3 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:00:10 ID:WLOO322.0
 
 
 
 
 
   「おい、知ってるか」
 
   「なんですか」
 
 朝早くに船を乗ったのも束の間、すっかり時刻は昼過ぎになっていた。
 二月十七日と、もう春が目の前に迫りつつあるのに、その冷え込みは一向に変わらない。
 船の中にいても、多少ましになるとは言え、暖房を効かせなければ大差なかった。
 
 揺れにもいい加減慣れてきたので、気がつけば他愛もない話を交わすようになっていた。
 いまのも、その一環である。
 
 
   「ニゲットチキンって、キタコレでしか育たないのは知ってるよな」
 
   「まあ、一応。揚げるとうまいやつですよね」
 
 それを聞いて、彼はにやりと笑う。
 相手は、嫌な予感がした。
 
 
.

4 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:00:47 ID:WLOO322.0
 
 
   「ニゲットチキンの羽って、布団とかにもなるんだよ。羽根布団」
 
   「ふ、布団?」
 
   「ほら、キタコレは極寒だろ。そんななかを生き抜こうと、
.    ニゲットチキンは保温性に優れた羽毛をいっぱい生やしてだな、それで体温を保つんだ。
.    そしてその羽毛は、最高級もいいくらいのすんばらしい素材となるんだよ」
 
 トレンチコートの彼は、流暢にそう語り終えて、満足そうな顔をした。
 一方、深緑のコートを身に纏う男は、面倒くさそうな顔をしていた。
 
 語り終えた彼は、一呼吸してから、再び続ける。
 
 
   「尾羽を加工して羽ペンにすれば、これまた高級品だ。
.    しっかりしてるのに手に馴染む柔軟さがあるから、書きやすいんだって」
 
   「使ったことがおありで?」
 
   「あるわけねーだろ」
 
 さも当然であるかのようにそう言ったが、ならば今の語りはなんだったのだ、と言い返したくなった。
 言っても仕方がないことはわかりきっているので、彼は黙る。
 
 しかし、トレンチコートの彼の話はまだ終わらない。
 満面の笑みをかみ殺したような顔をしながら、追い討ちでもかけるかのように一つ言った。
 
 
   「こんなもん、ジョーシキよジョーシキ」
 
 語り終えて、得意げな顔をいっそう強く浮かべる。
 「もういいだろう」と、相手は視線を彼――の、手元に遣った。
 
 なにやら雑誌のようなものを握っている。
 やっぱりか――深緑の男は、ため息を吐いた。
 彼がなにか変に得意げになったときは、だいたい、その背景になにかがあるのだ。
 
 それを、呆れきったような声で言ってあげることにした。
 
 
.

5 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:01:43 ID:WLOO322.0
 
 
   「ジョーシキはジョーシキでいいんですが」
 
   「なんだよ」
 
   「その、見えてますよ、パンフレット」
 
   「……あ」
 
 隠し持っていたパンフレットが、実は隠せていなかった――
 そうわかって、トレンチコートの男は照れ笑いをした。
 それを見て、更に深緑の男は呆れた。
 
 これ以上相手をしても疲れるだけだ――そう思い、窓の外、出航時以上に荒れている天候を見た。
 呆れられた本人も、それにつられて窓の外を見やる。
 天気予報で雪が降ることはわかっていたものの、それでもこの荒れ様はないんじゃないか、と思った。
 
 
   「荒れてますね」
 
   「荒れてるな」
 
   「大丈夫ですかね」
 
   「なにが」
 
   「豪雪、ですよ。もしきたら、船も出せなくなるでしょ」
 
   「なーに弱気になってんだよバーカ」
 
   「………」
 
 
 ふんぞり返って、彼は隣にいる男の顔を見上げた。
 いつにも増して彼らしく、嫌味ったらしい笑みがこぼれていた。
 
 
 
 
 
.

6 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:02:24 ID:WLOO322.0
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(´・ω・`)「そんなものはな、このショボンヌ様にまかせなさい!」
 
( <●><●>)「まかせて何になると言うんですか……」
 
(´・ω・`)「え、えっと……傘代くらいならだしてやる」
 
( <●><●>)「はぁ………」
 
 
 最後のこれは呆れた返事ではなく、ただのため息だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
.

7 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:03:06 ID:WLOO322.0
 
 
 
 
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
 
    イツワリ警部の事件簿
    File.3
 
           (´・ω・`)は偽りの絆をつなぐようです
 
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
 
              第一幕 「 最果ての地で 」
 
 
 
 
.

8 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:05:31 ID:WLOO322.0
 
 
 
 
 パンフレットを広げていた彼は、隣の若手ワカッテマスにそれを見せた。
 この国のなかでも最果てに位置する、極寒の地とされるキタコレにまつわるパンフレットだ。
 キタコレに向かう船、RY(Round Yacht)の店内で彼が買ったらしい。
 
 名物のコーナーに彼は目がいったようで、それを隣の男にも見せた。
 「はあ」と、興味のないような声で返した。
 
 そこには、ニゲットチキンと呼ばれる、キタコレでしか育たない希少種の鶏が載っていた。
 奇妙なかたちの口をしていて、不遜な態度でもとるかのような開き方をしている。
 が、これは餌となるタン芝――これもキタコレでしか生えない希少な草――を
 どっかりと積もった雪から見つけ出しては食べるために進化した形状なのだ、と隣のコラムの欄に書き出されていた。
 
 鶏らしく彼らはよく雪の上を歩くのだが、よく転び、雪煙を撒き散らしながら滑る様がテレビなどで映し出される。
 それはワカッテマスでも知っていたが、さすがに口のことまでは知らなかった。
 
 
(´・ω・`)「肉よりも羽のほうが高いなんて、可哀想だよな」
 
( <●><●>)「また、どうして」
 
(´・ω・`)「バーカ。あんたの場合だと、体よりも服のほうが価値があるってことだぞ」
 
( <●><●>)「……それを、感情移入させますか。しかも鶏に」
 
(´・ω・`)「感情移入なんてしないと、刑事なんてやってらんないよ」
 
 確かにそうだ、と笑う一方で、「捜査に私情を挟むのはタブー、なのでは」とワカッテマスがいじわるを言う。
 言われた彼、ショボーンは、後輩の彼に揚げ足をとられたのを悔しく思った。
 後輩、とはキャリアに限った話ではない。地位として、ショボーンのほうが格が上なのだ。
 
 また、ショボーン自身が言ったように、彼らは、刑事である。
 刑事であるワカッテマスより地位が上の、刑事――
 
 
.

9 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:06:37 ID:WLOO322.0
 
 
 
( <●><●>)「『偽りを見抜く敏腕刑事』の名が廃りますね」
 
(´・ω・`)「執念だけは遺族から受け取らなくちゃだめだろ。僕はだな、そーゆーのを……」
 
( <●><●>)「え、なんですって? イツワリ警部」
 
(;´・ω・`)「わざと言ってるだろ!」
 
( <●><●>)「パンフレットで得た知識を、自分のものだと偽って語るような人に……」
 
(;´・ω・`)「わかったって、僕が悪かったよ!」
 
 
 ショボーンがプライドを捨てて謝る。
 ワカッテマスはそんなつもりまではなかったのだが、どこか気分が晴れたような気がした。
 しかし、それでも窓の向こうは、雪が降っていた。
 
 
 
.

10 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:08:12 ID:WLOO322.0
 
 
 ――キタコレは、この国のなかでも極寒の地とされる。
 縦に伸びた地形の、その北端にあるため、南方に位置する地域と比べると
 まるで国境を越えたのかと疑わずにはいられないほど、風土や気温が変わってくるのだ。
 
 この国では、シベリアも寒い土地として有名で、あちらもよく豪雪が降る。
 冬限定で言えば、その独特な季節風の影響でアルプスも冷えるのだが、
 この二つを、キタコレは凌駕する。
 氷点下なんてざらで、だからこそ居住人も少なく、「田舎」が似合う地域とすらされている。
 
 しかし、だからこその自然の恩恵もあった。
 そのひとつが、パンフレットに載っていたニゲットチキンだ。
 『雪の上を歩く鶏』と称されるように、極寒の土地で生活をする、変わった鶏である。
 
 極寒の地だからこそ、体温を保つために食べた餌のエネルギーを蓄えているのだが
 それゆえ、ニゲットチキンを揚げると、その脂も相俟って美味になるとされる。
 また一方で、その体温を保つために、羽毛も発達していった。
 今しがたショボーンがワカッテマスに語っていたのは、このことだった。
 当然、パンフレットに全て、記載されている。
 
 ほかには、アーボンオレンジと呼ばれる果実が有名だ。
 が、オレンジと名がつくだけで、味には期待できない。
 これは香りの面で、かなり名を広めているのだ。
 もともと生産数が少ないのに、そのなかの香りの成分を更に凝縮してやっとできた香水は、高級品の筆頭とされる。
 
 名物以外には、国内でも特異の動物ばかりを集めたPLZ(Preciously Lakeside Zoo)が観光地の代表として挙げられる。
 従来は白いニゲットチキンだが、その羽毛が赤くなったサンゲットチキンなんて鶏も展示される。
 『腕を組む熊』として知られるツラレクマも、このPLZでしか見ることができない。
 
 だからとは言え、人間ではこの寒さにはなかなか抗えない。
 キタコレの、そういった名物を次の世代に受け継ごうとする地元の人々は皆、都会に逃げていくのだ。
 年々減少傾向にある人口は、政府では食い止めることができない。
 
 が、自然の恵みに満ち溢れているその要因は、この寒さである。
 寒くなければ自然の恵みはなかったし、しかし寒いからこそその恵みを保護し受け継ぐ者が減る。
 現地の人にとっては、なんとも皮肉な話であることだろう。
 パンフレットを読み終えて、ショボーンはそんな感想を抱いた。
 
 
.

11 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:09:00 ID:WLOO322.0
 
 
( <●><●>)「それ、有料でした?」
 
(´・ω・`)「ん、千円」
 
( <●><●>)「せ」
 
 パンフレットとは、そんなに高いものなのか――?
 ワカッテマスが戸惑うが、それを見ないで、ショボーンは彼にパンフレットを押し付けた。
 背もたれに体重を深くかけ、大きく息を吐く。
 
 
(´・ω・`)「千円なだけあって、なかなかのパンフレットだぞ。発行されたの、今年だし」
 
( <●><●>)「はあ」
 
 言われて、ワカッテマスもぺらぺらとページを繰り始めた。
 千円だろうが、ショボーンが買ったものを読む行為だとどのみち無料に違いない。
 そんな楽観的な思考のまま、彼は紙面に写された活字とイラストに目を落とす。
 
 ワカッテマスは読んだまま、ショボーンに話しかける。
 読むと話す、その両方を一度にこなすのか――とショボーンは驚いたが、気にしない。
 
 ワカッテマスは普通の人間よりも、いわば「できた」人間なのだ。
 世間では彼を、天才ともてはやす。
 その才能は、事件のときに本領を発揮する。
 
 
.

12 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:09:38 ID:WLOO322.0
 
 
( <●><●>)「警部」
 
(´・ω・`)「なんじゃい」
 
( <●><●>)「いくら招待されたからといって、三日も有給をとる必要はなかったんじゃあ――」
 
(´・ω・`)「べっつにー? たまには、こうして羽を伸ばすのも大事なんだよ」
 
( <●><●>)「しかし、私は……」
 
 そう言ったのを、ショボーンがすぐに制する。
 
(´・ω・`)「だーかーらー、あんたは働きすぎなんだって。ドクオ一課長に怒られるんだよ、僕が」
 
( <●><●>)「はあ……」
 
 
 ショボーンとワカッテマスは、この国のなかでも比較的のどかなVIPの人間だ。
 刑事として彼らが出勤するのも、VIP県警である。
 また一方で、事件の捜査にさいして他の地区に出向くこともある。
 いまや有名となった一年と少し前のとある事件に関しては、彼らはシベリアに足を運んだ。
 そのときも、今日ほどではないにしろ、とことん冷え込む気候だったことをワカッテマスは覚えている。
 
 しかし、今日、二人がキタコレに向かうのは、事件の捜査のためではなかった。
 ただの休暇である。
 
 
 
.

13 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:10:17 ID:WLOO322.0
 
 
 ――二月に入って少しした頃、ショボーンのもとに一通の手紙が届いた。
 緒前(おまえ)モナーという男からである。
 何年前になるだろうか、ショボーンはある日、事件でこの男とかかわりを持った。
 そのときのショボーンに助けられて以来、モナーは、ショボーンに送る年賀状を欠かした年はない。
 
 そのモナーの手紙だが、よく見ると招待状であることがわかった。
 ショボーンと、もう一人分の、である。
 これは当時、モナーを助けた刑事がショボーンともう一人いたから、なのであるが――
 
 招待の内容は、実に簡単なものであった。
 モナーはこのたび、キタコレにホテルを建てることになったのだ。
 それも、観光客に焦点を絞った、キタコレにしては大規模なホテルである。
 大手から企業を誘致し、また源泉かけ流しの温泉をも確保しているようだ。
 
 その名も、WKTK(With Kaleidoscopic Traveler's Knitting)ホテル。
 オープンに先立って、モナーは世話になった人を呼んでは、小規模なオープン記念のパーティを開こうと言うのだ。
 ショボーンがワカッテマスを呼んだ理由は、先ほど言ったとおりである。
 
 ワカッテマスが、携帯電話の辞書機能を使いながらこの名を
 訳してみると、「絶え間なく変わる旅人の編み物とともに」になった。
 これはどういうことだ、とワカッテマスが思うと、ショボーンが笑った。
 
 
(´・ω・`)「それはな、モナーさんのキーワードだよ」
 
( <●><●>)「キーワード?」
 
 モナーのことを知らないワカッテマスが、聞き返す。
 ショボーンが再び浮かべた笑みに、彼らしさは籠められていなかった。
 
 
.
4 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:11:05 ID:WLOO322.0
 
 
(´・ω・`)「『絆』」
 
( <●><●>)「絆?」
 
 
(´・ω・`)「モナーさんは、人と人との絆を大事にする。親子でも、夫婦でも、会社の師弟、でもだ」
 
(´・ω・`)「そうだな、暇だったらこの話、してやろうか」
 
( <●><●>)「あ、これ読んでるんでいいです」
 
(;´・ω・`)「ばッ! ……そこは、素直に『聞かせてください』だろ!」
 
( <●><●>)「警部が読めって言ったんじゃないんですか……」
 
 
 ワカッテマスがしょぼんとする。
 「あーめんどくさいな」とショボーンは頭を掻くが、気持ちはワカッテマスも一緒だった。
 
 ただ、この名前の由来には純粋に興味があったので、ワカッテマスはパンフレットを閉じた。
 パンフレットはいつでも読めるので、上司の言葉を優先しよう、と思ったのだ。
 彼らしいといえば彼らしい判断であった。
 
 ショボーンがそれを見て、こほん、と咳払いをする。
 この男がまじめに話をするときは、その飄々とした態度は本当にどこかにすっ飛んでしまうのだ。
 
 
 
.

15 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:11:36 ID:WLOO322.0
 
 
(´・ω・`)「わかると思うが、キタコレは観光地として有名だ」
 
( <●><●>)「さすがに、それは」
 
(´・ω・`)「だが、キタコレの観光地に向かうまでの道のりは、ひどく険しい」
 
( <●><●>)「ただキタコレに向かうだけなら列車や船を使えばいいが、
         絶景を見たりするにはその分過酷な旅を覚悟しなければ――という意味ですね」
 
(´・ω・`)「そうだ。その旅は、目まぐるしく変化する。
.      キタコレなんて、気候ひとつで千変万化の世界だ」
 
( <●><●>)「KTの部分ですね」
 
(´・ω・`)「そして、当然だが防寒具を着るよな。いまの僕とあんたみたいに」
 
( <●><●>)「防寒具といっても、重ね着の上にいつものコートを羽織っただけですが」
 
(´・ω・`)「偶然だな、僕もだ。……それはいいとして」
 
(´・ω・`)「モナーさんは、その『防寒具』を、編み物と表現した」
 
( <●><●>)「ニット帽やマフラーとかですね」
 
(´・ω・`)「変わりゆく旅のなか、その編み物はずっと旅人から離れず、ぬくもりを与えてくれる」
 
( <●><●>)「なるほど、それが『絆』というわけですか」
 
 ワカッテマスはなんとなく話が読めたので、芯の通った声で言った。
 しかし、ショボーンはそれをおどけた様子で否定した。
 
 
.

16 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:12:08 ID:WLOO322.0
 
 
(´・ω・`)「ぶっぶー。そんだけじゃないんだなあ、これが!」
 
( <●><●>)「……?」
 
(´・ω・`)「なんで、モナーさんが『編み物』なんて言葉を使ったのがわかるか?」
 
( <●><●>)「………いいえ」
 
(´・ω・`)「『絆』ってのは、人と人とがかたくつながる様子を指す」
 
(´・ω・`)「それと編み物と、どこか似てるような気がしないか?」
 
( <●><●>)「ああ、なるほど」
 
(´・ω・`)「手紙で、そんなことが書かれてあった」
 
( <●><●>)「なかなか面白い話ですね」
 
(´・ω・`)「だろ」
 
 ほめられて、ショボーンはまた調子に乗った。
 が、この話を聞かされて、ワカッテマスは素直にそう思ったのだ。
 「きれい」に縁のない刑事生活を送っていると、たまにそんな言葉を聞きたくなる。
 
 ショボーンがペットボトルのお茶を飲んだのを見て、ワカッテマスも同じく飲む。
 少し話しすぎたせいで渇いた喉を、苦味のあるお茶が潤していく。
 キャップを閉めながら、今しがたの話を反芻した。
 すると、ワカッテマスはあることに気がついた。
 
 
.

17 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:12:42 ID:WLOO322.0
 
 
( <●><●>)「あ、でも警部」
 
(´・ω・`)「なんだい」
 
 気がいいのか、ショボーンはにやにやとしてそちらに向く。
 その笑みを、無表情のワカッテマスがつぶした。
 
 
( <●><●>)「編み物って、ひとつの糸から成ってませんでしたっけ」
 
 
(´・ω・`)「はっはっはっ、なにを急に――」
 
(´・ω・`)
 
(´・ω・`) …!
 
 
 
(´・ω・`)「ワカッテマス」
 
( <●><●>)「はい」
 
(´・ω・`)「そのことは、モナーさんには黙っておけ」
 
( <●><●>)「わかりました」
 
 
 そこから、会話はすっかり途絶えた。
 
 
 
 
.
18 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:13:17 ID:WLOO322.0
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 キタコレの地は、やはり一面が白く染められていた。
 そして天気予報は当たっていたようで、雪がなおも降っている。
 吹く風の一つひとつが、ショボーンとワカッテマスに「極寒」を与える。
 
 その華々しい観光スポットや名物のイメージとは打って変わって、その道中はかなり過酷なものとなった。
 バスやタクシーが頻繁に連絡していたらよかったのだが、それはWKTKホテルオープンから始動するようである。
 
 招待状を頼りにショボーンが先導して、道を歩いていく。
 ホテルは近くの山の上に建てられている。
 本数の少ないバスに乗って、なんとか近いところまでは向かうことができた。
 が、それでもまだ距離がある。
 こんなので、果たして観光客を集めることができるのか、とショボーンは訝しく感じた。
 
 途中で、観光客だと思ったのだろう、地元の老人たちが二人に声をかけてくれた。
 彼らにとっても、観光客はやはりうれしいものなのだろう。
 
 適度に受け答えしながら歩くとやがて、前方にひときわ大きな建物が目に入った。
 それはいいのだが、やはりキタコレは、VIPやシベリアと比べて極端に建物が少なかった。
 キタコレの県警なんか、真南にある。
 ここは北のほうで、また所轄署も各地区にちいさなそれが一つずつ建てられている程度である。
 
 そんなので、事件に迅速に対応できるのか。
 ワカッテマスはふと思ったが、そもそもキタコレでの犯罪件数の少なさは全国でずば抜けて一位らしい。
 ショボーンが呆れた顔でそう言った。
 
 確かにこの寒さでは、犯罪する気も失せる。
 青いカラーは人の犯罪意欲を抑制する効果があるらしいが、
 キタコレはその青色で支配されているようなイメージなのだ。
 
 
.

19 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:14:16 ID:WLOO322.0
 
 
 そのまま歩くこと、数十分。
 招待するのならタクシーくらい手配してくれ――ショボーンは思ったが、口にしないことにした。
 こんな田舎では、それは都会の人間のわがままにすぎないのではないか、そう思ったからだ。
 「都会」のイメージが嫌いなショボーンは、そのわがままを言うことができなかった。
 
 そんな田舎のキタコレの景観にそぐわない建物が、いよいよ目の前に迫ってきた。
 白いカラーで統一された壁、窓は特殊なものを使っているのか、ここからだと群青色に映えて見えた。
 
 徐々に雪が強くなってくる。
 開通していない鉄道や、バスのないバスターミナルを見ると、どんどんと雪で積もっていくのが見えた。
 明らかな設計ミスではないか――と思ったが、キタコレの人の考えることはわからない、と割り切った。
 
 
 そしてようやく、WKTKホテルにたどり着いた。
 近づいてあらためて見てみると、確かに大きい。
 ここに着くまでに見た建物はどれもこじんまりとしていただけあって、対照的にこれがいっそう大きく映って見えた。
 
 円柱のように広がっている自動ドアを二枚潜り抜けると、いかにもホテルのフロントらしき場所に着いた。
 キタコレのイメージを払拭するような、床も壁も天井も一面のオレンジ色。
 おそらく、「極寒」をここで洗わせるために、と考えたのだろう。
 
 が、人が少ない――いない。
 オープンはしておらず、これはモナーの個人的な意向で催される
 小規模なパーティであるため、余計な人員は用意していないのだろう。
 しかし、案内人は――
 
 
   「あ、すみません」
 
(´・ω・`)「?」
 
 
 二枚目の自動ドアを抜けて、十メートルほど歩いた。
 中央辺りにたどり着いたところで、右手のほうから声をかけられた。
 続けて、柔らかい絨毯の上を駆けてくる音が聞こえる。
 
 声といい、足音といい、女性だ。
 案内の人か、と思い、二人は右手に向いた。
 
 
|゚ノ ^∀^)「えっと、招待された人ですか?」
 
 
.

20 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:15:11 ID:WLOO322.0
 
 
 服装だけは、仕事のこなせるキャリアウーマン。
 しかし、その砕けた口ぶりといい、カチューシャといい、あまりそういったイメージは抱けなかった。
 彼女は、ショボーンとワカッテマスを見比べてから、訊く。
 
 招待されたのはあくまでショボーンなので、彼が応対した。
 彼が捜査のときに見せるような、淡々とした態度で、である。
 
 
(´・ω・`)「はい、ショボーンです。刑事の」
 
( <●><●>)「同じく、若手ワカッテマスです」
 
 すると、女性は手を叩いた。
 「ああ」と遠く通るような声と同時だったため、その名に心当たりがあったのだろう、とわかった。
 満面の笑みを浮かべ、両手を胸の前であわせながら、歩み寄ってきた。
 
 
|゚ノ ^∀^)「お話は聞かせてもらってます! 確か以前、社長を助けていただいた、とか」
 
(´・ω・`)「そういうあなたは」
 
 「あ、ごめんなさい」と謝って、すぐに畏まった態度をとる。
 しかし口角が見せる笑みまでは、拭い取ることができなかったようだ。
 
 
|゚ノ ^∀^)「モナー社長の秘書を務めさせていただいております、レモナと申します」
 
(´・ω・`)「は、はあ」
 
 互いの挨拶が済むと、さっそくと言わんばかりに、レモナが二人の前に立った。
 そして二人を先導するかのように、前に歩き出した。
 
 
|゚ノ ^∀^)「社長をはじめ、招待されたうち何人かは10Fのメインホールに集まってます。案内しますね」
 
(´・ω・`)「お願いします」
 
 二人もそれにしたがって足を進める。
 その間も、彼らの間に会話が絶えることはなかった。
 
 
.

21 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:16:03 ID:WLOO322.0
 
 
|゚ノ ^∀^)「いやはや、こんな寒いなかに、ようこそいらっしゃいました!」
 
(´・ω・`)「ほんと寒いですよ。雪のシャワーを浴びてしまった」
 
|゚ノ ^∀^)「アハハ、キタコレの雪は一味違いますからね。
.      一度ふぶきだすと、おんなじ方向をびゅーびゅー襲うので」
 
(´・ω・`)「ちょうど、僕たちを追い返すかのごとくふぶいてたんですよ。
.      なんだってモナーさんは、こんなところに……」
 
|゚ノ ^∀^)「あ、当ホテルの方針をお聞きでなくて?」
 
(´・ω・`)「一応、モナーさんから名前の由来は聞きましたが……」
 
 大げさに相槌を打ちながら、「ふむふむ」となにかを考え込んだ。
 秘書、というよりは、保険のセールスマンのような印象を持たされた。
 
 
|゚ノ ^∀^)「キタコレって、すごく寒いですよね。なのに、観光地としてはすばらしい」
 
(´・ω・`)「それは、パンフレットでさんざん見ましたよ」
 
|゚ノ ^∀^)「ですよね? でも、寒いし、田舎のせいで、観光ビジネスはそこまで発展しなかったんです」
 
(´・ω・`)「それはどうして」
 
|゚ノ ^∀^)「そこまでする規模を持つ人が、現れなかったんですよ。
.      まず、アクセスの幅を広げなければならない。
.      観光客に層を絞ったホテルを建てようと、その人たちがたどり着けないような立地にしてしまえば
.      たちまちそのホテルは廃れてしまい、過去に何件かあったように、廃業してしまいます」
 
 「確かにアクセスは悪かった」と、ショボーンは苦々しく言った。
 それはついさっき、身を以て体感したことだった。
 
 
.

22 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:16:47 ID:WLOO322.0
 
 
|゚ノ ^∀^)「アクセス、つまりバスやタクシーの幅を広げて、交通網を整備しなければならない。
.      国内でも一番田舎なところですから、まずはそこからしないとビジネスが成り立たないんですよ」
 
(´・ω・`)「ほうほう」
 
 ショボーンが腕を組み、若干身を前に乗り出す。
 だんだんと、レモナの話に興味を持ってきたのだ。
 
 それは、その話の内容もさることながら
 レモナの話しっぷりが、実に興味を惹きつけるのにうまいものだったためである。
 
 
|゚ノ ^∀^)「次に、土地の問題。田舎なだけがあって、山や平野はほとんどが大地主の所有物となってます。
.      開発……という言い方もおかしいですが、ホテルを建てるのにふさわしい環境づくりをするには、
.      その開発費だけでなく、そういった別方面での問題も顔を出すわけなんですよ。
.      さっきのアクセスの件もふくめて、かなり大規模な計画で進めないと、ホテル運営なんて無理だったんです」
 
(´・ω・`)「で、それをモナーさんがこなしてみせた、と」
 
 上司、それも社長のことを褒められるのはうれしいようで、レモナは顔いっぱいに笑みを浮かべて、うなずいた。
 慕われている社長でよかった――と、恩師の考えそうなことをショボーンは考えていた。
 
(´・ω・`)「しかし、それはどうやって。まさか、単身で?」
 
|゚ノ ^∀^)「……」
 
(´・ω・`)「?」
 
 レモナが、一瞬黙る。
 なにかわけありか、とショボーンはどきりと感じたが、それも杞憂だったようだ。
 
 
|゚ノ ^∀^)「資金を提供してくれた人がいたってのもそうですが、ほかにもう一つ」
 
|゚ノ ^∀^)「あるグループが、企業の誘致やそこらへんのいざこざをまとめてくださったんです」
 
(´・ω・`)「グループ?」
 
|゚ノ ^∀^)「アンモラルグループ、ってご存じですか?」
 
(´・ω・`)「あんもらる?」
 
 
.

23 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:18:04 ID:WLOO322.0
 
 
|゚ノ ^∀^)「いまや世界的に勢力を伸ばしてる、それはもう大きなグループです。
.      おにぎり一つからベンチャー企業発足まで、なんでもしちゃうすごいところなんです」
 
(´・ω・`)「興味ないや。三日だけ覚えときます」
 
|゚ノ ^∀^)「いやいや、覚えといても仕方がないですよ。話を続けても大丈夫でしょうか?」
 
(´・ω・`)「……え、あ。はい」
 
 一瞬呆気にとられたショボーンだが、続きを促す。
 すると再び、レモナは流暢に話しはじめた。
 
 エレベーターに着く。
 三人を乗せて10Fまで向かうのだが、その間も、彼女の語りは続いていた。
 
 
|゚ノ ^∀^)「こうして、土台はできあがった。じゃあ、当ホテルの方針が問題になるわけですが」
 
(´・ω・`)「メインですね。どうぞ」
 
|゚ノ ^∀^)「キタコレに観光事業を導入し、絶景や動物園を見にくる観光客を当ホテルに動員するんですよ。
.      冷たい風に吹かれて、心身ともに疲弊したところを、広げた交通網でここまで案内し、至福の時を提供する。
.      当ホテルには、キタコレのおみやげというおみやげが一通りありますし、サービスはどれも一流のものばかり。
.      ……そうそう、露天風呂もあるんです」
 
(´・ω・`)「ほう! それはいいですね」
 
|゚ノ ^∀^)「でしょ? たとえば、PLZに寄った、しかしその感動を帰り道でつぶしたくない。
.      キタコレ観光を日帰りで……は、交通網のせいで厳しいですからね。
.      そこでホテルにきていただければ、おみやげは揃うし、おいしいごはんは食べられるし、と」
 
(´・ω・`)「まさに観光客のオアシス、ってところですか」
 
|゚ノ ^∀^)「そういうことです! ――が、実は本命はそちらじゃないのです」
 
(´・ω・`)「ほうほう」
 
|゚ノ ^∀^)「当ホテルのほうで観光プランを練って、それを旅行代理店のほうにまわしていただくんです。
.      寝泊りは当ホテルで、そこから日程にしたがってキタコレを縦横無尽に観光しに回る。
.      観光面と宿泊面の、二重でビジネスを運営できる、画期的なアイディアなんですよ」
 
(´・ω・`)「これだけ大規模なホテルなら、それが可能でしょうな」
 
|゚ノ ^∀^)「ええ! ……と、話しすぎてしまいましたね」
 
 
.
24 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:18:58 ID:WLOO322.0
 
 
 レモナが身をひくと、エレベーターは10Fに着いた。
 電子音が鳴ったと思うと、扉が開かれる。
 そのまままっすぐ歩くと、目の前には、ドーム球場ほどの空間が広がっていた。
 高さはそれほどでもないが、しかしなんらかの催し物をするには充分すぎる広さだった。
 
 レモナに案内されてなかに入る。
 小規模、なだけあって、メインホールを入ってすぐのところにはなにもないが
 ホール前方には、いくつかのテーブルと、食器だけが並べられている。
 そして、ショボーンと同じく招待されたのであろう人が数人、その前方に点在していた。
 
 「あちらに社長が」といわれたのでそちらのほうを見ると、ショボーンの顔は急にほぐれた。
 以前となんら変わらぬ様子のモナーが、後ろで手を組んでそこに立っていたからだ。
 刑事とは基本的に一期一会を痛感させられる職業なのだが、たまにこうして昔の人と会うと、どこか感動を味わえる。
 
 
|゚ノ ^∀^)「社長」
 
 レモナが駆け寄って呼ぶと、モナーは振り返った。
 レモナを視界におさめると同時に、その後方にショボーンとワカッテマスが映る。
 その瞬間、モナーの顔はとたんに穏やかなものになった。
 
 ショボーンも続いて、軽く会釈をした。
 モナーはいよいよ、嬉しさを抑えきれないようになった。
 
 
(´・ω・`)「お久しぶりです、モナーさん」
 
( ´∀`)「いやいや、いやいやいやいや、こちらこそです! ショボーン警部補!」
 
(;´・ω・`)「あ、もう警部です!」
 
( ´∀`)「モナにとっては、ショボーン警部補はショボーン警部補ですモナ」
 
 
.

25 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:19:43 ID:WLOO322.0
 
 
(´・ω・`)「まあ……いいですけど。どうでも」
 
( ´∀`)「で……そちらは?」
 
( <●><●>)
 
(´・ω・`)「あ、ああ。僕の部下の、若手です」
 
( ´∀`)「ワカテなんですか……新人教育に精が出ますね。して、お名前は」
 
(;´・ω・`)「いや、若手ワカッテマス、って名前なんです。ワカテにゃあ違いありませんが」
 
( <●><●>)「……VIP県警捜査一課、ワカッテマスです」
 
( ´∀`)「おー、それはそれは失礼」
 
 ワカッテマスがムッとして挨拶する。
 モナーは悪びれた様子は見せず、同じく軽く挨拶した。
 相変わらずだな、とショボーンは思った。
 
 
.

26 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:20:20 ID:WLOO322.0
 
 
( ´∀`)「時に、あの刑事さんは?」
 
(´・ω・`)「ああ、あいつですか」
 
( <●><●>)「?」
 
 ワカッテマスが、なんの話をしているのだ、と思い、きょとんとする。
 それをショボーンが察した。
 
 
(´・ω・`)「紹介が遅れたな。まだあんたがいなかった頃、事件で会ったモナーさんだ」
 
( ´∀`)「よろしくモナ」
 
( <●><●>)「いえ、それはいいのですが、あの刑事、とは?」
 
(´・ω・`)「当時、僕と一緒にその事件を解決した男だ。
.      躯がでかいくせになにかと小心者な、からかいがいがあった奴だよ」
 
( <●><●>)「そ、そうですか」
 
 「からかいがいがあった」と聞いて、ワカッテマスはその名も知らぬ人に同情した。
 きっと、泣き出したくなるほどいじめられたのだろう。その情景が、簡単に想像できた。
 
 互いの認識をすり合わせたところで、モナーが手を叩いた。
 刑事二人が、モナーに体を向ける。
 
 
.

27 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:21:06 ID:WLOO322.0
 
 
( ´∀`)「パーティだけど、18時から開催するモナ」
 
(´・ω・`)「えっと、今は……」
 
 ショボーンが腕時計に目を遣る。
 16時28分。まだ一時間半ほどの猶予が残されている。
 どうやって時間をつぶそうかな、と思った矢先。
 
 
( ´∀`)「ここで、なーんもなしで話をするのもアレだモナ。
      挨拶もほどほどに、積もる話はパーティのときにしたいモナ」
 
(´・ω・`)「それもそうですね」
 
( ´∀`)「だから、このWKTKホテルをうろちょろして、時間をつぶしてほしいですモナ」
 
(´・ω・`)「う、うろちょろって……いいんですか?」
 
( ´∀`)「いいモナ。客室や入られちゃ困るところは全部閉めてるし。
      それに、モナが招待した人たちのなかに、悪さをするなんて人がいるはずないモナ」
 
(´・ω・`)「そりゃ、そうですが……」
 
 オープンを控えているのに、それでいいのか。
 喉まででかかった言葉を、なんとか呑み込む。
 
 
( ´∀`)「どーせオープンは来週だモナ。柱を折ったりされない限り、問題ないモナ」
 
|゚ノ ^∀^)「だから、来週だと早いですって。いい加減諦めてください」
 
( ´∀`)「モナは来週がいいモナ!」
 
 
.

28 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:21:45 ID:WLOO322.0
 
 
(´・ω・`)「……? なにかあったのですか」
 
|゚ノ ^∀^)「本来は、来週にオープン予定だったんですが……
.      ほら、雪がひどいせいで、列車のほうが予定通りに運行開始できそうにないんですよ」
 
(´・ω・`)「ああ……」
 
 
 言われて、ショボーンはメインホール上部に取り付けられた窓に目を遣る。
 吹雪と見間違えそうなほど、キタコレでは激しい雪に見舞われていることがわかった。
 どうやら、自分たちが来たときよりも、いっそう雪は激しさを増しているようである。
 
 思わぬところで打撃を喰らった――と、モナーが渋い顔をした。
 レモナは対照的に呆れたような顔をして、続ける。
 
 
|゚ノ ^∀^)「でも、社長、わがままですから。『絶対来週なんだモナー』とか言って、聞かないんです」
 
(´・ω・`)「あなたらしいですね」
 
( ´∀`)「予定は意地でも貫き通すモナ。しょっぱなから気候に負かされてちゃあ、幸先が悪いモナ。
      それに……」
 
(´・ω・`)「それに?」
 
( ´∀`)「……まあ、とにかくなんとしてでも来週にはオープンさせてみせますモナ」
 
(´・ω・`)「まあ、僕に言われても仕方がないですがね」
 
( ´∀`)「まったくですな」
 
 そう言って、二人は笑った。
 そのまま、モナーはどこかにすたすたと歩いていく。
 レモナはそれを見送りながら、「ったく……」と、呆れた様子を見せた。
 まったく秘書らしくない秘書だな、とワカッテマスは不思議な心地でレモナを見ていた。
 
 
.

29 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:22:36 ID:WLOO322.0
 
 
 そこでいったん、四人が黙る。
 話そうと思えば話せたのだが、パーティに向けてお楽しみとしてとっておこう、とショボーンは思っている。
 そのせいで気まずくなったなあ、とショボーンは頭を掻いた。
 
 頭を掻いた矢先で、ショボーンは向こうのほうにいる何人かの人に目がいった。
 誰だろう、と思い、何気ない雑談のつもりでレモナに訊いた。
 
 
(´・ω・`)「ところで、ほかにはどんな……」
 
|゚ノ ^∀^)「あ、せっかくなんで紹介しておきますね」
 
 語尾を濁すと、レモナはショボーンの言いたいことを汲み取ってくれた。
 ホール前方のステージと向かい合って左手に、男女がなにかを話している。
 片方は渋い男性で、もう片方は化粧の濃い、レモナと同じくキャリアウーマン風な女性だ。
 
 ショボーンもそちらに顔を向ける。
 気配を察したのか、二人のうち男性が、ショボーンのほうに振り返った。
 
 
爪'ー`) ゙
 
|゚ノ ^∀^)「あの人が、オオカミ鉄道総裁の、大神――」
 
(´・ω・`)「ふぉ、フォックスさん?」
 
|゚ノ ^∀^)「あ、ご存じでしたか」
 
 
爪'ー`) …?
 
爪;'ー`) !
 
 
|゚ノ ^∀^)「走ってきた…」
 
(´・ω・`)「なんで焦燥を浮かべるんだ……」
 
 
.

30 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:23:22 ID:WLOO322.0
 
 
 ショボーンのことを認識した彼、大神(おおがみ)フォックスは、慌てた様子でショボーンのもとに駆けてきた。
 女性が続けて、なにがあった、と歩み寄ってくる。
 が、それよりも早く、フォックスがショボーンに深くお辞儀をした。
 
 
爪;'ー`)「いやいや、どなたかと思えば、ショボーン警部じゃありませんか」
 
(´・ω・`)「お、お変わりはありませんようで」
 
|゚ノ ^∀^)「やっぱり、事件かなにかで?」
 
 レモナが訊く。
 すると、ショボーンがなんてことはないと言いたげな様子で、しかしスケールの大きなことを言った。
 
 
(´・ω・`)「去年――だよな。少し前のとある事件をきっかけに、ね」
 
爪;'ー`)「その節はどーもです、ショボーンさん」
 
( <●><●>)「(どうしてここまで腰が低いんだ)」
 
|゚ノ ^∀^)「去年……オオカミ鉄道……」
 
 
 レモナが、顎に手を当てる。
 
 それとほぼ同時に、フォックスの後ろから女性が顔を出した。
 化粧こそ濃いが、その見た目のわりには歳を喰っていそうな女性だった。
 目じりや首筋の小じわが、それを雄弁に物語っている。
 
 
 
   「こないだゆーたら、アレとちゃいますのん。オオカミ鉄道の、バクダン事件」
 
 
.

31 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:24:33 ID:WLOO322.0
 
 
爪;'ー`)「! ご、ご存じでしたか!」
 
(´・ω・`)「彼女は……」
 
|゚ノ ^∀^)「あ、紹介しますね」
 
 レモナが体の向きを変えながら
 
 
(゚A゚* )
 
|゚ノ ^∀^)「アンモラルグループの、下呂(げろ)のーさんです」
 
(゚A゚* )「アンモラルグループの代表できました、のーって言いますー。
     ま、なにとぞよろしくお願いします……っと」
 
( <●><●>)「(アンモラル……彼女が代表となって、今回オオカミ鉄道となにかをしてるということか)」
 
 挨拶されて、ショボーンも挨拶を返そうとした。
 しかし、それよりも前に、のーが今の話に食いついてきた。
 
 
(゚A゚* )「ほら、去年ゆーたら、オオカミ鉄道のナントカっちゅー駅で、バクダンがありましたやん!」
 
|゚ノ ^∀^)「…あ! あなたの顔、どこかで見たことあると思ったら、そういやあのときテレビに出てましたね」
 
(;´・ω・`)「は、はは。なかなか喜ばしくないですね」
 
 
 ――年が明ける前、十二月。
 世間を震撼させた、ある事件が起こった。
 
 フォックスが総裁を務めるオオカミ鉄道だが、そのレールはほぼ全国に行き届いている。
 そのなか、シベリアで運行中の列車に、爆弾にまつわる大きな騒動が起こったのだ。
 
 幸い大きな被害は出ずに済んだのだが、おかげでオオカミ鉄道は、
 数週間の間はお茶の間で常に話題にあがるようになった。
 それがいい意味で、ならよかったのだが――
 
 
.

32 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:25:34 ID:WLOO322.0
 
 
爪;'ー`)「ま、まあまあ、その話はいいじゃありませんか」
 
( <●><●>)「(あの事件を思い出したくないから、こんなに焦ってるんだな)」
 
(゚A゚* )「ンなカタいこと言わんと、聞かせてくださいなー!」
 
爪;'ー`)「のーさんには敵いませんよ、ホント。
.       ……パーティのあと、11Fのレストランで。ごちそうしますから、この話はそのときにでも」
 
(゚A゚* )「え、ホンマに? うれしいわぁ、あのハナシ考えとくなー」
 
爪;'ー`)「ええ、ええ、ぜひ前向きに検討お願いします。いや、ホント」
 
(^A^* )「かまへんて。ウチとオオカミさんの仲やん!」
 
爪;'ー`)「は、ははは……ハハ。」
 
 
(´・ω・`)「(……なるほど)」
 
( <●><●>)「(そういえば、オオカミ鉄道はアンモラルに頭があがらないハナシがあったな)」
 
 
 オオカミ鉄道は、大神フォックスが総裁を務める、全国的にそのレールを広げている列車の会社だ。
 その本社はシベリアとVIPとの境界線、VIP寄りにあり、その存在感を存分に周囲に知らしめている。
 特にショボーンはオオカミ鉄道が好きで、列車に乗る必要があるときはだいたいオオカミ鉄道を利用するのだが
 その裏では、決してきれいではない噂が、常に飛び交っているのだ。
 
 そのうちのひとつが、アンモラルグループとの関係である。
 買収される、なんて噂があったり、なにか「黒い」取引をしているのではないか、とまことしやかに囁かれたり、と。
 
 フォックスは、テレビや新聞では否定こそしているが、
 どうやら、彼が金と権力に弱いことだけは、いまはっきりとしたようだ。
 ショボーンもワカッテマスも、半ば同情するようなまなざしでフォックスを見守っていた。
 
 
 フォックスの接待の誘いに気をよくしたのだろう、
 アンモラルグループ代表ののーは、手をひらひらさせては、そのままホールの出口へと向かった。
 いまから気まぐれに散策でもするつもりのようだ。
 
 のーがホールからでて、十秒ほどの間
 フォックスは面白いくらい、ずっとぺこぺこしては、愛想よくふるまっていた。
 
 
.

33 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:26:12 ID:WLOO322.0
 
 
爪'ー`)「……ふう」
 
(´・ω・`)「お疲れのようで」
 
爪'ー`)「いろいろと……噂はされますがね」
 
(´・ω・`)「はあ」
 
爪'ー`)「どうしてもこの世界にいると、避けては通れないモノがあるわけですよ」
 
(´・ω・`)「どろどろとしたモノが見えるとか、見えないとか」
 
 「まあ」と、苦々しい口調でフォックスが言った。
 どうやら、彼は日頃からストレスを溜め込んでいるようだ。
 
 
爪'ー`)「ああ……胃が痛い。キセルでものもうかな」
 
|゚ノ ^∀^)「まことに申し上げにくいのですが、ここは禁煙でして……」
 
爪'ー`)「あ…いえ。わかりました」
 
 フォックスが残念そうな顔をする。
 久々に会ったからだろうか、ショボーンは、どこかフォックスの人が違うな、と思った。
 
 しかし、それを問うのも野暮だろう。
 邪推をするなら、きっとアンモラルグループとの関係でなにかあったのだろう――
 今のショボーンには、その程度のことまでしかわからなかった。
 
 
.

34 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:26:48 ID:WLOO322.0
 
 
(´・ω・`)「フォックスさん」
 
爪'ー`)「はい」
 
(´・ω・`)「あなたも、モナーさんに呼ばれたんですよね」
 
爪'ー`)「ええ。今回のWKTKホテル建設にしたがって、ウチの鉄道をそこらじゅうに張り巡らせましたからね」
 
(´・ω・`)「…!」
 
 
 ショボーンはこの一瞬で、さすがはオオカミ鉄道だ、と思った。
 いくら裏で嫌な噂を流されたり、こうしてアンモラルグループに弱い一面を見せようと
 その実態は、全国をまたにかける大規模な鉄道グループなのだ、と再認識させられた。
 
 いくらキタコレが田舎で、交通網が発達していないとは言っても
 それをそこらじゅうに張り巡らせるなど、並大抵の資金や計画ではうまくいかないだろう。
 それを平然とやってのけるとは――ショボーンは、オオカミ鉄道の本領を目の当たりにした気がした。
 
 
爪'ー`)「で、ウチでできる限りはこのホテルを宣伝するよう契約しましたし。
      WKTKホテル主催のツアーも、こっちでいろいろ手回ししてますから。
      このツアーの移動は、ほとんどがウチの列車ですよ」
 
(´・ω・`)「ほ、ほう。さすがですな」
 
爪'ー`)「いやいや。こうでもしないと……ね」
 
 オオカミ鉄道は、こうしてみると一大グループのように思われるが
 その実態は、新勢力として台頭してきたニュー速鉄道に押されつつあった。
 だからオオカミ鉄道は、そのたびに奇策や凝ったアイディアを出して、なんとか苦境を切り抜けてきた。
 今回も、それらのうちの一つなのだろう。
 
 
.

35 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:27:52 ID:WLOO322.0
 
 
|゚ノ ^∀^)「今回のホテル建設に際しまして、オオカミさんにはいろいろ援助してもらったんですよ」
 
(´・ω・`)「ほう。具体的には」
 
爪'ー`)「トンネル開通用などで使うウチのダイナマイトとか。余るほど提供したよ」
 
(´・ω・`)「(なかなかの力の入れようだな……そりゃあ招待されるわけだ)」
 
|゚ノ ^∀^)「実を言うと、ショボーンさんみたいに恩で呼ばれる人はほかにはおらず、
.      残りの人はフォックスさんみたいに、何らかの形で援助していただいた人を招待してるんですよ」
 
(´・ω・`)「というと、ほかにもいらっしゃるようですね」
 
|゚ノ ^∀^)「ええ。少数ですが。当ホテルの建設デザインを担当していただいた、
.      あの榊原(さかきばら)マリントンさんもいらっしゃいます」
 
 レモナが言ったのを聞いて、ショボーンは「へえ」としか返さなかった。
 しかし、ワカッテマスはまた違った反応を見せた。
 その名を、知っていたのだ。
 
 
( <●><●>)「たまに建築系のテレビ番組でいらっしゃいますよね」
 
|゚ノ ^∀^)「はい。建設界じゃ、すごい有名人なんですよ」
 
(´・ω・`)「堂々たる面々、というわけか」
 
|゚ノ ^∀^)「ほかに、当ホテルに美術品を提供していただく……予定の、
.      アスキーミュージアムの館長にもお越しいただきました」
 
( <●><●>)「確かに、堂々たる面々ですね」
 
 
.

36 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:28:46 ID:WLOO322.0
 
 
 アスキーミュージアムとは、この国の首都、アスキーアート(通称AA)にそびえる国が運営する美術館で
 この国の八割の文化財は、基本的にここに収められていると言ってもいいほどの規模を誇るものだ。
 そこから美術品を提供してもらうとは、確かに「堂々たる」が似合うだろう。
 
 しかし、レモナの口調に違和感を感じたのは、ショボーンだけではなかった。
 ワカッテマスも同様に、いまの口ぶり――「予定」――が気になった。
 
( <●><●>)「しかし、予定、とは」
 
|゚ノ ^∀^)「申し上げにくいのですが……」
 
 レモナが少し言葉を濁す。
 
 
|゚ノ ^∀^)「館長の黒井シラヒーゲさんですが、現在、提供するか否かを悩んでいらっしゃるようなのです」
 
(´・ω・`)「まあ……そう簡単に提供なんてできるもんじゃないですしね。国の許可もいる」
 
|゚ノ ^∀^)「だから、社長は、実際にホテルにきてもらって、ここの良さを知ってもらうと同時に
.      パーティでご機嫌をとって、なんとしてでも美術品を譲ってもらう――なんて作戦らしいです」
 
(´・ω・`)「(やってることはフォックスさんと一緒だ…)」
 
( <●><●>)「まあ、それはいいとして。ほかにはどんな人が」
 
|゚ノ ^∀^)「あと、そうですね。都村ビコーズさんには多額の融資をしていただきました」
 
 
.

37 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:29:42 ID:WLOO322.0
 
 
(´・ω・`)「ほう。その人は、どんな……、……え?」
 
( <●><●>)「つ、つむら?」
 
|゚ノ ^∀^)「え? あ、今日はビコーズさんはいらしてないですので、かわりにお孫さんが――」
 
 
(´・ω・`)
 
( <●><●>)
 
 
|゚ノ ^∀^)「……え、えっと……。どうなさいました?」
 
 都村ビコーズ、という名に続けて放たれた、孫という言葉。
 それを聞いて、二人は、かなり嫌な予感がした。
 首筋のあたりを、冷や汗が伝う。
 
 突如として生まれた静寂を、ショボーンはなんとか破った。
 そして、核心を突く。
 
 
(´・ω・`)「えっと……変なことをうかがいますが、そのお孫さんの名前って……」
 
|゚ノ ^∀^)「? 都村、トソンちゃんですが」
 
(´・ω・`)
 
( <●><●>)
 
|゚ノ ^∀^)「ほら、あちらのほうに――」
 
 
 いったい二人に何が起こったのかはわからないも、ステージに向かって右手に手を向けた。
 がばッと、二人が振り返る。
 その先では、二人の女性が、こちらを向いては固まっていた――
 いや、固まっていたのは、そのうちの一人、茶髪の少女だけだ。
 
 刑事二人、特にショボーンの顔を凝視しては、口をぐにゃぐにゃに曲げている。
 
 
 
.

38 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:30:43 ID:WLOO322.0
 
 
 
(゚、゚;トソン「……あ、ははは…?」
 
(´・ω・`)
 
( <●><●>)
 
 
(´・ω・`)
 
( <●><●>)
 
 
(´゚ω゚`)「!?」
 
( <○><○>)「!!」
 
(゚、゚;トソン「ちょ、警ぶ―――」
 
 
 
 
 
 
 
    「なにイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィッィイ!!?」
 
 
 
 
 
 
 
 
.

39 名前: ◆wPvTfIHSQ6:2013/02/16(土) 20:31:15 ID:WLOO322.0
 
 
 
 
 広いホールは、音を反響させるのにも優れているようで、
 刑事二人の絶叫は、以後五秒もの間、ホール内にこだまを残すことを成功させた。
 
 
 
 しかし、一見和やかに見えるこの光景、
 実は、最果ての地、キタコレで引き起こる、惨劇の幕開けに過ぎなかったのだ―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
     イツワリ警部の事件簿
     File.3
 
         (´・ω・`)は偽りの絆をつなぐようです
 
 
      第一幕
        「 最果ての地で 」
 
 
                 おしまい
 
 
 
 
 
 
.

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