127 :愛のVIP戦士:2007/02/10(土) 20:33:43.56 ID:w8io87810
《第三話 それは千里に続く細い獣道のよう》

(  ´ω`)「――ハァ」
机の上に放り投げられた処方箋を見つめながら、僕は深く細いため息を吐いた。
デスクワークは嫌いではない(ロードワークに比べれば、だけれど)
超順調! とまではいかないものの、
仕事もそこそこのスピードで消化できている。……と思う。

「クォラブーン! ため息ついてる暇があるんならその手さっさと動かせやコラァ!」
背後から鮫島先輩の叱咤の声。思わず背筋を伸ばす。

(; ^ω^)「すみませんお!!」

もはや反射でかえせるそうになった言葉が
空中に響いて消えるよりも早く、僕が視線をデスク上のパソコンに移せば

「内藤。だだでささぁ、お前つえかねぇんだからさぁ、
ほらぁ、頑張らないとさぁ、営業成績伸びないよ?」

隣のナス先輩の嫌味が飛ぶ。

――ああ。入社2ヶ月目にして、こう思う。

(  ^ω^)「すみませんお」

――僕は一体、ここで何をしているんだ?



128 :愛のVIP戦士:2007/02/10(土) 20:36:08.66 ID:w8io87810
重く圧し掛かるようなにび色の雲が、空に覆いかぶさるようにひしめき合っていた。
この分厚い雲のせいかスモッグのせいか、
はたまたドンと落ちた視力のせいか、星ひとつ見れない夜空。


――僕が見上げるこの空はいつだってこんな感じの曇り模様だったような気がする。


(  ^ω^)「最近、空の青色――見てないような気がするお」


公園のベンチに腰掛けながら、仕事上がりのコーヒーを一気にあおる。
待ち人は未だ来ず。

(  ^ω^)「ハルシオンデイズ――」

懐かしい言葉だ。
事がある事に思い出す言葉でもあり、ふとした時に気がつけば呟いている言葉でもある。

(  ^ω^)「ハルシオンデイズ」

まぶたの奥から疼くような、そんな感覚に襲われて僕はゆっくりと目を塞いだ。
脇に置いてあったカバンを手探りでとって、それを抱きしめる。
そのまま腕に力を込めて行く。
カバンの中に入っていた例の紙袋がカサリと乾いた音を立てた所でハッとした。

またゆっくりとした動作で目を開き、カバンの中から処方された薬――
睡眠薬の入った袋を手にとって、数秒見つめる。

129 :愛のVIP戦士:2007/02/10(土) 20:38:13.44 ID:w8io87810

「ブーン」

呼ばれた。気がつき、顔を上げれば
いつのまにか目の前に立っていたクーが怪訝そうな顔つきで僕を見ていた。
慎重に気取られないように、処方箋を鞄の中へしまう。

川 ゚ -゚)「待ったか?」
(  ^ω^)「今、来たところだお」

僕の足元に転がる数本の缶コーヒーを一瞥したクーが「そうか」と苦笑いをよこすのと、
それに気がついた僕が苦し紛れに「本当だ」と言うタイミングはほぼ同じだった。

ような気がする。



130 :愛のVIP戦士:2007/02/10(土) 20:40:02.34 ID:w8io87810
(  ^ω^)「ほい、超神水」
川 ゚ -゚)「ありがとう」
クーの隣に腰掛けて、僕は本日何本目かのアルミ缶のプルタブに手をかけた。

(  ^ω^)「偉大な大先生への初めてのお祝いがこんな缶ジュースとは申しわけないお」
川 ゚ -゚)「茶化さないでくれ。まだ正式にデビューが決まった訳じゃないんだ」

(  ^ω^)「でも入選したんでお?」
川 ゚ -゚)「…………まあ」
強い否定もなく、気恥ずかしそうに言うクーを見やり


(  ^ω^)「夢、叶ってよかったお」


川 ゚ -゚)「ありがとう」


そうして僕らはアルミ缶でのささやかな祝杯を挙げた。




131 :愛のVIP戦士:2007/02/10(土) 20:41:03.60 ID:w8io87810
川 ゚ -゚)「ブーン」
相変わらず曇天ばかりの空を仰ぎ見ていたクーが口火を切った。
少し遠慮がちな口調。

(  ´ω`)「お?」
川 ゚ -゚)「ハルシオンデイズって――」

聞かれていたのか。
どうすることもないけれど、バツの悪い感情がせりあがってくる。

(  ^ω^)「あ、あれは――――」
川 ゚ -゚)「睡眠薬、飲んでるのか?」

は……?
数秒、僕は石になった。いや、いいすぎかこれは。
気を抜けば手の中の缶コーヒーを取り落としてしまうくらいに驚いたんだ。
言い当てられた? いや、しかし――――

(; ^ω^)「なんで知っ……
川 ゚ -゚)「ハルシオンデイズ。あれ、睡眠薬を飲みつづける毎日って意味だろう。
それに、あの処方箋――――」

何かあったのか?

クーの目がそういっていた。
――ああ、隠し通せはしないだろうな。

132 :愛のVIP戦士:2007/02/10(土) 20:43:08.88 ID:w8io87810
僕は漠然とだけれど、古い付き合いの中での経験からそう感じ取った。
こういう時、真正面から心配してくるのだ。この腐れ縁は。
何の裏表もなく、真摯な目で純粋な感情を持ち寄ってくる。

だからこそ――こちらもそらすことができない。

もう一人の腐れ縁は、ひねくれた考え方と一緒に不器用なやさしさを見せてくれるのだけれど、
そちらはもう触れれないものだから今はおいて置いて。

とにかく。

(  ^ω^)「いや……うん」
否定と肯定を繰り返して、僕はクーから目をそらした。
それだけの足掻きでは逃げ切れはしないだろうけれど。

川 ゚ -゚)「…………」
クーはきっと、僕がしゃべりだすまで、何時間でもこうして待つのだろう。


(  ´ω`)「ハァ」


のどに詰まった言葉の栓をため息と一緒に出して、僕は空を仰いだ。
相変わらず星は一つも姿を見せないけれど。

(  ^ω^)「実は――――」



133 :愛のVIP戦士:2007/02/10(土) 20:44:57.91 ID:w8io87810
それから色々と、現状を含めた説明を僕はクーにした。

これで少しでも荷が軽くなれば良い。僕もクーもきっと同じ考えだろう。
黙然としながら、ただ時折相槌を入れてくれるクーの声を聞きながら、そう思った。

短大在学中、難航を極めた就職活動の中、患った不眠症。
入れたはいいけれど悪条件の会社、先輩の嫌味。頼るようになった睡眠薬。


――そして。飲み始めてから、繰り返し繰り返し見るようになった夢の話――


川 ゚ -゚)「それは、悪夢か?」
クーのその言葉を聞いて、確かに、とうねってしまった。
この言い方では悪夢ととられても仕方がない。しかし――

(  ^ω^)「違うお」

あの夢は――

(  ^ω^)「幸せな夢だお。……夢の世界は、幸せなんだお。だから――」
ハルシオンデイズ。
川 ゚ -゚)「……そうか」

夢は一炊のものでしかない。
僕にとって確実に害悪になるだろう。解ってはいる。

けれど――――――

(  ^ω^)「ハルシオンデイズ」

134 :愛のVIP戦士:2007/02/10(土) 20:45:37.44 ID:w8io87810
いつまで、なのだろう。

箱庭の夢。平穏な日々。
進むことのない自分。進んで行く世界。


いつまでハルシオンデイズ?

それは、どちらの意味の?


空になった缶を振りながら、僕は空を仰いだ。
ああ、相変わらず星も月も見えない。

街灯の明りを頼りに、僕はコーンスープの空き缶の中を覗き込んだ。
とろりとした液体がおぼろげに闇の中で踊り、
中に残っていたとうもろこしの、最後の一粒が地面へと落ちた。缶の中にコーンはない。


缶の中にコーンは残っていない。


 《第三話 それは千里に続く細い獣道のよう》 終
               第四話へ続く。

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