47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/03(土) 00:06:50.97 ID:kFKGN5Nx0
     第十レース「虚偽の慢心」


内藤は仰向けで寝転んだまま、青く綺麗な空を見ていた。
少しの風が、体と心を一気に冷えさせる。

サポーターをつけていたおかげでなんとか肘や膝を衝撃から守れたが、肩や太ももは服が破け、血だらけな有様なのだろう。
気を失うこともなかったが、心はまだぼんやりとしていて痛みを強く感じることは無い。
しかし肩と脹脛は擦り剥けているだろうことは、なんとなしに理解できた。


( ^ω^)「……」


津出はそんな内藤の隣に立ち、彼を覗きこんで安否を確認した。
救急箱を地面に置くと、それ見たことかと大きな息を吐く。

ξ゚听)ξ「分かったかしら、あんたがバカにしているバイクはこれだけ危険で、ロードとピストもこれだけ作りが違うの。
  あんたがどれだけ無謀なことを考えていたのかわかった?」

( ^ω^)「……よく分かったお」

まだ痛みは激痛に変わらない、興奮の方が勝っている状態だ。

ξ゚听)ξ「あんた、体はできているんだからもうちょっと頑張ればいい感じに仕上がると思うんだけど……」

ここで津出は含むように言葉を繋げ、内藤の心持ちに助け舟を出す。
見どころはあるのだ、そう言って内藤を持ち上げて、突然予想だにしない言葉を放った。

ξ゚听)ξ「あんた、私が乗り方から色々と教えてあげましょうか?」
49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/03(土) 00:08:57.81 ID:kFKGN5Nx0
思わぬ誘いかけだったが、内藤はそれに驚く力も残っていなかった。
それに驚く以上の衝撃が、バンクで転んだ余韻にはあった。

( ^ω^)「……いいお」

絞り出した答えは、イエスともノーともとれるあいまいな返事だった。

ξ゚听)ξ「何がいいの、そういうアバウトな受け答えは止めて、イライラする」

( ^ω^)「もういいお」

ξ゚听)ξ「はい?」

咎めた津出の心境など知らず、内藤は呆然と言葉を放った。
もういい、と。


( ^ω^)「もういいんだお、もう……」

ξ゚听)ξ「競輪、諦めるの? っていうかバカじゃない、たった一度転んだだけで」

( ^ω^)「いや、駄目なんだお」

内藤は怒鳴る気力も残っておらず、冷静かつゆったりと話す。
52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/03(土) 00:11:04.31 ID:kFKGN5Nx0
( ^ω^)「僕にバンクは曲がれないお、競輪を甘く見ていたお、僕は馬鹿だお、本当に」

ξ゚听)ξ「……初めはそんなものよ、初めからうまくいこうなんて考える方がおかしいわ。
  でもあんたには下地がある、そして私が教えてあげようって言っているのよ?
  悪い話じゃないでしょう」

(  ω )「違うんだお、無理なんだお、だから僕は400mに……なのに……」

ξ゚听)ξ「?」

次第に内藤は震えだした。

あの恐怖が再び体に舞い戻ってきたのだ。
そうだ、あの心的外傷は常に自分に纏わりつき、またも彼の行く道を閉ざそうとするのだ。
陸上だけでは飽き足らず、こんなにもすぐにあっけなく競輪の道を閉ざすのだ。

もう駄目だ、親とも勘当同然なのに、大学も止めたというのに、何一つと内藤には残っていないのに。
ニートどころではない、住む家もなくし、路頭に迷う日雇い労働者のような生活が待ち受けているのだろう。
惨めなことこの上ない、ギャンブルに流す金も持たない、虚しい人間と成り下がるのだろう。


負の悪循環に陥った内藤の足を、津出は蹴り上げた。

( ゚ω゚)「いっ……おお!?」

ξ゚听)ξ「目ぇ、冷めた?」

(#^ω^)「足は止めろお!!」

内藤は津出を睨みつけたが、彼女はその眼がさも気持ちいいと言わんばかりに口元を緩めた。
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/03(土) 00:13:06.43 ID:kFKGN5Nx0
ξ゚ー゚)ξ「なんで?」

(;^ω^)「……!!」

その質問に、内藤は答えられなかった。
以前自分自身で足を殴りつけていた、そんな過去がフラッシュバックしては、また一人の女性が頭を過ろうとする。
そしてカーブの悪夢が鮮明に頭に蘇っては、思考を貪ろうとする。

(;^ω^)「足は……」

ξ゚听)ξ「もういいんでしょ、競輪なんて。
  その前は陸上競技だったのかしら?
  何でもいいわよね、そんな昔もうどうでもいいんでしょ?}

津出は挑発とばかりにもう一発、軽く内藤の足を蹴り突いた。
痛くは無いも、まるで脳味噌を蹴られたような、心にダイレクトに響く衝撃があった。
内藤はやるせない思いで、言い返せぬもどかしさと懸命に闘っていた。

ξ゚听)ξ「あんた、本当にスポーツ選手? この弱虫」

(#^ω^)「うるさいおッ!!」

いつまでも寝転がっていられないと、上半身を起こすと痛みが体に響いた。
その痛みを奥歯で必死に噛み殺し、内藤は津出に突っかかった。
56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/03(土) 00:15:10.88 ID:kFKGN5Nx0
(#^ω^)「お前に何が分かるんだお、ふざけるなお!
  僕の辛さも怖さも分からずにふざけた事言うなお!」

ξ゚听)ξ「分からないから第三者的視点で助言あげているんじゃない、第三者的視点で弱虫って言っているんじゃない」

(#^ω^)「余計な御世話だお!」

そうだ、今の彼は誰が見てもスポーツ選手として必要なものがいくつも欠けている、ネジの外れたロボットのようなものだ。
同じところで足踏みをしては、前進もできやしない、滑稽な操り人形だ。

(#^ω^)「お前は何なんだお、お節介な天の邪鬼じゃないかお!」

ξ゚听)ξ「あんたに競輪を教えてやろうっていっているんじゃない、その言い方は無いんじゃないかしら?
  そうね、師匠候補、っていうのはどう?」

(#^ω^)「何が師匠かお、僕に師匠は必要ないお!」

ξ゚听)ξ「そうよね、もう競輪止めるんだもんね」

(#^ω^)「っ……!!」

口の減らない女だ、どうしてこうも付き纏われなくてはならないのか。
内藤が今まで出会った女の中でも、ダントツで筋金入りに口の悪い女だ。

ξ゚听)ξ「その精神脆弱ぶりは圧巻ね、どうやら私の見込み違いだったようで残念だわ。
  師匠の話は無かったことにしましょう」

(#^ω^)「こっちこそ願い下げだお!」

ξ゚听)ξ「ほら、ピスト片付けるんだから、さっさとどっか行って、バイバイ」
58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/03(土) 00:17:06.43 ID:kFKGN5Nx0
そして内藤など知らぬ顔で、ピストを片づけに取り掛かる。
転んだ影響か、フレームからギアまで、色々と傷をチェックしている。
前輪が若干曲がっているようにも感じたが、内藤こそ知らぬ顔でその場から離れようとする。

ξ゚听)ξ「……そういえば」

津出の声にも、内藤は反応することなく足を進め続ける。

ξ゚听)ξ「サポーターや靴、ヘルメットはちゃんと置いて行ってね」

足を止めなくて良かった。
内藤はしてやったりと思い、足をどんどんと進めていく。

ξ゚听)ξ「あと、分かったでしょうけど、本気で実技試験を目指すなら、ロードじゃなくてピスト買った方がいいわよ。
  そうね、ピストとローラー台、それを揃えるのが一番じゃないかしら?」

予期せぬ津出からの助言が、事後に正しさを強調するコーチを思い浮かべさせた。
真っ先に浮かんだ感情は悔しさでも怒りでもない、敗北感だった。
自分はいつまで下らぬプライドを持ち、いつまで過去のトラウマに囚われ続けるのだろうか。

いつの間にか、長年熱を入れた陸上競技は何もプラスの物を残していなかった。
陸上で作り上げたすべての成果は陸上が自ら壊し、果てにそのトラウマと肥大なプライドだけが残っているのだ。
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/03(土) 00:19:06.93 ID:kFKGN5Nx0
今一度自分を見直す時なのだろう。


分かっていながら、ずっとそう出来ずにいた。
どこかで競輪というギャンブルを見下し、自分はそれ以下に成り下がっていないと気丈になっていた。


内藤は借りたサポーターと靴をゲート付近に置くと、そのまま挨拶もせずに外へと出て、一直線に自分のバイクにまたがった。

( ^ω^)「……誰かに、助けて欲しいお」

今までどれだけ自分勝手にしてきたのか、それは今の彼に相談相手がいないことから瞭然だろう。
バイクを走らせると、内藤は毒男への電話をどう切り出そうかということで頭がいっぱいになった。

64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/03(土) 00:21:13.55 ID:kFKGN5Nx0
家に到着してバイクから降りようとすると、ずっと座っていたからか、転んだ衝撃が別段の痛みとなって体を襲った。
不幸中の幸いは、以前の怪我に比べてばどうということは無く、痛くとも我慢できる範囲だと感じたことだ。
痛みにも慣れがある、皮肉にもそんな下らない耐性を得ていた。

そして家に帰るや否や、内藤は携帯で毒男へと連絡する。

('A`)『ういーす、どうした?』

毒男はすぐに電話に出た、どうやら練習中ではないようだ。
いつも自転車に乗っているようなイメージがあったが、さすがにそれは考え過ぎか。

( ^ω^)「毒男、僕は競輪をやめようと思うお」

('A`)『ほお』

実のところ、内藤の頭には止めようという考えは少ししかなかった。
しかし活路を見いだせない壁に当たった弱気な自分がいて、毒男に引き留めて欲しいばかりにこんな切り出し方をしたがどうして、
毒男はいたって冷静に、興味があるのかも疑わしくなるほど素っ気ない対応だった。

('A`)『やめて、どうするんだ?』

( ^ω^)「考えていないお、しばらくはニートかおw」

わざとおどけて見せ、以前と同じやり取りで毒男を煽った。
また怒ってほしい、親をどうするんだなんて怒鳴ってくれ、怒鳴り返してやる、親なんて競輪を認めてすらいなかったと暴露してやる。

('A`)『ふーん』

( ^ω^)「……」
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/03(土) 00:24:02.04 ID:kFKGN5Nx0
しかし毒男はやはり興味なさそうに返すばかりだ。
内藤はすべてを見透かされているかのように錯覚し、蟻走感が背筋を駆け抜けた。

まるで溜まった鬱憤を晴らすため、叫びたいがために毒男に電話し、こうやって挑発しているのだと相手は気付いているのではないか。

('A`)『内藤』

(;^ω^)「なんだお……」

('A`)『昨日会ったとき、やけに覇気がなかったもんな……。
  たぶんこれ言うとお前怒るだろうけど、言わせてもらうわ。
  俺さ、お前はいつかそんな事言うだろうなって思ってたわ』

(;^ω^)「……!」

毒男と喧嘩して、競輪なんて止めてやると言ったらもう後戻りできないだろう、競輪を止めたのは毒男のせいだ、内藤自身は悪くない。

今まで浮かべもしていなかった考えが、突然内藤の頭に映った。
瞬間に自身が果てしなく黒い人間に見え、泣き喚き散らしたい衝動に駆られた。

('A`)『俺は別に強制する気もないし、ここで親を引き合いに出したりももうしない。
  ただ、もっとちゃんと今の自分を見てみろよ』

そうだ、先も自分を見直そうと誓ったにも拘らず、すぐに決意を忘れてはこうやって他人にあたっている。

('A`)『たぶんそれは色んな人が当たる壁なんだろうな、なんとなく分かるんだよ、今のお前の心情が。
  会ったときから感じていたんだよ、今のお前じゃ何しても中途半端ですぐ逃げだすんだろうなって。
  別に陸上競技から逃げたって言うつもりはな――』

内藤は電源ボタンを押して、毒男の声をシャットアウトした。
69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/03(土) 00:26:08.19 ID:kFKGN5Nx0
ああ、自分が惨めな存在じゃないと何度と言い聞かせていたが、どうやらそう思っていたのは内藤自身だけだったようだ。
毒男は初見でそれを察知しており、津出もおそらくは感じ取ったのだろう、内藤の宙ぶらりんで粗忽な決意を。

逃げ癖のついた、プライドだけが一級品の惨めな人間だったのだ。
辺り構わず噛みつく負け犬、凶暴な野犬なのだ、スポーツマンシップなど欠片と存在しない。
今まで認めたくないがばかりに、見て見ぬふりをしていた自分自身。



内藤の瞼から涙がこぼれた。


いつまで過去の自分に執着しているのだ、どうして捨てるのを渋っているのだ。

捨てなくてはいけないのだ、そうでなければ己の殻を壊せやしないし、何をやっても中途半端に終わるに決まっている。


( ;ω;)「捨てるお、もう捨てるお……だから、今だけは……泣かせて欲しいお……」


他人を馬鹿にして見下すだけだった昔はもういらない。

内藤は惨めな自身を認めた。

初心に戻ってまた、競輪の新しいスタートを切ろう、もうそれしか道はないのだから、それもまた認めよう。


内藤はその日、一晩中泣いた。

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