666 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:09:00 ID:Z.nGAT9YO
 







  お前の妻を盗む男がいたら、彼女をずっと
  その男のものにしておくのが最善の仕返しだ。

                 ――サシャ・ギトリ




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667 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:10:52 ID:Z.nGAT9YO
 



        −1−


 暗い山道を走っていたかと思うと、木々の屋根は徐々に
 開かれていき、やがて太陽がフロントガラスと向かい合った。
 思わず目を細めるが、その太陽は次の山の陰に隠れ、穏やかな青空が谷底にまで見えている。
 山奥から抜け、暫くは峡谷とガードレール一枚のみを隔てた山道を走る事になるだろう。

 両側の窓を下げると、アルプス特有の涼しい風が吹き込んでくる。
 爽やかな涼しさであり、それが車内を横切るため、掻いている汗もひいていくことだ。

 アルプスと言えば、シベリアと同等に寒冷な土地として有名だ。
 だが、それは冬だけに限った話であり、冬以外だとシベリア以上に風土に恵まれている。

 本来の目的を忘れていた擬古フッサールが、思い立ってアルプスに車を
 向けた理由のひとつは、ここが五月晴れをこの国で一番心地よく味わえる土地だからだ。
 実際に、何重にもスーツを着込んでいようが、窮屈さを感じさせない。


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668 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:13:25 ID:Z.nGAT9YO
 

 十四時三七分。
 峡谷の向こうの方に滝が見えた。
 だから車を停めた訳ではなく、擬古はただ煙草が吸いたかったのだ。
 それに際して、荒々しい滝の様を目に焼き付けようと思っただけだ。

 轟々と響く音を聞くだけで、それの存在はわかった。
 今いる切り立った崖から見下ろしてみると、流水の着地点は
 足下の木々に視界を覆われ見ることができなかった。

 擬古は、肺に溜まった汚れた空気を吐き出し、再び車に乗り込んだ。
 水が水を打つ音が後方に遠のいてゆく。
 そして、そのうちに轟音はエンジン音に負けた。

 峡谷と隣り合わせの道路は、その先に設けられたトンネルを境に終わりを告げた。
 オレンジの照明が点々としている隧道を抜けると、再び木々の屋根が青空を見せぬよう覆い被さってきた。

 標識を見た。
 あと数十分で、目的地の旅館「葉桜館(はざくらやかた)」に着く。
 擬古の旧友が営み、近場に海や山もある風土に恵まれた宿だ。

 そこで、擬古は一度自分を見つめ直したいと思うのだ。
 喧噪で満ち溢れたVIPにいては、頭が狂気に満ちてくる。
 人を殺して≠オまった自分も、例外ではないのだろう、と。


 車は、葉桜館を前にして停まった。
 近くの駐車場の位置を確認してから、そちらに車を移した。

 徒歩で葉桜館の前に立った。
 庭園に葉桜が咲き誇る、それは美しい旅館だった。


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669 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:14:38 ID:Z.nGAT9YO
 

 同日、十九時〇七分。
 擬古は、悪い気分のまま旅館に戻ってきた。
 頬に付いていた米粒を摘んで、ごみ箱に捨てた。
 粘着力が強く、なかなか指から離れなかった米粒に苛立ちを感じることもなく、擬古は自室に戻った。

 知り合いの男が、偶然か必然か、この旅館に泊まった。
 兼ねてからの知人であり、よく仕事柄一日を丸ごと共にする事も多い。
 とある事柄について追っている者同士、報告も兼ねて食事をとる事になった。

 擬古が気分が悪い旨を告げると、男は錠剤をひとつ、差し出した。


ミ,, Д 彡「……これはなんだ?」

(    )「風邪薬だよ。呑んでおけ」

ミ,, Д 彡「そうか。……助かった」


 風邪薬と呼ばれた錠剤を、口に放り込む。
 冷水で錠剤を胃の方に通し、ひとまず落ち着いた。


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670 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:16:08 ID:Z.nGAT9YO
 


 目の前に並べられている豪華な和の料理に、擬古は一瞬怠さを忘れて箸を手にとった。
 向かいの男はそれの始終を眺めている。
 そんな事にはお構いなしで、擬古は最初に漬け物に箸をのばした。
 一口目に、と胡瓜の酢漬けを口に運ぶ。

 男は黙って見ている。

 数回噛んで、その歯応えの良さと唾液を生み出させる酸味、
 そしてさっぱりとした後味が擬古の食欲を増幅させた。

 「風邪薬ありがとな、ちょい気分よくなった気がする」と擬古が言って、次は茄子の漬け物に箸をのばした。
 「すぐに効くわけないだろう」と男は笑うが、手に箸はなく、おしぼりを握りしめている。


ミ,,゚Д゚彡「漬け物には目がねぇんだわ」

(    )「そうか」


 擬古は茄子もうまそうに食った。
 最初のうちはよかったのだが、それを見ていて怪訝な顔をした男は、膝を乗り出しては擬古に言った。


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671 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:17:01 ID:Z.nGAT9YO
 


(    )「お前……気分はどうだ?」


 先程交わしたばかりの会話を、再び切り出した。
 その事を擬古は不思議に思った。


ミ,,゚Д゚彡「?」





 その瞬間だ。






ミ;, Д 彡「ッ! ゲホッ、……げぇっ!!」





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672 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:18:22 ID:Z.nGAT9YO
 

 擬古は、御新香を掴んでいた箸を畳の上に落とし、その場に横たわった。
 呼吸ができない。四肢も痺れ、視界が暗転している。
 締め付けられる呼吸器官に手を当て、必死に押さえる。
 だが、喉も肺も、既に機能しようとはしていなかった。

 苦悶し、ばたつかせた脚も、徐々に勢いは殺されていった。
 男の、喉の辺りを押さえる手が、ゆっくり離れてゆく。
 白眼を剥き、数秒全身が硬直した後、だらんと五体は畳の上に載っかった。

 男はその一部始終を眺めてから、立ち上がって、擬古の脈をとった。
 そして何かを確信し、屈めた腰を戻して、ポケットから携帯電話を取り出した。


(    )「もしもし」

 通話先の相手は、ワンコールしてでた。
 受話音量が低いため、会話先の声はここまでは届いてこない。

 動かなくなった擬古を見下ろしながら、男はゆっくり言った。


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673 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:19:50 ID:Z.nGAT9YO
 


(    )「大変なことになったんだ」

(    )「真面目な話だ」

(    )「お前、まだアルプスにいるな?」

(    )「至急、『葉桜館』にきてほしい」

(    )「なにがあったって?」

(    )「……死んじまったよ。俺の目の前でさ、男が」

(    )「……ああ。ああ、そうしてくれ」

(    )「急いでくれよ、戦友」


 言うことを言って、男は窓の外の庭園を眺めた。
 散りゆく葉桜を見て、風情を感じる。
 電話を切る際に、漸く男は通話相手の名前を言った。


N| "゚'` {"゚`lリ「ああ。待ってるぜ、ショボーン」



 五月十三日の十九時一二分、男の携帯電話に通話履歴が残った。





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674 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:21:05 ID:Z.nGAT9YO






   イツワリ警部の事件簿
   Extra File.2

  (´・ω・`)アルプスの風に吹かれるようです





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675 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:22:20 ID:Z.nGAT9YO
 



        −2−



 五月十三日、十四時頃。

 アルプスの気候が心地よい事を、ショボーン警部は隣を歩く阿部高和(あべたかかず)に告げた。
 阿部も同意し、このアルプスの市街地を歩く。


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676 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:23:59 ID:Z.nGAT9YO
 

 VIP県警の警部であるショボーンと警視庁の警部である阿部がアルプスにいる理由は、至極単純だ。
 各警察本部の警部以上の地位である者に、アルプスへの召集がかかっていたのだ。

 年に一度、この時期に行われる講義が、今年はなぜか
 首都のアスキーアートではなくアルプスで行われる事になっていた。
 しかし、それは講義の内容に準じた場所の取り決めであり、他意はない。

 退屈な講義も終わったので、ショボーンと阿部はぶらりとアルプスの街を歩いていた、という訳だ。



N| "゚'` {"゚`lリ「いい男がホシだと、つい捕まえて一発やりたくなるんだよ」

(´;ω;`)「まぁーだそんな事言ってんのかよ! ぶひゃひゃ!」


 アルプスの街について、取り立てて話す事はないらしく、ただ無駄話で時間を潰していた。
 ショボーン警部の同期であり、今や警視庁の警部にまで上り詰めた
 優秀な刑事である阿部は、言動からはそのような威厳を感じさせない。
 同窓会で久々に会った二人、というイメージの方が強かった。


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677 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:26:27 ID:Z.nGAT9YO
 

 そしてもう一つ、阿部には特徴があった。
 彼は、刑事らしからぬ服装を身に纏っている。
 仕事中でも、薄めの、青のツナギを着ているのだ。

 当然、彼の上司は服装について注意を促す。
 だが、自由奔放な阿部は決まってツナギを着ているのだ。
 警察界一自由な男、それが阿部高和だ。

 捜査方針に従う事なく、一匹狼を貫いて孤高で事件に臨む。
 格闘技は人一倍強く、銃撃戦もうまい。
 その上、ショボーンには無い並外れた体力もあるため、犯人との勝負には滅法強かった。


N| "゚'` {"゚`lリ「な、いいだろ? ショボもそろそろ俺に身を委ねて……」

(´;ω;`)「ぶひゃひゃひゃひゃ!
.      僕は可愛い女の子しか興味がないんだよ! ぶひゃひゃ!」

N| "゚'` {"゚`lリ「つれない事を言うなよ」

(´;ω;`)「あれだ、ひっさびさに会うけど相変わらずだなあんた! ぶひゃひゃ」


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678 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:28:13 ID:Z.nGAT9YO
 

 嘗て、ショボーンと阿部は同じ戦場を共に生き抜いてきた。
 ショボーンと阿部の持つ並外れた才能に、彼らが
 三十になる頃には警察の黄金期とすら呼ばれていた。

 当時は阿部もVIP県警の一刑事で、ショボーンと組んで捜査に臨んでいた。
 ショボーンの推理力と阿部の行動力で、どんな凶悪犯も次々に刑務所に送られてゆく。

 ショボーンが警部になり、阿部も異動するまでの間は、
 VIPでの凶悪な犯罪の件数は降下の一途を辿っていった。
 図にするまでもなく、それは明白だった。

 その天才二人が別れてからも、たまに会うことがあれば、
 このように他愛もない話で数時間は盛り上がっている。


 そして、その話はショボーンの一言からはじまった。

(´・ω・`)「ところでさ、阿部さん」

N| "゚'` {"゚`lリ「なんだ」


 ショボーンが阿部のことを敬称を付けて呼ぶ事に深い理由はない。
 そちらの方が言いやすいだけだ。


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679 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:30:57 ID:Z.nGAT9YO
 

(´・ω・`)「なんで、今日の講義はアルプスなのさ」

N| "゚'` {"゚`lリ「別に警視庁でもよかったそうだが、講義のメインの『DAT』、
         あいつの原料である『カコロ草』はアルプス特有の植物だ。
         本場アルプスの方がよかったんだろうな」


 本日の講義は、ある項目に限り珍しくショボーンも聞き入っていた。
 昨今において、様々な毒物が世に蔓延っているが、中でも一番危険とされる
 毒物が発見され、それについて各警察本部にて理解を広めるべく、この講義が開かれたのだ。

 その毒物は、アルファベット三文字でDATと言う。
 阿部の言う通り、DATの主成分であるカコロ草は、ここアルプスでしか手に入らない。
 理解を深める以上、諸悪の原産地で講義を開く方が都合がよかったのかもしれない。


(´・ω・`)「DATって、何の頭文字?」

N| "゚'` {"゚`lリ「『抱いて あんたを 天に召す』
         ……今宵も、公園のトイレで交わされてる言葉さ」

(´・ω・`)


 ショボーンは、一瞬黙った。


(´・ω・`)

(´・ω・`) !

(´;ω;`)「そういう事かぶひゃひゃひゃ!
.      一瞬真に受けちゃったじゃねーか!」

N| "゚'` {"゚`lリ「今夜はDATな」

(´;ω;`)「ぶひゃ、ひゃひゃひゃひゃ!」


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680 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:32:41 ID:Z.nGAT9YO
 


        −3−



 そして下町をぶらりと散策し、アルプスの幸を堪能して二人が別れたのは、十八時頃の話だ。
 ショボーンも阿部も、今日のアルプスでの講義に出席するために、事実上休暇を与えられている。
 自由奔放な阿部と飽きっぽい性格のショボーンが講義後に
 街に繰り出すのは、想像するのも易い未来だっただろう。

 その証拠に、十八時を少し回った頃合いに、ショボーンに電話がかかってきた。
 近年において、折り畳み式ですらないショボーンの携帯電話は、逆に珍しかった。


(´・ω・`)「もしもし」

  『イツワリさん、講義の方はどうでしたか?』


 懐かしく感じれる声だった。
 いつにも増して渋みを加えた低い声の主は、ショボーンの様子を窺った。

 この二人称だけで、ショボーンは通話先が誰なのかすぐに言い当てられる。
 白髪混じりの刑事を網膜に浮かべ、ショボーンは口を切った。

(´・ω・`)「とっくに終わってるよ。今日は毒の話だった」

  『珍しいですね。犯罪心理学とか、逮捕学とかじゃないなんて』

(´・ω・`)「だからアルプスまできたんだけどね」

  『それもそうですな』


.

681 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:34:38 ID:Z.nGAT9YO
 

 電話越しに、男が軽く笑った。
 その後に、男は気を取り直して、言った。

  『終わったなら終わったで、帰還した方がいいですよ』

(´・ω・`)「ばか言え、今日は一日のんびりするつもりさ。
.      明日の朝、こっそり捜査一課に戻っておく」

  『ベルさんに叱られても知りませんよ』

(´・ω・`)「アルプスにくる機会なんて滅多にないんだ。
.      アルプスの幸を幾つか買って帰ったら大丈夫だろ」


 アルプスの恵まれた風土は、我々に海の幸も山の幸も選り取り見取りに与えてくれる。
 その中にはアルプス限定の食材もあって、それらを総称してアルプスの幸と呼ばれている。
 鍋の材料セットなんかは、人気が高いのだ。


  『まあ、健闘を祈りますよ』

 男は、苦笑を浮かべたような声で言った。
 数秒挟み、続いて聞こえたのは電子音だ。

 携帯電話をポケットに仕舞って、ショボーンはビジネスホテルに向かった。
 先に部屋を取っておいて、あとは日が暮れるまで遊び呆けるつもりだった。


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682 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:36:42 ID:Z.nGAT9YO
 

(´・ω・`)「(いくらアルプスでも、ビジネスホテルは高いな)」

 値段を確認して、溜息を吐いた。
 だが、ここで金を出し渋っていると、泊まれる場所が旅館くらいになり、更に出費が懸念される。
 ぶつくさ文句を言いながら、ショボーンはビジネスホテルを利用する事にした。

 扉を抜けて、ベッドとスタンドライト付きの簡素な机。
 ベッドに身を委ねて、トレンチコートを脱いだ。
 煙草を取り出して一服していると、急に眠気が襲ってきた。

 朝早くにVIPをでて、講義中の三時間、神経を常に働かせていた。
 気になる項目の時なんかは、貧血で倒れてしまいそうな程に。
 その反動が襲ってきたとでも言うのだろうか。

 素直に眠気に従って、ショボーンは半分ほどの煙草を
 灰皿に押しつけ、大の字に寝転がって瞼をおろした。


(´-ω-`)「一遍でいいから、なにも事件が起こらない日が来て欲しいよ」


 VIPでは、今日も頼れる部下たちが凶悪犯と戦っている。
 一日くらい、暇だなと笑いあえる日が欲しかった。

 そんな事を思っているうちに、夢の世界へといざなわれていた。


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683 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:39:38 ID:Z.nGAT9YO
 


 次に目を醒ましたのは、十九時を少し回った頃だ。
 三十分強寝ただけであるため、疲れが中途に残っている。

 だが、それでも起きなければならなかった理由は、電話がかかっていたからだ。
 眠い目を擦ってでると、阿部からだった。


(´-ω-`)「もしもし、僕だよ」

(´-ω-`)「………」


(´・ω・`)「……っ!」



 阿部がショボーンに電話をしてしまった事。
 これが、今回の事件に、この男を参入させてしまう事に繋がったのだ。

 現場に隠された、どんな小さな偽りをも見抜く、このショボーンを呼んだがために
 またひとつ、新たなドラマが生まれる事になっていた。



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684 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:41:49 ID:Z.nGAT9YO
 


        −4−



 葉桜館に向かうと、既に葉桜館の周辺をアルプス県警のパトカーが囲んでいた。
 内部で事件が起こっているであろう事は、部外者でも容易に想像がつく。
 ショボーンにとってもそれは同様で、なにがあるのかと内心どきどきして現場にむかった。

 拒まれるかと思ったが、自分をアルプス県警の者だと思っているのか、
 近場の警官たちはショボーンをあっさりと通していった。

 葉桜の並木が左手に見える廊下を歩いていく。
 ところどころに、紺の制服を着た鑑識が忙しなく動いている。

 掻き分けるようにそこを抜ける。
 そして、一番騒がしい部屋に辿り着いた。


(`・д・)ゞ「お疲れ様です!」

(´・ω・`)「お、おう」


 言われ慣れた言葉も、自分の直属の部下でないと思うと、嫌に新鮮に聞こえた。
 どう返していいか浮かばず、浮いた声で応える事になっていた。

 別にVIP県警の者とばれても鑑識たちは態度を
 変えないだろうが、ショボーンに対する心持ちは変わる筈だ。

 人からの評判を結構気にするタイプの人間である
 ショボーンは、そういった細かな変化でさえ煩わしく感じられるという。


.

685 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:44:33 ID:Z.nGAT9YO
 


 現場に着くと、若い刑事が青のツナギを着る男に詰め寄っていた。
 ショボーンの入室を知った阿部が、ハンドサインで近寄るよう促す。
 それに気が付いた刑事が、ショボーンの顔を見て怪訝に思った。


伝・ー・)「あ、あれ。お前誰だ?」

(´・ω・`)「VIP県警のショボーンです」

;`・ー・)「VIP? これはアルプスの扱う事件だけど、なにかあったのかー?」

(´・ω・`)「近くを寄ったものですから。
.      それより、なにがあったのですか?」


 敬語が苦手そうな、水須木(みずすき)と名乗ったその若い刑事は
 ショボーンの言うことを聞いてみても、さほど釈然としなかったようだった。

 アルプス管轄下の事件に、近くを寄ったというだけで
 VIPの刑事がやってくるという話は考えにくい。
 もっと、問いただすべき事は山ほどある筈なのだ。

 だが、水須木は深く考えるのは嫌いな性格のようで、「まあいいや」と言い、状況を説明した。


伝・ー・)「見ての通り、毒殺――未遂だぜ」

(´・ω・`)「と、言うと」


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686 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:46:50 ID:Z.nGAT9YO
 

 床を畳、インテリアに巻物と壺が映える和室にて、中央にテーブルが置かれている。
 テーブルの上には豪華な和の料理が並べられており、ほとんど手付かずのままだ。

 倒れた男の方にある料理は、漬け物類を中心に少し食べられた形跡が
 残るだけで、その向かいの料理は箸すら手がつけられていない。
 湯豆腐の入った鍋は、未だに淡い炎を直に受け、昆布出汁の効いた煮汁が煮立っている。

 喉の傍に手を近づけたまま横たわる男は、泡を吹いたり、
 食ったであろう漬け物類を嘔吐している様子はなかった。

 黙って見ていれば、それが死んでいるとは思えない。
 仕事用と思われるスーツを着込んでおり、それは乱れていないからだ。

 犯人と争う事なく、一方的に物言わぬ身に成り果ててしまったととるべきか。
 ショボーンは、その死体状況を見ていて、不審に思った。


(´・ω・`)「……本当に毒殺なのか?」

 少しだけ手のつけられた料理、目立った外傷は無く争った形跡も見られないのだ。
 この場合、水須木の言ったように自然と毒殺が真っ先に浮かぶ死因だろう。

 だが、青酸系の毒物で既に見られているように、泡を吹いて倒れたり、死に際に嘔吐をする事が多々だ。
 男は、その前例を悉く覆しているため、本当に毒が原因で絶命したのか、掴めないでいた。


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687 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 19:53:38 ID:Z.nGAT9YO
 

伝・ー・)「おー。さすが、人の狩場に来るだけあるな」

(´・ω・`)「?」


 水須木は、ショボーンの顔をじろじろ見て、言った。
 あまりいい気分ではないので、「なにがですか」と問う。

 水須木は笑った。

伝・ー・)「その通り。この仏さんの死因は――」

(´・ω・`)「仏さん? 死んでるのですかね」

;`・ー・)「おっと! また間違えた」

 「また」と言ったのを、ショボーンは聞き逃さなかった。
 またという事は、先ほども間違えたという事だ。

 毒殺未遂とは言ってみたが、死亡寸前といったところだろうか。
 今なにかを言おうとしたが、先に今の点をすっきりさせておきたい。
 大まかな推測を予め立てておき、ショボーンは口を開いた。


(´・ω・`)「害者は重体ではあるが、死亡は確認されず――
.      といったところかな?」

伝・ー・)「ああ。見た感じ死んでるのになー。妙だろ?」

(´・ω・`)「……確かに、妙だ」


.

688 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 20:00:00 ID:Z.nGAT9YO
 


        −5−



伝・ー・)「だけど、まだ生きてるって――」

(´・ω・`)「たとえ絶命せずとも、泡くらいは吹く筈だ」

伝・ー・)「……!」


 水須木は、妙だろうとショボーンに同意を求め、ショボーンも肯いた。
 毒殺事件において、生存者が出たなどそうそう聞かない話だ。

 ショボーンが肯いたところで水須木が話を続けようとしたのを、ショボーンは遮った。
 彼が妙に感じたのは、なぜまだこの世を去ってないのか、という点ではなかったのだ。


(´・ω・`)「確かに絶命してないのも妙だが、それ以上に
.      中毒死に見られる症状が全く見られないのも妙な話じゃないか?」

伝・ー・)「……」

(´・ω・`)「唇が蒼くなったり、同様に顔が青ざめたり。
.      はたまた、筋肉の硬直など」

(´・ω・`)「中毒死に見られる症状が見られず、司法解剖にまわした
.      わけでもないのに、よく中毒死と判断できたな、若いの」


 ショボーンにその気はないのだが、まるで水須木を責めているような口振りだった。
 ただ自らの推理を展開しているだけに過ぎないが、その内容が自然と水須木と相反してしまう。
 近くにいる鑑識からも、一瞬手を止めてショボーンの推理に耳を傾ける者がいたほどだ。

 尤も、語尾のそれは、ただ水須木が敬語を使えないのを皮肉って言っただけに過ぎないのだろうが。

.

689 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 20:02:18 ID:Z.nGAT9YO
 


 少し黙った水須木が、口を切った。

伝・ー・)「まあ、検死官が言ったことですから」

(´・ω・`)「尚更おかしいですね」

伝・ー・)「……!」

(´・ω・`)「検死官が検死をするにしても、中毒死の際に当てはまる症状が
.      無いのに、毒殺と断定するのは不自然な話だろ」

(´・ω・`)「寧ろ、ショック死や病死など、ほかの死因を挙げるだろうに――」


 腕を組んで、ショボーンは頭上の照明に目を向けた。
 考え事をするとき、自然ととってしまう仕草だ。
 照明が思いの外眩しかったため、すぐに首は元に戻したが。


 そんな時だ。
 入室してきた刑事が、ショボーンの後ろから声をかけた。


  「さすがだな……ショボ……」


 すごく低い、掠れた小さな声だった。
 だが、その裏に秘める威厳の大きさに、思わず圧倒されてしまいそうな声だ。

 はっとして、ショボーンは振り向いた。
 そこに、低い背の刑事が立っていた。




(メ._,)「推理力は健在……か」

(´・ω・`)「三月殿!」



.

690 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/03/28(水) 20:05:21 ID:Z.nGAT9YO
 

 立っていた男は、裾が破け、蝙蝠傘のようになっている黒のコートを羽織っている。
 腕を組んでおり、紅い眼でショボーンの事をぎろりと睨んでいた。
 その眼光は鋭く、三月(さんがつ)と呼ばれた男が入室してから、
 気が付けば、室内の鑑識の動きは際立つ物になっていた。


(メ._,)「如何にも……我の名は三月ウサギ……」

(メ._,)「……真実の求道者」

;`・ー・)「真実!? 力じゃないんですか!?」


 三月ウサギは、アルプス県警で警部を勤めている、超がつくベテラン刑事だ。
 現在で御歳五十九という定年間近の警部であり、威厳も権威も兼ね備えている。
 目立った成果もなくノンキャリア故に、いま以上昇進するのは
 難しいとされたらしいが、それを言われる前に三月は既に現場を選んでいた。
 真性の刑事、という訳だ。

 厳つい、堅い性格と思われがちだが、本人はそう思ってないらしい。
 時折ジョークを挟むこともしばしばで、部下の刑事はよく振り回されている。


(メ._,)「なぜ……ショボがここにいるかは……さて置き……」

 短い歩幅で、ショボーンに歩み寄る。


(メ._,)「この状況をどう見るか……推理を聞きたいところだな……」

(´・ω・`)「三月殿……」

(メ._,)「他殺か……自殺か……。まずはそれを考える事だ……」


 間髪入れず、ショボーンは答えた。

(´・ω・`)「間違いなく他殺です」

(メ._,)「………ほう」


.
702 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:10:11 ID:rxw3yPP.O
 


        −6−


 三月は、ショボーンをじっと睨んだ。
 怯むことはないが、若干畏まったように見えた。

(´・ω・`)「さすがに、この状況下で自殺とは考えられませんね」

(´・ω・`)「旅館で死ぬ意味。漬け物を少しだけ食った理由。
.      まして、投身や首吊りを選ばないところを見るだけで、明白です」

 ショボーンは、別段推理に詰まる様子もなく、板に
 流した水のようにすらすらと自分の見解を述べていった。
 その迷いのなさに感心したかのように、三月は少し笑った。

(メ._,)「なら……わかるだろう……」

(メ._,)「食事中に倒れ……真っ先に疑われる死因……」

(メ._,)「……毒殺だ……」

(´・ω・`)「ショック死じゃないんですね」

 憮然として聞き返す。

(メ._,)「食事中に考えられるショック死……アレルギーだろう……」

(メ._,)「だが……その場合は……防衛反応が働き……嘔吐など起こるのが当然だ……」

(メ._,)「まして……漬け物しか食っておらず……
      箸を調べる限り……やっこさん進んで食っている……」

(メ._,)「辛うじて……四肢が痺れていた形跡は確認されたしな……」


.

703 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:13:56 ID:rxw3yPP.O
 

(メ._,)「消去法で言えば……毒殺だ……」

(´・ω・`)「妙ですな。毒殺にしても、症状が――」

(メ._,)「それは……死亡が確認されたのち……解剖して調べるつもりだ……。
      今大事なのは……死因ではないからな……」

(メ._,)「尤も……現段階では『中毒』ではなく『不明』としておいたが……」

伝・ー・)「へ?」

(´・ω・`)「え?」


 三月が自嘲気味に言うと、水須木とショボーンの二人が声を揃えて驚いた。
 なんだと思いショボーンを見つめ返すと、そのショボーンは水須木を睨んだ。

(´・ω・`)「おい、毒殺未遂ってまだ決まってないじゃないか」

;`・ー・)「えっと……」

(メ._,)「! ……まさか……また早とちりしたな……?」

;`・ー・)「もも、申し訳ないっす! つい、刑事(デカ)としてのカンが――」

(メ._,)「あとで……重い一発を覚悟しておけ……」

;`・ー・)「勘弁!」


.

704 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:17:56 ID:rxw3yPP.O
 

 三月が言うと、丁度同じタイミングで横たわる男が運ばれていった。
 撮るべき写真は撮り終え、一通りの調査は終えたので、男は運ばれた。
 男がいなくなった後の現場は、どこか寂しげに見えた。

 被害者を見送った後、三月は思い出したかのように水須木を呼んだ。
 重い一発を与える様子は見られない。
 ただ、指示を与えるだけのようだ。

(メ._,)「容疑者を……呼んでもらおうか……」

伝・ー・)「はッ!」


 三月の指示で、水須木が動いた。
 若い水須木は、敬礼した後急いで別室に飛んでいった。

 漲る若さ故の力を感じさせ、ショボーンも少し微笑ましく見ていた。
 そして、現場に残されたショボーンと三月、そして詰め寄られていた阿部が向かい合った。

 ぴりぴりとした空気が、ショボーンは嫌だった。


.

705 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:19:29 ID:rxw3yPP.O
 

(´・ω・`)「阿部さん、これはどういう事だ?」

N| "゚'` {"゚`lリ「見たままだ」

(メ._,)「殺人未遂となるか……殺人となるか……。
      お前の命運は揺らいでいるな……」

N| "゚'` {"゚`lリ「だから俺じゃないって言ってるだろう?」

 おどけた様子で、阿部は否定した。
 この事件を楽観視している節が見られる。

 ショボーンが来るまでは水須木に詰め寄られていて、また三月にこう言われる以上、
 二人いるとされる容疑者のうち一人は阿部なのだろう、と予想はついていた。

 阿部はショボーンの同期で、仲も頗る良い。
 そんな彼が容疑者であるのが、俄には信じられなかった。


.

706 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:20:44 ID:rxw3yPP.O
 

(メ._,)「警察きっての天才と呼ばれたお前が……まさか容疑者になるとは……な」

N| "゚'` {"゚`lリ「三月さんも冗談がキツいぜ」


 「ふん」と言って、三月はそっぽを向いた。
 相変わらず腕は組んでいる。

 三月は、ショボーンや阿部と違って抜きん出た才能を持っていたわけではない。
 その長いキャリアのなかで、得てきた経験。それが三月の糧となっているのだ。
 まあ、経験というこの上ない武器を持っているのは、三月だけではない。

 ショボーンも同様に持っているのだ。
 ただ、三月は、それを大きく上回っているだけである。
 これが、彼から漂う威厳の正体だった。


(´・ω・`)「当時の状況を詳しく聞こうか」

N| "゚'` {"゚`lリ「ショボは俺を疑っているのか?」

(´・ω・`)「データが足りないんだ」

N| "゚'` {"゚`lリ「……ああ、そうだな。データが足りない。俺もだ」

(´・ω・`)「?」


 ショボーンは思わず首を傾げた。

.

707 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:24:08 ID:rxw3yPP.O
 

N| "゚'` {"゚`lリ「俺も、なにが起こったのか把握しきれていない。
         なんせ、事件が起こって十五分しか経ってないんだ」

(メ._,)「現場には……あのデカブツしか連れてきてない……。
      残りのメンバーで……仏さんの人間関係を洗っているところだ……」


 ショボーンは、「まだそれだけしか経ってないのか」と思った。
 阿部から電話がきて、急遽タクシーを拾って葉桜館までやってきた。
 事態を呑み込めずにいて、時間が進むのが速く感じられたが、実はそうでもなかった。

 よくあることだ。
 本当に急いでいる時は、時の流れは思いのほか経っていないことが多い。


(´・ω・`)「……お?」


伝・ー・)「おやッさん、連れてきましたよ」

ノパ听)「……」


.

708 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:25:51 ID:rxw3yPP.O
 


        −7−


 水須木が、一人の女性を連れて部屋に戻ってきた。
 紫がかった桃の和服を着ている女性が、後ろにいる。
 容姿で見れば、被害者の男より若く見えるも、三十後半は喰っているだろう面だった。


伝・ー・)「葉桜ヒート、この葉桜館の女将です」

ノパ听)「……」


 葉桜ヒートと呼ばれた女将は、ぺこりと頭を下げた。
 暗い茶髪と桃の和服とが相まって、若く見えるのは前述の通りだ。
 だが、女将となると四十は喰っているだろう。

 短い歩幅で、水須木と共に三人のもとに寄った。
 三月の放つ威圧感に怯んでいるようだった。


(メ._,)「なぜ……容疑者なのか……説明をしてやれ……」

伝・ー・)「はッ!」


 三月に敬礼をして、水須木はショボーンの方に顔を向けた。
 清々しい顔つきで、晴れやかに説明を施した。


.

709 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:27:33 ID:rxw3yPP.O
 

伝・ー・)「この葉桜ヒート氏だけどな、動機・機会ともに揃ってるんだぜ!」

(メ._,)「女将である以上……犯行の機会は聞くまでもない……。動機とは……なんだ……?」

伝・ー・)「彼女は、仏さんと同級生なんだ」

(´・ω・`)「……ほう」

ノハ;゚听)「確かに彼とは高校時代の同級生ですが……」


 葉桜がおどおどしながら言った。
 語尾を濁したが、伝えたい意思は伝わっただろう。

 水須木は、眼をくわっと開いた。


伝・ー・)「シャラップ! 同級生というだけで犯行動機などあるも同然なんだぜ」

ノハ;゚听)「ええ……?」


(´・ω・`)「三月殿、そうなのですか?」

(メ._,)「それを……警部補を筆頭に目下検討中だ……」

(´・ω・`)「警部補、ねぇ」


 ショボーンは笑った。
 アルプス県警の警部補と言えば、一人しか浮かばなかったのだ。
 アルプス県警の警部と警部補が親子である事から、巷では親子警部と呼ばれている。


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710 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:29:12 ID:rxw3yPP.O
 

N| "゚'` {"゚`lリ「現状から言って、寧ろ俺以外に容疑者がいる事が驚きだな」

(´・ω・`)「言ってる場合か。……それよりも、僕にもその現状を教えてくれないか」

(メ._,)「デカブツ……教えてやれ」

伝・ー・)「はッ!」


 躯の大きな水須木は、どうやらデカブツと呼ばれているようだった。
 言われるがままに、また敬礼してショボーンと向き合った。

 中肉中背、いや少し背の低めなショボーンから見ると、水須木は若いのもあってか通常より大きく見えた。


伝・ー・)「仏さんの名は擬古フッサール。VIPの検事です」

(´・ω・`)「VIP?」

(メ._,)「ああ……。だからショボには悪いが……しばらくは知恵を借りさせてもらうぞ……」


 ショボーンは言うまでもないがVIPの警察官である。
 被害者の擬古もVIPの者と聞いて、親近感に近い感情が湧いたのだ。

 検事が狙われた以上、VIPは総力を挙げて犯人を極刑に処すだろう。
 そのためにも、同じVIPの人間であるショボーンの協力は、ないよりかはあったほうがよかった。


.

711 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:32:07 ID:rxw3yPP.O
 

(メ._,)「話を逸らして悪かったな……続けてくれ」

伝・ー・)「はッ。容疑者であり第一発見者でもある阿部高和氏は、それを十九時十分頃に目撃」

伝・ー・)「呼吸器官が悉く停止してるけど、脈は動いてんだ。
       でも、現状から考えてアルプス県警では――」

(´・ω・`)「さっきも思ったんだが……、
.      呼吸は止まっているのに心臓は動いているって、どういう事だ?」

;`・ー・)「それが……」


 生き生きとしていた水須木が、言葉を濁した。
 ショボーンの疑問は尤もなのだ、当然反論の術は用意しておくものだろう。
 なぜすんなり言えないのか、不思議に思った。

 すると、横から三月が口を挟んだ。

(メ._,)「検死官も大層驚いていたが……」




(メ._,)「死体状況が……限りなくおかしいのだ」



.

712 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:34:18 ID:rxw3yPP.O
 


        −8−


 三月は、そう言い切った。
 死因について不審に思うところ、ショボーンも同じである。
 三月が言った後で、ショボーンが言葉を返した。


(´・ω・`)「気になっていたのですが、毒物反応などは」

(メ._,)「箸……飯……手……碗……。
      考えられそうな箇所の毒物反応を調べたが……無反応だ」

(´・ω・`)「じゃあ、食事に混入させた訳じゃないんですね」

 「ああ」と肯いて、三月は続けた。


(メ._,)「珍しい方法だが……芋なんかの中に注入するか……
      錠剤なんかで毒を与えた……。……そう見ていいだろう」

N| "゚'` {"゚`lリ「……」

(´・ω・`)「?」


 錠剤という言葉を三月が言った瞬間、阿部が視線を泳がせたような気がした。
 ショボーンが横目でちらっと阿部を見るが、別段平生を取り乱している訳ではない。
 気を取り直して、ショボーンは死体状況についての説明を促した。


.

713 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:35:49 ID:rxw3yPP.O
 

伝・ー・)「呼吸器官は停止。なのに脈は弱いけど動いている。
       いわゆる、無呼吸と一緒なんだぜ」

(メ._,)「敬語を……弁えろ……」

;`・ー・)「おっと!」

;`・ー・)「とにかく、変死体なんです」

(´・ω・`)「なぜ?」

(メ._,)「言っただろう……。検死官が……自分でもはじめて見た……と言っているのだ……。
      我々にわかる訳がない……」


 ショボーンは鼻を鳴らした。
 これ以上聞いても、なにもないと思ったのだ。

 ただ呼吸器官を止めるだけなら、生きていてもできる。
 だが、瞳孔は開ききり、呼びかけても反応を示さない。
 失神と無呼吸の合併症ではないか、と検死官が言っていたと三月。

 ショボーンも肯くよりほかなかった。


.

714 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:37:33 ID:rxw3yPP.O
 

(´・ω・`)「では、犯人はなんらかの方法で毒物を害者にのませた、
.      その媒体が未だに解明できず、と」

伝・ー・)「概ねそうだぞ」

 水須木が鼻息を荒くさせた。
 自分のなかでは、既にこの事件のストーリーができあがっているようだった。
 ほうっておけば、今からでも容疑者を逮捕しかねない行動力が感じ取れた。

 阿部のほうを向き、続けて葉桜のほうを見た。
 にんまりと笑んで「わかったぜ」と言った。

 これからの彼の行動を察したのか、三月は拳をもって制止した。


(メ._,)「捜査も充分してないのに……逮捕しようとする馬鹿がどこにいる……!」

;`・ー・)「痛っ!」

(´・ω・`)「まあ、毒殺となれば女将や給仕が疑われるのは必然として……。
.      ほかに容疑者はいないのですか?」

(メ._,)「……デカブツ」


.

715 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:39:35 ID:rxw3yPP.O
 

 「教えてやれ」と続くであろう言葉を、三月は呑み込んだ。
 じろっと水須木を見た途端、水須木は顔が蒼くなったのだ。
 「もしかして」と言うと、水須木は頭をさげた。

;`・ー・)「さっぱりです!」

(メ._,)「……」

(;´・ω・)「……」


 水須木は、毒殺と聞いて真っ先に女将である葉桜のもとに向かい、
 擬古と知り合いと聞いて衝動的に容疑者扱いにしたようだった。
 逆に言えば、彼女以外についての宿泊客の情報はさっぱりで、
 それを調べなければならない水須木は、その任務をすっぽかしていた。

 ショボーンが心配したのは、水須木の来月の給与だ。
 三月が、拳を震わせているのだ。
 怒った時の三月が怖いということは、有名である。


(メ._,)「調べてこい……!」

;`・ー・)「失礼します!」


 三月の鉄拳を恐れた水須木は、星をみる前に、と素早く部屋を出ていった。
 溜息を吐く三月を少し見つめてから、ショボーンは口を開いた。


(;´・ω・`)「なんというか……若いですな」

(メ._,)「馬鹿な刑事は……走ることしか脳がないのだ……」

(´・ω・`)「若いうちは走らせるのが一番ですな」


 三月は目に見えぬ程度に笑った。


.

716 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:40:35 ID:rxw3yPP.O
 

        −9−


 十数分すると、水須木が帰ってきた。
 思っていたよりも早く、ショボーンは感心した。

伝・ー・)「容疑者が増えました!」

(メ._,)「……ほう」

伝・ー・)「来るんだッ!」

(;-_-)「……」


 水須木は、後ろに立っていた痩身の男を室内に招き入れた。
 挙動不審で、きょろきょろし、特に三月の眼を見た途端に、「ひっ」と小さく悲鳴をあげていた。

 浴衣ではなくジャージ姿で、比較的若い様に見える。
 彼の蒼い唇を見て、三月が問うた。


(メ._,)「誰だ……」

伝・ー・)「小森マサル、無職。一時間ほど前に宿泊しています」

(;-_-)「小森……マサルです」


 おどおどして、小森も言った。
 やはり、三月の放つ威圧感にねじ伏せられているようだ。


.

717 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:42:14 ID:rxw3yPP.O
 

(メ._,)「擬古とは……どういう関係だ……」


 小森に睨みを一層利かせて、訊いた。
 すると、小森ではなく水須木が先に答えた。
 生き生きとしていて、活力が満ち溢れているようだった。

伝・ー・)「彼ですが、女将に続き、やはり被害者と知り合いなんですよ!」

(メ._,)「……またか」


 ショボーンの眉が、ひくと動いた。


(メ._,)「知り合いだけって理由じゃ……ないだろうな?」

伝・ー・)「もちろんです、刑事は同じミスを繰り返しません!」

(メ._,)「言ってみろ……」

伝・ー・)「この小森さんですが、擬古に多額の借金をしているようなのですよ!」

(メ._,)「…………なるほど」


(´・ω・`)「借金?」

 黙っていたショボーンが、ここで水須木に尋ねた。
 聞き慣れない言葉が言われたからだ。

 小森は顔を一層蒼くさせた。


.

718 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:45:21 ID:rxw3yPP.O
 

伝・ー・)「その借金を苦に、つい――」

(;-_-)「借金って言っても、ちょーっとだけなんですよ?
      全く関係ないです!」


 水須木に食らいつくように、小森が否定した。
 かぶりを振って、水須木が更に主張を強める。

伝・ー・)「ビークワイエッツ! 借金を苦に殺っちまうケースなんざ、星の数ほどあるんだぜ。
       答えろ、いったいいくら借りちまったんだ?」

(;-_-)「で、でも……」

 小森は口を開こうとせず、もごもごとだけさせた。
 言い出しにくいことなのだろう、言う勇気を持ち合わせていないようだ。


(メ._,)「訊かれた事には……答えろ……!」

(;゚_゚)「答えます答えます!」

 しびれを切らした三月が、小森に詰め寄った。
 明らかに小森より低い身長なのに、三月の背後に龍が居るかのように見えたのだ。
 どうも、三月の周囲三十センチの空気は、ほかと違う。

 萎縮し、小森は早速観念した。
 声を震わせ、すっきりしない口調で言った。


(;-_-)「三百万だけ、です! ほんとそれだけです!」

(´・ω・`)「三百万……」

;`・ー・)「三百万だと!? 逮捕だ逮捕!」


.

719 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:46:42 ID:rxw3yPP.O
 

 ショボーンは声を籠もらせ、水須木は手錠を取り出した。
 それほど、出された額が予想外だったのだ。

 大した額ではないと前置きするには、不調和な数字だった。
 鉄の輪を振り回す水須木を制止して、三月が小森から数歩離れた。


(メ._,)「それで……返せないと踏んだお前は……殺っちまったのか……」

(;-_-)「殺したの、ぼくじゃありませんよ!
      それに、借金ったって、たったの三百万じゃないですか!」

(メ._,)「話を聞く前に……その腐った金銭感覚を鍛え直してやろうか……?」

(;゚_゚)「ちょ、苦じいでず!」


 三月は再び歩み寄っては小森の喉元を締め上げ、小森は喘いだ。
 よほど彼の態度が気に喰わなかったようで、三月の剣幕は恐ろしかった。
 あたかも借金が動機でないように振る舞おうとしているのが、見ていて見苦しかったのだ。


.

720 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:47:59 ID:rxw3yPP.O
 

 少しして手を離した三月は、咳き込む小森をよそに、水須木に問いかけた。
 お気の毒そうな目で小森をみる水須木は、額に冷や汗を浮かべていた。

(メ._,)「えらく早かったが……全員調べたのか……?」

伝・ー・)「ええ、簡単な作業でした」

(メ._,)「そして……怪しい人物はこいつだけだったのか……?」

伝・ー・)「その事ですが」

(メ._,)「……?」

伝・ー・)「もう一人、挙動不審すぎる人を連れてきました」

(´・ω・`)「挙動不審すぎる?」

伝・ー・)「来いッ!」


 ショボーンが首を傾げていると、廊下の方から騒ぎ声が聞こえてきた。
 警官が、一人の女性を連れて室内にやってきた。

 喚いている彼女を見て、ショボーンは目を丸くさせた。


.

721 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:49:10 ID:rxw3yPP.O
 

        −10−


(`・д・)ゞ「彼女です」

伝・ー・)「うム、ごくろうッ!」


 敬礼したままの警官が、女性と初老の男性を連れてきた。
 女性の方を水須木に引き渡すと、水須木は声高らかに言った。
 警官が帰ったのち、水須木が彼女に詰め寄ったのだが、やはり彼女は騒がしかった。

伝・ー・)「さて、お嬢さん」

(゚、゚;トソン「違うんです! 私なにもしてません! ほんとです信じてください!」

(´・ω・`)


 女性は、水須木に睨まれただけで、すっかり混乱していた。
 首を縦に横にぶるんぶるん振るい、手取り足取り使って自らの潔白を証明しようと振る舞う。
 そのたびにポニーテールが揺れ、文字通り馬が尻尾を振るわせるかのような動きに見えた。

 ショボーンは笑いを堪えていた。


(メ._,)「確かに……落ち着きのない嬢さんだな……」

 三月は呆れ気味に言った。


.

722 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:50:30 ID:rxw3yPP.O
 

(゚、゚;トソン「私はただおじいちゃんとアルプスに旅行に来てて……。
      あ、ほらおじいちゃんも言って!」


( ∵)


(゚、゚;トソン「黙ってちゃ捕まるよ! おじいちゃん!」

(´・ω・`)


 女性は、祖父と思われる初老の男性にそう訴えかけた。
 だが、男性は首を傾げもせず、沈黙を貫いていた。
 悲痛の叫びをものともせず、そよ風を顔面で受け止めているかのような、堂々たる姿だった。

 見かねた三月が、水須木に説明を求めた。
 いまの彼女に尋ねても、まともな答えは返ってこないだろうと思ったのだ。


伝・ー・)「彼女は――」

(´・ω・`)「都村トソン?」


 笑いを堪えているせいで顔が歪んだショボーンが、言った。
 抑揚が安定しておらず、平生の彼ではない。
 その語調を聞いて、先程から落ち着きのない彼女は振り向いた。


(゚、゚トソン

(゚、゚トソン「警部!」


.

723 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:52:17 ID:rxw3yPP.O
 

伝・ー・)「知り合いなのか?」

 水須木があっけらかんとした顔で訊いた。
 ショボーンは、彼女が知人である都村トソンと認識すると、再び固まった。
 偶然の再会は、望ましくないかたちのように思えた。
 再会が事件によるものだと、その再会を心の底から喜べないからだ。

 しかし、ショボーンにとっての都村は、別だった。
 ショボーンは、担当する事件の先々で、しょっちゅう彼女に出くわしてしまうのだ。


(´・ω・`)「そこでなにしてんの?」

(゚、゚;トソン「そこの刑事さんに取り押さえられて……」

(´・ω・`)


 ショボーンは、一瞬黙った。


(´・ω・`)


(´;ω;`)「ぶひゃひゃひゃひゃ! ば、ばーっかでねーの!
.      ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!」

(゚、゚;トソン「笑わないでください! ピンチなんです私!」

(´;ω;`)「ぶひゃひゃひゃ……げほっ!げほっ! ひゃひゃ!」


 ショボーンは腹を抱え、自分でも考えられないほどに大笑いした。
 彼の笑いのつぼには、常人には理解し難いものがあるのだ。
 そして、一度つぼが押されると、暫くは笑いが止まらない。


(メ._,)「どうやら……ショボのまわりだけ空気が違うようだが……」

N| "゚'` {"゚`lリ「ショボ、その子は?」


.

724 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:53:17 ID:rxw3yPP.O
 

 緊張が走る筈の事件現場にて、明らかにショボーンと都村の間だけがほかと違っていた。
 完全に周りから浮いており、鑑識も二人を見つめる始末である。

 だが、ショボーンはそんな事はどうでもよかった。
 ただ、都村が慌てているのが、愉快だったのだ。

 さすがに放っておく訳にはいかないので、阿部が仲介に入った。
 三月も阿部を咎めはしなかった。

 いつもの飄々とした口振りで、ショボーンに問いかけた。
 咳き込み、息を整えるショボーンは、涙を拭いていた。


(´・ω・`)「都村トソン。いろいろと残念な女の子だ」

(゚、゚;トソン「残念ってなんですか!」


 ショボーンが彼女と知り合う事になったのは、今から一年ほど前となる。
 出会った当初から彼女のインパクトは強く、ショボーンの脳に印象を深く刻み込んでいた。
 その彼女が、なんの変わり映えなく現れ、予想通りの動きを見せるので、たまらなくおかしかったのだ。


.

725 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:54:20 ID:rxw3yPP.O
 

(メ._,)「とにかく……今は捜査中だから黙ってろ……」

(゚、゚;トソン「ごご、ごめんなさい! ほら、おじいちゃんも謝って!」


( ∵)


(メ._,)「うるさいのは……お前だけだ……!」

(;、;トソン「ごめんなじゃい……許じで……!」

(´;ω;`)「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」



.

726 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:55:51 ID:rxw3yPP.O
 

        −11−


 ショボーンが抱腹絶倒すると、さすがに阿部も痺れを切らしたようだった。
 自分が容疑者である事を、忘れているかのように見えたほどだ。

 やれやれと言って、視線を都村から逸らした。
 彼女は、三月の剣幕に驚いて、ひたすら頭を下げている。
 騒がしく、現場の空気じゃないな、と思った。


N| "゚'` {"゚`lリ「で、ショボよ」

(´;ω;`)「ひー…ひー…」

(´・ω・`)「……うぉっほん!」

N| "゚'` {"゚`lリ「この四人が持つ、害者との関係とかは――」


 四人と言うのは、阿部、葉桜、小森、都村という容疑者を指したのだろう。
 自ら進んで、捜査の指揮をとろうとするのが窺えた。
 刑事としての癖なのだろう。

 ショボーンが都村に気をとられている今、自分が引率しないと、
 捜査そのものが食い止められるような気がしたのだ。

 すると、ショボーンは顔を上げた。
 少し首を傾け、口角をあげて、不遜さが滲んでいる。


(´・ω・`)「彼女、トソンちゃんは無実だ」

(メ._,)「……?」


.

727 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:57:53 ID:rxw3yPP.O
 

 勝ち誇った顔で言うのだから、三月も疑問符を浮かべた。
 普段のショボーンなら、根拠のない推理や結論は、必ず出さない。
 なぜ無実と言ったのか、わからなかった。

伝・ー・)「知り合いだからって、根拠のない贔屓はどうかと思うぜ!」

N| "゚'` {"゚`lリ「そうだぜ」

N| "゚'` {"゚`lリ「仲のいい知人が犯人である――
         そういうケースも……あるんだからな」

(´・ω・`)「違う違う」


 反論する水須木と阿部だが、表情を変えないショボーンをみて、つい押し黙ってしまった。
 この顔は、彼がなにか決定的なものを隠し持っている時にでる余裕ゆえに表れるものだ。
 手札を持っている時のショボーンは、こういった嫌な笑みを浮かべる事が多い。


(´・ω・`)「こんなバカな子に、殺しなんてできないよ」

(゚、゚;トソン「え! できますよ殺人くら――」

(´・ω・`)「っていうのは冗談で……。毒薬の入手経路。犯行動機。犯行機会。
.      どれひとつとして、釈然としないんだよ、彼女が犯人だと」

(メ._,)「……ほう」


.

728 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 22:58:55 ID:rxw3yPP.O
 

(´・ω・`)「まして、祖父を連れて殺人する犯人はいないだろうしね」

N| "゚'` {"゚`lリ「それはそうだが――」


 憮然とした態度で、阿部が言葉を濁した。
 どうもしっくりこなかった。

 というのも、ショボーンが他人に肩入れするなんて、昔の彼には見られなかったのだ。
 その事が、古くからショボーンを知る者として、釈然としなかったのだと思われた。


伝・ー・)「でも、いま『できますよ、殺人くらい』とか言わなかったか?」

(゚、゚トソン「言ってません」

伝・ー・)「こいつぁ自白の匂いがするぜ……!」

(゚、゚;トソン「してません!」

(´・ω・`)「とにかく。トソンちゃんは隅っこの方で座っておきなさい。邪魔だから」

(゚、゚;トソン「警部ひどい!」


.

729 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/21(土) 23:00:07 ID:rxw3yPP.O
 

 ショボーンが言うと、ぶつくさ文句を言うも、言われるがまま部屋の隅に向かった。
 その道中で、鑑識の邪魔をしてしまい、都村は涙目で謝っていた。
 やはり、どこまでもどじを踏む様子は、昔と変わっていなかった。

 一方で、彼女の祖父と思われる男性は、依然として同じ場所に立っている。


(´・ω・`)「まあ、彼女にはあとでよおく言っておくよ」

N| "゚'` {"゚`lリ「それはいいとして……だ」



ノハ;゚听)

(;-_-)



 阿部は、後ろの方で呆然と立ち竦む葉桜と小森を見た。
 彼らは、移りゆく空気のなかで、すっかり取り残されたようだ。
 都村に構い過ぎて、彼らの存在を忘れていたと言ってもいいだろうか。

 慌ててショボーンが本題に戻った。


(;´・ω・`)「えっと……じゃ、三月殿。あとは委せました」

(メ._,)「……この野郎」


.
736 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:27:38 ID:X2jUawsoO
 

        −12−


 三月はぎろっとショボーンを睨んだ。
 ここで一つ補足を入れておきたい事がある。

 VIPのある刑事をも彷彿とさせる、このどんな凶悪犯でも
 怯えさせる三月の眼だが、唯一威圧が効かない人間がいるのだ。


 三月といえば、ぼろぼろのコートに腕組み、そして充血でもしているのか、真っ赤な眼である。
 その眼で睨んでも、全く震え上がらない人間がいる事に気づいたのは、十年以上も前の話だ。


(;´・ω・`)「はは」

(メ._,)「……」


 その唯一の男は、ショボーン。またの名を、イツワリ警部だ。
 噂は当時はからっきしで、所詮一介の刑事にすぎないと思っていたのだが、
 実際に初めて会った時、三月は驚いたものだった。

 まさか、自分が睨んで怯えない人間がいるなど、思ったこともなかったのだ。
 それは、今でも相変わらずである。


.

737 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:30:42 ID:X2jUawsoO
 


(メ._,)「……電話か」

 ショボーンが照れ隠しにへらへらと笑っていると、電話の着信音が室内に響いた。
 自分のそれに似ていたのでショボーンは携帯電話を取り出したが、違った。
 音の発生源を辿ると、三月ウサギ警部の黒いコートからだった。

 ショボーン同様に、受話音量が大きく設定されていて、通話先の声が他の者にも筒抜けだった。
 意識せずとも、通話先の相手の声が認識されてしまう。


(メ._,)「……我の名は……三月ウサギ……。力の求道――」

  『いい加減そのばかなセリフはやめてください』

(メ._,)「…………すまん」

(´・ω・`)「あらあら」


 三月は持ち前の啖呵を切ったのだが、それが言い終わる前に
 比較的高い女の声が聞こえ、三月にくってかかった。

 逆上するかと思えば、三月はしょぼんとして押し黙ってしまった。
 どうやら、彼にも頭の上がらない人物はいるようだ。
 そしてショボーンは、声を聞き、三月の態度を見て、すぐにそれが誰かを理解できた。

.

738 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:34:16 ID:X2jUawsoO
 

  『被害者の妻を重要参考人として
   そちらの方に遣わせました事を報告します』

(メ._,)「妻……だと?」

  『擬古フッサールの家族関係は妻だけで、子はいません。
   夫婦ともに両親は他界しており、被害者は彼女にとって唯一の身よりだったようです』

(メ._,)「……そうか……。ご苦労……」

(´・ω・`)「(調べるのが速すぎるな)」

 しかし、手回しが驚くほどよすぎるのが彼女だったな、とショボーンは思い出していた。
 現場に警部補を連れてこなかった三月の意図も、わかった気がした。

 被害者、擬古フッサールについてのざっくりとした情報を聞き、三月は電話を切った。
 擬古は地元の中学校を卒業後、VIPでも上位に入る高校へ入学、毎度のように好成績を叩き出していたようだ。
 そこでとある女子生徒と恋に落ち、擬古は幸せな学生生活を送っていた。

 卒業後、都立大学の法学部に入学、検事になるために研鑽を積んだ。
 法学院をでて、VIPで検事に就職、様々な裁判を経験して立派な検事になった。
 高校の時に付き合っていた彼女とはそのまま結婚したらしい。

 まさに、平凡ながらも誰もが羨む幸福な人生を送っていたのだ。


.

739 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:35:31 ID:X2jUawsoO
 

N| "゚'` {"゚`lリ「フサ……」

(´・ω・`)「どうした」

 三月が電話を仕舞う頃に、阿部はぼそっと擬古の名を言った。
 その姿が感傷的に見えたので、ショボーンも不思議に思えた。


N| "゚'` {"゚`lリ「何度も法廷で共に戦った仲だったんだぜ」

(´・ω・`)「そうなのか?」

 初めて聞いた情報だった。
 てっきり、阿部は被害者とは無関係だと思っていたのだ。
 だが、考えてみると食事を同席しているため、寧ろそれは当然だった。

 ショボーンが訊くと、「ああ」と言って阿部は続けた。


N| "゚'` {"゚`lリ「今日も、ある件について話をするつもりだったのさ」

(メ._,)「つまり……動機はあると……」

N| "゚'` {"゚`lリ「まあな。否定はしない」

(´・ω・`)「ある件、って?」


 ショボーンはごく自然に尋ねたのだが、阿部は口ごもってしまった。
 視線を逸らし、頭を掻いて唸っている。
 長いこと唸った上で発した言葉が、「極秘事項だ」の一言だった。

.

740 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:36:23 ID:X2jUawsoO
 

(メ._,)「それが動機につながる事もある……正直に吐く事だな……」

N| "゚'` {"゚`lリ「三月さん相手でも言えないなぁ。
         警察でも極秘裏で調査されてる事だから」

(´・ω・`)「僕も知らない、ってか」

N| "゚'` {"゚`lリ「ああ」


 ショボーンはすぐに納得したが、三月は諦めなかった。
 何度か同じ事を阿部に訊き、白状させようとした。

 だが、阿部は言えないの一点張りで、情勢が動こうとは思えなかった。
 だから、三月も諦めるほかなかった。


.

741 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:37:50 ID:X2jUawsoO
 

        −13−


(`・д・)ゞ「水須木刑事!」

伝・ー・)「なんだっ!」

 後ろから、威勢のいい警官に呼ばれ、水須木も威勢よく返事した。
 駆け寄ると、先程三月が報告を受けていた擬古の妻が到着したと言われた。

 警官の後ろには、桃色のコートが華やかな女性が立っていた。
 警官に連れられ怯えているのを察した水須木は、「ご苦労」とだけ言って警官を帰した。


伝・ー・)「奥さんとやらの到着だぜ!」

(メ._,)「……早いな」

 とだけ言って、三月はすぐその女性を招いた。
 女性はおどおどしていて、葉桜や小森とは違った緊張の色を顔一面に張り巡らせていた。
 ぺこりとお辞儀をして、女性は名乗った。


ζ(゚ー゚;ζ「……ぎ、擬古デレです」

(;-_-)「奥さん!」

ノパ听)「……」


.

742 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:39:05 ID:X2jUawsoO
 

 デレの姿を見て、小森はオーバーに驚いた。
 日頃から面識があると思われる。
 葉桜ヒート同様に彼女も姥桜で、美しかった。

 セットするのに手間がかかるであろう巻き髪が、より若さを演出していた。
 しっかり化粧しているが、ファンデーションの上からでもその強張った顔色は窺えた。


(´・ω・`)「小森さんの知り合――」

ζ(゚ー゚;ζ「そんな事よりも、夫は大丈夫なのですか!?」

(´・ω・`)「……」


 デレにとって、憂慮すべきは夫の安否だった。
 ショボーンにすがりつき、身体を揺すってそう言った。

 夫を案じる様子は、妻として当然の態度だ。
 彼女の問いに、三月が答えた。


(メ._,)「現在……病院に搬送されている……。生死不明だ……」

ζ(゚ー゚;ζ「そんな……そんな!」

(´・ω・`)「………」


.

743 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:40:58 ID:X2jUawsoO
 

 デレは焦り、落ち着きを失っていた。
 俄には信じられない、そう言いたげに。
 声が震え、今にでも泣きだしそうな顔をしていた。

 一方ショボーンは、彼女の様子を観察していた。
 服装から容姿、言動から態度まで、全てを。
 上から下までじっくり眺めてから、時計を見、口を切った。


(´・ω・`)「……お気の毒ですが、まずは犯人を押さえるのが先決です。
.      奥さんも、ご協力願えますか」

ζ(゚ー゚*ζ「……」 

(´・ω・`)「奥さん?」

ζ(゚ー゚*ζ「……」


 事務的にショボーンが協力を求めると、デレは黙った。
 何だと思っていたところで、デレは口を開いた。

ζ(゚ー゚*ζ「……やっぱり」

(´・ω・`)「?」


.

744 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:42:39 ID:X2jUawsoO
 

ζ(;ー;*ζ「やっぱり、夫は……殺さ……れたのですか……?」

(´・ω・`)「…」


 そう言うと、デレはしゃがみ込み、顔を手で覆った。
 指の隙間から、大粒の涙が零れ落ちる。
 せっかくの化粧が流れ落ちるな、とショボーンは思っていた。

 静かな部屋の中で、嗚咽が止みそうになったのは三分後だった。
 辛辣そうな顔をする水須木が手をさしのべると、デレがその手を借りて立ち上がった。
 やはり、化粧が少し乱れていた。


ノパ听)「デレ、化粧し直しなさいな。案内してあげるから」

ζ(;ー;*ζ「……」

(´・ω・`)「(ん?)」

 葉桜が低い声で言い、デレは肯いた。
 手を引かれ、現場を後にした。
 容疑者である手前、気弱そうな警官が一人ついていった。


(メ._,)「彼女にとって……遺憾な出来事だな……」

伝・ー・)「彼女、すごい泣いてましたね」

 三月は肯きはしなかったが、否定しなかった。
 この男は肯定を口にする事があまりない。
 否定をしない事が、彼なりの応答なのだ。


.

745 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:43:57 ID:X2jUawsoO
 

(´・ω・`)「………」

(メ._,)「……どうした……ショボ」

(´・ω・`)「あ、いや……」

 デレが来てから、ショボーンはすっかり寡言になっていた。
 脳内にある粘土を、只管練っているようだった。

 三月に声をかけられ、はっとしてショボーンは我に返った。

(メ._,)「とにかく……」

伝・ー・)「小森さんよ、お話を聞かせていただくぜ」

(;-_-)「話と言っても、なにを……」


 三月と水須木に睨まれて、小森は萎縮した。
 小森は、比較的神経の細い人と思われた。
 気丈そうな葉桜とは対照的だった。

(´・ω・`)「デレさん」

( -_-)「?」



(´・ω・`)「デレさんとは、どういう人物ですか?」


.

746 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:46:43 ID:X2jUawsoO
 

        −14−


( -_-)「奥さん……ですか?」

(´・ω・`)「はい」

 小森は虚を衝かれたような顔をした。
 自分と擬古との関係や、アリバイを問われると思っていたからだ。
 そのように思っていたのは、小森だけではなかった。

 水須木も、問われた訳ではないのに豆鉄砲でもくらったかのような顔をしていた。


伝・ー・)「ちょいとあんた、なんでここで彼女が出るんだ?」

(メ._,)「……」

(´・ω・`)「ちょっと気になる事があってね」

伝・ー・)「別に弁護する訳じゃないけどよー、彼女を探ってもなにもでないと思うぞ?」


.

747 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:49:07 ID:X2jUawsoO
 

 思って当然の事を水須木は言った。
 夫に献身的に見える彼女に疑念を抱く理由が、水須木や小森にはわからなかったのだ。
 いや、ショボーンが彼女を疑っているのかは、まだわからないが。

 すると、ショボーンが答えないうちに先に阿部が口を開いた。


N| "゚'` {"゚`lリ「若造にはわからないだろうな、ショボの思考は」

伝・ー・)「へ?」

N| "゚'` {"゚`lリ「訳の分からないところから訳の分からない可能性を見出す、
         そんな訳の分からない奴がショボなんだぜ」

(´・ω・`)「こンにゃろ……」

(メ._,)「……ふん」


 このようにショボーンに冗談を浴びせる事ができる人間も減ったものだ、と後ろで三月は思っていた。
 しかし、言っている事は紛れもない真実である事も、同時にわかっていた。

 一見価値があるのかわからない石ころがごろごろある山から
 ダイヤの原石だけを見抜き拾う事があるのだ、ショボーンは。
 三月も、ショボーンの言う気になる点とやらを聞いてみたかった。

.

748 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:51:24 ID:X2jUawsoO
 

(´・ω・`)「とにかく、デレさんとも知り合いなのでしょ?」

( -_-)「まあ……。フサさんの家におじゃますると、
       決まって豪華な手料理を振る舞ってくれる、いい奥さんですよ」

(´・ω・`)「彼女は、夫に献身的でしたか?」

 すると、小森は饒舌になった。

( -_-)「ええ、そりゃあもう。
       フサさんも、奥さんの家事はカンペキだ、と絶賛してたし」

(´・ω・`)「その二人の間に、愛はありましたか?」

( -_-)「あ、愛?」

 変な質問をするものだ、と小森は思った。
 互いが互いを尊重しあう夫婦間に、愛が無い訳ないだろう、と。

 だが、この時のショボーンの眼を見ると、とても冗談を言っている様子ではなかった。
 本気で、ショボーンはそう尋ねたのだ、とわかり、小森も緊張して答えた。


( -_-)「そりゃあ……ラブラブだったんじゃないのでしょうか」

(´・ω・`)「夫が死ねば、哀しむような人なのですね?」


.

749 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:53:31 ID:X2jUawsoO
 

 その質問があまりにも変だったため、水須木は待ったを入れた。
 答えるまでもない、どころではなかったからだ。

伝・ー・)「どうみてもそうだろ? さっきもわんわん泣いてたし」

(´・ω・`)「いい事を教えてやる」

伝・ー・)「?」

(´・ω・`)「涙と哀しみというのは、密接に見えて実は無縁なものなんだ」

伝・ー・)「……ど、どういう意味だ?」

N| "゚'` {"゚`lリ「哀しくなれば涙はでるが、哀しくなくても涙はだせる、という事だろうよ」

 補足するように、阿部が言った。
 ショボーンは肯かなかったが、おそらく意味は同じと思っていいだろう。

 だが、水須木はどうも腑に落ちないようだった。
 腕を組み、うーんと唸っている。
 水須木が若いからわからないのか、水須木が賢くないからわからないのか。


.

750 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:55:45 ID:X2jUawsoO
 

(メ._,)「詮索を入れるのはいいが……
      まずは全員のアリバイを確かめるのが先決だ……」

 三月が、静かに言った。

(´・ω・`)「しかし」

(メ._,)「捜査権は……お前に委ねた訳じゃない……」

(メ._,)「知恵を貸してもらっているところで悪いがな……」

(´・ω・`)「………」


 ショボーンは一瞬黙った。
 自分の直感を信じるべきか、三月に従うべきか、で迷いが生じたのだ。

 だが、意志は二通りあっても行動は初めから一つに絞られていたようだ。


(´・ω・`)「……そうですね」

 ショボーンはちいさく肯いた。

.

751 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:57:08 ID:X2jUawsoO
 

        −15−


 ショボーンが身をひいたところで、デレと葉桜が戻ってきた。
 デレも漸く落ち着いたようで、目は腫らしているも化粧の整った美しい顔となった。

 だが、場の空気は相変わらず重く、張りつめている。
 足を踏み入れた瞬間、デレは実体の掴めない威圧感に圧倒されそうになった。
 ショボーンの顔を見ても、筋肉が解れ柔和にこそ見えるが、
 決して彼に笑顔を見せられそうにはなかった。


ζ(゚ー゚;ζ「――」

伝・ー・)「落ち着いたか?」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、ええ――少しは」

(´・ω・`)「(落ち着いた……か)」


 表立って悪態を吐くことはなかったが、ショボーンはぶすっとした。
 当然、ショボーンも有能である以上、意図的にポーカーフェイスを維持する事はできる。
 デレに自分の心情を読まれる心配はなさそうだった。


.
752 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 20:58:49 ID:X2jUawsoO
 

(メ._,)「早速で悪いが……」

 三月が前に出た。
 阿部、葉桜、小森、そしてデレの四人を前にして、腕組みを解いた。

 その両手を腰にあて、視線をあげた。
 三月の背は低いのだ。


(メ._,)「十九時一〇分頃に……ここで毒殺未遂の事件が起こった……」

(メ._,)「死亡は確認されてないが……呼吸困難を起こし……
      いつ亡くなってもおかしくない……そんな状況だ」

(メ._,)「……被害者と面識のあるあなたたちには……犯行当時のアリバイと……
      被害者……擬古フッサールの関係を……教えていただこうと思う」

伝・ー・)「別室で、個別に聞くべきですか?」


 三月の事務的な口調に、水須木の個性的な声が載っかってきた。
 もし犯人がこの中にいる場合、そしてその人物が話をする順序が後半だった場合だと、
 先に他人が話した内容を聞き、証言を変えてくる可能性がある。
 それを考慮した上で、ここでまとめて聞くべきか別個で聞くべきかを、水須木は訊いたのだ。

.

753 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 21:00:19 ID:X2jUawsoO
 

 三月は首を少し俯かせた。

(メ._,)「ショボは……どう考える」

(´・ω・`)「アリバイはともかくとして、関係を聞くのは
.      別にどこで聞こうが差し支えないでしょう」

(メ._,)「……そうだな」

 三月が肯くと、まず彼から見て左端に立っている阿部の方を見た。
 精悍な面構えであり、刑事というより俳優という印象を持たせる。
 三月が見ても、阿部は別段アクションを起こす事はなかった。
 
(メ._,)「阿部……まずはお前から聞こう……」

N| "゚'` {"゚`lリ「さっき言っただろ? 俺とあいつは、よく法廷で共にする仲だ、って」

(メ._,)「日頃の……奴の行動で不審な点……気になった点……そういったものもないのだな?」


.

754 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 21:02:29 ID:X2jUawsoO
 

 すると阿部は黙った。
 口を開いたのは、三月が頭を少しだけ下げた時だ。

N| "゚'` {"゚`lリ「最近、でかい事件を検察と協力して
         追ってるんだがなぁ……どうだろうな」

(メ._,)「お前は……倒れる直前の奴を見ていた……。
      首尾を一から詳しく聞かせてもらおうか……」

N| "゚'` {"゚`lリ「俺は面倒な事は嫌いなんだけどなァ」

N| "゚'` {"゚`lリ「……俺は、今日も大事な話があって、
         フサの泊まると聞くここにやってきたんだ」

(メ._,)「それは……何時頃だ……」

N| "゚'` {"゚`lリ「十九時前じゃないかな?」

(メ._,)「それで……?」

N| "゚'` {"゚`lリ「事件の話もほどほどに、フサの部屋で既に飯が
         用意されてるとの事だから、俺もフサと一緒に飯を食ったんだ」

(メ._,)「……」

N| "゚'` {"゚`lリ「で、気がつけば倒れてた、という訳だ」

.

755 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 21:03:55 ID:X2jUawsoO
 

 刑事というものは、総じて記憶力がいい。
 三月はメモをとらず、阿部の証言を脳に叩き込んでいるようだった。

 一方の水須木は、必死にメモをとっていた。

(´・ω・`)「順を追って言うと、十九時前、ここ葉桜館に宿泊手続きをとって害者と接触、
.      十九時すぎ頃にここで食事をとって、十分弱すると害者が倒れたんだな?」

N| "゚'` {"゚`lリ「そうだ」

(´・ω・`)「そのときの害者の様子は」

N| "゚'` {"゚`lリ「風邪をひいてそうだったな」

(´・ω・`)「……風邪?」

N| "゚'` {"゚`lリ「ああ。本人も調子が優れないと言ってたぞ」

(´・ω・`)「じゃあ、その時には既に毒がまわってたのかもしれないんだな?」


.

756 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 21:06:01 ID:X2jUawsoO
 

        −16−


伝・ー・)「な、なにを言うかと覚えば……。
       食事に毒が混ざってなかったとでも言うのか!?」

 水須木は、ショボーンの言葉に食いかかった。
 おかしいと突っ込むよりかは、驚いたような言いぐさだった。

 それを宥めるように、ショボーンは答えた。

(´・ω・`)「可能性として無い訳では無い」

(メ._,)「……」

(´・ω・`)「どこかで擬古氏が毒物を摂取し、それが食事時になって
.      ようやく体内に回ってきた――考えられない事ではない」

伝・ー・)「そんな遅効性の毒薬なんて……」

(´・ω・`)「DAT」

伝・ー・)「は?」


 「思い出した事がある」と、続けてショボーンが言った。
 腕を組み、渋い顔をして、今し方放った言葉について補足をいれた。


.

757 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 21:07:10 ID:X2jUawsoO
 

(´・ω・`)「……今日、アルプス県警で、各県警の警部以上の者が
.      集う講義が行われたのは、あんたも知ってるだろ?」

伝・ー・)「知ってるけど……」

(メ._,)「講義内容は……毒物=v

伝・ー・)「毒……?」


 そこで、水須木ははっとした。
 まさか、とは思ったが、ショボーンの推理が少しわかったような気がしたのだ。

 今日、アルプス県警では講義が開かれた。
 その内容を、ショボーンは必死に思い出していた。

 テーマは毒だった。
 しかし、その毒について気になる点があったため、
 講義に無関心だったショボーンでも全内容を理解できた。

 その内容とこの事件に、共通点が見いだせそうだったのだ。


.

758 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 21:09:59 ID:X2jUawsoO
 

(´・ω・`)「主題に取り扱われた、DAT。
.      過去の毒物には無かった、ある特徴が挙げられている」

(´・ω・`)「……類を見ない、効き目の遅さだ」

伝・ー・)「遅効性……」

;`・ー・)「あ! ああああああッ!
      まさか、この男が食事を採る時にはもう――」

(メ._,)「あり得ない」

伝・ー・)「へ?」

 ショボーンが提示した可能性に、三月が即答した。
 それも、否定だ。
 真っ向から、ショボーンの可能性を否定した。

 それも、はっきりと言い切るかたちで、である。
 彼が言葉を言い切る事は、滅多にない。
 何だと思い、思わず水須木も押し黙った。


(メ._,)「講義を受けていたなら……覚えているだろう」

(メ._,)「……DAT……摂取量に関わらず……摂取すれば間違いなく死ぬらしいのだ」

(´・ω・`)「……」


 猛毒、DATは、呼吸困難を引き起こす毒だ。
 かなり珍しい毒で、つい最近になってようやく実体が判明された。
 現在もDATについての研究がなされている。
 つまり、情報はぜんぜん行き渡っていない。

.

759 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 21:14:01 ID:X2jUawsoO
 

 また、今回の意識不明の重体になった被害者、擬古も呼吸困難になっている。
 もしDATが死因だとすると、検死官が死因を特定できなかった理由にも合点がゆく。
 検死官も、DATについてはあまり知らないのだ。
 可能性としては、大いにあり得た。

 だが、DATには特徴があった。
 ひとつ、体内に取り入れてから、効き目が表れる――死に
 至らしめられる――まで、三時間ほどの時間を要する事。
 今し方、ショボーンが提示したのはこの特徴だ。

 別の特徴として、DATには致死量は存在しないのではないか、とされているのだ。
 あくまで仮説だが、致死量は限りなく少量か、もしくは瀕死という概念が存在しないのか。
 とにかく現段階で判明している事は、
 ひとたび摂取してしまえば、三時間後には必ず息を引き取ってしまうという事だ。

 そして、その事がDATがもっとも恐れられている要因となっている。
 遅効性ゆえに、摂取当初は症状は出ないため、早期発見は至難の業となる。
 運がよくない限り、時間差をおいて、相手は間違いなく死ぬのだ。

 三月は、この点を突いてきた。


(メ._,)「……最初は……DATの可能性を考慮したが……」

(メ._,)「DATに関する報告では……意識不明の重体になるとは……聞いてない」

(メ._,)「そのような症状があれば……検死官もDATとすぐに特定できるだろうしな……」

.

760 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 21:15:49 ID:X2jUawsoO
 

(´・ω・`)「………」

伝・ー・)「じゃあ……」


 三月は肯いた。

(メ._,)「DATではあり得ないため……奴が毒を摂取したのは……
      どんなに早めに見ても三十分以内……」

(メ._,)「つまり……十八時半以降だ」

伝・ー・)「それが、犯行時刻ですか!」

(メ._,)「毒物が即効性である可能性もあるが……」

(メ._,)「この時間帯の……お前らの行動を――」


 導かれる推理をもって、三月が当時のアリバイを訊こうとした。
 真っ赤な眼が四人を捕らえようとした時だ。

 小森が、急に焦燥を見せた。
 三月が小森を睨むと、彼は一際大きな声を発した。


(;-_-)「ま、待ってください!」


.

761 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 21:17:32 ID:X2jUawsoO
 

        −17−


(メ._,)「なんだ……?」

(;-_-)「あの人、十九時少し前まで、葉桜館をでてました!」

(´・ω・`)「なんだって?」

(メ._,)「……ほんとうなのか……?」

(;-_-)「ほんとうですよ! ちょ、首はだめ――」

 また小森が訳の分からない事を口走ったのかと思い、三月が小森を攻めた。
 しかし、それを止めたのは小森でもショボーンでもなかった。
 女将の葉桜ヒートが、控えめに口を挟んできた。


ノパ听)「刑事さん、彼の言っている事はほんとうです」

(メ._,)「……なに?」

 手に籠めている力を緩めた。
 三月は、どうも小森を好きになれなさそうだ。
 解放された小森が、ぜえぜえと呼吸を整える。


ノパ听)「散歩に行くと言って、十八時二〇分頃にここを出て行ったのを見送りましたから」

(´・ω・`)「散歩……観光ですか?」

ノパ听)「そんなところかと……」

(メ._,)「戻ってきたのは……?」


.

762 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 21:20:01 ID:X2jUawsoO
 

ノパ听)「おっしゃるとおり、十九時少し前です」

(´・ω・`)「!」

 ショボーンは驚いた。

 擬古が外出し、戻ってきたのは彼が倒れる十分前なのだ。
 帰還して阿部と合流し、食事を採る。
 そして、すぐに倒れ、意識不明になってしまった。

 席をはずしている間になにがあったのかも、調べる必要がある。
 ショボーンは、そう考えていた。


( -_-)「ぼく、ずっと自室で籠もってました」

( -_-)「だから、ぼくに犯行は無理なんですよ」

(メ._,)「……」


 身の潔白を訴える小森を前に、三月は黙ってしまった。
 十八時半以降に毒が与えられた、と考えられる一方で、当の擬古はそれより十分ほど前に外出した。
 自分は旅館を出てないという嘘は、葉桜を前にはいえないだろう。

 つまり、小森のアリバイは成立した事になる。
 それに気がついた小森は、堂々と無実だ、と言ったのだ。

 尤も、ショボーンはそうは思っていなかった。


(´・ω・`)「へえ、さすがですね小森さん」

( -_-)「動機はあれど、チャンスがなかっ――」

(´・ω・`)「おもしろい偽りを述べるものだ」

( -_-)「!」


.

763 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 21:21:42 ID:X2jUawsoO
 

N| "゚'` {"゚`lリ「ほう、偽りか」

 阿部が半ば感心するように言った。
 かまわず、ショボーンは小森だけを見ている。
 小森の額から、脂汗がにじみ出てきた。

(´・ω・`)「おかしいな。『部屋に籠もっていた』のに、どうして
.      『擬古が旅館を出ていった』事を知っている?」

(;-_-)「っ!」

(´・ω・`)「葉桜さん、擬古さんが旅館を出ていくとき、お供はいました?」

ノパ听)「いいえ」

(´・ω・`)「つまり、小森さん、あなたは部屋から一歩も出ずに、
.      擬古さんが外出することを知り得た超能力者なのですかね?」

 ショボーンが、かなり皮肉った口調で言った。
 むろん、正気で言っているのではない。

 こう言って逆上を狙い、更なる証言を生もうとするショボーンの作戦なのだ。
 矛盾した小森の言い分から、なにかを手繰り寄せようとしていた。

.

764 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 21:23:05 ID:X2jUawsoO
 

(;-_-)「……!」

(メ._,)「……答えろ」

(;-_-)「へ、部屋の窓から玄関口が見え――」

ノパ听)「玄関口は南向きに位置しますが、宿泊部屋に南向きに窓がある部屋は無いですよ」

(;-_-)「っ!」

(´・ω・`)「………」


 小森は、つい余計なことを口走ってしまった己を悔やんだ。
 アリバイが成立すると思って、矛盾を生んでしまった。
 その事が、やがて自分の首を絞める事になると知らずに。

(´・ω・`)「あなたが証言したあとに葉桜さんによって裏付けされた以上、
.      擬古さんの外出をみたのは間違いないでしょう。
.      あなたは、本当に擬古さんの外出をみたのだ」

(;-_-)「………」


 もし擬古の外出の目撃が虚偽なら、葉桜との間に食い違いが起こる。
 だが、葉桜が肯いている以上、それは本当に起こりえた事で、小森が目撃したという事も本当なのだ。

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765 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2012/04/22(日) 21:24:01 ID:X2jUawsoO
 

 ならば、なぜ小森がそれを知っているのか。
 ショボーンは、それを見抜こうとしていた。


(´・ω・`)「ここで問題が生じる。どうして外出を知っているのか、と」

伝・ー・)「でも、部屋から出なかったらわからないし、
       玄関口に潜んでいたら葉桜さんに嫌でもばれちゃうぜ?」

(´・ω・`)「いや、何も旅館をでるところを見なくたっていい」

伝・ー・)「へ?」



(´・ω・`)「擬古さんが自室をでたところ……そこを目撃すれば、いいんだよ」



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