- 46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:00:46.68 ID:9eXY6xo70
- 第三レース「狂乱の歯車」
事故当時の内藤は体全体が血だるまとなっており、側頭部からの出血が殊にひどかった。
両足がつった状態で痙攣しており、意識がないにも拘らず体は小刻みに動いていた。
驚きつつも、悲鳴が上がるばかりで、誰もが近づくのを憚られる異様な光景だった。
病院に搬送されてから、早急な処置を施され、頭部を5針も縫った。
しかしながら不幸中の幸いにも、後々に響くことはないそうだ。
それでも過度な運動は禁止させられ、筋トレすら許されぬ薬づけの生活が、3ヵ月間も一方的に約束された。
内藤はおよそ3週間の入院生活を送り、ようやく待ちに待った帰宅許可が出された。
ようやくの外出だったが、気が滅入りそうな入院生活にストレスは異常なほどに積もり溜まっていた。
本来であればすぐに大学の講義へ向かうべきだろうが、これ以上黙々と座り込んでいては、ストレスで体がどうにかしてしまう。
結局昼過ぎまで町中をうろついて、部活動が始まるだろう時間を見計らって大学へと向かった。
久方ぶりになる部活動への参加だったが、部員は歓迎どころか驚愕した顔しか向けなかった。
内藤は顔の左半分に布をあてがった痛々しい姿だ、それも当然だろう。
長袖で隠してはいたが、体中が包帯で雁字搦めなのも明白だった。
- 49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:02:57.75 ID:9eXY6xo70
- ( ^ω^)「……」
その上露骨に不機嫌をアピールしてくるものだから、誰一人として話しかけられるわけがない。
彼自身、もともと他人とつるむ性格ではないのだから尚更だ。
内藤の登場に、明らかに邪険な素振りを見せる人間ばかりだった。
部活動の開始として、主将が集合をかける。
それぞれ自由に散っていた蜘蛛の子が、一か所に集まって大きな円を作った。
「本日の練習を始める前に……今日はようやく、内藤先輩が復帰しました。
それじゃ、内藤先輩、何か一言」
( ^ω^)「……」
内藤の一言となっても、主将以外の誰もが内藤のほうを見なかった。
囃す者もいなかったが、一瞬にして空気が重く気まずいものとなった。
( ^ω^)「痛々しい姿で済まないけど、ようやく復帰しましたお」
以上で終わりだと合図すると、主将は驚いて目を丸くした。
しかし内藤だって、こうも邪険にされているのに、「改めてよろしく」などと気の利いた言葉を放つ気になどなれやしなかった。
「……内藤先輩、ありがとうございます。
運動できるのはしばらく後のようですが、たまにはこうやって顔を見せては、我々へ激を飛ばしてもらいたいです。
それでは、今日もよろしくお願いします!」
「「おねがいしまーす!」」
- 50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:05:12.22 ID:9eXY6xo70
- 挨拶が終わり輪から抜け出すと、すぐにも風羽が内藤の元へと駆けてくる。
(*ノωノ)「先輩! 病院良かったんですか?」
( ^ω^)「今日にようやく許可が出たお」
(*ノωノ)「先輩……」
怒られるのだろうか、厄介だとすぐに去ろうとした内藤の腕を、風羽は掴んだ。
しかし彼女はその目を背け、ぐっと口を強く締めて言葉を飲み込む。
( ^ω^)「なんだお」
(*ノωノ)「……。なんで、そんなこと黙っているんですか?」
( ^ω^)「……」
(*ノωノ)「私、心配していたんですから、すっごく、ずっと。
その、次からは……ちゃんと教えてほしい、じゃないと私、悔しい……」
それだけ想ってもらえることへの嬉しさと、今にも泣き出しそうな表情への疎ましさが、内藤の中で衝突した。
恋人同士だからといって、特別に互いを報告し合う必要がどこにあるのか。
( ^ω^)「すまないお……」
紙一重、内藤は風羽の気持ちを尊重した。
- 51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:07:02.69 ID:9eXY6xo70
- 風羽は自分を語らない女性だった。
そして常に己の意見を表に出さず、相手の顔色ばかりを窺って話をしていた。
それは彼氏となった内藤とて例外ではない、むしろ恋人となったことでその傾向が強くなったようにすら感じた。
そここそが内藤の鼻についた。
付き合い始めこそその気遣いに居心地の良さを覚えていたが、ひと月もすればどこかで自分を警戒しているのではないだろうかと勘繰ってしまうのだ。
一方的に気を使われているようで、面倒を見られているようで気分悪く感じることが多くなった。
いつからだろうか、彼女の意思が分からなくなったのは。
今でも彼女の居心地の良さは変わっていない。
しかし一言一言が、時に内藤の精神を強く刺激した。
( ^ω^)(自分のことを語らないくせに、僕の事は教えろかお。
随分と身勝手なものだお)
風羽と話しながらも、周囲の視線が気になって気が滅入りそうだった。
スポーツ推薦で学校に入った内藤だ、怪我をしてはその価値がない、学校に居場所がないも同義だった。
今まではその足があったから部活でも一匹オオカミを貫き気丈にいたが、いざ足を失ってしまってはなんと孤独でひた向きなのだろう。
どうして今大学にいるのかと言われてしまえば、その答えを何一つとして持ち合わせていなかった。
すべての視線が彼を見下していた。
- 52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:08:47.32 ID:9eXY6xo70
- 内藤は悪態をつきながら辺りを覗うと、コーチと目が合った。
互いにそのまま目を背けることができず、挑戦的な視線と後ろめたい視線が交錯した。
挑戦的な目線の内藤は、思わず出た笑みで風羽に話しかける。
( ^ω^)「風羽、部室にあったストップウォッチを持ってきてもらえるかお?」
(*ノωノ)「あ……はい、今から持ってきますね」
内藤が一緒にタイムを計測してくれるのだと早合点した風羽は、すぐにも駆けて行った。
彼女がいなくなれば怖いものは無い、他の誰も自分を止めようとする者はいないだろうと、内藤はその足をコーチへ向けた。
部員は内藤から逃げるようにアップへと向かい、内藤とコーチは二人きり、ギスギスしい空気で向かい合った。
(,,゚Д゚)「足は、どれくらいかかりそうなんだ?」
( ^ω^)「最低二カ月だそうだお」
(,,゚Д゚)「そうか……」
一カ月サバを読んだが、その返答をコーチは信じたようだ。
(,,゚Д゚)「二ヶ月は運動禁止か、筋トレも駄目だろうな、くれぐれも安静にな」
( ^ω^)「……」
(;゚Д゚)「おい内藤、まさか……!」
- 53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:09:52.39 ID:9eXY6xo70
- 医者からも同じことを言われていた、人間の治癒能力は安静にしている状態が一番高いから、くれぐれも疲労を溜めるなと。
運動は当然、筋トレだって論外だと直接宣告された。
それでも隠れて、布団の中で上半身を浮かしたり、足を上げたりと内藤なりの方法で、ひっそりと病院内ですら筋トレをしていたのだ。
(;゚Д゚)「二ヶ月は……いや、せめて一カ月は我慢しろ!」
( ^ω^)「よくもそんな口が利けるもんだお」
(#゚Д゚)「わかるだろう、疲労がたまれば治癒力が低下する!
意地を張る場合じゃないだろ!」
(#^ω^)「誰のせいでこんな目にあったと思っているんだお!
無理やり練習させて、体を壊させるように誘導していたのは今に始まったことじゃないお!
ずっと、あんたが僕に練習を指示して積み重ねさせた結果がこれなんだお!」
なまじっか医者と同じ正しいことを言うものだから、へそ曲がりにも内藤は食いかかってしまった。
今まで間違っていたくせに、いまさら正論を振りかざして己の正しさを強調するな。
お前は常に間違っているんだ、命令するな、お前の言う事なんて聞く気はさらさらない。
(;゚Д゚)「そう思うだろう、その件については謝るしかできない、本当にすまない。
大人気なかったと自分でも分かっている、土下座でもなんでもしよう。
だからこれ以上自分の体を傷つけるような真似だけはしないでくれ!」
(#^ω^)「なんだお、もう手遅れなんだお、そのくせ何言ってんだお!」
- 55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:11:19.76 ID:9eXY6xo70
- (;゚Д゚)「俺だってお前をどう扱っていいのか分からなかったんだ。
許せとは言わない、だが、自分の体だけは気遣ってやってくれ。
俺のためだとかそんなんじゃなくていい、だから、頼む」
(#^ω^)「ふざけるなお、僕は退部を言いに来たんだお!
もうお前なんかについていけないお、こんなときばかり常識を持った大人ぶって!
お前なんて誰も信用してついてきていないお!」
言い合っている二人をさすがに放っておけないとみたか、主将が慌てて駆け寄ってくる。
しかし内藤は目もくれずに、叫ぶことを止めない。
(#^ω^)「糞コーチが、お前なんてコーチ失格だお、もう二度と人に教えるな!」
「内藤先輩!」
(#^ω^)「うるさいお、この機にお前も言ってやるお、この糞コーチなんかにこれ以上教わっていても時間の無駄だお!」
「……」
主将は内藤の言葉を反芻して少し黙ったが、その後、内藤に鋭い目線を向けて口を開いた。
「内藤先輩、コーチは我々のために色々と尽くしてくれています、その言葉は無いと思います」
(;^ω^)「お……!?」
内藤は味方をつけてコーチを言い負かそうと算段していたが、主将の思わぬ言葉に面を喰らった。
何を言っているんだ、このコーチを言い負かすのは今しかないぞ、これ以上このコーチの言いなりになっていてもいいのか。
- 57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:13:17.97 ID:9eXY6xo70
- (;^ω^)「その言葉も何も、この馬鹿コーチがあり得ないんだお、僕の足を壊させたのもこのコーチだお!
分からないわけじゃないだろお、今こいつにコーチとしていかに不向きかを分からせないで、一体いつ分からせるのかお!?
このまま学び続けていいのかお、これ以上言いなりになっていてもいいのかお!?」
「構いません」
(;^ω^)「……!!」
毅然と言い放った主将に内藤は言葉を失った。
なんだ、結局のところコーチが正しいんだ、主将だってこのコーチに内心何を思おうと、歯向かうなんて思考は出てこないのだ。
ふざけるな、上司には逆らえないものだと脳裏に刷り込まれた下らない人間が。
これ以上は時間の無駄だ、こんな主将のいる部活など、やっていけない。
(#^ω^)「ああ、仲良しこよしな下らない部活だってことはわかったお。
もういいお、やっぱり僕にこの部活は合わないお。今日限りでさようならするお」
(;゚Д゚)「あ、おい……っ!」
もっと温和に済ませようと、怒りたくない怒りたくないと思っていたが、叶わなかった。
内藤は捨て台詞を残して、止めようとしたコーチの手を振り払い、棒のように折れ曲がらない足を動かしてその場を去った。
思うように稼働しない足がもどかしく、奥歯を噛み締めて痛みに耐えながら、振り向くこともせずに足を動かすことに集中する。
学校へ来た時は退部宣言に心が乗らなかったが、いざその場に立ってみればなんてことはない、我を失って躊躇せず「退部」を宣言してしまった。
歩いていると、ジョギング中の陸上部メンバーとすれ違った。
誰一人からも挨拶は無かった。
- 58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:15:33.46 ID:9eXY6xo70
- 内藤は一人暮らしの住宅へ帰ると、その虚しさに何をする気も起きなかった。
季節は12月半ば、夕刻ともなれば気温はみるみる下がってくる。
寒いと思いながらも、何をする気も起きずに内藤は座り込んだ。
期せずして涙が瞼に溜まった。
そんなに涙もろいわけでもないのに。
走ることを失って――
プライドもなくなって――
歩いているだけで周囲から見下されているように感じてしまう自分の弱さ。
運動推薦で勝ち取った居場所は、走ることがなくなった途端、学校からも部活からも消え去っていった。
唯一残った居場所が、一人物哀しいこの部屋だ。
なんて脆く、上辺ばかりでハリボテのような人生だったのだろう、走れなくなっただけで全てを失ったのだ。
他に誇れるものなど、自身ですら思いつかなかった。
幕切れは、実にあっけなかった。
- 60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:17:10.24 ID:9eXY6xo70
- ぼうといつまでも感傷に浸っているところだっただろう、内藤の思考を遮る音が部屋に響いた。
コンコン
門扉を小さく叩く音。
静寂に響く、優しい音。
淡い期待が内藤の脳裏を掠めた。
コンコン
催促するでもなく、控え目に、確認するかのようなノック音。
間違いない。
内藤は慌てて立ち上がると、足の痛みも忘れて無我夢中に玄関へと駆けた。
覗き穴から外を確認もせずに、ドアを開けた。
- 62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:19:26.57 ID:9eXY6xo70
- (*ノωノ)「あ、良かったです、先輩が帰ってなかったらどうしようかなって思っていました」
ドアの外には、望み通りの人物がいた。
両手には重そうに、買い物袋を掲げている。
(*ノωノ)「とりあえずの、退院祝いをしようかなって思って。
部活は無理言って先に帰ってきちゃいました」
ばつが悪そうに笑ってみせる、その笑顔が何よりも可愛かった。
思わず涙腺が緩み、再び内藤の目に涙が溜まる。
泣いている顔を隠したいがばかりに、内藤は咄嗟に風羽を抱きしめた。
(*ノωノ)「え、せん……ぱい?」
( ω )「……」
内藤が無言でいると、風羽もそれ以上何を言うこともなかった。
彼女も目を瞑り、そっと内藤を抱き返した。
彼女は誰よりも内藤の辛さを感じ取り、受け止めた。
その度量で、彼の悲しみをすべて抱擁した。
しばらく二人は抱き合って、互いに冷えた体と心を温め合った。
- 63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:20:55.47 ID:9eXY6xo70
- 内藤が腕の力を弱めた時を見計らい、風羽が「荷物、中に入れてもいいかな?」と切り出し、ようやく部屋の中に入る。
小ざっぱりとした部屋は、少し埃っぽさを感じた。
内藤は壁を背に座り、台所に立つ風羽を眺めていた。
(*ノωノ)「家から鍋持ってきましたし、すき焼きでいいですよね」
( ^ω^)「それよりも、こっちに来てほしいお」
(*ノωノ)「……うん」
風羽は笑顔を向けて、内藤の隣に座る。
その風羽に、内藤は寄り添かかった。
いつもの彼ならばまずないだろう、甘え方だった。
風羽に甘えてはいけない、そう自分に言い聞かせる内藤の心内を読んでか、風羽は代弁するかのように言葉を紡いだ。
(*ノωノ)「先輩……やめないで、ください」
( ^ω^)「……走ることをかお?」
(*ノωノ)「はい」
しばらく二人共に無言だった。
頭も回らないまま、考えも決まらずに内藤は口を動かしていた。
- 66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:22:58.85 ID:9eXY6xo70
- ( ^ω^)「僕に居場所はもうないお」
(*ノωノ)「そんなことないです」
( ^ω^)「無理しなくてもいいお、僕は風羽みたいに強くもないお。
交友もなければ、走ること以外に何一つと胸を張れるものもないお。
走れなくなった僕に、部活は当然学校にいる場所なんてないんだお」
(*ノωノ)「そんなことないです!」
風羽が珍しく口調を強め、内藤に目を向けた。
おどおどしい彼に対し、彼女の眼はまっすぐに彼を捉えていた。
(*ノωノ)「私は先輩が言うほど強くありません、だから一緒に支えあいましょうよ。
先輩の居場所は私が作ります、私のそばにはいつも、内藤先輩の特等席があります。
だから先輩も、私の居場所を作ってください。
つまらなそうな顔ばかりじゃなくて、たまには……私に甘えてくださいよ、ね」
彼女の心からの懇願だった。
普段から意思を見せず、何一つとねだることのない彼女が見せる、初めての我がままだった。
そうだ、内藤は悔しいのだ、そして自分の居場所のなさと自分の価値のなさにこうも嘆き苦しんでいるのだ。
そんな心情をどうしてこうも分かってくれるのだ、どうしてこうも欲しい言葉をかけてくれるのだろう。
どうしてこんな自分のために、彼女は尽力してくれるのだろう。
風羽も、内藤に体を預けた。
内藤はそんな彼女の肩に手をやり、強く自分の方へ寄せた。
- 67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:24:45.40 ID:9eXY6xo70
- (*ノωノ)「私ができる限りのサポートをします、一緒に、支えあいましょうよ」
そうだ、こんなにも近くに居場所はあったのだ。
灯台元暗しとは言ったものだ、内藤はその自分の居場所と居心地のよさ、そして自身の存在価値が見えていなかった。
彼女がいるのだ。
今日、今確信した。
彼女こそが内藤のすべてであって、彼女以上のものなど存在しなかったのだ。
足が壊れたことがどうした、それでも彼女が自分を見てくれるのに、他に何を嘆こうというのか。
( ^ω^)「僕は……中学のころは200m選手だったんだお……」
内藤自身、風羽に己の事を何も語っていなかった。
語る必要を感じなかったし、居心地の良さに酔いしれていた内藤にとってそんなものは二の次だったのだ。
そんな彼が信頼の証しにできることは、恥ずかしながら、彼女に甘えることだけだった。
( ^ω^)「その時に右足首を怪我をして以来、トップスピードでカーブを曲がると体が突然跳ねるんだお。
トラウマになっているんだお、足首を過剰に気にして、体が危険を示すんだお……
それ以来だお、僕が200mを止めて、400mを目指したのは」
高校時代より誰にも話していない、昔の話。
内藤はずっと一人で抱えてきたのだ、そして自分には400mが天職だと言い聞かせるように、無理やり練習を繰り返したのだ。
躍起になって、逃げただなんて思いたくなくて。
- 69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:26:24.12 ID:9eXY6xo70
- ( ;ω;)「本当は怖かったんだお、あの大会の時、200mが怖くて、予選も本気で走れなかったんだお。
風羽の笑顔に助けて欲しくて、でも逃げたくなくて、だからただ笑うことしかできなかったんだお。
そんな気持ちの混沌としていた中、走れるわけなかったんだお、当然の結果だったんだお……」
(*ノωノ)「先輩……私こそごめんなさい、とんだ勘違いでした。
あの時は先輩が本当に陸上を楽しめていただなんて思っていて、見当違いも甚だしいですよね。
そんなにも辛かったなんて露ほども汲み取れていなくて……」
( ;ω;)「風羽は悪くないお」
(*ノωノ)「いいえ、私が悪いんです。
やっぱり先輩、部に戻ってください。
私はもう何もしませんから、内藤先輩もコーチも、何も悪くないんです」
内藤はコーチが悪くないという言葉にムッとしてしまった。
そればかりは腑に落ちない、できれば聞きたくない単語を、まさか庇う形で出されるとは思わなかった。
( ^ω^)「……それだけは納得できないお、僕がこんなにも悩んで、辛いのはアイツのせいだお……。
風羽、すまないお、でもそれだけは言わないでほしいお。
アイツだけは庇わないで欲しいお」
怒鳴り出したいような気持ちを抑えて、内藤は風羽に懇願した。
そうだ、こうも辛い思いをして、風羽を信頼しているとはいえこうも情けない姿を見せる事となっているのはコーチのせいなのだ。
- 73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:28:18.27 ID:9eXY6xo70
- 今までの様にすぐに風羽に怒鳴っていはいけないと自制しながらも、内藤は断固として風羽の擁護を突っぱねた。
なんと庇われようと、それだけは納得できないし認められない。
プライドをボロ雑巾のようにした、あの張本人だけは。
(*ノωノ)「違うんです、内藤先輩を200mに出るように勧めたのはコーチじゃないんです、私なんです。
渋るコーチに、無理言って……先輩には200mの方が向いているんじゃないかって」
(;^ω^)「お……!?」
(*ノωノ)「内藤先輩の過去についても、実はコーチから聞きました。
コーチは知っていて止めてくれたんです、でも私が押し切ってしまって……本当に悪いことをしてしまったんだなって。
ごめんなさい、許されないかもしれないけ――」
内藤の手が、風羽の頬を叩いていた。
痛みを次第に知覚し、信じられないといった様子で風羽は頬に手をあてた。
やはり痛い、現実だ、実際に内藤に叩かれたのだ。
(*ノωノ)「……え、せんぱ……い?」
時間が止まったかのように、風羽は動けなかった。
信じられなかった、信じたくなかった。
- 74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:29:39.73 ID:9eXY6xo70
- (#゚ω゚)「お前かお、お前が……ッ!!
なにが互いに支え合おうだお、ずっと自分の意見を隠していたと思ったら、僕以外にはしっかりと意見していたんだお!」
(*ノωノ)「あ、違うの、私は先輩のために」
(#゚ω゚)「言い訳なんかいらないお、僕の過去を知っていたんだお!?」
(*ノωノ)「そうだけど……」
(#゚ω゚)「既知の相手に向かって過去を吐露して甘えていたなんて、とんだお笑い草だお。
ふざけるなっ、なんでそんなことしたんだお、僕をだまして……
手のひらで転がして優越にでも浸りたかったのかお!?」
(*ノωノ)「だからそんなじゃないの」
(#゚ω゚)「うるさい!」
内藤は立ち上がると盛大に腕を振るい、風羽をこぶしで殴りつけた。
倒れ込んだ彼女は、静かに泣き声を漏らしたが、それがまた内藤を刺激した。
(#゚ω゚)「泣きたいのはこっちだお、お前のせいで僕の人生は台無しだお!
陸上の推薦で大学へも入ったのに、もう以前の様に走れはしないんだお!
返せお! 時間を、脚を返してくれお!」
- 78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:31:40.13 ID:9eXY6xo70
- 怒鳴りつけるが、相手は嗚咽を零すだけだ。
それでも内藤は止まらない。
(#゚ω゚)「足を返せ、足を、僕の足を返してくれお、今すぐに!
こんな立っているだけで痛む足なんて僕の足じゃないお、偽物だお!
本物の僕の足をどこに隠したんだお、返してくれお!」
(*ノωノ)「……ごめんなさぃ、本当に、ごめ……さぃ……」
(#゚ω゚)「謝罪なんていらないお、欲しいのは足なんだお!
返せお、こんな足いらない、走れない足なんて偽物だお!」
内藤は自分の足を力を込めて何度と殴る。
あまりの激痛で目からは涙が溢れた、それでも殴るのを止めない。
あわてて風羽が止めに入る。
(*ノωノ)「止めて下さい、なんでですか、殴るなら私を殴ってください!」
(#;ω;)「だったら足を返せお、走っていたころの、健康な足を返してくれお!
今のこんな足いらないお、くそくらえだお!
お前のせいだ、お前のせいだお!」
そうだ、きっと風羽はコーチと内藤のやり取りも陰から見ていたのだろう。
そしてタイミングを見計らって優しく手を差し伸べて、手玉に取ろうと目論んでいたのだろう。
- 79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:32:45.89 ID:9eXY6xo70
- なんだこの裏切りは、なんだこれは。
どれだけ可哀そうな人間なのだ自分は、どれだけ惨めな人間なのだ自分は。
殴り続けた足が限界で折れ曲がり、内藤は派手に転んだ。
(#;ω;)「くそぉ……くそっ……」
(*ノωノ)「先輩……」
(#;ω;)「なんだお、さっさと帰れお、もう二度とツラ見せんなお!
帰れ、早く帰らないとまた殴るお、お前を、足を!」
(*ノωノ)「……ごめんなさい……」
震える言葉で最後に謝すると、風羽は顔に手を当て、ゆっくりと部屋から出て行った。
部屋に本来の静寂が戻った。
その静寂の中で内藤は一人、ずっと涙を流しながら足を殴り続けていた。
- 81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:34:16.81 ID:9eXY6xo70
-
(,,゚Д゚)『やっぱりこいつは短距離だけだな、そもそも400を走る体じゃないんだよ。
走り方も、スタイルも……これ以上我を貫いているようじゃ、もう絶対に伸びない。
何か陸上に改めて向かう、いい方法でもあればなぁ……』
コーチは諦めたような、深いため息を吐いて、その場は重苦しい空気に支配された。
(*ノωノ)『……コーチ、ずっと思っていたんですが』
(,,゚Д゚)『なんだ?』
(*ノωノ)『内藤先輩って、短距離のほうが速いんじゃないでしょうか?
私よく思うんです、先輩っていつも200m地点だとトップと同じくらいじゃないですか。
もしかして、200mのほうが向いているんじゃないかって』
(,,゚Д゚)『そうか?』
記録からしても内藤が400mよりも短距離に向いていることは明白だった。
それでもコーチは風羽の提言にさほども興味を示さずに、記録と睨めっこしていた。
- 84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 22:35:56.19 ID:9eXY6xo70
- (,,゚Д゚)『あいつは400mでいいんだよ、400mで勝手気ままに走っていれば』
(*ノωノ)『でも……』
風羽は自信があったのだろう、ずっと内藤を見てきたからこそ、彼の走りは頭に染みついていた。
それらが、短距離こそが彼のフィールドであると訴えていたのだろう。
恋人として常に彼と一緒にいて、彼のことを一番に分かっていたからこそ。
昨日の大会も、「もっと距離が短ければ負けない」と、彼が小さく口にしたのを聞き逃さなかった。
きっと、コーチと衝突するあまり固執しているだけで、彼自身も200mに転向したいと思っている。
そうするとコーチに負けたと感じてしまうのだろう、それゆえ言い出せずにいるだけで。
その彼の代弁者として、彼とコーチをつなぐ懸け橋だと自負している風羽は、断固として譲らなかった。
いつも控え目にしていて自分を出さないが、ここだけは譲ってはいけない。
マネージャーとして、彼女として、彼を最高の状態で最高の舞台に立たせるためには尽力を厭わない。
(,,゚Д゚)『……そうか、風羽がそう言うなら、次くらいは出して様子を見てみるか』
(*ノωノ)『はい!』
彼の役に立てただろうか、少しでも内藤が楽しめるように、笑えるように役立てただろうか。
風羽は、彼女として、マネージャーとして尽力できただろうか。
彼は陸上の楽しさを改めて感じ、笑顔を戻してくれるだろうか。
風羽はこの上ない満面の笑みを浮かべていた。
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