- 861 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 18:00:33 ID:ydbUYnjQO
-
−30−
三月ウサギ警部がショボーンと出会ったのは、ずいぶん昔の話となる。
当時のショボーンはまだまだ若く、才気溢れる刑事とは到底思えない風格だった。
捜査一課に加わった当初のショボーンは、無能と言われていた事を、自分が知っている。
最初から偽りを見抜けるような、敏腕刑事ではなかったのだ。
だが、いわばそれは必然と言えた。
自分だって、最初は動ける能なしと呼ばれていたではないか、と。
自分を引き合いに出すことで、ショボーンには救いようがあるように思えた。
昔から三月はアルプス県警に所属しているが、どういった因縁かショボーンとは交流がしばしばあった。
アルプスとVIPの共同前線で捜査を進める時は、決まってショボーンが三月にコンタクトをとりにくる。
十以上も歳が離れているため、当然三月の方が上司で、彼がイツワリ警部と
呼ばれるようになるまでは、会うたびにショボーンを叱っていた記憶がある。
というのも、自身で下すべき判断に迷いが生じ、それが伴って犯人を逃がす事が多かったのだ。
が、彼には推理力に栄えるところがあり、執念だけは決してほかの誰にも劣る事はなかった。
そして今、彼は推理力も行動力も兼ね備えた立派な警部だ。
だが長年の先輩である以上、ショボーンにいくら才能があっても、三月にもプライドがある。
推理力は認めるとして、他の面では必ずショボーンを上回っているつもりだった。
四十を超えた辺りから部下の育成に精をだし、捜査力はこの国で一番を誇っていた。
その部下もここにおり、二重のプライドがある以上、己のミスは決して見せる訳にはいかなかった。
その矢先で、決して見せてはいけないミスを見せてしまったのだ。
.
- 862 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 18:04:13 ID:ydbUYnjQO
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鑑識も徐々に引き上げ、場には阿部を含む容疑者の四人、
都村トソン、ショボーン、水須木、鬼瓦、そして自分しかいなかった。
都村の祖父は警官の案内で外へ追い出されたようだ。
事情聴取でも受けているようだが、興味が無かった。
それよりも、自分と部下の二人の刑事は、都村の様態に気が向かい、隙だらけだった。
水須木も、自然と小森から手を離していた。
すっかりおとなしくなっていたからだろう。
だが、それを叱るつもりは毛頭なかった。
いや、叱る権利すらないように思えたのだ。
;`・ー・)「おやッさん!」
(メ._,;)「追え!」
指示を出す前に、既に鬼瓦は走り出していた。
水須木は走り出す姿勢をみせ、顔だけをこちらに向けていた。
三月から言われ、水須木も走り出した。
そして、三月は二人と反対方向に向けて走りだそうとした。
歳のせいか、だんだん走るのが億劫になりつつあるが、この時は怠さなど感じられなかった。
というのにすぐに走り出せなかった理由は、迷いが生じたからだ。
二人のうち鬼瓦は、玄関口に通じる方へ走っていった。
水須木は、その手前に在る、中庭に向かって。
三月が向かう先は客室が集い、犯人が逃げるのに相応しいとは思えない。
また、容疑者には阿部もおり、仮に彼が犯人だとすると、あの若い刑事が単身では必ず逮捕できやしない。
加勢すべきか、三つ目のルートに向かうべきか、それを一瞬悩み、駆け出すのを躊躇った。
すると
(´・ω・`)「三月殿」
(メ._,;)「……なんだ?」
焦慮しきっている三月とは対照的に、落ち着き払った声でショボーンが呼んだ。
振り向くと、彼はすました顔で、特に笑みもせず、しかし気持ちの高ぶりが感じられる態度で言った。
(´・ω・`)「犯人が、わかりました」
.
- 863 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 18:07:45 ID:ydbUYnjQO
-
(メ._,)「……!」
(´・ω・`)「僕はその人を捕まえにいくので……」
そっと、ショボーンは目を閉じた。
(´-ω-`)「この子の保護を……お願いします」
(メ._,;)「……」
名を言われる前に、三月は彼女を見た。
壁に寄りかかり、様態の異変を見るまでもなく感じさせてくる都村を。
そしてその時の声は、今まで三月が聞いたことのない、温かみがある声だった。
犯人がわかったと言うショボーンに、三月はその名を尋ねなかった。
自分が踏み込んではいけない領域のような気がしたのだ。
既にショボーンは自分をも凌駕する人間である。
それを、今、彼の態度と言葉をもってして証明された。
そのため三月は、ショボーンを補佐するのが何よりも有益であるとわかったのだ。
(メ._,)「……わかった。委せたぞ……ショボ」
(´・ω・`)「……では」
頭を下げた後、ショボーンは部屋を出ていった。
すっかり、先ほどまで騒がしかったこの部屋が、静かになった。
三月は、それも相俟って、耳鳴りがしそうだった。
頭を振り、それを振り払おうとするのと同時に自分に気付けもいれる。
そして、三月は都村の隣に座った。
様子を見ようと、彼女の顔を覗き込む。
すると、どこか、彼女が己の娘に似ているように見えた。
.
- 864 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 18:10:27 ID:ydbUYnjQO
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−31−
葉桜館は、桜という国花が咲き誇る旅館だ。
この時期になると、美しい桃色の花を散らし始める。
その散り行く姿がなお美しいとされ、昔は花と言えば桜を指していたほどだ。
そんな、花が散って若葉が見え始めた桜を、葉桜と言う。
この時期の葉桜館は、この国でもっとも葉桜を美しく見られる旅館とされ、人気である。
それだけあって、桜の木は玄関口から中庭、はたまた大浴場とされる温泉にまで植えられている。
どこにいても葉桜が楽しめるのは、風情が好きなショボーンにとってはうれしいものだった。
葉桜の木がまた一枚、葉を散らせた。
桃色混じりの葉桜の木から、ゆらゆらと。
それが水面に落ち、波紋が広がっていった。
その波紋を遮る物はなにもなく、水面の端にたどり着くまでそれはきれいな円を保っていた。
今度は、葉桜が二枚散った。
交錯しあう波紋にもまた、趣があった。
だが、複雑に絡み合った円を、端にたどり着くまで見届ける事はできなかった。
自分の後ろの方から、扉の駒が桟を擦る音が聞こえてきたのだ。
風が葉桜を揺らす音しか聞こえない場にて、この音を聞いて聞かぬふりはできまい。
あくまで平生を保った様に振る舞い、振り向いて入ってきた人物をみた。
( )「……?」
(´・ω・`)「やはり、ここにいましたか」
.
- 865 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 18:16:05 ID:ydbUYnjQO
-
ショボーン警部が、普段と何ら変わらぬ様子で歩み寄ってきた。
コートが風で揺らめき、それで彼が内側に着込んでいるスーツが見えた。
警官らしく、スーツもびしっと着こなしている。
スーツなど、果たして自分が着れるべき代物だろうか。
考えていると、静寂をつくらないようにとショボーンが口を切った。
(´・ω・`)「必ず、ここにいる……そう思ってね」
( )「……どうして?」
(´・ω・`)「簡単ですよ」
少しばかし時間を稼ごうとしたが、思いの外即答された。
ショボーンは少し笑い、腰に手を当てた。
この様子では、全てを見透かされているかもしれない。
彼は、噂では偽りを見抜く敏腕刑事として名高い、イツワリ警部なのだから。
(´・ω・`)「ここが、本当の犯行現場だからです」
( )
なんの躊躇いもなく、確信しているような口振りだった。
そして腰に当てた手を解き、片方を顎に手をあてた。
(´・ω・`)「わからないのは、どうしてここで犯行を企んだのか、だが――」
( )「……」
相手が、黙る。
犯人であれ無実であれ、それに返答することはできないからだ。
前者なら自白を意味し、後者ならショボーンと同じくやはりわからないからだ。
( )「それで」
(´・ω・`)「ん」
( )「どうして、ここに」
「来たんだ」それが、後ろに隠されているのだろう。
先ほどの「どうして」とは、ニュアンスが違っていた。
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- 866 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 18:22:26 ID:ydbUYnjQO
-
言い換えれば、「どうして自分に会いに来た」となるのかもしれない。
それを訊いても仕方がないのだが――その人は、とにかく、訊いた。
沈黙が持つ有毒性を恐れたのか、単なる疑問か――
(´・ω・`)「犯人が誰か、を教えようと、ね」
(´・ω・`)「優しいでしょ、僕?」
ショボーンが不敵に笑み、ピースサインを送る。
実に場に合わない――しかし、ショボーンらしい――振る舞いではあったが、
しかしどうしてか、その振る舞いを見ても、おどけている、なんてとることはできなかった。
( )「……」
だから、敢えて、その人はそっぽを向いてみた。
こうなっては、足掻きが無駄であろう事は既に知っている。
せめて、悪党は悪党らしく無駄に抗ってみたかったのだ。
ショボーンに、その虚勢は伝わったのだろうか。
表情を変えず、彼は続けた。
(´・ω・`)「急に阿部、小森、デレ、葉桜という四人が消えたのが驚いたが……
. 少なくとも、ここに逃げ込む人が一人、いることには違いなかったのですよ」
( )「どうして」
(´・ω・`)「結論から先に言ってもしゃーない。それを、今からじっくり教えてあげるよ」
( )「……へぇ」
素っ気ない返事を返したが、ショボーンと向き合っている人物は内心焦っていた。
どんどんと話が進んでいき、終着点がもう見えてきたからだ。
終着点とは、事件の終焉である。
.
- 867 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 18:25:11 ID:ydbUYnjQO
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−32−
(´・ω・`)「思えば――奇妙な事件だった」
ショボーンは腕を組み、そこらを歩き始めた。
気を抜けば滑ってしまいそうな床だったが、別の意味で
気を抜くつもりのないショボーンの闘志が、彼をしっかりと支えていた。
(´・ω・`)「事件を振り返ろう。順を追ってね」
(´・ω・`)「被害者、擬古フッサールさんは、十九時の十分頃に毒の症状で倒れた。目撃者は、阿部さんだ」
(´・ω・`)「不思議なことに、阿部さんは料理に手をつけてなかった。だが、被害者は箸を進ませていたね」
(´・ω・`)「当時の現状からしてみれば、この料理に毒が混入されていたと見るのが自然だ――しかし」
(´・ω・`)「料理はおろか、部屋のどこにもそれらしき毒は見当たらなかったんだ。
. 捜査力は全国一のアルプス県警が出した結果だから、信頼に値する」
(´・ω・`)「料理を作った、葉桜さん。相席した、阿部さん。
. この二人は、このタイミングに限って言えばシロとなるね」
( )「………」
向かいの人が、黙る。
邪魔をされずに済む、ショボーンはそう思い安堵した。
.
- 868 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 18:29:25 ID:ydbUYnjQO
-
(´・ω・`)「視野を広くしよう。
. 三月殿の見解で言えば、被害者が散歩に出かけた十八時二十分頃から
. 毒を仕込まれたという線が濃厚だそうだし、実際そうかもしれない、と僕も少しは思っていた」
(´・ω・`)「この時間帯、彼はどこにいたか。『白潮』とも呼ばれる、カルピス海付近だ」
(´・ω・`)「旅館にずっといたであろう葉桜さんは、シロ。借用証を奪還していた小森さんも同様」
(´・ω・`)「このタイミングでは、十八時頃に僕と別れた阿部さん、そしてデレさん。
. この二人が、毒を仕込むことができる」
(´・ω・`)「だが、阿部さんは、あくまで県警帰りだ。僕と別れた時間から考えても、旅館に寄り道せずにきたと思う。
. つまり、彼が犯人なら毒は最初から持っていた――なんてなるけど、県警に足を運ぶ以上、あまりそれは考えにくいだろう」
(´・ω・`)「そしてデレさんも。デレさんがこのタイミングに毒を、
. しかもランチボックスに仕込んで殺害を試みたとなると、いろいろとおかしいことになるんだ」
(´・ω・`)「まずその一。毒の出所が自分だと、すぐにばれる。
. その二に、デレさんはランチボックスを回収しなかった。
. その三、何より、毒は検出されなかった。
. ……ここまでは、いいかな?」
やはり平生のようなおどけた口調で、ショボーンは訊いた。
しかし、これもやはり、おどけていたのは口調だけだ。
醸し出されるオーラも、顔色も。
実際は、そのどれもが、彼が怒った時に見せるものだった。
そのため、相手は答えられなかった。
事の如何を別にして、ただ、ショボーンに知らずのうちに圧倒されていたのだ。
その無言を肯定と見なして、ショボーンは続けた。
.
- 869 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 18:32:46 ID:ydbUYnjQO
-
(´・ω・`)「そう。ランチボックスにも、被害者の部屋にも、その料理にも。
. 考えられる限り全てのタイミングにおいて、彼を殺した毒は存在していなかった≠だ」
(´-ω-`)「このまま、迷宮入りか――? そう思っていたときだ」
(´・ω・`)「トソンちゃんに、異常が起こった。『息が苦しい』んだと」
(´-ω-`)「僕は咄嗟に思ったよ。これは―――」
(´-ω-`)「――DAT=v
( )「……!」
相手が、反応を見せる。
それがどういう意味か、言われずともわかったのだろう。
(´・ω・`)「DAT、とわかったまではいい。問題は―――」
(´・ω・`)「それがDATだとして……
. 『なぜ』、更に、『どこで』彼女はDATを呑まされたのか、だ」
(´・ω・`)「言うまでもなく、トソンちゃんが毒を呑まされる理由はない。
. ならば、僕はそのとき『どうして呑まされたのか』なんて考えないんだ。
. 僕なら、こう考えるよ」
(´・ω・`)「―――『誰か』の『とばっちり』を受けた≠ニ」
.
- 870 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 18:37:10 ID:ydbUYnjQO
-
(´・ω・`)「『誰か』……すなわち、擬古さんだ。
. しかし、問題は『どうしてトソンちゃんがとばっちりを受けなければならなかったのか』――だ」
(´・ω・`)「当然、トソンちゃんと擬古さんに繋がりはない。
. いや、実はあったのかもしれないけど……まあ、彼女の反応からして、ないだろう」
(´-ω-`)「繋がりがないなら、トソンちゃんがとばっちりを受けられる唯一の場所は……公共の場=v
(´・ω・`)「そう!」
(´・ω・`)「こんな、混浴温泉場≠ンたいな――ねぇ!」
――ショボーンが、声を張り上げる。
山に囲まれているためか、ショボーンの声はやまびことなってその場、大浴場にちいさく反響した。
そして、その反響の度合いが、今の彼の精神状態――もとい、今の彼の「怒り」を表していた。
(´・ω・`)「彼女と擬古さんの間にある唯一の共通点……それは、温泉。
. ここしか、ないんだよ、二人を繋ぐ場所は。それが根拠さ」
(´-ω-`)「そして、擬古さんが入浴したのは、十六時頃。
. DATの時間とも―――合う。
. 阿部さんには完璧なアリバイがあるし、
. 小森さんはそもそも旅館にきていない」
(´-ω-`)「しかも、そもそも温泉とはさっき言ったように公共の¥黶B
. すぐに誰かに――入浴客に見つかってしまいそうなこの場所で犯行をするのは、一般人には、無理なんだ」
(´-ω-`)「しかし、一人だけ。
. 温泉を犯行現場に選ぼう、なんて思えるのだよ」
.
- 871 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 18:38:00 ID:ydbUYnjQO
-
(´・ω・`)「葉桜、ヒート!」
(´・ω・`)「あなただけは、ねぇ!」
.
- 873 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 18:54:16 ID:ydbUYnjQO
-
−33−
ノハ )
葉桜ヒートは、そこでクチを閉じた。
いや、はじめから、閉じてはいた。
元から両唇が合わさっていたのを、更に力を籠めたのだ。
先ほどからずっと落ち着き払っていたが、ショボーンの
その告発の瞬間、葉桜は更に払う落ち着きの量を増やした。
そして、閉じている瞼に籠める力も、増やす。
呼吸の一度一度にかける時間も、増える。
その動作の一つひとつが、今の彼女の心理状態を表しているように、ショボーンは見てとった。
葉桜は、捜査をして把握できている限りで言えば、元から冷静な人だ。
そんな人がより冷静になろうとすれば、このようになるのは半ば致し方あるまい。
ノハ )
ノハ )「………」
最後に大きく鼻から出した息を最後に、葉桜はゆっくりクチを開いた。
それを伴って声が放たれることはない。
クチを開いた上で呼吸を整え、言葉を放とうとするのだろう。
しかし、ショボーンは、長年の経験のせいであろうか、
今から放たれる言葉が、決して潔いものではないであろうことを、何となくで察した。
ここで葉桜が肯いてくれれば、全てが丸く収まっていたのだ。
ショボーンが葉桜に手錠をかけ、都村が治療され、時が流れて。
だが、葉桜はショボーンの推理を否定した。
確かに、擬古の入浴中に毒を与えるのは、簡単だ。
気化する毒ならば温泉に忍ばせる事もできる。
風呂桶や手拭いに毒を仕込ませる事もできる。
また、温泉に毒が混入されようが、時間が経てばどこかに流れて行くのだ。
その先にいる動植物のその後はわからない。
そもそもDATが人体にのみ効く薬なのかすら、判明していないのだ。
現在も、様々な状況下の元でモルモットに実験を施しているところだろう。
.
- 874 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 19:02:03 ID:ydbUYnjQO
-
わからないからこその、温泉での犯行だ、とも思っていた。
少なくとも人体には絶対的に有害なのだから、個室やトイレなんかに
盛るよりかは、まだ、ヒトに対象を絞った温泉のほうが救いようがあるように思えた。
全てを考えた上で、随分身勝手な犯行だ、と再び顔面に剣幕が宿った。
垂れ眉毛、柔和な顔つきのまま、雰囲気だけを剣幕として兼ね備える。
ショボーンにしかできない芸当だ。
――しかし、それでも葉桜は否定した。
ノハ )「確かに筋が通る……しかし、それらは全て『トソンさんがDATを呑んだ』と仮定した場合ですよね?」
(´・ω・`)「それは目下追究中だ」
ノハ )「目下? 確定してないのに、それで犯人確保に名乗りを上げるおつもりですか」
ショボーンの行動に憤りを感じたのか、葉桜が強気に出る。
平生の接客時に用いる高い声ではなく、腹から放たれたような、重く、耳に残る声だ。
それが、彼女の心情を表しているのか。
二人とも、自分の心情は顔に出さず、声にそれを出して、
あたかも牽制し威嚇しあうかのように自己主張しあっていた。
(´・ω・`)「逆に訊くが……犯人が逃げたってのに、確たる証拠がないから――
. とか言って真実を逃す警察官のほうが正しいと、思うのか?」
ショボーンも負けじと、刻みきざみでゆっくり言葉を紡ぐ。
彼は彼で、どうしようもない程の憤りを感じているのだ。
それも、彼の言葉に塗られた色から、掴み取れた。
.
- 875 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 19:13:16 ID:ydbUYnjQO
-
ノハ )「それとこれとは――」
(´・ω・`)「違わねーんだよ、バーカ」
ノパ听)「!」
ショボーンの――いや、一刑事の、自分に対する扱いが思いの外杜撰で、葉桜は呆気にとられた。
いくら自分が殺人を犯していたとしても、だからと言って相手を貶すことなど、それも警官が、果たしてするのだろうか。
そう思うと、いつものショボーン警部≠ヘ、クチを開いた。
互いの感情が実に掴み取りやすい会話であるためか、彼女の言わんとすることがすぐわかるのだ。
(´・ω・`)「みんな、みーんなが勘違いするんだがな、よーく聞けよ」
(´・ω・`)「僕は、刑事だ」
(´・ω・`)「検事じゃあ、ない」
ノパ听)「……」
葉桜が、黙る。
しかしショボーンは黙らない。
(´・ω・`)「それに、DATかどうか一生わからないまんま――ってわけじゃない。いつか、わかるんだ」
(´・ω・`)「DATじゃないってなれば、そのときはあんたの言うとおり、釈放される」
(´・ω・`)「ロジックを辿った結果、行き着いた結論が、今、だ。
. 逮捕することに至っては、なんら問題が――」
荒っぽい言葉に荒っぽい感情を載せて、ショボーンが言う。
ショボーンの言っていることはその通りなのだが、そうわかっていても、葉桜は同意しがたかった。
が、事実がそうである以上、この件に反論はできない。
そう考えた葉桜は、彼の言葉を遮るように、自分の声を――感情を、放った。
それは、彼女が今、苦境に立たされていて、焦燥が尋常ない現状を表していた。
ノハ )「それに!」
(´・ω・`)「…っ」
.
- 876 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 19:19:00 ID:ydbUYnjQO
-
言いすぎたか――そう思い、ショボーンはクチを閉ざす。
葉桜はすぐには続きを言おうとしない。
動揺がもたらす胸の圧迫感が、それをさせまいとしていたのだ。
ノハ )「それに―――」
そこで、葉桜はもう一度黙った。
大浴場で何かが起こった訳ではない。
彼女が、今から話す何かに躊躇を感じ、言葉が喉の奥で詰まっていたように見えた。
ショボーンが警戒し、じっと睨むなか、葉桜は次は言葉を呑み込まず、全て吐き出した。
その言葉に、感情の吐露は見られなかった。
ノハ )「赤目の警部さんが今のあなたの推理を否定した理由、ご存じで?」
(´・ω・`)「……!」
ショボーンは途端に目を細めた。
今回は言葉で感情を表すより前に、顔にそれが出てしまったようだった。
彼の、今回の推理における唯一の弱点を突かれた際の、動揺が。
そして、それは葉桜もずっと前から知っていた。
目の前で三月とショボーンとのやり取りを見ていたのだから、当然だ。
ショボーンが刹那的に彼女を逮捕しなかった理由は、ここにあった。
ノハ )「擬古フッサール……。彼はまだ、死んでないのです」
ノパ听)「………そう」
ノパー゚)「絶対に死ぬとされる、DATを呑んで……」
「彼はまだ、死んでないのです」
.
- 877 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 19:23:51 ID:ydbUYnjQO
-
(;´・ω・`)「………っ!」
衝かれるかもしれない、と懸念していた「そこ」を衝かれ、ショボーンは若干取り乱したように見えた。
葉桜の様子に陰りが見えるように、ショボーンにも、衝かれたくない陰りはあったのだ。
今回の事件における最初の謎、それは擬古の生命の揺らぎ様だった。
水須木も三月も、アルプスの検死官も口を揃えてこう言っていた。
擬古の様態が、「なにかがおかしい」と。
脳死の如何もわからず、呼吸器官や心臓の動き。
毒を採ったであろう筈の症状すらでていない。
青酸系の毒物における症状が出ない理由は、説明がつく。
そもそもDATは、呼吸器系の機能を悉く停止させてゆく効き目のみを持っている。
だから、唇の変色や泡を吹くといった症状が見られないのは別段不思議ではなかった。
だが、擬古の様態をDATの所為だとすると、別の方面で謎が生まれた。
DATを摂取した場合、必ず命をも落としてしまうとされる。
しかし、擬古は辛うじて生きていた。
擬古の様態が、悉く、矛盾してしまっているのだ。
そして、これが。
葉桜ヒートの用意していた、自分を守る最後の壁だった。
.
- 878 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 19:28:11 ID:ydbUYnjQO
-
ノパ听)「その謎が解けない限り、状況証拠による私の逮捕も、できません」
ノパ听)「尤も、そもそも私は犯人じゃないから、謎で当然なので、す――が――
?」
葉桜は、言っている途中で脱衣場のほうが騒がしいな、と思った。
誰かが脱衣場にいるのだ。
事情聴取を受けている宿泊客の筈がない。
すると、応援にかけつけた刑事であろうか。
そう思うと、妙な胸騒ぎが、葉桜を襲った。
なぜかはわからない。
どうしようもない絶望感が、自分を迎えんとしていたように思った。
扉に影が映った。
かなり大柄の男のようだった。
その男の隣で喚いている男がいるため、二人いるのだな、とわかった。
ショボーンも漸くそれに気がつき、振り向く。
すると、扉の向こうから声が聞こえた。
「その謎、俺が晴らしてやろうじゃないの」
ノハ;゚听)「!?」
(´・ω・`)「……この声。……そうか」
直後に、扉が強く開かれた。
扉の向こうには、青いツナギを着た男が立っていた。
ラフな服装の男、小森の首を腕で押さえて。
N| "゚'` {"゚`lリ「警視庁捜査一課、この阿部がな」
.
- 879 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 19:34:55 ID:ydbUYnjQO
-
−34−
昔から、阿部は本当に大切な事は土壇場まで言わない事が多かった。
事件における重要な情報も、捜査陣がピンチになるまで出さない事などよくあった。
だいたいは出さずともショボーンがいたので事件は終わっていたので、出す必要すらなかったのだが。
ショボーンが解けない事件は、だいたいが裏でイレギュラーな事が起こっている。
「存在が既にイレギュラー」と呼ばれている阿部は、どうした因縁か
そういったイレギュラーな情報、証拠を見つけるのがうまかった。
だから、ショボーンと阿部が組むと、難事件であればあるほど解決が容易となっていたのだ。
そのたびに、捜査一課長や刑事部長から咎められる。
捜査妨害だの、方針に反するだの、と。
だが、阿部は決まってこう言う。
「逐一俺が動いていたら、ほかの連中の出る幕がない」と。
むろんこれは単なる遁辞なのだ。
だが、強ち間違ってはおらず、また戦力である阿部に処分を
言い与えるつもりは上層部には無かったらしく、ずっとお咎めはなかった。
結果「警察界一自由な男」と呼ばれるようになった。
阿部は、なにかと縛られるのが嫌いなのだ。
(;-_-)「離せ! 逃げないから、離せ!」
首を阿部の腕で固定された小森は、脚をじたばたさせ必死に抵抗していた。
だが、阿部は涼しい顔で小森を拘束し続けていた。
小森とは対照的に朗らかな笑みを浮かべるので、その光景が少し不気味に思えた。
.
- 880 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 19:44:02 ID:ydbUYnjQO
-
N| "゚'` {"゚`lリ「悪いな、ショボ。小森が急に逃げるもんだから、追いかけてたら遅れちまった」
(´・ω・`)「小森が……ねぇ」
ショボーンは小森に一瞥を与えた。
相当焦燥に駆られているようで、阿部に食ってかかっていた。
だが、それでも阿部は依然涼しい顔のまま、腕に力を籠めるだけだった。
N| "゚'` {"゚`lリ「――で、犯人が女将さんかい?」
ノパ听)「……」
葉桜は、つい先ほどまで見せていた様子とは打って変わり、表情を全く変えようとしなかった。
疑うなら勝手に疑え、と眼で言っているようだった。
阿部が、そこで疑うような安い人間ではない、とわかっているのだろうが。
(´・ω・`)「薄々気づいていたんだろ? あんたは、さ」
N| "゚'` {"゚`lリ「さぁ、どうだろうね。俺には興味がない」
(´・ω・`)「それよりも、謎を解く……だって?」
興味深そうに、ショボーンが訊いた。
というより、阿部の登場以降、その事しか気になってならなかったのだ。
自分が解けない謎を、阿部が解く。
昔からよく見られた光景だった。
それが、十数年間もの歳月をおいて、再現されようとしているのだ。
ショボーンに感傷に浸る心地はないけれども、阿部の用意しているであろう切り札が気になっていた。
一方で葉桜は、阿部のその切り札について、充満された疑心を持っていた。
そんなものがあるはずない、この謎は謎のままで事件は終わるのだ、と信じていたからだ。
そしてその時の自分は、涼しい顔で旅館を運営しているだろう、とも。
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- 881 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 19:47:14 ID:ydbUYnjQO
-
ノパ听)「いいですか? 今回の事件では、DATは関係ないのですよ。
あなたも、警視庁の人なら、ご存じなんでしょう?」
N| "゚'` {"゚`lリ「ああ、俺は警視庁の人間だ。だが、知らないなァ」
少し、葉桜はムッとした。
こちらは容疑をかけられ真剣なのに、阿部がまるでその気になっていないからだ。
ペースを握られていると実感するも、葉桜は続けた。
ノパ听)「DAT摂取すれば、間違いなく、死。警察のみなさんが口を揃えておっしゃるのです。
なのに、被害者はまだ死んでいない」
ノパ听)「この矛盾がある限り、私を逮捕だなんて――」
ノハ )「ばかげてますよね」
いまの葉桜の主張に、おかしい点は何一つなかった。
ショボーンの推理通り話を進めると、最終的に行き止まりとなるのは擬古の様態の謎である。
聞こえが悪くも、ここでもし絶命していれば、葉桜を逮捕できたのだ。
だが、被害者の擬古は辛うじて堪えており、死亡の報告はまだ届いていない。
しかし、大浴場でのDATの毒殺以外では、事件のピースがはまらないというのも事実だ。
ショボーンは、この矛盾が指し示す先を、明かせないでいた。
だが、阿部はけろっとしていた。
それがまるで謎でも何でもないかのように、ただ涼しい顔をしていた。
登場当初から何一つ変わらぬ、阿部の顔だった。
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- 882 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 19:48:06 ID:ydbUYnjQO
-
N| "゚'` {"゚`lリ「死んでない? そりゃあ当然だ」
(´・ω・`)「……なに?」
阿部が、壁を打ち崩した。
N| "゚'` {"゚`lリ「俺が、風邪薬を与えてやったからな」
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- 883 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 19:50:30 ID:ydbUYnjQO
-
−35−
彼女は、世界の誰よりも彼を愛していた。
それは自分たちが高校生だった頃から、永久に変わらぬ誓いとして、残ってきた。
彼以外の唇を許さず、彼以外を上に載せる事もなかった。
それが当たり前だと思っていたし、それが贖罪だとも思っていた。
出会ってから数十年の間、常に夫に尽くしてきた。
多忙である夫を、家では完全にもてなそう、と思っていた。
料理の腕を磨き、常に美しく在って、夫にとって誇れる妻を目指していた。
夫はそれを止めはしなかったが、促しもしなかった。
あるがままのお前でいい、と何度言われても、彼女は考えを改めなかった。
彼女にとって、夫が全てなのだ。
貪愛を見せていた。
世間の視点から言えば、俗にいう重い女と称されるところだったに違いない。
だが、それを夫は拒まなかった。
夫は夫で、彼女を世界一愛していたのだ。
不器用な夫は、そんな自分の愛を打ち明ける事がなかなかできなかった。
どうも語彙に乏しく、「愛してる」以外の言葉がわからなかった。
それでいつか愛想を尽かされるのではないか、と思う日々が続いていた。
仕事も大変なもので、一般のサラリーマンの抱える何倍ものストレスを抱えていたと自負していた。
だが、妻は献身的だった。
決して自分を裏切らず、いつまでも隣にいてくれていた。
それが引き裂かれるなど平行世界でしか起こりえないものだと思っていた。
いつの事か、現実世界と平行世界が入れ替わっていたのだ。
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- 884 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 19:52:40 ID:ydbUYnjQO
-
愛していた妻を失い、自分がわからなくなった。
自分が有していた愛とは、なんだったのか。
いつも隣にいてくれていた彼女は、誰だったのか。
これが、妻よりも仕事に専念した彼に対する、天からの唯一の罰だったのだろうか。
では、それまでに彼は罪を重ねてきたのだろうか。
自分で考えてみようが、答えは明らかにならなかった。
天に、神などいないのだ。
かつてない明度を誇る太陽も、陰までは照らせないのだ。
この宇宙の遙か彼方に在るとされるゼウスなど、生きていた事すらなかったのだ。
放心状態のまま、次なる生きる術を探した。
両目を神によって塞がれ、手探りで電灯のスイッチを探した。
指先にそれが当たる感覚がしたのに、一日もかからなかった。
それは次なる女でも酒でもない。
己の考える限り唯一思い浮かぶ罪の元凶、仕事だった。
仕事に打ち込む、凶悪犯に臨む。
苦しむ人々を、自分が救い出す。
それが、己が愛する女をなくしてしまった事に対する、唯一にして絶対的な贖罪なのだ。
彼は、そうわかった。
妻は、自分の働く姿をなによりも好いていた。
平和のために、極悪人と戦う姿が、彼女は好きだった。
天にいるであろう彼女に、それをこれからも見せ続ける。
そして、彼女が待ちわびていた平和をいつか見せてやる。
そうすることで、自分のなかに蓄積された悔やみ、哀しみは晴れるだろう。
言葉以外で、彼女に愛を伝える事ができるだろう。
双方で見て、これがなによりも相応しい贖罪だった。
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- 885 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 19:53:54 ID:ydbUYnjQO
-
その贖罪の先に待ち受けているのが、白い光か黒い光か。
分岐点の手前に、二人の男が立っていた。
片方の男は、黒い光に向かって歩んでいった。
もう片方の男は、足を踏み出さなかった。
待ち受けているものがなんだろうと、現実から逃れたかったのだ。
足を踏み出して、色の違う二つのうち片方でも手にしてしまえば、
彼女が本当に消えてしまう――そんな気が、片方の男にはあったのだ。
その二人の男は、いまもなお、違う形で戦い続けている。
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- 886 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 19:59:26 ID:ydbUYnjQO
-
−36−
(´・ω・`)「か……」
(;´・ω・`)「風邪薬ィ?」
ショボーンは呆気にとられた。
いったい、どのような切り札を放つのかと思いきや、
出てきた単語はこの場に不釣り合いな言葉だったからだ。
阿部は、どのような空気であっても平気で冗談を言える男だ。
しかし、このたびの発言は、とてもそれらと一緒のものとは思えなかった。
本当に、阿部が風邪薬を呑ませたというのだろうか。
また、いったいそれがどうしたというのか。
訊きたい事は山ほどあったが、それを言う前に阿部が口を開いた。
N| "゚'` {"゚`lリ「風邪薬ってのはジョークだ。ほんとうは『モリタポ50』と言う」
(´・ω・`)「『モリタポ50』?」
ノパ听)「…?」
思わずショボーンは復唱した。
はじめて耳にする単語だったのだ。
N| "゚'` {"゚`lリ「知らないのも当然だ。
機密事項で、ここらじゃ俺とフサしか知らんブツだしな」
(´・ω・`)「…へぇ……」
(;´・ω・`)「………ッ!」
最初は話半分に、半ば聞き流すかのようにして阿部の言葉を受け取っていたのだが、
そうする前に、ショボーンはあることに気がついた。
急に、汗が噴き出してくる。
このときの彼は、胸中で「まさか」と連呼していた。
その「まさか」を、クチに出す。
(;´・ω・`)「まさか……『風邪薬』ってことは……!」
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- 887 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:03:51 ID:ydbUYnjQO
-
ショボーンは、なんとなくではあるが、阿部の言わんとする事が伝わってきたような気がした。
長年の仲であるため、五感では説明できない何かを共有しているのだろうか。
非科学的なものではあるが、ショボーンはそれで「風邪薬」の真意を理解した。
意味がわからず葉桜は落ち着きを無くすも、阿部はショボーンにのみ説明をするように、言った。
N| "゚'` {"゚`lリ「察しがいいな。そうだ」
N| "゚'` {"゚`lリ「――これは、DATの特効薬だ」
(´・ω・`)「やっぱり……!」
ノハ;゚听)「っ! うそッ!」
阿部が持っていたというもの、それはDATの特効薬だった。
必ず人命を奪う悪魔の猛毒と、真っ向から戦えるものだ。
DATが体内にまわった後でも、これを呑ませれば死は免れる、というものだった。
なぜ阿部がそれを持っているのか、最初はわからなかった。
しかし、ショボーンはあることを思い出していた。
「阿部警部と擬古検事は、ある事件を追っている」と。
また、「機密事項について、二人で話し合っていた」と――
N| "゚'` {"゚`lリ「まだ実験段階で、世間一般にお披露目できやしない。
そもそも、モリタポ50の名を出すこと自体に、箝口令が出されてたんだよ」
(´・ω・`)「そうだったのか……」
箝口令、すなわち、DATやモリタポ50についての情報や漏洩は、堅く禁じられていた。
秘密裏で進めている事柄である以上、それは必然だ。
また、相手が非常に厄介な、しかも対策不可能な猛毒である。
警視庁の警部クラスでないと知り得ないのにも合点がゆく。
ショボーンにさえ話せなかった訳を今把握し、ショボーンは申し訳なく思った。
.
- 888 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:06:51 ID:ydbUYnjQO
-
N| "゚'` {"゚`lリ「超遅効性のDATに効き目を与えるには、同じく薬も遅効性にするしかなかった。
しかも、フサに薬を呑ませたのは死ぬ直前だ。
だから、一見死亡したと思われてたし、三月さんも検死官も奴を死んだものだと思っていた」
N| "゚'` {"゚`lリ「だが、俺に、フサの搬送にケチつける事はできなかった。
そうだろ? あくまでこれは明かしちゃならない、パンドラの箱なんだからなァ」
(´・ω・`)「じゃあ、害者――擬古さんは?」
阿部は間髪入れずに答えた。
N| "゚'` {"゚`lリ「ああ、生きてるぜ。試作段階とはいえ、特効薬は特効薬だ」
(´・ω・`)「……よかった」
ショボーンはほっと胸を撫で下ろした。
事件における犠牲を減らす事ができて、安堵したためだ。
警官として、人命をひとつでも多く救えるのは大変喜ばしい事なのだ。
N| "゚'` {"゚`lリ「あの嬢ちゃんいるだろ?」
(´・ω・`)「嬢ちゃん……、ポニーテールのかい?」
ショボーンは網膜に都村トソンを浮かべて言った。
「ああ」と阿部が肯いたので、彼女で間違いないと思った。
N| "゚'` {"゚`lリ「俺の風邪薬、彼女にも分けといてやったぜ。
おかげで、三月さんにもコイツの事がばれちまった」
(´・ω・`)「! ……そうか。ありがとう」
N| "゚'` {"゚`lリ「? 礼を言われるような事はしてないさ。
むしろ、早いうちに助けられなかったのを、こっちが詫びるくらいさ」
(´・ω・`)「そうか」
.
- 889 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:08:07 ID:ydbUYnjQO
-
ショボーンはにっと笑んだ。
そのとき、阿部の今の姿が、昔の姿と重なって見えた。
やはり、阿部は阿部だ――そう思えた。
そして、阿部が葉桜のほうを見た。
ショボーンもつられ、彼女を見る。
N| "゚'` {"゚`lリ「――さて。女将さん?」
ノハ )
.
- 890 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:09:36 ID:ydbUYnjQO
-
−37−
葉桜は固まり、俯いていた。
肩を震わせもせず、涙を落とすこともなく。
ただ、今のショボーンと阿部の会話を聞いていた事には違いなかった。
それによって、自分がどのような状況下に置かれたかも、理解しただろう。
葉桜が頼みにしていた壁は、「存在が既にイレギュラー」な阿部に、簡単に崩されてしまった。
おかしなところで力を発揮する、おもしろい男だ。
葉桜は、抗う気力が喪失したのか、しばらく二言目は発しなかった。
ノハ )
(´・ω・`)「葉桜……ヒート、さん」
ノハ )
.
- 891 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:14:23 ID:ydbUYnjQO
-
(´・ω・`)「これで、全ての犯行が証明されました」
(´・ω・`)「十六時頃に入浴した擬古さんに、DATを盛ったなにかを渡し、毒をまわらせる。
. あとは他の雑務に精を出し、アリバイでも作れば完璧だ」
(´・ω・`)「わざと擬古さんの食事を用意する事で、ご自分に一度は容疑をかける。
. しかし、食事で毒殺した訳ではない、とすぐにわかるので、容疑は晴れる」
N| "゚'` {"゚`lリ「そうすれば、二度目に疑われる事はないしな」
(´・ω・`)「また、警察が到着するという三時間後の大浴場では、毒は洗い流されるから検出されないし、
. 死因がDATとわかろうが当時の擬古さんがどこにいたのか証明できない」
(´・ω・`)「これで他の誰かが捕まるか迷宮入りになって、この事件は終了――それを企んだんだ」
N| "゚'` {"゚`lリ「しかし、『イレギュラー』が起こったんだな?」
わざと語調を強め、阿部は補足した。
「ああ」と肯いて、ショボーンは続けた。
(´・ω・`)「そうだ。阿部さんが擬古さんに特効薬を与えてしまい、死因がうやむやになった。
. そこで、ヒートさん。あなたは、油断してしまったんじゃないかなって思う」
ノハ )
(´・ω・`)「DATとばれなくなった、と知らずのうちに思ったのかな。
. つい三時間前の行動も言ってしまったんだ。そう、入浴の事です」
(´・ω・`)「しかし、迷宮入りしたと思われた死因は、呆気なく特定されてしまった」
(´・ω・`)「こうして、あなたの犯行そのものまでもが、特定されてしまった」
(´・ω・`)「……観念していただけましたか?」
ノハ )
(´・ω・`)「……」
.
- 892 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:17:12 ID:ydbUYnjQO
-
ショボーンは、自分が思いつく最大限の推理を述べた。
おそらくは現状で真実に最も近い推理だろう、と自負できる。
葉桜が毒を盛った、そんな証拠はなかった。
だが、時間差トリックを用いた彼女が、足跡を残すとは思えなかった。
だから、ショボーンは彼女の自白を狙っていた。
むろん、ここで自白せずとも、状況証拠で逮捕はできる。
全宿泊客の話を総合させて、事件当時葉桜も擬古とともに大浴場にいた、と証明する事もできる。
しかし、ショボーンはそれをしたくなかった。
自白で、きれいに終わってほしかったのだ。
なぜなら
(´・ω・`)「……トソンちゃんが入浴したと知ったとき、あなたは随分と取り乱しました」
ノハ )「!」
(´・ω・`)「先ほど、トソンちゃんがDATを食らった旨を聞いた時も、動揺しましたね」
ノハ )「……」
彼女は、都村の様態について、自らの平静を崩すまでに案じた。
擬古以外を殺めるつもりはなかったのだ。
部外者を、しかもまだ若い女性を殺めたくはなかったのだ。
それを察したショボーンは、どうしても強引な手で彼女を捕まえたくなかった。
殺人を犯したとはいえ、他人を思いやれる人だったからこそ
自分ができる範囲内だけでも、ショボーンは事を穏和に済ませたかった。
.
- 893 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:19:31 ID:ydbUYnjQO
-
(´・ω・`)「……予想外だったのでしょう、毒が消えぬうちに大浴場に他の人がくることが」
(´・ω・`)「あなたは、大浴場の評判を気にしていた。それは本当でしょう。
. すると、最近大浴場の利用客が減っているのを、知っていたのでしょ?」
(´・ω・`)「だから大浴場を利用した……のかな? 誰も来ないだろうから、と。
. なのに、あろうことかトソンちゃんが――」
ノハ )「やめて!」
(´・ω・`)「っ……」
まだ自白してくれなかったため、ショボーンが優しく追撃を試みた時だ。
黙っていた葉桜が、ついに口を開いた。
女性特有の金切り声に近い声で、制止した。
ノハ )「もう……いいです」
(´・ω・`)「!」
ノハ )「もう……」
ノハ;凵G)「………もう……いいんです」
葉桜は、その場にしゃがみこんだ。
そして両手で顔を覆って、声のない嗚咽と止め処ない涙を流した。
はじめて彼女が、言葉でなく、全身を使って感情を吐露した時だった。
ショボーンは、それ以上はなにも言わなかった。
.
- 894 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:20:40 ID:ydbUYnjQO
-
.
- 895 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:22:11 ID:ydbUYnjQO
-
−38−
葉桜に、手錠はかけなかった。
状況証拠はあるが、決定的な証拠がなかったため、任意同行という形をとった。
だが、あくまでそれは建て前であり、ショボーンの本音としてみれば、
ただ単に、彼女の手首を拘束するのが嫌だったのだ。
他人を思いやれる人だった事、悪賢さなど見せない姿だったというのもある。
が、加えてショボーン個人としての勝手な私情も混じっていた。
(´・ω・`)「……」
ノハ;凵G)「……ッ…」
N| "゚'` {"゚`lリ「どうした、ショボ」
(´・ω・`)「ん? ああ……」
少し、葉桜を見つめていた。
見惚れていた、と言うべきかもしれない。
涙を流し続ける彼女の横顔を見ていると、阿部に声をかけられた。
少し応対に詰まったが、阿部のほうをちらりと見た。
N| "゚'` {"゚`lリ「どうしたんだ?」
(´・ω・`)「いや、ね」
もう一度、葉桜を見る。
そして、阿部にも聞こえるかわからない程度に囁いた。
(´・ω・`)「……妻に……似てる気がしてね」
.
- 896 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:24:35 ID:ydbUYnjQO
-
N| "゚'` {"゚`lリ「ん?」
(´・ω・`)「なんでもないよ」
N| "゚'` {"゚`lリ「そうか――」
大浴場から出、脱衣場から抜けようとした時だ。
目の前に、見慣れた黒いコートの男が、ぬっと顔を出した。
どうやらその男は、ショボーンを探していたようだった。
(メ._,)「……ここにいたか……」
(´・ω・`)「三月殿! トソンちゃんは――」
(メ._,)「問題ない……。先ほど……擬古と一緒の病院に搬送した」
N| "゚'` {"゚`lリ「発見が早かったおかげでな、フサほど苦しむ事はないだろうよ」
(´・ω・`)「そ、そうか」
三月が言おうとしたセリフを阿部が全部奪ったため、ショボーンは少したじろいだ。
苦笑を浮かべ、三月と合流して葉桜をパトカーに送りにいく。
その最中、廊下でショボーンはちいさく言った。
(´・ω・`)「三月殿……ありがとうございます」
(メ._,)「……?」
(´・ω・`)「本当なら、彼女は僕が介抱すべきだったのですが……」
(メ._,)「……気にするな」
声が弾んでいたため、ショボーンが顔を覗きこむと、三月は、珍しくも笑っていた。
照れ隠しか、ぷいとそっぽを向くも、ショボーンも笑った。
.
- 897 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:26:51 ID:ydbUYnjQO
-
(メ._,)「……むしろ……こちらが謝るべきなのだ」
(´・ω・`)「三月殿?」
廊下を抜けると、水須木と鬼瓦がいた。
その片隅には、擬古の嫁のデレが座り、しょぼんとしている。
泣きじゃくる葉桜を刑事二人に預け、二人が葉桜を連れ出した矢先で三月が口を切った。
阿部と同様に、三月もなにかを謝ろうとしていた。
(メ._,)「……ショボは……真っ先にDATの可能性を示した……。実際……事件はDATを中心にまわっていた。
というのに……それを我は……いや」
(メ._,)「オレは……信じられないがあまりに……否定した」
(´・ω・`)「!」
.
- 898 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:29:13 ID:ydbUYnjQO
-
(メ._,)「DATだと考えて捜査をすれば……より早く女将を連行できた……。
というのに……オレは……容疑者四人を逃がすという不祥事まで……しでかしてしまった」
N| "゚'` {"゚`lリ「あんただよ、あんた」
(;゚_゚)「うぎぎぎぎ!」
阿部は、三月に合わせるように小森の首を絞めた。
随分と懲りたようで、今では阿部に許しを請うている。
だが阿部は許そうなどとは思ってなさそうだった――
いや、どちらかといえば、小森を苛めて楽しんでいるようだった。
(´・ω・`)「……三月殿」
(メ._,)「上に立つ者として……申し訳なく思う」
(;´・ω・)「あ、頭をあげてください! 気にしてませんから!」
三月は、ショボーンに頭を下げた。
彼は警部になってから、頭を下げる事など一度もなかった。
捜査一課長や、刑事部長でさえ三月には低姿勢で接しているため、そのような事はなかったのだ。
本来ならプライドが許さないだろう。
だが、三月は存外抵抗なく頭を下げる事ができた。
ショボーンはすっかり動揺して、謝罪を止めるよう頼んだ。
数秒視線を床に垂直に向けてから、三月は顔をあげた。
.
- 899 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:30:13 ID:ydbUYnjQO
-
(メ._,)「……これで……事件は終わったのだな」
N| "゚'` {"゚`lリ「そうなんのかな? ああ、そうか」
(メ._,)「お前というやつは……」
阿部は低く笑った。
三月も頭を掻き、顔には安堵が満ちている。
しかし、ショボーンは依然、張り詰めた様子だった。
(´・ω・`)「なにをおっしゃる」
(メ._,)「……?」
(´・ω・`)「この事件は、まだ完全に終わってはいない」
.
- 900 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:31:58 ID:ydbUYnjQO
-
−39−
(メ._,)「……なに?」
落ち着いた様子で、三月がショボーンを見た。
顎に手を当て、彼は三月を見ることなく、視線をどこかへ向けていた。
網膜には旅館の光景はなく、ただ脳内で練っている推理が目の前を駆けていくだけだった。
N| "゚'` {"゚`lリ「まだなんかあったか?」
(´・ω・`)「忘れてるのも仕方がないと思うが……よく聞け」
(´・ω・`)「小森の持っていたDATの行方だけが、まだわかってないんだ」
(メ._,)「……」
(メ._,;)「…………ッ!」
N| "゚'` {"゚`lリ「確かに、そりゃー事件だ」
.
- 901 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:33:45 ID:ydbUYnjQO
-
容疑者四人が逃げ出す前では、別の一件があって場が騒然としていた。
小森が、中身がないDATの小瓶を所持していたのだ。
誰かがDATを呑まされてしまった可能性がある、そう言ってショボーンは焦っていた。
はやくその人物を見つけだし、特効薬とされるモリタポ50を呑ませなければならない。
徒に命を落とさせるのは、あってはならない事なのだ。
伝・ー・)「とりあえずオニに女将さんを連行させといたぜ」
(´・ω・`)「……あんた、間が悪いな」
伝・ー・)「へ?」
(メ._,)「デカブツ……! 小森のDATの行方は当然調べたんだろうな……ッ!?」
N| "゚'` {"゚`lリ「早くしねぇと、しばらくケツから痛みがとれないようにしてやるぜ?」
伝・ー・)
;`・ー・)「ええぇぇぇぇぇぇッ!? 聞いてない!!」
.
- 902 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:36:26 ID:ydbUYnjQO
-
へらへらした水須木が戻ってくるやいなや、三月と阿部に開口一番で怒声を聞かされた。
当然だが、三月からそのような指示は受けていない。
優秀な刑事なら言われなくとも調べるだろうが、そもそも当時、彼は逃げた四人を追っていた筈だ。
調べられる筈も、ない。
(メ._,;)「……我々も急いで……」
(´・ω・`)「その必要はありません」
(メ._,)「……なに?」
阿部と三月が駆けだそうとするのを、ショボーンが冷静な口振りで止めた。
二人ともぴたりと足を止め、ショボーンのほうに向いた。
ショボーンには、心当たりがあるようだった。
(´・ω・`)「DATの効き目がでるまで、少なくとも二時間はある」
(メ._,)「しかし……」
DATは何度も言われてきたように、効き目が出るまで三時間を要する。
当時に展開した推理からして、まだ時間的猶予は残っている。
焦燥に逸る三月を宥め、萎縮していた水須木のほうを見た。
(´・ω・`)「まあ待ってください。それよりも、おいあんた」
;`・ー・)「なんだよー」
もはやショボーンに対する敬意など微塵にも感じさせない水須木が、困り顔で応じた。
水須木からの敬意など既に求めすらしてないショボーンは、別段気にせず話をきりだした。
.
- 903 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:38:23 ID:ydbUYnjQO
-
(´・ω・`)「逃げた四人のうち、ヒートさんは大浴場へ。阿部さんは逃げた小森を追って。
. じゃあ、あんたともう一人は、誰を追ったんだ?」
「なんだ」と言って、水須木は受付カウンターの近くで座っているデレを指した。
俯いていて、生気がまるで感じられない。
夫の被害に友人の犯行と、よほどショックが強かったのだろうか。
伝・ー・)「オニの奴は途中で阿部警部と合流したって言ってたけどよ、俺は奥さんを追ってたぜ」
ζ( ー *ζ「……」
(´・ω・`)「あんたは確か玄関口に向かって走っていった。ということは、デレさんも外に出ようと?」
伝・ー・)「裸足で逃げようとしたところを押さえてやったんだ」
ショボーンは再び顎に手を当てた。
思い当たる節があったのだろうか。
伝・ー・)「捕まえると観念したみたいで、ずっとそこに」
デレは、受付カウンターの斜め横、丁度廊下からは陰になるところで座っていた。
その後逃げる様子はなかったそうだが、鬼瓦が戻ってくるまで水須木もそこで待機していたという。
結果、その間に怪しい動きを見せようとはしなかったということだ。
.
- 904 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:40:30 ID:ydbUYnjQO
-
(´・ω・`)「……」
ショボーンはそれを聞いて、途端に黙り込んだ。
その目には、哀れみのようなものが映っている。
そんな彼を見て、三月は、はッとした。
もしやと思い、声を若干荒げ、低い声を出した。
(メ._,;)「ま……まさか……彼女が……」
(´・ω・`)「……デレさん」
ζ( ー *ζ
(´・ω・`)「……僕の推理がただしければ」
(´・ω・`)「彼女は、自分でDATを呑んだんだ」
.
- 905 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:42:22 ID:ydbUYnjQO
-
−40−
;`・ー・)「なんだって!?」
ζ( ー *ζ
これは、容疑者の四人が逃げ出す前から、薄々感づいていた事だ。
一度この手の推理を巡らせていくと、この結論以外には考えられなかった。
なによりも合理的で、全てに説明がいくのだ。
ショボーンは、その経緯を話し始めた。
(´・ω・`)「小森。何度も聞くが、DATは勝手に使われたんだな?」
( -_-)「そうだっつってんだろ!」
(;゚_゚)「――ぐぎぎぎぎっ!」
生意気な態度をとったためか、阿部が小森の首を絞めた。
すぐに阿部の腕をとんとんと叩いた。
(´・ω・`)「で、擬古さんから借用証を奪う際に使わなかった」
(;-_-)「……はい」
(´・ω・`)「警察がきて、そこの刑事に連れてこられるまでは部屋で待機」
(´・ω・`)「その時は、まだ中身のあるDATの瓶もあったんだな?」
(;-_-)「そりゃ……そうだろ」
N| "゚'` {"゚`lリ「ほう」
N| "゚'` {"゚`lリ「―――待て。それじゃあ……」
.
- 906 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:45:00 ID:ydbUYnjQO
-
阿部は、ある事に気がついた。
その反応を見て、ショボーンも肯いた。
阿部が言うまでもなく、ショボーンは阿部が理解した事を、見てわかったのだ。
(´・ω・`)「他の宿泊客は警察からの事情聴取に追われていた、だからDATの紛失は外部犯の仕業じゃあない」
(´・ω・`)「すると、小森のDATを奪うのは、本来なら不可能なんだよ」
小森が確認している以上、擬古から借用証の奪還を試みるより以前にはDATは奪われなかった。
その後は部屋に引きこもっていたため、やはりDATを奪うのは不可能だ。
奪うためには小森を部屋から追い出す必要があったが、彼が次に
部屋を出たのは、警察が到着し、水須木が引っ張り出した時である。
また、それ以降に小森の部屋に入るのは、ショボーンの言った通り、本来は不可能。
だから、小森のDATが消えたのは、おかしい事なのだ。
;`・ー・)「でも、実際に中身は消えたんだぜ!?」
(´・ω・`)「『本来なら』って言ったろ?
. ここにイレギュラーが加われば、不可能が可能になるんだ」
;`・ー・)「なんだ、イレギュラーって!」
(´・ω・`)「事件後、あの部屋を出なかった人はいなかったか?」
.
- 907 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:51:17 ID:ydbUYnjQO
-
伝・ー・)「……部屋?」
;`・ー・)「あ……ああああああああああああッ!! そっか! それだ!」
(´・ω・`)「えらいぞ、単細胞でも理解できたか」
(メ._,;)「確かに……」
(メ._,;)「あの時……女将と擬古の嫁は部屋を出たが……。
まさか……その時にッ!」
――あの時、デレは泣きじゃくっていた。
三月が心を痛めた程に泣いたのだ、化粧も当然崩れるだろう。
それを気遣った葉桜が、デレに化粧を直すよう促し、部屋をでた。
当然、容疑者ゆえ、警官が付き添う。
しかし、向かう先は女性の化粧室。
その内部にまで警官は付き添えないし、相手は号泣している、しかも女性だ。
そのため、当時の彼は、思いもしなかっただろう。
――その隙を、衝かれる、などとは。
.
- 908 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:54:02 ID:ydbUYnjQO
-
(メ._,;)「あの時の警官はどこだ……!」
;`・ー・)「たぶん帰ってます」
(メ._,)「あとで処分を与えるよう伝えとけ……」
伝・ー・)「わっかりましたァ!」
(´・ω・`)「(そういう時だけ生き生きするんだ…)」
(´・ω・`)「……うぉっほん。しかし、ここで問題が起こる」
N| "゚'` {"゚`lリ「どうして彼女らが、小森がDATを持っていることを知っていたか、だな?」
(´・ω・`)「そうだ。しかし、考える必要もない。ここに当事者がいるからな」
(;-_-)「! 俺はなにも――」
ショボーンが小森を見ると、小森はなおも阿部の腕のなかだった。
首を振る素振りを見せ無実を訴えてきた。
しかし、阿部がヘッドロックの構えのまま力を入れると、すぐに小森は折れた。
N| "゚'` {"゚`lリ「言おうぜ?」
(;゚_゚)「あがががァァ! 言います言います!」
ζ( ー *ζ
(;-_-)「元々は奥さんと手を組んでたんですよ!」
(;-_-)「擬古のヤローをブッ殺そう、ってな!」
.
- 909 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:56:00 ID:ydbUYnjQO
-
−41−
(メ._,;)「なんだと……!」
N| "゚'` {"゚`lリ「いいタマもってんじゃねーか」
小森は、殺意を認めはしていた。
だが、そこに妻のデレが絡んでくるとは、微塵にも思ってはいなかっただろう。
いま驚きを隠せないでいる、阿部、三月、水須木は。
だが、ショボーンは。
彼は眉ひとつ動かす事すらせず、じっとデレのみを見ていた。
彼女は垂れた前髪で目が見えず、伸びた口角だけが窺える。
(;-_-)「俺が擬古のヤローから借用証を奪う時、奥さんが電話して旅館の外に出すっつー作戦だよ!」
;`・ー・)「……一応、辻褄はあうなー」
(;-_-)「当然だろ! それを実行したんだから!」
N| "゚'` {"゚`lリ「ここで彼女を巻き込もうってハラじゃねぇよな?」
(;-_-)「本当だっての! なぁ奥さん、もうだめだ! 諦めよう!」
ζ( ー *ζ
嘘を吐いているようには見えないが、阿部に首を絞められるのをおそれ、小森は必死にデレに肯くよう促した。
だが、肝心のデレは俯いたままで、巻き髪すら揺らす事はなかった。
阿部が小森を更にいたぶろうとするのを、ショボーンが制止した。
小森の身を案じた訳ではない。
.
- 910 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 20:58:14 ID:ydbUYnjQO
-
(´・ω・`)「まあ待て、小森よりもデレさんに聞く方がいいだろ?」
N| "゚'` {"゚`lリ「……ま、そうっちゃそうだな」
これ以上小森を問い詰めても埒が明きそうになかったので、ショボーンはデレから話を聞くのを考えた。
歩み寄って、デレに手を差し伸べる。
気づいたデレが三十秒ほどその手を見つめ、そして自分の右手を載せて立ち上がった。
生後間もない馬のように足が覚束なく、今からでも倒れそうだった。
デレの手は、柔らかく、そして非常に冷たかった。
涙を受け止めていたのか、若干湿っていた。
ζ( ー *ζ
(´・ω・`)「デレさん、お話をいいですか……?」
ζ( ー *ζ
ζ(゚ー゚*ζ
下ろしていた瞼を開いて、ショボーンの澄んだ瞳をじっと見つめた。
ショボーンの黒い瞳にはデレしか映ってないのを確認して、デレはにっと笑った。
邪悪ななにかを感じさせない、屈託のない無垢な笑顔だった。
(´・ω・`)「……デレさん?」
――少し、落ち着きすぎてやいないか。
それが、最初に彼女に抱いた感想だった。
あくまで、自分は小森によって告発されている身。
少しくらいは取り乱したっていいのに。ショボーンは、そう思った。
.
- 911 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:02:27 ID:ydbUYnjQO
-
ショボーンが不思議に思って見つめていると、漸くデレは口を開いた。
耳を澄まさなければ聞こえない、囁き声だった。
ζ(゚ー゚*ζ「夫は……」
(´・ω・`)「?」
ζ(゚ー゚*ζ「夫は……もう助からないのですよね……」
N| "゚'` {"゚`lリ「ん? フサならも――」
事情を知っている阿部が、口を挟もうとした。
しかし、ショボーンが強引にそれを遮った。
(´・ω・`)「助からないなら?」
ζ(゚ー゚*ζ「……」
ζ(゚ー゚*ζ「わかっちゃった……んです」
ζ( ー *ζ「ヒーちゃんが、夫を殺したんだろうな、って……」
(´・ω・`)「!」
デレは瞼を伏せて、ショボーンの手を両手で握った。
思いっきり力を籠め、必死に握っている。
ショボーンは何だと思っているところ、デレの手は小刻みにだが震えていた。
精神が安定せず、一人で話すには不安なのだろう。
ショボーンは黙って、握り返してあげた。
ζ( ー *ζ「でも……それは私とあの人のためにしてくれる事……」
ζ(゚ー゚*ζ「ヒーちゃんは……私を気分的に楽にさせてくれたの」
(´・ω・`)「……」
ζ( ー *ζ「ですが、件の毒を呑んだの、私じゃありません」
ζ( ー *ζ「私、そんなの呑んでません。呑んでませんから」
.
- 912 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:04:57 ID:ydbUYnjQO
-
デレは、DATの件を否定した。
現状ではデレしか考えられず、また否定の仕方も怪しく見える。
今の言葉は嘘なのだろう、とショボーンはすぐに理解した。
だが、それを嘘と見抜くには検査をするしかない。
しかしながら、本人が否定するなか強制的に検査に臨めば、人権問題が付きまとうのは必至だ。
第一、いまの彼女に症状などないのだ。
健康体の彼女に特効薬を与えるには、本人がDATを呑んだ事を認めさせなければならない。
万事休す、か――そう、捜査陣は思った。
――と、そこで、三月の電話が鳴った。
動じずに出ると、部下からの報告だった。
(メ._,)「どうした……?」
『きッ吉報です!』
『被害者が……擬古氏が、意識を取り戻しました!』
.
- 913 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:09:19 ID:ydbUYnjQO
-
−42−
(メ._,)「それは……本当か!」
『はい! たった今、確認されました!』
それは、歓喜に満ちた刑事の声だった。
擬古が、VIPの検事だから、などという他意はない。
ただ純粋に、被害者が命を取り留めた。
その事が、限りなく嬉しいのだ。
三月も口調が少し速くなり、昂揚しているのが手に取るようにわかった。
その他擬古に関する報告を受け、喜ばしい結果のまま三月は電話をきった。
三月がそれらの事をショボーンたちに伝えようとするが、言うまでもなかった。
三月の電話の受話音量が大きく、意識せずとも聞き取れたのだ。
また、加えて三月の語調を聞くだけで、もはや確信できる。
N| "゚'` {"゚`lリ「ひやひやしたぜ」
(メ._,)「実に……喜ばしい事だ」
伝・ー・)「今夜、赤飯食べるぜ!」
(;´・ω・)「……」
ショボーン以外の刑事三人は、形は違えど喜びを示した。
必ず死亡するとされるDATから、世界初の生還者が生まれたのだ。
存命が絶望されていたさなかからの、奇跡といっていい帰還である。
阿部が特効薬を与えるのが、もう少し遅ければ。
その時は、また、違った結果となっていたのだろうか。
しかし、それを考える必要はなかった。
事実として、擬古は蘇った。
その一点のみが存在していれば、あとはどうでもよかったのだ。
―――ショボーンを除いて。
.
- 914 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:13:16 ID:ydbUYnjQO
-
(;´・ω・)「………」
(メ._,)「……どうした?」
ショボーンは、固まっていた。
いや、予想はできていた事であり、それによりショボーンに害が及ぶ事などない。
素直に喜んでいい筈なのに、ショボーンは顔の筋肉を固めていた。
不審に感じた三月が、尋ねた時だ。
ショボーンの目の前にいたデレの瞳が、色を宿さなくなっていた。
ζ(゚ー゚*ζ
(;´・ω・`)「あ、はは……。おめでとうございます! ご主人はご存命ですよ!」
ζ(゚ー゚*ζ
デレは眉すら動かさなかった。
先ほどまでのか弱そうな印象から一転、他の印象を全く受け付けさせない無表情となっていた。
ショボーンはその真意がわかりなんとか宥めようとするのだが、既に二重の意味で遅かった。
ζ(゚ー゚*ζ「夫は、無事なのですか?」
(;´・ω・`)「はい、はい。とっても」
ζ(゚ー゚*ζ
口を開いたかと思うと、再び閉ざした。
三月、阿部、水須木が次第に静かになってきた。
なにが起こるのかと思い、ショボーンの陰から顔をだしている。
.
- 915 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:17:17 ID:ydbUYnjQO
-
ζ(゚ー゚*ζ
ζ(゚ー゚*ζ「……やだ」
(;´・ω・`)「やだ?」
ζ(゚ー゚*ζ「……」
ζ(゚ー゚*ζ「……死ぬの、やだ」
(メ._,;)「ッ!」
ダムが、崩壊した瞬間だった。
ζ(;Д;*ζ「やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッぁあ!!」
.
- 916 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:31:57 ID:ydbUYnjQO
-
(;´・ω・`)「デレさん、落ち着いて!」
ζ(;、;*ζ「死にたくない! やだ! 助けて!
刑事さん助けて! お願い!! 死にたくないよおおおおおおお!!」
デレは、混乱した。
絶叫し、悲願し、号泣した。
ショボーンにすがりつき、常に悲鳴をあげ続けている。
全身から汗が噴き出し、鼻水が出て、涙がショボーンのトレンチコートを湿らせる。
他の三人には、何のことか訳がわからなかった。
デレにすがりつかれ動けないショボーンを察し、阿部が歩み寄った。
一体どうしてしまったのか、尋ねるとショボーンは大声を放った。
(;´・ω・`)「考えろ、デレさんがDATを呑んだであろう理由を!」
N| "゚'` {"゚`lリ「常識的に考えると……罪意識による自殺か?」
(;´・ω・`)「違う、もっと単純なんだ!」
(;´・ω・`)「……愛した夫が、死ぬ筈だった。とるべき行動はひとつだけだろ!」
(メ._,;)「ッ! 後追い自殺ッ!」
N| "゚'` {"゚`lリ「……っ!」
ζ(;Д;*ζ「呑んだ! DATとか言う毒、呑んだ! 認めるからあああああああッ!」
.
- 917 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:32:54 ID:ydbUYnjQO
-
呑めば百パーセントの確率で絶命。
DATを呑む以上は、それを承知だろう。
死を呑んだデレが、存命を望む。
それがどれだけ難しい事か、言うまでもない。
その、難しい理由の最たるものは、阿部の発言にあった。
というのも、阿部が、今日ではじめて焦りを見せたのだ。
N|;"゚'` {"゚`lリ「……もう、モリタポ50はないんだぞッ!」
.
- 918 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:39:02 ID:ydbUYnjQO
-
−43−
(;´・ω・`)「…………な、……」
(´・ω・`)「―――な」
(;´゚ω゚`)「なにィィィィィィィッィイ!?
. さっきまでの余裕はどこ行ったんだよバカ!!」
N| "゚'` {"゚`lリ「例の嬢ちゃんにやったのを、忘れてたんだ!
あれで、最後だったってことだよ!」
(メ._,;)「救急車を呼べ!」
N| "゚'` {"゚`lリ「無駄だ、ふつうの病院に送ったところでDATの対処ができず、そのままお陀仏さ」
ζ(;、;*ζ「あの人を残して死にたくない! 生きたい! 生きたい!」
(;´゚ω゚`)
ショボーンは頭のなかが真っ白になった。
せっかく救えた一つの命が、別のところで消えかかっているのだ。
それも、犯人でも被害者でもない、第三者が、だ。
絶対に救わなければならないのだが、普通の病院では治療は不可とされている。
ではどうすればいいのか、考えても考えても、思いつく事はなかった。
医療に関しては、乏しいのだ。
ζ(;Д;*ζ「息が、息が苦しいよぉぉぉぉぉッぉお!」
(メ._,;)「落ち着け……まだ症状がでる時間じゃないぞ……!」
デレは、喉を押さえて、苦悶しはじめた。
心なしか、声も枯れて聞こえる。
だが、まだDATの効き目が現れるにしては早すぎる時間だ。
つまり、どう足掻いても死ぬとわかったデレが混乱しきって、そのように錯覚しているのだ。
病院に搬送するにしても、まずは落ち着かせるしかなかった。
.
- 919 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:42:46 ID:ydbUYnjQO
-
ζ(;ー;*ζ「怖い、死ぬのが怖い……助げでぇぇ……」
N| "゚'` {"゚`lリ「搬送するにはまず混乱を解け。俺がその間に車を手配する」
(;´・ω・`)
(´・ω・`)「っ! あ……ああ」
ショボーンが、我に返る。
病院への搬送は不可だとしても、まだあてはあったようだった。
それを手配するため、まずはデレを落ち着かせるよう阿部に頼まれた。
だが、いまのように崩壊した精神に説得を試みるなど、抵抗感が強かった。
死者に鞭を打つような心地だった。
いま、ここで現実に向き合わせるような厳しい言葉を、自分はかける事ができない。
それを自覚しているショボーンは、内心焦りながらデレと向き合った。
ショボーンが心を鬼にする時だった。
(´・ω・`)「……デレさん」
ζ(;ー;*ζ「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな
さいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ
んなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
(´-ω-`)「……」
(´・ω・`)「……さっさと、死ね」
ζ(;ー;*ζ「ッ!」
(メ._,;)「ショボ! なにを――」
.
- 920 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:45:21 ID:ydbUYnjQO
-
開口一番で、ショボーンは言った。
正気の沙汰とは思えない、言葉だった。
最初言葉の意味がわからず、デレも三月も戸惑った。
三月に至っては制止しようとしていた。
だが、ショボーンはそれをよしとしなかった。
これは、説得とは名ばかりの、ショボーンのエゴだったからだ。
(´・ω・`)「夫が死ぬからといって勝手に毒を呑んで、生きているとわかれば生きたい? わがままを抜かすな」
ζ(;、;*ζ「だって!! あの人のいない世の中じゃあ生きていけない!!」
(´・ω・`)「それがわがままだと言ってるんだ。擬古さんは、あんたを愛してなかったのか?」
ζ(;ー;*ζ「世界で一番愛し合っていたわよ! だから、死ぬ時も一緒なの!」
(´・ω・`)「男が、愛する女の死を知って喜ぶと思うか?
. それが、己が原因で招いた死だとしたら、なおさらだ」
ζ(;ー;*ζ「………!」
(´・ω・`)「あんたの言ってる死ってのは、自分が依存できる人が消えた事による、甘えだ。この上なく最悪の現実逃避だ」
(´・ω・`)「自分が死を受け入れられないから逃れようとする、身勝手な行動だ。この世で最も重い罪だ」
(´・ω・`)「もし擬古さんが本当に死んだとして、彼は絶対に、絶対にあんたの死を快く思わない。
. 浮かばれない気持ちになるんだ」
ζ(;ー;*ζ「でも私はあの人に一生を賭して尽くすって決めたもん!
そのあの人が死んだら、私に生きる価値なんてない!」
(#´・ω・`)「生きる事に価値なんてつけるなッ!」
ζ(;、;*ζ「ッ!」
.
- 921 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:46:39 ID:ydbUYnjQO
-
ショボーンには、苦い過去がある。
それが元で、彼は自殺を図った事があった。
丁度、デレと全く同じ心境下で、だ。
今の、ショボーンがデレに言った言葉は、嘗てショボーンが信頼する人物に言われたものだった。
デレに当時のショボーンを投影して、自分で過去の自分を更生させよう――
気が付けばショボーンはそんな利己的な考えでデレに説得をしていた。
だから、滅多に怒鳴るなんてしない彼が、本気で怒鳴っているのだ。
自分の過去を払うために。
同じ経験を、デレにも味わってほしくがないために。
.
- 922 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:48:42 ID:ydbUYnjQO
-
−44−
(´・ω・`)「仮に夫が死んだとしたって、絶対に後追い自殺なんてしちゃだめなんだ」
ζ(;ー;*ζ「ひっ……えぐッ……」
(´・ω・`)「死んだ愛する人のために、死んだ愛する人の分も、自分が精一杯生きる」
(´・ω・`)「それが愛する人への愛の示し方であるし、唯一の、罪を償う方法なんだよ」
ζ(;ー;*ζ「…っ……?」
(´-ω-`)「『図々しくも私なんかが生き延びてしまった。身代わりになれずごめんなさい』という罪意識があるなら。
なおさら、生き続けなければならない」
(´・ω・`)「愛する人の存命時以上に幸せになる事が、天に召された人に愛を届け、許しを請う唯一の方法。
. 覚えておくんだ」
(´・ω・`)「愛する人を持つ者にとっての最大の幸せは、愛する人の幸福なんだから、な」
ζ(;、;*ζ「でッも……、あの人ッのい、ない世界で幸せなんて……」
(´・ω・`)「……」
ショボーンは、一瞬目を伏せた。
その時浮かんだ顔は、名物である筈の葉桜の見える温泉の不人気で悩んでいた、葉桜ヒートの顔だ。
どうして、人々が葉桜の見える温泉を避けるのか、少しわかった気がしたからだ。
.
- 923 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:50:43 ID:ydbUYnjQO
-
(´・ω・`)「……この旅館、葉桜館って言いますよね」
ζ(;ー;*ζ「…?」
(´・ω・`)「本来は、サクラという木が一番美しいのは花が満開となる四月です。
. でも、女将のヒートさんは、敢えて葉桜を売り物にした」
ζ(;ー;*ζ「葉桜……って名字、だからじゃないの……?」
(´・ω・`)「僕が思うに、ヒートさんは葉桜が大好きなんだ」
話していると、どこか、デレの泣き顔が葉桜と重なって見えはじめてきた。
やはり、通じるものがあるのだろうと彼は思った。
(´・ω・`)「桃色のきれいな花びらを落として、なんの変哲もない
. 緑色の木になってしまった桜のほうが、彼女は好きなのです」
(´・ω・`)「すっかり容姿が変貌してしまうけど、それでも葉桜を好む人はいるのはなぜか」
(´・ω・`)「……葉桜は、花びらという大事な物を失っても、必死に生きてゆく」
(´・ω・`)「そしていつかは、また美しい花びらを手に入れる事ができるからなんだ、と思います」
(´-ω-`)「……これは、今のあなたと全く同じのように思えませんか?」
.
- 924 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:52:27 ID:ydbUYnjQO
-
ζ(;、;*ζ「…」
ζ(;ー;*ζ「…」
ショボーンが話すのを止めると、丁度サイレンの音が聞こえてくるのが聞こえた。
音からして、救急車とパトカーが一斉にきているのだろう。
アルプス県警は既に葉桜館にいることから、別のところからの応援なのだ、とわかった。
そして、それが誰からの要請なのか、もすぐに見当がついた。
N| "゚'` {"゚`lリ「まさかと思って待機させていた分が、役にたったぜ」
(メ._,)「この音は……」
N| "゚'` {"゚`lリ「警視庁から、何人か寄越すよう言ってたんだ。ついでに小森も検挙する名目でな」
(;-_-)「だから、俺は奥さんと手を組んで――」
さすが警部になった男だ、と三月は思った。
平の刑事だった頃は、彼に従おうなんて人間は一人としていなかったのだ。
それが今では、まともな警部として日々を過ごしている。
少し、阿部が誇らしく思えた。
小森を苛めたりさえしていなければ。
.
- 925 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:54:11 ID:ydbUYnjQO
-
(メ._,)「……擬古の嫁は……どうするんだ?」
N| "゚'` {"゚`lリ「うちのDATの研究チームが、医学協会と協力して治療に臨むだろうってさ」
(´・ω・`)「……だ、そうです。あなたは、生きる事ができる」
ζ(;ー;*ζ「……」
(´・ω・`)「これからは自殺を考えず全うに生き続け、愛を誓うのか。
. それとも、ここでのこのこ自殺するのか。……決めるのは、あなたです」
ζ(;ー;*ζ「……」
ζ(;ー;*ζ「もう……自殺なんてしません……夫を愛し続けます……謝り続けます……
命絶える日まで、ずっと……」
.
- 926 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:57:12 ID:ydbUYnjQO
-
(´・ω・`)「……」
(´-ω-`)「……フ」
彼女の、自殺に至った経緯。
捨てられたランチボックスの謎。
擬古に、なにを謝罪するのか。
彼女の語る愛に、どんな障害があったのか。
ショボーンが知りたい事はまだまだあったが、それを聞く事はなかった。
人の恋路に手を出す、そのような権利など存在しないからだ。
これ以上を知る事ができるのは、アルプスの刑事だけ。
そう考え、彼は見せた歯から息を漏らすだけだった。
やがて救急車が到着しデレを乗せ、阿部とショボーンが警視庁のパトカーに乗った。
アルプスの刑事を残し後にする葉桜館では、葉桜はいつまでもその葉を天に向けていた。
そして、アルプスの風が吹いたかと思うと、桃色の花びらは嬉しそうに散っていった。
.
- 927 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 21:58:01 ID:ydbUYnjQO
-
.
- 928 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:00:00 ID:ydbUYnjQO
-
−45−
五月十日、検事の擬古フッサールは一週間ほどの出張に出る筈だった。
DATについて、調べる事があったからだ。
まずは警視庁でDATについて情報を集める。
そして十三日に阿部がアルプスで講義に出るため、午後から合流し、以降はアルプスでDATの調査を行う予定だった。
だが、十三日の朝になると、葉桜ヒートから電話がかかった。
午後から予約は入れていたが、何らかの不都合で満室にでもなったのかと少し不安になって出た。
すると、葉桜の用件は至って単純なものだった。
久々に会うのでアルバムでも見て語らいたい、という。
擬古は別に文句はなかったし、阿部との会議が一段落ついたところで、肴でもつまみながら話すのもいいだろうと思った。
午前中は喫茶店で時間を潰すつもりだったので、その時間に一旦帰宅する事にした。
コンビニで朝食でも調達しようと思っていたところなので、ならば愛する妻の手料理を食べてから行こう、と閃いた。
ここ数日の間は声も聞いてなかったため、愛妻家としてはありがたい事だ。
連絡をせず驚きを持って出迎えてあげたほうが、喜びも一入だろう。
快い気分のまま帰路について、その最中は妻が嬉しそうに朝食をつくる姿を想像し、微笑んだ。
.
- 929 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:02:06 ID:ydbUYnjQO
-
だが家についておかしかった事があった。
一階に電灯が点いていないのに対し、二階、寝室には明かりがあるのだ。
七時をまわっており、普段の妻なら一階でニュース番組でも見ながら朝食をつくっているだろう。
不思議な気持ちになったが、自分が居ないためたまにはのんびり寝よう、
という腹なのだろうと考え、気にせず玄関に向かった。
なるべく音が聞こえないように施錠を解き、ゆっくり扉を開いた。
泥棒になった気分だと微笑を浮かべていたが、ふっとその微笑は消えた。
ミ,,゚Д゚彡「……?」
靴を脱ごうとする前に、その異変に気が付いた。
妻の靴の隣に、大きな革靴があるのだ。
むろんそれが自分の靴ではないとすぐにわかったし、
大きさを見る限り女性物ではないというのも同時にわかった。
一瞬妻を呼ぼうとしたが、限りなく不審に感じたため、その声を引っ込めた。
まさかとは思うも、妻に対してある疑心を抱きはじめていたのだ。
階段に体重を載せると、ぎぃと軋む音が聞こえる。
だから、手すりと壁に力を籠め、なるべく階段を軋ませないように、一段一段を上っていった。
明かりからするに、妻が二階にいるのは間違いないのだ。
全ての段差を上り終え、寝室に向かった。
足音を忍ばせて扉の前に立ち、耳を当てて中の音を確認した。
静かだ、なにもおかしい音はない。
すると、玄関にあった革靴は、自分へのプレゼントなのだろうか。
そうだとすると申し訳ない事をした、と詫びる気持ちのまま、扉に手をかけ、平生と変わらず開いた。
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- 930 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:03:58 ID:ydbUYnjQO
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ミ,,゚Д゚彡「デレ、早く起きな――」
ζ(゚ー゚;ζ「ッ!?」
ミ,,゚Д゚彡「!」
寝室に足を踏み入れ、ベッドを見ると、デレと目があった。
シーツを上にかけたまま、上体を起こしている。
そして、なぜかその上体に纏われる衣服は、無かった。
また、彼女の陰にも一人、男がいることが一目見てわかった。
同時に、玄関にあった大きな革靴が、彼のものであるのだろうとも予測がついた。
(・∀ ・)「誰?」
ζ(゚ー゚;ζ「あなた!?」
(・∀ ・)「え、まじ?」
ミ,,゚Д゚彡
擬古は、その光景を五秒ほど見つめていた。
いや、その時の擬古の目は機能していなかった。
網膜が灰色に濁っており、妻の姿を認識するのは無理だったのだ。
デレが慌ててシーツを蹴り、毛皮のスリッパを履こうとした。
その頃には、擬古に感情などなかった。
ただ無意識のうちに、扉を蹴破り、玄関へと階段を駆け下りていっていた。
妻のなにかの叫び声が聞こえる。
しかし、聴覚にも神経は宿っていなかった。
玄関で靴を履こうとすると、階段を下りてきた擬古にデレがすがりついた。
だが、その事に気づくのも、自分が立ち上がろうとした時あった。
妻の柔らかい肌が、自分を覆っていたのだ。
ようやく聴覚が蘇ったが、聞こえたのは同じ言葉だらけだった。
ζ(゚ー゚;ζ「待って、違う! 聞いて!」
ミ,, Д 彡
身体を揺すり、自分が外へ出て行くのを必死に押さえている。
殴り飛ばす事などできた筈だが、当時の擬古にはそのような気力すらなかった。
ただ妻の悲願を、受け流していた。
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- 931 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:05:13 ID:ydbUYnjQO
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−46−
ζ(゚ー゚;ζ「聞いて! あなたを裏切ったとかそういうのじゃないの!」
ミ,, Д 彡
ζ(゚ー゚;ζ「話を聞いて! 行かないで!」
ミ,, Д 彡
ζ(;ー;*ζ「許してって言わないから! 行かないで! お願い!」
デレは、只管そう叫んでばかりだった。
一糸纏わぬ姿を恥じらいもせず、ただ夫と離れ離れになりたくないがために、必死に許しを請うていた。
その言葉が真実なのか、言霊には本音が含まれているのか、平生の擬古ならわかっただろう。
だが、今の擬古は頭のなかが真っ白だった。
愛した妻が、自分を裏切った。
ただそれだけで、なにもかもを失ったような心境になった。
たった一瞬見た光景だけで、妻を信じられなくなった。
自分が愛した妻はどこに行ったのか、見失ってしまった。
擬古デレは隣にいる。
だが、それは擬古の知っている彼女ではなかった。
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- 932 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:06:37 ID:ydbUYnjQO
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なにが悪かったのか。
気が付けば、デレの言葉など門前払いしてその事を考えていた。
検事と言う凶悪な人間と戦う職業柄、仕事に明け暮れる日が続いた。
資料に目を通して一晩中自宅に帰らない事もあった。
時には現場に出向きビジネスホテルに一泊する日もあった。
そのたびに、家に一人にするデレに申し訳なく思っていた。
だから、その詫びる気持ちを愛として示していた。
妻を心から愛し、慕い、敬い、護ってきた。
デレも自分を慕ってくれていたため、なにもかもが円満であるのだ、とばかり思っていた。
だが、それは自分の思い過ごしだったのだろう。
擬古はそう思った。
ζ(;ー;*ζ「ごめんなさい! ごめんなさい! 行かないで!」
また、擬古は精神面で非常に脆い人なのだ。
情緒不安定になりがちで、薬に頼る事もある。
なにかに依存しがちで、一度信頼が壊れてしまっては二度と当人を信じる事などできない。
多忙で、いつ精神病で倒れるかわからない日々のなか、デレだけが生き甲斐だった。
家に帰ればデレが笑顔で迎えてくれる、そう思っていなければ倒れてしまうだろう日ばかりだった。
そのデレが、自分から離れてしまった。
ただそれだけで、生きる気力をなくしてしまった。
なにを目標に掲げればいいのかも、わからなくなってしまった。
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- 933 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:08:19 ID:ydbUYnjQO
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ミ,, Д 彡「……」
擬古は、一旦溜息を吐いた。
自分の死ってるデレが死んだものだと割り切ると、存外気が軽くなったのだ。
目の前の彼女は、デレではない。
そうとしか思えなくなっていた。
ミ,, Д 彡「お前の心を満たせなかった、俺が悪かった」
漸く絞り出せた声が、それだった。
嫌みや別れの口上ではなく、本心だった。
デレが死んだのは、自分があまりにも仕事に打ち込みすぎて、デレを守りきれなかったからだ。
退屈、倦怠、空虚という魔の手からデレを救えなかった、己が不甲斐なかったのだ。
日常における己から得る事のない刺激欲しさに、デレは自分を捨て、平和や愛を捨てざるを得なかった。
デレに非はない。あるとしたら、自分だ。
擬古の結論は、それだった。
ζ(;ー;*ζ「違う! あなたは全然悪くない!」
ミ,, Д 彡「そうか、この期に及んでこんな俺を庇ってくれるのか」
ζ(;д;*ζ「自分を責めないで! 悪くないの! 全部私が悪いの!」
ミ,, Д 彡「……こんな良妻を殺したのは……」
ミ,,゚Д゚彡「……俺だ」
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- 934 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:10:36 ID:ydbUYnjQO
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そう言って、擬古は目を見開いた。
完全に吹っ切れて、現実を受け入れる事にしたのだ。
擬古の思う理想から、擬古の思う現実へ、と。
擬古は、自意識過剰な点があった。
被害妄想に明け暮れてしまう点があった。
何か事が起こると、全て自分が原因だと勘違いし、形のない罪の意識に苛まれてしまうのだ。
デレは、そんな擬古を知っていた。
結婚後にも、彼女は自分を闇雲に追いつめる擬古の姿を、幾度となく見てきた。
だからこそ、放っておけば擬古は本当にデレは死んだ物だと思いこんでしまうのだ、と知っていた。
デレは、その誤解をなんとしてでも解きたかった。
しかし、デレは擬古を本当に愛していたのか。
当時では、本人以外わからなかった。
だから、擬古はデレの制止空しく家を飛び出したのだ。
すがりつくデレを振り払い、独り車に乗って出して。
アルバムも忘れた。
阿部と会う約束も脳から消えていた。
旅館にとった予約など、初めからなかったかのようになっていた。
そんなとき、ふと車を向けた先が、偶然そのアルプスだった。
都会の喧噪から逃避できる場所、アルプス。
擬古は、気がつけばその山道を走っていたのだ。
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- 935 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:11:25 ID:ydbUYnjQO
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- 936 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:13:01 ID:ydbUYnjQO
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−47−
ショボーンと阿部を乗せたパトカーは、首都アスキーアート、通称AA(エーエー)に着いた。
その後真っ直ぐ、警視庁の近くにある警察病院に走らせ、十分もするとショボーンはパトカーから降りていた。
首都というだけあって、ショボーンの故郷のVIPとは建物の多さや高さがまるで違う。
久々に来るため、その街並みに圧倒されていると、続けてパトカーから降りた阿部に肩を叩かれた。
N| "゚'` {"゚`lリ「なにやってんだ」
(´・ω・`)「ひっさびさに来たもんだからなぁ……」
頭を掻きながら、阿部に続いて病院の自動扉をくぐり抜けた。
やはり大きな造りで、受付カウンターの向かいの待合室だけでVIPの病院の何倍もの広さがあった。
通りかかった看護師がちらりと阿部を見ると、急に畏まった姿勢を
とったので、後ろにいたショボーンは何があったのだと思った。
从*・_・从「阿部警部! いらっしゃいませ!」
N| "゚'` {"゚`lリ「らっしゃいって、ここは八百屋か何かか?」
(´・ω・`)
すると、その小柄で小顔の女性が、黄色い声で阿部を呼び止めた。
阿部の名を聞くと、受付カウンターの向こうからも声が聞こえてきた。
だが、どれも内容は似たようなものだった。
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- 937 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:15:36 ID:ydbUYnjQO
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「阿部さん!? キャァァァっ!」
「こっち見てください阿部警部!」
「警部、今日はなにをなされにいらしたでございますか!?」
N| "゚'` {"゚`lリ「仕事に集中しろってんだ、ったく」
受付カウンターの向こうで大騒ぎが起こり、近くにいた他の看護師や事務員なども集まってきた。
老若を問わぬ女性が多かったが、がたいのいい男も多かった。
皆、阿部目当てで集まり、人集りができている。
从*・_・从「どうなさいました?」
N| "゚'` {"゚`lリ「例の葉桜館の患者を三人連れてこさせただろ? そこに行くんだ」
从*・_・从「東棟の三階です! 案内します!」
N| "゚'` {"゚`lリ「いや、いいさ。ありがとう」
从*>_<从「ははは……はいッ! お気をつけて!」
(´・ω・`)
(´・ω・`) …。
阿部がさっと手を振ると、人集りは尚も黄色い視線を阿部に向けながら、散っていった。
エレベーターに乗る頃には、元のショボーンと阿部の二人だけとなっていた。
.
- 938 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:17:32 ID:ydbUYnjQO
-
エレベーターに乗って一息吐くと、阿部はショボーンが不機嫌そうにしているのに気が付いた。
ムスッとしていて、目を細めている。
どうしたんだと尋ねると、低い声で「別に」と言った。
だが、眼の色を見れば、なにか言いたげであるのには違いなさそうだった。
阿部は軽く笑った。
N| "゚'` {"゚`lリ「あれか、嫉妬か?」
(´・ω・`)「はんッ! どーして僕が野郎なんかの人気に」
N| "゚'` {"゚`lリ「そうか、やっぱりショボは俺のことが……」
(´・ω・`)「ぶち殺すぞ」
微笑を声にして、阿部は階数表示をみた。
もう三階に着くようだったので、開くのを待つ。
ショボーンが何やら小声でぶつぶつ言っていたが、気にせずエレベーターから降りた。
言われた場所に向かう道中で、やはりショボーンは阿部を睨んでいた。
N| "゚'` {"゚`lリ「言っとくけどな、俺はオンナには興味がないんだぜ?」
(´・ω・`)「どうだかね!」
N| "゚'` {"゚`lリ「俺はオトコしか興味がない、って言ってんのになァ」
(´・ω・`)「あんたのせいで、僕にホモ疑惑がたってるんだ。
. おかげで部下の女刑事には変な目で見られるし……」
N| "゚'` {"゚`lリ「お前、男好きじゃなかったのか?」
(;´・ω・`)「んなわけあるか!」
.
- 939 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:19:12 ID:ydbUYnjQO
-
病院では静かにするものだが、それを忘れてショボーンは大きな声を出してしまった。
はっとして口を塞ぐと、阿部が立ち止まった。
丁度、搬送された被害者がいる、とされた病室だ。
つまり、都村のいる病室である。
(´・ω・`)「……トソンちゃんと擬古さんもこっちにやってたのか」
N| "゚'` {"゚`lリ「嬢ちゃんはともかく、フサはあくまで死ぬ寸前だった。
しばらくの間は後遺症が残るぜ。だから、こっちにいるほうが都合がいい」
(´・ω・`)「ふーん」
素っ気なく肯いたところで、廊下の向こうから病院食を載せたワゴンがやってきた。
もう夜も更けてくる頃合いだから、だろう。
特に気になる事もなく、ほっておいた。
振り向き、ショボーンは都村のいる扉をノックした。
応答がないので、声をかけようとした時だ。
川;┐_┐)「きゃっ!」
(´・ω・`)「?」
N| "゚'` {"゚`lリ「危ないっ!」
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- 940 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:20:34 ID:ydbUYnjQO
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−48−
(´・ω・`)「っ!」
ショボーンが振り向くと、目の前に銀色のワゴンが飛んできていた。
その向こうには、転びかけた看護師が、「しまった」と言いたげな眼でショボーンを見ている。
看護師が、誤って足を躓かせてしまい、ワゴンを突いてしまったのだ。
慌てて避けようとしたところ、先に気づいた阿部がショボーンの前に出た。
だがワゴンを押さえる時間はなかったため、真正面にいたショボーンに覆い被さり、阿部が身代わりになった。
ワゴンは阿部の腰にぶつかり、倒れて食事が散らばってしまった。
また、その瞬間だ。
事の騒ぎを聞きつけたのか、それとも漸く応対に出たのか、病室の扉が開かれた。
(゚、゚トソン「はい?」
(;´・ω・)
N| "゚'` {"゚`lリ
(゚、゚トソン
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- 941 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:22:14 ID:ydbUYnjQO
-
気が付くと、知らずのうちに、阿部がショボーンを抱いていた。
太い腕でショボーンを包んでおり、あまり体躯の大きくないショボーンは苦しそうだった。
そして、病室からでた都村と阿部の、目があった。
(゚、゚トソン
(゚、゚;トソン
N| "゚'` {"゚`lリ「おっ。起こして悪いな」
(゚、゚;トソン
(゚、゚;トソン「こここ、こちらこそ、おジャマしましたッ!」
(;´・ω・`)「待って、これには深ぁいワケが!」
都村は、慌てて扉を閉めた。
その頃には阿部が腕を解いていたため、ショボーンは動けるようになっていた。
都村を追いかけるように病室に入ろうとする。
(;´・ω・`)「あのね、なにか勘違いしてない?」
(゚、゚;トソン「そんなことないです。警部が男好きってのは知ってますし」
(;´・ω・`)「違う、その時点で勘違い!」
(゚、゚;トソン「さよーならー…」
(;´・ω・`)「待ちなさい!」
N| "゚'` {"゚`lリ「病院ではお静かに」
(;´・ω・)「うっせ! あんたが言うな!」
.
- 942 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:23:36 ID:ydbUYnjQO
-
ショボーンと阿部が騒ぐ一方で、看護師も漸く我に返った。
散乱した病院食を見て狼狽えていたのだが、阿部のもとへ駆けてきた。
ワゴンによる痛みはさほどしないとは思われたのだが、ぶつけてしまった事には違いないのだ。
川;┐_┐)「阿部警部すみません!」
N| "゚'` {"゚`lリ「ああ、大丈夫だから気にするな。俺の腰は特別強いからな」
川;┐_┐)「ごはんがかかったかも……」
N| "゚'` {"゚`lリ「これか? スペアが六着あるからいいさ」
川;┐_┐)「ごめんなさい、ごめんなさい!」
N| "゚'` {"゚`lリ「いいってことよ。イイ経験もできたしな」
(´・ω・`)「……てめえ……」
看護師が慌てて、近くを通った別の看護師を呼んだ。
事情を説明するまでもなく、その看護師は現状を把握した。
同じく顔を蒼くし、どこかへ走っていった。
雑巾でも取りにいくのだろう、と思われた。
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- 943 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:25:31 ID:ydbUYnjQO
-
ショボーンが阿部を汚物を見る目で睨む。
声高らかに笑い声をあげて、部屋に入っていった。
扉の向こうには、布団のなかにくるまっている人が見えた。
言うまでもなく都村だろう、とショボーンは思った。
N| "゚'` {"゚`lリ「あらら、モリタポ50の副作用か?」
(;´・ω・)「あんたのせいだあんたの!」
「私なにも見てませーん…」
布団のなかから、可愛らしい声が聞こえた。
低く、別の意味でショボーンを案じているようだった。
誤解を解こうとしても無駄だろうなと思い、ショボーンは肩を竦めた。
(´・ω・`)「うちの若いのに知られたらえらいこっちゃ……」
N| "゚'` {"゚`lリ「ま、嬢ちゃんには後遺症がないってだけ、良かったじゃないか」
(´・ω・`)「人事だと思って……」
ショボーンは深い溜息を吐いた。
すると阿部が「おや」と思い、ショボーンと向き合った。
ショボーンの顔は曇っていた。
N| "゚'` {"゚`lリ「まさかショボ、女学生に……」
(;´・ω・`)「ばか言え、貞操は守ってるわ」
N| "゚'` {"゚`lリ「じゃあ、どうした? 彼女にご執着みたいだが」
(´・ω・`)「うーん……」
.
- 944 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:26:51 ID:ydbUYnjQO
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ショボーンは、よく会うという理由もあるだろうが、どこか都村に惹かれる部分があった。
阿部に言われるまでもなく自覚しているだろうが、改めて訊かれると返答に窮した。
考えた結果出した声は、えらく小さかった。
(´・ω・`)「似てるから、かな?」
N| "゚'` {"゚`lリ「似てるって、嫁にか?」
(´・ω・`)「違うよ」
否定する時の顔は、さして困ったような顔はしていなかった。
どちらかというと、この時の顔は比較的柔らかいものだった。
(´・ω・`)「やっぱり、娘に似てるな、ってね」
そう言って、布団から顔を出さずなにかを唱え続ける都村をみた。
確かにその眼は、下心のあるものでもなく愛する人を見る眼でもなく、
まるで娘を見守っているような、温かい眼だった。
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- 945 名前:名も無きAAのようです:2012/12/26(水) 22:27:47 ID:ydbUYnjQO
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イツワリ警部の事件簿
Extra File.2
(´・ω・`)アルプスの風に吹かれるようです
おしまい
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