104 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:26:06 ID:PP.E5E3sO

o川*゚ー゚)o「……すみませーん……」


    『アサピー先生、絵下手だなあ』

   『黙らっしゃい。それなら、君達が描いてよ。
    ていうか君達の仕事でしょ、読書促進ポスター』

    『ほらペン貸して。こう描いた方がいいって』


o川*゚ー゚)o「……」

o川*゚ー゚)o「……ま、後でいっか。盗むわけじゃないし――」



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105 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:26:34 ID:PP.E5E3sO



第二話 あな美しや、恋愛小説・前編



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106 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:27:51 ID:PP.E5E3sO



ζ(゚、゚*ζ「ふむふむ、ツンちゃんが16歳で……」

ζ(゚、゚;ζ「……ニュッさんって21歳なんですか!?」

( ^ω^)「だお」

ζ(゚、゚;ζ「歳、もっと近いと思ってました……」

( ^ω^)「……おとなげないおね、あの子……」


 街の外れ、林の中。
 そこに建つVIP図書館。

 ――「本探しを手伝ってほしい」。

 内藤の頼みに頷いたデレは、放課後になるや否やここへ連れてこられた。

 頷いた、と言っても、進んで手伝いたいと思ったわけではない。
 VIP図書館、本、内藤達。
 彼らに純粋な好奇心を抱いたから。

107 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:29:05 ID:PP.E5E3sO

 図書館に着くなり、昨日のように、テーブルの上へ紅茶とクッキーが出された。

 内藤よりも先にデレが口を開く。
 図書館のことについて教えてほしい、と。

 少し考えて――内藤は、まず、自分とニュッ、ツンのことを話した。
 それへのデレのリアクションは先述の通り。


( ^ω^)「で、次は図書館の話」

ζ(゚、゚*ζ「はい」

( ^ω^)「……ここは元々、僕とニュッ君の祖父が住む屋敷だったお」


.

108 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:30:25 ID:PP.E5E3sO


 ――内藤とニュッは、昔、それぞれの両親を同時に亡くした。

 彼らの父同士は兄弟であり、とても仲が良く、
 それに伴って家族ぐるみの交流も多々あった。
 皆で小旅行をしたことだって一度や二度ではない。

 ある日、いつものように彼らはワゴン車でドライブをしていた。
 16年前――内藤が13歳、ニュッが5歳のときのことである。

 運転手を務めた内藤の父には何も問題無かった。
 唯一悪かったとすれば、それは運だ。

 対向車線から外れた居眠り運転のトラック。
 今にして思えばドラマにありがちな展開だと、内藤は吐き捨てるように言う。

 そうして、不慮の事故で彼らの両親は死んでしまった。

 母に庇われた内藤とニュッだけが、生き残った。
110 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:31:09 ID:PP.E5E3sO

( ^ω^)「僕らは祖父の家……ここに引き取られたお」


 内藤らの父の父。
 祖父は、大層な資産家であった。

 ろくに会ったこともない年寄りといきなり暮らすことになり、
 内藤もニュッも初めは寂しさやら何やらで毎日泣いていた。

 そんな孫に、祖父は、彼なりの歩み寄り方をする。


( ^ω^)「祖父は本が好きな人だったお。
       世界各国、様々な本を集めるのを趣味としていた。
       それに加えて――彼自身、物語を綴るのを好んでいたお」


 お気に入りの本、あるいは自分が書いた小説。
 それらを内藤に与え、ニュッには直接読み聞かせた。

 目の肥えた祖父が選んだだけあって、
 どの本も内藤達を満足させるに充分な面白さを持ち合わせている。

 2人は、読書に夢中になった。


( ^ω^)「……とは言っても、僕は当時、既に中学生でね。
       すぐに他の趣味を見付けて色々なことに手を出していたものだから、
       一般的な本好きの域に留まっていたお」

111 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:32:18 ID:PP.E5E3sO

( ^ω^)「ただ、ニュッ君は違ったお。元々ませたところがあった上、
       小学生にもならない内から本漬けの生活を送ったおかげで、
       異常な本好きになってしまったお。
       漢字なんかもすぐに覚えて、祖父が読み聞かせなくても
       大体を自分で理解出来るようにさえなった」

 そのせいで、ひねた性格になってしまったけれど、と小声で付け足す。
 それはデレにもよく分かった。

( ^ω^)「ニュッ君は、時間を見付けては祖父のコレクションを次々に読破していったお。
       2年か3年が経つ頃には、殆ど読み終えたほどに」


 祖父は、ニュッのため、どんどんコレクションを増やしていった。
 それでもニュッは卑しささえ感じる読書欲でもって、
 全てを読み切っては祖父に次を要求する。

 そんな生活を送り続けていたある日。
 小学4年生になったニュッは、ふと、こう言った。

 「自分のためだけに書かれた話が読みたい」、と。

 本に執着しすぎた少年は、ついに、本に対して独占欲にも似た思いを抱くようになったのだ。

 その他大勢が読むために書かれた本ではなく、
 自分だけに捧げられた本を欲した。

 初めは祖父や内藤が、ニュッのために物語を書いていた。
 しかし2人だけでは、とてもじゃないがニュッの要望に追いつかない。

112 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:33:38 ID:PP.E5E3sO

( ^ω^)「だから――、……」

 不意に口を閉じ、内藤は目を伏せて、自分の唇を指先で何度か叩いた。
 話すか話すまいか迷うような仕草に見える。
 しばしの沈黙を経て、内藤は再び口を開いた。

( ^ω^)「だから、祖父は『作家』を連れてくることにしたんだお」

ζ(゚、゚*ζ「作家……貞子さんみたいな」

( ^ω^)「だお。身寄りの無い子供や、住む場所の無い大人を、ここへ誘ったお」

 彼らは屋敷に住まわせてもらえる「条件」も快く承諾した。

 与えられたノートに小説を書く。それだけ。

ζ(゚、゚*ζ「ツンちゃんも?」

ξ゚听)ξ「ん? ……ええ」


 ――こうして奇妙な共同生活が始まってから、数年。
 内藤が22歳、ニュッが14歳のとき――7年前。

 祖父のコレクションの数は膨大なものになっていた。

 それを見て、内藤は、あることを思いつく。

113 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:35:50 ID:PP.E5E3sO

( ^ω^)「こんなに本があるんだから、ここの1階を図書館にしてしまえばどうか、と」


 ニュッは基本的に「作家」達の書く作品以外には執着しない。
 内藤は一度読んだ本は読み返さない。
 祖父も余程気に入ったものでない限り放置しっぱなし。

 数々の本が埃を被っていく様は、何だか物悲しかった。

 こんな林の中だから滅多に人は来ないだろうが、
 世の中、物好きとやらはなかなか多い。
 決して無駄にはならない筈だと、内藤は図書館開設を祖父に説いた。

 存外あっさりと祖父は賛同する。
 すぐに、彼らは1階の改装を試みた。

 いくつかの部屋があったが、それらの壁やドアは撤去。
 床を真っさらにし、リノリウムを敷いた。

 専用の本棚やカウンター、机などを設置し、形だけは整った。
 ……という段階に来たところで。


 祖父が、急死してしまう。


.

114 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:37:51 ID:PP.E5E3sO

 葬式は慌ただしく行われた。

 殆どを親戚達がやってくれたので、内藤とニュッは座っているだけのようなもの。
 全てを他人に任せていた。

 ――それが間違いであった。
 無理にでも関わるべきだったのだ。


 内藤達は、一度図書館から離れた。
 祖父の娘――内藤らの伯母――や親類が、
 祖父の遺品を整理したいからと言って追い出したのである。

 ショックにより茫然自失状態にも近かった内藤達は、素直に従ってしまう。
 何よりも、とある理由により、彼らは図書館に居たくなかった。

 知人の家に押しかけて2、3泊し、数日後の夜に帰宅して。


 がらんどうになった図書館を見ても、すぐには何があったのか分からなかった。


 先に我に返ったのはニュッ。
 「あいつら本を処分しやがった」。
 彼の言葉に、内藤はようやく事態を把握した。
116 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:39:29 ID:PP.E5E3sO

 ――祖父は昔の本ほど初版を好んだため、コレクションは大体が初版のもの。
 それだけで価値が上がる本はいくつもあった。
 さらに中には、あまり出回っていない本や絶版になったものもちらほら。

 全て売り払えば、相当な金になる。
 伯母達はそれを狙ったのだろう。

 間が抜けた話、内藤達は「本に手を出すな」と言い忘れていたのである。


( ^ω^)「まあ……正直、あの本達にはこれといって未練が無かったお。
       図書館開けなくなったなー、ぐらいの悔しさは多少あったけど、
       それもそこまで思い入れがあったわけじゃないし」

( ^ω^)「……ただ……」


 ――屋敷ごと分捕られなかっただけマシだ、と楽観していた内藤だったが、
 祖父の部屋に入った瞬間、にやけ顔は引き攣った。


 そこに保管していた筈の「作家」達の書いた本が、
 綺麗さっぱり消え去っていたのだ。

 まさか、手書きの、たかがノートすら標的になるとは。


.
118 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:40:36 ID:PP.E5E3sO

 これに怒るはニュッである。
 普段の彼からは想像もつかぬ積極さで伯母のもとに殴り込んだ。

 伯母は悪びれることなく答える。

 1階にあった本は殆どが売れた。
 合計額もそれなり。
 分け前なら、多少は内藤達にやらないこともない、と。

 だが、ニュッが訊きたいのはそこではない。

 売り上げなんざ好きにすればいい、だが祖父の部屋にあった本はどうした、
 あれだけは返してもらう――ほぼ、叫ぶような怒鳴り声であった。

 それへの答え。

 「親戚達で手分けして本を処分したものだから、
 それぞれがどうなったかは担当した者に訊かねば分からない」。

119 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:41:18 ID:PP.E5E3sO

( ^ω^)「出版物も手書きの本も、かなりの量だったお。
       だから処分を手伝った人間の数も凄まじかった」


 全員に本の行方を訊ね終えるのには、何日もかかった。

 「作家」の本は一つも金になるものがなかったため、
 ある者は捨て、ある者は燃やし、ある者は寄贈したという。

 燃やしてしまったものは諦めるしかなかったが、そのかわり、
 捨てられたもの、寄贈したものは何としても見付け出そうと内藤は思い立つ。


( ^ω^)「ニュッ君は怒りすぎたあまり無気力になっていたお。
       ――でも、僕は、本を放置するのが恐ろしかったお」

ζ(゚、゚*ζ「……欲求」

( ^ω^)「そう。表現されたがっている本達が、いつか我慢出来なくなって――
       デレちゃん。君のような目に遭う人が出てしまうだろう、と」


 寄贈先は聞き出せるだけ聞き出せた。

 だが、どうしても――
 どこに寄贈したのか思い出せない、なんてものもあった。

120 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:42:29 ID:PP.E5E3sO

( ^ω^)「無責任な奴らだお。……だから、虱潰しに探すしかなかったんだお」


 たとえば別の図書館。
 たとえば孤児院。
 たとえば病院。

 祖父が死んでからの7年間、内藤はあちこちを駆けずり回った。

 厄介なのは、他県在住の親戚。
 彼らは金にならなかった本を持ち帰ったばかりでなく、
 興味をそそられぬと分かるや知人に渡したり施設に送り付けたりと、
 多くの本を全国にばらけさせたのだ。


( ^ω^)「面倒臭いおねー……」

ξ゚听)ξ「面倒臭いわ」

121 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:43:20 ID:PP.E5E3sO

ζ(゚、゚*ζ「……じゃあ、私が読んだ本も、内藤さんの親戚が?」

( ^ω^)「あれもねえ……。伯母によれば初めは隣町の図書館に寄贈して、
       図書館が近所の学校に寄贈して、
       その学校が廃校になって図書館も潰れて……。
       で、君の学校に流れてったらしいんだお」

ζ(゚、゚;ζ「めんどくさいですねえ」

( ^ω^)「他のもこんな感じで散り散りになったから、
       なかなか見付けるのに苦労するお」


 これで、大体のところは分かった。
 内藤達がここで暮らしている理由、ここが図書館である理由、本を探している理由。

 残る疑問は一つ。

ζ(゚、゚*ζ「あと、気になるのは……」

( ^ω^)「本、のこと」

ζ(゚、゚*ζ「はい」

122 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:44:04 ID:PP.E5E3sO

 一番の謎だ。
 何故、本に命が宿るのか。本が不思議な力を持つのか――

( ^ω^)「ふうむ……」

 また、口元を叩く。
 眉根を寄せ、目を閉じ、小さく溜め息。

( ^ω^)「……その辺については、またいつか」

ζ(゚、゚*ζ「えー」

( ^ω^)「僕は充分話したお。次は君が僕に協力してくれる番」

 冷めた紅茶を一気に飲み干し、内藤は席を立った。
 テーブルの周りをぐるりと歩き、ううん、と呻く。
124 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:45:18 ID:PP.E5E3sO

( ^ω^)「話している内に帰ってくるかと思ったけど……遅いお、ニュッ君」

ζ(゚、゚*ζ「ニュッさん?」

( ^ω^)「彼が帰ってこないことには、どうにも事が進まんお。
       もうバイトは終わってるだろうからそろそろ帰ってくる筈……」

ζ(゚、゚*ζ「バイトしてるんですか。
      ……内藤さんは何のお仕事をされてるんです?」

( ^ω^)「館長。ただし仮の」

ζ(゚、゚*ζ「収入あるんですか?」

( ^ω^)「祖父ちゃんの遺産がね、凄いの。ほんと。
       遺言状あって良かったわー。あれ無かったら僕達のたれ死んでたね」

ζ(゚、゚;ζ

 要するに、肩書だけはある無職だ。

( ^ω^)「ぶっちゃけニュッ君が働かなくても余裕で生活出来るんだけど、
       何かやってないと、一日中本読んでるからね。あの子」

ξ゚听)ξ「無理矢理にでも本離れする時間を作らせた方がいいかと思ったの」

ζ(゚、゚;ζ「へえ……」

125 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:46:44 ID:PP.E5E3sO

 ――ぎい、と扉が鳴った。
 3人が一斉に玄関へ目を向ける。

 入ってきたのは、案の定、話題になっていた男。

( ^ν^)

 ニュッは、デレを見付けると、かくりと首を傾げた。
 彼女がここに居るのが予想外だったのだろう。

ζ(゚、゚*ζ(……ほっそいなあ……)

 対するデレは、どうでもいいようなことを考えていた。
 首やら腕やら、ニュッは全体的に細い。
 内藤の話を聞いた後だと、なるほどたしかにインドアな読書家らしく見える。
 肌も青白い。

 まあ、言ってしまえば末成りである。

( ^ν^)

 末成り、もといニュッはようやく動き出した。
 ぷいとそっぽを向き、カウンターへ向かう。

126 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:47:43 ID:PP.E5E3sO

( ^ω^)「ニュッくーん、『ただいま』はー?」

( ^ν^)

(;^ω^)「こらこら無視しない。
       ……おかえりお、ちょっとお話があるから、こっちに座ってくれるかお」

( ^"ν^)

 あからさまに顔を顰めながらも、ニュッはおとなしくデレの隣に座った。
 嫌々、渋々といった感じで。

( ^ν^)「何」

( ^ω^)「とある本の手掛かりを得られたんだお。
       タイトルと作者は分かってる。……ストーリーをニュッ君に教えてほしいお」

ζ(゚、゚*ζ「? 作者も分かってるなら、本人に訊けばいいんじゃないですか?」

ξ゚听)ξ「その作者が問題なの。
      ……作品を書いている間は基本的に部屋から出てこないし、
      何より、邪魔されることを嫌うから。
      あいつが自ら部屋を出るまでは、なるべく声をかけないようにしてるわ。
      怒られたら恐いし」

127 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:48:48 ID:PP.E5E3sO

( ^ω^)「というわけだお。お願いだお、ニュッ君」

( ^ν^)「じゃあ作者はあいつか。ってことはジャンルもほぼ決まってんじゃねえか」

( ^ω^)「だお。作者は……」

 内藤が、著者名とタイトルを告げる。
 一拍置いて、ニュッは簡単なあらすじを語り始めた。


( ^ν^)「主人公は――」





*****

128 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:51:24 ID:PP.E5E3sO



 「可愛い女の子」には気品がなくてはならない。
 活発でありながら、どこかにしおらしさを覗かせる。
 それが大事だ。

 皆の前ではにこにこと笑って元気に振る舞うが、
 1人のときには静かに読書なんぞを嗜む。
 何と可憐なことか。


o川*゚ー゚)o


 素直キュートは、自身のそんな信条のもと、今も本を開いていた。

 時は夕方。駅前の喫茶店、テラス席。
 制服姿の彼女は、背筋を伸ばし、良い姿勢で座っている。
 テーブルの上には本。完璧。

 ちらり、店のガラスを横目で見た。
 くりくりとした丸く大きな自分の瞳と目が合う。
 そのまま、ガラスに写る己の姿を眺める。

 ――よし、今日も可愛い。

 知らず、唇が笑みの形に変わった。
 やはり笑顔も可愛いなと思いながら、何とは無しに顔を上げた。
 店の前を通り掛かる男達の多くが、自分に視線を向けているのに気付く。

129 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:52:51 ID:PP.E5E3sO

o川*゚ー゚)o(もっと見とれてくれていいよ)

 ミルクティーを一口。
 ふう、と小さく息をつく。
 濡れた唇が、一層可愛さを引き立てたことだろう――


 素直キュート。
 高校1年生。

 彼女は自分の美貌に絶対の自信を持つナルシストである。
 決して思い上がりではないのが余計に厄介なことこの上ない。

 さらに、人前では常に可愛さを磨くための計算を行っている。
 たとえ一生に一度しか会わぬような通りすがりが相手でも、
 その者に「可愛い」と思われねば気が済まぬ。

 こうして喫茶店で読書をしているのも、可憐さをアピールしたいが故。
 別に本が好きなわけではない。
 体のいいアイテム、程度の認識だ。

130 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:54:14 ID:PP.E5E3sO

 しかし。
 学校の図書室から適当に選んだこの本、案外キュートの趣味に合う。

 内容はお決まりな展開の恋愛小説なのだが、
 何故だか妙に引き込まれて仕方がない。

 気を抜くと、つい猫背になって読み耽ってしまいそうになる。
 それでは格好がつかないからと何とか耐えているが。

o川*゚ー゚)o(……どう、どう……さん? 後で調べてみよう)

 おかげで作者自身への興味が沸いた。
 花柄の表紙に記されているのは、見馴れぬ名前。

 「堂々クックル」。

 性別どころか顔も年齢も分からぬが、
 きっと優雅な人なのだろうとキュートは想像する。
 それほど、物語は繊細で、美しかった。



*****

131 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:55:58 ID:PP.E5E3sO



ζ(゚、゚*ζ「うーん……」

 翌日。放課後。1年A組の教室。
 帰宅の準備もしないで席に座っているデレは、
 小さなメモ用紙を見ながら、紙パックに入った牛乳を啜った。

 メモには、件の本のタイトルと著者名、特徴が書かれている。
 表紙は花柄、タイトルなどの文字は紺色。らしい。

 今日一日、休み時間を利用して色々な教室や生徒を見て回ったのだが、
 それらしき本を持った者はいなかった。

 おかげで昼飯も食べられなかったので、朝に買っていたパンと牛乳を
 今になってようやく消費しているところだ。


     「――えー、私はあんまりそういうのはタイプじゃないなあ」


 ふと、前方からよく通る声が聞こえてきた。

 放課後ではあるものの、いくつかのグループは未だ教室に残っている。
 その声もそんな中の一つから飛んできたものだった。

132 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:58:06 ID:PP.E5E3sO

 廊下側の一番後ろに居るデレに対し、彼女達は窓際の一番前の席に集まっていた。

 中心にいる、先程の声の主は――

o川*゚ー゚)o

 素直キュート。
 学年、ひょっとしたら校内で1、2を争うかもしれない美少女だ。
 持ち前の人懐こさも手伝ってか、彼女が学内で1人になったところを見た覚えがない。
 人気者になるべくしてなった、と言っても過言ではないだろう。

ζ(゚、゚*ζ(今日も可愛いなあ)

 デレは、キュートへ羨望の眼差しを向けた。

 頭の先から爪先まで全てが綺麗に整っているし、
 明朗な性格故に友達も多い。
 羨ましいったらない。

 はっきり言って友達が少ないデレ。
 それで不便なこともないが、キュートを見ていると、あまりにも楽しそうで。

ζ(゚、゚*ζ(いいなー)

133 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 22:58:46 ID:PP.E5E3sO

o川*゚ー゚)o「ごつごつした人は好きじゃないかな。ワイルド系もあんまり……」

 どうやら、キュート達は好みの異性について語っているようだった。
 そういえば意外にも、キュートに恋人がいるとかいう話を全く聞かないな、と
 デレは僅かに興味を示す。

 離れた席で、教師から出された数学の課題を解いていた筋肉質な男子生徒が
 がくりと肩を落とした。

o川*゚ー゚)o「ん? んー……そうだなあ。
      細身で、華奢な感じでね、真っ白な肌してて、
      物静かで、読書や映画観賞とかが趣味で……」

 つらつらと挙げられていく条件。
 それを聞いている内、デレの脳裏にある男が過ぎる。

     ( ^ν^)

ζ(゚、゚*ζ(細いし肌白いし静かで読書好き……)

o川*゚ー゚)o「で、とっても優しくて美形なの!」

ζ(゚、゚*ζ(はい消えたー)

 残念ながらあれは優しくもないし美形でもない。

134 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:00:21 ID:PP.E5E3sO

 ずず、と下品な音と共に牛乳を飲み干す。
 パンの袋と紙パックを折り畳み、近くにあったごみ箱へ投げ入れた。

(*^ω^)「デーレちゃん」

 ――と、同時に、内藤が教室の後ろ側の入口からひょこりと現れた。
 物凄く自然に現れた。
 当然のように現れた。

ζ(゚、゚*ζ

ζ(゚、゚;ζ「……何で!?」

(*^ω^)「ここの図書室の司書さんにもう一度話を聞いてみようかなと」

ξ゚听)ξ「ついでに校内を見学したかったんですって。
      そしたらデレを見付けたの」

ζ(゚、゚;ζ「どうせ女の子目当てでしょ……」

(*^ω^)「いやいや僕は純粋な好奇心でもって」

ξ゚听)ξ「……デレも一緒に行く? 図書室」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、うん。行く行く」

 内藤の右頬のみが赤い。多分女子生徒をナンパしてツンに殴られた跡だ。

135 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:01:14 ID:PP.E5E3sO

 鞄を持ってデレは腰を上げる。
 一度教室に振り向き、びくりと身を竦ませた。

 ――クラスメート達の目が、こちらに向いている。
 正確に言えば、

ξ゚听)ξ

 ツンに釘づけになっている。

ξ゚听)ξ「デレ、行くわよ」

ζ(゚ー゚;ζ「あ、う、うん」

(#゚ω゚)「おいオスのクソガキ共、僕のツンをじろじろ見んじゃねえ!!」

ζ(-、-;ζ「……内藤さん、さっさと出て下さい」

(#゚ω゚)「ツンたんが汚れるだろうが!! あと女の子は僕を見……て……?」

 ぎゃあぎゃあ喚く内藤を押し出そうとする――が、
 突然内藤が静かになった。

 何事かと彼の顔を見上げてみれば、視線が一点に固定されたまま、
 ぽかんと口を開けた間抜けな表情へ変わっている。

136 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:02:10 ID:PP.E5E3sO

( ^ω^)「……おい……」

ζ(゚、゚;ζ「内藤さん?」

( ^ω^)「おい。おいおいおいおいおい……」

( ^ω^)「何だあれ。うーわ。うーわ。かっわいい。天使か」

ζ(゚、゚;ζ(……ああ、なるほど)

 視線を追わずとも、何を見ているか分かった。
 キュートだ。

o川;゚ー゚)o「?」

( ^ω^)「本とかどうでもよくなってきたわ。ちゅーしたい」

ζ(゚ー゚#ζ「内、藤、さんっ!」

(;^ω^)「おわっ」

 内、で肩を押し、
 藤、で腹を押し、
 さん、で顔面を押した。

 バランスを崩した内藤の襟元をツンが引っ張り、教室の外に放り出す。

137 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:03:15 ID:PP.E5E3sO

ξ゚听)ξ「お騒がせしました」

 ツンが頭を下げると、クラスメート達は、全員こくこくと頷いた。

 本当にお騒がせしたな、とか、別に気にしてないよ、とか、
 君に見とれすぎて言葉の内容を理解出来ないけどとりあえず頷いておくよ、とか
 様々な意味が込められた頷きだった。



*****

138 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:07:09 ID:PP.E5E3sO



(;^ω^)「はあ? 今何つった」

(-@∀@)「一度も貸し出された記録が無い、と言いましたよ」

 図書室。
 まずは誰が本を借りたのか確かめようとアサピーのもとを訪れたのだが、
 答えは「分からない」。それだけ。

(-@∀@)「寄贈されたのが2年前。それから今日まで――誰1人、借りていません」

(;^ω^)「……」

 内藤が目元を手で覆った。
 その後ろで、デレがツンに耳打ちする。

ζ(゚、゚*ζ「私のときみたいに、本が勝手に移動したとか……」

ξ゚听)ξ「かもね。でも、本が移動するのは、『主人公』に選ばれた人のもとだけよ。
      選ばれるには、本を手に取らなければならない」

 しばらく内藤とアサピーは言い合っていたが、
 やがて、これ以上の進展は望めないと見たか、内藤の溜め息により打ち切られた。

139 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:07:45 ID:PP.E5E3sO

(;^ω^)「……持ち主の手掛かり0、ときたかお」

ζ(゚、゚;ζ「でも、あの本を触ったことがある人を当たれば……」

ξ゚听)ξ「どれだけの人間が触れたと思う?
      とんでもない数になるわよ」

(;-@∀@)「……何の話?」



*****

140 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:10:22 ID:PP.E5E3sO


 夜。
 とあるマンションの一室。
 自室のベッドに転がりながら、キュートは本を読んでいた。

o川*゚ー゚)o「美容のためにも早く寝なきゃ……」

 そうは思いつつ、手が、目が、止まらない。

 ――主人公は、能力にしても容貌にしても不器量な少女。
 年頃は17歳。高校生。
 家でも学校でも、皆から笑われ馬鹿にされている。

 この時点でキュートには共感出来ないのだが、細かく描写される主人公の心情を読み込む内、
 彼女を自分の友のように感じ、応援し始めていた。

 キュートが惹かれたのはそれだけではない。
 主人公に手を差し延べ、優しく接してくれる少年が、キュートの心を奪った。

 色白、華奢、物静かで、常に穏やかな笑みを浮かべている。
 そして何より眉目秀麗。
 キュートにとって、理想の男性像そのもの。

o川*゚ー゚)o「はあ……私も、こんな人と恋したいなー。……っとと」

 いい加減に寝なければ。
 本を閉じ、キュートは電気を消して毛布を引っ被った。

*****
142 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:13:25 ID:PP.E5E3sO



ζ(゚、゚;ζ「ぐむむむ……」

 ――あれから本は一向に見付からないまま、1週間ほどが過ぎた。

 学校関係者は、誰も持っていないのではないか。
 校内で探すだけ無駄ではないか。
 そんな考えも浮かんでくる。

ζ(゚、゚;ζ「どうしたもんかなあ」

 お手上げだと、デレは机に伏せた。
 ちらと窓際前列の席を見る。

 ――デレには1人、疑っている者がいた。

 ここ数日、空席になっている机がある。

ζ(゚、゚*ζ(……キュートちゃん)

 クラスの、いや学年の人気者、
 素直キュートの席。

143 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:15:03 ID:PP.E5E3sO

 最近、彼女の顔を見ていない。
 風邪で休んでいるということだが、それにしては長引いている。
 二学期中間試験が近付いている時期だ。クラスメートも皆心配していた。

 仲の良い友人達が見舞いにも行ったらしい。
 しかし、顔を見せず、ドア越しの会話だけで終わってしまったのだとか。

ζ(゚、゚*ζ「……まさか、ねえ」



*****

144 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:17:05 ID:PP.E5E3sO



 かしゃん。南京錠が外れた。
 フェンスを引き、中に入る。
 かしゃん。南京錠をかける。

ζ(゚、゚*ζ「よしっ」

 しっかり鍵がかかったかを確認してから、デレは図書館へ向かう道を進んでいった。

 ――もしものためにと、内藤が、
 フェンスを閉ざす南京錠の合鍵をデレに貸してくれたのだ。

 限られた者しか入れない場所を自由に行き来する。
 それが、何だか楽しい。
 特別な存在になれたようで。

145 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:19:41 ID:PP.E5E3sO


ζ(゚、゚*ζ「失礼しまーす」

 図書館の扉を開ける。
 正直、何か用があるわけでもない。ここはデレにとって居心地が良い。
 いつものテーブルで内藤達を待つつもりで、デレはそちらを見た。

 ――予想外の光景に、口がぽかんと開け放たれる。

( ゚∋゚)

 大男が、テーブルに頬杖をついて本を読んでいたのだ。

 本当に大きい。
 立ち上がったら2メートル近くはあるのではなかろうか。

 おまけに筋骨隆々。
 首も腕も足も太い。
 少しでも身じろぎすれば、腰掛けている椅子が壊れてしまうのではないかとさえ思える。

 頬を支える右手や、本のページをめくる左手も
 ごつごつとしていて、それだけで凶悪だ。

ζ(゚、゚;ζ「……」

 このような人間を、デレはテレビなどでしか見たことがない。
 圧倒される存在感。何故だか、拍手したくなった。

146 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:20:52 ID:PP.E5E3sO

( ^ν^)「アホ面」

 さらには、大男の向かいに末成りが居るものだから
 対比により末成りがますます弱々しく見える。
 こいつ指先でつついたら折れるんじゃね? デレが半ば本気でそう思うほどに。

ζ(゚、゚#ζ「って誰がアホじゃーい!!」

( ^ν^)「お前しかいないだろ」

ζ(゚、゚#ζ「むぎー!!」

( ゚∋゚)「む? 客か?」

 デレが怒鳴り、ニュッがうざったそうに顔を歪める。
 そこでようやく、大男はデレに気付いた。

 ずしりと響く低い声。
 カツアゲでもされようものなら一旦家に帰って全財産引き渡してしまいそうだ。

 というより、もしや、「そういう」現場なのではないか?

 そうだ。きっとそうだ。
 大男は、どこからどう見ても喧嘩なんか出来そうにないニュッを狙ったに違いない。

147 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:21:58 ID:PP.E5E3sO

 街中でわざとニュッにぶつかり、肩が折れただの何だのと絡み、
 おう兄ちゃん慰謝料寄越せやとか言って
 ニュッがすいません家にならお金ありますんでとか答えて、

ζ(゚、゚;ζ「……そして大男さんをここに連れてきて、
      お金を管理してる内藤さんが帰ってくるのを待っているところ……」

( ^ν^)「馬鹿すぎるから死ね」

( ゚∋゚)「……俺はそんなに第一印象悪いか?」

 ぶつぶつと思考をだだ漏れにしているデレに、大男はほんのりショックを受けていた。
 呟くと同時に読んでいた本を閉じ、立ち上がる。

ζ(゚、゚;ζ「ぎゃわっ、ご、ごめんなさい! 殺さないで!」

(;゚∋゚)「殺すか。
     ――もしや、あんた、最近館長が話してる……ええと、
     長岡デレか?」

ζ(゚、゚;ζ「は、はい、そうです、ごめんなさい、生きててすみません」

(;゚∋゚)「……危害を加える気はない。
     俺は堂々クックル。この図書館に住んでる『作家』だ」

ζ(゚、゚;ζ「へ……」

148 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:22:53 ID:PP.E5E3sO

( ゚∋゚)「ほら、チェックは終わったぞ。読め、ニュッ君」

 大男はニュッへ本を渡した。
 ハードカバー。花柄の表紙。

 ――堂々クックルという名には覚えがある。

 現在、デレが捜索を手伝わされている恋愛小説の作者だ。





 本を読み始めたニュッの隣にデレが座る。
 テーブルの上に、クックルが運んできた盆が置かれた。

 盆に乗っているのは3人分のティーカップと、きらきらと輝く丸型の缶。
 ティーカップには湯気を立てるミルクティー、
 缶には個別に包装されたチョコレートが入っている。

149 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:23:52 ID:PP.E5E3sO

( ゚∋゚)「俺の好みで勝手にミルクティーとチョコにしてしまったが、良かったか」

ζ(゚、゚*ζ「あ、いえ、好きです。ミルクティーもチョコも」

 宝石みたいに綺麗な缶に夢中になっていたデレは、
 クックルの問いで我に返り、慌てて首を振った。

 いただきます、と呟き、チョコレートを一つ手に取る。
 薄青色の包装フィルムを剥ぐと、ころり、一口大の真四角なチョコレートが現れた。

ζ(゚ー゚*ζ「ん。美味しい」

 すっと溶ける舌触りに、思わず笑顔になる。
 ミルクティーを口に含むと、甘みを抑えたそれとチョコレートが混ざり、
 何とも言えぬ上品な風味が生まれた。

 へにゃりと笑うデレの様子に、それは良かったとクックルが頷く。

 しかし、飲食しているのはクックルとデレだけで、
 ニュッは本のみに意識を向けていた。

 そんなに面白いのかとデレは横から本を覗き込む。

150 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:24:35 ID:PP.E5E3sO

ζ(゚ー゚*ζ「……」

ζ(゚ー゚*ζ「これって印刷?」

( ゚∋゚)「手書きだが」

ζ(゚、゚;ζ「うっそ! 凄い! 綺麗! 印刷されたみtあべしっ!!」

 耳元で騒がれるとさすがに欝陶しいのか、ニュッがデレの顔を押しやった。
 鼻をもろに圧迫される痛みに、デレの目に涙が滲む。

ζ(>、゚;ζ「いたい」

( ^ν^)「うるさい」

ζ(゚、゚;ζ「……だってー」

 ――クックルの書く字は、活字と見紛うほどに整然としていた。

 表紙も、市販のものと大差ない。
 たとえば、貞子の本はタイトルなどが書かれたラベルを貼り付けただけだったが、
 クックルの本の表紙には直接タイトルと著者名が彫られている。

 これも、クックルが自分でやったのだそうだ。
 浅く彫り込んだ文字に濃紺のインクを垂らし、それらしくしたと。

151 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:25:44 ID:PP.E5E3sO

ζ(゚ー゚;ζ「わーお……」

 見掛けに反し、随分と器用なことだ。
 なるほど、こんなに細かい作業をするのなら、執筆に邪魔が入るのをさぞ嫌うだろう。

( ゚∋゚)「ところで」

ζ(゚ー゚*ζ「はい?」

( ゚∋゚)「館長とツンから聞いたが、俺の本を探してるらしいな」

ζ(゚、゚*ζ「そうなんですよ。どこ行っちゃったのやら……」

( ゚∋゚)「……あの話は、少々厄介だ」

ζ(゚、゚*ζ「ん?」

( ゚∋゚)「あんたも知ってると思うが、俺達の本の一部は、表現されたいという欲求を持つ。
     普段は暇が出来たときに俺達が演じてやることで抑えているが」

ζ(゚ー゚*ζ「ああ、それ、不思議ですよね――」

152 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:26:58 ID:PP.E5E3sO

 ふと。
 違和感。

ζ(゚、゚*ζ「……一部……?」

( ゚∋゚)「ん?」

ζ(゚、゚*ζ「一部、だけなんですか? 表現されたがる子って」

( ゚∋゚)「そうだが。全部が全部それじゃあ、需要に供給が追いつかない」

ζ(゚、゚*ζ「そうか。そうですよね」

 欲求を持つ本は一部だけ。
 内藤はそれを言わなかった。あるいは言い忘れた。

 それとも、意図的に隠した?

 何故だろう。

153 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:28:18 ID:PP.E5E3sO

ζ(゚、゚*ζ「……」

( ゚∋゚)「……おい?」

ζ(゚、゚*ζ「あ、すみません。どうぞ続きを」

( ゚∋゚)「ああ。そんで――あれの主人公は、……まあはっきり言っちまうと不細工だ」

ζ(゚、゚*ζ「ええ、ニュッさんも言ってました」

( ゚∋゚)「だから、もしかしたら……主人公役に選ばれた女がいたら。
     なおかつ、その女が美人だったら」


( ゚∋゚)「そいつは、本に無理矢理顔を変えられちまう恐れがある」


ζ(゚、゚;ζ「……え……」





*****

154 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:31:01 ID:PP.E5E3sO


 さて、次の日。
 1年A組に、いつもの賑やかさが戻っていた。

o川*゚□゚)o「いやー、久しぶり! みんな!」

 キュートがようやく登校してきたのである。

 一応完治はしたらしいのだが、
 用心のためか、マスクで鼻から下を覆っていた。

o川*゚□゚)o「なかなかしつこい風邪だったよー」

 心なしか声も少し掠れているが、やはり彼女は美しい。
 少なくとも、マスクに隠れていない、見える範囲は。

ζ(゚、゚*ζ「……」

 デレの脳裏に過ぎるは、昨日のクックルの言葉。
 ――顔を変えられる。

ζ(-、-;ζ(……まさか。私の考えすぎ……だと思いたい)

155 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:32:02 ID:PP.E5E3sO



 だが。
 デレの中で、その疑いは強くなっていく。


 数日後のこと。
 未だマスクを外さぬキュートが、友人達と話していたときだ。


o川*゚□゚)o「でさー……」

从 ゚∀从「……!」

o川;゚□゚)o「きゃあっ!」


 キュートの手が友人の1人の腕に触れた瞬間、
 その友人が、キュートを突き飛ばした。

156 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:33:26 ID:PP.E5E3sO

 がたん、とキュートが机にぶつかる激しい音。
 クラス中が静まり返る。

o川;゚□゚)o「いったあ……な、何するの、急に!」

从 ゚∀从「……触んな。気持ち悪い」

o川;゚□゚)o「はあ!?」

 周りの友人らが、くすくすと笑い出した。
 そして。


从 ゚∀从「うざいんだよ、ブス」


 キュートを突き飛ばした友人がそう言い捨てたのを合図に、
 彼女達は教室を出ていった。

o川;゚□゚)o「……」

 呆然と座り込むキュートに、デレが駆け寄る。

ζ(゚、゚;ζ「キュートちゃん、大丈夫?」

o川;゚□゚)o「あ……ありがとう、デレちゃん……」

 キュートが立ち上がったことをきっかけに、凍りついていたクラスメート達が動き始めた。
 怪我は無いか、平気か、と口々に問いかける。

157 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2011/03/09(水) 23:35:09 ID:PP.E5E3sO

ζ(゚、゚;ζ「……」


 思い出す、ニュッから聞いた物語のあらすじ。
 その序盤。


 主人公はクラスメートからいじめを受けていた――





第二話 続く

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