94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:45:34.26 ID:9eXY6xo70
     第四レース「再会と出会」


次の日の午前、内藤は気だるげに病院の検査を済ませると、バイクを走らせて競技場へ向かった。
耳に強く当たる風の轟音が、すべてを忘れさせてくれた。
期せずして無心になれ、やりきれない思いに耽りたがる気持ちを消し去ってくれる。


風はいい。


陸上でどれだけ本気で走っても、得られる風など高々知れている。
世知辛さを忘れ去ることができるほどの風にはほど遠い。

もう、陸上は諦めるべきだろう。
昔の自分がいる限り、その壁を超えられることは無いのだろう。


かといって自分には何があるのか。
丈夫な体があったとして、だからどうだというのだ。


(;^ω^)(……つっ!)


競技場に着くも、バイクから降りようとすれば、激痛が足全体を駆け抜けた。
今更ながら、昨晩にどうしてああも自分の足を殴り続けたのかと、後悔に見舞われた。
今朝に病院で怒られて、包帯でガチガチに固めてもらったが、痛みは気持ち楽になった程度だ。
97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:47:23.34 ID:9eXY6xo70
競技場の観客席に上がると、トラックには数人の人影があるだけだった。
平日の昼間からこんなところに来れる人間など限られている、大会でもない限りこんなものだろう。

その人たちを遠い眼で眺めていた。


長距離選手が二人いた、一人はラップを取りながらぐるぐるとトラックを周回しており、もう一人はトラック外の芝生を走っていた。

幅跳びだろう人が砂場を均しており、短距離だろう選手が基本動作を入念に行っていた。


すべてが遠かった。

選手といっても趣味に毛が生えている程度の人達だ、昔の自分とは比べるべくもない。
しかし休みの日を見つけては、好んで練習しているのだろう人たちは内藤と根的に違った。


これが陸上競技なのだ。
辛さを上回る楽しさを見つけ、達成感に酔いしれては己を鼓舞する。
そう、陸上競技とは楽しいものなのだろう、この人たちにとっては。

気づかぬ間に随分と遠くに来ていたようだ、もう陸上競技に戻ることはできないのだろう。
99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:49:33.97 ID:9eXY6xo70
内藤は心ここにあらずといった様子で黄昏ていると、風に乗って僅かにアナウンス声が流れてきた。

この競技場から少し離れたところに、もうひとつ大きなトラックがある。
競輪場だったか、しかし足を運んだことは一度もなかった。
遠目から眺めては、陸上競技場も同じくらい大きくしてほしいなどと悪態ついていた記憶があった。


競輪とはギャンブルだ、純粋なスポーツマンとして嫌悪しない理由など見つけることの方が難しい。
今日も平日だというのに、どうしてこうも人の声が響き渡っているのか、答えは考えずとも出ることだ。

( ^ω^)(……)

内藤はふと気が向いて足を運んでみることにした。

興味がわいたわけでもないが、今のボロボロの自分を慰めるために、より下の者を見たかった。
この人たちに比べれば自分はなんてことは無い、そうやって傷を舐めて欲しかったのだ。
失ってしまった心の安らぎを、こんな形でもいいから手にしたかった。



101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:51:35.31 ID:9eXY6xo70
現地に到着した内藤は、ただただ驚愕した。

狭い駐車場にはこれでもかと車が敷き詰められ、バスも次から次に何台もが行き来する。
とりわけ駐輪場がものすごい、地平線まで続くのではないかと思うほど長い屋根のある駐輪スペースに、所狭しと自転車が並べられているのだ。
また高級そうなものが多い、マウンテンバイクやクロスバイクという類だろう。

コンクリートに閉鎖されるその空間からは、無数の声が氾濫していた。
いや、競技場内だけではない、外にも幾人もの人が溢れており、何をしているのか、新聞のような資料を片手に唸っている。

陸上競技とは根的に違う、その人数も客層も。
陸上競技では、大会でも選手関係者以外が顔を見せる事などほとんどない、よほど大きい大会でなければ選手であふれかえっているのが常だが、ここはまるで違う。
中年男性が大半だが、今時の若者もいればカップルもいる、まるで運動とは関係のないだろう印象を受ける人間ばかりだ。

陸上競技では知人も出場していないのに来るなど、相当な物好きだと思うものだがこれは違う。

つい惹かれ、中年男性とすれ違いながら正面から中に入ろうとするも、券の購入を求められた。
中に入って見ることも簡単にできないようだ。

しかし当然か、陸上は競技であり、走る・投げる・飛ぶとあらゆるスポーツの基礎であり、紳士的でありながら子供から大人までが嗜める。
一方競輪はギャンブルだ、成人相手でお金ありきの世界に無償サービスを求めるのは見当違いだろう。

内藤はギャンブルやパチンコはもとより、飲酒や喫煙を嫌った。
飲酒こそ部活の飲み会では渋々付き合ったものだが、そのほかでは毛嫌いして一切口にしない。
競輪もそれらと同じだ、どれだけそこにドラマを盛り込もうと、美辞を鏤めようとその事実は覆されない。

働かずして金を得たがる粗暴な人間の手段の一つなのだ、それらは。

( ^ω^)(くだらないお……)

102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:53:30.83 ID:9eXY6xo70
少しでも興味を持った自分を叱咤しながらも、そのまま競輪場の周囲を歩き回った。
競輪場だけではない、そこには建物も幾つとあり、駐車スペースも様々に分けられている。
出入り口だけでも救急車用、工事車用、選手用や関係者用にファンの送迎バス用、一体どれだけの敷地があるのだろうか。

あまりの巨大さに嫌気がさし、踵を返した内藤の前に、一台のロードバイクが向かってくる
目が合うと、そのまま釘付けになり、互いを眺め合った。


(;^ω^)(どこかで……)


ピンとこない、それでもその風体にはおぼろげな記憶があった。

目の前でバイクを止め、サングラスとヘルメットを外せばその感覚は確信に変わった。
絶対にどこかで見たことがある、昔どこかで会ったことのある人間だ。


('A`)「……内藤?」


相手も見覚えがあったようで、内藤の名を口にした、デジャヴではなかったようだ。
名を呼ばれ驚く彼を見て、相手は確信したようだ。

(*'A`)「内藤だろ、毒男だよ、中学一緒だった毒男!」

(*^ω^)「え……毒男!? 本当かお!?」

なにせ6年ぶりの再開だ、互いに半信半疑だったが、喜びが勝った。

103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:55:09.68 ID:9eXY6xo70
当時は互いに別段の係り合いもなく、挨拶はせども親友というには程遠い存在だった。
200m選手として活躍していた内藤、野球少年だった毒男。
互いがそれぞれ別分野において、友人を作っていたのだ。


( ^ω^)「それにしても毒男、ロードバイクだなんて洒落てるお。
  こんなところに来るなんて、まさか競輪かお?」

内藤は冗談で言ったが、毒男はぐっと親指を立ててそうだと言ってみせた。

('A`)「ああ、そうだ……と言いたいが、今日は出ないんだ、ここは練習で通る道ってだけだ。
  まぁ実力もまだまだ足りないわけだが、一応はプロ競輪選手やってんだぜ?」

胸を張る毒男に、内藤は一歩引いてしまう。
プロのギャンブラーだと言われたようなものだ、そんな職に自信を持てる彼が、非常識人に感じてたまらなかった。

中学時代の毒男は少し暗さを持つ人間だったが、真っ直ぐな性格で友人が多かった記憶がある。
どうやらどこかで道を踏み誤ったようだ。

( ^ω^)「人間変わるもんだお、あの毒男がねぇ……。
  プロ野球選手になる夢はどうしたんだお」

(;'A`)「昔の事言うなって、恥ずいだろ!
  当時は本気だったが、今から思えば子どもの戯言だよあれは。
  でも今は、ちゃんと自分のやりたい事を見つけ、頑張ってるぜ」

( ^ω^)「そうかお」

104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:56:38.94 ID:9eXY6xo70
やりたいことが競輪選手か、熱心に語られれば語られるだけ、内藤の気持ちは冷めていった。
競輪がどういった賭け事かは知らないが、しょせんお遊戯なのだろう。
プロレスもそうだ、金をかけるとは表面上、舞台上の演技に一喜一憂して声を張り上げる、カラオケのようなストレス発散だ。

('A`)「そういうお前は、陸上の方どうなんだ?
  中学では怪我したらしいけど、種目変えて活躍してるって聞いてるが……顔の包帯スゲーな。
  また怪我でもしたのか?」

( ^ω^)「……」

毒男は懐から現実というナイフを取り出し、出し抜けに内藤の顔に突きつけた。
しかも中学時代となれば、昨日の言い争いを連想せずにはいられない。
そうだ、昔の友人に会うと嫌でもそうなってしまうのは目に見えていたのに。

顔半分を包帯にうずめているのだから怪我をしていることは明白だったのだろう。
世間話の一環として、尋ねただけだろう毒男に向かい、内藤は鋭い言葉で返答した。

( ^ω^)「もう止めたお」

(;'A`)「え、マジか!?
  大学入っても続けてるって聞いてたのに……いつやめたんだ?」

( ^ω^)「昨日」

(;'A`)「は?」

毒男は狐につままれたような、素っ頓狂な顔をしていた。
中学来の友人に出会うことだけでも出来過ぎた偶然だというのに、その前日に陸上を止めていたとくれば当然だろう。

105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:58:15.87 ID:9eXY6xo70
(;'A`)「陸上やめんのか……なんかわけわかんねーな。
  他にやりたいことでも出来たのか、大学だったら色々あるだろうに」

( ^ω^)「やりたい事なんてないし、大学ももう止めるお」

(;'A`)「はぁぁっ!?」

学校にも行かず昼間にこんな所を無気力に歩いている、そう考えると内藤がいかに自分を見失っているか分かるだろう。

(;'A`)「本当になにあったんだよ一体……言いたくなけりゃ余計な詮索はしないけどさ」

( ^ω^)「まぁ簡単にいえば失恋だお」

(;'A`)「簡単にいえば、ねぇ……。
  そんで、お前どうするんだよこれから、就職先くらいはあんのか?」

( ^ω^)「残念ながら、フリーターが濃厚だお。
  できればニートが良いけど、僕の家は母子家庭だし、残念ながら叶わなさそうだお」

おどけて言って見せるが、その様が逆に毒男の心配を煽った。
特別なかかわりもないただの旧友に過ぎないが、ここで会ったのも何かの縁だろう。
見ず知らずの他人と同じような薄い関係かもしれないが、見ず知らずの他人の心配をして何が悪い。

包帯が覗ける内藤の痛々しい両腕両足を見ながら、毒男は口を開いた。

('A`)「……なぁ、一体いつから走るの止めたんだ?」

106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:59:52.78 ID:9eXY6xo70
( ^ω^)「三週間くらい前だお」

('A`)「……」

あまりにあっけらかんとしている内藤に、よせばと思いつつも毒男はお節介に口出しした。

('A`)「内藤、お前は何がしたいんだ?」

「失恋」と濁したが、退学には何か大きな理由があるのだろう、それは分かっていたがやはり納得いかなかった。
理由が何であれ、こうも無茶苦茶な行動をしているようでは赤の他人だろうと心配してしまう。

('A`)「もう二十歳だぞ、現実見ろよ。
  何を見越して大学まで止めんだよ、馬鹿だろ」

(#^ω^)「なんだお、ギャンブルに溺れたダメ人間に言われる筋合いないお!!」

先日の辛いやり取りを知らない人間に何が分かる、好きな人に裏切られた辛さも知らないだろう人間に馬鹿にされる筋合いは無い。

内藤がとっさに毒男に掴みかかったが、毒男は身じろぎ一つしなかった。
逆にその手を掴み返す。

(;^ω^)「!!」

そのあまりの力強さとバランスに驚き、内藤は思わず手を離した。
陸上競技でも特にバランスよく筋力を必要とする400m選手、しかも県内屈指だ、内藤も筋力には自信があった。
特に中学以降何年とかけてずっと速筋を鍛え抜いてきた、その内藤すら目を見張る筋力を、毒男は持っていた。

とりわけ太ももの筋肉など内藤と比べるべくもない、上半身の洗練されたものとは違う、純粋でワイルドな筋肉。

107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:01:38.98 ID:9eXY6xo70
(;^ω^)「な……どうし……え!?」

理解できないと言いたくも、咄嗟で言葉に詰まった。
中学時代はどちらかといえば貧相な体躯をしていただろう毒男が、どうしてこんなにも変わっているのだ。
筋骨隆々だと自負できる内藤と、肩を並べ遜色ないほどにまでどうして。

(#'A`)「……お前な、競輪なめんなよ」

毒男が声のトーンを落とすと、内藤はびくっと気押された。

(#'A`)「競輪選手はみんな、地獄のような競輪学校を出てきているんだぞ。
  全員丸刈りにされて分刻みのスケジュール、限られた電話時間、週一の外出許可、雨天だって練習内容は変わらない。
  お前は県でナンバーワンだったか知れないが、俺らは学校に入った時点からずっとプロ意識持ってやってんだよ」

ドクオの言葉に圧倒された。
そう、内藤は県で一番となり、全国大会に出たことも数度あったが、それでもプロ意識を持ったことなど一度としてなかった。
世界大会に出たわけでもない、全国大会といってもインターハイやインカレといったしょせん学生、いわばアマチュアという領域でだ。

しかし毒男は違った、すでにプロという領域で戦っているのだ。
その走りを見るためにはお金を払わなくてはならず、見ず知らずの人間にお金を賭けてもらって走っているのだ。
内藤には到底想像できない世界の話だった。

(;^ω^)「なんだお、プロ選手がいい気になんなお!
  アマチュアをいびって楽しいのかお!?」

内藤は自身が信じられなくなるほど、自己卑下な反論をしていた。
今の彼が惨めで無残なのは、自身が一番知っていた。
ただ、過去の輝かしい自分までが無様に蹂躪されるのを黙って聞いてはいられなかった。
109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:03:48.04 ID:9eXY6xo70
('A`)「悪いかよ、お前の心配しちゃ!
  俺だってお節介とも思うさ、ただお前の家母子家庭だろ?
  お母さんとかをどう思ってるんだよ、二十歳も超えて、いつまで親に負担かけて勝手してるんだよ!」

(;^ω^)「カーチャンなんて関係ないお、なんでそんなことまで出すんだお気持ち悪い!」

('A`)「俺の家も母子家庭なんだよ!
  お前の家のことだって、中学の時偶々知ったんだけどずっと覚えてんだよ!
  だから俺、内藤だって見て気付いたし、お前の事も心配しちまうんだよ悪いか!?」

(;^ω^)「!!」

('A`)「俺さ、マザコンって呼ばれるかもしれないけどすっげーカーチャンっ子だったんだ。
  俺のカーチャンってずっと体悪くてさ、そのくせ無理してずっと働いていたんだよ」

毒男は声のトーンを落としながら、遣る瀬無い声を絞り出した。

('A`)「中学で才能もないくせに野球始めたのもそれがきっかけでさ。
  野球選手って並はずれた額の年俸とかテレビでやってるだろ、カーチャン楽させるために将来プロ野球選手になろうってさ。
  当時はただの夢見る少年だよ、才能もなかったくせに、バットやグローブ、ユニフォームを買わせる高い出費に終わったさ」

( ^ω^)「……」
113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:05:39.21 ID:9eXY6xo70
('A`)「野球選手なんてほんの一握りだ、中学から始めただけでも出遅れを強く感じたよ。
  高校になってようやく現実見始めてさ、野球ばっかやってた俺には高卒で大手に行けるような頭もなかった。
  そんな人間が儲けようなんて甘い話だよな」

( ^ω^)「……それで競輪かお?」

('A`)「ああ、結局普通に働いたんじゃそう簡単にカーチャンまで養えない。
  できる限り早く働いてカーチャンに仕事を止めてもらえるくらい儲けていきたかった。
  そう考えてきた時に、競輪に出会ったんだ」

内藤にも大筋は理解できたが、その解決策に競輪が出てくるのがいま一つ理解できなかった。
まるでギャンブル稼業に走った顛末に、後から無理して理由づけしているようにしか思えない。

( ^ω^)「そんなに競輪なんて儲けるのかお?」

詳しく知らないが、競輪選手など数多といるのだろう、それこそ100や200では収まらないほど。
競輪というギャンブル自体がマイナーなイメージもあるためか、さほど儲けられるように感じない。

('A`)「公営ギャンブルはすごいぞ、競馬っていったらぼんやりとでも巨額の富が生まれるってイメージ、沸くだろ?
  宝くじとかもその類だしな、競輪ではプロ選手の平均年収は1300万って言われてる」

(;^ω^)「せんさ……っ!?」

想像していた額を超越しており、つい声が漏れた。
毒男はすでにプロと言っていた、つまりそれほどでないにしろ相応の収入を得ているのだ。
信じられない、まだ二十歳だというのに、だ。
115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:07:13.31 ID:9eXY6xo70
(;^ω^)「競輪学校って言うのは何年あるんだお!?」

('A`)「そりゃすでに俺が卒業してんだ、一年だよ」

(;^ω^)「何人入れるんだお?」

('A`)「通常試験で受かるのは毎年75人だ、脱落者も相応にいるがな」

なんと馬鹿げた話だろう、たった一年で75人もの人間がプロとなり大金持ちへと変貌していくのだ。
野球でさえ、高校からプロへ行ける人間など無数の選手の中から一握り、たかが知れているというのに。
そもそも競輪選手を目指す人間自体、野球選手を目指す人間の数と比べるべくもないだろう。

大学へ4年間も通い、つまらない講義を受けることがどれだけ無意味なことか。

どれだけ頑張ってもプロになれなかった陸上に対し、まるで夢のような話だった。

('A`)「なんだ、興味湧いたか?」

(;^ω^)「……」

正直かなり心動かされたが、敗北感に拒まれ言葉を詰まらせた。

('A`)「……なぁ内藤、お前に何があったか、俺は知る由もないよ。
  でもさ、辛いんだろ、だったら乗ってみろよ」

そう言いながら、毒男はロードバイクを内藤に差し出す。
受け取ってみると、その大きな風貌に反してものすごく軽い。

116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:09:58.65 ID:9eXY6xo70
('A`)「すごいだろ、10キロ切ってるんだぜ?
  実際競輪で使う自転車はピストレーサーって言って、もっと軽いしな。
  そのロードバイクは俺の体格に合わせてあるけど、十分に乗れるだろ」

促されるままに跨ぐと、そのタイヤの細さに不安が募った。
つま先立ちでおどおどとし、頼りなさ気にもこぎ始めると、足の力がダイレクトに推進力に変わっていくのが分かる。

体が浮いた、飛んでいるような感覚とまで言っては過剰だろうか、それほどまでに力がスピードに直結する。
普段乗っている自転車が、どれだけ重く非効率なのかを実感した。

気持ち良さに酔いしれ、広い駐車場を大きく回転して走らせる。
メーターは簡単に30km/hを超えた。

( ^ω^)「なんだおこれ、ものすごいお……!!
  こんなに簡単に40km/hも出るお、信じられないお……」

強く吹き付ける風が直に顔に覆いかぶさる。
轟音が耳に纏わりつき、息苦しさを感じるも、気持ち良かった。
やはり風はいい、しがらみをすべて忘れられる。

本当に気持ちがいい。


('A`)「競輪のピストってヤツはもっとスピードに特化していてな、プロでは70km/hとか出すんだぜ?」

(;^ω^)「ななじゅう!?」

またしても度肝を抜かれた、まさか自走で70km/hもの速度を出せるだなんて考えたこともない。
車の世界の話だとばかり思い込んでいた。

117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:11:22.09 ID:9eXY6xo70
どれだけ走っても陸上では辛さばかりだった、逃げるようにただ走り続けていた。
違う、競輪は風を感じられる、すべてを風化させてくれる。
陸上で何一つと残らず、残せなかった内藤の、新しい道が見えた。


ようやく満足したか、内藤はロードバイクから降りると、爽快な表情でドクオに向いた。

( ^ω^)「……毒男、競輪を教えてくれたことを素直に感謝するお。
  すごく風が気持ち良かったお、新しい自分を発見できそうな気がするお」

('A`)「だろ? 何かの歌であったよな、風を追い越すってヤツ」

( ^ω^)「ハピマテの事かお? 光る風を追い越したら〜」

('A`)「そうそうそれだそれだ、風を追い越して……自力で新しい風を作り、感じてみたくないか?
  自力において最速競技、それこそが競輪だ」

光る風を追い越したら、その先には何があるのだろうか。
何を見出すことができるのだろうか。

('A`)「俺がなってんだしお前ならプロになれるよ、頑張り屋なのは陸上の成績からも一目瞭然だ。
  もしこの世界に来るってんなら、歓迎するぜ。
  まぁすぐには決められることじゃないだろうがな」


電話番号を互いに交換すると、ドクオは再びロードバイクに乗って去って行った。
内藤は興奮冷め止まず、ひとり茫然と立ちすくんでいた……。




118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 23:12:58.45 ID:9eXY6xo70
 
ξ゚听)ξ「……」

ぼうと立つ内藤を、離れたところから一人の女性が見ていた。
手すりにもたれ掛かりながら、鋭い目線を向けている。

ξ゚听)ξ「普通の靴にお粗末なペダリング、どう見ても初心者よね……。
  あんなにも体ができあがっているのに勿体ないわね」

大きくため息をつくと、すぐにも興味をなくしたか、目線を外した。

ξ゚听)ξ「まぁあの太もも見れば分かるわよね、どう見ても競輪選手じゃないわ」

そして周囲をきょろきょろと見渡すが、ギャンブルに現を抜かした人間が行き来するだけだ。
また大きくため息をつくと、内藤に視線を戻した。

舐めるように体つきを観察するが、やはり行きつく先はその太もも。
バイカーではない、それでも一般人とは比べるまでもないほど隆起する筋肉は目を見張るものがある。

僅かに口元が緩んだ。

ξ゚听)ξ「そうね、どうせならああいうのを育てたいわね……」

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