2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:16:39.56 ID:loU+1MVe0
登場人物

( ^ω^) 内藤:陸上の400mで県で一位を取るほどの猛者。怪我により陸上を引退し、競輪選手を目指す。

('A`) 毒男:内藤の中学時代の友人で、現競輪選手。なりたてで、実力はまだまだ。
   高良:毒男の師匠

J( 'ー`)し 母親:内藤の母親、ギャンブルが嫌いで競輪を良く思っていない。目下、競輪を目指す内藤とは対立したまま。
(*ノωノ) 風羽:陸上部のマネージャーで内藤の元彼女。すれ違いにより別れる。
(,,゚Д゚) コーチ:大学陸上部のコーチで、レースの度に怒鳴りあげた。内藤と仲違いの上、意思疎通が計れずに終わる。

ミ,,゚Д゚彡 布佐:万夫不当の競輪選手だった。
ξ゚听)ξ 津出:ロードバイクを乗りこなす女性、内藤に目をかける。

(´・ω・`) 所歩:師匠の怪我で布佐の元に来るが、津出と決裂。群を抜いた実力の持ち主。

( ゚∀゚) 長岡:毒男の尊敬する競輪選手
   高岡:S級1班の競輪選手である長岡の弟子

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:19:20.66 ID:loU+1MVe0
     第十五レース「七転び八起」


ξ゚−゚)ξ「……」

津出が密かに見守る中、勝負は所歩の圧勝に終わった。

所歩がゴールしたが、内藤はまだラインをまたいでいない。
補助輪を外したばかりの幼児でもあるかのような、不安定で今にも転びそうな覚束ない走りで、一足遅れて内藤がゴールラインをまたいだ。

最後は目も当てられないほど「異様」な酷い走りだった、精神は失意と諦念に揉みくちゃにされていたのだろう、
過酷な現実から目を逸らし、ゴールラインをまたぎたくない素振りまでがまざまざと見えるほどだった。

タイムの上では一秒程度の差しかないが、結果には表れない確実な差がその戦いには存在した。
相手にならない、同じ舞台に立つことすらままならないだろう明確な差が。


ミ,,゚Д゚彡「結局は凡才か……」

布佐自身が特段の信頼を置く津出が目をかけたとあったので期待していたが、結果は散々だった。
つまるところ津出が目をかけたのは「彼の才能」ではなく、「高い運動能力を持ってバイク経験がない」という期待性だったのだ。
何らかの競技で大きな成績を残して競輪へ転向してくる者は、後に大成することが多い、ただそれだけだったのだ。

内藤という「選手」はただの凡人だ、所歩の方が段違いに見込みある。

勝手な希望から一方的な失望へ、所歩のラストのスパートを見れたことこそが唯一の収穫か、内藤からは何一つとプラスのものを得られなかった。
布佐は、不覚にも所歩の師匠になりたいと思ってしまった。
彼はそれほどの才の塊を持っていた。
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:21:47.27 ID:loU+1MVe0
そして内藤の「走り」については何一つと思うことはなかった。
下手とも、愚鈍とも、粗末とも、何一つと思わなかった。
布佐の思考が所歩に移ってからは、脳内に内藤という男が顔を見せることはなかった。

所歩の走りに目を見張り舌を巻き、内藤は彼のすごさを際立たせるためのピエロとしか映らなかった。


( ゚∀゚)「すげぇじゃん、あの所歩ってヤツ」

長岡も布佐同様、所歩のラストのスピードアップに思わず鼻を鳴らした。
体力を温存していたこともあるのだろうが、プロですら通用するだろう素晴らしい捲り勝ちだった。

そして視界の端にズタボロの内藤を捉え、僅かにほほ笑んだ。
小馬鹿にしたような笑みの真意は、彼だけが知っていた。


よろよろでゴールした内藤は、無理やり走行速度を落とすとピストと共に派手に倒れ込んだ。

壮絶な疲労と悲愴が脳内を交錯した。
これから先のことを考えると怖く、疲労を強く感じる事でその事実から逃げたかった。
このまま酸欠で倒れ込んでしまった方がよっぽど楽だろう、そう思い荒く息をすれど、意識が遠のくことは無かった。

(;´ω`)「……ハァ、ハァ!」

時折り痙攣しているかのごとく身体が震えるのは、過度な運動後すぐに倒れ込んだからだろうか、それともあの人のせいだろうか。
ピストを賭けていることも知らないのだろうあの人は。
自分が作ったピストを勝手に賭けた揚句に大敗したなど夢にも思っていないだろう。

失望したことだろう、こんなやつをどうして弟子にしようとしていたのだろうかと思い直したことだろう。
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:23:55.97 ID:loU+1MVe0
(; ω )「……ハァ……ゥッ!」

現実という烈日に厳しく照りつけられ、感情が昂り涙が出そうになった。
独善的な考えにそぐう実力も持たない、劣位な自分自身が情けなく、哀れに思えて仕方なかった。
誰かのためにと思ってやったことはすべて空回りした揚句、結果だけ見れば過去の自分と何ら変わりない、自分勝手で厚顔無恥なだけだ。

誰かのために何かすることができない人間なのだ。

どれだけ変わろうと、自分の本質は弱いままなのだ。


涙を必死に堪える内藤に、所歩が近づいた。

(´・ω・`)「お疲れ様、君はよくやったよ、その頑張りがいい具合に無様で惨めだった。
  僕は小学五年生からずっと自転車をしている、そしてこれから先もずっと続けていく。
  もし僕に勝ちたいのなら、小学五年生よりも早い段階から自転車を始めることだ」

一生かかっても勝てないと言いたいのだ、内藤にも意味することくらいは分かった。
そうだ、またこうやって過去の人生を否定されるんだ。
いつでも過去ばかりが纏わりついて、今を自由に頑張ることなんてできやしないんだ。

所歩は言葉を返すことすらできぬ内藤に冷笑を浴びせると、倒れたピストに手をかけた。

(; ω )「あ、……止めるお、奪わないで欲しいお!」

(´・ω・`)「は?」

弱々しい内藤の声を、所歩は疑問符で一刀両断した。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:25:10.62 ID:loU+1MVe0
(´・ω・`)「競輪はギャンブルだ、勝てなかったから賭け金を返してくださいだなんて、よほど君は競輪に向いていないね」

所歩の言葉に怒りを覚える気力はもう残っていない、内藤はその一言一言に大きく傷つき、心を抉られる痛みを感じた。
どうして何もかも奪おうとするのだ、どうして進む先には茨の道しかないのだ。
一人で越えるにはあまりに障害が多く、険しく厳しい道だった。

(; ω )「ゴメンだお……返して、欲しいお……ください。
  大切な人に貰った、特別な……大事なものなんだお……」

おでこを地面に押しつけた。
プライドなんていらないのだから、だから可能性を奪わないで欲しい。

(´・ω・`)「今日日土下座なんて、滑稽なだけだよ。
  同情を誘う気かも知れないが、同情に負けていては競輪の厳しい掟の中ではやっていけないからね」

ここでまた「競輪」を理由に掲げると、所歩は知らぬ顔で内藤に背を向けた。
そして各々の手でそれぞれのピストを持つと、二台を引きずってトラックを後にしようとする。

(; ω )「止めるお、お願いだお……」

(´・ω・`)「君はレースでも最後まで全力を出そうとしなかったね、諦めきって自転車を漕ごうとしていなかった。
  それだけで分かる、しょせん君はそれ程度の人間だ、勝負を語れるようなスポーツマンじゃないんだよ。
  そうだね、君が競輪の道を諦めるというのなら返そうか、そうでないなら諦めるんだ」

(; ω )「僕は……」

内藤は押し黙った。
それしか残されていない道、それを自身の決断で裂くことなどできなかった。
辛さに押し潰された彼はとうとう考えることを止め、ただ黙りこむことに徹してしまった。
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:26:46.32 ID:loU+1MVe0
しかし、間一髪、そこに飛び込む声に所歩の足は止められる。


ミ,,゚Д゚彡「おいおい所歩、まさかそのピスト、持っていく気じゃないだろうな?」

(´・ω・`)「布佐さん、その通りですが」

ミ,,゚Д゚彡「止めてやれよ、安いものじゃなければ、バイクへの愛着はお前だって分かるだろうに。
  それじゃただの強奪だろ、何よりも俺の大切な知り合いが作ったピストなんだ。
  そうだ、俺が直々にお前を鍛えてやる、それで手を打たないか?」

布佐の提案にも所歩は表情を変えず、代わりにため息をひとつ吐いた。
そして面倒そうな目線を、あろうことか布佐に向けた。

(´・ω・`)「競輪選手は確かに我々選手志望の人間より上でしょう、それでも何でもあなたの言うことに「ハイ」とだけ返すと思わないでください。
  なぜ布佐さんがそんなことをする必要があるのですか、むしろそう提案された事で、絶対に返したくないと決心がつきましたね」

対峙しても身じろぎ一つなく、所歩は淀みなく堂々と声を出す。

そんな所歩を見ていると、内藤には昔の自分が思い浮かんだ。
へそ曲がりで、一人孤独に独自論を並べては、相手に突っかかっていた昔。
この男はやけに似ているのだ、昔の内藤と。

まるで所歩は昔の自分の生まれ変わりかもしれない、心を入れ替えた途端に内藤の前に現れたのだから、きっとそうだ。
過去を忘れて生まれ変わった気になり新しい道に挑もうとする自分を見て、このように姿を変えて妨害に来たのだ。
これから先もずっとそうなのだろう、何をしようと、過去の自分はずっと妨害を続けに現れるのだろう、間違いない。
14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:28:30.69 ID:loU+1MVe0
ξ゚听)ξ「何情けない顔してんのよ」

と、津出は突然現れると悲観に暮れる内藤の頭をこつんと叩いた。
そして所歩と布佐の間に割って入る。

ミ,,゚Д゚彡「なんだ津出、結局来てたのか」

ξ゚听)ξ「別に、買い物がてら寄っただけよ」

(´・ω・`)「じゃあ、さっさと買い物に行ってはどうですか?」

所歩が挑発するものだから、今まで以上に空気が張り詰めた。

津出は所歩が左手に持つ、自身が調整した内藤のピストを指差す。

ξ゚听)ξ「いいピストじゃない」

(´・ω・`)「そうですか?」

所歩の減らず口は留まらない、挑発も逆に返される始末だ。
津出はその言葉を鼻で笑って見せると、口を開く。

ξ゚听)ξ「そのピスト、大事にしておきなさいよ。
  傷とかつけないようにね」

(´・ω・`)「僕のものです、焼こうと壊そうと僕の勝手でしょう」
16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:30:32.65 ID:loU+1MVe0
相変わらずの減らず口だったが、津出はその言葉を待ってましたとばかりに所歩に歩み寄った。

ξ゚ー゚)ξ「取り返すって言ってんのよ、だから綺麗に扱ってくれないと困るの。
  今はあなたのものかもしれないけど、いずれその手から離れるのだから」

(´・ω・`)「ほう、それはまた随分な自信ですね……」

ξ゚听)ξ「当たり前でしょう、それはあんたのために作ったピストじゃないのだから」

そう言って津出は、内藤へと鋭い目を向けた。

(; ω )「……僕、かお……?」

ξ゚听)ξ「言ったでしょう、一カ月あれば十分だって、誰にも負けないくらい速くしてあげるって。
  私が師匠にいるのに、どうしてアンタはそんなに悲しい顔するのかしら?
  当然取り返すのでしょ、ピスト」

ただ絶望だけに囚われていた内藤、津出からも何を言われるだろうと恐怖に呑みこまれていたが、彼女から差し出されたのは救いの手だった。

勝てるのだろうか、この、所歩に。

徹底的に打ちのめされた相手に、初心者同然の自分がたった一カ月練習するだけで。


ξ゚ー゚)ξ「勝てる」


津出は内藤の心境を読み、すぐにもそう言った。
18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:32:32.31 ID:loU+1MVe0
ξ゚听)ξ「それともなに、あなたは手を拱いて、そこに立ち止まり続けるの?
  私が、師匠が信用できないの?」


津出に付いて行けば本当に勝てるのだろうか、その質問は野暮ったい。
先のことを聞くことほど無意味なことはない、それよりも何よりも、今は立ち止まっていてはいけないのだ。
そうだ、進むしかないのだ、後ろを振り返っている余裕などありはしないのだ。


( ^ω^)「ツン……師匠、よろしくお願いしますお」


口が悪く自信家で、それでも誰よりも自分を見て認めてくれた人。
こんなに近くにいたのだ、自分を助けてくれる人間は。

今、とうとうその契約は結ばれた。
何度と誘惑と決裂を重ねたが、ようやく目的と想いが一致した。
互いが互いを認め、信頼した瞬間だった。


(´・ω・`)「おやおや、随分と感動的なシーンかもしれないが、一ヶ月後の試合をどうして僕が受けることになっているんだい?
  何か自分に利益でもあるならば別だがね」

ξ゚听)ξ「お生憎、私たちはもう既に掛け金を失ったわ。
  そうね、だから……賭けるなら、体ってことになるわね」

(´・ω・`)「ふぅ……」

所歩の目が冷淡に染まった。
体を賭けるなど、可哀相な女性とでも思ったのだろう、明らかな憐憫を含みかつ軽蔑を示唆していた。
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:34:51.59 ID:loU+1MVe0
ξ゚听)ξ「勘違いしないで、なんでも言うことを聞くということよ、内藤が」

(;^ω^)「は!?」

(´・ω・`)「ほう、それはとても面白いね、競輪を辞めろと言ったならば?」

ξ゚听)ξ「辞めるわよ、内藤が」

この師匠を信じたことは正しかったのだろうか、誓いを交わしてからものの五秒で、早くも内藤の決意が揺らいだ。

師匠はノーリスクですかそうですか。

(´・ω・`)「別にいいか、その勝負受けてたつよ、一ヶ月後の同じく月曜日、同じ時間開始といこうか。
  まぁそれまでの一ヶ月間、精々あがくことだね。
  津出、君のその自信も、粉々に砕いてあげるよ」

ξ゚听)ξ「砕けるものならね、私は内藤を信頼しているわ」

(´・ω・`)「そうかい」

所歩はやはり表情を崩すことなく、別れの言葉を一つも残さずに二台のピストを持って去っていった。
ピスト本体がなくなり、内藤は身につけたシューズやヘルメットの無意味さに、居た堪れない思いに駆られた。
勝負だなんて言ったが、ピストもない今、どうやって練習もすればいいのか、初心者うんぬん以前の問題が残っていた。

ミ;゚Д゚彡「それにしても津出、随分強気に出たな」

ξ゚听)ξ「当たり前じゃないですか、アイツにとっては相手を付けて競輪場で走れるだけでも美味しい話ですし、断るわけないじゃないですか。
  どれだけ尽くしても師弟関係を断り続けたような、どっかの誰かさんでもない限りはね」
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:37:29.57 ID:loU+1MVe0
津出が含んだ言い回しと共に睨むものだから内藤は目を逸らしたが、「ちょっと」と言葉尻を強くして内藤を呼んだ。

ξ゚听)ξ「あんた、あのピストに私がどれだけ苦労したか分かってんの?
  何勝手に賭けの対象としているのよ」

(;^ω^)「……ゴメンだお、でもツンが苦労したからこそ、悔しくて……言い訳だお、本当にゴメンだお」

気落ちした内藤の頭を、津出はこついた。

ξ゚听)ξ「アンタ、私のコーチングは厳しいんだから。
  そんなでショック受けてたら体もたないわよ?」

気にしなくても良いと言ってくれているのだ。
照れ屋で素直でない彼女の気遣いを感じ取れたからこそ、内藤は顔を笑顔に戻すことができた。

( ^ω^)「大丈夫だお、体をもつようにしてくれるのが、師匠の仕事だお」

ξ゚ー゚)ξ「言うじゃない、任せておきなさいよ」

やはり津出はきつい目つきだったが、いい加減それにも慣れた。
挑発的な目つきこそが逆に、頼れるようにすら見えた。
事実、駆け出しで右も左も分からない内藤は津出にすべてを委ね、任せるしかないのだ。

そんな二人に、恐る恐ると布佐が口を挟む。

ミ,,゚Д゚彡「意気投合しているところ悪い、そんな最中にこんなことはいいたくないんだが……津出、本気で勝てる気でいるのか?」

ξ゚听)ξ「……」
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:40:07.66 ID:loU+1MVe0
あまりに要点をついた言葉に、内藤は浮かれていた自分に羞恥を覚え、嫌悪してしまうほどに気落ちした。
一瞬で引き戻された現実、先までの劇的な差を見れば誰しもが一カ月あろうとも無謀な挑戦だと思う。

津出は押し黙ったままだったが、構わずに布佐は続けた。

ミ,,゚Д゚彡「はっきり言って、所歩は速いわ、たぶん俺の愛好会に通っている競輪選手志望の誰よりも、頭一つ飛び出ている。
  お前もさっきのレースを見ただろう、あの乗りこなしにダッシュ力、力だけ見ればプロでも通用するだろう」

ξ゚听)ξ「そうですね、私も見解は同じです」

ミ,,゚Д゚彡「こんな事を言いたくないし、お前の見立てを間違いだと言いたいわけではないが、
  俺の正直な感想としては、内藤、お前のこのレースは期待はずれだった。
  津出、正気か、あんな約束までしてしまって、勝てる気でいるのか!?」

言いきった布佐を恨めしく思うほどに指摘は的確で、内藤は身が縮こまる思いだった。
約束を一方的に取り付けられた内藤を気にかけてそう言ってくれているだろうからこそ、余計にその気遣いはダイレクトに響いた。

しかし津出はその挑戦的な表情を緩めず、臆することなく布佐に向かった。

ξ゚听)ξ「布佐さん、私はあなたを本当に尊敬しています、実力は当然、コーチとしての手腕だって私には遠く及びません。
  だから私はずっと布佐さんの下にいましたし、どれだけ頑張ろうとも布佐さんが手本である以上一生追いつくことはできないのだと思います。
  でも今日この瞬間、私は一つだけ布佐さんに勝っているものがあると確信しました」

ミ,,゚Д゚彡「つまり?」

ξ゚听)ξ「選手を見る目です」

飼い犬に手を噛まれるとはこのことか、津出は布佐の見立てを否定したのだ。
内藤の可能性を信じて、長く御世話になってきた恩師でもある布佐に対立したのだ。
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:43:50.55 ID:loU+1MVe0
さすがに布佐とてこの反応は意外で、返す言葉に窮した。
百人いれば百人が布佐の意見を支持するに違いない、それだけ至極まっとうな布佐を、断固として彼女は跳ねのけたのだ。

そこに、場違いなほど大きな笑い声が響き渡った。

( ゚∀゚)「こりゃいい、おもしれーわ、何を言っても無理だよ無駄だw
  まったく嬢ちゃん、頭固くて融通きかないとこばっか布佐に似たな!」

ξ゚听)ξ「長岡さん、嬢ちゃんは止めてくださいっていつも言っているじゃないですか……」

長岡と呼ばれた男は大きな声で盛大に笑ってみせながら、草履のカカトを引き擦りながら歩いてくる。
どこぞの親父かと内藤は怪訝したが、津出とは顔見知りのようだ。

ミ,,゚Д゚彡「別に俺は頭固くはないよ、こいつは元々頑固なんだ」

( ゚∀゚)「ふてくされるな、間違いなく嬢ちゃんはお前さんの教え子だよ。
  で、内藤とか言ったか、お前自身はどうなんだよ、所歩に勝てる気でいるのか?」

おどけた顔で核心を突いてくるものだから、内藤は虚をつかれた。
そう、誰よりもここで大切なのは内藤の意思なのだろう。
津出の決意よりも、布佐の気遣いよりも、内藤自身の想いがなくてはすべては成立しないのだ。

内藤は思わず声につまった。
所歩との実力差は、感覚的にではあれど誰よりも彼自身が分かっていた。
生半可ではない、通常であれば比べることすら無意味なほどの歴然とした実力差、大人と子供のような根的な異なり。
29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:46:20.77 ID:loU+1MVe0
しかしそれに負けてはいけないのだ。

( ^ω^)「自分一人では無理でも、ツンとならできると思うお」

ここでこうも答えられなければ、勝負する以前に負けたこととなる。
そして内藤がこう言ってしまえば、布佐はこれ以上口をはさめなくなる。
たったこれだけで、万事は解決するのだ。


しかしその返答の何が面白かったのか、長岡はまた声大きく笑うと、首を大げさに横に振ってすら見せた。

( ゚∀゚)「そうかいそうかい、分かった、お前さんはそう思うのか。
  まぁくれぐれも勝負する前に過剰な練習で体壊さんようにな、ほどほどに頑張れよ、ほどほどにでいいんだから、なw」

内藤の考えを聞いた時は味方かと思ったが、この言葉を聞く限りそうではないようだ。
この男は決して味方ではない、小馬鹿にしたような笑いからそれを確信できた。
そしてどことなくあの男と似ている。

内藤の思いを露ほども気にする素振りを見せず、長岡は布佐を連れて競技場を後にした。

残されたのは内藤と津出だ、師弟関係を結んだばかりで二人っきりにされてはどことなく緊張してしまい居辛くも感じたが、
当の津出は内藤の事など見向きもせずにこれからの予定を頭の中で組み立てていた。
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 23:47:51.75 ID:loU+1MVe0
ξ゚听)ξ「とりあえず内藤、ピストはこの前使った競技場の奴だけど、用意するから気にしなくてもいいわよ。
  ただ、競技場の使えない日をどうするかね……ま、しばらくはみっちりと基礎練習だからそれは後で考えましょうか」

津出は腕時計に目を落とし、時間を確認した。
今はまだ18時半だ、季節柄ゆえ辺りは真っ暗になりつつあるも、照明のお陰で十分に周囲を見渡せる。

ξ゚听)ξ「ほらほら、何やってんのよ、簡単に動いて体温めて。
  10分後には練習始めるわよ?」

(;^ω^)「お、お?」

初めてにして限界を超えた所歩との勝負を体験し、その疲労から筋肉が悲鳴を上げ、早くも筋肉痛を伴おうとしている。
どうやら彼女は本当にスパルタらしい、しかし内藤とてそれに打ち負けるほどやわな陸上時代を過ごしていたわけではない。
むしろ厳しさなら望むところだ、限界を何度でも超えてやろうじゃないか。

気分を一新し、気持ちを引き締めると師弟関係を結んだその日よりさっそく、二人の猛練習は始まった。


戻る

inserted by FC2 system