2名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 18:49:55 ID:ToRmKYHE0



「そうか、僕は怪物なのか」



*****

3名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 18:50:39 ID:ToRmKYHE0


ζ(゚、゚*ζ「……じゃあ私は、その『怪物』のためにご飯を作ればいいんですか?」

( ^ν^)「まあ、そういうこったな」

 少女──長岡デレの問いに、
 青年──内藤ニュッは頷く。

ζ(゚、゚*ζ「もしも私の料理が、理想通りでなければ……」

( ^ν^)「『怪物』は飢え死にする。そんで次の日の夜からもう一回やり直しだ」

ハハ ロ -ロ)ハ∩「頑張って、デレ!」グッ

ζ(゚、゚;ζ「ハローさんも一緒に作るんですよっ」

 ガッツポーズと共に無責任な声援を送る女に焦りを覚えつつ、デレは溜め息をついた。
 頬を押さえて天井を仰ぐ。

4名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 18:51:25 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ「……お気に召すものが出てくるまで、
      あの人は毎晩死に続けるんですよね……」

( ^ν^)「そうだよ。だから早い内に終わらせた方がいい。
       あの人のためにも、……お前らのためにも」

ζ(゚、゚;ζ「荷が重いいい。うう、どうして私が選ばれたんだろ」

 そんな嘆きの声に、

( ^ν^)「お前がメイド服なんて着たのが悪い」

 だから「本」に目をつけられたのだ──とニュッはぶっきら棒に答えた。
 ごもっとも。何も言えない。


 デレはもう一度溜め息を吐き出して、発端とも言うべき
 昨夕からの出来事を思い返した。

5名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 18:52:08 ID:ToRmKYHE0


ζ(゚ー゚*ζ あな素晴らしや、生きた本 のようです

.

6名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 18:52:51 ID:ToRmKYHE0



 お腹が空いたよ、お母さん。


.

7名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 18:54:28 ID:ToRmKYHE0



番外編 あな美味しや、ゴシック小説・前編



.

8名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 18:55:32 ID:ToRmKYHE0


 街の外れに林がある。

 林の入口からまっすぐ進んでいくと、2階建ての洋館にぶち当たるだろう。
 館の名前は「VIP図書館」。

 その少し変わった図書館には、少し変わった人々と──

 少し変わった「本」が住んでいる。





(*;∩;)

 2階の居住スペース、食堂。

 ざっと10人は余裕で使えるほど広いテーブルの上に、
 口元を手で覆って、はらはらと涙を零す女がいた。

 かと思えば、胸元まで下ろした両手を固く組み合わせる。
 それはまるで、祈りのポーズ。

 ほぼ下着に近い服装でなければ、高潔な姿であったろう。

9名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 18:56:23 ID:ToRmKYHE0

(*;ー;)「……ありがとう……デレちゃん、ありがとう……」

 涙と共に落ちるは感謝の言葉。
 彼女から真っ直ぐ見つめられ、長岡デレは「はあ」と気の抜けた声を返す。

 ありがとうありがとうと繰り返していた女はついに鼻水まで垂れ流し、
 歯を食い縛るようにして、最大の感謝を絞り出した。

(*;ー;)「あ゙り゙がどゔ、デレ゙ぢゃん゙!!!!!
     メイド服、似合ってるよおおおう!!!!!」

ζ(゚、゚;ζ「ぎゃあ!!」

 叫ぶなり、女がデレに向かって跳躍した。
 デレは咄嗟に頭を庇うため両手を翳す。避ける、という選択肢はすっぽ抜けていた。

 が、予想したような衝撃は訪れない。
 女がデレのすぐ目の前に着地し、土下座の体勢をとったからである。

ζ(>、゚;ζ(あれ?)

 違和感。
 いつもの彼女ならばあのまま突っ込んできて、
 胸の一つや二つは平気で掴んでくるだろうに、と。

10名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 18:57:05 ID:ToRmKYHE0

 ──が、単にアプローチの方向が違っただけで、この女はどこまでも平常通りであった。


(*;ー;)「お願いします!!!!! デレちゃんのスカートの中で!!
     呼吸させてください!!!!!
     それだけでいいです!!!!!」

( ^ω^)「気持ち悪っ」


 テーブルの左側、一番奧の席にいた黒スーツの男が
 思わずといった様子で呟いた。
 デレも同感であった。

11名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 18:58:08 ID:ToRmKYHE0

(*;ー;)「う……うおっ……館長それいいよ、いいよそれ、
     いつもはにこにこしてる館長から素で罵られるのすっごくイイ……もっとください」

( ^ω^)「気持ち悪っ」

(;* ー )「ひい……! ありがとうございます……!」ゾクゾクッ

( ^ω^)「もうやだこいつ」

 男、VIP図書館の館長である内藤ホライゾンは
 いつもの柔和な顔つきに若干の冷ややかさを含ませている。

 それにめげるどころか却って助長した痴女は、
 突然仰向けに倒れ、悟りを開いたような顔をした。

(*゚−゚)「ああ〜ドジっ子メイドデレちゃんの零した紅茶が染み込んだ絨毯吸いてえな〜
     ちゅうちゅうちゅうちゅう吸いてえなあ〜!」

ζ(゚、゚`*ζ

 業の深い願望を漏らしながら床を転がり出す痴女。
 今後一切の関わりを断ちたくなる有様である。見ていられない。
13名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 18:59:32 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚*ζ(軽率にこんな格好するんじゃなかった……)

 後悔しつつ、デレはエプロンに付いたフリルをつまんだ。

 ──いわゆるメイド服というやつを、今日、初めて着た。
 デレは普通の高校2年生であり、このような服とは縁遠い筈だった。

 再来週に控えた文化祭なんてものがなければ、多分、一生着なかっただろう。

ζ(゚、゚*ζ「もう着替えてきます……」

(;^ω^)「えっ!?」(゚ー゚*;)

 げんなりと呟けば、内藤と痴女が勢いよく顔を上げた。

(;^ω^)「何で!? 勿体ない!」

(;*゚ー゚)「吸わせて! せめてスカートの中の空気一回だけ吸わせて!」

ζ(゚、゚;ζ「ひええまだ諦めてないこの人」

 言っておくが、デレはちょっと彼らを驚かせたかっただけだった。
 突然メイド服を着て現れれば多少の笑いを取れるのではと思ったし、
 そうすることで、この格好で人前に出る恥ずかしさに慣れたかっただけなのだ。

 だからトイレを借りていつもの制服からこれに着替え、
 照れながらも食堂に入った。それだけだ。
 まさかこんな気持ち悪い反応が返ってくるとは思わなかった。

14名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:00:22 ID:ToRmKYHE0

(;^ω^)「せめて写真一枚!」

(;*゚ー゚)「写真なんて贅沢言わないから一時間延長で!」

ζ(゚、゚;ζ「内藤さんはともかく、しぃさんは何でそんな必死なんですか」

 思いのほか引き留められたので、デレは扉に伸ばした手を下ろし、
 内藤達がいるテーブルへ歩み寄った。

 それまで黙って成り行きを見守っていた面々が口を開く。

( ・∀・)「しぃって、メイドさんとか執事さんとか好きだからね」

 テーブル右側、真ん中辺りの席から答えたのは
 和装の美青年、茂等モララー。

( ゚∋゚)「しぃの書く小説は召使キャラがよく出てくるもんな」

 それに頷いたのは堂々クックル。
 全体的にごつごつした強面の大男だが、ちびちびと美味そうに生チョコを味わっている。

 2人の回答に、なるほどとデレは納得した。
 デレが入室するなりテーブルに飛び乗って涙を流し始めたくらいなので、
 まあ実際かなり好きなのだろう。

15名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:02:20 ID:ToRmKYHE0

(*゚ー゚)「いいよね召使……いいよね。執事とかも好き」

 先程より幾分か落ち着いたのか、痴女、椎出しぃがしみじみ呟いた。
 じっとりした目を向けてくる。

(*゚ー゚)「たまらんな……ね、ニュッちゃん」

( ^ν^)「知らねえよ」

 残る1人は右側一番奥の席、内藤ニュッ。
 肩を掴んできたしぃの手を無下に払い落とし、開きっぱなしの本へ視線を戻している。
 今日は仕事が休みなのだろう、せっかくの休暇にこんな騒ぎに巻き込んで申し訳ない。

 クックルが、呆れたような目をしぃに向けた。

( ゚∋゚)「いくら好きとはいえ興奮しすぎじゃないか」

(*゚ー゚)「何を言うクックル。ロング丈のクラシックタイプのメイドだぞ、興奮しないでどうする!」

( ・∀・)「丈の長さそんなに重要? むしろ脚が隠れるからしぃは嫌いそうだけど」

16名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:03:10 ID:ToRmKYHE0

(#゚ー゚)「あ? ばっか……お前何を……おま……本気で言ってんの? お前それ……お前」

(;・∀・)「えっ。え、あ、短い丈だと駄目なの? 逆に?」

(#゚ー゚)「ちッッッげ──よ馬鹿! 逆も何もないよ長いのも短いのもいいんだよ!
     ただデレちゃんが今時ロング丈着てるのがあざとくて最高だっつー話なの!
     だーからお前は馬鹿なんだ、馬鹿モララー!」

 何をそこまで怒るのか。

 思い切り睨まれた時点で萎縮していたモララーは、
 続けて浴びせられた罵声に肩を竦めて一瞬硬直した。
 じわじわと目を丸くさせ──その目から溢れた水が一滴、頬を伝う。

 それを皮切りに、ぼろぼろ大粒の涙をこぼし始めた。

( ;∀;)「お、俺、ちょ、ちょっと訊い、訊いただけじゃん……。
      なっ、何でそこまで怒られなきゃいけないんだよー! わあああん!」

 念のために言っておくが、モララーは成人男性である。

 机に突っ伏し、小学生(あるいはそれ以下)のように泣きわめいているが、
 びええん、という表現がしっくり来る泣きっぷりだが、成人男性である。
 彼は本当に、これさえ無ければ誰もが認める二枚目なのに。

17名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:03:55 ID:ToRmKYHE0

( ^ν^)「うるせえ」

( ;∀;)「うええええんニュッ君ひどいよ゙お゙お゙お゙」

 成人男性である。
 あまりの光景に、デレ、内藤、クックルが咎めるような目をしぃに向けた。

 こうなっては、流石のしぃからもスケベ心が失せてしまったようだ。
 ニュッの傍からモララーのもとへ移る。

(;゚ー゚)「わー、もう、泣くな泣くな。悪かったよ。ごめんね。よしよし」

( ;∀;)「うわああっどこ撫でてんだよ馬鹿ー! いやあああ!!」

 訂正しよう。しぃのスケベ心はデレからモララーへ移行した。
 そもそも彼女の関心は常に全方位へ向けられているので、
 その時々で目に留まった者が餌食になるだけに過ぎない。

ζ(゚、゚;ζ(メイド服着ただけで、こんな騒ぎになるかな普通……)

( ゚∋゚)「デレ、座ったらどうだ」

ζ(゚、゚*ζ「あ、失礼します」

 どこでもいいと言うので、クックルと内藤の間、ちょうど空いている椅子に腰を下ろした。
 ここならまたセクハラをかまされても守ってもらえるだろう、と。

18名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:05:03 ID:ToRmKYHE0

 ふわりと香水の匂いが鼻を擽る。
 バニラに似た甘い香り。内藤がつけているものだ。

 その匂いに負けぬくらい甘ったるい顔をして──というか、
 鼻の下を伸ばして、彼はデレをじっくり眺めている。

(*^ω^)「それにしてもデレちゃん、何でまたそんな格好を」

ζ(゚、゚*ζ「今度、文化祭がありまして……その関係で」

(*^ω^)「あー、文化祭。ベタだおー。……いやあ、可愛い。
       僕もこんなメイドさんに身の回りのお世話をされたいお」

( ^ν^)「兄ちゃん、しぃと変わんねえぞ」

( ^ω^)「えっ嘘でしょ」

 対面でニュッが呟く。
 たしかに内藤の顔はスケベとしか言いようがなかった。

19名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:06:17 ID:ToRmKYHE0

(;*゚ー゚)「文化祭の出し物でメイド!? じゃあデレちゃん以外にも大量のメイドが!?」

ζ(゚、゚*ζ「あ、いや、これは私だけです」

 興奮するしぃに真顔で首を振り、デレはエプロンのポケットから携帯電話を取り出した。
 データフォルダから一つの画像を開き、しぃに画面を向ける。


   【o川*゚ー゚)o ζ(゚ー゚*ζ】


 デレと、友人の素直キュートが並んでいる。
 デレは今と同じ格好だが、キュートの方は浴衣姿だ。

 名前に違わず、正に美少女といった風情のキュート。
 白地に水色の花が散る浴衣はとても爽やかで、彼女の可愛らしさを健全に引き立てていた。

 その隣に並ぶイロモノ(自分)を改めて客観視して、デレの精神が削られる。
21名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:07:17 ID:ToRmKYHE0

(*゚ー゚)「キュートちゃんは浴衣!? やべえなそれすげえな! 帯くるくるしたいな!」

(*^ω^)「ほうほう、これはこれは」

 隣の内藤とクックルにも写真を見せる。
 今日の衣装合わせのときに撮ったのだ。キュートの姿をカメラに収めたがるクラスメートは多かった。

(*゚ー゚)「やっぱキュートちゃんすっげー可愛いねー。な、クックル」

(*^ω^)「もう9月も中盤だけど、こんな浴衣を着た子と夏祭り行きたいもんだおー。ね、クックル」

( ゚∋゚)「うん?」

 なぜ俺に振る、と心底不思議そうに首を傾げたクックルは、改めて写真を見直して、

( ゚∋゚)「まあ、似合ってるよな」

 と当たり障りない返答。
 しかしちょっと考えるような素振りをして、一言付け足した。

( ゚∋゚)「あいつは大体何でも似合うだろうし」

 ──キュートがここにいなくて良かったような、今の言葉を聞かせてやりたかったような。

 デレは複雑な心境のまま、携帯電話をポケットにしまった。
 クックルに全く他意がない辺りが、本当に厄介だ。

22名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:09:07 ID:ToRmKYHE0

ξ゚听)ξ「そんなんだから毎回キュートの心臓がもたないのよね」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、ツンちゃん」

 厨房に続くドアが開き、今度は金髪の少女が現れた。
 話は聞こえていたのだろう、デレの服装を見ても、これといったリアクションはなかった。

 デレと同じ年頃である彼女は、名をツンという。

 ツンは1人分のティーカップをデレの前に置いた。カップの中で紅茶が揺れる。
 内藤の隣を譲るためデレが立ち上がりかけたが、
 すぐにまた厨房に戻るから、と断られた。

ξ゚听)ξ「それにブーンも。あなた30歳にもなって、なに馬鹿なこと言ってるの」

(*^ω^)「いやいや、メイドも浴衣もロマンだお、ロマン」

 元より締まりのない顔を更にとろけさせながら、内藤はデレの手を取った。
 すりすりと手の甲を摩られる度に、デレはツンが気になって仕方がない。

23名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:10:59 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ「あのー、内藤さん……」

(*^ω^)「はあ、いつもの制服もいいけど、こういうのも可愛いもんだお。
       うわーデレちゃんの手すべすべ。小さい。可愛い」

(*^ω^)「ああ文化祭……女の子の山……! ぴちぴちすべすべの大合唱!
       デレちゃん、僕、絶対に行くから! 待っててね!」

ξ゚听)ξ≡⊃))^ω゚)「チャールズッ!!」

 ああ、ほら。案の定、ツンの拳によって黙らされた。
 ツンは己の手を見下ろして眉間に薄く皺を寄せると、
 ごめんなさいと内藤に謝罪してから、窘めるように言う。

ξ゚听)ξ「あなたは出入禁止だから行けないでしょ」

(##)ω^)「あれから一年近く経ってるし、きっと職員も忘れてるから大丈夫な筈……。
        僕は何としても女の子を見に行くお……!」

ξ゚听)ξ∩" スッ

(##)ω^)「調子乗ってすみませんでした」

ζ(゚、゚;ζ「内藤さん、何で懲りないんです……?」

 頬を腫らした女好きへ、デレは呆れ顔を向けた。
 デレの高校で女生徒を口説きまくった挙句に出入禁止を喰らったほどの男である。

 まあ色々ゆるい顔付きなので誰も相手にしなかったが、
 これがモララーであったらデレの学校は大変なことになっていたかもしれない。

 感情の窺えない瞳を眇めて、ツンが息を吐き出す。

24名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:12:10 ID:ToRmKYHE0

ξ゚听)ξ「ブーンの女の子好きはもう治らないわね」

(*^ω^)「んもー、やきもち可愛い」

ξ゚听)ξ≡⊃))゚ω゚)「ディケンズッ!!!」

ζ(゚、゚;ζ(なぜ懲りない)

 2度目の問い掛けは心の中で。

ξ゚听)ξ「いつまで思春期なのかしら、このおじさん」

 言いながら、ツンは内藤の前にあった空のカップを引き寄せ、
 そのカップへティーポットを傾けた。

 ティーセットを滑らかに扱うツンの所作に、溜め息が出る。

 白い肌、大きな目、薄めの唇。人形のように綺麗な顔と、きらきら輝く金髪。
 キュートやモララーも美形だが、ツンのそれは最早、別物だ。

 これほど美しい少女に「ブーン」と親しげに愛称で呼ばれ、
 正に身の回りの世話を焼かれているというのに、
 どうして内藤は他の女に目を向けることが出来るのやら。

 ──まあ。彼らも過去に色々あったし、その「色々」ゆえにこんな状態になっているわけだけれど。

25名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:13:50 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚*ζ「ツンちゃんがメイド服着たら、きっと、本物って感じがするんだろうなあ……。
      私が着てもただのコスプレだよ」

 思わずデレが内心を漏らせば、ツンは首を傾げつつティーカップを内藤に差し出した。

ξ゚听)ξ「似合ってると思うわよ」

(*゚ー゚)「そうだよ、デレちゃん胸大きいからさ……何着ても大体いやらし、」

 何やら携帯電話をいじりながらうろうろしていたしぃが、
 どう考えても誉めてはいない言葉尻を切って飛び上がった。
 隣のニュッを睨みつける。

(;*゚ー゚)「いって! 足踏みやがったな! チクショーもっと踏めよ!
     本読みながらこちらに一瞥もくれず無関心に私の至るところを踏めよ!!
     たまに漏れる私の声に冷たい目をしろ! さあ!!」

 そして仰向けに転がり、大の字になって叫んだ。
 期待に息を弾ませる彼女に、本当に一瞥もくれずニュッは読書を続けている。踏みはしない。

 しばらくそのまま沈黙が流れ、やがて聞こえ始める寝息。
 毎日毎日全力で生きている人だなあとデレは思う。

26名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:14:47 ID:ToRmKYHE0

(*- -) グーグー

ζ(゚、゚;ζ「寝た」

ξ゚听)ξ「徹夜で執筆してたらしいから、寝不足なんでしょう」

ζ(゚、゚*ζ「あ、そうなんだ。こんな人でも小説書くときは真面目だよね……」

( ^ω^)「『こんな人』ってデレちゃん」

( ・∀・)「デレちゃんたまに辛辣だよね」

 いつの間にやら泣き止んでいたモララーが鼻をかんで呟く。

 ──ところで、と、他所から声が入ってきた。
 声の主はクックルだ。しぃのもとへ移動し、抱え上げた彼女を
 並べた椅子に寝かせている。

( ゚∋゚)「文化祭で何をやるんだ? メイド服と浴衣じゃ、統一感が無いように思うが」

ζ(゚ー゚*ζ「あのですね、喫茶店なんですけど……。
      ただの喫茶店じゃつまらないってことで、変わった衣装を着ることになって」

( ・∀・)「へー」

27名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:15:41 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚ー゚*ζ「衣装はクジ引きで決まったんですよ。
      キュートちゃんは自前の浴衣があったから良かったですけど、
      私は演劇部の子が去年使った衣装を借りるしかなくて……」

 まあ借りられただけマシだろう。演劇の衣装だけあって、見た目は大人しい。
 雑貨屋で見かけたパーティーグッズのメイド服は丈が短く派手だったので、あれは避けたかった。

( ^ω^)「喫茶店かお、いかにも文化祭って感じでいいおね」

ζ(゚、゚*ζ「私は裏方で調理してる方がいいんですけどね……」

( ・∀・)「え、デレちゃんは接客だけなの?
      勿体ないね、デレちゃん料理上手いのに」

 茶請けのクッキーに手を伸ばしながら、モララーが言う。

 あまり頭が良くなく、人付き合いも活発でないデレの数少ない自慢の一つが料理の腕だ。
 小学生の頃から母親に教えられ、
 今は訳あって一人暮らしをしているためそれなりにこなれている。

ζ(゚、゚*ζ「女子はほとんど接客に回されたんですよ。調理は基本男子で、女子がローテーションで手伝い。
      だからメニューも簡単に作れるものとか、出来合いばかりで」

 カップケーキ、ホットケーキ、サンドイッチ……とデレがメニューを挙げていくと、
 モララーが不満そうな顔をした。

28名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:16:22 ID:ToRmKYHE0

( ・∀・)「洋食ばっかりだね。和菓子とかはないの?」

ζ(゚、゚*ζ「ないですね、和風なのはドリンクの緑茶くらいかな……」

( ・∀・)「えー、和菓子とか出そうよ……和食出そうよ」

ζ(゚、゚*ζ「肉じゃがとか欲しいですよね」

( ^ω^)「そんなお袋の味あふれる喫茶店はちょっと……」

 一応デレは本気である。
 肉じゃがやら焼き魚やら味噌汁やらを出した方が、客もゆっくり出来るのではないかと思っている。
 ご飯や副菜を付ければ腹も膨れるし。

 それでは喫茶店というより定食屋だが、生憎デレは頭が悪いので気付かない。

29名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:17:55 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚*ζ「お袋の味、いいじゃないですか」

ξ゚听)ξ「というか今時もお袋の味って肉じゃがなのかしら」

( ^ω^)「そういや僕の場合は煮物とかよりもカレーだお」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、何か分かります。コロッケとかハンバーグとか洋食。
      うちのハンバーグは刻んだレンコン入れるからしゃきしゃきした食感が美味しいんです」

(*^ω^)「こっちのカレーは、とろけるような玉ねぎが……」

(;・∀・)「わー、お腹減るからやめてやめて。ていうかみんな、もっと和食を食べろよ!」

ζ(゚ー゚*ζ「肉じゃがも我が家の定番の一つですよ、べたに」

 文化祭から話題が逸れて、和みが広がる。
 デレもさることながら、この図書館の住民も食事というものが好きなので、こういう話題が弾むのだ。

 だが。

(;・∀・)「もー、肉じゃが食べたくなってきたじゃん。あ、ニュッ君のお袋の味は何? 和食?」

 このパスは、あまり良くなかった。

30名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:19:41 ID:ToRmKYHE0

 モララーはほぼ無意識に、沈黙して話に加わらないニュッに気を回したのだろうが、
 そもそもの話題がまずい。

( ^ν^)「まず『お袋の味』が分かんねえ」

 案の定。
 本に目を落としたまま返された素っ気ない答えに、場は静まりかえった。

(;・∀・)「……あっ、あ、ぇあ、そ、そっか、」

(;^ω^)「……えっとー……」


 ──内藤ニュッと、内藤ホライゾン。
 彼らは従兄弟同士である。

 17年前に事故でそれぞれの両親を亡くして、祖父の住んでいたこの館に引き取られた。
 (その祖父も数年前に亡くなり、今では内藤ホライゾンが家主だが)

 事故当時の内藤ホライゾンが13歳の中学生であったのに対し、
 ニュッの方は、まだ5歳の幼子。

 5歳など、物心がついて間もない頃だろう。
 そこに交通事故、両親の死というショッキングな出来事があり、
 あれよあれよという間に、それまで関わりのなかった祖父との生活が始まって──

 母親の手料理どころか、両親との思い出そのものが覚束なくても仕方ないではないか。

31名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:20:23 ID:ToRmKYHE0

(;゚∋゚)「あー……」

( ;∀;)「にゅ……ニ゙ュッぐ……ごめっ……」

 顔を青くさせたモララーがどんどん涙ぐむ。
 クックルとツンは視線を逸らして事態を窺い、内藤はニュッに何か言いたそうに口を開閉した。

 空気が重い。
 ニュッも顔を上げて固まっている。
 こんな雰囲気にするつもりはなかったのだろう、本人さえも珍しく戸惑いを見せていた。

 何とかしなければ。
 焦ったデレは、碌に頭を回さぬまま発言した。

ζ(゚ー゚;ζ「……あっ! じゃあ私がニュッさんのお母さんになりますね!?」

( ^ν^)「いえ、結構です」

 物凄い反応速度でぶった切られた。いや受け入れられても困るが。
 それと同時に、ぴんと張られていた空気も切られる。

32名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:21:27 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚ー゚;ζ「遠慮しなくていいんですよ、何が食べたいですか?
      あっ、チキンライス好きですよねニュッさん、チキンライスどうですか!?」

( ^ν^)「こんな服装で平然としてられる奴が母親とか」

ζ(゚、゚;ζ「へ、平然とはしてませんよ、着替えたいですよ正直。
      じゃあいつもの制服とか私服ならいいんですか?」

( ^ν^)「マヂムリ」

( ^ω^)「何の話が始まってるのこれ?」

 気付けば今度は話題が妙な方向へ捩れ始めていた。概ねデレのせいである。

 ──それを打ち破ってくれたのは、この場にいる誰でもなかった。

(´・_ゝ・`)「館長、いる?」

 そう言って扉を開けた中年の男。
 盛岡デミタス。

 彼は一斉に視線を向けられたことに怯み、ついでにデレの服装に怯み、
 とりあえず反応を諦めて、館長こと内藤に向き直った。

33名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:22:10 ID:ToRmKYHE0

( ^ω^)「どうしたんだお?」

(´・_ゝ・`)「下に、お客さん来てるよ。──『本』の件で」


 そうしてまた、空気は変わる。

 少しの緊張と、少しの喜びと。


(´・_ゝ・`)「……僕の書いた本だったよ」

( ^ω^)「そうかお」

 内藤が腰を上げ、厨房に戻りかけていたツンが彼に続く。
 デレは逡巡し、好奇心に負けて立ち上がった。



*****

34名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:22:53 ID:ToRmKYHE0


 この図書館には現在、10人の住人がいる。駄洒落でなく。

( ^ω^)

( ^ν^)

ξ゚听)ξ

 家主であり館長の内藤ホライゾン。
 その従兄弟の内藤ニュッ。
 世話係のツン。

 そして、「作家」7名。

35名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:24:02 ID:ToRmKYHE0

(´・_ゝ・`)

(*゚ー゚)

( ゚∋゚)

( ・∀・)

 盛岡デミタス、椎出しぃ、堂々クックル、茂等モララー、
 それから今日はまだ会っていない他3人──

 彼らはツン同様、血の繋がりがない同居人であるが、世話係のツンとは違い、
 「ニュッのために小説を書く」という特殊な役目を持っている。

ζ(゚、゚*ζ(ニュッさん、異様に本が好きだから……)

 本というものへ多大な愛情を向けるニュッは、いつしか市販の本だけでは物足りなくなった。
 自分のためだけに書かれた物語を欲するようになったのだ。

 デミタス達はここに住まわせてもらう代わりに、自作の小説をニュッに提供している。
 一応は素人だけれど、小説そのものの出来はプロ並みだ。
 デレもたまに読ませてもらうが、いつも夢中になってしまう。

36名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:24:47 ID:ToRmKYHE0



 しかし。

 この図書館で彼らが書いた本の中には──「命」を持ってしまったものが、何冊かある。


.

37名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:25:55 ID:ToRmKYHE0

( ^ω^)「──本の中の出来事が現実に起こり始めた、と?」

 1階、図書館。

 だだっ広い空間に並ぶ、たくさんの本棚。
 その手前、いくつか置かれたテーブルセットの一つにて、
 内藤は相手の発言を繰り返した。

¥・∀・¥「ええ……その、変な話と思うでしょうが」

( ^ω^)「いやいや。この図書館は、本に関する悩みなら何でも聞きますお。
       どうぞ肩の力を抜いて」

¥・∀・¥「はい、……たまたまホームページを見掛けたので来てみたのですが、来て良かった」

 内藤と相対するのは、彼と同年代、30代に入るか入らないかというくらいの男である。

 ピアスや指輪や腕時計、いかにも高そうなアクセサリーをつけているが、
 いずれもシンプルで、シックなスーツのおかげで品よくまとまっている。

 金井マニー、と話の初めに名乗っていた。

38名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:26:53 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ(わあ……何か、すごい、こう、お金の気配が……)

 近くにある本棚の陰からこっそり覗きつつ、デレは圧倒されていた。

 マニーもさることながら、内藤の方もいい値段のスーツを着ているので、
 何だか2人から金ぴかのオーラが漂ってくる。
 こういった物の価値に詳しくないデレですら、そう感じるほどに。

 ──元々この館を持っていた内藤の祖父が、とんでもない大金持ちで。
 その遺産がたんまり渡されたのだから、内藤とニュッも必然的に金持ちとなった。

 2人共あまり無駄遣いをしないし、ニュッは外で働いているし、
 内藤は不動産関係の不労所得などがあるので、金っ気は尽きない。

ξ゚听)ξ「何してるの?」

ζ(゚ー゚;ζ「わ。何って、お話が気になって」

(´・_ゝ・`)「堂々と来ればいいのに」

 盆を持ったツンが、通りすぎざまに顔を覗き込んでくる。
 その後に続くデミタスは苦笑いをして、デレの肩をぽんと軽く叩いていった。

ζ(゚、゚*ζ(この格好では堂々と出ていけないもん……)

( ^ν^)"「……」

ζ(゚、゚*ζ「あれ、ニュッさん」

 さらにニュッが現れた。
 テーブルへ向かうツンやデミタスとは違って、そのままデレと共に覗き見を始める。

39名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:27:49 ID:ToRmKYHE0

ξ゚听)ξ「どうぞ」

¥・∀・¥「あ……いただきます」

 上品な香りのコーヒーと、小振りのドーナツがマニーの前に差し出された。
 ドーナツで良かっただろうかと問うツン
にマニーは頷いて礼を言い、
 フォークでドーナツを切り分け口に運んだ。

 ツンとデミタスもテーブルにつく。
 内藤はコーヒーを一口飲んで、卓上の中心へ手を伸ばした。

( ^ω^)「拝見しても?」

 伏し目がちに神妙な顔で咀嚼していたマニーが、どうぞ、と答える。
 許可を得て、内藤は、そこにあった赤い本を手に取った。

 一見すると、ハードカバーの分厚い本だ。
 内藤が表紙を開く。
 デレの位置からは中身まで見えないが、しかし、どんなものかは大体予想できる。

 手書きの小説──

 赤い本はデミタスの本、デミタスの本ならば高確率でミステリ小説。

40名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:29:39 ID:ToRmKYHE0

( ^ω^)「作者の名前は、盛岡デミタス、ですかお」

 ぱらぱらと流し読みした内藤は、再び表紙へ目を戻した。
 隣に座るデミタスは素知らぬ顔。マニーに名乗る気はないようだ。

¥・∀・¥「はい、聞いたことのない作家で──というか、
      手書きなところからして、一般人が趣味で書いたものなのでしょうけど」

( ^ω^)「そのようで」

¥・∀・¥「ただ、どこかの作家が別名義で書いたものかもしれません。出来がいい」

(*´・_ゝ・`)「本当ですか」

 ほんのり頬を染めるデミタスは嬉しそう。
 にこにこしながらドーナツを齧り、コーヒーを啜る。
 好物のコーヒーとドーナツを前にし、さらに作品を褒められて、さぞ気分がいいことだろう。

¥・∀・¥「以前、古本屋に無料で置かれていたのを見掛けて何となく譲ってもらったんですが……」

 反対に、マニーは声に戸惑いを滲ませた。

¥・∀・¥「それ以来、その本の中に描かれた事件が、私の身の回りで起こるようになったんです」

41名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:32:17 ID:ToRmKYHE0

( ^ω^)「……どのような?」

¥・∀・¥「ええと、その本はオムニバス形式になっていて、
      4つの事件が扱われているのですが──」


 一つ目は、屋敷の中で頻繁に自室のみが何者かに荒らされ、私物が少しずつ消えていくという事件。

 お抱えの使用人を疑い、隣人を疑い、独自に調べていけば──
 単に、飼い犬が窓の隙間から入り込み、
 持ち出した小物を庭に埋めていただけだった、というコメディ調の話。


¥・∀・¥「全く同じことが起こったんです。
      私の家でも犬を飼っていて。そいつが私の部屋を……」

 それしきのこと、普通であれば単なる偶然で済むのだろうが──

¥・∀・¥「……うちの犬は、老犬です。身軽に動き回ることなど出来ません。
      まして、誰にも見付からずに家の中と庭を何度も行き来するなんて不可能だ」


 なのに飼い犬は昔のように、ひょいと窓を越えて庭に下り、
 「作業」が終わればまた軽々と屋内に戻ってみせた。
43名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:33:49 ID:ToRmKYHE0

 また、妙なのはそれだけではない。

 自分や身内がちょくちょく、小説の登場人物と同じ台詞を吐いていたことに気付き、
 ぞっとしたのだという。

 マニー自身は小説を読んでいたから無意識に発していたのかもしれないが、
 彼以外の者は、あの本を読んでいない筈だった。


¥;・∀・¥「何だか、こう……何者かに『演じさせられて』いるような感覚でした」

( ^ω^)「ははあ、演じさせられて……はあ、なるほどなるほど」

¥;・∀・¥「それから間もなく、2つ目、3つ目と、小説の展開と全く同じ事件が起こったのです」

ξ゚听)ξ「何か危険なことはありました?」

¥・∀・¥「あ、いや、全体的にほのぼのとした話でね。
      ちょっと物が壊れたり軽い怪我をしたりはあったけど、
      危険と言うほどのことは何も」

 答えてから、いま思い至ったとばかりにマニーは顔色を悪くさせた。

¥;・∀・¥「……いやはや、これが殺人を扱ったミステリだったらと思うと、ぞっとする」

44名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:36:26 ID:ToRmKYHE0

( ^ω^)「4つの事件が描かれてるんですおね?
       最後の事件は起こりましたかお?」

¥・∀・¥「はい、つい先日……。
      これで一応、完結した筈なんですが」

( ^ω^)「それ以降も、何か変わったことが?」

¥・∀・¥「いえ、それきり。犬も元の通りによぼよぼです。
      その件だけは少々残念に思いますが、やはりそれ以上にほっとしました。
      使用人たちも台詞めいたことを言わなくなりましたし」

ζ(゚、゚;ζ(し、使用人がいるんだ……家に……)

¥・∀・¥「……でも、このまま本を持ち続けていればまた同じことが起こりそうな気がして、恐くて」

 捨てるのも売るのも気が引ける、とマニーは言う。
 誰かが拾って、自分のような目に遭うのではと。

 かといって燃やすのも嫌だ──そう続けて、マニーは顔を顰めた。

¥・∀・¥「職業柄、どうにも」

ξ゚听)ξ「ええ、そうでしょうとも。金井さんならば」

 含みのあるツンの物言いに、おや、とマニーが片眉を上げる。

45名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:37:08 ID:ToRmKYHE0

¥・∀・¥「私のことを知ってるのかい」

(*´・_ゝ・`)「図書館の人間が知らないわけがありますか。
        『夫婦シリーズ』、いつも楽しみにしてます」

( ^ω^)「僕の従兄弟なんか新刊は必ず発売日に買ってくるほどですお」

ζ(゚、゚*ζ(しんかん?)

 夫婦シリーズ、というのは聞き覚えがある。
 巻ごとに異なる夫婦関係を主軸としたミステリ小説。
 いつだったか、人気小説を映画化とか何とかいうニュースで知ったのだ。

 デレはたっぷり熟考し、ようやく会話の意味に思い至った。

ζ(゚、゚*ζ「小説家なんですかね?」

( ^ν^)「知らねえのかよ、超売れっ子だぞ」

 10年前、高校卒業と共にデビューしてからずっとヒット作を産み出し続ける天才作家──
 ニュッの説明に、デレは感心と得心を同時に覚える。

ζ(゚、゚*ζ「すごい人が来たもんですね……あ、じゃあ」

 首を捻って振り返れば、
 内藤が言うところの「従兄弟」、ニュッがこちらを見下ろしてきた。
47名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:39:24 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚ー゚*ζ「だからニュッさんも覗きに来たんですね」

( ^ν^)「……」

 デミタスあたりから聞かされて、見に来たのだろう。

 無愛想な彼にもミーハーなところがあるのだと思うと、何だか微笑ましくて、
 デレはへらへら笑った。

 途端、ニュッが眉間に皺を寄せ、脳天にチョップを落とす。

ζ(゚、゚;ζ「あだっ。な、何ですかいきなりっ」

( ^"ν^)「馬鹿にすんな」

ζ(゚、゚;ζ「馬鹿にしてないですよ、寧ろ私は和やかな気持ちで……」

 そのまま小声で言い合う2人。
 チョップの状態でデレの頭に手を乗せていたニュッは、何を思ったか、
 そのままヘッドドレスをいじり出した。

ζ(゚、゚;ζ「わあ、ニュッさん、あんまり引っ張らないでくださいっ。
      100均のカチューシャにフリル付けただけらしいですから」

( ^ν^)「ふーん」

 手を離したかと思えば、今度は肩紐のフリルを引っ張られた。
 彼の手が顔の傍にあると、どうにも落ち着かない。
 頬を抓られたり鼻フックを仕掛けられるのではないかと。

 しかし純粋に、衣装そのものに興味を持っているだけらしい。

48名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:40:14 ID:ToRmKYHE0

¥・∀・¥「──では、これで失礼します」

( ^ν^)「あ」ζ(゚、゚;ζ

 がたんという音に意識を向けると、マニーが立ち上がるところだった。

 いつの間にやら話が終わっていたようだ。内藤の手には赤い本がある。

( ^ω^)「それじゃあ、この本はうちで預かりますお。
       ──他に、こういう手書きの本は持っていませんかお?」

 その問いにマニーは考え込む素振りを見せ、

¥・∀・¥「……いや、ないですね。それだけです。
      ありがとうございました、よろしくお願いします」

(´・_ゝ・`)「来月出る新作も楽しみにしてます」

 デミタスの言葉にも礼を言い、マニーは図書館を出ていった。

 ぱたんと扉が閉められ、内藤らにまとわりついていた緊張感が消える。
 デレは恐る恐るニュッに視線を戻した。

49名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:41:42 ID:ToRmKYHE0

( ^"ν^)「お前のせいで碌に見られなかった」

ζ(゚、゚;ζ「えーっ! にゅ、ニュッさんが人のこと好き勝手いじくり回してたんじゃないですか!」

(;^ω^)「えっ何!? いやらしい話!?」

(´・_ゝ・`)「館長も結構しぃと同レベルだよね」

( ^ω^)「不名誉なことを今日2度も言われた」

 本好きのニュッならば、好きな作家にだって興味があっただろうに。
 衣装の方に気を取られるとは。

ζ(゚、゚*ζ「……ニュッさんもメイドさんとか好きなんですか?」

( ^"ν^)

 もしやと思って問うてみたが、物凄く見下げられたうえ、
 ニュッの手が滑るような動きで鼻フックに移行した。

ζ(゚、゚;ζ「ふぎゃああああああ!!」

ハハ ロ -ロ)ハ「タッダーイマー!」

ξ゚听)ξ「あら、ハロー。おかえり」

50名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:42:24 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ「やめてやめてニュッさん広がっちゃう鼻広がっちゃうハローさんおかえりなさあああい!」

ハハ ロ -ロ)ハ「まーたニュッ君がデレいじめテル」

 先程マニーが出ていったばかりの扉が開かれ、
 今度は癖のある金髪と眼鏡が特徴的な女が入ってきた。

 ハロー・サン。ここに住む「作家」の1人だ。

 ニュッやモララーと同い年で、その2人と取り分け仲がいい。
 とある一件でデレにもよく懐いている。
52名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:43:55 ID:ToRmKYHE0

(;´・_ゝ・`)「え、ハロー、何その格好」

ハハ*ロ -ロ)ハ「ウフフ。タキシードですヨ。
      さっきネ、しぃからメールがあったノ。次回作に執事を出すカラ、資料として手伝って、ッテ。
      だからレンタルしてきマシタ」

ξ゚听)ξ「それ騙されてるわよ」

ハハ*ロ -ロ)ハ「正直そんな気はしてたケド、面白そうだったカラ」

 片言で説明しながら、ハローは上着の襟を摘まんでみせた。

 白いシャツに黒い蝶ネクタイ、同じく黒のカマーバンドに上着とスラックス。
 背が高くスタイルのいい彼女が着ると、存在感がすごい。
 ニュッもそちらに意識を取られたようで、デレの鼻から手を離した。

ζ(゚、゚*ζ「ふわー、ハローさん格好いい……」

( ^ω^)「胸ぱっつんぱっつんじゃないかお……」

ハハ ロ -ロ)ハ「ッテ、デレも何かスゴイ服着てマスネ」

ξ゚听)ξ「メイドと執事が揃ったわね」

 文化祭の話をハローはにこにこ聞いてくれたが、
 ふと話題が途切れたところで、「そういえば」とツンに振り返った。

53名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:44:46 ID:ToRmKYHE0

ハハ ロ -ロ)ハ「さっき男の人とすれ違いましたケド。
      もしかして金井マニー? この前テレビで見たのと同じ顔デシタ」

ξ゚听)ξ「ええ、『本』を持ってきたの」

 ツンが内藤の手にある本を指差せば、自然とそちらに皆の意識が向く。
 ハローやデレ達も本へ近付き、表紙を覗き込んだ。

ハハ ロ -ロ)ハ「デミタスの本。……生きてるノ?」

(´・_ゝ・`)「うん。幸い、危険な内容じゃなかった」

( ^ν^)「おい、触んな」

ζ(゚、゚;ζ「あっ、はいっ」

 表紙に触れようとしたデレの手を、ニュッが掴んで止めた。

 そうだ、「生きている」本には、不用意に触れてはいけない。
 本来の持ち主であるニュッやデミタス、その家族である内藤達以外は。

54名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:46:12 ID:ToRmKYHE0


 ──VIP図書館。そこに住む作家達。

 彼らが書いた本の中には、命を宿してしまったものがある。

 と言っても喋ったり物を食べたりするわけではない。
 ある欲求を抱くようになるだけだ。


 ──自分に記されている物語を、現実世界で表現してほしい。
 そんな純粋な願い。


 その欲が高まったとき、「本」は、自身を手に取った人間を主人公と定めて周りまで巻き込み、
 己に書かれたストーリーを無理矢理「演じさせる」。

 要は内藤が先に述べたように、
 本の中の出来事が現実にも起こってしまうということ。

 本にも性格があるらしく、演じさせ方は様々。酷いときには空間までねじ曲げる。
 解放されるには、物語を演じ終わるか、本を燃やす──殺す──しかない。
 運が良ければ、本が飽きるなり心変わりするなり、中止してくれる場合もあるけれど。

55名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:47:18 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚ー゚*ζ「……とりあえず、戻ってきて良かったですね。本の状態も綺麗ですし」

 不慮の事態により、本は全国に散らばってしまっている。
 内藤達はそれを集めなければならない。
 今もどこかで誰かが、マニーのように、本が引き起こす不可解な事態に悩まされているのだから。

 デレもかつて「主人公」にさせられ、そしてこの図書館に辿り着いた。
 内容が内容だけに大変困らされたが、こうして彼らと出会えたのだから、結果的には良かった。

 本集めの手伝いは時々危険もあるけれど、いいこともたくさんあるから好きだ。

(´・_ゝ・`)「うん、そうだね。──おかえり」

 デレの言葉に微笑み、デミタスは本の表紙をそっと撫でた。



*****

56名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:49:18 ID:ToRmKYHE0


¥・∀・¥「戻ったよ」

 林を抜けたマニーは、傍で待たせておいた車に乗り込んだ。
 運転手に帰宅の旨を伝える。

¥・∀・¥「……はあ」

 吐息とも唸りともつかぬ声を漏らし、柔らかなシートに身を預けた。
 ずっと持っていた鞄を撫で、金具を外す。

「夕食は、ご自宅で?」

 運転手の声に、うん、と呻くように返せば、
 運転手は車を出す前に携帯電話で自宅の使用人へ指示を送ってくれた。

¥・∀・¥「……」


   ( ^ω^)『他に、こういう手書きの本は持っていませんかお?』


 内藤という館長の問い掛けを思い出す。
 左手を鞄の中に滑り込ませた。

 硬い感触。

57名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:50:41 ID:ToRmKYHE0

¥・∀・¥(……嘘を、ついてしまったな)

 手に触れたそれ──藤色の本を引きずり出す。

 著者の名前は椎出でぃ。

 開いてみれば、盛岡デミタスの本同様、手書きの小説がそこにある。
 マニーは最初のページ、冒頭の台詞を指で撫でながら読み上げた。


¥・∀・¥「……『お腹が空いた』……」

 所謂ゴシック小説と呼ばれる類のジャンルだろうか。
 古城に住む、飢えた怪物の物語。


 台詞を独り言と思ったか、運転手が「すぐに帰りますよ」と返してから
 物珍しそうに笑うので、マニーも少し笑ってしまった。

 マニーが空腹を覚えることも、ましてやそれを言葉にすることも、
 ここ数年、経験していない。

 現に今、図書館で出されたドーナツとコーヒーだけで既に満腹に近い。
 けれどもマニーの言葉を誤解した運転手がどことなく嬉しそうにしているから、
 小説の台詞なのだと訂正する気も起きなかった。



*****

58名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:51:45 ID:ToRmKYHE0



ζ(゚、゚*ζ「ふう」

 その日の夜。長岡家。

 自室にて、デレはきっちり畳んだメイド服の前で満足げに息をついた。
 とりあえず文化祭までは出番もないだろう。

 欠伸をし、部屋の電気を消してベッドに潜った。
 夏が終わったばかりで夜も冷えてきたので、布団をしっかり肩まで掛ける。

ζ(-、-*ζ(おやすみなさーい)

 両親が仕事の都合で遠方に行っている今、挨拶を返してくれる者もいない。
 胸中で1人呟き、眠りについた。



*****
60名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:52:28 ID:ToRmKYHE0


ζ(゚、゚*ζ

ζ(゚、゚*ζ「?」

 ぱちくり。
 まばたきして、デレは首を傾げた。

 まっすぐ下ろした手が、硬い床に触れている。
 どうやら座っているようだ。

ζ(゚、゚*ζ「んん?」

 ──何がどうなって、こうなっているのやら。

 直前の記憶がない。
 気付けばこうして、見知らぬ場所で座っている。

 ぼうっとしたまま思考を巡らせ、ようやく「直前」を思い出した。

61名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:53:34 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚*ζ(……布団に入って寝た筈では……)

 そうだ。
 明日の時間割や、再来週の文化祭や、その後に控える中間テストと修学旅行など、
 とりとめのないことを考えている内に意識が溶けていき──

 はっと気付くと、この状態。

 あまりに唐突に覚醒したので、眠った、という自覚がない。
 目を開けたらいきなり世界が変わっていたような感じだ。

ζ(゚、゚*ζ(夢かなあ)

 明晰夢というやつ。

 立ち上がり、よろける。
 暗くて足元がよく見えない。

 うっすらと視認できる範囲に大きな扉を見付け、取っ手を掴んで押してみれば、
 重そうな見た目の割にすんなり開いた。

62名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:55:02 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ(ふおっ。廊下広っ)

 デレが10人は並べそうな幅の廊下に出る。

 定間隔に設置された燭台。しかしその内のいくつかにしか蝋燭が立てられておらず、
 先程の室内よりマシといえど、相変わらず暗い。

 ずらりと並ぶ大きな扉、果ての見えない廊下。
 人の気配はない。
 物音さえ。

 不安に襲われつつも、じっとしていられず、壁に手をつきながらしばらく歩いた。
 廊下は長い。時たま分かれ道に出くわすが、ひとまずまっすぐ進む。

ζ(゚、゚;ζ(……洋館、かな。
      映画で見たようなお城に似てるけど……さすがにお城はないよね。ていうか暗……)

ハハ ロ -ロ)ハ「デレ」

ζ(゚、゚;ζ「わーっ!!」

 ぽんと肩に手を置かれ、絶叫した。
 悲鳴は辺りに反響し、わんわんと余韻を残しつつ消えていく。

 後ろへ振り返れば、見覚えのある金髪眼鏡。

63名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:56:08 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ「……あっ、ハローさん!?
      良かったあ、1人じゃなくて……」

ハハ ロ -ロ)ハ「同感デス」

 デレの悲鳴に痛めたらしい耳を摩りつつ、ハローが頷く。
 夢なのだけど、その自然な仕草にリアリティがあって、僅かに安心した。

 ハローは辺りを見渡してから、再びデレに目を戻し、首を傾げる。

ハハ ロ -ロ)ハ「その格好何デスカ?」

ζ(゚、゚;ζ「え?」

ハハ ロ -ロ)ハ「何でメイド?」

 蝋燭のついた燭台が近くにあるので比較的明るい。
 デレは己の体を見下ろして、

ζ(゚、゚;ζ「……あれ?」

 指摘通り、例のメイド服を着ていることにようやく気付いた。

64名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:56:54 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ「て、ていうか、ハローさんも……」

ハハ ロ -ロ)ハ「え? アッ」

 続けてハローの姿を見たデレがそちらを指差すと、
 ハローも不思議そうに眉を寄せた。
 夕方同様、タキシードを着ているのだ。

 あのあと仮眠から目覚めたしぃがデレとハローの前に正座して
 涙を流しながらじっくり鑑賞する、という気持ちの悪い出来事があったので、
 そのインパクトが夢に影響したのかもしれない。

ζ(゚、゚;ζ「何でしょう、この夢……私とハローさんがコスプレしてお屋敷にいるって……」

ハハ ロ -ロ)ハ「……ンー? ……夢……夢デスカ……」

 デレの呟きに、ハローが妙な反応をしてみせた。
 頬に手を当て、考え込んでいる。

 ──かと思えば、突然デレの手を握り、踵を返した。

ζ(゚、゚;ζ「わっ」

ハハ ロ -ロ)ハ「アッチに、人がいそうな部屋がアリマシタ。行ってミマショウ」

ζ(゚、゚;ζ「え、ほんとですか?」
66名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:58:39 ID:ToRmKYHE0

ハハ ロ -ロ)ハ「エエ。面白そうな夢ダト思ったノデ、探険を優先させマシタが……」

 デレなら、人恋しくてすぐにその部屋へ入っていただろう。
 こんな恐ろしげな場所をすすんで探険したがる辺り、サスペンス小説を好むハローらしい。
 やはり変に現実味のある夢だ。

 しかし夢の登場人物であるハローまで、この状況を夢と認識しているのが何とも可笑しい。
 くすくす笑って、デレはハローの隣に並んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ハローさんも夢見てるんですか」

ハハ ロ -ロ)ハ「ハイ。晩ゴハン食べて、オ風呂入ッテ、モララーの部屋でニュッ君とゲームして、
      新しい小説書き始めて、ソレカラ寝まシタ。
      寝たと思っタラ、ココに」

ζ(゚ー゚*ζ「楽しそうですねえ」

ハハ ロ -ロ)ハ「デレも今度一緒にゲームしまショウネ、──あ、コッチ」

 廊下をいくつか曲がったところで、ハローが足を止めた。

 そこだけ明るかった。
 他に比べれば、という程度だが。

 突き当たりになっていて、そこに、今まで以上に大きな扉がある。
 うっすらと開いた隙間から光が漏れているようだった。
 声のようなものも聞こえる。

 自然、デレもハローの手を握り返した。
68名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 19:59:48 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚*ζ「……たしかに、誰かいるみたいですね……」

ハハ ロ -ロ)ハ「入りマショウ」

 先は、人のいる部屋に入らなかったというハローを物珍しい目で見たが、
 いざ眼前にすると何やら不気味に思えて、デレも入るのが億劫になってしまった。

 ハローの顔を見上げる。ハローはデレに微笑み、
 把っ手から下げられたノッカーで扉を叩いた。
 返事はない。

 もう一度。声はするが、答えは返ってこない。

ハハ ロ -ロ)ハ「……失礼シマース!」

ζ(゚、゚;ζ「は、ハローさん、ちょっと……!」

 痺れを切らしたハローが、思いきり扉を開けた。
 デレは咄嗟にハローの背中に隠れる。
 光が溢れ、一瞬、目が眩んだ。

69名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:00:55 ID:ToRmKYHE0

ζ(>、゚;ζ「……」

ζ(゚、゚;ζ「?」

 扉が開ききったことにより、声がいくらか鮮明に聞こえる。

 何かを喋っているようには聞こえない。
 平坦な──これは、呻き声か。

 ハローの背中から、こっそり顔を出す。

ζ(゚、゚;ζ(うひゃあ)

 ──案の定、広い。

 体育館に出来そうな広さと高さ。
 天井から下がるシャンデリアが、煌々と光を注いでいる。

 左右の壁にはアーチ型──てっぺんが尖った、いわゆる尖頭アーチ──の大きな窓が並び、
 一部はステンドグラスになっていた。
 窓の外が暗いので、今は恐らく夜。明るい時間帯であれば、
 ステンドグラス越しに綺麗な光が射し込むだろう。

70名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:02:06 ID:ToRmKYHE0

ハハ ロ -ロ)ハ「まるで教会の聖堂デスネ」

 教会に馴染みのないデレでも、ハローの言うことは何となく分かる。

 実際、部屋の中央に置かれた縦長の大きなテーブルが無ければ、
 教会と思ったかもしれない。

 白いテーブルクロスが掛けられたそれには、空の皿とナイフ、フォークが並んでいる。
 数十人分の椅子と食器があるが、誰もいない。


 ──って。
 ならば、この呻き声はどこからしているのだ。

ζ(゚、゚;ζ「ひっ、ひええ! おばけ!?」

ハハ ロ -ロ)ハ「マア、おばけの1人や2人は居そうな場所デスガ……」

 ハローが歩き出す。
 デレも慌てて付いていき、タキシードの背中を握った。

 壁にはダークブラウンの落ち着いた色合いの調度品や、
 デレにはよく分からない宗教的な(ように見える)像が取りつけられている。

 2人が奥に進むにつれ、声が近付く。

 それと、何か、変な音も。
72名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:02:48 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ「……?」

 やがてテーブルの端に着いた。
 上座というか、お誕生日席というか、とにかくそこにひときわ大きく立派な椅子がある。

 ハローがその椅子の陰を覗き込んだ。デレも倣う。


¥; ∀ ¥「うう……ぐうう……」

(´-;;゙#)「……」


 倒れている男。
 高そうなスーツ。きらめくアクセサリー。

 ──金井マニーだ。

 その隣に、傷だらけの女が座っている。

73名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:03:41 ID:ToRmKYHE0

ハハ ロ -ロ)ハ「でぃ? ──ジャ、ないデスネ」

 女は、ハローが口にした名を持つ知人に似ていたが、
 よく見れば顔つきも体つきも違った。

 ともかく普通の人間が倒れている上、その傍らに怪我人がいるのだ。
 恐怖どころでなくなったデレはハローの後ろから飛び出し、彼らに駆け寄った。

ζ(゚、゚;ζ「だっ、大丈夫ですか!? えっと、マニー……さん? と、ええと」

 名前で呼んでいいのかという疑問が一瞬過ぎったが、
 口に出してしまったのでそのまま続けた。

(´-;;゙#)

ζ(゚、゚;ζ「……あ、」

 近くに来て、女の傷が全て古傷であるのに気付く。
 きょとんとした目でデレを見ているので、こちらは多分大丈夫だろう。

 ならば目下の問題はマニーの方だ。
 同様に近付いてきたハローが、マニーの上半身を抱え起こした。

74名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:04:58 ID:ToRmKYHE0

¥; ∀ ¥「う……うああ……。……が……」

ζ(゚、゚;ζ「え? 何です?」

 マニーがゆるゆると手を持ち上げる。
 震えている。

¥; ∀ ¥「……いた……」

ζ(゚、゚;ζ「?」

 聞こえない。
 声が小さいのもあるが、謎の音が鳴っているせいで聞き取りを邪魔される。

 デレが彼の口に耳を寄せると、マニーは掠れ声を些か大きくして、ようやく一言落とした。

75名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:05:42 ID:ToRmKYHE0


¥; ∀ ¥「……お腹が空いた……」


 と、同時に。
 声の他に鳴っている音の正体に気付いた。

 ぐうぐう。腹の音。


ζ(゚、゚;ζ「……ええ?」

ハハ ロ -ロ)ハ「お腹が空いて倒れてるんデスカ」

 以前にも空腹で倒れた男に遭遇したことのあるデレは、ちょっと冷静になった。
 またこのパターンか、と。

ζ(゚、゚*ζ「な、何か食べます……?」

¥; ∀ ¥「……お願いしたい……」

 お願いされた。

 何となく訊いてみたものの、辺りに食べ物は見当たらない。
 テーブルにあるのは前述通り、食器だけだ。

76名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:06:26 ID:ToRmKYHE0

ハハ ロ -ロ)ハ「ね、デレ」

 マニーを床に転がし直したハローが、ちょんちょんと肩をつついてくる。
 それに顔を向けてみせれば、彼女はすぐそこにある壁を指差した。

ハハ ロ -ロ)ハ「コノ奥に、まだ何か部屋があるみたいデスヨ」

 示す先には、なるほど、壁と同色で分かりづらいがドアが一つあった。



*****

77名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:07:09 ID:ToRmKYHE0


ζ(゚、゚;ζ「いやいやいや」

 ドアを開けたデレは、ますます頭が冷えるのを感じた。

 厨房だ。
 別にそれ自体は問題ないというか寧ろありがたいが、

ζ(゚、゚;ζ「世界観めちゃくちゃだあ」

 ──どう見ても、現代の一般家庭風のキッチンである。

 3口のガスコンロに、やや広めのシンク、冷温切換の蛇口、棚に並んだ調理器具と調味料、
 果ては少し大きめの冷蔵庫。
 天井の明かりも普通の蛍光灯だ。

78名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:08:25 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ「何……もう、詰めが甘いなあ。しょせん私の夢か……」

 厳かな食堂に振り返ってからもう一度キッチンを見ると、落差が酷い。

 まあ、こういった建築様式の厨房がどんなものなのか知らないデレが見ている夢なのだから、
 仕方ないかもしれない。

ハハ ロ -ロ)ハ「イイじゃないデスカ、カマドとかがあるヨリは。扱いやすくて」

ζ(゚、゚*ζ「それもそうですね」

 単純な頭をしている。ある種、美徳だ。

ζ(゚、゚*ζ「何かないかな……」

ハハ*ロ -ロ)ハ「ホットケーキ食べタイ!」

ζ(゚、゚;ζ「ハローさんに作るんじゃないんですよう」

 好物を主張してくるハローを宥めた瞬間、
 ごとん、と冷蔵庫の中から音がした。

 びくりと肩を竦めたデレとハローが顔を見合わせる。
 前へ出ようとしたデレを留め、ハローが冷蔵庫に近付いた。
 デレも、そろそろと、冷蔵庫の中が見える程度の距離まで移動する。

 ハローが扉に手をかけ、勢いよく開く、と──

79名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:09:29 ID:ToRmKYHE0

ハハ ロ -ロ)ハ「アラ」

ζ(゚、゚;ζ「え」


 ──ホットケーキミックス、卵、牛乳。ついでにバターとメープルシロップ。

 ハローの要望にピンポイントで応えたような材料が、そこに揃えられていた。


ハハ*ロ -ロ)ハ「ホットケーキ作れッテことデスヨ」

ζ(゚、゚;ζ「いや、そんな……呑気に作ってる場合じゃないですよ、マニーさんお腹空かせて──」

ハハ ロ -ロ)ハ「ソンナ時間かかんないデショ? ソレニ、他にはナニもナイし」

 たしかに。
 今のところ一番早いのは目玉焼きだろうが、それだけをぽんと出すよりは、
 ホットケーキの方が腹に溜まるだろう。手間も然程ではない。

 図書館でドーナツを食べていたので、甘いものも平気な筈だし。

80名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:10:54 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚*ζ「……じゃ、ぱぱっと作りましょうか」

ハハ*ロ -ロ)ハ「ワーイ。デレのホットケーキー」

 ナチュラルに自分ひとりで作ることになっている事実に疑問も持たず、
 必要な器具を棚から取り出し、調理を開始した。

ζ(゚ー゚*ζ「ハローさん、フライパン2つ温めてください」

ハハ ロ -ロ)ハ「ハーイ」

 3つあるコンロの内2つにフライパンをセットし、温める。
 その間にデレが必要な材料を必要な分だけボウルにぶち込み、掻き混ぜた。
 混ぜ終われば後は焼くだけ。本当にシンプルだ。

 フライパンがそこそこ大きかったので、生地も多目に流し込んだ。
 片面に熱が通ったら引っくり返す。

ハハ*ロ -ロ)ハ「イイ匂い」

ζ(゚ー゚*ζ「ですねえ」

 ふんわり、甘い香りが漂う。
 こんがり焼けたすべすべの表面。
 鼻から目から食欲をそそられ、デレまでお腹が減ってきた。

 ハローも同じようで、ぺろりと唇を舐めつつデレの隣からフライパンを見つめている。
 と、同時に2人の腹が鳴った。
 へへ、と誤魔化すように笑い合う。
82名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:13:48 ID:ToRmKYHE0

ζ(´ー`*ζ「あとで私達の分も焼きましょ」

ハハ*ロ -ロ)ハ「ウン」

 ひとまず今はマニーの分。

 焼き上がったホットケーキを2枚、皿(ハローが食堂から持ってきていた)に重ねる。
 ぽふ、なんて可愛らしい音。

ハハ*ロ -ロ)ハ「デレのホットケーキ、厚くて好き」

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと自慢です」

 生地を作るときは先に卵と牛乳をよく混ぜ、それからミックスを入れる。
 ミックスを入れてからは軽く混ぜるだけ。だまが残る程度でいい。
 デレが母から教わった、手軽に分厚く焼くコツ。

 少し悩んでから、バターとメープルシロップは乗せず、
 ホットケーキとは別にして食堂へ運ぶことにした。人によって好みがあるだろう。

83名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:15:17 ID:ToRmKYHE0

(´-;;゙#)

ζ(゚、゚;ζ「わっ!」

 さて運ぶかと振り返れば、傷だらけの女が立っていた。

 年齢が分かりづらいが、割合に派手なデザインのワンピースを着ているので、若いのかもしれない。
 女はしばらくデレと皿を眺め、不意に近付き、皿を覗き込んだ。

ζ(゚、゚*ζ「あ……食べます? 作りましょうか」

"(´-;;゙#)" フルフル

 無言で首を横に振る。
 見た目だけでなく仕草も知人に似ていると思った。

ハハ ロ -ロ)ハ「アナタはドチラ様?」

 くたりとハローが首を傾げる。
 女はそちらを見て、小さく口を開けた。

(´-;;゙#)「ウ……ウギ……」

 呻きに似た奇妙な声を漏らし、女は驚いたように喉元を押さえた。
 唸りながら瞳を左右に揺らして、地面を見下ろし、顔を上げる。

84名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:16:20 ID:ToRmKYHE0

(´-;;゙#)「ギ……び……、……びぃ」

ζ(゚、゚*ζ「びぃ、さん?」

(´-;;゙#)「びぃ。わたし」

 今度は嬉しそうに頷いている。
 何なのだろう。

ζ(゚、゚*ζ「私はデレです、こっちはハローさん。
      びぃさん、どうしました?」

(´-;;゙#)「マニー様が、お腹すかせてる」

 マニー様、と来たか。

ζ(゚ー゚*ζ「ですね。だから、これ食べてもらおうかなって」

 びぃはもう一度ホットケーキを見て、「ありがと」と不安定な発音で呟いた。
 そうして食堂へ戻ろうとするので、デレ達も続く。

85名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:17:40 ID:ToRmKYHE0

 マニーは椅子に座っていた。ぐうぐう、腹の虫が鳴き続けている。

 彼の前にハローがバターとシロップを、
 デレがホットケーキの皿と牛乳入りのマグカップを置いた。
 その姿は、端から見ると本当にメイドと執事のようであっただろう。

 びぃは適当な椅子を引きずってきて、マニーの隣に座った。

ζ(゚、゚*ζ「びぃさんは本当にいらないんですか?」

(´-;;゙#)「いらない」

¥・∀・¥「びぃ?」

 そこで初めて気付いたように、マニーは隣を見た。
 びぃを視界に収め、目を少しばかり見開いている。

¥・∀・¥「びぃ、どうして」

 マニーは困惑し、やがて、青白い顔に微笑を浮かべた。
 そのまま何か言いたげであったが、一際大きく腹が鳴った途端、皿に目を戻した。

86名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:18:43 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚ー゚*ζ「ホットケーキ、大丈夫ですか? 苦手だったりしませんか」

¥・∀・¥「……大丈夫」

ζ(゚ー゚*ζ「良かった。バターとシロップはどうします?」

¥・∀・¥「わからない」

 わからないと言われても。

 まあ嫌ではないようだから適当にやっておこう、とデレはバターナイフでバターを掬った。
 マニーは少しも口を出さない。

ζ(゚ー゚*ζ「すみません、先に召し上がっててください」

 バターを乗せてメープルシロップをかけて、あとはご自由にとデレはマニーから離れた。
 まるでマニーに釣られるように、デレの空腹感が強まっていた。

ハハ*ロ -ロ)ハ「ワタシにも」

ζ(゚ー゚*ζ「分かってますよー」

 キッチンに戻り、残りの生地を使って2枚焼く。

 焼き上がったそれは2人で分けることにした。
 一枚ずつ分けるのではなく、重ねてから半分に切る。
 ホットケーキは重なっていてこそだろうという拘りだ。

87名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:19:39 ID:ToRmKYHE0

 デレが2つの皿を、ハローが2人分の牛乳を持って食堂に入ると、
 マニーとびぃはじっと座ったままホットケーキを見つめていた。

ζ(゚、゚*ζ「食べないんですか?」

¥・∀・¥「食事は、みんな揃わないと」

ハハ ロ -ロ)ハ「アラまあ」

 律儀な。
 空腹だろうに待たせてしまったのが申し訳なくて、
 ごめんなさい、と謝ってから2人も席に着いた。

 マニーの席から角を挟んで左側にデレが。
 そしてその真向かいにハローが座った。

 ほかほかのきつね色にバターとシロップをかけて、左手にフォーク、右手にナイフを握る。

88名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:20:20 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚ー゚*ζ「それじゃあ、いただきます」

 デレが言えば、マニーとハローもいただきますと声をあげ、
 ようやくホットケーキにフォークを触れさせた。

 ふかふかのホットケーキにナイフが沈む。
 甘いそれに、溶けたバターの匂いも加わって香ばしい。

 皿に垂れた琥珀色のシロップをホットケーキの底面で拭い、
 大きく開いた口に収めた。

ハハ*ロ -ロ)ハ「んー」ζ(´ー`*ζ

 図らずも、ハローと同じタイミングで声が出た。

 ふわふわのホットケーキ。それ自体の甘味は控えめで優しい。
 含まれている熱が、ぽっと口内を温める。
90名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:21:53 ID:ToRmKYHE0

 シロップを多めに吸い込んだ部分は溶けるような舌触り。
 舌先と歯に挟まれただけで、じゅんわり、蜜を溢れさせた。
 甘味でとろけそうな舌をバターの仄かな塩気が引き留めて、また新鮮な甘さを感じさせてくれる。

 よく味わって飲み込んだら、牛乳を一口。
 冷たさとまろやかさが甘味の名残と混じって、

ζ(´ー`*ζ(しあわせ)

 満たされる。
 ほうと息をつき、さらにもう一口、とフォークを握り直した。


.

91名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:23:03 ID:ToRmKYHE0

 ──空腹感のせいもあり、あっという間に食べ終わってしまった。
 若干物足りないくらいだ。

 口の端に付いたシロップを舐め、ナイフとフォークを置く。

ζ(゚ー゚*ζ「ごちそうさまでした」

 言って、あ、と口を押さえた。
 つい夢中になっていたが、本題はこっちではない。
 慌ててマニーに目を向ける。

¥*・∀・¥

(´-;;゙#)

 嬉しそうな顔でぱくついていたので、ほっとした。
 気に入ってもらえたようだ。
 びぃもにこやかにマニーを眺めている。

92名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:24:11 ID:ToRmKYHE0

ハハ*ロ -ロ)ハ「美味しかったデス」

 ハローはデレより先に食べ終えていたのか、空の皿を前にしてにこにこ笑っていた。

 デレ独自の味付けなど勿論していないので、
 味に関しての手柄は各材料のメーカーにある。
 それでも仕上げに焼き上げた身として、素直に照れておいた。

¥*・∀・¥「──ごちそうさま」

 単純に考えてデレの2倍の量があったホットケーキを、間もなくマニーが食べ終えた。
 結構急いで食べた筈だが、それでもどこか品がいい。

¥*・∀・¥「美味しかった」

ζ(゚ー゚*ζ「良かったです」

(´-;;゙#)「よかった」

 マニーはしばらく皿をにこにこ眺めていた。
 この場にいる全員が微笑んでいる。
 何とまあ平和な空間。

93名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:25:58 ID:ToRmKYHE0

 食事の後は片付けだ。思い至り、デレが腰を上げる。

ζ(゚ー゚*ζ「ハローさん、お皿洗うの手伝って──」

 言いかけ、口を止めた。

¥・∀・¥

 マニーの笑顔が、虚ろなものになっていた。
 どこともなく、宙を見つめている。

(´-;;゙#)「マニー様?」

 びぃが声をかける。マニーの口が小さく開かれる。

¥・∀・¥「……ちがう……」

 か細い声でそう言って、
 ──びぃの手が肩に触れた瞬間、その体はずるりと傾いた。

94名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:27:44 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ「えっ」

ハハ ロ -ロ)ハ「アッ」

 どさ、と。
 マニーが床に倒れる音が、重たく響いた。
 びぃは軽く指先を触れさせただけであって、決して押してはいなかった筈だ。

(´-;;゙;)「マニー様っ」

ζ(゚、゚;ζ「ま、マニーさん!?」

 びぃがすぐに床へ膝をつき、デレとハローも彼らに駆け寄る。

 マニーは真っ白な顔をして、腹を抱えるように丸まっていた。
 体はがたがた震えている。

95名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:28:53 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ「マニーさん? どうしました!?」

(´-;;゙;)「マニー様、ご飯食べたのに、なんでっ」

ハハ ロ -ロ)ハ「……」

¥; ∀ ¥「は、あ、ああ、ああ……お、おなかが、すいた、おなか、」

ζ(゚、゚;ζ「おなか?」

 耳を済ませば、ぎゅうぎゅう、また腹が鳴っていた。さっきよりも酷く。

ζ(゚、゚;ζ「た、足りなかったですか?
      あのっ、もっと作ってきます、まだ材料あるから、ま、待っててください!」

 デレが立ち上がると同時に、マニーの震えが弱まった。

 嫌な予感がして、デレは足を止めてしまう。
 心臓が激しく跳ねる。ぞわぞわ、背中を伝う悪寒。

 不明瞭な呻きを漏らしてマニーがますます背中を丸め、


 ──ふるりと一際大きく震えて。
 彼は脱力した。
 腹の音が消えていた。

.

96名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:30:37 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ「え……」

(´-;;゙;)「……」

ハハ ロ -ロ)ハ「びぃサン、ちょっとダケどいてクダサイ」

 ハローがマニーの胸元に耳を寄せる。
 少し間をあけ、上げた顔を左右に振った。

ζ(゚、゚;ζ「マニーさん……?」

¥ ∀ ¥

 デレは再びしゃがみ込む。
 肩に触れて呼び掛ける。返事がない。

 そんな。どうして。急に。

97名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:31:33 ID:ToRmKYHE0

(´-;;゙;)「マニー様、……マニー様……」

 声を震わせ、びぃが揺さぶる。それでも起きない。
 その光景にデレの足も震えた。

 碌に知らぬ人だが、目の前でこうなった以上、黙ってもいられない。
 何故だろう、くらくらする。混乱しているからか。

ζ(゚、゚;ζ「マニーさん、……起きてください、マニーさん!」

 呼び掛けるごとに目眩が激しくなって、
 何度目かに瞼をきつく下ろした。





ζ(゚、゚;ζ「まに、」

 瞼を上げる。

 ──見覚えのありすぎる天井が、そこにあった。

98名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:33:20 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ「へ……」

 まったく広くない部屋。
 カーテン越しに射す陽光。

 デレはしばらく天井を眺めた後、勢いをつけて体を起こした。
 ぎしりと軋む、馴染んだスプリング。

 ──デレの部屋だ。
 呆然としながら掛け布団を端にやり、体を見下ろしてみれば普通のパジャマ。

ζ(゚、゚;ζ「あっ」

 そういえば夢だったんだ、と思った途端に力が抜けた。
 あまりに様々な感覚が生々しくて、すっかり頭から抜けていた。

ζ(゚、゚;ζ「どういう夢……」

 メイド服を着て、見知らぬ女が出てきて、執事のハローとホットケーキを食べて、マニーが動かなくなって──
 何ともわけの分からぬ夢である。

 へらりと苦笑して、ベッドから下りる。
 夢の中ではっきりした意識を保っていたせいか、あまり眠った気がしない。

99名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:34:07 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚*ζ(あとでハローさんに話そ)

 雑談の種が出来たなという結論に落ち着いて、
 登校の準備をするため、まずは顔を洗わねばと洗面所へ向かった。



*****

100名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:34:48 ID:ToRmKYHE0


¥;・∀・¥「──!」

 びくり、体が跳ねて、ばちんと瞼が持ち上がった。

 先ほど止まった心臓がどくどく跳ね回り──いや、いや、夢か、
 心臓が止まったのは夢の中のことだ、目が覚めたのだ、ここは自室だ。

 天井を呆然と見つめ、やがて、震える腕で支えながら身を起こす。

101名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:36:15 ID:ToRmKYHE0

¥;・∀・¥(なんてリアルな夢だ……)

 飢餓感も、与えられたホットケーキの味も、
 体の中が空っぽになってしまったような虚しい終わりも。
 どれもが現実的な感覚に満たされていた。

¥;・∀・¥「……」

 頭と心臓を落ち着かせるために室内をうろうろ歩き回りながら、
 夢の内容を思い返し、整理する。

 しばらくそうしていると、ドアがノックされた。
 躊躇いがちな女の声。

「──マニー様」

¥・∀・¥「ん……おはよう」

 ドア越しに返事をする。やや間があって、声は続いた。

「朝食はいかがいたしましょう」

 朝食。
 鸚鵡返しにしながら、腹を摩る。

102名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:37:28 ID:ToRmKYHE0

¥・∀・¥「……うん、もう少ししたら、食べに行くよ」

 そう答えれば、ドアの向こうで、ぱっと喜ぶような気配を感じた。
 分かりました、と少し弾んだ声の返事があって、足音が遠ざかっていく。

 極度の少食で、普段は朝飯を抜いてばかり──というか何も食べない日すらあるので
 使用人たちにはいつも迷惑と心配をかけている。
 申し訳ないとは思うが、いまいち腹が減らないのだから仕方ない。

 けれども今は、夢の名残を引きずっているのか何か食べたい気分だった。

¥・∀・¥(……久しぶりに、あんなに夢中になって物を食べたなあ)

 ベッドに腰を下ろす。
 ふと、サイドテーブルに目をやった。

103名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:39:58 ID:ToRmKYHE0

 藤色の本。
 淡い色味が今はやけに自己主張しているように見えて、
 何となく手に取り、表紙を開く。

¥・∀・¥(……この本と、シチュエーションがまるで同じだったな……)


 ──「お腹が空いた」。
 そんな台詞から始まる小説。

 飢えた怪物が毎夜、召使に料理を作らせる物語である。

 怪物が求めるのは、かつて母親が食べさせてくれたものと同じ味。
 どんなに美味しそうな料理でも、母の料理を再現できていなければ、
 先の夢のように怪物は満たされず飢え死にしてしまう。

 けれども主人公は怪物であるので、次の日の夜には復活し、また飢餓に苦しむ。

 不気味な世界観と、純粋な怪物のいじらしさや苦悩が入り交じる切ない話だ。

104名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:41:04 ID:ToRmKYHE0

 先程の夢はそれになぞらえたかのようだった。出されたメニューは違ったが。
 あれではまるで、自分がその主人公になったみたいだ。
 そう考えると、ふ、と笑いが零れた。

¥・∀・¥「そうか、僕は怪物なのか」

 本を閉じる。
 無意識に、少し乾いた口内を舐めた。

 ああ、   が食べたい。



*****

105名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:41:46 ID:ToRmKYHE0



ζ(゚、゚*ζ「あ」

 つつがなく一日の授業を終えて、放課後。教室。

 何気なく携帯電話を開いたデレは、小さな声をあげた。
 メールが一通。

o川*゚ー゚)o「どしたの?」

 声が聞こえたのか、近くにいた友人──素直キュートが首を傾げる。

 毎日会っているが、今日も可愛いなと改めて思った。
 首を傾げた拍子にさらりと揺れる髪も、小さな顔も、ツンより丸みの強いどんぐり眼も。

 今こうしている間にも、教室にいるクラスメートのうち何人かの視線が彼女に向けられている。

106名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:42:30 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚*ζ「ニュッさんからメール」

o川*゚ー゚)o「え、あのひとメールとかするんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「たまに来るよ」

o川*゚ー゚)o「へえ。メールでも意地悪言ってそう、ニュッ君さん」

ζ(゚、゚*ζ「まあそれがニュッさんだから」

 本当に言ってんのかよ、と若干乱暴なツッコミが桜色の唇から落ちる。
 デレにしか聞こえない程度の小声だったので、
 他の者の目には、相変わらず天使のように愛らしいキュートが映っているだろう。

o川*゚ー゚)o「で、どんな用だって?」

ζ(゚、゚*ζ「『事務所に来い』、だって」

o川*゚ー゚)o「遮木さんのとこ?」

ζ(゚、゚*ζ「うん、何の話だろ……。
      あ、キュートちゃんは今日、図書館行くの?」

o川*゚ー゚)o「んーん、今日は友達と遊ぶんだ。
      さっき職員室に呼ばれてたから待ってるの」

ζ(゚、゚*ζ「そっか」
108名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:43:12 ID:ToRmKYHE0

o川*゚ー゚)o「図書館、何かあったの?」

ζ(゚、゚*ζ「ううん。ただ、昨日クックルさんに衣装合わせの写真見せたら、
      キュートちゃんの浴衣似合ってるって言ってたから。
      今日図書館に行けば、直接言ってもらえるんじゃないかと思って」

 ──言ってから、しまった、と思った。

 返事のメールを打ちかけていた携帯電話から、恐る恐る視線を上げる。

o川;*゚ー゚)o

 キュートが目を見開き、首から上を真っ赤にさせ、歪に笑い、ぶわっと汗を吹き出させていた。

 美少女としては、ちょっとよろしくない顔だった。

109名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:43:56 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ「うわっ!」

 物凄い勢いで腕を掴まれ、教室から引きずり出される。
 そのまま、東棟の端、人気のない階段の下へ連れ込まれた。

ζ(゚、゚;ζ「きゅ、キュートちゃん、」

o川;*゚ー゚)o「……いや、別に、どうでもいいんだけどさ!!」

 デレを壁際に追い詰める形で迫るキュートが、息を切らして叫んだ。

o川;*゚ー゚)o「どうでもいいけど、……く、くっ、クックルさんが、それ、似合うって、それ、……本当?」

ζ(゚、゚;ζ「は、はい」

o川;*゚ー゚)o「ほっ、他に何か言ってた!? ……どうでもいいんだけどね!?」

ζ(゚、゚;ζ「……キュートちゃんは何でも似合うって……」

 言わない方がいいかなと思いつつ、あまりの気迫に、つい正直に答えてしまった。

 キュートがのけ反った。
 すぐ背後にあった掃除用具入れに後頭部を打ちつけ、崩れ落ちる。

110名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:44:47 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ「わああっ、大丈夫!? すごい音したよ!?」

o川;* ー )o「ふざっっっけ……あのやろう……! 何……ふっざけん……」

 後頭部に構うことなく、小さな拳で床を殴りながらぶつぶつ呟いている。恐い。

 ──生粋のナルシスト故に、「美少女」であることに誇りを持つキュートは、
 「清楚で可憐な美少女・素直キュート」を自ら演出することに余念がない。
 仕草ひとつにまで拘るほど。

 そんな彼女だが、堂々クックルが関わると、途端に取り繕うのが下手になる。

 現状はマシな方だ。
 これでクックル本人が目の前にいて、昨日の賛辞を直接ぶつけていたら、
 キュートは奇声を発しながらのたうち回るだけの生物に成り果てていただろう。

ζ(゚、゚;ζ(ここに誰か来たらまずい……)

 学校の中のキュートは、ふわふわ柔らかくて甘ったるい、綿菓子のような女の子である。
 うふふと優雅に微笑み華奢な手指で可愛らしい仕草をして皆を魅了する女の子である。
 こんな異常者ではない。

 四つん這いのまま震える背中を撫でてやりながら、デレは殊更やさしく声をかけた。

111名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:48:02 ID:ToRmKYHE0

ζ(゚、゚;ζ「キュートちゃん、私そろそろ行くよー。
      キュートちゃんも教室戻らないといけないんじゃないの? 大丈夫?」

o川;* ー )o「余裕じゃこんなん。今はあれだから……ただ校舎を押し倒してるだけだから」

ζ(゚、゚;ζ「そう……」

 程々にね、と言い残し、デレは逃げるように教室へ戻ると
 自分の鞄を手にして学校を出ていった。

 間もなく「他に何か言っていませんでしたか」とキュートから何故か敬語のメールが来たので、
 「あれ以外は特になかったよ」とありのままに返信したら、
 5秒くらいで返事が来た。「マジかよ」。どうやら正気に戻ってくれたらしい。良かった。


 と、こんな感じのことがあったので、デレは夢のことをすっかり記憶の隅にやってしまったし、
 それ故、なぜニュッに呼び出されたのか、その理由にも全く思い至らなかった。



*****

112名も無きAAのようです:2015/12/27(日) 20:50:21 ID:ToRmKYHE0


 さて。
 事務所──「遮木探偵事務所」は、とあるビルの3階にある。

 ステンドグラスの嵌め込まれたドアの前に立ち、デレは耳を澄ませてみた。
 数人の話し声。その内1人は、デレを呼び出したニュッである。
 それ以外に聞こえるもう1人の男の声に、そりゃあ居るか、とほんの少し嘆息。

 覚悟を決めてドアをノックし、返事をもらってから開けてみれば、


(´・ω・`)「やあデレちゃん。文化祭の売上金ってちょろまかせないの?」


 相変わらず下衆なことしか考えていない探偵様が、随分な挨拶をかましてくれた。





番外編 続く

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