28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 21:39:40.02 ID:9eXY6xo70
     第二レース「発端の事件」


10月末、肌寒いこの時期に、一年を通して最後の主要陸上競技大会となる秋季試合が行われた。
新人である一年生もここから試合に出る人が多く、試合は予想以上の人数とともに、一層の白熱を見せる。

太陽が真南に向かう途中、まだ風が強く吹きすさぶ中、内藤は200mのスタート地点で体を動かしていた。
今しがた一組目が出場したばかり、内藤の出番は十組目、今しばらく時間がある。
体を冷やさないようにと、軽く足踏みを繰り返した。

九組目が用意するころ、着ていたウインドブレーカーを荷物置き場に投げつけて、地面を思いっきり踏みつけた。

( ^ω^)「……」

大きく呼吸をし、また地面を思いっきり踏みつける。
そのまま体ごと、垂直に大きく跳ねた。

バネは十分に溜まっている、体調も悪くない。
唯一悪いものがあるならば、気分だった。

本来であれば内藤はこの試合も400mに出場するはずだった、それが3週間前、突然コーチから200mに出すと言われた。
寝耳に水だったが、すでに登録したと言われてしまえばそれまでだ。

棄権する気でいたのだが、「コーチには考えがあるんだよ」と風羽にたしなめられて、渋々参加することになった。
ここで情けない記録を出せば、コーチも諦めるだろうという浅はかな魂胆もあったのだが、そこはやはりスポーツ選手。
出場確認を済ませれば、負けたくない気持ちが先立ち、走る気満々となってしまった自分への嫌悪感が不機嫌に拍車をかけていた。

  「十組目、準備して」

内藤はゆっくりと、自分のレーンへ向かって歩き出した。
31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 21:41:30.58 ID:9eXY6xo70
内藤がスタートブロックの足位置を合わせている姿を、風羽はゴール地点から見守っていた。

今回内藤が200mに出場するのは、風羽とコーチの取り計らいだった。
これで内藤が良い記録を出してくれれば、気分を良くし、少しでも仲違いが収まるだろうかと淡い期待を込めながら。
レースを楽しめるようになってくれればという、光明を抱きながら。

(*ノωノ)(先輩、頑張ってください……)

内藤のスタート練習を見る限り、やはりいい感じだ。
周りの選手と比べても遜色ない、200mの参考記録を持たないために一番内側のレーンを走ることとなっているが、十分に期待の持てるフォームだった。


このレースが、内藤の転機となることを信じて。

  「位置について」

選手がそれぞれ、スタートで構えた。
内藤は一番最後にクラウチングの形を作る、それだけ落ち着き、自分のペースで勝負しようという意思の表れだ。
彼が本気で走る気で走ることを理解し、風羽は安堵の息をついた。

  「ようい……」

大丈夫だ、彼のことは誰よりも彼女が知っている。

彼ならいける、勝てる。


大きくピストルの音が響き、続いて盛大な応援が競技場に轟いた。

32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 21:43:14.20 ID:9eXY6xo70
スタートの五歩ほどで、内藤の速さは突出していた。

他と比べても一倍前傾で、腕の振りも力強い。
腰の位置も安定しており、一歩の力強さも飛びぬけていた。


体を上げきった時には、カーブの関係上少し前方からスタートしている隣レーンの選手に並んでいた。

ここで突然膝の上りが抑え気味になる。
軸はしっかりしている、腕も振れている。

内藤の表情を見れば、息を乱しながらも辛さをおくびにも出さず、隣レーンの選手をうかがう素振りすらあった。


余裕なのだ。


勝利を確信し、どれくらいの速さで走ってゴールするのか算段に入ったのだ。
まだ準決勝と決勝が残っている、予選で全力を出し切ってしまってはいけない、どの程度で走ればよいのかと、選手と自分を見比べているのだ。


2位までが準決勝に残れる、内藤はメインのストレートで再びスピードを上げ、危なげなく2位で予選を通過した。



風羽ですら予想だにしないほどの快走を、彼は魅せた。

33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 21:44:40.58 ID:9eXY6xo70
(*ノωノ)「内藤先輩、お疲れ様です!」


風羽がタオルと着替えを持って内藤に駆け寄ると、彼は不思議そうな顔で、地面に足を当てたり離したりを繰り返していた。

( ^ω^)「ん……どうもだお」

(*ノωノ)「どうしたんですか、足?
  もしかして、痛めちゃったんですか?」

( ^ω^)「そうじゃないお」

(*ノωノ)「でも、いきなり200mなんて……やっぱり無理はいけなかったですよね……。
  準決勝、棄権しますか?」

( ^ω^)「そうじゃないお、ただ……」

内藤は風羽に向かって、含んだ言葉の先を放った。

( ^ω^)「ただ、想像以上に足が動いて驚いているだけだお」

そして内藤は、どれだけぶりになるだろう、走り終わった後に滅多に見せることのない、満面の笑みを見せた。
いつも自分の走りやタイムを見返してはしかめっ面をし、コーチの説教へ気力なく向かうばかりだった彼。
練習でもサボったり力を抜くことを知らず、愚直に自分を追い込むことしかできない不器用だった彼。

走ることの楽しさを忘れていたとしか思えなかった彼が、とうとう見せた笑顔。
内藤が200mに出場したことはやはり正しかったのだと、風羽は確信した。

思わず彼女からも笑顔がこぼれる。
35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 21:46:03.88 ID:9eXY6xo70
(*ノωノ)「何調子いい事言っているんですか、次も期待していますからね。
  先輩、格好良かったですよ、余裕まで見せて最高の走りでした」

( ^ω^)「仮にもVIP地域じゃ400mで優勝しているんだお、200mでも余裕だお」

言いながらガッツポーズとともに見せる笑顔は、やはり内藤が滅多に見せることのない、最高の笑顔だった。




予選を2位のギリギリで突破したからだろうか、内藤は準決勝も一番内側からのスタートだったが、
まだ余力を残しているだろう走りで2位通過し、決勝進出を果たした。

カーブでは予選同様減速して見せたが、そこで周りを見て、直線で抜き去る見事な走りだった。
準決勝と決勝の間は休憩時間が少ないも、彼は平気そうにダウン、そして空き時間にはストレッチを繰り返してた。


風羽は手応えを感じていた。

内藤の走りは、十分に決勝で通用すると。

優勝とまでいかないだろう、それでも全力を出せば3位には十分食い込めるだろうと。




36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 21:47:30.95 ID:9eXY6xo70
時刻は15時を過ぎたか、競技場に200mの決勝アナウンスが鳴り響いた。

内藤は2レーン、内側から二番目だった。

(*ノωノ)(……?)

風羽はふと、その違和感に気付いた。
内藤から今までのような覇気を感じない、かといって不穏が感じられるわけでもない。
気だるげ、いや、その表現も的を得ていない。

(*ノωノ)(先輩……?)

走る前の集中している姿は400mの出場で幾度と見ている、それとは全く別物だった。
その証拠に、スタートの練習からも、気力は感じられない。
目つきこそ真剣だが、どこを見ているのかが分からなかった。

審判が、ピストルを構えてスタートラインへ並ぶよう指示をした。


  「いちについて」

杞憂に終わるならばいい、しかし何だろうか。
今までに見たことのない内藤の感じに、風羽の気持ちは煽られるばかりだった。
審判の合図が殊に遅く感じた。

  「よーい……」




37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 21:49:29.58 ID:9eXY6xo70
ピストルの音とともに、内藤はありったけの力を足に込め、スタートブロックを蹴った。
地面に激突するのではないかというほど体を前のめりにし、腕を回転させてむりやり太ももを動かす。

地面をとらえているのが分かる、力の限り地面を蹴れている。
ぐんぐんとスピードが上がっていくのを自分自身でも感じる、最高の出だしだった。

ぐっと顔をあげると、さすがは決勝か、右にいる選手が目に入った。

レーンごとのスタートラインの距離差を考えると、走行距離でみれば同じくらいか。
しかし相手はスピードを落とす気配を見せない。
さすがの内藤とて、予選や準決勝のようにカーブでスピードを落としていては、勝利を手中に収めることはできない。


――負けたくない。



さらに内藤はグイと足を上げ、腕を回した。


カーブを回りながらも、スピードは落ちない、むしろ上がっていく。



瞬間、内藤の体が浮いた。
41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 21:52:07.53 ID:9eXY6xo70
(*ノωノ)「せんぱっ……」

腰が高い、着地足が地面を捉えない、内藤の体はそのスピードを保ちつつ、頭から突き刺さるように倒れ込んだ。

肩と側頭部を競技場に敷かれた硬いゴムに激突させる。
恐ろしいまでの圧力によって、皮膚が擦り剥けたのが感知できた。

それでも勢いは衰えず、顔で一度弾み、首を軸に体は頭を追い越す。
とっさの反応で体をひねり、横向きに派手に転がった。

操り人形のように、面白いくらいに体全体はバラバラに動き、勢いに身を任せるばかりだった。

始めの頭部の激突ですでに目の前は真っ暗だ、頭も回らず、チクッと針に刺されでもしたかのような痛みしか知覚できなかった。


進行方向に頭を転がした内藤を見て、隣のレーンを走っていた選手が慌てるも、走る勢いは止まらない。

選手はスパイクを履いている、これで踏みでもすれば傷程度では済まない、骨に穴があく。
しかもその前にあるのは頭だ、踏みつけたなら死んだとしても不思議ではない。

避けようとするも、慌てての回避行動のため、バランスを崩す。
つい踏みとどまろうと出した足が、内藤の体に向かう。

ギリギリで内藤の手前で踏みとどまるも、続いて出した足が内藤の後頭部をものの見事に蹴り上げた。


意識のなくなった内藤はなす術もなく、再び数度、跳ねた。



43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/03/21(金) 21:53:12.12 ID:9eXY6xo70
川沿いのなだらかな道を、毒男はゆっくりと走っていた。
練習後の疲労抜きとしてロードバイクはいい、実際に外へ出れば気持ちもさっぱりして一石二鳥だ。
ローラー台だけではこうも涼しく爽快にとはいかない。

('A`)「もうすぐふるさとダービーだからか、今日の高良(たから)師匠は気合入っていたなぁ……。
  しっかし練習きつくなるのも参ったもんだ」

愚痴を言いながらロードバイクをまったり運転させていると、長閑な風景に似合わぬ音が大きく近づいてきた。

('A`)(救急車……?)

そのまま救急車は川沿いにある、市営競技場へと大慌てで入っていく。


('A`)「……おーおー、物騒な世の中だな」

そんな的外れな事を思いながら、自分こそ事故してはいけないなと気を引き締めた。
試合中の事故ならいざ知らず、練習中の事故はファンへの冒涜ともなりかねない。
信頼を失っては、斡旋を受けられにくくもなるだろう。

('A`)(やっぱり疲労抜きはピストより、ロードバイクで安全に、だな……)

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