539 : ◆X5HsMAMEOw :2006/02/01(水) 21:13:05.16 ID:GzCSLA3o0
―――朝。

小鳥がさえずる朝、今日も俺は鐘の音で目を覚ます。
俺が死んだ日…あの日から、既に一ヶ月が過ぎようとしている。
長かったようで短かった冬。俺は冬生まれなので、やっと十八になれた。

そう、俺は高校三年生。
受験を間近に控えているのだが……あれ以来、睡眠もろくに取れない日々が続いている。
聖剣士として昼間に仕事をしない分、夜間に働く事が多いのだ。

もっとも、聖剣士となってからはまだ一週間ほどしか経過していないが…。



―――――そして、俺はいつもどおりに学校に行く。


「よう、ガルシア! 元気か?」

学校に着くなりそうそう、俺に声をかけてくる男がいる。
こいつは木之下埜亜。俺と同じクラスの、高校三年生だ。
専門学校に行くらしく、受験は心配ないとほざいている。大学に行く予定の俺にとっては、そこはかとなく嫌な奴だ。
544 : ◆X5HsMAMEOw :2006/02/01(水) 21:19:17.34 ID:GzCSLA3o0
あ、凄い当て字だけど埜亜はのあ ってよむよ!

545 : ◆X5HsMAMEOw :2006/02/01(水) 21:26:08.08 ID:GzCSLA3o0
「で、今日はどうするんだ?」

木之下は、俺を毎日といっていいほど学食に誘う。
俺は大抵面倒で断るのだが、こいつは何処までも食い下がる。
最近では観念してしまい、昼食は大体学食で過ごすようになった。

「断っても無理やり連れて行くんだろ…。行ってやるよ」
「おう! 今日の日替わりはトンカツ定食だぜ! うまそうだな〜」
「俺はコテコテしたもの嫌いなんだがな…」

…こいつとの付き合いは長い。
小学校の頃からの友人で、何かと外人のレッテルを貼られる俺を庇ってくれる良い奴でもあった。
年を重ねるに連れて俺は身長が高くなり、今ではいじめられる事もなくなったが。
何だかんだで、こいつと俺の腐れ縁はまだ断ち切られていない。一生の付き合いになる友人だろう。


――――食堂にて。

「おーい、ガルシア。お前はトンカツ定食でいいのか?」
「任せた。金は渡すぞ」
「ちぇっ。お前そればっかだな。自分の意見をもてないのかよ」
「冗談だって。俺はうどんでいいよ。コテコテしてないし」

こいつとのやり取りは、いつでも楽しい。
まさに退屈しないものであった。


『…ガルシア、楽しそうだねだお』

そんな時、不意に何処からかブーンの声が聞こえてきた。
577 : ◆X5HsMAMEOw :2006/02/02(木) 05:54:53.48 ID:laOLkGdM0
「ん…ブーンか」
俺は声をひそめ、ブーンと会話をする。

『ここは学校かお? あの子は、ガルシアの友達かお?』
「ああ、ここは学校だ。あいつは俺の親友で、木下って言うんだ」
『そうかお…』

ブーンの言葉が、一瞬留まる。
何か、言い出せないようなことを隠している感じがする。

「…どうかしたか?」
『ガルシア。あの子には気をつけたほうがいいお。潜在魔力が高い…』

…その言葉に、俺は青ざめてしまった。
木之下の潜在魔力が強い……即ち、それは…。

「木之下が…聖剣士になる可能性があるかもしれないってことか?」

イヤ、違う。
俺が青ざめたのは、こんな理由じゃない。

そして、その理由を補足するかのように、ブーンが話を続ける。

『違うお。聖剣士を育てる純代行人は、死人だけを対象にするお。
 ただ、鬼の作る…魔剣士と言う奴らは、生きている人間からも作れる。
 聖剣士もそういう事は出来るけど、それは邪道ということになっているんだお』

…そう、これだ。
木之下が、敵の組織に入れられる可能性がある。
そうなれば、俺は……戦う事がつらくなるだろう…。

578 : ◆X5HsMAMEOw :2006/02/02(木) 06:03:02.11 ID:laOLkGdM0
「じゃあ、魔剣士になる前に聖剣士にすればいいじゃんか!」
『…それはつまり、木之下君を一回死なせるということになるお。
 それに、いくら潜在魔力が高いからとはいえ、試験に合格するとは限らないんだお』
「そんな……」


…確かに俺は、友人を死なせるようなことなど出来ない。
ましてや、合格するかも分からない試験に放り込むなんて…無謀にも程がある。

俺は、このまま木之下の安否を見守る事しか出来ないのか…。


『ガルシア。そうならない為にも、なるべく木之下君に付き添ってあげてお』
「あぁ…。すまんな、ブーン」


今まで、木之下はただの友達としか見ていなかった。
だが、木之下の命までが関わってくるとなると…俺はいてもたってもいられなくなった。


「お待たせ! お前はうどんで良いんだよな?」

―――不意に、木之下の声がした。
同時に、俺の目の前にうどんの盛られた碗が置かれる。

だが、今は食欲よりも…木之下の事で俺は不安になっていた。

「なあ、木之下」
「ん? どうした、ガルシア。うどんじゃなかったっけ?」
「お前に何か悪い事が起きるかもしれない…。気をつけろよ」
580 : ◆X5HsMAMEOw :2006/02/02(木) 06:11:00.56 ID:laOLkGdM0
その日俺は、木之下に付き添って帰ることにした。
もう部活も受験のためになく、夕暮れ時には帰ることが出来た。

「なんか変だぜ、今日のガルシア。何さ、俺に悪い事が起きるって」
「…詳しい事は言えないんだが。とにかく…お前が危険になるかも知れないんだ」

木之下は、俺のことをからかっている。
だが、こいつとは長い付き合いだ。俺がこんなことを言う事は、何かあると思ってくれているだろう。

やがて、俺達は木之下と俺の家とを分ける交差点にたどり着いた。


「何かあったら、すぐに俺の携帯電話に電話かメールしろよ」
「へいへい。何もないと思うけど、一応気をつけときますよ〜」

木之下はそのまま、俺に手を振って帰ってしまった。

夕日で鈍い紅に染まるその背中を、俺はただ見ていることしか出来なかった。


8話:完
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