- 2
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:00:34.29 ID:1hWQVtfdO
- 第四十三話
金曜の夜、残業せずにアフターファイブ
一週間で一番活気のあるひととき
この五日間……やっと待ちわびた週末がやってくる!
とにかく街で一杯ひっかけよう
そんなサラリーマンたちでごったがえすVIP市中心部の繁華街……
入り組んだビル街の路地裏の……
そのまた路地裏にある一件の店
- 4
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:01:57.74 ID:1hWQVtfdO
- 相当に見つけずらい場所にあるが、常連のお客は多いらしく、それなりに賑わっているようだ
ソースの匂いが立ち昇る店……
どうやらお好み焼き屋のようだ
週末、じつにたくさんの酔っぱらいが飲んだくれるなかに………ビール瓶を並べ、差しつ差されつのなかに二人はいた
( ^Д^)y ̄~「…………こないだも湾岸で白い32Rを追い掛けまわしてたんだって?」
- 7
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:03:55.76 ID:1hWQVtfdO
- ( ・∀・)「……耳が速いな、プギャー」
( ^Д^)「ゼロヨン地帯の奴らの間でウワサになってたぜ、あんな凄いシルビアがいたのかって」
( ・∀・)「………ふぅん」
( ^Д^)「この鳥皮もらうぞ……ま、お前にしちゃ……興味ないよな、そんなウワサなんざ」
( ・∀・)「………俺はね、最近よく考えることがあるんだよ」
( ^Д^)y ̄~「……なにが?」
- 9
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:05:10.97 ID:1hWQVtfdO
- ( ・∀・)「なんで周りの人間はなにごとにも無関心のように装うか……についてさ」
( ^Д^)「無関心……まあある意味ラクだろうしな、属性としてはニュートラルってことかもな」
( ・∀・)「ああ、人間には誰だって大事にしたいものがある。
それを守るために……
開けたくない、開けられたくないカーテンがある」
( ^Д^)「ほう」
( ・∀・)「なにかにすがって生きているからこそ……そうだな
仕事、趣味、恋愛……そういったものにすがることで自分を自分たらしめているんだ。
心の空虚は、自分だけで埋まるもんじゃあない。そのために、もがき苦しみ、唇を噛み締め、……必死なんだ」
- 11
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:06:27.85 ID:1hWQVtfdO
( ^Д^)「………」
黙ってビールをあおるプギャー、強気な飲み方だった
( ・∀・)「そんな自分の弱さを……他人に見られたくないから、カーテンの存在がバレるのが怖いから………無関心、ニュートラルにシフトするんだろう」
( ^Д^)「……………」
( ・∀・)「俺だってそうだ。自分の心の貧しさはクルマで埋めてしまっている可能性がある………
そのことに、まぁ満足はしているんだが納得はしていない
俺からクルマを取ったら何が残るかわかったもんじゃないからな
それは……他になにかステータスを身につけたとしても……結局は同じことなんだ
俺自身が……今までの俺から脱却……いままでの考え方を変えなくては」
- 14
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:09:48.63 ID:1hWQVtfdO
( ^Д^)「…………」
( ・∀・)「俺は……クルマで自分の弱さをごまかす男ではいたくない………」
( ^Д^)y ̄~「……どうしたってんだよ、酒が足りてねぇんじゃねぇの?」
( ・∀・)「……いや、こんなに飲んだのは生まれて初めてだ」
( ^Д^)「うそこけ」
少しの間を見計らってか、プギャーがモララーのグラスにビールを注ぐ
- 17
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:10:47.16 ID:1hWQVtfdO
( ^Д^)「俺たちはな……確実に他のなにかを失いながらクルマに乗っているんだ……
………しかし、望むモノはいつも手に入れている。ただそれだけのことだ
違うか?」
( ・∀・)「………確かに、それだけのことなのかもしれない」
ゆっくりと前を見据え、グラスに口をつけるモララー
( ^Д^)「俺達はまだ若い。ゼニのことは40になってから考えても遅くはないんだ。それよりも、若く感受性の高い今こそやっておくべきことがあると思うんだぜ?」
( ・∀・)「やっておくべきこと………か、」
- 19
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:12:42.79 ID:1hWQVtfdO
- ( ^Д^)「ああ、迷いは時間を食うだけだ。
それにいまさら後には退けないだろう?モララー?」
( ・∀・)「………………」
( ・∀・)「……しかし、考え直すなら今が分岐点だと思うんだ」
( ^Д^)「……なににそんなにプレッシャーかけられてるかはわからねーが
……悔いはないのか?やり残したことはないのか?」
( ・∀・)(……あのイギリス料理店……今はもう閉店していたんだ、
あの店も『惑い』の末に分岐点で閉店という選択をしたんじゃあないのか……
( ^Д^)「………考え方にはいろいろあると思うよ……お前がどうかはわからん、
しかし少なくともオレはもっと先を見たい!」
- 22
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:14:18.88 ID:1hWQVtfdO
( ・∀・)(もっと先を見たい……その気持ちだけは、俺もある)
( ^Д^)(俺だって……今は何も見えちゃいないんだがな………)
………………………
…………………
……………
( ・∀・)「……さて、俺は帰るかな」
( ^Д^)「どうした?薮から棒に……まだ八時にもなってないぞ」
モララーの発言は唐突といえば唐突だった。しかし、彼はいつもそうなのだ
よく考えて……ちゃんと自分の中での結論を出してから発言する
しかし前触れは無い、それだけだ
- 26
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:21:35.72 ID:1hWQVtfdO
( ・∀・)「一旦帰って寝て……酔いを醒ましてから朝方の湾岸を走りたくなったよ」
( ^Д^)「そういうことなら……俺も、帰るかな……」
けっきょく、追加で頼んだ焼き鳥には手をつけなかった
───それで、いい
なぜ、そう思えたのかわからないまま、店を出た──
- 31
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:38:13.22 ID:1hWQVtfdO
- …………………………
……………………
もう何年になるだろう
いつだって騒がしい音だ
しかしもうすっかり慣れてしまった
無機質で人工的なこの工場を取り巻く音に
(#'A`)「うらー!チャッチャとライン回さないといつまでたっても帰れないぞー!」
( ´`)「あ……すみません」
今日も職場の印刷工場で新人にゲキを飛ばす
- 32
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:39:42.79 ID:1hWQVtfdO
(#'A`)「いつまでもそんなとこ居たって大してやることねーだろうが!もうちょい効率考えろ」
思えば、いつの頃からか俺も後輩に仕事のイロハを教え、時には怒鳴りちらす立場になっていたのだ
( ´`)「………」
まあそれも仕方ないかもしれない、ただでさえ仕事が立て込んでいるというのに、三交代制の勤務の、俺の引き継ぎをするはずの社員が病欠しているため、俺がそいつの担当の時間まで勤めなくてはならなくなったからだ
こうなるとちょっとしたことでもストレスが溜まって怒鳴りたくもなる
- 34
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:42:16.59 ID:1hWQVtfdO
(;'A`)「まったく勘弁してくれよ……ブツブツ」
(;´`)「も、申し訳ないです……」
('A`)「あ……いや、べつにお前に言ったわけじゃないんだ、気にすんな」
ふと時計を見るとおよそ11時……いや、23時か
あと一時間……あと一時間だけなんとか仕事をこなせば、俺はスープラに乗って家に帰れる。
今はそれだけが、ささやかな望みだった
毎日のように乗っているクルマなのに……どうしたことか興味が薄れることはなかった
- 35
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:43:30.08 ID:1hWQVtfdO
今はただ不満……
クルマの仕様、完成度、自分のウデ
そして『もっと走りたい』というその気持ち──満たされない───
不満、裏を返せばそれは一種の余裕だ
不満があるうちは余裕──
『これから』があるという余裕
不満というものはある程度必要なものかもしれない
俺はそれに気付きはじめて………悪くないなと思う
('A`)「さて……がんばるか新人よ」
( ´`)「は、はい!」
まだまだラインは、止まらない……確実に、進んでいく
- 37
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:46:21.86 ID:1hWQVtfdO
- ……………………………
………………………
…………………
从'ー'从「ねぇツン、今日は講義終ったら買い物いかない?」
ξ゚听)ξ「買い物?いいね……お付き合いしちゃう」
大学生活が以前より楽しく感じる
月並みな会話と、月並みな行動しかしていないけど、私が自分を生きていると実感できる日々……
最近はそんな毎日だった
バイトもそれなりに面白いし、なんだか寝起きもいいし、ごはんもちゃんと美味しいと感じる
それってすごく充実してるってことだよね
- 38
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:46:56.82 ID:1hWQVtfdO
でもなんだか最近父さんの様子がおかしいみたい
わたしがNSXに堂々と(?)乗るようになってしばらくたつけどここのところ私が走りに行こうと思ったときに限って先にNSXに乗ってどこかに出かけていっちゃったりする
そういうときはしょうがないから父さんの机の引き出しの中を適当にあさり、なんか山ほどあるうちの一つのキーを持っていってクラウンやらベンツS600やら……にランダムで乗って出かけるハメになる
最初のうちは「そんなことしたらちょっとマズイかな……」なんて思いながら乗っていたんだけど、呑気な父親だけあって特に咎められることもなかった。
いまや私も常習犯だ
- 40
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:51:17.85 ID:1hWQVtfdO
- ξ゚听)ξ「えーと……こないだ渡辺ちゃんと遊びにいったときはたしかクラウンだったわね……」
友人と遊ぶときは、以前と違うクルマで行ってしまうと待ち合わせの時にややこしくなってしまうため、その点は気をつけなくてはならない
ひどく驚かれてしまうのだ
ξ;゚听)ξ「あったわ、クラウンのキー」
- 41
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:54:53.85 ID:1hWQVtfdO
用事を済ませて帰ってきても父さんはまだ帰ってなかった
ξ゚听)ξ(今日は土曜………で、いましがた23時を過ぎたあたり…………まさか、ね)
ここまできたら予感は的中しているだろうなと認めざるをえなかった
ξ゚听)ξ「まったく……あのNSXは私にくれたんじゃなかったわけぇ!?」
- 42
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:56:52.16 ID:1hWQVtfdO
───新制首都高環状線───
NAエンジンならではの高圧縮サウンドを奏でるNSXが闇に紛れて周回を繰り返す
かれこれもう数週目……
( ´∀`)(………駄目だ)
そっと後ろから近付いたランエボがNSXに向かってパッシングを繰り返す
速いペースで周回するNSXを見て居てもたってもいられなくなったクチだろうか
それは獲物を見つけた狼のようだった
- 44
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 00:59:12.33 ID:1hWQVtfdO
( ´∀`)(エンジンのフケが悪いから燃調を、とか……そーゆう問題じゃあない
クルマとしては、かなり好調なはず……なのに私は満足できない、こんなにパワーが出ていても……)
ハイビームでアオってくるランエボを完全にブロックしたまま、NSXは古川橋の連続S字をクリアしてゆく。
ここは路面の継ぎ目が荒く、高速域でのターンインには相当に神経を使うのだがモナーは逆にその段差をキッカケにしてケツを流していく
そのアグレッシブな走りに対して後続のランエボは少し遅れをとったようだ
- 45
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 01:00:37.21 ID:1hWQVtfdO
( ´∀`)(こんな、機械的だったか?もっとアツくなれるんじゃなかったのか……このクルマ……)
橋とジャンクションを繋ぐ僅かな直線、合流してくる一般車をかわしながら加速する黄色いNSX、
しかし、ターボで6速クロスミッションのランエボはその僅かな区間で瞬く間にNSXの背後に迫り、プレッシャーをかけまくる
( ´∀`)(私は、何をこのクルマに求めてる?わからない……こんなに速くて、よく曲がる……間違いなく不満なんか出るレベルじゃないのに……こんなにイイクルマに乗っててイラつくなんて……)
- 47
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 01:02:06.27 ID:1hWQVtfdO
- キツイ右コーナーが迫る。NSXが右、ランエボが左のポジション
ランエボはNSXの横に並んだ。
ここでノーズをとられたらNSXは必然的に次のコーナーで抜かれることになる
( ´∀`)(やはり……何度攻めても、足りない)
そのとき、NSXのライトが照り返した白い影。コーナーの途中を走る一般車、それも右車線だ
しかしNSXは先頭のまま右車線のイン側でアクセルを踏みきる
一般車が左にウィンカーを出したのをモナーは見逃さなかった
- 50
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 01:05:14.61 ID:1hWQVtfdO
( ´∀`)(あの、感覚……一線を越える感覚が欲しいんだ)
ランエボのドライバーは、NSXがフルブレーキに入ると見てとり、アウト側から全開で抜くつもりでいた、
しかし、右前を塞いでいた一般車が突然左に進路を変える!
一般車のウィンカーに気付いていなかったランエボはフルブレーキでタイヤから白煙を上げ、制御不能のまま路面を滑走し、ボディ左側面からコンクリートの壁に突っ込んだ
( ´∀`)(…………)
あのランエボはバックミラーから完全に消え、そのままNSXはジャンピングスポットも全開のまま夜空に孤を描いて駆けていった……………
- 51
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 01:09:07.58 ID:1hWQVtfdO
- 数日後………
例の屋敷に、私はいた
( ´∀`)「…………」
|;;;;;;;|:::: (へ) ,(へ) |「………わかりました」
( ´∀`)「おお!本当ですか?ありがとうございます」
|;;;;;;;|:::: (へ) ,(へ) |「いえいえ……私自身もう潮時だと思っていましたから、いい機会だと思います」
|;;;;;;;|:::: (へ) ,(へ) |「基本整備は既に済ませてあります。仮ナンバーも手配しておきましたから、いますぐ自走でお帰りになれます」
( ´∀`)「…………………」
- 52
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 01:10:34.58 ID:1hWQVtfdO
私はかつて、フェラーリを一度だけ所有していた
しかし、納車当日の晩に起きた不運な事件から様々な考察を経た結果、もう乗ることは無いもののように思われた。それは……
『もったいないから』
もともと私には分不相応だったとも思えた
クルマがもったいない……
昔からさんざんやってきたことだ。
乗れば乗るほどガソリンもタイヤも、オイルも消耗する。トラブルの影もつきまとう
どんな美女でもいつかはオバサンになってしまうように……クルマもまたスレていく
デリケートなフェラーリなど特にそうだ
- 53
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 01:11:53.98 ID:1hWQVtfdO
もういいじゃないか……何台も乗り潰して来たんだし
どうせいずれはまた壊してしまうだけなんじゃないのか……
そう考えるともったいない……だれか他にふさわしい人間が乗るべきだろう……
と、かつての私はそうも思った しかし、
『……もったいないのは私のほうだ』
数年の間に180度考え方が変わってしまった
フェラーリに乗っていない人生がいかにつまらないかを最近やたらと感じるようになってしまったからだ
考えてもみれば、すぐそこに、すぐそこといっても河の向こうだが
ちょいと手を伸ばせば届く処にフェラーリがある
一度手にして、落としてしまった宝石………そのときは拾うことはできなかった。
タイミングが悪かった
それから十数年……いまなおその宝石は妖しく光っている
- 55
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 01:15:09.87 ID:1hWQVtfdO
なのに自分はもったいない云々言うだけでいっさい近寄らない。
その宝石はあんなにも輝いてこっちを向いているのに………
そんなバカバカしい話があるだろうか?それこそもったいない
もっと我が儘になったっていい
年甲斐もなく突っ走ったっていい
そういった思いが燃え上がり、どうしようもなくなってしまった
そして今日、以前から世話になっていた不動産会社社長のポリフェノール氏の元を再び訪れることとなった
そしてついに例のあの紅いF40と対面した
- 58
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 01:24:12.68 ID:1hWQVtfdO
さすがにバブル期ほどの派手さは影を潜めているが、相変わらず豪勢な自宅だ
ガレージにはF40ただ1台きり
いまから、コイツに乗って帰ろうというのだ
ほかの誰でもない、自分が……
( ;´∀`)「………」
何十台ものクルマを所有してきたというのに、掌に汗がにじむ
|;;;;;;;|:::: (へ) ,(へ) |「………どうしました?」
( ´∀`)「あ、いえ……なんでもありません。」
|;;;;;;;|:::: (へ) ,(へ) |「ふぉっふぉっふぉ、こいつのクラッチは特別重いですから、くれぐれも気をつけて帰ってくださいね」
( ´∀`)「…………………」
やはり、フェラーリにはなにか魔があるのだろうか……
- 62
名前: ◆rHi47N9WYc
:2008/11/15(土) 01:31:54.13 ID:1hWQVtfdO
───夜
歓喜の嬌声か、地獄の底釜の唸りか、3リッターV8ツインターボが首都、VIPに響き渡る
( ´∀`)「……まだ、正式な名義変更もしてないんだがな……高揚した気分が抑えきれないんだ」
昨日とは違う
あのF40のハンドルを、モナーは握る
第四十三話 完
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