- 152 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 19:59:15 ID:Y85ofNJM0
要点を述べよう。
( ^ν^)「金井マニーが、『本』の主人公にさせられた」
ζ(゚、゚*ζ「えっ」
( ^ν^)「ついでにお前とハローも脇役として巻き込まれてるっぽい」
ζ(゚、゚*ζ「えっ」
( ^ν^)「頑張れ」
ζ(゚、゚*ζ「えっ」
- 153 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:00:02 ID:Y85ofNJM0
番外編 あな美味しや、ゴシック小説・中編
.
- 154 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:00:59 ID:Y85ofNJM0
遮木探偵事務所。
ほんの数人の所員を抱えた小ぢんまりとした探偵事務所だが、実績は確かだ。
その事務所の所長が、
(´・ω・`)「まーた面倒くせえことになってんね、君達」
気弱そうな顔をした男、遮木ショボン。
顔つきに反して傲岸不遜で高飛車で下衆な拝金主義の性悪だが、
内藤の友人であり、図書館住人との付き合いも長い。
彼らと仲良くやれているからには、ショボンも根っから悪い男ではないだろう。多分。
そのショボンは現在、己の席にふんぞり返って鼻をほじりながら
応接用のソファに座るデレ達を眺めていた。
- 155 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:01:52 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚;ζ「そうみたいですね……」
( ^ν^) ハァーーー
ハハ ロ -ロ)ハ「テイウカ、今の今マデ気付いてなかったんデスカ、デレは」
ローテーブルを挟む形で置かれた2つのソファ。
一方のソファにはデレとハローが、
そしてもう一方にはスーツ姿のニュッが座っている。
ζ(゚、゚;ζ「……ええと、確認しますが……」
デレは腕を組み、俯き気味の顔を傾けた。
向かいに座るニュッを上目に見て、
ζ(゚、゚;ζ「私が昨夜見た夢は、『本』が作り上げた──舞台ってことなんですね?」
( ^ν^) ハァーーー
そう訊ねてみれば、ニュッは皺が寄る眉間を指先で揉み込みながら、
本日5度目──デレの知る限りで──の深い深い溜め息をついた。
- 156 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:02:49 ID:Y85ofNJM0
ハローが、ぴっと人差し指を立てる。
ハハ ロ -ロ)ハ「ワタシとデレ、そして金井サンの意識が、
『本』の用意した舞台に繋げられたんデショウ。
キット金井サンも同じ夢を見た筈デス」
デレが見た夢を、ハローも見たのだという。
異様なリアリティに疑念を抱き、朝食の席で夢の内容を話してみれば、
案の定「そのストーリーに覚えがある」という答えが、2人の男女から挙がった。
内1人はニュッ。
もう1人は──
ζ(゚、゚*ζ「……まあ、夢の中で演じさせるのは、でぃさんの本ですよね」
(#゚;;-゚)、
ニュッの隣で申し訳なさそうな顔をしている傷だらけの女、椎出でぃ。
VIP図書館に住む作家だ。
- 157 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:03:39 ID:Y85ofNJM0
彼女はしぃの双子の姉でありながら、あの痴女とは正反対の性質を持っている。
露出の激しい服装を好むしぃ、顔と指先以外はあまり露出させないでぃ。
常に動き回り何事にも関心を向けるしぃ、基本的にぼうっとしがちなでぃ──といった具合。
特に顕著なのが、
(#゚;;-゚)ノシ
ζ(゚、゚*ζ「え? 何です?」
ハハ ロ -ロ)ハ「『巻き込んでごめんね』ッテところジャないデスカネ」
この無口なところ。
いつもきゃあきゃあ騒いでいるしぃとは大違いだ。
ζ(゚、゚*ζ「別にでぃさんが悪いわけじゃ……」
"(#゚;;-゚)" ブンブン
デレの言葉に、でぃは首を横に振った。ニュッが6度目の溜め息。
デレ達の見た夢──
そのシチュエーションが、でぃが昔書いた小説と一致しているのだという。
- 158 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:04:29 ID:Y85ofNJM0
命を持った「本」にはそれぞれ性格の違いがあるが、
その多くは作者の性質に似る。
消極的なでぃに似た「本」は、演じさせ方も消極的だ。
主人公に選ばれた人間の、夢の中でのみ演劇を展開させていく。
多くの「本」が現実に干渉してくるのに比べれば、控えめと言えるだろう。
まあ、ある意味では、一番大胆な手法なのかもしれないが。
ζ(゚、゚*ζ「あれ? 主人公はマニーさんなんですよね?」
( ^ν^)「その筈だ」
ζ(゚、゚*ζ「なら、マニーさんの夢の中だけで展開する筈じゃ……?」
個人の夢の中だから、舞台も脇役も、自由に作り出すことができる。
だからあくまで「本」の影響が及ぶのは、主人公に選ばれた者の脳内だけ。
今回のデレやハローのように、「助演」として他者が捩じ込まれることはない筈だ。
その指摘にニュッが唸り、頭を掻いた。
- 160 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:05:33 ID:Y85ofNJM0
( ^ν^)「多分……本が、お前とハローを気に入ったんだ」
(#゚;;-゚)) コクン
ζ(゚、゚;ζ「気に入った? って?」
( ^ν^)「まず前提としてあの本には、主人公に仕える2人の召使が登場する」
ζ(゚、゚;ζ「……はあ。それが私とハローさんなんですね?
どうして私達が本に気に入られたんです?」
( ^ν^)「昨日の夕方、お前と金井マニーは同じ場所にいた。
──金井の鞄の中にでも、でぃの本が入ってたんじゃねえかな。
それできっと、本は、覗き見してるお前に気付いてた」
──メイドの格好をしているデレに。
ζ(゚、゚;ζ「……あ」
ハハ ロ -ロ)ハ「ワタシは、タキシードを着てる状態で金井サンとすれ違いましたしネ」
(´・ω・`)「てめえらの図書館はいつからコスプレ喫茶になったんだ」
心底馬鹿にするような目付きのショボンが、茶々を入れてくる。
だが一応まじめに話を聞いてくれてはいるらしい。
- 161 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:06:17 ID:Y85ofNJM0
(´・ω・`)「んで? 実際に……まあコスプレだけど、実際にメイドと執事然とした人間を見て、
脇役に採用したくなったってわけ? 本が」
(#゚;;-゚)) コクコク
( ^ν^)「だからお前らを召使として出演させることにして、
お前らの夢を繋げたんだろう」
ζ(゚、゚;ζ「めちゃくちゃだあ」
(´・ω・`)「今更でしょ」
たしかに今更だ。
「本」の起こす事件は、基本的に何でもありなのだから。
とりあえず、演者として巻き込まれてしまったことは理解した。
ならば次に重要なのは、その内容。
- 162 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:07:40 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「どんなお話なんです?」
( ^ν^)「薄暗い城に住む怪物の話。いわゆるゴシック小説」
ζ(゚、゚*ζ「ごしっく?」
( ^ν^)「……城とか洋館とか化物とか幽霊とか因縁とか
そういう要素の多いホラーやSF……に限らないが、近いもんだと思っとけ。
明確な線引きもないだろうから雰囲気で分かってればいい」
ζ(゚、゚*ζ「……はあ……?」
( ^ν^)「……『フランケンシュタイン』、『オペラ座の怪人』、『嵐が丘』」
ζ(゚、゚;ζ「す、すみません、名前くらいしか知らないです……」
じとりと凝視される。
ごめんなさいともう一度謝って、デレは肩を縮めた。
とりあえずもう一度説明を受けて雰囲気は何となく察したので許してほしい。
- 163 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:08:27 ID:Y85ofNJM0
(´・ω・`)「で、何。でぃの本に出てくる怪物とやらはどういう奴なの」
( ^ν^)「常に飢えで苦しんでる」
(´・ω・`)「ひゃあ。危険しか感じないフレーズだなあ。
もしかしてデレちゃんとハローは食べられちゃうの?」
ζ(゚、゚;ζ「ひえっ」
( ^ν^)「いや、よくある『心優しい怪物』系。
死んだ母親の手料理が恋しくて、召使に毎晩料理を作らせるが
気に入るものが無くて満足できない。だから飢える」
飢えるという言い方は、決してオーバーには感じない。
あのマニーはたしかに、ただ単に腹が減ったとか、そういうレベルではなかった。
( ^ν^)「怪物は夜毎に飢え死にし、夜になるとまた生き返る。
満足するまでその繰り返しだ」
飢え死に──
じゃあ、やはり、昨夜の夢の最後でマニーは。
死んだのか。
ぶるり、デレは震えた。
- 164 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:09:14 ID:Y85ofNJM0
(´・ω・`)「オチはどうなんの?」
( ^ν^)「望む料理を見事に作り上げ、怪物の心寂しさも解消されてめでたしめでたし。
まあ結末に至るまでに死にまくってるから暗い話ではあるんだが」
ハハ ロ -ロ)ハ「ワタシたち召使は、タダ料理をするダケで危険はナイんデスヨネ?」
(#゚;;-゚)) コクリ
ζ(゚、゚;ζ「お話通りなら、今夜もまた夢で演じさせられるんでしょうか」
( ^ν^)「そうなる筈だ」
ならば今夜もマニーは飢える。
あんなに苦しそうだったのに──今夜も、また。
ζ(゚、゚;ζ「あの、マニーさんと連絡はとれないんでしょうか?
本を取りに行くか、図書館に持ってきてもらって……」
実のところ、「本」は朗読するだけでも満足してくれる場合がほとんどだ。
ニュッ達も手元にある分の「本」は定期的に朗読してやることで、欲求を解消させている。
本なりのルールがあるらしいので断言は出来ないが、
今回の場合は、今から朗読に切り替えても許される、筈だ。
しかしデレの提案は否定された。首を振ったのはショボン。
- 165 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:10:05 ID:Y85ofNJM0
(´・ω・`)「さっきデレちゃんが来る前にハロー達も話してたけど、駄目みたいだよ」
ζ(゚、゚;ζ「え? どうして……」
(´・ω・`)「昼頃、ブーンが金井マニーの連絡先を調べて電話したそうだ。
それはもう単刀直入に、『これこれこういう内容の紫色の本を持っていませんか』と」
ζ(゚、゚;ζ「結果は?」
(´・ω・`)「ノーだ。じゃあ家の中にあるかどうか探してもらえないかとブーンは伝えた。
それにもノー。……というか、忙しいからと電話を切られたらしい」
──デレにとっては又聞きの更に又聞きだが、それでも怪しさは鮮烈である。
まあ真偽がどうであれ、取り合ってくれないのなら本の回収もできない。
( ^ν^)「そもそも昨日うちに来た時点で、マニーはでぃの本も持ってきてた筈だ。
なのに兄ちゃんの『他にも持ってるか』って質問に嘘をついて隠した。
理由は分かんねえけど、素直に出すつもりはないんだろうよ」
それもそうだ。
ならば、今すぐ本を回収することも、まして朗読だけで済ませることも出来ないわけで。
- 166 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:11:16 ID:Y85ofNJM0
ハハ ロ -ロ)ハ「諦めて、おとなしく演じるしかナイですネー」
ζ(゚、゚*ζ「……じゃあ私は、その『怪物』のためにご飯を作ればいいんですか?」
( ^ν^)「まあ、そういうこったな」
ζ(゚、゚*ζ「もしも私の料理が、理想通りでなければ……」
( ^ν^)「『怪物』は飢え死にする。そんで次の日の夜からもう一回やり直しだ」
頑張れとハローが拳を握る。他人事極まりないが、
現実、彼女が料理に親しむ姿もこれといって記憶になかった。
- 167 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:12:51 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚;ζ「……お気に召すものが出てくるまで、
あの人は毎晩死に続けるんですよね……」
( ^ν^)「そうだよ。だから早い内に終わらせた方がいい。
あの人のためにも、……お前らのためにも」
マニーが死ぬのは、あくまで夢の中でのみ。
現実で死ぬわけではない。
しかし──あれだけ生々しい感覚を伴う夢なのだ。
飢えも、絶命も、マニーはそっくりそのまま味わっている。
そんな夢を何日も繰り返していいわけがない。
荷が重い。なぜ自分なのだろう。そう愚痴れば、メイド服を着たからだろ、とニュッに正論を返された。
ζ(゚、゚;ζ(ぐうの音も出ない)
──デレがメイドの格好をしなければ、しぃが興奮してハローにタキシードを強要することもなかった。
もしかして、というかほぼ確実に、ハローまで巻き込まれたのは自分のせいか。
どんどん自己嫌悪に陥るデレに、ニュッは一瞬だけ気遣わしげな目を向けて(気のせいかもしれない)、
視線を隣のでぃに滑らせた。
- 168 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:13:39 ID:Y85ofNJM0
( ^ν^)「……まあ幸いなのは、その本が、あまり細部にはこだわってないって点だ」
ζ(゚、゚*ζ「え?」
( ^ν^)「夢の中だから姿形、名前、登場人物の行動なんて自由に操れる。
にもかかわらず、お前らも金井も現実通りの姿だったし、
デレはデレ、ハローはハローとしての意識をしっかり持ってたんだろ?」
ハハ ロ -ロ)ハ「エエ、そうデス。それに、自由に動き回れマシタ」
( ^ν^)「その上──ええと、デレはホットケーキを作ったんだったか」
ζ(゚、゚*ζ「はい」
( ^ν^)「記憶にある限り、あの小説にはホットケーキやそれに類する料理は出てこない。
──ハローがホットケーキ食いたいっつったら食材が現れたんだよな。しかもミックス。
なら『本』は、物語通りの展開を強制するつもりはないわけだ。
お前らの意思を優先させてる」
(#゚;;-゚)) コクコク
(´・ω・`)「ははあ。じゃあ──仕方なく展開を省略する羽目になっても、
許してくれるかもしれないね」
ショボンが悪巧みをするような笑みを浮かべ、
ニュッとでぃがそれに同意した。
ハローも理解したように手を叩く。
こういうとき、頭の悪いデレは一歩遅れがち。
- 169 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:14:52 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「えーと……?」
( ^ν^)「さっさと正解の料理を作って結末まで持ち込んじまえば、
今夜の内に演じ終えられる。かも」
ζ(゚、゚;ζ「……えー?」
ニュッのおかげでデレも理解した。
理解はしたが、納得は出来なかった。
ζ(゚、゚;ζ「い、いいんですかね? そんな雑に終わらせちゃって」
(´・ω・`)「なあにを言うのデレちゃん。
役者側のアドリブを許容した本が悪いんだから、そこに付け込んでナンボでしょ」
ショボンの言い分に、でぃは困ったように唇の両端を持ち上げつつ首肯した。
ζ(゚、゚*ζ「でぃさんはそれで大丈夫ですか? 作者として……」
(#゚;;-゚)b
サムズアップ。
でぃが良しとするなら、本も許してくれるかもしれない。
ニュッの計画通り、今夜の内に終わらせられるのであればそれに越したことはないだろうし。
満足した本はしばらく大人しくしていてくれるから、
マニーから回収する策を考える余裕も出来る。
- 170 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:15:36 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「それで、正解のお料理は何なんです?」
( ^ν^)「キッシュ」
(´・ω・`)「キッス? は? メルヘンかよ」
(;゚;;-゚)ノシ
ハハ ロ -ロ)ハ「キッシュ。タルトとかパイ生地とかに色々ぶち込んで焼いたヤツですヨ」
(´・ω・`)「説明雑すぎでしょ。お菓子なの?」
ζ(゚ー゚*ζ「中に入れるのはお野菜やお肉ですから、お菓子とはまた違いますよ」
(´・ω・`)「うーわデレちゃんに知識で負けた。死にたい」
ζ(゚ー゚*ζ「どういう意味ですかそれは」
- 171 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:17:00 ID:Y85ofNJM0
ハハ ロ -ロ)ハ「別に珍しい料理デハないんデスケドネー。喫茶店にもアルし」
( ^ν^)「ラーメン屋の倅にゃ、おフランスの伝統料理は馴染みがねえか」
(´・ω・`)「ナメんな。昔ブーンと一緒に高級フランス料理店に殴り込んだことあるわ」
ハハ ロ -ロ)ハ「館長が席を外した隙に支払い押しつけて逃げたヤツ?
あのトキの館長メッチャぶちギレてマシタよ」
(´・ω・`)「その後ちゃんと焼き鳥おごってあげたもん僕」
( ^ν^)「それで対等と言い張る思考回路こえーよ」
(#´;;-`)
どうにも緊張感が持続しない。
図書館メンバーに加えショボンまでいるのだから、仕方ないかとデレは思った。
実際はデレも元凶としての役目を存分に果たしている。
ふと、ニュッが一枚の紙をデレに差し出した。
メモ用紙だった。癖はあるが読みやすい文字で、食材やレシピが書かれている。
- 172 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:18:09 ID:Y85ofNJM0
( ^ν^)「電話でクックルに作りかた訊いといた。
──でぃは、作中の料理の描写は、うちで作る料理を参考にしたっつってたから
このメモ通りに作れば『怪物』の望む味になる……と思う」
クックルは指一本に至るまで平均より大きい割に、かなり器用で几帳面だ。
細々とした作業が好きで、料理も得意。
彼のレシピなら当然美味いだろう。
( ^ν^)「ハローにも暗記させといたけど、一応」
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとうございます! 助かります」
メモ用紙を受け取りがてら、ニュッの手を握って上下に揺すった。
途端、全力で握り返される。ついでに捻られる。
ζ(゚ー゚;ζ「あだだだだだだ」
(´・ω・`)「キッシュなあ。しゃらくせえ。お袋の味っつったら肉じゃがか味噌汁だろ」
ハハ ロ -ロ)ハ「あんなフンイキ溢れる古城に醤油と味噌のニオイ漂わせられマセンヨ」
(;´;;-`)
傍らの会話を聞き、ニュッが手を離す。
──何か、物憂げな目をしていた。
- 174 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:19:11 ID:Y85ofNJM0
( ^ν^)「……もしかしたら……」
ζ(゚、゚*ζ「?」
言いかけ、口を噤む。
デレが首を傾げても教えてくれなかった。
代わりにこちらを見て、また溜め息。
ζ(゚、゚;ζ「何ですかニュッさん、さっきから溜め息ばっかり」
( ^ν^)「別に」
(´゚ω゚`)「心配してましゅうーwww」
( ^ν^)「死ねボケ」
白目をむいて鼻に指を突っ込みながら舌を出してぎゃはぎゃは笑うショボンに、
ニュッが5、6回ほど舌打ちをかました。
ああ心配してくれているのかとデレは納得する。
彼が存外に情け深いたちなのはとっくに知っているので、驚きはない。
特にハローは彼にとって家族であり親友でもあるのだから、なおさら心配だろう。
- 175 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:20:23 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚ー゚*ζ「一生懸命やりますよ」
∩(#゚;;-゚)∩
(´・ω・`)「しかし金井先生との共演を一日二日で終わらせるってのは勿体ないんじゃないの、ハロー。
作家としてはさ」
ハハ*ロ -ロ)ハ「ワタシは以前、金井サンが連載シテル雑誌に短編小説載りマシタからネ。
そういう意味デハ共演済みデスシ」エヘン
ζ(゚、゚;ζ「えっ!? そうなんですか!?
え、え、ハローさん、普通の雑誌に小説とか載せてるんですか?」
ハハ ロ -ロ)ハ「オ小遣い稼ぎのタメに、たまに、たまーに短編を載せてもらうノ。
モチロン偽名でネ。別名義で作品発表するノモ、作家にはヨクあるコトですカラ。
ア、月刊文芸の今月号にクックルの短編載ってマスヨ。今朝届いてマシタ」
ζ(゚、゚;ζ「へええええ……もう半分プロじゃないですか」
ハハ ロ -ロ)ハ「ワタシの場合は館長のコネで出版社に話通してモラッテ、
たまに穴埋めのお仕事モラウ程度デスから。大したモンじゃナイデス」
得意気に謙遜して(矛盾している)、ハローが微笑む。
ニュッ君がやめろと言うならやめますけど、と顔を傾ける彼女に、ニュッは吐息のみを返した。
- 176 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:21:12 ID:Y85ofNJM0
(´・ω・`)「はいはいはい、話がまとまったのなら、帰った帰った。
お前らのためにわざわざ他の所員ども追っ払った上、
ここでの業務2時間近くストップしてんだ。さっさと出てけー」
ζ(゚、゚;ζ「あ、ごめんなさい、ありがとうございました」
(´・ω・`)「しかもうちの貴重な事務員こと下僕もといニュッ君まで貸してやったんだ。
この2時間分のこいつの給料はお前らが出せよ。5万」
ζ(゚、゚;ζ「ニュッさんの2時間に5万円の価値あります?」
( ^ν^)「お前たまに無自覚で喧嘩売ってくんのやめろ」
ハハ ロ -ロ)ハ「時給2万5千円じゃないデスか、月給に見合わナイんデスケド」
(´・ω・`)「業務を停止させられた諸々の慰謝料を含んでいる」
ハハ ロ -ロ)ハ「慰謝料ッテ言えばイイと思ってるチンピラ思考デスよソレ」
(;゚;;-゚) オロオロ
実際これ以上ここに居るのも迷惑だろう。
デレが立ち上がると、ハローとでぃも腰を上げた。
- 177 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:22:33 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「──あ」
メモを見下ろし、不意に、ある人物を思い出した。
ζ(゚、゚*ζ「あの、私とハローさんとマニーさんの他に、もう1人いたんですけど……。
びぃさんって人。その人、でぃさんにちょっと似てて……」
( ^ν^)「ああ、ハローから聞いた。
──正直そいつはよく分かんねえ。けど、何か変だ」
ζ(゚、゚*ζ「変?」
( ^ν^)「たしかに作中には『怪物』の恋人として、傷だらけの女が出てくる。
でぃに似てるのは、本が、作者のでぃを参考にしたからだろうな」
ζ(゚、゚*ζ「あ、それじゃあびぃさんは夢の中で作られた登場人物であって、
現実には存在しない人?」
( ^ν^)「いや。──本来そのキャラクターは、『びぃ』って名前じゃない」
ということは──どういうことだ。
首を捻る。
ハハ ロ -ロ)ハ「それに、金井サンとびぃサンは知り合いみたいデシタしネ」
ζ(゚、゚*ζ「あ、そうですね。……んん? じゃあやっぱり現実にいる人?」
- 178 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:23:42 ID:Y85ofNJM0
(´・ω・`)「びぃっていう、『中身』は実在する人なんでしょ。
外見は原作に寄せられたけど」
( ^ν^)「そんなとこだろうな。
デレとハローは仮装のせいで外見も重視されてたから、
姿を変えられずに済んだだけで」
──ただ、そうなると、金井マニーまで現実通りの見た目であったことが納得いかなくなる。
そう言って、ニュッは天を仰いだ。
そのまま溜め息。本日──何度目だ、もう。
ζ(゚、゚*ζ「マニーさんも服装や顔が『本』の望む通りだったとか?」
( ^ν^)「金井の服装は昨日と同じだったんだろ」
ζ(゚、゚*ζ「はい、スーツとアクセサリーつけてました」
( ^ν^)「『怪物』は怪物らしく人間離れした見た目の設定だった。
それならやっぱり、金井がそのままの姿だったのは妙だ」
ζ(゚、゚;ζ「ええー、じゃあ何で金井さんだけ……いや、寧ろびぃさんだけ?」
- 179 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:24:28 ID:Y85ofNJM0
ハハ ロ -ロ)ハ「マア、いいじゃありマセンか。
終わらせちゃえば、ソンナの関係ありマセン」
d(#゚;;-゚)b
たしかに、ここで考えても仕方ないことではある。
別に外見が展開に関わるわけでもないだろうし。
──デレはショボンとニュッに挨拶し、ハロー、でぃと共に事務所を後にした。
とりあえず午後11時くらいには眠るようにしよう、と約束してからハロー達と別れる。
1人になって、何となくレシピのメモを広げ、思案した。
ζ(゚、゚*ζ(このメモ、夢の中には持っていけないかなあ)
ハローが暗記したらしいから心配はいらないだろうが、
でもやはり、万が一ということもある。
一応、寝るときに握っていよう。
*****
- 180 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:25:17 ID:Y85ofNJM0
ハハ ロ -ロ)ハ「コンバンハ、デレ」
ζ(゚、゚*ζ「……こんばんは、ハローさん。待ちました?」
ハハ ロ -ロ)ハ「イイエ、いま起きマシタ。……起きたトイウカ、寝たトイウカ」
顔を上げると、向かいのハローがひらひらと手を振っていた。
──だだっ広い食堂。高い天井。大きなシャンデリア。アーチ型の窓。ステンドグラス。
昨夜と同じ場所。
デレはつい先程、自室で眠りに就いた筈だった。
しかし次の瞬間にはこうして、食堂のテーブルで目を覚ましている。
やはりメイド服。ハローはタキシード。
改めて確認するまでもない。昨日の夢の続きだ。
- 181 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:26:02 ID:Y85ofNJM0
(´-;;゙#)「マニー様……」
¥;・∀・¥「くうう……」
昨夜と同じ席に、マニーとびぃが座っている。
マニーは腹を押さえて呻いているが、昨日のように倒れていない分、いくらか安定して見えた。
実際は昨日と変わらないのだろうけど。
ζ(゚、゚;ζ「ご、ご飯! 作ってきます!」
慌てて立ち上がり、ハローと共に厨房へ向かう。
びぃは、席に着いたまま気遣わしげにマニーの背を撫でていた。
.
- 182 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:26:59 ID:Y85ofNJM0
ハハ ロ -ロ)ハ「──作りたい料理に必要な材料が、自在に出てくるワケですヨネ」
厨房、冷蔵庫の前にしゃがんだハローが呟く。
たしかに昨日、ホットケーキが食べたいという言葉に応えるように、
ホットケーキミックスやら卵やらが現れたのだったか。
ζ(゚、゚*ζ「そうみたいですね」
ハハ ロ -ロ)ハ「食材ジャなくて、完成した料理そのモノは出てこないもんデショウか」
ζ(゚、゚;ζ「ど、どうなんでしょう?」
ハハ ロ -ロ)ハ「キッシュ〜」
ハローが冷蔵庫に手を添え念じてみれば、がこん、と内部から硬い音。
2人は顔を見合わせ、冷蔵庫に視線を戻し、一緒に把っ手を引いた。
- 183 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:28:27 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「あー」
ハハ ロ -ロ)ハ「ダメかあ」
中にあるのは、卵、生クリーム、牛乳、ほうれん草、ベーコン、チーズ。
生クリームもベーコンも、スーパーで見かけるような市販のパック製品だ。
チーズもピザ用のもの。
ζ(゚、゚*ζ「さすがに調理はしなきゃ駄目なんですね……。
あ、パイシートだ。良かった、これくらいは準備してもらえるんだ」
冷蔵庫の奥からパイシートを取り出し、安堵する。
パイ生地も一から作らねばならないのかと不安だったから、これは助かる。
食材を抱えて流しの前に立った。
と同時にあることを思い出し、エプロンのポケットに手を突っ込む。
──紙の感触。
- 184 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:29:18 ID:Y85ofNJM0
ハハ ロ -ロ)ハ「アラ。レシピ?」
ζ(゚、゚*ζ「はい……夢の中に持ってこられるのかなって思って、持ったまま寝たんです」
ハハ ロ -ロ)ハ「ワタシがちゃんと覚えておいたノニ。
……デモ、夢の中に物を持ち込めるってコトは分かりましたネ」
原理はともかく、持ち込みに成功したことは事実だ。
とりあえずメモ用紙を広げ、食材と見比べる。
ζ(゚、゚*ζ「材料、クックルさんのレシピ通りですね」
ハハ ロ -ロ)ハ「コッチの意思を汲んで本が便宜ヲはかってくれてるヨウデスね。
どうやらコノ本、特に甘い性格してるみたいデスヨ。
コレなら、すんなり終わらせられるカモ」
- 185 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:30:13 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚ー゚*ζ「ですね! ぱぱっと作っちゃいましょう! まずほうれん草のアク抜きしないと。
ハローさんはベーコンを切っておいてください」
ハハ ロ -ロ)ハ「ハーイ」
ハローは脱いだ上着を適当な棚に引っ掛けると、シャツの袖をまくった。
デレも袖を少し引き上げる。
キッシュの調理自体はそれほど複雑ではない。
切って、混ぜて、流し込んで、焼く。大雑把に見れば概ねこんなものだ。
クックルが決めた調味料各種の加減があるので、そこさえ気を付ければ問題ないだろう。
ただ、下処理だとかオーブンでの焼き上げだとか、いくらか時間を食う。
その間マニーは苦しんでいる──それがデレには気掛かりだった。
*****
- 186 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:31:15 ID:Y85ofNJM0
処理を終えて、適当な大きさに切ったほうれん草とベーコンを焼く。軽く塩胡椒。
その間にハローには、生クリームと卵、牛乳を混ぜてもらう。
こういう、色々混ぜた生地をアパレイユというらしい。メモに書いてある。
大きめのタルト皿にパイシートを敷き、炒めた具を入れ、アパレイユを流し込む。
たっぷりチーズを乗せたら、あとは温めておいたオーブンへ。
ζ(゚、゚*ζ(このまま20分から30分……)
食堂で待っているであろうマニーを思い、何度も壁の時計を見る。
そうしたところで時間の流れは変わらない。じりじりと針が進むのみだ。
余っている材料で、色々作れる。ソテーやオムレツ、チーズ焼き。
オーブンだけでなく電子レンジもトースターも揃っているから、
それらを使えばキッシュよりも早く出来上がるメニューが、いくつもある。
けれど多分、駄目なのだ。
キッシュが焼けるまでの繋ぎとして別の品を出してしまえば、
恐らくそちらが今夜のメニューと認められてしまうだろう。
一晩につき一品。
「本」では、そういう風に描かれている。らしい。
- 187 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:32:12 ID:Y85ofNJM0
ハハ ロ -ロ)ハ「何か飲み物、ありませんカネ」
ハローの言葉で我に返る。
そうだ、飲み物。
牛乳なら残っているが、クリームとチーズと牛乳を使った料理のお供にまた牛乳、というのも。
くどいだろう。
ハハ ロ -ロ)ハ「アノ冷蔵庫、飲み物も出してくれるんデショウか」
ζ(゚、゚*ζ「出てくるとして、キッシュには何が合うんでしょう?」
ハハ ロ -ロ)ハ「ンー。ブッチャケ麦茶トカでイイんじゃナイかと思いマスが、
雰囲気出すナラ、ワイン? トカ?」
ζ(゚、゚*ζ「お酒飲ませて大丈夫なんでしょうか?」
ハハ ロ -ロ)ハ「……お腹空かせてるヒトにお酒は良くないデスネー」
ζ(゚、゚*ζ「ですよね。それなら麦茶の方がいいのかもしれません。
……でもこれ、飲み物も『本』の展開に関わってたりしませんかね……」
- 188 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:33:19 ID:Y85ofNJM0
ハハ ロ -ロ)ハ「飲み物も関係あるナラ、ニュッ君かでぃが言ってる筈デス。
彼らが言わなかったというコトは、物語上、飲み物は然して重要ではナイし、
それナラ『本』もソコに拘る可能性は低いと思いマス」
ζ(゚ー゚*ζ「そっか。じゃあ……うん、せめて洋風の雰囲気を保つために、
紅茶にしときましょうか」
ハハ ロ -ロ)ハ「異論アリマセン」
ごとん。冷蔵庫から物音。
開けてみれば、缶入りの茶葉がぽつんと置いてあった。
棚からティーセットを取り出し、水を入れたヤカンをコンロにかける。
沸くのを待ちながら、オーブンを見遣る。
あと10分くらい。
ζ(゚、゚*ζ「……本は、これで許してくれますかね。2日目でいきなり結末って」
ハハ ロ -ロ)ハ「食べサセテみなきゃ分かりマセン。
──マア、チョット可哀想な気も、しますケドね。実際」
「本」達は、悪気があって人間を巻き込んでいるわけではない。
ただひたすらに自分を演じてほしい──純粋にわがままを通そうとしているだけなのだ。
しかし悪気がないからといって、苦しむ人を放っておくわけにもいかない。
それでもやはり、ハローの言うように、可哀想だと思う気持ちも少しはある。
- 189 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:34:00 ID:Y85ofNJM0
ハハ ロ -ロ)ハ「セメテ、召使らしい振る舞いトカして、役ダケでもソレらしくシマス?」
ハローがいたずらっぽく笑って、小首を傾げる。
そんなこと言われても。
ハハ ロ -ロ)ハ「文化祭ノ練習も兼ねて」
ζ(゚、゚;ζ「め、メイドさんっぽい振る舞いって分かりませんよ私。どうすればいいんですか?」
ハハ ロ -ロ)ハ「トリアエズ普通に丁寧な対応しとけばイイんじゃないデスカ?」
ζ(゚、゚;ζ「とは言われても」
- 190 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:35:48 ID:Y85ofNJM0
ハハ ロ -ロ)ハ「メイド喫茶みたいなのでイイデショウ、もう」
ζ(゚、゚;ζ「ああいう感じで大丈夫ですか?」
ハハ ロ -ロ)ハ「この本書いたでぃだって本物のメイドに会ったコトなんてナイんデスカラ」
ζ(゚、゚;ζ「はあ。……。……。
お、お帰りくださいませご主人様?」
ハハ ロ -ロ)ハ「何デスカそのベタなミス」
その後も何度か挑戦したが、いまいちよく分からない。
やっぱり普通でいい、とハローが笑うと同時にヤカンが鳴った。
火を止め、適温になるのを待つ。
デレは時計を見て、思いのほか時間が進んでいることに安堵した。
マニーや本に意識を向けて焦るデレの気を逸らすため、
下らぬやり取りに付き合ってくれたのだろう。
ζ(゚、゚*ζ「ありがとうございます」
ハハ ロ -ロ)ハ「ウフフー」
*****
- 191 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:36:59 ID:Y85ofNJM0
焼き上がった円形を切り分け、皿に乗せる。
ふわりと香り立つ湯気に、ぐう、とデレとハローの腹が鳴った。
今回も、時が経つにつれデレ達まで空腹を覚えていた。
4人分の皿とティーカップを何度かに分けて食堂へ運ぶ。
マニーが待ちわびるような目を向けてきた。
¥・∀・¥「……キッシュ」
そう呟く彼は訝しげにデレを見上げて、すぐにまた皿を見下ろし、フォークを持った。
配膳を済ませたら、デレとハローも席に着いて。
ハハ ロ -ロ)ハ「いただきます!」ζ(゚、゚*ζ
両手を合わせ、声も合わせる。
マニーも唇を舐め、いただきます、とか細い声で続いた。
- 192 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:37:57 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚;ζ(……うう、限界)
出来ればマニーが食べるのを待ちたかったし、召使としても待つべきなのだろうが、
既にデレの空腹感もピークに達していた。
フォークを手に取り、キッシュへ向ける。
扇形に切られたキッシュ。
表面に浮かぶほうれん草やベーコンは溶けたチーズに覆われて、てらてら光っている。
程よく焦げたチーズの香りが堪らない。
フォークを沈ませて一口大に切る。
持ち上げれば、とろり、チーズが少し伸びて、ゆっくり千切れた。
ζ(゚、゚*ζ「ん」
ぱくりと口に収めた途端、一層強い香りが鼻に抜けた。
咀嚼する。さくさくと小気味良く砕けるパイ生地。
それに包まれていたアパレイユと、上面のチーズがとろけ合う。
- 193 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:39:08 ID:Y85ofNJM0
ζ(´、`*ζ(チーズとろとろもっちり……)
オーブンで焼かれたことでアパレイユは固まっていて、食感はふわふわした茶碗蒸しに似ていた。
さくさく、とろとろ。それらの食感の中に、ベーコンのかりっとした感触がたまに混ざる。
もともと塩気のあるベーコンとチーズに、更に塩胡椒で炒めたほうれん草もあるのだが、
それを包むクリーミーな卵が全体をまろやかに仕上げてくれている。
濃厚だ。噛めば噛むほど、肉の旨味やほうれん草の風味も混ざり、飽きが来ない。
そのうえパイ生地に使われているバターのコクまで加わって。
ζ(´ー`*ζ マッタリ
美味しい。
- 194 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:40:30 ID:Y85ofNJM0
たっぷり味わってから飲み込み、もう一口。
今度は外側の方を。
ζ(´ー`*ζ パリッ
パイ生地のフチに薄くかかったチーズが焦げて、ぱりぱり、かりかり。
とてつもなく香ばしい。
その2口目を飲み込んだところで、ようやく少しばかりの余裕が出た。
周りに目を向ける。
ハハ*ロ -ロ)ハ フワトロ-
口いっぱいに頬張るハロー。
気に入ってくれたようだ。まあ彼女にも馴染みのあるレシピだから当然か。
¥*・∀・¥ サクサクッ
マニーも美味そうに食べてくれている。
既に半分近く消費済み。
(´-;;゙#)
──その隣のびぃは。
目の前に置かれたキッシュと紅茶に手をつけず、ただ不思議そうに見つめていた。
- 195 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:41:50 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「びぃさん、食べないんですか?」
デレが問えば、びぃはデレに視線を移した。
マニーも食事の手は止めぬまま、横目にびぃを見る。
(´-;;゙#)「私は、いいの」
ζ(゚、゚*ζ「でも。……びぃさんはお腹空いてないんですか?」
(´-;;゙#)「大丈夫」
ふるふると首を振り、びぃは窺うようにマニーを見て、
自分の皿を彼の前へやった。
(´-;;゙#)「マニー様、食べて。お腹いっぱいになって」
¥・∀・¥「いいのかい」
(´-;;゙#)「マニー様がお腹いっぱいなら、私は幸せ」
昨日も彼女はホットケーキを拒否した。
遠慮しているのか、食べたくないのか、あるいは「怪物の恋人」が物を食わない設定なのか。
ともかくマニーはびぃの言い分に納得したのか、照れ臭そうに彼女の皿を受け取っていた。
.
- 196 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:42:52 ID:Y85ofNJM0
──ごちそうさまでした。
空の皿を前に、デレとハローが再び声を合わせる。
ハハ*ロ -ロ)ハ「ふう」ζ(´ー`*ζ
たとえ感想がなくとも、この満足げな吐息で充分通じるだろう。
美味かった。
ハハ*ロ -ロ)ハ「クックルのキッシュ、しっかり再現できてマス」
ζ(゚ー゚*ζ「本当ですか?」
それならば期待できる。
2人は食い入るようにマニーを観察した。
こちらの視線に気付かず夢中で食べるくらいには気に入ってくれたようだが、果たして。
少しして、びぃの分まで食べ終えたマニーが顔を上げた。
- 197 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:43:34 ID:Y85ofNJM0
¥*・∀・¥「ごちそうさま。ありがとう、美味しかった」
反応も良好。デレは向かいのハローと顔を見合わせた。
予定通りなら、ここから何かしら展開があって、そのまま終わる筈。
デレ達が見守る中、マニーがフォークを置くために手を下ろした──
が。
その動作が遂行される前に、フォークは彼の指を離れた。
かしゃん。フォークが皿にぶつかり悲鳴をあげる。
マニーの手は震え出し、その顔は、また食前の青白さを取り戻していた。
- 198 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:44:22 ID:Y85ofNJM0
¥; ∀ ¥「う……!」
(´-;;゙;)「マニー様!」
ζ(゚、゚;ζ「あっ……」
マニーがテーブルに突っ伏す。
爪を立てるように右手が平面を掴み、それによりテーブルクロスが引っ張られた。
呻き声。
絞り出すように、一言。
¥; ∀ ¥「……違う……!」
その声を聞き、弾かれたように立ち上がったデレとハローが彼に駆け寄る。
駆け寄ったところで、こうなってしまえばどうにもならない。
それでもデレはマニーの名を呼びながら引き留めるように背中を摩っていたし、
ハローも堪えるような表情でマニーが苦しむ姿を見つめ、伸ばしかけた手を引っ込めていた。
弱まる声。痙攣。
──停止。
昨晩と概ね同じ流れを経て、マニーは──「怪物」は死亡した。
- 199 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:45:18 ID:Y85ofNJM0
(´-;;゙;)「マニー様……」
びぃが呆然と呟く。そして、凭れるようにマニーの背に縋りついた。
マニー様。もう一度呼ぶ。返事があろう筈もない。
ζ(゚、゚;ζ(……駄目、だった)
キッシュも駄目だった。
ニュッとでぃが、本の内容を覚え間違うことはない。特に作者であるでぃは。
ならば、本の中では、間違いなくキッシュが正解の料理だったのだ。
なのにマニーは違うと言った。
固まるデレの隣で、ハローが薄く口を開く。
ハハ ロ -ロ)ハ「……ニュッ君の懸念が当たってしまいマシタね」
ζ(゚、゚;ζ「懸念……?」
- 200 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:46:22 ID:Y85ofNJM0
ハハ ロ -ロ)ハ「コノ本は、展開を忠実になぞるヨリも、ワタシやデレの意思を優先させていマス。
──それナラ、金井サンの意思だって優先されてイルと考えるべきデショウ」
動転する頭を懸命に動かし、デレはハローの言葉を飲み下した。
それは。つまり。
ζ(゚、゚;ζ「物語の『怪物』の好みじゃなくて……」
マニー本人の好みが反映されているということ。
絶句する。
それではあまりに、途方もない。
一から模索しなければならぬではないか。
ζ(゚、゚;ζ「じゃ、じゃあ、……それじゃあ……」
ああ、何ということだ、それでは、そんなことでは──
- 201 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:47:03 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚;ζ「この雰囲気溢れる古城に、お醤油やお味噌の匂いを
漂わせなきゃいけない可能性もあるってことですか……?」
ハハ ロ -ロ)ハ「……ウン。ソウネ」
投げやりに答えたハローの顔は、「そこかよ」と言いたげであった。
*****
- 202 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:48:22 ID:Y85ofNJM0
目を開ける。
どくどくと跳ねる心臓のおかげで、生きていると安堵した。
どくどくと跳ねる心臓のせいで、生きていると失望した。
¥・∀・¥「……」
自室のベッド。寝返りをうつ。
夜明けの薄明かりに照らされる室内をぼんやりと眺めながら、口元を摩った。
¥・∀・¥(美味しかったな……)
起き抜けの口は少し乾いていたが、なめらかなキッシュの味わいが残っているかのようだった。
もう一度寝返り。
サイドテーブルの上には、何冊かの小説雑誌と一緒に、藤色の本が乗っている。
- 203 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:49:16 ID:Y85ofNJM0
¥・∀・¥(舞台設定は同じでも、展開は一緒じゃないんだなあ)
キッシュは最終章に出てくる料理の筈だったが、今日はまだ2日目だし、
本の中では正しい答えであったのに夢の中では間違いだった。
そもそも初日の料理からして違う。
見知らぬメイドの少女と執事のような女も奇妙なものである。
執事の方はこのまえ図書館の前ですれ違った人かもしれないが、
だからといって、なぜ彼女が2日連続で夢に出るのか。
それに──びぃも何だか変だ。
¥・∀・¥「……」
──まあいい。
何か不思議な力が働いているにしろ、
本に影響された自分が勝手に見ている夢にしろ。
あのストーリーならば、いずれ、自分が欲する「答え」を得られるかもしれない。
- 204 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:49:59 ID:Y85ofNJM0
ベッドから下りる。
徐々に明るくなっていく窓の前で、あ、と小さく声をあげた。
¥・∀・¥「母さんに電話しないと……」
発奮のために口にしたら、腹の底が痛んだ気がした。
*****
- 205 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:51:02 ID:Y85ofNJM0
(´・ω・`)「ははは。ニュッ君の予想外れてやんの。うける」
──昼。
VIP図書館、2階。食堂。
テーブルの角に半ば腰掛けるように凭れたショボンが、けたけたと笑う。
(#^ω^)「笑い事じゃねえお! おまえ自分が関係ないからって!」
そこに一番近い席に座っていた内藤が、がんと拳を叩きつけた。テーブルに。
ショボンに向けるかどうかで一瞬迷ったのは、彼には見えていなかっただろう。
ぎゃんぎゃんショボンに噛みついていたら、温度の低い声がかけられた。
- 206 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:51:51 ID:Y85ofNJM0
川д川「……笑ってる余裕も、怒鳴ってる暇もないでしょお……」
言って、顔を隠すほど長い黒髪の女──山村貞子は
どんぶりの乗った盆を持って、のそりと厨房から現れた。
( ゚∋゚)「貞子の言う通りだ」
ξ゚听)ξ「ええ、対策を考えないと」
配膳を手伝うクックル、ツンが彼女に賛同する。
──今日は、珍しく図書館住民が揃っていた。
ニュッは職場──探偵事務所──の方に行っているので不在だが、
代わりに(というのもおかしいが)彼の上司であり内藤の友人、いや知人であるショボンがいるので、
10脚の椅子は一応すべて埋まる。まあショボンはこうして行儀悪くテーブルに寄り掛かっているけれど。
- 207 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:52:44 ID:Y85ofNJM0
(´・ω・`)「お昼ご飯なに?」
川д川「ラーメン……醤油ラーメン誰だった……?」
( ^ω^)∩(#゚;;-゚)∩( ゚∋゚)∩ ハーイ
( ゚∋゚)「塩ラーメンは?」
( ・∀・)∩(*゚ー゚)∩ξ゚听)ξ∩川д川∩ ハーイ
ξ゚听)ξ「味噌はデミタスとハローね」
(´・_ゝ・`)「ありがとう」
ハハ ロ -ロ)ハ「ン……」
- 208 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:53:33 ID:Y85ofNJM0
(´・ω・`)「すっげえな、9人分のラーメンいっぺんに作れんの」
( ゚∋゚)「寸胴鍋3つ使ってまとめて茹でたからな」
(´・ω・`)「へえー。僕の分は?」
川д川「ご予約いただいておりませんのでえ……」
冗談めかして言い捨て、貞子は内藤の向かいに腰を下ろした。
普段から席は固定でなく、そのときそのときで空いている場所に適当に座る形だ。
今日の内藤は右側一番手前。その隣にツン。
席自体は固定でなくとも、内藤とツンは大抵隣り合う。
作ろうか、と気を遣うクックルに、内藤は首を横に、右手を上下に振って着席を促した。
作家もツンもお人好しで、何だかんだショボンを甘やかすから助長するのだ。
お人好しという点では内藤もどっこいどっこいだが、ショボンに対してはその限りでない。つもり。
(´・ω・`)「ブーン君ひっどい。僕様は飢え死にしそうなのに」
( ^ω^)「いま何の話をしてるか分かってて、そういう無神経な発言するのかお」
腰を捻って内藤に振り返ったショボンが、底意地の悪い目付きで笑う。
内藤はそれに視線のみを返した。
何の連絡も無しにいきなり昼飯時に飛び込んでくる男に出してやる飯はない。
- 209 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:54:41 ID:Y85ofNJM0
(´・_ゝ・`)「話の続きは?」
バターを溶かしたスープをレンゲで掬いつつ、デミタスが言う。
ああ、バターとコーンの乗った味噌ラーメン。美味そうだ。
味噌にすれば良かったかなと思いつつ内藤は箸を持った。
──デレとハローが役者として参加させられた「夢」が、厄介なことになっている。
朝食時、やや落ち込んだ様子のハローから聞かされた報告。
それを受け、朝から今に至るまで、図書館の面々はうんうん唸っていた。
どうしたものかと。
(*゚ー゚)「金井センセーにとっての『お袋の味』を当てなきゃいけないわけでしょ。
和洋中のジャンルすら分かんないまま」
塩ラーメンは他より野菜が多い。
キャベツをしゃきしゃき言わせていたしぃが嘆息する。
あのあっさりしたスープと野菜の甘みも魅力的だ。
- 210 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:56:01 ID:Y85ofNJM0
(;^ω^)「しかも今のところノーヒントだお」
内藤は自分のどんぶりを見下ろし、やっぱり醤油味にして良かったと思い直す。
クックルが暇なときに作り置きしてくれるチャーシューは、醤油味との相性が一番いいので。
最初にスープで口の中を馴染ませ、次に麺を啜る。
麺は細い方が好きだ。醤油味ならば。
それからようやくチャーシューをかじる。
舌の上でほどけていくチャーシューは、柔らかすぎず、しっかり「肉」らしさを保っていて味わい深い。
続けてもう一度麺の方。チャーシューをおかずに麺を食べるような感覚である。
(;^ω^)「ツンと貞子と、クックル。えと……何か、こう、思いつかないかお?」
黙々と食事を続けていた3人に話を振る。
住民の多いVIP図書館、もちろん家事は当番制だが
料理に関してはこの3人に任せられることが多い。
人形のような美しい無表情のまま、
可愛らしい唇でずるずると音を立てて麺を啜ったツン(こういうところを内藤は気に入っている)が
咀嚼と嚥下を済ませてから口を開いた。
- 211 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:56:50 ID:Y85ofNJM0
ξ゚听)ξ「さすがに何も……。ご飯系じゃなくて、お菓子の可能性もあるしね」
( ゚∋゚)「何が好きかってより、苦手な物から探れないだろうか」
川д川「好き嫌いが分かっても、創作料理だったらお手上げだわあ……」
(´・ω・`)「本人に訊けば?」
ξ゚听)ξ「昨日『本』のことを隠した金井さんに?」
沈黙。全員が同時に溜め息。
デミタスがコーンを一粒ずつ箸で掴んでレンゲに盛りながら、
「でも」と取り繕うように声をあげた。
(;´・_ゝ・`)「デレさんって料理得意だよね? 何とかなるんじゃない?
全く料理できない人が選ばれるより、よっぽど希望はあるよ」
( ・∀・)「まあ、デミタスが選ばれるよりはマシだったよね……フライパン駄目にするもんデミタス」
フォローするような2人の意見に、貞子はゆるゆると首を振る。
川д川「かといって、好みの味を完璧に再現するってのも気の遠くなるような話よ……」
まあ──そうか。
「お袋の味」を追求する話なのだ。
己の発言を振り返った貞子が、顔を斜めに下げた。
- 212 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:58:32 ID:Y85ofNJM0
川д川「……もう無理なんじゃないかしら……」
(;´・_ゝ・`)「いやいやいやいや諦めないで」
(;^ω^)「やめて貞子やめて」
低めの声でぼそぼそ言われると、本当に絶望的に思える。
──しかしそれとは反対の、底抜けに明るい声が否定の意を示した。
(*゚ー゚)「いや、味にはあんまりこだわらないでいいんじゃない?」
(´・ω・`)「理由を述べろ雌豚」
(*゚ー゚)「ありがとうございますチャーシューのように縛ってください!
──『本』はさ、人間に、自分のストーリーを表現してもらいたいわけじゃん?
ストーリーって、起承転結、序破急、そういうのまとめてひとつじゃん。大抵」
- 213 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 20:59:35 ID:Y85ofNJM0
(*゚ー゚)「多少、起承転を長引かせることはあるかもだけど、
結局は『結末』に辿り着くのが最大で最終の目標じゃん。『本』による演劇は」
( ^ω^)「……まあ、そうだおね」
「本」はあくまでも、自分の物語を表現してもらいたいだけ。
常に現実世界へ影響を及ぼし続けたいわけではない。
もちろん例外はあるが、極々一部だし、その例外だって、
演じさせられた人間側に何らかの原因がある場合がほとんどだ。
本が何より求めているのは、クライマックスまで演じてもらうこと。
ゴールはちゃんと定められている。
(*゚ー゚)「だから、味の完全再現までは要求してこないと思うよ。
だってそこまで入れちゃったら、絶対に終わらせられないもん」
ξ゚听)ξ「品目さえ当てられれば、それで許してくれる……かもしれないわけね」
(*゚ー゚)「そ。まあ、たとえ味にまでこだわってたとしても、
ハローとデレちゃんがもたもたしてれば、いずれ本が痺れを切らして
無理矢理にでも話を展開させるだろうしね」
少なくとも、いずれは解放される筈──
しぃの言葉はこれまでの経験から推測されうる事実であり、希望を齎してくれた。
だが、
- 214 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:00:34 ID:Y85ofNJM0
(*゚ー゚)「……まあ、だとしても。
本が痺れを切らすまでに、どれくらい時間かかるか分かんないけどさ」
これもまた、事実である。
何日か、何週間か、何ヵ月か──何年か。
どれだけ経てば、本の方が音を上げるのかが分からない。
でぃの本は概ね気が長い。下手をすれば、本当に一年以上かかりかねないのだ。
(;´;;-`)、
( ゚∋゚)「……いずれは終わる、っていう希望はあるが……
それがいつになるか分からないっていうのも、また絶望的だよな」
( ・∀・)「『いつか終わる』じゃ駄目だよ」
珍しく、モララーが真剣に咎めるような声を発した。
皆の注目が彼に向かう。
どうしたと問おうとした内藤は、モララーの隣に座るハローを視界に収め、口を噤んだ。
- 215 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:01:32 ID:Y85ofNJM0
ハハ ロ -ロ)ハ「……ショボン、ワタシのラーメン食べマス?」
( ・∀・)「スープちょっと飲んだだけじゃん、ハロー」
ハハ ロ -ロ)ハ「アンマリ、オ腹空いてないノ」
(´・ω・`)「じゃあ遠慮なく」
本当に遠慮せずにショボンがハローのもとへ向かう。
ハローは腰を上げ、席ごとショボンに譲った。
ハハ ロ -ロ)ハ「オ水飲んできマスネ」
(;・∀・)「ハロー」
水差しもコップも卓上にあるのに、彼女は厨房に入って扉を閉めた。
モララーが不安げに扉を見つめている。
──ハローはサスペンス小説を好む。
危機に瀕した人間の恐怖を描くのが好きだ。
ただそれは作風がそうなだけであって、
現実に誰かが苦しむのは寧ろ嫌っている。
そんなハローだから、マニーが死ぬ──それも餓死の──瞬間に二度も立ち会って、だいぶ参っているのだろう。
昨日の朝など、顔色を悪くしてぼんやりしていたくらいだ。
- 216 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:02:21 ID:Y85ofNJM0
彼女と最も仲のいいニュッとモララーは非常に心配している。
同い年であり、子供の頃から一緒に育っている分、他の面々より些か特殊な繋がりがあるので。
そしてハローがこれなのだから、デレも、そして当然マニーも大きな負担を感じている筈。
「いつか」は終わる、という消極的な解決に甘える暇はない。
モララーはそう言いたいのだろう。
(*゚ー゚)「……ハローもデレちゃんも、おっぱい大きいよね……」
( ^ω^)「は?」
──と、皆が神妙な表情を浮かべていたら、痴女が何か言い出した。
内容には同意するが、さすがに内藤も空気を読んで、訝しい声をあげるに留める。
- 217 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:03:31 ID:Y85ofNJM0
もしかして、場を和ませようと気を遣ったのだろうか?
考え、いや、と思い直す。
寧ろ今まで「気を遣っていた」のだ。この女は。
(;*゚ー゚)「ちッッッッッくしょ─────!!
私だって巨乳のメイド2人侍らせてえよお!! 巨根の執事も欲しいよお!
貧乳も粗チンも欲しいよ私の思い通りになる男女1ダース欲しいよおお!!」
(#´;;-`) ドンビキ
痴女が、クソ痴女が、頭を抱えて叫ぶ。
双子の姉はそれを切ない目で眺めている。
落ち込むハローに気を遣って真面目な発言を繰り返した反動か。
その欲望は簡明で直接的で、とっても頭が悪そうだった。
お食事時にやめてほしい。切実に。
あと、そんなに叫んだら普通にハローにも聞こえる。我慢していた意味は一体。
- 218 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:05:23 ID:Y85ofNJM0
(;*゚ー゚)「天才作家がナンボのもんじゃい!!
売れっ子なら乳に挟まれてご飯アーンされても許されるのかよ!?
それなら私だって本気出して全力で大手雑誌の賞とりに行くわニュッちゃんに怒られようとも!!」
(;´・_ゝ・`)「アーンはされてないだろうし、大手雑誌の賞をナメちゃ駄目だよ」
(#゚ー゚)「ナメるわバッカヤロー! ぺろっぺろ舐めたいんだよ私はー! ぺろぺろとー!
ぺろぺろとー!!」
(´・ω・`)「貧乳の巨根で良ければ5分10万で手を打つ」
(*゚ー゚)「下剋上プレイに発展するだろお前! 問題なし! 買った! 館長お金貸して!」
( ^ω^)「ドブに捨てた方がマシ」
ξ゚听)ξ「……どうしてみんな、真面目な話が出来ないのかしら」
(*゚ー゚)「よしすっきりしたわ真面目な話に戻ろうぜ」
(#゚;;-゚) ムリ
クックルとモララーは最早なにも言えないくらいに呆れ返っていて、
貞子は関わり合いを拒否してラーメンを啜っている。
ここから先程の空気に戻すのは至難の業だ。
まあ──戻したところで話は進まないだろうし、
しぃもそれを分かっていて、どうにでもなれと欲を解放したのだろうけど。
- 219 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:06:23 ID:Y85ofNJM0
(´・ω・`)「ドブとは酷いな。
しぃはともかく、ブーンは僕に金を寄越すべきじゃないの?
5分10万とまでは言わないけどさ」
(#^ω^)「あ?」
( ;∀;)「ちょっとショボンそれ俺の!」
モララーのどんぶりから煮卵を奪い取ったショボンが、
にんまり笑って、続けた。
(´・ω・`)「調査は探偵様の仕事だろ」
ぐ、と内藤が詰まる。
その反応に、奴は目を細めてみせた。
──大方、ニュッから話を聞き、稼ぎどころだと思ってここに来たのだろう。
正直ショボンが言い出さずとも、そろそろ内藤から頼もうかと考えていたところだった。
この男は人間としては信用できないが、探偵としてなら信頼できる。
- 220 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:07:11 ID:Y85ofNJM0
(´・ω・`)「金井マニーの生い立ち、普段の食生活、資産額に至るまで調べてやるよ」
左手の平を上向け、親指と人差し指で輪を作るショボンに、
最後のはいらないですと丁重にお断りした。
*****
- 221 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:07:54 ID:Y85ofNJM0
o川*゚ー゚)o「デレちゃん、何かあった?」
ζ(゚、゚*ζ「へ?」
人通りの少ない道を歩いていたデレは、隣のキュートから掛けられた声に顔を上げた。
放課後、キュートと共に図書館へ向かう途中であった。
左に目をやれば、高いフェンスがずっと奥まで伸びていて、
その金網の向こうに林がある。
- 222 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:08:39 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「何かって」
o川*゚ー゚)o「今日ずっとぼんやりしてるよ」
「本のこと?」。
キュートの問いはとても大雑把であったが、的確でもあった。
ζ(゚ー゚*ζ「うん……でも大丈夫」
対するデレの答えも大雑把で、しかしこちらは的確ではなかった。
──人気作家が標的になっている。
デレとハローが何とかしなければ彼は死に続ける。
昨日の内に終わらせられるかと思ったけれど、終わりが見えなくなってしまった──
こう説明すれば、確実に心配をかける。
かといって上手く誤魔化すことも苦手なので、「話さない」という選択をとるしかない。
o川*゚ー゚)o「ふーん……?」
デレと違ってキュートは頭がいい。
こうすればデレが話したがっていないのだと察してくれるし、
それを察したら、ちゃんと触れないでいてくれる。
こういうところもキュートの魅力だとデレは思っている。さすが美少女。
- 223 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:09:47 ID:Y85ofNJM0
( ゚∋゚)「2人とも、図書館に行くのか?」
o川;*゚д゚)o「びえええええええええええええええ!!!!!????」
──背後から掛けられた声。
途端に美少女が思い切り体を跳ねさせた、というか軽く跳んだ。
振り返れば、買い物袋を両手に提げたクックルの姿。
ζ(゚ー゚*ζ「クックルさん。お買い物の帰りですか?」
(;゚∋゚)「ああ、夕飯の材料を……キュート大丈夫か」
o川;*゚д゚)o「いいいいいきなり背後から声かけんなボケェ!!
心臓止まったらどうしてくれんの責任とれんの!? 責任!? は!? 責任とるって何!? け、けっこ、」
ζ(゚、゚;ζ「落ち着いてキュートちゃん」
o川;*゚д゚)o「だってだだだってこの人がいきなり責任とかけっ、けっこ、とか、」
ζ(゚、゚;ζ「全部キュートちゃん発信だよ」
キュートの肩を掴み、無理矢理クックルを視界から外させる。
金網を握りしめて深呼吸を始めるキュートの背を撫でて、
デレは困惑するクックルに会釈した。意味はない。
- 224 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:10:47 ID:Y85ofNJM0
(;゚∋゚)「俺はいつもキュートを驚かせてるみたいだな……。
あんまり話し掛けない方がいいか?」
o川;*゚д゚)o「はああああああ!!? 人のこと散々もてあそんどいて何言ってんの!?」
ζ(゚、゚;ζ「クックルさん何もしてないよキュートちゃん」
キュートが涙目になっているが、緊張と興奮のせいなのか、
今のクックルの発言のせいなのか判断がつかない。別につけなくてもいい。
一度俯き、先よりも深い呼吸を何度か繰り返して、キュートはようやくクックルに向き直った。
今日は最初から騒ぎ倒したおかげで、いくらか落ち着くのも早かったようだ。
o川;*゚ー゚)o「……あ、あなたの声が低くてびっくりするだけだし、
いつか慣れるし、絶対いつか慣れてやるし、ほんと慣れるから、気にしないで」
(;゚∋゚)「お、おう」
o川*゚ー゚)o「……ていうか荷物多いね、どれか持ってあげようか」
学校では重いものを運ぶ際、「頑張って運ぼうとするけれど
ちょっと上手くいかなくて申し訳なさそうに手伝ってもらう健気な美少女」であるキュートが、
照れ臭そうに視線を逸らしながらクックルに手を伸ばしている。
- 225 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:12:04 ID:Y85ofNJM0
( ゚∋゚)「じゃあ、これ」
頷き、クックルは小さなビニール袋をキュートに持たせた。
たぶん一番小さいタイプの袋で、この程度でクックルの負担が減ったようには見えない。
o川*゚ー゚)o「何これ」
( ゚∋゚)「やる。本を読んでたら何となく食べたくなって買っただけだから」
袋詰めの、べっこう飴。
キュートが膝から崩れ落ち、地面を殴りながら何か呟いている。デジャヴ。
o川;* ー )o「ふざけんっ……荷物持ってやるっつってんのに……プレゼントて……!」
ζ(゚、゚;ζ「キュートちゃん、そろそろ図書館行こ……?」
支えながらキュートを立ち上がらせる。
キュートは袋を開け、個包装のべっこう飴をいくつかデレとクックルに分けてから、
残りは大事に大事に鞄へしまった。
- 226 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:12:53 ID:Y85ofNJM0
( ゚∋゚)「文化祭はいつだっけか」
ζ(゚ー゚*ζ「再来週の土日です」
今日は金曜日。
文化祭まで、ちょうど2週間。
( ゚∋゚)「準備とかで忙しくないのか? うちに来る暇あるのか」
o川*゚ー゚)o「ん、それで来週から居残りが増えるから、
図書館の皆さんには可愛いキューちゃんに会えない寂しさを味わわせちゃうんだよね。
だから今日、寄っていこうかなって」
( ゚∋゚)「そうか、館長が寂しがるなあ」
o川*゚皿゚)o
ζ(゚ー゚;ζ(『お前の反応を寄越せよ』って顔だこれ……)
あわよくば浴衣の件にも触れてほしいのだろうが、
「本」のことがあったからか、それ以上文化祭の話は長引かなかった。
デレとキュートの歩幅に合わせて歩くクックルが、
少し沈黙して、デレを一瞥する。
- 227 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:13:36 ID:Y85ofNJM0
( ゚∋゚)「なあ、デレ」
ζ(゚ー゚*ζ「はい?」
林の入口に着き、3人は足を止めた。
フェンスの扉は南京錠で閉ざされ、閉館日、と書かれた札が下がっていた。
右手のビニール袋を左手にまとめたクックルが、空いた手で鍵を南京錠に差し込む。
林に入って、鍵を掛け直して、
奥へ進んでいけば、間もなくVIP図書館だ。
( ゚∋゚)「しばらく、うち泊まってくか」
ζ(゚、゚;ζ「……ええええ?」
o川;゚ー゚)o「は!? 何でそうなるの?」
( ゚∋゚)「その方が、都合がいいと思う。
そしたら夢を見た後、ハローやニュッ君達と相談する時間もとれるだろ」
「夢?」と首を傾げたキュートが、本に関する話題だと気付いたのか口を噤んだ。
素知らぬ顔で前へ向き直っている。
クックルの誘いはたしかに、いくらか合理的であった。
- 228 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:15:14 ID:Y85ofNJM0
マニーが「死んで」しまうと、それから間もなく目が覚める。
するとハローとも離れてしまうので、反省会も出来ないし──
あの気分のまま一人きりの家で目覚めるのも、何というか、こたえる。
それに、相談できる相手が常に周りにいるようなものだから、一石で何鳥にもなるだろう。
絶対に必要というほどでもないが、メリットはある。
ζ(゚、゚*ζ「私としてはありがたいですけど……迷惑じゃありません?」
( ゚∋゚)「まあ10人が11人になってもな」
o川*゚ー゚)o「……そうまでしなきゃいけないような事態なの?」
デレちゃん大丈夫なの、と問うキュートの声には、純粋な心配が滲んでいた。
さすがに一大事ならば放っておけないと思ってくれているのだろう。
ζ(゚ー゚*ζ「うん、私には、危険なことはないよ」
嘘はない。デレとハローには危険は及ばない。
案ずるべきは、マニーの方なのだ。
*****
- 229 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:16:00 ID:Y85ofNJM0
クックルの提案が内藤にあっさり承諾されて、一旦家に戻って荷物を取ってきて、
色々、それはもう色々あったが割愛するとして。
とりあえずハローの部屋に客用の布団を敷いて寝かせてもらうことになった。
ハハ ロ -ロ)ハ「べっこう飴、持ちマシタ?」
ζ(゚ー゚*ζ「はい」
夕方にキュート──正しくはクックルと言うべきか──から貰ったべっこう飴を握り締め、
デレとハローは頷き合った。
昨晩、メモ用紙を握って寝たら、夢に持ち込むことが出来た。
では食べ物も持ち込めるのか、というのを検証したい。
- 230 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:17:26 ID:Y85ofNJM0
川д川「飴、溶けそう……」
ヽ(#゚;;-゚)ノ
ハハ ロ -ロ)ハ「溶けテモ包装紙に多少へばりつくクライですヨ。
──ジャ、ヨロシクね。でぃ、貞子」
今夜だけは就寝中、でぃと貞子が夜通し傍についていてくれるらしい。
ドスケベ女がやって来ないように監視する意味も勿論あったが、
実際のところはデレ達が夢を見ている間に、何か異常がないか確かめるため。
ζ(゚ー゚*ζ「それじゃあおやすみなさい」
ハハ ロ -ロ)ハ「オヤスミナサーイ」
川д川「おやすみ……」
(#゚;;-゚)ノシ
明かりを消し、貞子達のために卓上型のスタンドライトをつけて。
デレは敷き布団、ハローはベッドに横たわる。
静かな室内で時おり確認し合うように声を交わし、眠気を待った。
.
- 231 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:19:08 ID:Y85ofNJM0
というわけで。
ζ(゚、゚*ζ「こんばんは」
ハハ ロ -ロ)ハ「コンバンハ」
例によって聖堂じみた食堂で、広いテーブルを挟んで目覚めたデレとハローは、
実に数秒ぶりの再会を果たした。
ζ(゚、゚*ζ「えっと……私の方が先に寝ましたかね?」
ハハ ロ -ロ)ハ「イイエ、デレが眠ったノを確認シタ覚えがないノデ、
デレもワタシが寝たのヲ見てないナラ、ほとんど同時だったんダト思いマス」
ならば、眠るタイミングすら「本」に操られているのかもしれない。
確認を終えて、視線を横にやる。
¥;・∀・¥「……お腹が空いた……」
(´-;;゙#)「マニー様、大丈夫、大丈夫……」
腹を空かせたマニーと彼に寄り添うびぃ。
これまでと変わりない。
さあ、3日目の始まりだ。
- 232 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:20:09 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「えっと……ご飯つくってきます」
3度目ともなれば、デレも多少は落ち着いている。
テーブルに頬を押しつけるマニーが、視線のみを上げてデレを見た。
ζ(゚、゚*ζ「マニーさん、食べたいものありませんか? 好きなものとか……」
¥;・∀・¥「……わからない……」
ζ(゚、゚;ζ「わからないって……」
そういえば、初日もバターやシロップの好みを訊いたときに「わからない」と言っていた。
マニー本人から、直接ヒントとなるような台詞は得られないのかもしれない。
その辺りは寝る前にハローも推測していた。
ハハ ロ -ロ)ハ「嫌いなモノは?」
¥;・∀・¥「特に、ないけれど」
こちらは明確な答えだ。何でも食べられる。結構なことだが、つまり何のヒントにもならない。
やはり一からやっていくしかないようだ。
- 233 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:21:19 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「分かりました、じゃあ、勝手に決めますね」
言って、ハローと共に厨房へ入る。
合図もなしに、2人同時にエプロンや上着のポケットに手を突っ込んだ。
ハハ ロ -ロ)ハ「飴は?」
ζ(゚、゚;ζ「んー……ないですね……ハローさんの方は?」
ハハ ロ -ロ)ハ「マッタク」
スカートをばさばさ振ってみたが、何も出てこない。
寝る前に握り締めたべっこう飴は、欠片ひとつ現れなかった。
ζ(゚、゚;ζ「やっぱり、食べ物は持ち込めないんですかね」
ハハ ロ -ロ)ハ「そうみたいデスネ……」
ζ(゚、゚;ζ「うーん、起きてる間に料理作って夢に持ってくる作戦は無理か……」
ハハ ロ -ロ)ハ「マア仮に可能だったとシテモ、お鍋トカ抱えて寝るノ嫌なんですケド……」
ハローが腕を組み、デレは腰に手を当て、厨房を眺める。
それから互いを見て、同時に小首を傾げた。
- 234 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:23:31 ID:Y85ofNJM0
ハハ ロ -ロ)ハ「ジャア、予定通り、カレーで?」
ζ(゚、゚*ζ「そうしましょうか」
たとえば内藤にとってのお袋の味はカレーライスらしいし、
家庭料理としてのイメージが強いメニューだし、
カレーが嫌いな人間もそんなにいないだろう──ということで、候補としては最有力だったのだ。
いかにも育ちの良さそうなマニーが、一般家庭と同じ食生活を経たのかどうかはさておき。
ζ(゚、゚*ζ「問題は味付けなんですけど……」
ハハ ロ -ロ)ハ「デレの好きにやっちゃってクダサイ。
こうなっタラ、ウチの味付けに合わせても意味ナイし、
金井サンのゴ家庭の味でなきゃいけないのナラまず無理デスシ」
まあ、そうである。
しぃが提唱したらしい、「メニューさえ合っていれば味付けは問わない」という可能性に賭けよう。
ζ(゚、゚*ζ「じゃあ遠慮なく……えっと、カレー作ります」
宣言して冷蔵庫に頭を下げる。
物音がしたのを確認してから扉を開けた。
材料を取り出しながらハローに渡していく。
- 235 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:24:54 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「人参、じゃがいも、玉ねぎ、豚肉……」
ハハ ロ -ロ)ハ「デレはポークカレー派デスカ」
ζ(゚、゚*ζ「気分によります、今日はポークカレー。
あ、カレーのルー、中辛にしちゃいましたけど大丈夫ですか?」
ハハ ロ -ロ)ハ「平気デスヨ、ウチも具材や辛さは作るヒトの気分によりますカラ。
ニュッ君や貞子は辛めの方が好きミタイ」
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさんは辛いのが好きですかー。じゃあ私も辛口に慣れとかないとなあ」
ハハ ロ -ロ)ハ「エ?」
ζ(゚ー゚*ζ「え?」
ハハ ロ -ロ)ハ「何のタメに?」
ζ(゚ー゚*ζ「だって別々に作るの面倒臭いじゃないですか?」
ハハ ロ -ロ)ハ「エ?」
ζ(゚ー゚*ζ「え?」
生温い目を向けられる意味が分からないが、
とりあえずそのままにして、残りの食材も取り出す。
にんにくとりんご。定番の隠し味だ。
- 237 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:26:19 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「あれ、お米はないのかな……?」
ハハ ロ -ロ)ハ「デレ」
呼ばれたので振り返ると、ハローが左手側、オーブンや電子レンジの置かれた一画を指差した。
炊飯器がある。「炊飯」のボタンが点灯していた。
ハハ ロ -ロ)ハσ「ご飯、炊いてるミタイ」
ζ(゚、゚;ζ「えー本当ですか? つくづく便利な……わあ最新式だこれ。美味しく炊けるやつ……」
ありがたくないのかと訊かれれば間違いなくありがたいけれど、
ここまで至れり尽くせりなら、もう少しマニーに関するヒントもくれと思う。
まあそれはともかく、これならカレー作りに集中できる。
デレはじゃがいもの皮を剥きながら、上着を脱いでいるハローを横目に見た。
ζ(゚、゚*ζ「圧力鍋探してみてもらえます?」
ハハ ロ -ロ)ハ「ハーイ」
目当てのものは、シンクの下の棚からすぐに見付かった。
良かった、煮込む時間が短縮できる。
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあハローさんは人参お願いします」
ハハ ロ -ロ)ハ「ワカリマシタ!」
- 238 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:27:59 ID:Y85ofNJM0
──特に滞りもなく。
処理を終えた具材を煮込みながら、すりおろしたにんにくとりんごを適量入れる。
ハハ ロ -ロ)ハ「デレの隠し味はにんにくとりんごなんデスネー」
ζ(゚ー゚*ζ「牛乳も少しだけ入れるんですよ、いつもは。
まろやかになって美味しいんです。
でもちょっと甘くなるから、好み分かれるかと思ったので今日はやめときました」
ハハ ロ -ロ)ハ「ヘー。ヨーグルト入れるようなものデショウか」
ζ(゚ー゚*ζ「かもしれませんねー。ヨーグルトだと酸味もあってまた別の風味になりますよ」
ハハ ロ -ロ)ハ「デレ、料理中はあんまりおバカに見えマセンネ」
ζ(゚ー゚*ζ「何で急に悪口言われたんですか今?」
ハハ ロ -ロ)ハ「褒めたノニ」
そういえば飲み物、とハローが呟く。
ああそうだ、忘れていた。
- 239 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:29:15 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「どうしましょう」
ハハ ロ -ロ)ハ「熱々のカレーを食べるトキは、キンキンに冷えたお水がアルとワタシ嬉しい」
それでいいか。
かたん、と冷蔵庫から物音。
見てみれば、氷水の入った水差しがあった。気のきく「本」だ。
やっぱり飲み物は展開にあまり関係ないみたい、とハロー。
たしかに、氷水はこれで既に完成品だ。デレ達の関与する余地はない。
なのにそのまま出してくれたのだから、本にとっては重要でないのだろう。
ひとまず水差しは冷蔵庫の中に置いておく。配膳のときに出そう。
- 240 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:30:49 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「カレーの具合はー……」
そろそろいい頃合かというところで、炊飯器から軽快なメロディが流れて
保温のランプが光った。
炊飯器を開ければ、ふわりと香る白米の匂い。
ぐるる、と2人の腹が割と豪快に鳴った。恥ずかしい。
3人分の皿にご飯を盛り、お玉で掬ったカレーをかける。とろとろ。
カレーはやはり、この匂いが強烈だ。
こんな美味そうな匂いを振りまいている食べ物が、不味いわけがない。
隠し味として入れたにんにくの香りもほんのり混ざって、空きっ腹に響く。
ごくり、思わず喉を鳴らしたのはデレかハローか。
ζ(゚ー゚;ζ「は、早く運びましょう、マニーさんがお腹すかせてますし……」
ハハ ロ -ロ)ハ「ソウデスネ、エエ」
わざとらしく言いつつ、ハローがマニーの分、デレが自分とハローの分の皿を持って厨房を出る。
既に香りが食堂にまで流れていたか、マニーは皿の中身を見る前に「カレーだ」と嬉しそうに言った。
- 241 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:31:33 ID:Y85ofNJM0
¥・∀・¥「ずっと美味しそうな匂いがしてて、気が狂うかと思った」
相変わらず空腹で辛そうな顔だったが、3日目ともなれば彼も慣れたのか、
そんな風に声をかけてきて少しだけ微笑む程度の余裕があるようだった。
──彼は、ここ3日間の夢をどう思っているのだろうか?
同じシチュエーションの夢が3度も続いていることに、疑問を持たないのだろうか。
どうして、こうも穏やかにいられるのだろう。
何もかも受け入れているみたいに。
望んでここに居るかのように。
ハハ ロ -ロ)ハ「ポークカレーですヨ」
ハローが恭しい手つきでマニーの前に皿とスプーンを置く。
その間にデレはハローと自分の席に皿を。
- 243 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:33:01 ID:Y85ofNJM0
(´-;;゙#)
ζ(゚、゚*ζ「……びぃさんは、今日もいらないんですか?」
興味深そうに皿を覗くびぃに、訊ねる。
びぃはすっと背筋を伸ばして座り直し、「いらない」と首を振った。
ζ(゚、゚*ζ「一口だけでも食べてみません?」
¥・∀・¥「びぃは、いいんだ」
今度はびぃではなくマニーが答えた。いいんだ、ともう一度。
彼の瞳は優しい。
首を傾げつつ、デレは水差しを持ってきて、
水を注いだグラスをそれぞれの前に置いてから、椅子に腰を下ろした。
¥・∀・¥「いただきます」
ハハ*ロ -ロ)ハ「いただきます!」ζ(゚ー゚*ζ
今日はちゃんと、マニーが先に食べるのを待った。
一口含んだマニーが、血の気のない顔に少しばかり色を乗せてゆっくりと噛み締める。
口に合ったようで、何より。
- 244 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:34:59 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚ー゚*ζ(いただきます)
改めて心中で呟いてから、スプーンを握る。
カレーライスを掬い上げ、ふうふう息を吹きかけて冷まし、口に入れた。
やはり最初に感じるのは香りだ。
噛んだ瞬間、鼻に抜けていく。スパイス。にんにく。炊きたてのご飯。
もう匂いが美味い。
ζ(´、`*ζ ハフッ
ぴりっとした軽い刺激の後に隠し味のりんごが利いて、ほのかな甘みを滲ませる。
攻撃的でない、マイルドな味。
米もやわらかすぎず硬すぎず、程よい塩梅。噛めば噛むほど風味が広がる。
続けて二口。三口。
野菜は大きめ。
小さければひたすらに優しい舌触りに浸れるし、大きければそれぞれの食材にその都度集中できる。
- 245 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:36:20 ID:Y85ofNJM0
ζ(´ー`*ζ(ああ、いいお野菜だ)ホクホク
ほっくりとしたじゃがいも。甘い人参。とろける玉ねぎ。
美味しい。じゃがいもが煮崩れてしまわないよう気を遣った甲斐があった。
まあ溶けかかったじゃがいもも、それはそれで好きなのだが。
そしてやはり豚肉は強い。
カレーと肉と米が一口の内に収まったときが、デレは一番好きだ。
米が本領を発揮する。気がする。
炒めた豚肉と米の組み合わせだけで色々な味付けを試せるのに、
カレー味で覆い尽くすのだから贅沢である。
- 246 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:37:08 ID:Y85ofNJM0
ζ(´、`*ζ(美味しいなあ……海老フライ欲しいなあ……)
カレーのトッピングは数あるが、海老フライはデレのお気に入り。
ざくざく香ばしい衣とぷりぷりの海老。カレーに合わない筈がない。というか揚げ物は大体合う。
冷めて衣がやわらかくなった揚げ物だって、カレーライスと合わされば無敵だ。
時間に余裕があれば、海老フライや豚カツも作りたかった。
ハハ ロ -ロ)ハ「──金井サンは」
はたと、我に返った。
顔を上げれば、ハローがマニーに視線をやっていた。
- 247 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:38:35 ID:Y85ofNJM0
ハハ ロ -ロ)ハ「コノ夢について、ドウ思いマス?」
ζ(゚、゚;ζ(わあ)
訊いてしまうのか。
ごくり。カレーと共に、息を呑む。
¥・∀・¥「どう、とは」
頬を緩めてカレーライスを口に運んでいたマニーは、
手を止めてハローの問いに首を捻った。
ハハ ロ -ロ)ハ「タダの夢ダト思いマスカ?」
真剣なハローの表情に、デレは開きかけた口を閉じた。自分が喋れば邪魔になる。
代わりにグラスを持ち上げて水を一口。カレーの風味と熱がリセットされて、すっきりさっぱり。
マニーは考え込むように静止したが、存外、沈黙は長く続かなかった。
¥・∀・¥「どうだろう」
返されたのは曖昧な答え。
少し待ってみると、彼は更に続けた。
- 248 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:39:47 ID:Y85ofNJM0
¥・∀・¥「私の頭の中で作り上げられたものなのか、
それとも──本が何かしているのかは、分からないが」
ζ(゚、゚;ζ「!」
本、と言ったか。今。
やはりマニーは、でぃの本の存在を知っていた。
なのに一昨日と昨日、「持っていない」「知らない」と2度も嘘をついたのだ。
¥・∀・¥「……それでも私にとっては、とても有意義な夢だ」
ζ(゚、゚;ζ「へ……」
身を強張らせていたデレは、予想外の発言に間抜けな声を漏らしてしまった。
有意義とは、どういうことだろう。
飢えに苦しみ、期待に応えてもらえず死んでいく夢の、どこが有意義なのだ。
穏やかに微笑むマニーは喋るのをやめ、黙々と食事を再開させる。
ハローもそれ以上は訊かなかった。
(´-;;゙#)「……」
やり取りを黙って聞いていたびぃも、そのまま沈黙を保っていた。
.
- 249 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:41:03 ID:Y85ofNJM0
¥*・∀・¥「──美味しかった。ごちそうさま」
デレとハローが食べ終えてから数分後、
スプーンを置き、マニーは満足げに言った。
彼の反応がいいからといって油断は出来ない。
これまでだって料理自体は喜んでくれていても、結果は失敗に終わっていたのだから。
ζ(゚、゚;ζ(……カレー、どうかな……)
固唾を飲んで、マニーを見つめる。
彼はグラスを持ち上げると、水を一口含んで、
¥; ∀ ¥「っ……!」
──持ち上げたばかりのグラスを落とした。
ごとりとグラスが鳴らした重たい音が、デレの胸でも響いた気がした。
- 250 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:41:49 ID:Y85ofNJM0
(´-;;゙#)「……これも違うの、マニー様」
デレとハローの思いをびぃが口にすると同時、
マニーは昨夜のように突っ伏した。
デレは立ち上がり、けれどどうしようもないのは嫌というほど分かっているから、
ただテーブルクロスを握り締めて、唇を震わせた。
ζ(゚、゚;ζ「ご、ごめん、なさい」
それしか言えなかった。
¥; ∀・¥
マニーが閉じかけていた左目を無理矢理こじ開ける。
何か言いたげに弱々しく口を開き、掠れた息を吐き出し──
結局何も言えないまま、事切れた。
.
- 251 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:43:31 ID:Y85ofNJM0
デレは俯く。対面のハローすら見ることが出来ない。
また死なせてしまった。
唇を噛む。──また、間違えてしまった。
(´-;;゙#)「……あなた達は、気にしないでほしい」
ζ(゚、゚;ζ「え、」
顔を上げる。
びぃが、ぎこちない手付きでマニーの頭を撫でていた。
彼女も既に慣れてきたのか、昨日や一昨日のように取り乱してはいない。
(´-;;゙#)「マニー様が、これを望んでいるようだから……」
そうして彼女はこちらに顔を向けると、深く、お辞儀をした。
- 252 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:44:12 ID:Y85ofNJM0
(´-;;゙#)「もうしばらく、マニー様に付き合ってあげてほしい……お願いします……」
*****
- 253 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:45:36 ID:Y85ofNJM0
( ^ν^) クァー
大口開けて欠伸をしながら、ニュッは自室を出た。
Tシャツに手を突っ込み、ぼりぼりと腹を掻いて、もう一度欠伸。だらしない。
今日もアラームのスヌーズ機能に4、5回ほど働いてもらってからようやく起きた。
ζ(゚ー゚*ζ「あ」
( ^ν^)「あ?」
ζ(゚ー゚*ζ「おはようございます、ニュッさん」
顔を洗うかと洗面所のドアを開けたら、デレと鉢合わせた。
洗顔を終えたところだったようで、タオルで両頬を押さえたデレが、へへっと笑う。
それからパジャマ姿であるのを思い出したのか、気恥ずかしそうにまた笑って、その場を去っていった。
それを見送りニュッも洗面所に入る。
お湯を顔にぶつける程度の洗顔をして、眠気を振り払うために冷水も顔面に当てて、
水気を拭わないまま鏡を睨んだ。元から人相は良くないが、いつも以上に悪い。
- 254 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:46:28 ID:Y85ofNJM0
( ^ν^)(──何だあれ)
何故アホがいる。何を当たり前の顔をして人の家の洗面所を使っている。
勝手に洗面所を使って勝手にバカ面さらすとは図々しい。しかもパジャマでうろついて。
何なのだあれは。まるで泊まっているような、
( ^ν^)(……ああ泊まってんだった)
ここでようやくニュッは完全に目を覚ました。
寝起き時におけるニュッの頭の回転速度は、だいたい調子がいいときのデレと同等だ。
.
- 256 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:47:37 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「──って感じでした」
食堂。
ニュッの右隣に座るデレが、夢の内容を説明し終えた。
朝食の席は、日によって顔触れが変わる。
今日はテーブル左側に、奥からニュッ、デレ、ハロー、モララーが座り、
その対面に内藤とツン、椎出姉妹。
夜通しデレ達を見守っていた貞子は仮眠をとるため自室へ戻ったらしいし、
デミタスはニュッに負けず劣らず寝起きが悪いのでまだ部屋でぐだついているのだろうし、
クックルは多分、先に朝食を済ませて玄関先の掃除をしている。
- 258 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:49:15 ID:Y85ofNJM0
( ^ω^)「……金井さんは現状、『本』を手放す気はなさそうということかお」
ハハ ロ -ロ)ハ「ワタシは、ソウ感じました。
少なくとも、本がアノ夢を見せてイル、という可能性を疑ってイル限りは
自ら手放すつもりはナイと思いマス」
ハローは水を飲みながら頷き、
デレもマグカップに入ったコーンポタージュを冷ましつつ聞いている。
夢を見始めてから、朝は食欲が湧かないのだと2人は言っていた。
リアルな夢の中で食事をしているから、現実に腹は膨らんでいなくとも
満腹感を得た気分になっているせいだろう。
何より人が死ぬ瞬間を強制的に見せられているわけだし。
せめてスープくらいは、とツンがインスタントのコーンポタージュを出したのでデレはそれを啜っているが、
ニュッとしては、もっとしっかり食べてほしい。
普段よく食べるハローが水だけを飲んでいる姿は痛々しいし、
ただでさえ頭の悪いデレが朝食を抜けばますます頭の回りが悪くなる。
トースト一枚だけで済ませている自分が言えた義理もないのだろうが。
- 259 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:49:58 ID:Y85ofNJM0
( ・∀・)「……ハロー、ご飯食べない?」
モララーも気にしたのか、自分の朝食をハローの前に差し出した。
白米、焼き鮭、ほうれん草のお浸し、豆腐とわかめの味噌汁。
内藤と椎出姉妹も同じメニュー。
朝からよくそんなに食べられるなと貧弱なニュッは常々考えている。
ハハ ロ -ロ)ハ「ン、平気。お腹空いたら、適当に何か食べマス」
(*゚ー゚)「ていうかモララーの食べかけは嫌でしょ」
( ;∀;)「まだ手つけてないもん!!」
ぱりぱりに焼けた鮭の皮で白米をもりもり食べるしぃ。
こいつは寧ろ朝食を抜いて気力を削いだ方がいい。
- 260 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:51:33 ID:Y85ofNJM0
(*゚ー゚)「いや、まあね? 私はね? 皆様の残飯も喜んで食べますよ。
お前はVIP図書館の三角コーナーだと罵られればヨダレ垂らして貪りますよ。
飲み込んだことをアピールするために空っぽになった口を開けて見せるから、
そのときにはご褒美くれ。最悪ご褒美は無くてもいい」
( ^ω^)「もうお前が生ゴミみたいなもんじゃないかお」
ξ゚听)ξ「相手するとつけあがるから放っておきなさい」
クックルと一緒に食事を済ませていたらしいツンの前には、紅茶だけ。
カップを揺らして、ツンはでぃを見た。
ξ゚听)ξ「……えっと、ハローとデレは同時に寝て、同時に起きたのよね? でぃ」
(#゚;;-゚)) コクリ
ζ(゚、゚*ζ「何か寝言とかいってました?」
ヽ(#゚;;-゚)>
(*゚ー゚)「起きる直前くらいに、うなされてたってさ。2人共」
マニーが死んだ辺りだろうか。
やはり精神的な負担が掛かっている。ニュッは眉間に皺を寄せた。
- 261 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:54:02 ID:Y85ofNJM0
(#゚;;-゚)v
(*゚ー゚)「他にはこれといって異変なかったって」
ξ゚听)ξ「そう……。ねえブーン、金井さんの方はどうするの?」
( ^ω^)「……どうしたもんかね。
デレちゃん達はびぃさんっていう女性から、直々にお願いされてしまったわけだけれども」
頬を掻きつつ、先程デレから聞かされた話に内藤は唸った。
その辺りはニュッも気になっている。
マニーやびぃという女がその状況を受け入れているのなら、
そして理由は分からないが「夢」を必要としているのなら、
そこは自己責任、満足するまでしばらく待ってやるのもやぶさかではない。
──マニーとびぃだけの問題ならば、だ。
マニー達は良くとも、こちらの家族とついでに馬鹿1人にまで影響が出ている。
呑気に長々と付き合ってやる義理はない。
何よりいつまでも本を預け続けるつもりもないから、
いずれは必ず回収してやる。
あれはニュッの本だ。でぃがニュッのために書いた本だ。
いかなお気に入りの作家金井マニーとはいえ、自分のものを他人の手に留まらせておきたくはない。
ニュッは独占欲が強いのである。本に関しては。
- 262 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:55:08 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚*ζ「……私は、もう少し、頑張れます」
ニュッがじりじりと苛立ちを燻らせていると、
マグカップを両手で支え持ったデレが口を開いた。
ζ(゚、゚*ζ「マニーさんやびぃさんにとって大事なことなら……。
マニーさんがお腹空いてても、何度も死んじゃっても、大丈夫なら」
ハハ ロ -ロ)ハ「ワタシも、本人が嫌がってないのナラ付き合えマス。
ソノ事実が分かったダケでも気は楽になりマシタ。
──ソモソモ頑張ってるノハ、デレと金井サンですカラ。ワタシは口を挟めマセン」
( ^ω^)「……2人がそう言うのなら、僕も金井さんに対して
今すぐ無理強いするような真似はしないお。本当に平気かお?」
ζ(゚、゚*ζ「はい。……もうちょっと、泊めさせてもらっても大丈夫ですか?」
(*^ω^)「そりゃ勿論。今回だけでなく、いつだって歓迎するお」
にっこり笑った内藤が、ぱん、と両手を打った。
食事を続けていたモララー達が手を止めて彼を見る。
- 263 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:57:02 ID:Y85ofNJM0
( ^ω^)「じゃあデレちゃんとハローは、金井さんにとっての『正解』を引き当てることに専念。
ショボンが金井さんの生い立ちを調べてくれているから、
そこからヒントを得られるかもしれないお」
( ^ω^)「僕は金井さんに然るべき交渉と連絡を。
ニュッ君とでぃはデレちゃん達の話を積極的に聞いて、何か異変がないかたしかめてくれお。
それ以外のメンバーは随時サポート。──いいかお?」
はい、と景気のいい声が返される。
ニュッとでぃは片手を挙げただけだったが。
ひとまず方向は固まった。これだけでも結構な収穫。
トーストを食べ終え、コーヒーも飲み干したニュッは、腰を上げた。
バターをたっぷり塗ったトーストは朝の強者だと思う。
- 264 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:57:54 ID:Y85ofNJM0
( ^ν^)「……」
ζ(゚、゚;ζ「うぉう」
ハハ ロ -ロ)ハ「ワッ」
( ;∀;)「何で!?」
デレの軽そうな頭を鷲掴みにして軽く揺らし、ハローの頭にはぽんと手のひらを乗せ、
特に意味はないが何となくモララーの頭を引っ叩いていき、食堂の出入口へ向かった。
出勤の時間だ。
行ってらっしゃい、と揃えた声が投げ掛けられたので、
これにもまた片手を挙げるだけで応えた。
*****
- 267 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 21:59:02 ID:Y85ofNJM0
ζ(゚、゚;ζ『ご、ごめん、なさい』
目覚める直前の、少女の声と表情が頭の中に残り続けている。
君が悪いのではない。気にしなくていい。こちらこそごめん。
そう言いたかったが、それらが声になる前に夢を終えてしまった。
¥・∀・¥「……いい子なんだろうな、多分」
ここ3日、嫌なものを見せてしまっている。申し訳ない。
実在する人なのか、自分の脳内で生まれた人なのかは分からないけれど。
椅子に深く腰掛けたまま、机上の電話を見つめて、頭を掻く。
- 268 :名も無きAAのようです:2015/12/30(水) 22:00:36 ID:Y85ofNJM0
──「ごめんなさい」。
昨日。母に電話をかけて互いの近況報告を済ませ、一つ二つ世間話をした後、
通話を切る間際にも聞かされた言葉だ。
そのときにも思った。あなたが悪いのではないと。
そしてそのときにも声にはならなかった。聞かなかったふりをして電話を切った。
¥・∀・¥(……ああ)
少女の表情に不思議な既視感を覚えていたのだが、その正体に、今ようやく気付いた。
何年も見ていなかったから忘れていた。
あの悲しげな目が、どこか、母に似ていたのだ。
番外編 続く
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