2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 21:58:11.55 ID:/TzLB5630
登場人物

( ^ω^)
   内藤:陸上の400mで県で一位を取るほどの猛者。
      怪我により陸上を引退し、競輪選手を目指そうと試みる。

('A`)
   毒男:内藤の中学時代の友人で、現競輪選手。
      なりたてで、実力はまだまだ。

J( 'ー`)し
   母親:内藤の母親、ギャンブルが嫌いで競輪を良く思っていない。
      目下、競輪を目指す内藤とは対立したまま。
(*ノωノ)
   風羽:陸上部のマネージャーで内藤の元彼女。
      すれ違いにより別れる。
(,,゚Д゚)
   コーチ:大学陸上部のコーチで、レースの度に怒鳴りあげた。
      内藤と仲違いの上、意思疎通が計れずに終わる。

ξ゚听)ξ
   ?

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:00:32.31 ID:/TzLB5630
     第八レース「覚悟の強制」


寒さも本格的になり出す1月の頭に、内藤と毒男は期せずして出会った。
怪我もほぼ完治した内藤は、足しげくジムに通って体を鍛えていたが、そこに毒男が来たのだ。
その日は雪がちらついていたため、毒男も室内で体を鍛えることにしたそうだ。

二人して固定バイクにまたがって、汗を流しながら会話をした。

( ^ω^)「足を重点的に鍛えているんだお」

('A`)「おう、いい心構えだな、ってか十分通用する筋肉量だぞ……。
  怪我してからもちゃんと筋肉の維持に尽力してたんだな。
  適性試験は最大回転力見るだけだし、テストだけを考えるなら、そこまで外で乗る必要もないかもな」

( ^ω^)「怪我以来どうしても膝が心配なんだお。
  外だと冷やしそうだから、室内で気持ちばかりバイクにまたがってんだお」

('A`)「それがいい、天候に左右されないし、この季節は服装なんかが難しいしな」

競輪という目標を見つけてから、内藤は自分の体の好調に驚いていた。
怪我空けにもかかわらず、従来と相違ない練習量がこなせ、筋トレに至っては従来をも上回る回数を積み重ねた。

今までどれだけ嫌々練習をやっていたのか、精神的にどれだけ追い込まれていたのかが見事に回数に表れており、辛さにこそやりがいを見出した。
筋肉が熱を帯びて、体がプルプルと震えだしてからが殊に楽しく、負けん気を出して、まるでゲームを楽しむ子供のようにはしゃいで体を酷使していた。
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:02:28.58 ID:/TzLB5630
陸上の200mで怪我をした岐路を経て、以来ずっと怨恨の様に纏わり憑いてきた呪いから、今こうして解放された。
陸上で失ったものを再び手に入れた彼は、まるでその他の事を忘れたように躍起になった。
陸上から失ったものを忘れようとするかのごとく。

('A`)「そういえばよ、内藤。この日曜日暇か?」

( ^ω^)「日曜日? 別に空いているお」

('A`)「前から話していた競輪、見に行かないか?」

毒男の言う通り、前々から二人は競輪へ行こうと話をしていた。
しかし内藤は「これから自分の目指す先」であり「ギャンブル」である競輪を、葛藤してばかりで見に行く踏ん切りがつかずにいた。
どれだけ割り切ろうと六つ子の魂百までとはいったもので、ギャンブルという現実を突きつけられては決心がしり込みしてしまうのではと懸念したのだ。

今まではメールや電話でのやり取りだったから何ら言い訳をつけては逃れていたが、こうも面と面向かってでは断り辛い。
内藤は腹をくくって良い返事をし、日曜に二人して競輪を見に行く口約束をした。


(*'A`)「良かったぜ、次の試合はぜひ見ておきたくてさ。
  俺の敬愛する長岡選手の弟子とも言える、S級S版の選手が……」


嬉しそうに話する毒男を傍目に、内藤は覚悟を決め、いよいよ競輪に触れる事となった。




6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:04:36.96 ID:/TzLB5630
約束の日、二人が車で向かった先は、CMなどでお馴染みとなっている、県境の大きな競輪場だった。
二人が出会った競輪場は地方の小さなものだそうで、今回は大会の規模が大きいためこちらの競輪場で催すそうだ。
出走予定時刻の一時間ほど前の午前10時に現地に着くと、駐車場には全くと言ってもいいほど車は止まっていなかった。

(;^ω^)「……本当にここでやるのかお?」

('A`)「まあ大きい大会っていってもしょせん地方だしな、でも少し車あるだろ」

(;^ω^)「あるけど……」

申し訳ない程度の数の車だ、一番乗りと言っても差支えないほどに少数しか車は止まっていない。
野球場と隣接している手前、駐車場の数は殊更に多い。
しかし警備員がいるところからすると、やはり大会は行われるようだ。

歩いて行くと、遊園地や水族館の入場口のような、柵に区切られた専用のゲートが目に入った。
しかしそこにいる少数の人間の殆どが中年の人間ばかりとは、笑える話だろう。
競馬などの話題に事欠かないギャンブルならば老若男女が興味を示して参加するのだろうが、競輪ではそうもいかないか、若人や女性の姿は見受けられない。

('A`)「おい、入場券買うぞ?」

(;^ω^)「やっぱり必要なのかお」

('A`)「当たり前だろ、まぁ初めてだし俺が奢ってやるよ」

(*^ω^)「おっおっ、悪いお」

('A`)「気にすんな、たった50円だ」

(;^ω^)「……お?」

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:06:35.93 ID:/TzLB5630
そう言って毒男は販売機に百円を入れ、お釣りで出てきた50円を再び入れて計二枚の入場券を手に戻ってきた。

('A`)「それで内藤、これ以後俺のことはドックンと呼んでもらおうか」

( ^ω^)「……きめぇ」

('A`)「まぁ競輪はお金を賭けるものだからな、選手は相応に縛りがきつくなる。
  前日から携帯電話を持つことも許されずに隔離されたりするし……まぁ競輪学校の話でも分かるか。
  とりあえず俺だけでなく、家族とて車券を買うことはできないんだ」

(;^ω^)「おっおっ、それは厳しい掟だお……」

('A`)「そんな選手が競輪場内にいたら問題だろ、だから俺のことは以後ドックンと呼んでくれ」

( ^ω^)「入るのはいいのかお?」

('A`)「俺のことは以後ドックンと呼んでくれ」

(;^ω^)「把握したお」

毒男は懐からサングラスを取り出し、帽子を深く被ると簡単に変装した。
まだまだ名の知れない選手だ、それでも地元選手だから危険は付きまとう、ダボダボのズボンと上着で筋肉も隠した。

最終確認に呼び名の念を押されると、二人して入場ゲートへ向かう。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:08:08.18 ID:/TzLB5630
(;^ω^)(……)

途中で何度と足が止まりそうになった。
このゲートをくぐってしまったら、もう後戻りができなくなるのでは、と。
プライドもなくなったはずの内藤だったが、ここでゲートをくぐってしまっては人としての禁忌を犯してしまうのではないかという疑念に駆られたのだ。


自分を捨てたのではなかったのか。
堕ちた自分にお似合いの場所ではなかったのか。

様々な意思が交錯して躊躇する内藤を、毒男は大きな声で呼んで、さっさと動くよう促した。
足踏みしているような気の小さい人間と見られたくないがため、内藤は素面をきどって、警鐘のごとく鳴り喚く心音をかき消した。

(;^ω^)(中に入るだけなら、ギャンブルじゃないお……)

入場券を係り員に渡すと、代わりに何か小さな券を渡された。
そして踏み行った先は、巨大な競輪場に隣接する、高く広いドーム空間だった。
鼻を突く若干の異臭、人が少ないここは無駄にだだっ広く汚らしさを感じてしまう。

少し進むと沢山のベンチがあり、隣では売店がいくつか並んでいた。
おにぎりに焼きそば、串カツにおでんから、客層からだろうビールや焼き鳥まで色々と揃っていた。

('A`)「朝飯食ったか?」

( ^ω^)「まだだお」
10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:10:04.64 ID:/TzLB5630
('A`)「じゃあ、何か買って食べながら色々と説明するかな」

そう言って毒男は売店へと向かう。
海の家や祭り特有のにおいが漂い、どことなく懐かしくなった。

('A`)「えーと、おにぎりの2個入り二つと、牛串とあげタコと……内藤は何かあるか?」

( ^ω^)「そこの大福が欲しいお」

('A`)「あ、それじゃあ大福と、あと肉まん二つください」

  「はいはい、800円になります」

随分と頼むものだと思いながら、値段を見てみると食べ物はほとんどが100円と低価格だった。
量が多いわけではないが、それでも祭りのイメージからか、こういった施設では高いイメージしかなかっただけに相乗で異常に安く感じる。

('A`)「んじゃ、千円でお願いします。
  内藤、飲み物持ってきてくれないか?」

( ^ω^)「どこに行けばいいんだお?」

('A`)「そこの自販機から、あったかいお茶頼む」

言われるがまま促され、向かった自販機には「無料」と書かれたお茶があった。
ボタンを押すとそのままカップに注がれて出てくる。
入場料を取っているが、なるほどなかなか良心的だと感心した。

いつの間にか、初めての空間に胸を躍らせている自分に、些かの不信を覚えた。
13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:13:08.35 ID:/TzLB5630
両手にカップを持って戻ると、毒男は丸机を一つ陣取って用紙を一枚広げていた。

('A`)「お、サンキュ。ついでに今日の出走表、お前の分もとってきたぜ」

( ^ω^)「出走表?」

('A`)「ああ、競輪はだいたい複数日に渡って行うから、一日目以降の組み合わせはその日にならないと出ないんだ。
  今じゃネットで日付が変わるくらいには確認できるみたいだがな」

( ^ω^)「ほお」

まずはと肉まんを頬張りながら、その簡単な用紙を眺めた。
なるほど、どうやら一レースでは9人が出走し、その順位を予想するようだ。

レース番号や車番、色別や選手名、年齢に登録地、この辺りは見れば理解できる。
しかしその他にもよく分からない情報がずらりと並んでおり、目が痛くなった。
陸上競技のプログラムでは選手の名前と所属が並んでいるだけだというのに、随分な待遇だ。

(;^ω^)(つーか、選手って30代とか40代の中年ばっかだお)

('A`)「……まぁあくまで賭け事だからな、情報が命だ。
  どこから説明するか……この班別ってのは選手ごとにランク分けされているその班だ、2より1の方がランクが高い。
  さらにA級とS級に大別されていて、初めの方のレースは全部A級選手が出る」

( ^ω^)「級で出場する種目が区切られて、その中で更に班としてランク分けされているのかお?」

('A`)「そういうこと、そしてS級の方がA級よりランクが上なのはなんとなしに理解できるか?
  それで期別ってのは競輪学校の卒業年度だな」
17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:15:21.81 ID:/TzLB5630
( ^ω^)「ほうほう、枠番ってのはなんだお?」

('A`)「賭ける時に、選手ナンバーだけでなくこの枠で賭けることもできるんだ。
  たとえば枠で2-4に賭けたなら、一位が2番だったら、二位は4枠である4番か5番のどっちでもいいってことだ」

( ^ω^)「なんで1〜3枠はそれぞれ1〜3番の選手と同一なのに、4〜6枠は二人ずつの選手が対応しているんだお?
  3枠は3番の選手を指しているのに、4枠は4番と5番、5枠は6番と7番、6枠は8番と9番の選手だお。
  これは不公平じゃないのかお?」

('A`)「まぁ1〜3枠は調子が良くて勝つ見込みが高いから、そう思っておけばいい。
  で、競争得点ってのはその選手が今まで集めてきたポイントだ、このポイントが初心者には一番の目安かな。
  それで、大事なのはこのギア比だ」

毒男が声を静めて指さした先には、3.77や3.64といった数値が並んでいた。
どれもこれも大差ないように感じながら、内藤はおにぎりに手を出す。

('A`)「ギア比ってのは、つまるところ自転車のギアだ。
  数字が大きいほどギアは重く、加速が遅く力が必要だが、一度加速すればその勢いが続く。
  数値が小さいと逆に常時回転力が必要となるが、状況へ臨機応変に対応できるってとこかな」

( ^ω^)「……そんなに大切に思えないってかどうでもいいお、次いくお」

('A`)「これが分かってくると調子や試合運びの予想も見甲斐がでるんだが……で、決まり手ってのはそのままどんな展開で勝利したかだ。
  それぞれ先行して逃げ切る「逃げ」、最終周回で先頭ラインを抜き去る「捲り」、最後の直線で抜き去る「差し」、二番手につけて最後に差す「マーク」。
  この回数と、隣に書いてあるスタートと最終バックストレートでの先頭回数から選手の足質をよむんだ」

( ^ω^)「なるほど」

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:17:01.65 ID:/TzLB5630
確かにバックストレートでの先頭回数には、突出した選手が多い。
常にそういったレースを展開しているのだろう、その選手には「逃げ」での勝利数も比例している。

('A`)「まぁ賭けて儲けるなんて思わないことだな、いわばレースをスリリングにするためのスパイスだよ。
  そうすることで、選手を応援する方にも熱が入るし、勝ってくれと願えばより選手と一体になれる」

( ^ω^)「そんなもんかお……」

綺麗事を言われてもピンとこず、むしろ一歩引いてしまう。
ギャンブルはいけないことだと居直るくらいがむしろ清々しいというのに。
無理に綺麗事でオブラートに包まれては、逆に表に出せないほど黒いものなのかと深読みをしてしまう。

('A`)「まぁとりあえず、100円だけでも賭けてレース見てみようぜ」

( ^ω^)「……賭けなくてもいいお」

('A`)「なんだ、まだ渋ってんのかよ。
  ってか入場の時に貰った券を見てみろ、あれって車券だぜ?」

(;^ω^)「おおおおお!?」

('A`)「先着200名様にプレゼントだ、だからこんな朝から来たんだよ、つっても俺は丁重にお断りしたがな。
  まーお前に競輪の説明してやる時間をとったってこともあるが」

見てみれば『12レース 三連単 3-8-5 100円』と書かれていた。
なるほど、どうやら知らず知らずのうちに、腹を括るしかなくなっていたようだ。

(;^ω^)「……わかったお、100円だけ賭けてみるお」
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:18:35.66 ID:/TzLB5630
('A`)「とりあえず、初めてだし2車複かワイドがいいだろ。
  2車複ってのは、選手を二人選んで、着順にかかわらずその二人が一位二位になればいいんだ。
  ワイドってのは、三位までに入る選手を二人選ぶんだ」

( ^ω^)「じゃあワイドの方が当たりやすそうだお」

('A`)「その分配当は低いがな」

( ^ω^)「うーん……とりあえず分かり易い二車複ってやつでいくお。
  賭けるっていうと、やっぱり一位と二位を当てるイメージが強かったお」

内藤は出走表からポイントの高い二人を選んでマークシートにチェックすると、出走表と睨めっこする毒男を尻目に販売機で車券に代えた。
係りのおばちゃんが交換してくれるイメージがあったが、それを言ったら発想が古いと、毒男に笑われた。

そして『1レース:1=2:100』の車検を手に、いよいよ競輪場へと入った。

競輪場では、さらに人が少なく閑散としていた。
こんな寒い中外に出る人もいないのだろう、しかしそれ以上に物寂しさを感じさせた。

(;^ω^)「……こんなものなのかお?」

大きい大会と聞かされていたが、大きくてこんなものなのだろうか。
毒男は内藤の疑問を余所に、さっさと足を進めては真ん中の席を陣取った。
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:20:30.42 ID:/TzLB5630
( ^ω^)「400mのトラックかお?」

('A`)「よくわかったな、さすが元陸上選手」

実際には小さく見えたのでそう確認したのだが、ドクオには買いかぶられてしまった。
しかし陸上と違い、応援席とトラックは金網で区切られている。
それでいてトラックのすぐ外はもう応援者の場所であり、隔離されつつも近い、まさに見世物といった異様な空間だった。

そしてカーブのバンクがすごい、まるでコースが壁のようにすら見える。

('A`)「ここのカントは……ああ、カントってのは勾配のことな、確か32度くらいだったかな」

32度、三角定規の鋭角程度というのに、壁のように見えるとは実に不思議なことだ。

改めて施設を見渡すと、野外の応援席だけではない、他にもVIP席のような空間が3つもある。
どうやらお金を出すことで、一般席から隔離された高く快適な観戦席に行けるようだ。
近場で選手が見れる方がよっぽどいいのにと、内藤は首をかしげた。

それにしても託児所や休憩所もあった、他にもレディースコーナーに初心者コーナーなんてサービスも充実している。
なるほど、外目では分からない空間がこんなにもあれば、外からブラックボックスに見えるわけだ。

そうこうしていると、ゲートから選手が順々にやってくる。
コースを半周程度して、9番から順にスタート位置に自転車をセットした。
毒男の話では、このギアの固定された自転車をピストレーサーと総称するそうだ。
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:22:42.04 ID:/TzLB5630
( ^ω^)「一人だけスタート位置が前だお」

('A`)「あれは先頭誘導員だ、ペースメーカーって言った方がしっくるくるかな。
  制限時間内にゴールさせるため、基本的に最後の一周半までは先頭を走るんだ」

( ^ω^)「ほお」

選手紹介の後、挨拶と同時にピッと合図が鳴り、選手はピストにまたがった。
そして小さなファンファーレの後、号砲が鳴った。


誘導員が颯爽と走っていく中で、選手たちは全員がのっそりと動き出した。
スピードがなく、転ぶのでは心配してしまうほどによろよろとしている。
素人目では、何がしたいのかさっぱりだ。

(;^ω^)「……何だお、これ?」

スピードある展開を想像し、期待してきた内藤は拍子抜けした。
どうぞどうぞと互いに前を譲っているなど、スポーツとして笑い草だろう。

('A`)「スタートの読み合いだよ、誰が先頭を引っ張るかって。
  そして誰の後ろをついて行くのか……なんせ時速60キロは当然の世界だ、風だって半端ないから陣取りは重要だ。
  それにしてもラウンジ勢がSを取ると思ったが……意外だな」

(;^ω^)「そんなもんかお……」

陸上ではスタートが何よりも大事だ、長距離選手で風除けはよく聞くが、それでもスタートは一斉に走り出し、少しでも前を取ろうとするものだというのに。
しびれを切らした選手が一人出ると、まるで約束されていたかのようにそれぞれが動き、あっという間に列を作る。
そして一周が終わるころには早くも誘導員に追いつき、長い隊列を作っていた。
26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:24:35.75 ID:/TzLB5630
('A`)「分かるか内藤、これは一列に見えて3-3-3の小さな組に分かれているんだ」

( ^ω^)「言われてみると……」

言われてみれば、確かにそんな気がしないでもないが、偶然そんな風に見えているだけのようにも見える。
しかし三周目の半分にも差し掛かろうというとき、真ん中の三人が前の三人組の隣後方にずれ込んだ。
なるほど、ここまで来ると確かに3-3-3だ。

('A`)「この三人をラインと呼んでいる、番号と出走表を照らし合わせれば分かるだろうが、同じ地域の選手が組んでいるだろ?」

(;^ω^)「おっ、前の三人は全員ラウンジ地域の選手で、その次は実況地域、最後尾の三人が801地域だお!」

('A`)「そうだ、こうやってライバルでありながら協力をして、チームで戦うんだ。
  競輪学校の卒業期も書いてあっただろ、あれもチーム編成の目安になる。
  陸上も大学対抗とかあるんだろ、あんな感じだよ」

大学対抗、とんでもない、あんなもの形だけだ。
常に内藤は一人で走っていたし、学校として得点をとったところで誰一人と喜びはしなかった。
最終的に大学が入賞となった時にようやく、内藤を無視して皆で喜んでいるのだ。

( ^ω^)「……」

大学内では除け者とされ、一人で常に頑張って練習を重ねた。
誰一人としてライバルとなり得なかったというのに、ことある度に出される協力やチームという言葉にウンザリしていた。

なんだ、競輪も所詮はそうなのか。
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:28:17.30 ID:/TzLB5630
内藤が訝しく思ったラスト二周で、レースが僅かに変化を見せる。
誘導員のすぐ後ろ、事実上の先頭が後ろをちらちらと振り返る。
しかし特に動きは無い。

ラスト一周半で鐘が鳴った、毒男の話ではここで誘導員は抜けるそうだが、まだ抜けない。
そしてそのままラスト一周に差し掛かった、誘導員が外れると同時、先頭がスピードアップする。

(;'A`)「駄目だ、最後尾は捲り切れない……!」

内藤の買った車券は1=2だったが、2番の選手は二番目のラインにいた。
バンクを超えてバックストレートへ、すでに全選手が体を揺らし、今にも接触するのではないかというほど必死にピストを漕いでいる。
随所に車輪が当たりそうな場面があるが、内藤が「危ない」と思うよりも早く選手たちは避け、新しい自分のポジションを作る。

両手足の様に微細に動きながら疾走するピストレーサーは、見ているだけでも選手の技量が知れ、心が震える。

(;^ω^)「……!」

いや、実際に当たっている、衝突している。
内藤の見間違いでなければ、選手は衝突しながらも抜こうとし、それを衝突して妨害している。
そう、目に見える妨害だ、あんなに頼りない自転車に乗りながら、体をぶつけ合っているのだ。

そして最終コーナー、先頭のラインを、二番手のラインが外から抜きにかかる。
すでに全力を出し切っていたと見ていたが違うのか、どんどんと力強く隣を疾走し、そのまま大周りで妨害を避けて隣に並びかけた。
一番後ろのグループは毒男の読み通りか、前の集団に邪魔されて大外から抜きにかかろうとするが届かない。

そして第一集団の先頭と第二集団の先頭が並んでメインのストレートに来ると同時、さらに全選手がそのペダルの回転を速めた。
直線にもかかわらず腕が震え、顔は口をくいしばって下を見ることしかできない。
とうに全力など超えているのだろう、それでもここで負けるわけにはいかないのだろう。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:31:02.69 ID:/TzLB5630
先頭の二人はもうスピードが上がらずに後退し、代わりに黒服の選手が先頭に立つ。
しかし大外からもピンク色の服をした選手が猛然と駆けてくる。

(;^ω^)「……っ!!」

血が沸き立つ、時速60キロを超える世界、そのたった50mほどだ、50mに選手は全力を超えた力を発揮し、順位はみるみる間に変動する。
目はくぎ付けとなり、瞬きする瞬間すら惜しくその世界に見いった。

そのまま黒服の選手が紙一重で逃げ切り、一位となった。
ピンク色の選手は追い上げるも馬力が足りず、その瞬間に他の選手たちに抜かれ、結局は4位に沈んだ。

あまりの順位変動に目を疑った。

内藤は陸上競技で、200m地点で先頭にいるもズルズルと後退するタイプだったがそんな比ではない。
どうしてラスト200mで七位や八位の位置にいた選手が、先頭までこれるのだ。
ほとばしる感情と興奮が体を包み、手に汗を握った。

('A`)「惜しかったな、2番の選手は一位だったが、1番の選手は七位だ」

そう、今から思えばずっと先頭に立っていたのは白の1番だ、その1番がラストの直線だけで、七位まで転落したのだ。
ずっと選手たちは所狭しと密着して動いているため大差もつかない、時には転ぶことも厭わず、自分の体を使って抜きにかかる選手をブロックする。
死にかねない時速60キロオーバーの世界で、駆け引きをしては数センチのギリギリの感覚と技量を武器に戦っているのだ。
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:32:49.13 ID:/TzLB5630
なんだこの競技は。


('A`)「やっぱり前半は難しいな……後半になると有力選手が出てくるが、前半はここ二日負けた選手が出てくるから安定しなくて当て難いんだ。
  ほら配当見てみろ、2連複で1400円だぞ」

いや、違う、配当なんてどうでもいい。
スポーツマンの目線から見ればこれは立派な競技であり、それでいて見ている者にも恐怖を与えるほどのスリルを伴った他に類を見ない種目だ。

そして陸上の大学対抗のようなチームを組むといったが、それもまた違う。
ラストのチームを無視したあの強烈な差し合い、まさに激闘だった。
仲良しこよしではなく、互いが自分こそ勝つとの思いを秘めながら協力をしているのだ。

チームで他のチームを気押した後、チーム内でさらに勝負が繰り広げられるのだ。
仲間であり最高のライバル、そんな言葉がまさにしっくりとくる。

内藤は未だ興奮冷め止まぬ様子で、一直線に敷かれたゴールラインを見ていた。

('A`)「競馬ほど選手数は多くないが、混戦が多く誰にでも勝機があり、競艇以上に読みを要求されるのが競輪だ。
  お、次のレースの選手が出てきたな、これを足見せって言うんだ。
  このレース直前の足見せで、選手は戦法や調子、チームを観客に見せてくれて……」

毒男が我が物顔に語っていたが、そんなもの内藤の耳には届いていなかった。



35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:35:35.59 ID:/TzLB5630
試合が進むにつれ、見どころある試合が組まれているのだろう、次第に客足も増えていった。
しかし客足に比例して、内藤は賭博という物事の側面を見る事となり、興奮が興ざめしていくのを感じた。

選手を応援もせずにヤジを飛ばすだけの者が多く、出走前から怒号を与える人もざらにいる。
勝利選手を称える事無く、外れ券をその場に捨ててはすぐにも次のレースに目を向ける。
意外な勝利選手が出ては、背中とガッツポーズが申し訳なさ程度に小さく映った。

('A`)「見ず知らずの他人に金を賭けてもらうってのはそういうことさ。
  正直俺もうんざりするが、結局はこういう世界なんだよな。
  幻滅したか?」

正直に首を縦に振った。

内藤は何もスポーツマンシップを気取るつもりは無い、それでも選手として礼儀を尽くしてきた。
同じレースで走る選手、そして時間を割いて見に来てくれている観客のためにも、最低限のマナーは備えてしかるべきだと考えていた。

だというのに、この観客の醜態には目を覆いたくなった。
拍手の一つもできない、腐敗した人間の巣窟だ。
ギャンブルのイメージそのもので、愕然とすることしかできなかった。

いいレースだったと笑うこともない、券が当たらなくては笑顔を見せることすらできないのだ、この人間たちは。
観客は時間を作って選手を見に来てくれる神聖なイメージが強かっただけに、競輪というものの嫌悪を蒸し返させるに十分だった。



37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:38:37.60 ID:/TzLB5630
そしてレースはいよいよ大詰め、本日そして今大会の最後を飾るのはS級決勝と題された12レース目になった。

('A`)「この3番の選手が長岡さんの弟子でな、優勝候補筆頭だ!
  長岡さんってのは二十代中盤にてKEIRINグランプリを制した伝説的な人でな、『ジョルジュ』や『流星』って呼ばれている。
  武勇伝には事欠かなくてな、その当時は布佐(ふさ)って選手が百戦錬磨の強さを誇っていたが……」

内藤は競輪という公的ギャンブルの泥臭さに呆然とし、絶望を抱きながら毒男の戯言をうわの空で聞き流した。
本当にこの世界に入っていきたいのかと自問していたのだ。

確かに選手の気まじめさや頑張りは伝わってきた、競技としての熱さも肌で体感した。

しかしどうしてだろう、陸上とは応援者が根的に違うのだ。
「頑張れよ」「勝てよ」の裏に見えるものがあからさまで、誠意の詰まった陸上の応援と純粋さは比べるまでもない。
応援者としてのスポーツマンシップが無く、お金を賭けて、お金のために応援する、金に塗れた人間しかいない競技、比喩で無くそう感じてしまった。

まるで陸上をやっていた頃の内藤とコーチではないか、最も悔しいのは選手だというのに、頑張っているのは選手だというのに……。
なぜ何も知らない人に、負けたことをこうも言われなくてはいけないのだろうか。
内藤の中に、煮え切らない悔しさと釈然としないもどかしさが芽生えた。

('A`)「その長岡さんの一番弟子が、高岡選手だ。
  試合直前の走り見ても、調子は十分に良さそうだったしな……お、もうそろそろ選手の登場か」

そしていよいよ最後のレースが始まろうというとき、内藤の携帯電話が鳴る。
慌てて応援席から退き、最終レースで客がごった返す人込みをかき分け、競輪場の裏へと回った。
着信を見ると『カーチャン』とあり、通話ボタンに置いた指が止まった。

今、競輪への道を止めろと熱心に説得されたなら、間違いなく決意が揺れる気がした。
しかし今のまましこりを残して競輪の世界に入るのもいかがなものか、止めて欲しい気持も寸劇垣間見せた。
そう思うと、電話口から「あんたの好きなようにやりなさい」と応援の声が聞こえてきそうに感じるから不思議なものだ。
40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:41:03.78 ID:/TzLB5630
迷いながらも、このまま自分一人では決意を見いだせないだろう。
助けを求めるように、内藤は通話ボタンを押した。
親に応援されるならこの道を引き返せやしない、引き留められてしまえばそれ程度の決心だったと諦めてしまえばいい、親に結論を委ねようというのだ。

(;^ω^)「もしもし?」

J( 'ー`)し『もしもし? ごめんね、今大丈夫だった?』

(;^ω^)「まぁ大丈夫だお」

気丈に振る舞ってみせながらも、心の見えない親の声に心臓はバクバクと反共していた。

J( 'ー`)し『それで、この前の話なんだけど……ゴメンね。
  あれからずっと考えたの、どうするのが一番いいんだろうって。
  やっぱり子の自由にさせたいと思うのが親心でね、でも私も譲れない部分でもあったから……』

随分と回りくどい入り方をしてくる、率直にどう意見したいのだと催促したくなる。

J( 'ー`)し『それでね、お正月も帰ってきてくれなかったでしょ?
  あんたも本気なんだって感じてね、私なりに考えたの、本当に毎日毎日』

( ^ω^)「うん」

J( 'ー`)し『それでね……でも、やっぱり私はそんなの嫌だって。
  ごめん、駄目なカーチャンでごめんね、でもギャンブルなんて、あんたに手を出してほしくないし――』


その時、パンっと乾いた号砲とともに、一斉に観客の沸く声が競輪場に響き渡った。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:42:32.02 ID:/TzLB5630
明らかにその音は電話口から入っただろう。
陸上を止めた内藤が競技場にいるとは思い難い、それではこの歓声が何を指すのか、すぐにも頭に思い浮かぶはずだ。

電話口はしばらく無言だった。
無言で、電話越しに歓声の正体を突き止めようとしているのが感じ取れた。

J(;'ー`)し『……ねぇ、今どこに……もしかして……』

か細い声が、懇願するかのように震えていた。

J(;'ー`)し『ねぇ、違うわよね、どこにいるの?
  答えなさいよ、ねぇ、今あんたはどこにいるの!?』

(;^ω^)「……競輪場だぉ」

J(#'-`)し『やっぱり……やっぱりあんたはトーチャンの事なんて何とも思っていないんだね、そうよ、トーチャンなんてどうでもいいんだよね!』

トーチャンは関係ない、そう言おうとした内藤を遮るように、母親は信じられない言葉を繋いだ。

J(#'-`)し『そうに決まっているわよね、当然じゃないあんたはあの人の子じゃないんだから!
  安心した? 父親があの人じゃないって分かって嬉しいでしょ?
  だから好きにするといいわよ、もう勝手にするといいわ!』

(;^ω^)「ま……っ!」

すぐにも電話は切られてしまった。
聞き返したいことはあるが、電話をかけなおす気にはならなかった。

今、親はなんといった?
父親が違う?

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:43:47.81 ID:/TzLB5630
(; ω )「……」

何だろうこの虚脱感は、あんな父親いなくていいと幾度と思った、死ねと心から思ったことも数知れない。
大っ嫌いな父親、それが本当の親ではなかったのだ、喜ぶべきだというのに、どうしてこうも恐怖しているのか。
なぜこうも悲しいのか、どうして自分が分からなくなるのか。

母の冗談だろう、そう思いたかったが、あれだけ父を擁護した母がこんな父の切り捨て方をするわけがない。

何よりも冗談にしては度を過ぎていた。
本当だと認めるしかないのだろう、分かっていながら、こみあげる気持ち悪さに膝をついた。



自分は誰なのだ。



内藤という人物は誰なのだ。



新しいスタートだ、内藤という人物をこれから作り上げていくしかないのだ。
釈然としない感情に結論付け、前に進むしかないと、競輪を目途として見据えた。



そしてトイレに駆け込むと、便器に向かって盛大に吐いた。




43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:45:40.75 ID:/TzLB5630
(*'A`)(そういや高岡選手が出てるってことは、長岡さんもどっかで見ているのかも……)

毒男は淡い期待を胸にして、レースを傍目に周囲をうかがっていた。
仮にも選手関係者だ、バックスタンドにいるものだろうかと特別席に目をやる。
季節柄外が冷えることもあってか、存外にも室内は繁盛していた。

(;'A`)(うーん、それっぽい人はいないなぁ……)

毒男自身、長岡という選手は雑誌で見たことあるだけなので記憶は曖昧だ。
遠目ということも相まって、目的の人影は見えない。
トラックでは最終レースが二周目にかかり、数多のヤジが飛び交っていた。

やっぱり外で待機しているのだろうかと、最上段から外部へと身を乗り出す。
冷たい風が毒男の顔面に浴びせかけられた。

(;'A`)(うおっ、寒すぎ!!)

すぐにも諦めて顔を引っ込めようとしたところで、見覚えのある人影が目に付いた。
選手専用の出入り口近くで待機するその陰に、目はくぎ付けとなった。

('A`)(あれは……うん、間違いない)

一か月ほど前、毒男がロードバイクで競輪場を通りかかったときに、内藤が話をしていた相手の女性だ。
その黄色がかった巻き髪は特徴的で、忘れるわけがない。

('A`)(つーかあの娘、それ以外にもどこかで……って、あの隣にいるのは……?)

そしてその隣の人物も、どこかで見たことある気がした。
そう、長岡と同様、雑誌か何かで……。
45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/04/13(日) 22:46:18.40 ID:/TzLB5630
ミ,,゚Д゚彡


(;'A`)(もしかして、あれって……布佐選手?)


最終レース、残り一周半を示す鐘が、大きく鳴り響いた。
観客が一斉に沸いた。

戻る

inserted by FC2 system