、今日の為に手伝ってくれた二人の愛娘と最愛の人の事ばかり。

あんなに泣いたのにこの身体はまだ泣き足りないらしく、指輪だった物がぼやけて見える。

彡⌒ミ
( ;_ゝ;)「姉者、妹者……すまない。母者……本当にすまない…………」

@#_、_@
 (  ノ`)「何をしているんだい」

ふと、背後から聞こえた聞き覚えのある声に私は身体を強張らせた。
一番聞きたかった声なのに、今となっては一番聞きたくない声。
私は振り返る事も出来ず、視線を銀色の物体に落としていた。

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 01:02:57.10 ID:qUrxOtfZ0

振り返ることが出来ずにいると、今までさめざめと降り続いていた雨が何の前触れもなくやんだ。
何が起きたのかと思い頭上を確認するも、そこにあるのは赤い空。空の向こう側には水がはねる音が響く。
それと同時に背中から感じるのは怒りと殺気。

冷や汗が流れた次の瞬間、私の首は母者のたくましい腕によって締め上げられていた。

@#_、_@
 (  ノ`)「このあたしを待たせるなんていい度胸だね、あぁ!?」

 彡⌒ミ
(; _ゝ )「うぶぉ……ごめん……な、さ……くるじ……」

息が詰まって上手く言葉が出てこない。
気が付けば私の足は宙に浮いていて、なんちゃって首吊り状態になっていた。
ギブアップの意を伝えるべく母者の腕を軽く叩くと、ようやく苦しみから解放された。

こんなに酸素が美味いと感じたのは久し振りだ。
101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 01:04:38.19 ID:qUrxOtfZ0

母者を見ると、普段の主婦スタイルとは打って変わって白を基調にした清楚な服を着ていた。
いつもは乱雑なパーマも上品に整えられていて、微かだが化粧もしている。
その姿は見知った妻ではなく、一人の女性であった。

@#_、_@
 (  ノ`)「……どうしたんだい、その格好は」

彡⌒ミ
(;´_ゝ`)「いや……これは」

くたびれたシャツには微かに血が染みついていた。
それだけじゃない。雨で血は流れたとはいえ顔は腫れているし、服は乱れたままだ。
私はどう答えようか迷った挙げ句、からからと盛大に笑ってごまかす事を選んだ。

彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「いやー実はここに来るまでの間にやたらデカい犬に追われてな
       こーんなに、こーんなにデカい犬だったんだ。はははは。
       恥かしいがずっと追われてしまってな、転んだりしているうちに血は出るわ雨は降るわで散々だったんだ」

@#_、_@
 (  ノ`)「アンタはほんっとに馬鹿な男だね」

はっきりとした声で母者に言われると、私はうなだれてしまった。
105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 01:06:31.92 ID:qUrxOtfZ0

母者の言う通り私は本当に馬鹿だ。
今の今まで母者が隣にいる事が当たり前だと思っていて、感謝の心すらも忘れていた。
たった一人の大切な人すら喜ばせる事が出来ない私は、本当に馬鹿で駄目な男だよ。

指輪を握る拳に力が入る。渡す予定のプレゼントもこの有様だ。
今日という最高の記念日を、私は一生後悔する事になるだろう。

そんな事を思っていると、頬に温かい手が添えられた。
視線を上げればそこには見慣れた厳つい顔つきの母者ではなく、柔らかい表情をした母者がいた。

@#_、_@
 (  ノ`)「アンタは昔から何も変わってないね。
     あたしを心配かけないようにして見え見えの嘘をつく所も、どうしようもなく運がなくて駄目な所も
     頑張っているのにそれが全部空回りするところも、何も変わってないよ」

そんなにずけずけ言われたら私の心が折れてしまうじゃないか。
今にも泣きそうな顔をしているであろう私の顔を見て母者は呆れたように笑うと
添えられた手で私の頬を思い切り張り倒した。

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 01:09:45.58 ID:qUrxOtfZ0

 彡⌒ミ
(#);´_ゝ`)「母者……流石に今のは痛い…………」

@#_、_@
 (  ノ`)「覚えているかい? アンタがあたしにプロポーズしてくれた日も、ちょうど今日みたいな雨の日だった。
     予定していた約束の場所で傘も差さずアンタを待っていたあたしを
     アンタは三十分も遅れてやって来たんだよ」

 彡⌒ミ
(#)´_ゝ`)「……そんな事もあったな」

その日の事は今でもハッキリと思い出せる。
今日みたいに予想外の雨に、慌てて傘を買って遅れて来た私を
母者はさっきみたいに張り手をしていたんだっけ。

思えばあの日を境に母者の超人的肉体改造が始まったように思う。

@#_、_@
 (  ノ`)「何も変わらずに、ただあたしの側にいてくれた。それだけであたしは嬉しかったよ。
     どうしようもなく駄目で情けない男だけど
     アンタには他の男からは貰えない位の沢山の愛情を貰ったからね」

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 01:12:26.32 ID:qUrxOtfZ0

そう言うと母者は、優しく微笑みを浮かべた。
ああ、やはり今日は何と素晴らしい日なのだろうか。
どうしようもなく駄目な私にこの愛しい人は微笑んでくれている。

胸が熱くなり、再び視界が歪むと慌てて目を擦る。やはり歳なのか、随分と涙腺が緩んでいるみたいだ。

一通り言いたい事を言ってスッキリしたのか、母者は傘を下げて畳んだ。
いつの間にか雨は止んでいたらしく、雲の間からは月が覗いていた。

傘を畳むと暫くの間母者は何かを考えるように眉間に皺を寄せていたが
その何かを思い出したらしく、そうだという顔をすると悪戯に笑いながら私の方を見る。

@#_、_@
 (  ノ`)「さて、他にまだあたしに渡してない物があるんじゃない?」

 彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「……と言うと?」

@#_、_@
 (  ノ`)「例えばその手に握られている物とかさ」

121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 01:14:26.92 ID:qUrxOtfZ0

母者に会って二度目の冷や汗だ。
さっき私を見つけた時は後ろからだったから指輪は見えていなかったし
今も尚指輪を握り隠している事実を母者が知っている訳もはずはない。

私は指輪を握る力を強めると、全力で首を横に振った。

  彡⌒ミ
((;´_ゝ`))「んんんんんんんんんなわわわわわわわわけけ、けなっなっ、いじゃあああっあああないかっかっか」

@#_、_@
 (  ノ`)「本当に嘘をつくのが下手くそだねぇ」

母者はそう言うと強く握られている手を掴み、固く閉ざされた拳を無理矢理開かせた。
無論男ならばここは開かれるのを耐えるべきなのかもしれないが、相手は母者だ。
あっけなく指輪は母者の目に留まり、その表情はしかめっ面になっていた。

@#_、_@
 (  ノ`)「……これは?」

 彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「……すまん。指輪なんだが…………ちょっとした理由でこんな事に……」

ぐにゃぐにゃに曲がってしまったそれはどう見ても鉄の塊。
あの不良少女達のせいとはいえ、守りきる事が出来なかった悔しさに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 01:15:48.36 ID:qUrxOtfZ0

母者は私の言葉なんか聞いておらず、指輪だったそれをじっくり観察したかと思うと
両指で指輪を掴み、ゆっくりと息を吐いた。

@#_、_@
 (  ノ`)「ふんっ!」

腕の力を使って左右に引き伸ばすと、母者の手元から鈍い音が聞こえた。
まさかと思い母者の掌を覗いてみると、歪ながらも円を描いている指輪があった。

彡⌒ミ
(;´_ゝ`)「流石だな……母者」

@#_、_@
 (  ノ`)「これ位どうってことないさ」

そう言いながら母者は指輪を薬指に入れようとする。
しかしやはり綺麗な円ではないからか、指輪は第二関節の所で行き詰まってしまい入る事は叶わなかった。

彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「やはりダメか……。また新しい指輪を買って改めて渡す事にするよ」

@#_、_@
 (  ノ`)「いや、これでいい」

指輪を取ろうとした私の手を払うと、母者は鞄から財布を取り出し指輪を中に入れる。
母者の言葉の意味が理解出来なかった私は、払われた手を擦りながら首を傾げていた。

母者は言動を把握していない私を見て一息吐いて見せる。
両手に腰を当て、私から見ても格好いい微笑を浮かべると私の方をチラリと一瞥した。
133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 01:18:43.00 ID:qUrxOtfZ0

@#_、_@
 (  ノ`)「ここに来るまでのアンタの思いを無駄にする訳にはいかないだろう?」

彡⌒ミ
( *´_ゝ`)「母者……!」

@#_、_@
 (  ノ`)「それと指輪ありがとう、大切にするよ」

そう言う母者の顔には照れた様子なんかこれっぽっちもなかった。
昔はちょっと耳元で囁いただけで頬を染めていたのに、あの頃のようにはいかないのか。
137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 01:21:46.74 ID:qUrxOtfZ0

@#_、_@
 (  ノ`)「さてと、それじゃあどこか適当なファミレスで腹ごしらえでもしようかね」

彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「ファミレス何かでいいのか? 今からでもどこか良い店に……」

@#_、_@
 (  ノ`)「アンタのその格好で入れると思うかい? 
     それにあたしはああいうやたら洋風かぶれしたものは苦手なんだよ」

彡⌒ミ
(;´_ゝ`)「そ、そうか……」

納得いかないが、母者が言うなら仕方ない。
先を歩く母者の隣に立つと、私より小さく固い母者の手を握る。
それに合わせて、母者が私の手を優しく握り返してくれた。

冷たくなった手が暖かくなっていくのを感じながら、私は密かに喜びの笑みを浮かべた。
140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 01:23:53.06 ID:qUrxOtfZ0

彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「ところで何故私が指輪を持っているとわかったんだ?」

@#_、_@
 (  ノ`)「アンタ、プロポーズする時も指輪入れる箱なくして手でずっと握っていたじゃないか。
     まぁ、今日のは直感でカマ掛けてみたんだけどね」

彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「……そんな事もあったな」

@#_、_@
 (  ノ`)「アンタの記憶力の悪さには呆れて物も言えないよ」

彡⌒ミ
(;´_ゝ`)「そんな……これでもまだまだ現役なんだぞ」

雨上がりの道を楽しく会話しながら歩く私達の頭上には
少し掛けた大きな月が雲からその姿を現わしていた。
月明りに照らされて歩く二つ並んだ影は、まさに恋人以外の何のものでもなかった。





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