3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/02(火) 23:16:33.05 ID:eh//dNXG0
第二十三話 The Great Escape


気がつくと真っ暗の世界だった。
砂漠も夜になると真っ暗だけれど、月や星やホタルムシがいるから、
本当の真っ暗ではなかった。


真っ暗の世界は狭くて、数歩跳ねたらすぐに壁に当たった。
振り向いて反対側へ行ったらまた通せんぼ。



「よお、目が覚めたかい」



真っ暗な世界の真ん中で声がした。


( ∵)「誰?」

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/02(火) 23:19:40.79 ID:eh//dNXG0
そう言うと、声の主はやる気なさげに鳴いた。
僕はそのとき自分が置かれている状況が、少しずつ分かってきたんだ。


( ∵)「もしかしてここは檻の中?」

( ∵)「そしてあなたは、サーベル・デス・タイガーさんですか?」

タイガーさんは「そうだ」とでも言ってるように喉を鳴らす。
でも、次の言葉はこうだった。

「その名前はよせ。俺にそもそも名前なんてものはない」

( ∵)「え? どうして? 僕達はみんな名前を持っているんだよ」

「俺は俺なんだ」

( ∵)「その考えはよく分かるよ! 僕は僕だもん」

( ∵)「あ、ちなみに僕はビコーズっていいます」

「サボテンのくせに名前なんか持っているのか」

( ∵)「サボテンのくせに喋って飛んで跳ねるよ!!」


僕は檻の中を縦横無尽に駆け回る。
それが自己紹介代わりになると思ったのさ。僕は僕で、僕は僕しかいなくて、
僕はビコーズっていう僕の名前がある。そして僕はサボテンの中でも頭一つ飛びぬけてるのさ!
ってね……
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/02(火) 23:25:44.75 ID:eh//dNXG0
「やかましい。止れよ」

( ∵)「ご、ごめんね」

「いいや怒ってないさ。寧ろうらやましいくらいだよ
 お前のその元気さが」

( ∵)「タイガーさんは元気がないの?」

「俺はタマを抜かれちまったんだ」

( ∵)「?」

「もう何もやる気がない…… 昼間のショーで適当に演技をすれば、エサはもらえる
 そして夜はたっぷり眠れる…… この環境に俺は慣れきってしまった
 砂漠を駆け回って獲物を狩る力も、本気で吼えて相手をびびらす力もなくなってしまったんだよ」



僕の頭の中に、大きなハテナの文字が浮かぶ。



( ∵)「それでも君は君なの?」


「……」

少しの沈黙が、続いた。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/02(火) 23:28:31.31 ID:eh//dNXG0
「前言撤回しよう」

「俺はサーベル・デス・タイガーという阿呆くさい名前を与えられた、間抜けな虎さ」

( ∵)「……なんか、ごめんね」

「いや、いいんだ。本当のことだ」


目が暗闇に慣れてきた。タイガーさんの体躯の輪郭が、ぼんやりと見えてくる。
タイガーさんは、寝返りを打って、低く唸るように呟いた。


「もう寝ろ」

「ちゃんと起きれないと鞭で叩かれるぞ」

( ∵)「僕の身体はカタイから鞭なんか痛くないよ!」

「……そうだな」
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/02(火) 23:32:09.72 ID:eh//dNXG0
僕は目を閉じてイメージする。

砂漠でタイガーさんが猛々しく獲物を狙って駆け回っている。容易に想像できる。

僕は目を開けて寝転がるタイガーさんを見る。


何故か胸が苦しくなってしまった。これは、そうだ、
フサに初めて逢ったときの気持ちとよく似ている。
タイガーさんもフサも「自分らしさ」を奪われてしまったんだ。

だけど、フサは耳をなくしながらも、毎日を頑張って生きている。
戦っている。
タイガーさんも、やる気がないように見えるけど、本当は違う。
お客さんが来れば、演技をしているんだ。生きるために。


僕は、自分らしさを奪われてもなお、そんなふうに生きられるだろうか。


ただのサボテンに戻ってしまったら、しょげて、すぐに枯れて、倒れてしまうかも。


僕は、フサたちのような強さは、持てないかも……
13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/02(火) 23:35:08.06 ID:eh//dNXG0
( ∵)「あの、タイガーさん」

「寝ろと言ったはずだが」

( ∵)「僕はこのままここに居たらただのサボテンに戻ってしまいそう
   だけど、タイガーさんのような強さを持つ自信がないんです」

「何が言いたいのかよくわからんな」

( ∵)「要するに、ここから逃げたいんです!」

言葉と同時にぴょんと跳ねる。着地。檻の鉄は、冷たい。




僕はまだまだ色んな人と出合って色んな話をしたいんだ。
そして誰よりも何よりも賢くなりたい。
人間になってツンと同じ目線の高さで話したい。
ええと、それとね……



気がつくと頭の中にあった言葉を吐き出すように、
ぺらぺら喋り続けていた。タイガーさんの体躯は動かない。
聞く耳を持たないで眠ってしまったかな。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/02(火) 23:38:01.39 ID:eh//dNXG0
「小僧」

( ∵)(あっ、起きてた)

「所詮俺らを支配しているのは人間だ。弱い弱いただのデブだ
 殺す気で本気で暴れろ。というか殺せ」

「お前はまだまだ外の世界を駆ける資格がある」


( ∵)「ひ、人を殺すことなんかできないよぉ」

「まあいい。今度こそ本当に寝ろ」


( ∵)「うん。最後に一つだけいい?」

「なんだ?」

( ∵)「どうしてここはこんなに真っ暗なの?」

「檻に布がかけられているだけだろう」

( ∵)「そっか」


僕は手を伸ばして、檻の布に触れる。ざらざらして、暖かい。
フサの掌を思い出す。今頃何してるんだろう。
助けに来てくれるかな? フサは一人が好きだから、遠いところに行っちゃったかな?
そんなことを考えながら、朝が来るのを待った――――

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/02(火) 23:40:27.69 ID:eh//dNXG0



今日も砂漠は灼熱の暑さ。
サバクモグラはこんな日にはずっと地中にいる。
砂漠の地中は案外涼しいのは言うまでもない。

モグラの獣人、モール族であるディガーは腰に括った水筒の中身をひたすらに気にしながら、歩く。
流れる汗はすぐに蒸発し、目の前が揺れているのは蜃気楼のせいか暑さのせいか分からない。



( ●ш●)「はぁ……はぁ……」

( ●ш●)「これじゃサボテン君を見つける前にくたばってしまうズラ」

( ●ш●)「行商に聞いたらこの辺りって言ったのに!」

( ●ш●)「きっと移動中なんだズラ。その方向がもし真逆だったら……」




頭に血がのぼり、また水筒の水を一口流しこむ。
睫毛に付いた汗を拭うと、蜃気楼の向こうに小さなキャラバンが見えた。


( ●ш●)「むっ!!! もしかしてあれズラ!?」

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/02(火) 23:44:00.61 ID:eh//dNXG0



キャラバンは進む。檻は太陽に熱されて近付けない。
だけど僕は暑いのも熱いのも割りと得意だ。
タイガーさんは水を欲しそうに舌を出して唸っている。

どこへ行くのかな。この時間の太陽の向きから考えると、レイラに戻っているわけじゃないし、
まあいいや


そう考える楽観的な自分が、最近じゃ少し嫌いになったりもするんだ。



( ∵)「……」

( ∵)「こんにちわ」

( ゚∀゚)「……」



朝、檻に新しい仲間が入ってきた。
この子、ツンと同じように口も鼻も目も耳も……
髪の毛も足も腕もある。

400 :芸名無しさん:2010/03/04(木) 20:51:46 ID:tYFky8520
でも、服は一切まとっていない。
裸んぼうで、しかも、タイガーさんのように四つんばい。
僕の言葉に応えないで、うーうー唸っている。


( ∵)「僕の名前はビコーズだよ。君は?」

( ゚∀゚)「……」

( ∵)「僕は二つか三つくらい、君みたいなのがいっぱいいる所へ行ったよ
   そこにいる子供たちは、どんなに暑くても服は着ていたけどなぁ」

( ∵)「彼らとちょっと違うから君は檻に入れられたのかい?」

( ∵)「”普通”と少しずれているだけで見世物にされるなんて、嫌な世の中だね」

( ゚∀゚)「うー……」

( ∵)「あ、やっぱりそう思うかい?」
19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/02(火) 23:47:54.75 ID:eh//dNXG0
そんな一方的な会話を続けていたら、キャラバンが止った。
ジョーンズは早々と設営を始める。タイガーさんはそれを醒めた目でじっと見つめていた。
裸んぼ君はずっと隅っこで目をぎらぎらさせたまま。
なんだか殺伐としていて辛い。やっぱり僕はまたフサと旅がしたいな……






砂漠に敷かれた絨毯、その上に置かれた椅子、次々と埋まっていく。
その中に、見覚えのある巨体が。


( ●ш●)ノシ


( ∵)「ディガーだ!!」



ディガーは口に指をあてて「静かにしろと指図する」
僕はそれに従う。ディガーは最前列に座っていた。物凄く汗をかいているけど、大丈夫かな?
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/02(火) 23:50:59.58 ID:eh//dNXG0
しばらくすると見世物ショーが始まった。ジョーンズは順番を呟く。
タイガーさん、裸んぼ君、僕の順らしい。
僕はやっぱり一番の目玉のようだ。


(’e’)「今日こそしっかりやれよ。ちゃんと客の受け答えしなきゃ、その図体へし折るからな」

( ∵)(ふん。やってみろってんだー)

(’e’)「……よし、行くか」





(’e’)「さあ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい! でもおさわりは駄目!
    砂漠一番のエンターテイナー!!! セントジョーンズの見世物小屋だよ!!!」

(’e’)「最初はこちら! 毎度おなじみ見世物小屋のエース!」

(’e’)「サーベル・デス・タイガーだ!!!!!!」
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/02(火) 23:55:05.96 ID:eh//dNXG0
( ●ш●)(なんだか覇気がないズラ)

( ●ш●)(それにしても暑いズラね…… サボテン君はまだズラ?)



(’e’)「さーてお次はお初にお目にかかります!! 世にも珍しい砂狼に育てられた子供だ!」

(’e’)「見てくれ! この四つんばいの姿! まるで獣のような瞳!!」



( ゚∀゚)「……」


「うおおお!!! こいつはすげぇ!!」

「本当に狼に育てられたのかしら!?」

「おっかねぇ目してやがる……」

( ●ш●)「ムム」



土砂埃に隠された肌は赤く火照り、瞳の奥に湛えた野性は、唾液となって口の端から零れる。
細い手足は見かけよりもずっと俊敏で強力な運動性を兼ねているように、ディガーには見えた。
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/02(火) 23:57:18.19 ID:eh//dNXG0
「警戒しているのかしら? 可愛い顔がさっきからずっと強張っているわ」

「言葉も喋らんしな」

(’e’)「こいつは砂狼に育てられたから言葉なんか喋れませんぜ!」

( ゚∀゚)「…うー」


「唸った!」

「本当に狼みてぇだな」


( ∵)(かわいそう)


奥のほうにいた客がジョーンズに言葉を投げる。



「なあ! 喋るサボテンはまだかい? 俺はそれが見たくてはるばる来たんだぜ」

「そんなのがいるのか!?」

「しゃべんねぇ人の子より喋るサボテンだな! 早く見せろや!」
29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/03(水) 00:01:22.28 ID:8QA113E80
( ●ш●)(来たズラ)

(’e’)「ちょい待ち! ちょい待ち!」

(’e’)「ごほん。それでは今日のメイン!!!!」

(’e’)「こればっかりはどの大陸の見世物小屋に行っても見れないよ!」

(’e’)「このサボテンは喋るばかりじゃない、自分で飛んだり跳ねたりできるんだ!」

(’e’)「その名も、えーっと、ビコーズ君! カモン!」



ビコーズがステージの真ん中まで歩く。
それに合わせてディガーは飛び出た。ジョーンズは慌ててディガーを制止するが、
ディガーの張り手で吹っ飛ばされてしまった。
観客は、動くサボテンよりも、気絶してしまったジョーンズの痩身に対してどよめく。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/03(水) 00:03:07.35 ID:vKiqf8qI0
( ●ш●)「よっこらせ」

ビコーズはディガーに担がれる。ジョーンズが紹介の文句を謳ってからわずか数秒。

(;●ш●)「救出成功。ヒネリなし!」

余計なことは言わなくてもいい。
ディガーは最寄のトンネルまで駆けていく。観客の様々な声を撥ね退けながら。



しかし、数秒後に観客はさらに混乱の渦中へと巻き込まれることとなる。





32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/03(水) 00:05:52.47 ID:vKiqf8qI0
僕は肩の上から、タイガーさんを見つめる。



( ∵)(タイガーさんも、行こうよ!!)

(いや…… 俺はいい)

( ∵)(どうして!?)

(慣れてしまったんだ…… 俺はこのままで、いいんだ)

( ∵)(そっか……)




小僧、俺のかわりに、存分に世界を駆け巡れ。色んなものを見てこい



最後までお前はお前であるためにな



33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/03(水) 00:08:25.79 ID:vKiqf8qI0
タイガーさんが僕に贈った最後の一言。
それは、今までのタイガーさんからは信じられないほどに、熱が篭もった強い強い口調だった。
僕はディガーが大きな図体をぶるっと震わせるくらいに、おっきな声で
「わかった!!!」
って返してやったのさ。
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/03(水) 00:09:35.62 ID:vKiqf8qI0
( ∵)「ねえディガー」

( ●ш●)「どうしたズラ、サボテン君」

( ∵)「僕はニンゲンになりたい。だけどニンゲンになっても僕は僕だよね?」

( ●ш●)「それを決めるのは君自身ズラ」

( ∵)「じゃあ僕が飛んだり跳ねたりできなくなったら?喋れなくなったら?」




それを決めるのも君自身ズラ
僕たちは喋る言葉や肌の色や種族の違いで、他人から自分は何者であるかを定義されてしまうズラ
だけどそんなものは錯覚。今そこにいる君が君ズラ。それ以上でも以下でもないズラ





( ∵)「よくわかんない」

( ●ш●)「サボテン君の”自分探しの旅”はまだまだ続きそうズラね」

( ∵)「…………」

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/03(水) 00:11:47.49 ID:vKiqf8qI0








(’e’)「うーむ……」


ジョーンズはようやく意識を取り戻した。
よろめく身体を苦労して立たせ、ステージへと戻る。


(’e’)「ハハ…… 失態をば。みなさんすいませんでした」


「金かえせー!!」


(’e’)(どどど どうするべきか)


( ゚∀゚)「……」


(’e’)(そうだ)
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/03(水) 00:12:32.26 ID:vKiqf8qI0
ジョーンズが何かを企み、少年に近づいた次の瞬間だった。
少年は右手を徐に振り上げる。
少年とジョーンズの間に残像さえ残さない速過ぎる動きが起こる。





観客の目には、首から上を失ったジョーンズの姿が焼きついた。





混沌の主は手に付いた血糊を舐めながら、どこかへ消えていく――




(続く)

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