973 名前:※少しだけ閲覧注意※:2011/06/04(土) 19:13:04 ID:gslfhTKcO

 ――長岡デレがVIP図書館と出会うより2ヶ月前。
 夏のお話――



(´・ω・`)

 ぱちん。
 己が事務所のソファに寝そべっていた遮木ショボンは、腕に止まった蚊を掌で潰した。

 ティッシュペーパーで死骸を掴み、ごみ箱に放り投げる。
 と、同時に、事務所のドアが開いた。
 見知った顔。ショボンは体を起こし、「いらっしゃい」と声をかけた。

ξ゚听)ξ「お邪魔します……あ、涼しい」

(;^ω^)「ショボン、助けてくれお……」

(´・ω・`)「100万」

(;^ω^)「相談する前から料金請求すんな! しかも何を想定してそんな高額を!?」

 友人の内藤ホライゾンと、付き添いのツン。
 ショボンの向かいのソファへ腰掛ける。

(´・ω・`)「君がわざわざ事務所にまで来て依頼するなんて珍しいからね。
      で? どうせ本の話でしょ?」

ξ゚听)ξ「当たり」

(;^ω^)「……そう難しい話でもないんだお。ターゲットも確定してるし」

(´・ω・`)「じゃあ自分で行けよ」

(;^ω^)「行ったお。……行って失敗したからお前に頼みに来たんだお」

 内藤に向けて怠そうな表情を浮かべてやると、内藤は両手を合わせ、頭を下げた。
 ここまで下手に出るとは珍しい。何やら深刻な問題があるようだ。

974 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/04(土) 19:13:35 ID:gslfhTKcO

(;^ω^)「頼むお! ニュッ君がもう怒り心頭で、早く何とかしないと……」

(´・ω・`)「何とかしないと?」

ξ゚听)ξ「そろそろモララーに八つ当たりし始めるわ。というか始めてるわ」

 いいんじゃないの、別に。
 冷めきった声で、ショボンは言い捨てた。

(;^ω^)「いや、それでモララーが逃げたらどうなると思うお!?
       次は僕が八つ当たりの餌食になるに決まってるお!」

(´・ω・`)(ああ、モララーの心配じゃなくて自分の心配ね)

(;^ω^)「ニュッ君の機嫌があんなに悪くなったのは久々だお……。
       いや普段から機嫌良さそうには見えないけど」

(´・ω・`)「いいからさっさと事の成り行き話せよ」

(;^ω^)「あ、そうだおね。――これを見てほしいお」

 内藤がショボンに手渡したもの。
 漫画。単行本。
 おどろおどろしい表紙。

 『恐怖のとき』、というタイトルらしい。

ξ゚听)ξ「オムニバス形式のホラー漫画なんですって」

(´・ω・`)「ふうん。作者は――指差プギャー。知らないな」

( ^ω^)「デビューは5年前。
       これといったヒット作もなく、ぱっとしない漫画家だったらしいけど――」

ξ゚听)ξ「2年前に『恐怖のとき』を描き始めてから、人気が出てきたらしいの」

 大体予想はついてきた。
 本をぱらぱらめくりながら、話の続きを促す。

975 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/04(土) 19:13:57 ID:gslfhTKcO

(´・ω・`)「それで?」

( ^ω^)「ニュッ君が、この漫画を本屋で立ち読みしたら……」

(´・ω・`)「――展開に見覚えがあった、と」

( ^ω^)「……だお」



番外編 あな悍ましや、ホラー漫画



 新幹線。
 ショボンは、隣に座る女性を横目で見た。

 ブラウスから伸びる、細く青白い腕。
 長い黒髪が、顔や首、背中を覆う。
 まるで幽霊のような見た目をした女。山村貞子。

 ショボンは視線を外し、昨日、内藤とツンから聞いた話を思い返した。


 ――いわく、『恐怖のとき』に掲載されている話は、全て貞子の作品そのまま。
 違いがあるとすれば、登場人物の名前が少し変わっている程度。

(´・ω・`)『掌編が好きなんだっけ、貞子。なるほどね。それで漫画もオムニバス』

ξ゚听)ξ『オムニバスだけじゃなく、たまに特別編と称した長めの話もあるのだけれど』

( ^ω^)『それも貞子が書いた長編と展開が一致するんだお』

(´・ω・`)『ふむ。……なら、この指差君は貞子の本を何冊も持ってることになるね』

( ^ω^)『多分』

(´・ω・`)『それは分かったけど、どうしてニュッ君が怒るのさ』

976 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/04(土) 19:14:21 ID:gslfhTKcO

( ^ω^)『何て言うか……「自分だけのため」に書かれた物語が、
       第三者の手によって「大勢の人間のため」に、ばらまかれたわけだから』

ξ゚听)ξ『独占欲を踏みにじられたような。嫉妬――とはちょっと違うかしら』

(´・ω・`)『ああ。自分の彼女が、悪いお兄さんに攫われて風俗に売られる感じ?』

( ^ω^)『えぐい例え方すんなお。
       ……それで、この間、僕とツンが指差プギャーのところに行ったんだお』

 「そんなの知らねえよ、妙な言い掛かりつけんじゃねえ」――
 玄関先で、散々どやされたそうだ。

( ^ω^)『すごく恐かった……』

(´・ω・`)『やあだブーンちゃん情けない。
      モララー……は泣いて帰ってくるから駄目か。クックルに任せれば?』

( ^ω^)『絶賛執筆中だお』

(´・ω・`)『あっそう。――はあ、面倒臭い……』


 そうして現在、ショボンは他県に住む指差プギャーのもとへ向かっているわけだが。

川д川「……」

 何故だか、貞子がお供を申し出たのである。
 『恐怖のとき』を読み耽っている貞子に、ショボンは話しかけた。

(´・ω・`)「何で来たの」

川д川「……悪い……?」

(´・ω・`)「いや、悪くないけど」

977 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/04(土) 19:14:40 ID:gslfhTKcO

川д川「……これ」

 貞子が、漫画を閉じる。
 嘆息。

川д川「ほぼ完璧なの……」

(´・ω・`)「展開とか台詞とか?」

川д川「……そうじゃなくて……。いや、それもそうなんだけど……。
    間の取り方とか、アングルとか、表情とか、容姿とか……。
    ほとんど、私のイメージと完璧に合ってるのよ……」

川д川「……何だか、描いた人に興味が出てきたの……」

(´・ω・`)「ふうん」

 到着する。
 貞子は鞄に漫画をしまうと、さっさと立ち上がった。

 ――新幹線から降りた2人は、メモに書いておいた指差プギャーの住所を確認した。
 少し歩けば、すぐに辿り着く筈だ。

(´・ω・`)「暑いな。早く行こう」

川д川「ええ……」

 ショボンの目の前を蚊が飛んだ。
 振り払う。

 首筋が、ちくちくと痛いような痒いような感覚に襲われた。
 いつの間にか刺されていたようだ。舌打ちする。

(´・ω・`)「これだから夏は嫌なんだ」



*****

978 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/04(土) 19:15:09 ID:gslfhTKcO

(#^Д^)「――だから! んなもん知らねえっつってんだろ!!」

 マンション。ある一室の前。
 指差プギャーは、自身の漫画をショボンに投げつけた。

(´・ω・`)「……ぶち殺すぞ……」

(#^Д^)「あ!?」

(´-ω-`)「……。ええと。こちらにいらっしゃる、山村貞子さんがですね。
      あなたの描く物語に、大変見覚えがあると」

(#^Д^)「山村貞子なんて見たことも聞いたこともねえよ!!」

 物凄くぶん殴りたい。
 ショボンは眉間に寄る皺を指先で伸ばし、募る苛々を誤魔化した。

 「知らない」。先程から、これの一点張りだ。

 本当に知らないわけはない。
 貞子を紹介した際、彼はあからさまに動揺した。

川д川「……私、怒ってるんじゃありません……。ただ、返してほしいだけで……」

(#^Д^)「何が目的なんだよ!? 大体なあ、証拠出してみろよ証拠!
      あんたが山村貞子で、俺があんたの小説持ってるって証拠をよお!!」

川д川「……」

(#^Д^)「ったく、売れてくると頭おかしい奴が寄ってくるから嫌になるよなあ!」

(´・ω・`)(……強情な)

 ショボンが口を開く。
 しかし、彼が何かを言う前に、貞子の方が先に動いた。

川д川「……なら、帰ります……」

(´・ω・`)「は?」

979 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/04(土) 19:15:33 ID:gslfhTKcO

 驚くショボンを尻目に、鞄から本を取り出す。
 ラベルが貼られた、黒いハードカバー。
 彼女の本。

川д川「本、返してくれなかったこと……後悔しますからね……」

 言って、本をプギャーに突きつけた。
 プギャーは訝しげな顔をする。

( ^Д^)「……何だよ」

川д川「どうぞ、これも活用してください……」

 呆気にとられる彼の手に本を握らせ、貞子は踵を返した。

 プギャーへ会釈し、ショボンは貞子の後を追った。

(´・ω・`)「いいのか」

川д川「……あの本に、館長の名刺挟んどいたわあ……」

(´・ω・`)「それが?」

川д川「……明日、電話かかってくるでしょうね……」

 くすくす。
 それはそれは楽しそうに笑い、貞子は振り返った。

 未だ立ち尽くしているプギャーに、言い捨てる。

川д川「夏は、虫、多いから……気を付けてくださいねえ……」



*****

980 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/04(土) 19:16:27 ID:gslfhTKcO

 ――夜。
 昼に訪ねてきた女、山村貞子を思い出して、プギャーは頭を掻きむしった。

( ^Д^)「……絶対に返すもんか……」

 部屋の隅に詰まれた何冊もの黒い本を見下ろす。
 数年前に知り合いから貰った本。プギャー好みのホラー小説。
 初めは普通に読んで楽しんでいたのだ。

 だが。
 漫画家の血が騒いだ。
 漫画にして表現してみたくなった。

 勿論、発表する気はなかった。個人的な楽しみとして描いただけ。
 鉛筆で手早く、雑に。けれど彼の趣味をふんだんに用いた手法で。
 描いただけ。

 ただ――編集担当が。
 たまたま机に置いてあった、その落書きレベルの漫画を見て。
 面白いから、原稿に描き直せと。

 きっと売れるから、と。

( ^Д^)「……」

 血迷ったのだ。
 何を描いてもヒットしない。
 果ては、描きたくないジャンルを無理矢理描かされ、それすら不発に終わる。
 藁にも縋る思いだった。

 「山村貞子」について、インターネットや図書館、書店で散々調べた。
 彼女がまったく世間に知られていないのを確認する。
 そして――『恐怖のとき』の連載が始まった。

( ^Д^)「……俺の、初めて成功した作品なんだ……返さねえぞ……」

 本を撫で、プギャーはふらふらと洗面台へ向かった。
 最悪な気分だ。
 歯を磨いて、さっさと寝よう。

981 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/04(土) 19:17:08 ID:gslfhTKcO

 歯ブラシを口に突っ込み、雑に磨く。
 不安が滲んだ。
 山村貞子は存外あっさり帰っていったが、何を考えているのだろう?

( ^Д^)「……」

 暴露されたら。
 自分は――


( ^Д^)「……ん、え?」

 不意に違和感。
 喉から舌の付け根にかけて、ざわざわ、擽られるような。

 ぶうん。ぶうん。
 モーターに似た音が響く。

 歯ブラシを引き抜き、プギャーは口を大きく開いた。

( ^Д^)

(;^Д^)「あ?」

 靄が口から飛び出した、ように見えた。

 靄。違う。

(;^Д^)「なっ、あ、は? あ、あが、」

 大量の虫――蚊だ。

 プギャーが腰を抜かす。

 次から次へと、蚊の大群が喉の奥から流れ出る。
 空気を吸えば、蚊が奥へと戻る。鼻で呼吸をすれば、口だけでなく鼻からも蚊が現れる。
 喋るのも、息をするのもままならない。

 舌や歯を動かせば、蚊が潰れ、嫌な感触と味が広がった。

982 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/04(土) 19:17:37 ID:gslfhTKcO

 わけが分からない。
 辺りが黒くなっていく。顔や手に蚊がぶつかる。羽音がうるさい。

 混乱の限りを尽くしたプギャーは、咄嗟に耳を塞いだ。
 喧騒から逃れるためではない。妙な感覚があったからだ。

 ――柔らかいものに触れる。
 指で摘み、恐る恐る、それを見た。

(;^Д^)「ひ」


 白い。
 蛆が。

 知覚した途端、うじゃうじゃと、耳の穴から一斉に何かが這い出る感触がした。



*****

983 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/04(土) 19:18:12 ID:gslfhTKcO



川д川「ニュッ君は怒ってたけどねえ……私は、ちょっと嬉しかったのよ……」

 数日後。図書館。
 段ボール箱で送られてきた本を手に取りながら、貞子は呟いた。

(´・ω・`)「嬉しい?」

川д川「私の本を、一番怖く、面白く見せる描き方で漫画にしてくれたんだもの……」

(´・ω・`)「ああ……何か言ってたね、そんなん」

川д川「残念だったわあ……。素直に認めてくれればおとなしく許してあげたのに……」

(´・ω・`)「何したのさ」

川д川「……漫画を見る限りじゃ、あの人のところにある私の本は
    『生きてない』ものばかりだったわ……」

川д川「だから――『生きてる』本に、懲らしめてもらったの……」

 ある一冊を引っ張り出すと、貞子はショボンの眼前に掲げた。
 あの日、プギャーに渡したものだろう。

川д川「指差さんが悪い人だったら、思う存分彼を主人公にしてやってね……って、
    事前に本には言っておいたわ……」

 その作戦は、見事成功したらしい。
 一体どんな話で懲らしめたのかは知らないが、何とまあ恐ろしいことだ。

 貞子が笑う。

984 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/06/04(土) 19:18:52 ID:gslfhTKcO


川д川「今は、ホラー小説が張り切る季節だしねえ……。……うふふう……」

(´・ω・`)「……これだから夏は」

 ぱちん。
 耳元で羽音を響かせた蚊を叩き、ショボンは溜め息をついた。





番外編 終わり

戻る

inserted by FC2 system