- 3 :
◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
15:45:40.84 ID:dqSQH3OkO
- 第四十一話
VIP市
首都であるこの街は、新興都市でもあった
首都誘致に向けて急ごしらえした小綺麗な通りもあるが、やはり目立つのはそういったモノだけではなかった
いつ来ても不思議な裏通り
華々しいネオンも音楽もない
なのに妙に人が居る
老人が風船を売ってる横で売春女が客を待つ
ドラム缶が転がっている
なにか赤い液体を撒きちらしながら……
外人が指輪を売っている
指を細くするための指輪
何がしたいのか理解に苦しむ店もたくさんある
オープンしたはいいがまったく客が寄りつかず、早くも完結的な意味で閉店のオーラ漂うイギリス料理店
( ・∀・)「…………」
- 4 :
◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
15:47:56.00 ID:dqSQH3OkO
- 世界で最低の生活というものをご存じだろうか?
それは中国の給料で働き、日本の家屋に住み、イギリスの料理を食らい、アメリカ人の嫁をもらう……というものである
( ・∀・)(なんでイギリス料理なんだよ………そもそもイギリス料理なんてあんまり聞いたことねーぞ)
いったいどのような計らいでそんな店がオープンしたのかは知る由もない
( ・∀・)(まあ……建てたやつも物好きなら寄ってく俺も物好きってこった)
たまたま店の前を通りかかっただけのモララーだったが、なにかの誘惑に負けたのか、扉を開けて店に入っていった
店内には一人も客はいない、モララーひとりを除いて
( ・∀・)(……やっぱりな)
暗い……照明も暗いが店の将来も暗い
子供が見てもそれはすぐにわかる
(-_-)「……いらっしゃいませ、初めての方の場合メニューはこちらで決めさせていただいていますのでご了承を……」
- 6 :
◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
15:50:11.11 ID:dqSQH3OkO
- たった一人の店員……店長かオーナーかアルバイトかわかったもんじゃないがそいつも暗い
( ・∀・)「………」
( ・∀・)「ふーん」
(-_-)「ではお好きな席でお待ちください……」
暗い顔の店員はぼそりと呟き、トボトボと厨房に引き篭ってしまった
( ・∀・)(……気がめいる店だな、別にいいけどさ)
- 8 :
◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
15:52:12.57 ID:dqSQH3OkO
- ……………………………
(-_-)「……おまたせしました」
( ・∀・)「ああ、どうも……」
わりとすぐに料理は出てきたが、これがいかんせん不味い
ただ茹でただけの肉と野菜……
調味料が使われていないのだ
そのため、香りもまったく食欲をそそるものではない
( ・∀・)(じつにまずい料理だ……)
二口か三口食べただけでもう嫌になる。食が進まない
(; ・∀・)(イギリスでもっともマシな料理はトーストとコーヒーだと聞いたが……まったくその通りのようだな……
こんなことならプギャーも連れてくればよかった)
- 11 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
15:56:45.43 ID:dqSQH3OkO
- メインディッシュは不味いことこの上ないと思ったが食後のコーヒーがまともなのは救いだった
( ・∀・)(別に普通のコーヒーなんだけどな………なんか美味だ)
(-_-)「…………」
静かな店である……BGMすら流れていない
あるのは60Wの電球の照らす寂しげな光だけ
まるでローマ法皇庁のようだ
このような雰囲気に包まれると自然と人間は思慮深くなってくる
- 14 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
15:58:55.52 ID:dqSQH3OkO
- ( ・∀・)「………俺は何故こんなにもクルマに乗るのだろう」
べつにクルマが好きというわけではない
いや、それは建前かな
あまりクルマが好きと思い込むと理解のない世間からオタ扱いされてしまうから……無意識のうちに隠してきたのだろう
本音は……やはりクルマが無くては生きていけないくらいだ
しかしそれと同時に、いつもクルマから逃れたいと思う俺がいる
なぜかはわからなかった
しかし最近は漠然とだが理由が見えてきた気もする
- 15 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:01:11.52 ID:dqSQH3OkO
- ( ・∀・)
俺は失うのが怖い
クルマを、命を、仲間たちを……
充実した時間を……
免許も持ってなかったころはまだいい
そんなことを考える意味すらない年代だ
考えるのはクルマを所有したいというユメだけ
しかし免許を取り、S13シルビアを手にしたあたりからもうそんなことを薄々感じるようになった
『ああ、俺はいつか必ず失うものを手にしてしまった』と
- 17 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:02:41.93 ID:dqSQH3OkO
そう思うようになってしまうと人間どこか『守りに入る』とまではいかなくとも慎重なスタイルになるだろう
しかし、自分はそう思えば思うほど、クルマにのめりこんでいた
それでも、ずっと乗り続けるか、いずれ改造車を卒業するか、事故死するか、まったくわからない
それどころか、今までに得たものや、失ったものすらよく分かっていない気がするのだ
- 18 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:05:20.00 ID:dqSQH3OkO
- ( ・∀・)「俺には分からない……しかしプギャー、奴にはなにか見えているのだろうか……
俺に見えないなにかが……」
(-_-)「………『楽しかった』と思えればそれで充分じゃないですか?」
( ・∀・)「!?」
驚いた。突然話しかけられたのもそうだが、なにより自分が店員に聞こえるほどの独り言を発していたことに
- 19 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:08:36.17 ID:dqSQH3OkO
- ( ・∀・)「そうかも知れないね……」
平静を装い、そう答えた
(-_-)「この店の名前をご存じですか?」
無表情な店員は、突拍子もなく尋ねる
( ・∀・)「……‘Delusion’か?」
(-_-)「……そうです、『惑い』とか『思い違い』という意味になりますか」
( ・∀・)「………そうかい」
客は、モララーひとり……
静かな夜が、更けていく
- 22 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:11:36.72 ID:dqSQH3OkO
- バーボンハウス
(´・ω・`)
やあ、ようこそバーボンハウスへ
このエビオスはおつまみだからまずは食べて落ち着いてほしい……
うん、今夜はちょっと飲みたい気分なんだ、すまない……話を聞いてくれるかい?
僕がこの業界に入ったのは、今から7年前……26歳の時だった
この店は当時はオーナーも別の人がやっていたし、店の名前も今とは違っていた
雑用や下働きといった仕事を経て、正式に『バーボンハウス』として自分の喫茶店を立ち上げたのが五年前。
- 23 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:12:26.64 ID:dqSQH3OkO
もともとのお店は当時の不況の折りに、赤字が続いてどうしようもなくなり、オーナーが店を畳むと言い出した
その時に僕にこの店をやらせて下さいと頼みこんだのさ
さて、それよりもっと前……26になるまでの間、僕は主になにをしていたかというと……
ゼロヨンをやっていた
ゼロヨンは港とか工業地帯の、(本来はサーキット)誰も来ないような道路で400メートルの直線のタイムを競うもの。
俗に言うストリートゼロヨンだ
- 24 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:13:14.71 ID:dqSQH3OkO
当時はまだ日本の首都は東京にあったからVIP市に新制首都高は開通していなかった。
したがってストリートゼロヨンが走りの主なステージだったわけだ
いまの僕のクルマは店で使うために経費で落としたマーチだけど、
全盛期には33のGT-Rに乗っていた
多くの走り屋がそう思っていたように、ただただ速いクルマが欲しかった………同時に、速いクルマを乗りこなせる自分でいたかった
内気な性格の僕は、クルマのある生活に支えられていたんだなぁと思う
- 26 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:17:15.04 ID:dqSQH3OkO
- 約10年前
〜〜〜〜〜〜〜〜
(´・ω・`)「実戦ではやはり33Rだ……」
「Rなんて反則だよチキショー」
「まったくだ!Rなんか出されたんじゃ勝負になりゃしねぇ」
(´・ω・`)「……………」
〜〜〜〜〜〜〜〜
そりゃもう自慢のRだったさ。相当無理をして……親をうまくだまして保証人になってもらって48回払いのローンを組み、チューンにも凄まじい金額を掛けていたっけな……
まるで今のギコ君やドクオ君のように……僕にもそんな時代があったんだよ
- 28 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:19:53.62 ID:dqSQH3OkO
バーボンハウスで自営業をしている今でこそ、そこそこの余裕はあるつもりだけど当時は本当に貧乏だったものだ
そんなときに、出会ったのが城川フィレンクトさんだった
あの人は公務員だったけれど、DR30スカイラインのフルチューン西部警察仕様でしょっちゅうゼロヨンをしていた
自分より4つも若いのに、なおかつGT-R全盛の最中だというのに、なかなかシブい選択をしていたのが印象深い
それでいてゼロヨンの腕は相当のものだった
- 32 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:23:49.26 ID:dqSQH3OkO
当時のVIP港のゼロヨンでの有名人といえばまずモナーさん、城川さんといった紳士勢だった
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
( ´∀`)「お久しぶりですね、城川さん」
(‘_L’)「あ、どうも……」
(´・ω・`)「こんばんは」
( ´∀`)「今夜は負けませんよ、タイヤをニットー製にしましたから」
(´・ω・`)「それは手厳しいですな……」
(‘_L’)「はは……さすがにお金持ちには勝てませんね」
- 33 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:25:57.80 ID:dqSQH3OkO
- 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ゼロヨンで一番重要なのはスタートしてから2速に入れるまでの18メートル、
ここでうまく半クラッチを調整し、ホイールスピンを最小限に抑えてエンジンのパワーを路面に伝えなくては駄目だ
そしてその18メートルがうまくいくかどうかで勝負はほぼついたようなものになってしまうね
そして、あとはひたすら正確で速いシフトチェンジ
城川さんはそれがずば抜けて巧かった。僕ですら彼とのバトルは気が抜けなかった
そんな城川さんを僕はひそかに尊敬していた
そして、城川さんを見れば見るほど自分はこの世界は向いていないなと思えるようになってきた
僕はストリートゼロヨンではそこそこ名を上げていた方だけれど、それはイイクルマにたくさんお金を掛けていたから勝てていたわけであって、純粋はウデでは城川さんよりだいぶ劣っていたと思うのだ
ちなみに、ヘタクソがいきなりゼロヨンやると派手にホイールスピンをやらかした挙げ句、慌ててアクセルを戻したときのバックラッシュでドライブシャフトをネジ切って走行不能にしてしまったりするのが相場。けして僕ではない……念のため
- 35 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:30:01.12 ID:dqSQH3OkO
そんなある週末の晩だった
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
いつもの埠頭でギャラリーたちが集まりタイム計測用の、なんていったかあの、通称『クリスマスツリー』をスタンバイしたりなんかしてゼロヨンの準備をしていた
(´・ω・`)「……今日は警察は来ませんよね?」
( ´∀`)「警察のほうは私がちゃんと圧力をかけておいたから大丈夫ですよ、みんな納得いくまで走れます」
(‘_L’)「さすがモナーさんですね、いつもありがとうございます」
(´・ω・`)「それじゃ……ぼつぼつ行きますか、城川さんからどうぞ」
(‘_L’)「あ……はい」
- 36 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:33:09.05 ID:dqSQH3OkO
- 西部警察仕様のスカイラインをスターティンググリッドにつけ、待機する城川さん
相手はスタリオンのようだ
いつもの調子でいけば勝てる相手だろう、とあの時は思っていた
『3!……2!………1!………GO!』
ギャギャギャギャーッ!
城川さんのスカイラインはいつものように絶好のスタートを切り、相手のスタリオンを完全に抑えていた
( ´∀`)「さすがに上手いですね、城川さんは……」
(´・ω・`)「ええ……クルマも絶好調でしょう」
- 37 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:36:58.23 ID:dqSQH3OkO
たしかにいい音をしていた。今までに聞いたことがないほど澄んでいて力強い音だった
(´・ω・`)「………」
後にして思えば、あれはブローの前兆だったのだろうと考えられる……
(;‘_L’)「ッ…………!!」
突然スカイラインのマフラーから金属音が轟き、ブワッと大量の白煙が吹き出したのだ
「なんだ?ブローか?」
「城川さんのスカイラインが白煙を吹いてる……」
(;´・ω・`)「そ、そんな………」
( ;´∀`)「…………」
城川さんのDR30が、突然エンジンブローしてしまった
尋常ではない量の白煙を吐き出すスカイラインは、すでに『終わって』しまっていた
- 40 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:42:56.69 ID:dqSQH3OkO
(´・ω・`)「し、城川さん……………」
(;´∀`)「な、なんともはや………」
(‘_L’)「お騒がせしてすみません……寿命がきていたようで……」
ギャラリーが騒然としているなか、あっさりと事務的にそう言って背中を向けた城川さんは……少し震えているように見えた
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その件から数ヶ月、
城川さんの西部警察仕様スカイラインはやはり廃車になり、モナーさんも、僕も、だんだんとゼロヨン会場には足が遠のいていった
- 41 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:44:56.56 ID:dqSQH3OkO
そんなときに、先のバーボンハウスを立ち上げる件が浮上してきた
まったく唐突な話だった
あまりにも突然の決断を迫られたために随分悩んだものだ
自分の店を立ち上げるとなるとクルマに使うお金も時間もなくなってしまう
苦しかった。趣味のクルマを取るか、念願の自分の店を取るか悩み続けた
そして迷った末に、僕はバーボンハウスを選んだ
将来を見据えて、泣く泣くクルマ遊びを卒業することに決めたのであった
そのときに33Rを引き取ってくれたのも城川さんだった
- 42 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:46:37.12 ID:dqSQH3OkO
- 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(‘_L’)「……本当に、その値段でいいんですか?」
(´・ω・`)「ええ、充分です」
(‘_L’)「そうですか……
もう一度聞きますが……私がこの33Rに乗って……本当によろしいのですね?」
(´・ω・`)「いや、僕がこのRを手放すときは絶対に城川さんにお願いしようと思っていました
貴方こそ、このRに乗るべきです」
(‘_L’)「そう言って頂けると嬉しい限りですが………」
- 43 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:47:44.83 ID:dqSQH3OkO
- (´・ω・`)「そしていつも思っていました
GT-Rを駆る以上、いつでも求めるその領域で生きていなければと……
しかし残念ながら僕はこのRを活かせる環境も、精神力もいつしか無くしてしまいました……
もしかしたらもともとそんなものはなかったのかもしれません
だから今が引き際と思っています」
(‘_L’)「わかりました……ですが少し……時間を頂けませんか……?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
- 44 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:48:51.40 ID:dqSQH3OkO
- (´・ω・`)
今にして思えば押し付けがましいことこの上ないことをしてしまったかなとも思える
しかし、本当に城川さんにだけはクルマに乗り続けて欲しいと思っていたのも事実だ
しかし城川さんにとってその結果が正解だったのかどうかは今でも分からないが……
ただ僕が……出来なかったことをあの人にやってもらいたい……そう思っているんだ
- 48 : ◆rHi47N9WYc :2007/12/16(日)
16:52:39.67 ID:dqSQH3OkO
- (´・ω・`)
おや?もうこんな時間かい?
道理でエビオスも無くなるわけだ……
それとも……なにかもう少し食べていくかい?
第四十一話 完
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