3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 22:53:19.33 ID:FyN+jPMK0
登場人物

( ^ω^) 内藤:陸上の400mで県で一位を取るほどの猛者。怪我により陸上を引退し、競輪選手を目指す。

('A`) 毒男:内藤の中学時代の友人で、現競輪選手。なりたてで、実力はまだまだ。
   高良:毒男の師匠

J( 'ー`)し 母親:内藤の母親、ギャンブルが嫌いで競輪を良く思っていない。目下、競輪を目指す内藤とは対立したまま。
(*ノωノ) 風羽:陸上部のマネージャーで内藤の元彼女。すれ違いにより別れる。
(,,゚Д゚) コーチ:大学陸上部のコーチで、レースの度に怒鳴りあげた。内藤と仲違いの上、意思疎通が計れずに終わる。

ミ,,゚Д゚彡 布佐:万夫不当の競輪選手だった。
ξ゚听)ξ 津出:ロードバイクを乗りこなす女性、内藤に目をかける。

(´・ω・`) 所歩:師匠の怪我で布佐の元に来るが、津出と決裂。群を抜いた実力の持ち主。

( ゚∀゚) 長岡:毒男の尊敬する競輪選手
   高岡:S級1班の競輪選手である長岡の弟子
5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 22:54:59.30 ID:FyN+jPMK0
     第十六レース「裏腹の焦燥」


('A`)『内藤か?』

( ^ω^)「僕の携帯電話だお、僕以外が出てたまるかお」

内藤と津出が正式に師弟関係を結んだ夜に、毒男から内藤の携帯に連絡が入った。
この上なくタイミングのいい事だといたく感心しながら、まず要件を聞き返す。

( ^ω^)「どうしたんだお、突然」

(*'A`)『おお、この土曜からレースがあってさ、ようやく俺、B級決勝に残ったんだよ!
  結果は3位で、ついつい嬉しくて電話しちまったw』

( ^ω^)「そうかお、おめでとうだお」

3位という成績がどれほどいいものなのか、内藤にはてんで想像ができなかった。
それでも毒男の喜び様からすれば相当良い結果なのだろう、わざわざ電話をかけてくるほどに。

競輪の位分けが下からB級、A級、S級と組み分けされていることを考えると、陸上でいえば県大会レベルといったところか。
祝いの言葉を簡単にであれど捧げると、毒男は嬉しそうな言葉を漏らして、レースのことを熱く語った。

レース中は携帯電話はおろか、家族を含め外部との連絡が一切遮断される。
決勝進出の喜びは昨日に分かっていたことだが、結局翌日の決勝結果が出てから決勝に残った喜びを伝えるというあべこべな連絡になってしまったそうだ。
7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 22:57:00.10 ID:FyN+jPMK0
('A`)『俺もまだまだ捨てたもんじゃないな、そろそろ引き立て役の太鼓持ちに幕を下ろして、下剋上といくかな。
  そういえば内藤、そっちの調子はどうなんだ?』

内藤は毒男にも色々と世話になっている、しばし黙って耳を傾けていたが、話が一段落したタイミングを狙い、弟子入りのことをきり出した。

( ^ω^)「実は、今日師匠が決まって、早くも本格的な練習を開始したお。
  ちょうど試験申込用紙の師匠を書く欄を埋めているところだお」

(;'A`)『マジか!? ようやくか、だがやっぱり師匠は必要だよな、一人だと甘えが生じたりもするしさ。
  それで、師匠ってのは誰に決まったんだ?』

内藤の師匠がよもや女性とは思っていないだろう。
答えるべきかと一瞬返答につまり、変な間が空きながらも、毒男の喜びと感謝を壊したくないがばかりにその名を口にした。

( ^ω^)「津出だお」

('A`)『津出……? 聞いたことある気がするが分からないな。
  競輪選手だよな、出身はやっぱりこの地域か?
  あー、なんてか喉元まで出かかってんだが、もどかしいなぁ……!』

名前など数億人の人間それぞれが所持しているのだ、大抵は耳にしたことあるものとなってしまうだろう。
毒男の心当たりは勘違いだろうなと思いながら、女性と知ったらどんな反応をするだろうと、内藤は僅かに頬を緩ませた。

( ^ω^)「たぶん気のせいだお、選手じゃないお」

('A`)『……選手以外で、師匠?
  あ、あーあー、そうか、分かった、あのバイク店の看板娘か、そうだそうだどこかで見たと思ったんだよ……』

しかし内藤の思いとは裏腹に、選手でないと分かった途端に毒男はピンポイントで師匠を当ててみせた。
そうだ、今から思えば津出のバイトしていた店はドクオに紹介して貰った店だから、毒男に見覚えがあっても何ら不思議ではない。

8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 22:59:03.46 ID:FyN+jPMK0
( ^ω^)「まさかそれだけであてられると思わなかったお。
  そうだお、その人が僕の師匠だけど……どこかで見たって何の話だお?」

('A`)『いやさ、以前内藤の家にパンフレット届けた日があっただろ、あの時に競輪場前でお前といるのを見かけてさ。
  そうだそうだ、あの日――』

と、不自然にも突然毒男の声が止まった。
彼の脳裏に浮かんだのは、内藤の家の前で待つ一人の女性、大学の部活の後輩と言っていたか。
瞬間、咄嗟に話題を転換する方向へと頭は回転していた。

('A`)『――いや、あの日以外にも、そう、お前と競輪場行った時か、見かけてさ。
  どこかで見たと思っていたんだが、そうだよあのバイク店の子だったな、今完璧に思い出したわ。
  それで、その師匠っぷりはどうなんだ?』

( ^ω^)「なかなかにスパルタだけど、そこが逆に波長が合いそうだお。
  まだ一日目だから何とも言えないけど、息が合いそうな気はして嬉しいお。
  彼女は、信頼できるお」

内藤が『彼女は』の発言で言葉尻を尖らせたのを、毒男は聞き逃さなかった。
無意識だったのだろう、それでもその言葉からは裏の含みがまざまざと感じ取れるほどに意味ありげだった。

('A`)『それは良かったよ、師匠なんて必要無いって言っていたから心配したけど安心した。
  今までどうして師匠をいらないと言っていたか知らないが、当然それを津出さんは知っているんだよな?』

(;^ω^)「……当然知っているお」

下手な嘘をつくものだ、毒男は内藤の愚直具合に呆れ、歓喜の念はたちまち気抜けした。
それは内藤自身ですら、発言後にしまったと思うほどあからさまな嘘だった。
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:01:00.07 ID:FyN+jPMK0
内藤は毒男に確認を取られた瞬間、母親が競輪選手の道を反対していることが連想させられ、
毒男にそれを欺いていることを思い出したために、反応が一瞬遅れて不自然な間を作ってしまった。

それでも毒男は内藤に気を遣い、特に詮索はしなかった。

('A`)『それならいいけどよ、師弟関係っていうのは、恋人同士じゃなくて家族のようなもんなんだ。
  相手に気遣わずに本音を交わさないと、些細なことから一気に崩壊するぜ。
  まぁ今後もできる限り、相手には思ったことや自分を伝えていくようにな』

( ^ω^)「それくらい言われなくても分かっているお、大丈夫だお」

('A`)『ああ、心配してねーよ。
  それじゃ、いきなり電話して悪かったな、おやすみ』

( ^ω^)「おやすみだお」

内藤は電話を切ってから、試合の喜びに満ちた毒男と気分良く電話を終えられなかった自分に憤りを覚えた。
後悔と欺瞞に塗れた自分にはそんな資格が無いように思え、残念でならなかった。

師弟関係を結んだ記念すべき日くらいは、気持ち良くその日を終えたかったというのに、悩みの種は尽きないものだ。
えてしてこんな日に限って気分を落ち込ませる事柄に遭遇するものだから、自分を呪いたくもなる。




12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:03:23.66 ID:FyN+jPMK0
ξ゚听)ξ「ほらほら、回転落ちてきたわよ!
  はい、いきなり戻そうとしない、顔も下向かないで正面を見て!
  もっとおしりの位置は後ろ、下方向ばかりに力をかけないで、回すようにペダリング!」

(;^ω^)「おっおっ……!」

ξ゚听)ξ「ほら、内股になってきた、膝は足と水平に!
  肩に力入れ過ぎ、もっと上体はリラックスして!」

津出のコーチングはローラー台から始まった。
天候や競輪場の使用状況いかんに左右されず、フォームを矯正できるという点では最も手軽で効力のある練習だ。
終了時間を指示せずにこぎ続けさせることで、集中力が散漫となりフォームが崩れたところに注意を重ねる。

ずっと集中などできるわけがない、単純動作の繰り返しならば尚更だ。
何度と同じ注意を重ねる事で、模範的な乗り方をまずは体に刻みこむ。
終了を便宜上無制限に設けることで集中力の持ちを悪くさせ、無理やりに注意回数を増やした。

荒療治ではあるが、集中の続いていないときでも文句ないペダリングができるように強制することが先決だった。

内藤は意外にも不器用で、はしご形をした左右の支えがないローラー台上で走らせるだけでまずは一苦労だった。
基礎もないのだから、当初のペダリングなど、どこから注意して強制すればいいのか分からなくなるほどお粗末なものだった。

それでも延々とローラー台練習だけを重ね、無理やり体に模範的ペダリングを刻み込んだ。
おおよそ三日もの間それを繰り返す事で、ようやく及第点のフォームを作り上げることができた。

(;^ω^)「もうそろそろそれなりにできるお、早く実際に走らせたいお……」

ξ゚听)ξ「そうね、そろそろいいかもね」

(*^ω^)「マジかお!?」

13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:06:03.16 ID:FyN+jPMK0
会話をする余裕もあるなればフォームの基礎は十分だろう、次は実際の「走り」を内藤に埋め込む必要があった。
ローラー台だけではフォーム作りにも限界がある、実際の走行なくては、本当に肌に合う走りなど見出せるわけがない。
基礎から発展し、内藤に合致するフォーム諸々を身につけさせること、もっとも重要な部分だ。

基礎体力の向上には積み重ねが必要となるが、フォームはもっと手早く形にできて奥が深く、そしてもっと重要な要素なのだ。
どれだけ屈指の体力自慢であろうとも、フォームが悪ければ初心者にだって劣る。
逆を返すならばフォームを固めるだけで初心者も十分に化ける、それほどバイクにとってフォームは重要な要素なのだ。


次の日から、早朝と午後一にローラー台によるゆっくりと長い時間をかけたフォーム練習、夕方から実際に競輪場での練習を取り入れた。

地道な練習が功を奏したのか、ローラー台から降りた内藤の走りは見違えるほど安定していた。
ゆっくりと速度を上げ下げしたり、横の動きを見せたりと、基礎を固めたことで見事にピストを体の一部とし、余裕が出てきたようだ。

( ^ω^)「バンクも何にも感じないお……ちょっと寂しいお」

乗り慣れてバランス感覚を養ったことで、トップスピードでバンクに挑む必要もなくなった内藤にバンクの恐怖は再来しなかった。
喜ぶべき場所だろうが、完全に陸上とは別世界に来たのだと感じ、どことなく寂しくもなった。

ξ゚听)ξ「……内藤」

( ^ω^)「おっ?」

ξ゚听)ξ「今日はそんなものにしておきましょうか、結構疲労溜まっているみたいだしね」

せっかく競輪場に出られたというのに、すぐにも津出によるストップがかかった。
特段疲労を感じることがなければ、まだ乗り足りない気持ちもあったが、止められてしまってはしようがない、渋々ピストを止めた。
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:09:01.90 ID:FyN+jPMK0
ξ゚听)ξ「今まで使っていなかった筋肉を使っているから、やっぱり疲労が溜まっているみたいね。
  走りの軸がぶれて安定していないわ、これで練習をしても、せっかく固まったフォームが崩れて逆効果よ。
  仕方ないわ、あんたも超人じゃないんだから、今日はゆっくりと休みなさい」

(;^ω^)「……でも、勝負まで時間がないお、もう少しくらい」

ξ゚听)ξ「駄目よ、言ったでしょ、疲れた体で無理に練習をしてもフォームを崩したり怪我の可能性を増やすだけよ。
  ここで一頑張りして怪我してみなさい、一週間以上を棒に振るって、今までの練習も飛んじゃうんだから」

( ´ω`)「……わかったお」

ξ゚听)ξ(ま、乗り始めだし仕方ないか)

基礎体力や基礎筋力があったので、慣れぬ練習にも対応できるかと目論んでいたが、やはりそうそううまくはいかないらしい。
津出の期待は早くも裏切られたが、そんなことは口が裂けても言えなかった。

焦って選手を壊してはいけない、選手のコーチングに携わる者として最もやってはいけないことだ。

ξ゚−゚)ξ(……まぁいいわよ、もうしばらく乗り慣らして、スピード練習も少し入れられるようになったら距離を稼いでいきましょうか)

( ^ω^)「ツン、一つ聞いていいかお?」

ξ゚听)ξ「なに?」

( ^ω^)「ツンは、僕をどんな選手に育てようとしているんだお?
  競輪は三人くらいでグループを編成して戦っていたお、グループ内でも役割や走りが違うんだお?
  どういった走りで所歩と勝負するつもりなんだお?」

ξ゚听)ξ「ああ、そうね、そう言えば言っていなかったわね」
21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:14:21.65 ID:FyN+jPMK0
あの所歩との勝負、普通に戦っても内藤の勝機は皆無だ。
それでも最大限の好勝負を演出でき、かつ彼に向いた走り方、それは津出の頭の中ではずっと決まっていた。

ξ゚听)ξ「まず体力、これはピストに乗った時間に比例するようなものだからとても所歩とは比較に及ばないわ。
  スピード持久力も同様、ピストに乗った時間、そして技術があれば秀でるものだから比べるべくもない。
  だから、あなたの陸上経験を最大限活かせる戦法……スパート、力任せの完全なスピード勝負よ」

(;^ω^)「……!」

ξ゚听)ξ「最後までは所歩の後ろについて風除け、そしてラストで陸上時代の力をフルに活かして、爆発的なスパートで勝つ、それしかないわ。
  少なくとも普通に戦っても無理よ、相手を風除けにすることで体力を温存しながら相手を消耗させる。
  そしてあんたも、一時的なスピードだけなら自信あるでしょう、勝つわよ、あの化け物に」

言われても内藤は少しの間思考が停止していた。
所歩のラストスパートを目の当たりにして、そのピストの常識を覆さんがダッシュ力にただただ唖然とした。
先天的な何かが違うのだ、そう思いきっていた。

そのラストのスパートで所歩と勝負するというのだ。
そして勝てというのだ。

ξ゚听)ξ「アンタが所歩と勝負できるのは、筋力だけなのが現状だからね、それで勝つしかないわ。
  スプリント競技で名を残す猛者との、一瞬のスピードによる、最高速度の勝負よ」

(;^ω^)「望むところだお!」

ξ゚听)ξ「声上ずってるわよ」

(;^ω^)「武者震いだお、相手の土俵で相手を潰すなんて、最高なシチュエーションだお」

もっとも内藤に他のレース展開など考えつかない、理由を添えてそれが最善と言われればそれしか方法はないように感じられた。
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:15:52.61 ID:FyN+jPMK0
ξ゚听)ξ「初めは『自転車の』基礎体力と最低限のスピード持久力を目途に練習するわ、それでちゃんとしたフォームも体に覚えさせるから。
  だからまずはフォームよ、それが完全に板についたら、スピード練習をじわじわと入れていきましょう。
  後の話はいいわ、とりあえずある程度スピードを出しても崩れない、堅牢なフォームをものにするのが先決ね」

(;^ω^)「わかったお」

ξ゚听)ξ「今はまだ疲労も抜けきらないけど、慣れてきたなら大丈夫だから。
  だから焦らずにね、休養も立派な練習よ、一流選手は休養の取り方も上手なものだから」

( ^ω^)「……」

乗り始めなのだから仕方ないのだ。
乗ってから間もないのだ。


「まだ乗り足りないのだ」


内藤にはそう聞きとれた。




24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:18:06.77 ID:FyN+jPMK0
ξ゚听)ξ「……」

次の日も内藤の体は好調とは言い難かった。
津出の眉間に寄せられたしわを、内藤は逃さなかった。

(;^ω^)「すまないお」

ξ゚听)ξ「謝ったってどうしようもないわよ、それだけ練習に集中していた証拠よ。
  三日で基本的なピストの乗り方をものにしたのだから、予想以上に大したものだわ。
  だから気にしなくてもいいわよ」

そう言いながらも、津出は自問を繰り返すばかりだった。
なぜだ、自分の見立てが悪かったのか。
内藤に無理をさせてしまったのか、そんなにも自分は多くを望んでいたのか。

自分の練習方法に自信が持てなくなっていた。

本当に自分に他人を育てる事などできるのか、それが内藤にとって最善なのだろうか。
理想を内藤に当てはめていただけなのかもしれない、彼に期待し、無理やり彼に期待を寄せていたのかもしれない。
初めて目をかけたときから長らくの時を経たことで、その期待や彼を見る目が必要以上に肥えていたのかもしれない。


彼に失望しているのか?

違う、彼は普通なのだろう。

津出が彼に重荷を背負わせようとしているだけなのだ、なんという酷い師匠がいたものか。

ずっと欲しかった玩具が手に入った瞬間、なんとなく後悔を覚えてしまうことがある。
今こそまさにそれなのかもしれない、いや、大切な弟子を玩具に例えるとは何事だ、師匠としてあるまじき考えだ。

25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:19:46.80 ID:FyN+jPMK0
(;^ω^)「……ツン?」

ξ゚听)ξ「あ、いえ、そうね、内藤は私が思っていたよりも沢山のことを吸収していたみたいだわ。
  成長は私の想像を超えている、だから相応に体にも過負荷がかかっていたのよ、何らおかしくもないわ。
  ちょっと私もこれから先の練習の方向性を考え直してみるわ」

(;^ω^)「お、これで今日も終わりかお……?」

ξ゚听)ξ「そうね、足りないと思うかもしれないけど、疲労ばかりは仕方ないわ、予定を後ろへとずらすから。
  大丈夫、私が思う以上にしっかりと成長しているから、フォームだけみれば想像以上に早く綺麗に固まっていて驚いているくらい。
  だからこそ、そのしっかりとしたフォームを疲れた体の練習で台無しにしたくないの、分かってくれるかしら?」

それは本当だった、内藤のフォームは想像以上に早い段階で固まった。
というのも、内藤は津出が教えたことを忠実に守り、あれよあれよという間に体に刻みこんだのだ。

彼が陸上時代に培ったバランス感覚、そして筋肉の使い方を知っていることは強みなのだ。
驚くべきことだったが、だからこそこうやって多大な疲労が蓄積されてしまったのだろう。
肉体的疲労だけでなく、集中しすぎた精神的な疲労の方が大きいのかもしれない。


津出が自分自身の方針を信じて、内藤を信じてやることで初めて、信頼し合える師弟関係が成り立つというものだ。


彼女が自分を信じられなくてどうする、自分の練習に自信を持たなくてどうする。




26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:21:53.71 ID:FyN+jPMK0
そして次の日、津出に最大の苦悩が訪れた。
内藤のフォームが、激しいほどに崩れていたのだ。

ξ;゚听)ξ(どうして……休ませたから?
  咄嗟の付け焼刃だったからこそ、少し休めただけでも簡単に感覚を忘れてしまうの?
  これなら練習させた方が良かったのかしら……)

考えれば考えるだけ分からない、しかも内藤の体は、まだ疲労がとれていない状態だった。

ξ;゚听)ξ(所歩と勝負した日に練習させたからかしら、あの時の疲労を無碍に刺激したせいで、想像以上の疲労が蓄積されて……
  なんでよ、どうして……一体いつの、何の疲労なのよ……)

分からないことばかりだった。
いままで敏腕布佐の傍で幾多のコーチングを見てきたが、いざ自分が弟子を持つとなれば全く勝手が違った。
布佐が当然のようにしていた選手管理を、津出は全く見れておらず、ものにできていなかったのだ。

ずっと布佐の傍につき、指示を逐一チェックしては血となり肉としていたつもりだったが、それは自己満足に過ぎなかったのだ。
そうでなければここまで早々に内藤が行き詰る理由がない、まだまだ吸収が足りなかったのだ。
そう、これでは弟子と師匠のおままごとに内藤を付き合わせてしまっているに過ぎないのだ。

ξ;゚−゚)ξ「……」

引き下がるのか?

いや、それもできない、いけない。

彼は、内藤は間違いなく輝ける原石、その彼を砕いてしまうなんて、とてもできない。
30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:25:01.79 ID:FyN+jPMK0
彼女の脳裏は、全視野見渡す限りの荒漠で一人途方に暮れている幻想に埋め尽くされた。
どの方向へも一歩たりとも進むことのできない恐怖、認めたくない停止。

内藤と共に競輪への道を歩もうとしていた津出の足が、はたと止まった。


(;^ω^)「……ツン?」

フォームを見ても何一つと言葉を漏らさない津出を不審に思い、恐る恐る内藤は尋ねた。

津出がすぐにも向けた目線は、彼女の常とは遠く離れた、焦燥感に駆られるが故の弱々しい目つきだった。
その焦点の合わない眼を見た瞬間、内藤は悟った。

( ´ω`)(まだまだ、僕はダメなんだお……)

津出のコーチングは素晴らしいのだろう、それについていけず応えられない自分の歯がゆさから、彼は強く深く悄然となった。
どれだけ頑張って応えようとしても体は内藤の疲労状態を忠実に体現し、津出は彼に幻滅していくのだ。
彼女の元気が日に日に擦り減っていく様は、容易に見てとれた。

練習をさせたい、しかし内藤がまだそれをできる体ではない、そのジレンマに心がねじ切られそうなのだ。
彼女の想像に反して内藤の体は疲労に弱く、脆かったのだ。

津出の心境は悔しいほど内藤も感じ取れた。
そう思われた事が悔しくて屈辱的で。
それで練習量を落とされるのが、まるで陸上時代のコーチを連想させられた。

31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:26:31.83 ID:FyN+jPMK0
( ´ω`)(僕にはまだ足りないんだお、まだ……)

悔しさにこぶしを握り締めたところで疲労は取れやしない。
これまでも十分存分に練習を重ねたつもりだったが、「まだ乗り足りないのだ」。

ξ゚听)ξ「今日もこんなものにしましょうか、疲労抜きに軽く30分ほど、ローラー台でこいで。
  当然フォームも意識してね、私はちょっと外の風にあたってくるから」

( ´ω`)「分かったお」

見切りをつけられた、諦められた。
内藤はそうとしか思えなかった。

認められることの無かった自分の不甲斐なさを、ただただ恥じた。
肉体だけは一人前だと驕り高ぶる自分がいかに愚かだったかを知った。




32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:28:32.52 ID:FyN+jPMK0
ξ゚−゚)ξ(本当、私って最悪……)

津出は内藤と別れ、ロードバイクで競輪場から外へ出た。
考え事をする時はバイクを走らせる、これが津出の習慣だった。
考え事、そう、内藤の師匠をやっていけるのかどうか、だ。

内藤の練習時間は競輪場を使うため、愛好会の練習の合間を取らなくてはならず、変則的だ。
主に早朝、正午、夕方から夜にかけての三回で行われる。
さらに津出のアルバイトという要素でまた、時間は不規則に変化する。

ξ;゚−゚)ξ(一日三回の練習が疲労を抜け難くしているのかしら……いや、内藤だって陸上で毎日何度とトレーニングをしていたでしょうし。
  そうなると、食事時間帯に練習を持ってこざるをえないために、体調を崩してしまっているのかしら……)

考えれば考えるだけ原因は思い当たり、自分の不甲斐なさばかりが浮き彫りになる。
これなら素直に愛好会を進めるべきだったかもしれない。
いや、今からでも遅くはないはずだ、師匠を辞退した方がいいのではないだろうか。

ξ#゚听)ξ(……。本当、どうしてこうも嫌なことは続くものなのかしら)

津出が考えを停止して悪態つくのも仕方ない、目の前には所歩という男がちょうど橋の袂で休息をとっているところだったのだから。
目が合ったが、津出はすぐに目線を逸らした。
所歩が何か言いたそうだったかは知らない、津出は速度を上げると、さも知らぬ顔で所歩の正面を過ぎ去った。

ξ#゚听)ξ(何の暗示かしら、本当嫌だわ……!!)

まるで運命からも所歩に勝てないと言われたような気がし、津出は一層速度を上げた。
考え事をするために乗ったロードバイクだったが、いつしかすべての思考を取っ払ってしまっていた。

だから彼女は知らない、所歩が過ぎ去った彼女の影を、見えなくなるまでずっと見ていたことに。
彼らしくもなく、その眼にはいささかの感情が覗けた。

33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:30:37.50 ID:FyN+jPMK0
 


津出が20分程の外出を終えて戻って来た時はちょうど、愛好会の人たちが午後の練習に取り掛かるところだった。
邪魔にならないよう端でローラー台を回す内藤は津出を見ると、すぐにも笑顔を作った。

( ^ω^)「ツン、見て欲しいお!
  どうだお、フォームはしっかり直ったお!」

ξ゚−゚)ξ「……」

津出はあまりの悲しさに泣き出したい程の衝撃を受けた。
内藤のフォームがまた、誤った形で固定されていたのだ。

そうだ、なぜ付きっきりで内藤のフォーム矯正をしなかったのか、どうして諦めていたのか。
フォームチェックは一人でなどできっこない、ましてや初心者だというのに、どうしてその内藤をほっぽらかして外へ行ったのだ。
本当に彼を見てやる気があるのか。

ξ゚听)ξ「……内藤」

(;^ω^)「お?」

覇気のなくなった津出を見て、内藤は恐怖で体の動きがぎこちなくなる。
加えてたどたどしく崩れ出したフォームを見て津出は、またため息をついた。

ξ゚−゚)ξ(ねえ内藤、もしかすると、私についてくるのは競輪への回り道かもしれない)

心で何度も反芻せど、それはとうとう口から出なかった。
津出はずっと無言で立ちすくみ、内藤はぎこちなくピストをこぎ続けた。
35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:32:49.80 ID:FyN+jPMK0
  「あ、ツンちゃん戻ってきてたのか、ちょっと前に事務所に電話が入ってさ、ツンちゃん宛に。
  すぐかけ直すって言ってたし、事務所で待機しといてくれないか?」

ξ゚听)ξ「……ありがとうございます、分かりました」

津出は突然の声かけに助けられ、内藤に指示を出さずに足早に去って行った。
一人残された内藤は、津出が理解できない、本当にこれでいいのだろうかと疑問に押し潰されそうだった。

そう、師弟関係が綻び、崩壊してしまっていることは薄々感ずいていた。

( ´ω`)(やっぱり僕が駄目だったからだお……僕さえもっと疲労に負けない体を作れていればよかったんだお……)

津出から受けた練習は30分のローラー台だったが、時計を見ればもう時間は過ぎていた。
しかし何の指示も受けていない、どうしようかと回転を弱めたところに、軽々しい声がかけられる。

( ゚∀゚)「おー、オマエ本当に練習やってんのか、調子はいかがだ?」

( ^ω^)「……」

声をかけてきたのは長岡だ。
内藤は初見から、どうしてもこの男が好きになれなかった。
真面目に頑張ろうとする彼を小馬鹿にするような言葉が端々から取れ、おちょくっているようにすら感じた。

内藤はその声を無視し、改めて足に力をかけて練習を再開させる。

( ゚∀゚)「マジ勝つ気でやってんのか、ご苦労様なことだ。
  まぁその乗り方と不貞腐れた面見れば、調子は聞かずもがなってかw」

そして以前出会った時のように、声を大きくして笑った。
37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:35:00.11 ID:FyN+jPMK0
( ゚∀゚)「あー、そうだ布佐に会いに来たんだった、前のレースで俺の弟子がヤツの弟子に勝ってよ……って聞いてないか。
  まあくれぐれも無理のないように、適度に頑張れよ適度になw」

一方的に言葉を投げかけると、長岡はその場から去っていく。
内藤は一人、無言で真剣に、ローラー台をこぎ続けた。



ξ゚听)ξ「もしもし、津出です。
  はい、そうですが。
  失礼ですが、そちらはどちら様でしょうか?」

ツンが事務所に行くと、ちょうど電話があったようで真っ先に代わられた。
挨拶をするとすぐにも、内藤の師匠かと確認を取られた。
後ろ髪を引かれながらも肯定し、何者かと尋ね返すと、何とも不思議な答えが返ってきた。

ξ゚听)ξ「……それで、そんなあなたが何の用で私に電話を?」

それからしばらくは相手の言葉に耳を傾けていたが、すぐにも津出の言葉尻は強くなった。

ξ#゚听)ξ「なによ、どういうつもり!?
  私と内藤が上手くいっていないだろうって、なんでそんなこと心配されなくちゃいけないの!?
  余計なお世話よ!」

どうして今の自分たちの状況が分かるのだ。

思わず声を荒げたが、次第にその気持ちは落ち着きを取り戻していく。
そして相手の言葉を聞いていく内に、言わんとしていることが明確に形作られる。
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:37:06.32 ID:FyN+jPMK0
ξ゚听)ξ「……」

相手の言いたいことはよく分かった。
憶測の話ではあったが、それこそ現状を打破できる、すべてを解決に導くことができる答えだった。


話を聞き終えたとき、どうして津出にわざわざ電話をしてきたのか、その理由をすべて理解した。

ξ゚听)ξ「わざわざ、ありがとうございます」

自分たちの荒んだ状況を見抜かれていたという痴情が妨げとなり、少しひねくれた礼の言い方しかできなかったが、
心の中では相手への感謝の念がいっぱいで、同じだけ内藤に対する怒号の念が入り混じっていた。

電話を終えると事務所の人間に礼を述べ、続いて携帯を取り出すと、バイト先へと電話をかけた。

ξ゚听)ξ「もしもし、店長ですか?
  すみませんが、本日の夕方からのバイトは体調不良で休ませてもらえないですか?
  ……はい、……はい、ありがとうございます、いきなりですみませんでした」

これで準備は整った、電話の主の言う事を信じるならば、あとは現場を掴むだけだ。






40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/27(日) 23:38:51.53 ID:FyN+jPMK0
 


ξ゚听)ξ「ねぇ、アンタ、何してんの?」

(;^ω^)「ツン……!?」

夜の帳も下りきった午後の遅く、暗く静まった競輪場で独りローラー台をこぐ内藤に向かい、津出は言い放った。

(;^ω^)「え、あ、……今日はバイトのはずじゃなかったのかお……」

この狼狽ぶりを見る限り、津出がバイトの日だけでなく、連日彼女との練習が終わった後も隠れて練習していたのだろう。
津出の思い悩みも知らず練習こそが一番だと信じる彼、見せかけだけの信頼関係は元から強く結ばれてなどいなかったのだ。
両端を引っ張れば簡単に解けてしまうような、結ばれたとも言い難い、お粗末な師弟関係だったのだ。

ξ゚听)ξ「アンタのその足、折ろうか?」

(;^ω^)「はい?」


ξ゚听)ξ「その足、今すぐ私が折ってあげようか?」

津出はその眼を今までにないほど強くギラつかせながら、その言葉を放った。

ξ#゚听)ξ「なんでそんな無謀なことするの、そんなに私が信頼できないの!?
  無理と無茶は違うんだから、そんなに自分の体を酷使してどうするの!?
  そんなに体を壊したいんだったら、コーチとしてひとおもいに私が足を折ってあげるって言ってんの!」


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