- 10 名前: ◆wPvTfIHSQ6 :2011/08/27(土)
14:15:09.98 ID:9bUqTpSi0
-
『ダァ!シエリイェス!シエリイェス!』
世間的には帰省ラッシュのピークと言われる、この四連休、一日目。
10月23日、都市ラウンジの中央区、交通の網で敷き詰められているこの町にて、
その列車は動きだそうとしていた。
都会の喧噪から離れるべく旅にでる若者から、
実家に帰って、のんびりとするつもりの一家まで、それは多彩だった。
オオカミ鉄道のそれが着駅はひとつ、VIPだけである。
ラウンジとVIPを繋ぐ線路、それは駅が二つだけしかない、
言わば交通としてより一方的な移動を目的とした移動手段である。
ラウンジには様々な交通手段が設けられているが、行き着く先のVIPではそうも行かず、
着く、VIPの南区ではバスやタクシーが多いだけで、このオオカミ鉄道以外の電車は、ない。
つまり、乗る人は皆、VIPに行く、と限られる。
そう、私もだ。
(゚、゚;トソン「待ってください、待って!」
『ダァ!シエリイェス!シエリイェス!』
.
- 11 名前: ◆wPvTfIHSQ6 :2011/08/27(土)
14:17:56.77 ID:9bUqTpSi0
-
私の場合、帰省というより親の実家に遊びに行くのが目的なのだが、
親が不都合故に、単身で乗り込むことになる。
もともと時間にルーズな私が、定刻通りに列車に乗れるわけもない、
だから今もこうして走っている。
(゚、゚;トソン「駆け込み乗車はァァ!」
(゚ー゚;トソン≡「やっちゃだめぇぇぇぇ!!」
列車の、開いている扉にヘッドスライディングし、それと同時に扉は閉まった。
額を強く打ち、思わずそこを手で押さえる。
血は出ていないにせよ、この打撲だと内出血がひどそうで、少しの間目の前が眩んでいた。
列車が少しずつ動きだし、それに伴って身体も揺れ、後頭部で束ねていた髪も同じく揺れた。
それを脳で理解できる頃には、痛みは、少しだがひいていて、
それよりも、いつまでもこうしていると、誰かに見つかって、怒られそうだったので立った。
しかしひどい痛みだ、立ち眩みを起こした。
手すりを掴み、ゆらりゆらりと歩き出す。
.
- 13 名前: ◆wPvTfIHSQ6 :2011/08/27(土)
14:20:01.09 ID:9bUqTpSi0
-
そもそもここは何号車なのだろう。
私が乗るのは一号車だが、どう見てもここは一号車ではない。
とは言えど、真ん中あたりの車両から入ったので、大凡の見当もつかない。
まあ、一号車だから、このまま進行方向に向かって歩いていけばいい話なのだが。
(゚、゚;トソン「痛っ!」ドンッ
「きゃっ!」
そうして、前に向かって歩きだそうとしたのだ。
したのだが、早速間違えて乗務員の控え室のようなスペース(乗務員室?)に突っ込んでしまった。
中で仕事の用意をしていたと思われる、乗務員とぶつかってしまい、思わず私は尻餅をつく。
怒られる、そう悟った私だが、それ以上に相手は戸惑っていた。
まあそれは当然だろうか、不意に私に体当たりされたのだから。
.
- 15 名前: ◆wPvTfIHSQ6 :2011/08/27(土)
14:22:44.06 ID:9bUqTpSi0
-
顔をあげ、相手の姿を見たところ、
純白の白のシャツに、群青の、ベストだろうか、制服を着用し、華奢な腕を台車にかけている女性だった。
顔に数カ所貼られてある絆創膏が目立ち、それ以外にも、嘗ての傷跡であろうものも見える。
その女性は目を見開いてこちらを見つめては、すぐに頭を下げてきた。
(*゚;;-゚)「す、すみません!」
(゚、゚;トソン「あ、いや、こちらこそ間違えて入って来ちゃって……すみません!」
こちらもすぐに立ち上がって、頭を下げる。
女性のきれいな脚が目に入ったが、謝罪のため目はすぐに閉じた。
(*゚;;-゚)「お怪我はなかっ……ああっおでこ大丈夫ですか!?」
(゚、゚;トソン「えっ? あ、これは違います」
(*゚;;-゚)「そ、そうですか、スミマセン……」
(゚、゚トソン「(ちいさい人だなぁ……)」
.
- 16 名前: ◆wPvTfIHSQ6 :2011/08/27(土)
14:24:57.11 ID:9bUqTpSi0
- あらためて彼女を見つめた際の第一印象は、まさにそれだった。
背丈は150cmあるかないか程度で、手も足も顔も細い。
こんな大きなワゴンを押すのに、苦労はしないのかな、と心配してしまう程の背丈で、
よく、私が尻餅つく程に強くぶつかったのに、倒れなかったな、と心底感心している。
(*゚;;-゚)「……お客様、揺れてまた転ぶと大変ですので、お席についてもらって宜しいでしょうか?」
(゚、゚;トソン「あ、そうでした!」
もともと目的地が一つだけで、線路一本の道、今は加速の段階だが、最高速になると非常に速いスピードとなり、
こうして歩くのも難しいと思われる、と親から聞いている。
女性の指示に従い、まずは一号車に戻るのを先決とする。
と、その前に、ふと思い出した疑問を問いかけた。
(゚、゚トソン「そういや、ここは何号車ですか?」
女性は動じることはなかったが、
なぜか返答に五秒くらい要した。
(*゚;;-゚)「……四号車と五号車の間ですね」
(゚、゚トソン「ありがとうございます!
ではっ」
.
- 17 名前: ◆wPvTfIHSQ6 :2011/08/27(土)
14:27:10.05 ID:9bUqTpSi0
-
すぐにその場を立ち去り、一号車に向かって走……歩く。
車内のアナウンスが聞こえる中、私は一目散に駆け……歩幅を広げた。
四号車と三号車を繋ぐ扉の前に立った。
扉を開けようにも、毎度のことながらこれは重い。
私のような非力な人間にとって、この扉は試練以外に他ならない、とすら思える。
(゚、゚;トソン「どっしゃああああ!」ガラガラ…
結果、もはや気合いだけで、その扉をこじ開けた。
一号車に到るまであと二回これをしないと思うと、どっと疲れる。
疲れる前に、と今度こそ走った。
(>、<;トソン「痛っ!」ドンッ
「おっと」
(;、;トソン「すびばじぇん……」
今日に入って何度目だろうか。
走ることによって床に額をぶつけ、乗務員に体当たり、
そして、次は、また誰かにぶつかる羽目になった。
.
- 18 名前: ◆wPvTfIHSQ6 :2011/08/27(土)
14:29:28.67 ID:9bUqTpSi0
-
しかも、声や体つきから察するに、今度は男性、しかもがたいのいい人である。
さっきは許してもらえたが、今度はだめかもしれない。
もし謝罪でだめなら、なにをされるのだろう、まさか落とし前とか言ってあんなことやこんなことを……ッ。
そんな不埒な被害妄想とは違い、
その男性はあまり怒る様子もなく、こちらと顔をあわせた。
(´・ω・`)「まったく、走っちゃだめだ……ん?」
(;、;トソン「……」
(゚、゚トソン「え、あれ?」
.
- 19 名前: ◆wPvTfIHSQ6 :2011/08/27(土)
14:32:20.84 ID:9bUqTpSi0
-
その男は、薄い茶色のトレンチコートに、焦げ茶色の帽子(俗に言うハンチングみたいなものだ)を深くかぶっている、
推定170cmで腕は太そう、しかし顔つきは優しく、特に垂れ眉毛が愛らしい人だった。
そして、何を隠そうその男とは顔見知りである。
(´・ω・`)「トソンちゃんかい?」
(゚、゚;トソン「けけけ警部!?」
(´・ω・`)「奇遇だねぇ、何年ぶりだろう」
(゚、゚トソン「三ヶ月前にあったばかりです」
男は少し考える素振りを見せ、
その三ヶ月前を思い出したのか、大笑いをして、
笑いすぎたのか若干涙目になりながら抱擁してきた。
(´;ω;`)「ハハハハそうだったそうだった!!いやあ、その節ではどうも」
(゚、゚トソン「絶対思い出してないでしょ、あとハグはイヤン」
.
- 22 名前: ◆wPvTfIHSQ6 :2011/08/27(土)
14:34:44.09 ID:9bUqTpSi0
-
(´・ω・`)「まあ、感動のご対面もここまでとして」
(´・ω・`)「一号車になにか用?」
(゚、゚トソン「え、あれ?
なんだったっけ」
束の間の静寂。
(゚、゚トソン「あ、私の席一号車なんです」
(´・ω・`)
(´;ω;`)「ぶひゃひゃひゃ!!」バンバン
(゚、゚;トソン「な、なんですか?」
(´;ω;`)「ヒャヒャ! …いやあ、相変わらずだねぇ……」
(-、-トソン「それはどういう意味ですか……」
.
- 24 名前: ◆wPvTfIHSQ6 :2011/08/27(土)
14:37:10.66 ID:9bUqTpSi0
(´・ω・`)「まあ、とりあえず僕も一号車なんだ、君の席どこ?」
(゚、゚トソン「左列の一番後ろ……」
(´・ω・`)「あ、僕の後ろなのか」
(゚、゚トソン
(゚ー゚トソン「えっほんとうですか!
キャハッ!」
ここで、今私が乗っている「オオカミ鉄道」について補足をいれると、
この会社は、全体的に見て、あくまで長距離の走行をメインとしてリリースしている列車が多く、
それ故に少しでも利用客に快適な旅を楽しんでもらうべく、
縦に左列と右列の二列構成で、座席の上でまるこまって、寝ることも難しくない程ゆったりとしている列車を提供する。
座席の横幅1メートル強、私くらいの背丈なら足を伸ばせる程度の空間はある。
.
- 25 名前: ◆wPvTfIHSQ6 :2011/08/27(土)
14:39:19.15 ID:9bUqTpSi0
その各座席は回転して後ろに向けることができるのは定番。
簡単に言えば、普通の特急列車の、
ボックスシートの横二つの席が一体化した、という風な造りだ。
長距離走行故に、ビュッフェはないが、車内販売は無論存在しており、
先程の女性が持っていたのもおそらくその類である。
(´・ω・`)「こりゃ奇遇だ、早速椅子を回転するよ」
(゚ー゚トソン「いっぱいお話してくださいね」
.
- 26 名前: ◆wPvTfIHSQ6 :2011/08/27(土)
14:41:29.38 ID:9bUqTpSi0
一旦男は自分の席に戻り、
足下に置いていた荷物を座席の上に置いて、椅子を回転、
私のA-8の席と向かい合うようにしてその席は固定された。
上に載せた荷物を再び足下に置いて男は座り、私にも座るよう催促をしてきた。
(´・ω・`)「そのリュックも重いだろう、はやくいらっしゃい、ウフフフ」
(゚、゚トソン「気持ち悪いです」
(*´・ω・`)「このショボンヌ、女に興味はなグフフフ」
(゚、゚トソン「キモい」
(´・ω・`) ショボーン
男、またの名をショボーン。
昔ひょんな事件で知り合ったVIP県警の警部であり、前まではかなり有名な敏腕刑事だったらしい。
.
- 28 名前: ◆wPvTfIHSQ6 :2011/08/27(土)
14:43:56.47 ID:9bUqTpSi0
-
大層な男好き、とは聞くが、本人曰く男に好かれやすいの間違いらしく、
彼の下に着いた刑事は警部のことを好いてしまうだとか。
ちなみにショボンヌとは、本人が好んで使っているニックネーム。
私も催促されるがまま席に着き、
リュックをおろして一息着いた後、警部と目を見合わせた。
心地よく感じれる程に車体が揺れ、
私も落ち着きを取り戻してきた頃、
なんてことのない話題で盛り上がるべく話を切り出す。
.
- 30 名前: ◆wPvTfIHSQ6 :2011/08/27(土)
14:46:06.74 ID:9bUqTpSi0
(゚、゚トソン「しかし、警部って、VIPの人でしょ、どうしてラウンジなんかに」
(´・ω・`)「いやー、三ヶ月前の事件以来、ずっとラウンジに派遣されてたんだ」
(゚、゚トソン「え……異動、ですか?」
(´・ω・`)「でもやっと戻ってこれたんだ。これからはまた子分従えて事件に臨むぜ」
三ヶ月前、今語るつもりはないのだが、
ラウンジにて、ちょっとした、しかし内部では大事になった事件に、私は巻き込まれた。
このショボーン警部の活躍で私は釈放されたのだが、その代償として彼は、警部生活にてはじめて顔に泥を塗る羽目になってしまった。
今、それを片付けて、やっと帰ってきたというわけなのらしい。
しかし、警察に異動なんてあるのか。
(゚、゚トソン「その節はどうも……」
(´・ω・`)「とってつけたようなお礼、ありがとよ」
.
- 33
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 14:48:43.59
ID:9bUqTpSi0
警部はどうやら、かぶっていた焦げ茶色の帽子も邪魔だったようで、
さっと取って足下の鞄の上にかけるようにして載せる。
その鞄を、足で壁に引っ付けるように蹴り押した。
(´・ω・`)「なんだかんだ言って、やっぱり地元で捜査するのが楽しくてさ」
(゚、゚トソン「でも、戻ってきてすぐ捜査とか言わないで、
暫くの間、現場の捜査は、部下に任せた方がいいんじゃないんですか?」
(´・ω・`)「そんなのヤダヤダ。刑事も警部も局長も、現場が大好きなんだよ」
(゚、゚トソン「はぁ……そういうもんですかね」
私が警部の拘りに適当に相槌を打つさなか、警部はコートのポケットを漁っていた。
おそらく中はキャンディとかでいっぱいなんだろうな、と微笑ましくそれを見ていると、中から見慣れぬものを取り出した。
.
- 34
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 14:51:01.18
ID:9bUqTpSi0
(´・ω・`)「これ、知ってる?」
(゚、゚トソン「それは?」
橙がかった瓶の容器の中に、無色透明かオレンジなのかわからないが、
液体がちゃぷちゃぷと入っていた。
白地のラベルには、緑のお洒落な字体で「Arvon
Orange」と印刷されている。
オレンジとは読めるのだが、前半が読めない。
(´・ω・`)「『アーボンオレンジ』をベースにした香水なんだけど」
(゚、゚トソン「あーぼん?」
(´・ω・`)「ふう……やっぱりお子ちゃまにこれの高貴さなんてわからないか……」
(゚ー゚;トソン「むっ!
知ってますよ、あぼーんなオレンジなんて!」
(´;ω;`)「ぶひゃひゃひゃ! あぼーんって!」
.
- 37
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 14:53:10.09
ID:9bUqTpSi0
(゚、゚トソン「あ、あれ?
なんでしたっけ」
(´・ω・`)「『アーボンオレンジ』、そんじょそこらじゃ手に入らない代物だよ」
(゚、゚トソン「はぁ……」
三角形のカタチをした、そのミストタイプの香水を左右に振り、自慢げに私の顔を見てくる。
確かにあぼーんなオレンジなんて知らないが、これではまるでこけにされた気分だ。
とことんそれのことについて問い詰め、逆に追い込んでやりたいところだ。
(゚、゚トソン「珍しいんですかそれって」
(´・ω・`)「珍しいもなにも、最果ての地でないと手に入れられない香水だし」
(゚、゚トソン「最果て……キタコレ辺りですか?」
.
- 39
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 14:55:24.66
ID:9bUqTpSi0
(´・ω・`)「そうそう。アーボンオレンジってのは、キタコレでのみ栽培できる柑橘系の果物なんだけどさ」
(´・ω・`)「気温、湿度、風土、ほか多数含めてとにかく厳しい条件からなってはじめて実になる幻の果物なんだよ」
アーボンオレンジ、それはみかんではあるものの、従来のみかんとは程遠いみかんで、
素晴らしい香りがするのと、キタコレの土地でしか実が成らないことで有名である。
それを香水にするには、果実ひとつで数千円もするのに、
そのひとつから摘出されるエキスが僅か数十ミリ、
それらを集めて凝縮させ、更に配合もしなければならないので、まさに高級品の極みである。
そう、説明をされた。
.
- 40
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 14:57:30.87
ID:9bUqTpSi0
(´・ω・`)「それともう一つ特徴があるんだ」
(゚、゚トソン「まだですか」
(´・ω・`)「なんとこのアーボンオレンジ」
(´・ω・`)「怪我とかした際、エキスをその傷口に塗りつけると、その傷を癒せるんだってね」
(゚、゚トソン「え、治るんですか?」
(´・ω・`)「この香水じゃ無理だけど、純度100%のアーボンオレンジのエキスだと可能らしい」
一頻り話し終えた警部は、
最後に見せしめなのか、ワンプッシュ、私にそれをかけた。
(´・ω・`)「ふふん、お上品な香りを堪能しちゃいなさい」
(゚、゚トソン「な、ちょ……」
(´ー`*トソン「……ふわわぁ~……」
.
- 42
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 14:59:33.92
ID:9bUqTpSi0
雄大な土地、吹き荒れる風にも負けず、根を張り巡らせ、
吸収に吸収した養分からその実を育み、毎日少しずつ成長するその果実、
それが弾け、中から見えたのは、桃色の空に流れる雲。
太陽の恵みをふんだんに受け入れ、育った果実から放たれる香りだけで、気がつくと、私はその桃色の空に浮いている雲に寝ころんでいた。
太陽の日差しが暖かく、雲が優しく私を包む。
やわらかな日差し、やわらかな雲の抱擁を受け、私はそのまま安らかに寝息をたてたのであった。
(´ー`*トソン「………」
(゚、゚トソン「あれっここはどこ!?
桃色の空は!?」
(´・ω・`)「こいつぁ重症だな……」
.
- 45
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:01:43.00
ID:9bUqTpSi0
ワンダフルワールドから解放された私は、
警部のその一言で現実に戻された。
しかし、この香りはほんとうに素晴らしい。
これが五、六千円くらいなのであれば是非欲しいものだ。
(´・ω・`)「え、これ?
聞いた話ウン十万するらしいけど」
(゚、゚トソン「ですよねー」
ちくしょう、さすがにこんな高貴な香水が、四桁で買えるはずがない。
世の中はうまくできている。
.
- 49
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:04:24.23
ID:9bUqTpSi0
(゚ー゚トソン「けいぶぅ」
(´・ω・`)「あげないよ」
(゚、゚トソン「チッ」
ほんとうに、世の中はよくできている。
警部がその香水を大切そうにポケットにしまう時、
急に車体が揺れた。
(((゚、゚;トソン))「きゃああ!」
(((´・ω・`)))「ん。おっと」
一瞬、列車が岩にでも躓いたかのように、
思いっきり、車体が跳ねた。
がたんごとんと揺れていたのが、いきなりドッカーンという具合に、それはそれは凄まじく揺れた。
ほかの乗客も動揺したのか、少々ざわついている。
そんななか、警部だけが平然を保っていた。
.
- 52
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:07:12.54
ID:9bUqTpSi0
(;、;トソン「地球は終わったの!?
ジャック!? ハイジャック!?」
(´・ω・`)「落ち着け。あとハイジャックは空だ」
揺れたのは揺れたのだが、それは一瞬、
継続して揺れる地震のようなものではないとわかり、
抱いた恐怖というものは、瞬く間に消え失せた。
(゚、゚トソン「怖かったぁ」
(´・ω・`)「あんたの方が怖かったよ」
(゚、゚トソン「香水かけてください」
(´・ω・`)「もったいねえよバーカ」
(゚、゚トソン「うう」
.
- 55
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:09:22.55
ID:9bUqTpSi0
(´・ω・`)「ふぅ……さんざん話したのに、まだ乗って10分も経ってないじゃないか」
(゚、゚トソン「え、今何分なんですか?」
(´・ω・`)「12時の……12分だね」
(゚、゚トソン「発車が3分ですよね」
(´・ω・`)「まだ電車の旅ははじまったばかりだよ」
(゚、゚トソン「旅といってもVIPまでですけどね」
(´・ω・`)「雰囲気ないなぁ」
(゚、゚トソン「なんですってー!」
.
- 57
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:11:57.01
ID:9bUqTpSi0
警部が嘲笑をあげると、ふと窓の外を見て、
私に同じく外を見るように催促をした。
さっきからこの人に主導権握られっぱなしだなと抵抗を感じるも、素直に見るしかない。
(´・ω・`)「ほら、海が見えるだろ?」
(´・ω・`)「たとえ旅じゃなくて単なる移動でも、
こういう、道中の景色を楽しむだけで違うものさ」
(゚、゚トソン「……」
この線路は、進行方向に向かって左側、左列の席から海が見える。
右列からは山が見えるのだが、見ていて癒されるのはどちらかと聞かれれば、もちろん海である。
あと一月遅ければ山側の紅葉も見物なのだが、今は断然海の方が見栄えがいい。
.
- 59
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:14:03.18
ID:9bUqTpSi0
海面に太陽の光が反射し、波がその光をうやむやにして、更にその波に光が射すので
ギラギラと目に突き刺さるも、それはなんとも趣深く、非常に美しいものとなっている。
これが夏の海ならなお美しいことだろう。
とかいう話を聞かされた。
(´・ω・`)「海、いいねぇ。左列取って正解だよ」
(゚、゚トソン「といっても、今乗客少なくてガラガラですけどね」
冒頭にて、帰省ラッシュだの云々言ったが、
行き先がVIPの南で固定されているこの列車は、VIPに目的がない人にとっては乗る必要性はもちろんない。
一日に四本しか出ないのだが、既に始発はでている。
今乗っているこの列車は二本目だ。
.
- 62
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:16:13.75
ID:9bUqTpSi0
(´・ω・`)「帰省する人はだいたい始発に乗るだろうからね。まして昼のここらは暑いし」
(゚、゚トソン「最近は、ニュー速鉄道の方がなにかと便利ですしね」
(´・ω・`)「まあ、ね」
海面から視線を戻すことはない。
そのまま、私は会話を続けた。
(゚、゚トソン「そういえば、いつ見えますかねアレ」
(´・ω・`)「アレ?」
.
- 64
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:18:17.01
ID:9bUqTpSi0
警部が珍しくクエスチョンマークを浮かべた。
海から視線を私に戻したので、私も合わせる。
(゚、゚トソン「『ワラワラ草』って知りません?」
(´・ω・`)「なんだそれ」
全く知らない、といった顔をする警部に、わかりやすく説明をすべく、
指でダブルユーを作るようにして見せた。
w(゚、゚トソン「こんな具合に、独特な葉をしている、コケみたいなのです」
(´・ω・`)「はーん」
(゚、゚トソン「でもこれがまた珍しくて」
.
- 68
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:20:41.68
ID:9bUqTpSi0
もともと海辺で繁殖する植物で、10月下旬にその姿を見せる。
胞子で増える植物なのだが、海辺で繁殖する都合上、
胞子が海のど真ん中にまで飛んでいってしまい、繁殖できないという事態が起きているという。
そうでなくても、その胞子は小動物のいい餌になるらしく、うまく陸地に着いても食べられることが多々、
だからその動物がこない、且つ波が打ち寄せない海辺ぎりぎりのところに
うまく着地できた胞子だけが生き延びる、というのだ。
特に解毒作用があったりはないのだが、特徴的な葉が可愛いのに対しすごく珍しいので
これの生写真はなかなかレアと聞いた事がある。
.
- 70
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:22:42.51
ID:9bUqTpSi0
(´・ω・`)「ふうん。胞子ってことは、すごくちいさいんじゃないのその草」
(゚、゚トソン「まあ、最大で数センチとかって聞いたんですけどね」
(´・ω・`)「それじゃあ見えないじゃん!」
(゚、゚トソン「あ、言い忘れてたけど」
私が身を乗り出し、窓に顔をひっつけて、
真下を見るように視線を調整する。
レールが見えるくらいに。
(゚、゚トソン「この、レールの外枠に生えるんですよ『ワラワラ草』って」
(´・ω・`)「なんでそんなところに……」
(゚、゚トソン「さあ。でも、ぎりぎり肉眼で見えますよ、今年も咲いてたら」
(´・ω・`)「まあ……見えたら言ってね」
(゚、゚トソン「それじゃあ遅いんですよーだ」
けらけら笑っていた警部も静かになり、
私も立って窓に手をついていた状態から
静かに椅子に座った。
.
- 71
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:24:49.39
ID:9bUqTpSi0
(´・ω・`)「いやぁ……」
椅子に深く腰掛け、脚を組んで警部はこちらを凝視した。
上から下までジロジロ眺め、私が「どうしたのですか」と訊いても無視して見つめる。
(゚、゚;トソン「……?」
(´・ω・`)「ハハハ。ぜんぜん変わってないな」
最初は体つきの話をされると思ったのだが、
どうやらあれはいやらしい視線ではなく、
あくまで、最後に会って以来のこの三ヶ月間にて
どれほど精神的に成長してきたのかを見ていた、と言う。
(´・ω・`)「二度目の宣戦布告以来、すっかり温和しくなったのかなって思ってたけど……」
(゚、゚トソン「またそれですか……」
.
- 72
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:27:17.99
ID:9bUqTpSi0
実は、この人とこうして仲良く話せる仲にまでに至ったワケは多々ある。
過去に、私はある事件に巻き込まれた、と先刻は言った。
しかし、巻き込まれたなんて断片的な粗筋ではわからないだろう。
こと細やかに説明するなら、こうだ。
―――容疑者に仕立て上げられた。
(´・ω・`)「あれ以来、すっかり魂が抜けたんじゃないかなーって思って
ちょっと遠慮してたんだけど、その様子じゃそれはなさそうだね」
(゚、゚トソン「ぜんぜん気にしてませんから、もう」
.
- 73
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:29:53.63
ID:9bUqTpSi0
その時にひどい仕打ちを受けたり、長時間続いた尋問、否、自白の強要。
それは拷問にも近く、白目を剥いて倒れそうなくらいで。
警部の活躍により、尋問からの解放には成功したが、正直当時は生きた心地がしなかった。
これが、三ヶ月前。
はじめて会った時、彼はまだ警部補だった。
警部のひとつ下の位置付けというべきか、言わば刑事の中のリーダーか。
詳しくはわからないが、その事件のときの名残が、彼がかぶっている、警部らしからぬ帽子。
そして……
(´・ω・`)「ううん……心は成長していても、身体はまだまだ……」
(゚、゚トソン
(゚、゚トソン「ハッ! 貞操喪失のぴーんち!」
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名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:32:35.24
ID:9bUqTpSi0
前言撤回、この人は非常にいやらしいまなざしで私を見ていたのだった。
警部は男にしか興味がない(と私は思っている)ので特に気にはしないが。
まあ、このことは連休が終わる頃にでも語ろう。
話すだけで疲れる。
(´・ω・`)「どうした意味深な顔して。濡れた?」
(゚、゚トソン「濡れてませんし意味深な顔してません」
(´・ω・`)「ふぅん。ところで彼氏とかできたの?」
(゚、゚トソン「エ?
ナンノハナシデショウ?」
(´-ω-`)「……」
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- 76
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:34:46.46
ID:9bUqTpSi0
生まれてこの方、男運なんてあるわけもなく、こうして生きてきて17年、
そろそろイイ人に抱かれたいと焦り始めた年頃でもあるのだが、
学校が女子校だったり、過去に二度引っ越しして今地元では高校からの知り合いしかいない、
つまり女しか知り合いがいないという事態なので、
男とは夢の世界の住人だと自分に言い聞かせている。
(゚、゚トソン「そんなことより本題ですよ本題」
(´・ω・`)「えーなにかあった? 香水?」
(゚、゚トソン「香水も欲しいけど……そうじゃなくって、ほら」
(゚ー゚トソン「ラウンジでのお話聞かせるっての。お願いします!」
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- 77
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:37:01.81
ID:9bUqTpSi0
(´・ω・`)「ねぇ、あくまで君の地元だよラウンジって」
(゚、゚トソン「いいからいいから、なるべくアグレッシブなのを」
(´・ω・`)「アグレッシブの意味調べようねお嬢さん」
そんなことはどうでもいい、
こうして何度か会っているうちに築かれたお約束が、
「警部が担当した事件を話す」、至ってシンプルなもの。
行きつけの散髪屋で起こった事件でも、
警部の買った焼きそばに虫が混入してたりなど、
その手のネタは尽きることをしらない。
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- 78
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:39:41.08
ID:9bUqTpSi0
また、この人の刑事時代の話を聞くのもおもしろい。
むしろ、今でこそ警部であるが、毎日がスリルとサスペンスに満ちあふれていたという、
刑事だった頃のショボーンの方が、圧倒的に華があると聞く。
まず、刑事には親しみを込めて「ジーパン」「ヤマさん」などの
ニックネームが付けられるというのは有名だが、彼にもその手の名前が付けられている。
ソレは後からついたもの、元々はショボと呼ばれていたのだが、
ショボは少しずつ今の名前へと変わっていった。
その変わった理由を聞けば、彼の刑事としての有能さがわかる。
その名前、ずばり。
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- 80
名前: ◆wPvTfIHSQ6
:2011/08/27(土) 15:42:53.77
ID:9bUqTpSi0
(´・ω・`)「やれやれ。イツワリ刑事の話、聞きたい?」
(゚ー゚トソン「はい!」
「偽りを見抜く敏腕刑事」、
ずばり「イツワリ刑事」とは彼のこと。
イツワリ警部の事件簿
File.1
(´・ω・`)は偽りの香りを見抜くようです
序章
「その名をイツワリ警部」
おしまい
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