3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:47:07.05 ID:9WfXCC+a0
登場人物

( ^ω^) 内藤:陸上の400mで県で一位を取るほどの猛者。怪我により陸上を引退し、津出の弟子となって競輪選手を目指す。

('A`) 毒男:内藤の中学時代の友人で、現競輪選手。なりたてで、実力はまだまだ。
   高良:毒男の師匠

J( 'ー`)し 母親:内藤の母親、ギャンブルが嫌いで競輪を良く思っていない。目下、競輪を目指す内藤とは対立したまま。
(*ノωノ) 風羽:陸上部のマネージャーで内藤の元彼女。すれ違いにより別れる。
(,,゚Д゚) コーチ:大学陸上部のコーチで、レースの度に怒鳴りあげた。内藤と仲違いの上、意思疎通が計れずに終わる。

ミ,,゚Д゚彡 布佐:万夫不当の競輪選手だった。
ξ゚听)ξ 津出:内藤の師匠で、ロードバイクを乗りこなす女性。

(´・ω・`) 所歩:津出と一度決裂しながらも正式な弟子に。群を抜いた実力の持ち主。

( ゚∀゚) 長岡:毒男の尊敬するS級1班の競輪選手。おどけた言葉が多い。
从 ゚∀从 高岡:長岡の弟子で、競輪選手で最高クラスのS級S班の選手。
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:50:09.99 ID:9WfXCC+a0
     第二十三レース「競輪の洗礼」


3月という季節柄、太陽が出て気候は暖かくなるも、風だけは冷たく強く吹いている。
競輪場の発走機に内藤と長岡が構えると、所歩が電子ピストルを持って腕を大きく上げた。

( ゚∀゚)「……」

長岡にいつものおどけた素振りは見えない、口を噤み、前だけをじっと見据えている。

( ^ω^)「……」

内藤も同じように体をリラックスさせながら、集中して前を睨みつけていた。
競輪選手との戦い、それがどのようなものか想像は遠く及ばなかったが、体を強張らせることなく程よい緊張感でピストに跨っていた。
陸上時代に何度と試合を経験している、緊張を上手に扱う方法は心得ている。


二人が構えると、一時の静寂。



そして乾いた発砲音が鳴り響く。



津出、所歩、そして高岡をはじめとする長岡の弟子たちが見守る中、いよいよ勝負は始まった。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:52:07.87 ID:9WfXCC+a0
(;^ω^)「……つっ!」

あろうことか内藤は発射台からのスタートに手こずり、強く地面に接触してしまいロスを生む。
所歩との戦いに備えて短期集中で鍛えた小手先の技術では、一週間のブランクを挟んだことで培った感覚の大半が消え去ってしまっていた。


ξ;゚听)ξ(ダメ、ロスが大き過ぎる!)

(´・ω・`)(やれやれ、試験まで一ヶ月前でこのスタートかい……)

焦る津出に呆れる所歩、しかし次の瞬間、内藤はスタート失敗の事実よりも驚くこととなった。


(;^ω^)(長岡選手が……!?)

( ゚∀゚)「……」

なんと、長岡はスタートを綺麗に決めたにも拘らず直後にペダルを逆回転させて速度を殺すと、
発射台から5メートル程度の位置で停止したと見まごう状態でいたのだ。
サドルから腰を浮かせ、バー(ハンドル)を左右交互に回してうまくバランスを取る、よろよろとしながらその場に留まっていた。

そして一拍遅れてスタートした内藤が行き過ぎると同時、力強くペダルを踏みつけるとすぐにも内藤の後ろにつける。

(;^ω^)(……ッ!)


ξ;゚听)ξ(見誤ったわ、まさか内藤を風除けに……!?)

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:54:50.34 ID:9WfXCC+a0
内藤がピストを左右に振れば、長岡も続いた。
加減速しても一瞬の時間隔もなく長岡も動きを見せ、ピッタリとくっついては離れようとしない。
幾度内藤が振り払おうと動きを見せたところで、少したりとも長岡は離れず、まるで背後霊でもあるかのように背後に付きまとった。

後ろからの圧迫感、そして風除けにされているという精神的な疲労が内藤を蝕んだ。
ひたすら逃れようと動きを繰り返したところで、長岡は一定の間隔を少しも開ける様子を見せない。

(´・ω・`)(馬鹿かい、そんな無茶な速度変化に揺さぶり、慣れない君がしても体力を使うだけだというのに……)

所歩の考え通り、内藤は長岡が離れないと認めた瞬間にズシリと足が重くなるのを感じた。
精神的な圧迫と肉体的な疲労によって内藤の心に幾重もの暗雲が立ち込める。
ただでさえここ一週間のハードな練習の疲労があるのだ、すぐにも内藤は肩で息をすると、速度をキープできなくなった。

(;゚ω゚)「くぉお……」

長岡から逃げたい一心で、速度も自然とオーバーペースとなっていたのだろう。
足の回転はリズムを崩し、顎が上がり出した。

ここで粘らなければ、死に物狂いのもがき練習は一体何のためのものだったのだ。
どれだけ自身で気持ちを奮うように努めようとも、精神的な暗幕が体を支配して動きを鈍らせた、まるで油がささっていない機械仕掛けのように。

フォームもリズムもあったものではない、一周、400mにして内藤は早くも減速してしまう。

(;゚ω゚)(足が、まったく回らないお……なんだおこれは、力が入らないお……)

体は動くと訴えているのに、不思議と力が入らず、ピストをこぐことだけが必死の状態だ。
まだまだいけるという意識に相反し、肉体的にはもうこれ以上無理だと、観念心理が脳裏にしがみつく。
上半身が大きく揺れている、しかしフォームを考えて走っても減速するだけだ、すでにフォームを考える余念などない程に限界が目前に迫ってきている。

この限界は純粋な疲労から招かれたものではない、では何だ、徒労感とでも言えばいいのか。
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:57:23.41 ID:9WfXCC+a0
項垂れる内藤に、長岡はすぐにも並びかける。
そしてピッタリと隣につけると、両手をバー(ハンドル)から離し、体を起こして地面に垂直にしてみせた。
強烈な風が正面から体めがけてぶつかってくるも怯むことなく、内藤の隣で同じ速度をキープし続ける。

( ゚∀゚)「愛弟子が一人所歩にやられたからな、そのお返しをしておきたかったが……どうやらもう限界のようだな」

(;゚ω゚)「……まだ、まだ、だ、お」

( ゚∀゚)「無理すんなよ」


長岡は再びバーを持ち直すと、じわりじわりと内藤に接近し、すぐ隣にまでピストを近付けた。
危ないと思わず内藤が離れようとするが、その度すぐに直横へピストを寄せる。

( ゚∀゚)「どうだ、結局頑張ったお前の成果はこんなもんだ」

今にも接触しそうな真横から、長岡がひっそり語りかけてくる、それは悪魔の誘いのようだった。
まるで内藤自身の心がそう思っているかのように錯覚してしまいそうだった。

どうしてだ、あんなに頑張ったのに、どうしてこんなに情けない走りしかできないのだ。
これならまだ、一週間前に所歩と戦ったときの方が走れたではないか。
日々の疲労が疲労が蓄積したせいで体が動かない、それは分かるが、それにしてもあまりに無様だった。


しかしだからといって諦めてなるものか、雑念をスパッと切り捨てると、おぼろげな視界でゴールを見据え、必死に追い求めた。
以前のレースのように、ゴールしたくないなどと考えないように、ただひたすらにゴールのことを考えようと努めた。
せめて心だけでも強くしたと言えるように、最後まで本気で立ち向かえるだけの強靭な心を手に入れたと言えるように。


しかしそれもまた、長岡の軽い声が遮る。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 20:59:13.72 ID:9WfXCC+a0
( ゚∀゚)「お前の競輪人生、初試合もなく終わらせてやろうか?」


宣言とともに長岡の手がバーから離れるものだから、内藤はゾクッと背筋を凍らせた。
今にもその手が肩に触れるような悪寒を感じ、体が更に固まる。

( ゚∀゚)「こんな回りくどいレースをせずとも、ここで俺がお前を押したならどうなるだろう?
  乗り慣れていないお前は派手に転んで、勝負は決まるんだよ」

(;゚ω゚)「ふ、ふざけんなお!
  そんなことして、やられた身に、なってみろ、お!」

( ゚∀゚)「なんだ、納得いかないのか?」

(;゚ω゚)「当たり前だお!」


( ゚∀゚)「だったら競輪を止めろ」


言うと同時に長岡は速度を落とした。


( ゚∀゚)「あー、なんだよこのやりがいのねぇ相手は、こんな試合やってらんねぇ。試合放棄だ」

(;゚ω゚)「お……」

やりがいが無いと言われるのは仕方ない、内藤自身も今までの頑張りが成果として現れず、非常に虚しい思いをしているのだから。
それにしても試合放棄とはどういうことだ。
ゴールへと向かうことすら許してはくれないというのか。
14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:02:34.18 ID:9WfXCC+a0
すぐにも減速した長岡を追うように、内藤もペダルを逆方向へと踏んで速度を落とす。
ほとんど力は出ず、速度は思うように落ちなかった。


試合を見守る津出たちの元へ先に戻ってきたのは長岡だった。

( ゚∀゚)「悪いなお前ら、試合放棄でこの競輪場は譲ってもらえなくなった」

  「いや、そりゃ仕方ないっすよ。
  あんないとも簡単に潰れるようなお子様走り見せられたんじゃ、勝負する気なんて起きやしないですよw」

大笑いする弟子たちの横で、津出は静かに歯を食いしばった。
全く力の出せなかった内藤の悔しさは、その頑張りを見てきた津出が一番分かっていた。
成果を見せてやる事のできなかった原因は、全てと言ってもいいほど師匠である津出にあるのだ。

だというのに嘲笑され、情けないと軽侮されるのは内藤なのだ。
その自分ではどうしようもないもどかしさこそが、試合において師匠が背負うべき責任なのだろう。
スタートのお粗末さ、レース展開、練習による疲労、どれもこれも全てが敗因であり、津出の責任なのだ。

しかしこの場で何を言っても言い訳にしかならない事実がまた、彼女を苛んだ。

(´・ω・`)「まぁ、あんな走りじゃ負けて当然ですね。
  そこいらのママチャリの方がよっぽどよく走って見せるでしょう」

所歩が皮肉を添えるも、津出はまだ押し黙っていた。
18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:04:46.46 ID:9WfXCC+a0
内藤が遅れてその場にやってくる。
すぐにも限界を示した体がガクガクに震えきっているにも拘らず、呼吸はそれほど乱れていなかった。
呼吸器が余裕あったにもかかわらず肉体的限界が先に訪れていたのだ、全力を出し切れていなかった良い証拠だ。

(;^ω^)「おまえ、どういうつもりだお!」

( ゚∀゚)「どうもこうも、競輪場は諦めてやるって言ってんだ、感謝しろよ」

(;^ω^)「そうじゃないお、試合放棄だなんて――」

内藤の言葉を手を出して制止させると、長岡はやれやれと身振りを交えて困った風を装った。
そして子供に言い聞かせるように言葉を繋ぐ。

( ゚∀゚)「分かっただろう、どれだけ努力しても実力が出せなかったら、そして転んだら終わるのが競輪なんだよ。
  それでも転ぶか転ばないかの瀬戸際でせめぎ合うんだ、相手と転んで共倒れになる可能性すら厭わずにな。
  それが納得できないなら随分なスポーツマンシップだ、競輪の世界には向いていないな、止めちまえ」

長岡の言葉を咀嚼すると、言いたいことが見えてくる。
そしてそれらは正しくも聞こえたが、この男に言われてしまっては素直に聞き入れることもできない。

情けない走り、言い返せぬもどかしさ、たとえ言葉を並べたところで負け犬の遠吠えにしかならない事実。
内藤はギュッと歯を食いしばった。

( ゚∀゚)「まぁなんだ、陸上やっていたとか話聞いたが、お前のいた世界とは同じスポーツでも全くの別物なんだよ。
  今回の勝負の結果は言うまでもないだろうが、俺が真横に詰め寄ったとき、お前は逃げて離れようとしたよな?
  競輪はその時点で負けだ、そしてお前一人が恐怖したことで、同じレースでのライン(隊列)仲間や観客に迷惑を被るんだよ」
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:06:43.42 ID:9WfXCC+a0
しっかりと説教を入れると、長岡は競輪場を後にした。
帰り際に長岡の弟子たちが津出に向かって何か言っていたが、内藤にそれを咎める力はなかった。
師匠の顔に泥を塗ったのは他の誰でもない、内藤なのだから。

(;´ω`)(所歩はあんなにすごい走りをしたのに、僕ときたら……全然駄目だお)

努力の成果もなく、師匠の面汚しとなった自分はどれだけ可哀そうな存在だったのだろうか。

( ゚∀゚)『分かっただろう、どれだけ努力しても転んだら終わるのが競輪なんだよ』

( ´ω`)(アイツにだけは言われたくなかったお……)

しかし悲しさが勝って、怒りはもうほとんど湧き出てこなかった。
努力の成果すら出せなかった自分には、この言葉を聞くにすら値しない場所にいると感じられた。



その後は競輪場を使って1000mの走りを何本か入れたが、内藤は全く速度に乗れなかった。
疲労よりも気持ちの問題が大きいのだろう、津出はそれを悟るとすぐに練習を変更し、疲労抜きのロングライドにした。
疲労を抜けばある程度体が動くようになる、そこから上手く気持ちを激励するに持っていければと睨んだのだ。


気合いの入らぬまま、内藤はその日の練習を終えた。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:07:34.61 ID:9WfXCC+a0
疲労抜き練習にも拘らずいつも以上に疲弊した錯覚の中家に帰ると、布団にごろりと寝転ぶ。


( ´ω`)「……なんでだお」

小さくつぶやいた。

内藤には、津出が長岡の言ったことに対して何一つと否定してくれなかったことが納得いかなかった。
何のフォローもなく、長岡の言ったことがまるで正しいかのように受け取っているのが、悔しかった。

長岡。

あの男は一体何なんだ、競輪とは何かを他人に語れるほどの男なのか。
すごい選手とは聞いているも、目の前の練習に追われて競輪界をまったく知らない内藤にとってはさっぱりだった。


携帯を取り出すと、着信履歴から電話をかける。
2コールもすれば相手が出た。

('A`)『おー、なんだ、久し振りに話した気がするな』

( ^ω^)「毒男、突然すまないお」

未だもって周囲との交友関係が壊滅的な内藤だ、やはり頼りはこの男しかいない。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/06(月) 21:10:16.49 ID:9WfXCC+a0
( ^ω^)「長岡って選手を知っているかお?」

('A`)『長岡選手って、あの長岡選手だろ、S級1班の。
  おいおい、前に競輪を見に行った時、ファンだって言わなかったか?』

( ^ω^)「お、そうだったかお」

よりにもよって長岡のファンだったとは、正気とは思えない。
きっと実物を見たらガッカリするだろう、有名人とはえてしてそういうものなのだろうか。
上っ面だけが良く、現実の姿は幻滅することばかりだ。

( ^ω^)「毒男の友人に頼んで、長岡選手について調べて欲しいんだお」

('A`)『なんだなんだ、また探偵みたいなことやってんのか?
  別にいいぜ、ってか俺がやるんじゃないから確かな事言えないが、調べてくれると思うわ。
  長岡さんだけでいいのか?』

( ^ω^)「お願いするお」


今まではただ嫌っているだけだったが、長岡という競輪選手はどういった人間なのだろう。
そのベールがいよいよ解かれようとしていた。

そして内藤は、競輪について何も知らない自分を再確認し、競輪やバイクのことも勉強しださなくてはと、心に強く思った。

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