- 3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 19:12:48.43 ID:i7wkESGoO
- ―プロローグ
「その施設は、遥か天空にあるの。ちょうど私たちの頭の上ね、ここからでは見えないけれど、確かにあるのよ」
年老いた女の声が、広い広い空き地に響く。
死んだ土が剥き出しになっており、枯れた砂が風に吹かれて運ばれた。
『…確かに見えないねぇ、でも何でバーさん、そんな事知ってるんだ?』
老女の言葉に、若い男の声が応えた。
「東西南北4つに分かれた世界の、北の大陸一の大きさを誇る大都市VIP。つまり、ここね。
この街のど真ん中に、天まで高く高く伸びるとてつもない太さの白い柱があるのよ。見えるかしら?見てきたかしら?」
男の質問を無視して、老女は男の方を指差した。
- 4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 19:14:13.60 ID:i7wkESGoO
- 男は振り返って、そこに見える巨大な円柱を見上げる。
『あぁ、見てきたよ。凄いな、なんなんだい?ありゃ。初めて見たよ』
「あの柱が何の物質で構成されているかは誰にも分からないのよ。金属のようで、石にも見える。
削れないほどに固く、頑強で。不思議な柱でしょう?でも、入り口があって、柱の中に入れるようになっているのよ。
巧妙にその入り口は隠されているから、多分普通の人は誰も知らないでしょうけどね」
『はは、それは不思議だね』
「私にはよく分からないけれど、あの柱はVIPが出来た頃からあったらしいのよ。だから、相当昔からあったことになるわね」
老女はくす、と笑う。
つられて男も笑った。
- 6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 19:15:28.15 ID:i7wkESGoO
- 「あの不思議な太い柱の周りに、ぐるりぐるりと螺旋を描くように階段があるでしょ?
あの階段と柱の先には、『隔離病院』があるの」
男はもう一度、柱を見上げた。
真っ白で汚れひとつない、巨大な柱。
その周りは、手すりのない階段。
老女の言うとおり、その柱の先端は雲の先へと続いている。
彼女の言うことが本当なら、柱と階段の行く先には『病院』があるのだが…。
『そりゃ面白い。病院に行くまでに死にそうだな、あれだけ高くて階段に手すりが無いんじゃ』
「便宜上わたしたちはその施設を『病院』と呼んでいるけれど、そこにいる人達にとっては違うのよ。
普通の人には見る事すら叶わないから、分からないのだろうけれどね。」
- 7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 19:16:56.50 ID:i7wkESGoO
- 「あの『病院』はね、ある病気を持った者だけが収容されるのよ」
『ある病気?』
「えぇ、命に関わる病を患った者でも、人に移る病を患った者でも、精神を病んだ人でもないわ。
あそこに収容されているのは、『健康で普通の人』」
老女の言っていることがよく分からない。
男は首を傾げ、彼女の言葉の続きを待つ。
「本当に普通の人だけれど、絶対的に人とは違う人が入院してるの。あの病院から退院してくる人は誰もいなかった。
私の友達も、あそこに行って…。二度と戻っては来なかった」
かすれた声で老女は呟く。
その視線は白い柱に伸び、彼女はゆっくりと目を閉じた。
- 8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 19:18:09.37 ID:i7wkESGoO
- 「ねぇ、ママ。あのお婆さん、お人形さん相手にお話しているよ?」
「あのお婆さんはね、ちょっとおかしくなっちゃった人だから、あまり近づいてはいけません。
あの柱の先には何もないということはちゃんと分かっているんですからね」
老女の手には、薄汚れた人形が握られていた。
親子の会話を、どこか遠くの方で聞きながら老女はひとり喋りだす。
「おとぎ話に聞こえるかもしれないわ。でもね、あの柱の先にはあるのよ、『病院』が。『学校』が。
私はあそこから、脱走したのだから、よく知っているわ」
老女は目を閉じたまま、そっと人形を抱きしめる。
その人形は薄汚れているが、彼女にとってはとても大切なものだった。
- 9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 19:19:09.09 ID:i7wkESGoO
- 彼女は人形を抱きしめたまま寝転がり、遠い昔を思い出す。
そしてそのまま老女が起きることはなかった。
「―――あのお婆さん亡くなったのね」
「昔から家無しの生活を送っていたみたいですね」
「最近は人形抱きしめてぶつぶつ独り言を言っていたから、子供たちも怯えちゃってね」
「困ったものよね」
「何だったっけ?あの柱の上には『病院』だか『学校』があるんでしたっけ?」
「あぁ、あの妄想ね。そりゃあ遠い昔には『学校』か何かあったかもしれないけれど、あれは嘘よ。
だって、あの柱の途中で階段は無くなっているんだもの。あれ以上、上へは行けないわ」
- 11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 19:20:18.97 ID:i7wkESGoO
- 「あら、詳しいのね」
「私が子供の頃に、兄と一緒に登ったのよ。5分くらい階段を登ったところで、階段は崩落してたの」
「あら。もっと上で崩落してなくて良かったじゃない」
「本当よね。そういえば、カーチャンさんの所の子供がいなくなったって知っている?」
「え、何それ?知らないわ」
「家の中にいたはずなのに、カーチャンさんが少し目を離した隙にいなくなっちゃったんですって」
「怖いわね、確かこの前4歳の誕生日を迎えたばかりだったでしょう?」
「しっかりした子だったのにね、一体どこへ―――」
老婆の遺体の近くで談笑していた主婦達は、揃って顔を見合わせた。
街に響くほどの悲鳴が聞こえたのだ。
白い白い、柱の遥か上の方から。
- 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/08/24(月) 19:22:59.69 ID:i7wkESGoO
- 「……」
「……」
「あ、そういえばね―――」
主婦二人は何事もなかったかのように、また話に花を咲かせる。
そんな彼女たちの近くには、老婆の死体が転がっていた。
大国VIPの街。
一見、栄えているように見える。
しかし、よくよく路地に目を凝らすとそこには沢山の痩せ細った遺体が転がっている。
腹だけが異様に出たその姿はまるで餓鬼のよう。
貧困層と富裕層の違いが、ありありと窺える街だ。
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