- 810 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 20:54:25 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)「クリスマス?」
ミセ*゚ー゚)リ「ほら、4日後はクリスマスでしょ。ドクオ君に何あげるか、もう決めた?」
大学、学食。
缶コーヒーを飲みながら、素直クールは首を傾げた。
川 ゚ -゚)「そういや考えてなかったな」
ミセ;゚ー゚)リ「うわ酷い。……まさかデートの予定すら立ててないなんてこと、ないよね」
川 ゚ -゚)「クリスマスは家で過ごすつもりだが」
ミセ;゚ー゚)リ「……ドクオ君の?」
川 ゚ -゚)「いや私の。そもそも会う予定もないし」
ミセ;゚ー゚)リ「嘘だぁあああ!? イブは!?」
川 ゚ -゚)「イブも同じく」
ミセ;゚ー゚)リ「信じらんない! マジで!?
え、だって付き合ってから初めてのクリスマスでしょ!?
一番テンション上がるとこじゃん! お泊りとかするレベルじゃん!」
食事も忘れて怒鳴る友人、ミセリを睨み、クールは唇の前で人差し指を立てた。
ミセリが口を噤み、納得のいかぬ顔でサンドイッチの包みを開ける。
- 811 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 20:55:36 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)「何か言いたそうだな」
ミセ*゚ー゚)リ「山ほど言ってやりたいっつの。……ていうかクリスマスに家にいて何するの?
妹さんだって彼氏と出掛けるんだろうし――」
川 ゚ -゚)「いや、あいつは恋人なんかいないぞ」
ミセ;゚ー゚)リ「嘘っ!? めちゃくちゃ可愛い子だったよね?
あんだけ可愛いなら、彼氏に立候補する人いっぱいいるでしょ?」
川 ゚ -゚)「ああ可愛い。出歩かせるのが心配になるぐらい可愛すぎる。
……可愛すぎるせいで警戒心が強いし、理想が高いんだ。
おかげで彼氏いない歴イコール年齢だぞ」
ミセ;゚ー゚)リ「彼氏いない歴云々はあんたもそうだったでしょ、夏まで……。
ていうか、うわあ。あの顔で男遊びしないとか勿体なさすぎ」
川 ゚ -゚)「今みたいに身持ち固い方がいいんだがなあ、姉としては」
言いながら、クールは妹の姿を思い浮かべた。
最近妹の挙動がおかしい。
ぼうっとしたり、ふとしたときに顔を赤くさせては恥ずかしそうに頭を掻きむしったり。
母親は、恋でもしたのだと笑っていたが、そうなのだろうか。
それが事実なら、何だか物悲しい。
妹離れが出来ていないのかもしれない。
- 812 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 20:56:50 ID:kW9CiXpgO
ミセ*゚ー゚)リ「まあ妹さんのことは置いといて。
あのさ、ドクオ君からクリスマスの話とか全然出なかったの?」
川 ゚ -゚)「まったく。私もドクオも、自分から誘うタイプじゃないからな」
ミセ*゚ー゚)リ「まさか今までデートとかしなかったわけじゃ」
川 ゚ -゚)「いや、それは何度かしてるぞ。
帰宅するときや散歩中にたまたま会ったら、流れで何となく……って感じで」
ミセ;゚ー゚)リ「おかしいって。絶対おかしいって。前提からして運任せって」
川 ゚ -゚)「話はメールや電話でしょっちゅうしてるから、
わざわざ約束してまで会って話すことやするようなこともないだろう」
ミセ;゚ー゚)リ「理由がなくても会いたくなったり話したくなったりするもんなの、普通は!
本当に付き合ってんの? 本当に好きなの!?」
川 ゚ -゚)「嫌いな人間と付き合う趣味はない」
ミセ;゚ー゚)リ「そりゃそうだろうけど……ああもう、ついていけない」
腕時計を見下ろしたミセリは、ん、と声を漏らし、サンドイッチに齧りついた。
粗方食べ終えたところで、クールを指差す。
- 813 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 20:57:18 ID:kW9CiXpgO
ミセ*゚ー゚)リ「明日から冬休みだし、ドクオ君といっぱい遊びなよ。恋人らしいことしなさい。
あんたは良くてもドクオ君が不安になるかもしれないんだから」
川 ゚ -゚)「……努力はする」
ミセ*゚ー゚)リ「頑張ってねー」
サンドイッチの最後の一欠片を口に押し込みながら、ミセリが立ち上がった。
そろそろ午後の講義が始まる時間だ。
クールは、今日は午前までで終わり。コーヒーを飲み干したら帰るとしよう。
去っていくミセリの背を見送り、溜め息をついた。
川 ゚ -゚)(デート、ねえ)
*****
- 814 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 20:58:23 ID:kW9CiXpgO
大学1年生である素直クールは、今年の夏、初めて恋人が出来た。
美人であるために言い寄ってくる男は多かったのだが、
どうにも恋愛というものが分からず断り続けていたクール。
そんな彼女が交際を受け入れた相手は、よりによって、
('A`)「あ、く、クーさん」
川 ゚ -゚)「やあ、ドクオ」
根暗でひょろひょろした――まあ、はっきり言ってしまうと、
思わず「どうしてこれを選んだの?」と問い掛けてしまいたくなるような男であった。
鬱田ドクオ。クールと同じ学部の同級生。
出身高校も一緒で、クラスメートになったことがある。
小柄で痩せっぽち、ほんの些細な差ではあるが、クールより背が低い。
- 815 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 20:59:08 ID:kW9CiXpgO
(*'A`)「クーさん、今帰るところ?」
川 ゚ -゚)「そうだ。君もか?」
(*'A`)「う、うん……途中まで、あの、」
川 ゚ -゚)「ああ、一緒に行こう」
告白してきたのはドクオの方。
講義を終えた後、「好きです」とだけ書かれたルーズリーフを渡された。
B5用紙の中央に、たった4文字。
整った綺麗な字だったが、少しだけ震えていたように思う。
真っ赤になっているドクオに、クールは小さく笑いかけ、頷いて返した。
夏休みに入る直前だった。
それから今に至るまでの約4ヶ月超、2人は
ミセリが呆れるのも当然というほど、清い交際を続けている。
恋人らしい振る舞いが分からないクール、奥手すぎるドクオ。
進展しようがない。
- 816 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:00:39 ID:kW9CiXpgO
(*'A`)「……」
川 ゚ -゚)「……」
(*'A`)「ねえ」
川 ゚ -゚)「なあ」
無言のまま歩いていた2人は、同時に声をあげた。
顔を見合わせる。
ドクオは――いつものことではあるが、今日は輪をかけて――真っ赤になっていた。
(;*'A`)「あ、な、何?」
川 ゚ -゚)「いや、君から話してくれ」
(;*'A`)「ん……あ……ええと」
川 ゚ -゚)「……」
立ち止まる。
もじもじするドクオを見つめながら、クールは「こいつたまに気持ち悪いな」と
だいぶ失礼なことを考えた。
- 817 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:04:02 ID:kW9CiXpgO
(;*'A`)「……こ、これ! 後で読んでください!!」
ついに意を決したか、ドクオは鞄から取り出した封筒をクールの手に握らせた。
くしゃり、封筒が僅かに潰れてしまう。
そしてクールが何か言いかける前に、彼は猛ダッシュで逃げていった。
川 ゚ -゚)「……回りくどい奴だなあ」
ドクオには、気恥ずかしいことなどを手紙にして伝える癖がある。
口にするのは無理。不慣れなメールでは上手く言葉に出来ない。
だから、手書きで記すしかないらしい。
以前ミセリに「面倒臭くない?」と言われたが、
クールは、ドクオの手紙がなかなか好きだった。
家に帰ってからじっくり読もう、と、クールは手紙を鞄にしまった。
川 ゚ -゚)「ん」
携帯電話が鳴り響く。
表示された発信者名は母。
川 ゚ -゚)「はい」
――何でも、単身赴任中の父が勤め先で怪我をしたらしい。
大したものではないが、心配だから様子を見に行きたいという。
- 818 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:05:22 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)「行くのか? 今から?」
それから二、三言交わし、通話を切った。
父の怪我の度合いによっては、何泊かしてくるつもりだそうだ。
急な話ではあったが、今までにも似たようなことはあったし、
別に、これといって思うところもない。
妹と、どんな風に家事を分担しようか。クールは首を傾げた。
川 ゚ -゚)「……ん」
腹が鳴る。
昼飯は家で食べようと考えていたため、大学では缶コーヒーしか口にしていなかったのだ。
妹は友達数人とカラオケに行く予定だと言っていたし、
母も出掛けるとなると、帰宅しても自分で食事の準備をしなくてはならない。
川 ゚ -゚)(面倒だな。……どこかで食べていくか)
- 819 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:05:55 ID:kW9CiXpgO
第六話 あな優しや、SF小説・前編
.
- 820 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:07:03 ID:kW9CiXpgO
英語教師、奈良場ビコーズの朝は早い。
( ∵)
5時にセットした目覚まし時計が鳴る直前に起き上がり、目覚ましのスイッチを押す。
畳んだ布団を部屋の隅に寄せ、顔を洗いに洗面台へ。
朝食と歯磨きを終えた後は、ゆったり新聞を読みながら一日の計画を大雑把に立てる。
それも済ませると、着替えをし、身嗜みを整えた。
荷物の確認。
服の確認。ネクタイを締め直してコートを羽織る。
時間も確認。7時半。
( ∵)「……」
壁を殴りつける。
どん、と鈍い音が響いた。
彼の名誉のために言っておくと、これは八つ当たりなどではなく、
ちゃんとした意味を持った行動である。
靴を履き、外に出る。
施錠したところで、隣のドアが開いた。
从'ー'从「ふああ〜……おはようございますう」
中から現れたのは、薄着の女性――渡辺。
欠伸を零した彼女は、間延びした声で挨拶しながら、郵便受けから新聞を引き抜いた。
- 821 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:08:44 ID:kW9CiXpgO
( ∵)「おはようございます」
从'ー'从「今朝もありがとうございましたあ」
( ∵)「どうせ寝過ごしてるだろうと思いまして」
先程ビコーズが壁を殴ったのは、彼女を起こすためであった。
この年季の入ったアパートは壁が薄い。
軽く叩くだけで充分なのだが、嫌がらせの意味を込め、
あえて「殴る」方を選択している。
从'ー'从「正解、ついさっきまで寝てましたあ〜。
やだわあ、私の部屋、覗き見でもされてるのかしら〜」
( ∵)「誰が好き好んであなたなんかの部屋を覗きますか。
先生はそこまで悪趣味ではありません」
从'ー'从「むっつりっぽいもの〜」
( ∵)「失礼ですね。先生は純真無垢な天使ですよ」
- 822 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:10:27 ID:kW9CiXpgO
从'ー'从「その一人称何とかならなあい? 『先生は』『先生は』って……。
私はあなたの生徒じゃないの〜」
( ∵)「申し訳ありません、何だか学生を相手にしてる気分になるもので」
从'ー'从「あらあらうふふ、私が若いってこと〜?」
( ∵)「ガキっぽいと思いますよ、精神的に。
いやはや、一生懸命若作りしようとする30代ってのは大人げないったら」
从'ー'从「殺すぞ」
( ∵)「まあ年齢をネタにからかってもブーメランになるだけなんで黙ります。
とりあえず引っ込みなさいよ、30代が薄着で外に出るなんて無差別テロもいいとこです」
睨みつけてくる渡辺の横を通り過ぎ、ビコーズはアパートを出る。
一度振り返ると、渡辺が舌を出して、右手の親指を下に向けているのが見えた。
中指を立てて返し、駐車場に停めていた車に乗り込む。
( ∵)「……今日も頑張りますか」
ぽつりと呟き、学校に行くべく車を発進させた。
*****
- 823 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:11:28 ID:kW9CiXpgO
明日から高校は冬休みに入る。
今日は清掃と集会、ホームルームのみ。
予定通りに滞りなく進み、昼前には放課となった。
( ∵)(……お)
担当しているクラスでのホームルームを終えて。
廊下に出たビコーズは、とある生徒が歩いているのを見付けた。
心なしか足取りが軽そうだ。
気配を消して背後から近寄り、その生徒の両肩に手を置いて、耳元で囁いた。
( ∵)「なーがおーかさーん」
ζ(゚ー゚;ζ「ひゃあああああああ!?」
生徒、もとい長岡デレは絶叫して体を跳ねさせる。
必死に身をよじっていたが、ビコーズががっちり押さえ込んでいるために
逃げ出すことは叶わなかった。
そのままの体勢でビコーズは話を続ける。
- 824 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:12:36 ID:kW9CiXpgO
( ∵)「何です、おばけにでも会ったみたいに」
ζ(゚ー゚;ζ「びっ、びっ、ビコーズ、先生……」
( ∵)「ええ、みんな大好きビコーズ先生ですよ。ところでね、長岡さん」
ζ(゚ー゚;ζ「はい……」
( ∵)「期末も散々でしたねえ」
ζ(゚ー゚;ζ「で、でも!」
( ∵)「でも?」
ζ(゚ー゚;ζ「あ、ああ、あ、赤点ではなかったです……よね……」
( ∵)「そうですね、赤点ではありませんでした」
ζ(゚ー゚;ζ「でしょう!?」
( ∵)「あと2点低かったらアウトでしたけど」
ζ(゚ー゚;ζ「……」
英語が苦手な長岡デレ。
一学期末、二学期中間と赤点続きだった彼女は、
今回の期末試験も――前より点数は上がったといえど――悲惨な結果と相成った。
- 825 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:14:41 ID:kW9CiXpgO
( ∵)「おっと勘違いしないでください。難易度を下げてあげたのにあの点をとっただとか
○×問題20問を奇跡的に全て外しただとかいうことをつつこうってんじゃありません。
先生はね、あなたを心配してるんですよ」
ζ(゚ー゚;ζ「へ……」
( ∵)「進級したら当然授業の内容もレベルアップします。
英語に限りませんよ。あなたの苦手な数学や物理もです。
それらについていけなくなったら、今度こそあなたは」
留年するかもしれません。
殊更ゆっくり囁いてやると、デレは引き攣った悲鳴を漏らした。
廊下を歩く生徒達が、哀れみを含んだ目をデレに向けている。
( ∵)「あなたは基礎の時点でぐらついてるんです。
不安定なままにどんどん積み重なっていくから、ばったん、と倒れるわけで」
ζ(゚、゚;ζ「うっ」
( ∵)「今一度、基礎の基礎から学び直しませんか?
それさえ固められれば、いくら何でも赤点……ましてや留年するほどには至りません」
- 826 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:16:17 ID:kW9CiXpgO
ζ(゚、゚;ζ「……それって……」
( ∵)「ん?」
ζ(゚、゚;ζ「つまり、ほ……」
( ∵)「補習です」
デレが固まった。
ぽん、と背中を叩き、ビコーズはデレの前へ回る。
( ∵)「赤点獲得者と殊勝な希望者のために、明日から一週間、それと三が日後に一週間、
補習を行います。いかがです、長岡さん」
ζ(゚ー゚;ζ「えっと、あの、」
( ∵)
ζ(゚ー゚;ζ
( ∵)「いいんですよ、別に。遠慮しなくて。
先生の気遣いを踏みにじってくれて構いません。
今宵、先生が枕を涙で濡らすだけです。ええ」
ζ(゚ー゚;ζ「……受け、させてください……」
( ∵)「ははっ、嫌々って感じぷんぷんですね」
- 827 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:17:56 ID:kW9CiXpgO
( ∵)「あのね長岡さん。何も、先生はあなたに意地悪したいんじゃありません。
まったくしたくないって言ったら嘘になりますが」
( ∵)「――善意ですよ善意。あなたを救いたいんです。
先生は生徒達が大好きです。優等生も劣等生もみんな幸せになってほしい。
そんな慈愛に満ちた仏のような先生ですから、あなたを放っておけません」
ζ(゚、゚*ζ「……ビコーズ先生……」
( ∵)「分かっていただけました?」
ζ(゚ー゚*ζ「――はい……補習、是非受けさせてください」
( ∵)「あなたって本当に単じゅnげふんげふん。純粋な方ですね。
では明日の午前9時に、前回と同じ教室で」
はい、と返事するデレに手を振り、ビコーズは職員室を目指した。
決して嘘は言っていない。
ビコーズは生徒を分け隔てなく愛しているし、
可能な限り、彼らの前に立ちはだかる障害を乗り越えられるように
手助けをしてやりたいと考えている。
まあ、それはそれとして。
( ∵)「長岡さん反応がいいから面白いんですよね」
――という、個人的極まりない理由もある。
- 828 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:18:53 ID:kW9CiXpgO
鼻唄を歌いながら階段を下りようとしたビコーズは、
とある生徒が踊り場にいるのを見付けた。
デレとどっこいどっこいな成績の男子生徒だ。
彼も期末では赤点を逃れたが――補習を受けさせておいて、損はない。
一段飛ばしで駆け降り、ビコーズは彼の両肩を掴んだ。
( ∵)「おーわったっくん」
\(;^o^)/「ひいぃいいっ!?」
その後、ビコーズが職員室に辿り着くまでに、計4名の生徒が犠牲となったのであった。
*****
- 829 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:20:59 ID:kW9CiXpgO
昼を迎え、午後1時。職員室。
空腹を覚えたビコーズは、ノートパソコンを閉じて立ち上がった。
食べたいものを考えつつ、悠然と歩く。
( ∵)(ラーメンにでもしますかねえ)
学校を出て、車に乗り、馴染みのラーメン屋へ赴いた。
狭苦しい店内に入る。客は疎ら。
( ∵)「どうも」
(`・ω・´)「おう、何か久しぶりじゃねえか?」
( ∵)「今日は少し時間に余裕がありますので。
給料日ですし、外で食べてやろうかなと」
(`・ω・´)「いつも通り塩ラーメンで?」
( ∵)「お願いします」
- 830 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:22:03 ID:kW9CiXpgO
厳つい顔つきの店主に片手で挨拶し、ビコーズはカウンター席に着いた。
2人には親子ほどの年齢差があるが、それなりに仲は良い。
「人畜無害そうな見た目のくせに、腹は真っ黒なところが息子に似てる」。
以前、店主が言っていた。
彼の息子はラーメン屋を継ぐのを嫌い、家を出て探偵事務所なんぞを構えたらしい。
ビコーズには関係のない話だ。
( ∵)「おや」
川 ゚ -゚)「?」
カウンターの端で炒飯を食べている女性を見て、ビコーズは首を傾げた。
互いに会釈する。
( ∵)「この薄汚い店に不釣り合いな美女が」
(`・ω・´)「ざっけんな。どこが薄汚いって?」
( ∵)「失礼、汚い店でした」
(`・ω・´)「レベルアップしちゃったよ。
――結構ちょくちょく来てくれるんだぜ。ねえクーちゃん」
川 ゚ -゚)「はい。ここの炒飯が好きで」
- 831 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:24:16 ID:kW9CiXpgO
(*`・ω・´)「むふふはは。好きだってよー。照れちゃう照れちゃう」
( ∵)「あなたじゃなくて炒飯の話ですよ」
(`・ω・´)「けっ、うるせえ野郎だなあ……本でも読んで待ってろい」
言って、店主はビコーズの手元を顎でしゃくった。
見下ろしてみれば、そこには一冊の本。
( ∵)「何です。これ」
(`・ω・´)「おっととと、汚すなよ。後で人に渡すんだから」
( ∵)「なら、こんなとこに置いてちゃ駄目でしょう……。
……しい、で、しぃ? 知らない作家ですね」
桜色の表紙。ハードカバー。
めくって、ビコーズは「ん」と唸った。
( ∵)「手書きじゃないですか。……んん? 本というか、ノートか……」
(`・ω・´)「息子の友達がよ、集めてんだ。そういう本。
んで、さっき来た客がたまたま持ってたからよお。頼んで譲ってもらった」
( ∵)「マニアの間じゃ有名、ってやつですか? 所謂。
ていうか、いいから早くラーメンください」
(`・ω・´)「あーい」
- 832 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:25:18 ID:kW9CiXpgO
ふと視線を横にやる。
クーちゃん、とやらと目が合った。
( ∵)「……何か?」
川 ゚ -゚)「え。……いや、綺麗な色だなと。本」
( ∵)「ですね」
「クーちゃん」の方へ本を滑らせる。
すっかり食事の手を止めていた彼女は、それを受け取り、まじまじと表紙を眺めた。
ビコーズは、麺の湯切りをする店主へ声をかける。
( ∵)「本への興味に負けましたよ、炒飯」
(;`・ω・´)「いちいち報告すんな。嫌味な野郎だなあ、ほんと」
川;゚ -゚)「あ、ごめんなさい、どうしても気になって」
「クーちゃん」が慌てて本を置き、再び炒飯に取り掛かった。
だが、尚も本へちらちらと目を落としている。
- 833 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:26:47 ID:kW9CiXpgO
( ∵)「……だいぶ気に入ってるんじゃないですか」
(`・ω・´)「クーちゃんが欲しいならあげたいところだが……」
川;゚ -゚)「ああ、その、結構です。本当にただ気になるだけですから」
(`・ω・´)「そうかい? ――あいよ、塩ラーメン」
( ∵)「はい、いただきます」
ビコーズの前へ塩ラーメンが置かれる。
ほこほこと湯気を立てる丼に一礼し、割り箸を手にした。
この店の塩ラーメンが好きだ。
というより塩ラーメンしか食べられない。
醤油も味噌もとんこつも不味い代わりに塩だけ異常に美味しい、という不可思議な店である。
ビコーズが麺を啜り始めてから、数分後。
炒飯を食べ終えた「クーちゃん」は席を立ち、代金を置いて店を出ていった。
- 834 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:28:45 ID:kW9CiXpgO
(`・ω・´)「クーちゃん行っちゃった。俺を癒してくれる天使が……」
( ∵)「奥様にチクりましょうか」
(`・ω・´)「おうおうビコの旦那、チャーシューおまけしてやりましょう」
( ∵)「たかがチャーシュー1枚で口止めするおつもりで?」
(`・ω・´)「……2枚」
( ∵)「よろしい。
いい年して女の子にでれでれしなさんなよ」
(`・ω・´)「別に口説こうってんじゃないのに……」
しばらくして、スープを飲み干し、空になった丼を置く。
財布を出しながら、ビコーズは腰を上げた。
( ∵)「ごちそうさまでした。美味しかったです」
(`・ω・´)「そいつは何より。また来いよ」
( ∵)「気が向いたら」
- 835 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:30:54 ID:kW9CiXpgO
料金ぴったり支払い、店を出る。
引き戸が閉まるのを見届けた店主は、丼を下げ――
(`・ω・´)「……おう?」
ついでに本を片付けようとして、首を傾げた。
今さっきまでカウンターに置きっぱなしだった本が、消えていたのだ。
( ∵)
学校へ戻るために車を走らせる。
――ビコーズは気付かない。
後部座席で揺られる、桜色の本に。
*****
- 836 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:32:07 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)「……?」
帰路についていたクールは、奇妙な感覚に顔を顰めた。
頭の中に靄が広がる。
しっかりとした思考が掴めない。
ほんの数秒前のことを思い出そうとしても、靄が邪魔をする。
瞼が重い。
立ち止まり、目を瞑る。
川 - -)
深呼吸。
一回、二回、三回。
脳裏を駆け巡る情景。
――構築されていく、記憶。
川 - -)
川 ゚ -゚)
ぱちり。瞼を上げる。
- 837 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:32:42 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)
川 ゚ -゚)「……ご、」
川 ゚ -゚)「しゅじん、さま」
*****
- 838 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:34:40 ID:kW9CiXpgO
(;^ω^)「あちゃあ……また補習かお。しかも冬休みに」
ζ(゚ー゚*ζ「でも先生は私のためを思って!」
( ^ν^)「お前それ多分騙されてんぞ」
ζ(゚、゚*ζ「え?」
VIP図書館。2階、食堂。
そこで、デレは昼食をとっていた。
内藤ホライゾンに内藤ニュッ、ツンといったいつもの面々に、
椎出でぃと椎出しぃの双子と茂等モララー、山村貞子が加わっている。
他の作家達は、外出していたり執筆のために部屋に篭っていたりと諸々の理由で
この場にはいない。
ζ(゚、゚*ζ「だ、騙されて……ますかね……」
ξ゚听)ξ「話を聞く限りでは。私達が実際にその先生見たわけじゃないから、
断定は出来ないけれど」
- 839 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:36:04 ID:kW9CiXpgO
川д川「意地悪な先生なんでしょお……。
……そういう人って、デレちゃんみたいな弄り甲斐のある子、好きそう……」
(*゚ー゚)「弄り甲斐! あるよねデレちゃんって!
おっぱいとかお尻とか足とか弄り倒したいもん!
なーんだ貞子も理解してきたねえ、セクハラ道を」
川д川「そういうことじゃないわあ……ちょっと寄らないで触らないで馬鹿変態」
(*゚ー゚)「貞子は腰がいいね腰が。すらっとして、きゅってして。ぺろぺろしたい」
川д川「あ、やだやだやだ……モララーにやってちょうだい……」
(;・∀・)「俺!?」
(*゚ー゚)「わざわざあっちまで行くの面倒ー」
川д川「じゃあでぃにしなさいよう……」
(;゚;;-゚) そ
(*゚ー゚)「でぃちゃんはもう飽きたもん」
(;゚;;-゚) そ 「!?」
- 841 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:37:57 ID:kW9CiXpgO
奥から、デレ、貞子、しぃ、でぃが一列に座り、
反対側にツン、内藤、ニュッ、モララーと並んでいる。
各々の前にはチキンライスとコンソメスープ、ほうれん草のソテー。
デレのお手製だ。
ζ(゚、゚;ζ「だ、騙されたのかな……うわあ……私、うわあ、……うわあ……」
( ^ν^)「単純馬鹿はこれだから」
ζ(;、゚*ζ「うっ……」
(;^ω^)「あ、あー、あー。美味しい! 美味しいお!
デレちゃんが作ってくれたチキンライス美味しいおー!!」
ζ(ぅ、;*ζ「……本当ですか?」
(;^ω^)「程よい味付けで!」
ξ゚听)ξ「私も美味しいと思うわ」
ζ(ぅー;*ζ「よ、よか、良かったあ……」
いつも御馳走になっているからと、今日はデレが厨房を借りて食事を作った。
材料は行きがけにスーパーで買ったもの。
考えていたよりメンバーが少なかったため余ってしまったが、
それらは持ち帰って活用するとしよう。
- 842 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:39:21 ID:kW9CiXpgO
ζ(ぅー∩*ζ「お口に合ったなら何よりですう……」
川д川「このスープ好き……」
(*・∀・)「デレちゃん意外に料理上手なんだね!」
川д川「……『意外に』は余計だわ……」
(#゚;;-゚)b
(*゚ー゚)「でぃちゃんも『美味しい』って! でも私はデレちゃんを食べたいな!」
ζ(^ー^*ζ「えへへー。
しぃさんの言葉の後半は聞かなかったことにしますがありがとうございます!」
( ^ν^)「ほら、そういうとこが単純だっつうんだよ。
お世辞に決まってんだろ」
ζ(;ー;*ζ
(;^ω^)「ニュッくーん!! 君はどうして空気を読んだ上でぶち壊すの!?」
- 843 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:41:59 ID:kW9CiXpgO
ξ゚听)ξ「で、肝心のニュッ君の口には合ったの?」
ζ(゚ー゚;ζ「はっ! そうですよ! 前にニュッさん言いやがりましたよね、
私の手料理より冷凍食品の方が美味しいだろうって! ……どうですか?
実際食べてみて……あれ待ってツンちゃん『肝心の』ってどういう意味」
( ^ν^)「適当に炒めるだけだろこんなもん」
ζ(゚ー゚;ζ「て、適当じゃないもん……」
( ^ν^)「……」
ζ(゚ー゚;ζ ドキドキ
( ^ν^)「普通」
ζ(゚ー゚;ζ「り、リアクションとりづれえええ……!」
ごっそさん、と呟き、ニュッは席を立った。
空になった器をそのままに、食堂を出る。
( ^ω^)「ニュッくーん?」
( ^ν^)「部屋で本読む」
振り返らずにそう言って、扉を閉めた。
- 844 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:43:48 ID:kW9CiXpgO
水を一口飲んでデレは首を傾げる。
どこか寂しそうな表情で。
ζ(゚、゚*ζ「あんまり、ニュッさんの好みじゃなかったかな……」
( ^ω^)「……いやあ……」
デレの独り言に内藤が苦笑する。
彼の視線の先には、ニュッが使った食器。
( ^ω^)「ニュッ君が誰よりも先に食べ終わるなんて滅多にないし――」
(*゚ー゚)「こーんな、きれーいに完食するのも珍しいね!」
( ・∀・)「好きじゃないものは素直に残しちゃうんだよ、ニュッ君は」
(#゚;;-゚)) コクコク
ζ(゚、゚*ζ「?」
川д川「つーまーりー……」
ξ゚听)ξ「美味しかったんじゃないかしら。それも、すっごく」
ζ(゚、゚*ζ「すっごく……」
皆の言葉を反芻する。
見る見る内に、デレの顔が真っ赤に染まった。
- 845 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:45:30 ID:kW9CiXpgO
ζ(゚、゚*ζ「そ、そう、なのかな」
ξ゚听)ξ「多分」
ζ(//ー//*ζ「……そっか、あは……良かったあ……」
( ^ω^)「あー。あー。何かもう……ニュッ君ずるいわー」
(*゚ー゚)「ああ、なるほど……。さっさと既成事実作っちまえよお前ら。
いけるってニュッちゃん結構スケベだから」
(#゚;;-゚)( ・∀・)「?」ζ(゚ー゚*ζ
ζ(゚ー゚*ζ「いけるって何がですか?」
川д川「……何が恐ろしいって、これで無自覚なところよねえ……」
呆れ返る内藤としぃ。
貞子に至っては、呆れるのを通り越して諦念すら感じられた。
何故そのような反応を返されるのかが分からず、デレは疑問符を飛ばす。
- 846 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:47:19 ID:kW9CiXpgO
ニュッに引き続いて食事を終えた内藤はナプキンで口元を拭いながら
デレの方へ体を向けた。
( ^ω^)「ごちそうさま、美味しかったお。
ところでデレちゃん。クリスマスの予定は?」
ζ(゚、゚*ζ「クリスマスですか? ……補習が入る筈ですけど、
だとしても昼からは暇ですよ」
( ^ω^)「充分。――デートするおデート」
ζ(゚、゚;ζ「で、デート!?」
素っ頓狂な声をあげたデレ。
その向かいで、ツンがぴくりと肩を揺らした。
( ^ω^)「詳しい内容は後でメールするお。いいかお?」
にやにや、内藤が笑う。
何か良からぬことを企んでいるなと疑いつつも
初めて異性にデートを申し込まれたデレは、またも顔を赤らめ、頷いた。
- 847 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:49:04 ID:kW9CiXpgO
それから、こちらをじっと見つめるツンに気付く。
ζ(゚、゚;ζ「な、何? ツンちゃん」
ξ゚听)ξ「……え?」
ζ(゚、゚;ζ「こっち見てるから……」
ξ゚听)ξ「――そんなことないわよ」
( ^ω^)「ツンちゃん嫉妬しちゃった? しちゃった?」
ξ゚听)ξ「あらこんなところにフォークが」
(;^ω^)「すいませんごめんなさい武器は無しで武器は。……ちょっと耳貸すお、ツン」
ξ゚听)ξ「ん」
川д川「……デレちゃあん」
ζ(゚、゚*ζ「はい?」
内藤がツンに何事か耳打ちする。
と、同時に、貞子がデレに声をかけた。
- 848 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:51:05 ID:kW9CiXpgO
川д川「クリスマス、本当に予定ないの……?
館長なんか構ってあげなくていいのよお……」
ζ(゚ー゚*ζ「ありませんよ!」
(*゚ー゚)「うわあ元気いっぱい」
( ・∀・)「でも、ほら、友達と遊ぶとかさ」
ζ(゚ー゚*ζ「しませんよ! わざわざ外で遊ぶような仲の友達はいませんので。
あ、キュートちゃんとは最近たまに遊ぶようになりましたけど――」
( ;∀;)
ζ(゚ー゚;ζ「え!? 何で!? ど、同情されてますか私!」
(*゚ー゚)「私も何か泣きたくなったよ今。
いや、こっちも人のこと言えない方だけどさあ……」
(#。゚;;-゚) ホロリ
- 849 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:52:17 ID:kW9CiXpgO
内藤がツンから顔を離し、苦笑しながらデレ達の話に加わった。
ツンは小さく溜め息をついている。
( ^ω^)「前から思ってたけど、意外だおね。
デレちゃん人懐っこいし明るいから友達多そうなのに」
ζ(゚、゚*ζ「基本的に1人でいる方が気楽ですからねえ」
川д川「……じゃあどうして頻繁にここ来るの……?
館長とかしぃとかモララーとかモララーとかモララーとか、
やかましいのがいるのに……」
( ;∀;)
ζ(゚、゚*ζ「そりゃあ」
ζ(゚ー゚*ζ「皆さん、いい人ばかりだし楽しいし、大好きですから」
川д川
ζ(゚、゚*ζ「わぷ」
無言で、貞子がデレを抱きしめた。
デレはされるがままだ。
ぐりぐりと頬擦りされる。
- 850 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:53:01 ID:kW9CiXpgO
川д川「うちの子にしたい……」
(;^ω^)「あー! あー! ずっりー、僕もデレちゃん愛でたい!」
ξ゚听)ξ
(;^ω^)「……何でもないです……」
(*;∀;)「おあうあうあう」
(*゚ー゚)「さすがモララー、感涙する姿が欝陶しい!」
(*゚;;-゚)
川д川「もうニュッ君とでも結婚して、ここに住んでよ……」
ζ(゚ー゚;ζ「どうしてよりによってニュッさんと」
――そんなに喜ばれるようなことを言っただろうかと、デレは首を捻った。
抱き着いてくる貞子、泣きじゃくるモララー。
いくら何でも、この反応は少し大袈裟ではないか。
- 851 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:53:56 ID:kW9CiXpgO
ζ(゚、゚;ζ(……)
ふと。
貞子の言葉に、引っ掛かりを覚えた。
ニュッと結婚しろ、とか。勿論冗談だろうが。
しかし、デレの友人、素直キュートの話によれば――
『たとえ両想いだとしても私が泣くだけだ、って』
こんなことを言った。らしい。
ζ(゚、゚*ζ「……私が本当にニュッさんと結婚したら、貞子さん、お祝いしてくれます?」
川д川「……?」
小声で問いかける。
貞子は怪訝そうにしたが、
川д川「なあに、結婚したいの……? 祝福するわよ、当たり前でしょ……」
すぐに、そう返した。
- 852 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:57:09 ID:kW9CiXpgO
――何故だ。
クックルとキュートは駄目。ニュッとデレはいい。
この違いはどこにある。
しかし、直接訊ねたとして、正直に答えてくれるものなのか。
少なくとも、今ここで問うのは躊躇われる。
もやもやした気持ちのまま、デレは曖昧に微笑んだ。
ζ(゚ー゚*ζ「しませんよ。訊いてみただけです」
川д川「……そう……ざあんねん……」
ζ(゚、゚*ζ「……」
疑問は増える一方で、解決の糸口は見えなくて。
焦れったい。
――『不安定なままにどんどん積み重なっていくから、ばったん、と倒れるわけで』。
ビコーズの言葉が蘇る。
内藤達の環境は特殊が過ぎる。デリケートな問題が多分に含まれているだろう。
これから先、一つも分からぬ内に謎ばかりが重なり続けたら、
いつかどこかで何かが崩れそうな、そんな不安。
- 853 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:58:36 ID:kW9CiXpgO
知りたい。
知るためには自分で調べなければいけない。
だけど方法はまったく浮かばない。
無性に苛々する。
( ^ω^)「――さて。僕はちょっと出掛けてくるお」
内藤の声で、我に返った。
2人分の食器をモララーの方へ押しやり、「片付けといて」と告げる。
( ・∀・)「はいはーい。どこ行くの?」
( ^ω^)「さっき、『本』が見付かったって連絡があったから、回収に」
ξ゚听)ξ「私も行く」
飲みかけのスープを置いて立ち上がろうとするツンを、内藤は手で制止した。
ツンが、よく見なければ気付けない程度に眉を寄せる。
( ^ω^)「シャキンさんのところだから。もしもの場合を考えて、ツンはお留守番。
いらない混乱させるわけにもいかんしお」
ξ゚听)ξ「……そう」
ζ(゚、゚;ζ(そうこうしてる間に謎が増えよる……!)
シャキンって誰だ。もしもの場合って何だ。何故ツンによって混乱が引き起こされるのだ。
- 854 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 21:59:48 ID:kW9CiXpgO
――内藤が出ていくのを見送った後。
デレはツンに、これぐらいは答えてくれるであろうと質問を飛ばした。
ζ(゚、゚*ζ「あの……シャキンさん、って、誰?」
ξ゚听)ξ「遮木シャキン。ショボンのお父様」
ζ(゚、゚;ζ「ショボンさんの」
脳裏に過ぎる男、遮木ショボン。
以前、でぃの本にまつわる情報を持って来ていた探偵である。
あれからも何度か図書館で会ったが、毎度毎度自由すぎる振る舞いでもって
デレや内藤を翻弄しては高笑いと共に去っていく、言ってしまえば「変人」。
ζ(゚、゚*ζ(……)
ショボン。ショボン。
変人の名を心中で呟きながら、指先をこめかみに押し当てる。
あまり気は進まない、が。
そうした方が、いいかもしれない。
近い内に、ショボンのもとを訪ねよう。
*****
- 855 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:00:53 ID:kW9CiXpgO
ξ゚听)ξ「ねえ、デレ」
厨房。
ツンは人数分のグラスにりんごジュースを注ぎながら、
隣、冷蔵庫からゼリーを取り出すデレへ顔を向けた。
2人で食後のデザートを用意しているところだ。
ゼリーもデレの手作り。楽だからといった理由で作ったのだが、
偶然にもしぃの好物だったそうだ。
りんごジュースもまた、しぃの好きなもの。
果汁100パーセントでなければ認められないらしい。
ζ(゚ー゚*ζ「うん?」
ξ゚听)ξ「ニュッ君のこと好き?」
ζ(゚ー゚;ζ「はああっ!?」
あわや落とすかと思われたゼリーの容器は、ツンの手によって支えられた。
危ないわよ、と、デレの右手を器ごと握りしめる。
- 856 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:01:59 ID:kW9CiXpgO
ζ(゚ー゚;ζ「っ、す、好きって」
ξ゚听)ξ「……嫌い?」
ζ(゚ー゚;ζ「嫌いじゃないけど! ひ、人として、なら、好きだけど……」
ξ゚听)ξ「どこ?」
ζ(゚ー゚;ζ「え?」
ξ゚听)ξ「どこが好き?」
ζ(゚ー゚;ζ(ち、近、うわ、綺麗、わ、わ)
鼻と鼻がくっつきそうな距離にまで詰め寄られ、デレの心臓が飛び跳ねる。
逃げようにも右手が掴まれているし、すぐ後ろは冷蔵庫だ。脱出は不可能である。
吸い込まれそうな瞳、という言葉の意味を、身を以て実感した。
ζ(゚ー゚;ζ「……どこって、ぶっきらぼうだけど優しいとこ、とか?」
- 857 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:04:00 ID:kW9CiXpgO
ξ゚听)ξ「……ブーンは好き?」
ζ(゚ー゚;ζ「内藤さん? 内藤さんも、うん、好き……。
恋愛の『好き』じゃな、い、けど……――っ!」
息を呑む。
ほんの1秒間。
デレの手が、痛みを覚えるほど強い力で握られた。
ξ゚听)ξ「そう」
ζ(゚ー゚;ζ「……あの……」
ξ゚听)ξ「変なこと訊いてごめんなさい」
気にしないで、と囁き、ツンが離れる。
デレはほっと息をついた。
ζ(゚ー゚;ζ「どうしたの、急に」
ξ゚听)ξ「何でもないの。――これ、あっちに持って行ってくれる?」
グラスとゼリーを盆に乗せ、デレに手渡す。
あっち、と視線だけで食堂の方を示したツンに、こくこく頷いて返した。
デレが駆け足気味に厨房を出る。
1人残ったツンは、棚からスプーンを取り出し、じっと見下ろした。
*****
- 858 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:05:27 ID:kW9CiXpgO
川д川「……デレちゃん、色々気になってるみたいね……」
(*゚ー゚)「ん? ニュッちゃんのこととか?」
川д川「それもあるけど……」
ツンとデレが厨房にいる頃。
ぽつりと漏らした貞子の呟きに、しぃ達が食いついた。
彼らの中で、デレは随分と特別な存在になっている。
川д川「私達とか……本のこととか……」
(*゚ー゚)「……あー……。そりゃあ、ねえ。気になるっしょ。普通」
( ・∀・)「寧ろ、今までよく深入りしてこなかったなあと思ったよ、俺は」
(#゚;;-゚)) コクン
- 859 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:07:12 ID:kW9CiXpgO
川д川「2ヶ月……かしら。もう少ししたら3ヶ月ねえ……。
……デレちゃんが、ここに来るようになってから……」
( ・∀・)「こんなに長く付き合ってきたのって、ショボンを除けば
デレちゃんが初めてじゃない?」
(*゚ー゚)「デレちゃん……初めて……」
川д川「……すぐそっちの方向に持ってく……」
(*゚ー゚)「ごめんにゃさい。
うんうん、モララーの言う通り。
大抵の人は、気味悪がって離れてったからなあ。ねっ、でぃちゃん」
(#゚;;-゚)) コクコク
川д川「――考えれば考えるほど、いい子だわ……」
(*゚ー゚)「だねえ」
( ・∀・)「同感」
(#゚;;-゚)
(#゚;;-゚) クイクイ
(*゚ー゚)「ん? どした?」
- 860 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:07:54 ID:kW9CiXpgO
ヾ(#゚;;-゚)ノシ
(*゚ー゚)「……おうよ、私も思ってたとこだ」
( ・∀・)「何て?」
(*゚ー゚)「『いい子で、すごく好きだから――いざ事実を知られたときに
避けられちゃったらと思うと、悲しい』って」
川д川「……そこなのよねえ……」
( ・∀・)「だよなあ。いっそ隠し続ける?」
川д川「ずっと付き合っていったら、いずれバレるわよ……隠しようがないもの……」
( ・∀・)「んー……」
川д川「……私達が考えたって仕方ないわ……。
何にせよ、館長とデレちゃん本人の動向次第よね……」
そこへ、デレが厨房から現れた。
貞子が口を閉じる。
- 861 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:09:09 ID:kW9CiXpgO
ζ(゚ー゚*ζ「りんごジュースとゼリーですよー」
(*゚ー゚)「来た来た来た来た来たぁああああ!」
ζ(゚ー゚*ζ「ゼリーは、えっと、りんごとみかんと桃と、ぶどうがあります」
(*゚ー゚)「りっんっご! りっんっご!
うーっし、ゼリー堪能したら食後の運動するぞモララー!
今の内に全裸になっとけ!!」
(;・∀・)「やだよ! どんな運動する気だよ!!」
(*゚ー゚)「そりゃお前」
(;・∀・)「ひ、人差し指と中指の間に親指を……!?」
ζ(゚ー゚*ζ「何のサインですか? それ」
川д川「知らなくていいわあ……」
(*゚;;-゚) ポッ
*****
- 862 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:11:14 ID:kW9CiXpgO
(;^ω^)「……なくなっ、た?」
(`・ω・´)「有り得ないと思うんだけど、そうなんだよなあ」
とあるラーメン屋。
店主、遮木シャキン――遮木ショボンの父親――は、ううんと唸って首を捻った。
昼前にシャキンから「手書きの本を客から譲ってもらった」との報告を受けた内藤は、
本を受け取るために単身やって来たわけだ、が。
(`・ω・´)「カウンターにあった本がさあ、影も形も。綺麗さっぱり」
消えていたという。
シャキンは悪い人ではないが、非常に口が軽い。
故に、内藤も本の奇妙な習性については話していない。
何も知らぬシャキンには、本が勝手に消える道理など考えつきもしないだろう。
(`・ω・´)「あいや、他の客が勝手に持って行ったってことはないよ。
容疑者なら2人いるけど、手癖の悪い奴らじゃないし」
(;^ω^)「ええ、まあ、……本人にその意思がなくとも
持ち帰ってしまった可能性はありますが」
(`・ω・´)「?」
- 863 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:13:36 ID:kW9CiXpgO
シャキンの話によれば、客が本を譲ってくれたのは午前11時。
最後に本の姿を視認したのは午後1時過ぎ。
「主人公」候補は、前述の客か、あるいは何気なく本に触れた他の客か。
はたまた過去に本を所有したことのある人間か。
(;^ω^)「……ありがとうございましたお……」
(`・ω・´)「ありゃ、いいのかい」
(;^ω^)「はい……」
――今までにも、何度かあった。
ようやく本が見付かったと思えば、回収に行く間に消えている。
その度に感じる悔しさには、どうにも慣れそうにない。
念のため、本に触れた人間の名前と特徴をシャキンが覚えている限りで教えてもらい、
内藤は店を後にした。
*****
- 864 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:14:54 ID:kW9CiXpgO
夜。
アパートの駐車場に車を停め、ビコーズは運転席のドアを開けた。
ルームライトが点灯する。
そのまま、何か置き忘れはないか車内を確認し――
( ∵)「……あ?」
後部座席に、桜色の本を発見した。
手を伸ばす。
( ∵)「何でこんなところに……」
ラーメン屋で見たのと同じだ。
間違えて持ち帰ったとは考えられない。
薄気味悪く思いながら、ビコーズは腕時計に目を落とす。
午後9時。
今から店に出向くのは面倒臭い。
明日渡しに行くことにして、本と鞄を抱えながら車を降りた。
- 865 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:16:15 ID:kW9CiXpgO
1階、奥。
角部屋がビコーズの住まい。
玄関の鍵を開けようとして、違和感に顔を顰める。
( ∵)「……?」
鍵が。
開いている。
( ∵)
深呼吸。
朝、たしかに施錠した筈。
恋人などいないし、合鍵を持っているのは大家ぐらいだ。
- 867 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:19:19 ID:kW9CiXpgO
間取りを思い浮かべる。
1K。一般的な部屋。
想像の中でドアを開ける。
台所。冷蔵庫と洗濯機。
左側の壁には浴室、トイレ、それぞれに通じるドア。
もし何者かが侵入して、かつ室内に居残っている場合。
浴室かトイレ、あるいは奥の部屋、押し入れ――侵入者が隠れられるのは、そんなところか。
とっくに逃げている可能性が高い、というか出来ればその方がいい。
危険な目には遭いたくない。
( ∵)(……空き巣でしょうか)
盗まれて困る代物なんて仕事関係のものだけだが、
ただの泥棒が狙うような品ではない。
ドアノブを捻り、一気に開く。
侵入者が武器を持って待機しているのを想定し、頭上に鞄、腹の前に本を構えた。
- 868 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:20:49 ID:kW9CiXpgO
( ∵)
( ∵)「……」
誰もいない。
体勢は維持して、ビコーズはわざとらしく音を立てながら室内に上がり、
電気をつけた。
浴室、バスタブの中、トイレ、と順々に覗き込む。
無人。
キッチンと奥の部屋を仕切るドアの前に立つ。
上部に取り付けられた磨りガラスの向こう側は、どんなに目を凝らしても見えやしない。
一拍置き、ドアを引いた。
- 869 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:21:31 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)
( ∵)
暗い部屋に、キッチンの明かりが差す。
その明かりの中で、美女が正座をしていた。
川 ゚ -゚)「おかえりなさいませ。御主人様」
( ∵)
( ∵)「誰ですか」
咄嗟の問い。
だが、彼女が誰であるかは、一目見て理解出来た。
昼にラーメン屋で会った「クーちゃん」だ。
それが判明しても、何故ここにいるのか、という点はまったく分からないが。
- 870 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:23:14 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)「SO−C001です。まさかお忘れになってしまわれたわけではありませんよね」
( ∵)「……何ですかそれ、学籍番号ですか?」
川 ゚ -゚)「? 御主人様、どうされました。様子がおかしいような」
( ∵)「御主人様ってね、あな――」
ビコーズの言葉が最後まで紡がれるより早く。
――「クーちゃん」は、ビコーズを押し倒した。
鞄と本がキッチンの床を跳ねる。
彼女が頭と背中を支えてくれたおかげで、ビコーズ自体には大したダメージはなかった。
( ∵)「なっ……」
川 ゚ -゚)「どうなさったのです。もしや、本当に私のことが分からないのでしょうか?
何か……記憶障害の類でも起こされたのでは」
- 871 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:23:55 ID:kW9CiXpgO
吐息がぶつかり合うほどの距離。
支えられた頭を撫でられる。いや、撫でるというより、まさぐる、に近い。
川 ゚ -゚)「……傷などはございませんね」
( ∵)「……」
川 ゚ -゚)「『外』で、何かあったのですか」
( ∵)「は?」
川 ゚ -゚)「一時的に記憶をなくしてしまうほど――恐ろしい、ことが」
( ∵)「ええ、まあ、恐ろしいです」
今まさに、と嫌味をぶつけてやろうとしたビコーズの口は、
「クーちゃん」に抱きしめられたことで、硬直した。
川 ゚ -゚)「やはり……。
御主人様、だから1人で外出してはいけないと言ったではありませんか」
( ∵)(……すっげえ柔らかいんですが、意味が分からなすぎて素直に堪能出来ません)
- 872 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:27:11 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)「安心してください。私は敵ではありません。
あなたに仕えるロボット……アンドロイド、SO−C001でございます」
( ∵)
( ∵)「……とんだ電波さんですね」
混乱していたビコーズの頭は、
突然飛び出した「ロボット」という単語で、一気に冷めた。
「クーちゃん」を押しやり、彼女の下から抜け出して胡座をかく。
対する「クーちゃん」は正座して、ビコーズを穴があくほど見つめた。
( ∵)「……ええーと……」
ラーメン屋で会話したのがいけなかった。
相手にした自分を、構ってくれる人間だと認識したのだろう。
きっとそのせいで、この電波女に目をつけられたのだ――と、ビコーズは解釈する。
- 873 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:28:59 ID:kW9CiXpgO
( ∵)「残念ですが、あなたの期待には応えられません。
先生、保育園に通ってた頃から女の子達のおままごとに混ざるの大嫌いでした。
どうかお引き取りください」
川 ゚ -゚)「ほいくえん、とは、大昔に存在した児童福祉施設のことでしょうか。
御主人様が幼少の頃には、とっくになくなっていた筈」
( ∵)「あー、しかも未来設定ですか。先生SFには興味ないんでますます専門外です」
川 ゚ -゚)「……もしかして、御主人様、過去の資料を探しに行かれたのですか?
そこで何者かに襲われたか、あるいはあまりにも衝撃的な事実を発見して……。
そのショックにより、手に入れた情報を自分の記憶だと錯覚してしまわれたのでは」
( ∵)「すごい。どんどん先生にわけの分からない設定が追加されていく」
これは話が通じないなとビコーズは立ち上がった。
「クーちゃん」も同様に。
( ∵)「……帰ってくれません?」
川 ゚ -゚)「帰る? 私の家はここです」
( ∵)「んなわけありますか。そもそも何で先生の家が分かったんです。
もしかして単なるキチガ、……変人じゃなくてストーカーさんだったりします?
だとしたら物好き極まりないですね」
- 874 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:31:01 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)「御主人様、記憶が混濁して私に怯えるのは分かります。
ですが私はあなたの味方です。あなたに危害を加えるつもりはありません」
( ∵)「警察呼びますよ警察。そこ動かないでください」
川 ゚ -゚)「御主人様の命令とあらば」
( ∵)「……命令聞くっつうなら、帰ってくださいよ」
川 ゚ -゚)「ですから、帰るも何も私の家はここで」
( ∵)「ああ分かりました分かりました、じゃあ喋らないでください」
川 ゚ -゚)
( ∵)「そのままそのまま」
コートのポケットから携帯電話を取り出し、110番。
携帯電話を耳に宛てがう。
( ∵)
( ∵)「……あれ?」
しかし、応答はゼロ。
呼び出し音すら鳴りはしない。
- 875 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:33:31 ID:kW9CiXpgO
耳から離し、携帯電話を見下ろす。
画面が真っ暗なものへと変わっていた。
( ∵)「うわ」
電源を入れ直そうと試みるも失敗に終わる。
立ち尽くす「クーちゃん」の横を通り、部屋に駆け込んだ。
寒い。指が悴む。暖房もつけずに、彼女はどれだけの時間をここで過ごしたのだろう。
充電器と接続しても、携帯電話は沈黙している。
( ∵)「……こんなときに故障ですか」
それならと、本棚の上にある固定電話の受話器を手に取った。
110。
――応答なし。
舌打ちし、電話線を確認した。
ちゃんと繋がっている。
( ∵)「あー、何ですか、これ。何なんですか。警察呼んじゃ駄目ってことですか」
試しに他の番号へかけてみたが、結果は一緒だった。
苛つきながら、キッチンで立ちっぱなしの「クーちゃん」のもとへ行く。
- 876 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:35:31 ID:kW9CiXpgO
動くなという命令をしっかり守っているらしく、
ビコーズに背を向ける形で直立している。
( ∵)「あの」
川 ゚ -゚)
( ∵)
川 ゚ -゚)
( ∵)「喋っていいですよ」
川 ゚ -゚)「はい」
( ∵)「あのですね、あなたは神様に好かれてるか警察に嫌われてるかのどちらからしく、
残念なことに通報出来ません。
なので、是非とも自ら出ていってほしいのですが」
- 877 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:37:45 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)「こんな状態の御主人様を放ってなどおけません」
( ∵)「先生としても、あなたみたいな危険な人を野放しにするのは恐ろしいですけどね」
川 ゚ -゚)「利害が一致しましたね。さあ御主人様、ご飯にいたしましょう」
( ∵)「いやおかしいおかしいおかしい。何でそうなりますか? 馬鹿ですか?」
川 ゚ -゚)「私は御主人様を1人にしたくない。御主人様は私を外に出したくない。
充分ではありませんか」
( ∵)「こっちの言い分を全部上書き保存してません? ねえ――」
川 ゚ -゚)「御主人様」
( ∵)「はい御主人様なんかじゃありませんが何ですか」
川 ゚ -゚)「動いてもよろしいでしょうか」
――さっきから、ビコーズの背にぞわぞわと悪寒が走り続けている。
話している間、彼女は身じろぎ一つしなかった。
まるで。
ロボットみたい、に。
- 878 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:38:53 ID:kW9CiXpgO
( ∵)「……どうぞ」
後退りながらそう返すと、「クーちゃん」は礼をして、流しへと歩き出した。
てっきりこちらへ向かってくるかと思っていたビコーズは肩透かしを喰らい、
次いで、己の間抜けさを悔いた。
川 ゚ -゚)
調理器具がしまわれている棚を開け――彼女は、包丁を取り出した。
これ見よがしに照明へ翳す。
( ∵)「は、……早まらないでくださいよ」
引き攣りそうな声で、ビコーズはお決まりな台詞を口にした。
さらに後退る。
足の裏に柔らかい感触。
見下ろすと、馴染みのない鞄とコートがあった。
川 ゚ -゚)「御主人様」
呼ばれ、はっとする。
「クーちゃん」は冷蔵庫を開け、中を覗き込んでいた。
- 879 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:40:26 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)「ベーコンエッグなら、すぐに作れそうですが」
拍子抜け。
包丁は、ただ単に料理のために握っただけなのだろうか。
そういえば先程、ご飯にいたしましょうとか何とか。
( ∵)「本気でご飯にするつもりですか?」
川 ゚ -゚)「お腹すいていらっしゃるでしょう」
( ∵)「別に、」
「いらない」という言葉は飲み込んだ。
包丁を握ったまま見つめられれば、そりゃあ。
( ∵)「……」
川 ゚ -゚)「ベーコンエッグは夜より朝の方が似合う気もしますが、仕方ありません。
パンと米、どちらがいいですか」
( ∵)「パンは買い置きがありません。
というか未来の設定なのにご飯はベーコンエッグなんて、
中途半端っつうか庶民的っつうか」
川 ゚ -゚)「おや。お米はどこに?」
( ∵)「……戸棚にレンジで温めるご飯がありますよ」
川 ゚ -゚)「レンジ? ……ああ本当だ。御主人様ったら随分懐かしいものを。
どこかで拾ってきたんですか? ちゃんと使えますかね……」
- 880 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:42:10 ID:kW9CiXpgO
調理を始めた「クーちゃん」に注意を払いながら、
ビコーズは部屋の電気をつけてしゃがみ込んだ。
コートを脱ぎ捨てる。
ますます体が冷えたが、逃げるときを考えると身軽な方がいい。
見知らぬ鞄の中を探る。
ノート、ルーズリーフ、ファイル、教科書、ペンケース、電子辞書。
どうやら学生らしい。
どれも持ち主の名前は記されていない。
なくしたらどうするんでしょう、と頓珍漢なことを呟く。
財布があったので躊躇いなく開けた。
中に収まっていたカードを引っ張り出す。
( ∵)「……あった」
学生証だ。
大学生。1年。
――素直クール。
- 882 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:43:33 ID:kW9CiXpgO
( ∵)(素直クール。なるほど、それで『クーちゃん』)
( ∵)(……。……素直?)
素直。そう多い苗字ではない。
「クーちゃん」改めクールを横目で見る。
フライパンに卵を落としている彼女は、さっきからずっと表情を変えていない。
ビコーズは頭の中で、クールに微笑ませてみた。
あくまで想像でしかないが、明るい顔をさせてみれば、そこに浮かぶ面影。
――ビコーズの勤め先に通う1年生、素直キュート。
( ∵)「……ははあ。なるほど」
川 ゚ -゚)「何をなさっているのです」
唐突に顔を覗き込まれ、ぎょっとした。
いつの間に近付いていたのやら。
クールの手には、ベーコンエッグとキャベツの葉が乗った皿がある。
香ばしい。食欲が沸き上がる。
壁に立てかけていたテーブルをクールが片手で下ろし、その上に皿を置いた。
同時に、ちん、と電子レンジが声をあげる。
- 883 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:45:34 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)「しっかり使えましたね」
キッチンへ引っ込んだクールは、パックの白米と箸を一膳、
それと醤油を持って戻ってきた。
すべてをテーブルの上に並べ、ビコーズの隣に座る。
川 ゚ -゚)「召し上がれ」
匂いと湯気がビコーズの口や腹を刺激するが、手をつけるのは堪え、
クールに向き直った。
( ∵)「素直クールさん」
川 ゚ -゚)
( ∵)「返事をしなさい。あなたの名前でしょう。素直クール」
川 ゚ -゚)「私の名前」
( ∵)「そうです」
川 ゚ -゚)「素直クール?」
( ∵)「……いつまでくっだらない芝居続ける気ですか。
あなた、素直キュートさんから先生のこと聞いたんでしょう。
姉妹で結託したんだか単独犯だかは知りませんが
妙ないたずら仕掛けてくれちゃって、まあ」
川 ゚ -゚)「素直クール……クール……」
( ∵)「……聞いてます?」
- 884 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:47:07 ID:kW9CiXpgO
俯き、何か呟き始めるクール。
説教してやろうといきり立っていたビコーズは、クールの様子に勢いを削がれた。
正気を確かめるためにクールの肩へ触れた――瞬間。
川 ゚ -゚)「御主人様」
( ∵)「は」
いやに熱っぽい目を向けてきたクールに、手を掴まれた。
川 ゚ -゚)「私は『素直クール』」
( ∵)「え、ええ。でしょうね」
川 ゚ -゚)「クール。……クール。クール」
( ∵)「……あのう」
川 ゚ -゚)「御主人様に名前を頂けて……私は、クールは、嬉しい」
( ∵)「ああ?」
- 885 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:48:23 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)「ああ、これが『嬉しい』という感情なのですね。クールは今とても――嬉しい」
( ∵)「すいません何言ってんですかちょっと」
川 ゚ -゚)「クールを作った博士は言いました。『主人から名前を貰うということは
ただのロボットではなく、一個人と認めてもらうこと』。
召使ロボットとして、至上の喜びだと」
( ∵)「おーい」
川 ゚ -゚)「多くの召使ロボットは型番、あるいは『おい』『お前』などと呼ばれるそうです。
名前を……それも苗字まで頂けるなんて、クールは幸せ者でございます。
御主人様。嬉しい。愛しい」
( ∵)「……」
もはや、顔を直視するのも恐ろしかった。
こいつは――「本物」だ。
- 886 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:50:49 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)「……御主人様?」
( ∵)「……付き合ってられません」
ビコーズが腰を上げる。
クールは、ビコーズの右足を掴んだ。
川 ゚ -゚)「どこに行かれるのです」
( ∵)「外です。電話は使えない。あなたは出ていかない。
なら、こちらが逃げるしかないでしょう」
川 ゚ -゚)「外……」
( ∵)「たしかに危害を加えられそうにはありませんが、だからこそ余計」
( ∵)「にっ!?」
天地が回った、ような錯覚。衝撃。鈍痛。
何が起きたか理解出来ずにいたビコーズの眼前に、クールの顔が現れる。
川 ゚ -゚)「駄目です。外になんか行ったら、また危険な目に遭われるかもしれません」
後頭部と背中、右足の付け根が痛い。
足を持ち上げて転ばされたのだと、ようやく気が付いた。
- 887 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:52:41 ID:kW9CiXpgO
( ∵)「ここにいるより、外の方が安全に思えますけど」
川 ゚ -゚)「ここが危ない、と?」
( ∵)「……今この状況がまさに。
それとも、あははうふふとじゃれているおつもりですか。これで」
川 ゚ -゚)「クールだって必死なのです。御主人様が心配で心配で……」
( ∵)「いい加減になさい」
川 ゚ -゚)「……」
( ∵)「……」
川 ゚ -゚)「どうしても外に出たいのですか」
( ∵)「ええ」
川 ゚ -゚)「そうですか――」
クールが退いたかに見えた、直後。
凄まじい力で体をひっくり返された。
俯せになり、両腕を背中に回される。
- 888 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:54:17 ID:kW9CiXpgO
(;∵)「ちょっ……、っ……!!」
相手は狂人だろうと、10代の女性である。加えて、見た限りでは細身。
いざとなれば簡単に振り切れると考えていた。
だが――これは本当に、女の力か?
腕を片手で押さえられているだけなのに、びくともしない。
加減なしに冗談抜きで抵抗しても、腕がぎしぎしと痛むだけ。
襟元からネクタイを抜き取られる。
細長い布が手首に絡む感触がした。
(;∵)「なっ、なっ、」
川 ゚ -゚)「どうか辛抱してくださいませ」
あっという間に縛られる。揺らす度に食い込むネクタイ。解ける気配はない。
次に、下腹部へクールの手が伸びた。
(;∵)「!?」
一体どんな魔法を使ったのかと問いたくなるほどの素早さでベルトを奪われる。
背中の上でクールが体の向きを変えた。
足を縛る気だ。
これ以上許してはならない。駄々をこねる子供のように足をばたつかせる。
- 889 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:56:21 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)「あまり暴れられては、怪我をさせてしまいます」
(;∵)「うあっ!?」
またもや片手で両足を折り畳まれる。
そのまま押さえ込まれると、どんなに力を入れようと敵わなくなってしまった。
革のベルトが足首を締める。
ぎちぎちと隙間なく巻きつくベルトの硬さに、思わず呻いた。
息を荒げ、脱力するビコーズ。クールは涼しい顔で彼の背から下りた。
(;∵)「……クソアマ……」
川 ゚ -゚)「何とでも」
仰向けにされる。
睨みつけるビコーズに構わず、テーブルの上から箸を取った。
- 890 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:57:37 ID:kW9CiXpgO
川 ゚ -゚)「そう恨まないでください。
クールなりに、御主人様をお守りしているつもりでございます」
(;∵)「手足縛って、守るも何もないでしょう」
川 ゚ -゚)「守っているんです。
――御主人様、外には行かないでくださいませ。ずっとここにいてください。
何もかも、クールが満たしてさしあげますから」
箸でベーコンエッグを一口大に切る。
それを、ビコーズの口元へ運んだ。
川 ゚ -゚)「さあ、御主人様。……あーん」
(;∵)「……最っ悪です……」
- 891 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/05/14(土) 22:58:12 ID:kW9CiXpgO
この日。
奈良場ビコーズは、素直クールに監禁された。
第六話 続く
戻る