- 5
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 18:44:23 ID:8EBaTv7QO
『あの2人、どうするんだ』
『どうしようもないわよ。2人も引き取れないんだから』
『別に両方引き取れってわけじゃ……』
『小さい子――ニュッ君が、ホライゾン君から離れたがらないのよ。
みんなが声かけても無視するし、頭を撫でようとすると逃げるの。
あの子、本当可愛くないわ。……ねえ、施設に預けられないの?』
『世間体ってもんがあるだろ』
『じゃあ兄さんがニュッ君の方を引き取ってよ。私がホライゾン君の面倒見るから』
『ホライゾンだって厄介なのは変わらないぞ。
あれ見たかよ、「血の臭いがする」って言って必死に顔洗ってたんだ。気味悪い』
『……やだ、何それ。やっぱり施設に入れましょうよ、ねえ。
そんなの引き取った方が世間体悪いわよ』
『そうは言ったって――』
『……あ』
『ん? どうした?』
『いるじゃない。2人引き取れるくらい生活に余裕があって、
世間の目なんか全然気にしない人』
#####
- 6
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 18:48:50 ID:8EBaTv7QO
交通事故が起きたとき、内藤ホライゾンは母の下敷きになっていた。
それは咄嗟に息子を庇った母の愛ゆえの行動であったが、
彼にトラウマを植えつける決定的な原因でもあった。
彼女から溢れる血が、内藤に向かって流れ落ちていく。
横転した車の中、即死だった母の下から這い出るのは非常に難しく、
内藤は、自分の顔や体を染めていく母の血から逃げられなかった。
後ろからは、従兄弟を抱えている叔母の声がする。
痛い、苦しい、痛い――本当に辛そうな呟き。
救助されるまでの間、内藤は動くことも気絶することも出来ず、
口にまで入り込む生暖かい血液の感触と臭い、弱々しくなっていく叔母の悲痛な声を、
ただただ受け入れるしかなかった。
後日、警察から全てを聞いた彼が「良かった」と思えたのは、たった一つ。
従兄弟は事故直後に気を失っており、
あの光景を目の当たりにせずに済んだということだけだ。
.
- 7
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 18:50:54 ID:8EBaTv7QO
――それからは、ふとした拍子に血の臭いが内藤の鼻を掠めていくようになった。
体をいくら洗おうとも気付けば臭いが漂い、
その度に事故の光景が頭を過ぎる。
誰に訴えても、そんな臭いはしないと答えられた。
医者が言うには幻覚の一種らしい。
事故のときに受けた精神的なショックが原因だろうとのことだった。
( ^ω^)(……臭いお)
葬儀場の裏手。
このときも、内藤は、ありもしない臭いに顔を顰めていた。
( ^ω^)『ニュッ君、変な臭いしないかお』
( ^ν^)『しない』
手首を嗅ぎながら隣にいる従兄弟の内藤ニュッに訊ねてみると、
ニュッはぶんぶんと首を横に振って否定した。
- 8
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 18:52:21 ID:8EBaTv7QO
そうかお、と返し、手を下ろす。
少し間をあけて、ニュッが内藤の手に顔を近付けた。
( ^ν^)『やっぱりしない』
( ^ω^)『……うん。ありがとうお』
5歳児に気を遣わせてしまって、申し訳ないやら情けないやら。
ニュッへ礼を告げた直後、後ろから足音がした。
( ´∀`)『こんなところで何してるモナ』
(;^ω^)『――祖父ちゃん』
かけられた声に、内藤がぎょっとする。
内藤モナー。彼らの祖父だ。
腕を組み、2人をじろじろ眺め回している。
一応は祖父と孫の関係であるが、内藤は彼のことをよく知らない。
年に一度、正月に挨拶をしに行く程度の付き合いだ。
父母の都合により正月の顔見せが出来なかった年すらある。
13歳の内藤でこれだから、ニュッに至っては
祖父との会話など片手で数えられるくらいしかないだろう。
- 9
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 18:53:26 ID:8EBaTv7QO
( ^ν^)『……』
ニュッが内藤の足にしがみついた。
先日、伯母と伯父が引き取り云々の話をしてからというもの、
内藤以外の人間が近付くと逃げるようになってしまった。
そんなニュッを見下ろし、モナーは首を右に傾ける。
( ´∀`)『なるほど、本当にホライゾンから離れないようモナね』
(;^ω^)『……人見知りなんだお』
( ´∀`)『モナモナ。まあ、安心するモナ』
( ´∀`)『お前らまとめて、うちに押しつけられたモナよ』
.
- 10
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 18:54:04 ID:8EBaTv7QO
第九話 あな悲しや、私小説・前編
.
- 11
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 18:57:40 ID:8EBaTv7QO
ぱきり。
内藤がペットボトルのキャップを回した。
長岡デレは、サンドイッチにも紅茶にも手をつけず、彼の動きを目で追っている。
ペットボトルを離し、内藤は口元を手の甲で拭った。
( ^ω^)「僕もニュッ君も祖父ちゃんも、親戚中から疎まれていたから。
邪魔者は邪魔者同士、お似合いだったんだお」
ζ(゚、゚*ζ「……」
何とも悲しい言い方だ。
けれど、どうフォローしていいのか分からない。
デレは口を結んで視線を逸らした。
( ^ω^)「それで、僕達は祖父ちゃんの家に引き取られたお」
ζ(゚、゚*ζ「お祖母さんは、いらっしゃったんですか?」
( ^ω^)「いいや。僕が生まれるより前に亡くなっていたらしいお」
ζ(゚、゚*ζ「それじゃあ、モナーさん、お一人で……?」
内藤は顎を指先で叩き、首を横に振った。
5秒間の沈黙。
( ^ω^)「2人暮らしだったお。
……ツンと、一緒に」
*****
- 12
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 18:58:43 ID:8EBaTv7QO
ξ゚听)ξ「はじめまして。ええと――ホライゾン君とニュッ君だっけ」
(;*^ω^)「……おー……」
何とまあ。
出迎えた少女を見て、内藤は硬直してしまった。
2人分のボストンバッグが両肩から滑り落ち、片方の鞄が玄関に置かれた祖父の靴を潰す。
( ´∀`)「これはツンだモナ」
(;*^ω^)「つ、ツン、さん」
ξ゚听)ξ「呼び捨てでいいわよ」
遠慮なんかしないで、と。
ツンという名の少女は微笑んだ。
ξ゚ー゚)ξ「ね」
(;*^ω^)「は、はいお」
高校生くらいに見える。
内藤より僅かに背が高い。
どこもかしこも綺麗だった。
顔や体だけでなく、声も仕草も、何もかも。
同じ人間とは思えないほど美しい。
まるで作り物みたいだ。
- 13
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:01:26 ID:8EBaTv7QO
ξ゚ー゚)ξ「ニュッ君もよろしくね」
(*^ν^)「……ん」
モナーから、身寄りのない少女をお手伝いとして住まわせているとは聞いていた。
それが、こんな美少女だったなんて。
ツンは笑みを深くさせると、落ちたままのボストンバッグに手を伸ばした。
ξ゚听)ξ「どっちがホライゾン君の?」
(;^ω^)「あ、青い方が僕ので、そっちの黒いのがニュッ君――って僕が持つお」
ξ゚听)ξ「いいわ、平気平気。遠くから来て疲れたでしょ」
(;^ω^)「物がいっぱい入ってるから、重……」
両方の鞄を軽々と抱えて歩き出したツン。
階段を上っていく彼女を、内藤は呆然と眺める。
あの腕のどこに、そんな力が。
階段の真ん中で立ち止まったツンは、何食わぬ顔で振り返った。
ξ゚听)ξ「おいで。案内するわ」
(;^ω^)「……はい」
( ´∀`)「モナモナ、あれは力持ちなんだモナ」
#####
- 14
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:02:45 ID:8EBaTv7QO
ξ゚听)ξ「基本的に、生活するのに使うのは2階だけなの。
食堂とかお風呂場も2階にあるわ」
( ^ω^)「1階は?」
ξ゚听)ξ「客間とか――あとは、ほとんど物置みたいなものね。
あ、でも1階のリビングにはテレビがあるのよ。他の部屋にはないわ」
2階に上がると、まずは階段の真正面へ進んでいった。
廊下を挟んで左右にそれぞれ5室ずつ。
( ´∀`)「それじゃあ、後は任せたモナ」
ξ゚听)ξ「はいはい。ご飯の時間になったら呼ぶわね」
一番奥、右手の部屋にモナーが引っ込んだ。
その向かいがツンの部屋だという。
ξ゚听)ξ「ホライゾン君の部屋はこっち。私の隣ね。ニュッ君はモナーさんの隣」
(;^ω^)「ツンさ、……ツンの隣かお」
ξ゚听)ξ「嫌?」
(;^ω^)「……嫌ではないけど」
彼女からしてみれば自分などまだまだ子供なのだろうと、内藤は肩を落とした。
意識しているのは自分だけだ。
- 15
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:04:19 ID:8EBaTv7QO
ξ゚听)ξ「ひとまず荷物は置いて……他のところも回りましょう」
ドアの前に鞄を置き、ツンが踵を返す。
それから、ニュッに手を伸ばした。
ξ゚ー゚)ξ「手、つなごっか」
(;*^ν^)「い、いらない」
ξ゚ー゚)ξ「いいからいいから」
もごもごと曖昧に拒否していたニュッだったが、やがて観念したか、
ツンの白い手をそっと握った。
(;^ω^)「ニュッ君ずるい!」
ξ゚听)ξ「ホライゾン君も繋ぐ?」
(;^ω^)「……いえ」
ξ゚听)ξ「そう。さ、行きましょ」
(;^ω^)(僕の馬鹿)
- 16
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:06:24 ID:8EBaTv7QO
廊下を進む。
残りの6室のドアを見渡し、内藤はツンに問い掛けた。
( ^ω^)「他の部屋は何の部屋なんだお?」
ξ゚听)ξ「……見る? びっくりするわよ」
(;^ω^)「びっくり?」
いたずらっぽく笑って、ツンはある部屋の前で足を止めた。
空いている方の手でドアを引く。
中を覗き込んだ内藤とニュッは、思わず息を呑んだ。
(;^ω^)「……本」
いくつも並んだ本棚。
それぞれの棚の間には、人が通れる程度のスペースしかない。
ξ゚听)ξ「モナーさんのコレクションの一部よ。あの人、本好きなの。
この部屋にあるのは――ほとんど、SFだったかしら。
あっちの部屋はホラーが多いし、そっちはミステリ。部屋っていうか書庫ね」
(;^ω^)「……もしかして、6部屋全部書庫なのかお」
ξ゚听)ξ「1階にはもっとあるわ」
溜め息が出た。
いくら何でも多すぎる。
- 17
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:09:37 ID:8EBaTv7QO
半ば呆れながら息を吸い込み、内藤は眉を寄せた。
埃っぽさの中に混じる、血の臭い。
ξ゚听)ξ「奥にあるほど、モナーさんのお気に入りでね――」
(;^ω^)「っ!」
身を乗り出させたツンが内藤と密着する。
内藤は肩を跳ねさせ、ツンから離れた。
ξ゚听)ξ「……どうしたの?」
(;^ω^)「……いや、別に」
ξ;゚听)ξ「あ、ごめん、くっつかれるの嫌だった?」
(;^ω^)「違うお、あの、……えっと」
俯き、鼻に腕を押しつける。
やはり臭う。
錯覚だとは分かっているが、それでも、「もしかしたら」という言葉が不安を煽る。
もしかしたら、自分には本当に臭いが染みついているのだけれど、
周りのみんなは気を遣って「臭わない」と言ってくれているのではないか――とか。
そのせいで、人混みに入るのも億劫に感じてしまう。
- 19
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:12:01 ID:8EBaTv7QO
( ^ν^)「……兄ちゃん……」
ξ;゚听)ξ「……あ。ごめん、あれだっけ。血の……」
(;^ω^)「知ってるのかお?」
ξ;゚听)ξ「モナーさんから聞いて……でも、全然そんな臭いしないよ?
嘘とかじゃなくて、本当に!
……って、こう必死に言っちゃうとますます怪しいかな!?」
(;^ω^)
ξ;゚听)ξ
(;^ω^)「……案内続けてほしいお」
ξ;゚听)ξ「待って、どうしたら信じてくれる!?」
(;^ω^)「大丈夫大丈夫、もう臭わないから……」
ニュッが、そっぽを向いて笑う。
内藤とツンは顔を見合わせ、同時に吹き出した。
#####
- 21
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:13:44 ID:8EBaTv7QO
( ^ω^)「はあ……」
その日の夜。
ベッドに飛び込み、内藤は室内を見渡した。
必要最低限の家具しか置かれていない。
欲しいものがあるなら買ってやると夕食のときにモナーから言われたが、
いざ考えてみると、どうしても遠慮してしまって、「このままでいいか」なんて思えてくる。
( ^ω^)(……)
シーツに顔を埋めた。
ベッドからは真新しい匂いがする。
内藤達を引き取ることが決まってから購入したのだろう。
- 22
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:15:42 ID:8EBaTv7QO
ああ。
他人の家だ。
「内藤の物」なんて、ベッドの足元にあるボストンバッグの中身だけ。
( ^ω^)
( ^ω;)
( ;ω;)
鼻の奥が痛み、目尻に涙が浮かんだ。
震える歯で、弱々しく下唇を噛む。
両親とは二度と食卓を囲めない。
おはようやおやすみも言い合えないし、顔を見ることも出来ない。
寂しい。悲しい。
こんなに寂しいのなら、自分も一緒に死にたかった。
家族と一緒にいたかった。
生き残ってしまったばっかりに、独りぼっちになって。
親戚中から厄介者扱いされて。
孫になど関心のない祖父のもとに預けられて。
.
- 24
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:19:27 ID:8EBaTv7QO
( ;ω;)「……おー……」
迎えに来てほしい。
父さん、母さん。
迎えに来て、連れていってほしい。
夜毎に沸き上がる願望。
今日は、それがいつもよりも強かった。
.
- 26
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:21:11 ID:8EBaTv7QO
鼻水まで垂れてきた。
起き上がり、ボストンバッグからポケットティッシュを引っ張り出す。
鼻をかんで――
( ;ω;)「……!」
内藤は、ベッドから飛び下りた。
涙を流したまま部屋を出る。
明かりがなく、静まり返った廊下。ツンやモナーはもう寝たのかもしれない。
すぐに、向かいのドアを叩いた。
( ぅω;)「ニュッ君。入るお」
返事は待たず、ドアノブを捻る。
そのまま引くと、隙間から光が漏れた。
- 27
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:25:43 ID:8EBaTv7QO
( ;ν;)
ベッドの上で、ニュッは蹲っていた。
声は出ていないが、時折、しゃくり上げるかのように肩を跳ねさせている。
( ;ω;)「……ごめんお、ニュッ君」
彼のことにまで気が回らなかった自分を恥じた。
小さな体には広すぎる部屋。大きすぎるベッド。
まだ、たったの5歳なのだ。
内藤よりもずっと寂しくて、ずっと心細い筈ではないか。
( ;ω;)「一緒にいるお」
( ;ν;)「……」
ベッドに腰掛けた内藤へ、ニュッがにじり寄る。
彼も、自分のように、両親が迎えに来るのを望んでいたのだろうか。
だとしたら――とても悲しいな、と。
ニュッの背中を撫でながら、内藤は胸中で呟いた。
#####
- 28
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:27:11 ID:8EBaTv7QO
一週間が経った。
あれから毎晩、内藤はニュッの部屋で寝た。
泣き疲れた頃にようやく眠りに落ちるといった日々。
ξ゚听)ξ「モナーさんは元々無神経なところがあるから仕方ないとして、
私まで気付かなかったのは、本当にごめんなさい」
2人が一緒に寝ているのを知ったツンに、何度も謝られた。
そう頭を下げられても困る。誰が悪いわけでもない。
(;^ω^)「いいお、謝らなくて」
ξ;゚听)ξ「でも……ちょっと考えれば分かるじゃない。
まだ5歳のニュッ君を、こんな慣れない場所で1人にするなんて酷いことよ。
もーっ! 私の馬鹿!」
内藤は苦笑し、ひらひらと右手を振った。
ツンの隣で、むっとしているニュッ。
子供扱いされたのが気に入らない御様子である。実際に子供のくせに。
- 29
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:30:53 ID:8EBaTv7QO
ξ;゚听)ξ「ニュッ君! 何なら私も一緒に寝てあげる!」
( ^ω^) ポブッ
アイスティーを口に含んだ内藤は、勢いよく噴き出した。
「も」って。
3人で寝る気か。
(;*^ν^)「や、やだ……」
ξ;゚听)ξ「……『やだ』は傷付くなあ」
(;^ω^)(了承されても、こっちが困るお)
――現在、彼らはリビングでアイスティーとクッキーを飲み食いしながら雑談していた。
夏も盛りな8月。
リビングと客間にしかクーラーがないので、昼間は大体ここに集まっている。
モナーだけは自分の部屋に篭りっぱなしだ。
本でも読んでいるのだろう。
- 31
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:34:55 ID:8EBaTv7QO
ξ゚听)ξ「そういえば、ブーン、どう? そろそろ覚えた?」
クッキーを齧り、ツンが訊ねた。
「ブーン」は、昔、内藤の同級生に付けられたあだ名だ。
ブーンと言いながら飛行機を真似て駆け回ったのが理由だった筈。
( ^ω^)「何を?」
ξ゚听)ξ「学校への道順とか」
( ^ω^)「……おー……ううんと……」
曖昧に返し、内藤はクッキーに手を伸ばした。
今は夏休み中であるが、それが明ければ、内藤は転校生として
こちらの中学校に通うことになる。
新学期に備え、通学するための道筋を把握しようと何度か外にも出てみたが、
未だに学校に辿り着けていない。
( ^ω^)「おーん……」
アイスティーを飲むニュッに目をやった。
彼が使うには少々グラスが大きいらしく、両手で挟むように持っている。危なっかしい。
- 32
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:37:41 ID:8EBaTv7QO
( ^ω^)(……ニュッ君が恐がっちゃうんだお)
内藤が道を覚えられない理由は、ニュッにあった。
長時間離ればなれになるのが嫌なのか、内藤が外出する度ついてくるニュッ。
初めは普通に歩いているのだが、車を見た途端に帰りたがってしまうのである。
そのため、ものの数分で帰宅する羽目になるのだ。
( ^ω^)(どうにか、留守番出来るようになってくれないかお……)
何か――内藤が傍にいなくとも、ニュッが安心していられるようなものがあればいいのに。
たとえば玩具だとか、あるいは、没頭出来る趣味だとか。
.
- 35
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:40:39 ID:8EBaTv7QO
( ´∀`)「――2人共、来るモナ」
ある蒸し暑い夜。2階の廊下。
モナーが、内藤とニュッへ声をかけた。
モナーの部屋の前で手招きしている。
( ^ω^)「何だお?」
( ´∀`)「いいからいいから」
(;^ν^)「んわっ!」
(;^ω^)「あ、誘拐」
ニュッが抱え上げられた。
そのまま部屋へと連れ去られていく。
内藤は少し迷ってから、溜め息をついて後に続いた。
- 36
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:43:28 ID:8EBaTv7QO
( ´∀`)「ツンが、うるさいモナよ」
ベッドに座らされた内藤とニュッ。
モナーは本棚の前に立ち、そこに並ぶ本の背表紙を指先で撫でていった。
どれを取るか迷っているかのような仕草だ。
(;^ω^)「ツン?」
( ´∀`)「『ブーンとニュッ君を寂しがらせないで!』とか。
……知ったこっちゃないモナ」
不自然な裏声を出すモナー。物真似のつもりだろうか。
そうかお、と返しながら、内藤はきょろきょろと視線を彷徨わせた。
壁に、写真が3つ飾られている。
その内2つは内藤とニュッの両親達。
残る一つには、女性が写っていた。
|゚ノ ^∀^)
恐らく、50代前半。
内藤達が生まれるよりも前に、モナーの妻――祖母は亡くなってしまったらしい。
あの写真の女性が祖母なのだろう。
目元などを見てみると、なるほど、内藤やニュッに似ていなくもない。
- 37
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:45:50 ID:8EBaTv7QO
( ´∀`)「何で1人で死ぬモナかね」
(;^ω^)「え」
写真に見入っていた内藤は、モナーの声がすぐ傍で聞こえたことに驚いた。
いつの間に近付いていたのか。
モナーが懐から取り出した老眼鏡をかけると、かちゃりと小さな音が鳴った。
( ´∀`)「こっちの都合を無視して勝手に死ぬとは迷惑極まりないモナ。
――さあさ、寝た寝た」
(;^ω^)「何の話……おおっ」
(;^ν^)「あ」
肩を押され、内藤はベッドに倒れ込んだ。
ヘッドボードに頭を打ちつける。
何をするのだと睨む内藤を意にも介さず、モナーはニュッも横にさせると
天井からぶら下がる照明を消した。
- 38
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:50:42 ID:8EBaTv7QO
真っ暗になった室内。
一呼吸置いて、仄かな明かりが灯る。
ベッドサイドテーブルに置かれた電気スタンドの、柔らかな橙色の光。
モナーはベッドの傍に寄せたアームチェアに座り、抱えていた一冊の本を開いた。
( ´∀`)「毎日毎日家の中にばかりいて、退屈しないモナ?」
(;^ω^)「あんたが言うかお。……まあ、やることはないお」
( ´∀`)「この家の中で手っ取り早く暇を潰すなら、読書が一番モナ」
(;^ω^)「読書? 祖父ちゃんのコレクション、勝手に触っていいのかお?」
( ´∀`)「いや、好き勝手に触るのは控えた方がいいモナね。
本が読みたくなったら、僕かツンに声をかけてほしいモナ」
扉、前書き、目次。
ページを繰っていき、咳払いを一つ。
( ´∀`)「……『小さな村に住んでいた、小さな男の子のお話』」
モナーの朗読は、なだらかに進められた。
この歳になって就寝前の読み聞かせというのも気恥ずかしいが、
内藤は文句を飲み込み、目を閉じて耳に意識を集中させた。
- 39
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:52:09 ID:8EBaTv7QO
細く開けられた窓。
その隙間から忍び込んだ風が、内藤達を擽っていく。
耳を澄ますと、時折、遠くから鳥や虫の鳴き声がするのに気付いた。
朗読の邪魔になるほどの大きさではない。
鳴き声も、モナーの声も、耳に心地いい。
( ´∀`)「――『そうして、彼は、母のために村を出たのでした』」
本の内容は、少年が旅をして、色々な人物や動物に巡り会うという
在り来たりな感もするものである。
どうせニュッに合わせて幼児向けの話を選んだのだろうと
あまり期待せずに聞いていた内藤だったが、
次第に、モナーの口から流れてくる物語にのめり込んでいった。
( ´∀`)「『少年が狼を追い払ってやると、おばあさんは大層喜んで――』」
(*^ν^)
そっと瞼を持ち上げると、微光に照らされたニュッの顔が視界に入った。
眠たそうに目元を擦りながら、懸命にモナーの話を聞いている。
楽しそうだ。
- 40
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:56:41 ID:8EBaTv7QO
やがて睡魔に負けたか、ニュッは寝息をたて始めた。
モナーが一旦テーブルに本を置き、2人にタオルケットをかける。
ふと、内藤とモナーの目が合った。
( ´∀`)「続き、聞くモナ?」
( ^ω^)「……いいお」
( ´∀`)「そうモナか」
頷いて、モナーがニュッの頭を撫でる。
その仕草が、少し意外に思えた。
(*‐ν‐)
( ´∀`)「それじゃあ、おやすみ。ホライゾン」
モナーの手が一瞬内藤に近付いたが、宙を彷徨った後、電気スタンドのスイッチを押した。
頭を撫でられる歳ではないと判断したのだろう。
暗闇の中、内藤は寝返りをうつ。
ずるずると沈んでいく意識が途切れる直前、
そういえばモナーはどこで寝るのだろうという疑問が頭の隅を掠めた。
問い掛けようと口を開くよりも先に、夢の中へと潜り込む。
――この家に来てから、初めて泣かずに眠った夜だった。
#####
- 41
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 19:59:52 ID:8EBaTv7QO
( ‐ω‐)
低い声が耳から侵入し、内藤を夢から引きずり出した。
ぼうっとしている頭では何を言っているのかは掴めないが、妙に安らぐ声だ。
( ´∀`)「――『してみると、君は悪い狼ではないのだな』」
( ´∀`)「『ええ、ええ、ただの空き腹を抱えた痩せっぽちの狼でございます。
おばあさんを襲う気力もありません』――」
( ^ν^)「『すきばら』って何?」
( ´∀`)「お腹が空いてるってことモナ」
ゆっくり目を開ける。
ニュッがモナーの膝の上に乗り、本を読んでもらっている最中だった。
部屋の中が明るい。朝だ。
唸りながら上半身を起こすと、モナーが片手を挙げた。
- 42
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:01:26 ID:8EBaTv7QO
( ´∀`)「モナ。ホライゾン、起きたモナか」
( ^ω^)「……おはようお」
予想外だった。
昨日まで内藤からなかなか離れなかったニュッが、こんなにもモナーに懐くとは。
ニュッにも「おはよう」と挨拶した――そのとき。
ぐう、と、内藤の腹が鳴った。
( ^ν^)「すきばら」
( ´∀`)「そうそう、そういう意味モナ」
(;*^ω^)「……うるさいお」
#####
- 44
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:07:43 ID:8EBaTv7QO
ξ゚ー゚)ξ「ニュッ君、喜んでくれたのね」
小一時間後。食堂。
やけに広い部屋の中、不釣り合いなほど庶民的なサイズのテーブルと椅子だけが
ぽつんと置かれている。
食後の紅茶を飲みながら、ツンは満足そうに微笑んだ。
その向かいで、内藤が首を傾げる。
( ^ω^)「祖父ちゃんがあんなことをしてくれるなんて思わなかったお」
ξ゚ー゚)ξ「やりたくないことは絶対にやらない人よ。
やっぱり、孫は孫なのね」
内藤は目の前に積み上がった5冊ほどの本を見下ろし、ふうん、と声を零した。
先程、モナーが内藤のために持ってきてくれたものだ。
そのモナーはニュッを連れて部屋に戻っている。
どうやら、ニュッは朗読を大変お気に召したらしい。
( ^ω^)(……あとで、昨日の本も借りるかお)
何とは無しに一番上の本を開く。
ぼんやりと、羅列されている文字を追っていった。
- 45
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:09:19 ID:8EBaTv7QO
小説に対して「堅苦しい」というイメージを抱いていた内藤であったが
モナーが選んだ本は、どれも読みやすく、また、面白いものばかりだった。
食堂で1人、扇風機の風を浴びながら一心不乱に読み耽る。
意味を知らぬ単語なども出てくるが、前後の文脈からある程度の予想はついた。
途中に挟んだ昼食もすぐに済ませ、また本を開く。
――夕飯の時間を迎えるまで、内藤は物語の世界に夢中になっていた。
.
- 46
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:11:31 ID:8EBaTv7QO
ξ゚听)ξ「随分気に入ったみたいね」
( ^ω^)「おー……小説って面白いもんだおね……」
酷使した目をしょぼしょぼさせて、内藤はツンの言葉に頷いた。
斜め前の席で肉じゃがをつついていたモナーが、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
( ´∀`)「僕がわざわざ選んでやったんだから、ガキだろうと楽しめるに決まってるモナ」
かちんと来たが、本に馴染みのなかった自分でも満足出来たのは事実。
味噌汁を飲み込んで、内藤は礼を言った。
何だか癪だったので、小声で。
ξ゚听)ξ「ニュッ君は? 本、好きになれた?」
(*^ν^)「ん」
ξ゚ー゚)ξ「そう。私も好きよ。特にモナーさんが書いた話が好き。
今度読んでもらいなさい」
( ´∀`)「ツン」
(;^ω^)「……え、祖父ちゃん、小説書くのかお」
ξ゚听)ξ「趣味でね。それに、一時期は作家業をやってたこともあるのよ。
結構売れてたんだから」
(;^ω^)「えええええ!」
- 47
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:13:28 ID:8EBaTv7QO
モナーは色々なことに手を出して、いずれもそれなりに成功してきたらしい。
小説を書いたのも、その様々な経験の内の一つに過ぎないという。
(*^ν^)「すごい」
ニュッがモナーに尊敬の眼差しを向ける。
モナーにも恥ずかしいという感情はあるようで、
彼は飯を掻き込むと、そそくさと食堂から逃げ出した。
*****
- 49
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:18:32 ID:8EBaTv7QO
( ^ω^)「その日から、僕は1人で寝るようになったお。
それに、寝る前に本を読んでると、あまり両親のことを考えずに済んだお」
( ^ω^)「どうしても、たまーに泣いちゃう日もあったけど、
必要以上に落ち込むことはなかったように思うお」
ζ(゚、゚*ζ「……幼少時にはまだ可愛げがあったニュッさんは、どうしてたんですか?」
( ^ω^)「幼少時にはまだ可愛げがあったニュッ君は、
毎日祖父ちゃんの部屋で寝てた筈だお。
……本だけじゃなく、両親の写真が飾ってあったのも理由かもしれないおね」
ζ(゚、゚*ζ「内藤さんも、幼少時にはまだ可愛げがあったニュッさんも、
モナーさんと本のおかげで安眠出来るようになったんですね……」
内藤は一旦話を中断し、サンドイッチに目をやった。
早く食べないと美味しくなくなるお、とデレに促す。
あまり食欲は湧かなかったが、デレは小さく頭を下げるとサンドイッチを手に取った。
一口食べてみる。
しゃきしゃきと小気味いい歯触りのレタスに、塩気の薄いハム。
きっと、何でもないときに食べれば美味しかっただろう。
だが――今のデレには、じっくり味わう余裕などなかった。
ゆったりと、順々に過去を回想していく内藤に焦れているのかもしれない。
- 50
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:20:57 ID:8EBaTv7QO
( ^ω^)「前にも話したように、ニュッ君は本の魅力に取り憑かれたお。
……いやあ、読み聞かせる祖父ちゃんも大変だったろうお、毎日毎日。
声が掠れてる日もあったし」
( ^ω^)「でも、そのおかげでニュッ君が僕から離れる時間が増えたお。
僕も安心して外出が出来るようになって――
……デレちゃん、あんまり急いで食べたら喉に詰まるお」
ζ(゚、゚;ζ「わ、私のことは気にせず続けてください」
サンドイッチを口に押し込め、紅茶を流し入れる。
ハムスターみたい、と内藤が呟いた。
( ^ω^)「――で。
夏休みも終わって、新学期を新しい中学校で迎えたお」
ζ(゚、゚*ζ「ここから通う中学校っていうと……あっちの方の、シベリア中学ですか」
( ^ω^)「そうそう、シベリア。
……ちょっと遠くても、別の中学に通えば良かったと何度も後悔したお。
そしたらあの野郎に会わなかったのに」
ζ(゚、゚*ζ「あの野郎って?」
( ^ω^)「ショボン」
ζ(゚、゚;ζ「ああ……」
- 51
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:22:47 ID:8EBaTv7QO
( ^ω^)「あいつとの出会いについては割愛するけど、いいおね?」
ζ(゚、゚;ζ「ちょっと気になりますけど」
( ^ω^)「……簡単に言えば、奴の第一声は『君からお金の匂いがするね』だったお」
そんな中学生は嫌だ。
ζ(゚、゚;ζ「昔からあんな感じだったんですね……」
( ^ω^)「しかも同じクラスだったのが運の尽き。
学級委員長だったショボンは僕の世話をするという名目で付きまとい、
気付けば、ここにしょっちゅう出入りするようになりやがったお」
( ^ω^)「この際、はっきり言うお。
ニュッ君の性格がひん曲がった原因の一つは、あの野郎だと思ってるお」
ζ(゚、゚;ζ「まあ、子供にはちょっと悪影響を与えかねませんね」
( ^ω^)「……でもね、ショボンも、悪いことばかりするわけでもないんだお」
内藤の視線が、デレから僅かに逸れた。
自分の後方を見つめているのに気付き、デレは振り返る。
あの写真立てが乗せられていた戸棚。
2段目に、数種類の箱が等間隔で並べられていた。
箱に記された文字は、いずれも英語かフランス語か、とにかく日本語ではなかったので
デレは理解するのを諦めた。
ζ(゚、゚*ζ「あれは?」
( ^ω^)「僕の必需品。香水だお」
*****
- 53
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:25:15 ID:8EBaTv7QO
(´・ω・`)「あげる」
( ^ω^)「お?」
11月上旬の、帰り道でのこと。
駄菓子屋で購入したガムを噛んでいた遮木ショボンは、
たった今思い出したかのように黒い紙袋を内藤に突きつけた。
(;^ω^)「……また、開けたら犬の糞が入ってるとかじゃないおね」
(´・ω・`)「正直、あのイタズラは無意味すぎてつまんなかったからもうやらないよ」
信用ならない。
ショボンと袋を何度も見比べてから、内藤は慎重に袋の中を覗き込んだ。
水色の小さな箱が入っている。
( ^ω^)「何だお?」
(´・ω・`)「香水」
(;^ω^)「香水?」
ショボンが箱を引っ張り出し、乱暴に蓋を開けた。
中から取り上げた瓶を、顔の前でゆるゆる揺らしてみせる。
綺麗な瓶だ。
- 54
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:27:08 ID:8EBaTv7QO
(´・ω・`)「あんまり匂いは強くない筈だから、気休め程度にでも」
試しに、と言って、ショボンは手首に一度振りかけた。
その手を内藤の方へ伸ばしてくる。
わけが分からぬまま、内藤は顔を近付けた。
バニラのような香りがする。
ツンが好きなクッキーの味が、脳裏を過ぎった。
( ^ω^)「これ、香水の匂いかお?」
(´・ω・`)「なまじっかフローラルな香り漂わせられてもムカつくからさあ、
まあ、これぐらいがブーンには丁度いいかなって」
内藤の掌に小瓶を乗せ、ショボンはシニカルに笑った。
同年代とは思えない表情や言動をちょくちょく覗かせる少年である。
モナーからは「クソガキ」と評されていた。
(´・ω・`)「……それ、つけたら、多少は気にならなくなるんじゃないの。
『血の臭い』」
( ^ω^)「……お」
――何故、突然香水なんかをくれたのかと思ったら。
咄嗟に、返事が出てこなかった。
ショボンに対して「そんなこと」を言う機会など滅多になかったから。
( ^ω^)「……ありがとうお」
(´・ω・`)「ふふん、どういたしまして」
- 55
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:28:31 ID:8EBaTv7QO
血の臭いについては、以前、ショボンに話したことがあった。
あれが錯覚なのか実際に存在しているものなのか悩んでしまう、ということも。
(´・ω・`)「おっと。待ってくれ。
もしかしたら、君は今、僕のことを何て心優しい人格者なんだと思ったかもしれない」
( ^ω^)「いや、そこまでは別に」
(´・ω・`)「でもね、それは誤解だよ」
( ^ω^)「話聞いて」
(´・ω・`)「君がいきなり具合悪そうにしたり、『変な臭いしないかお』とか訊いてきたり、
人混みの中に入りたがらなかったりするのが
僕からすれば本っ当に面倒臭いんだ」
(´・ω・`)「いわば僕自身のために、君に香水を与えたんだよ。
そこら辺を取り違えてもらっちゃ困る」
妙な早口で捲し立てられた。
とりあえず照れ隠しだろうと解釈しておくことにする。
- 56
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:30:50 ID:8EBaTv7QO
(´・ω・`)「だからね」
( ^ω^)「?」
(´・ω・`)「香水代、プラス謝礼金を頂こうじゃないか」
( ^ω^)「生まれてこの方13年、これほどのクズがいるとは夢にも思わなかったお……」
照れ隠しでも何でもなかった。
まあ、今更彼に優しくされても気味が悪いだけだ。
誰が払うかと吐き捨て、内藤は香水の瓶を持ち直した。
香水には、何となく、大人の女性がつけるものだというイメージがあった。
まさが自分がつけることになろうとは。
むずむず、好奇心が沸き上がる。
制服の襟元を緩め、5回ほど吹き掛けた。
(´・ω・`)「お前馬鹿じゃねえの」
( ^ω^)「え?」
(;^ω^)「……うわっ! くっさ!!」
首を動かした瞬間、濃厚な匂いの塊が鼻を直撃した。
頭がくらくらする。
呼吸するのも辛い。鼻をつまんで、口から息を吸い込んだ。
- 57
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:35:31 ID:8EBaTv7QO
(;´・ω・`)「うわ……ちょ、寄るな寄るな。くっせえ! かけすぎだって!」
(;^ω^)「ぶえっふ……うえっ、おええええ……!」
(´・ω・`)「ブーン君涙目wwwww」
距離をとったショボンが、指を差してげらげらと笑い出す。
殺意を込めて睨みつけると、自業自得だろうと更に笑われた。
ごもっともである。
(;^ω^)(……お)
不意に。
鼻の奥で、ちらりと血の臭いがした。
( ^ω^)「……」
この、香水の匂いに苦しめられている最中に、だ。
( ^ω^)
(*^ω^)「……おっおっお」
(´・ω・`)「えっ、どうしたのかしらこの子急に笑い出したわ」
(*^ω^)「何でもないお。
……ショボン、今の僕、何の匂いがするお?」
(´・ω・`)「腹立つほど香水くさい」
(*^ω^)「ですよねー」
何だ。
やっぱり、自分の鼻がおかしかっただけか。
(*^ω^)「ショボン、ありがとうお」
(´・ω・`)「……さっき聞いたよ気持ち悪いな」
- 58
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:37:28 ID:8EBaTv7QO
――ショボンを連れて帰宅すると、案の定、臭いというお言葉をツン達から頂いた。
ニュッがツンの後ろに隠れる。
モナーなどは露骨に顔を顰め、匂いの正体が香水だと知るや否や
「マセガキとクソガキのお帰りモナ」と皮肉たっぷりに言い放ってくれた。
それでも、内藤の胸は重荷を一つ下ろしたかのように、
ほんの少しだけ、すっきりしていたのであった。
#####
- 59
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:39:11 ID:8EBaTv7QO
多少はマシになったとはいえ、内藤の「傷」が完全に癒えたわけではない。
ふとしたときに両親について考えては胸が苦しくなるし、
惨状を思い出して目眩を覚えることもある。
それでも、迎えに来てほしい――死んでしまいたいという暗い願望は、
すっかり消え去っていた。
何だかんだ言っても、毎日楽しかったのだ。
つくづく周りに恵まれていたと思う。
だが。
ニュッの方は、立ち直っていく自分自身に納得がいかないようだった。
.
- 60
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:42:14 ID:8EBaTv7QO
ξ゚听)ξ「――はあ……」
雪がちらつき始めた、ある日の夜。
食堂には内藤とツンの2人きり。
3分の1も減っていないコロッケを眺め、ツンは嘆息した。
ニュッの皿である。
元々食が細い子供ではあったのだが、先月くらいから
ますます口に入れる量が減ってきた。
今日はいつもより食べていたものの、それでも、せいぜい全体の半分ほど。
昨日に至っては、彼が口にしたのは煮物の竹の子と人参、
それと三口程度の白米だけであった。
どうして食べないのかと内藤が何度訊ねても、
ニュッは首を振るばかりで答えてくれない。
ξ゚听)ξ「ニュッ君ってコロッケ好きじゃなかった?」
(;^ω^)「その筈だけど……」
ξ;゚听)ξ「もしかして、私の料理の腕落ちたのかしら」
(;^ω^)「そんなことないお! 僕はツンが作る料理好きだお」
ξ*゚听)ξ「……あ、ありがと」
照れたのか、下を向いてしまったツン。
しばらく経って、「照れてる場合じゃない!」と声をあげると箸を手に取った。
ニュッが残した分を口に運んでいく。
こういった残飯は、いつもツンが処理していた。
毎日、少なくとも1.5人分は食べていることになるのだが、
内藤が見た限りではツンが太る様子はない。
体質だろうか。
- 61
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:44:35 ID:8EBaTv7QO
ξ;゚ -゚)ξ「んー、やっぱり、ストレスとかで食欲わかないのかなあ……?」
( ^ω^)「それも、ちょっと違う気がするお」
ツンの言葉を否定する。
食欲がないわけでもなさそうなのだ。
幾度か、ニュッの腹が鳴っているのを聞いたことがある。
元より空腹感を覚えないというならまだしも、
腹を空かしていながら食事を我慢しているとなると――
( ^ω^)「ダイエットかお……?」
ξ;゚听)ξ「それは絶対にないと思うんだけど」
念のために言っておくと、これでも内藤は真剣だ。
内藤の鼻を小突き、ツンは物憂げな色を瞳に浮かべた。
ξ゚ -゚)ξ「……ニュッ君、一度病院で診てもらった方がいいのかしら……」
.
- 62
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:47:08 ID:8EBaTv7QO
( ´∀`)「病院行ったって無駄モナ、無駄」
モナーにニュッのことを相談したところ、ばっさり切り捨てられた。
それどころか、「そんな下らない話で読書の邪魔をするな」とさえ言われた。
(;^ω^)「だって原因も分からないんじゃ……」
( ´∀`)「遠慮してるらしいモナよ」
(;^ω^)「……は?」
ξ゚听)ξ「遠慮って?」
( ´∀`)「親が死んだってのに、元気に飯を食うなんて冷たい奴。
――みたいな。そういう風に考えてるみたいモナ」
( ^ω^)「……どうして分かるんだお」
( ´∀`)「前に読んでやった本に、そういう描写があったんだモナ。
それを見て以来、あんな感じに」
ξ゚听)ξ
( ^ω^)
ξ゚听)ξ「おい」
( ^ω^)「あんたのせいじゃないかお」
( ´∀`)「迂闊だったわ」
*****
- 63
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:49:14 ID:8EBaTv7QO
( ^ω^)「きっと、自分が両親の死を悲しんでいないんじゃないかと思われるのが
嫌だったんだおね、ニュッ君は」
( ^ω^)「僕には、幻嗅みたいに明確な『後遺症』があった。
僕と自分を比べてみて、余計に自分が薄情な奴に感じられたのかもしれないお」
ζ(゚、゚;ζ「それで、どうしたんです?」
デレは、ノートのページをめくった。
作中では、そのことについて描写されていない。
( ^ω^)「トラウマやストレスで食欲不振になったんじゃなく、
本人の意思で食べようとしてないだけだからねえ。
『放っとけば、その内我慢出来なくなるだろう』って祖父は言ってたお」
ζ(゚、゚;ζ「放っとくって……」
( ^ω^)「まあ……そう言われても、黙って見てるわけにもいかないおね。
どんどん痩せてっちゃうし、当然元気もなくなっていくし」
ζ(゚、゚;ζ「そりゃそうですよね」
内藤の言葉に頷きながら、サンドイッチをもう一つ口に運んだ。
中身は卵。マヨネーズの量が割合多い。
ζ(゚、゚*ζ「ニュッさん帰ってきたら、サンドイッチ詰め込んでやろう……」
(;^ω^)「昔の話だお、デレちゃん」
*****
- 64
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:55:37 ID:8EBaTv7QO
モナーへの非難はさておき、ニュッのために何をしたらいいかを3人で話し合った。
無理に行動する必要もないというモナーの意見に、ツンが真っ向から対抗する。
ξ゚听)ξ「体が出来上がってる大人ならともかく、ニュッ君は子供なのよ。
放っておくのは危険すぎるわ」
(;^ω^)「……説得出来ないかお。食べてもいいんだぞって」
( ´∀`)「お前らが思ってる以上にニュッは聡いモナよ。
ただ説得したところで、気を遣ってるだけなんだと悟られるのがオチだモナ」
ξ゚听)ξ「……何にせよひもじい気分のままじゃ思考もマイナス方向一直線だし、
そしたらますます自己嫌悪に陥って意固地になっちゃいそうじゃない?
まずは何か食べさせることから始めなきゃ」
(;^ω^)「でも食べてくれないんだおね」
ξ;゚ -゚)ξ「う。……ぜ、絶対に食べてくれるものとかない?」
( ´∀`)「……ガキといったら、お菓子モナ」
( ^ω^)「お菓子?」
( ´∀`)「いきなり飯を食えと押しつけても、今のニュッなら辟易するだけモナ。
お菓子とか、簡単につまめるものなら気軽に手を出せるかもしれんモナね」
なるほど、と内藤は感心した。
とにかく栄養をとらせなければと考えていたが、
それよりも何でもいいから食べさせることを優先すべきだ。
もしかしたら、それがきっかけで食事に興味を持ってくれるかもしれないし。
- 65
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 20:57:30 ID:8EBaTv7QO
――そんなわけで。
土曜日、午後3時。食堂。
内藤とツンに呼ばれたニュッは、テーブルの上に溢れ返る皿や箱を前に、
いまいち状況を理解していないのかきょとんとしていた。
(;^ω^)「……ニュッ君、どうだお!?
このチョコはクラスの女の子達が美味しいって言ってたし、
こっちのマシュマロは毎日売り切れるくらい人気らしいお!」
ξ;゚听)ξ「ゼリーいる? 味はいっぱいあるけど、りんご味がおすすめなんですって!
あっ、和菓子は好き? 大福は?
どっちが好きか分からなかったから、こしあんとつぶあん、両方用意したわ!」
(;^ω^)「甘いのが嫌なら、おかきとかお煎餅もあるお。
そうだ、僕ホットケーキ焼いたんだお! ちょっと焦げたけど」
ξ;゚听)ξ「私はドーナツ揚げたの! ちょっと焦げたけど」
(;^ω^)ξ;゚听)ξ「どう!?」
沈黙。
様子を見に来たモナーが、呆れた風に息を吐き出した。
( ´∀`)「だいぶ買ってきたモナね」
そうは言うが、これだけの量を買って余りあるほどの費用を出したのはモナーだ。
10万円も渡されたときは、一体どんな高級品を買わせるつもりなのかと戦慄した。
単にモナーの金銭感覚が狂っているだけだったが。
結局、金の大半は使わずじまい。
残りは小遣いとしてもらっていいのか、内藤はこっそり迷っている。
いや、それは置いといて。
- 66
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:01:56 ID:8EBaTv7QO
( ^ν^)「……」
ξ;゚听)ξ「……や、やっぱり……」
(;^ω^)「いらないかお……?」
内藤とツンの眉尻が下がる。
ニュッはテーブルの縁に掴まって背伸びをし、そこに並ぶ菓子を凝視した。
しばらくしてから、内藤達を見上げ、口を開く。
(*^ν^)「……食べる」
(*^ω^)ξ*゚听)ξ パァッ
2人の顔が輝いた。
ハイタッチを交わし、ぴょんぴょん跳ね回る。
内藤はニュッを抱え、幼児用の椅子に座らせた。
ξ*゚听)ξ「ど、どれから食べる? ホットケーキは温かい内がいいかも!」
(*^ω^)「メープルシロップはどれぐらい欲しいんだお!?」
喜色満面の2人に囲まれて、ニュッが怪訝な顔をする。
ホットケーキを一口食べると、おお、という歓声が両サイドから上がった。
- 67
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:04:23 ID:8EBaTv7QO
(;^ν^)「な、何……?」
( ´∀`)「お前ら、はしゃぎすぎてニュッが怯えてるモナよ。
……チョコ一個もらうモナ」
ニュッの頭を撫で、モナーは箱からチョコレートを一つ取り出した。
包みを剥がし、中身を口に放り込む。
( ´∀`)「ニュッがご飯やおやつを美味しそうに食べてくれるのが、
2人には嬉しいことなんだモナ」
( ^ν^)「……」
ξ*゚听)ξ「そうそう! ――ニュッ君、ホットケーキ美味しい?」
( ^ν^)「……美味しい」
ξ*゚ー゚)ξ「……良かった」
ツンがニュッを抱きしめ、モナーが俯き気味に笑う。
後ろから3人を眺めていた内藤は、モナーが優しい笑みを浮かべていることに驚いた。
関心がないような発言をしておきながら、彼も、ニュッを気にかけていたのかもしれない。
ちなみに、調子に乗ったツンが菓子を食べさせすぎたために、
ニュッが腹を下したというオチがあったことも述べておこう。
#####
- 68
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:07:21 ID:8EBaTv7QO
すぐに、とは行かないまでも、数日もすると
ニュッは充分な量の食事をとるようになった。
それは良しとして。
彼に関する問題は、もう一つあった。
車に――というより、交通事故に対する恐怖。
しかも、ニュッは、自分ではなく内藤が事故に遭うことの方を恐れているらしかった。
.
- 69
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:09:22 ID:8EBaTv7QO
( ;ν;)つ
ξ;゚听)ξ「あのねニュッ君、ブーンはもう学校行く時間だから……」
登校の準備をしている内藤の袖を掴んだまま放そうとしない日がある。
頻度で言えば月に二、三回ほどだ。
内藤が交通事故にでも遭って――両親のように「いなくなって」しまうのではないかと
怯えているのだろう。
(;^ω^)「ほら、昨日も一昨日も、無事に帰ってきたじゃないかお。
だから今日も大丈夫だおー。
僕のことは心配しないで、祖父ちゃんに本でも読んでもらっておいで」
( ぅν;)
物分かりはいい子である。
内藤が困っているのを察すると一応は頷いてくれるものの、
それでも不安は拭えないらしく、ツンと一緒にフェンスの前まで見送りに来る。
ツンが言うには、内藤が角を曲がるまでは目を離さないそうだ。
.
- 70
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:11:57 ID:8EBaTv7QO
( ´∀`)「――馬鹿らしい」
(;^ω^)「ば、馬鹿らしい!?」
で。
例によって、このジジイは内藤とツンの相談を軽くあしらった。
ξ;゚听)ξ「ニュッ君にもブーンにも、精神的な負担があるし……。
そもそもニュッ君の外嫌いを何とかしなきゃ、これから先、大変でしょう?
今はまだしも、小学校に入学した後とか考えると――」
( ´∀`)「僕にどうしろって言うんだモナ。
たとえばここに様々な事象の統計をまとめた本があるけれど、
これを見せて、人間が交通事故に遭う確率について懇々と説明すればいいモナ?」
(;^ω^)「そういうこと言ってんじゃ……」
結局、話はそこで打ち切られた。
当のニュッがモナーに朗読を頼みに来たからだ。
内藤とツンが部屋を出る。
モナーさんも悪い人じゃないんだけど、とフォローするツンに、内藤は苦笑いで応えた。
#####
- 71
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:13:16 ID:8EBaTv7QO
夜。
風呂から上がった内藤が自室のドアを開けようとしたとき、
丁度そこへ通り掛かったモナーに呼び止められた。
( ´∀`)「ホライゾン」
( ^ω^)「お?」
( ´∀`)「ほい」
一冊のノートが差し出される。
首を傾げつつ受け取ると、すぐに奪われた。
意味が分からない。
(;^ω^)「? 何なんだお?」
( ´∀`)「これでいいモナ」
(;^ω^)「だから何が……祖父ちゃーん」
用は済んだらしく、モナーはノートを脇に抱えて部屋に戻っていった。
本気で理解出来ない。まさか、ぼけたのではあるまいな。
薄気味悪く思いながら、内藤はドアノブを引いた。
- 73
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:19:49 ID:8EBaTv7QO
そして翌日。
支度を終えた内藤が玄関に向かうと、モナーとニュッ、ツンの3人が待っていた。
何事かとたじろぐ内藤に、モナーが笑いかける。
( ´∀`)「ホライゾンのお見送りモナ」
(;^ω^)「……はあ?」
ξ;゚听)ξ「何か、フェンスのところまで一緒に行きたいんですって」
いつもは「行ってらっしゃい」の一言もくれないモナーが見送りとは、
どういった風の吹き回しだ。
恐い。
微妙な空気のまま4人で林の中を歩いていき、フェンスを開ける。
きい、と甲高い音が鳴った。
- 74
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:22:20 ID:8EBaTv7QO
(;^ω^)「ええと……行ってきます」
ξ゚听)ξ「行ってらっしゃい」
( ^ν^)「……いってらっしゃい」
ニュッが胸の前で右手を振る。
すると、モナーが一歩前に出た。
( ´∀`)「いいモナか、ニュッ。ホライゾンは、とても運が強いモナよ」
( ^ν^)「?」
(;^ω^)「は? え? 何?」
( ´∀`)「絶対に、事故になんか遭わないモナ」
平素より変な人ではあるが、昨夜からは輪をかけて変だ。
何か、もう、逃げたい。
さっさと学校へ行こうと内藤は歩道へ踏み出した。
しかし、すぐに足が止まる。
左の方から一台の車が走ってきたのだ。
ここを通る者がいるとは珍しい。
- 75
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:23:19 ID:8EBaTv7QO
内藤が反射的にニュッへ振り返ろうとした、
瞬間。
( ´∀`)「よく見ておくモナ、ニュッ」
( ^ω^)「えっ」
モナーは、内藤を道路へ蹴り飛ばした。
.
- 76
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:26:58 ID:8EBaTv7QO
――内藤には、直後の数秒間の記憶がない。
気付くと道路の真ん中に座り込み、全開にした口で何度も荒い呼吸を繰り返していた。
顔を横に向ける。
数メートル先に停まっている車から、運転手が慌てた様子で飛び降りてきた。
ξ;゚听)ξ「……ブーン!」
(;^ν^)「兄ちゃん!」
ツンとニュッが駆け寄ってくる。
怪我はないかと問いながら、ツンは内藤の頭や背に触れた。
痛むところはない。敢えて言うなら、さっきから激しく跳ねる心臓が痛い。
( ´∀`)「ああ、ぶつかってないし、怪我とか全然ないから。大丈夫大丈夫。
急に飛び出した『あっち』が悪いモナ」
モナーは何ともないという顔で、運転手に「気にするな」と告げた。
どの口が言っているのだ、どの口が。
- 77
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:29:53 ID:8EBaTv7QO
運転手は困惑しながらも、腕時計を見るなり焦り出し、
何度も頭を下げてから車へ馳せ戻っていった。
遠ざかっていく車を見届け、内藤は、鞄を道路に叩きつける。
(;#゚ω゚)「ジジイこらぁああああああ!!!!!」
( ´∀`)「ほら、ニュッも見たモナね? この通りだモナ」
(;^ν^)「う、うん……」
(;#゚ω゚)「ニュッ君よりも僕に言うことあるだろうがおぉおおお!!」
これで放置するか、普通。
ぎゃあぎゃあ喚く内藤の横で、ツンが呆れた表情を浮かべた。
ξ゚听)ξ「……モナーさん、もしかして――」
何か言いかける。
だが、モナーが首を振ると、ツンは口を噤んだ。
( ´∀`)「ニュッは賢い子だから、今のがどれだけ『有り得ない』光景だったか
理解出来るモナね?」
(;^ν^)「……」
(#^ω^)「有り得ないって何がだお?
祖父が孫を道路に突き飛ばす光景かお?」
( ´∀`)「あれは僕の足が滑っただけモナ」
大変豪快な滑り方をしたものである。
怒っている自分が馬鹿らしく思えて、内藤は溜め息をついた。
先程の衝撃のせいか、血の臭いが鼻を刺激し始める。
手首につけていた香水を嗅いで心を落ち着けた。
- 78
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:31:35 ID:8EBaTv7QO
( ´∀`)「――あんな奇跡が起きるくらい、ホライゾンは強運なんだモナ。
だからニュッが心配する必要はないモナよ」
モナーはニュッに何を言い聞かせているのだろう。
内藤にはさっぱり分からないのだが、ニュッは納得したようであった。
( ^ν^)「……ほんとに?」
( ´∀`)「本当。何なら、もう一回試すモナ?」
(;^ω^)「勘弁してくれお!」
――ツンいわく。
「物理的に有り得ない動きで」、車は内藤を避けていったらしい。
この日以降、登校前の内藤をニュッが引き止めることはなくなった。
*****
- 79
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:33:17 ID:8EBaTv7QO
ζ(゚、゚*ζ「……それって……」
( ^ω^)「……」
物理的に有り得ない、奇跡。
そんなことを起こせるものは――
( ^ω^)「このときの僕には、何も分からなかったお。
けれど、……たしか、それから3ヶ月くらい後の、春だったかお」
*****
- 80
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:35:27 ID:8EBaTv7QO
唐突に本を読みたくなった内藤は、無断で書庫へと入った。
本当ならば、これこれこういった話が読みたい、とモナーかツンに伝えて
該当する本を持ってきてもらうのがルールとなっている。
だが、このときのモナーはニュッに朗読をしていたし、ツンは夕飯の支度をしていたため
手が空いていなかったのだ。
どうせ、こっそり借りてこっそり返せば誰も気付かない。
内藤はそう考えた。
( ^ω^)「ちょっとお借りしますおー」
部屋の奥に仕舞われているものほどモナーのお気に入り。
初めの頃に聞いた説明を覚えていた内藤は、迷うことなく奥へと進んでいった。
本が日焼けするのを防ぐためか、真昼間でもカーテンが引かれた部屋の中は、ひどく暗い。
目を凝らして、本の背表紙を眺める。
- 81
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:36:37 ID:8EBaTv7QO
( ^ω^)「……これにするかお」
惹かれるタイトルを見付け、静かに本棚から抜き取った。
表紙をめくる。
内藤の視界から、色が消えた。
- 82
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:39:05 ID:8EBaTv7QO
「――ん」
「――ぶ」
「――」
ξ;゚听)ξ「ブーン!」
次に視覚が捉えたのは、真上から見下ろしてくるツンの顔だった。
その後ろに天井。書庫の天井ではない。廊下だ。
(;^ω^)「おー……?」
頭が痛い。
何かで殴られたような。
頭頂部に触れてみると、僅かに腫れていた。
( ´∀`)「終わったモナ」
モナーの声。
腕を引っ張られ、内藤が起き上がる。
そこで、やっと自分が倒れていたことに気付いた。
- 83
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:42:03 ID:8EBaTv7QO
(;^ω^)「え? なん……」
( ;ν;)
(;^ω^)「あれえ!? 何でニュッ君泣いてんの!?」
隅っこで、ニュッが泣きながら座り込んでいた。
ツンが内藤から離れ、ニュッのもとに駆け寄る。
( ´∀`)「お前が泣かせたんだモナ」
(;^ω^)「僕!? おっ、覚えがないお――痛っ!!」
モナーが内藤の頭を叩く。
丁度こぶの部分に当たり、内藤は顔を歪めた。
( ´∀`)「僕らに断りなく書庫の本を触ったモナね」
(;^ω^)
ぎくり。
肩を跳ねさせる。
(;^ω^)「……ごめんなさいお」
おずおずと謝罪する内藤に、モナーは溜め息をついた。
見ると、彼の手には先程――と言っても、どれくらい前なのか――
内藤が棚から出した本があった。
( ´∀`)「だから勝手に触るなと言ったモナ」
(;^ω^)「……え?」
モナーが踵を返す。
説明するから来い、と言って歩き出すモナーの後を、急いで追った。
.
- 84
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:43:27 ID:8EBaTv7QO
(;^ω^)「いのち?」
( ´∀`)「あくまで例えモナよ。
実際にこの現象がどういった分類に入るかは分からんモナ」
食堂。
モナーの話に、内藤は素っ頓狂な声をあげた。
そうでもしなければ、やっていられないほど不可解な内容だった。
「内藤が触った本には命が宿っていた」だの、
「その本の欲求の赴くままに内藤は演じさせられた」だの。
――あまりにもファンタジーすぎる。
(;^ω^)「命って……だって、いや、……第一! どうやって本に命が宿るんだお!?」
この場に内藤とモナーしかいなければ、からかわれているだけだと判断していただろう。
しかし内藤の隣には、目を伏せて黙り込むツンがいる。
彼女までこんな下らない冗談に付き合うとは思えない。
まさか、真実だとでも言うのか。
- 85
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:47:28 ID:8EBaTv7QO
焦りと苛立ちに、内藤の声が自然と大きくなった。
斜向かいのニュッが、モナーの腕を掴む。
( ´∀`)「愛、かなあ……」
(;^ω^)「うわあああ急に気持ち悪いこと言い出した! やっぱり嘘かお!?」
愛って。
モナーは、首を捻りながら呻いた。
( ´∀`)「僕もよく知らんモナ。
ただ、こう――」
例の本を左手で持ち上げ、右手の人差し指を立てる。
その指で、表紙を小突いた。
( ´∀`)「触って、……ううんと。そうモナね。
念じると言うか。まあ何か意識を集中させると成功するモナ」
(;^ω^)「……、……」
声も出ない。
アバウトすぎる。
誰がそれで納得するというのだ。
- 86
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:49:31 ID:8EBaTv7QO
(;^ω^)「――んじゃあ、僕でもやれるっつうのかお?」
ξ゚听)ξ「無理よ。モナーさんにしか出来ないわ」
(;^ω^)「……何で」
ξ--)ξ「だから『愛』なの。
一般人よりも遥かに本を愛しているモナーさんだからこそ、
本に関するそういう力が身に着いたんじゃないかしら」
ξ゚听)ξ「事実、本以外のものに同じことをしても何も起こらないわ」
(;^ω^)「そんな――曖昧な。……非常識だお……」
( ´∀`)「『不思議なこと』に常識や理屈を求めるなんて野暮モナよ、ホライゾン」
(;^ω^)「……ツンは信じてるのかお」
ξ゚听)ξ「信じざるを得ないもの」
(;^ω^)「ニュッ君は?」
( ^ν^)「……信じる」
(;^ω^)「……」
- 87
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:52:35 ID:8EBaTv7QO
( ´∀`)「まあ、ホライゾンが信じられないのも無理はないモナ。
演じさせられてる最中のことを、ホライゾンだけ知らないんだし」
ξ゚听)ξ「逆に、全部見てたニュッ君は信じるしかないでしょうね。
酷かったわよブーン。ニュッ君のこと叩くし怒鳴るし」
(;^ω^)「ええええええええええ!!」
さっと血の気が引く。
同時に、ニュッが泣いていた理由が分かった。
内藤は即座にテーブルに手をつき、頭を下げた。
(;^ω^)「ごっ、ごめんなさいおニュッ君!!」
( ^ν^)「……兄ちゃんのせいじゃない」
( ´∀`)「いや、注意されてたにも関わらず書庫に侵入したホライゾンが悪いモナ」
ぐさり、モナーの言葉が突き刺さった。
やはりどうしても命だの何だのという話は信じられなかったが、
そうでもなければ自分がニュッに暴力を振るう筈がない。
だが、享受するのも難しい。いやいや。しかし。
――困惑する内藤を、モナーの手が撫でた。
- 88
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:53:39 ID:8EBaTv7QO
(;^ω^)「お……」
( ´∀`)「……無理に受け入れなくてもいいモナ」
たんこぶが痛かったが、されるがままにしておいた。
何だか落ち着く。
( ´∀`)「とりあえず、二度と無断で書庫に入らないように」
(;^ω^)「……はいお」
*****
- 89
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:55:39 ID:8EBaTv7QO
祖父――モナーが使う、魔法。
本に命を宿らせる。
そんな、まるで神様のような。
ζ(゚、゚;ζ「……モナーさんの意思によるものだったんですか」
( ^ω^)「だお。祖父は、いたく気に入った本にだけ命を与えていたらしいお」
( ^ω^)「……ああ、あと、生活する上で『魔法』を役立てたりもしたんだっけ」
ζ(゚、゚;ζ「生活する上でって、たとえば?」
( ^ω^)「些細なことだお。落とし物を見付けたいときには、
そのものずばり、落とし物を見付ける話をノートに書いて命を与え、
自分が主人公になる。……用が済んだらノートを燃やす」
( ^ω^)「僕を車道に押し出したときにも同じことをしてたんだお。
前日に渡されたノートには、車に轢かれそうになった僕が
無傷で助かるっていう話でも書いてあったに違いないお」
ζ(゚、゚;ζ「……なるほど、そういう使い方も出来るんですね。
私ならニュッさんやショボンさんが私に優しくしてくれる話を書きます」
( ^ω^)「デレちゃんの頭って、本当にすごく平和だおね。そこがいいんだけど」
褒められている気がしない。
というか多分褒めていない。
- 90
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 21:59:11 ID:8EBaTv7QO
( ^ω^)「……原理なんてものはさっぱり分からないけど――
敢えて言うなら、やっぱり、愛だったんだろうおね」
( ^ω^)「大事にしたものには命が宿る。
……ホラーとかじゃ、よく見る話だお」
その説明に、デレは何の抵抗も感じなかった。
既に、いやというほど不思議な体験をしてきた。
今更「現実的で論理的な説明を」などと騒ぎ立てる気もない。
( ^ω^)「……とはいえ、僕はなかなか信じきれなかったお。
やっぱり嘘なんじゃないかとか、みんなで口裏合わせてるんじゃないかとか……」
ζ(゚、゚*ζ「それが当然だと思います」
( ^ω^)「うん、ありがとうお。
……さて、デレちゃん」
内藤が、声を低めた。
デレと視線を絡める。
- 91
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 22:03:29 ID:8EBaTv7QO
( ^ω^)「ここからが、君が一番知りたがっていたことで――
僕らが一番知らせたくなかった、真実だお」
ζ(゚、゚;ζ「……!」
体が強張った。
ノートの上で、拳を握り締める。
覚悟はした筈なのに、心臓が、どくどくと暴れ回っている。
( ^ω^)「やめるかお?」
ζ(゚、゚;ζ「……聞きます」
( ^ω^)「……」
――まあ、どうせ、見当はついてるだろうけど。
そう囁き、内藤は微笑んだ。
- 92
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 22:05:16 ID:8EBaTv7QO
( ^ω^)「何だかんだで――ここで暮らし始めてから1年が経ったお」
組んだ足の上で頬杖をつき、小指の先で唇を叩く。
もう片方の手に持った写真を、ひらひら揺らした。
( ^ω^)「……いくつかの疑問は、見て見ぬふりをしてやり過ごしていたお。
ツンはいつから祖父と一緒だったのか、とか、
高校はともかく、中学校はどうしてたのか、とか」
( ^ω^)「デリケートな問題かもしれないから、なるべく触れないようにしたんだお。
……でも、『あること』に気付いてしまったお。
どうしても無視出来ないようなこと」
ζ(゚、゚*ζ「……」
写真。
そこに写っていたツンの姿を思い返し、デレは俯いた。
( ^ω^)「僕は、ツンの髪や爪が伸びたところを見たことがなかったんだお」
*****
- 93
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 22:07:23 ID:8EBaTv7QO
(´・ω・`)「じゃあ直接訊いたらいいじゃない」
事も無げに放たれた答えに、内藤は眉根を寄せた。
随分と簡単に言ってくれる。
(;^ω^)「どう訊けって言うんだお」
(´・ω・`)「『本当に人間ですか』って」
(;^ω^)「やだもうコイツ今すぐ出ていってほしい」
中学2年の夏休み。
1階のリビングで宿題をしながら、内藤とショボンはツンの「正体」について話していた。
他には誰もいないのだが、自然と小声になってしまう。
(´・ω・`)「そもそも、僕は最初から変だと思ってたんだよ。
現実味が薄いっていうかさあ。
人間っぽくない綺麗さっていうか。何て言うの、作り物?」
(;^ω^)「……」
内藤は、一瞬びくりと体を揺らした。
「作り物」。
自分も、初対面のときに同じ感想を抱いたのだ。
- 94
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 22:11:02 ID:8EBaTv7QO
(´・ω・`)「まあ、どうだっていいけどね。僕に害がないなら」
( ^ω^)「……お前、大物になるお」
(´・ω・`)「何を分かりきってることを……ん、誰か来たよ」
リビングのドアがノックされた。
入るわよ、と、ツンの声。
(´・ω・`)「おっと、噂をすれば」
(;^ω^)「頼むから黙っててくれお」
(´・ω・`)「残念。ブーンに代わって訊いてあげようと思ったのに」
ショボンの頭を叩く。
丁度ドアを開けたところだったツンが、目を丸くさせた。
彼女の手にはグラスとスイカの乗った盆がある。
ξ;゚听)ξ「喧嘩?」
(´・ω・`)「ブーンは、いつも人目のないところで僕を殴ったり蹴ったりするんだ」
(;^ω^)「してないお!」
ξ゚听)ξ「見損なったわ……」
(;^ω^)「だからしてないって!」
テーブルに盆を置き、ツンは笑い声をあげた。
分かってるわよ、と、麦茶の入ったグラスを内藤の前に移動させる。
- 95
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 22:13:11 ID:8EBaTv7QO
ξ゚ー゚)ξ「ブーンは優しいもの」
(;^ω^)「……そうかお」
ξ゚听)ξ「ショボン、スイカにお塩いる?」
(´・ω・`)「いるいる」
ξ゚听)ξ「分かる口ね。ブーンは絶対にいらないって言うのよ」
(;^ω^)「余計な味つけなんてするもんじゃないお」
(´・ω・`)「お前な、塩の偉大さは散々分かってるだろ、うちの店で」
ξ゚听)ξ「ああ、ラーメンの中じゃ塩ラーメンだけ美味しいんですって? ショボンのお家」
(´・ω・`)「そう。今度、ツンさんも食べにおいでよ」
ξ゚听)ξ「考えとくわ。……ブーン、ちょっとでいいから食べてごらん」
(;^ω^)「……」
スイカに塩を散らし、ツンは内藤の口元に差し出した。
ラーメンに胡椒だとか、スイカに塩だとか、そういった類の食べ方は何となく苦手だ。
そのままで充分美味しいものに、さらに調味料を加えてどうするというのか。
量の調節を間違えたら大惨事なのに。
- 96
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 22:14:51 ID:8EBaTv7QO
ξ゚听)ξ「美味しくなかったら私が食べるから」
(´・ω・`)「ここまで言ってるのに断るわけないよねブーン」
(;^ω^)「むむむ」
内藤は渋い顔をしながら、恐る恐るスイカを齧った。
しゃくり、と涼しげな音がする。
ξ゚听)ξ「どう?」
( ^ω^)「……」
( ^ω^)「美味しいお」
もう一口。
美味い。
食わず嫌いほど損をしやすいものはないなと実感した。
ツンの手からスイカを受け取り、しゃくしゃくと頬張っていく。
用意されていた小皿に種を吐き出し、再び「美味しい」とツンに告げた。
ツンが、嬉しそうに笑う。
ξ*゚ー゚)ξ「でしょう?」
(;*^ω^)
きゅっと内藤の胸が痛み、
ぎゅっと唇がとんがった。
- 97
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 22:16:08 ID:8EBaTv7QO
頬の熱を誤魔化すために顔を逸らし、麦茶を呷る。
グラスがかいた汗が、テーブルに水の円を描いていた。
――こんなに綺麗に笑える人が、作り物な筈がない。
作り物であってほしくない。
.
- 98
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 22:17:06 ID:8EBaTv7QO
そうだ。
そんなわけないじゃないか。
( ´∀`)「――お前らが来てから1年になるし、隠すのもやめるモナ。
どうせ、もう勘づいてきてたモナ?」
絶対に。
- 99
名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 22:17:57 ID:8EBaTv7QO
( ´∀`)「……ほら、これ、見てみるモナ。
大丈夫、生きてる本だけど、ホライゾン達が演じさせられることはないモナ」
だって。
笑ってた。
にこにこ、あんなに綺麗に。
( ´∀`)「前に話したモナね。『本』は、相応しい役者を見付けられなかった場合、
直接自分の中から登場人物を外に出す――」
綺麗すぎるくらい、綺麗に。
- 100 名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 22:18:43 ID:8EBaTv7QO
( ´∀`)「……そうそう、その通り。
やっぱりニュッは賢いモナね」
ツン。
やっぱり。
やっぱり、ツンは。
.
- 101 名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 22:20:30 ID:8EBaTv7QO
( ´∀`)「ツンは、本から生まれた子なんだモナ」
( ω )
.
- 102 名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 22:21:15 ID:8EBaTv7QO
「作り物」なんだ。
.
- 103 名前:29日・30日「納涼夏祭り」:2011/08/27(土) 22:22:06 ID:8EBaTv7QO
第九話 続く
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