- 19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/22(金) 02:46:35.82 ID:6PIJrhMz0
- 第二十レース「勝負の行方」
最後の何十メートル、それは疲労も伴って、時の流れや距離の進みを異常に遅く感じる。
所歩から早く逃げ切りたい、その一心でゴールへと焦点を合わせるも、一向に距離は縮まらない。
(;゚ω゚)「早く……くそ、早く……っ!!」
後方に控える所歩は、やはり何を考えているのか読めない顔で内藤を見ていた。
まだ勝てる気でいるのか、それともスパートをかけられない理由があるのだろうか。
所歩は動かない。
だったらこのまま逃げ切るしかない、しかし内藤の足は早くも小刻みに震えだした。
体の感覚が鈍くなる、神経が疲労ばかりを感知し、足を動かすという命令が脳から体へとうまく伝達しない。
(;゚ω゚)「……カフッ!!」
口を大きく開け、小咳きをした。
それだけで体は派手に揺れ、重心が大きく動いてバランスを崩す。
慌てて持ち直すも、やはりゴールまでの距離は依然ゆっくりとしか接近しない。
呼吸一つが重苦しく、長い。
体の小さな震えまでもが数えられるほどに、時の流れはだんだんと遅くなっていく。
スローモーションな世界で、早送りの思考ばかりがもう駄目だとしつこいまでに諦念を反芻する。
腹筋は上げ下げする太ももにより、捩じ切られそうなほど収縮していた。
その太ももは筋肉がすべて無くなって鉛と化したかと思えるほどに力の伝導を拒み、足を重くした。
- 20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/22(金) 02:49:22.86 ID:6PIJrhMz0
- そして白黒に映る視界が、端から真黒く浸食され始める。
酸欠の兆候だ、体の細胞は次々に剥離し、脳の細胞が酸欠で死滅していくのが感じ取れる。
今にも崩れ落ちそうな体、関節は皮一枚でかろうじて繋がっている錯覚が起きるほど頼りなかった。
ゴールへと意識を向ける内藤に反して、身体はバラバラに砕け散りそうだった。
まだ駄目だ、こんなスピードでは前回の所歩の力にすら及ばない、勝てない。
逃げなくてはならないのに、このまま逃げ切らなくてはいけないというのに。
もう後ろを振り返る余裕などない、応援席からの声も聞こえない。
所歩がどこにいるのか知らない。
彼がスパートをかけたのかも知らない。
彼が今、隣に並んでいるのかどうかも知れない。
それらを認知できる余裕は、内藤の精神に残っていなかった。
黒一色に塗りつぶされようとする世界の一抹で、僅かに見えるゴールまでをひたすらにこぎ続ける。
疲労も感じなくなった、ただ息苦しさだけが感情を支配した。
どうやって足を動かしているのだろう、本当に今バイクをこいでいるのだろうか?
- 22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/22(金) 02:50:52.89 ID:6PIJrhMz0
- ただ苦しさだけを感じながら、視界は黒に染まった。
構うものか、まっすぐに進み続けた。
そして一瞬、疲労がすべて無となった瞬間、内藤はかろうじて、倒れ込む自分の意識だけを感じた。
( ω )(ゴール……超えられたのかお……)
勝敗を考える余裕もなく、ただゴールできたかどうか、それだけが気がかりだった。
体が地面に接する寸前、意識がなくなった。
思考は途絶えた。
- 23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/22(金) 02:53:16.76 ID:6PIJrhMz0
-
「内藤、……内藤!」
(;´ω`)「……うぉぉ……お」
目が覚めると、汗を書いた体に厳しい冬の夕風が吹きつけられ、擦りキズから焼けるような痛みを感じた。
一瞬にしてクリアになる世界、激しい体への疲労が頭痛も招いた。
口に当てられたマスクは小型ボンベに繋がっており、酸素を補充されているのが分かる。
少しずつ意識は鮮明となり、痛みを感じるとともに疲労がわずかに取り払われていくのを感じた。
酸素によって意識は明瞭になったところで、さすがに痛みばかりは取り払われないようだ。
ξ;゚听)ξ「大丈夫?」
ミ;゚Д゚彡「おお、良かった、意識は持っているようだな」
(;´ω`)「……勝負は……どうなった、お?」
内藤が聞くと、ツンは優しく微笑みを返してくれる。
(;´ω`)「……勝ったの、かお?」
声が震えたのは疲労からではない、津出の表情が内藤の想いを沸き立たせたからだ。
信じられない結果を引き出すかのように、内藤は正直に聞き返した。
そしてその返答が、津出の口から放たれる。
- 25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/22(金) 02:54:52.80 ID:6PIJrhMz0
- ξ゚听)ξ「ええ」
(;^ω^)「僕は……勝ったのかお!?」
慌ててボンベを取り払って叫ぶと、とたんに頭が重くなり、神経が途切れそうになる。
膝がガクンと折れた内藤を津出は慌てて支え、無理やり口にボンベを当てた。
(;^ω^)「でも、僕はやったんだお、所歩に追いつかれなかったんだお……」
ゴールしていたのかどうかも分からないほどに限界まで力を出し切ったのだ、満足の笑顔を浮かべたが、津出は納得いかなそうな難しい顔をしていた。
(;^ω^)「どうしたのかお、僕は……勝ったんだお?
所歩に抜かれていないんだお?」
ξ゚听)ξ「所歩は、ラストスパートをかけなかったわよ」
(;^ω^)「おっお!?」
どういうことだ、内藤も所歩がやけに余裕面で彼のスパートを見送ったことは覚えている、それで相手がラストスパートをかけなければ勝ってしかるべきだ。
途端に勝利という二文字が安っぽいブリキ板に書かれたような、錆ついた情けない看板のように思えた。
- 26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/22(金) 02:56:15.33 ID:6PIJrhMz0
- 内藤はマスクを口にあてたまま立ち上がり、周囲を見渡して所歩を探す。
遠目に、赤いピストを持って内藤の方へと歩いてくる彼が見えた。
(;^ω^)「一体どういうことなんだお、スパートしなかったって……」
从 ゚∀从「あーあ、なんだよがっかりだぜ、せっかく見に来てやったのによ。
勝負にはうるさいのかと思ったが、同情なんてするヤツだったのか、興ざめだよ」
( ゚∀゚)「すまんな高岡、せっかく呼んだけどアイツは大した奴じゃなかったわ」
从 ゚∀从「ホントっすね、さっさと自分たちも帰りましょう」
長岡と高岡は聞えよがしに会話を済ませると、向かってくる所歩とは入れ違いに競技場を後にした。
そして所歩は内藤の前に立つと、赤く真新しいピストを彼に差し出した。
(´・ω・`)「ほら、約束だっただろう」
(#^ω^)「……どういうつもりだおッ!」
内藤は叫んだ途端、痛烈な偏頭痛に意識が飛びそうになったが、かろうじて持ちこたえるとまた所歩に向かって吼えた。
(#^ω^)「同情かお、お前にだけは同情される覚えなんてないお!
ふざけるなお、僕が頑張ってこうも練習して力を使いきったのに、おまえはそれを馬鹿にする気かお!
本当のお前はもっと強いはずだお、もう一回、勝負するお!」
慌てて制止しようとする津出と布佐を振り切り掴みかかった内藤に、所歩は無表情なまま答えた。
(´・ω・`)「そんなにせっつかないでくれよ、本気で走らないだろうとは事前に言っただろう、聞いていなかったのかい?」
- 28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/22(金) 02:58:12.02 ID:6PIJrhMz0
- そうだ、所歩はこういうヤツだった。
津出の時もそうだった、他人の頑張りや存在をあざ笑うかのように振舞っては、すべてをくだらないものへと変貌させる。
内藤と津出の師弟関係もそうだ、そんなものに何一つと価値を感じていないのだろう、彼にとって内藤と津出の努力など嘲笑うために存在しているのだろう。
(´・ω・`)「それにもう一回と言わずとも、これからいつでも何回と勝負できるだろう?」
(#^ω^)「……お?」
いきなりの意図できぬ受け答えに、内藤の勢いは中断させられた。
相変わらず毒のある言葉だったが、それにしてはどこか他人任せな、親密さが垣間見えた。
あの所歩が?
考えれば考えるだけあり得ないだろう話だ、競輪選手になればまた戦えるというニュアンスを含んだのだろうか。
いや、それなら「これから」や「いつでも」などと表現せず、選手になればと明示するだろう。
思考のフリーズは依然誰一人として解けなかった。
(´・ω・`)「いつものアホ面に、間抜けが加わったような顔だね。
どうしたんだい?」
(;^ω^)「これからって、また……勝負してくれるのかお?」
(´・ω・`)「ん? そういう約束だろう?」
約束なんていつしただろうか。
所歩が負ければピストを返してくれることは条件として提案したが、それ以外に何か取り決めがあった覚えはない。
- 29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/22(金) 02:59:20.94 ID:6PIJrhMz0
- 依然拭えない疑問符に、所歩はやれやれと息をひとつ吐いた。
(´・ω・`)「僕が負けたら津出の弟子になる、違ったかな?
だから師匠の津出がそう命じれば、いつでも対戦してあげるよ」
ξ;゚听)ξ「え……私、が……?」
指名された当の津出は素っ頓狂な声を上げて、上ずりながら確認を取る。
(´・ω・`)「ああ、君だよ。そういう約束だったよね、内藤?」
(;^ω^)「あー、言われるとそんな約束をしたような……」
興奮していた手前記憶に乏しいが、一度目に所歩と戦う取り決めを交わした際、そんなやり取りがあったことはおぼろげに思い出せる。
そう言われるとそういった内容の約束だった気がしないでもない。
いや、確かに初めの戦いではそれに近い取りきめを交わしたのだ、しかしそれはあくまで一度目のレースでだ。
どうして所歩はその一度目の取り決めを、わざわざこの場で掘り起こし、あえて自ら承諾してくるのか。
考えれば理由は一つしかない、所歩が津出を認めたのだ。
津出を師匠として、適当であると判断したのだ。
ξ;゚ー゚)ξ「ふ、ふん、私がアンタのね……勿体ないくらいだわ。
でも悪くはないかもね、まずはその減らず口から、叩き直してあげましょうか?」
(´・ω・`)「お互いさまじゃないか、君もちょっとは女性らしくたおやかに振舞ってみてはどうだい?」
ξ#゚听)ξ「余計な御世話よ!」
- 31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/22(金) 03:01:07.30 ID:6PIJrhMz0
- ミ,,゚Д゚彡「……」
一部始終のやり取りを、布佐は心ここにあらずといった感じで聞いていた。
内藤は無事成長をして、津出を師匠として信頼をしている。
そして一体何があったか知れないが、所歩までがこうして津出を師匠と認めている。
津出、彼女はいつの間にか師匠としての一番大切なものを手にしていたのかもしれない。
真に信頼される心を。
(;^ω^)「ちょちょちょちょっと待つお、どういうことだおそれっておかしくないかお!
所歩、おまえはどうしていきなり……津出なんかのどこに惹かれたんだお!」
ξ#゚听)ξ「なんか……ですって?」
(;^ω^)「おおおお言葉のあやですお……」
内藤の失言はさておいて、所歩はその質問を待っていましたとばかりに声を高らかにした。
(*´・ω・`)「ああそうさ、僕たちの出会いは運命だったのだろう、いずれは惹かれ合うべきだったのさ、間違いない!」
(;^ω^)ξ;゚听)ξミ;゚Д゚彡「……」
突然の熱弁に、三人は口を開けて唖然とした。
しかしそれすら構わずに所歩はこぶしを握り締め、言葉を繋ぐ。
- 32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/22(金) 03:02:49.38 ID:6PIJrhMz0
- (*´・ω・`)「一目惚れとでも言おうか、その美しさやどんな偉人の芸術作品だって敵わない、至宝かつ屈指の芸術!
僕も見た瞬間に虜になったよ、心臓を鷲掴みにされた、体が火照り心臓が高鳴って興奮冷め止まなかったことを今なお鮮明に覚えている!
そうさ、僕は素直に見惚れたのさ、津出、君の美しいライディングフォームに!」
ξ;゚听)ξ「ってフォームかい!」
(´・ω・`)「笑えない冗談は止めてくれよ、それ以外君の何に惚れるところがあるんだい?
ああ、あの美しきフォーム、この世のものとは思えないほど艶めかしい足の回転。
僕はあのフォームの下にならつける、師匠として崇められる、あのフォームであれば!」
ξ#--)ξ「わざわざフォームって付けて強調してくるあたりすごくムカつくんですが!
っていうか正直気持ち悪いわ、何その私自身との扱いのギャップ!?」
(*´・ω・`)「ああ分かるよ、その対応はツンデレというやつだね、甘んじて受けとめるよあのフォームを持つ君だからこそ。
僕は全然堪えないさ、だから何も気にせずに君はそのフォームを存分僕にみせてくれればいい」
ξ;--)ξ「何言っているのかと。
いや、頼むからちょっとは堪えて欲しいのですが、切実な心の悲鳴を厳粛に受け止めていただきたいのですが」
(;^ω^)ミ;゚Д゚彡(駄目だコイツ、早くなんとかしないと……てかキャラ変わり過ぎだろ何この変態……)
内藤と布佐が三歩ほど引いていることもお構いなしに、所歩は津出のフォームの魅力について次々に語り出す始末だ。
必死に食らいついて文句を言っている津出を、二人は心から尊敬した。
所歩は生意気を言いながらも実力の伴う、クールなキャラじゃなかったのか。
どうして今、彼は目を見開いては鼻息を荒くして興奮気味に早口で言葉を捲し立てているのだろう。
これが本当の所歩なのだろうか、だとしたらこいつはとんでもない変態だ。
- 33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/22(金) 03:04:17.41 ID:6PIJrhMz0
- (*´・ω・`)「そう、忘れもしないあの身が引き裂かれそうなほどしばれる冬の日に、橋の袂で君の走りに出会ったあの時を。
僕はそれ以来寝ても起きても君の下半身が頭から離れずに悶々とした毎日を過ごしてきた。
もう一度その美しきフォームを見たい、堪能したい、目の前で、じっくりと!」
ξ;゚听)ξ「止めて、本当止めてちょっと卑猥だから、さすがの私でもちょっと付いていけないから」
(*´・ω・`)「照れることはない、僕はただ事実を客観的に述べているだけさ、君は自信を持っていいんだよ、そのフォームだけは!」
ξ#゚听)ξ「オイコラ今フォームだけっつったよな、だけって。
いい加減にしろよ」
(´・ω・`)「普通の津出には興味ありません。
その中でもロード、ピスト、クロスバイクをこいでいるあなたと合体したい……」
ξ;゚听)ξ「しかも実はアニメオタクときた!
ええい、あんたの師匠なんてお断りよ、そんな約束私はしていないんだから!
却下よ、むしろ金輪際半径100m以内に近づいてくるな!」
言い放って振り返ると、内藤をすぐに立ち上がらせて帰る準備をしろと急かした。
意識が戻ったばかりの内藤は、応急手当のみの痛々しい体でたどたどしくも迅速に動く。
津出のイライラが何を対象にすればいいのか、行き場を失っていて、いつ飛び火が来るか分からない。
軋む体に鞭打ち、靴を脱いではピストを抱える。
(;´・ω・`)「ち、ちょっと待ってくれよ、そんな、君の走りをもう見れなかったなら、僕は明日からどうやって快眠をすればいいんだい!?」
ξ#゚听)ξ「知るか、低反発枕でも使ってろ!
内藤、準備遅い!」
(;^ω^)「おお、はいですお……」
- 35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/22(金) 03:05:59.05 ID:6PIJrhMz0
- びくびくと涙目で片づけする内藤の肩を、布佐の手が優しく叩いた。
ミ;-Д-彡(俺だけはお前の仲間だからな、辛くなったらいつでも来いよ……)
( ;ω;)(布佐さん……)
内藤は布佐に支えられながら、ボロボロの体を立ち上げると両手にそれぞれピストを持ち、涙目で歩きだした。
この日の試合結果は勝利に終わった。
上辺だけだった勝利にどれだけの価値があるのか、それは分からない。
それでも師弟関係を結び、初めての戦いだ、その真価を図ろうという方が無理というものか。
一方で、得られたものは非常に多かった。
そして確実な心境の変化と確実な一歩を踏み出したのだ。
それだけは彼自身自負ができる、今日この瞬間、内藤はいっぱしの自転車競技選手となったのだ。
次に見据える先は、いよいよ競輪学校の入学試験だ。
内藤は明日から始まるだろう試験への猛練習に向け、気分を一新した。
- 36 :omake:2008/08/22(金)
03:07:33.41 ID:6PIJrhMz0
-
ξ#゚听)ξ「ああ、内藤、遅い!
ほらそこに私のバイク用具も置いてあるからちゃんと持ってきなさいよ!」
(*´・ω・`)「こ、これがあの日、津出がロードバイクをこいでいたバイクシューズか……ハァハァ」
ξ;凵G)ξ「いやああああああああああもう止めて、気持ち悪い触れないで!
この変態、変態、変態っ!!」
(*´・ω・`)「変態、か……。……ふふっ、うふふ」
ξ;凵G)ξ「ひいいいいいいい!」
(;^ω^)(うっわぁ……)
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