- 131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:30:37.64 ID:9eXY6xo70
- 第五レース「道先の全貌」
次の日、内藤はドクオに早速呼びかけをした。
毒男の練習が終わってからということで、日が落ちてからレストランで会うこととなった。
ドクオとの約束までの時間を使い、朝からは病院で検査をしてもらった。
やはり強烈に殴りつけた代償は大きく、普通に歩けるようになるまでの見込みは大幅に遠のいた。
走れるようになるなど、まだまだ先の話だと強く咎めらる始末だ。
昼には大学の学務課へ行き、退学についての手続きを聞いた。
どうやら親の同意書が必要なようだ、何ともややこしいシステムになっている、近いうちに実家へ帰る必要がありそうだ。
- 132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:32:06.75 ID:9eXY6xo70
- そして約束の時間の19時ぴったりに、二人は落ち会った。
('A`)「すまん、待たせた」
( ^ω^)「全然いいお」
('A`)「それよりも結果、出したってことか?」
力強く頷けば、その答えを言うまでもなく毒男は理解した。
そして鞄を開けると、A4の大きさの資料を2冊、机に出す。
学校紹介と、入学申込書だ。
( ^ω^)「せっかくだし、色々と教えて欲しいお」
('A`)「何から話すればいいんだろうな」
( ^ω^)「っていうか、競輪選手は学校を卒業しないとなれないのかお?」
('A`)「ああ、競輪選手の登竜門だからな、避けては通れない。
つっても競輪学校を卒業しても、試験を通らなければ元も子もないがな。
まぁこのテストはだいたい通る」
- 133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:33:53.89 ID:9eXY6xo70
- ( ^ω^)「そもそも競輪学校って、毒男は高校卒業してから行ったんだお?
僕はもう大学生だけど、大丈夫なのかお?」
('A`)「大丈夫って何がだ?
俺も二回目の受験で受かったんだ、そもそも二十超えている人なんてざらだぜ?」
それを聞いて安堵の息を吐く。
さすがに高校上りばかりの場に放り込まれては、どれだけ自己を持って挑もうと、いらぬ圧迫を受けることとなるだろう。
しかしそうでないのならば話は早い。
( ^ω^)「入学ってやっぱりテストかお?
推薦とかないのかお?」
('A`)「ああ、まずは推薦の話からするか。
ちょうどお前は陸上の400m選手だったよな」
( ^ω^)「ちょうど?」
首を傾げる内藤を傍目に、毒男は資料をぺらぺらとめくる。
言い方からすると推薦はあるのだろう、全国大会にまで出場しているのだ、腐っても経歴は残っている。
('A`)「お、あったあった、推薦。陸上の欄、読むぞ?」
( ^ω^)「頼むお」
こういったものは、得てしてアバウトな表記の場合が多い。
「いずれかのスポーツにおいて優秀な成績を収めているもの」だなんて抽象的な条件を、大学の推薦では頻繁に見かけた。
期待せずにも、音読してくれるらしい毒男の声に耳を傾ける。
- 135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:36:10.79 ID:9eXY6xo70
- ('A`)「オリンピックの個人種目に出場して、陸上の200mか400mで第八位以上の成績を収めた者」
( ^ω^)「……いや、さすがにそれは無いお」
('A`)「世界選手権競技大会に出場し、陸上競技の200mか400mで第三位以上」
(;^ω^)「いやいや、世界大会自体が……」
('A`)「ワールドカップ大会に出場して200mまたは400mで優勝」
(;^ω^)「……」
('A`)「その他、本財団が特に認める者」
内藤は呆気にとられると同時、改めていかに自分の今までが価値のないものであったのだろうかと再確認する羽目となった。
すべてを投げ出して打ち込んできた陸上競技であったが、それ程度の成績では歯牙にもかけられないのだ。
声すら出なかった。
('A`)「どうだ、さすがに無理か?」
(;^ω^)「というかそんなのがゴロゴロいるのかお?
自信喪失しそうだお……」
('A`)「そんなわけねーって、そんなの俺だって勘弁だ。
上はすごいが、ピンキリだぜ」
ピンキリなことくらい直感で分かる、それでも人生を投げうって努めた甲斐虚しく己が一蹴されては、意欲も失せてしまうものだ。
毒男は気を使ってか、資料のページを遡って説明を続ける。
- 136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:38:25.16 ID:9eXY6xo70
- ('A`)「一般入試行くぞ、一般合格者は75名、そのうち技能試験と適性試験があって、内訳は60人と15人だ」
( ^ω^)「お、技能か適性かどっちかを通ればいいのかお?」
('A`)「そういうこと、ってかどっちかしか受験できないんだけどな。
技能ってのは競輪ないし自転車レースの経験者を対象とした試験で、適性試験って方は自転車経験の有無は問われない。
両方二次試験まである」
( ^ω^)「ってことは僕は適性試験を受けることになりそうだお。
テストってセンター試験みたいな一般問題も出るのかお?」
('A`)「いや、学力は一切関係ない、スポーツ測定みたいなもんだ。
適性試験は一次で垂直跳びと背筋力、二次試験で固定自転車による最高速度と最高回転数、総仕事量の計測だ。
あと強いて言うなら、人物考査もあるが」
適性試験というのは、本当に未経験者が対象のようだ。
内藤には何とも嬉しい条件だった、垂直跳びと背筋力は人一倍自信があったし、怪我や雨の時に室内バイクを何度とこいでいる。
負けるイメージが沸かなかった。
('A`)「試験は半年後だな、4月だ」
( ^ω^)「お? 入学まで一年もあるのかお?」
('A`)「いや、一次試験が4月、二次試験が5月で、入学は11月、そこから競輪学校を一年だ。
一年に二回、春入学組と秋入学組の入学と卒業があるんだよ。
今からだったら、春に試験を受けて秋入学だ」
- 138 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:40:09.13 ID:9eXY6xo70
- ( ^ω^)「秋入学ってオーストラリアかお……そういえば、学費はどうなのかお?」
入学の話が出たところで、最も気になっていることに踏み込む。
内藤の親はギャンブルを酷く嫌悪していた。
内藤自身がギャンブルをこうも毛嫌いしていた理由は、幼少より親に擦り込まれたイメージが最たる要因だった。
そんな親から援助が貰えるとは到底思えない、しかし競輪選手は非常に儲けるという話も聞いてしまった。
儲け話とは、何事もそれ相応のリスクが必要なものだ。
たった一年とはいえ、医学部生など比でないほどの金額が必要なのだろう、勝手にそんなイメージに支配されていた。
( ^ω^)「親からの支援は期待できないから心配なんだお……」
('A`)「ああ、金はかからないぞ」
( ^ω^)「……お?」
今なんと言った、お金がかからない?
ただ?
('A`)「ああ、それはちょっと誤謬あるわ、授業なんかの学費はかからない。
ただ、施設使用や物品には必要だぜ?」
(;^ω^)「え……お……」
('A`)「あと昼飯代もいるな……そう考えるとやっぱりタダとは言えないか。
いやでも奨学金制度もあるし、出世返しで団体から借りることもできるから、心配しなくても大丈夫だと思うぜ」
(;^ω^)「いやいやいやいやいや、ちょっと待つお!」
- 139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:42:20.52 ID:9eXY6xo70
- 毒男が自分の言葉を訂正し、慌ててフォローしているがそんな問題ではない。
つまり学校外の費用が必要なだけで、実質の学校は無料ということか、そんな馬鹿な。
卒業生の話を聞いてもなお、半信半疑だ。
('A`)「あー、そうか、あと受験にも一万二千円が必要……」
(;^ω^)「そうじゃないお、学校はタダなのかお!?」
('A`)「ん……ああ、かからないぜ? でも、言ったとおり昼飯代や施設使用料で……」
(;^ω^)「それはどうでもいいんだお、授業料タダって、え?」
('A`)「……競輪選手が相応に儲けているんだ、競輪業界には金あるんじゃねーか?」
簡単に言ってくれる、きっとドクオもはじめは授業料無料に驚き、惹かれた筈だというのに。
感覚が麻痺しているのか、昼飯代などと拘るところが内藤の疑問とはてんで的外れだ。
陸上では大会や合宿、シューズやユニフォームと出費は枚挙にいとまがなく、バイトをする時間もなかった。
薄っぺらい講義のために学費を払って、無賃無償で浪費だけを重ねた挙句に嫌々走り続けていたのが、今までの内藤なのだ。
なんとバカなことをしていたのか、その結果何が残せたのかと後悔に苛まれてしまう。
信じ難い事実だったが、内藤にとって学費がかからないことは非常に助かる。
母はいまだにギャンブルが父を殺したのだと、異常に恨みを持っている。
施設使用料がどれほどのものか知らないが、出世返しもあるそうで安心した。
- 140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:43:44.26 ID:9eXY6xo70
- ('A`)「そういやお前、乗り気だから大丈夫かと思っていたけど、足はいいのか?
怪我したんだろ?」
( ^ω^)「今朝医者と話して、走るのは難しいだろうけど、しばらく療養すれば自転車なら大丈夫だろうって話だお。
一応スポーツ選手御用達の病院も知っているから、またそこで話聞いてみるけど多分どうにかなるお。
もともとバイクっていえば、怪我したときの練習ってイメージが強いお」
('A`)「そうなのか、それは初耳だわ。
やっぱすげーんだな、陸上選手ってのも」
今まで上手に出られていた気がしていたが、そんなドクオからの何気ない一言が内藤の気をよくさせた。
陸上人生丸々否定されている錯覚に陥っていたが、その一言だけで幾分と気楽になった。
( ^ω^)「ああ、授業ってどんななんだお?
規則って、分刻みって言っていたけど本当かお?
携帯は持つこともできないのかお?」
('A`)「その辺りは面倒だ、資料あるんだから自分で調べやがれw
とりあえず厳しさは半端ないが、試験に受かることがまず先だろ。
鬼に笑われるぞ」
( ^ω^)「面倒だけど、読んでみるお……分からないことはまた聞くからよろしく頼むお」
('A`)「おう、そんときゃ連絡してくれ」
言うと、毒男は荷物をまとめ出す。
すでに一時間あまり話し込んでいたか、熱くなり時間感覚がなかった。
- 141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:44:53.59 ID:9eXY6xo70
- 毒男が伝票を持ってくれたので、それに続いた。
奢ってくれるとの言葉に、内藤は素直に従っておく。
('A`)「それで、最後にお前に言いたいことがあるんだ」
( ^ω^)「なんだお?」
('A`)「親と確執あるのか知る由もないが、競輪の世界に飛び込むつもりならちゃんと伝えておけよ。
そして納得し合ってから、改めて決断してくれ、くれぐれも無断だったり、無理やりはするなよ。
たった一人の親なんだ、大切にしてくれ」
毒男の提示したお願いがあまりに意外で、唖然とした。
いや、その願いばかりは聞けないだろう、無理に決まっている。
あの自分の意見も言えないような母親が唯一目の色を変えて否定するのがギャンブルだった。
息子の言うことにも何一つと反論しない弱気な母が、たったひとつ嫌悪をありありと見せつけるもの……。
競輪には内藤自身ですら初めは相当な嫌悪を覚えたというのに、そんな母親を説き伏せられるわけがない。
( ^ω^)「分かったお、約束するお」
無理だと分かり切っていれば諦めはつく、逆にすがすがしい笑顔で、彼はドクオに返事を返した。
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