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五月三日 午前八時五一分
ヴィップ大学
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(゚、゚トソン 「…」
先に触れておくと、私は人付き合いが苦手だ。
多くの友人を持つ器用さなんて持ち合わせていない。
だから、たとえばあの授業はこうだ、とか。
試験にはどんな問題が出てくる、とか。
そんな情報を得る手段に乏しい。
(゚、゚トソン 「…」
しかし、それが教室内でまことしやかに囁かれていることなら。
こんな私でも、トレンドを掴むことはできるというものだ。
なんでも、今日。
渋沢栄吉のライブがヴィップスタジアムで開催されるのだが、
そこにきた観客に殺人予告が寄せられた、というのだ。
渋沢向けのものではない。
あくまで、一般人に向けた殺人予告が送り付けられた、という話らしい。
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連続予告殺人、とは聞き覚えがある。
ニュースサイトを見てみると、すぐに事態が呑み込めた。
あの、先週ほど、地下鉄で起こった事件。
乗客が刃物で殺された事件から、連続しているというのだ。
同一犯が、同じ筆跡で、まったくつながりのない人々を殺す。
まるで、警察に挑戦状を叩きつけるかのごとく。
(゚、゚トソン 「…!」
一限目が始まる、数分前。
見慣れないニュース記事をスクロールしていくと、
下の方に、かつて見慣れた文字列を見つけてしまった。
それまでの、二件。
私が、頭痛と吐き気のするなか取り調べに応じた、地下鉄殺人。
続いて、ヴィップのあるビジネスホテルで起こった殺人事件。
これらは地元の警察署が対応していたらしいが、
本件より、県警を交えた本格的な捜査がはじまるという。
殺人事件が起こって、犯人は逃亡しているというのに、今更本格か。
なんて毒づく間もなかった。
(゚、゚トソン 「…」
(゚、゚トソン 「しょぼーん…?」
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教授 「おはようございます」
(゚、゚トソン 「…」
慌ててスマホをしまう。
今、確かに。
懐かしい名前を、見た気がする。
ヴィップで起こっている事件だ。
県警が応対するのは自然の道理だろう。
捜査一課が請け負うのも、その通りだ。
ヴィップ県警の、捜査一課。
となれば、なるほど確かに、辻褄は合う。
ショボーン警部。
飄々とした態度と、そこからはうかがえない底知れぬ推理力。
事件にひそむ偽りを、華麗に見抜く敏腕。
感傷に耽る間もなく、本日一発目の授業がはじまった。
しかし私は、どうしてもそれをきちんと受けていられるだけの平常心を保てないでいた。
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| ヽ / ノ
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イツワリ警部の事件簿 File.4 `,_::::::::::::::::::::`ヽ,
ノ,´αm
く l lへ、:::::::::::::::`'ー、r ||\
第一幕 「 三度目の狂言
」 ' '、-_l ヽ、::::::::::::::::::`>;;::;;:|
` ..‐,,..、 丶、 冫:::::::::::/>;;;;;;;;\
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ヽ」
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五月三日 午前九時一六分 駅
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改札を出ればすぐ目の前に、××ホテルの看板が見える。
特に話すこともないような、ごく一般的なホテル。
しかし今日、改札を抜けたその先には、
幾人かの人たちが、スマホを構えてそのホテルを撮っていた。
連続予告殺人事件は、いまや直近のトピックスのなかで一番のトレンドを誇っていた。
そんなもの誇るな、とテレビ局にクレームを言いたくなる。
/ ゚、。 / 「あれ、で間違いないんですよね」
(´・ω・`) 「そうだね。 いやあ懐かしい」
事件が発生して、一週間も経っていない。
さすがにパトカーはもう停まっていないが、
トレンドが去るには短すぎる日時しか過ぎていないというのだから驚きだ。
壁は、行きしなに買ったサンドイッチを口に含みながらうなずく。
若い女性の、スーツ姿にストールを巻いた姿は、どこか異様だ。
良くも悪くも、刑事らしさを失わせている。
.
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壁はイマドキの女性よろしく、クチが小さい。
コンビニのサンドイッチを食べるのだって十分はかかるだろう。
僕も、景気づけの一本を吸う。
今日は全国的に湿度が低い、煙草を燃やす火の勢いが強かった。
/ ゚、。 / 「所轄は?」
(´・ω・`) 「なかにいるはず」
(´・ω・`) 「ア、林ちゃんッていう、結構古い知り合いのデカだからね」
/ ゚、。 / 「ふーん…」
( ´・ω・)y-~~
まず、ロケーションチェック。
地取りはもう所轄が済ませているはずだ。
ぎょろ目やワカッテマスは地取りも難なくこなすが、
僕やペニーは短気なほうで、聞き込みなんてしているとじんましんが出る。
.
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交通量はそこそこといったところで、
田舎といえど旧都、信号を守らないと向こう側に渡れない程度には栄えている。
近くにはコンビニやガソリンスタンドが多く見受けられる。
道路を歩くだけでも、どこかしらの監視カメラには引っかかりそうなものだ。
所轄の地取りでは、想定される逃走ルートにかかる映像しかチェックしないことが多いが、
昨日の夜に、周囲百メートルほどの店に、
捜査一課宛てで映像ファイルを送るよう協力を申請している。
それがいつ届くかは彼らの良心次第、といったところだ。
僕だってはなから期待はしていない。
どこかに不審な映像があれば、既に所轄が掬い上げているだろう。
/ ゚、。 / 「泊まったことあるんですか?」
(´・ω・`) 「あるよ。 結構昔に、一度だけ」
/ ゚、。 / 「ビジホって、どんな感じなんですか?」
壁が雑談を振ってきた、かと思えば。
そっちかい。
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(´・ω・`) 「ラブホの質を極限まで落とした感じ」
/ ゚、。 / 「…」
/#゚、。 / 「セクハラ!」
ペニーも壁も、独身だ。
もっとも、事件が起これば休みなんてなくなるのだ、
候補がいたとして、満足に遊べないから気持ちもわかるが。
僕だって独身だい。
(´・ω・`) 「食ったか?」
/#゚、。 / 「いま食べてますー」
林ちゃんは、時間にうるさい、古風な刑事だ。
時間にルーズで有名な僕は、彼と根本的に相性が悪い。
昔は、一応まじめに時間を守っていたけど、
警部という地位に立てて以来、あまり時間を意識したことはない。
今頃、ワカッテマスと同じような面持ちで
事件の資料を見ながら、貧乏ゆすりでもしているに違いないだろう。
.
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(´・ω・`) 「はよ食え」
(´・ω・`) 「あのな、クチがちっさいと、いろいろ不便だぞー?」
/ ゚、。 / 「…」
/ ゚、。 / 「あの、それってセクハラですか?」
(´・ω・`) 「オッいまのが理解できるのか。
えらいえらい」
/#゚、。 / 「セクハラァ!」
(´;ω;`) 「ぶひゃひゃひゃ!」
/ ゚、。 / 「はい。 食べましたよ」
(´・ω・`) 「遅えな。 行くぞ」
(´;ω;`) 「ぶひゃ…ぶひゃひゃ!」
/#゚、。 / 「…」
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午前九時三一分 ××ホテル
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事件が起きたとはいえ、ホテルは平常通り営業している。
客入りはどっと減っているだろう、
と思いきや、野次馬根性のある人たちが、
「どうせ泊まるならあそこにしよう」
などと思って宿泊してくれるらしい。
正面玄関から入る。
ロビーには社員がひとりいるだけだったが、
警察手帳を見せると、示し合わせたかのように裏に入っていった。
/ ゚、。 / 「…」
/ ゚、。 / 「外装のわりに、結構こぎれいですね」
(´・ω・`) 「ビジホってのはそんなもんだ」
ほどなくして、林ちゃんとホテルのマネージャーらしき人物が顔を出した。
林ちゃんが、僕の顔を見て、わざとらしい笑みと会釈をする。
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林ちゃん 「おはようございます」
(´・ω・`) 「ウッス」
林ちゃん 「お久しぶりですね」
ぺこぺこする彼を見て、僕が何者かを察したマネージャーも寄ってくる。
警察手帳をしまって、差し出された名刺を受け取った。
マネージャー 「はじめまして、ここのマネージャーです」
(´・ω・`) 「ン…はじめまして。
捜査一課のショボーンです」
/ ゚、。 / 「捜査一課の鈴木です」
マネージャー 「とりあえず、こちらへ」
ロビーから入って、裏に進む。
事務所はなかなか整頓されていて、あまり窮屈さは感じない。
テレビも備え付けられているが、電源が落とされていた。
自分たちのホテルが映されるのが嫌なのだろう。
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駅前に店を建てる時、死活問題となるのがスペースの活用だ。
応接室なんてピンポイントなものは用意されていないのだろう、
事務所の奥の方に、ついたてとガラステーブルがある。
灰皿がないのが非常に残念だが、一応はこちらが応接スペースのようだ。
うながされるがまま奥の席に座る。
マネージャー 「本日はお忙しいなか、ありがとうございます」
(´・ω・`) 「いえいえ。 災難があったようで…」
クソみてえな社交辞令もほどほどに、
僕が壁に目配せすると、壁はバッグから資料を取り出した。
ホテル殺人事件の資料だ。
四月三十日、宿泊予定だったヒッキー小森に殺人予告が叩きつけられた。
しかし、これを笑った害者はホテルの移転を拒否。
監視カメラ、ならびに出入口を厳重に張っていたホテルだが、
害者は常備薬を飲んだところ、ここにピーナッツオイルが塗りこまれており、即死。
二十二時頃、様子をうかがいに行ったマネージャーが遺体を発見。
内線に応じないため、不審に思ったらしい。
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林ちゃん 「事件直後の現場写真が、見たままの光景となりますね」
(´・ω・`) 「何も動かしたりはしていないんですよね?」
マネージャー 「はい。 そちらの方からも言われておりましたので…」
どうして、刑事である林ちゃんではなくマネージャーが現場に行ったのか。
どやしてやろうとも思ったが、ホテル側の事情も察せたため、言及は抑えた。
警察としては、殺人予告なんてあった場合、
即座にターゲットの入場拒否をさせる必要があるのだが、
曰く、街中をうろつかせたりするほうが危険だ、と言われたらしい。
林ちゃんの入れ知恵だろう。
今更、非難する気もない。
僕は、あらためて現場写真と当時の害者の動向を目で追う。
今回の会議資料を作成した人は優秀だったようで、
だいたいのことは、昨日の捜査会議で耳にしたことそのままだった。
(´・ω・`) 「おおむね、把握しました」
(´・ω・`) 「いま、現場は」
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マネージャー 「使用不可にしております」
マネージャー 「こちらは、一切手を触れていませんね」
林ちゃん 「我々が捜査した跡が残っているくらいかと」
(´・ω・`) 「そう」
ショボーン班では、現場捜査といえばぎょろ目の出番だった。
現場百篇を体言する男で、絶対的な信頼が寄せられている。
ただ、今回は僕と壁でもう一度、捜査する。
ぎょろ目の血を引くとも言われる先見の明を、伸ばしたい気持ちもあった。
(´・ω・`) 「いま、上がらせていただいても構いませんか」
マネージャー 「構いませんが、チェックアウトのお客さんがいらっしゃいますので」
マネージャー 「非常階段で六階までお願いします」
(´・ω・`) 「ご同行していただいても?」
問うと、マネージャーは苦い顔をした。
あくまで仕事がある、と言いたいのだろう。
顔色を察した林ちゃんが、代わりにうなずいた。
こいつ、捜査ではあまり頼りにならないけど、ガイド役にはいいかもしれない。
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/ ゚、。 / 「非常階段?」
/ ゚、。 / 「そんなもの、表からは見えませんでしたけど」
マネージャー 「裏のビルとの間、狭いところにね」
マネージャー 「非常階段がございますので。
鍵は刑事さんが」
(´・ω・`) 「わかりました。 では一旦、失礼します」
話がわかるマネージャーでよかった。
人によっては、警察のメス入れを嫌がられることもある。
察するに、さっさと事件を解決して、
今まで通りの営業に戻りたい、とでも思っているのだろう。
こちらとしては、そっちのほうが好都合だ。
林ちゃん 「案内します」
(´・ω・`) 「頼むよー」
林ちゃん 「…」
露骨に嫌そうな顔をされた。
どうして僕はこんなにも嫌われているのだろう。
気分がいい。
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午前十時一三分
ヴィップスタジアム
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ヴィップに住まない人でも、ヴィップスタジアムの名を知っていることは珍しくなかった。
往年の名球団、ヴィッパーズの本拠地として、
野球好きはもちろん、興味がない人でも名前くらいは知っているものだ。
芝生に立ち入らせてもらえたが、
入口から見通すスタジアムの光景は、圧巻の一言だ。
野球以外でも、さまざまな使われ方がしている。
近年の球界が抱える、若者の野球離れにあわせるように
たとえば著名人の交流イベントやテレビ企画の場所として提供されていると聞く。
( <●><●>) 「…」
( ゚д゚) 「こんないい場所のライブが中止、か」
( ゚д゚) 「今回の犯人も、ひどいことをしてくれたもんだ」
本日行われるはずだったように、
音楽のライブ場所として使われることも多くなったらしい。
渋沢栄吉と言えば、若者である自分でも知っているほど、
数十年前の音楽業界を牽引してきた大御所ミュージシャンのひとりだ。
.
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関係者 「ほんとうですよ」
力なく笑ったのは、ライブ側の関係者だった。
周囲は既に、厳重な警備が敷かれている。
いまスタジアム内にいるのは、ライブ側とスタジアム側の関係者諸兄、
加え自分と東風さんだけだ。
関係者 「警部さんも、けっこう世代じゃないんですか」
( ゚д゚) 「ヤ、自分は警部じゃないですね」
( ゚д゚) 「警部補、といったところです」
東風さんが白髪を掻きながら言う。
警部を超えるキャリアを持ちながら、警部補の立場に甘んじる人だった。
関係者 「失礼。 警部補さんも世代でしょ?」
( ゚д゚) 「自分が三十手前か、そこいらですね」
( ゚д゚) 「でも、当時見てたドラマじゃ、しょっちゅう渋沢ソングが流れてたもんですよ」
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まだ邦楽ロックというものが浸透していなかった当時、
マイクスタンドを振り回しながら放たれるシャウトは、多くの若者を魅了した。
かと思えば、時たま穏やかなバラードソングを奏でるのだから、隙がない。
関係者 「そちらの刑事さんは、知ってます? 渋沢時代」
( <●><●>) 「邦楽はあまり、聴かないので」
( ゚д゚) 「すごかったぞ。 当時はCDが百万枚も売れた時代だったんだ」
動画サイトの普及や、CDレンタルが当たり前となった昨今、
日本の音楽は十万枚売れたら御の字と言われるほどに衰退した。
親の影響で、レコードで流す洋楽ばかりを聴いてきた自分としては、
邦楽の隆盛、というのはあまり実感がわかない話だった。
( <●><●>) 「しかし、今回の騒動を見ていると、なんとなく、わかります」
( ゚д゚) 「警備員、もっと発注してもよかったレベルだな」
スタジアム周囲は、多くのマスコミと野次馬、
そしてファンの多くが押し寄せていた。
それは、芝生を踏んでいる我々のところにまでガヤが聞こえてくるほどだ。
.
-
関係者 「もはや、返金どうこうの話じゃないんですよ」
大御所アーティストのライブ中止、
やはり大手が手掛けるだけあって返金や謝罪などはスムーズに行き渡ったが、
何より、せっかくのライブが中止になったことそのものが多くの人々を落胆させた。
( ゚д゚) 「ライブは、CDやラジオじゃ味わえない興奮が楽しめんだ」
( ゚д゚) 「おれも、昔嫁とライブにいったが、なかなかよかったぞ」
( <●><●>) 「ウン万人、という人々からその楽しみを奪ったわけだ」
関係者 「いやはや、ひどい犯人だ、ホント」
芝生を踏みしめながら、ぐるりと歩く。
空気が違う。
澄み渡っているのに、どこか重い空気だ。
センター方面を見やると、やり場をなくした機材のもろもろが立ちすくんでいる。
東風さんは、真正面にあるロープで区切られた空間を指さす。
( ゚д゚) 「本来、観客はここに収まる予定だったんですか?」
.
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関係者 「いや、スタンドにも収容される予定でした」
( ゚д゚) 「入場はどのように行われるので?」
何気ない雑談から、さりげなく本題に入る。
東風さんは、メモを取る仕草は見せないし、
なんなら明後日の方を見やりながら、雑に聞いた。
関係者 「まず、ライブチケットにブロックが振り分けられています」
関係者 「アリーナなら、AからFですね」
関係者 「ブロック順にアナウンスし、先頭から順に入場してもらう手筈でした」
ロープをつなぐ支柱のそれぞれに、大きな看板が取り付けられている。
この位置からでも見えるような大きさで、AからFと印字されていた。
( ゚д゚) 「いざ開演したら、じゃまな看板ですな」
関係者 「ア、もちろん、撤去しますよ」
年寄りの世間話とでも言うのか、
ふたりとも軽く笑いながら続ける。
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関係者 「Fまで済んだら、そのままスタンドにも収容されます」
関係者 「バックネット、ライトスタンド、レフトスタンドの三か所で、同時進行です」
( <●><●>) 「スタンドというのは、ほんとうにすべての席を指すのですか」
関係者 「すごいでしょ。 ほぼ満員ですよ、満員」
( <●><●>) 「…」
言われて、芝生を取り囲むスタンドを目で追った。
ところどころ、一般客が立ち入れない空間こそあるが、
この席すべてを埋め尽くすほどの魅力が、今回のライブにはあったわけだ。
( ゚д゚) 「ライブが開演して、スタジアム内にいることができる人は、たとえば」
関係者 「んー、まずライブスタッフは全員ですね」
関係者 「観客ももちろん該当します」
( ゚д゚) 「たとえば、こう、屋内に売店とかあるでしょう」
( ゚д゚) 「そういったところの人員は?」
.
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関係者 「なかの、焼きそば屋とかですか?」
( ゚д゚) 「そうそう」
( ゚д゚) 「もとは野球の球場なんだ、たくさんあると思いますが」
自分は野球観戦をしたことがないためピンとこなかったが、
東風さんは野球が好きな人で、この歳になってもたまに行くと聞く。
関係者は 「ああ」 と言って、考えるそぶりも見せずに返す。
関係者 「ライブ関連の売店は、すべて屋外、」
関係者 「というかスタジアム外にしかありません」
関係者 「スタジアム屋内の店はすべて閉まっています」
( ゚д゚) 「スタジアム外、というと、入る時もいろいろ見えたあれらで?」
スタジアムの周囲にも、たくさんの売店が見受けられた。
渋沢の歴代CDはもちろん、タオルからTシャツといったグッズもあった。
しかし、あったのは看板やテーブルほどで、
肝心の商品や売り子はどこにも見られなかった。
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関係者 「食事のたぐいも、用意されていませんね」
関係者 「ファンならわかりますが、ライブ中に抜け出して買い食い、なんて普通しませんし」
( ゚д゚) 「なるほど…」
関係者 「屋内を歩くのは、警備員とスタッフくらいです」
関係者 「トイレの案内だったりも、彼らが請け負います」
( ゚д゚) 「つまり、ライブ関係者と観客以外は誰もいない、と」
すると、関係者はかぶりを振った。
関係者 「もちろん、スタジアム関係者もいます」
関係者 「といっても、詰所や裏手にしかいませんが」
( ゚д゚) 「ライブ関係者も含め、非正規雇用は何割くらいですか?」
関係者 「九割は派遣ですね」
( <●><●>) 「九割、ですか」
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結構大きな数字が出され、思わず反応した。
関係者 「渋沢ほどの大御所となると、」
関係者 「一度ライブするだけで、とんでもない人手がいります」
関係者 「たった数日ライブするためだけに、それだけの社員を動員したりしませんよ」
半ば笑いながら、関係者は得意げに言った。
確かに、それなら単日でアルバイトでも雇うほうが合理的だ。
関係者 「スタッフは、お金を貰ってライブを聴けますからね」
関係者 「いくら重労働でも、募集はゼッタイ必要数揃うもんですよ」
( ゚д゚) 「そりゃあな」
( ゚д゚) 「となると、ホシを洗うのは大変だな…」
( <●><●>) 「この時点で、候補が数万人もいますからね」
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関係者 「ホシ、というと」
( ゚д゚) 「失敬、ハンニンです」
今回の殺人予告では、誰を、どこで、いつ殺すかが、明記されていなかった。
そのため、来場する観客はもちろん、
ステージに立つサポートバンドから音響スタッフ、
案内係からダフ屋に至るまで、そのすべてが、犯人及び被害者となりうる。
関係者 「ひょっとして、ワタシも入っていますか?」
( ゚д゚) 「そりゃあもう!」
関係者が噴き出す。
東風さんの嫌味で元気な即答に、自分も思わず顔を歪めた。
関係者 「警部補さんには敵いませんよ、ホント」
( ゚д゚) 「一件目、二件目と比較して、決定的に違う点があるんですよ、今回」
関係者 「というと」
( ゚д゚) 「その、規模です」
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関係者 「一回目は地下鉄で、二回目がホテルでしたっけ」
( ゚д゚) 「どちらも、今回の規模と比べたら、現場は矮小です」
( ゚д゚) 「地下鉄はともかく、ホテルなんかピンポイントだ」
関係者 「確かに」
( ゚д゚) 「だからこそ、今回は狂言の可能性も考えられるのです」
狂言。
一度目、二度目は本当に殺人が決行された。
だからこその、三回目。
予告を出すだけ出して、暗に牽制をする。
フッサール擬古、ヒッキー小森を知る人物がいたとして、
当然、連続殺人の件は、ニュースなどですぐに知るだろう、
そのうえで犯人から渋沢ライブを舞台にしたことを人づてに聞く。
すると、たとえ予告が狂言だったとしても、
予告に心当たりがあるかもしれないその人物のもとへは
この上なく強いメッセージとして届くのだ。
.
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関係者 「もしこれが狂言だったら、」
関係者 「ヤ、狂言じゃなくてもですが…とにかく、最低な犯人だ」
( ゚д゚) 「人を二人も殺して、今度は社会を掻き乱す」
( ゚д゚) 「多くの、ほんとうに多くの無実な市民を落胆させた…」
( ゚д゚) 「近年稀にみる極悪犯、といったところですな」
関係者 「まったくだ」
示し合わせたかのように、東風さんと関係者が踵を返した。
そのまま、通路に入って、次なる場所へと向かう。
関係者 「ちょっと話し込んでしまいましたね」
関係者 「とにかく、施設を案内しましょう」
( ゚д゚) 「非常口なども一つひとつ、お願いします」
関係者 「関係者しか入れない場所も込みで?」
( ゚д゚) 「もちろん」
.
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スケジュールとしては、ここから一時間ほどかけて、施設内を把握する。
そこからどこか場所を借りて、東風さんと自分で会議。
犯人は、何を考えて予告を叩きつけたか、
あるいは、本来どのようにして観客を殺すつもりだったのか。
そういった、あらゆるイフを、時間の許す限り検討する。
関係者 「結構長くなりますし、水でも」
( ゚д゚) 「ありがたく」
筆跡も、本件が過去二回と同一の人物によるものだと証明した。
その過去二回で予告を成立させている以上、
「どう考えてもライブは中止されるだろう」
という考えを捨てなければならない。
万が一、あり得ない話ではあるが、ライブが決行された場合。
犯人はどうやって、この人混みから特定個人を殺すつもりだったのか。
その逆、ライブが中止された場合。
犯人は殺害を先延ばしするのか、それでも本当に殺すのか。
殺すなら、どうやって。
そもそも、何を考えて。
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検討することがあまりにも多すぎる。
本来なら収集した情報をもとに検討する案件、
しかし時間がないのも事実だ。
こういった検討は、警部がもっとも得意とするところだ。
今頃、鈴木と一緒にホテル殺人を検討しているだろうが、
どうして自分と東風さんをこちらに回したのか。
そこが、少々引っかかったところではある。
関係者 「刑事さんも」
( <●><●>) 「ン……ありがとうございます。」
本部が設置され、ショボーン班が動き出して、まだ一日と経っていない。
そんななか、ライブ前日に殺人予告が出されては、
警察も世間も、混乱を極めるばかりだ。
自分の直観でいえば、九割がた、狂言だ。
現にこうして、皆が混乱に陥っている。
犯人はこれを見据えたうえで、予告を出したと思われるところではあるが。
それにしたって、情報が少ない。
携帯のバッテリーが十分であることを確認して、自分も水を口にした。
.
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┏━─
午前十一時〇四分 びっぷ整骨院
─━┛
おばちゃん 「予定?」
('、`*川 「そうー」
('、`*川 「なんかこう、いついつに旅行にいく!」
('、`*川 「とかー。 言ってなかった?」
地下鉄殺人の被害者、フッサール擬古は整体師だった。
いわゆる町の整体師で、訪れるのは地元の三十代からご老人。
比べればまだ若い害者は、可愛げのある男として親しまれていたらしい。
おばちゃん 「旅行はなかったかなー」
('、`*川 「ヤ、旅行じゃなくてもいいの」
('、`*川 「次の休みはこれをする、とか…ない?」
私はあまりカンドリは得意じゃないけど、
相手が話してて楽しい人ならこの限りにあらず。
びっぷ整骨院の院長センセーは、私のお母さんほどの年齢だった。
開始五分で、このような砕けた話し合いとなっていた。
.
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おばちゃん 「エ、あったとして、それがどうしたの?」
('、`*川 「そーゆーところから捜査のとっかかりができたりするのー」
おばちゃん 「うーん…そうねえ」
本件が地下鉄殺人で完結していたなら、話は別だけど。
ホテル殺人もやってのけた上に、次はライブで殺人予告を果たした。
どう考えても、害者は犯人との間に何かしらの因縁があったはずなのだ。
逆に言えば、犯人は複数の人を相手に、殺害を実行させるほどの因縁を持っていた。
地元で愛される整体師をしていただけじゃあ、
こんな連続殺人の、それも一人目に選ばれたりはしない。
とするとその因縁はなにか、という話だ。
フッサール擬古、続くヒッキー小森が、
実は同じ日に同じ場所へ旅行する予定があった場合、
そういったところから害者のつながりというものが見えてくる。
害者のつながりは、すなわち犯人とのつながり。
普通に経歴だけを調べてつながりが浮かばないなら、こういったところから見つけるのが鉄則。
東風さんから教わった、カンドリの手筋である。
にしても、どうして聞き込みのことをカンドリなんて言うんだろう。
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おばちゃん 「予定、は特に聞いてないよ」
おばちゃん 「でも、そういや釣りが趣味だったよ、カレ」
('、`*川 「釣り…」
出てきたワードは、逃さずメモに残す。
それが勘違いでもいい、なにかキッカケになりうるなら。
おばちゃん 「あと先月、シベリアのほうに旅行に行ってたよ」
('、`*川 「シベリアの、どこらへん?」
おばちゃん 「ごめんなさいねえ」
シベリア、と書き残す。
先月、旅行か。
('、`*川 「具体的に何日、とかは?」
おばちゃん 「えっと…」
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おばちゃん 「そうだ、シフト見たらわかるわ」
おばちゃん 「確か、三連休があった時だから…」
言いながら、院長は席を立った。
近くの事務机を漁って、先月のシフト表をとってきた。
事務机には、キーホルダーや小物が置かれている。
見たことのある造形から、どこで売っているかわからないものまで。
スタッフの皆のおみやげでも飾っているのだろう。
おばちゃん 「そうだそうだ、十八日から二十日!」
('、`*川 「十八日から、二十日……」
('、`*川 「二泊三日ってことね?」
おばちゃん 「ヤ、それはわかんないケド…」
おばちゃん 「とにかく、この日ね。 覚えてるわ」
('、`*川 「オッケー、ありがとう!」
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結構、重要そうな情報が出てきた。
この調子で、このおばちゃんからできる限りキーワードを引き出したい。
('、`*川 「釣りが趣味で、先月シベリアにも旅行に行った…」
('、`*川 「その時、誰か友人と行く、とか言ってた?」
おばちゃん 「誰って?」
('、`*川 「たとえば、彼女とか」
おばちゃん 「あの子に彼女なんていたっけかなあ…」
('、`*川 「独身だったの?」
おばちゃん 「独身には違いないわ」
('、`*川 「へー…」
何気ない世間話をするかのような口ぶりで、
こっそりとメモを書き進める。
釣り、シベリア、続いて独身。
結構興味深い情報こそ出てきつつはあるが、
これはカンドリを進める上ではあまりにも少なすぎる量だ。
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('、`*川 「仕事っぷりはどんな感じだった?」
おばちゃん 「仕事?」
自分で用意したアツい茶をすする。
答えがすぐに出てこなさそうな様子だ。
おばちゃん 「仕事…」
おばちゃん 「別にダメなとこはないわ」
おばちゃん 「口下手なとこが、可愛がられたものよ」
おばちゃん 「特に、じいちゃん連中に気に入られたりしてね」
視線を宙に泳がせ、以前のことを振り返るかのように言った。
院長がこの調子だから失念していたが、
そうだ、いま話しているのは、院長の仲間だった人のことだ。
病死でも、退職でもない。
何者かによってその命を絶たれた男の、仲間だったのだ。
気まずさを感じて、私は露骨に、咳払いをした。
ハッとした院長は、私に茶を勧めてきた。
出されるだけ出されて、私は一口も飲んでいない。
ばつが悪そうな顔をして、一口だけ、茶をすする。
結構熱い。 冬に飲みたくなる味だ。
.
-
('、`*川 「…」
おばちゃん 「…」
ほっと一息ついていると、
それまでの陽気な雰囲気は消え、
院長は少々シリアスな面持ちを構えてきた。
おばちゃん 「姉ちゃんね」
('、`*川 「ん?」
おばちゃん 「事件の捜査…どうなってる?」
('、`*川 「見ての通り、はじめたばかりだよ」
虚を突かれたような心地になって、茶を一口。
少し火傷して麻痺した舌は、その一口をあっさり受け入れた。
おばちゃん 「ちがくて」
おばちゃん 「シブちゃんのほう」
.
-
('、`*川 「シブちゃん」
渋沢栄吉、全国ツアーに殺人予告。
今朝、テレビのどのチャンネルを回しても報道されていたビッグニュースだ。
まして、院長は世代でないとはいえ、渋沢時代を知るであろう市民。
半ば険しい顔をして、続ける。
おばちゃん 「誰が殺されるか、とか」
('、`*川 「…」
おばちゃん 「何も、わかってないの?」
少し、胸がチクリとした。
別に院長は、私を、警察を責めているわけではない。
ただ焦燥に駆られた言い回しをしているだけだ。
しかしそれでも、痛いところを突かれた心地がする。
.
-
('、`*川 「インチョーさん」
('、`*川 「まじめな話をするとね、捜査機密ってものがあるの」
おばちゃん 「なんだっていいわ」
おばちゃん 「次の人は…殺されないんだよね?」
院長は、ライブより、そのターゲットとなる人を捉えて言った。
ライブ中止を、あるいはまだ犯人が捕まっていないことを
非難されるかと思っていただけに、私は呆気ない顔をした。
('、`*川 「殺させない」
スパッと、言い放つ。
('、`*川 「今も、県警で頼りになる連中が担当してるわ」
おばちゃん 「最近の犯罪者って、なにするかわかんないでしょ」
おばちゃん 「頼むから、これ以上被害者、出さないでおくれよ」
おばちゃん 「その殺される一人ッたって、家族や仲間がいるんだから」
.
-
院長が私を注視する。
たるんでいた目じりが、引き締められている。
('、`*川 「なんとかする」
('ー`*川 「こー見えて、私も刑事なんだから!」
おばちゃん 「ほんと、手帳だけはなくすんじゃないよ」
('、`*川 「それどーゆー意味?」
胸をボン、と叩くと、院長が皮肉そうに言った。
さっきまでのシリアスは瞬時に消え、院長は背もたれに体重をかけた。
おばちゃん 「で?」
おばちゃん 「あとは、どんなことを話せばいい?」
('、`*川 「ちょっと、刑事だからね? 捜査一課のォ」
気が抜けた。
気持ちぬるくなった茶をすすって、私も脚を組んだ。
あと、聞くことか。
知りたいことは山ほどあるけど、院長から聞き出すべきこと。
.
-
就職時期をはじめ、ここ数日の動き、
交友関係から趣味などといった話まで、すべて済ませてある。
('、`*川 「…」
('、`*川 「インチョーさんの連絡先」
おばちゃん 「え?」
ポン、と手を叩いて言う。
私は、不器用だ
こういった聞き込みでは、毎度なにかを聞き忘れる。
そのたびに、タクシーを拾ったり、連絡先を探すだけで時間を取られる。
去年仕事用に契約したガラケーには、
ここ一年間私が関わった事件の関係者の連絡先が、ずらりと載っている。
そのなかから折り返し連絡をすることは一割にも満たないけど、院長も追加しなければ。
おばちゃん 「悪用しないよね?」
('、`*川 「しないよ」
('、`*川 「てか、事件が終わったら、私もマッサージしてもらいたいし」
おばちゃん 「じゃあ、店の番号でいい?」
('、`*川 「い、いいけどさ」
結構、疑われているらしい。
マスコミの警察叩きは苛烈になっているからなあ。
.
-
('、`*川 「ふう…」
店を出て、一度深呼吸した。
一件は聞き込みを済ませたが、ここからたくさん当たるべき場所はある。
各学校の担任だったり、スマホから割り出した友人全員、
自宅の近隣住民に加え、過去の職場もろもろ。
頭が痛くなる。
というのも、所轄が軽く当たったところで、
フッサール擬古とヒッキー小森のつながりは今のところ何もないのだ。
無差別殺人にしては、手がかかりすぎている。
警察への挑戦状の可能性も捨て切れはしないが、
それだったら予告は、警察に直接送りつけるほうが自然だ。
現に、過去二回の事件は所轄が穏便に済ませようとしていた。
結果、マスコミの干渉も最小限にとどめられている。
愉快犯にせよなんにせよ、多大な労力に見合っているとは思えない。
今朝の時点で、警部の見解ではその線は見限られていた。
東風さんも同意見だったようだし、そこを疑うつもりはないけど。
.
-
時間を確認して、ふと空を見上げた。
空はまだ、五月病を患っていないらしい。
ほぼ晴天といえる、晴れやかな気候だ。
この間も、警部たちはホテル殺人を追っている。
仕事用のガラケーで、ひとまずの情報をメールする。
一刻も早くとっかかりを見つけなければ、
このカンドリはいつまでも続くはめになってしまうのだ。
('、`*川 「…」
('、`*川 「よし」
私は、いてもたってもいられなくなり、
タクシーが通りかかったのが見えた瞬間、すぐそれに乗り込んだ。
せっかく、旅行に行ったという情報を日付と一緒に入手したのだ。
次は、その旅行を当たり、誰かと一緒だったのか、といったところを調べよう。
調べるとしたら、まずは自宅から。
先に自宅を調べなかったのは、単純にこちらのほうが近かっただけだ。
行きがけの駄賃を握りしめ、運ちゃんに住所を告げる。
結構気さくな中年で、乗っている間、結構雑談を交わしてくれた。
しかし、その話題が軒並み連続予告殺人ともなれば、心労は溜まる一方だ。
.
-
┏━─
午前十一時二三分 ××ホテル
─━┛
(´・ω・`) 「これは、ベッドメイクすらされてないんだね?」
林ちゃん 「ええ」
まだ、現場は保存されている。
真っ先に気になったのはその点だった。
ベッドが、一切乱されていないのだ。
もちろん、内装はよくあるビジネスホテル。
床の半分以上をベッドが占め、隙間を縫うようにデスクが置かれている。
/ ゚、。 / 「…結構、狭いですよね」
/ ゚、。 / 「私だったら、ふつうにベッドに座りそうですが」
(´・ω・`) 「そーそー。 よく気づいたね」
/ ゚、。 / 「え?」
.
-
壁はなにか気づいたようだったが、
しかしそれは単なる偶然だったようだ。
ぎょろ目だったらまず真っ先に調べるものがある。
この状況なら、デスクまわりだ。
他に調べるものがないと言われたらその通りではあるのだけど。
(´・ω・`) 「ビジホに限った話じゃないけど、」
(´・ω・`) 「ホテルの魅力は、初見のベッドだ」
と言って、ぴっちり張られた布団に軽く手を乗せた。
二流ビジネスホテルのわりに、結構上質そうな生地をしている。
(´・ω・`) 「まず、ジャケットを脱ぐなり鞄を置くなりしてから、」
(´・ω・`) 「ひとまずは疲労をベッドにぶつけるものなんだけどね」
/ ゚、。 / 「まあ、……確かに」
.
-
(´・ω・`) 「この時点で、少なくとも当時の害者の状況をひとつ、推測できる」
/ ゚、。 / 「……」
/ ゚、。 / 「そもそも部屋に入ってなかった?」
思わず顔を歪めて噴き出してしまった。
想像以上に、壁は推理力には欠けるようだ。
論理の伴わない直観力には長けているのだけど。
(´・ω・`) 「あのさー」
(´・ω・`) 「害者は、どこに倒れていた?」
(´・ω・`) 「ッつーか、このロープは何のカタチしてる?」
/ ゚、。 / 「…」
露骨に嫌そうな顔をされた。
/ ゚、。 / 「だ…だって」
/ ゚、。 / 「警部が、ベッドがきれいって言うから…」
.
-
/ ゚、。 / 「そうですよ、殺害されたのち、部屋まで運ばれたり…」
/ ゚、。 / 「そうだ、窓を見ましょう。
外から他の部屋に移れるかも…」
(´・ω・`) 「…」
壁の、怒り混じりの怒涛の推理に、腕組みをする。
そんな、推理小説みたいなトリックが浮かぶのか。
(´・ω・`) 「オーケー、推理の手筋を教えよう」
/ ゚、。 / 「はい?」
(´・ω・`) 「まず、大前提を押さえる」
(´・ω・`) 「今回の場合の大前提、それは」
指折りしながら、教えてやる。
ひとつ、害者の死因は、アナフィラキシーショック。
ふたつ、遺体は部屋の中で横たわっていた。
みっつ、ホテルには防犯カメラというものが備わっている。
.
-
/ ゚、。 / 「林さん、室内にもカメラはあるのですか?」
林ちゃん 「いや、フツーは、ないかと…」
聞いた壁は、フン、と大きな鼻息を鳴らした。
(´・ω・`) 「まあ、聞け」
(´・ω・`) 「大前提を設定したら、次はゴールを定める」
/ ゚、。 / 「ゴール?」
(´・ω・`) 「そもそも、どうやって害者が殺されたか?」
/ ゚、。 / 「そりゃあ、薬にアレルゲンが盛られて…」
(´・ω・`) 「だから、どうやって?」
/ ゚、。 / 「…」
.
-
(´・ω・`) 「瓶は、常に害者が持ち歩いている」
(´・ω・`) 「ホテルの、通路…には、当然カメラが備わっている」
(´・ω・`) 「なにより、瓶は、いわく常備薬……」
、 、 、 、 、、 、
(´・ω・`) 「毎日飲んでいるものなんだ」
/ ゚、。 / 「あっ…」
(´・ω・`) 「三十日に亡くなったわけだけど、」
(´・ω・`) 「逆に言えば、二十九日までは、生きていた」
(´・ω・`) 「つまり、二十九日の服用から三十日の服用までの、一日足らず」
(´・ω・`) 「その間で、犯人は、この瓶に干渉してるんだ」
(´・ω・`) 「それを、僕たちは追うわけ」
/ ゚、。 / 「…」
熱心に、メモを取る。
しかし、困ったものだ。
確かに、ワカッテマス以外の教育は疎かにしている部分もあるが、
捜査一課に配属される以上、最低限の推理力は備わっていてほしいものだ。
.
-
大前提を押さえたうえで、ゴールを用意する。
そして、ゴールがゴール足りうる理由を羅列する。
今回なら、先ほど僕が列挙したいくつかだ。
この、みっつのフィルターを張れば、現場を見た時の第一印象は、がらっと変わる。
不審な点がうかがえた時、フィルターを通すことで、謎と結びつけることが可能となる。
(´・ω・`) 「で、ベッドがきれいなのが気になった」
(´・ω・`) 「疑ってかかると、こうなる」
(´・ω・`) 「害者は、入室した時点で既に用事があった」
(´・ω・`) 「たとえば、誰かと電話…あるいは、外出…」
/ ゚、。 / 「あ!」
(´・ω・`) 「そこで、犯人と接触していたとしたら?」
(´・ω・`) 「何かしらの手段で、瓶に干渉されていたら?」
.
-
壁が、感嘆の声をあげる。
一息ついて、林ちゃんに目配せする。
察した林ちゃんが、ひとりだけいる鑑識に声をかける。
鑑識 「はい」
林ちゃん 「害者の痕跡は」
あらかじめそう言われることがわかっていたかのように、
鑑識は即座に資料を林ちゃんに手渡した。
林ちゃん 「警部」
(´・ω・`) 「どれどれ」
狭い室内を歩き回った痕跡、
デスクに腰かけた痕跡が認められているらしい。
汗の跡や指紋などが、各箇所から検出されていた。
(´・ω・`) 「…」
/ ゚、。 / 「指紋はともかく、歩き回った、というのが気になりますね」
(´・ω・`) 「ああ」
.
-
ひとまず、害者は手放しでホテルに宿泊したわけではなさそうだった。
要件はどうであれ、害者には何かしなければならないことがあったに違いない。
室内を歩き回った、というのは、大方電話でもかけていたのだろう。
林ちゃん 「害者の通話記録は」
鑑識 「こちらに」
(´・ω・`) 「気が利くねェ」
返事もせず、林ちゃんは別の資料を僕に手渡した。
日時が、西暦から秒に至るまで克明に記録されている。
最近の電話は優秀だ。
/ ゚、。 / 「どれどれ」
(´・ω・`) 「これは、後で検討することにしよう」
(´・ω・`) 「情報量が多すぎるからね」
/ ゚、。 / 「わかりました」
.
-
(´・ω・`) 「さて…」
推理の手筋をレクチャーしたところで、あらためて現場を見返す。
狭い室内だ、しかしベッドには触れてもいない。
どこかに電話をかけるにしても、ベッドに飛び込みそうなものだ。
次は、害者が外出したかどうか、が気になってくる。
ベッドに目をくれることもなく、荷物だけ置いて出て行ったのかもしれない。
(´・ω・`) 「林ちゃん」
林ちゃん 「なんでしょう」
(´・ω・`) 「害者って、チェックインした後は、部屋にこもりきりだったのかい?」
林ちゃん 「そうですね」
(´・ω・`) 「ん…」
面白くない答えが即座に返ってきて、少しつまらなく思った。
つまり、この時点で、アレルゲンは盛られていたのか。
.
-
林ちゃん 「二十時十三分」
林ちゃん 「その頃にチェックインして、死体発見時刻が二十二時〇八分」
/ ゚、。 / 「二時間も、何か作業をしていたのですかね」
(´・ω・`) 「違うね」
壁が少ししゅんとした。
まだ若いんだから、多少推理を外しても、胸を張らないと胸を。
いやそもそも張る胸がなかったか。
(´・ω・`) 「くっ」
/ ゚、。 / 「?」
笑いそうになったのを、堪える。
笑う時間があれば、少しでも情報をまとめたいのだ。
.
-
(´・ω・`) 「…そう」
(´・ω・`) 「あくまで、発見が二十二時過ぎだっただけだ」
(´・ω・`) 「場合によっては、インから一時間もせずに死んだかもしれない」
/ ゚、。 / 「ああ…まあ…」
死亡推定時刻は、チェックインや発見と噛み合ってこそいるが、曖昧だ。
逆にそれらが時間を割り出しているため、むしろ死亡推定時刻は不要ですらある。
(´・ω・`) 「ちょっと、さっきの貸して」
/ ゚、。 / 「電話ですか」
(´・ω・`) 「そうそう」
言われて、きょとんとしながら壁は紙を取り出す。
あとで検討する、といってすぐに使うものだから混乱したのかもしれない。
.
-
(´・ω・`) 「…」
リストの、一番上。
最後の通話履歴をチェックする。
/ ゚、。 / 「どうですか?」
(´・ω・`) 「…」
(´・ω・`) 「あ」
そうだ。
せっかくだし、推理力をチェックしてやろう。
(´・ω・`) 「結論から言うと、害者はこの部屋に入ってから」
(´・ω・`) 「予想通り、何者かと電話をしていた」
/ ゚、。 / 「はい」
(´^ω^`) 「んだけど!」
/;゚、。 / 「…」
.
-
(´・ω・`) 「これは、着信だった? 発信だった?」
/;゚、。 / 「…」
/ ゚、。 / 「は?」
第一声がそれか。
あまり期待しても仕方なさそうだ。
(´・ω・`) 「遅い。 答えは発信だ」
/ ゚、。 / 「は、え?」
まとめると、害者はチェックインして、
ベッドに飛び込むことなく、室内をうろちょろしている。
察するに、電話などをしていたことがうかがえるが、
前提として、着信がくることを予測はできない。
害者は、入室して荷物を置き、能動的に電話をかけたことがうかがえる。
そもそも、害者は何か用事があった、という推理を展開させていたのだ。
.
-
(´・ω・`) 「通話時間は、十分ほどか」
/ ゚、。 / 「長いような、短いような」
(´・ω・`) 「ふつうだったら、これだけで通話代四百円だな」
/ ゚、。 / 「たっか…」
どうやら、最近の若者はあまり通話料金を意識していないらしい。
僕やぎょろ目の時代は、結構過敏になっていたものだけど。
(´・ω・`) 「業務連絡にしては長く、世間話にしては短い」
(´・ω・`) 「で、この番号はもう洗ってあるんだよね?」
林ちゃん 「はい。 仕事相手、ですね」
(´・ω・`) 「そういや、害者の仕事って?」
林ちゃん 「建設業です」
.
-
/ ゚、。 / 「建設、ですか」
(´・ω・`) 「…害者の自宅は?」
林ちゃん 「アルプスですね」
結構遠いな。
県警からでも、車で数時間といったところだ。
(´・ω・`) 「土壌でも調べにきたのかな」
林ちゃん 「そうですね」
林ちゃん 「害者の仕事はいわばロケハンで、」
林ちゃん 「いい土地を探したり、依頼にある建物が建てられるかを検討していたようです」
林ちゃん 「鹿島建設という会社で、これもアルプスの企業です」
そこで、ヴィップか。
アルプスも、自然に恵まれた土地に違いないが。
しかし、職先と電話していたのか。
あるいは犯人とでも話してはいないか、と期待したものの。
.
-
壁は生真面目に、捜査記録を残している。
しかし勤め先は、おそらくハズレだろう。
土地調査という名目も、ハリボテではない。
フッサール擬古は、ヴィップの整体師だ。
それがアルプスの建設会社と関係を持つとは考えにくい。
まあ、断言こそできないから、壁に嫌味は言わないことにしておく。
(´・ω・`) 「オッケー。 ありがとう」
/ ゚、。 / 「カシマ建設……」
/ ゚、。 / 「本当に、出張の件で来たのでしょうか?」
捜査がはじまったばかりで、しかし時間は足りていない。
こういう局面では、細そうな線はひとまず候補から除外していくのだ。
(´・ω・`) 「現状では、その線は薄いと思うよ」
林ちゃん 「そうですね」
林ちゃん 「初動捜査で、裏もとってあります」
.
-
/ ゚、。 / 「では、いつどこでアレルゲンが」
(´・ω・`) 「そうだねえ」
悩むふりをする。
しかし考えるまでもなく、チェックインより以前であることは明白だった。
林ちゃん 「言うまでもありませんが、ホテルスタッフが干渉したタイミングはありません」
林ちゃん 「あちこちに防犯カメラもありますし、」
林ちゃん 「入室するまでの害者の動きは全部カメラが捉えています」
/ ゚、。 / 「となると…」
壁が、僕の持っている通話履歴の紙を覗き見る。
ふむ、考えていることはあながち的外れでないようだ。
(´・ω・`) 「ひとつ古いものは、このホテル宛てだね」
(´・ω・`) 「特に不審な点はないとして…」
.
-
更に視線をひとつ、滑らせる。
壁もその行を注視している。
(´・ω・`) 「四月三十日、十三時……」
/ ゚、。 / 「着信で、結構長いこと通話していますね」
(´・ω・`) 「林ちゃん、コレ…」
林ちゃんの顔をうかがうと、少しばつの悪そうな顔をした。
おや。
林ちゃん 「その番号ですが…」
林ちゃん 「現在、確認中です」
(´・ω・`) 「確認中?」
予想外の返答に、少し声を曇らせた。
林ちゃんも、荒く剃られた顎ひげを撫でる。
.
-
林ちゃん 「外国人名義の、いわゆる格安スマホです」
(´・ω・`) 「確かに、少なくともメガキャリアの番号じゃないね」
/ ゚、。 / 「メガキャリア?」
番号が050で始まっている。
これは、ざっくり言えば信頼されていない番号だ。
(´・ω・`) 「いわゆる三大キャリア」
(´・ω・`) 「それらは、090やら080やらではじまっているでしょ?」
/ ゚、。 / 「そうですね」
(´・ω・`) 「ただ、電話線を使用しない、」
(´・ω・`) 「たとえば、アプリなんかを利用する場合、この番号があてがわれるんだ」
/ ゚、。 / 「そうなんですか……」
/ ゚、。 / 「しかし、外国人名義?」
.
-
林ちゃん 「目下うちで調べさせてこそいますが、」
林ちゃん 「芳しい結果は期待できないかと」
(´・ω・`) 「……なるほど」
露骨に怪しい情報が飛び出してきやがった。
苦い顔を浮かべてしまう。
最近、050番号は少しずつ使用されているらしいが、
ニュースや話を聞く限り、どうにも快い使われ方がされているわけではないそうだ。
(´・ω・`) 「そういう情報は、すぐにこっちまで上げてほしい」
林ちゃん 「こんな急に本部が設置されるとも思っていなかったので、失礼」
ちゃっかり、嫌味を言ってくるなあ。
別に、捜査一課と所轄の刑事課が険悪というわけではない。
これは単なる僕個人への嫌がらせみたいなものだろう。
.
-
/ ゚、。 / 「じゃあ、この番号は保留で」
続けてもう一行下の番号を追う。
しかし、日付は二十八日を記していた。
/ ゚、。 / 「…」
/ ゚、。 / 「めぼしい情報は、現状その050番号くらいですか」
(´・ω・`) 「え、なんで?」
/ ゚、。 / 「えっ…」
壁がもう一度リストを見る。
/ ゚、。 / 「重要なのは、二十九日から三十日なのでは?」
/ ゚、。 / 「それ以前を調べても、仕方ないかと」
(´・ω・`) 「いや」
、 、 、
、
(´・ω・`) 「この番号は、二十四日から遡るべきだ」
もっとも、いま検討すべきか、となると別の話だが。
.
-
/ ゚、。 / 「一週間分も?」
(´・ω・`) 「二十四日……ピンとこない?」
/ ゚、。 / 「と言われましても」
(´・ω・`) 「捜査手帳を見直すんだ」
/ ゚、。 / 「……」
腑に落ちない顔をしている。
ほんとうにわかっていないのか、あるいは情報がまとまっていないのか、
「二十四」 だからピンとこないのか。
(´・ω・`) 「そうだな」
(´・ω・`) 「二十四、それは地下鉄殺人が起こった日だ」
/ ゚、。 / 「あ…」
紙を繰る手が止まった。
.
-
/ ゚、。 / 「え、でも」
/ ゚、。 / 「事件は二十五日じゃ……あ!」
(´・ω・`) 「の、深夜〇時、舞台は地下鉄」
(´・ω・`) 「履歴を手繰るなら、前日、地下鉄に乗る前だ」
改めて履歴を見直す。
三つ、四つほど行が伸びていた。
/ ゚、。 / 「しかし、これらの番号はいったい?」
(´・ω・`) 「さあ。 検討しないとわからない」
/ ゚、。 / 「じゃあ」
「でも」 。
話がこじれる前に、壁を制する。
(´・ω・`) 「推理の手引き、その一」
(´・ω・`) 「この事件の、大前提だ」
.
-
/ ゚、。 / 「…?」
(´・ω・`) 「本件は、行きずりでも愉快犯でも、警察への挑戦状でもない」
(´・ω・`) 「犯人がその生涯で恨みを抱いてきた相手たちか、」
(´・ω・`) 「あるコミュニティ内で…起こっているものなの、か」
/ ゚、。 / 「コミュニティ…」
こちらは、まだ半々ではあるが。
(´・ω・`) 「つまり、害者たちは、つながっている」
(´・ω・`) 「少なくとも、犯人とは、ね」
/ ゚、。 / 「それが、何か」
(´・ω・`) 「その場合……」
(´・ω・`) 「つまり、フッサール擬古とヒッキー小森がつながっていた場合」
(´・ω・`) 「コミュニティ内で電話のやり取りがあっても、おかしくないんだ」
.
-
/ ゚、。 / 「あ!」
/ ゚、。 /
/ ゚、。 / 「………」
/ ゚、。 / 「?」
だめだ、わかっていない。
嫌がらせなんてしないで、ちゃんと共有しておけばよかった。
(´・ω・`) 「たとえば、そうだな」
(´・ω・`) 「…」
(;´・ω・`) 「もしもし、おい、小森!」
(;´・ω・`) 「久しぶりだな……聞いたか、擬古の件」
(;´・ω・`) 「これって、もしかして……」
.
-
/ ゚、。 / 「ああ!」
/ ゚、。 / 「…」
(;´・ω・`) 「もしかして、あの時の……」
/ ゚、。 / 「とてもよくわかったので、演技はもういいです」
咳払いをする。
とにかく、そういったケースで電話がかけられてきている可能性も、ある。
犯人と被害者をつなぐ形状が、輪でなくひげ根である可能性もあるのだが。
(´・ω・`) 「てなわけで、ひと段落したら、このリストを洗うぞ」
/ ゚、。 / 「それは、ハイ。 勿論」
(´・ω・`) 「それで…」
今は、検討をしにきたのではない。
現場を把握し、細かい情報を整理するのだ。
.
-
(´・ω・`) 「まず、害者は二十時十三分にチェックイン」
(´・ω・`) 「入室し、すぐに職場に十分ほど電話をかける」
(´・ω・`) 「仕事の話をしていたとみるのが妥当だろう」
(´・ω・`) 「電話を切った害者は、思い出したかのように薬を飲む」
/ ゚、。 / 「咳止め、でしたっけ」
(´・ω・`) 「そうなんだけど、林ちゃん」
(´・ω・`) 「念のため確認だけど、その薬って、市販のものだよね?」
林ちゃん 「そうですね」
医者に処方されるなら、瓶ではない。
飲みやすいように、自分で勝手に瓶に詰めているのかもしれないけど。
林ちゃん 「担当医曰く、小森は根に持つタイプだったようです」
林ちゃん 「以前、処方された薬にアレルギーがあったようで、」
林ちゃん 「以来、害者は担当医の忠告も聞かず、市販の薬を飲むことにしました」
.
-
(´・ω・`) 「アレルギー…?」
/ ゚、。 / 「ピーナッツ以外に、ですか」
それも気になったが、そもそも、薬にもアレルギーはあるのか。
長く刑事を勤め、検視することもあるが、未だに医学には疎い。
林ちゃん 「フラベリック錠、という薬です」
林ちゃん 「なんでも、服用した患者の音感を狂わせる副作用があるそうで」
(´・ω・`) 「ピーナッツとは関係ないんだね?」
林ちゃん 「ええ」
隣で壁がメモを取る。
部下がいると、こういった場面で便利だ。
林ちゃん 「結構、有名な話だそうですよ」
林ちゃん 「いわゆる絶対音感持ちの人がこれを服用すると、半狂乱にまで至るそうです」
(´・ω・`) 「絶対音感か」
.
-
あいにく音感とは縁遠い。
ただ、一部の人から忌み嫌われる薬であることはわかった。
/ ゚、。 / 「害者は、絶対音感の持ち主だったのですか?」
林ちゃん 「担当医は言ってませんでしたが、」
林ちゃん 「小森は音楽の趣味があったようです」
(´・ω・`) 「音楽…?」
少し目を細める。
はじめての情報だ。
/ ゚、。 / 「音楽、というとバンドですか?」
林ちゃん 「なのですか、ね」
林ちゃん 「害者宅をうかがうと、アコースティックギターがありました」
ギターか。
.
-
(´・ω・`) 「僕は聞いてないぞ」
林ちゃん 「申し訳ありません」
とってつけたような謝罪だ。
目が一切変わっていない。
/ ゚、。 / 「ギターですか」
/ ゚、。 / 「しかし、この音感の件、なにか事件と関係あるんですかね」
メモを懐にしまって、壁が聞いた。
関係ある、と断言はできないが、無関係だと断言するわけにはいかなかった。
(´・ω・`) 「音感はさておいて」
(´・ω・`) 「害者は、ギターが好きだったそうじゃないか」
/ ゚、。 / 「たまたま預かっていただけ、とかじゃなく?」
(´・ω・`) 「その可能性もあるから断言はしないけどさ」
(´・ω・`) 「……なあ、今日付けで殺人が予告されている場所はどこだ?」
.
-
/ ゚、。 / 「…!」
林ちゃん 「渋沢栄吉…ですか」
林ちゃんも気づいたようだ。
昨日、予告の情報が回った時点で、誰かにこの可能性に気づいてもらいたかったものだ。
(´・ω・`) 「害者が渋沢のファンだったかまではわからないけど、」
(´・ω・`) 「ここに、ギターと渋沢、という取っ掛かりができるわけだ」
(´・ω・`) 「害者のコミュニティというものがあったとして、」
(´・ω・`) 「音楽関連のそれだったとしたら…?」
/ ゚、。 / 「あり得ますね…」
しまったばかりの手帳を慌てて取り出す。
常備薬、の話からここまで推測を展開させてしまったが、
あながち悪くない着眼点だとは思う。
害者は、ナントカ錠の副作用で音感を狂わされたことを忌み嫌った。
それも、担当医の言葉を振り切って市販の薬を服用しだすほどには。
.
-
それだけ音に対しての拘りは強かった人なのかもしれない。
音を拘る人が、自宅にギターを持っていた。
となると、自宅にあったギターは、ただの預かりものではなく、
趣味のひとつとして所有していたことがうかがえる。
二件目の被害者は音楽趣味を持っていて、
三件目、ただいま予告されている殺人の舞台は、ライブ会場だ。
まだ、ただの偶然とも言い切れる範疇にあるが、あり得なくはない。
ペニー、ワカッテマスにメールを送る。
ヒッキー小森はある程度以上の音感を持つ男で、
ギター趣味があった可能性が認められた。
ライブ殺人予告となんらかの関係があるかもしれない。
林ちゃん 「…」
(´・ω・`) 「マ、いいでしょ」
(´・ω・`) 「なんにせよ、薬を飲んだわけだ」
/ ゚、。 / 「警部の推理では、電話を切ってすぐに薬を飲んだわけですね?」
.
-
(´・ω・`) 「すぐ、かはわからない」
(´・ω・`) 「電話後、軽くスマホをいじった、そのラグタイムは発生したかもしれないけど」
(´・ω・`) 「まあ、ベッドに横になろうという気が起こる前に飲んだのは違いないね」
/ ゚、。 / 「…」
(´・ω・`) 「そして、アレルゲンの盛られた薬を飲んで、死亡」
(´・ω・`) 「二十二時〇八分に、ホテルのマネージャーが様子をうかがいに来て、」
(´・ω・`) 「あらためて事件発覚、といった具合だ」
/ ゚、。 / 「アレルゲンの媒体はオイルだったようですが、」
/ ゚、。 / 「実際、オイルなんて塗られていたら、飲む前にわかりません?」
(´・ω・`) 「多少は乾いていただろうけど、そこも気になる点だ」
.
-
林ちゃん 「申し訳ありませんが、薬はいま手元にありません」
(´・ω・`) 「さすがに押収してるか」
林ちゃん 「ただ、そこまで油分は感じられませんでした」
(´・ω・`) 「ピーナッツの香りは?」
(´・ω・`) 「致死量なら、そこそこはすると思うんだけど」
林ちゃん 「慎重に嗅ぐと気づける程度ではあるのですが、」
林ちゃん 「常備薬に知らぬ間に盛られたそれに、そんな注意を払うとも思えません」
(´・ω・`) 「それもそうだけど」
そう言われては、反証のしようがない。
手触りや匂いが多少不自然になろうが、
日常的に服用しているそれを疑うか、と言われると、難しいところではある。
ただ、それには条件がある。
害者が、薬に一切の疑念を抱かなかったという前提だ。
.
-
たとえば、誰かが瓶のなかに何かを入れていたところを見た場合、
どう考えても、害者は瓶の中身を多少は気遣うもの。
それすらなく、無意識に薬を飲んでいるならば、
前提として、犯人は一切気づかれることなく瓶に干渉した、ということになる。
果たして、そんなことは可能なのだろうか。
犯人が害者と同席し、トイレなどで席を立った時くらいだ。
(´・ω・`) 「…」
しかし、もしそうなら、既に情報が上がっていそうなもの。
服用していたものと同じ薬を購入し、すり替えたとして、
犯人はどこで害者と同じ薬を知ったのか、などといった疑問が浮かぶ。
推理の手引き、か。
まず前提は、犯人は一切気づかれることなく瓶に干渉した。
瓶は害者の鞄のなかにあった。
それは、常備薬だった。
ゴールは、どうやってアレルゲンを盛ったか。
(´・ω・`) 「害者の、当日の行動は?」
林ちゃん 「目下捜査中」
林ちゃん 「ICカードの履歴から、十七時三九分にすぐそこの駅に降りたことはわかっています」
.
-
(´・ω・`) 「十七時?」
七時、の間違いじゃなくて、か。
また面倒な情報が出てきやがった。
/ ゚、。 / 「チェックインまでに、ざっと二時間は空いていますね」
(´・ω・`) 「ああ、空いているのはいいんだ」
(´・ω・`) 「ただ、駅はすぐそこだぜ?」
(´・ω・`) 「二時間も、何をしてたッていうんだ」
誰かと合流し、軽く食事でもとっていたのか。
いや、食事の場でアレルゲンは盛りづらい。
結果として害者はチェックイン後にそれを飲んだわけだが、
薬とは得てして、食後に飲むものだ、その場で死亡してしまうリスクが高すぎる。
林ちゃん 「近隣の飲食店はチェックしましたが、」
林ちゃん 「いずれも害者は利用していないようです」
(´・ω・`) 「妙だな」
.
-
次々と情報が出てくる。
害者が音楽好きで、三人目のターゲットとのつながりが窺えたこと。
害者はチェックインする二時間前から最寄駅で下車していたこと。
そこからの行動はまだ洗えていないこと。
これは地取りに時間を取られそうだ。
逆に、チェックインからの行動はそこまで多くない。
ホテル内を調べることで得られる情報は、あまりないかもしれない。
/ ゚、。 / 「その、二時間の間にアレルゲンを盛られた可能性が?」
(´・ω・`) 「…」
現状、僕もそう思う。
ただ、断言できないのも事実だ。
(´・ω・`) 「害者は、どこから乗車していた?」
林ちゃん 「鹿島建設の最寄駅ですね」
林ちゃん 「害者は当日、一度出社してから乗車したようです」
林ちゃん 「会社にも裏をとりましたので間違いはないかと」
.
-
寄り道はほぼしなかったわけだ。
車両内でアレルゲンを盛られた可能性もあるが、
飲食店などと違い、電車は一度乗るとめったに席を外さない。
/ ゚、。 / 「だったら、こちらに来てから犯人と接触したと見て…」
(´・ω・`) 「いや…わからない」
/ ゚、。 / 「え?」
待てよ。
アルプスからきたとなると、それは在来線か否か。
(´・ω・`) 「害者って、新幹線できたの?」
林ちゃん 「いや、アルプスからの在来線です」
林ちゃん 「オオカミ鉄道を利用していたようです」
オオカミ鉄道は、多くの新幹線鉄道を擁する。
もとは在来線が強かった鉄道会社だが、近年、新幹線に力を入れつつある。
しかし、オオカミ鉄道か。
最近、在来線の車両に防犯カメラを設置する動きが見えているが、
落ち目のオオカミ鉄道は、当然そんな施策、しているわけがない。
.
-
/ ゚、。 / 「新幹線かどうか、なんて関係あるんですか?」
(´・ω・`) 「こんなストーリーが浮かんだんだ」
腕を組んで、首を傾ける。
(´・ω・`) 「犯人が、害者がヴィップに行くことを知る」
(´・ω・`) 「自分もヴィップに行く、と言って同行する」
(´・ω・`) 「アルプスからの長距離乗車なんだ、クロスシートに一緒に座れるだろう」
壁が、クロスシートと言った辺りではてなを浮かべた。
ローカル線に見られる、横長のシートがロングシート。
快速や特急で見られる二人座席が、クロスシートだ。
電話の件といい、最近の若い子はあまりそういった知識に富んでいないらしい。
逆に、僕みたいなおじさんはメカに疎いため、似たようなものなのかもしれないが。
(´・ω・`) 「で、クロスシートに座る以上、眠りについてもおかしくないわけだ」
(´・ω・`) 「なにも、旅行でヴィップにいくわけじゃないからな」
.
-
加え、アルプスは山に囲まれている。
どこに行くにしても、多くのトンネルを抜ける必要がある。
僕だったら、まあ乗車してすぐに目を瞑るだろう。
(´・ω・`) 「話を戻そう」
(´・ω・`) 「クロスシートに相席した犯人は、」
(´・ω・`) 「寝ている害者のバッグを漁り、瓶にアレルゲンを盛る」
/ ゚、。 / 「!」
(´・ω・`) 「知らない人と相席しているわけじゃないんだ、」
(´・ω・`) 「多少物音がしても、害者はさして気にもしないだろう」
/ ゚、。 / 「害者が寝なかったらどうしてたんですか?」
(´・ω・`) 「そうなっても、下車したあと、メシなり何なりでどこか店に行くなりできる」
(´・ω・`) 「……なんて可能性も、否定はできない」
.
-
現状はね、と付け加える。
もちろん、ヴィップで待っていた犯人と合流して、店に向かった可能性も高い。
こちらは、下車後二時間ほど空白があったというデータもある。
林ちゃん 「…」
(´・ω・`) 「害者が乗車した駅の、監視カメラとかは見た?」
林ちゃん 「まだですね」
まあ、期待はしていなかったさ。
僕だってたった今思いついた推理だし。
まして、乗車中に犯行があったとしても、
カメラに一緒に映った可能性は高くはない、むしろ低いだろう。
ただ、万が一映っていたら、これほど簡単な話はなかった。
(´・ω・`) 「そうだなあ…」
/ ゚、。 / 「アルプスですよね。 県警に申請したほうがいいですか?」
(´・ω・`) 「や、いいよ。
オオカミでしょ?」
/ ゚、。 / 「?」
.
-
(´・ω・`) 「オオカミの総裁とは浅くない付き合いでね」
(´・ω・`) 「僕から言っておくよ、三十分もあったらすぐにデータくれると思う」
/ ゚、。 / 「…」
壁が、少し視線を輝かせた。
いまのセリフ、ちょっとかっこよかったのかもしれない。
確かに、一鉄道会社の、それも総裁と知り合いというのはステータスが高いのだろうか。
/ ゚、。 / 「やっぱり、警部ともなると、コネとか、その…」
/ ゚、。 / 「いろいろデキるんですね!」
(´・ω・`) 「待て」
(´・ω・`) 「別に黒い関係でもねえよ」
僕は刑事を続けて、いやに関係の深まった三人がいる。
うち一人はマスコミだから、そこまでおかしくもないが、
うち一人が、そのオオカミ鉄道の総裁、ましてもう一人はただの女子高生だ。
後者ふたりは、勝手に僕たちの事件に巻き込まれてくるだけである。
今回こそは穏便に事を運びたいところだが、嫌な予感しかしない。
.
-
(´・ω・`) 「とにかく…」
悪い予感を振り払うように、さっさと携帯を開いた。
(´・ω・`) 「…」
(´・ω・`) 「…」
(´・ω・`) 「ア、お久しぶりです、県警のショボーンですゥ」
着信元を見ていなかったのか、
僕の声と名前を聞いて、一気に声色を和らげた。
オオカミ鉄道総裁、大神フォックスという男は、権力やら何やらに非常に弱い。
僕もそのうちの一人なのだろう、急に物腰が柔らかくなった。
(´・ω・`) 「ああ、いえいえ……その節はほんとうに……」
(´・ω・`) 「ヤ、いま、ちょっと事件を追ってるわけなんですけど、」
(´・ω・`) 「あれです、テレビでもやってるでしょ、連続予告殺じ……」
(´・ω・`) 「え、なに、忙しい?」
(´・ω・`) 「待ってください、」
(´・ω・`) 「…」
.
-
連続予告殺人、と言った瞬間に電話を切られた。
すかさずリダイヤルした。
隣で、壁が怪訝そうな顔を浮かべている。
(´・ω・`) 「…」
(´・ω・`) 「…」
(´・ω・`) 「もしもし、違いますって」
(´・ω・`) 「安心してください、違いますから」
(´・ω・`) 「わかった、予告がきたら真っ先に教える!」
/ ゚、。 / 「…」
少しして、要件を手短に伝える。
三十分以内にデータをよこさないと、と軽く脅しを入れると一発だった。
(´・ω・`) 「はあ…」
/ ゚、。 / 「…」
/ ゚、。 / 「だ、大丈夫でした?」
(´・ω・`) 「なんとか…」
.
-
(´・ω・`) 「うぉっほん!」
もとより、望みの薄い賭けだ。
どうしてその程度のためだけに、心労を蓄えないといけないのだろう。
(´・ω・`) 「カメラのデータと、アルプスの駅員の証言もまとめることを約束してくれたよ」
林ちゃん 「ありがとうございます」
/ ゚、。 / 「アルプスのほうは、どう調査しましょうか」
(´・ω・`) 「ヤ、どうせこれ以上の調べようはないんだ、」
(´・ω・`) 「害者を洗うほうを優先させよう」
所轄が、カンタンな地取りは済ませてくれている。
先に害者の動向を押さえ、怪しいところから探っていきたい。
すると、懐にしまった携帯が鳴った。
メールだ。
ペニーからだった。
一件目の害者は釣りが趣味だったこと、先日シベリアに旅行に行っていたこと。
フッサール擬古についての情報が、軽くではあるがまとめられていた。
.
-
/ ゚、。 / 「もう先方から?」
(´・ω・`) 「ペニーだ」
(´・ω・`) 「向こうの害者は、釣りが趣味だったらしい」
/ ゚、。 / 「向こう?」
/ ゚、。 / 「ああ、地下鉄殺人」
(´・ω・`) 「釣りか…」
ここで趣味が音楽だったら、どれほど楽だったか。
メールによると、これから害者宅を捜査するとあった。
早く進展が欲しい、とはやる気持ちを抑え、ペニーにもヒッキー小森の情報を共有する。
三件目、ライブ殺人予告の段階で犯人が捕まってくれたら何より早いのだが。
まだ予告の時間まで長い。
/ ゚、。 / 「警部」
少し思慮に入り、三人が棒立ちになったのを見て、壁が切り出した。
.
-
/ ゚、。 / 「ここでの捜査は、どうしましょう」
(´・ω・`) 「ん」
/ ゚、。 / 「他に、何を調べれば」
他、か。
現場は荒らされておらず、捜査できるほど証拠がないことが捜査でわかった。
(´・ω・`) 「ここらは、ひとまずはいいだろう」
(´・ω・`) 「それよりも、いっそう害者を洗う必要が出てきた」
/ ゚、。 / 「当日の動向、ですね」
(´・ω・`) 「加え、音楽趣味とやらだ」
(´・ω・`) 「ひょっとすると、三人目とのつながりが出てくるかもしれない」
林ちゃん 「所轄ではどうしましょうか」
(´・ω・`) 「まず、わかっていることを本部まで送ってくれ」
(´・ω・`) 「どんな細かいことでも、残らずすべてだ」
林ちゃん 「わかりました」
(´・ω・`) 「で、下には地取りを続けさせろ」
.
-
林ちゃん 「はい」
僕が歩き出したのを見て、二人もついてきた。
ホテルでは、ハウスキープに多くの人員が割かれている。
なるべく邪魔にならないように、ひっそりと現場を後にした。
オオカミ鉄道からの、カメラの映像。
ペニーからの、フッサール擬古の情報。
ワカッテマスからの、ライブ殺人予告の進展。
害者の携帯に残された、発信者不明の番号。
まだまだ知りたいことは多いが、共有を待つばかりでは面白くない。
外堀は他の人員が埋めてくれるだろう、
一刻も早く、ホテル殺人の中核を明かしてやりたい。
(´・ω・`) 「…」
/ ゚、。 / 「…」
そのためには、アレルゲンをどこで盛ったかをはっきりさせたい。
電車で盛った可能性がある、
下車後に盛った可能性もある。
.
-
帰ることを伝えようと事務所に寄ったが、マネージャーはいなかった。
林ちゃんがもう少し残るというため、そちらは奴に任せることにした。
外に出ると、日差しがいささか強くなっていることに気づいた。
さっさと駅に向かおうとする壁を制する。
/ ゚、。 / 「?」
/ ゚、。 / 「害者宅にいくのでは?」
(*´・ω・) 「ちょっと、ウンコ…」
/ ゚、。 /
(*´・ω・)y 「あと、これ…」
/ ゚、。 /
/ ゚、。 / 「…」
.
-
┏━─
午後十七時五四分
ヴィップスタジアム
─━┛
業務用出入口近辺に、野次馬の姿は見られなかった。
もとより、最寄駅と正反対に位置する出入口で、警備員も過剰な数がいる。
塀の横から顔を出して、向こう側のほうを見る。
どうやら、ファンやマスコミなどは、正面玄関のほうに集まっているようだった。
警備員が、危険だからと彼らを制するものの、
彼らはふてくされたような顔をして、キッと警備員を睨み返すばかりだ。
少し遅めの昼食をとった後、東風さんは外の様子をしばらく見ていた。
( <●><●>) 「気づかれないものなんですね」
( ゚д)y-~~
( <●><●>) 「もう、あと一時間で予告の時間を迎えるわけですが」
( ゚д) 「……」
.
-
意識しているわけではないのだろうが、
覗き方が完全に張り込みの時のそれだった。
張り込み時のクセなのか、煙草の吸殻を足元に捨てている。
( <●><●>) 「…」
( <●><●>) 「失礼。 何をうかがっているのでしょうか」
( ゚д) 「…」
踏まれた後の吸殻を拾い、近くの灰皿に捨てた。
東風さんはこんな調子で三分ほど向こうのほうを観察し、
一瞬肩の力が抜けたかと思うと、あらためて煙草を取り出しくわえた。
( ゚д゚) 「えっと、どうした」
( <●><●>) 「こちらのセリフです」
( <●><●>) 「何をうかがっていたのですか?」
( ゚д゚) 「なにって、いろいろだよ」
.
-
ふう、と紫煙を空に吹き上げた。
夕陽がさんさんと差し込むなか、スタジアムの高いところまで煙は伸びていった。
いま我々がいるのが、西日に直面する場所なこともあり、
どうにもスーツの上にコートを羽織っていると、汗が止まらなくなる。
昼前に頂戴した水は、ここにきて飲み干すことになった。
( ゚д゚) 「年齢層から、何人ほどのグループでいるのか」
( ゚д゚) 「男女比もそうだ、何をしているかも気になる」
( ゚д゚) 「電話していたり、写真を撮っていたり、抗議…?の看板を掲げたり」
( <●><●>) 「…」
言われて、自分も一瞬だけ、ちらりと見やる。
とてもライブ会場前とは思えない不穏な空気が立ち込めている。
( ゚д゚)y-~~
( ゚д゚) 「…あれから、一度も犯人から連絡はきていないんだな」
( <●><●>) 「はい」
.
-
渋沢のライブが中止になったことは、既に全国に広まっている。
連続予告殺人の存在と一緒に。
開場されなくなったのを見て、予告を撤回するか、
あるいは新たな予告を打ち出すか、といったある種の期待もしている。
もし、電話やメールなどが届いた場合、
すぐさまこちらまで回すよう伝えてはいるが、現状その一報はまだ来ない。
( <●><●>) 「やはり、狂言だとは思うのですが」
( ゚д゚) 「俺が気になるのは、群衆だ」
( <●><●>) 「と言いますと」
( ゚д゚) 「見ろ」
( ゚д゚) 「殺人予告が出ているというのに、呑気に集まる群衆を」
( <●><●>) 「…」
.
-
( ゚д゚) 「ホテル殺人の件で、わかったことがある」
( <●><●>) 「なんでしょう」
( ゚д゚) 「人は、想像以上に、自分が殺される理由というものに疎い」
ヒッキー小森は、あらかじめ名指しで殺されることを知らされていた。
にも関わらず、心当たりのない彼は、まんまと殺されてしまう運びとなった。
( <●><●>) 「そりゃあ、大多数の人間はそうでしょう」
( <●><●>) 「著名人ならともかく、相手は今のところ、一般人ばかりだ」
( ゚д゚) 「だが、小森は殺された」
( <●><●>) 「しかし、今回は名指しではありません」
( <●><●>) 「多少人に恨みを買う程度では、誰も自分を疑ったりしないでしょう」
そこが、ホテル殺人との決定的な違いだった。
ホテル殺人は、ビジネスホテルという非常に閉鎖的な場所を舞台に、
ヒッキー小森というたった一人をピンポイントで殺害したというのに。
今回は、ライブ会場という非常に開放的な舞台で、
そのなかの誰かを、どこかしらのタイミングで殺害する、としか知らされていないのだ。
.
-
( ゚д゚) 「だからこそ、俺は群衆が気になる」
( ゚д゚) 「いくら警備員が多いからといって、連中が気を張るのは、会場前だけだ」
( <●><●>) 「ターゲットの帰宅際が狙われる可能性……でしたか」
会場内を調べた後、
昼食をとりながら一時間ほど、東風さんと事件を検討した。
まず浮かんだのは、その可能性だった。
ライブ会場、との予告はあったものの、肝心の会場には大多数の人間が入れない。
だからこそ、会場で、というのはフェイクで、
事件を聞きつけそこに集まった群衆からターゲットを見つけ出して、
ライブ会場から離れたところで殺す、といった可能性だ。
( ゚д゚) 「犯人が必ずしも一人とは限らないんだ」
その可能性も、中頃に出てきた。
根拠は、法則性がないからだ。
地下鉄、ライブのような不特定多数から殺害に及ぶかと思いきや、
ホテルのような、ピンポイントな殺人をやってのけている。
.
-
つまり、犯人は複数人のグループから構成されていて、
その構成員のうち、各々が恨みを抱く人間を殺していく、という集団の犯行。
警部は、個人が複数人に殺意を向けた可能性、というものを懸念していたが、
東風さんは、複数人がそれぞれに殺意を向けた可能性、というものを恐れていた。
もしそうなってくると、被害者それぞれを洗っても、
犯人グループの全貌を明らかにするのは途端に難しくなる。
それぞれの殺害の犯人を特定し、彼らのコミュニティすら突き止めなければいけないのだ。
( <●><●>) 「しかし」
( <●><●>) 「まだ、という言い方は不適切ですが、三回目」
( <●><●>) 「ライブが舞台なことも含め、やはり狂言の線は絶対に捨てられません」
( <●><●>) 「狂言、といいますか、フェイク」
( <●><●>) 「予告を聞いて害者に何かしら行動を起こさせ、そこを狙うことも」
( ゚д゚) 「もちろん、否定はしないがな」
( ゚д゚) 「…イツワリさんからの連絡は、まだか」
( <●><●>) 「…」
.
-
検討をはじめ、現在に至るまで、
我々はずっと、警部からの情報共有を待っていた。
やはり、何を検討するにしても、キーとなるのがホテル殺人だ。
警部自身が、ホテル殺人が鍵となる、と言っていただけあり、
こちらから生まれた情報が、そのままライブ殺人予告に活かせるはずなのだ。
( ゚д゚) 「…」
( <●><●>) 「かけてみましょう」
残り、一時間弱。
予告に拘る犯人の心理を考えれば、いま殺害に及ぶとは考えにくい。
もちろん、それこそがフェイク、と疑うこともできるが、
そうなってくるといよいよ、人手が足りなくなる。
( <●><●>) 「…」
( <●><●>) 「私です」
( <●><●>) 「いま、よろしいですか」
( <●><●>) 「こちらは、スタジアムの裏口付近にいます」
.
-
警部の口ぶりは、平生となんら変わっていなかった。
歳に似合わず感情的な人で、進展がうかがえたりした場合、
その声や鼻息を聞くだけで、察しがつくものだ。
警部はヒッキー小森を鈴木と洗っているところだった。
いまは害者宅にいるようで、害者は音楽趣味こそ持つが、
このたびの渋沢とは、なんら関係がないことなどがわかったそうだ。
また、ペニーの捜査で、地下鉄殺人のフッサール擬古が
先月にシベリアまで旅行に行ったこともわかっているが、
そちらのつながりも、現時点では確認されていないらしい。
( <●><●>) 「…」
( <●><●>) 「やはり、害者間のコミュニティは存在しない、」
( <●><●>) 「犯人がその半生で抱いてきた殺意を晴らす犯行では」
言うと、警部は 「その可能性が高くなってきた」
と言った。
捜査するうえで厄介なのは、情報があまりにも出てこない場合、
更に深いところまで疑ってかかるべきか、あるいはもとより関連性などないのか、
その判断が、非常に難しくなるところだ。
警部もまいっていたようで、
電話の向こうから、ジッポの金属音が聞こえてきた。
.
-
警部は一転、ライブ殺人予告に言及してきた。
現状、まだ動きがないこと、
群衆が想像以上に集まっていること、
そして東風さんとの検討の結果を手短に報告した。
ライブ会場にターゲットを引き寄せて、離れたところで殺害。
犯人が複数いる可能性。
狂言の線、あるいはターゲットを呼び出す疑似餌。
また、自分と東風さんの間で、
「四度目」 の予告があるかないかの意見が分かれたことも伝えた。
それまでと今回とで変わった点のひとつに、
連続予告殺人の知名度が挙げられる。
四度目、五度目、と続けるには、あまりにもリスクが高すぎる。
まだ続けるつもりだったならば、もうしばらくは人目に晒されづらい犯行を望むはずだ。
だからこそ自分は、予告は今回で最終、
そしてその最後の犯行ではじめて、狂言をはかった、そう睨んでいる。
.
-
対する東風さんは、まだ続く可能性を捨てきれないでいた。
長年の勘、というものではない。
それまでは、犯人の予告通りに、なんなら美しいまでに殺害を成功させている。
だというのに、三度目にして、ライブ中に、という条件を無視して、
反則的な手口で犯行に及ぶだろうか、そんな心理的なわだかまりを懸念していた。
( <●><●>) 「ペニーのほうは、どうなんですか」
( <●><●>) 「現状、擬古も小森も、三十少しの男だ、」
( <●><●>) 「学校やら以前の職場におけるつながり、というものがあってもおかしくはない」
つながりがないように見える現状、
かろうじて繋がっている糸があるとすれば、そこだった。
しかし、警部は低い声で言った。
「その可能性が高いと思っていたけど、つまんねーことに小中高大いずれも違う」
「小森はずっとアルプスの育ちで、擬古はずっとヴィップの育ちだ」
( <●><●>) 「…」
ホテル殺人の被害者は、ヴィップとつながりがなかった。
既知のようで、初耳の情報だった。
.
-
( <●><●>) 「だったら、偶然ヴィップに訪れたところを殺されたわけで」
「そこが、ひっかかるところだ」
「犯人からすれば、ヴィップに固執する理由はないからな」
「だからこそ、僕はまだ、犯人と害者のコミュニティがあった線が捨てきれない」
( <●><●>) 「…」
腑に落ちる根拠ではあった。
もし本当に小森がヴィップと関係ない人間だったのであれば、
小森は後回しにして、先にヴィップにいるターゲットたちを殺害していけばいいのだ。
職場の鹿島建設に問い合わせたところ、
今回のヴィップ出張に、作為性はないとのことだったらしい。
そして、そんな作為性のなかったヴィップ出張を犯人は知り得て、
そのまま犯行にまでこぎつけられた、という。
偶然にしては、出来すぎな犯行だ。
( <●><●>) 「出張が決まったのは……ああ、結構前ですね」
作為性こそないが、計画自体は数か月前から決まっていたらしい。
となると、犯人が計画のうちに小森を組み込むのは、できなくはなかったのか。
「だから、少なくとも犯人は、ヴィップの人間だ」
.
-
( <●><●>) 「…」
( <●><●>) 「まあ、間違いはないでしょう」
( <●><●>) 「一件目が、ヴィップの人間で」
( <●><●>) 「ヴィップ出張が決まっていた人間が、二件目に殺され」
( <●><●>) 「三件目は、全国ツアーが決まっている渋沢栄吉のライブが舞台だ」
そうだ。
三件目、ライブ殺人予告に関しても言える。
あくまで、全国ツアーなのだ。
犯人がヴィップと関係のない人間だったり、コミュニティがヴィップに存在しない場合、
わざわざ、ヴィップにきたタイミングをはかって殺害に及ぶ必要性は、皆無。
「そこで思ったんだけど、シブちゃんて、ヴィップの前後はどこが舞台なんだ?」
( <●><●>) 「それは…」
( <●><●>) 「少しお待ちください」
.
-
電話を切らないよう注意しながら、インターネットに接続する。
その程度の情報なら、関係者に聞くまでもなく、ホームページを見ればいい。
( <●><●>) 「…」
( <●><●>) 「先週、二十七日にはラウンジ」
( <●><●>) 「来週、十日にはアルプス」
( <●><●>) 「それぞれ、単日でライブが設定されています」
「来週、アルプスだったのか」
警部、自分ともに、少し声が抑え気味になった。
ここにきて、意外なところから情報があがってきたな、と思った。
直接的な共通点、とは言えないが、
先日殺害されたヒッキー小森の地元、アルプスでの公演が来週に控えていた。
警部が、少し唸り声をあげる。
「ヴィップに固執しないなら、小森を殺すのは来週でもよかったんだ」
「むしろ、そっちのほうが下手なリスクも背負わなくていい」
( <●><●>) 「…」
.
-
( ゚д゚) 「…どうした?」
( <●><●>) 「あ、いえ…」
と言って、スマホの画面を見せる。
東風さんは 「ほう」 と唸っただけだったので、
ホテル殺人の被害者がアルプスの人間であることを伝えた。
( ゚д゚) 「…」
( <●><●>) 「失礼」
( <●><●>) 「ともあれ、ヴィップに固執していたのは疑ってよさそうですね」
「検討するには、時間が足りない」
「ひとまずは、ライブ殺人だけを考えて動いてくれ」
( <●><●>) 「…わかりました」
言うと、警部のほうから電話を切ってきた。
東風さんは、吸いかけだった煙草を灰皿に押し付けている。
.
-
( ゚д゚) 「ヴィップに固執…か」
検討している最中にも、そのことは言及された。
ただ、検討できるだけの材料が足りていなかった。
しかし、今わかったことによると、来週、渋沢はアルプスでも公演する。
となると、ホテルで殺人などというリスクを冒す必要はあったのだろうか。
( ゚д゚) 「犯人は、ヴィップの人間か、あるいは」
( ゚д゚) 「…」
( <●><●>) 「とにかく、警部が検討してくださるそうです」
( <●><●>) 「こちらは、先に現場を優先させてくれ、とのこと」
( ゚д゚) 「ごもっともだ」
東風さんが時計を見た。
十分ほど経過している。
まだ十分か、あるいはもう十分か。
犯行予告は、少なくとも十九時以降ということになっている。
.
-
しかし、それはあくまで、犯行の話である。
犯人が何時頃から現場に潜むか、はまた別だ。
わかっているからこそ、警備員が昼前から張っている。
もちろん、現場だけではない。
只今、ヴィップ県警のサイバー犯罪対策課も動いている。
渋沢栄吉、ならびにヴィップスタジアムの公式ホームページは、
常時彼らが目を光らせていると聞く。
もちろん、IPアドレスもすべて記録されている。
そこから犯人を捜し出すことは不可能だが、
別の場面でIPアドレスを取得した時、照合すればそれもまた情報となるらしい。
あまりあちらの仕事内容は詳しくないが、とにかく一課長の意向だった。
ホテル殺人で、人影ばかりを気にしてしまった反省を生かそうとしている。
( <●><●>) 「…」
筆跡はもちろん、使用した筆記具の鑑定、
はがきの出所、消印から割り出した近辺の捜査、
挙げればきりがないほどに、ヴィップ県警は総力を挙げてこのたびの捜査に乗り出している。
.
-
しかし、それはあくまで、犯行の話である。
犯人が何時頃から現場に潜むか、はまた別だ。
わかっているからこそ、警備員が昼前から張っている。
もちろん、現場だけではない。
只今、ヴィップ県警のサイバー犯罪対策課も動いている。
渋沢栄吉、ならびにヴィップスタジアムの公式ホームページは、
常時彼らが目を光らせていると聞く。
もちろん、IPアドレスもすべて記録されている。
そこから犯人を捜し出すことは不可能だが、
別の場面でIPアドレスを取得した時、照合すればそれもまた情報となるらしい。
あまりあちらの仕事内容は詳しくないが、とにかく一課長の意向だった。
ホテル殺人で、人影ばかりを気にしてしまった反省を生かそうとしている。
( <●><●>) 「…」
筆跡はもちろん、使用した筆記具の鑑定、
はがきの出所、消印から割り出した近辺の捜査、
挙げればきりがないほどに、ヴィップ県警は総力を挙げてこのたびの捜査に乗り出している。
.
-
( ゚д゚) 「…いやに静かだな」
( <●><●>) 「失礼。 群衆が、でしょうか」
( ゚д゚) 「いや、連中はいっそやかましいくらいだ」
言われて、東風さんが自分を指して言ったことを察した。
目の前のことを優先しろ、と言われた矢先で、違うことを考えてしまっていたようだ。
( <●><●>) 「久々に…」
( <●><●>) 「そして、想像以上に大きな事件なんだな、と思いまして」
( ゚д゚) 「国内で見ても、これほど大規模な事件はなかった」
( ゚д゚) 「一課長も、イツワリさんも、かなり神経を削っていると思うぞ」
( <●><●>) 「警部はわかりませんが、まあ…」
.
-
何年ほどか前の、誘拐事件を思い出した。
警部の知り合いの孫が、誘拐された事件だ。
数億に及ぶ身代金を要求され、全国を巻き込む事件に発展した。
苦い思い出がある。
若さゆえの過ちがあった。
( <●><●>) 「私も、いよいよ胃が痛くなってきましたね」
( ゚д゚) 「俺もだよ」
猛毒が使われ、爆弾が使われ、次々と人が死んで。
このたびの連続予告殺人とも、通ずるものが感じられた。
( <●><●>) 「移動しましょうか」
( ゚д゚) 「インカムだけは忘れるな」
( <●><●>) 「はい」
いたたまれなくなり、予定より数段早いが所定の位置につくことにした。
会場からは、イベントで用いられる高性能なインカムを拝借している。
リアルタイムでの応答が求められる現在、数秒の遅れが命取りとなる。
警備員も会場から拝借したインカムをつけている。
しかし、自分と東風さんだけ、彼らとは違うチャンネルを使うことにした。
.
-
( <●><●>) 「…」
私は、出入口に張った。
一番人が集まっている。
扉の内側に身を隠し、可能な範囲で群衆をうかがう。
自分と東風さんの共通の見解として、
なんにせよ一番人が集まるところで犯行が行われる可能性が高い。
根拠があるとすれば、人が一番多いことに尽きる。
それだけ、犯人が紛れ込んでいる確率は単純に高いのだから。
東風さんは、事務所についている。
スタッフ側をうかがうわけだ。
自分も昼ごろにうかがったが、スタジアムの各所に設置された監視カメラが
分割されたモニターすべてにリアルタイムで映されている。
一目見た瞬間、東風さんは 「俺はここで張る」
と言った。
( <●><●>) 「はい」
インカムが届いた。
東風さんも、事務所に着いたようだ。
.
-
カメラの監視網は、それほど完全ではなかった。
一施設としては十分なのだが、死角は探してみればわりとあった。
しかし、それをうかがい知れるのは、スタジアムの内情に精通している者に限られる。
内情を知りうるスタッフの情報は、すべて控えてある。
仮に犯人がスタッフ側にいた場合、東風さんは三分で身柄を拘束する、と豪語していた。
合理的に、犯罪心理を考えてみた場合、やはりスタッフが犯人とすると、予告実行は考えづらい。
その点も含めて、どうにも狂言だと思ってしまうのだが。
( <●><●>) 「…」
汗が頬骨に溜まった辺りで、たまらず時計を見た。
五十二分だった。
少しどきりとした。
( <●><●>) 「…」
もうそんな時間なのか。
群衆をうかがっていたつもりが、やはり本件を検討してしまっていた。
狂言なのか、作戦のうえなのか。
フェイクなのか、全てを読んだうえなのか。
犯人の心理が、いまいち読み解けない。
.
-
( <●><●>) 「…」
( <●><●>) 「状況」
「異常なし」
東風さんの、短い言葉が返ってきた。
時刻は、十九時を示していた。
ここからが、長い戦いとなる。
公演自体は、二時間が予定されていた。
アンコールだの、入退場に費やされる時間などは考慮していない。
ただ、ライブが中止された今、もし犯人が几帳面にも計画を優先させようとした場合、
十九時から二十一時までの二時間が勝負だろう、という見解が一致している。
( <●><●>) 「…」
近くには、警備員が五人。
自動ドアの向こうには、まず両脇に二人ずつ、
そこから会場を囲うように大勢の警備員が張っている。
果たして、犯人はどう動くのか。
そもそも、舞台はどこにしようとしているのか。
会場内での殺害は不可能に近いぞ。
.
-
( <●><●>) 「…」
会場内か。
犯人が、今回起こした声明はどうだったか。
十九時よりはじまる渋沢栄吉のライブにて、
観客一名を殺す、といった内容だった。
犯人がどこに属する人間なのかはさておいて
ターゲットは、観客一名、ということだった。
( <●><●>) 「…」
観客、ということで、チケット会社にも協力を要請している。
通販や予約などで、身元が特定できる媒体に限り、
チケットを購入したすべての情報をまとめてもらっている。
これまた、IPアドレスの記録と同様、どうしようもなく膨大な情報量となるが
これからの捜査、検討にて、逐一照合していく予定だ。
もっとも、役に立たないだろうという懸念は、既に東風さんと共有している。
.
-
犯人が、そんな几帳面にチケットを取るとは思えないのだ。
である以上、疑わしくなるのは、派遣スタッフ。
もっというと、当日限りのスタッフだ。
しかしこちらも、既に派遣会社や警備会社に片っ端から協力を要請している。
すべての情報をまとめ、捜査本部まで送ってもらっている。
こちらも、あまり考えにくい話ではある。
犯人は、身元が特定されることを嫌うはずなのだ。
東風さんも昼前に訪ねていたが、当日ライブ会場に足を踏み入れるということは、
すなわちどこかしらに足跡を残してしまうことに繋がる。
観客にせよ、ライブスタッフにせよ、警備員にせよ。
( <●><●>) 「…」
他に、会場に入りうる人物は、いないという結論に至った。
どこかに抜け穴がある、と思いはするが、
そこまで検討するには時間があまりにもなさすぎた。
渋沢ほどのスターともなれば、不法に会場内に侵入する輩も出てくるかもしれない。
しかしそれは、前もって予測することは難しかった。
なにより、ライブは中止されているのだ。
.
-
( <●><●>) 「…」
群衆は、依然スマホをいじるか、周囲の人と話している。
呑気なことに、警備員や自分たちのような刑事がいるのにも関わらず
ダフ屋、いわゆるチケットの売買を目的とした中年も姿を見せている。
( <●><●>) 「…」
ダフ屋。
会場内に入るわけではないが、ライブ的な話をすれば抜け穴に該当する人種だ。
関係者に聞くと、やはりスターのライブともなれば、彼らのような人は必ず現れるらしい。
チケットを押さえられなかった人たちが、割高のそれを購入したり。
あらかじめ大量に押さえたチケットを、そういった人たちに売りさばいたり。
( <●><●>) 「…」
自分は、ライブというものに疎い。
今回こそライブは中止となったが、
もしライブが決行されていた場合、彼らのような、
チケットが得られなかった人たちは、どうしていただろうか。
( <●><●>) 「…」
( <●><●>) 「…東風さん」
.
-
ふと気になったことがあり、インカムを飛ばす。
( <●><●>) 「確認ですが、」
( <●><●>) 「犯人の声明によると、殺すのは観客一名」
「ああ」
落ち着いた声だ。
( <●><●>) 「時刻は、ライブの開演から終演まで、二時間」
東風さんは黙っている。
( <●><●>) 「ふと思ったのですが」
( <●><●>) 「この観客、というのは、必ずしも会場内に入る必要があるのでしょうか」
「どういうことだ」
多少先を急くような声が返ってきた。
.
-
( <●><●>) 「いえ、私はライブには詳しくないのですが」
( <●><●>) 「確か、いわゆるチケット難民や、ダフ屋がいるじゃないですか」
「ああ」
先ほどより、少し力が感じられる。
( <●><●>) 「チケットがなくても、あくまで立ち見……」
( <●><●>) 「そういった形でライブに参加することは、可能なのでしょうか」
「できる会場もあるかもしれないが、ここは完全にチケットが必要だ」
確か、関係者もそのようなことを言っていた気がする。
( <●><●>) 「でしたら、会場の外から……は?」
東風さんは、黙る。
息を殺しているようだ。
.
-
( <●><●>) 「あくまで、ここは、スタジアム」
( <●><●>) 「轟音を鳴らそうものなら、それは会場内だけでなくとも、」
といったところで、大きな音が聞こえた。
椅子が倒れたような音だった。
東風さんの荒い息遣いがする。
( <●><●>) 「…なにか」
「ワカッテマス」
「犯人からの殺人予告、一字一句読み返してくれ」
( <●><●>) 「…」
急に、明らかに声色が変わった。
犯人の声明、か。
( <●><●>) 「五月三日、」
( <●><●>) 「十九時より開演される渋沢栄吉のライブ中に、」
( <●><●>) 「観客一名を殺す」
.
-
、 、
、
、 、
「会場外でも、ライブを聴いていれば、観客だよな?」
( <●><●>) 「ッ」
東風さんの息遣いが変わった。
断続的に反響する足音が聞こえる。
走り出したようだ。
( <●><●>) 「どちらへ」
「裏口から右手に周回する」
「お前も今すぐ、正面ゲートから出て右に走れ」
言われ、警備員に目礼して自分も走り出した。
警備員は特段、気にしたようすではなかった。
ゲートを飛び出すと、群衆の視線が突き刺さる。
しかし、アクションを起こそうとする人はいない。
( <●><●>) 「どういうことですかッ」
「いいか」
「可能性があるとすれば、人目につかない、しゃがみこめそうな場所だ」
.
-
( <●><●>) 「そうじゃありませんッ」
言われるがまま、時計回りでスタジアムの外周を走る。
( <●><●>) 「どうしたのですかッ急に」
「自分で言ったことを思い出せ」
「観客を殺す以上、犯人は絶対、なにかしら足跡を残さなければならねえ」
「観客、スタッフ、警備員、どの場合でも」
( <●><●>) 「それが、」
「ただッ」
「一切足跡を残さずに殺せる観客が若干名いるってことだ!」
、 、 、
、、 、 、 、 、
( <●><●>) 「それが場外からの立ち聞き ってことですか!」
.
-
返事はない。
( <●><●>) 「で、可能なのですかッ」
( <●><●>) 「ライブを、勝手に場外から立ち聞きすることは!」
「可能もなにも」
「昔から、その手の観客は一定数いた!」
「そしてそいつらは、チケットの購入履歴に名を残すこ」
( <●><●>) 「 ッ」
東風さんからのインカムが途絶えた。
目前、正面ゲートから時計回りで走っていると、その先にはレフトゲートが見えてくる。
こちらも、一定数群衆はいた。
しかし、何事もない。
ただ、好奇心に駆られ、一瞥を与えたり、歩み寄ってくる人はいた。
.
-
一切構っている暇はない。
というより、人が集っているところで殺しが行われるわけがない。
どうしましたか!
一刻も早く東風さんにインカムを飛ばしたいが、
入れ違いで向こうからインカムが入ることを考えると、どうにももどかしかった。
後ろから、マスコミと思しき若い女が駆け寄ってくる。
だが、あいにく、そんな輩に追いつかれる程度の脚は持っていない。
どうしましたか!
たびたび、インカムを飛ばしたくなる衝動に駆られる。
数年前の、誘拐事件を思い出した。
自分の、何気ない言動がきっかけで、騒動になったり進展を見せるなどした。
なにか、悪いことになっていないか、そんな不安で胸がいっぱいになる。
( <●><●>) 「ッ」
息がはずむ。
全力で走っているためか、もうレフトゲートを通り過ぎた。
もう少し走れば、東風さんが出てきたであろう裏口が見えてくるが、
「 られたッ!」
.
-
( <●><●>) 「!」
インカムから、怒号が飛んできた。
頭の部分は聞こえなかった。
( <●><●>) 「どうしましたか!」
「やられた! 警備員だ!」
( <●><●>) 「場所ッ!」
「ライトゲート少し先ッ!」
やられた。
警備員だ。
殺された?
警備員が?
殺した?
警備員が?
.
-
( <●><●>) 「 ッ 」
「警備員がやられた!」
「走ってるやつがいたら片っ端から捕らえろ!」
「こちら、ライトゲートやや南ッ!」
(;<●><●>) 「らッ… 」
ちょうど、反対側だ。
いま、自分はレフトゲートを通過した当たりだ。
犯人が、すぐそこにいる?
走っている?
「絶対に逃すな!」
「周囲の警備員も動かせ!」
(;<●><●>) 「!」
.
-
はッとして、前後を見た。
警備員は、まだ連絡が行き渡っていないのか、ただ立っているだけだ。
前方、近くにいた警備員に肉薄した。
警備員 「…?」
( <●><●>) 「いッ」
( <●><●>) 「今すぐ、警備員全員で周囲を捜索しろ!」
警備員 「なッ 」
( <●><●>) 「ライトゲート付近で、警備員が殺された!」
( <●><●>) 「犯人はまだ、この近辺にいる!」
三度目の予告は、どうやら遂行されたようだった。
.
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