- 598 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 02:55:24 ID:IkQge1Lk0
- 僕にとってワタナベさんは、それはもうとても大切な存在で、憧れの人なんです
あ、べ、別に、恋人だとか、結婚だとか、そういう関係になりたいだとかって意味ではないんですけど!
勿論そういう感じになれたらそれはそれで物凄く嬉しい事ではあるんですけど、そうだけど、そうじゃないというか……
僕はステージの上で頑張っているワタナベさんが大好きで、これからもずっとそうしていてほしいなって思うんです
だから渋澤さんから今回の件について話を聞いた時、僕は二つ返事で任務を請け負いました
泥棒なんかにワタナベさんの邪魔はさせるもんか、僕がワタナベさんを守ってみせる
そう思って、僕は今日の任務にあたっていた。それなのに、どうして……
(;<●><●>) 皆さん落ち着いてください! ライブは一旦中断します!
(*゚ω゚ *) 会場の出入口は暫く封鎖だっぽ! ビロード、渋沢に連絡するっぽ!
( ><) ……
(;<●><●>) どうしたんですかビロード、応援を呼んでください!
( ><) 全部あいつらの仕業なんですね
(;<●><●>) え?
( ><) 流石兄弟、殺してやるんです
(;<●><●>) ちょっ……
- 599 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 02:56:38 ID:IkQge1Lk0
- 驚いた表情をして固まったワカッテマスくんを尻目にステージに上がると、騒然としていた観客席は静まり返り、
何千もの視線が壇上の僕へと注がれました
僕は俯いたまま立ち尽くしているワタナベさんに歩み寄り、声色を変えて語りかけます
( ;><) わ、ワタナベさん……大丈夫ですか?
从 ー 从 ……ビロードくん?
平静を装いながらも、少しだけ震えた声
その声に、僕は作戦の成功を確信しました
从 ー 从 ステージの上まで来て、どうしたのー?
( ;><) ライブは中断です! 一度楽屋に戻ってください!
从 ー 从 なんで中断するの? 私は大丈夫だよー
ワタナベさんは、「アンテナ」。彼女の感情は無意識のうちに、見る者へと伝播する
その思いが強ければ強いほど、激しければ激しいほど、より強い電波となって受信者の心を染め上げる
その能力ゆえに課せられた幼少期よりの精神訓練は――――
( ;><) 大丈夫って……それじゃあワタナベさん、あと5歩だけ下がりましょう! 5歩だけ!
从 ー 从 5歩? ……なんで?
( ><) なんでって……それは……
( ><) 最前列からだと見えちゃってますから、スカートの中
从 ー 从
- 600 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 02:57:31 ID:IkQge1Lk0
- .
从 ー 从 殺す
――――生来の激情家である彼女には、あまり効果の無いものであったらしい
.
- 601 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 02:58:17 ID:IkQge1Lk0
- 【1F 会議室】
_、_
(; ,_ノ` ) 観客が暴徒化!?
从;゚ー゚V はい。恐らくは「アンテナ」の影響かと
(;´W`) なんということでしょう
_、_
(; ,_ノ` ) くっ……敷地内の出入口は封鎖だ。本部に連絡して応援を要請しろ!
_、_
(; ,_ノ` ) ここには最低限の人員を残し、俺達も会場に向かうぞ!
从;゚ー゚V は、はい……あっ!
_、_
(; ,_ノ` ) どうした?
从;゚ー゚V 電話です。この番号は……ヒッキーさんからかと……
_、_
(; ,_ノ` ) なにっ!? おい、貸せ!
从;゚ー゚V はい!
- 602 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 02:59:20 ID:IkQge1Lk0
- _、_
(; ,_ノ` ) 『もしもし?』
(-_-) 『あ、お疲れ様です。ヒッキーです』
_、_
(; ,_ノ` ) 『いいから、何の用だ?』
(-_-) 『あ、いきなり本題いっちゃいます?』
_、_
(# ,_ノ` ) 『……遊んでる場合じゃないんだ! 今どうなってるか、お前ならわかってるだろ!』
(-_-) 『ええ、そうでしたね。じゃあ話しましょう。犯人の居場所についてです』
_、_
(; ,_ノ` ) 『居場所?』
(-_-) 『はい。どうやら犯人はすでに敷地の外へ逃走しているようですね』
_、_
(; ,_ノ` ) 『なんだと!? いくらなんでも早過ぎるだろ!』
(-_-) 『そうですね。どういう手口を使ったのか、気になるところです』
- 603 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:01:08 ID:IkQge1Lk0
- (-_-) 『犯人が乗っていると思われる車両は、ハヤブサ市文化センターから西の方角へ向かって走っています』
_、_
(; ,_ノ` ) 『……それで、車の特徴は!?』
(-_-) 『BOOM製の黒いスポーツカー。リアウィングが改造されてるので、見れば一発でわかると思いますよ』
_、_
(; ,_ノ` ) 『そうか、でかしたぞ! 今すぐ応援を向かわせる』
(-_-) 『いいえ、それは難しいでしょうね』
_、_
(; ,_ノ` ) 『どういうことだ?』
(-_-) 『今回のライブは五千人規模の大イベントだそうじゃないですか』
(-_-) 『優先すべきは一人や二人の泥棒より五千人の暴徒でしょう?』
(-_-) 『そちらに手を回した上で犯人を追跡するだけの人員が確保できるとは思えませんね』
_、_
(; ,_ノ` ) 『ぐ……』
(-_-) 『そこでですね、ちょっと提案があるんですけど』
_、_
(; ,_ノ` ) 『提案? ……言ってみろ』
(-_-) 『ええ。多分ですけど、ビロードも同じようなことを考えているんだと思います』
- 604 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:02:38 ID:IkQge1Lk0
- (-_-) 『ワタナベには熱烈なファンが多数居ることは知ってますか?』
_、_
(; ,_ノ` ) 『人気のアイドルならそりゃあファンだって多く居るに決まってるだろうさ』
(-_-) 『それではワタナベのファンクラブの存在は?』
_、_
(; ,_ノ` ) 『どのアイドルだってそういう物はあるだろうよ。何が言いたい?』
(-_-) 『いいえ、彼女のファンクラブは他のアイドルのそれとは少々毛色が違います』
_、_
(; ,_ノ` ) 『ファンクラブはファンクラブだろ、何が違うってんだ』
从;゚ー゚V そういえば、聞いたことがあります
_、_
(; ,_ノ` ) ん?
从;゚ー゚V 彼女のファンクラブには「親衛隊」と呼ばれる狂信的なファンが居るという噂があります
从;゚ー゚V 彼らはワタナベを中傷したり、危害を加えようとした者を決して許さない
从;゚ー゚V 「ネットで悪口を書いたら翌日家に黒服の男が挨拶に来た」とか
从;゚ー゚V 「ワタナベに襲いかかろうとした暴漢が突然現れた半裸の男に連れ去られた」とか
_、_
(; ,_ノ` ) おいおい、なんだそりゃあ?
(-_-) 『知ってる人が居るなら話が早いですね。それで、その親衛隊なんですけど……』
_、_
(; ,_ノ` ) 『どうするつもりだ?』
(-_-) 『両方彼らに任せちゃいません? 暴動の鎮圧も、犯人の追跡も』
- 605 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:03:24 ID:IkQge1Lk0
- (; ,_ノ` ) 『はあ!? 本気で言ってんのか!?』
(-_-) 『何か問題でも?』
_、_
(; ,_ノ` ) 『アリアリだ馬鹿野郎! 暴動の件はともかく、犯人の追跡に市民の協力なんて聞いたことがないわ!』
_、_
(; ,_ノ` ) 『怪我人や死人が出たら誰がどう責任とりゃあいいんだよ!?』
(-_-) 『無理ですか?』
_、_
(; ,_ノ` ) 『当たり前だ!』
(-_-) 『……それじゃあ僕はこの件から降ります。今後警察に協力することも無いと思ってください』
_、_
(; ,_ノ` ) 『何だと?』
(-_-) 『今回協力すると決めた時、僕渋澤さんに言いましたよね?』
(-_-) 『情報はいくらでも出すから、僕の提案は全て受け入れてくださいって』
(-_-) 『残念だなあ。官邸を狙うテログループの情報とか、不穏な動きを見せる宗教法人の情報とか……』
(-_-) 『まだまだいっぱい、警察の人達に伝えておきたいことはあったんですけど』
_、_
(; ,_ノ` ) 『ぐ……』
、_
(; ,_ノ ) 『提案の具体的な内容は?』
(-_,-) 『……安心してください。いい報告を聞かせますよ』
- 606 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:04:16 ID:IkQge1Lk0
- ヒッキーの指示を受けて向かった屋外特設ステージは、驚くほどに静かだった
しかしその静寂は暴動の鎮圧を示すものではなく、我々警察が対応を誤ればすぐにでも爆発してしまう
そんなギリギリの均衡状態であることが、会場に流れる空気、そして観客の怒りに満ちた表情から読み取れた
_、_
( ,_ノ` ) これは……どうなってるんだ?
(;<●><●>) えっと、私にもよくわからないのですが……
ワカッテマスの話によると、一時は暴動――いや、騒擾だろうか――になりかけたところだが、
親衛隊を名乗る男が現れ観客を先導したことで、なんとかその危機を脱したのだという
「親衛隊」……ヒッキーから話を聞いた時点では半信半疑といったところだが、どうやら実在したようだ
(;<●><●>) 観客達は我々の声には耳を貸しませんが、その男の発言ならば聞き入れるようです
(;<●><●>) どうにかして取り行って、事態の収集を図ろうとしているのですが……
_、_
( ,_ノ` ) それで、その親衛隊ってのは今どこにいるんだ?
(;<●><●>)σ あちらに
_、_
( ,_ノ` ) あいつは……
ワカッテマスの指す先を見ると、我々を睨みつける観客の集団があった
中肉中背かそれ以下、平均的な一般市民からすればやや頼りなさげに見える男達の中に、一人
場違いな巨体を持て余す男の姿があった
( ゚∋゚) ……
- 607 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:05:31 ID:IkQge1Lk0
- 「適任だ」と、思った
ヒッキーの作戦を実行するには、この男の力が必要だ
俺は両手を上げ敵意のないことを示しながら、ゆっくりと男の元へと歩き出した
_、_
( ,_ノ` ) よう、調子はどうだい?
( ゚∋゚) む?
_、_
( ,_ノ` ) あんた、クックルだろ? ヒーローの
( ゚∋゚) ……今は親衛隊No.4のクックルだ
_、_
( ,_ノ` ) そうかい、いずれにせよ礼を言わせてもらう
( ゚∋゚) ふん、それで、何の用だ?
_、_
( ,_ノ` ) 今日のライブは中止だ。全員おとなしく家に帰ってもらいたい
( ゚∋゚) それは出来ない相談だ
_、_
( ,_ノ` ) 何故?
( ゚∋゚) ライブの中止自体はやむを得ん。ワタナベさんのことを考えるならば当然の判断だろう
( ゚∋゚) しかし……このまま黙って帰るほど我々は甘くない
( #゚∋゚) 少なくとも犯人には、けじめを付けて貰わなければな!
怒号が会場に響くと、周囲の観客達は驚き、身を竦めた
俺はそれならばと前置きして、男にある提案を持ちかけた
- 608 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:06:29 ID:IkQge1Lk0
- _、_
( ,_ノ` ) 犯人の情報、欲しくないか?
( ゚∋゚) ……なんだと?
_、_
( ,_ノ` ) もしもあんたが観客を誘導してこの事態を収束させてくれるなら、教えてやってもいい
( ゚∋゚) 何が狙いだ?
_、_
( ,_ノ` ) なあに、利害の一致さ
_、_
( ,_ノ` ) 俺らとしても民間人との衝突は避けたいが、だからといって一般の人間に易々と情報を流すわけにはいかない
_、_
( ,_ノ` ) しかし相手が「ヒーローのクックル」であれば「協力の要請」をすることができる
_、_
( ,_ノ` ) 所謂Win-Winの関係ってやつさ……死語か、これは
( ゚∋゚) ふむ……少し時間をくれ
_、_
( ,_ノ` ) 急いでくれよ。こうしてる今も犯人は逃げ続けているんだ
俺が集団から離れると、観客達はクックルを中心として集合し、話し合いを始めたようだった
そして5分ほど経った頃だろうか、不意に集団は二つに分かれ、その中心からクックルがこちらに歩み寄ってきた
( ゚∋゚) 二つ、条件がある
- 609 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:07:23 ID:IkQge1Lk0
- _、_
( ,_ノ` ) 条件?
( ゚∋゚) うむ、一つはチケットの即日払い戻し
( ゚∋゚) もう一つは今回の来場者が次回のライブで優先的にチケットを購入できるよう取り計らうこと
( ゚∋゚) いずれも希望者に対してだけでいい。約束してもらえるか?
_、_
(; ,_ノ` ) ……そいつは警察にゃどうしようもねえな
( ゚∋゚) 出来ないのであれば交渉は決裂だ。お引取り願おうか
_、_
(; ,_ノ` ) ぐ……
( <●><●>) わかりました。その条件、飲みましょう
_、_
(; ,_ノ` ) お、おい!?
( <●><●>) 渋沢さん、あなたのそれ、ヒッキーの指示ですよね?
_、_
(; ,_ノ` ) ん? ああ、そうだが、なんでわかった?
( <●><●>) いくらヒーローへの信頼の厚いあなたといえど、ここまで全てを任せるようなことはしないでしょう
( <●><●>) であるならば、こんな作戦を考えてあなたに指示することができるのはヒッキーくらいのものです
_、_
(; ,_ノ` ) ああ、なるほど……それで?
( <●><●>) ……簡単な話です
( <●><●>) ヒッキーの作戦で生まれる面倒事なんですから、全部ヒッキーに任せちゃえばいいんですよ
- 610 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:08:04 ID:IkQge1Lk0
- 【Side:( ´_ゝ`)】
逃走中の車内。「天女の羽衣」をいち早く堪能したいという思いは抑えこんで、俺はあるものについて調べていた
(´<_` ) なんだそれ?
( ´_ゝ`) よくわからんが靴底に付いてた
靴底――正確に言えば靴底の溝――に挟まっていたそれは、透明な水苔のような質感をしていた
指先で押してやると簡単に潰れて、中から水のようなものが染み出してくる
( ´_ゝ`) 何だこの汁? 臭い。なんかネバネバしてる
(´<_` ) やめろ
( ´_ゝ`) いっぱい出たね
(´<_` ) 殺すぞ
( ´_ゝ`) こんなもん、どこで踏んだっけなぁ
- 611 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:09:34 ID:IkQge1Lk0
- (´<_` ) まあ、それについては帰ってから詳しく調べればいいさ
(´<_` ) それよりも追手がいないかちゃんと見といてくれよ? 「見えない敵」はともかく警察の世話にはなりたくないぞ
( ´_ゝ`) はいよ。しかし、「見えない敵」ねぇ……
( ´_ゝ`) なーんか昔そんな話を聞いたことがあるような、無いような
(´<_` ) ハッキリしないな。どこで聞いた話だ?
( ´_ゝ`) うーむ、思い出せんな。どこだったっけなあ?
そんな話をしながら上半身を捻って後方を確認する。追って来ている車の影はない
「何も来てないな」と報告し、助手席の窓に視線を向けたその時
( ´_ゝ`) (゚∈゚ )
窓の外を「泳いでいる」半裸の男と目が合った
- 612 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:10:56 ID:IkQge1Lk0
- 「泳いでいる」
そう、泳いでいるのだ。何も無い空中を、水音が聞こえてきそうな力強く、美しいフォームで
鍛えあげられた上半身。丸太のような両腕。バタフライのフォームに合わせて、流れる汗が白く輝く
( ´_ゝ`) えっ、ちょ……
( ゚∋゚) 流石兄弟だな?
窓に遮られて声は聞こえなかったが、口の動きから確かにそう言っていることがわかった
男は呆気にとられている俺を他所に、右腕を大きく振りかぶり、そのまま走行中の車体を殴りつけた
異常なほどに隆起した筋肉から放たれる一撃は窓ガラスを粉砕し、ドアフレームを歪め、車の進路を捻じ曲げる
(´<_`; ) うおおおおおおおおおおお!?
( ;´_ゝ`) はあああああああああああ!?
危うく電柱に衝突しそうになった進路を寸でのところで修正し、元の車線に戻る
急いで周囲を見回すと、リアガラスの向こう側、ウィングに手をかけて車に登ろうとしている男の姿があった
( #゚∋゚) ワタナベさんの怒り、我らの怒り、身を以て知るがいい!
( ;´_ゝ`) マズい、弟者、ドリフトだ! 尻振り回して引き離せ!
(´<_`; ) おう、いくぞ、合わせろよ!
- 613 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:11:37 ID:IkQge1Lk0
- (゚<_゚# ) ふっ飛べやあああああああああ!!!
( ;゚∋゚) ぬおっ!?
能力によって強化されたドリフト走行。その遠心力は通常のそれとは比べ物にならない
男は必死にしがみつくも、肝心の持ち手がそれに耐えることは出来なかったらしい
折れたウィングの破片を手にしたまま、男の姿は後方へと消えていった
( ;´_ゝ`) ……死んだか?
(´<_`; ) わからんが、あいつなら多分大丈夫だろう
(´<_`; ) 一目見て分かった。あいつ、ヒーローだ
( ;´_ゝ`) ヒーロー?
(´<_`; ) 確かクックルって名前の、飛行能力者だ
( ;´_ゝ`) 飛行能力……それなら確かにさっきのも……
( ;´_ゝ`) いやちょっと待て、それじゃあ、あの怪力は何なんだ!?
(´<_`; ) さあ……?
「生まれつきだ」
窓のないドアの向こうから、男の声が聞こえてきた
- 614 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:12:18 ID:IkQge1Lk0
- 右手で助手席のドアに掴みかかり、男はこちらを睨みつけた
残りの手足は相変わらず、バタフライのフォームを崩さない
( ゚∋゚) また会ったな、流石兄弟
( ;´_ゝ`) なっ……もう追いついて来やがったのか
(´<_`; ) こっちは100キロ近く出してるんだぞ!?
( ゚∋゚) 100キロ? ふん、そんなハエの止まるような速度で私から逃げられると思ったか!
( ゚∋゚) 純粋な飛行能力者は平均時速200キロ以上の速度での飛行が可能!
( ゚∋゚) そして私は更に研究を重ね、独自の飛行法、中空泳法を編み出すことに成功した!
( ゚∋゚) これにより私の最高時速は320キロ! 人は私を「飛魚」クックルと呼ぶ!
( ゚∋゚) 以上、詳しくは私のホームページを参照だ!
( ゚∋゚) あの世にネット回線があったら一度見てみればいい!
(´<_`; ) トビウオはそんな飛び方しねえだろ! 潰れちまえ!
( ;゚∋゚) むっ!
弟者は車を道路の端に寄せて、アクセルを踏み込んだ
電信柱の横を掠めるように通り抜け、男だけをそれに叩きつける
周囲には鈍い音が響き、コンクリートの破片が飛び散った
- 615 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:13:01 ID:IkQge1Lk0
- ( ;´_ゝ`) おいおい、これ流石に死んだんj(
#゚∋゚) 効かぬわ!
( ;´_ゝ`) うおっ!
( #゚∋゚) この程度でこの私を倒せると思ったか!
( #゚∋゚) いいか、私は会場にいた全てのファンの意志を受け継いでここにいるのだ
( #゚∋゚) ワタナベさんを汚した代償の重さを思い知れ!
男は車体によじ登り、ボンネットの上に仁王立ちになる
拳を高々と上げて俺達を見下ろすその姿は、これまで見たどんな人間よりも大きく、圧倒的で……
( #゚∋゚) そして見せてやろう! この一撃で!
( #゚∋゚) これぞワタナベさんの怒りと悲しみ! 我らファンの義憤、そして……
( #゚∋゚) 嫉妬の力だああああああああああああああああああ!!!!!!!!
- 616 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:13:49 ID:IkQge1Lk0
- .
.
- 617 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:14:32 ID:IkQge1Lk0
- ( ;´_ゝ`) ああ、こりゃあ、廃車かな……
ボンネットのひしゃげた愛車を眺め、俺はそう呟いた
男の言葉を信じるのであれば、能力に頼らない純粋な身体能力による破壊
しかしそれによって生まれた物体はまるで、何かしらの重機を用いて作ったような、酷く潰れた鉄屑だった
( ;´_ゝ`) 弟者は……どこに行ったかな……
男の拳が振り下ろされる直前、運転席のドアから飛び降りる弟者の姿が見えた
なんとか直撃を免れることは出来たようだが、あれだけの速度だ。無傷で済んでいるとは考え難い
出来るならば今すぐにでも探しに行きたいところだ。しかし……
( ゚∋゚)
( ´_ゝ`) そういうわけにもいかんだろうな。なあ?
物事というのはそう簡単に進むもんじゃあないらしい
半壊した車の屋根に上り、男は俺を見つめていた
( ゚∋゚) まあ、そうだな。それで、どうする?
( ´_ゝ`) どうするって、ぶっ飛ばして逃げるしか無いだろ?
( ゚∋゚) ぶっ飛ばして逃げられると思っているのか?
( ´_ゝ`) ……
( ゚∋゚) ……
- 618 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:15:13 ID:IkQge1Lk0
- ( #´_ゝ`) やってやるy( #゚∋゚)遅いわ!
( ;´_ゝ`) えっ……!?
俺が声を上げるのを待っていたかのように男は車の上から姿を消し、俺の正面に現れた
大きな体を低く屈め、顔面めがけて振り上げられた拳
両腕を顔の前で交差させ受ける姿勢をとった俺は、その直後、自分の選択が誤りだったことを思い知る
( #゚∋゚) 空に招待してやろう!
( ;´_ゝ`) なっ……腕……掴……
男は拳を寸前で止め、顔を守るために差し出された俺の腕を取り……
そのまま、上方へと投げ飛ばした
- 619 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:16:18 ID:IkQge1Lk0
- 不安定な体勢、回る視界、地上に居る男の姿が見る間に遠ざかっていく
ほんの数秒間の出来事が極限まで引き伸ばされ、男の口元には不敵な笑み
ようやく落下が始まったところで、左肩に強い痛み。投げられた衝撃で脱臼してしまったのだろう
( #゚∋゚) 終わりだと思うなよ! ここからが本番だ!
男は少し身を屈めると、思い切り地面を踏みつけて、中空へと飛び上がった
両手を進行方向へ真っ直ぐ伸ばし、まるで弓矢か何かのように、身動きの取れぬ俺に突進する
その衝撃は俺の体を跳ね上げ、さらなる上空へと連れ去った
( #゚∋゚) まだまだァ!!
男の言葉通り、攻撃はそれで終わりではなかった
俺を跳ね飛ばして通り過ぎた男は、見えない足場でもあるように空中で静止し、そこから再び突進を繰り出す
二度、三度……絶えず続く攻撃は俺の体を空中に囚え、地上に帰そうとしない
( #゚∋゚) 見たか! これが中空泳法だ!
( #゚∋゚) 貴様のような屑にはうってつけの攻撃だろう!
( #゚∋゚) 一方的な害意に晒され、為す術もなく、無抵抗に痛めつけられる!
( #゚∋゚) 我らの心の痛みがわかるか! 彼女の怒りが、悲しみが理解できるか!
( #゚∋゚) 出来ぬのであれば仕方ない!
( #゚∋゚) このまま地上に戻ることなく……肉体も、魂も、一直線に天まで打ち上げてやろう!
- 620 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:17:22 ID:IkQge1Lk0
- ( ;゚_ゝ`) ぐ……防御……反撃……
( ;゚_ゝ`) 回避……は、無理か。この体勢じゃ、せいぜい直撃を避ける程度
( ;゚_ゝ`) 反撃しようにも足場がなけりゃ力が入らん
( ;゚_ゝ`) ……どうしたもんかね
( #゚∋゚) 諦めろ! 飛行能力を持たぬ者は空中戦において無力!
( #゚∋゚) この状態になってしまえば、お前がどんな力を持っていようとも無駄なのだ!
無力。なるほど、無力か
確かにこの状態の俺には、男に痛手を負わせることが出来るような攻撃をする力は無い
しかし、それならば……
( ;゚_ゝ`) それなら……
( ;゚_ゝ`) あんたの力を借りることにするよ
( #゚∋゚) ぬっ……!?
- 621 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:18:54 ID:IkQge1Lk0
- 俺の言葉に男は表情を曇らせ、攻撃を中断した
空中で向かい合う形になった俺を、男は憮然とした表情で眺めている
( #゚∋゚) 頭がおかしくなったのか、それともブラフが通じるとでも思っているのか?
( ;゚_ゝ`) やってみればわかるさ
( ;゚_ゝ`) どうする? このままじゃ俺は地上に戻っちまうぜ?
精一杯の挑発。正直、このまま何もされなかったら、それはそれで困る
俺の体は度重なる衝突で民家の屋根が足下に見える高さまで上昇している
この高度からの垂直落下は俺としても勘弁願いたい所だ
俺の言葉に男は忌々しげに眉を歪めると、ゆっくりと身を屈めた
( #゚∋゚) ……その挑発、乗ってやろうじゃないか
( ;゚_ゝ`) そうかい、それじゃあさっさと来なよ
( #゚∋゚) いいだろう。ただし、一言だけ言っておく
( #゚∋゚) 次の攻撃を受け損ねたら、その時点でお前は死ぬことになる
( #゚∋゚) これは貴様のブラフと違って、疑いようのない事実だ
( #゚∋゚) ……行くぞ!
男の巨体が、俺の視界から消えた
- 622 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:21:34 ID:IkQge1Lk0
- ( ;´_ゝ`) 消えた!?
いや、そんなはずはない
奴は必ず何処かから見ていて、攻撃する機会を窺っているはずなのだ
しかし、どこから……?
周囲を見渡すが、やはり男の姿は無い
( ;´_ゝ`) 考えろ、奴はどこから攻撃してくる?
「次の攻撃を受け損ねたら、その時点でお前は死ぬことになる」
男の言葉を思い出す。つまりそれは、これまでで最も威力の大きい攻撃になるということだ
この状況で攻撃の威力を倍増させることが出来る方向……つまりそれは……
( #´_ゝ`) 下か!
( ;゚∋゚) なっ……!?
地上を飛び立ち、こちらへ突進しようとする男と目が合った
俺にかかった重力による加速と、男の突進する力
確かにその二つを合わせれば、これまでのどんなものよりも強力な攻撃となるだろう
作戦を看破されたのが予想外だったのだろうか、その表情からはこれまでにない動揺が読み取れる
( ;゚∋゚) ぐっ……しかし、解ったからといって、どうにかなると思うなよ!
( ;゚∋゚) この突進、止められるか! 貴様の策、見せてみろ!
( #´_ゝ`) ああ、いくらでも見せてやるよ!
- 623 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:23:12 ID:IkQge1Lk0
- 俺に向けて伸ばされた腕を、右腕で横殴りする
踏ん張りの効かない空中では男の攻撃の軌道を逸らすことは出来ないが、重要なのは「反作用」
俺の体が僅かにズレて、中心線を狙った男の攻撃は、体軸を外れ、脱臼した左肩へ突き刺さる
( #゚∋゚) (急所は外した……が、それだけだ)
( #゚∋゚) (攻撃は命中した。反撃するだけの力もない)
( #゚∋゚) どうやらこの勝負、俺の勝( #
゚_ゝ゚) ここだっ!
( ;゚∋゚) な、なにィ!?
軸をズレた力は、回転を生み出す
回転する物体は弧を描き、俺の能力により強化される
強化された運動エネルギーを右腕に伝達し、その全てを、男の脇腹に叩き込んだ
( ; ∋ ) がっ……!?
( # ∋ ) ぐ、ぐうううううううう……
( #゚∋゚) 効かぬわああああああああああ!!!!
( ´_ゝ`) ああ、だろうと思ったよ
( ;゚∋゚) ……ッ!?
- 624 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:24:02 ID:IkQge1Lk0
- ( ´_ゝ`) 電柱より丈夫な野郎に俺の攻撃が通るなんて思ってないさ
( ´_ゝ`) ただ、一瞬。ほんの少しだけ動きを止められたらそれで良かったんだ
俺は右手と両足で男の背中に取り付き、再び能力を発動した
( ´_ゝ`) 回転の力はどこにでも存在する
( ´_ゝ`) どこにでもある。ただそれが弱すぎて、誰も気に留めていないだけなんだ
( ;゚∋゚) 突然何を言い出す!? は、離れろ!
( ´_ゝ`) ほら、あんたの行動で、また一つ回転が生まれた
( ´_ゝ`) この回転、使わせてもらうぞ
男が俺を振り払おうと動かした両手は、確かに弧の軌跡を描いていた
その力は能力によって増幅され、より強い回転となる
( ;゚∋゚) 体が……回るっ……!?
( ´_ゝ`) 思い返せばあんたの動きはひどく直線的な物ばかりだった
( ´_ゝ`) こんな回転の動きには、慣れていないんじゃないか?
強化された円運動を、更に強化
雪達磨式に増大する回転の力に対応することは、この男には不可能だろう
目に入る全てが引き伸ばされて混じり合い、肉体は遠心力に引き裂かれる
受け身も取れぬ体勢で、このまま、アスファルトの地面に叩きつけてやろう
( #´_ゝ`) 回転の世界に招待してやろう! 回って回ってバターになっちまいな!
- 625 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:26:19 ID:IkQge1Lk0
- .
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- 626 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:27:28 ID:IkQge1Lk0
- ( ;´_ゝ`) ふー……
地べたに座り、車にもたれかかる。正直、もう一歩も動きたくない
目の前に仰向けになって倒れている大男を見下ろして、俺は溜息をついた
( ;´_ゝ`) やった俺が言うのもなんだけど、よく生きてるなあんた
( ;´_ゝ`) ……生きてるよな?
(,;;;,;;∋゚) ……
俺を見る男の目には、先程感じた敵意はなく
どこか遠い場所を眺めているような、無感情な視線だけが残っていた
(,;;;,;;∋゚) 俺は、ワタナベさんを尊敬している。崇拝と言っても良いだろう
(,;;;,;;∋゚) 彼女の「アンテナ」は彼女の意志に関係なくその感情を周囲に伝える
(,;;;,;;∋゚) 明るく、美しい感情も、暗く、醜い感情も、全てだ
(,;;;,;;∋゚) それ故に我々は彼女と感情を……喜びを、怒りを、悲しみを共有することが出来た
(,;;;,;;∋゚) 彼女の感情は我々の人生の一部であり、彼女の存在もまた、我々にとって不可欠なのだ
(,;;;,;;∋゚) 我々は彼女を愛し、あらゆる悪意から彼女を守ると誓った
(,;;;,;;∋ ) しかし、私は……
::(,;;;,;;∋ ):: 私は
- 627 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:28:54 ID:IkQge1Lk0
- .
「もういい、暫く休め。クックル」
どこからかそんな声が聞こえ、次の瞬間、半壊した車の屋根が、押しつぶされたように変形した
.
- 628 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:29:57 ID:IkQge1Lk0
- ( ;´_ゝ`) な……お前は……
潰れた屋根の上には、誰も居ない。いや、「誰も居ないように見えた」
フロントから立ち上る煙は風に揺られて少しづつ車体を覆い、周囲の空間を黒く染め上げる
そのうちの一箇所、屋根の上
そこにはちょうど人間のような形に切り抜かれた、透明な空間があった
, ; ,; ,;,;゚)
( ;´_ゝ`) そうか、思い出したぞ! お前、「ゴースト」……
( ;´_ゝ`) なるほどな、それなら全部説明がつく
, ; ,; ,;,;゚) 最早隠しても無駄か。まあ、いい
, ;, ;゚, ,;゚) どうせ結末に影響は無いだろう
, ;, ;゚, 」;゚) それと、ひとつ言っておくならば……
「人型の透明な空間」に、徐々に色彩が甦る
そして現れたその姿は、表の世界でも、そして「裏」でも、見覚えのあるものだった
( ;´_ゝ`) くそ……やはりお前は……
- 629 名前:名も無きAAのようです:2014/02/03(月) 03:30:39 ID:IkQge1Lk0
- .
(,,゚Д゚) 「ゴースト」の名は、もう5年も前に捨てた
( ;´_ゝ`) 「パントマイム」 ギコ
(,,゚Д゚) 正解だ
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