- 31 :愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中:2008/06/15(日) 20:55:11.61 ID:3O99mdVr0
- 第十四レース「無謀な挑戦」
ミ,,゚Д゚彡「なぁ、所歩って選手を知っているか?」
( ゚∀゚)「は?」
突拍子もなくそんな質問をされても疑問が出るばかりだ。
この日曜に弟子のレースが終わって一息ついたので、旧友に会いに隣県の競輪場まで出向いた。
久しぶりに出会ったのだから互いに積もる話もあるだろうというのに、相手の第一声はそれだった。
布佐は質問を投げては黙りっきりで、長岡の返答を待っていた。
布佐と長岡は競輪学校以来の竹馬の友で、学校では二人でトップの座を競い合った仲だ。
競輪選手となってからも二人は時に協力しては時に競り合い、よき友でよきライバルだった。
実力は布佐の方が幾分と強いも、長岡はそれを補って余りあるレース構成力で何度と布佐をかわしており、まさに一進一退の関係だ。
互いに第一線を退きはしたが、つい数年前までは競輪界を牽引した仲でもある。
この二人がマスコミに取り上げられたことで、世間へ競輪という競技が深く浸透した点でも、競輪界への貢献度は計り知れない。
そんな二人の久しい再開は、布佐の出し抜けの質問のために味気ないものとなってしまった。
だがそのどこか抜けた感じもまた彼らしいか、長岡は薄笑いで言葉を返した。
( ゚∀゚)「聞いたことある気はするが、それもだいぶ前だった気がするな……
いずれにしても思いつかないってことは、大した選手じゃないんだろ」
ミ,,゚Д゚彡「いや、競輪選手じゃなくてトラックレース選手だ。
二年前の1000mタイムトライアルで全国四位になっているが、実力的には優勝してもおかしくなかったヤツだ」
( ゚∀゚)「あーあー、だから聞いたことあるのかもな、思い出せないけど納得したわ」
- 36 :愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中:2008/06/15(日) 20:58:09.77 ID:3O99mdVr0
- 自分で勝手に満足しているあたりどこか抜けている、それもまた彼らしいかと、布佐は話を続けた。
ミ,,゚Д゚彡「それでだ、もうすぐその選手がここで走るらしいんだ」
この日の夕刻、競輪場で布佐が弟子の練習を見終えたところに、一人の男がやってきた。
内藤という名の男は津出の名前を出すと、少しの時間だけ競輪場を貸し切らせて欲しいと提案してきたのだ。
その後に使用する予定はなかったが、一応理由を聞いてみれば勝負をするそうだ。
しかも相手はつい最近弟子入りを断ったばかりの所歩というから驚きだ。
ミ,,゚Д゚彡(内藤ってのが津出の弟子候補だったんだろうな……)
内藤、所歩、津出。
この三人の間に何があったかは知らないが、それぞれの関係が決裂しただろうことだけは分かった。
その証拠に、津出に確認を取ろうと連絡を入れると「どうでもいい」と一蹴されたのだから。
( ゚∀゚)「マジでか、それはちょっと興味あるな。
1000mタイムトライアルでもすんのか?」
ミ,,゚Д゚彡「それが二人での疑似レースだとよ」
( ゚∀゚)「二人の真っ向勝負かよ、どっちかクソ速かったら勝負になんねーなw
そもそも所歩ってやつに挑戦するくらいだ、対戦相手ってのは速いんだろうな?」
ミ,,゚Д゚彡「さーね、だから見に行くんだ」
- 38 :愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中:2008/06/15(日) 20:59:00.75 ID:3O99mdVr0
- 布佐も内藤が初心者なことは承知していた。
津出が目をかけるのだから師匠はいないのだろうし、新しいピストを手に入れようというのだから未経験者だと目星がつく。
しかし今それを言ってしまっては長岡の興味をそぐと思ったか、口をつぐんだ。
予定時刻まであと30分、二人して観戦席へ行くと、話を聞きつけた選手も数名、まだかまだかと待機していた。
どうやら観戦者はそこそこ多そうだ。
ミ,,゚Д゚彡(さて、津出が目をかける青年か。
くれぐれもつまらない走りだけはしてくれるなよ……)
時節は一月の下旬、震えるのは寒さか、戦いの期待からくる武者震いだろうか。
- 44 :愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中:2008/06/15(日) 21:01:25.43 ID:3O99mdVr0
- (´・ω・`)「さて、ピストとお別れの挨拶は終えたのかい?」
(#^ω^)「お前こそ、土下座の準備はしてきたかお?」
顔を合わせるや否や、二人の牽制が始まった。
内藤は約束を交わした日にこそ後悔が先んじたが、次の日には割り切り、陸上時代に培った根性と気迫で負の感情を薙ぎ払った。
それでもベストの体調で戦いをするために昨日は無理をせず、長距離のゆっくりとした練習でピストの感覚を磨いた。
ピストに乗ってから一週間、師匠もいない内藤には、乗り慣れるためにサイクリングするだけが精一杯だった。
そんな基礎すら盤石ではない彼が挑む敵は、あまりに大き過ぎた。
内藤が気持ちを昂らせて闘志をむき出しにしようとも、頭の片隅には「無謀」という単語がこびりついて取れなかった。
(#^ω^)(今更後悔しても遅いお、やるしかないお!)
心が折れそうになる度に、津出の涙を思い浮かべた。
彼女の涙が彼の気迫を再燃し、常に強気で勝負へ向かわせた。
二人は一言だけ言葉を交わすとそれ以上は不要と感じたか、黙って簡単にアップをする。
さして時間をかけることもなく、すぐにも発射台が準備された。
競輪の発射台は縦に平ぺったく、後輪をすっぽりと包む大きなケースのようになっている。
後輪のみを完全に固定することで、ピスト全体を安定させる仕組みだ。
しかし内藤は初体験で、設置の仕方が分からない。
手を拱きながら、横目で所歩を様子を伺った。
そして見よう見まねで、発射台のローラーを後輪で押し上げて設置した。
- 45 :愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中:2008/06/15(日) 21:02:26.56 ID:3O99mdVr0
- (´・ω・`)「スタートもできないとか、せいぜい勝負以前の問題にはならないように頼むよ?」
( ^ω^)「……」
内藤が真似たのに気付いていたのだろう、相手の減らず口への怒りは、すべて集中力ではねのけた。
陸上の短距離では、スタートの集中力で順位がいくつも変わる。
上位選手になればなるほど、自分流の集中方を体得している。
内藤の場合は手、肘、肩の順に適度にほぐして、軽く三回ジャンプする。
その後めいっぱい、ゆっくりと時間をかけて息を吐くのだ。
(´・ω・`)「……」
所歩も黙ると、目を内藤から背けた。
スポーツにおいてまったくの素人ではないと判断したのだろう、その目は真剣なものになっている。
二人がスタートに構えると、愛好会の人がスタートを促した。
- 46 :愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中:2008/06/15(日) 21:04:24.86 ID:3O99mdVr0
- ( ゚∀゚)「お、いよいよ始まるみたいだな。
……しかし構えで分かるな、挑戦者の方は乗り慣れてなさそうだぜ?」
ミ,,゚Д゚彡「みたいだな、当然だろうが」
( ゚∀゚)「ん?」
ミ,,゚Д゚彡「それもそうさ、あの男は乗り始めてから一週間程度しか経っていない。
しかも誰かに教えてもらっているわけでもないだろうし、初心者に毛すら生えていない状態だ。
それが所歩に挑戦しようなど、無謀もいいところだよ」
暴露を聞くや、長岡はブフッと盛大に空気を吐く。
そして布佐の背中を叩きながら、大袈裟に笑いだした。
( ゚∀゚)「なんだそりゃ、それじゃこの戦いは100mで終わるなw
見てみろよ、ピストに跨りながら左右に揺れて、発射台の安定性を見ているぜw
マジ初心者だ、マジうけるw」
ケラケラと笑い声をあげる長岡を無視して、布佐はその目を内藤に向けていた。
体格はしっかりとしている、いっぱしのスポーツマンではあるようだ。
土台はある、なるほど津出が目をかけるのも頷ける。
しかしスポーツマンとしての土台こそあれ、バイカーとしての基礎はまるで無い。
勝負を決するのに100mもいらない、10cmもあれば十分だろう。
- 48 :愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中:2008/06/15(日) 21:05:24.41 ID:3O99mdVr0
「それでは、いきまーす」
スターターがピストルを天へと掲げて指示した。
内藤と所歩の体が固まり、その場が静寂となった。
「構えて!」
完全なる音への集中、頭は音を聞くと同時に反射的に体を動かせるよう、明鏡止水の心境に。
ピストルの先端から小さな光が放たれ、刹那遅れて乾いた音が鳴り響いた。
- 53 :愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中:2008/06/15(日) 21:07:37.05 ID:3O99mdVr0
- 発砲音直後、すべてが止まったと錯覚するような一瞬の静寂の中、所歩はゆっくりと動いた。
まるでこの世界で彼だけが動いているような、美しく静かなスタートに誰もがその目をくぎ付けにされた。
池に波及する波のように、何にも抗わず、流れるようなその動き。
内藤は足が動かなかった。
音を耳に入れ、体に力を入れたというのに、まるで力が伝達されていないような、不可思議な状態。
暗礁に乗り上げた小舟のように、力を込めたにも拘らずペダルは動かなかった。
そして彼は微動だにせず、所歩のスタートを見送った。
悔しさ。
絶望。
あらゆる負の感情が彼を支配した。
無理だと思った瞬間、体の力が抜け、さらにスタートが一瞬遅れた。
ペダルが彼の力に応えたのはその後だった。
- 58 :愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中:2008/06/15(日) 21:09:41.40 ID:3O99mdVr0
- (;^ω^)「……ッ!!」
後輪が発射台を乗り越えて地面に接触した瞬間、突然生まれた推力にハンドルがぶれた。
途端に後輪が弾む、一瞬ペダルが空回りした。
体とピストが瞬間に踊り、転びそうになるもギリギリで車体をコントロールする。
内藤がようやくピストを安定させて前を向いたとき、所歩はすでに小さくなっていた。
(;゚ω゚)(うそ……だお……?)
所歩はすでにバンクに差し掛かっている、内藤との距離は軽く見積もっても30mはあるだろう。
その差を埋められる気がしなかった。
( ゚∀゚)「何やってんだアイツ、スタートで力入れ過ぎだろw」
スタートはただ力を込めてこげばいいというものではない。
当然力はいるが、それ一つにも言葉だけでは伝えられないニュアンスを含む、いくつものコツがある。
初心者という証明、そして所歩の勝ちはこの瞬間に決まった。
( ゚∀゚)「これ以上は見ても無駄だな、勝因はスタートだw」
長岡は笑い飛ばしながらも試合から目を離さないが、スピードの乗り方も全く違う。
スムーズにあっという間にトップスピードにのった所歩に対し、内藤は出遅れの焦りもあってか、力任せで全くスピードに乗れない。
レース以前に、勝負するために必要な基礎が全くなっていない。
- 61 :愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中:2008/06/15(日) 21:11:10.20 ID:3O99mdVr0
- 1000mの勝負では、400mトラックを2周半する。
カーブでは少しでも距離を短くするために最内側を走り、特にバンクに登ることはしない。
そうでなくとも内藤の頭には、バンクへのリベンジだとか、陸上時代の恐怖だとかが顔を覗かせることはなかった。
全く異質の恐怖、ならぬ絶望。
初めの半周が終わる頃、内藤と所歩の差は50m近くにもなっていた。
その距離はいつまでたっても詰まる事のない、永遠とも思えるほど長い距離に感じた。
(;゚ω゚)(遠い……離れるな……!!)
内藤は大きく口を開けては、オーバーなほど荒く呼吸した。
肩が揺れる、集中力が遠退く、足が震えだす。
すでに所歩を負かそうという考えは消え去り、次第に遠ざかっていく影を見て、離れるなと思うことだけに精一杯だった。
そしてもう止めたい、早く終わってほしいと。
どだい無理な話だったのだ、何を今さら、元から分かり切っていたことだろう。
何を調子に乗っている、勝とうだなんて本気だったのか、一瞬でも本気で勝てると思いこんだのか。
だったらどれだけおこがましい愚考か、本物の馬鹿だ、まだ競輪という世界をなめている証拠だ。
(;゚ω゚)(僕には無理だったんだお、ゴメンだお津出……)
脳裏に浮かんだ津出の涙も、彼の熱意の導火線に火を点けることなく、絶望の前では一瞬にして消し飛んだ。
もうネガティブな悪循環にしかならなかった。
- 66 :愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中:2008/06/15(日) 21:13:37.02 ID:3O99mdVr0
- ここで集中力の切れた内藤に余計な思考が働き、カーブで内側の傾斜の浅い所を走行している事に気付いてしまい、
自身がバンクへの挑戦を放棄していると誤認してしまった。
負けん気の一つも持たず、リベンジする意思もないのだ、所歩と勝負することでバンクの屈辱を忘れようとしていたのだ、愚かしい。
そうか、今頃気づいた、そもそも性格がスポーツに不向きだったのだ。
そんな結論まで出して悲愴に暮れる内藤が我に返ったのは、遠ざかるだけだった影が大きくなったからだった。
内藤が所歩に追いついているのだ。
しかし内藤はスピードアップをしていない、落ちないようにと必死にもがきながら、それでも速度は落ちる一方だというのに。
だとすれば、これは所歩が落ちてきたということだ。
(;゚ω゚)(もしかして、所歩のやつも……)
彼も調子に乗り過ぎてオーバーペースだったに違いない、内藤は気分を一新し、自分を信じる心を無理矢理ほじくり出した。
幼いころから陸上一本で鍛え続けた体だ、バイクに乗る基礎がなくとも、その積み重ねてきた基礎体力は想像以上に強靭で、
所歩の技術にも匹敵するスピードを生み出して追走していたのだ、間違いない。
想像以上の内藤の追い上げに、所歩は自分の力を見誤る逃げをしてしまい、無茶を生じたに違いない。
チャンスだ、ここで敵を喰らうしかない。
内藤は瞬間に闘志を燃やし、歯をくいしばって体を動かす。
残り一周となる頃に、内藤はとうとう所歩の影を捉えた。
そしてありったけの力を振り絞り、彼の隣に並びかける。
ここで抜けば勝てる、ここで相手を振り切って、相手を精神的に追い詰めるしかない。
- 69 :愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中:2008/06/15(日) 21:16:04.47 ID:3O99mdVr0
- (´・ω・`)「ようやく登場か、遅かったね」
息を短く荒げながらも、澄ました顔で彼はそう言った。
つまるところ、内藤と並ぶためにわざとゆっくり減速して走っていたのだ。
「やはり勝てない」。
再びその支配に捕らわれた内藤に、所歩は思わぬ言葉を投げかけた。
(´・ω・`)「ほら、早くスパートをかけなよ。
僕はもう少しこのままでいるからさ、見せてもらおうか、君の悪あがきを」
すでに内藤の体はボロボロだった、所歩に並びかけるだけでも彼は精一杯の力を使っていたのだ。
それでも、引けない。
風圧に負けて体が左右にぶれる有様だったが、所歩の言葉が彼を奮い立たせた。
陸上で鍛えた筋肉だ、どれだけ体が限界のボロボロであろうとも、短距離の瞬発力であれば勝てる自信があった。
(;゚ω゚)「お前が、自転車を、始めたのは、小学五年生だお……」
(´・ω・`)「そうだが、それがどうしたのかい?」
(;゚ω゚)「僕が、陸上を始めたのは、小学三年生だお。
お前よりも長く、僕は努力している、頑張ってきたんだお。
覚悟しとけお、後悔させてやるお……!!」
- 74 :愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中:2008/06/15(日) 21:18:21.44 ID:3O99mdVr0
- 内藤は津出の言葉を思い出して、焦らずにゆっくりと、足に最後の力を込める。
速度がゆっくり確実に伸びていく、早くも所歩との差が開きだした。
息はずっと止めている、無酸素運動で体の力を極限まで絞り出す。
(#゚ω゚)(後悔させてやるお、地力勝負では、絶対に負けないお……!)
肉体は痛烈な悲鳴を上げ、自分の動きにも耐えられず体はブレて、運転の軌跡は蛇行していた。
それでも筋力で無理やりバランスを取りながら、転ぶのではないかと見る者を冷や冷やさせながら前へ前へと足を動かした。
何度とよろめき、何度と転びそうになりながらもあらん限りの力を振り絞ってこぎ進めた。
そして半周を通過するころには、所歩とは大きな差が開いていた。
瞬間、所歩がその距離をグッと詰めた。
背筋に蟻走を感じ、内藤は後ろをちらりと見た。
急発進できないというピストの常識を覆すような爆発的な推進力。
内藤が視界に所歩を捉え、慌てて前を向いた瞬間、外から所歩が追い抜きにかかってくる。
(´・ω・`)「そんなものかい?」
(;゚ω゚)「ふおおおおおおおお!!」
叫びあげ、更に力強くペダルをこぐも、三回転もさせれば足の力がスッと抜けた。
力が入らない、まるで足が鉛のように重くなり、鈍く痺れだした。
- 79 :愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中:2008/06/15(日) 21:20:33.03 ID:3O99mdVr0
- (´・ω・`)「君は小学三年から、陸上をやっていたか知らないが、……僕は小学五年から、『自転車』をやっていたんだ」
さらに速度を上げる所歩を見て、内藤は完全に負けを悟った。
力勝負でも勝てない、酸欠も相まって脳がいかれそうになった。
すでに体は限界だというのに、今にも関節からボロボロに分解しそうなほど、力を出しているというのに。
普通の自転車であれば、一時的な力で速度をつけたならば、後は足を止めていても慣性で前へと進む。
それがピストとなるとそうもいかない、一度速度をつけたならば、その足の回転を維持しない限り速度は保たれない。
力を使いきった内藤には、速度を維持できるだけのペダルの回転ができず、足が追い付かずにペダルの回転を阻害した。
最後の力を振り絞って必死に速度をつけたピストだが、今の内藤ではどれだけ頑張ろうと減速させることしかできなかった。
完全なる敗北。
寸劇も見えない勝機。
(;゚ω゚)(勝てないお……所歩、転べお、派手に転べ……!!)
こんな無様な姿、津出にでも見られれば甚だ幻滅されることだろう。
津出が苦労して作り上げたピストを勝手に賭けて勝負した揚句、
戦意喪失して相手の転倒を願うだけなのだから、プライドも何もあったものではない。
あっという間に十メートル近くも距離を離され、戦意を喪失する内藤の前方で、すました顔で所歩がゴールラインを超えた。
視界が黒く包まれようとする中、内藤が視界にとらえたのはゴールを跨ぐ所歩と、その奥で金網越しにレースを見守っていた津出の姿だった。
戻る