5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/11(日) 21:41:21.57 ID:BMIbrQJM0
第一話  蜃気楼の向こうには



( ∵)「…」


僕の目の前に広がる景色は、基本的には退屈だ。 
セピアの砂の波。 うねりうねって、見渡すばかりに広がっている。 
その向こうで、時々ターバンやラクダがぽつぽつと歩いていたりする。



( ∵)「暇だなぁ」



目が覚めて三日目の昼間。 僕は「声」というものも手に入れた。
これは中々面白い。 アタマの中で思っていることを、音にして表せる。
僕のはす向かいに佇むサボテンに僕はこう呟く。


( ∵)「…」

( ∵)「うらやましいだろう」

( ∵)「僕は君達なんかとは違うんだぞ」


6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/11(日) 21:42:52.45 ID:BMIbrQJM0
「…」

( ∵)「…」


自慢をしたって、周りのサボテン達は何も応えちゃくれない。
当たり前のことだけど、僕はなんだか切なさを感じる。
切なさ… 感情というものの一つで、これもまた、素晴らしいものだ。


( ∵)「…」

( ∵)「退屈だなあ」



それが僕の口癖になっていた。
「声」を手に入れたのはつい最近のことなのに、もう癖が付くのは可笑しいと思う。

僕は腕を震わせて、朽ちたトゲトゲを足元に落とした。
風が吹く。 あっという間に僕の体の一部だったモノは、砂塵に覆われてしまった。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/11(日) 21:45:41.66 ID:BMIbrQJM0
( ∵)「…」


このままでいいのだろうか? そんな一節がアタマを過ぎる。

…このままでいいと思う。


( ∵)「だって僕はただのサボテンなのだから」


いや、違う。僕は一味違うサボテンだ。
声も出るし頭もいいし、その気になれば、砂漠を歩き回れるかもしれない。
そんなサボテンとして生を受けたからには、何か大きいことをやらかしてみたい。


( ∵)「だけど僕は僕が生きている世界のことをさっぱり知らない…」




また風が吹いた。 砂塵の波が形を変えた。
なんとなく思うことは、いつまでもここにいちゃ何も変わらないということだ。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/11(日) 21:47:12.94 ID:BMIbrQJM0
悩む僕をよそに、時間という概念は淡々と過ぎる。
僕の固いヒフがじりじりと熱くなる。 きっと太陽が真上に昇っている時刻なんだ。


( ∵)「…」

( ∵)「…」

( ∵)「…」

( ∵)「…おや?」


蜃気楼のめらめら。 その向こうに人影を見つけた。
いつものターバンではない。 白いマントを身に纏い、その足取りは覚束ない。



( ∵)「なんだろう、あれ」

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/11(日) 21:49:55.80 ID:BMIbrQJM0
( ∵)「…大丈夫かな」

白い姿の歩みは、みるみるうちに遅くなっていく。
一歩一歩がとても重たそうだ。 「動く」ということはそんなに辛いことなのか?
ラクダやターバンを見る限りでは、そんなことはなさそうだが、
きっと個人差ってもんがあるんだろう。


一歩… また一歩… 足は砂を踏みしめて…
そして、一陣の風が僕の目の前で吹いたとき、その姿は地に倒れた。


( ∵)「倒れちゃった」

( ∵)「昼寝でもするのかな?」



起こしちゃマズイから、そっとしておこう。 僕は思った。
しかし、ラクダとターバン以外のこの砂漠への来訪者の出現に… 
僕は胸の高鳴りを感じていた。
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/11(日) 21:52:23.82 ID:BMIbrQJM0
( ∵)「…」

( ∵)「よし」

( ∵)「行ってみよう」


好奇心は僕の身体を突き動かした。
僕は身体の下のほうに、目一杯力を入れる。
感覚 というものが分からない。 抜きさるように? 引き抜くように?
それらの言葉は、アタマの中にコトバとしてあるってだけで、 感覚が分からない。



そして、込めた力が一点を越えたとき――――



すぽん と、


小気味いい音がした。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/11(日) 21:55:46.52 ID:BMIbrQJM0
( ∵)「あ」

( ∵)「動ける!」


僕は砂場の上をぴょんぴょんと跳ねてみた。 砂とは、こんなに柔らかいものだったのか。
また一つ発見が増えた。 僕は二度、三度と跳ねた。
足元の砂が、地に落ちるたびに四方へと散った。


( ∵)「こいつは調子いいね」

( ∵)「じゃあ、行ってみよう」



「動く」 ということを覚えた僕は、さっそく白い姿を目指してヒョコヒョコ進むのであった。
14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/11(日) 21:58:48.50 ID:BMIbrQJM0
( ∵)「ふう」

( ∵)「動く って結構疲れるね」



僕と白い姿の距離は中々縮まらない。 時間も結構経っている。
しかし、あの人はピクリともその場を動かず、まるで布のぼろ切れみたいだ。


( ∵)「ふう…」

( ∵)「やっぱり昼寝してるのかな」

( ∵)「でも、砂漠で寝る人なんて珍しいよね」



( ∵)「いそげいそげ」


15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/11(日) 22:01:38.47 ID:BMIbrQJM0
( ∵)「着いたっ!」

幾多もの砂粒を蹴散らしながら、僕はようやく白装束の元へと辿りついた。

僕はフードの中の顔を覗く。


ξ;--)ξ「…」

( ∵)「…」

( ∵)「きれいだな」


それが率直な感想だった。「人」には男と女の二種類があるらしい。
この人は多分、女だ。 

白くて柔らかそうな肌は、砂漠の褐色と相まって輝く。
長いまつ毛や、紅く厚い唇はすっかり渇ききり、耳に付けたピアスが、太陽の光に反射して煌く。



ξ )ξ「み… みず…」

( ∵)「?」

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/11(日) 22:04:13.75 ID:BMIbrQJM0
( ∵)「…」

ξ )ξ「…」

( ∵)「…」

ξ )ξ「…」

( ∵)「…」




ξ )ξ「誰か… そこに… いるの?」



( ∵)「!」

( ∵)「やっと返事してくれたね!」

( ∵)「うん、いるよ」

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/11(日) 22:06:33.19 ID:BMIbrQJM0
ξ )ξ「みずを… 水をください」


( ∵)「だからあっちにあるってばあ」

( ∵)「オアシスが見えないの?」

ξ )ξ「あのねぇ」

( ∵)「え?」

ξ )ξ「オアシスまで辿り着く体力がもうないから… 言ってんのよ…」



ξ )ξ「…」



また唇は動くのを止めた。 彼女の表情が、心なしか絶望の色を示していた。
僕は不思議な気分の中、一物の不安を抱える。 彼女はどうやら昼寝をしている訳ではないらしい。
19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/11(日) 22:09:20.13 ID:BMIbrQJM0
ξ )ξ「…」

ξ )ξ「あんた、もしかして、バカ?」

( ∵)「わかんない」

ξ )ξ「…」

ξ )ξ「水のあるところまで連れてって おねがい」


( ∵)「うん、わかった」




トゲで彼女の身体を刺さないように、布の端っこを引きずって、僕は進んだ。


セピアの砂の波。 うねりうねって、見渡すばかりに広がっている。 
その向こうで、時々ターバンやラクダがぽつぽつと歩いていたりする。
たまに綺麗な女の人が倒れていたりする。 蜃気楼の向こうにオアシスがあったりする。

(つづく)

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