- 261 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:21:06 ID:Yj2McwuAO
彼はパソコンの前に座っていた。
盛岡デミタス、と打ち込み、検索。
数件ヒットする。
検索結果、一番上を開く。
小さなコミュニティの、数人で回っている掲示板だった。
日付を見るに、昨年の書き込み。
『誰か盛岡デミタスって作家知ってる?』
『シラネ』
『ググっても出てこないんだけど。名前間違ってんじゃないの』
『間違ってねーよ。今日うちにその作家の本売りに来た客がいたんだよ。
中身手書きだし、素人が書いた本なのかも』
『買い取ったの?』
『値段つけられないから、買い取りってか引き取りに近かったな』
『その客が書いたやつだったんじゃね』
『そうなんかな。この本どうしよう。無料ってことにして置いとくか』
- 263 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:22:52 ID:Yj2McwuAO
そこから話題は別の方向へ移っていった。
スクロール。
再び、盛岡デミタスの名前が出た。先程の書き込みの数日後だった。
『今日あの本貰われてった』
『どの本だよ』
『盛岡デミタス?』
『それ。めちゃくちゃ可愛い女の子が持ってった。
くるくるってした金髪の子で、すっげー可愛かった。
にやけ面の男が一緒だったけど恋人かな。世の中不公平だ』
検索結果のページへ戻る。
他のも見てみたが、盛岡デミタスに関する明確な情報は得られなかった。
手元にある本を撫でる。
赤い表紙。
黒いラベルに白い文字でタイトルと著者名が記されている。
タイトルと「盛岡デミタス」の二つのキーワードで検索し直したが、
今度は何も引っ掛からなかった。
パソコンの電源を落とす。
本を抱えて、席を立った。
- 264 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:25:31 ID:Yj2McwuAO
( <●><●>)「ビロード。帰りますよ」
( ><)「あ、はい! お父さん、調べ物終わったんですか?」
( <●><●>)「ええ。もう充分です」
( ><)「分かったんです!」
( <●><●>)「こら、走らない。はしたないですよ。女の子は静々と歩くものです」
(;><)「うう、ごめんなさい……」
( <●><●>)「さあ、行きますか」
( ><)「はい。――お父さん、何を調べてたんですか?」
( <●><●>)「いえ……ちょっとね」
脇に抱えた本を見下ろし、彼は、小さな図書館を出た。
- 265 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:26:04 ID:Yj2McwuAO
第七話 あな気難しや、ミステリ小説・前編
.
- 266 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:27:20 ID:Yj2McwuAO
ζ(゚、゚;ζ
私は、懐中電灯に照らされている目の前の光景が、ひどく現実離れしたものに思えました。
死んでいるのか、生きているのかも分からなかったけれど、
「その人」から血が溢れていることだけは分かります。
(;><)「……なんで……」
ζ(゚、゚;ζ「ビロードちゃん……!」
「その人」の、すぐ傍。
パジャマや手を真っ赤に染めた女の子。ビロードちゃん。
彼女に駆け寄って、顔を隠すように抱きしめました。
まだ幼い少女に、こんなショッキングなものを見せ続けるわけにはいきません。
- 267 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:28:12 ID:Yj2McwuAO
部屋に上がり込んだ誰か――ニュッさんが、電気をつけました。
明るくなる室内。
はっきりと視界に入り込んだ、「その人」。
そして、「その人」の向こう側、壁際に立ち尽くす、
( ^ω^)「――え?」
内藤さん。
彼の手には。
( ^ν^)「兄ちゃん」
ξ゚听)ξ「……何で、そんなの持ってるの……?」
血まみれの包丁。
.
- 268 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:28:42 ID:Yj2McwuAO
――少し、長くはなりますが。
事の次第を説明しましょう。
始まりは、私がクックルさんに呼び出された辺りから。
*****
- 269 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:31:06 ID:Yj2McwuAO
12月28日。あと3日で2010年も終わる。
そんな昼下がり、長岡デレは、いつものようにVIP図書館を訪れた。
補習を終えて帰宅した彼女が軽く昼食をとっていたときに、
図書館から電話で呼び出しがかかったのである。
相手は「作家」の堂々クックル。
ちょっとした用があるのだが、良ければ今日の内に来てくれないか、と。
二つ返事で承諾し、食事を手早く済ませ、すぐに図書館に向かい――今に至る。
ζ(゚ー゚*ζ「お邪魔しまーす!」
(*^ω^)「いらっしゃいお」
扉を開けて中に入ると、内藤ホライゾンとツンの2人が目に入った。
椅子に腰掛けて紅茶を飲んでいる。
コートを脱ぎながら、デレは会釈した。
- 270 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:34:16 ID:Yj2McwuAO
ξ゚听)ξ「こんにちは、デレ」
ζ(゚ー゚*ζ「こんにちは! クックルさんに呼ばれたんですけど……」
( ^ω^)「2階にいるおー」
ζ(゚ー゚*ζ「2階ですね、お邪魔します」
カウンターの奥に行き、階段へ通じるドアへ手を伸ば――そうと、した瞬間。
勝手に、ドアが開いた。
ζ(゚ー゚;ζ「ぎゃっ!」
( ^ν^)「あ?」
現れたのは内藤ニュッ。
「ぎゃっ」とは何だ、とデレを睨む。
( ^ν^)「人の顔見て悲鳴あげるとは失礼な奴だな」
ζ(゚、゚;ζ「いや別にニュッさん見てびっくりしたんじゃな……ぎゅぶっ」
片手で両頬を圧迫された。唇が突き出る。
とてつもなく間抜けな顔になっているであろう。恥ずかしい。
- 272 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:37:19 ID:Yj2McwuAO
ζ(゚ε゚;ζ「ちょぼっ……にゅ、にゅっしゃんっ、しゅ、しゅみましぇっ」
( ^ν^)
( ^ν^)「く」
ニュッはしばらくデレを眺めていたかと思うと、
手を離し、慌てた様子で後ろを向いた。
肩が震えている。
ζ(゚、゚;ζ「ひっ、人の顔見て笑うとは失礼な!」
( ^ν^)「……ぶっっっさいく」
ζ(゚、゚;ζ「酷い! 今のはニュッさんがやったんじゃないですか!」
(;^ω^)「こらこらニュッ君……。――わざわざ下りてきて、どうしたんだお?」
( ^ν^)「紅茶飲みに来た。クックルが厨房に入れてくんねえ」
ξ゚听)ξ「ああ、なるほど。おいで」
( ^ω^)「余分にカップ用意しといて良かったおー」
ζ(゚、゚#ζ「……ニュッさんのバーカ!」
ニュッが内藤達のもとへ行く。
デレは頬を摩りながら捨て台詞を残し、階段へ駆け込んだ。
- 273 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:38:51 ID:Yj2McwuAO
( ^ω^)「……」
カップを口元で傾け、内藤は、隣に座るニュッを横目に見た。
彼があんな風に図書館の住人以外の異性とじゃれ合うなど、
少し前までなら考えられなかったことだ。
微笑ましいといえば微笑ましいし、喜ばしくもあるのだが、
その分、複雑な感情が沸いてくるのも事実。
他人と関わるのが下手なニュッに好意を抱いてくれているデレの存在は、
従兄弟――よりも、「兄」の方が感覚としては近い――の内藤には大変ありがたい。
是非とも、もっと仲良くなってほしいのだが。
そうなったらそうなったで、後が恐い。
( ^ω^)(……どうしたもんかお)
最近、内藤の胸中に渦巻く不安がある。
未だ彼女に知らせていない「事実」が白日の下に晒されたとき、
彼女は何を感じるのだろう。
- 274 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:40:34 ID:Yj2McwuAO
ξ゚听)ξ「ブーン、おかわりは?」
( ^ω^)「ん。お願いするお」
先程のデレの姿を思い浮かべる。
セーターにジーンズ。至って普通の格好。
怪我をしてから、デレは私服で足を出すことがなくなった。
以前訊ねたときには寒いからだと答えられたのだが、それだけではない筈だ。
傷跡を隠すためか、あるいは「また転んだら」と危惧しているかのどちらか、
はたまた両方だと内藤は考えている。
フラッシュバックする光景。鞄と道路に散った血痕。
内藤は口を手で覆った。
血は――駄目なのだ。嫌な記憶を呼び起こすから。
ξ゚听)ξ「どうしたの?」
( ^ω^)「……いや。何も」
その記憶に関しても、いずれデレの知るところとなる。
深々と、溜め息をついた。
*****
- 275 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:41:27 ID:Yj2McwuAO
2階に上がる。
クックルはどこにいるのだろう。
うっかり聞き忘れた。
ζ(゚、゚*ζ(食堂かな)
とはいえ、おおよその想像はつく。
厨房がどうのこうのとニュッが言っていたし。
それにまさかクックルの部屋に呼び出されるわけが――
ζ(゚、゚*ζ
――部屋。
どくん。
胸が高鳴った。
数日前。内藤の友人、遮木ショボンの事務所で話した内容が脳裏を過ぎる。
ニュッか内藤の部屋に。
全てを知る手掛かりが。
- 276 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:42:50 ID:Yj2McwuAO
ζ(゚、゚;ζ
振り返る。
内藤らが上がってくる気配はない。
前を向く。
誰もいない。
下を見る。
踏み込みに並ぶ靴の数が少ない。何人か出掛けているのだろう。
鼓動が速くなった。
今。
今なら。もしかして。
そっと靴からスリッパへ履き替え、慎重に足を踏み出した。
これまで進んだことのない、前方――ずらりとドアが並ぶ廊下に向かう。
手前、右側の部屋のドアに、貞子と書かれたプレートが下がっている。
山村貞子の部屋だ。
その向かいは恐らくハロー・サン。ネームプレートは掛かっていなかったが、
銀色の、猫型のシールがドアの真ん中に貼られていた。
- 277 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:43:41 ID:Yj2McwuAO
耳を澄ましながら進む。
貞子の部屋の隣に、「でぃ&しぃ」というプレートがあった。
椎出姉妹は2人で一部屋を共有しているらしい。
向かいに茂等モララーの部屋。
その隣がクックル――
そのとき。
椎出姉妹の隣の部屋、「デミタス」と彫られた板が括られているドア。
それが、ゆっくりと開いた。
- 279 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:45:01 ID:Yj2McwuAO
ζ(゚、゚;ζ「わっ!」
(´ _ゝ `)
男が、立っていた。
顔が黒い。
色黒というわけではなく――まるで、インクか何かを塗りたくったかのように汚れている。
反対に、手が白い。
色白なわけでもない。手のみが綺麗だから、対比で白く見えるだけだ。
手には大事そうに抱えられた本が一冊。
赤い外装。
作家だ。
デレが今まで会えなかった、最後の1人。
- 280 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:47:19 ID:Yj2McwuAO
ζ(゚、゚;ζ「……!」
――君が会っていない、「図書館の人間」――
ショボンが言うところの、「鍵」。
(´ _ゝ `)
ζ(゚、゚;ζ「……あのう……」
声をかける。
返事はなし。
(´ _ゝ `)
目の焦点が合っていない。
男が一歩、動いた。
ふらり。
足が揺れる。
- 281 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:49:50 ID:Yj2McwuAO
ζ(゚、゚;ζ「――あっ」
デレが反応する間もなく、男は倒れた。
受け身は一切とらず、けれど本を守るように腕を頭の上に伸ばして。
顔面から、廊下に倒れた。
ζ(゚、゚;ζ「だっ……大丈夫ですか!?」
男の傍に膝をつき、呼びかけた。
肩を揺らし、頬を叩く。
強烈な臭いが鼻を突いた。
インクや汗やコーヒー、色々な臭いが混ざったような。
身に着けている服をよく見れば、夏用のもの。
肌も服も汚れているし、もしかしたら長いこと――下手をすれば夏から――入浴どころか
着替えすらしていないのではなかろうか。
デレが図書館に通い詰めた約3ヶ月間、影すら見なかったぐらいだから、
ずっと部屋に篭っていたとしてもおかしくない。
ζ(゚、゚;ζ「すみません、あの――誰か! クックルさーん!?」
(;´ _ゝ `)「……うう……」
抱え上げようとしたが、デレの力では足りなかった。
男が呻く。
デレが大声をあげると、ハローが彼女の部屋から飛び出してきた。
- 282 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:53:30 ID:Yj2McwuAO
ハハ ロ -ロ)ハ「デレ?」
ζ(゚、゚;ζ「あ、ハローさん! この人が……」
駆け寄ってきたハローは、デレが抱えようとしている男を見るや足を止めた。
その後ろ、食堂方面の廊下からクックルがやって来る。
( ゚∋゚)「デレか? どうした?」
ハハ ロ -ロ)ハ「デミタス」
(;゚∋゚)「……ああ。――ドーナツあったっけか」
ハローの答えで、全て察したらしい。
さっさと踵を返し、右手を振る。
(;゚∋゚)「デレ、そいつ最低でも3……4ヶ月は風呂入ってないし着替えてない筈だから
触らなくていいぞ」
ζ(゚、゚;ζ「そんなこと気にしてる場合じゃ――」
ハハ ロ -ロ)ハ「大丈夫デスヨ、デレ」
ζ(゚、゚;ζ「え?」
クックルが早足で来た道を戻る。
直後、男が口を開いた。
(;´ _ゝ `)「……コーヒーと……ドーナツを……」
ハハ ロ -ロ)ハ「コーヒー飲んだら、スグ元気になりマスカラ」
*****
- 283 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:56:15 ID:Yj2McwuAO
(*´・_ゝ・`) モグモグモグ
(*´・_ゝ・`) ゴクゴクゴク
(*´>_ゝ<`) プハー
(*´・_ゝ・`)「っあ゙あ! 生き返った」
廊下のど真ん中。
クックルが用意したコーヒーとドーナツを完食した男は、手の甲で口を拭った。
口を拭ったというより、顔の汚れを広げただけに見えるが。
ハハ ロ -ロ)ハ「サッサトお風呂入ってクダサイ」
(´・_ゝ・`)「まずニュッ君に本を」
( ゚∋゚)「異臭撒き散らしてたらニュッ君も近付いてこないぞ。
本なら俺が渡しておくから風呂行け」
(´・_ゝ・`)「ああ、じゃあ頼んだよクックル……。――ええと、そちらは」
男がデレに視線を注いだ。
困惑の色がちらついている。
長岡デレです、と自己紹介し、会釈した。
(´・_ゝ・`)「デレさんか。すまないね、迷惑をかけて。僕は盛岡デミタスといいます。
クックル、後で着替え持ってきて……」
( ゚∋゚)「はいはい」
盛岡デミタスは、ドーナツの乗っていた皿とコーヒーカップをハローに渡すと、
風呂に入ってくると言い残して廊下を歩いていった。
- 284 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 22:58:25 ID:Yj2McwuAO
その背中をぼんやり眺めていたデレの肩を、クックルが叩く。
( ゚∋゚)「デレ、食堂に来てくれるか」
ζ(゚、゚*ζ「あ。はい……」
ハハ ロ -ロ)ハ「食堂で何するノ?」
ニュッと内藤の部屋に入るのは、結局失敗に終わった。
残念なような――ほっとしたような。
( ゚∋゚)「この間のプレゼントの礼だ」
ζ(゚ー゚*ζ「ああ……でも、あれ、私は結局お金あんまり出してないんですよ。
一緒に選んだだけで」
( ゚∋゚)「選んでくれただけで充分嬉しいさ」
クックルには腕時計を贈ったのだったか。
今も左手首に着けられている。
ハハ ロ -ロ)ハ「アー。デレ、ワタシともデートしてクダサイー」
ζ(゚ー゚*ζ「今度しましょうねー」
ハハ*ロ -ロ)ハ「ヤッタ!」
( ゚∋゚)「ハロー、食器落とすなよ」
ぎゅうぎゅうとハローがしがみついてくるので非常に歩きづらい。
何度か転びそうになりながらようやく食堂に辿り着く。
- 286 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:01:19 ID:Yj2McwuAO
ほのかに甘い香りが漂った。
食堂の扉を開き、クックルが言う。
( ゚∋゚)「ケーキを作ってみた」
ζ(゚ー゚*ζ「ケーキ!」
ハハ ロ -ロ)ハ「寒いー」
( ゚∋゚)「ちょっと諸事情で暖房を止めてるんだ」
テーブルに本を置いたクックルはハローから食器を取り上げ、厨房へ引っ込んだ。
適当な席に着き、デレが待機する。隣にはハロー。
少ししてクックルが戻ってきた。
ケーキの乗っかった皿と、ミルクティーの入ったカップがデレの前にやって来る。
ζ(゚ー゚;ζ「うおお……」
本当に素人の手作りなのか、これは。
1人で食べ切れるかどうか、小振りのホールケーキ。
チョコレートでコーティングされていて、つやつやと滑らかな光沢がある。
縁取る生クリームとのコントラストが美しい。
特筆すべきは、中央に鎮座する、所謂飴細工。
小鳥の形をした白い飴が一つ。
その鳥を、琥珀色の網――鳥篭をイメージしているのかもしれない――が囲んでいる。
琥珀色の方は糸飴というやつだろうか、指先で突いただけで崩れてしまいそうなほど
細やかで繊細な作りだ。
暖房をつけていないのは、これのために違いない。
少しでも熱に触れれば崩れてしまうだろう。
- 287 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:02:03 ID:Yj2McwuAO
ζ(゚ー゚;ζ「すご……」
ハハ*ロ -ロ)ハ「キレイ」
( ゚∋゚)「ちょっと頑張ってみた」
ζ(゚ー゚;ζ(『ちょっと』なんだ……)
そういえばこの男、とても手先が器用なのだった。
デレは携帯電話のカメラでケーキを四方から撮影し、
気が済んでからようやくフォークを手に取った。
ζ(゚ー゚*ζ「勿体ないけど、いただきます」
( ゚∋゚)「持ち帰るための箱も用意してあるし、無理に全部食べなくてもいいからな」
ζ(゚ー゚*ζ「はい!」
飴細工に触れないよう、慎重にフォークを通す。
かりっとした表面の感触を過ぎると、後は、すうっと静かに沈み込んだ。
- 288 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:04:10 ID:Yj2McwuAO
( ゚∋゚)「ああ、それでな、デレ」
ζ(゚ー゚*ζ「何でしょう」
( ゚∋゚)「キュートのことなんだが」
手が滑る。
網の一部が折れ、飴細工が崩れた。
ζ(゚д゚;ζ「ああっ! 壊れた!」
ハハ ロ -ロ)ハ「アー」
( ゚∋゚)「どうせ後で食べるんだからいいじゃないか」
ζ(゚、゚;ζ「そ、それはそうなんですけどお……」
クックルの口から素直キュートの名前が出たことに、デレは少なからず動揺した。
つい先程ショボンとの話を思い出したことで、過敏になっていたようだ。
――クックルとキュートは結ばれない。
それが、この図書館が抱え込む秘密に関係しているという。
- 289 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:06:16 ID:Yj2McwuAO
ζ(゚、゚;ζ「……」
デレは、じっと飴細工を見下ろした。
ほんの少し突いただけで崩れてしまう。
かといって黙って眺めていても、いずれは壊れる。
デレが動こうと、動かまいと。
いつか『それ』が転がり出てきて、デレに何かしらの影響を与えるのだとしたら。
それなら、まだ自ら行動に出た方が、心の準備もしようがあるというものだ。
問題はタイミング。
じっくり機会を待てとショボンは言っていたが、それをデレが見極められるか否か。
( ゚∋゚)「デレ?」
ζ(゚、゚*ζ「あ、はい」
( ゚∋゚)「聞いてたか?」
ζ(゚、゚;ζ「……すみません、もう一回。ぼうっとしてました」
( ゚∋゚)「ああ。キュートはあれから姉さんと仲良くやれてるのか、と訊いたんだが」
ζ(゚ー゚*ζ「ええ、クリスマスに一緒に美味しいもの食べて、仲直りしたらしいですよ」
( ゚∋゚)「そうか。なら良かった。
いつでもいいからキュート連れてこい。またケーキ作るから」
ζ(゚ー゚*ζ「了解です!」
- 290 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:08:00 ID:Yj2McwuAO
クックルはデミタスから預かった本を拾い上げると、
ちょっと行ってくると言い、食堂を出ていった。
扉が閉まる。
デレはケーキを口に運んだ。
ぱきぱきと小気味よく砕けるチョコレートに、しっとりとしたスポンジ。
淡泊なクリームがケーキの甘みを包み、口の中で程よい味にしてくれる。
美味しい。
秘密がどうのこうのといった悩みは一旦置いて、
デレは目の前のケーキに夢中になった。
ハハ ロ -ロ)ハ「ワタシもデレへのお返し考えナキャ……」
ζ(゚ー゚*ζ「ですから、私はお返しもらうほどのことしてませんよ。
ほら、ハローさん口開けて。あーん」
ハハ*ロдロ)ハ「アーン」
*****
- 291 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:09:37 ID:Yj2McwuAO
( ^ω^)「デミタス出てきたのかお。4ヶ月ぶりくらいかお?」
( ゚∋゚)「今回はスランプ長かったな、あいつにしては」
ξ゚听)ξ「モララーとデミタスはハマると長引くからね」
( ^ν^)「モララーは元々遅筆だけどな」
1階。
内藤は、ニュッに本を渡しに来たクックルから
デミタスが部屋から出てきたとの報告を受けた。
デミタスには、執筆の間は部屋に篭りきる癖――癖というか、もはや習性――がある。
トイレ以外の用では出てこない徹底ぶりで、
書き始める前には大量の飲食物を部屋に運び込む。
デミタスの部屋は今、ごみやら何やらでとんでもないことになっているであろう。
自分で片付けろと言っても聞かない。どうせ内藤かクックル辺りが掃除する羽目になる。
内藤は、憂いの息を吐き出した。
( ゚∋゚)「それじゃあ、デミタスの着替えを用意してくる」
( ^ω^)「頼んだおー」
クックルが2階へ戻るのを、3人で見送る。
と、その直後。
( ^ω^)「お?」
内藤の携帯電話が鳴り響いた。
*****
- 292 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:12:23 ID:Yj2McwuAO
(´・_ゝ・`)「いやはや、本当にすまなかった」
デレがケーキをハローと分け合い、3分の2ほど食べ終えた頃。
盛岡デミタスが食堂へやって来た。
シャワーと着替えで小ざっぱりした彼は、至って普通の中年だった。
デレの父と大体似通った年頃に見える。
恐らく40代。
クックルに入れてもらったコーヒーを美味そうに飲んでいる。
(´・_ゝ・`)「しかしまさか4ヶ月も経ってたとは……。
驚いたよ、見知らぬ女の子がいるもんだから」
( ゚∋゚)「多分デレの方が驚いてただろうよ」
ζ(゚ー゚;ζ「ええ、まあ……」
ハハ ロ -ロ)ハ「執筆終わった後のデミタスは、ちょっとしたモンスター状態デスカラね」
モンスター。言い得て妙だ。
デレが吹き出すと、酷いなと言ってデミタスが笑った。
この和やかな空気に、デレは少し感動した。
変人の多い図書館はどうにも騒がしくなりがちで、
こんな風にゆったり落ち着けることなど滅多にない。
まあ、賑やかなのも楽しくはあるのだが。
- 293 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:13:52 ID:Yj2McwuAO
( ゚∋゚)「……ん?」
不意にクックルが扉へ振り返った。
どうしました、とデレが問う。
( ゚∋゚)「いや、何か向こう側がやかましい……」
クックルが立ち上がった、瞬間。
(´・ω・`)「デーレちゃん!」
扉が開き、男が現れた。
八の字眉。トレンチコート。遮木ショボン。
――さようなら憩いの時間。こんにちは狂騒。
- 294 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:15:44 ID:Yj2McwuAO
ζ(゚ー゚;ζ「しょ、ショボンさん」
(´・_ゝ・`)「久しぶりだねショボン君」
(´・ω・`)「おう、デミタスのおっさん出てきたのか。
さあデレちゃん、ちょっと来てもらおう」
ζ(゚ー゚;ζ「どこに……きゃあっ!」
ずかずか近付いてきたショボンは、デレの腕を掴み、無理矢理立ち上がらせた。
開け放した入口から内藤が飛び込んでくる。
(;^ω^)「ショボン!」
(´・ω・`)「デレちゃんは一緒に来てくれるそうですよお。
さあ、どうする? 僕とデレちゃんの二人旅になっちゃうよ?」
(;^ω^)「こ、この下衆がぁあ……!」
ζ(゚ー゚;ζ「? ぐえっ」
後ろからデレの首に腕を回し、ショボンは内藤に何か言い始めた。
話についていけないデレはぽかんとするばかりだ。
- 295 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:17:50 ID:Yj2McwuAO
(´・ω・`)「どうしてもブーンが嫌だってんなら無理強いはしない。
僕もデレちゃんという助手がいるから、大して困らないしね」
(´・ω・`)「でもなあ。デレちゃんだしなあ。
僕の与り知れぬところでトラブルに巻き込まれそうだなあ」
(;^ω^)「お前は……お前はクズだお……!」
(´・ω・`)「はは、今更」
クックルやハロー、デミタスも状況を把握出来ずに固まっている。
それに反し、デレを挟んだ内藤とショボンの睨み合いはクライマックスに達した。
置いてけぼり感が半端ない。
(;^ω^)「くそっ!」
(´・ω・`)「どうするの? ブーン君」
(;^ω^)「……」
(´・ω・`)「ん?」
(;^ω^)「――僕も……行くお……」
(´・ω・`)「よし来た。そうと決まれば早速出発だ」
- 297 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:19:59 ID:Yj2McwuAO
(;^ω^)「今から!?」
(´・ω・`)「早い方がいいだろ、回収は。いつ演じさせられるか分かんないし、
特に今回は――デミタスの本だしね。万が一、があるかもしれない」
ζ(゚ー゚;ζ「あ、あのう……」
(´・ω・`)「デミタス。折角だし、お前も来い」
(´・_ゝ・`)「え? 何?」
(´・ω・`)「ちんたらしない。そら来いやれ来い。寒いからコート着ろよー」
引きずられていくデレとデミタス、慌てて後を追う内藤。
彼らが食堂を出ていくと、残されたクックルとハローは顔を見合わせた。
( ゚∋゚)「……本が見付かった、のか? あの様子だと」
ハハ ロ -ロ)ハ「みたいデスネ」
( ゚∋゚)「相変わらず行動が急だな、ショボンは」
ハハ ロ -ロ)ハ「デスネ。……ねえクックル」
( ゚∋゚)「ん?」
ハハ ロ -ロ)ハ「デレが残したケーキ食べてイイ?」
( ゚∋゚)「……ああ。多分、本の回収が終わったら普通に家に帰るだろうしな」
ハハ*ロ -ロ)ハ「ワーイ」
*****
- 298 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:22:07 ID:Yj2McwuAO
デレ達は、3列シートのミニバンに乗せられた。
運転席にショボン、助手席に内藤。
その後ろにツンとデレが並び、さらに後ろにニュッとデミタス。
内藤は口元をひくつかせる。
(#^ω^)「……てんめえ……最初から僕達まとめて連れてくつもりだったお……?」
(´・ω・`)「何を言い出すのやら。人聞きの悪い」
(#^ω^)「わざわざミニバン用意したってことは、そうだろうがお!」
(´-ω-`)「……まあ、本当はデミタスじゃなくてクックル連れてくるつもりだったんだけどね。
デミタス出てきてるとは思わなかったよ」
(´・_ゝ・`)「まさか僕も引きこもり脱却早々ドライブさせられるとは思わなかった」
( ^ν^)「帰りてえ」
(#^ω^)「あー! ちっくしょう、1人で行けお1人で!」
(´・ω・`)「1人じゃ心細いんだもの」
(#^ω^)「こーこーろーぼーそーいい!?
はあーショボン君の口からそんな言葉がよく出てきたもんだおー!」
ξ゚听)ξ「ブーン静かにして」
- 299 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:23:15 ID:Yj2McwuAO
ζ(゚ー゚;ζ「……ショボンさあん……」
(´・ω・`)「何?」
ζ(゚ー゚;ζ「どこに行くんですか?」
(#^ω^)「あっ、それだおそれ、どこ連れ去る気だお!?」
(´・ω・`)「んー、まあ大雑把に言うなら」
赤信号。
ブレーキを踏む。
ショボンは前方を向いたまま、言った。
(´・ω・`)「お隣りの県」
(#^ω^)「は?」
.
- 300 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:24:24 ID:Yj2McwuAO
一昨日、ショボンの事務所へ電話がかかってきたのだという。
相手は近県に住んでいる探偵仲間であった。
(´・ω・`)『本? 盛岡?』
その探偵は、ある家の人間から仕事を依頼された。
実際に家に上がって話を聞いたそうなのだが――
『盛岡デミタスだったかな。
お前言ってただろ、聞いたことない作家の本見かけたら教えろって』
そこの住人が、盛岡デミタスの名が記された本を持っていたらしい。
ショボンは顎を撫で、眉を寄せた。
(´・ω・`)『ふむ。盛岡デミタス? 聞いたことないね、興味沸いてきた』
嘘をつく。
赤の他人に図書館云々の話をするわけにはいかないが、「本」の情報は欲しい。
そのため、誰も知らぬような、マイナーな作家の本を集めるのが趣味なのだと
周囲に触れ回っているのである。
ちょくちょく無関係な本の報告を受けるが、
たまに、こうして「当たり」を引くこともあるにはある。
- 302 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:26:20 ID:Yj2McwuAO
『そう言うと思った。
実際に交渉しに行くっつうんなら、住所教えてやるよ』
(´・ω・`)『わお。まじ?』
『ただし俺の仕事を代わりにしてもらうことになるぞ。
……まあ要するに、調査の結果報告を代理で行うって名目でさ』
(´・ω・`)『こっちは全然構わないけど、そっちはいいわけ?』
『一応言っとくが、お前にゃ一銭も入らないからな。
仕事の報酬は全部俺が貰うし、ついでにお前からも情報料をいただくつもりだぞ』
(´・ω・`)『それでいいよ。じゃあそういう方向でよろしく』
ショボンが快諾すると、そんなに楽しい趣味なのかねと相手は呆れた声で呟いた。
曖昧に笑っておく。
どうせ――ショボンは内藤から金を巻き上げる腹積もりでいるのだ。
仕事の概要について色々と教えてもらい、電話を切る。
書類やら何やらは速達で送ってもらうことにした。
持つべきものは友。持つべき友はお人よしである。
.
- 303 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:29:43 ID:Yj2McwuAO
(´・ω・`)「ってわけで。今、その家に向かってるんだ」
( ^ω^)「お前が行っていいのかお、それ」
(´・ω・`)「向こうには知人の方から連絡を入れてもらってるよ。
急用のため、代理人がお話しに行きます、と」
ξ゚听)ξ「どんな家なの?」
(´・ω・`)「若菜家。元豪族、さらには大名主だったお家柄さ」
ξ゚听)ξ「そう。なら立派な家なのね」
(´・ω・`)「でも、これから僕達が行くのは分家筋の方だよ。
土地を譲り受けて分家したところ」
(´・ω・`)「まあ、土地っつっても田舎の田舎、小さな村の中だ。
本家はもっと大きな土地で、もっと大きなお屋敷を構えてるそうだけど。
……このご時世に、本家だの分家だのってねえ……」
ζ(゚ー゚;ζ「ご、ごうぞく? なぬし? ぶんけ? りっぱ?
もしかして凄いお家に行くんですか?」
(´・ω・`)「僕やデレちゃんみたいな下賎の民には無縁の家さ」
ひい、とデレが引き攣った悲鳴をあげた。
ツンの手を握りしめる。
- 304 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:31:11 ID:Yj2McwuAO
ζ(゚ー゚;ζ「どうしよう、無礼を働いたら……!」
ξ゚听)ξ「……首を刎ねられるかもね……」
ζ(゚д゚;ζ「ひぃいいい……!!」
(;^ω^)「ツン、嘘つくなお。デレちゃんも信じない」
( ^ν^)「ばーか」
ζ(゚ー゚;ζ「あ、う、嘘なんですか……良かったあ。あとニュッさんうるさい」
( ^ω^)「僕が正しい作法を教えてあげるお。
まずデレちゃんは僕と手を握ったまま絶対に離しちゃ駄目だお」
ζ(゚ー゚;ζ「て、手を!?」
( ^ω^)「相手に『何も悪いことしませんよ』とアピールするために、
自分達の手を塞いじゃうってわけだお」
(*^ω^)「より不自由感を出すために、こう、指を絡めて……、
所謂カップル繋ぎなんかするとベストだお」
(´・ω・`)「あちらの家に上がったら、まず靴と服を脱ぎ、
一番偉い人の足を舐めなきゃいけないよ。
敵ではないという証明のためにね」
( ^ν^)「喋るときは常に土下座」
ζ(゚ー゚;ζ「こ、恐い! ごうぞくのなぬしのぶんけさん恐い!!」
(´・_ゝ・`)「なるほどデレさんって頭良くないんだね」
ξ゚听)ξ「ええ、見ての通りよ」
- 305 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:35:17 ID:Yj2McwuAO
( ^ω^)「……と、まあ冗談は置いといて。普通でいいんだお、普通で。
変に気張ってたら笑われちゃうお」
(´・ω・`)「そうそう。その地域の人達は頭が上がらないだろうけど、
僕らは全然関係ないし」
ζ(゚ー゚;ζ「え……冗談だったんですか?」
(´・_ゝ・`)(実行するつもりだったのか……)
( ^ω^)「あ、僕と手を繋ぐのは本当――」
ξ゚听)ξ≡⊃))ω゚)「ヨコミゾッ!!」
- 306 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:37:03 ID:Yj2McwuAO
――走ること、実に4時間。
日も暮れた午後6時。
他に車も通らぬような道を進む。
県境を越えた辺りから、雪が降り続いている。
車のライトに照らされた道は白い。
( ^ω^)「ロードヒーター入れとけお……」
(´・ω・`)「事故るなよー。ああ、そこ左に行って」
1時間ほど前、早めの夕食としてファストフード店に寄った際に内藤と運転を代わった。
ペンライトで地図を照らしながらショボンが助手席から誘導する。
内藤が言われた通りにすると、あとは一本道だからとショボンは地図を畳んだ。
振り返る。
(´・ω・`)「阿呆が静かだけど」
ξ゚听)ξ「寝てるわ」
ζ(-、-*ζ
ツンに凭れて、阿呆ことデレが眠っている。
後ろでは、ニュッが腕を組んで俯いていた。
デミタスが口元で人差し指を立てたので、ニュッも寝ているのだろう。
- 308 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:39:38 ID:Yj2McwuAO
( ^ω^)「……何でデレちゃんまで連れてきたんだお」
(´・ω・`)「んー?」
内藤が、独り言のような声量で問いかけた。
視線は前へ向けられたまま。
ショボンはトレンチコートの襟元を正すと、窓の外でちらちらと降る雪を眺めた。
(´・ω・`)「……慣れさせた方がいいでしょ。『本』に関することは何でも。
長い付き合いになるならさ」
( ^ω^)「――長い付き合い、ね」
ふ、と。
内藤の口から、息が漏れた。
( ^ω^)「そうなれたら、嬉しいおね」
ξ゚听)ξ「……」
バックミラーに映ったツンが、一瞬眉根を寄せた。
その変化に気付いた者はいない。
( ^ω^)「……ところで帰りは何時になるんだお」
(´・ω・`)「手早く仕事を済ませてさっさと帰れば、
日付が変わる少し前には図書館に着くんじゃないの」
( ^ω^)「ふざけんな」
*****
- 309 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:40:40 ID:Yj2McwuAO
それからさらに30分後。
村に到着する頃には、雪でろくに前も見えないほどになっていた。
たまらなくなって車を停めるなり、近付いてくる人影があった。
/ ,' 3「遮木様でいらっしゃいますな」
傘を差し、ライトを手にした年配の男性。
内藤が運転席の窓を開けて応対すると、雪が車内にまで舞い込んだ。
( ^ω^)「僕は付き添いの者ですお。遮木はこっち」
(´・ω・`)「どうも」
/ ,' 3「ああ、そちらが。
私、若菜家の遣いでございます」
(´・ω・`)「えっと――荒巻さんでしたっけ」
/ ,' 3「はい。この荒巻スカルチノフ、お迎えにあがりました。
ここらは雪が降ると、不慣れな者には運転が難しいからして。
私が遮木様を屋敷までお送りするように言われたのですが……」
しかし、と、荒巻スカルチノフと名乗る男は顔を顰めた。
後部座席のツン達を見遣る。
- 310 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:42:32 ID:Yj2McwuAO
/ ,' 3「思っていたより多いですな。
私の車に全員乗り切れるかどうか」
( ^ω^)「心からお詫びしますお。1人で来いっつう話ですおね本当に」
(´・ω・`)「僕を睨まないでくれるかな内藤さん」
/ ,' 3「もしよろしければ、こちらの車を私に運転させていただけませんか。
運転席の……ええと」
( ^ω^)「内藤ですお」
/ ,' 3「内藤さんに、後ろへ回っていただいて」
( ^ω^)「ほいほい。ツンー、そっち座るからスペース空けておー」
ξ゚听)ξ「分かったわ。……デレ、起きて。そろそろ着くわよ」
ζ(-、-*ζ「んー」
(´・_ゝ・`)「おーい。起きな」
( ‐ν‐)「んぐ」
ツンの隣へ内藤、運転席に荒巻が乗り込む。
荒巻がアクセルを踏み込み、車は再度走り出した。
- 311 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:46:31 ID:Yj2McwuAO
(´・ω・`)「すみませんね、こんな遅くに」
/ ,' 3「いえいえ。大旦那様も早く結果を知りたがっておりましたから。
年末年始には本家へ出向かなければならず、時間もとれなくなりますし」
民家が立ち並ぶ通りを抜け、村の奥へ。
小さな山を上る。
しばらくすると、着きましたと荒巻が言い、ブレーキをかけた。
エンジンを切り、ドアを開ける。
ζ(゚、゚;ζ「……これが、ごうぞくのぶんけさん……」
車を降りたデレは、目の前の大きな門に怖じけづいた。
何とも立派な構えだ。
しかし、いざ門が開かれると、その向こうの光景に少し拍子抜けする。
暗さと雪のせいで視界は悪いものの、屋敷の外観ぐらいはそれなりに分かる。
てっきり馬鹿みたいに大きくきらびやかな館を想像していたのだが、
実際はテレビドラマなんかでよく見る、純和風な家屋を思わせる佇いであった。
それでも普通の家に比べれば随分大きいのだが。
- 312 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:49:31 ID:Yj2McwuAO
( ^ν^)「古い家だな」
(´・_ゝ・`)「こら、ニュッ君」
/ ,' 3「ふふ、間違ってはいません。
中の方は何度か改装しておりますがな」
荒巻が門を潜り、デレ達も後に続く。
何となく不安で、デレはツンと手を繋いだ。
ξ゚听)ξ「ブーンの嘘を間に受けなくていいのよ」
ζ(゚、゚;ζ「嘘? ……あ、いや、別に作法とかじゃなくて、ただ繋ぎたかっただけ」
ξ゚听)ξ「そう」
(´・ω・`)「玄関に並んでる靴は、一番若い客人が全て磨かなきゃいけないんだよ」
ζ(゚、゚;ζ「しません! もう騙されませんからね」
( ^ν^)「家に上がるときは『お邪魔します』って言えよ」
ζ(゚、゚;ζ「言いません!」
ζ(゚、゚;ζ「……ん?」
( ^ν^)「デレちゃんの礼儀知らず……」
ζ(゚、゚;ζ「……あっ、いや言います、それは普通に言いますよ!
ていうかデレちゃんって!」
- 313 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:52:38 ID:Yj2McwuAO
/ ,' 3「若い子は元気ですな」
(´・ω・`)「黙らせた方がいいなら眠らせますが」
ζ(゚、゚;ζ「えっ何……? 無理矢理連れてこられた挙句に気絶させられるの私……?」
/ ,' 3「いやいや、賑やかで大変よろしい」
話している内に玄関へ着く。
遣戸を引き、荒巻は「ただ今帰りました」と大きな声をあげた。
デレ達に、雪を払うよう指示する。
ξ゚听)ξ「髪、濡れちゃったわ」
ζ(゚ー゚*ζ「そうだねえ」
広い土間。奥に竃がある。
すぐ左に顔を向けると、式台と上がり框を経た先に、板の間が見えた。
土間との仕切りはない。板の間の真ん中には囲炉裏。
ζ(゚、゚*ζ(囲炉裏なんて初めて見た……)
前を向く。
奥と左の二股に分岐している廊下。
前方に伸びる廊下が非常に長い。
外で正面から見たときに受けた印象よりも、やはり大きいのかもしれない。
- 315 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:54:44 ID:Yj2McwuAO
(´・ω・`)「広いですね、やっぱり」
/ ,' 3「いやあ、そんなことはまったく。
本家と比べてしまうと、ここが小屋に思えますよ」
ζ(゚、゚;ζ(小屋……っ!?)
本の目撃情報があったのが、ここで良かった。
もしも「本家」とやらの方だったら、デレは動けなくなっていたであろう。
どれだけ大きいのかとデレが考え込んでいると、
板の間の奥、障子が開いた。
やって来たのは子供だった。小学校高学年くらいの。
( ><)「おかえりなさいなんです!」
ワンピースに黒いタイツ。
可愛らしい顔立ちをしている。
両手にはタオル。
ζ(゚ー゚*ζ(わ、可愛い)
/ ,' 3「ありがとう、ビロード」
(;><)「って、お、思いの外、結構な団体さんだったんです……!」
ビロード、と呼ばれたその子供は、思わぬ人数に困惑したらしかった。
荒巻にタオルを渡す。
- 316 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:56:57 ID:Yj2McwuAO
( ><)「タオル足りないですね、もっと持ってきます」
/ ,' 3「すまないね。
さあ、まずはお嬢さん方が使いなさい」
踵を返し、ビロードが戻る。
荒巻は、ツンとデレへタオルを寄越した。
溶けた雪を拭う2人の隣で、「あの子は」と内藤が荒巻へ訊ねる。
/ ,' 3「若菜ビロード。この家の子供でございます」
( ^ω^)「子供はビロードちゃんだけなんですかお?」
/ ,' 3「ええ。――今、奥様が妊娠されております故、じきに子も増えます」
(´・ω・`)「おや、それはおめでたい」
間もなくビロードが再び駆けてきた。
内藤が、ただでさえ緩んでいる顔をさらに緩ませる。
- 317 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/10(日) 23:59:10 ID:Yj2McwuAO
( ><)「タオル持ってきました! どうぞなんです」
( ^ν^)「ん」
(´・_ゝ・`)「ありがとう」
(*^ω^)「おっお、ありがとうだお。ビロードちゃんは何歳だお?」
( ><)「私ですか? 11歳なんです」
(*^ω^)「5年生?」
( ><)「です!」
(*^ω^)「高校生になったら是非お兄さんのところに来るといいお。
君は将来有望――」
「ロリコン」ξ゚听)ξ≡⊃))ω゚)「セイシッ!!」
:(;∩ω゚):「ロリコンて……ロリコンて!!」
荒巻が土間から上がりながら、何とも言えない目を内藤に向ける。
違いますと内藤が必死に弁解するのを尻目に、ビロードはデレの手を引いた。
( ><)「どうぞ入ってください」
ζ(゚ー゚*ζ「あ、うん。お邪魔します」
靴とコートを脱ぎ、廊下へ上がり込む。
皆も、それに続いた。
- 318 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:03:07 ID:1nLn37lIO
荒巻が先頭に立って左の廊下を進んだ。
両側を挟むように並ぶ障子から明かりが漏れ、中廊下を照らす。
( ><)「皆さん、お祖父ちゃんのお客様なんですか?」
荒巻のすぐ後ろには、デレと一緒に歩くビロード。
ビロードはショボン達へ振り返りながら、そう訊ねた。
(´・ω・`)「まあね」
( ^ν^)「無理矢理つれてこr」
(´・ω・`)「あ、これ持って」
ニュッの言葉を遮り、ショボンは自分の鞄とコートを彼に押しつけた。
睨むニュッに構わず、デレや内藤、ツンの腕から防寒着を奪い取り、
今度はデミタスに渡す。
(;><)「何かしらの主張を強引に潰しませんでしたか、今」
(´・ω・`)「気のせい気のせい。おい、落とすなよ」
(;´・_ゝ・`)「一応さ、君より年上なんだけどな、僕……」
- 319 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:05:17 ID:1nLn37lIO
( ><)「お祖父ちゃんと何のお話をするんです?」
(´・ω・`)「そこは守秘義務の問題がだね」
( ><)「しゅひぎむ?」
わかんないんです、とビロードが呟く。
ショボンはグレーのスーツの襟を正しながら、内緒ってことさと適当に返した。
無関係の探偵から勝手に仕事を引き受けておいて、内緒も何もないだろうに。
荒巻が、一番奥、右側の障子を開く。
普通の座敷。誰もいない。
すぐ前にある襖に向かって、荒巻が正座をする。
/ ,' 3「大旦那様。遮木様がいらっしゃいました」
「入れ」と、しゃがれた声がした。
荒巻は、静かに襖を引いた。
脇へ寄り、デレ達へ頭を下げる。
ビロードに引っ張られ、まずはデレが室内に足を踏み入れた。
- 320 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:07:35 ID:1nLn37lIO
ζ(゚ー゚;ζ(おお和風……結構広い……)
座敷。床の間がある。
十数畳ほどの広さで、中央に文机が鎮座している。
(‘_L’)
J( 'ー`)し
文机の向こうに着物を着た老人、その隣に割烹着姿の女性が座っていた。
女性の方は、50代ほどだろうか。
(‘_L’)「……遮木殿?」
老人はデレを見るや、訝しげな顔をした。
デレは両手を振り、襖へ振り向く。
(´・ω・`)「遮木は私です。こちらは助手で」
ζ(゚ー゚;ζ「助手……ええと助手の長岡です」
入ってきたショボンの言葉を否定しようとしたが、睨まれたのでやめた。
考えてみれば、助手でも何でもない自分がここにやって来た理由を
若菜氏が納得出来るように説明するのはデレには無理だ。
内藤にツン、ニュッとデミタスも入室し、ショボンがそれぞれを紹介する。
- 321 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:09:51 ID:1nLn37lIO
(´・ω・`)「私が探偵の遮木、これとこれが助手の長岡とツン、
後は運転手と荷物持ちでございます」
これとこれ、と、デレとツンが指された。
運転手は内藤、残る荷物持ちはニュッとデミタスである。
(´・ω・`)「ええと……あなたが依頼者の若菜フィレンクト様?」
(‘_L’)「うむ」
(´・ω・`)「この度は、御依頼ありがとうございます。
荷物持ちその1。鞄を寄越したまえ」
( ^ν^)「……」
その1が無言で鞄を突きつける。
ショボンは、「愛想のない奴ですみませんね」と若菜フィレンクトに頭を下げながら
鞄を受け取った。
- 322 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:11:15 ID:1nLn37lIO
(´・ω・`)「早速ですが、ご報告よろしいでしょうか」
(‘_L’)「お願いしたい」
(´・ω・`)「はい。では、」
ζ(゚、゚;ζ「どわっ!?」
(;^ω^)「おぎゃっ!」
(´・ω・`)「君達は外で待ってなさい」
デレと内藤を隣室へ蹴り飛ばす。
ツンが内藤に駆け寄り、ニュッとデミタスは蹴られる前にと退散した。
(´・ω・`)「君もね」
(;><)「は、はいなんです」
ビロードには背を叩くことで促す。
荒巻に抱え起こされながら、デレは「差別だ」と文句を言った。
そんなデレの顔を引っ掴み、ショボンは耳元に口を寄せた。
彼女にしか聞こえないほどの声で、囁く。
(´・ω・`)「本を探して」
ζ(゚、゚;ζ「え?」
(´・ω・`)「そのために君達を連れてきたんだろうが」
- 323 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:13:23 ID:1nLn37lIO
離れる。
ショボンはフィレンクトのもとへ歩み寄っていった。
(´・ω・`)「すみません、お見苦しいところを……。
報告は2人きりの方が都合がよろしいかと思いまして」
(‘_L’)「うむ。――荒巻、そちらの方々を別室にお通しして」
/ ,' 3「かしこまりました」
(‘_L’)「お前は遮木殿に茶をお出ししろ。済み次第、彼らをもてなすように」
J( 'ー`)し「はい」
/ ,' 3「失礼いたします」
襖が荒巻の手によって閉められる。
荒巻は立ち上がり、デレ達へ振り返った。
/ ,' 3「こちらへ」
廊下に出る。
今度は、一番手前の部屋に通された。
- 324 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:15:40 ID:1nLn37lIO
至って普通の居間といった和室。
長方形のちゃぶ台を囲む座布団に、部屋の隅にはテレビ。
/ ,' 3「どうぞお座りください」
各々が適当に腰を下ろす。
ちゃぶ台の左側にニュッ、内藤、ツン。
右側にデミタスとデレ、そしてビロード。
ビロードがデレをじっと見つめる。
懐かれたのだろうか。思わずデレの頬が緩む。
( ><)「お姉さん、探偵さんの助手なんですか?」
ζ(゚ー゚*ζ「ん? んん……うん」
( ><)「そっちの綺麗なお姉さんも?」
ξ゚听)ξ「ええ。お手伝いみたいなものだけれど」
(*><)「へええ……すごいんです!」
( ^ν^)「ツンは『綺麗なお姉さん』で、デレはただの『お姉さん』か……」
ζ(゚、゚;ζ「ちょっ……考えないようにしてたのに今!!」
テレビの横の茶箪笥から湯飲みや急須、茶筒を取り出しながら、荒巻が笑う。
ちゃぶ台の脇にあるポットを引き寄せた。
- 325 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:18:39 ID:1nLn37lIO
/ ,' 3「それにしても、お嬢さん方は高校生ぐらいではありませんか?
その歳でご立派に――」
言い終わるより前に障子が開く。
割烹着の女性が現れ、頭を下げた。
J( 'ー`)し「お待たせいたしました。今お茶の準備を……」
/ ,' 3「わしがやっとる。お前は菓子でも持ってきてくれんか」
J( 'ー`)し「あら。はい、分かりました。
――皆様、お夕飯は召し上がりました?
まだならば、何かお作りしますけど」
ξ゚听)ξ「来る途中に食べてきましたので、大丈夫です」
J( 'ー`)し「そうですか? ではお菓子を持ってきますね」
デレの後ろを通り、女性は部屋を出ていった。
障子が閉まる。
(´・_ゝ・`)「あちらの方は……」
/ ,' 3「私の妻にございます」
( ^ω^)「ほう、荒巻さんの」
- 326 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:21:08 ID:1nLn37lIO
/ ,' 3「大旦那様の奥様は数年前に亡くなられてしまいまして、
身の回りのお世話はすべて私共が」
( ^ν^)「……あの爺さん、片腕なかったよな」
ζ(゚、゚;ζ「えっ」
/ ,' 3「おや、お気付きで」
ニュッの呟きに、デレは目を丸くした。
フィレンクトは隻腕だという。気が付かなかった。
皆に茶を出しながら、荒巻が少し沈んだ声で話し始める。
/ ,' 3「これは私の母から聞いた話でございますが。
――大旦那様が12歳のときでありました。
山で木登りなどして遊んでおりましたらば、足を滑らせて落っこちてしまったそうで」
/ ,' 3「枝か何かで左腕に傷が出来たらしいのですが、
薬を塗り、包帯を巻く程度の処置で終わらせました。そのときは」
――しかし、フィレンクトは高熱を出して倒れてしまったという。
/ ,' 3「腕が痛い、腕が痛いと喚いたのですけれども。
当時、ただ1人の村医者が山を挟んだ隣の村に出掛けていたとかで、
診てもらうまでに時間がかかってしまいました」
- 327 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:23:33 ID:1nLn37lIO
/ ,' 3「ようやく医者を連れてきた頃には、大旦那様の腕は変色し、
痛みも、温度も、触れる感覚もなくなっていたといいます」
ξ゚听)ξ「……壊死してたの? 感染症の類かしら」
/ ,' 3「ええ、何か良からぬ菌が傷口から入り込んでしまったのでしょう。
幼い頃の大旦那様はお体が丈夫な方ではありませんでしたし」
(´・_ゝ・`)「で、切り落としたと」
/ ,' 3「はい。幸い、それ以降からは快方に向かったそうでございます」
デレがビロードの方を横目で見てみると、ビロードは痛そうな表情を浮かべていた。
かくいうデレも、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
何だか、ビロードに対してほんのりと親近感が沸いた。
( ^ν^)「……兄ちゃん、想像しなくていいんだぞ」
(;^ω^)「いやあ……ニュッ君、そう改めて言われてもね」
ζ(゚、゚*ζ「?」
内藤が額を押さえ、俯く。
大丈夫ですかと荒巻が問うと、ツンが片手を緩く振った。
ξ゚听)ξ「血とか苦手なの。この人。その上、想像力豊かで」
/ ,' 3「ああ、それはそれは。どうぞ今のお話は忘れてくだされ」
- 328 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:25:21 ID:1nLn37lIO
言いながら、荒巻は障子を見た。
妻がなかなか戻らないのを気にしているようだ。
腰を上げかける、と。
川*` ゥ´)「お待たー」
両手に盆を乗せた若い女性が、器用にも片足で障子を開け放した。
ビロードの脇にしゃがみ込み、盆の上からちゃぶ台へ皿を移動させる。
それぞれ、羊羹が二切れずつ。
川*` ゥ´)「お客様が来るのすっかり忘れててさあ、お菓子食べちゃって。
羊羹しか残ってなかったよ」
エプロンの上から腹を叩き、女性は笑った。
荒巻の頬が引き攣る。
- 329 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:29:13 ID:1nLn37lIO
/ ,' 3「お前な……」
川*` ゥ´)「はいよー」
(´・_ゝ・`)「あ、どうも」
/#,' 3「こら、ピャー子! さっきから失礼三昧――」
川;` ゥ´)「ぴゃっ! そ、そんな怒らなくていいじゃないか……荒巻さんの石頭」
/#,' 3「石頭だと!」
女性は、逃げるようにビロードの後ろへ回った。
ぼそりと呟いた悪態に荒巻がまた怒る。
その様子がおかしくて、デレは小さく笑った。
川;` ゥ´)「ほらっ、笑われてるよ荒巻さん! そんなに怒らないで。ねっ!」
/#,' 3「笑われてるのはお前じゃないのか?
――申し訳ありませんでした、皆様。
この馬鹿はお手伝いのヒールでございます」
ζ(゚、゚*ζ「……ヒールさん? ピャー子さんじゃなくて?」
/ ,' 3「『ピャー子』はあだ名です。
何か粗相をしたり叱られそうになったりすると、目にも留まらぬ速さで
ぴゃーっと逃げ出すものですから。……ご覧の通り、不躾な娘でございます」
( ^ω^)「いいえ、こちらも大層な客じゃありませんから、
これくらい軽い方が気楽ってもんですおー」
回復したらしい内藤が両手を振った。
でしょう、と頷くヒールを荒巻が睨む。
- 330 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:31:23 ID:1nLn37lIO
/ ,' 3「まったく。――おいピャー子、あいつはどうした?」
川*` ゥ´)「あいつ? あ、カーチャンさんなら台所のお掃除してるよ。
ちょっとお醤油零しちゃってさ」
/#,' 3「敬語」
川*` ゥ´)「お掃除してます!」
ζ(゚ー゚*ζ(かーちゃん?)
先程の、荒巻の妻だろうか。
と、いうことは。
ζ(゚ー゚*ζ「ヒールさんは荒巻さんの娘さんなんですか?」
川*` ゥ´)「は?」
/ ,' 3「む?」
ζ(゚ー゚*ζ「え? ……だって母ちゃんって」
きょとんとする2人とデレ。
ビロードが、羊羹を菓子楊枝で切り崩しながら答えた。
( ><)「あの人は、『カーチャン』ってお名前なんですよ。ややこしいでしょう」
ζ(゚、゚;ζ「あっ、そういう……ごめんなさい、勘違いしちゃって」
- 331 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:34:56 ID:1nLn37lIO
( ><)「ヒールさんは、僕の叔母さん……お母さんの妹なんです」
川*` ゥ´)「『おばさん』って響き、ちょっと嫌だな……。まだ20代なのに」
ξ゚听)ξ「あら、お嫁さんの妹がお手伝いさんをやってるの?」
/ ,' 3「ええ、まあ。ちょっとした事情が」
事情って何ですか、という疑問がデレの口から零れそうになったが、
ニュッの咳ばらいに遮られた。
何でもかんでも首を突っ込むなと、視線で叱られた気がした。
会話が途切れる。
数秒の静寂の後、荒巻が口を開いた。
/ ,' 3「そういえば、まだ全員のお名前を聞いておりませんでしたな。
内藤さんに、長岡さん、ツンさんと――そちらの方々は何とおっしゃる?」
「そちらの方々」、ニュッとデミタス。
たしかに彼らはショボンからも自らも名乗っていなかった。
- 332 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:36:38 ID:1nLn37lIO
(´・_ゝ・`)「……いいの?」
( ^ω^)「……お。んん……」
デミタスが頬を掻き、内藤に何事か訊ねた。
内藤は一度小首を傾げ、低い声で唸りながら緩く頷く。
――この家に本があるのならば、ここで作家本人の名前を出してもいいのかどうか。
一応、デミタスは探偵の荷物持ちということになっているわけで。
(´・_ゝ・`)「……僕は盛岡です」
少し考え、デミタスは無難に苗字だけを告げた。
盛岡さん、と呟きながら荒巻がニュッへ目を向ける。
無視して茶を啜るニュッの頭を軽く叩き、内藤が代わりに紹介した。
( ^ω^)「こいつは内藤ニュッといいますお。僕の従兄弟でして」
/ ,' 3「内藤ニュッさん――」
ぴたり。
荒巻が、一瞬固まった。
- 333 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:38:19 ID:1nLn37lIO
/;,' 3「内藤ニュッ?」
( ><)「どうかしたんですか?」
/;,' 3「そ、そちらの内藤さん、失礼ですが下のお名前は」
( ^ω^)「ホライゾンですお」
/;,' 3「内藤ホライゾン……内藤ニュッ……」
荒巻の顔色が変わる。
姿勢を正し、彼は恐る恐る最後の質問をした。
/;,' 3「……内藤モナー氏の、お孫様でいらっしゃる……?」
内藤モナー。
その名が出た瞬間、ツンとデミタスの肩が揺れた。
( ^ω^)「――祖父をご存知で」
/;,' 3「大旦那様のご友人であらせられました。私めも何度かお会いしております。
やや、これは――どうも、気付きませんで……。申し訳ございませんでした」
慌てて荒巻が立ち上がる。
そして、駆け足気味に部屋を出ていった。
- 335 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:42:29 ID:1nLn37lIO
内藤は湯飲みを持ち、溜め息をつく。
( ^ω^)「……祖父ちゃんの知り合いかお。
なあんか、急にやりづらくなっちゃったおねー」
( ><)「やりづらいって、何をですか?」
( ^ω^)「いや、こっちの話」
川*` ゥ´)「内藤モナーっていうと、あの本好きの爺さん?」
ξ゚听)ξ「ええ、本好きの爺さん」
ヒールも知っていたようだ。
デレとビロードだけが、彼を知らない。
ζ(゚、゚*ζ(……ないとう、もなー)
内藤の祖父の名を、デレは胸中で反芻した。
ニュッのために作家達を連れてきたという祖父。
何故だか、胸がざわついた。
*****
- 336 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:47:29 ID:1nLn37lIO
(‘_L’)「内藤さんにはお世話になっていたものだ。
……葬式に顔を出せず、申し訳なかった」
( ^ω^)「いえ。急なことでしたから」
――デレ達は、初めに通された座敷へと戻っていた。
荒巻から内藤のことを聞いたフィレンクトが、話をしたいと言い出したのだ。
部屋の真ん中に置かれた食卓。
それを、実に10人もの男女が囲んでいる。
客人であるデレ達6人に、フィレンクト、ビロード。
そして。
( <●><●>)「父の代わりに、私と妻がお葬式へ出たのです。
あなた方とも一度お話しをしましたよ。大きくなりましたね、ニュッさん」
ノパ听)「7年前か。あのとき中学生だったっけ、ニュッ君は」
ビロードの父、若菜ワカッテマスと、その妻でありヒールの姉、若菜ヒート。
ワカッテマスは多分40代半ば。ヒートは、夫より幾分か若く見えた。
ヒートの腹が膨らんでいる。妊娠半年だそうだ。
夫妻はニュッに優しげな笑みを向けた。
対するニュッは、ぴんときていない様子。
- 337 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:49:37 ID:1nLn37lIO
( ^ν^)「……」
( ^ω^)「ええと、すみませんお。
当時はニュッ君も僕も、突然のことに困惑しておりまして。
葬式での記憶があまり――」
( ^ν^)「……いや、でもたしかにあのギョロ目には見覚えが……」
( ^ω^)「おっとっとニュッ君ふざけんなおー?」
若菜ワカッテマスに失礼をぶちかますニュッの腕を内藤が抓る。
ようやく口を開いたかと思えば、この男は。
だが、幸い、ギョロ目――ワカッテマスには聞こえていなかったようだ。
( <●><●>)「雨が降ってましたね、お葬式のときは」
ξ゚听)ξ「そういえばそうですね」
(´・_ゝ・`)「だなあ」
(‘_L’)「2人も内藤さんとご縁が」
ξ゚听)ξ「ええ、一応」
- 338 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 00:54:03 ID:1nLn37lIO
( ><)「私は知らないんです……」
( <●><●>)「内藤さんが亡くなられたとき、ビロードはまだ4歳でしたからね」
(‘_L’)「ああ、そうだ、ホライゾン君――」
さて。
内藤達からほんの少し距離を置いて、並んで座る男と少女。
ショボンとデレ。
(´・ω・`)「寂しそうだねデレちゃん」
ζ(゚、゚;ζ「……だって話に加われないんですもん……」
(´・ω・`)「可哀相に。所詮付き合いの浅い他人だもんね」
ζ(゚、゚;ζ「なっ、何ですか、何ですかその言い方。ねちっこい……」
ショボンから目を逸らし、デレはフィレンクトへ視線をやった。
たしかに着物の左袖がぴくりとも動かない。
心なしか、ぺったりとへこんでいるような気もする。
あまりじろじろ観察しては失礼かと、湯飲みに目を落とした。
- 340 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:04:34 ID:1nLn37lIO
腕時計を指でなぞり、ショボンが舌打ちする。
8時過ぎ。
(´・ω・`)「あーあ。報告まだ終わってないんだけどなあ。
しかも君達、本も探せてないでしょ」
ζ(゚、゚;ζ「……ですね」
(´・ω・`)「これじゃ探しようもないし……」
胡座をかいている膝を叩き、ショボンは眉根を寄せた。
それからデレに顔を向け、ウインクを一つ。
ζ(゚、゚;ζ「?」
その意図を掴めていないデレを他所に、彼は手を挙げた。
ビロードちゃん、と名前を呼ぶ。
呼ばれたビロードは立ち上がり、ショボンのもとへ駆け寄った。
( ><)「はい?」
(´・ω・`)「このお姉さんがトイレに行きたいらしいんだ。
トイレどこかな?」
ζ(゚、゚;ζ「えっ」
- 341 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:06:59 ID:1nLn37lIO
( ><)「そっちの方から出て、廊下を……」
(´・ω・`)「ああ、説明を聞いてる暇はない。
あと10秒ぐらいで漏らすらしいから連れていってあげて」
(;><)「漏らすんですか!?」
ζ(゚、゚;ζ「漏らしませんよ!!」
(;><)「お姉さん早く! こっちです!
10秒じゃ間に合わないけど、せめて人目のないところで……!」
ζ(゚、゚;ζ「だから漏らさないってば!!」
ビロードがデレの腕を引っ張る。
座敷を出ながらデレが振り返ると、ショボンが再びウインクをかましてきた。
何となく、見当がついた。
この隙に本を探せということだろう。
.
- 342 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:11:11 ID:1nLn37lIO
デレとビロードが出ていった後。
ヒートは、内藤に質問をぶつけてきた。
ノパ听)「お祖父さんの遺産のことで色々揉めたって聞いたけど、どうなった?」
( <●><●>)「こら、ヒート。そんなことを訊くものではありません」
ノハ;゚听)「え……あっ、ごめん。気になっちゃって」
ワカッテマスに窘められ、縮こまる。
まあ、第三者からすれば興味をそそられる話題かもしれない。
( ^ω^)「遺書のおかげで、まあ、かなり助かりましたお」
ノパ听)「へええ……。内藤さんのところは資産家だったし、
相続の話し合いはさぞかし大変だろうなってピャー子とよく話してたんだ」
( <●><●>)「ヒート」
ノハ;゚听)「ごっ、ごめんなさい……睨むなよ、恐いから……」
パパは厳しいな、と、ヒートが腹を撫でながら語りかける。
ワカッテマスは呆れたんだか怒っているんだか、
形容しづらい表情を浮かべてヒートの額を小突いた。
息子夫婦のやり取りに、フィレンクトが苦笑する。
- 343 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:15:54 ID:1nLn37lIO
( ^ω^)「仲の良さそうなことで」
(‘_L’)「ああ。――ホライゾン君は、どうなんだ」
( ^ω^)「え」
(‘_L’)「結婚。まだしていないんだろう。そういう予定のある相手はいないのか」
(;^ω^)「……ええっとですね」
内藤は答えあぐね、空笑いで誤魔化した。
ツンの視線が、とても痛い。
*****
- 344 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:19:33 ID:1nLn37lIO
ビロードと共に廊下を歩く。
廊下というより縁側か。
ガラス戸越しに外へ視線をやると、夜の闇の中、暴れ回る白が見えた。
ζ(゚、゚*ζ「すごい雪……」
( ><)「天気予報で夜中は吹雪になるって聞きましたが、
予報よりちょっと早いですね」
ζ(゚、゚;ζ(……これ、帰れるかなあ)
雪は、この屋敷を訪れたときよりも激しさを増していた。
がたがた、ガラス戸が揺れる。
帰宅する頃には収まってくれてるといいのだが。
不安げに溜め息をつき、それから、デレは己に与えられた任務を思い出した。
ζ(゚ー゚*ζ「……ねえ、ビロードちゃん」
( ><)「はい?」
ζ(゚ー゚*ζ「えっと――デミタスさんっていう小説家さん知ってる? 盛岡デミタス」
さりげなく探る、という思考も技術も、この阿呆は残念ながら持ち合わせていない。
- 345 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:21:12 ID:1nLn37lIO
( ><)「盛岡デミタス?」
ζ(゚ー゚*ζ「うん」
( ><)「んんー、わかんないんです……。ごめんなさい」
ζ(゚ー゚*ζ「ああ、いやいや、分からないならいいんだけど。
じゃあさ、んっとね……」
記憶を辿る。
デミタスの本の色は、赤。
ζ(゚ー゚*ζ「真っ赤な本、見たことない?」
( ><)「真っ赤……あ、お父さんの部屋に」
ζ(゚ー゚*ζ「ある!?」
( ><)「分厚くて、いっぱい英語が書いてある辞書なら」
ζ(゚ー゚;ζ「……英和辞書だね、それは。私がこの世で一番嫌いな本だよ」
( ><)「奇遇ですね、私もあれ見てると頭痛くなるんです」
ビロードに訊いても仕方がないらしい。
話している内に、トイレに到着した。
右側に顔を向けると、遠目に玄関が見える。
- 346 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:23:58 ID:1nLn37lIO
( ><)「私、待ってましょうか」
ζ(゚ー゚*ζ「……一応」
( ><)「わかりました!」
木製の引き戸を開ける。
汲み取り式便所などを想像していたが、洋式の水洗だった。
別に催してはいないので、そのまま便器に腰掛け、少し間をあけてから水を流す。
さも用を足しましたよと言わんばかりに「すっきりー」とか何とか呟きながら
デレはトイレを出た。
ζ(゚ー゚*ζ(……何やってんだろう私……)
( ><)「洗面所はこっちなんです」
すぐ隣の戸の前でビロードが手招きする。
洗面所で手を洗い、デレはハンカチで水気を拭った。
脱衣所も兼ねているのだろう。浴室に通じている(と思われる)ドアがある。
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとうね、ビロードちゃん」
(*><)「どういたしましてー」
- 347 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:27:06 ID:1nLn37lIO
礼を告げると、えへへ、とビロードが笑った。
可愛らしい仕草にデレの顔も綻びかけたが、笑顔にはなりきれなかった。
何の収穫もなしに戻ったら、ショボンにどんな文句を言われるか。
かといって、ビロードからは本の情報は引き出せそうにない。
はてさて、困った――
ζ(゚ー゚;ζ「……?」
デレは、玄関とは反対の方向へ目をやった。
ビロードも同じ動作をとる。
何か、声――怒鳴り声のようなものがする。
ζ(゚、゚;ζ「だ、誰かな……」
(;><)「……!」
ζ(゚、゚;ζ「あっ、ビロードちゃん!」
ビロードが駆け出した。
デレは逡巡し、後を追う。
- 348 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:29:20 ID:1nLn37lIO
長い廊下の先は、曲がり角になっていた。
右へ曲がる。
そこに、部屋が一室だけあった。
開かれた障子。廊下に散乱する盆と食器。
ヒールが尻餅をついている。
川;` ゥ´)「いったたた……」
ミ#,゚Д゚彡「いつもいつも……てめえなんか呼んでねえんだよ!!」
(;><)「ヒールさん!」
川;` ゥ´)「ぴゃっ!? び、ビロード――」
ヒールの前に、男がいた。
怒号をあげながら食器やヒールを蹴飛ばしていたが、
駆け寄ってきたビロードを見るなり、男は憤怒の形相を和らげた。
何だか――いやらしい笑みだ。
子供に向けるべきそれではない。
- 349 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:30:38 ID:1nLn37lIO
ミ,,゚Д゚彡「ああ、ビロード……何で来てくれなかったんだよ。
俺はお前に会いたかったのに……」
(;><)「ひ、ヒールさんに酷いことしないでください!」
ミ,,゚Д゚彡「ごめんなあ、お前が来てくれないから苛々しちまってさあ……」
ビロードの頭を撫でようとした男の手を、ヒールが叩いた。
茶碗を投げつける。
川#` ゥ´)「ビロードに触んな!」
ミ#,゚Д゚彡「ああ!? 何しやがる、このブスが!!」
――乾いた音が響いた。
男が、ヒールの頬を打った音。
何も出来ずに眺めていたデレは、びくりと身を竦ませた。
ζ(゚、゚;ζ「っ、」
ミ,,゚Д゚彡「……んああ?」
興奮覚めやらぬ様子で息を荒げ、男がデレを見る。
そこで、男とヒールはようやくデレの存在に気付いたようだった。
- 350 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:33:12 ID:1nLn37lIO
ミ,,゚Д゚彡「誰だ、お前」
川;` ゥ´)「……大旦那様のお客さんだよ」
ミ,,゚Д゚彡「ふうん……」
じろじろ、頭のてっぺんから爪先まで眺め回し、男は再び笑った。
近付いてくる。
後ずさろうとしたデレの肩が、掴まれた。
ζ(゚、゚;ζ「ひゃっ」
ミ,,゚Д゚彡「中学生か? 高校生か? 最近のガキはあちこち発育いいよなあ……」
川#` ゥ´)「いい加減にしろ!!」
立ち上がったヒールが、男の襟元を思いきり引っ張った。
男が舌打ちし、ヒールに唾を吐きかける。
川;` ゥ´)「っう……!」
ミ#,゚Д゚彡「いい加減にすんのはお前の方じゃねえのか? ああ!?」
(;><)「やめてください! ふ、フサさん、お部屋に戻ってください!!」
ヒールに右手を振り上げる男。
その手が下ろされる前に、ビロードが男にしがみつき、叫んだ。
- 351 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:34:33 ID:1nLn37lIO
ミ,,゚Д゚彡「……びっくりさせたか? ごめんな」
男がビロードを撫でる。
ビロードは苦々しい顔をして、俯いた。
ねっとりと纏わりつくような不快な空気が辺りを漂っている、ような、気がする。
デレは無意識に唇を噛み締めていた。
嫌だ。
この男は――何だか、嫌だ。
ミ,,゚Д゚彡「ビロードが言うなら、戻るよ。
……明日こそはちゃんと来てくれよ?」
(;><)「……」
男が部屋の中へ入り、障子を閉めた。
しばしの沈黙の後、ヒールが食器を拾い集めた。
無言のままデレも手伝う。
盆に全て乗せ終えると、3人は部屋を離れた。
廊下を進む。
- 352 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:35:37 ID:1nLn37lIO
ζ(゚、゚;ζ「……あの人は……」
川*` ゥ´)「居候だよ」
ヒールが忌ま忌ましげに答えた。
男に叩かれた頬が、赤くなっている。
( ><)「一応……私の親戚なんです」
川*` ゥ´)「若菜の本家の人間だけど。ただのクズだ」
ζ(゚、゚;ζ「ほんけさん」
川*` ゥ´)「ごめんよ、あんなもん見せて。さっさと忘れちゃって」
ζ(゚、゚;ζ「……」
そう簡単に忘れられはしない。
困り果てたデレの手を引いて、ビロードは座敷へ戻るために廊下を曲がり、
ヒールと別れた。
*****
- 353 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:36:19 ID:1nLn37lIO
(´・ω・`)「役に立たねえくるくるぱーだな本当に」
ζ(;、;*ζ「えう、ご、ごめんなさい……」
座敷。
里芋の煮っころがしを食べながら、ショボンはデレの耳を引っ張った。
食卓の上には皿が並んでいる。
刺身やら漬物やら煮物やら。
何でも、ニュッが「小腹がすいた」と独り言を漏らしたのをきっかけに、
フィレンクトがカーチャンと荒巻に用意させたのだそうだ。
J( 'ー`)し「余り物でごめんなさいね。ご飯は全部食べてしまったから、
おかずだけなんですけど……」
(;^ω^)「いえいえ! こちらこそ、もう……この馬鹿が図々しい真似を!」
ニュッの膝を叩き、内藤はぺこぺこ頭を下げた。
当のニュッはどこ吹く風、刺身ばかりを口に運んでいる。
- 354 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:37:53 ID:1nLn37lIO
(´・_ゝ・`)「いただきますね」
/ ,' 3「ええ。こんなもので良ければ、お好きなだけ」
(*><)「これ美味しいんですよ!」
ξ゚听)ξ「あら本当。美味しいお漬物ね」
ノハ*゚听)「私が漬けたやつだ」
舌鼓を打っているツン達を見ている内、デレの胃も刺激され始めた。
荒巻が準備してくれた小皿と割り箸を取ろうとする――が。
ζ(゚、゚;ζ「痛いっ!」
(´・ω・`)「働かざる者食うべからず、という言葉があってだね」
その手を、箸で突かれた。
ζ(゚、゚;ζ「わ、私なりに頑張りましたよ!? 働きましたよ!」
(´・ω・`)「世の中結果が全てなんだよ。
お前な、ガキとお話ししてトイレ行っただけじゃねえか。あ?」
ζ(゚、゚;ζ「それ言ったらニュッさんなんかどうなるんですか!?
デミタスさんやツンちゃんだって何も……」
(´・ω・`)「反論は一切許しません」
- 356 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:43:55 ID:1nLn37lIO
これ見よがしに昆布巻を咀嚼し、ショボンは「ああ美味しい」としみじみ呟いた。
本当に美味しそうな表情を浮かべるものだから、デレは羨望の眼差しを向ける。
そんなデレにショボンが差し出したのは、グラス。
透明な液体が入っている。
ζ(゚、゚;ζ「?」
(´・ω・`)「食べ物はあげないけれど、お酒はあげよう。ほれほれ」
ゆらゆら、ショボンがグラスを揺らす。
以前、彼の事務所で仕掛けられた悪戯と同じだ。
ζ(゚、゚*ζ「そんなこと言って、ただの水なんでしょう。どうせ」
(´・ω・`)「今度こそお酒だよ」
ζ(゚ー゚*ζ「ふんっ、もう騙されませんからね」
ショボンを冷めた目で眺め、デレはグラスを奪った。
得意げに笑い、一気に半分ほど飲み干す。
やっぱりただの水――
ζ( 、 ;ζ「ってお酒だった!!」
普通に酒だった。
綺麗に噴き出し、げほげほ咳き込む。
背中を撫でてやりながらショボンは哀れむような顔をした。
(´・ω・`)「どうだいデレちゃん、こてこてでべたべたなコントを繰り広げた割に
僕以外の誰も見てくれていなかった気分は」
ζ(;、;*ζ「追い討ちかけないでえ!!」
本当に誰も見てくれなかった。
皆、食事や内藤モナー氏の話で盛り上がっている。
- 357 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:45:34 ID:1nLn37lIO
半泣きで突っ伏すデレを尻目に、ショボンがグラスに日本酒を注いだ。
ζ(;、;*ζ「ていうか何でお酒があるんですか……」
(´・ω・`)「こっそり持ってきてもらった」
ζ(;、;*ζ「舌がひりひりするう……」
(´・ω・`)「結構強いお酒だしね」
ζ(;、;*ζ「ううう」
ζ(;、;*ζ「う?」
――酒?
脳の奥から危険信号が飛んでくる。
酒。ショボン。この組み合わせは何か危ないような気が。
アルコールの匂いにぐらつく頭で、必死に考える。
たしかクリスマス。
ニュッとの「デート」を終えて図書館を訪れたデレを出迎えた、凄惨な光景。
ひっくり返ったテーブルや椅子。隅に固まって震えるモララーとハロー、でぃ。
頭からケーキを被った貞子に、ロープで縛り上げられて恍惚としていたしぃ。
顔を腫れ上がらせて気絶する内藤、隣で黙々と紅茶を飲むツン。
その真ん中。
クックルに羽交い締めにされながら眠っていた半裸のショボン。
( ^ν^)『……酒飲みやがったな』
ニュッが、そんなことを呟いていた。
- 358 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:48:14 ID:1nLn37lIO
ζ(;、;*ζ(……お酒……)
気絶から目覚めた内藤から聞いたことには。
ショボンときたら、酒に大変弱い上に、酒乱なのだとか――
ζ(゚、゚;ζ「――ああっ!?」
デレは顔を上げ、ショボンの手を止めようとした。
だが、とき既に遅し。
(´・ω・`)「っぶはぁああ……」
ショボンは空になったグラスを放り、口を袖で拭った。
ζ(゚、゚;ζ「あっ、ああっ、あああ……」
(´・ω・`)「……あんまり上等な酒じゃねえなあ……」
文句を垂れ流しながら、日本酒の瓶を持ち上げた。
そして。
(´・ω・`) ゴッキュゴッキュゴッキュ
豪快に、ラッパ飲みなんぞをおっ始めた。
- 359 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:49:31 ID:1nLn37lIO
ζ(゚、゚;ζ「しょっ、ショボンさん駄目……むぎゃっ!!」
止めようとしたデレを突き飛ばし、ショボンは喉を鳴らして酒を胃に送り続けた。
瓶の中身が減っていく。デレの血の気が引いていく。
慌てて振り返ると、全員がショボンとデレを見つめていた。
内藤が、口を開く。
( ^ω^)「……デレちゃん……」
ζ(゚、゚;ζ「はい……」
( ^ω^)「何だか、僕にはショボンの手にあるものが――お酒に見えるんだけど」
ζ(゚、゚;ζ「……お酒です……」
(;´・_ゝ・`)「酒!?」
/;,' 3「遮木さんに頼まれて持ってきたのですが、何かまずいことを……?」
ξ゚听)ξ「非常にまずいわ」
(‘_L’)「いい飲みっぷりだが……」
(;<●><●>)「ちょっと……中毒起こしませんか、あれ。大丈夫なんですか」
全てを飲み終え、ショボンは瓶を勢いよく畳に置いた。
どん、という音を最後に、室内が静まり返る。
- 360 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:53:05 ID:1nLn37lIO
(´ ω `)
(´ ω `)「……あ゙ー。ああ」
ゆらり。
ショボンが、立ち上がった。
俯いたまま肩を揺らしている。
笑っている。
それから、ゆっくり、顔を上げた。
(*´゚ω゚`)「お前ら順番にしゃぶれよ……」
――その後の惨劇を、デレは知らない。
本能の赴くまま、幼いビロードと妊婦のヒートを連れて部屋を飛び出したからである。
ζ( 、 ;ζ「私は悪くない私は悪くないお酒飲むの止めなかったけど私は悪くない」
(;><)「お姉さんが何か罪の責任から逃れようとしてるんです……」
ノハ;゚听)「なっ、何が起きてるんだ……!?」
縁側。
頭を抱えて蹲るデレの耳に、後方から騒音が飛び込んでくる。
文字にするのも躊躇われるようなショボンの言葉やら、
必死で止める内藤達の声やら、食器が落ちる音やら。
騒ぎを聞きつけたか、ヒールの声もする。
ヒートは気が気でないようで、頻りに後ろを振り返った。
- 361 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:54:34 ID:1nLn37lIO
ζ( 、 ;ζ「……や、やっぱり私が悪いのかな……」
( ^ν^)「どうせお前ごときが止めたところでショボンは聞かねえよ」
ζ( 、 ;ζ「たしかに……」
ζ(゚、゚;ζ「……って、うぎゃあああっ!! ニュッさん!?」
いつの間に避難してきたのか、ニュッが隣に座っていた。
ちゃっかり刺身の皿まで持って。
(;><)「か、体細いくせに食い意地張ってるんです……」
( ^ν^)「あ? わさび食うか?」
(;><)「ひいっ! ご、ごめんなさい!
山盛りのわさびをこっちに向けないでください!」
ノハ;゚听)「大丈夫なのか? あっち」
( ^ν^)「あんだけ飲んだなら、ちょっと暴れればすぐ寝る」
ζ(゚、゚;ζ「すぐって――」
直後。
喧騒が、掻き消えた。
( ^ν^)「ほら、寝た」
ζ(゚、゚;ζ「……はあ」
*****
- 362 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:55:42 ID:1nLn37lIO
で。
ζ(゚、゚;ζ「……何で、こうなったんだろう」
ξ゚听)ξ「何ででしょうね」
洗面所、兼脱衣所。
バスタオルと寝間着の浴衣を抱え、2人は顔を見合わせた。
――酔い潰れたショボンが眠った後。
土下座する内藤に、フィレンクトは「気にするな」と首を振った。
(;^ω^)『もう今すぐ帰りますから!』
(‘_L’)『いや、しかし、調査の報告や報酬の相談がまだ終わっていないし……』
(;^ω^)『うぐ』
そこへ、荒巻がある提案をする。
- 363 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 01:59:41 ID:1nLn37lIO
/ ,' 3『何なら、泊まっていかれてはどうです』
(;^ω^)『とっ、泊まる?』
(´・_ゝ・`)『この上、さらに迷惑をかけてしまうのはどうかと』
/ ,' 3『外も、雪が酷くなっています。
明日になれば天気も落ち着くでしょうし、それまで休まれてはいかがでしょう――』
正直、今から帰るとなると、図書館に着く頃には日が変わる。
吹雪いている中を運転するのも大変そうだし。
デミタスの本だって、未だ見付けられていない。
――内藤は、厚意に甘えることにした。
そうして現在。
デレとツンが、2人で風呂に入る事態と相成ったわけである。
ξ゚听)ξ「早く入りましょう。不快だわ」
ζ(゚、゚;ζ「う、うん……そうだね……」
手早く服を脱いでいくツン。
彼女は、ショボンのせいで煮汁まみれになっていた。
美味しそうな匂いがする。
自分だけ小綺麗なのが申し訳なくて、デレは縮こまりながら服を脱いだ。
胸元に集中するツンの眼差しが恐い。
- 364 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:00:34 ID:1nLn37lIO
全て脱ぎ終え、2人は浴室へ入った。
湯舟にはお湯を張ってもらっている。
ξ゚听)ξ「案外狭いのね」
ζ(゚ー゚;ζ「こらこら、そういうこと言わないの……」
ξ゚听)ξ「ねえ、先にシャワー使っていい?」
言いながらデレを見たツンは、デレの足に視線を止めた。
一瞬、瞠目したような気がする。
ζ(゚、゚*ζ(あら珍しい)
ξ゚听)ξ「何それ」
ζ(゚、゚*ζ「え?」
ξ゚听)ξ「それ」
自分の足を見下ろし、デレは首を捻った。
何、と言われても。
ζ(゚ー゚*ζ「傷跡?」
ξ゚听)ξ「大した跡にならないって聞いてたけれど」
いつぞや、小石で裂けて出来た傷。
膝から臑にかけてぱっくり開いていたそれは、今ではすっかり塞がっている。
残っているのは、跡だけだ。
- 365 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:04:30 ID:1nLn37lIO
ζ(゚ー゚*ζ「うん。だって、靴下とかで充分隠れるレベルでしょ?」
――例えるなら、皮の下に、大きなミミズが這っているような。
そんな跡。
ぷくりと腫れ上がる線条。
そこだけ、皮膚の色が違う。
ξ゚听)ξ「……何て言うか、すごく、――目立つじゃない」
ζ(゚ー゚*ζ「お医者さんは、時間経ったらもう少しマシになると思うって言ってたよ」
ξ゚听)ξ「でも、これじゃあ……。……転んだだけだったんでしょ? 何で、こんな……」
ζ(^ー^*ζ「あははー。怪我した後、何の処置もしないまま走った上に
ちょっと汚いところに座り込んでたからね。悪化してたみたい」
ξ゚听)ξ「……笑い事じゃないわよ」
ζ(゚ー゚*ζ「ニュッさんは何も言ってなかったの?
一緒に診察室でお医者さんの話聞いてくれてたんだけど」
そういえば、傷跡を見せるのはツンが初めてだ。
デレはしゃがみ込み、足を腕で隠した。
- 366 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:05:14 ID:1nLn37lIO
ζ(゚、゚*ζ「気持ち悪いかな? ごめんね、変なの見せて。
……んー、やっぱり、夏になったら水泳の授業休もうかなあ」
ツンを見上げ、ぎょっとする。
何やら、妙な表情をしていた。
怒りとも嫌悪ともつかぬ顔。
ζ(゚、゚;ζ「つ、ツンちゃん? そんなに嫌だった? これ」
ξ゚听)ξ「違う」
ζ(゚、゚;ζ「?」
ξ゚听)ξ「違うの。違う。……ごめんなさい。ごめんなさい、デレ……」
背を向けられる。
彼女が何を謝っているのか――デレには、さっぱりだった。
*****
- 367 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:08:38 ID:1nLn37lIO
川*` ゥ´)「ここでいいかい?」
ζ(゚ー゚*ζ「はい、ありがとうございます!」
ξ゚听)ξ「どうもありがとう」
風呂から上がった2人は、板の間の隣の部屋へ案内された。
布団が2組敷かれている。
川*` ゥ´)「隣はビロードの部屋だから、何かあったらビロードに言って。
そっちは縁側。
あと、こっから廊下挟んで左斜め……ビロードの向かいの部屋に男共寝かせるよ」
ζ(゚ー゚;ζ「そのようですね……ショボンさんのいびきが聞こえてきます……」
川*` ゥ´)「そんじゃ、ごゆっくりー。
あんたらの服は乾燥機にかけてるから、それが済んだら持ってくるよ」
ヒールはひらひら手を振って部屋を出ていった。
布団の上にデレが転がり、ツンはストーブの前に座る。
ツンが、浴衣の裾を指でつまんだ。
ξ゚听)ξ「さすがに、これだけじゃ寒いわね」
ζ(゚ー゚*ζ「そう?
浴衣だと何か温泉旅館って感じがするね。……あ、布団ふかふか」
- 368 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:10:14 ID:1nLn37lIO
壁にかかる時計を見る。
もう10時前だ。
そのとき、とんとん、襖が叩かれた。
隣。ビロードの部屋から。
ζ(゚ー゚*ζ「はあい」
開けていいですか、とビロードの声がする。
どうぞと返すと、可愛らしいパジャマを着たビロードが、
おずおずと襖を開けた。
ζ(゚ー゚*ζ「どうしたの?」
( ><)「私、もう寝ますけど……用があったら、気にせず起こしてくださいね」
ζ(゚ー゚*ζ「起こさない起こさない、ゆっくり寝てて。
おやすみなさい、ビロードちゃん」
ξ゚听)ξ「おやすみなさい」
(*><)「おやすみなさいなんです」
ぺこりと頭を下げ、ビロードが自室へ引っ込む。
デレは、無性に妹が欲しくなった。
*****
- 369 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:11:41 ID:1nLn37lIO
( ^ω^)「――ご存知なんですかお」
ノパ听)「内藤さんの親類から譲り受けたものの中に、一冊あった筈だけど。
なっ?」
( <●><●>)「……ええ」
内藤とデミタスは、若菜夫妻の部屋にお邪魔していた。
本について訊ねてみれば、たしかにデミタスの本を持っているという。
(´・_ゝ・`)「『譲り受けたものの中に』ということは、他にも?」
ノパ听)「えっと、何だっけ。山村とか、ハロー? とか」
(*^ω^)「おお……! よろしければ、見せてもらえませんかお!?」
ノパ听)「勿論。ワカ、どこだっけ?」
( <●><●>)「ここに」
本棚から6冊ほどの本を取り出し、ワカッテマスは内藤の前に置いた。
貞子、クックル、ハロー、モララー、椎出姉妹の本が一冊ずつ。
――デミタスのものは、ない。
( ^ω^)「……盛岡デミタスは?」
( <●><●>)「……どうしてだか、この間から見当たらないんですよ」
(´・_ゝ・`)「見当たらない?」
( <●><●>)「不思議なことに」
内藤は、デミタスと視線を交わした。
――本が移動したのだろうか?
- 370 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:13:56 ID:1nLn37lIO
( ^ν^)「全部、生きてる本じゃねえ」
ニュッは本を布団の上に置くと、そう言った。
内藤が若菜夫妻に頼み込んだところ、あっさり本を返してもらえた。
早速ニュッのもとに行き、本を見せてみる。
その結果が、先の答えである。
どれも、命は宿っていないらしい。
( ^ω^)「残るデミタスの本が生きてるかどうか……」
内藤、デミタス、ニュッの3人は顔を突き合わせ、小声で話し合っていた。
隣室とは襖一枚隔てた距離しかない。聞かれてはまずい話だ、自然とこうなる。
( ^ν^)「タイトルは聞いたか?」
( ^ω^)「覚えてないらしいお。
昔一度読んだっきり、ずっと放っておいてたとか」
( ^ν^)「あらすじは」
( ^ω^)「それもあんまり。冬で、館が舞台だったそうだけど」
( ^ν^)「んなもん、該当する話が多すぎる」
(´・_ゝ・`)「だよね」
- 371 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:14:41 ID:1nLn37lIO
(;^ω^)「う。……でも、ほら。勝手に移動したとするなら、
やっぱり生きてるのかもしれないお」
(´・_ゝ・`)「僕の本はあんまり動きたがらないんだけどなあ」
( ^ν^)「作者も本も引きこもり体質だからな」
俯き、ニュッが考え込む。
生きている本。
絶対とは言い切れないが、ひとりでに移動したわけではないのなら。
( ^ν^)「……隠してんのか?」
( ^ω^)「ワカッテマスさんが?」
( ^ν^)「分かんねえけど」
(´・_ゝ・`)「隠すって、何で――」
( ^ν^)「それも分かんねえ」
(;^ω^)「……ううん……」
- 372 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:16:10 ID:1nLn37lIO
(´・_ゝ・`)「あ、ところで館長」
(;^ω^)「お?」
(´・_ゝ・`)「家に電話しなくていいの」
(;^ω^)「……ああっ!!」
図書館に連絡するのを忘れていた。
きっと心配しているだろう。
携帯電話を開く。
(;^ω^)「うげ」
(´・_ゝ・`)「どうした?」
(;^ω^)「圏外だお……ニュッ君の携帯は?」
( ^ν^)「……俺のも」
部屋の中を歩き回ってみたが、アンテナは一本も立たなかった。
すやすやと寝入っているショボンのスーツに手を突っ込み、携帯電話を引っ張り出す。
と、同時。
「触んじゃねえよカスが!!」(´゚ω゚`)≡⊃))ω゚)「ヤツハカムラッ!!」
物凄い勢いでぶん殴られた。
- 373 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:18:11 ID:1nLn37lIO
(;#)ω^)「いっ、いきなり起きんなおショボン!」
(*´-ω-`) スヤスヤ
(;#)ω^)「えっ嘘! 寝相!? 寝相だったの今!? 目開いてなかった!?」
なんて面倒臭い酔っ払いだ。
ショボンの脇腹を蹴飛ばし、内藤は抜き取った携帯電話を見た。
こちらも圏外。
(´・_ゝ・`)「駄目?」
(∩^ω^)「駄目だお……ああやだ頬っぺた痛い……」
内藤は浴衣の襟を直すと、コートの内ポケットから小瓶――香水を取り出した。
手首に一吹き。バニラのような、甘ったるい匂いが漂う。
(´・_ゝ・`)「すぐ寝るんだから、つけなくてもいいじゃないか」
( ^ω^)「何か、つけてないと不安で」
(´・_ゝ・`)「その匂い嗅ぐとケーキとか食べたくなるんだよな……」
( ^ω^)「おっおっお、たしかに。
――ちょっと、電話借りてくるおー」
( ^ν^)「ん」
- 375 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:23:12 ID:1nLn37lIO
障子を開けた内藤は、デレ達の部屋から出てくるヒールを見付けた。
声をかける。
( ^ω^)「ヒールさん」
川*` ゥ´)「んー?」
( ^ω^)「電話貸していただけませんかお? 携帯、電波入らなくて」
川*` ゥ´)「ああ、はいはい。おいで」
板の間の片隅に、固定電話が設置されていた。
ダイヤル式だ。物珍しい心持ちで数字盤を回す。
図書館の番号へかけるとクックルが出た。
事情を簡単に説明し、一泊する旨を告げる。
ついでに二言三言交わし、受話器を置いた。
- 376 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:25:08 ID:1nLn37lIO
( ^ω^)「ヒールさん、ありがとうございまし……。……何か?」
ヒールに礼をしかけ、怪訝な顔をする。
無遠慮に匂いを嗅がれまくっていた。
川*´ ゥ`)「甘い香りがする。いい匂いだ」
( ^ω^)「ああ、そりゃあどうも。香水ですお」
川*´ ゥ`)「ケーキ食べたくなってきた……」
デミタスのようなことを言う。
微笑みながら「おやすみなさい」と挨拶し、内藤は部屋へと戻るべく踵を返した。
早く寝たい。
デミタスの本については明日、改めて探すとしよう。
今日の内に出来ることはもうないだろうし、それに、もうくたくたである。
( ^ω^)(あの垂れ眉糞野郎……朝になったら鳩尾に拳ぶち込んで起こしてやるお)
*****
- 377 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:27:53 ID:1nLn37lIO
足音がした。
ζ(゚、゚*ζ
目を覚ます。
寝返りをうち、デレは、枕元に手を伸ばした。
ヒールが洗濯してくれた私服に触れる。
その上にある携帯電話を取った。
開く。圏外。時間は午前1時過ぎ。
眠ったのが11時頃だったから、大体2時間ぐらい経ったのか。
携帯電話と目を閉じる。
ζ(-、-*ζ
足音は部屋の前を過ぎ、段々と遠ざかっていった。
方向からして、トイレに行くのだろうか。
デレの意識が沈む。
夢現。
揺蕩いながら、落ちていく。
.
- 378 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:29:40 ID:1nLn37lIO
悲鳴。
ζ(゚、゚;ζ「な、何……!?」
ξ゚听)ξ「……」
デレとツンが体を起こす。
立ち上がり、障子に手をかけた。
ζ(゚、゚;ζ「悲鳴だった……よね?」
ξ゚听)ξ「ええ」
「――……か! ――誰か!」
また聞こえた。
廊下に出て、暗がりの中、声のする方へ駆ける。
――屋敷の奥。
あの、ヒールと口論していた男の部屋だ。
嫌な予感がデレを襲う。
- 379 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:31:16 ID:1nLn37lIO
/;,' 3
J(;'ー`)し
川;` ゥ´)
部屋の前でへたり込むヒールを、荒巻とカーチャンが支えている。
ヒールの手には懐中電灯。
ζ(゚、゚;ζ「どうしたんですか!?」
デレとツンは駆け寄り――荒巻達の視線の先、室内を見て、硬直した。
中央。布団の上。
ビロードが、何かを揺り動かしている。
(;><)「フサさん、フサさん……! 起きてください、フサさん!」
ミ,, Д 彡
「何か」――仰向けで倒れている、男。
ヒールに怒鳴り、ビロードに笑いかけた、あの男。
ζ(゚、゚;ζ「……ひ……」
今じゃ胸や腹を真っ赤に染めて、ぴくりとも動かない。
.
- 380 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:35:34 ID:1nLn37lIO
(;´・_ゝ・`)「何かあったの?」
そのとき、デミタスとニュッがやって来た。
部屋の前で立ち竦む。
(;´・_ゝ・`)「うわ」
(;><)「……なんで……」
ζ(゚、゚;ζ「ビロードちゃん……!」
我に返ったデレは中に飛び込み、ビロードを抱きしめた。
ツンが、ふと気付く。
ビロードと男、デレの他に――もう1人、いる。
部屋の中、光から離れた壁際に、誰かが。
ξ゚听)ξ「誰?」
( ^ν^)「……」
動こうとしたツンを掌で制止し、ニュッが部屋に足を踏み入れた。
明かりがつけられる。
- 381 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:38:54 ID:1nLn37lIO
( ^ω^)「――え?」
壁際の人物。
内藤は、呆然と辺りを見渡した。
内藤が着ている浴衣のあちこちには赤い汚れ。
ぬらぬら、血にまみれた手に握られている包丁。
包丁?
( ^ν^)「兄ちゃん」
ξ゚听)ξ「……何で、そんなの持ってるの……?」
.
- 382 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:39:42 ID:1nLn37lIO
ζ(゚、゚;ζ「……ないと、さ……」
何なのだ。
これでは。
これでは、まるで。
内藤が、男を刺したみたいではないか。
.
- 383 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/07/11(月) 02:41:15 ID:1nLn37lIO
――午前1時27分。
吹雪は今も尚、ガラス戸を叩いている。
第七話 続く
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