( ^ω^)せめて冬に死ねば良かったのに。ようですξ"")ξ


 夏になったので、いい加減、僕の彼女は腐ってしまうのだろうなと思った。



( ^ω^)「ツンー。来たおー」

 クーラーボックスと旅行鞄を抱えて、マンションの一室に入る。
 ぷんと広がる異臭。もう慣れた。
 ぶんと飛び回る蝿。これも慣れた。

ξ"")ξ「いつもより遅いんじゃないの」

( ^ω^)「ごめんお。アイス買ってて」

ξ"")ξ「本当に遅いわ。のろま。馬鹿。馬鹿馬鹿。あんたが遅いから、左腕取れたわ」

( ^ω^)「ごめんお。……タオル取り替えるかお」

ξ"")ξ「早くしなさいよ馬鹿」

 僕は旅行鞄から取り出した新聞紙を床に広げ、その上に彼女を移した。
 それまで彼女が座っていた場所には、彼女の何かしらの汁を吸って
 すっかり色を変えた──元はピンク色だったのだけれど──バスタオルがある。

 元ピンク色のタオルをビニール袋に詰め、袋の口をしっかり結んだ。
 これは僕の家に持ち帰って洗濯しよう。

 新たなバスタオルを鞄から出して、定位置に敷く。
 彼女をそこに座らせ、新聞紙はくしゃくしゃに丸めてごみ箱に投げ入れた。
 僕が遅かったという変な理由のせいで落ちたらしい左腕を、彼女の傍に添える。

( ^ω^)「毎回思うけど、面倒臭いお」

ξ"")ξ「これやらないと、下の階の人に迷惑かかるでしょ。それくらい考えなさいよ。馬鹿」

 僕には冷たいくせに、下の階の人には優しい。ちょっと悔しい。
 彼女に一声かけ、僕は手を洗うためにミネラルウォーターのペットボトルを持って風呂場へ移動した。

 ──僕の彼女が部屋で亡くなっているのが発見されたのは、今年の春先だった。
 心不全とか何とか。まだまだ若いのに。

 幸い、彼女が住んでいたのは「死体OK」のマンションだったので
 管理人さんに許可をとって、今も同じ部屋に住んでいる。
 ただ、ここのマンションはペット不可らしく、彼女が人としての原型を留められなくなったら契約は解除されてしまう。

 そもそも原型を留めていられないほど腐敗したら、彼女も、天に召されるしかやることがなくなるから、
 あとは御家族のためにお墓に入れなければならないわけで。
 そうなったら、ペット不可とか関係なくマンションの契約は解除しないといけない。

ξ"")ξ「そろそろ、マンション出ていくことになるかしら」

 手を洗い終えた僕がリビングに戻るなり、彼女はそう言った。

 死んでからしばらくは冷房をがんがんつけていたので、腐敗の進行が遅かったのだけれど。
 ついに今月、電気が止められてしまったのだ。ガスと水道も。
 代金が払えないのだから仕方ない。

 僕にはここの家賃を払うので精一杯だった。だって僕にも自分の生活費が掛かる。
 彼女を僕の部屋に引っ越させようかと思ったが、生憎、僕のアパートは死体不可だ。
 じゃあ僕がこっちに住めば、とも思ったけど、ここは女性専用マンションなのである。ちきしょう。

 というわけで、この暑い時期にも関わらずクーラーも水も使えないので、
 彼女はもう尋常じゃないスピードで腐っていくしかない。
 既に、両目と右腕、左足は手遅れ。今日は左腕も追加された。

( ^ω^)「あと何日かお……。あ、窓開けるお」

 よく分からない虫を踏まないように気を付けながら歩き、窓を開ける。
 途端、蝉の鳴き声が響き渡った。
 蝿が何匹か出ていく。

ξ"")ξ「夏ねえ」

( ^ω^)「だお。アイス食べるかお? アイスの実」

ξ"")ξ「食べられないわよ馬鹿。当たり前でしょ馬鹿。あんた1人で食べてなさいよ馬鹿」

 彼女の文句は聞かず、クーラーボックス(残念ながら彼女が入るには小さい)からアイスの箱を出した。
 一口サイズの、ころころとした丸いアイス。
 彼女の好きなリンゴ味を、目の前の減らず口に押し込む。

 でも彼女は咀嚼も嚥下も出来ないので、やがて、溶けたアイスが零れ落ちた。
 ハンカチで口元を撫でてやる。

 それから、何となく、僕の唇を彼女の崩れた唇にくっ付けてみた。
 臭いとか感触とかが気持ち悪いけれど、かといって、嫌でもなかった。

ξ"")ξ「馬鹿じゃないの。馬鹿。何なのよ。
      どうしてこんな気持ち悪いものの面倒見るの。どうしてこんな気持ち悪いものにキス出来るの」

( ^ω^)「恋人だからじゃないかお」

ξ"")ξ「こんなものを恋人なんて言わないでよ。もうやだ。早く天に召されたい。
      それで、あんたなんか普通の女の子と幸せになればいいのに。馬鹿。
      こんなに口の悪い女なんか早く嫌いになってよ。馬鹿馬鹿馬鹿」

 僕は彼女の隣に座り、自分の口にアイスを放り込んだ。冷たい。甘い。
 腐敗臭。蝿の羽音。外から流れ込んで部屋を満たす、蝉の声。
 恐らく、いま鳴いている蝉より早く逝ってしまうであろう彼女を思って、ちょっと泣いた。

 

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