36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/29(土) 22:00:00.65 ID:iay4dYwq0
     第七レース「二人の出会」


次の日、携帯電話を新調すると決別とばかりに連絡先の変更は数人に知らせただけだった。
当然風羽には送っていない、家の場所も住所も知っているだから安心はできないが、できるなればもう一生会いたくなかった。
今の名残惜しさもすぐに消え失せるだろう、目途のない今だからこそ、異常に執着してしまうだけなのだと信じて。

( ^ω^)「……」

やはりじっとしているのは性分ではないと、試しに腕立てをしようとしたが、すぐに肩の激痛に苛まれ断念せざるをえなかった。
こんなときは風を感じるに限る、内藤は憂さ晴らしとばかりに外へと出向く。


バイクにまたがって向かった先は、競輪場だった。

今日は特に催し物は無いようで、駐車場は閑散としていた。
以前聞こえた大地をも揺るがすような巨大な声は、どこにも残り香がなかった。

( ^ω^)「……誰もいねーお」

バイクから降りて辺りを見渡したが、競輪関係者と思しき人はひとりとしていない。
毒男でもいればロードバイクを借りたいと思っていたが、以前会ったことがそもそも偶然だ。

ここで内藤は、どうせやることは無いのだと割り切って、競輪場の周囲を見て回ることにした。
駐車場から遠目に、そして物珍しそうに競輪場を視察する。
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/29(土) 22:03:03.39 ID:iay4dYwq0
(;^ω^)「……どうなってんだお、でか過ぎて構造がさっぱり分んねーお」


陸上競技場では審判室や記録室はあれど、観客席の下にこじんまりと設けられているくらいだ、大きさなどたかが知れている。
競技用具の倉庫や更衣室・シャワー室の方が大きいくらいだというのに、競輪場はまるでブラックボックスのような空間の塊だった。
外目から見ていることもあるのだろうが、施設としての規模が遥かに違う、もっともそれは以前も思ったことだったが。

( ^ω^)「つーか、トラックは一周何メートルなんだお?
  観客席は一体何段あるんだお……」

謎は尽きない、とりあえずいくらお金が必要か分からないが、入場券を買って中に入ってみようか。
そう考えている内藤に、後ろから声がかかった。


ξ゚听)ξ「ちょっと、あんた」

( ^ω^)「……ん?」

振り向いた先には黄色がかった巻き髪の少女がいた。
目つきは鋭く、まるで犯罪者を見ているかのような軽蔑までが容易に読み取れた。

ξ゚听)ξ「さっきから挙動不審なんだけど、何してんの?
  スリとかなら別の日を狙った方がいいわよ、お金持ちがたくさん無防備に来るから。
  車上を荒らすだけでも結構いいものが手に入るかもね」

(;^ω^)「いやいや、違うお、別にそんな盗みとか下見とかじゃなくて」
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/29(土) 22:05:26.05 ID:iay4dYwq0
ξ゚听)ξ「じゃあ何なの?」

(;^ω^)「おっお、興味、かお……」

ξ゚听)ξ「競輪に興味? だったら大会のある日に来るでしょ常識的に考えて……
  それともなに、調べずに来たの?」

(;^ω^)「う……」

内藤の中では、競輪は年がら年中開催しているイメージが強かったため、調べるという行為に頭が回らなかった。
そもそも今日ここに来た理由は憂さ晴らしであり暇つぶしであり、大会が目的で競輪場に来たのではない。

もっともそんなことを言っては、咄嗟に頭を回転させて作った、穴だらけの言い訳にしか聞こえないだろう。
より自分を不審だててしまうだけかもしれないと思い、内藤は返答に窮した。

ξ゚听)ξ「そもそもあんた、数日前にもいたわよね?
  どっかのバイカーと一緒にいて、ロードバイク乗りまわしてなかった?」

( ^ω^)「お、そうだおそうだお、それで興味を持ったんだお!」

ξ゚听)ξ「じゃあその時は何でここにいたのよ」

(;^ω^)「お……」

その時こそ理由もなく足を運んだだけだ、結局問答は終わらないのかと、内藤は少女の責め苦に悲鳴を上げたい思いだった。
どうして興味で来てはいけないのか、どうして競輪場を見てはいけないのか。
そうだ、競輪を物珍しく思い何が悪い、そんな人五万といるだろう。
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/29(土) 22:07:09.39 ID:iay4dYwq0
内藤は変わって強気に、少女へと返した。

( ^ω^)「興味で来て何が悪いんだお、そもそも理由があったとして、何でお前にそれを言わなきゃいけないんだお。
  そういうお前こそ、どうして警察みたいに理由を知ろうとするんだお」

ξ゚听)ξ「別に、挙動不審だった、それ以上の理由が必要?」

(;^ω^)「……」

内藤の強気は、「挙動不審」というもっともな理由により一蹴された。
それ以上の理由は必要なく、そう見えてしまったと言われれば理由として十分だ。

ξ゚听)ξ「ま、別にどうでもいいけど」

(;^ω^)「……どうでもいいなら無駄に構わないでくれお」

ξ゚听)ξ「ロードバイクに乗っただけで子供のようにはしゃいでいる男が、競輪場に何しに来たんだろうって思ってね。
  随分と興味があるみたいだけど、競輪やるの?」

( ^ω^)「お前には関係ないお」

女性は内藤の言葉を聞くこともなく、自分の意見を続けた。

ξ゚听)ξ「あんた、元々は何の競技出身?
  怪我して競技人生の先行きが途切れてしまい、今は競輪に興味持っている、妥当な読みじゃない?」

(;^ω^)「……!」

その言葉で、内藤の表情が一気に凍りついた。
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/29(土) 22:09:37.01 ID:iay4dYwq0
包帯を巻いている痛ましい姿だ、怪我をしていることを気付くなという方が無理だとしても、どうしてそこまで読み取れるのだ。
見ず知らずの人間に自分を知られるという恐怖、陸上時代にも初対面でやけに自分の事を知っていて、馴れ馴れしく話しかけてくるファンや記者はよくいた。
そのたび気持ち悪いと思ったものだが、ここは競輪の世界で陸上は全く関係がない、どうしてそこまで相手は知っているのだ。

「読み」と言われたが、まるで方便のようにしか聞こえなかった。
「あっているでしょう?」と確認されているような錯覚に陥った。

ξ゚ー゚)ξ「どうしたの、図星なの?」

嫌な笑いを浮かべる女性だ、内藤は気押されないように心を改めて強く持った。

(;^ω^)「ああ、言う通りだお。どうしてそう思ったのかお?」

ξ゚听)ξ「そうね、怪我は言わずもがな、筋肉の付き方が常人じゃないのよ、特に足が飛びぬけているわ。
  でもバイク経験は無いから……陸上の短距離か中距離、アメフトやラグビーってところかしら?
  もしくはスキーやスケートもなきにしもね、ぱっと思いついたところだとそんなところかしら?」

十分な答えだ、内藤は納得せざるをえない。
しかし一般の女と思っていたが、体の肉付きまで見られているとは、スポーツに何らかの由縁がある少女なのだろう。

ξ゚听)ξ「まぁ競輪に興味持っているはここに来ている以上当然でしょうしね。
  無難な言い回ししただけよ、あなたは随分と驚いていたようだけど」

(;^ω^)「余計な御世話だお」



47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/29(土) 22:12:06.36 ID:iay4dYwq0
('A`)「……」

ギスギスしさを伴いながら見合う二人を、毒男は遠目に発見した。
この日も練習を終え、ダウンがてらロードバイクでいつものコースを回っていたのだ。
先日に比べれば競輪の催し物が無いため人がおらず、内藤の発見も容易だった。

('A`)「……鬱ダ死ノウ」

そして二人の関係を勘違いすると、気落ちしながら邪魔しないように、ひっそりと再びロードバイクを走らせた。


('A`)「あー、恋人はバイクか……あはははは、気持ちいいやー」

目から汗を流し、不自然なほど爽快にロードバイクをこいでいく。
このとき彼は、世界なんて滅んでしまえばいいと本気で思った。


一通りバイクを乗り終えると、通算距離は40kmになった、夏が終わり暑さも消え去ったため、給水が少なく休憩をはさまなくていいのは助かる。

ボトルの飲み物もなくなったので、そろそろ一息つこうかとコンビニを探していると、毒男は思い出したようにバイクの進路を変えた。
内藤に競輪学校のパンフレットを渡そうとしていたことを思い出したのだ。
内藤を思い出すと仲睦まじい二人が連想させられ、毒男は再び目に汗を蓄えて、以前に聞いたアパートを探してロードバイクを旋回させた。


途中コンビニで休みついでに道を尋ね、常備している地図と睨めっこをしながら内藤の家を探す。
目的の建造物を見つけた頃には、太陽が赤く染まりだしていた。
49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/29(土) 22:14:18.58 ID:iay4dYwq0
毒男は部屋番号を確認すると、郵便受けにパンフレットを入れようとしたが、大き過ぎて上半分あまりが飛び出した形でしか入らない。
仕方なく新聞受けに突っ込もうかと内藤の部屋へ向かうと、ドアの前に一人の女性を発見した。


(*ノωノ)「……」


手すりにもたれ、何をするでもなく物憂げに空を見ていた。
夕日と相俟って、黄昏が織りなす綺麗な姿だった。
それだけで絵になるような、どことなく深い情景だった。

毒男が見惚れながら近付くと、その視線に気付いたか、女性は慌てて地面に置いていた鞄を退ける。
通り道の邪魔と思ったのだろう、毒男は「どうも」とその気遣いを尊重した受け答えで済ませた。

そして内藤の部屋の前に立ち、一応ベルを鳴らしてみる。
部屋の主は先ほど競輪場にいたのだ、返事はないと思っていたが、意外な方向から声が返ってきた。

(*ノωノ)「内藤さんに、御用ですか?」

声の主は後ろ、先ほどの女性だ。
驚いて振り返ると、毒男は初にもきょどった反応しかできない。

(;'A`)「え、あ、はい、そうですが、あ、そちらも……?」

(*ノωノ)「はじめまして、大学の陸上競技部の後輩の、風羽といいます」

(;'A`)「あ、ご丁寧にどうも、えー自分は内藤の中学時代の友達で毒男といいます、ちょっと渡し物があってきたんですがいませんねぇははは……」

風羽は表情を笑顔に変えたが、毒男はこれほど感情のない笑顔を初めて見た。
無理して作っているようにも感じないが、喜びも嬉しさも感じない、心ここにあらずという言葉がしっくりとくる、空っぽの笑顔だった。
51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/29(土) 22:16:04.11 ID:iay4dYwq0
(*ノωノ)「しばらく来ないみたいですし、私が渡しておきましょうか?
  部活の事でちょっと話したいことがありますので」

('A`)「……あいつ、部活止めたんじゃなかったですっけ?」

(*ノωノ)「……!!」

瞬間に風羽が悲愴な表情を顔面に貼り付け、今にも泣き出しそうに目を強く瞑った。

毒男は一瞬自分がしたことが分からなくなったが、それでも純粋な疑問だった。
今の御世代携帯電話の普及もあって、家の前で待つ必要などない、用事があれば電話をかければいい。
もしくはメールで前日にでも連絡しておけば、互いに時間を合わせることは容易だ。

しかしこの女性は現に、こうやって相手の家の前で待っているのだ。
電話やメールできない理由があるのだろうか、そして相当急な話があるのだろうか、そう思っていたが、相手の口から出た言葉は「部活」だった。


毒男の感じていた不鮮明な違和感が、確信に変わった。


('A`)「電話とかしたんですか?」

風羽は首を縦にも横にも振らず、切なげに辛そうな表情を強めた。
瞼には一気に涙がたまり、感情の波によって気丈さが崩れ去っていくのが目に見えた。

これではまるで女の子をいじめているようではないか、毒男はワケが分からなくなり、つい思いついたことを口に出した。

(;'A`)「ああそうそう、内藤だったよな、アイツなら、競輪場で女と話してましたよ? 流石にもういないだろうけど」
54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/29(土) 22:18:01.46 ID:iay4dYwq0
慌てて取り繕ったその一言が、風羽の止め処ない感情に加勢し、彼女の精神に止めをさした。
いっせいに溢れ出る涙は、拭っても拭ってもひっきりなしに瞼からこぼれる。

風羽は慌てて、顔全体に手を当てた。
しかし彼女はその崩れた表情の中にでも、他人へと見せる笑顔を忘れず毒男へと向いた。

(*ノωノ)「競輪場、ですか……」

その様はまるでヒビの割れたビー玉のようで、脆さゆえの独特の美しさが垣間見えた。
毒男はその様に惹かれ、お節介にも彼女をこのまま放っておくことができなかった。

('A`)「そう、競輪場。あいつ、陸上から競輪へ転向する意思があるみたいですよ」

(*ノωノ)「……そっか」

風羽はわざと内藤の話し相手に触れまいとしていたが、頭はその女性のことでいっぱいなのだろう、会話はまったく続かない。
毒男が困り果てていると、風羽はまた感情のない笑顔に戻り、頭を深く下げた。

(*ノωノ)「今日は、これでお暇します。
  それで、毒男さん、今日私がここにいたこと、それと競輪について知ったことは内藤先輩に黙っておいてもらえますか?」

(;'A`)「……別にいいけど」

(*ノωノ)「ありがとうございます、もう邪魔者にはなれませんので。次こそは先輩の頑張りを静観します」

(;'A`)「ぁ……」

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/29(土) 22:20:20.77 ID:iay4dYwq0
風羽が何を言いたいのか、当然毒男には理解などできなかった。
それでも去り際の彼女の背中を見て、なんとなしに分かることが二つあった。


一つは、この事を内藤は知るべきだということ。
ただし、それを今知るべきではないのだろうということ。
結局、内藤がこの事実を知るのは今からしばらく後となる。


そしてもう一つは、彼女は内藤に逆らえないということ。
だからこそ彼女は何も言わずにここで内藤を待ち、何も言わずにここを去ろうとしているのだ。
初対面の人間の前で涙するほど耐えきれない感情の波があろうとも、彼の前でそれを表わすことができないのだろう。


可哀そうだと同情じみたことしか頭に思いつかなかったために、結果、毒男は彼女を止めることはできなかった。

後、毒男は内藤が携帯電話を変えたことを知り、この出来事を重要視しなくなる。
季節は冬に入りたてで、気温以上に寒さを強く感じる、寂しさを暗喩したかのような時節だった。


57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/03/29(土) 22:21:41.97 ID:iay4dYwq0
ξ゚听)ξ「それにしてもアンタ、随分と大きな怪我しているみたいだけど、本当に運動できるの?」

( ^ω^)「ご察しの通り、陸上で壊したんだお。
  でも人一倍治癒力には自信があるお、自転車漕ぐぐらいなら今すぐにでも余裕でできるお」

ξ゚听)ξ「あっそ、余裕で……ねぇ」

女性は呆れたような笑いを内藤に返すと、興味が失せたと言わんばかりに踵を返した。

ξ゚听)ξ「それじゃ、もう帰るから。
  くれぐれも怪我を悪化させないように、気をつけることね」

( ^ω^)「心配されずとも」

口の減らない女だと思いながら、内藤も帰ろうとするがどうやら向かう先が同じ駐輪場のようだ。
渋々女性が行くのを傍目に、競輪場周りをうろうろとして不審に時間をつぶした。

行動の理解し難い、考えの不審な女性だった。


巨大な競輪場を改めて目に焼きつけ、気持ちを昂らせる。
そして一拍の時間をおいて、内藤は駐輪場へと足を運んだ。


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