- 3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/06/02(月) 21:04:12.20 ID:TnWIaiW00
- 登場人物
( ^ω^)
内藤:陸上の400mで県で一位を取るほどの猛者。怪我により陸上を引退し、競輪選手を目指す。
('A`)
毒男:内藤の中学時代の友人で、現競輪選手。なりたてで、実力はまだまだ。
J( 'ー`)し
母親:内藤の母親、ギャンブルが嫌いで競輪を良く思っていない。目下、競輪を目指す内藤とは対立したまま。
(*ノωノ)
風羽:陸上部のマネージャーで内藤の元彼女。すれ違いにより別れる。
(,,゚Д゚)
コーチ:大学陸上部のコーチで、レースの度に怒鳴りあげた。内藤と仲違いの上、意思疎通が計れずに終わる。
ミ,,゚Д゚彡
布佐:万夫不当の競輪選手だった。
ξ゚听)ξ
津出:ロードバイクを乗りこなす女性、内藤に目をかける。
高良:毒男の師匠
長岡:毒男の尊敬する競輪選手
高岡:S級1班(競輪の組分けで最上級)の競輪選手である長岡の弟子
- 4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/06/02(月) 21:06:15.62 ID:TnWIaiW00
- 第十一レース「改心と変化」
( ^ω^)「昨日はすまなかったお」
次の日、内藤は毒男に電話をすると開口一番にこう謝した。
しばらく言葉が返ってこなかったので懸念したが、優しい口調が杞憂だと知らせてくれる。
('A`)『おう、全然いいさ、こっちこそ偉そうにすまなかったよ』
( ^ω^)「いや、そんなことは無いお、毒男がいなかったらきっと僕は堕ちるところまで堕ちていたお」
('A`)『たぶん、スポーツ選手、ましてや本気で高みを目指すなら一度は引っ掛かる壁なんだろうな。
俺も似たような時期あってさ、あれは一回目の競輪学校の試験に滑ったときか。
そもそもカーチャンが競輪を良く思っていなかったこともあって、喧嘩して荒れたんだよ』
( ^ω^)「……」
('A`)『なんだか、そんときの俺とかぶったからさ、ちょっと先輩面してみたw』
( ^ω^)「ううん、毒男は本当に先輩だお」
毒男にはその気はなくとも、彼の言葉が親と確執を残したままの内藤をきつく責め立てた。
しかしもう修復不可能ともいえる状態だ、こればかりは選手になって見返すことでしか解決できない問題なのだろう。
( ^ω^)(……トーチャンの子じゃない、かお)
- 5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/06/02(月) 21:07:55.81 ID:TnWIaiW00
- 自分を見直して、心を思い直して、生まれ変わったようにすっきりとしたところで、真に生まれ変わることはできない。
汚点と問題は依然残したままだが、まずは進まなくては何も始まらない。
心機一転したのだから尚更、今は前を向くべきなのだろう。
('A`)『内藤、確かに競輪はギャンブルだけどさ、そこにいる人たちは普段はただのサラリーマンだぜ?
昼は会社で格好良くせっせと働いて、休みの日は奥さんに怒鳴られて子供に煙たがられている普通の人たちなんだ。
そんな人たちが羽を伸ばして、一息をつく娯楽が競輪だ』
( ^ω^)「うん」
('A`)『だったら怒鳴られてやろうじゃないか、それでも自分の走りで見ず知らずの人間を元気づけることができるんなら。
なんていうか、もっとお前も自分の道に自信持っていこうぜ。
ギャンブルだなんて見下されるかもしれないけど、それにしかできない価値あることってのがあるんだよ』
そうだ、ギャンブルを良く見ないなんて内藤の親が殊更特異なわけではない、普通なら誰しも良い目で見たりしないだろう。
毒男もそんな中で、親のためを思っている心と現実の親との諍いという葛藤があったのだろう。
だからこそ重みのある一言を内藤に与え、またそれが体の髄に至るにまで響き渡ったのだろう。
( ^ω^)「そうなるように頑張るお、ありがとうだお」
内藤は自分自身でも驚くほどにさっぱりと清々しい受け答えをしていた。
今までだったなら上から目線だなり何かとケチをつけては毒男を責め立てただろうが、不思議とまったく嫌な気がしなかった。
自分を見つめ直せたことで、他人も見つめ直せたのかもしれない。
自分本位で他人を信じられないような昔はもう無くなって、相手の本気の心遣いを感じ取れるようになったのだろう。
- 6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/06/02(月) 21:10:06.94 ID:TnWIaiW00
- ('A`)『何か俺も気分良くなってきたわ、それで内藤、師匠の件はどうするよ?
高良師匠に話しつけとこうか?』
( ^ω^)「ありがとうだお、でもその件はまだ少し保留にしておいて欲しいお」
('A`)『ん、他に心当たりでもあるのか?』
そう言われると真っ先に、鋭い目つきの女性が内藤の頭に映る。
( ^ω^)「違うお、なんていうか……まだ、自分自身がそこはまとめきれていないんだお。
気遣いは本当に嬉しいけど、もうちょっとちゃんと考えさせてほしいお」
('A`)『ああ、好きにすればいいさ』
( ^ω^)「それで、バイクを買おうと思うんだお。
とりあえず試験までの時間を考えて、ピストとローラー台を買おうと思うんだけどどうだお?」
('A`)『おお、賢明な判断だな、実技試験を本気で狙っていくんなら、俺もそれがいいと思うぜ。
バイクの感覚はジムでも養っているだろうしな、どれだけ応用できるかは知らんが』
( ^ω^)「そうかお」
昨日の津出の最後の言葉、予想以上に的確なアドバイスだったようだ。
内藤はどことなく遣る瀬無く思いながらも、それを厳粛に受け止める事とした。
- 7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/06/02(月) 21:11:53.76 ID:TnWIaiW00
- ドクオとの電話が終わると、すぐに内藤は昨日のバイク屋へと足を運んだ。
中に入って辺りを見渡すも、津出の姿は無かった。
( ^ω^)「……別にいいお」
ぼやきながら、展示されているピストレーサーのフレームを順々に見ていく。
内藤のような初心者では違いが全く分からない、とりあえず値段が控え目で、気にいるものを探す。
( ^ω^)「……」
しかし種類も少なく、内藤が特にこれと思える物もない。
仕方なく、店員さんに相談にのってもらい、決めることにした。
( ^ω^)「すみませんおー」
ξ゚听)ξ「はい、いらっしゃいませ、どうしたのでしょうかお客様」
( ^ω^)「……」
ξ゚听)ξ「お客様、どうしましたか?」
( ^ω^)「……何やってんだお」
ξ゚听)ξ「アルバイト」
( ^ω^)「……」
- 8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/06/02(月) 21:13:45.05 ID:TnWIaiW00
- 最も会いたくない相手と、何ゆえこんな形で出会わなくてはならないのか、内藤は運命の神の考えの理解に苦しんだ。
相手は先日のことなどまるでなかったかのように、相変わらずの鋭い目つきを武器に内藤に話しかけてくる。
もともとの性格が辛辣だから気にしていないように見えるだけかもしれないが、少なくとも先日の事を気負う必要がなく感じた。
( ^ω^)「昨日は、すまなかったお」
だからこそ素直に謝れたのかもしれない。
津出の表情が驚きで一瞬和らぎ、内藤は自分の行為の正しさに自信が持てた。
ξ゚听)ξ「昨日の話なんて別にいいわよ、それよりも何の用?」
( ^ω^)「ああ、聞きたいことがるんだお」
今までは何もせずともいがみ合っていたように感じたが、この日はなぜか居心地の悪さを感じなかった。
昨日は常に見ず知らずの人間といるような、余所余所しい空気の中で会話をしていたように思ったが、
この取り巻く空気の変わりようは内藤自身の心境の変化からきたものだろうか?
( ^ω^)「バイクを買おうと思うんだお、だけどどういったものがいいのか分からなくて……
とりあえず昨日言われたとおりピストとローラー台を買うことは決めたんだけど、その知識がさっぱりなんだお」
ξ゚听)ξ「そんな事と思ったわよ……とりあえず、予算はいくら?」
( ^ω^)「できれば十万くらいに抑えたいお……」
- 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/06/02(月) 21:16:12.02 ID:TnWIaiW00
- 内藤は体の回復を待ちながら、体力を落とさないよう筋力トレーニングするだけでなく、バイトも毎日数時間行ってお金を貯めていた。
母親はなんだかんだと言いながらも、家賃と月五万ほどの仕送りを送ってくれていたが、それでもバイク費用には到底及ばない。
ここ二カ月ほどではあるがバイトを重ね、ジム代なども差し引いてようやく貯めたお金が、十万ほどだった。
本当はピストを買うお金ではなかった。
というのも、父親が異なることを告げられて以来、内藤には親に甘えてはいけないという意識が芽生えていた。
真実を知らずに脛を齧っていたという事実が悔しく、スポーツマン特有の負けず嫌いが、お金を貯めるという形で反抗心をむき出しにした。
競輪選手でお金が残ることに魅力を感じていた彼だ、短絡的にそういった行為に走ってしまったのは容易に想像がつく。
今ではそのお陰でピストを購入できるのだが、それでも費用としてはギリギリ、一式を揃えようと思うと無理な金額であることは重々承知していた。
ξ゚听)ξ「……じゅうまんえん?」
( ^ω^)「まず何を揃えるべきなのか、教えて欲しいお。
少しずつ揃えていこうかなと思っているお」
ξ゚听)ξ「……」
内藤は言ったが、津出は耳もかさずに悩み始めた。
頭の中で何かを計算しているようだ、静かに結論を待つ。
ξ゚听)ξ「……あんた、師匠とかいないの? 愛好会とか行った?」
( ^ω^)「師匠はいないし、愛好会にも行っていないお」
ξ゚听)ξ「なんで? 行く気はないの?」
- 13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/06/02(月) 21:18:17.22 ID:TnWIaiW00
- ( ^ω^)「……」
競輪学校を目指す選手は、愛好会に参加し、プロ選手のもとでライバルと練習に励むそうだ、内藤も毒男から聞いていた。
そこでより良いバイクの乗り方を学び、選手から目をかけられて師弟関係を結ぶ人も多い。
しかし、内藤にはそれこそが大学の部活と同様に映った。
仲間同士で、誰かの指導のもと、信頼関係……心を入れ替えたとしてもなお、内藤はそこに踏み出せなかった。
せっかく思いを改めたというのに、また部活の二の舞になってしまいそうで……結局一人で練習しようと考えていた。
( ^ω^)「行く気はないお、一人で練習する気だお」
ξ゚听)ξ「……フレームとか譲り受けると安く済むんだけどね、まだ乗り慣れてもいないんだから、特に拘らないわ。
そもそも愛好会にも参加しないって、本気でプロ目指す気?」
( ^ω^)「本気だお」
ξ゚听)ξ「あんた、根本的に競輪を甘く見過ぎているわね。
初めて会った時もそう、怪我してても自転車くらい余裕でこげるなんて言ったわよね。
そして昨日も、突然諦めるだなんて言いだすし」
( ^ω^)「……」
ξ゚听)ξ「ちょっと面構えは良くなったけど、まだ信用しきれないわ」
すべては自分のまいた種だ、内藤は俯くことしかできなかった。
毒男に対しても何度と失言をしていた、競輪を甘く見ていると言われると、とても言い返すことができなかった。
- 15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/06/02(月) 21:19:59.55 ID:TnWIaiW00
- しかしそれは昨日までの内藤だ、彼はすぐにも顔を上げて、津出と面と向かって言葉を放った。
( ^ω^)「その通りだお、今までの僕は過去の栄光にすがって、弱い自分を隠蔽しては周りを蔑んできたお。
でも今は違うお、僕にはその道しかないし、本気だって胸を張って言えるお!」
内藤のはっきりとした言葉と態度に、津出は小さく感嘆の声を上げた。
昨日の事を謝れたのだ、内藤が昨日から心構えを一新したことは聞かずと分かったことだ。
挑発ついでに少し試してみたつもりだったが、津出は思わぬしっぺ返しに、口元を緩めた。
ξ゚听)ξ「まぁ口先だけなら何とでも言えるし、とりあえず店としても売り上げがあればそれでいいわ。
最低限と言われると、ピスト本体にシューズにヘルメット、あとペダルとクリップバンドとクリートかしらね……。
あっと、ローラー台もか……厳しい事言ってくれるわね……」
津出は眉をひそめながら再び一人の世界に入り込み、パンフレットを大げさに捲ってみせた。
ξ゚听)ξ「特に拘りはないわよね?」
( ^ω^)「全然ないお、任せるお」
ξ゚听)ξ「おk」
そして次は伝票のようなものを取り出し、派手に捲っては呟いて頭を抱えてみせた。
やはり、相当厳しい注文なのだろう。
- 16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/06/02(月) 21:43:49.11 ID:TnWIaiW00
- ξ゚听)ξ「身長と股下と靴のサイズは?」
( ^ω^)「身長は174センチ、股下は分からないお、靴は27くらいだお」
ξ゚听)ξ「それだけでいいわ、十分。
カーボンは無理ね……アルミかクロモリなら……」
津出は何度と電卓を叩いたが、結局結論は出ないままでいた。
とうとう悩みあぐねたか、大きな溜息を吐く。
ξ゚听)ξ「やっぱり現状じゃ何とも言えないけど、十万の範囲でなんとかするわ。
もしくは、ローラー台だけでも競輪場から借りるって手もあるけど」
( ^ω^)「ローラー台だけ借りれるのかお?」
ξ゚听)ξ「必要なら、空いてる時間でトラックも借りれるように話付けてあげましょうか?
さすがに毎回一人貸切とはいかないでしょうけど、愛好会行かないとなるとトラック使う機会もないでしょうに」
( ^ω^)「……」
そうだ、前回も津出は30分ほどとはいえ競輪場を貸し切った挙句に、内藤にロードとピスト、ヘルメットにシューズまで貸してくれ
た。
そして今回も、時間を見つけて競輪場を貸してくれるというのだ、話として美味しすぎる。
( ^ω^)「……えっと、ツ……つー……」
ξ゚听)ξ「津出よ、まぁツンでいいわよ」
( ^ω^)「ツンは何なんだお、どうして僕にそこまでしてくれるんだお」
- 18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/06/02(月) 21:46:53.16 ID:TnWIaiW00
- 公共設備を借りるのだ、無料で借りれる訳はないだろう。
内藤の純粋な疑問だったが、津出は挑発的で面白そうな笑顔を向けるだけだった。
ξ゚ー゚)ξ「ねぇあんた」
津出は挑発的な笑顔のまま、内藤に顔を寄せた。
鋭い目が内藤を捉え、不覚にも胸が大きく高鳴った。
美しいと正直に感じたが、それは清楚とはかけ離れた、魅惑に満ちた美貌だ。
ξ゚ー゚)ξ「私が師匠になってあげましょうか?」
二度目の勧誘だった。
津出は権力もあり、競輪にも精通しているのはなんとなしに分かる。
正式でないにしても、ここで師弟関係を作っておくことは内藤にとってこの上なく有益なことだった。
何よりも、内藤は昨日に実際にピストに試乗して、その難しさを肌で感じたのだ。
ゼロから一人で練習しても無理だという毒男の言葉も、まんざら過剰表現ではないだろう。
なによりも、他人に教わることの方が近道なのは、どう考えても間違いない事だ。
だが、内藤は首を縦に振るうことができなかった。
やはり駄目だ、誰かの下で動くということはできない。
津出がこうも内藤に良くしてくれる理由も分からない、疑心がある以上、とてもではないが信頼できる自信が無かった。
ふとしたきっかけで、コーチとの仲のように、簡単に決裂してしまう気がした。
( ^ω^)「ゴメンだお、それは結構だお」
ξ゚听)ξ「……」
- 19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/06/02(月) 21:48:19.96 ID:TnWIaiW00
- 津出の表情が曇ったのを内藤は見逃さなかった。
なぜこうも好待遇を用意しているのに私の元に来ないのか、津出の言いたいことはよく分かる。
誓約書も何もいらない、ただ師弟関係を結びましたと形だけ取り繕えばいいのだ、ママゴト感覚でいいのだ。
なのに内藤がそれを断った、津出としてもここまで尽くしているのだから、良い気がしないのは至極当然だ。
しかし内藤としても、なぜ津出がここまで師弟関係を結びたがるのか、理解できなかった。
ξ゚听)ξ「……まぁいいわ、とりあえず連絡先だけ教えて」
( ^ω^)「おっお?」
ξ゚听)ξ「バイクが組み上がったら知らせるから。
あと、競輪場使えるときとか色々と連絡する必要があるでしょ?」
てっきり師弟関係を断ったため、今までの提案はおじゃんになるかと覚悟していたが、そうでもないようだ。
結局内藤の疑心は煙となり、連絡先を交換してその日は終わった。
内藤は競輪への新たな一歩を踏み出し、彼を取り巻く環境は確実に変化していた。
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