52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 20:47:15.23 ID:wB5nWuW/0
     第二十七レース「長岡と布佐」


季節を間違えたのではないかと思うほど、その日は照り返しが厳しく、こと競輪場内は熱気も相まって蒸し風呂のようだった。
周囲を高々と取り囲む観客席が風を通さず、植物であるまいにトラックは太陽をひたすらふんだんに吸収していた。
絶好の勝負日和であろう、暑さにもかかわらず内藤は興奮から体が震えるのを感じた。

( ゚∀゚)「大丈夫か、怖いのか?」

発射台に構えながら、試合寸前にまでおどけて見せる長岡だったが、内藤は微笑もせずに真っ直ぐな目だけを向けた。

( ^ω^)「今しがた……ちょうどここに来る前に、昔の僕と昔の長岡選手にケリをつけてきたお。
  この状況で恐れる要素があるなら、ぜひご教授いただきたいものだお」

( ゚∀゚)「昔の俺……?」

( ^ω^)「他人の空似だお」

言うと同時に興味を失いでもしたかのように、内藤はその目を正面に向けた。
明鏡止水、完全な集中状態に置かれた体はもう寸分とも震えることはなかった。

そんな彼を見て、やはり長岡は笑みを止めることはできなかった。
どうしてだろうか、集中する気もやる気も起きずに、ただ『本気で戦おうとする相手』を小馬鹿にでもするかのように無駄に落ち着き払っていた。
そんな場違いさが笑みを誘発するのだろう、集中もそぞろにピストに構える。


並ぶ二人の前で、所歩が片腕を上げ、電子ピストルを構えた。
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 20:48:37.18 ID:wB5nWuW/0
( ゚∀゚)(昔の、俺か……)

長岡はなお全く集中できず、それどころかつい懐古してしまう始末だ。

昔の自分、ふとそう言われても、性格などはすべてぼやけており、鮮烈に脳裏に浮かぶことなど殆どなかった。

バイクに熱心に打ち込んではいたがそれがすべてとも思っていなかったし、かといってその他の道を目指していたわけでもない。

今の自分とどこが違うのか、明確な違いを述べることはできなかった。
確実に違う事だけは分かっていたが、やはり、決定的な違いが何であるかは自分でも分からなかった。


長岡が溜息を吐くと同時、破裂音が響き渡り、スタートの合図が鳴った。


はっと現実に引き戻された長岡は名残り惜しく思いながらも気持ちをレースに向け、ぐっと発車台からピストを発進させた。

特に気合を入れたわけでもなく、のんびりとした発車ではあったが、隣の内藤とほぼ同等のスピードによるスタートだった。
なるほど、内藤もサボっていたようではないらしい、といってもまだまだ荒削りのスタートではあったが、いっぱしの滑らかさは手にしたようだ。


今回はどのように戦おうか、長岡が悩む必要はなかった。
内藤は風除けにされることを承知で、そのままピストを強くこいで前進していく。
遅れてなるかと長岡もそれに続き、内藤の背後にぴったりとくっついた。
57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 20:51:33.83 ID:wB5nWuW/0
( ゚∀゚)(何のつもりだ……?)

太陽が強く照りつけており風は立ち止まっている分には感じないがスピードを出せば勝手に生まれるものだ、風除けの絶大な効果は顕在する。
現役競輪選手である長岡に、風除けに使われて勝てると思っているわけではあるまい、だというのに内藤は自ら迷うことなく前へと進んだのだ。

訝しげに思いながらも、そこから何をされようとも負ける気はさらさらない、長岡は引き離されぬようしっかりと追従した。

前回よりも内藤のスピードは速い、風が吹いていないことを考えても、なかなかにハイペースだった。

( ゚∀゚)(持たないだろ、一体どこまでこの無茶を続ける気だこいつは……?)

一周が終わってもまだ内藤は平気そうだったが、そこから突如襲いかかってくる乳酸により一気に足の感覚が失われる。
鈍くなった太ももはまるでゴム毬のようで、どれだけ力を込めても力を吸収しつくしてしまい、ペダルにまで力が届かないかのようだった。
酸素をかき込んだ瞬間に足が崩れ落ちるのではないかと思うほどに、筋肉はキリキリと悲鳴を上げていた。

(;゚ω゚)「くおっ……!」

途端ガクッと落ちそうになる速度を立て直そうととするが、距離はまだ半分を通過した程度だ。
先の長さが無意識に無茶をせき止め、内藤はゆっくりと減速していった。

肩がぶれ出した彼に気付くと、長岡はチャンスとばかりにすぐに彼の隣に並びかける。

( ゚∀゚)「どうしたよ、早いな、もう終わりか?」

(;゚ω゚)「いや、まだだお……」

体が辛くとも、呼吸を荒げようとも、まだ内藤はこぎ続けた。
以前のように情けない走りではない、減速しながらも、しっかりと車体を前へ前へと動かした。

58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 20:53:37.69 ID:wB5nWuW/0
( ゚∀゚)(ほーう、なるほどな……)

以前よりも速く長く走ってみせる、それだけなのだ。
以前の自分は本当の力を出し切れていなかったと主張したいだけなのだろう、本当の自分はもっとできるのだと見せたいのだろう。
本当の力を見せれば認めてもらえるに違いない、そんな風に思って挑んできたのだろう。


正に単細胞、小学生でもできそうな模範解答だと、長岡はほくそ笑んだ。


( ゚∀゚)「内藤、正直どうだ、辛いだろう、もう止めたいだろう?」

(;゚ω゚)「……。辛いお、でも、まだ、いくお……!」

( ゚∀゚)「もういいよ、どう考えてもお前が俺に勝てないのは明白だろう、いい加減休ませて……やろうか?」


長岡がバー(ハンドル)から片手を離し、内藤の方へと翳した。
そして車体を近付けていく。


しかし、内藤は寸分たりとも引かなかった。


(;゚ω゚)「やってみろお」

( ゚∀゚)「この前俺が言ったこと気にしてんのか?
  痩せ我慢すんなよ、本当は怖いんだろ?」

(#゚ω゚)「怖いお、それでも、やれるもんならやってみろって言ってんだお!」
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 20:58:24.65 ID:wB5nWuW/0
挑発的に、どすの利いた声に長岡は一瞬体を強張らせた。


内藤はすべてを知っているのだ。

長岡が言いたかったことは、転ぶことを厭わずに努力を続けられる者こそが競輪を目指すべきだということ。

そして長岡こそが捨てるべき立派なスポーツマンシップを携えているということを。


(#゚ω゚)「そっちから来ないなら、こっちから行ってやるお!」

逆に内藤から長岡の方へと幅寄せしだした。

内藤が乗り慣れていないのは明白だ、そしてぶつかることを恐れているのも小刻みに震える前輪を見ればよく分かる。
そうでなくともすでに減速気味の全力走行なのだ、そんな状態で接触しようものなら体勢を立て直すことすらできずに酷い落車をするのは目に見えている。


そう、このままでは内藤は、間違いなく転ぶ。


内藤と長岡が僅かに接触した瞬間、長岡は恐怖から体を引き離した。
瞬間止まる足、瞬間跳ねあがろうとする車体、普通であれば間違いなく転ぶだろう程に長岡はその体が傾いた。

必死に車体を立て直すが、一瞬にしての激しい減速は避けきれない。
先にカーブへと入った内藤を前方に見据えながら、減速しながら大きく膨れ、大外からカーブへと侵入することとなる。

(;゚∀゚)(くそが、やられた……!!)
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 20:59:38.77 ID:wB5nWuW/0
(#゚ω゚)「……フーッ、フーッ!!」

僅かに肘が相手と触れた瞬間、ビクッとバー(ハンドル)が動いただけで内藤は転ぶ自分が鮮明に連想させられ、一瞬の恐怖に呼吸すら忘れた。
次いで何事もなかった安堵に、大きく息を吐きながら呼吸とペースを落ち着ける。
一度大きく減速するも、すぐに体を持ち直して少しでもと速度を上げにかかった。


そう、内藤は完全に見抜いていたのだ、長岡が他人を故意に転ばせられないという事を。

内藤が転ぶことを懸念し、身を引くことを。


(;゚∀゚)(クソ、このヤロゥ……クソ、クソォ……!!)


そうだった、ずっとそうだった。


あの日、旧友の夢を奪い去ってしまったあの日より、長岡こそが誰よりも接触を恐れていたのだ。

それ以来『競輪』ができなくなってしまったのだ。




64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 21:02:00.53 ID:wB5nWuW/0
長岡と布佐は互いに幼い頃より頻繁に大会に出場していたが、界隈の大会に出場する子供といえば数は少なく、睦まじい仲になるのは必然ともいえた。
二人が会話をし、互いの家を行き来したり共に練習をするまでの仲になったのは、長岡は中学三年生で布佐は小学五年生の頃だった。
当時こそ長岡の方が速く兄貴分であったが、布佐は中学に才能を開花させ、すぐにも二人は勝負をしてもトントンな最高の好敵手になった。

二人のライバル意識はすさまじく、長岡は布佐と一緒に競輪学校へと行くがために、大学を卒業して欲しいという親の願いを聞き入れたほどだ。
四年の歳の差は、競輪学校への同時入学とともに消え去った。
年齢の関係がない、同じ土俵での勝負に二人はより気持ち昂らせ切磋琢磨し合ったことは言うまでもないだろう。

常に二人は良い戦いをしたが、実際のところ勝敗でいけば布佐の方が勝っていた。
だからこそ劣等感ゆえに長岡は練習に励んだし、そのくせなんだかんだだと言っても年上という事もあってか、布佐の面倒もよく見てやっていた。

そこには『友情』などと一言では表せる事の出来ない、様々な感情が含意されていた。
熱意や負けん気は当然、嫉妬や劣等感など負の感情も交錯していたが、それ以上にライバルという事を無視した相手への期待感や羨望、そして競合感。
表面上は互いの勝ち負けを気にしながら、いつか二人して競輪世界に新しい風を吹き込もうと、一度も言葉にせずとも共有し合っていた夢だった。



KEIRINグランプリは、そのスタート地点だったのだ。



そこで友を蹴落として、スタート地点に一人で立ったのが、長岡なのだ。



言い訳など無い、ただ一人の親友の人生を殺したのだ、そして自分だけが夢のスタートに立ってしまったのだ。

65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 21:05:30.13 ID:wB5nWuW/0
共に走る相手のいない二人三脚など成立しない。
二人で共に抱いた夢、「二人して競輪界に新しい風を吹き込もう」という夢、それが自分の手によって消え去った瞬間だった。
その時の無気力さ、虚空な心は人生の価値がなくなった、まるで自殺する寸前の人間の心境と酷似していたことだろう。

長岡は誰に告げることもなく走ることから遠のいていったし、布佐もショックからそれに関しては何も言えなかった。
日本一は確実だと、競輪の歴史に名を残すとまで謳われただけに、布佐がどれほどショックを受けたことだろう。
他人を気遣う余裕などありはしないのは当然だろう、誰もそれを責めることはできない。

今となっては布佐も反省している、あの時「俺の分も頑張って走ってくれ」と一言でも声をかければ、まだ違う未来となっていた可能性があるのだ。
それでもその一言がとうとう言えず、時が経過して言った結果、二人は仲睦まじいままにして当時のことについては一度も触れることができない、
虚構の友情というママゴトを演じ続けることとなってしまったのだ。


それからだった、長岡は弟子に口酸っぱくして「転ぶことを厭うな」と言うようになったのは。
長岡自身心の整理はついていない、普通であれば「絶対に転ぶな」と言うべきなのかもしれないが、人とはどうして巧妙で理解できぬように作られているものだ。
まるで自分の懺悔でもあるかのように、そして他人を転ばすことを恐れる自身に諭すかのように、長岡はひたすらに固執していた。


試合に出なくなったのも件が原因だった。

弟子が出る試合に励みとして出場するくらいで、試合回数は激減した。

残る時間はひたすらに弟子の育成に気を使った。

布佐を失わせてしまった懺悔としてできることは、彼を超える選手を育てあげ、新しい風を作ることだった。



(;゚∀゚)(くそ、負けらんねぇ……なんで負けなきゃなんねーんだよ、なんで……ぶつかられて、ふざけんなってんだくそぉ……!)
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 21:08:12.17 ID:wB5nWuW/0
从#゚∀从「師匠ッ! 何やってんだ、頑張れーっ!!」

(;゚∀゚)(……!)


そんな長岡にとって、最も心を安定させられたのが、高岡の存在であった。
師弟関係を結ぶ前より才能の塊であったが、長岡が試合に出なくなって以来、想いに応えるかのように一気に才能が開花したのだ。

きっと分かっていたのだろう、長岡が布佐を超える人材を求めていることに。
師匠の期待にこたえるために、高岡は忠実に、完璧に成長を見せたのだ。



从#゚∀从「師匠ー!!」

  「何やってんすか、負けたら承知しないっすよ!」

  「そんな情けない師匠見たくないっす!」

  「ほら、そろそろ本気を見せてくださいッ!」



(;゚∀゚)(お前ら……くそ、ここで負けてちゃ、確かにもう見せられる顔がねーよッ!)


(;^ω^)(長岡選手……)

69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 21:10:59.54 ID:wB5nWuW/0
津出がコーチと内藤の仲たがいを知った時に言っていた、教え子に非難されていないなら、それは人望ある最高のコーチであるのではないかと。
まさにそれだった、口が悪く、へそ曲がりな性格ではあったが、確かに長岡は弟子たちから絶大な信頼を得ていた。
なぜだろうか、内藤は嬉しさに口元を緩め、疲労が僅かに抜けていくのを感じた。


悪役か、それもいい。


内藤はスピードを落とさぬよう、必死にピストをこいで逃げの態勢に入った。

距離はゆうに数十メートルは離れているだろう後方で、長岡はじわじわと距離を詰めていく。


限界まで上げきった太股は膨れ上がった筋肉に内から圧迫され、今にも表面がひび割れて砕けてしまいそうだった。
脚のあらゆる場所が疲労から限界を訴えてくる、それでは駄目だと力を入れられる個所を探すが、どこもかしこも力を入れられることを断固として拒んだ。
仕方なく腕に力を入れる、それだけでもまだ神経が生きていることが分かった。

体ばかりが前へ行こうとする、過剰に前傾になってスカスカの足を必死に回しているだろう自分を客観的に想像すれば、ひどく滑稽だった。
それでも体勢を崩した途端体が止まってしまう恐怖に襲われ、『楽』から『苦』へと向かって必死に逃げた。


今足を止めてしまえばどれだけ楽であろうか、どれだけ幸せであろうか。


内藤の隣に長岡がいよいよ、並びかけた。

70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 21:13:03.47 ID:wB5nWuW/0
(;゚∀゚)(くそったれ、なんでこんなクソおっそいペースで必死になんなきゃなんねーんだ、ざけんなっ!)

内藤に抗う気力は残っていないかに見えた、しかし並びかけるも抜き去れない必死の長岡を見てしまっては、素直に諦めきれない。

走り終えて足がボロボロに砕け散ってしまったもいい、だから今ここで、あと一歩、あと一息、たった一秒粘るだけの力をくれ。


(;゚ω゚)(おおおおおお、無呼吸だお、魂よ抜け出るなあああああ!)


出刃包丁を勢いよく振り下ろしでもされたかのような、激しい膝への熱と衝撃。
痛み以外の感覚は無く、その下にはただ鉛がぶら下がってでもいるような、新手の拷問のような厳しさが限界の体と心を荒々しく摩耗した。
限界を表わす砂時計の最後の数粒が、スローに落ちていくようなイメージが頭に沸いた。

ピストにおける1000mタイムトライアルでは、比喩でなく百分の一秒を競うシビアなものである。
それだけでも分かるだろう、1000mにおいて百分の一秒はそれほどに大きなものであり、
カーブを少し大回りでもすればそのロスは窺い知れない、大外など回ってみろ、普通であればその差など埋められることはできやしない。

ゆうに十メートルを超越した差がうまれていた、更に無茶な減速をしてしまっていたが、さすがに長岡はトップ競輪選手だ。
内藤がずっと風除けをしていたこともあるのだろう、絶望的なほどの差を、限界まで出し切る事ですべて埋め尽くしてしまった。


初心者対現役選手、設けられた膨大なハンデ。

互いにとってなんと無様な戦いだろう。

二人は最後のカーブを曲がり切り、ラスト50mの直線に並列に突入した。
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 21:15:13.22 ID:wB5nWuW/0
 
ξ#゚听)ξ「内藤ー、ぶった切れーッ!!」


从#゚∀从「師匠ー、ぶっ潰せーッ!!」



激しいペース変動からか、所歩と戦ったときのように綺麗に全力を出し切って酸欠になりそうにはなく、頭は冴えていた。
冴えているからこそ抱えきれないほどの疲労を細かに感じ取っては、鮮明な意識にも拘らず体に力が入らない、よりもどかしい走りだった。
神経はまだまだ走れるように感じるというのに、体ばかりが限界を超えていた。

二人してそんなもどかしいつまらない走りをしているのだ、スピード感も何もない、あるのは必至で不細工な走りと表情だけだ。


(;゚ω゚)(こいつにだけは負けたくない……!!)(゚∀゚;)


だからこそ、互いに自分がゴールする瞬間と相手がゴールする瞬間をコマ送りのように、スローに見ることができた。


ほぼ同時だったにもかかわらず、どちらが先にゴールしたかが分かるほどに二人の神経は尖りきっていた。



74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 21:17:25.58 ID:wB5nWuW/0
二人はゴールするとすぐにもピストを止め、クリップバンドを外して固定したシューズを脱ぐと、そのままピストを降りてごろんと寝転んだ。

なまじか鮮明な意識が疲労を感じて息苦しさに拍車をかける、足は小刻みに震えており、しばらくはとても立ち上がれそうにはなかった。

(;゚ω゚)「あ゙あ゙ーーーッ!!」(゚∀゚;)


(#゚∀゚)「くそったれ、なんで最後の最後で粘るんだよ、初心者のくせに限界まで追い込むすべ知ってんなっての!」

(#^ω^)「なんであそこから追いつけるんだお、カーブの時点でとっとと諦めろっていうんだお!」


駄々をこねる子供のように、仰向けで地面を叩きながら喚いた。

「自分の走りの情けなさ」などどうでもいいのだ、「相手がすごかった」のだ。

この勝負がここまで白熱してしまったのは「己が情けない」のではない、「相手が強かった」ただそれだけなんだ。


(#゚∀゚)「くそったれ、約束は約束だ、いいさ自由に競輪場を使え!
  その代わり今日だけだぞ!」

(#^ω^)「何言ってんだお、情けはいらねーお、とっとと所歩を持っていけお!」

(´・ω・`)「ぶち殺すぞ」

75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 21:19:33.51 ID:wB5nWuW/0
(#゚∀゚)「……なんだ、こっちこそ情けはいらねーぞ、俺は見た、間違いなくお前がコンマ一秒早く、ゴールを跨いでいたよ。
  あー、こんな事言わすんじゃねぇよ!」

(#^ω^)「こっちの台詞だお、お前たった一刹那早く僕よりも先にゴールしたからって調子のんなお!
  間違いなく見たお、お前の方が速かったお!」


周囲から観戦していた者達には同時ゴールに見えた、真実を知っているのはこの場では内藤と長岡の二人だけだ。

しかし二人は相手の勝ちを断固として譲らない。
本当はどっちが勝っていたか、真実は二人共に分かっていたが、片方がそれを黙ってしまえば証明する術はどこにも無かった。


(#^ω^)「くそ、同着かお……あれで勝たなきゃどうやって勝てって言うんだお……」

(#゚∀゚)「あー、なんで初心者と、しかもあんなスローペースで同着になんなきゃいけねーんだよ、自信失うじゃねーか!」


本当の勝者と敗者、嘘つきと正直者。
それらは二人だけが胸に秘めることだ、他人が知るのは野暮だろう。

やっとのことで呼吸が整うと、二人は上半身を起して汗をぬぐい、座ったまま話した。

(;゚∀゚)「内藤、このリベンジは絶対に果たすからな、覚えておけよ。
  次こそはケッチョンケッチョンにしてやらあ」

(;^ω^)「こっちの台詞だお、次の勝負はいつにするお?」

(;゚∀゚)「次は……そうだな」
77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 21:21:32.23 ID:wB5nWuW/0
長岡はこぶしを内藤に向けたかと思うと、親指だけを下にした。


( ゚∀゚)「日本一決定の舞台、KEIRINグランプリで待ってる」


本当にムカつくヤツだお、内藤は小声で漏らしながらも口端が上がるのをおさえきれなかった。
お返しにと、長岡に向かって親指を下げた。

( ^ω^)「絶対に行ってやるお、上り詰めてやるお。
  だから……引退なんてするんじゃないお?」

( ゚∀゚)「ああぁ? 当ったり前だろ、誰が引退なんかするかっての。
  ちょっとここ数年は調子悪くてご無沙汰してるが、もう一回KEIRINグランプリに返り咲いてやらぁ。
  十年は待ってやるよ、しかも頂上でな」


从 ゚∀从「師匠、残念ながら頂点には俺が立つんで、二番手でお願いします」

(´・ω・`)「キミこそ発言がとても残念だね、僕がいる以上、どうやら君の師匠は三番手になりそうだ」

从#゚∀从「どういう意味だよ、言ってみろオイコラ……」

78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 21:23:23.09 ID:wB5nWuW/0
競輪は国内でプロ選手が最も多いスポーツと言われている、その中の選ばれし九名だけが権利を手に入れられるKEIRINグランプリ。
世界最高額の賞金のかかった公的賭博であり、王者を賭けた最高峰の戦いは、まだまだ内藤にとっては語るも馬鹿にされるような話ではあるが。


頂点へ返り咲く者。

頂点を目指す者。

頂点を手中に捉える者。

そして、まだ基礎すら出来上っていない者。

今その場においては、すべてが平等であり、皆が皆、好敵手であり戦友であったのだ。


長岡はグッと空を仰いだ。

( -∀-)(高岡、所歩、そして内藤……こいつら全員超えて、俺は再び頂点に立ってやるよ。
  布佐、お前の分まで風をおこしてやる、お前がいなくても俺は一人でやってやるよ。
  だから……頼むから、俺を応援してくれよな……)


81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 21:27:18.05 ID:wB5nWuW/0
 
その後、内藤たちは長岡やその弟子と一緒に昼食をし、別れを告げる頃には皆がそれぞれ打ち解けあっていた。
内藤は長岡の弟子数人と試験を共に頑張ろうと約束し、現役選手数人と試合で会おうと約束し、長岡と頂点の決戦で再戦を約束した。


そして正午を超えて14時、午後練習を始める長岡たちと別れ、三人は帰路に着くことにした。

ξ゚听)ξ「所歩、あんたは帰ってから本格的に練習始めるんだから、覚悟しときなさいよ?」

(´・ω・`)「それは承知さ、試験もとりあえずは気にしなくてもいいからね、言われずとも毎日しっかりと追い込むつもりだよ。
  さて、と……それで内藤、君はロードとピスト、どっちに乗って帰る気だい?
  それによって僕の手段が変わるものでね、結構厳しい登り坂もあるからロードをお勧めするけれど」

( ^ω^)「お言葉に甘えてロードに乗るおw
  所歩は僕のピストに乗って帰ってもらえるかお、まだちょっと行くところがあるんだお。
  ツン、借り物のロードバイクだけれど、長岡選手にお願いしてここの競輪場に預けていってもいいかお?」

ξ゚听)ξ「預けるって、あんたどうするの?」

( ^ω^)「明日には取りに来るお、でも向かうところが田んぼ道だからロードバイクは厳しいお……
  とりあえずは電車でこれから実家に帰って、カーチャンと話ししようと思っているんだお」

ξ#゚−゚)ξ「そう……分かったわ。
  でもあんた、明日の練習はどうする気よ、今日は簡単な練習になっちゃったし、明日は厳しくいこうと思っていたのに……
  まぁいいわ、休みを入れたいなら好きにすればいいじゃない」

口先を尖らせて、納得していない様をありありと出しながら突っぱねる津出はすぐにも帰ろうとして見せたが、内藤は慌てて呼び止めた。
彼は渋りながら、おずおずと声を出す。

82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/11(木) 21:29:01.77 ID:wB5nWuW/0
(;^ω^)「それで……ちょっと、聞いて欲しいことがあるんだお。
  たぶん驚くかもしれないお、でも驚かずに聞いて欲しいお。
  気のせいかと思っていたけれど、さっき試合していてやっぱりもしかしてだなんて……」

ξ#゚听)ξ「あー、そういう中途半端なの止めてちょうだい。
  わけわかんないわよ、それで何なの、さっさと言いなさい」

(;^ω^)「おっお……その……ここ数日の話だから、別に隠していたわけじゃないんだお。
  はじめは疲れているのかと思ったし、そんな気になるほどじゃなかったんだお……」

ξ#゚听)ξ「ほら、早く言いなさい」

内藤は感情が高ぶり、悔しさをにじませた表情からは涙を落とすのではないかというほどだった。
内藤の感情の高まりように覚悟して身構える津出を、彼の言葉が貫いた。

(; ω )「実は足が……膝が、痛いんだお。
  憶測だお、あくまで僕の考えだけれど……怪我が、再発したかもしれないお……昔の怪我が……」


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