691 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 20:45:21 ID:iVmhRP1kO

ζ(゚、゚*ζ「埴谷さんですか」

(´・ω・`)「うん。クラスメートなんでしょ?」

 遮木探偵事務所。
 ソファに並んで座らされたデレとキュートは、向かいのショボンに訝しげな視線を送った。

 キュートがくるうに言った「2人で行かなきゃいけないところ」は、この事務所であった。

 今朝、デレの携帯電話にショボンから連絡が入ったのだ。
 訊きたいことがあるから、放課後に事務所に来てほしい、と。

 いざ来てみれば、質問の内容は、クラスメートの埴谷くるうについて。

ζ(゚、゚*ζ「んー、私は、すごく仲がいいってわけじゃないと思います。
      キュートちゃんと埴谷さんが話してるところに、たまに入るくらいで。
      ごく普通のクラスメート同士です」

( ^ν^)「友達少ねえもんなお前」

ζ(゚、゚#ζ「ニュッさんに言われたくありません!」

 机で作業していたニュッに、小声で嫌味を言われた。
 本日も、他の所員は外出中だ。

692 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 20:47:17 ID:iVmhRP1kO

(´・ω・`)「キュートちゃんは仲いいの?」

o川*゚ー゚)o「どうなんでしょ。お話する程度の仲ですし、まあ悪くはないかなあ。
      やたら好かれてるとは思いますけど」

(´・ω・`)「好かれてる?」

o川*゚ー゚)o「はい。かなり。
      もしかしたら、恋愛的な意味で好かれてたりして」

ζ(゚、゚;ζ「ええっ」

 ぎょっとして、デレはキュートに顔を向けた。
 表情を窺ってみるに、冗談を言っているつもりはなさそうだ。

o川*゚ー゚)o「私と2人だとね、すっごく嬉しそうなんですよ。
      でもデレちゃんが混ざると、ちょっとテンション下がるの」

(´・ω・`)「それは単純にデレちゃんが嫌いなんじゃないの?」

ζ(゚、゚;ζ「えええっ」

( ^ν^)「お前何したんだよ」

ζ(゚、゚;ζ「何もしてませんよ!」

o川*゚ー゚)o「まあ、たとえデレちゃんを嫌ってたとしてもですよ。
      私に対する態度は普通の友達とかクラスメートの域を越えてます」

 そこまで言うと、キュートは自分の体を抱き締めた。
 身をくねらせ、わざとらしく哀れっぽい声を出す。

693 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 20:48:50 ID:iVmhRP1kO

o川*>ー<)o「ああっ、同性さえも魅了する己の美しさが恐い!」

( ^ν^)「言ってろ」

(´・ω・`)「この本性知らないんでしょ? 埴谷くるうさんは」

ζ(゚、゚*ζ「ええ、まあ、
      『キュートちゃん可愛いね』『そっ、そういうこと言うのやめてよー』
      みたいなキャラですからね、学校じゃ……」

( ^ν^)「『キュートちゃん可愛いね』」

o川*゚ー゚)o「可愛いどころの話じゃない」

( ^ν^)「本性こんななのにな……」

(´・ω・`)「可哀想に」

 気の毒そうに呟き、ショボンは腰を上げた。
 机に置いていたノートパソコンを持ってくる。

 その直後、ドアを控えめにノックする音がした。

(´・ω・`)「どうぞー」

 ショボンが返事をし、一拍おいてからドアが開かれる。

694 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 20:50:22 ID:iVmhRP1kO

(,,゚Д゚)「……どうも」

ζ(゚、゚*ζ「あ」

 先週、ここに来た男だ。
 ショボンに紹介してもらう。
 埴谷ギコ。くるうの兄らしい。

 対するギコには、デレ達がくるうのクラスメートであることを説明した。
 ギコが瞠目し、「妹がお世話に」と頭を下げる。

(´・ω・`)「どうぞ、そちらに」

(,,゚Д゚)「はあ」

 ショボンはソファを指した。
 デレが端に寄る。キュートもデレの方へ詰めて、ギコが充分に座れるスペースを確保した。

ζ(゚、゚*ζ「あの、私達、席を外した方が――」

(´・ω・`)「いや、もしかしたら君達にも協力してもらうことがあるかもしれないから、
      話を聞いてもらえないかな。
      ――いいですか? 埴谷さん」

(,,゚Д゚)「……まあ、それで調査が捗るんなら」

(´・ω・`)「ありがとうございます。ニュッ君、お茶」

 ニュッが全員に紅茶を出し終えるのを待ってから、ショボンは口を開いた。
 「最初から説明しよう」、と前置き。

695 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 20:52:32 ID:iVmhRP1kO

(´・ω・`)「埴谷くるうは7月に入る直前、突然一人暮らしを始めた。
      アパートの一室でね」

o川*゚ー゚)o「え、そうなんだ」

(´・ω・`)「それから2ヶ月ほどして、様子がおかしくなったらしい。
      家族を一切部屋に入れてくれなくなった。
      いつ行っても、何度行っても、何かしらの理由をつけて断られる」

(´・ω・`)「そして先月。埴谷さんがいつものように玄関先で妹さんと話していると、
      部屋の奥から、物音と誰かの気配を感じたそうだ」


 ――その日以降ギコは、部屋を訪れる度、玄関から確認出来る範囲で
 「何者か」の様子を窺ってみたのだという。

 すると、時折、明らかに人間が発するものであろう音がする。
 誰かがくるうの部屋にいるのは、ほぼ確定した。


(´・ω・`)「ただの友達なら家族に紹介すればいいのに、妹さんはひたすら隠そうとする。
      これは怪しいぞということで、埴谷さんは僕に調査を依頼した。
      ですよね?」

(,,゚Д゚)「っす。
     結果によっては、両親に話して、無理にでも実家に戻させようかと」

696 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 20:54:19 ID:iVmhRP1kO

ζ(゚、゚*ζ「その『誰か』って、同居人なんでしょうか」

( ^ν^)「あるいは同棲か」

(;,゚Д゚)「……それが一番厄介かもしんねえ」

 自分のカップに紅茶を注いでいるニュッの言葉に、ギコが複雑そうな顔をする。

 ショボンは、ノートパソコンを起動させた。
 マウスで何か操作をする。

(´・ω・`)「その辺についてなんですけど。
      埴谷さん、怖い話って好きですか?」

(;,゚Д゚)「は?」

(´・ω・`)「おばけとか信じます? 幽霊とか妖怪とか」

o川;゚ー゚)o「何言ってんですか急に」

(´・ω・`)「いやね、妹さんの部屋の前で張り込みしてたら、妙なのが録れちゃいまして」

 ショボンがパソコンをこちらへ向ける。
 興味をそそられたのか、ティーカップを持ったまま、
 ニュッがデレ達のソファの後ろに回り込んだ。

 4人で画面を注視する。

697 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 20:58:15 ID:iVmhRP1kO

 物陰から、向かいのアパートらしき建物を収めている映像が流れていた。
 2階建てで、各階に2つずつドアが並んでいる。

(,,゚Д゚)「……妹の住んでるアパートっすね」

(´・ω・`)「ええ。妹さんは2階の手前の部屋ですね?」

o川*゚ー゚)o「あ、ドア開いた」

 今まさにショボンが言った、2階手前のドアが開いた。
 一旦止めて、というショボンの指示に、キュートがいち早く応えた。
 カーソルを動かし、「一時停止」をクリックする。

(´・ω・`)「よく見ていただけますか。
      人がいますね」

(;,゚Д゚)「……何だこいつ」

 身を乗り出させたギコが、呆然と呟いた。
 デレも、口を半開きにさせて硬直してしまう。
 2人共、その人物の存在より、出で立ちの方に驚いていた。

ζ(゚、゚;ζ「お面ですかね……?」

( ^ν^)「だな」

 くるうを見送るかのように玄関に立っている男。
 カメラの角度と男の立ち位置から、彼の右半身くらいしか満足に見えないのだが――

 黒ずくめの服装に、顔半分を隠す奇妙な仮面。
 何とも目立つ、仮装じみた格好をしていた。

698 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 20:59:24 ID:iVmhRP1kO

(´・ω・`)「はい、再生して」

o川;゚ー゚)o「は、はあ」

 クリック。
 固まっていた映像が動き出す。

 くるうが男に手を振り、ドアを閉めた。

(´・ω・`)「男は部屋に残りましたね」

(;,゚Д゚)「……あいつ、こんな変なのと一緒に暮らしてんのか……?」

(´・ω・`)「ところがどっこい、変なのは格好だけじゃない。
      この後、妹さんが帰ってくるんですが……――キュートちゃん、
      25分30秒くらいのところまで早送りしてくれるかな」

o川;゚ー゚)o「分かりました」

 しばらく、何の変哲もない光景が流れた。
 アパートから他の住人が出ていったり、前を車や通行人が通ったり。
 その間、くるうの部屋のドアは一度も開かなかった。

 画面下のバーが25分30秒を示したタイミングで、キュートが早送りを解く。

699 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:01:18 ID:iVmhRP1kO

o川*゚ー゚)o「……帰ってきた」

(;,゚Д゚)「あれ……?」

 コンビニの袋を提げたくるうがアパートに戻ってくる。
 その隣に、先程の男が寄り添っていた。

ζ(゚、゚;ζ「え。ちょ、」

( ^ν^)「……」

 映像の途中、ドアは開かなかった。
 男は外出していない。

 ――なのに、何故、そこにいるのだ。

 デレは、反射的にキュートの袖を掴んだ。

(´・ω・`)「おかしいですね。
      この男、外には出ていないのに何故か妹さんと一緒に帰ってきた」

(;,゚Д゚)「……」

 ギコが絶句する。
 ショボンとパソコンを交互に見て、それからティーカップを持ち上げた。
 紅茶を口に含み、熱かったのか、慌ててカップを離す。

 けほけほと咳き込むギコから、充分に動揺が伝わってきた。

700 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:03:20 ID:iVmhRP1kO

(;,゚Д゚)「ど、どういう……」

(´・ω・`)「数日に渡って、同様の現象が何度も確認出来ました。
      別の調査員に協力してもらってアパートの前後から見張ってみましたが、
      彼は窓からも出ていません」

(´・ω・`)「さらに、一日の内に二度も同じことが起きた日もあります」

 考えられる可能性は三つ。
 そう言って、ショボンは右手の指を3本立てた。

(´・ω・`)「一つ目。どこかに隠し通路がある。
      二つ目。男は三つ子である。
      三つ目。普通の人間ではない」

(;,゚Д゚)「……んなこと……」

(´・ω・`)「間違いなく現実での出来事なんです。
      この男の正体がとんでもないものだとしたら、
      妹さんが隠したがるのも無理はないかと」

 信用するかは埴谷さん次第ですけど。

 そう締め括り、ショボンはパソコンを閉じた。
 紅茶を一口飲んで、眉間に皺を寄せる。

701 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:04:37 ID:iVmhRP1kO

(´・ω・`)「どうします。まだ調査を続けますか?」

 額を押さえ、ギコが唸る。
 悩んでいるようだ。

 デレだって、同じ状況になったら、気味が悪くて関わるのを躊躇ってしまうだろう。
 あるいはショボンの悪質ないたずらだと思うかもしれない。

 たっぷり考えて、ようやくギコは答えた。

(;,゚Д゚)「……お願いします」

(´・ω・`)「了解」

 では、と、ショボンは大判の封筒を差し出した。
 それをギコが受け取る。

(´・ω・`)「男の名は、オサムというようです。
      妹さんがそう呼んでいました。
      本名なのか偽名なのか、彼女がつけた名前なのかは分かりませんが」

( ^ν^)「おさむ」

 ショボンの言葉に、ニュッが反応した。
 紅茶を飲み干し、自分の机に戻る。
 椅子に腰掛けたニュッは、何をするでもなく、難しい顔をして黙り込んでいた。

702 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:07:00 ID:iVmhRP1kO

(´・ω・`)「見たところ、歳は……40歳以上でしょうかね」

(;,゚Д゚)「40っすか……」

 仮にオサムとやらが普通の人間だったとしても、
 そんな中年が他人の女子高生と暮らしている時点で色々と怪しい。
 兄のギコの心中たるや、とても穏やかとは言えないだろう。

(´・ω・`)「妹さんに対し、少々馴れ馴れしいといいますか、
      やけにべたべた触れる節があります。
      しかし、どういった関係かまでは、まだ判断がつきません」

(´・ω・`)「近隣の住民に聞き込みもしましたが、そもそも男の存在を知らないようでした。
      もし――妹さんの様子が変わった頃から彼があの部屋にいたのだとしたら、
      これまでの2ヶ月以上、誰ひとりとして男に気付かなかったということになります」

 こんな目立つ姿の男に、誰も気付かないものなのだろうか。
 下手をすれば親子ほど歳の離れた男女ならば、尚更。

(´・ω・`)「……まあ、詳しくは、そちらの書類に」

 話を聞けば聞くほど、現実味が薄れていく。

 封筒を見下ろし、ギコは苦々しい表情で頷いた。
 今回の報告は以上です、とショボンが話を結ぶ。

703 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:08:58 ID:iVmhRP1kO

(´・ω・`)「デレちゃん、キュートちゃん。
      クラスメートってことで、くるうさんの普段の振る舞いに注意しておいてくれるかな。
      何か気づいたことがあれば、僕に教えて」

ζ(゚、゚;ζ「はい……」

o川*゚ー゚)o「任せてください」

(´・ω・`)「では。ギコさん、今日のところは、お帰りになってくださって結構です。
      お疲れ様でした」

(;,゚Д゚)「えっと……――じゃあ、あの、失礼します」

(´・ω・`)「書類に関して訊きたいことなどありましたら、
      お電話でも何でも、気軽に連絡してください」

(;,゚Д゚)「はい、……ありがとうございました」

 そそくさと、ギコが逃げるように事務所を出ていく。
 階段を下りる音が遠ざかると、ショボンはニュッへ振り返った。

(´・ω・`)「心当たりは?」

( ^ν^)「ある」

ζ(゚、゚;ζ「はへ?」

 ごくごく短い会話だった。
 きょとんとするデレを他所に、キュートもそこに加わる。
705 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:11:44 ID:iVmhRP1kO

o川*゚ー゚)o「やっぱ、『本』なんですか?」

( ^ν^)「十中八九」

(´・ω・`)「詳しく話しなさい」

ζ(゚、゚;ζ「え? 本? え?」

 ニュッからデレへ、ショボンの視線が移る。
 ひどく見下しきった目だ。
 君は本当に馬鹿だな、とでも言いたげな。

(´・ω・`)「非現実的なことが起きていて、
      かつ、ニュッ君は『オサム』という男について引っ掛かってる。
      となれば、もう想像つくでしょ?」

ζ(゚、゚;ζ「……あ」

 ――なるほど、「本」の仕業か。
 ようやく分かった。

 キュートが生暖かい笑みをデレに向けてくる。
 何だその表情は。
707 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:13:05 ID:iVmhRP1kO

(´・ω・`)「で、どんな話?」

( ^ν^)「クックルが書いた児童文学」

ζ(゚、゚*ζ「童話みたいなものですか?」

( ^ν^)「まあ内容は大体そんな感じだった。
       試験的な作品らしかったが、随所にイラストも描いてあって凝ってたな」

o川*゚ー゚)o「本当に器用な人だね」

( ^ν^)「物語では、その『オサム』が主人公なんだ。
       とある悪人――オサムが不慮の事故で亡くなって、地獄に落ちかける。
       だが、悪人はチャンスを与えられた」

(´・ω・`)「チャンスって?」


 ――たくさんの人間の願いを叶えて幸せにすれば、天国に行くことが出来る。
 ただし何か悪さをすれば、たちまち地獄行きの条件付き。

 持ちかけられた話に、オサムは喜んで飛びついた。
 彼は事故で傷付いた顔を隠すために仮面をつけ、下界に降りる。


ζ(゚、゚*ζ「たしかに仮面つけてましたね」

o川*゚ー゚)o「趣味悪いけどね」

708 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:16:11 ID:iVmhRP1kO

 不思議な力を与えられたオサムは、何年もかけて多くの願いを叶えて回った。
 あと1人を幸せにすれば天国に行ける、というところで、
 予想外なことに、最後の1人である少女に手間取ってしまう。


( ^ν^)「少女は『してほしいことは特にない』なんて言いやがるが、
       一度ターゲットを決めた以上、そいつの願いを叶えなきゃならない。
       オサムはしばらくそいつのもとに身を置くことになる」

(´・ω・`)「身を置く、ね」

( ^ν^)「やがて数ヵ月が経った頃、少女はようやく願いを口にした。
       『嫌いな奴を消してほしい』」

o川*゚ー゚)o「うわあ、過激だ」


 お安い御用とばかりに悪人は願いを叶えてやる。
 さあ待っていろ天国――と喜び勇んでいたオサムは、ふと気付く。
 自分が人殺しをしてしまったことに。


( ^ν^)「なかなか願いを決めてくれない少女に焦れていた悪人は、
       地獄行きの条件をすっかり忘れてたんだ。
       そんでバッドエンド」

o川;゚ー゚)o「後味悪っ。子供向けの話なんだよね?」

( ^ν^)「これを書いた当時、『児童文学は少しでも希望のある終わり方にするべき派』と
       『バッドエンドも認めるべき派』に分かれて、みんなが議論したこともあったな」

ζ(゚、゚*ζ「ニュッさんどっちですか?」

( ^ν^)「面白けりゃ何でもいい」

(´・ω・`)「まあ、君とあのジジイは読めさえすれば気にしないよね」

 そこまで話すと、ニュッは溜め息をついた。
 ひどく面倒くさそうに顔を顰める。
 どうしたのだろう。

709 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:18:48 ID:iVmhRP1kO

ζ(゚、゚*ζ「ニュッさん?」

( ^ν^)「……これは、もしかしたら厄介なパターンかもしれねえ」

ζ(゚、゚*ζ「何がですか」

( ^ν^)「本に演じさせられてきた奴らだって、結局は『人間』だ。
       通常、普通の人間に不可能なことまで可能になる例は今までなかった」

ζ(゚、゚*ζ「?」

 やはりデレには分からない。
 今回ばかりはキュートも首を傾げている。

(´・ω・`)「つまり、本によって一時的に筋力や視力などがアップさせられることはあっても、
      あのオサムのように、瞬間移動か何かが使えるようになるのは有り得ないんだね」

 ニュッが首肯する。
 だが、事実、オサムは部屋から出ないまま、くるうと共に帰宅したではないか。
 ならば有り得ないこともないだろう。

 そのことをデレが指摘すると、ニュッは首を横に振った。

( ^ν^)「あの作品には絵が描いてあるっつったよな」

ζ(゚、゚*ζ「ええ」

( ^ν^)「そこに描かれていた絵と、さっきの映像のオサムは――
       あまりにも似すぎてる」

 ここまでくると、何となくだがデレにも想像がついてきた。
 原作同様に不思議な力を持ち、イラストとそっくりな姿をしたオサム。
 まるで、「本の中から出てきたような」。



( ^ν^)「本は、主人公そのものを作り出したんだ」



*****

710 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:20:06 ID:iVmhRP1kO



 マンションの前で、車が停まる。
 後部座席のドアを開け、キュートは運転席の男に声をかけた。

o川*゚ー゚)o「ありがとうございました、ニュッ君さん」

( ^ν^)「別に」

 ハンドルを握っているニュッは、前方を見つめたまま、無愛想に返事をする。

 「どういたしまして」くらい言えないのかと、デレは嘆息した。
 鞄に付けたストラップを指先で転がす。

o川*゚ー゚)o「じゃあね、デレちゃん、ニュッ君さん。また明日」

ζ(゚ー゚*ζ「うん。また明日ね」

 ドアを閉め、キュートがマンションの中に入っていく。
 それを後部座席から見届け、デレは顔を前に向けた。

 ――すっかり暗くなってしまったので、デレとキュートを送り届けるようにと
 ショボンがニュッに言いつけたのだ。

 とはいっても、少女に夜道を歩かせないように、なんて紳士的な理由ではない。
 もっと差し迫った問題がある。

 デレは、事務所での会話を思い出し、膝の上で拳を握った。

711 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:22:42 ID:iVmhRP1kO



   (´・ω・`)『――埴谷くるうって、デレちゃん達以外に、よく関わる人はいるの?』

   ζ(゚、゚*ζ『急に何ですか。……ちょっと、分かんないです』

   o川*゚ー゚)o『特別仲がいい人も悪い人もいないかな』

   (´・ω・`)『じゃあ、デレちゃん危ないかもね』

   ζ(゚、゚*ζ『え?』

   (´・ω・`)『オサムは埴谷くるうのところにいる。
         「少女」役はくるうってわけだね』

   ( ^ν^)『……ああ』

   ζ(゚、゚*ζ『それと私に何の関係が……』

   (´・ω・`)『あのね、ニュッ君が言ってたストーリーを聞いてただろ?』


   (´・ω・`)『……少女の願い事は、「嫌いな奴を消してほしい」、だよ――』



.
714 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:25:38 ID:iVmhRP1kO


ζ(゚、゚*ζ「……」

 話し合った結果、ショボンとニュッが明日くるうのもとを訪れることになった。
 だが、いつオサムが行動に出るか分からない。

 デレが狙われると限ったわけではないが、念のため、
 ひとまず今晩はデレをVIP図書館に匿うことにしたのである。

 車を停めたまま、ニュッは携帯電話を手にすると電話を掛け始めた。
 恐らく図書館に。

 数秒してからニュッが話し出す。
 相手はツンらしい。
 大まかに事情を説明している。

ζ(゚、゚*ζ(……ツンちゃん達と一緒なら、大丈夫だよね……)

 沸き上がる不安を誤魔化すため、車内を見渡した。

 通勤のために免許をとって中古車も買ったニュッだったが、
 こうして彼の運転する車に乗せてもらう機会はなかなかない。

 バックミラーに交通安全のお守りが括りつけられていた。
 ニュッが免許をとった日に、ハローとモララーが神社で買ってきたのだと聞いた覚えがある。

 ニュッも内藤も、それぞれの両親を交通事故で亡くしている。
 ふと親について考えると、あのブームという少年の姿が脳裏を掠めていった。

715 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:28:36 ID:iVmhRP1kO

( ^ν^)「――デレ」

ζ(゚、゚*ζ「ふひゃ」

 ニュッに呼び掛けられて、デレは我に返った。
 携帯電話が差し出されている。

( ^ν^)「電話」

ζ(゚、゚;ζ「は、はいっ! もしもしっ」

『もしもし、デレ?』

 携帯電話を受け取ると、ツンの声が返ってきた。
 夕飯の希望を訊かれる。何でもいいと答えておいた。

『じゃあ、お鍋にするけれど。こっちに来る前に、着替えとか持ってきなさいね』

ζ(゚ー゚*ζ「うん、一回うちに寄ってもらうから大丈夫」

『それと、寝る部屋は――』

 瞬間、電話の向こうでがたがたと激しい物音がした。
 デレは驚き、ツンの名を呼ぶ。

ζ(゚、゚;ζ「ツンちゃん、どうし――」

『デレちゃん泊まんの!? 泊まんの!? 私の部屋で寝る!? ねえ!』

ζ(゚、゚*ζ

716 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:30:57 ID:iVmhRP1kO

『優しくするから大丈夫だよ! あっ、それともニュッちゃんの部屋がいいのかな!?
 ついに一線越えちゃうのかな!?』

ζ(゚、゚*ζ

『邪魔しないから、邪魔しないから見てていい? 邪魔しないから!
 本当に邪魔だけはしないから!』

ζ(゚、゚*ζ

『足の傷跡ぺろぺろプレイとかすんだろ? お? そうなんだろ?
 ニュッちゃんそういうの好きそうだもんな!
 別に私がやりたいわけじゃないよ、本当に私がやりたいわけじゃn』

 デレは、そっと携帯電話を閉じた。

ζ(゚、゚*ζ「行きましょうか」

( ^ν^)「ああ」

ζ(゚、゚*ζ「しぃさん縛っといてくださいね」

( ^ν^)「でぃがやってくれると思う」



*****
718 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:34:37 ID:iVmhRP1kO


( ФωФ)「――ただいま」

 仕事から帰ったロマネスクは、リビングにいたブームに声をかけた。
 以前は「おかえりなさい」と返してくれたものだが、
 今や、ちらりとロマネスクを一瞥するだけだ。

|  ^o^ |

( ФωФ)「……」

 ブームの態度に苛立ってしまうのは確かだ。

 自分や妻がどんなに話しても、ロマネスクは父親ではないのだと言って聞かない。
 両親よりも、他人や祖母の方を信じるのかと、
 物悲しさと怒りを覚える。

 自分は妻を信じたいと思っているし、実際、彼女を信用している。
 その一方で、信用している「つもり」なだけではないかとも考えてしまう。

 いや、きっとそうなのだ。
 己の精神衛生のために、疑うのを避けているだけ。

719 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:35:18 ID:iVmhRP1kO

( ФωФ)「……飯の支度をするである」

 結局自分も、周りと同じように、妻とブームに対する疑惑を抱いていて。
 それを見て見ぬふりをして、日々をやり過ごしている。

 ――DNA鑑定でもしてみたらどうかと父に勧められたことがある。

 しかし、未だ、その勇気はロマネスクにはない。

 妻もブームも愛おしい。
 なのに、万が一、本当にブームが他人の子供であったら。
 全てが、無くなってしまう。



*****
721 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:36:50 ID:iVmhRP1kO



 あくる朝。校門前。
 デレは、ニュッの車から降りた。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとうございました!」

( ^ν^)「ん」

ζ(゚ー゚*ζ「放課後はどうしたらいいでしょうか」

( ^ν^)「兄ちゃんが迎えに行くから、それまでキュートとでも一緒にいろ」

 あの後、図書館で一晩過ごしたデレ。
 解決するまで学校に行くのも控えたらどうかという内藤の案を断って、
 ニュッの通勤ついでに学校まで送ってもらったのである。

 彼が家を出る時間に合わせた結果、普段よりも随分早く到着してしまった。
 こういうのもなかなか新鮮だ。

722 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:38:52 ID:iVmhRP1kO

 「それにしても」と、ニュッが辺りを見回す。

( ^ν^)「誰もいねえな」

ζ(゚ー゚*ζ「まだちょっと早い時間ですからね。
      まあ学校の中なら、誰かいるでしょうから大丈夫ですよ」

( ^ν^)「なるべく1人になんなよ」

ζ(゚ー゚*ζ「分かってますって」

 行ってきます、と言って、デレは校舎へ向かった。
 昇降口に入り、クラスの下駄箱の前に立つ。
 校門の方を見ると、ニュッの車が離れていくところだった。

ζ(゚ー゚*ζ(行ってらっしゃーい)

 頭の中で言いながら、デレが靴を脱ぎかけた。

 その、一瞬。


【+  】ゞ゚)「思ったより早いんだな」


 デレの視界が、真っ暗になった。



*****
724 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:40:58 ID:iVmhRP1kO





 冷たいものが頬を撫でている。
 指だろうか。

 デレは、瞼を持ち上げた。

ζ(-、゚*ζ(……?)

 見知らぬ部屋だ。
 どうやら自分は横たわっているらしい。

 目の前には低めのテーブルと、白と黒のクッション。
 壁にかかっているハンガーに、見覚えのある制服が吊るされている。
 デレが着ているのと同じ。

【+  】ゞ゚)「起きた」

ζ(゚、゚;ζ「っ!!」

 真上から声。
 すぐ傍に、男が座っていた。
 黒い服に不気味な仮面。――昨日ショボンに見せられた映像にもいた。

 オサム。

725 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:42:45 ID:iVmhRP1kO

ζ(゚、゚;ζ「あの」

 オサムはデレを見下ろしながら、頬に指を這わせている。

 彼は、物語の設定通りであるならば「悪人」だ。
 自らが天国に行くために人々の願いを叶えていたわけであって、
 決して善人ではない。

 デレは慌てて身を起こし、オサムと距離をとった。

 太股に何かが当たる。

ζ(゚、゚;ζ(あ……)

 本。

 花柄。紺色のタイトルと著者名。
 咄嗟に、それを手にしていた。

 堂々クックル、と作者の名前が書かれている。

ζ(゚、゚;ζ(や、やっぱり……)

 ニュッとショボンの推測通り、「本」による事件だったのだ。

 オサムを睨む。
 彼はその場に座ったまま、じっとデレを見つめていた。

726 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:46:36 ID:iVmhRP1kO

川 ゚ 々゚)「――おはよう」

ζ(゚、゚;ζ「ほわっ」

 肩を跳ねさせる。
 振り返ると、部屋の入り口に立っているくるうと目が合った。

【+  】ゞ゚)「くるう」

ζ(゚、゚;ζ「は、埴谷さん……」

川 ゚ 々゚)「学校行かなきゃ」

 デレが呼ぶのを無視して、くるうはいきなり服を脱ぎ出した。
 平然とした顔で下着姿になり、制服を身に着ける。

 この状況で淡々と着替えを済ませるくるうに、背筋が寒くなった。

【+  】ゞ゚)「くるう、この子はどうしたらいい? 今すぐにでも――」

川 ゚ 々゚)「んん? んー……私が帰るまで、そのままにしといて。
      自分がどんなに悪い子か教えてあげなきゃ……」

 この子、とデレを指差したオサムに、くるうは身嗜みを整えながら答えた。
 オサムが不満そうに頷く。

 彼は、さっさと願いを叶えてしまいたいのだろう。

727 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:47:50 ID:iVmhRP1kO

川 ゚ 々゚)「外に出しちゃ駄目だよ」

【+  】ゞ゚)「ああ」

川 ゚ 々゚)「電話も使わせちゃ駄目だからね」

【+  】ゞ゚)「分かってるさ」

川 ゚ 々゚)「じゃあ、行ってきます」

ζ(゚、゚;ζ「埴谷さん!」

 ぱたぱた。
 くるうが部屋を出ていく。

 それから、玄関のものであろうドアが閉まる音と、鍵のかかる音が響いた。

 静寂。

ζ(゚、゚;ζ「……」

 恐々、オサムに振り返る。

ζ(゚、゚;ζ「……帰ってもいいですか……?」

【+  】ゞ゚)「駄目だ」

ζ(゚、゚;ζ「ですよね」

728 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:49:16 ID:iVmhRP1kO

 本を床に置いた。

 拘束されているわけではない。
 オサムとも若干の距離がある。
 デレの方がドアに近い。

 逃げられないこともないだろう。

ζ(゚、゚;ζ

 今更ながら気付いたが、靴を履いたままだった。
 どうやら学校から連れてこられて、そのままここに転がされていたらしい。

 きょろきょろ、室内を見回す。
 鞄がない。

 昇降口に残っていれば、キュート辺りが察してくれるかもしれないが。
 あくまで希望的観測だ。

 オサムの様子を窺う。
 意外にも、彼はあっさりとデレから視線を外していた。

ζ(゚、゚;ζ(……)

 身じろぎする。
 こちらには気付いていない。

729 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:51:18 ID:iVmhRP1kO

ζ(>、<;ζ(――ええいっ!!)

 思いきって立ち上がり、部屋を飛び出した。
 キッチンを抜ける。真正面に玄関。

 ドアの前にデレの鞄が落ちていた。
 鍵を捻りながら後ろを確認したが、何故だか追ってくる気配はなかった。

 鞄を拾い上げ、外に逃げ出す。


【+  】ゞ゚)

 ――目の前に、オサムが立っていた。


.

730 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:56:00 ID:iVmhRP1kO

ζ(゚、゚;ζ「ひっ……!」

 いつの間に。
 凍りつきかけた思考で、何とか昨日の記憶を引っ張り出す。
 この男は、好きなように移動出来る――

ζ(゚、゚;ζ「っ!」

 突き飛ばされた。
 手から離れた鞄が、外の通路に落ちる。

 オサムは後ろ手にドアを閉めた。
 がちゃり、鍵が鳴る。

【+  】ゞ゚)「無駄だぞ」

ζ(゚、゚;ζ「いっ、痛、っ――」

 引きずられるようにキッチンを進んで、奥の部屋に放り込まれた。
 テーブルに背中からぶつかり、呼吸が一瞬止まる。苦しい。痛い。

 オサムは、わざわざ元の場所に腰を下ろした。
 デレの動きを封じることもしない。
 彼女が何をしようと、すぐに捕まえられるという意味だろう。

731 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 21:58:23 ID:iVmhRP1kO

 おとなしくしていた方がいい。
 少なくとも、くるうが帰ってくるまでは安全な筈。

ζ(゚、゚;ζ「……」

 デレも元の位置に戻る。
 膝を抱えて丸まった。



.
733 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:00:33 ID:iVmhRP1kO


ζ(゚、゚;ζ「……何で、私、埴谷さんに嫌われてるんですか……?」

 静まり返った部屋の中、十数分が経過する。
 沈黙に耐えきれず、おずおずとオサムに質問してみた。

 オサムは小首を傾げる。

【+  】ゞ゚)「――素直キュートの邪魔をするから」

ζ(゚、゚;ζ「邪魔?」

 そんなもの、した覚えはない。

【+  】ゞ゚)「素直キュートはヒロインであるべきだと、くるうは思っている」

 抑揚のない声で言い、オサムは視線をずらした。
 それを追うと、本棚がデレの目に入った。
 少女漫画や小説、DVDのケースが並んでいる。

 いくつか知っているタイトルがあったが、どれも、美少女が主人公のものだ。

734 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:02:13 ID:iVmhRP1kO

【+  】ゞ゚)「くるうの理想のヒロインなんだそうだ」

ζ(゚、゚;ζ「……キュートちゃんが?」

【+  】ゞ゚)「ああ」

ζ(゚、゚;ζ「それで私が邪魔って、どういうことですか?」

【+  】ゞ゚)「君がいると、素直キュートが図書館の中でヒロインらしくあれないらしい」

ζ(゚、゚;ζ「……」

【+  】ゞ゚)「くるうは、理想のヒロインである素直キュートを近くで見ていたい。
        そのためには、君にいられると邪魔なんだ」

 それはまた。何とも。

 キュートが言ったように恋愛感情でも抱いていたのなら、まだ分かる。

 だが、自分の中のイメージをキュートに押しつけ、
 そのイメージを阻害するからという理由で――「邪魔者」に消えてほしいと願うなど。
 デレが想像出来る範囲を越えている。

 そもそも、全てがくるうの頭の中でのみ展開されている話なわけで。
736 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:05:07 ID:iVmhRP1kO

ζ(゚、゚;ζ「そ、そうですか……」

 棚から目を逸らし、デレは俯いた。
 足元に本がある。

ζ(゚、゚*ζ「これ、読んでいいですか?」

【+  】ゞ゚)「おとなしくしてられるなら、何しても構わないさ」

ζ(゚、゚*ζ「……ありがとうございます」

 礼を言い、本を開いた。
 大まかに斜め読みをする。

 主人公の名前はオサム。
 悪行を働いてきた主人公は、死後、天国に行くための指令を下される。
 ニュッが話していたのと同じ流れだ。

 主人公は傷を隠すための仮面をつけ、下界へ。
 まずは、飼い犬が逃げてしまって悲しんでいるという人に出会った。
 主人公が犬を連れ戻し、まずは1人を幸せにしてやる。

 合間合間に、イラストが混じっていた。
 細かいところまで描き込まれていて、思わず感心する。
738 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:06:23 ID:iVmhRP1kO

ζ(゚、゚*ζ「……迷子になった犬を、飼い主さんのもとに帰してあげたことありますか?」

【+  】ゞ゚)「ああ。どうして知ってるんだ?」

ζ(゚、゚*ζ「えっと、……何となく」

 オサムは、この本の中身を知らないようだ。

 デレはページをめくっていった。
 次々と願いを叶えていく主人公が、簡素に描写されている。

 今のところ、起承転結の「起」の辺りだろう。
 少女と出会ってからが物語の主要な部分なのだ。

ζ(゚、゚*ζ

 ページを繰るデレの手が、止まる。

 ある単語に目が釘付けになった。
 恐る恐る、前後の文章をじっくり読み込んでいく。

 まさか。
 偶然だろう。
 偶然。

739 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:07:53 ID:iVmhRP1kO

ζ(゚、゚;ζ

 ――主人公は、ある夫婦のもとを訪れていた。
 今、幸せか。何か足りないものはないか。してほしいことはないか。
 訊ねる主人公に、妻は答える。

 「なかなか子宝に恵まれないの。だから子供が欲しい」。

 主人公の力で、夫婦の間に男の子が生まれた。

 子供は、「ブーム」と名付けられる――

ζ(゚、゚;ζ(……ブーム君……?)

740 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:10:22 ID:iVmhRP1kO


   |  ^o^ |『あの人 子供 できない って。 作れない って』――


 杉浦ブームの、ゆったりとした声が耳の奥で再生される。

 子供が出来ない。
 なのに生まれたブーム。

ζ(゚、゚;ζ「あの……」

【+  】ゞ゚)「ん?」

ζ(゚、゚;ζ「す、杉浦さんって方、ご存知ですか?」

【+  】ゞ゚)「杉浦?」

ζ(゚、゚;ζ「はい。ご夫婦の」

【+  】ゞ゚)「……ああ――」


【+  】ゞ゚)「何年か前に、会った気がするな。
        子供が出来ないって悩んでた」


.

741 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:13:15 ID:iVmhRP1kO

 ぐるぐる、色々な思いが頭の中を巡る。

 次のページに、成長した「ブーム」の姿がイラストで描かれている。
 それは、デレが会ったブームとまったく同じ姿だった。
 違うのは、親の容姿や名前。

 そして気付く。ブーム。ブーン。
 大方、クックルは内藤をブームのモデルにしたのだろう。
 名前も顔も似ているわけだ。

 それ以降、夫婦も子供も登場することはなかった。
 物語が終わり、白紙のページが僅かばかり残っている。

ζ(゚、゚;ζ(……これは)

 鼓動が速まる。
 嫌な考えが浮かんで止まない。

 夫婦の間に子供が出来た理由について、詳しくは書かれていなかった。
 主人公が力を使い、妻の腹に子を宿らせた、とあるだけ。

 もし。
 オサムが、不思議な能力でもって、「ブーム」を作り出し。
 ロマネスクの妻の体に、彼を忍び込ませたのなら。

 この場合、ブームは、「本の登場人物」と「現実世界の人間」の、
 どちらになるのだろう。

742 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:14:50 ID:iVmhRP1kO

ζ(゚、゚;ζ「……」

 思い出すのは、一年前。
 貞子の小説の主人公にされたときのこと。

 本から生まれた女は、演じ終わると共に消え去った。

 ここにいるオサムも、恐らく、結末を迎えれば消える。
 ならば。

ζ(゚、゚;ζ(ブーム君も……?)



*****
744 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:17:36 ID:iVmhRP1kO


lw´‐ _‐ノv「ブーム、学校はどうしたのかね」

|  ^o^ |「……今日は おやすみ です」

lw´‐ _‐ノv「この間も休みじゃなかった?」

|  ^o^ |「……」

 病室。
 ベッドの脇にある椅子に座り、ブームはぶらぶらと両足を揺らした。

 母は小さく息をつき、ブームの頭を撫でる。

lw´‐ _‐ノv「お父さんに怒られるよ」

|  ^o^ |「……お父さんじゃ ありません」

 学校に行きたくない理由は、その「お父さん」。

 クラスメートから、ブームの父親は誰なのかと言われる。
 からかいではなく、純粋な疑問として訊かれるのだ。
 それに答えられなくて、とても悲しくて、息が詰まる。

 だから、あまり学校には行きたくない。

lw´‐ _‐ノv「そんなこと言ったら、お父さん悲しむよ」

 悲しんでいるのは、こっちだ。



*****

745 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:19:04 ID:iVmhRP1kO


o川*゚ー゚)o「もしもし、内藤さん?」

『こんにちは、キュートちゃん』

 2時限目が終わって、休み時間。
 女子トイレの中で、キュートは内藤に電話を掛けていた。

o川*゚ー゚)o「こんにちは。デレちゃんいますか?」

『デレちゃん? 朝、ニュッ君が学校まで乗せていったお?』

o川*゚ー゚)o「学校来てないんです」

『……お?』

o川*゚ー゚)o「無断欠席になってますよ、デレちゃん」

『――まさかニュッ君と2人でサボりデート!?』

o川*゚ー゚)o

『……』

o川*゚ー゚)o「デレちゃんが行方不明なことについて、
      真面目に考えるべきだと思っていたのは私だけなんですかね?」

『ごめん……デートだったらいいなって……2人が進展したらいいなって……』

 舌打ちしそうになるのを何とか堪える。
 この三十路め。
 状況が状況だけに、ふざけている場合ではないだろうに。

746 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:21:33 ID:iVmhRP1kO

o川*゚ー゚)o「本当にそうだったら平和なんですけど。
      ニュッ君さんから話聞いてますよね? デレちゃんが危ないかもって」

『聞いてるお。クックルの本だおね?』

o川*゚ー゚)o「はい。さっきからデレちゃんの携帯に電話掛けても繋がらないんです。
      至急ニュッ君さんに確認とってもらえますか?」

『……分かったお』

 内藤の声に、真剣な色が混じる。
 キュートは、何か分かったら連絡してほしいと告げて、携帯電話を閉じた。

 壁に寄り掛かる。
 そろそろ次の授業が始まる。
 優等生として、授業をサボるのは避けるべきだ。

 しかし、今はデレの安否を優先させたい。
 キュートが主人公になったとき、デレは、学校を飛び出して家まで来てくれた。
 あの頃は然程仲がいいわけでもなかったのに。

747 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:23:05 ID:iVmhRP1kO

 本鈴が鳴った。
 直後、内藤から着信。

 デレが無事なら教室に戻ろう。
 何かあったら――授業なんて知るか。

o川*゚ー゚)o「どうでした?」

『ニュッ君は学校でデレちゃんを降ろしたって言ってたお』

 眉根を寄せる。
 デレは学校に来た。だが、こちらでは欠席になっている。

『キュートちゃん』

o川*゚−゚)o「……私は何をしたらいいですか?」

『くるうちゃんは学校に来てるかお?』

o川*゚−゚)o「はい」

『今すぐ接触することは――』

o川*゚−゚)o「出来ます」

 電話の向こうで、ばたりと何かの閉まる音がした。
 続いてエンジンのかかる音。

748 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:25:20 ID:iVmhRP1kO

『今からそっちに行くお。
 くるうちゃんを何とか連れ出してきてくれないかお?』

o川*゚−゚)o「了解しました」

 通話を切る。

 くるうは教室だろう。
 教師やクラスメートにどう思われるかは分からないが、ともかく、無理矢理連れ出してしまえ。

 そんなことを考えながらトイレを出たキュートだったが、
 予想外の出来事に、面喰らってしまった。

川 ゚ 々゚)「素直さん」

o川;゚ー゚)o「くぁっ!!」

 くるうが、トイレの前に立っていたのだ。
 ぎょっとして、思わず後ずさる。

749 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:26:57 ID:iVmhRP1kO

川 ゚ 々゚)「あの、だ、大丈夫……?」

o川;゚ー゚)o「へ」

川 ゚ 々゚)「なかなか戻ってこないから、心配しちゃった」

 でも元気そうだね、と笑う。

 キュートが戻ってこないという理由だけで、ここに来たのか。
 そもそもキュートがトイレにいるのを知っていたらしい。

o川;゚ー゚)o(……す、ストーカーじみてない……?)

 こんなときにも「モテる女は大変だ」などと考えていたが、
 内藤の言葉を思い出し、ぶんぶん首を振った。

 引き攣りそうな口元を、何とか柔らかく曲げる。

o川*゚ー゚)o「……くるうちゃん」

川*゚ 々゚)「な、なあに?」

o川*゚ー゚)o「ちょっと――2人で、出掛けない?」



*****
751 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:32:03 ID:iVmhRP1kO


(´・ω・`)「はい、着きましたよっと」

( ^ν^)「……」

 ショボンは、くるうの住むアパートの前で停車した。
 ニュッが助手席から飛び出して、2階への階段を早足で上る。

 彼がデレを1人にさせたのが原因だ、と運転中にショボンが散々嫌みを言ったのだが、
 一度も反論されなかった。
 余程こたえたらしい。

(´・ω・`)「お、どうした?」

 ニュッに追いつく。
 彼はドアの前にしゃがみ込んでいた。
 そこに落ちている鞄を見つめていたかと思うと、いきなり立ち上がる。

( ^ν^)「デレの鞄だ」

(´・ω・`)「ほう」

 と、なれば。答えは一つ。

 たしか、この時間帯、アパート内は大体の住人が出掛けている筈。
 数日かけて張り込んだショボンには分かる。

 だから、何かあったとしても、「多少」騒いだところで問題はない。
 多分。
761 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:46:48 ID:iVmhRP1kO

(´・ω・`)「埴谷さあん」

 チャイムを鳴らす。
 耳を澄ませる。物音はしない。

 事務所を出る前に内藤から届いたメールによれば、くるうは登校しているとのことだった。
 ならば、本来なら、この部屋は現在無人であるべきなのだ。

(´・ω・`)「埴谷さん、水道のことで話があるんですけどお。埴谷さあん?」

 もっと大きな声を出す。

 ――かたり。
 ほんの僅かだが、何かの動く音がした。

(´・ω・`)「誰かいるね」

 小声でニュッに言う。
 彼の形相に、ショボンは苦笑した。

(´・ω・`)「『誰か』がオサムなら、恐らくデレちゃんは無事だ。
      でなきゃ、とっくにオサムは消えているからね」

( ^"ν^)「……」

(´・ω・`)「やだニュッ君、顔恐い」

 ドアスコープから外れた位置に立ち、腕を組む。

 道路を見下ろしていると、やがて、見慣れた車が近付いてきた。



*****

762 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:48:01 ID:iVmhRP1kO


 何が起きている。
 どうして、こんなことに。

( ^ω^)「……そこの角を曲がればいいのかお?」

ξ゚听)ξ「ショボンから聞いた住所が合ってるのなら、そうね」

川;゚ 々゚)「……」

 キュートに誘われるまま学校を出たら、例の図書館の館長が運転する車に乗せられた。
 助手席にはカウンターの少女がいる。

 そして後部座席に、自分を挟む形で座っているキュートと、

( ゚∋゚)「悪いな、狭いだろ」

o川;*゚ー゚)o「ほほほほほ本当だよ! 筋肉減らしたら!?」

 見知らぬ大男。

 わけが分からない。
 大男を前にしてから、キュートの様子がおかしい。
 こんな子ではないのに。

 いや、理解出来ないことは他にもある。
 何故――自分のアパートに近付いているのだ。
764 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:49:48 ID:iVmhRP1kO

 そうこうする内、アパートが見えてきた。
 今は駄目だ。
 長岡デレが、部屋に。

川;゚ 々゚)「す、素直さん……」

o川*゚ー゚)o「……くるうちゃん。デレちゃん、どこにいるか知らない?」

川;゚ 々゚)「――っ」

 これは、ばれている。

 どこまでだ。
 どこまで気付いている。

 ああ、やっぱり、キュートは凄い。
 何でもお見通しだ。

 車が停まる。カウンターの少女と大男が降車し、
 次にキュートがくるうの腕を引っ張って外に出た。
 館長は車に残っている。

 アパートを見上げると、部屋の前に男が2人いた。

o川*゚ー゚)o「行こ」

川 ゚ 々゚)「……」

765 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:51:33 ID:iVmhRP1kO

 キュートに腕を掴まれたまま、2階に行く。
 こんなに綺麗な手に触れられているなんて。
 ああ、確かな感触。ここにいる。自分の理想通りの女の子が、現実に存在している。

 ついつい頬が緩んでしまう。

o川*゚−゚)o「――くるうちゃんってば」

川*゚ 々゚)「んう?」

 きつい声。我に返る。
 キュートが険しい顔をしていた。
 またキュートの言葉を聞いていなかったようだ。

 周りにはキュートを含めた5人の男女。
 狭い通路に計6人も集まると、さすがに密度が高い。

 その内の1人、トレンチコートを着た男が微笑んだ。

(´・ω・`)「こんにちは、埴谷くるうさん」

川 ゚ 々゚)「……こんにちは」

766 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:53:15 ID:iVmhRP1kO

(´・ω・`)「単刀直入に訊くけど――長岡デレはどこかな」

 ――何だ。
 何なのだ、みんなして。
 長岡デレ、長岡デレ。あいつばかり。

 ここにもっと可愛い子がいるではないか。
 どうしてキュートに構わないのだろう。

川 ゚ 々゚)「知らない」

( ^ν^)「あ?」

ξ゚听)ξ「ニュッ君」

 別の男が高圧的な声を出し、少女が窘めた。
 ニュッ。名前は知っている。館長の従兄弟か何か。
 どんな人かと気になっていたが、キュートには似合わない。

 やはりモララーくらいでないと――


( ゚∋゚)「……じゃあ、オサムはどこだ?」

川 ゚ 々゚)「……え」


 ――大男が、オサムの名を口にした。

 思考が停止する。
 どうして知ってるの、と問おうとしたが、唇が動いてくれなかった。

 まさか全部知っているのか。

767 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:54:56 ID:iVmhRP1kO

o川*゚ー゚)o「ねえ、くるうちゃん。お願い。
      デレちゃんに会わせてよ」

川 ゚ 々゚)

川 ゚ 々゚)「し」

川 ゚ 々゚)「知らないもん」

o川*゚ー゚)o「くるうちゃん」

川 ゚ 々゚)「知らない――」

( ^ν^)「いい加減にしろよ」

 ニュッが前に出た。

 そして、足元に転がっていたものを拾い上げる。
 鞄だ。

 ざわり、肌が粟立つ。
 デレの鞄。
 何故ここに。

 まさか玄関の鍵が開いていた?
 いや、ならば、とっくに部屋に入っている筈だ。

768 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:56:28 ID:iVmhRP1kO

川;゚ 々゚)「あ、あ、」

 予想外のことが多すぎて、頭がこんがらがる。
 取り繕い方が分からない。
 気付けば、ニュッから鞄を奪っていた。

 一歩、下がる。

川;゚ 々゚)「私の……」

( ^ν^)「そのストラップもか?」

 ニュッが、垂れ下がっているストラップを指差した。

 真ん丸。
 味のある顔の、猫。

川;゚ 々゚)「そ――そう」

o川*゚ー゚)o「……デレちゃんがそれ買うの、私見たよ」

川;゚ 々゚)「私も買ったの! 似たようなやつなんて、いくらでもあるじゃない!」

(´・ω・`)「往生際が悪いなあ」

 顔を背けるくるうに、ニュッが再び近寄った。
 スーツのポケットに手を突っ込み――何かを取り出す。
770 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 22:58:29 ID:iVmhRP1kO

( ^ν^)「残念だったな」

 ストラップ。
 鞄に付いているのと同じような造りである。

川 ゚ 々゚)「……何?」

( ^ν^)「このストラップ、それぞれ顔が違うんだ」

 ぽかんとして、くるうは、ストラップを見比べた。
 ニュッの言葉を反芻する。

 ――間もなく、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。

(´・ω・`)「僕の携帯に、その鞄のやつとまったく同じストラップの写真が入ってる。
      デレちゃんが持ってたものだよ。見るかい?」

川;゚ 々゚)「……!!」

(´・ω・`)「おっと」

 くるうが階段に向かって走り出す。
 しかし、真っ先に腕を伸ばしてきた男によって取り押さえられた。

 男は、口元だけで笑う。

(´・ω・`)「クックルとツンにドアぶっ壊されんのと、自分で開けるの、どっちにする?」



*****
774 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:01:09 ID:iVmhRP1kO


 玄関からショボンの声がして、騒がしくなったかと思うと、
 突然ドアの開く音が響いた。

 どかどか、複数の人間が上がり込んでくる足音と気配。

( ^ν^)「デレ!」

ζ(゚、゚;ζ「あっ、にゅっ、ニュッさん!」

 最初に奥の部屋に入ってきたのはニュッ。
 デレを見るなり、顰めっ面が俄に和らいだ。

 キュート、ツン、クックルまでやって来た。
 少し遅れて、ショボンとくるうも。

 夕方になればショボン達が来るだろうと思っていたが、
 こんなに早く、しかも大勢で来るとは。

o川;゚ー゚)o「大丈夫!?」

ζ(゚、゚;ζ「う、うん」

 キュートが駆け寄る。
 後ろで、くるうが苦々しげに顔を歪ませた。
 オサムから彼女の目的を聞いた後だと、何だか、くるうが恐ろしい。

 物語の中の「少女」は、あのような倒錯した欲求は抱いていなかった。
 くるうの本来の性質というわけだ。

775 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:02:56 ID:iVmhRP1kO

 近付いてきたクックルが、デレの手を引いて立ち上がらせた。
 はっとして、もう一方の腕で抱えていた本をクックルに渡す。

ζ(゚、゚;ζ「クックルさん」

( ゚∋゚)「……たしかに俺の本だな」

ξ゚听)ξ「あの人が主人公ね」

 ツンの呟きで、ほぼ全員の目が一点に向けられた。

 視線の先、オサムが腰を上げる。
 はあ、と溜め息を零した。

【+  】ゞ゚)「……だから、早く始末しておけば良かったんだ。くるう」

川;゚ 々゚)「だ、だって……」

 「始末」。不穏な響きに、空気が張り詰める。
 ニュッが庇うようにデレの前に出た。
 クックルは本を開き、胸ポケットから万年筆を取る。

 燃やした方が早い、とショボンがライターを手渡したが、
 結局、それは使われなかった。

776 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:06:01 ID:iVmhRP1kO

(´・ω・`)「本に情けをかけるかね。
      ……全部主人公の夢だったってオチにでもしとけ。
      現実には誰とも関わってないって」

( ゚∋゚)「ああ」

 くるうは、クックルの行動に首を傾げている。

 あの万年筆で、結末を書き加えるのだろう。
 何事もなく、安全に終わるための。


 ――終わる、ための。


ζ(゚、゚;ζ「駄目!!」

 デレは、クックルにしがみついた。
 クックルが目を丸くさせる。

(;゚∋゚)「デレ?」

ζ(゚、゚;ζ「だ、駄目です、待ってください!
      まだ――お、終わらせないで……」

( ^ν^)「何言ってんだよ」

ζ(゚、゚;ζ「えっと……と、とにかく、待って!」

 必死なデレに気圧されたか、クックルは本を開いたまま、万年筆をしまった。
 万年筆を見たキュートが真っ赤になっていたが、無視しておく。
 今はそちらに構っている暇はない。

777 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:07:36 ID:iVmhRP1kO

ζ(゚、゚;ζ「もしかしたらオサムさん以外にもいるかもしれないんです!」

( ^ν^)「はあ?」

【+  】ゞ゚)「……状況が読めないな」

 ツンに振り返る。
 彼女がここにいるなら、内藤もいるのではないか。

ζ(゚、゚;ζ「内藤さんは?」

ξ゚听)ξ「外で待機してるけれど。どうかしたの?」

ζ(゚、゚;ζ「ブーム君――ブーム君が!」

ξ゚听)ξ「ブーム君? この間の子?」

 ブームという名に、クックルとニュッが反応する。
 彼らなら、よく知っている名前だろう。

( ゚∋゚)「この間?」

ξ゚听)ξ「うちに来たのよ。小学生の子」

ζ(゚、゚;ζ「あの本の中にブーム君が出てたの!
      名前も見た目もそのままで!」

 あの本、とクックルの手元を指す。
 ツンは数秒間デレを見つめていたが、やがて、踵を返した。
 理解が早い。

778 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:09:21 ID:iVmhRP1kO

ζ(゚、゚;ζ「まだ――決まったわけじゃないけど……。もしかしたら……」

ξ゚听)ξ「……なるべく時間を稼いでおいて」

 駆け足気味にツンが出ていく。
 時間を稼げと言われても、どうしろと。

( ^ν^)「……本の中の人間がもう1人いんのか」

ζ(゚、゚;ζ「……ただの偶然だったらいいんですけど」
780 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:20:56 ID:iVmhRP1kO

【+  】ゞ゚)「くるう、どうする? 今からやるか?」

川 ゚ 々゚)「待って」

 くるうは、焦れた様子のオサムを制止した。
 万年筆ショックから回復してきたキュートの手を、いきなり握る。

 キュートがびくりと体を竦ませ、クックルが身構えた。

川 ゚ 々゚)「……素直さん、私のこと、嫌いになった?」

o川*゚ー゚)o「……何で」

川 ゚ 々゚)「こんなことしちゃったもん……」

 こんなこと、と言った際、デレを視界に収めた。
 悪事であるのは自覚していたようで何よりだ。
 良心の呵責なんてものがあれば、尚いいのだが。

 握ったキュートの手を顔の前まで持ち上げ、両手で挟む。
 撫でさすり、ふ、と息を吐き出した。

川*゚ 々゚)「……肌綺麗……」

o川;゚ー゚)o

(´・ω・`)「うわ恐っ」

 隠すつもりもなく、ショボンが冷ややかな声で言い捨てる。
 だが、くるうの耳には届いていない。

 クックルが、くるうをキュートから離すべきか迷っていた。

781 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:22:02 ID:iVmhRP1kO

川*゚ 々゚)「やっぱり素直さん、……キューちゃん、素敵……」

o川;゚ー゚)o「……くるうちゃん?」

川*゚ 々゚)「私ね、キューちゃんのためにね、やってるんだよ」

川*゚ 々゚)「キューちゃんが、みんなの中で一番になれるように……」

 キュートが仰け反る。
 怯えきった表情で、デレを見た。
 正直、デレもなるべく関わりたくないのだが。

ζ(゚、゚;ζ「……埴谷さん、キュートちゃんが思ってるのとちょっと違うみたい」

 仕方無しに、オサムから聞いたことを掻い摘まんで説明した。

 くるうのキュートに対する感情は、キュートが思うようなタイプの好意ではない。
 もっと別の次元のものだ。

 全て聞き終えたキュートは、別の生き物を見るような眼差しをくるうに注いだ。

o川;゚−゚)o「……」

川 ゚ 々゚)「……だって、それが一番キューちゃんに似合ってるじゃない」

 はっきりと見て取れる無言の拒絶に、むっとしながら、くるうが反論した。
 彼女の瞳は、どこまでも真っ直ぐだ。
 真っ直ぐすぎて――もはや、ずっとずっと向こう、遠く離れた場所にいる。
783 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:23:54 ID:iVmhRP1kO

川 ゚ 々゚)「キューちゃんがヒロインなのが正しいんだよ。それが一番いいんだよ」

川 ゚ 々゚)「なのに長岡さんが邪魔するでしょ?」

川 ゚ 々゚)「私なら邪魔しないよ。
      キューちゃんの傍にいても、私は出しゃばらないよ。
      私はちゃんとキューちゃんを立ててあげるよ」

【+  】ゞ-)「……」

 オサムが目を閉じる。
 彼は、くるうの考えに対して何とも思わないのだろうか。
 願い事さえ言ってくれれば、それでいいのか。

川 ゚ 々゚)「何でかな、キューちゃんは長岡さん好きみたいだから、長岡さんから離れないよね。
      長岡さんのどこが好きなのかな」

川 ゚ 々゚)「私、なるべく長岡さんの真似してみたんだよ。
      一人暮らししたし、頭悪そうに振る舞ったし、
      趣味じゃなくても丈の長い靴下履いたよ」

o川;゚−゚)o「は……?」

 寒気がした。
 それと同時に、じくりとデレの胸が痛む。

 一人暮らしも、頭の悪さも、足を隠すのも。
 どれも、キュートを惹きつける魅力でも何でもない。

784 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:25:29 ID:iVmhRP1kO

( ^ν^)「こいつ本気で危ねえぞ」

(´・ω・`)「末恐ろしいね」

( ゚∋゚)「……」

 いよいよもって警戒心がピークに達したか、クックルがくるうの隙を窺い始めた。
 目付きが厳しくなる。

川 ゚ 々゚)「なのにキューちゃん、全然私を選んでくれない。
      私を選べば、キューちゃん一番でいられるのに。真ん中でいられるのに。
      変なの」

川 ゚ 々゚)「きっとキューちゃん、自覚ないんだね。自分が一番になれる自覚。
      欲もないんだ。とってもいい子だから、長岡さんが邪魔者なの気付いてないんだ」

川 ゚ 々゚)「だから私が代わりに長岡さんをね――」

o川;゚−゚)o「――やめてよ!」

 上擦った声で叫び、キュートが手を振り払った。

 ぽかんとしながら、くるうは、後ずさりをするキュートを見た。

785 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:27:53 ID:iVmhRP1kO

o川;゚д゚)o「『代わりに』? そんなの望んでないっつうの!」

川 ゚ 々゚)「キューちゃん」

o川;゚д゚)o「自覚!? あるわ! 世界で一番私が可愛いわ!
      せいぜいツンちゃんがちょっと、ちょっとだけ私より可愛いかなってくらいで!
      あんたに何かしてもらうまでもなく私は世界の中心ですから!!」

 くるうの瞳が揺れる。
 歪んだ笑みを浮かべた。

川;゚ 々゚)「どうしたの、キューちゃん。
      キューちゃん、そんなこと言う子じゃない……」

o川;゚д゚)o「言うわ!! 普段は猫被ってんだよ!
      夢壊して悪いけどね、私は性格いい方じゃないの!」

(´・ω・`)「あ、自覚あるんだ」

( ^ν^)「意外」

o川#゚д゚)o「うるせえ!!」

 キュートは怒鳴るのをやめ、くるうを睨みつけた。
 顔一杯に広がる嫌悪。
 肩で息をして、吐き捨てるように言う。

786 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:29:38 ID:iVmhRP1kO

o川#゚−゚)o「……何がヒロインだよ。
      おままごとなら1人でやって」

川 ゚ 々゚)

川 ゚ 々゚)「……あ……」

 くるうの唇が、ひくついた。
 震えた声が落ちる。

 ぽろりと涙が零れ。
 そして、部屋の隅に座ったままだったオサムに、駆け寄った。

川 ; 々;)「……あああああ!! オサム! オサムう!!」

【+  】ゞ゚)「……大丈夫か、くるう」

川 ; 々;)「やだ、やだあ、あんなキューちゃん、ち、違う、やだやだやだ!!
      きらい、嫌いぃいっ!」

 子供のように泣き喚き――くるうは、キュートを指差した。

787 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:30:24 ID:iVmhRP1kO


川 ; 々;)「キューちゃんなんか、消しちゃってよお!!」


ζ(゚、゚;ζ(……消し、)

 一瞬、室内が無音になったように感じた。

 「嫌い」。
 「消して」。


 標的が、変わった。


.

788 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:32:17 ID:iVmhRP1kO

ζ(゚、゚;ζ「キュートちゃん!」

【+  】ゞ゚)「分かったよ、くるう」

o川;゚−゚)o「!」

 デレがキュートに手を伸ばす。
 その瞬間には、もう、オサムがキュートの眼前に迫っていた。

 デレよりも早く、オサムの手が、キュートに触れる――





 ――何かの裂ける音が響いた。



.

789 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:33:38 ID:iVmhRP1kO

 皆が、音の方向を見る。

( ゚∋゚)「……」

 数枚の紙の束に、クックルがショボンのライターで火をつけていた。

 どうやら先程のは、本のページを破り取った音らしい。

o川;゚ー゚)o「……な……」

 見る見る内に紙が燃えていく。
 最後に炎を握り潰し、クックルは手を開いた。

 灰がぱらぱらと落ちる。
 掌に火傷を負っていたが、すぐに跡形もなく消えた。
793 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:35:39 ID:iVmhRP1kO

川 ; 々;)「オサム……?」

 硬直するオサムに、くるうが声をかける。
 オサムは静かに一歩退いた。
 首を傾け、くるうを見遣る。

【+  】ゞ゚)「――くるう。足りないものはないか」

川 ; 々;)「……え?」

【+  】ゞ゚)「どうした、何で泣いてるんだ、くるう」

 キュートを無視し、オサムがくるうのもとに戻る。
 くるうを抱き、よしよし、と慰め始めた。

794 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:37:29 ID:iVmhRP1kO

ζ(゚、゚;ζ

( ^ν^)

 デレとニュッが顔を見合わせる。
 お互い、事態を把握しきれていない。

 ニュッの方は、少し考えると、すぐに答えを出せたようだが。

(´・ω・`)「こんなのも有りなんだ。割と何でもありだね」

( ゚∋゚)「……そうらしい」

ζ(゚、゚;ζ「あの……何したんですか……?」

( ^ν^)「一部だけ燃やしたのか」

( ゚∋゚)「ああ。ちょっとな、前から気になってたんだ」

 本そのものが燃え尽きてしまえば、その時点で「演劇」は終了する。
 では、一部のページだけが燃えれば、どうなるか。

( ゚∋゚)「燃えたページの『展開』は、なかったことになるみたいだな」

 今さっき燃やしたのは、少女が主人公に願い事を告げてから
 結末までが書かれたページだったそうだ。

 オサムの記憶は、それ以前の状態まで巻き戻った――のだろう、多分。
796 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:40:42 ID:iVmhRP1kO

(´・ω・`)「何だったら丸ごと燃やせば良かったのに」

( ゚∋゚)「いや。
     ……今すぐ終わらせるのは、駄目なんだろう? デレ」

ζ(゚、゚*ζ「……クックルさん……」

o川*゚−゚)o「おい。見つめ合うな」

 改めて万年筆を取り出し、クックルはその場に腰を下ろした。
 白紙のページを開く。

( ゚∋゚)「ゆっくり結末を書き直そう。
     ――俺の意思を無視して何かしたら燃やすぞ」

 最後の一言は、本への脅しだった。
 凄みを利かせた声に、無関係のデレまで思わず震えてしまう。

 くるうは色々なことを処理しきれなくなったのか、
 ついにはオサムに凭れ掛かったまま、静かに泣き続けた。
800 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:42:59 ID:iVmhRP1kO

o川*゚−゚)o「……」

(´・ω・`)「外行く? あの子と同じ場所にいて大丈夫?」

o川*゚−゚)o「いえ。全部終わるまで待ちます」

(´・ω・`)「そう。くるうさん、ちょっと座らせてもらうよ」

 ショボンがオサムとくるうに近い位置に座る。
 キュートはクックルの隣に。

 デレは少し迷って、ショボンと同じように、くるうの傍に落ち着いた。
 おい、とニュッが咎めるような声を出したが、微笑みだけを返しておいた。
 クックルのおかげで、今のオサムには害はない。筈。

 ニュッは溜め息をつき、デレの後ろに陣取った。

ζ(゚、゚*ζ「……ニュッさんかショボンさん、携帯貸してもらえませんか?
      内藤さんに電話したいんですけど」

(´・ω・`)「はいよ」

ζ(゚、゚*ζ「ありがとうございます」

 自分の携帯電話と勝手が違うので手間取ったが、何とか内藤の番号を見付けた。
 電話を掛ける。

 数回のコールの後、ツンの声が返ってきた。
802 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:44:54 ID:iVmhRP1kO

『はい』

ζ(゚、゚*ζ「ツンちゃん」

『あら、デレ? ショボンかと思ったわ』

ζ(゚、゚*ζ「今どこ?」

『ブーンの車。杉浦さんに会いに行くところよ』

 デレは手短に、作中での夫婦と子供の描写、ブームが言っていた内容を話した。
 先程、クックルが何とかしてくれたことも。

『……ブーンからも、杉浦さんの話を聞いたわ。
 もしも彼らが本当に「役者」にされたのなら、オサムと接触したのは奥さんだけみたいね。
 杉浦さんは何も知らないようだから』

 ロマネスクの体について、ツンは内藤から聞いた話を伝えてくれた。
 苦い思いが、デレの胸に染み入る。

 事実を知ったブームも、彼に拒絶されるようになったロマネスクも、
 どんな気持ちを抱いたか。
805 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:48:05 ID:iVmhRP1kO

『今の段階では、ブーム君の正体は分からないわ。
 ……こちらの世界の人間だといいんだけれど』

ζ(゚、゚*ζ「……うん」

『とにかく杉浦さんに会わないことにはどうにもならないわね。
 ――また何かあったら連絡ちょうだい』

 電話が切れる。
 デレは、ショボンに携帯電話を返した。

(´・ω・`)「そのブーム君とやらが、本の世界から来たかもしれないってこと?」

 話を聞いていたのだろう、ショボンが訊ねる。
 デレは、こくりと首肯した。
 出来れば、あってほしくないことだ。

( ^ν^)「……」

( ゚∋゚)「……終わらせないのが一番いいのかもしれないが」

 本に目を落としていたクックルが、呟く。

( ゚∋゚)「多分、このまま長く持たせることは出来ない」

o川*゚−゚)o「何で?」

806 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:50:07 ID:iVmhRP1kO

( ゚∋゚)「オサムは7年前にその夫婦の願いを叶えたんだったな。
     恐らく、この本は図書館から離れた後、すぐに主人公を作り出し、
     じっくり時間をかけて演じさせてきたんだ。図書館に帰るための道筋を辿りながら」

( ゚∋゚)「だが、あと少しで結末を迎えられるってとこまで来て、この状況だ。
     フラストレーションも溜まるさ。
     長引かせようものなら暴走するかもしれん」

 俺の脅しだってどこまで効くか分からないし、と付け足して、
 クックルは口を閉じた。
 ニュッが続く。

( ^ν^)「せいぜい、今日の内までだ」

ζ(゚、゚;ζ「……そんな」



*****

807 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:52:16 ID:iVmhRP1kO



 日が暮れた頃、内藤とツンは、遠く離れた町の病院に到着した。

 入り口の前で待っていたロマネスクが、2人に手を振る。

( ^ω^)「……ブーム君、ここに来てるんですかお?」

( ФωФ)「うむ。昼に、ブームが登校していないと学校から連絡が入った。
       ――そういう日は、いつも妻の病室に来ているのである」

 ロマネスクには、まだ、本について説明していない。
 ブームのいる場所で話したいことがあるのだとしか伝えなかった。

 病院に入り、3人はロマネスクの妻がいる病室へ向かった。
 ある部屋の前でロマネスクが立ち止まる。

 杉浦シュール。
 6人分のネームプレートが並んでいる中に、ロマネスクと同じ苗字を見付けた。

808 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:53:55 ID:iVmhRP1kO

( ФωФ)「――シュー。体調はどうだ」

lw´‐ _‐ノv「やあ、ロマ。いつも通りだよ」

 右手側、窓辺のベッド。
 ロマネスクと同年代らしき女性が、そこに座っていた。
 傍の椅子にはブームが腰掛けている。

( ФωФ)「ブーム、また学校をサボったな」

|  ^o^ |「……」

 ブームはそっぽを向いた。
 ロマネスクは呆れ顔で叱りかけたが、周囲に目をやると、何も言わずに嘆息した。

lw´‐ _‐ノv「そちらの方々は?」

( ФωФ)「図書館の人達である。この間、話したであろう。
       あの――妙な本の」

lw´‐ _‐ノv「ああ」

 お世話になりました、と、杉浦シュールが頭を下げる。
 内藤とツンも手短に挨拶した。

lw´‐ _‐ノv「誰も旦那の言うこと信じてくれないから、旦那も困ってたんだ。
       本を引き取ってくれてありがとう」

ξ゚听)ξ「……いえ。こちらも助かりました」

809 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:56:48 ID:iVmhRP1kO

( ФωФ)「して、内藤さん、話したいこととは何であるか?」

( ^ω^)「……ええと」

ξ゚听)ξ「奥様」

 ツンがシュールのもとに近付き、抑えた声で訊ねる。
 抑えたといっても、内藤やロマネスクには充分届く声だ。

ξ゚听)ξ「――オサムという名の男性をご存知でしょうか」

 シュールの肩が、揺れた。
 え、と発した声は、僅かに掠れている。

 これで知らぬ筈がない。

ξ゚听)ξ「黒い服を来て、十字の模様が入った仮面をつけた男です」

lw´;‐ _‐ノv「……おさむ」

( ФωФ)「シュー?」

 ロマネスクが、訝るように眉間に皺を寄せる。

 内藤は、ツンと視線を交わした。
 ひとまずロマネスクにだけ話して、妻への対応は、彼と共に決めよう。

 とにかく、急がねば。
 あまり長くは持たせられないと、ニュッから警告があった。

810 名前:名も無きAAのようです:2011/12/06(火) 23:58:46 ID:iVmhRP1kO

( ^ω^)「杉浦さん、ちょっと僕と一緒に来てくださいお」

( ФωФ)「うむ……?」

ξ゚听)ξ「私はここに残っていいでしょうか?」

lw´;‐ _‐ノv「……うん」

 内藤とロマネスクが病室を出る。
 入れ替わりになった看護師が、ブームに明るく挨拶していた。



*****

811 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:00:54 ID:IhZ7TvwUO


ζ(゚、゚*ζ「――私は、素のキュートちゃん好きだよ」

川 ゚ 々゚)「……」

ζ(゚、゚*ζ「たしかにかなりのナルシストだし可愛さを意識しすぎだし、
      猫被ってないときは沸点低いけど」

o川*゚ー゚)o「デレちゃんは説教するふりして喧嘩売ってるの?」

 デレは、くるうに懇懇と「素直キュートについて」を説いていた。
 好きなだけ泣いて疲れたのかすっきりしたのか、くるうはおとなしく聞いてくれている。

ζ(゚、゚*ζ「でも本当にいい子だし、自意識過剰で情緒不安定なこと以外は、
      学校にいるときと大差ないよ」

o川*゚ー゚)o「やっぱり喧嘩売ってるでしょ? ねえ?」

(´・ω・`)「デレちゃんは間違ってないね」

( ^ν^)「だな」

o川*゚ー゚)o「あ?」

 デレの名誉のために言っておくが、彼女はこれでも精一杯フォローしているつもりだ。
 言い方が下手なだけ。悪気はない。

812 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:02:57 ID:IhZ7TvwUO

ζ(゚、゚*ζ「こういうキュートちゃんの方が、面白くて好きだな、私は」

川 ゚ 々゚)「でも……」

ζ(゚、゚*ζ「こんな人がいたらいいな、って思うのは勝手だけど、
      それを誰かに押しつけちゃ駄目だよ」

ζ(゚ー゚*ζ「世の中、色んな人がいるからね。
      自分の想像外のことも受け入れなきゃ、やってらんないよ」

(´・ω・`)「そうそう。色んな人がいるんだよ。
      想像出来ないほど頭の悪い女子高生とか」

ζ(゚、゚*ζ「うん。想像出来ないほど捻くれてて何考えてるか全っっっ然分かんない本の虫とか」

( ^ν^)「想像出来ないほど金にがめつくて性根の腐りきった探偵とかな」

o川*゚ー゚)o「やだ、急に空気がぎすぎすし始めた」

813 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:06:23 ID:IhZ7TvwUO

ζ(゚、゚*ζ「……まあ、そういうわけでね。
      可愛いキュートちゃんも優しいキュートちゃんも恐いキュートちゃんも、
      みんな集まってのキュートちゃんだから」

ζ(゚、゚*ζ「埴谷さんの頭の中にいるキュートちゃんとは違うって、分かってあげてね」

川 ゚ 々゚)

川 ゚ 々゚)「……ん」

 納得しきってはいないのだろう。
 眉を曇らせながら、しかしそれでも、くるうは頷いた。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがと」

 デレが微笑む。
 くるうを抱き締めていたオサムが、幸せか、と問う。

川 ゚ 々゚)「……分かんない」

【+  】ゞ゚)「……そうか」

 デレは、本に万年筆を走らせているクックルを見た。
 書き進めてはいるが、主人公の些末なモノローグで時間を稼いでいるだけだ。

 果たして、あとどれほど持つか。



*****
816 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:08:29 ID:IhZ7TvwUO


lw´‐ _‐ノv「……さっきの内藤さんって、旦那さん?」

ξ゚听)ξ「え?」

lw´‐ _‐ノv「指輪」

 しばし無言を貫いていたシュールだったが、唐突に、ツンの左手を見つめながら口を開いた。
 薬指に嵌められた指輪を軽く撫で、ツンは頷く。

|  ^o^ |「お姉さん けっこん してるんですか」

ξ゚听)ξ「ええ」

lw´‐ _‐ノv「失礼だけど、何歳?」

ξ゚听)ξ「……16です」

 じゅうろく、と呟き、シュールは何度も頷いた。

lw´‐ _‐ノv「子供は?」

ξ゚听)ξ「いません」

ξ゚ -゚)ξ「……出来ません」

lw´‐ _‐ノv

lw´‐ _‐ノv「……そう。ごめんね」

 沈黙。

 シュールが差し出してくれた菓子を一つ受け取り、ツンは包みを開けた。

817 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:09:32 ID:IhZ7TvwUO

|  ^o^ |「……お母さん のど かわきました」

 空気の重さに耐え兼ねたようで、ブームは椅子から下りて、そう言った。
 シュールが財布を取り、小銭をブームに手渡す。

lw´‐ _‐ノv「自販機で何か買っておいで」

|  ^o^ |「はい」

 小走りでドアへ向かうブーム。
 走ったら駄目だぞとシュールに言われ、スピードを緩めた。



.
819 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:11:48 ID:IhZ7TvwUO



|  ^o^ |

 ブームはロビーへ向かっていた。
 ロビーを抜けた先に売店がある。
 アイスクリームでも買って、母と分け合って食べよう。

 人影の疎らなロビー。

 いくつも並んだソファの中、隣り合って座る内藤とロマネスクを見付けた。
 こちらに背を向けている。

|  ^o^ |(……)

 何を話しているのだろう。
 ブームは、そっと忍び寄った。
 徐々に声が耳に届き始める。

( ^ω^)「――……お、……」

(;ФωФ)「……――ム……」

( ^ω^)「――ですので、」

820 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:12:42 ID:IhZ7TvwUO



( ^ω^)「ブーム君は、今日、消えてしまうかもしれないんですお」



*****
822 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:14:40 ID:IhZ7TvwUO


(;゚∋゚)「もうちょっと堪えてくれないか」

 新しいページをめくり、クックルは本に言った。

 ――そろそろ限界らしい、とクックルが呟いたのが、つい数分前。
 何が、とは言わなかったが、彼の様子を見れば、何のことだか大体分かる。

(´・ω・`)「本当にもう無理なの?」

(;゚∋゚)「物凄く嫌な感じがする」

ζ(゚、゚;ζ「……ううーっ」

 デレは携帯電話を睨みつけた。
 内藤が出ないのだ。

 もうブーム達には会えただろうか。
 まだだったらどうしよう。

(;゚∋゚)「……ああ、もう――結末まで行くぞ」

(´・ω・`)「行っちまえ。本にキレられる方が厄介だ」

o川;゚ー゚)o「ショボンさんは薄情すぎです」

(´・ω・`)「一度会っただけの他人に、そこまで気を遣う方が理解出来ないね」

823 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:17:42 ID:IhZ7TvwUO

川 ゚ 々゚)「……何してるの……?」

ζ(゚、゚;ζ「んんと、ね」

 どう説明すればいい。
 ニュッに視線で助けを求めたが、放っておけ、と返された。

ζ(゚、゚;ζ「ごめん、とりあえず、今はまだ何も言えないや」

川 ゚ 々゚)「……ふうん」

 デレは、膝の上で両手を握り合わせた。

 ――どうか、皆が悲しむだけの結果にはならないでほしい。



*****

824 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:20:15 ID:IhZ7TvwUO


 ロマネスクは唖然とし、信じられない思いで内藤を凝視した。

(;ФωФ)「――何を……馬鹿な」

( ^ω^)「……『本』が不可思議なことを起こすのは、
       既に身をもって体験済みでしょう」

(;ФωФ)「それは、そうだが……しかし」

 人間に演じさせる「本」。
 その本から生まれた男と――ブーム。

 今日の内に物語が終われば、2人共消えてしまうなどと。

 突然そんなことを言われて、誰が信じるというのか。

( ^ω^)「勿論確定はしていませんお。
       ただ、可能性を否定出来ないのも事実」

( ^ω^)「何より、奥様は『オサム』に覚えがある様子でしたお」

(;ФωФ)「では、……では!
       その場合、ブームは誰の子供なのであるか!」

( ^ω^)「母親に関しては、奥様で間違いないと思いますお」

(;ФωФ)「……父親は……?」

( ^ω^)「……」

825 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:24:26 ID:IhZ7TvwUO

 恐らく、と、内藤が答える。

( ^ω^)「誰でもない、ということになるかと」

 ――誰でもない。
 父親がいない。
 自分とブームには、血の繋がりがない。

 ロマネスクは頭を押さえた。

 いや。それよりも。
 ブームがいなくなってしまうかもしれないことの方が、遥かに大きな問題だ。

(; ω )「……っ」

( ^ω^)「……杉浦さん」

 何が本だ。

 ブームという名前は、自分と妻が2人で考えたものだ。
 自分と妻の子供だ。
 他の何者でもない。

 しかし、ならばどうして、妻はツンの言葉に動揺したのだろう。

 どうして。

 どうして、この男の話を、一蹴出来ないのだろう。
827 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:26:43 ID:IhZ7TvwUO

( ^ω^)「……奥様に全てを訊くのが一番手っ取り早いですが」

(;ФωФ)「ならば今すぐ訊けばいいだろう!?」

( ^ω^)「奥様はご病気でいらっしゃいますお。
       いきなり我が子が消えるかもしれないと聞かされて、平気でいられるか」

(;ФωФ)「もう退院も近い! そもそも――本当に消えてしまうなら、
       悠長に構えている暇など、」

 怒鳴り、立ち上がる。

 視界に、見慣れた顔が入った。


|  ^o^ |


(;ФωФ)

 ブームと、目が合う。

 内藤がロマネスクの視線を追い、ぎょっとした。
830 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:28:10 ID:IhZ7TvwUO

(;^ω^)「ぶ……っ」

|  ^o^ |「僕 いなくなっちゃうんですか」

(;^ω^)「ブーム君、いつから――」

|  ^o^ |「……僕 お父さん いないんですか」

 3人の間から、声が消える。

 ブームが踵を返し、駆け出した。
 ロマネスクも慌てて後を追う。

(;ФωФ)「ブーム!!」

(;^ω^)「あっ、待っ……――杉浦さん!」



*****

831 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:29:23 ID:IhZ7TvwUO


lw´‐ _‐ノv「楽をしすぎたんだよなあ……」

 不意に。
 シュールは言葉を零した。

 窓の外を眺めていたツンは、シュールに向き直る

ξ゚听)ξ「楽?」

lw´‐ _‐ノv「旦那の子が欲しかったんだ。
       仕事が落ち着くまで待つ、なんて殊勝なこと言ったけど。
       本当は、すぐにでも手術をしてほしかった」

lw´‐ _‐ノv「私の両親からも、種無しなんて捨ててしまえって迫られててね。
       早く妊娠して、誰にも文句を言わせたくなかったんだ」

ξ゚听)ξ「……」

ξ゚听)ξ「それで、オサムに願いを叶えてもらったんですか」

 ちらりとシュールがツンを一瞥する。
 視線が流れ、毛布の上で止まった。

lw´‐ _‐ノv「うん」

832 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:31:26 ID:IhZ7TvwUO

 シュールは、自分の腹を摩った。

 ロマネスクが手術をしても必ずしも成功するとは限らない。
 成果がなかったら、親から何を言われるか分からない。

 だから、突然現れた妙な男なんかに縋ってしまったのだと、
 シュールは自嘲気味に言った。

 どうしてか、「絶対に叶えてくれる」と確信していたそうだ。
 本の仕業であろう。

lw´‐ _‐ノv「本当に願いが叶って、嬉しかった。
       浮気を疑われても幸せだった」

lw´‐ _‐ノv「でも――段々、不安で堪らなくなったよ」

ξ゚听)ξ「……不安って?」

lw´‐ _‐ノv「あっさり手に入っちゃったから。
       何か、あっさりいなくなっちゃいそうでさ。分かる?」

 本来なら、生まれる筈がない。
 ここにいるべきではない。
 そんな存在。

 それ故に、いつか排除されてしまうのではないかと、不安が募る。
 綺麗さっぱり、何一つ残らないくらいに消えてしまうのではないか。

833 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:34:02 ID:IhZ7TvwUO

lw´‐ _‐ノv「ブームが旦那を父親だって認めなくなって、
       いよいよ、どこかに離れていっちゃいそうな気がしてきた」

lw´‐ _‐ノv「恐いんだ。
       自分の我が侭で楽な道を選んだせいで、
       後で、それ相応の辛いことがあるんじゃないかって」

 シュールは、上半身を前に倒した。
 毛布を握る。
 あまりにも力が込められすぎた手は、微かに震えていた。

lw´  _ ノv「最近、毎日、恐くて恐くて堪らないよ。
       不安で、もう、辛くて、悲しい。……狂いそう」

lw´  _ ノv「でも。でもね。
       だからって、ブームを生まなきゃ良かったなんて、全然思えないんだ」

lw´  _ ノv「やっぱり、ブームがいてくれると幸せなんだよ」

 シュールの手に、ツンが触れる。
 かける言葉が見付からない。

 そろそろと、シュールは顔を上げた。
835 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:34:40 ID:IhZ7TvwUO


lw´‐ _‐ノv「――ブームのこと、連れていっちゃうの……?」

ξ゚ -゚)ξ


 ツンは、やはり、彼女に何も言えなかった。



*****

836 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:37:27 ID:IhZ7TvwUO



 走らないでください、と通りすがりの看護師に一喝される。
 謝りはするものの、内藤は足を止めずにロマネスク達を追った。

 廊下を進み、曲がり、また進み。

 人気のない、薄暗い階段の踊り場で、ようやくブームとロマネスクは対峙した。


.

837 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:39:33 ID:IhZ7TvwUO

|  ^o^ |「……」

(;ФωФ)「……ブーム」

|  ^o^ |「やっぱり おじさん 僕のお父さんじゃ ありませんでした」

(;ФωФ)「……っ」

|  ^o^ |「他人 でした」

 僕は間違ってなかったじゃないか、と。
 抑揚のない声で、言い放つ。

 ロマネスクよりもあっさり内藤の話を信じたのは、彼が7歳児だからなのか、
 それとも――彼自身、無意識の内に自覚している部分があったからなのか。

(;^ω^)「あのう、ブーム君。そういうことをね、言われちゃうと。お父さんも悲し――」

|  ^o^ |「お父さんじゃ ありません」

 内藤の説得は、簡単に遮られた。
 子供特有の高い声なのに、その奥底に、ずしりと重たい何かがある。

838 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:45:37 ID:IhZ7TvwUO

|  ^o^ |「……この人 お父さんじゃないし
       そもそも 僕のお父さん どこにもいないんでしょう」

|  ^o^ |「どこにも……」

 ブームが俯く。
 内藤は必死に頭の中で台詞を捏ね回したが、それらは相応しい形になってくれない。

 最悪だ。
 こんなことなら、ロマネスク1人を図書館にでも呼び出して説明すれば良かった。
 あるいは、関わり合いにすらならなければ。

 内藤が頭を抱えていると、ロマネスクがブームに近付いた。

( ФωФ)

 先までの、困惑した表情はどこへやら。
 何か決意でもしたような、得心したような、すっきりとした顔つきに変わっている。

 彼の中で――結論でも出たのか。

839 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:46:55 ID:IhZ7TvwUO

 そうして、一言。

( ФωФ)「――良かったである」

|  ^o^ |「……よかった ですか」

( ФωФ)「うむ。父親が決まっていないのなら、良かった」

 膝をつく。
 ブームと視線を合わせ、ロマネスクは彼の頭を撫でた。

( ФωФ)「それなら、ブーム」



( ФωФ)「我輩をお前の父親にしてくれないか」



|  ^o^ |

(;^ω^)「……お?」

840 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:48:27 ID:IhZ7TvwUO

( ФωФ)「お前に『父』がいないのなら、
       ブームの『父親』の席が空いていると言うのなら」

( ФωФ)「我輩を、そこに座らせてくれ」

( ФωФ)「そうすれば、我輩はお前の父だ」

|  ^o^ |

 ――他の男には務まるまいよ。

 ロマネスクが自信たっぷりに囁く。
 ブームは、じっと固まっていた。

841 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:50:07 ID:IhZ7TvwUO

|  ^o^ |

|  ^o^ |「お父さん ですか」

( ФωФ)「うむ」

|  ^o^ |「お父さん なれるんですか」

( ФωФ)「お前が認めてくれればな」

 ブームの腕が持ち上がる。
 控えめに、ロマネスクのスーツを握った。

 それから、


|  ^o^ |

|  ^o^ |「……お父さん」


 そう、呼んだ。
843 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:52:19 ID:IhZ7TvwUO

 ロマネスクが、ブームを抱き締める。
 応えるように、ブームの小さな手が、精一杯、ロマネスクの広い背中にしがみついた。

 しばらく、2人共無言だった。
 ブームが何度も瞬きを繰り返す。

 すると、じわりと滲んだ涙が、ぽつぽつ、静かに落ちていった。

|  ;o; |「……お父さん ご、ごめんなさい、 お父さん」

|  ;o; |「……いや だったんです」

( ФωФ)「何がであるか」

|  ;o; |「お父さんが お父さんじゃないって言われて いやだったんです」

|  ;o; |「お父さんも お母さんも 大好きだから
       お父さんが違うの いやだったんです」
845 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:54:31 ID:IhZ7TvwUO

 平坦だった声は、今や、震えて、揺れて。
 そこかしこで、しゃくり上げる音が混じる。

|  ;o; |「――僕が おじさんって呼んだら
       『お父さんだろ』って お父さんもお母さんも 怒ってくれました」

|  ;o; |「い、いっぱい いっぱい 僕のお父さんなんだって 怒られたかったんです」

|  ;o; |「だって お父さんじゃなきゃ お父さんじゃなきゃ、 いやなんです」

|  ;o; |「……お父さんが いいんです」

 それ以上は、ブームの口から言葉は出てこなかった。
 ひたすら泣きじゃくる声が、踊り場に谺する。

846 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:56:17 ID:IhZ7TvwUO

( ФωФ)「ああ。我輩も、ブームが大好きである」

( ФωФ)「……こんなに、狂おしいほど愛しいのだ」

 ロマネスクが微笑む。

 彼の目からも、雫が伝った。


.

847 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 00:59:27 ID:IhZ7TvwUO


( 。ФωФ)「だから、正真正銘、我輩の子であるよ」



 腕に力を込めた、そのときには――もう。



( 。ФωФ)

( 。ФωФ)「……ブーム?」



 誰もいなくなっていた。



.
851 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:01:30 ID:IhZ7TvwUO

( ^ω^)「……」

( ФωФ)「ブーム……」

 答える者はいない。

 ――長いこと、ロマネスクはその場に座り込んでいた。
 内藤も何も言わず、ただそこに佇む。

( ФωФ)「……」

 やがて、ロマネスクが立ち上がった。
 埃を払い、内藤に顔を向け、問いかける。

( ФωФ)「……我輩は、父親らしくあれたであるか」

( ^ω^)「――この上ないほどですお」

 そうか、と言って、ロマネスクは穏やかに笑った。

 悲哀の念も、きっとあるだろう。
 しかしそれ以上に、どうしてだか、満足そうに見えた。

 内藤は十数年前のことを思い返す。
 気付けば物言わなくなっていた、自分の父。

 それを考えれば、杉浦親子のような別れは、よっぽど幸せな部類なのかもしれない。



*****

852 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:04:09 ID:IhZ7TvwUO


 クックルは本を閉じた。

 部屋の隅で、くるうが立ち尽くしている。
 彼女は、顔を僅かに上へ傾けていた。

 それを見つめる、デレとキュート、ショボン、ニュッ。

 オサムはいない。

( ゚∋゚)(――終わったか)

 幸せか。
 足りないものはないか。
 してほしいことは。

 何度目かも分からぬほど繰り返されたオサムの質問。
 それに、先程、くるうが答えてやった。


   川 ゚ 々゚)『――オサムに、天国に行ってほしい』


 今更、バッドエンドに出来る筈もなかった。
 作家のクックルとして考えれば、この結末では納得がいかない。
 だが、結果そのものは悪くないと思える。

 消え行く瞬間、ありがとうと、オサムがくるうに囁いていた。
 そんな台詞は書いていない。
 彼自身の、心からの言葉だったのだ。

 面白みのない結末でも、彼にとっては、正しい終わり方だったということだろう。

853 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:06:22 ID:IhZ7TvwUO

川 ゚ 々゚)「……オサム、天国行った?」

 くるうが、誰へともつかない質問を落とす。
 その問いに、ニュッがぶっきらぼうに返した。

( ^ν^)「ああ」

 天国になど行っていない。
 役割を終えて、本の中に戻っただけだ。

 そうは分かっていても、ニュッもクックルも、否定の言葉は口にしなかった。

 それでいい。

川*゚ 々゚)「そっか」

 ハッピーエンドに水を差すほど無粋なことはない。



*****

854 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:09:11 ID:IhZ7TvwUO


lw´‐ _‐ノv「おかえり」

( ФωФ)「……シュー」

 内藤とロマネスクが病室に戻ると、シュールが手を挙げて出迎えた。
 ロマネスクはシュールの傍らに立ち、ひどく言いづらそうに口をもごもごと動かした。
 ブームのことを、どう説明すればいいか悩んでいるのだろう。

 ロマネスクが深呼吸をした瞬間、シュールはロマネスクの手を握った。

lw´‐ _‐ノv「退院したらさ、ちょっと、子供について話し合ってみない?」

( ФωФ)「――子供?」

lw´‐ _‐ノv「さっき、ツンさんと子供のこと話してたんだけど――
       あれ、どんなん話したっけ?」

ξ゚听)ξ「……どんな、って」

lw´‐ _‐ノv「まあいいか。ともかく、無性に子供欲しくなってきたんだ。
       もう一回、改めて検査してさ。
       手術のこととかも確かめて、考えてみようよ」


 ――「充分、2人きりでゆっくり出来たし」。


 シュールは、顔を綻ばせた。

855 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:09:51 ID:IhZ7TvwUO

( ФωФ)「……シュー」

lw´‐ _‐ノv「なに?」

( ФωФ)「ブームの、ことであるが」

lw´‐ _‐ノv「ブーム?」

lw´‐ _‐ノv「――誰、それ?」

 内藤とツンは同時に互いを見た。
 そして、同時に首を振る。
 2人共、何が起きたかまったく分かっていない。

( ФωФ)

( ФωФ)「……何でもないであるよ、シュー」

lw´‐ _‐ノv「? 変なの」

( ФωФ)「ああ。……変であるな」



 数人の看護師に訊ねたが、誰1人、
 シュールの見舞いに子供が来たことを知っている者はいなかった。



*****
857 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:11:41 ID:IhZ7TvwUO





ξ゚听)ξ「――何で、本は杉浦さん以外の人間からブーム君の記憶を消したのかしら」

 数日後。VIP図書館。
 定位置に座っているツンは、そんな疑問を口にした。

o川*゚ー゚)o「近所の人もみんな忘れちゃってたんだって?」

ξ゚听)ξ「ええ。小学校には、彼が在籍した記録すら残ってなかったそうよ」

ハハ ロ -ロ)ハ「ソリャ、下手に覚えてタラ色々と厄介デショウ。
      子供が丸ごと1人消えたんデスカラ」

( ・∀・)「しっかり後始末する本もなかなか珍しいね」

( ゚∋゚)「大抵の本は投げっぱなしだもんな」

ξ゚听)ξ「……質問を逆にしましょう。
      どうして杉浦さんだけ覚えてたのかしら」

 キュート、ハロー、モララー、クックルの4人がカウンターに集まっているが、サボりと言うなかれ。
 今日も今日とてサービスする対象が0人なのである。
859 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:13:15 ID:IhZ7TvwUO

( ^ω^)「そりゃあ」

 内藤が、雑誌を読みながら口を開く。

( ^ω^)「どうしても覚えていたいことがあったからじゃないかお」

ξ゚听)ξ「……ふうん」

 首を傾げつつも、ツンは一応それで納得したらしい。

 ――そこへ、ようやく本日1人目の客がやって来た。
 内藤が雑誌を閉じ、作家達がカウンターから離れる。

川*゚ 々゚)「……こんにちは」

o川;゚ー゚)o「げ」

ハハ ロ -ロ)ハ「アラ」

 埴谷くるう。
 キュートを見付けるなり、嬉しそうに駆け寄っていった。
861 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:18:17 ID:IhZ7TvwUO

川*゚ 々゚)「キューちゃん、今日も可愛い!」

o川;゚ー゚)o「うん……まあ、私だからね。ていうか、あの、ごめん。私あなた苦手」

川*゚ 々゚)「自信満々なとこも可愛い!!」

(;・∀・)「……何、どうしたの、あれ」

ハハ ロ -ロ)ハ「ナンカ、デレがオ説教? したトカ何トカ」

(;・∀・)「お説教? 何でそれがああなるの?」

( ゚∋゚)「妙な方向に捩じ曲げて解釈したらしい」

(;・∀・)「どんな解釈だよ……」

川*゚ 々゚)「デレちゃんはいないの?」

o川;゚ー゚)o「来てないよ。だから帰ってよ」

川*゚ 々゚)「そっかあ、残念……」

(;・∀・)「……あれは?」

( ゚∋゚)「この間、デレに似た感じの子が主役の恋愛映画を見てハマったとか言ってた気がする」

ハハ ロ -ロ)ハ「ブッチャケ誰でもイイんじゃないデスカ、あのコ」
863 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:21:29 ID:IhZ7TvwUO

川*゚ 々゚)「ねえねえ、キューちゃんとモララーさんの2ショット撮らせて」

o川;゚ー゚)o「えっ、モララーさんと……?」

( ;∀;)「何でそんな嫌そうなの!?」

o川;゚ー゚)o「ていうか帰れってば! あの事件のこと、まだ許してないんだからね!」

川*゚ 々゚)「根に持つキューちゃん可愛い!」

o川;゚ー゚)o「うぜえええええ!!」
865 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:23:31 ID:IhZ7TvwUO


 カメラ片手に喚くくるうを、キュートが蹴り飛ばさん勢いで外に押し出している。
 その光景を眺め、内藤がぼんやりと呟いた。

( ^ω^)「今日も騒がしいおー……」

 見てる分には面白いけど、と付け足す。

 そうね、と相槌を打ったツンは、二度三度深呼吸をして、内藤の手を掴んだ。
 どうしても、訊きたいことがある。

ξ゚听)ξ「ねえ、ブーン」

( ^ω^)「お?」

ξ゚听)ξ「ブーンは子供欲しくない?」

( ^ω^)「またそれかお」

ξ゚听)ξ「……だって」

866 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:28:04 ID:IhZ7TvwUO

 ――幸せだと。
 シュールが言っていた。

 あのとき、ツンは、シュールがひどく羨ましかったのだ。

ξ゚ -゚)ξ

( ^ω^)「僕は、ツンといられれば幸せだお」

 ぐしゃぐしゃ、内藤がツンの金髪を掻き混ぜる。
 かと思えば、乱れた髪を優しく直し始めた。

ξ゚ -゚)ξ「……ほんとに?」

(*^ω^)「本当だお。もうツンちゃんの気にしい。可愛いんだから」

ξ゚ -゚)ξ∩

(;^ω^)「おっ、おおっおお……。
       問答無用で手が出る癖が抑えられてきたのはいいことだけど、
       脅すように拳を構えるのやめてくれお……」

 内藤が両手を挙げて、降伏のポーズ。
 すぐにふざけるから、おちおち真面目な話もしてられない。

 もういい、と、ツンは不貞腐れたように言った。
 内藤が顔を覗き込んでくる。
868 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:29:40 ID:IhZ7TvwUO

( ^ω^)「……あのねツン、本当の本当の本当に、僕はツンだけで満足してるんだお」

( ^ω^)「ツンの方は、今のままじゃ足りないのかお?」

ξ゚ -゚)ξ


 何を今更、馬鹿なことを。
 そんなの。


.

869 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:31:39 ID:IhZ7TvwUO



ξ*゚ー゚)ξ「――ブーンが幸せだって言ってくれるなら、もう、充分すぎるくらい足りてるわよ」





*****
871 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:33:25 ID:IhZ7TvwUO


川д川「……今日、やけに人が少なくなあい……?」

(´・_ゝ・`)「クックル、ハロー、モララーは1階。ニュッ君は買い物」

川д川「ああ、そっか……なるほどねえ……」

(*゚ー゚)「ハローとモララーがいないと、ほんと静かだわ」

(#゚;;-゚)) コクコク

川д川「あんたがいなきゃ、もっといいんだけどお……」

(*゚ー゚)「酷くね?」

 2階、食堂。
 デミタスと貞子、椎出姉妹の4人で、少し早めの昼食をとっていた。

872 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:34:31 ID:IhZ7TvwUO

 日頃から物静かな3人が揃っているだけあって、
 とてもゆったりとしたランチタイムであった。
 しぃも、彼らに合わせているのか、普段よりは大人しい。

(*゚ー゚)「……はあ。たまには、こういう日があってもいいね」

川д川「毎日毎日うるさいものねえ……」

(´・_ゝ・`)「特に昨日なんかショボン君が夕飯食べに来て大変だったし」

川д川「あいつはもう『食べに来る』じゃなくて『荒らしに来る』だもの……」

(#゚;;-゚) タシカニ

 のんびり。まったり。
 4人が至福のときを味わっていると――



 ――階下から、内藤の絶叫が轟いた。



*****
874 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:36:21 ID:IhZ7TvwUO


(,,゚Д゚)「ありがとうございました」

(´・ω・`)「いえいえ」

 遮木探偵事務所。
 埴谷ギコは、深々と頭を下げた。

 あの事件後、くるうは実家に戻ったらしい。
 デレとキュートの説得の賜物だが、ショボンはちゃっかり己の手柄として
 ギコに報告していた。

 ちなみに報告書には、もっともらしく、かつ、いい加減な出鱈目を書き連ねておいた。
 部外者に「本」のことを話すわけにもいかない。
 オサムに関しても、同様に出任せで誤魔化した。

 これで騙されるのだから、いやはや、このギコという男もなかなかに単純だ。

(´・ω・`)「それでですね、埴谷さん。依頼料のことなんですが」

(,,゚Д゚)「はい、いくらでも払います!」

(´^ω^`)「ええ、ええ、そうこなくっちゃあねえ」

 さて。
 今日は、これが終われば数時間の空きが出来る。
 親愛なる金づるがいる図書館にでも、お邪魔するとしよう。



*****

875 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:37:24 ID:IhZ7TvwUO


 交通安全のお守りに寄り添うように、球体の猫がぶら下がっている。
 それを助手席から眺めながら、デレは呟いた。

ζ(゚、゚*ζ「……幸せって何なんでしょう」

( ^ν^)「馬鹿に哲学は似合わねえぞ」

ζ(゚、゚;ζ「べっ、別に哲学とかじゃなくて!」

 人が真剣に考えているというのに、この男は。
 デレは溜め息をつき、窓の外を見た。

 現在、2人で駅前の百貨店に向かっている。
 休暇をとって部屋でごろごろしていたニュッに、内藤がお使いを言い渡したのだ。
 そこへ、偶然図書館に来たところだったデレが手伝いを申し出たのである。

876 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:38:32 ID:IhZ7TvwUO

ζ(゚、゚*ζ「今回もまた、濃い事件でしたね」

( ^ν^)「誰かさんは危うく殺されかけるしな」

ζ(゚、゚;ζ「私は悪くないですよ?
      自分から首突っ込んだわけじゃありません」

( ^ν^)「はいはい」

ζ(゚、゚*ζ「……ブーム君の方は、ああいう終わり方で良かったんでしょうか。
      杉浦さんは幸せだったのかな……」

 ニュッからは、「さあ」との答え。
 何とまあ素っ気ない。

 文句を言おうとすると、ニュッが再び喋り出した。

( ^ν^)「いいかどうかは分かんねえけど、悪くはなかったんじゃねえの」

ζ(゚、゚*ζ「……そうですかね」

( ^ν^)「少なくともお前が気付かなかったら、
       杉浦って男とブームは和解出来なかった」

 赤信号に引っ掛かる。

 悪いことをしたと思っているか、という問いに、デレは首を横に振った。
 内藤から聞いた話だから真偽のほどは定かではないが、
 彼らは、決して不幸ではなさそうだったらしい。
878 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:39:32 ID:IhZ7TvwUO

( ^ν^)「じゃあ、それでいいんじゃねえか」

ζ(゚、゚*ζ「……ですかね」

 着信音が響いた。
 デレのものではない。
 ニュッが携帯電話を取り出し、発信者名を確認した。

 そして、デレに手渡す。

( ^ν^)「兄ちゃんからだから出といて」

ζ(゚、゚*ζ「はあい」

 通話ボタンを押す。
 ほぼ同時に信号が青に変わり、車が動き出した。

ζ(゚ー゚*ζ「もしも」

『ニュッくぅううううううううん!!!!!』

ζ(゚ー゚;ζ「うるさっ!!」

 初っ端から、凄まじい叫び声が耳に飛び込んできた。
 その声量たるや、車内全体に響き渡るほど。
880 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:42:04 ID:IhZ7TvwUO

『あ、あれ、デレちゃん? まあデレちゃんでもいいお、ニュッ君いるおね!?』

ζ(゚ー゚;ζ「はあ。運転中です」

『今すぐ帰ってくるお!! ツンが、ツンがツンがツンが!!』

ζ(゚、゚;ζ「……何かあったんですか?」

 デレの声が、僅かに鋭くなる。
 まさか緊急事態か、と思えば。


『めっちゃくちゃ綺麗に、綺麗に、わ、わらっ、わ、笑ったんだおおおおお!!』


ζ(゚、゚*ζ

ζ(゚、゚*ζ「へえ……」

『何その反応!? 全然ぎこちない笑顔じゃないんだお! 綺麗なんだお!
 ツンはどんな顔も綺麗だけれども!!』

ζ(゚、゚*ζ「まあ喜ばしいことなんですけど、内藤さんのテンションのせいでですね……」

『ああもう、いいから帰ってきてくれお! ツンが笑えるようになったから写真撮るお!』

ζ(゚、゚;ζ「しゃ、写真ですか?」

881 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:44:10 ID:IhZ7TvwUO

『12年ぶりの集合写真だお、デレちゃんも是非!』

ζ(゚、゚;ζ「私も入っていいんですかね、それ」

『キュートちゃんも入るから! とにかく待ってるおー!!』

 通話が切れる。
 デレは携帯電話を見下ろした後、ニュッに視線をやった。
 どうせ聞こえていただろう。

ζ(゚、゚*ζ「ですって」

( ^ν^)「面倒くせえ……」

 そうは言いつつ、Uターン出来る場所を探している。
 デレはくすくすと笑って、髪を手櫛で整えた。
883 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:47:02 ID:IhZ7TvwUO

ζ(゚ー゚*ζ「ショボンさんも呼びます?」

( ^ν^)「絶対酷いことになるだろ」

ζ(゚ー゚*ζ「だって仲間外れにしたら、それこそ後で酷いことになりそうじゃないですか」

( ^ν^)「あー……」

ζ(゚ー゚*ζ「それに、どうせなら、いつものメンバーがみんな揃ってる方がいいです」

( ^ν^)「……まあ、兄ちゃんに相談しろ」

ζ(^ー^*ζ「はあい」

 誰がどの位置に写るか、誰が誰の隣になるかで、また騒がしくなるだろう。
 そのことを思うと、面倒なような、でも楽しみなような、ふわふわした気持ちになる。

884 名前:名も無きAAのようです:2011/12/07(水) 01:50:00 ID:IhZ7TvwUO



 これも一つの「幸せ」ってものなのだろうと、デレは笑みを深くさせた。





番外編 終わり

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