- 529 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 21:30:47
ID:T3EDqDlwO
-
終章
「 雪がくれの誘拐事件 」
−1−
( <●><●>)「……ッ」
(;゚д゚)「ば、ばかな!」
ショボーンの言葉を聞いて、若手と東風だけが反応を示した。
若手は眉をぴくりと動かせ、東風はがばっと身を乗り出した。
だが、彼ら以外の者は、理解できていないようだった。
.
- 530 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 21:32:12
ID:T3EDqDlwO
-
/ ゚、。 /「この誘拐事件そのものが偽りとは、いったいどういう事ですか」
('、`*川「人質はいなかった、という事ですか?」
それも考えられない事ではなかった。
現在に至るまで、誘拐犯は一度も人質、伊達つーの声をショボーン達に聞かせていない。
聞かせておかないと、ただの悪戯と思われてしまう可能性があり、誘拐犯としても分が悪い。
この本来とるべき行動を未だとってなかっため、伊藤がそう思うのも無理はなかった。
だが、ショボーンはそういう事を言いたかったのではない。
もっと、根本的な部分での問題だった。
(´・ω・`)「もっとわかりやすい言葉で説明するとだな」
(´・ω・`)「主犯格は―――」
一旦トレンチコートを入念に羽織ったのは、彼の緊張感が高まったのを表している。
寒くなったのではなく、これから起こり得る事態に備えた、彼なりの気付けである。
.
- 531 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 21:33:01
ID:T3EDqDlwO
-
(´・ω・`)「主犯格は、伊達つー」
(´・ω・`)「これは、狂言誘拐だったのだよ」
.
- 532 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 21:34:45
ID:T3EDqDlwO
-
/;゚、。 /「!」
( ;`ー´)「!」
('、`;川「!」
|(●), 、(●)、;|「な………なんだと!? 本気で言っているのか!!」
窓を打ち付ける雪の音でかき消されそうな程
静かに言い放ったその言葉で、
ついにその場にいる皆が周章を見せた。
物分かりの悪い伊達までもが、見てわかる程に狼狽した。
いや、狼狽せざるを得ない。
今し方ショボーンが告発した主犯格の名は、紛れもない被害者の名なのだ。
伊達つー、その名をショボーンは言い間違えて言ったようには見えない。
ショボーンは、この推理で間違いない、と自信を持っているようだった。
(´・ω・`)「彼女自身が被害者を装い、唯一の身寄りである伊達さんから三億≠フ金を奪う」
(´・ω・`)「これは歴とした、狂言誘拐だ」
.
- 534 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 21:37:30
ID:T3EDqDlwO
-
|(●), 、(●)、;|「ばかな! 論拠を示したまえ!」
まさか、被害者であり孫娘であるつーが。
そのあまりに意外な事態に、伊達は未だ混乱を隠せないでいた。
徒に怒声をあげるが、ショボーンは涼しい顔をしていた。
他の刑事たちにも説明すべく、眉を伏せて重い口を切った。
(´・ω・`)「いいか。問題は、誘拐犯の数、そして動機だ」
( <●><●>)「グループの人数は、御前モカ。関ヶ原デルタ。
受付嬢とボーイ。そして、主犯格。この五人です」
(´・ω・`)「誘拐犯グループの共通点は?」
( <●><●>)「伊達氏の営む宝石商の、元社員という点で一致しています」
落ち着いた様子で、問われた事柄について答えていった。
伊達も、ショボーンの言わんとする事がわかったようだった。
|(●), 、(●)、;|「……ま、まさか、彼らが……!?」
(´・ω・`)「これで、各人の動機ははっきりした」
(;゚д゚)「自分を馘首した伊達氏への、復讐――と言うのですか!」
.
- 535 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 21:40:24
ID:T3EDqDlwO
-
(´・ω・`)「各人は、不況の煽りにも負けず自社のために頑張ってきた。
. それなのに、経営不振を理由にいきなりクビにされては、恨まれても仕方がないだろうよ」
|(●), 、(●)、;|「ばかげている、それは会社のために仕方のない事だ!」
伊達は、ショボーンの推理が、筋が通ってないというよりは
寧ろ信じたくないがために否定しているようだった。
次第に、ショボーンには苛立ちが募りはじめていた。
なにかと理由をこじつけ、保身に走る伊達を見ていられなかったのである。
(´・ω・`)「……この、社長への復讐という動機を持つ人数と、
. 誘拐犯グループの五人。一致しないだろう?」
/ ゚、。 /「確かに、リストラ組だけで組まれたグループなら、
四人でなければ辻褄が合いません」
(´・ω・`)「また、一方でA型、セミロング、茶髪の
. 女という主犯格の正体が掴めていなかった」
( <●><●>)「グループで女性は例の受付嬢だけ。
そして関ヶ原デルタ殺人事件においては、彼女には決定的なアリバイがあります」
(´・ω・`)「では、最終的に辿り着く女の正体は?」
|(●), 、(●)、;|「……嘘だ……」
.
- 536 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 21:43:17
ID:T3EDqDlwO
-
(´・ω・`)「また、今回の受け渡しにおいて、奴らは根城を転々としていた」
( <●><●>)「コンビニからオオカミ鉄道、そしてホテル『ひるがさき』ですね?」
(´・ω・`)「ふつうの誘拐犯なら、どこかに根城を持って、そこに人質を監禁するものだ。
. だが、今回は誘拐犯グループの皆が、受け渡しを担当する時も常に出勤している」
(´・ω・`)「人質を監禁したところで、監視する人間がいないんじゃあ誘拐として成り立たない」
(´・ω・`)「これもまた、本件が狂言誘拐である事を示しているのだよ」
御前も関ヶ原も、鈴木という名のホテルの従業員二人も、欠勤はしていない。
それどころか、出勤し仕事場に立ち会った上で、受け渡しを請け負ってきたのだ。
もし伊達つーが真の人質だとしても、主犯格の存在が明かせず、
主犯格が監視していると、オオカミ鉄道での身代金の回収役が存在しない事になるのだ。
誘拐犯グループが六人以上である可能性は、やはり考えられなかった。
その理由は、少し前にショボーンが怒りを垣間見せながら言った通りである。
.
- 537 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 21:44:45
ID:T3EDqDlwO
-
( <●><●>)「シベリアのコンビニで、仲間である筈のモカ氏を毒殺し、我々を翻弄したのも。
オオカミ鉄道『あさやけ4号』にて爆弾騒動を引き起こし、身代金を回収したのも。
ホテル『ひるがさき』で仲間である筈のデルタ氏を殺し、受付嬢らを連れて逃走したのも」
(´・ω・`)「………全部、伊達つーと見ている」
|( ), 、( )、;|「…………ッ!!」
伊達は、拳を震わせた。
孫に対する怒りか、若しくは孫を信じていたい気持ちか。
そのどちらかが、伊達の精神と身体の両方を支配していた。
.
- 538 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 21:46:19
ID:T3EDqDlwO
-
(;゚д゚)「ならば、海外への高飛びは尚更考えられます!
早く手を打たなければ、大変な目に遭いますよ!」
(´・ω・`)「待て、既に目星はついている」
東風は事の重大さを痛感し、声を張り上げた。
怒っているのか平静を保とうとしているのか、
至って冷静なショボーンは東風に対してそう言った。
東風はおろか、ほかの刑事も皆、ショボーンの思考が掴めなかった。
えらく落ち着いているのだ。
それだけでなく、つーの居場所まで掴めていると言っている。
( <●><●>)「どこに彼女がいると仰るのですか」
(´・ω・`)「思い出せよワカッテマス」
( <●><●>)「……?」
.
- 539 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 21:49:58
ID:T3EDqDlwO
-
(´・ω・`)「今までの犯行は、全て根城で行われてきた」
(´・ω・`)「根城というが、それはどれもメンバーの職場なんだ」
(´・ω・`)「この、職場を選んだ≠チてのも、伊達さんに対する抗議の表れなのだろう。
. 今までの自分らの職場を潰してきた伊達さんに対する、な」
( <●><●>)「しかし、それが彼女の居場所とどう――」
「関係があるのですか」と言おうとした瞬間、
東風が何やら閃いたのか、「あっ」と声を発した。
( ゚д゚)「伊達つーも、その職場≠ナ逃亡を図ると仰るのですか?」
(´・ω・`)「ああ、そうだ。……さて、伊達さん」
実に作り込まれた、まさに劇的な計画だった。
狂言誘拐を起こす際に組まれたグループは、
主犯格伊達つーの祖父、伊達クールによって馘首に処された四人だ。
その彼らが身代金受け渡しに臨んだのが、現在の職場である。
我々の本来の職場を取り上げた伊達に対する、抗議の気持ちの表れと見て、間違いはなかった。
狂言とは言え孫娘のつーを誘拐する事で伊達に復讐をし、
一方で、職場を受け渡し場所にする事で訴えかける。
「よくも解雇してくれたな」と、意思表示をする。
双方の面から、復讐を試みるものだった。
以上を踏まえると、主犯格はつー以外に考えられなかった。
だが、それでも伊達は信じていなかった。
.
- 540 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 21:51:51
ID:T3EDqDlwO
-
推理に基づいて、ショボーンがつーの職業を尋ねようとした。
ここまで作り込まれた事件だ、つーも職を使って逃げると想定していいだろう。
あとは、その逃走ルートを先にショボーン達が防ぐか、つーが逃げ切るかの勝負である。
|(●), 、(●)、|「私は信じないぞ!」
(´・ω・`)「!」
伊達は、ショボーンを睨んで言った。
真剣な眼をしており、今までのやや軟弱だった伊達の姿は、すっかりどこかへ消え失せていた。
|(●), 、(●)、|「確かに、つーは私を恨んでいたと思う。非行にも走っていたし、金が欲しいのもわかる。
だけど、それでも私の孫なんだ。狂言誘拐だの、孫が主犯格だの、信じられるか!」
(´・ω・`)「伊達さん……」
.
- 541 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 21:55:11
ID:T3EDqDlwO
-
|(●), 、(●)、|「幼い頃に両親を亡くし、いくら非行に走っていても、狂言誘拐だの連続殺人だの、犯す訳がなかろう!
身代金についてもだ。金なら好きな分だけ与えてきた!
当時、非行に走ったのは思春期特有の思考だからだろう、と執事長も言っていた。
だから、金を与え、好きなようにさせた。ほとぼりが醒める頃には、きっと更正もするだろうと」
|( ), 、( )、|「……つまり、動機がないのだよ、動機がァ!」
伊達は、胸中に溜まってった想いを、全て吐き出した。
孫にかける想いが、どれほど強いかが思い知らされた。
最終的には目も虚ろになり、ふるえた声で叫んでいるようなものだった。
どうしても、孫を信じていたいのだろう。
孫が被害者である事を、今も尚信じている。
ここで、伊達つーを主犯格として認めれば、連続殺人を犯した犯罪者であると認める事になる。
伊達としては、それだけは、決して認めるつもりはなかったのだ。
たとえ、如何に合理的で筋の通った推理でも。
ショボーンが導き出した、ひとつの真実だとしても。
大切な人を、犯罪者と思うことはできなかったのだ。
.
- 542 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 21:57:56
ID:T3EDqDlwO
-
(#゚д゚)「甘ったれるな!!」
|(●), 、(●)、;|「ッ!」
伊達が肩を竦め、ショボーンが黙って伊達を見守っていた時だ。
東風が、急に怒声を浴びせた。
普段、寡言ながらも気さくな東風が大声を発したせいで、
伊藤や若手はおろか、ショボーンまでもがびっくりしていた。
伊達は腰を抜かし、後ろに倒れ尻餅をついた。
歩み寄って、胸倉を掴み上げ、なおも東風が怒りを見せた。
(#゚д゚)「やれ金を与えただの、やれ親が亡くなったからだの……
それが、保護者としてとるべき保身なのか!」
|(●), 、(●)、;|「事実は事実だ! 私は祖父として……
いや唯一の肉親として、最善の行動をとり続けた筈だ!」
(#゚д゚)「唯一の肉親なら、金よりも同情よりも、もっと与えるべき物があっただろ!」
(#゚д゚)「……なぜ、愛≠与えなかった!!」
.
- 543 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:00:55
ID:T3EDqDlwO
-
|(●), 、(●)、;|「………ッ……!」
東風には、仲の良い嫁がいる。
二人の子供にも恵まれた。
二十年以上も勤めているのに未だに出世していない彼だが、現在に至るまでも円満な家庭を築けている。
嫁は夫の給料に文句を付けず、息子たちは反抗期を迎えながらも立派に成長していっていた。
そんな家庭を持つ東風だからこそ、伊達が許せなかったのだ。
制止しようとするショボーンの説得を振り切って、伊達のみを視界に据えていた。
被害者として説得すべき相手を、いつしか同じ親として説得していた。
(#゚д゚)「両親を喪っているからこそ、金じゃなくて愛を与えるべきじゃないのか!」
|(●), 、(●)、;|「―――ッ」
東風は、止まる気配を見せない。
それどころではない、と見かねた若手が飛び出し、二人の間に割り込んだ。
( <●><●>)「今はそれどころじゃないです。
早く主犯格の居場所を突き止めないと」
(#゚д゚)「………」
( ゚д゚)「…………ああ」
.
- 544 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:02:24
ID:T3EDqDlwO
-
( <●><●>)「伊達さん、お孫さんの職場はご存じですか?」
伊達は、若手に訊かれてもやはり言い渋った。
ここで言ってしまえば、孫を主犯格として認める事になるのではないか。
そして、それで孫が捕まってしまえば、自分は逮捕を助長したことになるのではないか、と。
口を噤んでいると、彼の心境を察したのか、
ショボーンが歩み寄っては、伊達にちいさく言った。
(´・ω・`)「……伊達さん」
|(●), 、(●)、;|「……」
伊達は応えない。
彼の額に浮かべた脂汗が、頬を伝ってゆく。
(´・ω・`)「我が子が、悪さをしでかした。
. それを叱り、然るべき罰を与えるのも、
. 保護者としてとるべき最善の行動なんですよ」
|(●), 、(●)、|「!」
.
- 545 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:04:29
ID:T3EDqDlwO
-
(´・ω・`)「確かに、今回は逮捕される。
. でも、現段階では二人しか殺してないから、死刑は免れるんですよ。
. が、もし一瞬でも遅れ、残り二人のメンバーを殺してしまうと、もう間違いなく死刑です。
. 躾をする意味でも、伊達さんが償うチャンスを得る意味でも、今ここで、伊達さんの口から仰ってください」
|(●), 、(●)、|「………」
|( ), 、( )、|「……………」
伊達は、ショボーンに見えない程度に、涙を一滴流した。
.
- 546 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:05:48
ID:T3EDqDlwO
-
−2−
シベリアでは、豪雪に見舞われていた。
空を切る風の音が響き、雪が斜めに降り注ぐ。
数十分でここまで気象が変わるのも、シベリアでは日常茶飯事だった。
.
- 547 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:08:27
ID:T3EDqDlwO
-
街路樹には、寂しい枝にこれでもかと言う程雪が積もっている。
電灯が照らす辺りにも雪が降り、光が何重にも反射している。
道路では地元の警察官が忙しなく動き回り、除雪機がフル稼動されていた。
除雪しても、一秒後には降り注ぐ雪の上を、乗用車が走る。
それによって溶け、水になった雪はスリップの危険性を残して去る。
慣れた人間でなければ、雪の日に車を走らせるのは至難の業なのだ。
ショボーンたち警察官にとって、このような道路を運転するのは困難極まりなかった。
事故になる可能性が普段に比べて倍以上にも跳ね上がって
おり、
事故を起こせば、それこそ二重の意味において大惨事だ。
ハンドルを握る若手の手は、かなり汗で湿っていた。
ハンドルをきるのが難しいのだ。
だが、それよりも、一刻も早く現場に辿り着かなければならない焦燥に駆られている方が大きかった。
助手席から聞こえる道案内を頼りに、若手はただひたすらにハンドルを捌いていった。
.
- 548 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:10:58
ID:T3EDqDlwO
-
(´・ω・`)「あとはまっすぐだ」
( <●><●>)「はい」
ビルが並んでいた景色は見えなくなり、前方に延びる
右に緩やかなカーブを描いた一本道を走っていた。
対向車線からは時々乗用車やバスが見えるが、前を走る車は見えなかった。
左を森で覆われ、右方面には海が見えている。
等間隔で置かれた街灯が、前方に延びる道を淡く照らしていた。
そして、やがてその一本道はYの字の分岐点を迎えた。
右だと言われ、更に走らせること十分、前方に港が見えた。
豪雪により、出港が断念された漁船が錨に繋がれていた。
激しい波が、漁船を大きく揺らしているのがわかる。
すると、後部座席にいた伊達が声を張り上げた。
|(●), 、(●)、|「あッ!」
(´・ω・`)「あの船は……」
港には、ひとつの人影と小さめの船が見えた。
身を乗り出した伊達の荒い鼻息が、煩わしかった。
( <●><●>)「あの船、ですか」
(´・ω・`)「………よかった、間に合ったようだな」
港に浮かぶ高速艇を見て、安堵の息が漏れた。
伊達の言っていた高速艇が、本当にあったのだ。
.
- 549 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:12:49
ID:T3EDqDlwO
-
伊達がつーの職業を問われた時、散々言い渋ったが、最終的には執念に負けた。
空港を繋ぐ高速艇を操っていると聞いたことがある、と言ったのだ。
だが、職場に出向いているのかどうかすら怪しいと言っており、
まして船だ、もしショボーンの推理通りだとすると、つーは船で逃亡を図る事になる。
この凄まじい風と石のような雪という悪天候の中で、果たして本当に高速艇を出すのか。
それが、捜査陣のなかで生まれた不安だった。
生まれた不安はそれだけではない。
つーの所属する会社は、この天候と時刻とが相まって、
高速艇の出港は断念され、引き揚げられているに違いない。
それを、つーが会社の目を盗んで運び出す事ができたのか。
また、それほどのリスクを背負ってまで、船に固執するものか。
一人乗りの競技用のホバークラフトなら、小さいため可能性としては考えられた。
音もこの天候下ではないに等しく、半海里も出せばすっかり人目にはつかなくなる程の視界の悪さだ。
だが、それが高速艇となると、大きさという問題が生まれる。
一海里離れようが、うっすらと影が見える事が懸念されるのだ。
.
- 550 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:14:16
ID:T3EDqDlwO
-
頭のいいつーが、果たしてわざわざ高速艇に固執して逃亡を図るものか。
賛成意見と反対意見に分かれたが、その会議は五分もしないうちに打ち切られた。
たとえ違ったところで、行ってみないと正誤の判断はつかないし、逮捕の機会を永久に失う事になる。
なにもしないで失うよりかは、なにかをして失った方が、皆共通で悔やむ事もないということだった。
間違いなく、あれは高速艇だ。
小型のフェリーのようなこの外装は、悪天候でも視認できた。
伊達が思い詰めた表情をしたが、ショボーンはそれを見ようとしなかった。
拳銃に触れる。
いざとなれば躊躇いなく撃つつもりだった。
ショボーンがここに連れてきたのは、若手と、伊達だけだった。
主犯格が女である以上、伊藤に説得は難しい。
それに、向こうは一人であろうと確信している以上、
大人数で向かうと却ってかさばるのではないか、と思っていた。
若手が居れば、それで充分だったのだ。
.
- 551 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:16:01
ID:T3EDqDlwO
-
(´・ω・`)「……おかしいぞ」
( <●><●>)「逃げようとしませんね」
犯罪者の心理的に考えて、逃亡を図る際に近くに人がいると
わかれば、すぐに姿を隠し、やり過ごすというのが一般的だ。
人目に憚らずに逃亡をすれば、間違いなくのちに追っ手がやってきて敢え無く捕まる。
ところが、高速艇とその前に立つ人は、動かなかった。
周囲を警戒していれば、間違いなくショボーンたちの乗る覆面パトカーの存在に気が付く筈なのだ。
路をはずれ、港の手前にまできている。
目を配っていれば、港からは嫌でも車体が目に入る。
ここにきて、二人は再び不安に包まれた。
(´・ω・`)「もしかして……主犯格じゃないのか?」
( <●><●>)「まさか。出航の禁じられている天候下で、高速艇を出す一般人などいません」
(´・ω・`)「とりあえず、ここらで停めろ」
.
- 552 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:18:11
ID:T3EDqDlwO
-
言われるがまま、港の手前で覆面パトカーを停めた。
伊達を車内に残し、若手とショボーンが外にでた。
極寒の大気を、身をもって実感した。
が、寒い事など承知の上での捜査だ。
今更、寒いなどと思う気持ちはなかった。
顔にかかった雪だけを払いながら、ゆっくり歩いていった。
ここはシベリアだ、一般人ならVIP県警の刑事が
なんの用だと思い、アクションは起こさないだろう。
そのため、どちらかと言えば、高速艇に乗り込みすぐさま逃げる体勢をとってほしかった。
( )
(´・ω・`)「ワカッテマス、一瞬の隙も見せるな。確保の事だけを考えろ」
( <●><●>)「艇に乗り込むようなら、どうしますか」
(´・ω・`)「僕が発砲する。脚でも撃てば、嫌でも乗り込めないだろう。
. 足を踏み外し落下しそうなところを、受け止めでもすれば充分だ」
( <●><●>)「はい」
.
- 553 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:19:57
ID:T3EDqDlwO
-
高速艇、そしてその前の人物まで、二十メートルほどに迫った。
数十センチにも積もる雪に足をとられ、歩きにくい。
が、それ以上に気になったのが、高速艇の前に立っている人物に、雪が積もっているのだ。
最初は当然ダミー人形の可能性も考えた。
だが、時折雪を払う仕草が見られたため、その筈はないと考えている。
現に、悴んだ手をポケットに突っ込んだり、息で温めたりしていた。
雪でよく見えないが、白い吐息も口元に見えたような気がした。
(´・ω・`)「(……さすがに、おかしいな)」
もう、十五メートルも迫った。
ここで声をかけるべきかと思ったが、この悪天候に
かき消されると思い、あと数歩、歩み寄るつもりだった。
が、ここにきて、やはり不安がショボーンを襲った。
一般人でも犯罪者でも、必ず他人の存在に気づく距離である。
それなのに、高速艇の前に立つ人物は、振り向きも背を見せもせず、無反応だったのだ。
.
- 554 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:21:07
ID:T3EDqDlwO
-
見上げるように、船首に目を遣っている。
白い船体が雪で映え、群青の船底は黒い海と月明かりのない夜で一層澱み暗くなっている。
間違いない、これはつーが日頃乗るであろう高速艇だ。
なのに、未だにアクションをとらないのは、犯罪者としてもどうか、と思った。
自然と、十メートルに迫る前に足が止まった。
数歩足を進めてから、それに気づいた若手も止まった。
( <●><●>)「呼びかけますか?」
(´・ω・`)「……待て。不安になってきた」
( <●><●>)「どうしたのですか、急に」
悪天候と夜の暗さに助長され、ショボーンの顔色は窺えなかった。
だが、数度首を傾げ、視認できない程度に顔を歪めているであろうことは空気で伝わってきた。
(´・ω・`)「罠かもしれない、って思ってね」
.
- 555 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:23:46
ID:T3EDqDlwO
-
( <●><●>)「さすがにそれは……。
それに、ここで彼女が我々のどちらかに発砲などしてきても、
片方で撃ち返して確保すれば、それで終了なのはわかっている筈です」
(´・ω・`)「なんか、なにかが引っかかるんだよ」
かき消されそうな程に小さな声で、やりとりを交わしていた。
この声が、目の前のいる人物に届くことはないと思っていても、不安だった。
(´・ω・`)「僕の推理のなかで、推理を急かしすぎたせいで
. 肝心ななにかを飛ばしていたような――そんな、不安だ」
( <●><●>)「考えすぎです。おそらく、彼女も年貢の納め時だ、と思い感傷に耽っているのでしょう。
たまには、そんな情の深い犯人もいますよ。とにかく、一応声だけはかけてみましょう」
(´・ω・`)「………」
数歩前に出て、若手はその人物をみた。
こちらをちらりと見ようともしないが、襟から横目を覗かせているのはわかった。
深くかぶった帽子に立てた襟で、顔は疎か髪型すら視認できない。
若手は、その人物に向かって、一際大きな声を発した。
.
- 556 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:24:55
ID:T3EDqDlwO
-
( <●><●>)「そこの人、なにをやっているのですか」
若手の持ち味の一つ、よく通る大きな声で呼びかけてみた。
警察官として、何らおかしくない行動である。
別段、怪しまれる必要はないだろうと思っていた。
だが、目の前の人物は反応しない。
( )
( <●><●>)「寒いですから、早く自宅に帰――」
そんな時だ。
ショボーンが、高速艇から覗かせていた黒光りする銃口に気づいたのは。
.
- 557 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:26:05
ID:T3EDqDlwO
-
−3−
(;´・ω・`)「ッ!」
( <○><○>)「ッ!!」
叫ぼうとした時には既に遅かった。
ショボーンが叫ぶ前に、若手に向けられていた銃口が光り、直線上に立っていた若手を襲ったのだ。
.
- 558 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:28:05
ID:T3EDqDlwO
-
左肩から血飛沫が小さく跳んだのがわかった。
同時に、目の前の、先程までアクションをとらなかったあの人物が、若手に襲いかかってきた。
右手に、予めナイフを握っていたようで、それを突き立ててきた。
間一髪でそのナイフを握る手を押さえたが、肩に激痛が走った。
弾丸が骨に埋まったのだろう。左手には力が入らなかった。
右手だけで抑えるも、両手でナイフを握るその人物には適わず、徐々に押されていくのが見てわかった。
(; < ><●>)「……くッ」
ナイフが、徐々に腹の方に近づいている。
こうしているうちに、先程自分を撃った銃が、二発目を撃ってくる事だろう。
また、ナイフを一旦引き、バランスを崩させた所を狙ってくるかもしれない。
無心でナイフを握る手を掴み、押さえていた。
.
- 559 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:31:04
ID:T3EDqDlwO
-
もうだめか、そう思った瞬間だった。
ショボーンが拳銃を握り、大声を発していた。
(´・ω・`)「止まれ。止まらないと、伊達つーを撃つぞ」
( )
ショボーンの握る拳銃の銃口は、若手に襲いかかっている者にではなく、高速艇の上に向けられていた。
例の銃口が若手の方に向いているが、銃身が長い。
これはライフルだとショボーンは判断していた。
そのため、二発はすぐには飛んでこないと思ったショボーンが、高速艇に乗り込んでいたのだ。
若手に手を貸していると、その隙に再び発砲される。
若手の護身の強さに託した、一種の賭けだった。
高速艇に足をかけ、拳銃をライフルの持ち主に
向けているのが、若手にも若手を襲う人にもしっかりと視認できた。
そのためか、若手と組み合っていた者の動きはぴたりと止まった。
その隙に、若手がここぞとばかりにその人を押し倒した。
ナイフを海に投げ捨て、自らの体躯で上からその人を押さえ込んだ。
.
- 560 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:32:49
ID:T3EDqDlwO
-
瞬間、その人のかぶっていた帽子が飛んでいった。
顔を見て、若手は少しばかり驚いた。
(;l v l)「……ッ」
( <●><●>)「あなたは、確か……!」
若手が驚いたのは、二つの理由だ。
一つは、ナイフを持ち自分を襲ったのは、てっきり伊達つーと思っていたのだ。
それが、伊達つーがいたのはこの港ではなく高速艇の上だった、ということだ。
ライフルを放ったのは別の誰かだ、程度に思っていた。
もう一つが、ナイフを持ち襲いかかってきた人物に、見覚えがあったのだ。
誘拐犯グループのメンバーの一人、ホテル「ひるがさき」のボーイだった。
そのことが、なによりも意外だった。
彼はてっきり殺されたものだ、とばかり思っていた。
だが、驚いたとは言え、ボーイを押さえる力に変化は見られなかった。
自分が窮地に立たされている時ほど、冷静になり集中力が増す男なのだ。
もし暴れなど抵抗にでたら、ひたすら頭突きをかますつもりでいた。
.
- 561 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:34:27
ID:T3EDqDlwO
-
高速艇に足をかけていたショボーンが、乗りあがった。
銃口を逸らさず、引き金に指をかけたまま、ゆっくり歩み寄っていった。
高速艇からライフルで若手を撃ったのは、やはり、伊達つーだった。
ちいさな体躯と茶髪のセミロングヘアー、そして不遜な態度を
見せる顔が、嘗て見せられた写真と同一人物であると認識させた。
(´・ω・`)「ようやくお会いできましたね……伊達つー」
(*゚∀゚)「………」
体躯を伏せており、ライフルを抱え銃口を覗かせたままの姿勢だが、動きは見せなかった。
明らかに、銃身の大きなライフルよりも、片手で操作できる拳銃のほうが速い。
下手に動くと却って危ういと、つーもわかっているのだ。
つーは、じろっと視線だけをショボーンに寄越したが、言葉は発しなかった。
- 562 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:36:14
ID:T3EDqDlwO
-
(´・ω・`)「罪状は様々にあるが……手錠を掛けさせていただこうか」
(*゚∀゚)「……断る、と言ったら?」
はじめて、つーは口を切った。
まだ高校生くらいにとれる、若々しくて愛らしい声だった。
そんな彼女がライフルを抱えている姿は、極めて異常に思えた。
(´・ω・`)「情勢的に見て、そんな猶予はない筈だ」
依然銃口を向けたまま、ショボーンは言った。
荒ぶる気候とは対照的に、非常に静かな会話だった。
(*゚∀゚)「私は、死ぬ事には恐れを抱いていない」
(´・ω・`)「僕は君を殺さない。手を撃ち、ライフルを封じるまでだ」
ショボーンの拳銃を握る手に、力が籠められた。
僅かな変化だったが、つーはそれを視認できたようだ。
だが顔色は変わっていない。
(*゚∀゚)「四肢を封じられれば、舌を噛み切って死ぬ。自決のいろはなど、既に学んでいる」
つーの眼を見る限り、嘘を吐いている様子ではなかった。
本気で、死に対する恐怖を持ち合わせていないようだった。
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- 563 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:37:25
ID:T3EDqDlwO
-
だが、ショボーンがそれを聞いて考えを改めるつもりも毛頭なかった。
(´・ω・`)「まずライフルを捨てろ。聞かない場合は――」
(;l v l)「いててッ! ……ぁあああああッ!!」
ショボーンが言うと、まるで打ち合わせでもしたかのように若手が動いた。
手首を捻り、本来曲がらないであろう方向に曲げようとしていた。
それに合わせ、ボーイは悲鳴をあげた。
つーは、舌打ちもせず顔色も変えなかったが、素直に言うことに従った。
ライフルを落とすように海に捨て、手を挙げて立ち上がった。
それを確認したショボーンは、右手で拳銃を向けたまま、左手で手錠に触れた。
(´・ω・`)「よけいな動きはするなよ」
(*゚∀゚)「……」
二つの輪が鎖で繋がれた手錠を取り出した。
だが、ショボーンは気を抜けなかった。
.
- 564 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:38:50
ID:T3EDqDlwO
-
靴の先に針を仕込み、蹴ってくるかもしれない。
手錠を片手にかけた瞬間、もう片手で襲ってくるかもしれない。
そうした場合はすぐに発砲するつもりだが、それでも不安を拭う方が難しかった。
距離が三メートルになった。
アクションを起こすには微妙な間合いのため、つーが何かを 企んでいたとしても、それを行動に移す事はできない。
その間合いで、ショボーンは説得を試みる事に決めていた。
諦めて、自ら手首を差し出してくれるのが一番だからである。
(´・ω・`)「聞かせてくれないか。
. どうして、金に不自由しないのに狂言誘拐にでたのか」
ショボーンとしても、一番の謎はその一点だった。
動機がないのは、伊達の言う通りだった。
逮捕するにしても、その点だけは把握しておきたかったのだ。
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- 565 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:41:34
ID:T3EDqDlwO
-
(*゚∀゚)「……当初、金を四億要求した意味がわかるか?」
(´・ω・`)「四回に分ける事で、最後の一回で逃亡を狙えるようにするためだろう?」
銃口はやはりつーに向けたままで、言った。
すると、標的は首を横に振った。
(*゚∀゚)「あの四億は、退職金だよ」
(´・ω・`)「……意味がわからんな」
今度は、ショボーンが首を傾げた。
退職金と言われ、いまいちぴんとこなかったのだ。
(*゚∀゚)「ジジィの会社を、理不尽な理由で無理矢理馘にされた四人に配る、退職金だよ」
(*゚∀゚)「経営不振か知らんが、ジジィは金を持っている癖に、経営が傾いていっても
自分の金には触れず、あくまで人件費や空調に費やす金をけちった。
可哀想に、そこにいるむねおも、満足に退職金も貰えず馘になったんだ」
そういって、港で若手に押さえ込まれているボーイに目を遣った。
ボーイは困り顔のまま、つーに視線を返した。
.
- 566 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:43:23
ID:T3EDqDlwO
-
(*゚∀゚)「それに――本当は、四億全部いただくつもりだったんだよ」
(´・ω・`)「……! 初耳だな……」
ショボーンは、捜査陣に「四度目の受け渡し」に希望を託している隙に
こっそり逃亡を図る作戦ではなかったのか、と思っていたのだ。
それが違うとされ、ショボーンは少し眉を顰めた。
なぜ四度目の受け渡しを臨まなかったのか。
ショボーンにとっては皮肉だが、このつーなら、
あと一度くらいは捜査陣から身代金を奪取するなどできたと思われる。
それをせず、なぜ逃亡を図ったのかがわからなかった。
三億よりかは、四億のほうが当然だが分け前も多く、またきれいに分割できる。
途中から、逃亡を狙った方が成功確率が高いと思い直したのだろうか。
考えていると、つーの方から口を切った。
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- 567 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:46:16
ID:T3EDqDlwO
-
(*゚∀゚)「私は莫大な金には興味がない。
生きていくための金と少しばかしの遊ぶ金があれば、充分だ。
大金は人を変える」
(´・ω・`)「随分と、頭がいいんだな」
(*゚∀゚)「ジジィみたいに金に目が眩んでるとな、
人生が腐るんだって、ガキの頃から知っていた」
(´・ω・`)「それなのに、次々とメンバーを殺していったじゃないか。
. 身代金の独り占めが目的でなかったのなら、なぜ仲間割れをしたんだ」
すると、つーは笑った。
(*゚∀゚)「さあ、なんでだろうね」
(´・ω・`)「答えろ。署で言うよりかは、ここで言う方が楽だろ」
(*゚∀゚)「私が逮捕される、って思ってんの?」
(´・ω・`)「……ッ……」
この時、はじめてつーの顔に悪人という色が浮かんだ。
悪魔のような薄ら笑いに、細めた目と上がった右の口角。
ショボーンに警戒心と緊張感が沸き上がってきた。
なにか、アクションを起こす。
直感的に、そう察したのだ。
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- 568 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:47:56
ID:T3EDqDlwO
-
(´・ω・`)「今、ここにいる刑事は二人だ。
. だが、時間がかかれば、新しく刑事がここに来るんだぞ」
ショボーンははったりをかました。
本当は、若手とショボーンしか刑事はいないし、誰も来ない。
ああ言うことで、多少は脅しにならないか、と思ったのだ。
だが、更につーは笑った。
今度は、この悪天候下でも聞こえる大きさの笑いだった。
(*゚∀゚)「それなら、こっちの方が早いな」
(´・ω・`)「早い……? なんの話だ」
(*゚∀゚)「あんたらが乗ってきた車、見てみろよ」
(´・ω・`)「?」
言っている意味がわからなかったので、言われるがままにそちらに視線を遣った。
自分たちが乗ってきた覆面パトカーで、伊達を残してきている。
視線がその覆面パトカーに向かう道中で、視線が止まった。
瞬間、ショボーンは背中に冷たいものを感じた。
.
- 569 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:49:22
ID:T3EDqDlwO
-
(*゚∀゚)「ホテルには、このむねおともう一人、いたよな?」
それを聞いた瞬間、ショボーンは全身に鳥肌が立った。
言われるまで、考えてもみなかった。
ここにいるのは、ボーイとつーだけだ、と思っていた。
だが、思い返せば、ボーイは単身ではなかった。
受付嬢が、一緒にいたのだ。
彡 l v lミ「………」
|(●), 、(●)、;|「ぐッ……」
(;´・ω・`)「伊達さん!」
乗ってきた覆面パトカーの方から、あの受付嬢が歩いてきていた。
彼女が連れている人物を見て、顔が真っ青になった。
その人物とは、こめかみに銃口を向けられた伊達である。
.
- 570 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:50:22
ID:T3EDqDlwO
-
−4−
迂闊だった。
ショボーンは、当初ここにはつーしかいないものだと思っていた。
今までの例に従って、受付嬢とボーイも殺害したのだろう、そう見積もっていた。
だから東風も連れてこなかったし、応援なんて用意していなかった。
.
- 571 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:52:00
ID:T3EDqDlwO
-
用心すべきだったのだ。
最初に罠かもしれないと疑った時点で、自分の推理を信じて歩みを止めておけばよかった。
現状を若手と共に検討し、罠である可能性が高いと見れば応援を呼ぶ。
保険をかけておくのを、ショボーンは忘れていた。
相手は、三度も県警の精鋭を出し抜き、二人を躊躇いなく殺した凶悪犯なのだ。
一筋縄でいかないのは知っていた。
必ずどこかに罠があると、心の隅ではわかっていた。
だが、伊達が人質にとられる事は想定していなかった。
誘拐犯グループは、伊達に恨みを持つ者同士で組まれているのだ。
伊達に護衛をつけるのは、必然だった。
なぜそれを怠ったのか、ショボーンは自責の念に駆られていた。
(*゚∀゚)「すずを見なよ。ジジィを殺したくてウズウズしてんのがわかるだろ?」
(;´・ω・`)「………貴様……ッ」
.
- 572 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:53:57
ID:T3EDqDlwO
-
伊達に恨みを持つグループだからこそ、その可能性は大いにあり得た。
寧ろ、最終的に伊達を殺す計画を立てていたって不思議ではない。
受付嬢の顔を見ても、曇りは窺えなかった。
こめかみに、ぴったりと銃を突きつけている。
一寸の隙間もない。
この状態で撃てば、間違いなく伊達は絶命する。
(*゚∀゚)「そこの刑事をどかせろ」
( <●><●>)「……」
依然ボーイを押さえていた若手に指をさして、言った。
当然、従わなかったら伊達を射殺するつもりだろう。
向こうにとっては、伊達を殺そうが殺さまいが、情勢に変化は生じない。
従うしか、なかった。
若手は背中を沿って立ち上がり、数歩後ろに下がった。
コートに積もった雪を払って、眉間に罅をつくりながらボーイを睨んだ。
ボーイは慌てて受付嬢の下に駆けて、同じく雪を払った。
(*゚∀゚)「銃を捨てろ。そこの刑事もだ」
(´・ω・`)「…………」
.
- 573 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:55:27
ID:T3EDqDlwO
-
先程までつーに向けていた拳銃を睨んで、言った。
最初は顔色には表さず胸中にて戸惑ったが、選択肢など無かった。
腕の力を抜き、手を下ろしてから、海に拳銃を投げ捨てた。
自棄になったような動作で、力なく。
それを見た若手も、拳銃を取り出しては海に捨てた。
隙を突いて受付嬢を撃てない事はなかったが、受付嬢は
間違いなくその動作に反応して、反射的に引き金を引くだろう。
人命には替えられなかった。
刑事に銃が無くなったのを見て、つーは挙げていた手を下ろした。
不遜な態度をとって、にんまりと靨をつくった。
そして、背後に手を回した。
ショボーンは嫌な予感がした。
.
- 575 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:57:07
ID:T3EDqDlwO
-
(*゚∀゚)「形勢逆転、だな」
予め装備していたようで、つーは背中から包丁を取り出した。
銃刀法で規制されない長さのもので、家庭用のものだとわかった。
だが、なぜかショボーンにとっては、つーには
ライフルなんかよりも包丁の方がしっくりきているように思えた。
それほど、自然に握り、自然な構えをとっているのだ。
間違いなく、ナイフ等短刀を用いた剣術は得手だ。
咄嗟に、ショボーンはそう思った。
つーは、じりじりと歩み寄ってきた。
隙を見せない歩き方を身につけている。
(*゚∀゚)「私たちは逃走を図る」
(´・ω・`)「そうか」
(*゚∀゚)「私は、ここであんたに致命傷を与える。
が、殺しはしない」
(´・ω・`)「ほう」
.
- 576 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:58:39
ID:T3EDqDlwO
-
(*゚∀゚)「ゲームだ。私たちは海外へ飛ぶが、
それを果たして逮捕できるかどうかの、な」
(´・ω・`)「随分と馬鹿げたゲームだな」
(*゚∀゚)「時効が成立しない事はわかっている。
だが、私たちはもうこの国へは戻ってこない。
私たちが逃げ切る前に逮捕できなかったら、それは今生の別れを意味するぞ」
(´・ω・`)「……」
尚も、つーは歩みを続けている。
三メートル程に入った。
二メートルになれば、飛びかかって、包丁でショボーンの身体を引き裂くつもりだろう。
当然、ショボーンも警察官だから格闘のいろはを学んでいるが、以前に、学生時代では柔道も鍛錬してきた。
その経験もあり、犯人との取っ組み合いでは主立った負傷は得たことがない。
.
- 577 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 22:59:50
ID:T3EDqDlwO
-
だが。
(´・ω・`)「(……はじめて致命傷を得るかもな……)」
ショボーンは、弱気になっていた。
つーの動きが慣れているからではない。
向こうには、伊達という最強の人質がいるからだ。
ショボーンが抗う事によって、伊達の命に危機が迫るのではないか。
そう思うと、自然と頬に筋をつくりながら汗が垂れていった。
(*゚∀゚)「腹を裂こうか、脚を抉ろうか」
二人の距離が、二メートルになった。
.
- 578 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:00:56
ID:T3EDqDlwO
-
(*゚∀゚)「決めた」
(´・ω・`)「ッ!」
最後の一歩が踏み出されて、ショボーンは咄嗟に跳んで後退した。
相手が突きだした包丁を見てからでないと、つーを押さえるのは困難だと思ったのだ。
ところが、つーは予想外の行動にでた。
(*゚∀゚)「顔!」
最後の一歩を踏み出した瞬間、迷いなく持っていた包丁をショボーン目掛けて投げつけたのだ。
的確に、ショボーンの眉間を狙っていた。
ノーモーションから包丁を投げられ、ショボーンは一瞬反応が遅れた。
反射的に膝から力を抜き、後方に倒れた。
甲板に後頭部をぶつけながらみた光景は、自分の残像を包丁が突き抜けたものだった。
.
- 579 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:02:59
ID:T3EDqDlwO
-
つーはそれすらをも見透かしていたようで、投げた直後に
二本目の包丁を右の逆手で持ち、倒れ込むショボーン目掛けて突進した。
逆手のまま左に振り払おうとしている。
ショボーンは掌を甲板につけ左に転がり、つーから距離をとるのを優先させた。
転がりながら片足を甲板につけ、立ち上がる。
すると、彼女は右手を包丁から離し、包丁を滑らせるように投げた。
まるで、最初からショボーンが左に避けるとわかっていたかのように。
避けては間に合わないと思い、左手で顔面を覆った。
瞬間、左上膊の丁度真ん中を包丁が通り抜けた。
包丁は骨まで到達こそしなかったが、血飛沫が散った。
咄嗟に包丁を払いのけると、目の前に三本目の包丁を構えたつーがやってきていた。
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- 580 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:04:33
ID:T3EDqDlwO
-
(*゚∀゚)「腹――」
(#´・ω・`)「ふんッ!」
(*゚∀゚)「!」
つーは、ショボーンの腹部に包丁を突き立てようとした。
避けるであろうと思っていたつーだが、数秒経っても
目の前から消えないショボーンに、違和感を覚えた。
その次の瞬間に、つーは仰天した。
(; <●><●>)「警部!」
(*゚∀゚)「あ……あんた、正気か?」
顔色には表さないが、つーの声が一瞬震えた。
包丁を突きだしたつーだが、ショボーンはそれを避けようとはしなかった。
お望み通り、自らの腹でつーの凶刃を出迎えたのだ。
包丁がやや深めに刺さり、血が少し飛び出した。
この状況で包丁を抜けば、多量失血に加えこの気温のせいで、間違いなくショボーンは危篤に曝される。
それを承知で、この男は凶刃を迎え入れたのか。
つーが動揺するには、充分すぎる事態だった。
.
- 581 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:06:05
ID:T3EDqDlwO
-
そして、顔面に脂汗を浮かべるショボーンが、ちいさくつぶやいた。
(;´・ω・`)「……捕まえたぞ……!」
(*゚∀゚)「!」
包丁でショボーンを負傷させた以上、つーは目の前にいる。
包丁を突き立てた場合、間違いなくつーは一瞬身動きがとれないのだ。
その瞬間を好機ととり、敢えてショボーンは刺される事を妥協した。
痛みのする左腕でつーの身体を押さえ、嘗ての若手のように体躯を用いてつーにのし掛かった。
抜け出そうにも抜け出せないつーの左手に、強引に手錠をかけた。
(*゚∀゚)「……ッ」
つーの左手首が拘束されたのを見て、ショボーンは勝った、と思った。
(´・ω・`)「……僕の勝ちだ」
つーを押さえる左腕が悲鳴を上げる。
それを無理矢理抑え、つーの右手にも手錠を向けた。
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- 582 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:07:44
ID:T3EDqDlwO
-
(* ∀ )「すず、ジジィを撃て!」
(;´・ω・`)「ッ!!」
直後、銃声が鳴った。
.
- 583 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:08:26
ID:T3EDqDlwO
-
−5−
(;´゚ω゚`)
つーが叫んだ直後に鳴った銃声で、ショボーンは失意に見舞われた。
一瞬時が止まった気がして、全身から血の気がひいた。
体感時間のストップウォッチが停止され、聴覚が機能しなくなった。
.
- 584 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:10:06
ID:T3EDqDlwO
-
この場面で、伊達を撃つとは思えなかったのだ。
つーがゲームに敗れたのを見て、若手が咄嗟に受付嬢に飛びかかったことだろう。
受付嬢とボーイも、つーとショボーンの戦いを見ていた。
後ろから忍び寄れば、救出は不可能ではない。
易くもない事は承知だが、若手はそれをもやってのける男だ。
そして、急に指示され、即座に発砲できるほどの肝っ玉が受付嬢にあると思えなかった。
だが、ショボーンの意識が追いつくよりも早くに、銃声が鳴ってしまった。
生まれてはじめて、誘拐事件で人質を殺された。
それも、ショボーンの知人であり被害者でもある伊達を、だ。
(* ∀ )「勝っ………た……」
銃声を聞き、つーは安心したのか、急にうなだれた。
力が籠められておらず、生気がまるで感じられない。
豪雪を交えた暴風に長らく当たっていたため、体力も無いに等しかったのだろう。
つーとは真逆の感情のままで、ショボーンもがくっとうなだれた。
.
- 585 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:10:49
ID:T3EDqDlwO
-
少しして、受付嬢が倒れた。
その後に、聞き慣れた渋い声が、ショボーンの耳にやってきた。
( ゚д゚)「警察を出し抜ける、なんて思うなよ」
.
- 586 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:12:16
ID:T3EDqDlwO
-
白髪混じりの刑事が、煙をあげる拳銃をもってその場に立っていた。
両手で握られた拳銃は、この天候下でもぶれる事なく、宙で停止している。
(; <●><●>)「ミルナさん!」
(;*゚∀゚)「………なんだと!?」
若手、そして東風の声を聞いて、ショボーンは立ち上がった。
そして、その目に飛び込んできた光景は、ショボーンの想像していたものと真逆だった。
受付嬢が右手を押さえて倒れ込んでいた。
積もった純白の雪が、鮮血で汚されている。
伊達は彼女の近くで尻餅をついており、あたふたしている。
そして、ボーイは撃たれた受付嬢を見て、パニックに陥っていた。
.
- 587 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:14:00
ID:T3EDqDlwO
-
彡;l v lミ「あああ……あああぁ……っ」
(;*゚∀゚)「すず!」
受付嬢の姿を見て、つーは高速艇から身を乗り出した。
手錠で繋がれているため飛び降りるのは無理だが、乗り出す事はできた。
声をかけるが、受付嬢は呻き声をあげたまま、返そうとしない。
そして、伊達はなにが起こったのかを漸く理解したようで、悲鳴をあげながら逃げ去ろうとした。
東風や若手、ショボーンの目には勿論、それはつーにも窺えた。
それを視認したつーは右手を後ろに回し、四本目となる包丁を取り出した。
|( ), 、( )、;|「うわあああああッ!!」
(*゚∀゚)「逃がすか!」
(;´・ω・`)「ま、待て!」
慣れた手つきで包丁を投げ飛ばした。
ショボーンがそれを阻止できなかったのは、
ショボーンの動きよりも圧倒的に素早くつーが動いたからだ。
まるで野球ボールでも投げたかのように、包丁の軌道は一直線に伸びる。
背を向ける伊達の首筋に、刃先は向けられていた。
.
- 588 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:15:31
ID:T3EDqDlwO
-
(;´・ω・`)「伊達さ―――」
( ゚д゚)「伏せろ!」
|(●), 、(●)、;|「っ!?」
ショボーンが声を出すよりもはやく、東風が伊達に言った。
訳も分からずに伊達は伏せた。いや、頭から雪に向かって飛び込んだ。
伊達の姿勢は低くなったが、徐々に放物線を描き始めている包丁は、伊達の背中に向かっていた。
それに狙いを定め、東風は発砲した。
硬い金属音が、皆の耳に突き刺さった。
速度を殺された包丁は、回転しながら近くに落ちた。
包丁、銃声、そして孫が自分を狙った事に、伊達は
いよいよ恐怖を感じ、腹這いで喚きながら身体を震わせた。
顎をがたがたと震わせ、顔は青ざめている。
(*゚∀゚)「チッ……」
つーは、東風の機転が働き助かった伊達を見て、またも背後に手を伸ばした。
まだ、包丁を隠しているとでも言うのか。
さすがの東風も周章を感じた時だった。
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- 589 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:16:08
ID:T3EDqDlwO
-
(´・ω・`)「自ら後ろ手錠を望むのか」
(*゚∀゚)
後ろに回った右手に、ショボーンはすかさず手錠の空きを突きつけた。
手錠の存在を忘れていたのか、呆気なく背後で鎖に繋がれるつーの手首が見られた。
掴もうとした五本目の包丁は、甲板の上に音を立てて落とされた。
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- 590 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:17:19
ID:T3EDqDlwO
-
(*゚∀゚)
後ろ手錠をかけられたつーは、暫く唖然としていた。
手を縛られるという経験がないが故の動揺か、
まさか自分が逮捕されるとは、という過信によるショックか。
とにかく、ただ呆然と立ち尽くし、鎖の音を少し鳴らした。
手に自由がない。
なるべく用意してあった包丁の予備を、ショボーンが調べてすぐに甲板の上に放り投げられた。
今までに使ったもの、ショボーンの腹に刺さっている分も合わせて八本発見された。
(´・ω・`)「よくこんなに持ってきたな」
(*゚∀゚)「……」
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- 591 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:18:42
ID:T3EDqDlwO
-
高速艇にあがってきた東風が、なによりもまず真っ先にショボーンの腹について問うた。
顔を真っ青にした東風を前に、ショボーンもそろそろ顔が蒼くなってきた。
致命傷になり得る程深くは刺さってないのが幸いしたが、それでも大怪我には変わりない。
東風は若手に救急車とパトカーの要請を指示した。
(;゚д゚)「イツワリさん、大丈夫なのですか!」
(´・ω・`)「ちょっと……まずいかもね……」
比喩ではなく、事実としてショボーンの顔から血の気がひいていた。
滴り落ちてゆく血、腹から伝わる激痛にはじっと耐えていたが、
この氷点下の気温と風が、確実にショボーンから体温と体力を奪っていった。
この時、普段この男が言う冗談とは違い、本気でショボーンはそう思っていた。
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- 592 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:19:55
ID:T3EDqDlwO
-
つーに手錠をかける事ができたが故の安堵が、ショボーンの足取りによろめきを与えているような気がした。
今までは、緊張感が身体を縛っていたからこそ、減りゆく体力や襲いかかる睡魔にも勝てたが、
それが解けた瞬間に、目に見えてショボーンから体力が消え去っていったのだ。
東風が心配しない筈がなかった。
東風は、灰色のコートを脱ぎ、ショボーンに被せた。
大して防寒性のないコートだが、無いよりかはましだろうと思ったのだ。
(´・ω・`)「つー」
(*゚∀゚)
(*゚∀゚)「……なに」
やはり不遜な態度を見せつつ、つーは返事した。
つーの前に、ショボーンも胡座を掻いて座った。
ショボーンは時折吐血をするが、つーは気にしてなかった。
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- 593 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:21:25
ID:T3EDqDlwO
-
(´・ω・`)「下の二人も観念した。直にパトカーも到着する」
(´・ω・`)「あんたの計画は、終わったんだよ」
(*゚∀゚)「……」
つーは反応を見せない。
だが、ショボーンはそれが普通と思って、話を続けた。
(´・ω・`)「詳しくは向こうで聞くが……二点だけ、どうしても教えてほしいんだ」
(*゚∀゚)「……」
(´・ω・`)「一つ目。どうして、狂言誘拐なんかした」
(*゚∀゚)「……リストラ組に――」
(´・ω・`)「君自身の動機だ」
(*゚∀゚)「!」
ショボーンは、つーの言うリストラ組云々と言った話はどうでもよかった。
つーが狂言誘拐に臨む動機としては成り立っていないからだ。
それだと、つーはただ手を貸しただけとなる。
手を貸しただけで、殺人を犯すなど考えられない。
どうしても、彼女自身にも別の動機がある、そう思っているのだ。
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- 594 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:22:22
ID:T3EDqDlwO
-
(´・ω・`)「君もまた、伊達さんに対して何らかの恨みはあったはずだろ」
(*゚∀゚)「……」
(*゚∀゚)「………知りたいか?」
(´・ω・`)「ああ」
ショボーンは即答した。
その速さに、つーは遂に観念した。
(*゚∀゚)「いいだろう。もう、全てが終わったんだ」
(´・ω・`)「……」
(*゚∀゚)「私の動機? 簡単だ、復讐だよ」
(*゚∀゚)「ジジィの―――いや」
(* ∀ )「――親父に対する、復讐だよ」
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- 595 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:23:25
ID:T3EDqDlwO
-
つーの、苦痛をかみ殺した上で放たれた小さな声を、ショボーンは聞き逃さなかった。
最初は、自身の聞き違いかと思った。
だが、この近距離で聞き違える筈がない。
ショボーンは二重の意味で顔が蒼くなった。
察したのか、通報を終えた若手が伊達を連れてきた。
若手としては、警察と救急車の到着までの間に、話をさせるつもりだったのだろうか。
それでも、ショボーンにとっては都合がよかった。
|(●), 、(●)、|「つー……」
(*゚∀゚)「近づくな」
|(●), 、(●)、|「……」
近寄ろうとする伊達に一声、辛辣なものをかけた。
伊達も慣れており、言われてすぐ止まった。
伊達と若手もショボーンの隣にやってきて、つーは眼の色が変わった。
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- 596 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:24:40
ID:T3EDqDlwO
-
(*゚∀゚)「刑事さん」
(´・ω・`)「僕かい」
(*゚∀゚)「警察の者であるあんたなら、わかるであろう質問をするよ」
まどろっこしい物の言い方だな、と思った。
だが、思っただけで、口にも顔にも出さなかった。
(*゚∀゚)「とある夫婦のもとに生まれた息子、そこに嫁いでくる女がいるとする。
ここで、息子の父親と嫁いでくる女の関係はなんだ?」
(´・ω・`)「正式に籍を入れたなら、義理の親子関係となる」
(*゚∀゚)「じゃあ、その二人が男女の関係を持つことを、なんという?」
つーがこの質問をした瞬間、伊達の顔がみるみる蒼くなった。
だが、つー以外の誰もがそれには気づかなかった。
伊達の顔など、見てないのだ。
ショボーンは少し動揺したが、落ち着いて答えた。
(´・ω・`)「いろいろと問題はあるが―――近親相姦だ」
(*゚∀゚)「さすがだね。それの復讐だよ」
(´・ω・`)「……」
(;´・ω・`)「……!」
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- 597 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:26:02
ID:T3EDqDlwO
-
落ち着きを保っていたショボーンだが、急に顔をしかめた。
先程のあの言葉は、やはり聞き違いでなかったのか。
色々、問いたい事があった。
だが、それよりも前につーが重い口を切った。
(* ∀ )「私のおばあちゃんの血液型がAB型で、親父はB型なんだよ」
(;´・ω・`)「―――ッ!」
この時、ショボーンは、伊達クールの血液型がAB型である事を思い出していた。
|(●), 、(●)、;|「つー、お前は――」
( ゚д゚)「黙ってもらおう。取調の一環なのでね」
|(●), 、(●)、;|「……」
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- 598 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:29:18
ID:T3EDqDlwO
-
( <●><●>)「それがどうしたと言うのでしょうか」
(;´・ω・`)「……」
(;´・ω・`)「血液型には、A型という括りの更に深いところに、遺伝子がある。
. 優性の法則だ、学生の頃に習っただろ」
( <●><●>)「はあ」
(;´・ω・`)「伊達さんが、AB型。同じくAB型の女性と結婚し、B型の息子さんを産んだ。
. これの意味するところが、わかるか?」
( <●><●>)「あまりわかりません」
若手は、そんな学生の頃の無駄知識など忘れていた。
大学に合格するために知識を詰め込んだだけにすぎないのだ。
仕方がない事なので、ショボーンが補足説明をしようとした。
それより前に、つーが高い声を張り上げた。
(* ∀ )「A型の私は、産まれないんだよ!」
( <●><●>)「!」
言われてすぐ、若手は気が付いた。
AB型同士の間で産まれたB型の子がいたとする。
その人が産む子供は、決まってAB型かB型のみなのだ。
それを理解し、若手も絶句した。
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- 599 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:31:34
ID:T3EDqDlwO
-
(* ∀ )「私の母に手を出したんだ、この糞ジジィは!」
(* ∀ )「私の本当の父は、親父じゃなくてこのジジィなんだよ!」
(* ∀ )「わかるか!? 祖父として引き取られ、ある日その事を知ったときの、
奈落の底に突き落とされたかのような私のショックが!」
(* ∀ )「毎日を複雑な心境で過ごして!
親父とは本当は兄弟で!
日々を劣等感を抱いて過ごしてきた、私の苦痛が!」
(* ∀ )「許されざる関係のもとつくられた、許されざる存在が、ほかの誰でもない、私なんだ!」
(* ∀ )「そ、そんな! 私の気持ちが!」
(*;∀;)「わかるのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッぁあ!!」
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- 600 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:32:52
ID:T3EDqDlwO
-
つーは、目から大粒の涙を、雪にも負けない程に流した。
顔をくしゃくしゃに歪めて、そのまま甲板に突っ伏した。
肩を震わせ、かなり大きく嗚咽を漏らしている。
鼻水を啜る音、止まない嗚咽に混じって、泣き声を未だに漏らす。
胸底に溜まっていた澱みを、彼女は全て吐き出した。
それらを全て汲み取って見て、ショボーンは居た堪れない気持ちになった。
胸に五寸釘を刺されたかのように、胸が痛んだ。
未だに血を流す腹よりも、胸の方が痛みが強いように思えた。
(´・ω・`)「……」
ショボーンが黙っていると、遠くの方から二種類のサイレンが聞こえてきた。
同時に、赤いランプもぼんやりと視認する事ができた。
漸くパトカーと救急車が到着したとわかり、若手はショボーンを見て、その事を言った。
ショボーンはぼうっとしていた。
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- 601 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:33:48
ID:T3EDqDlwO
-
( <●><●>)「きましたよ、シベリア県警と救急車が」
(´・ω・`)「……伊達さんを連れて、ぎょろ目と
. ワカッテマスは先にシベリア県警と落ち合ってくれ」
( <●><●>)「警部の怪我を見てそんな事はできません」
(´・ω・`)「なに、ちょっとつーちゃんとお話するだけさ」
(*;∀;)「…………ッ……っ…!」
.
- 602 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:35:11
ID:T3EDqDlwO
-
−6−
嗚咽はまだ止まない。
目元をひどく濡らしている。
つーは、限りのない苦痛の窮地へと立たされているのだ。
ショボーンは、警察官としてより、一人の人間として、つーと二人きりで話をしたかった。
腹の傷はどんどんひどくなっている。
正直、意識も朦朧としつつあった。
この気温がまずかった。
だが、署でも病院でもなく、あくまでここで話をしておきたかったのだ。
担架をここまで持ってくるよう伝えろと指示し、若手も高速艇から降りさせた。
伊達は東風に引っ張られ、呆然としたまま高速艇を降りていった。
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- 603 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:36:39
ID:T3EDqDlwO
-
(´・ω・`)「つーちゃん」
(*;∀;)「ッ……っ…」
(´・ω・`)「二つ目の質問、いいかな」
(*;∀;)「……っ…」
(*;∀;)「……なによ………ッ」
(´・ω・`)「最初にここで聞いた事だよ」
(´・ω・`)「……どうして、仲間割れなんかしたんだい?
. 君の話じゃあ、寧ろ仲間割れなんてしちゃいけないと思ったんだけど」
(*;∀;)「……」
(*;∀;)「ほんとうは……仲間割れなんて計画にすらなかったよ……」
肩で、濡れた目を擦ろうとするが、うまくできなかった。
それをみたショボーンは、そっとハンカチでつーの目を拭ってあげた。
嗚咽も収まってきつつあった。
つーは、一度咳払いをして、本調子に戻った。
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- 604 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:37:56
ID:T3EDqDlwO
-
(*゚∀゚)「モカだって、デルタさんだって。
みんなでジジィから金を搾り取って復讐をしようって誓ったんだ」
(*゚∀゚)「私に分け前はいらないから、丁度四人でうまく分けれる金額にしたし……」
(*゚∀゚)「でも……最初のコンビニでの受け渡しの時……」
(*゚∀゚)「モカが、私に言ったんだ」
(*゚∀゚)「『……自首したい』って」
(´・ω・`)「!」
(*゚∀゚)「自首なんてされたら、それで私たちは皆、ぱあだ。
なにもかもおしまいだ。だから、自首だけは防がなくてはならなかった」
(´・ω・`)「それで……殺したのか?」
(*゚∀゚)「刑事に使うつもりだった毒針を、モカに使っちゃって、正直どうしようか悩んでた。
その瞬間に刑事がきたから……もうパニックになって……」
(*゚∀゚)「モカの死体を囮に……私は逃げた」
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- 605 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:39:51
ID:T3EDqDlwO
-
(*゚∀゚)「結果としてうまく行ったけど、あの後デルタさんと合流すると、再三疑われて……」
(*゚∀゚)「最終的に、デルタさんは私を疑ったままだった。
身代金に目が眩んだから、独り占めを狙ったのだろうって」
(*゚∀゚)「だから……あの日」
(*゚∀゚)「ホテルで、デルタさんは私を殺そうとしたんだ」
(´・ω・`)「なんだって?」
黙って聞いていくつもりだったが、思わず声をあげてしまった。
それほどまでに、今の言葉に驚いたのだ。
つーは目を細めて、続きを言った。
(*゚∀゚)「私は、短刀なら誰よりもうまく扱える。
気が付けば、デルタさんの背後をとってて、ぶすりって刺してた」
(*゚∀゚)「一緒にそこにいたむねおが、驚いて……あいつは根っからの臆病者だし」
(*゚∀゚)「急いで一階のすずに近況を伝えに行った。ボーイとして」
(*゚∀゚)「その隙に、私は逃走しようとしたけど……
あまりにも突発的な一件だったから、部屋に証拠が残りすぎていた。
回収してるうちに刑事がやってきそうだった。
エレベーターは使用中だったし、階段から下りるにもリスクがある。
一か八かでベランダから飛び降りて……」
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- 607 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:41:31
ID:T3EDqDlwO
-
(*゚∀゚)「結果、モカもデルタさんも無駄に殺しちゃって……
復讐どころじゃなくなったんだ」
(*゚∀゚)「だから……仕方がないから三人で逃亡を図ろうとした」
(*゚∀゚)「けど、ジジィだけは殺しておきたい。
せめて、一矢報いる程度はしておきたい」
(*゚∀゚)「刑事さんなら、高速艇に私たちがいるって突き止めるって気がして、張り込んでた。
本当に来たときは、ちょっとだけ嬉しかったな」
(´・ω・`)「……」
(*゚∀゚)「予め物陰に隠れていたすずが伊達を殺せば、あとはどうでもよかった。
まあ、言ってた応援の刑事さんのせいで、負けちゃったけど……」
(´・ω・`)「……」
(*゚∀゚)「完璧にこなせば、絶対に私たちの勝ちだった。
なのに、二人も死んじゃって、負けるゲームになってたんだなって、さっき気づいた」
(´・ω・`)「それは違うよ」
黙っていたショボーンだが、ここで急に口を挟んだ。
優しさと共に、厳しさも垣間見せていた。
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- 608 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:42:24
ID:T3EDqDlwO
-
(*゚∀゚)「……違うって、なにが?」
つーは、無垢な瞳でそう訊いた。
(´・ω・`)「モカもデルタも、最初っからこんな計画など成功する筈がない、ってわかってたよ」
(*゚∀゚)「まさか。完璧に完璧を積み重ねた作戦なんだ」
不遜ではなく、それは本音だった。
実際に三度も警察を出し抜いた以上、確かなものだろうと言える。
しかし、ショボーンは言った。
(´・ω・`)「証拠があるんだ」
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- 609 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:44:11
ID:T3EDqDlwO
-
つーは首を傾げた。
証拠などと言われようが、今更そのようなことを証明できる筈がない、と。
しかしショボーンは嘘を吐いたつもりではなかった。
(´・ω・`)「コンビニで、御前モカの身元があっさりばれた理由、知ってる?」
(*゚∀゚)「さあ」
(´・ω・`)「雇用登録の申請書が、書かれてあったんだ」
(*゚∀゚)「……! あのバカ……」
(´・ω・`)「一方で、デルタ。
. 十一号車を用いたトリックも、存外早く突き止めたし、裏付けもできた」
(*゚∀゚)「裏付け?」
(´・ω・`)「電話に、デルタの指紋が付いてた。
. 普通付くはずのないところに付いた指紋が、ね」
すると、つーは溜息を吐いた。
がっくりと肩を落としているようだった。
(*゚∀゚)「デルタさんも……。みんなが不甲斐なかったら成功したのに」
(´・ω・`)「………」
(*゚∀゚)「……」
(*゚∀゚)「刑事さん?」
.
- 610 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:45:44
ID:T3EDqDlwO
-
つーが後悔をした直後、ショボーンは黙り込んだ。
なんだと思い、つーはショボーンの身を案じた。
腹に刺さった包丁が、遂に致死に至らしめたのかと思ったのである。
が、ショボーンは口を開いた。
(´・ω・`)「まだ、わからないのかい?」
(*゚∀゚)「?」
(´・ω・`)「みんな……モカもデルタも、敢えて証拠を……
. 足跡を残す事で、間接的につーちゃんに伝えたかったんだよ」
(´-ω-`)「『こんな計画なんて、無理だ、やめようよ』………ってね」
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- 611 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:47:33
ID:T3EDqDlwO
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(*゚∀゚)「……ッ」
(*゚∀゚)「……」
(* ∀ )「………」
つーは、静かに涙を流した。
その涙は、甲板の上に積もった雪の上に落ちて、その上からまた雪が積もった。
数秒もすれば、涙などすぐに消えてしまう。
そして、この狂言の誘拐事件も、そのうち雪によって埋もれていくのだ。
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- 612 名前:
◆wPvTfIHSQ6:2012/03/10(土) 23:48:24
ID:T3EDqDlwO
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